Coolier - 新生・東方創想話

紅い館でティータイム

2015/12/05 01:56:58
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紅い館でティータイム



-1-



 うっそうとした竹林の内部は全体的に薄暗い。しかし、部分的に光が差し込む場所もありそこには一軒の家があった。長年使用しているのがうかがえる古びた木造の小屋で、周囲の光景と同じように落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
 内部には二人の妖怪がいた。
「……で、浮気に気づいた奥さんはどうしたの?」
「鍋で旦那さんの頭を殴って大喧嘩。といっても奥さんの一方的なものだったらしいわ」
 赤蛮奇から話を聞いた今泉影狼は大笑いした。
「そんなんなら浮気をしなければいいのに。ヘタレな旦那さんね」
「ね。奥さんは結局許したんだけど、もう許すのはこれで三回目だって、どっちもどっちよね」
「それでいいのかしらね」
 赤蛮奇と影狼は団子を頬張りながら笑いあった。
「やっぱり蛮奇ちゃんの里の話は面白いわ」
茶を飲んでいた赤蛮奇は僅かに目を細めた。
「影狼も里に来ればいいじゃない。案内するわよ」
 影狼は頭を振った。手入れの行き届いた髪が大きく揺れて、赤蛮奇の視線を引き付けた。
「前も言ったけど、里には行きたくないのよ」
「いや知ってるよ。けど、嫌なことがあったって言っても、もうずいぶん前の話でしょ」
「大体100年前かな」
「100年だったら人間は総入れ替えしてるわ。それに里もずいぶん妖怪に友好的になったから」
「巫女とかメイドとか魔法使いにこの前やられたじゃない。変わってないわよ」
 つい最近のことを引き合いに出されて赤蛮奇は顔をしかめた。
「あれは例外だって。運悪く異変に巻きこまれただけよ」
「とにかく、里にはいかないから」
 石を思わせるような影狼の硬質な声に赤蛮奇は小さくため息をついた。
「まるで、人間の子供ね。あれ欲しいって駄々こねてるみたい」
「全然違う。欲しいんじゃなくて、いらないって言ってるの」
 ついには、赤蛮奇に対してそっぽを向いてしまった。髪と同様に手入れをされている尻尾もほとんど動かない。
「頑固ってことよ。そりゃあ、新しいことをしたら失敗もするわよ。けど、視野を広くもたないと楽しめずに損してばっかりよ。オシャレとかお菓子とかドンドン置いてかれるわ」
 好きなものの名前が出たせいか、影狼の耳や尻尾が僅かに動いた 。こういうわかりやすさが赤蛮奇は好きだった。
あともう一押しで来てくれそうなんだけどな、と赤蛮奇は思った。


-2-



 湖面が灰色の空を映し出しているせいか辺り一面殺風景に感じられた。ひっきりなしに吹く風が肌寒い。
「寒いわね」と、影狼。
「そうね。最近冷えてきたわね」と、わかさぎ姫が水面から上半身を出して返事をした。
「水の中って寒いでしょ」
「水の中は大丈夫なのよ。むしろ風が吹く外の方が寒く感じるの」
「そうなの」
 わかさぎ姫が住んでいる霧の湖はとにかく広大で、対岸にあるはずの紅魔館を肉眼で見るのは困難なほどだった。実際のところ影狼は遠くから眺めるだけで近寄ったことは一度もない。触らぬ神に祟りなしの精神だった。
「影狼ちゃんは冬の準備大丈夫なの?」
「いつも通りよ。今は罠とか準備してる」
「狼が罠ってよくよく考えると変わってるわよね」
 湖に人魚が住んでるのも変わっていると影狼は思う。
「楽して捕まえられるからね。一度にたくさん仕掛けられるし。姫の方こそ……」
 話の途中でわかさぎ姫が影狼の後ろをジッと見つめていることに気が付いた。つられて影狼も振り返った。

