Coolier - 新生・東方創想話

285270

2015/12/12 23:46:16
最終更新
サイズ
12.04KB
ページ数
1
閲覧数
3912
評価数
15/29
POINT
2020
Rate
13.63

分類タグ





 冬の朝の空気は澄んでいるが灰色だ。
 獣のさえずりに耳を傾ける。
 立ち止まり息を吐き出した。
 白く染まった吐息はほのかな熱は外に出た瞬間に冬に奪われた。
 一切の無駄な行為に溺れそうになるのを抑えつつ二度三度ほど行為を楽しんで歩みを進めた。
 もうしばらくそこでさえずりに包まれようと思ったが
 目をつぶるとそこは無意識しか見えなかったので急いで目的地へ翔けた。
 私にはあまり時間がない。
 時間は刻一刻と進んでいく、さもそれが常識かのように。
 
 部屋にたどり着くと彼女は布団の中でぼうと虚空を見つめていた。
 私に気付くとこちらに顔を向けゆっくりと体を起こした。
 布がかすれる音が聞こえてくるほど何も聞こえない。
 張り巡らされている目にはいつも通りはやはり何も映らなかった。 
 小さく欠伸をした彼女は新鮮な空気を吸って少しでも満たされたのか
 半纏を取ってと言い、すぐに「早く」と私を急かした。

「ありがとう古明地こいし。おはよう」

 彼女は起こした上半身に半纏をかけ、しばらく天井の隅の闇を見つめていた。
 早い朝だから無理もない。
 覚醒まで時間がかかると思ったので彼女の温もりを少しだけ奪ってやろうと
 布団を侵犯した。
 彼女は少しだけずれてくれた。
 温もりは湿りを含んでおり彼女の精いっぱいの生を感じた。

「ぎゃ、冷たい。これは冷たい時の表情」
「あーさぶさぶ。背中に手をやっていい?」
「やったら怒るよ」
「こころちゃんが怒っても怖くないもの。それ」
「ぎゃあ」

 冷たくなった手は彼女の温度で融解したように思えた。
 このままとろけて一つになってしまえば私の意識的に少ない反無意識の意識で悩んでいることなど
 すぐに解決してしまうのに、と彼女の食べごろになった耳を咥えてから思った。
 
「ひい、おい、冗談がすぎるぞ」
「いや?」
「いやじゃないが急なんだ!」
「いやじゃないってことはそれはもしや私にこころを許してくれたってことかしら。きゃあ」
「私の名前で言葉遊びするな!」

 そろそろ普段通りの彼女になってもいいかと思ったが
 彼女はまだ布団から出ようとしなかった。
 外から入道使いか船幽霊の声が聞こえた。部屋に立ち込めた灰色の空気が動く気配がした。
 ふすまからは朝日が溢れ落ちて私と彼女の間に境界を作った。
 半纏をかき分ける。
 私の髪の色と反転している斑点模様はとても彼女に似合っていた。
 なぜなら彼女の髪の色と一緒だったから。
 
 彼女のお腹に手をやると、縒れて皺を作った着物の肌触りがやけに不愉快だと感じた。
 ゆっくりと撫ぜる。
 私と彼女の間に二人で作り出した音の調和が生まれた。
 本当は肌のままに伝えたかったがきっと私の手はまだ冷たいだろうから我慢した。

「古明地こいし。なんで私がお腹が痛いってことを分かったの」

 ピンクだと思った調和はやけにベージュ寄りで、私は彼女の顔を見つめた。
 姉に良く似た色の髪は、ぐしゃぐしゃにかき乱されておりお世辞にも綺麗だとは言えなかったが
 ほんのりと彼女の匂いを発していた。
 彼女の問いには答えずしばらく彼女の分泌物を嗅覚で楽しんだ。
 彼女は私の顔を見つめて首を傾げた。
 その様子はまるで子犬が鼻で親への愛情を確かめるような。
 外からの声は聞こえなくなった。
 空気は動かなくなった代わりにこの部屋の情調は私達だけのものになった気がした。
 体の右端から感じる吐息は触覚に。
 彼女から分泌される物は嗅覚に。
 撫ぜる手を止めたくないと思った。
 それは私と彼女が生み出した調和だから。

「古明地こいし」

 彼女が私の名前を呼んだ。
 心地よさを感じた。
 しっくりくる、適している、すわりが良い。
 彼女の声帯から発せられた私の名前は私の中を蹂躙していき
 溢れ出るフレンチローズの感情は彼女が創りだしたというよりも
 私の中に眠っていたものを蘇らせてくれたと言ったほうが納得がいく。