 振り返った瞬間、背中の体毛が逆立つのを感じた。
 日傘を差した少女がこちらを見つめていた。色素の薄い髪と肌、不思議なほどに紅い瞳と唇、そして背中からわずかに見える蝙蝠の翼、人間離れした彼女の容姿は異国の人形を思わせた。その場は静寂に包まれ、岸辺の波音だけが時間の経過を伝えていた。
 少女は形の良い顎に手をやって、2人を観察していたが、やがてスカートの端を両手でつまみ上げた。
「紅魔館の主、レミリア・スカーレットです」
 レミリアの言葉で2人は現実に引き戻された。
「い、今泉影狼です」
「わかさぎ姫です」
 名乗ったものの影狼は脱兎の勢いでこの場を離れたかった。わかさぎ姫がいなければそうしていただろう。かつての異変の主犯で、名高い吸血鬼とあればかなりの実力者であり、少しでも機嫌を損ねたら片手で殺されてしまうのではないか。そんな恐怖心で一杯だった。
「2人をお茶会に招待したいんだが、よろしいかな」
「お茶ですか……」影狼が小さい声で繰り返す。
「そう。紅茶とケーキをご馳走しよう。人魚と人狼に会えるなんて何かの運命だろうからね」 見た目の幼い容姿とは不釣り合いなほどにレミリアは落ち着いており、この場では一番大人びたように見えた。
 影狼が姿勢を戻してわかさぎ姫を見ると、目を輝かせていた。
「行こうよ。影狼ちゃん」
「え~……」
 こういう純真無垢なところがわかさぎ姫の良いところでもあり困ったところでもあった。もっと用心深さを持ってほしいと影狼は常々思っている。断ったところでわかさぎ姫は置いていけないし、だからと言ってお茶会に参加したらどんな目に合うかわかったものではない。
「別に取って食ったりしないよ。客人としてもてなすことを約束する」
 影狼の心を読んだかのように、レミリアは余裕たっぷりの笑顔を2人に向けた。わかさぎ姫はすっかり頬が緩んでいる。ケーキが最後の食事になるかもしれないな、と影狼は尻尾をだらんと下げながら思った。


-3-



「日光は苦手って聞きましたけど、大丈夫ですか」
「曇り空なら日傘をさせば少し痒いくらいで平気なんだ」
「意外と大丈夫なんですね」
「けど雨も駄目だからね。散歩できるのは曇りの日だけだよ」
 湖のふちにそって一行は紅魔館を目指していた。わかさぎ姫とレミリアは楽しげに会話しており、その一歩後ろで影狼が面白くなさそうな顔で追いかけていた。彼女はレミリアに疑いの目を向けていて、無邪気に会話するわかさぎ姫を騙してひどい目に合わせるかもしれないと考えていた。もっとも、それは考えすぎでシンプルに今を楽しめればいいのかもしれない。前に赤蛮奇からそんなことを言われたことがあった。
 紅い館が目の前まで迫ってきた。赤髪の門番と目があって緊張が走った。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「ただいま。おーい。咲夜」
 レミリアが館に向かって声を上げると、目の前にメイド姿の人間が一瞬で現れた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」文句のつけようがない綺麗なお辞儀をした。
「うん。いきなりですまないけどパチェを呼んでもらえるかな」
「わかりました。あれ、貴方たちは……」
 十六夜咲夜の姿を見た影狼は再び体毛が逆立つのを感じた。なにしろ彼女が吸血鬼の屋敷で働いているなんて全くの予想外だったのだ。人間なのだから里の屋敷で働いているが普通だろう。
 早鐘のように鳴る心臓の音を聞きながら、そんなことを考えていると彼女の姿が突如見えなくなった。
「お嬢様に何かしたら。今度こそナイフの錆にしますので、ご覚悟を」
 唐突に後ろから咲夜の声が聞こえてきた。今日は人生最悪の厄日だったのかもしれないと心の底から思った。この場を助けてくれる神様がいるのなら間違いなく信仰しただろう。
「こら咲夜。この人たちは客人だ。もう少し丁寧にしろ」
「申し訳ありません。てっきり以前の仕返しに来たものかと」
「ああ、小人と天邪鬼の騒動で暴れてたのはこの2人だったのか」
「その通りです」
「だったら、なおさら運命ってやつだな。パチェを頼む」
 返事と共に咲夜が消えた。ようやくの解放感と共にわかさぎ姫を見ると笑顔が少し引きつっていたように見えた。少し待つと紫色の服を着た少女と共にまたもや一瞬で現れた。なにか特別な能力を持っているのかもしれない。
「パチュリー様をお連れしました」
「ご苦労。それと、庭でお茶会をするので紅茶とケーキをお願いするよ」
 また咲夜の姿が消えた。慌ただしいというか、生き急いでいるようだと影狼は思った。人間だからだろうか。
 レミリアは紫色の服を着た少女の方を向いて親し気に話しかけていた。
「というわけでパチェ。庭でお茶会をしたいのだが、こちらの人魚姫が入れるようにしてくれ」
 パチェと呼ばれた少女はめんどくさいと言いたげにため息をついた。
「また思い付きで動いちゃって。対価は貰うからね」
「私の頼みなのに」
「それとは別問題。利益を受けるのはあっちだから」
 ゆっくりとした歩みで少女はわかさぎ姫に近づく。念のため、影狼は彼女の動きを目で追っていた。
レミリアが2人に聞こえるように声を上げる。「パチュリー・ノーレッジといって魔法使いなんだ。別に危なくないよ」
 わかさぎ姫の前でパチュリーはしゃがみこんだ。そのまま品定めするように全身を観察し脇にはさんでいた本を開いた。
「あなた、髪の毛を10本頂戴。そしたら魔法をかけてあげる」
 言われたとおりに髪の毛を差し出すとパチュリーはポケットから小瓶を取り出した。髪を小瓶に入れ再びポケットにしまうと本を読みながらブツブツと呟き始めた。
 すると、わかさぎ姫の体が水から浮かび上がった。それに合わせて水も意志があるように彼女の体にまとわりつく。最終的には、わかさぎ姫の下半身が水球に沈んだ状態で浮かび上がっていた。
「あなたの動きに合わせて、水も一緒に動くわ。試しに泳いでみなさい」
 言われた通りわかさぎ姫が尾びれを動かすと水球も前に進んで地表に上陸した。それでも水球はその形を維持して浮いている。試しに体の向きを変えるとそれに合わせて水球も進路を変えた。影狼は小さく感嘆の声を上げた。
「足をあげるわけじゃないんだな」残念と言った口調でレミリアが言った。
「それこそ声を貰わないといけなくなるわ。喋れなくなったらお茶会の意味がないでしょ」
「そりゃそうだけど」
「あ、あの……ありがとうございます」まだ慣れず戸惑っていたが、宝物を受け取った子供のようにわかさぎ姫がお礼を言った。
「いいのよ。けど、その水球は普通の水に触れると魔法が切れるから。紅茶をこぼさないように気をつけなさい」
「はい」そういうとわかさぎ姫は影狼に近寄った。見て見てと言いたげな満面の笑みだった。
「すごいね」
「うん」
わかさぎ姫は影狼の手を取ってぶんぶん振り回した。そのまま踊りそうな勢いだった。
「ちょっと姫」影狼もつられて笑顔になった。
「だって、うれしいんだもん」
 ひょっとして地上に上がりたいと思っていたのかな、と影狼は思った。そのようなそぶりはかつて一度も見せなかった。まだまだ彼女をわかっていなかったのだなと、心の中で小さく反省した。
「お二人とも。お邪魔だがよろしいかな」
 レミリアの声で楽しい夢心地から現実に引き戻された。
 これから命をかけて館の門をくぐらなければいけないのだ。