「なあにこころちゃん」
「前から言おうと思っていたことがある」

 布団を握っていた彼女の右手が私の頬に吸い込まれた。
 触れられてからやっと自分の顔がまだ冷たいままだということに気付いた。
 中はこんなにも熱くなっているのに。いつもとは反対だと思った。
 いつもとは。

「なあに、愛の告白?」
「そういうのはよくわからない」
「私も前からこころちゃんに言いたいことがあったんだよ」
「なに、そうなのか?」
「うん。今日はそれを言いに来たの」
「だからこんな朝早くなのか」
「だから?」
「お前はやりたいと思ったらすぐ動くじゃないか。だから、『だから』」
「全然わかんないよ」
「……夜はいっぱい物事を考える」
「こころちゃん?」
「考えて考えてずっと考えてやっと朝にこうしようと思いつくんだ。
 だからこんなに朝早く。お前は昼まで待てないだろう」
「よく知ってるね、私の事。嬉しいな」
「お互い様では?」
「うん、私もこころちゃんの事をよく知っているよ」
「照れるー」

 彼女の頬は開花前の薔薇のような色をしていた。
 彼女に触れられている右手を押しのけて、私は自分の右手で自分の頬を指差した。
 すると、彼女の分泌物は更に刺激を増し私の鼻に近づいた。
 唇の温もりを頬で感じると一気に顔の温度が上がった気がした。

「こころちゃんはいい匂い。ミルクみたいでもあるし、薔薇っぽい感じもする」
「そうなの? いや?」
「ううん、いやじゃないよ。それは私を満たしてくれるし、からっぽだとも気づかせてくれるんだ。
 陰は無意識で、光は意識。お互いそれに染まっているときは自身の暗さや明るさに気づかないけれど
 交わることでお互いと自分を意識できるんだ」
「凄い、シテキ!」
「えー?」
「古明地こいしはシテキだなあ」
「そんなことないよーてれてれ」

 ご褒美のつもりなのか餌のつもりなのか、それとも心配だったのか。
 彼女は、唇で私の顔の温度を上げてくれた。
 触れている間は呼吸とハートの音しか聞こえなかったが
 それは彼女の精いっぱいの全てなので私は精いっぱいに受け止めた。

「いや?」
「こころちゃんのやりたい通りに」
「うん」

 そろそろ侵食していった布団も半分になった頃だった。
 やっぱり私は彼女のお腹を撫ぜるのをやめなかったし
 彼女は私の唇を貪るのをやめなかった。
 果たして私は彼女で抑えられなくなった。
 意識の表面張力はすっかり働かずベビーピンクの彼女の愛情で包まれた。

「言いたいことってなんなの、こころちゃん」
「私から言っていいの?」
「うん、レディファースト」
「お前もレディだろうに」
「こころちゃんの方がそうだから」
「そっか。お腹、優しくなってきた」
「うん、私も昔お姉ちゃんにやってもらったんだ。
 お腹が痛い時は人に撫ぜてもらうと良くなるんだよ」
「……そうか」
「大丈夫だよ」

 彼女の面を見なくても最も醜い感情は見て取れた。
 嫉妬は女の特権だから、至極当然に彼女はレディなのだろう。
 まだ幼い彼女の感情をコントロール出来るのがそれこそ酷く醜いと思った。
 でも気にしなかった。
 私の表面の表情に気付いたのか彼女は視線を熱烈に向けてきた。
 しかし見た目だけの仮面では彼女の視線に耐えられなくなって逸らした。笑顔も戻した。
 先ほどの朝日は既に境界の形を解いており彼女との境は、というよりも
 そもそも一つ一つの固体とは思えないほど彼女と共鳴しているかのように感じた。

 しかしそれも気のせいだった。
 共鳴は共同であり共動。
 彼女の考えは私に一切無いものだったから。

「古明地こいし、何を悩んでいるの」
「え?」
「お前は最近、ずっとむつかしい顔をしているよ。
 出会ったころのお前とは大違い。どうしたの。
 思ったことはすぐ言ったほうが良いって昔言ってただろう」
「そだっけ」
「そうだ! 私はお前が言ったことはなんだっていつだって覚えている」
「ふふふ、そっか。でも」
「うん?」
「気付いてたんだ?」
「気付いていたとも!」

 おどける彼女の鼻息がひどくくすぐったので表情を意識的に崩した。
 やりきったと目に見えてわかる彼女の顔が愛しく、更に表情を崩した。

「それはね、私が言いたかったこと」
「お前の悩みは私に何かを言うことなのか」
「うん、言いづらかったから。
 でも覚悟が出来たよ。ちゃんと聞いてね」
「聞きたくない」
「え?」
「お前が悩んでる所は見たくないけど
 お前が悩む程の話を聞きたくない!」
「でもこころちゃん、絶対に大事なことなんだ」
「私にとっても?」
「むしろ、貴方にとって」