-4-



 門をくぐった影狼が最初に見たのは大きな噴水だった。庭の中心に自らの大きさを誇示するように大量の水を噴き出していた。左右を見渡してみれば見たことのない種類の花が色とりどりに咲いていた。美しいとは思ったがあまりにも人工的に整えられた景観に影狼は違和感を覚えた。
「こちらへどうぞ」
 噴水の横で咲夜が待機していた。
 案内された先は芝生であり、大きなパラソルの下にテーブルがあった。影狼とわかさぎ姫が隣り合って座ると正面にレミリア、横にパチュリーが座った。
「フルーツタルトです。紅茶にはアッサムです」
 無駄のない華麗な手さばきで色彩豊かなタルトを切り分けていた。
 影狼の喉が鳴った。ケーキは赤蛮奇のプレゼントで里の物を食べたことがある。けれど、目の前にあるものは明らかにそれよりも美味しそうだった。
「どうぞ。召し上がれ」レミリアが紅茶のカップを片手に勧めた。
 フォークで一口大に切り分けて口に運ぶ。美味しさに尻尾が反応した。使われている果物はそのままでも美味しいのに、惜しげもなく使われている。果物特有の酸味は表面に塗られた飴のような甘い液体で打ち消されて舌を刺激しない。土台のクッキーのような生地はサクサクとしていて果物の柔らかさとコントラストを演出しており食感にも飽きが来ない。一緒に出された紅茶は渋みがあるが、それが口の中の甘さを洗い流してくれた。
 早い話がいくらでも食べられるくらい美味しい。半分くらい無言で食べた影狼は酒を飲んだかのようにうっとりとしていた。
 これは口が軽くなりそうだった。