 撫ぜる手を止める。
 興奮した彼女の汗を舐める。
 拒絶をした彼女の無意識の涙はとてもしょっぱかった。

「私は貴方の側から離れなければいけないの」
「……お前が? 私の側を?」
「うん」
「なんでだ。なんで、嫌だ!」
「うん、私も嫌だ。でもね、こころちゃん、貴方はもう」
「やだやだ!」
「こころちゃん、落ち着いて」

 彼女は必死に目を瞑った。
 面をかむった。
 だけどそれは解決にならない。
 未来を見ずにとも、先を否定したとしても。
 時間は進む。
 刻一刻と。
 彼女の意識や私の無意識とは別に。

「こころちゃんはもう一人前になったでしょ」
「……え?」
「貴女は希望を身につけた。それで、いろんな感情を得た。
 希望の面を使いこなせている。貴女は一人前になったんだよ」
「……そんなの、わからないぞ」
「私はわかる。こころちゃんの事は何でも知ってるもの。
 ……だからね、私が貰った前の希望の面は、もう全然力が残っていないんだ。
 久しぶりに得た意識だけど、それももうさよならしなきゃいけなくなっちゃったの」

 希望の面は私に最後の力を与えてくれた。
 そもそも過去にあっただろうか、私はいつぶりかの涙を、希望の力で一滴だけ流した。
 流した涙は彼女が受け取ってくれた。
 それすらも惜しかったのかわからないけれど、彼女が受け取ってくれたことが嬉しかった。
 必ず無くなるそれを目の前に嬉しいといえる私はこころの底から幸せ者だと思った。
 
「泣かないで、古明地こいし」
「泣いてないよ。私だよ?」
「うん、お前はあのいつも元気な古明地こいしだ。私はそんなお前をずっと認識できるよ」
「無理だよ。いずれ私を意識できなくなる。私に意識してたこともきっと忘れる」
「忘れないよ」
「……なんでよ。わからないでしょそんなの」
「いや、わかるぞ」
「適当なこと」
「適当じゃない」

 彼女の顔が近づいた。
 唇を求められたら拒否しようと思った。
 でも違った。彼女の目はしっかりと私を捉えていた。
 両手は頬に乗せられて、ゆっくりとさすられた。
 彼女が染みこんでくる。
 彼女のミルク色の感情が私に溶融して染みこんでくる。
 私はそれを無為にした。
 拒みも受け入れもせずに放置した。
 意識は消沈して私は彼女で満たされたが
 もといた私はどこかに消えた。
 そのはずだった。







「私は一人前になれないよ、古明地こいし」
「そんなことないよ」
「ううん、今が一人前だとしてもきっとすぐ一人前じゃなくなるんだ」
「どうして?」
「私が一人前になってお前が消えるなら、私は一人前じゃなくなるんだ。
 なぜなら私はお前が居なきゃすぐ駄目になっちゃうから、また暴走しちゃうから。
 お前が居ない私はきっとちょっと足りない私。それは一人前じゃないだろう。
 だから大丈夫、お前の意識はお前のままだ」

 瞬間に、溢れた。
 やはりいつぶりかはわからない。
 先ほどは一滴だった涙が今度は溢れ出てきた。
 果たしてそれは最後の抵抗なのか。
 私の乾いたこころから溢れ出てきた泉は、この上なく希望に満ちた彼女へと大量にこぼれ落ちた。
 彼女のこころは私のこころを響かせた。
 彼女は手を伸ばして唇を求めた。
 拒否など出来るわけなかった。
 
「古明地こいし、泣かないで。でも、大丈夫でしょ?
 私はお前がいて私なんだよ」
「……う、ぐ。うう、ひっく」

 わからなかった。
 私の意識は今どこにあるのか。
 だが私の意識は彼女の欲望の虜になった。
 それは抑えようとも抑えられない感情になり、失いそうになった私の意識を取り囲んでくれた。
 その欲望は私の意識を捉えてくれた。
 無意識の縁に立った私のこころの拠り所になってくれた。
 
 しばらく彼女に体重を預けた。
 彼女は受け入れた。既に彼女は私を受け入れる感情を得ていた。
 彼女の頬に触れた。
 柔らかな感触に思わず頬が崩れた。
 彼女の肩に触れた。
 小さなそれはひどく頼もしく思えた。
 彼女のお腹に触れた。
 くすぐったいと彼女は体をよじった。
 彼女の髪に触った。
 やはり陶酔した。
 彼女は泣かないでと再び言った。
 私は泣いてないよと再び答えた。













「こころちゃん」
「なんだ、こいし」
「ありがとう」
「うん、ごめんね」







◇◆◇◆◇◆







 冬の朝の空気は澄んでいるが灰色だ。
 この間よりも吐く息が白く濃く見える。
 獣のさえずりには耳を傾けなかった。
 時間がない。
 時間は刻一刻と進んでいく、さもそれが常識かのように。
 
 彼女は部屋に居なかった。
 彼女を探しに寺を歩きまわった。
 歩きまわった時のことは覚えていない。
 今考えると、私はわかっていたのではないか。
 あの時からもう、彼女の言葉に涙を流してからも、もう。
 それか、もしくは、最初から。
 彼女は見つからなかった。
 この間は……この間、この間はいつだっただろうか。
 そもそも何故私は彼女の元を去ったのであろう。
 それは彼女の想いもあったかもしれない。
 彼女も気付いていたかもしれない。
 これでよかったんだ。
 私は歩みを止めた。
 空を翔けた。
 
 だから、これはもう、今となればどうでもいいささいな思い出だ。
 夢を見るたびに思い出す、しょうもない胎児の夢、くだらない思い出だ。





















「白蓮和尚」
「どうかしましたか、こころさん」
「お腹が痛い」
「あら、いけませんね。部屋で横になっていて下さい。すぐに湯たんぽを持っていきますね」
「ううん、それよりもね。お腹を撫ぜて欲しい」
「甘えん坊ですね。いいですよ」
「甘えん坊とは失敬な! お腹が痛いときは誰かに撫ぜられるのが一番効果的なんだぞ!」
「ふふ、そうなんですね、知りませんでした。誰かに教わったんですか?」
「うん」
「そうですか」























「でも、誰かは忘れちゃった。
 じゃあ部屋で待ってるから早く来てね」












『285270』
終わり
この上なく好きなものを書けました。幸せです。
こころはこいしと掛け合わさってもとのこころよりもとても大きな存在になりました。
そして、こいしがいなくなりました。
でも、こいしが引かれた彼女を見ると、もとのこころと比べてもとても大きくなっているのです。
それはこいしが居た証明になるのではないでしょうか。
と、そんなタイトルにしました。凄く気に入っています。
多分今まで書いた中で一番。

あとがきはあまり多く書くたちじゃ無いのですが
とても想いを込めた作品なので少し長めに書いてしまいました。

もう一本くらい年内に上げられたら良いなと思うけれど
今年もお読みいただいて有難うございました。
皆様から頂いている感想やご意見は私の宝物になっています。
来年もよろしくお願いいたします。

いえい。
ばかのひ
http://atainchi.blog.jp/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.590簡易評価
2.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
ただ個人的な好みをいえば、作者様の強みはキャラクター性を魅力的にあらわす会話運びにあると思いますので、地の文主体では強みが消えてしまったように思いました。
4.100名前が図書程度の能力削除
読み始めてしばらくはどこか拗らせたような歪さを感じて、会話する二人を見ると、ああいつもの感じだと思って、しかし読み進めると不安になってきて、最後に息をついて、あとがきでタイトルの意味を了解して、全体がストンと心の落ち着くべき場所に落ち着いたような感じがします。
5.80名前が無い程度の能力削除
良かったです
6.100南条削除
可愛らしい話でした
この2人はずっと仲良しだと思ってましたが、大人になるってこういうことなんですね
7.100智弘削除
>「ありがとう」
>「うん、ごめんね」

ここ最高に尊くて好き。
8.100名前が無い程度の能力削除
らしい離れ方ですよね。この二人の。
12.90がま口削除
『愛する事を教えてくれたあなた。今度は忘れる事を教えて下さい。』
こんなアイリス・マードックさんの言葉が、切なく響くお話でした。
失恋と一括りにしたくはありませんが、こころさんは別れを経て、またひとつ深みのある感情を育んだのかな、と思います。
ただこころさんの相手は、忘れる事を完璧に教えられる人でした……
うォぉん! ハッピーエンド症候群の自分にはちょっと切なすぎるラストです。
14.100名前が無い程度の能力削除
やさしくせつなくてよかったです
16.100名前が無い程度の能力削除
楽しませて頂きました!
18.90名前が無い程度の能力削除
白蓮もこいしのこと忘れてしまったのかなぁ
19.100名前が無い程度の能力削除
こいしとこころ、大好きになりました
22.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいこいここをありがとうございました
23.100名前が無い程度の能力削除
とても素晴らしかったです
28.100アックマン削除
切ないけど面白かったです
29.無評価アックマン削除
タイトルの意味がわからなくてモヤモヤしていたんですが、数日ぶりに見返してようやくそういう事かと手を叩きました!