「……で、ごめんなさいって言って帰ろうと潜ったら、巫女さん水に向かって弾幕打ってきたんですよ。魚に当たって死んじゃったのもいたし。網に引っ掛かった時よりも怖かったです」
「こっちもひどかったのよ。やたら滅多に弾打ってくるから、竹がたくさん折れて滅茶苦茶だったの。歩くのが大変だからゴミ拾いしたくらい」
 お茶会はあっという間に盛り上がった。3人の共通点は『博麗の巫女にやられた経験がある』であり、その時の苦労話はいくらでもあった。
「紅魔館も大変だったよ。室内で弾幕戦があったもんだから壁とか家具とかがボロボロでね。あの時以来、弾幕は外でやろうって誓ったよ」
「この館おっきいですよね。片付けも大変でしたでしょう」
「そうなんだよ。咲夜一人じゃ限界があるからな、妖精メイドに手伝ってもらったけど片づけ一か月、修復半年だよ。絵は無事だったのが不幸中の幸いだね」
 影狼とわかさぎ姫が声を上げた。
「ほんと酷いですよね、巫女さん。ほんとに人間なのか疑いたいくらい」
「あれでも優しくなったほうだよ。私の時なんて倒れた後に胸倉を掴まれたんだぞ」
「まるっきりヤクザじゃないですか」
 テーブルの紅茶は冷めてしまったが、3人の話はとどまることを知らなかった。ただ、一人だけ会話に加わらず、われ関せずの雰囲気を放っていた。レミリアはその人物に目を向けた。
「パチェも霊夢にやられただろ。何か言いたいことはないのか」
 パチュリーは先ほどから、わかさぎ姫の髪が入った小瓶を眺めながら本を読んでいた。
「特にないわね。あんなの遊びだし」
 レミリアはしかめっ面をした。「遊びを楽しめないのは損だろう。魔法の研究だけやってて飽きないのか」
「そうそう人魚姫。この国では人魚の肉を食べると不老不死になるって聞いたんだけどホントなの?」
 途端に場の空気が凍り付いた。きっとテーブルの紅茶よりも冷たいことだろう。この人にはデリカシーというものがないのかと影狼は頭を抱えたくなった。
「い、いや。そういう話は聞いたことがありますけど、実際にそうなったていうのは知らないです」ドン引きしているじゃないか。
「けど、そういうストーリーがあるから何かしらの力はあるはずなのよね。研究に試してみたいから肉を譲ってくれないかしら」
 パチュリーはまっすぐわかさぎ姫を見つめていた。対してわかさぎ姫は目をそらしながら少しずつテーブルから離れようとしていた。
「痛いのはちょっと……」
「魔法で痛くないようにするわ。ちゃんとお礼もするし、これなんてどう?」そういうと、パチュリーは身に着けていた指輪を外し、テーブルの上に置いた。
 指輪には見事な卵型の石がはめ込まれていた。穏やかな緑色をしたそれは湖に落としてしまったらたちまち見失いそうだった。
「翡翠よ」
 影狼がちらりと横を見るとわかさぎ姫がよだれを垂らしそうな表情で食い入るように見ていた。
 わかさぎ姫の肩を強めに掴んで揺らした。「ちょっと姫」
 わかさぎ姫の眼の焦点があったところで顔を近づけた。レミリア達には聞こえないように小声で会話する。
「誘いに乗っちゃ駄目よ」
「ダメかな?」
「駄目に決まってるでしょ。ああいうのは一度OKすると何度も来るものなの。そのうち心臓をくれとかいいだすから」
 刺激的な言葉を使うとわかさぎ姫はあっという間に顔を青くして首を振った。それを確認した影狼は強い眼差しでパチュリーを見た。
「すいませんが、それはお断りします」
「そう、わかったわ」特に残念そうな様子も見せずパチュリーは指輪を手元に戻した。
 気持ちを落ち着かせるために影狼は一口紅茶を飲んだ。すっかり冷たくなった紅茶は紅茶というよりほうじ茶を思わせた。紅茶も場の空気も温かいほうがずっといい。今になって風の冷たさが身に染みるようになっていた。
「あ、あの。お庭見ていいですか。お花とか気になって」わかさぎ姫が言った。
「どうぞ。おーい、美鈴」
 レミリアに呼ばれて、先ほどの赤髪の門番が走って来た。
「人魚姫が地上の花を見たいそうだから、案内してやってくれ」
「かしこまりました、どうぞ」
 門番はわかさぎ姫を連れて庭の中央へ向かっていった。
「しっかりしているね。影狼殿」
「い、いえ。用心深いだけです」
「友達思いってのはいいことだよ。何度か私たちに鋭い視線を送ってただろう」
 一瞬心臓が跳ね上がった。とても失礼なことをしていたことに気づいた影狼は慌てて頭を下げた。
「すいません。昔の人間みたいに酷いことするんじゃないかと思って」
「まあ、仕方ないけど……最近の人間は妖怪だからって無条件で酷いことはしないよ」
「そうなんですか」
「ああ、この前咲夜と一緒に食器を見に人間の里に行ったんだ。視線はあったけど嫌がらせとかはなかったよ。しかもそのとき、食事処で定食を食べたんだが、そこの主人が近づいてきて咲夜にこう言ったんだ。『今日はベビーシッターかい』って」
 一瞬考えた影狼は噴き出しそうな口を隠そうと慌てて手をやった。つまりその主人はレミリアを子供だと思ったのだ。
「私の翼が見えてるはずなのにだよ。本気なのかジョークなのか今でもわからない」
「怒らなかったんですか」肩を震わせながら影狼は言った。
「文句を言っても良かったけど、サービスで出してくれたぜんざいが美味しかったから、それでチャラにした」
 耐え切れず噴き出して笑ってしまった。西洋人形の風貌を持つレミリアがぜんざいを食べてる姿はシュールとしか思えなかった。
「確かに人間も変わりましたね。100年前とは大違い」
「100年も人間とあってないのか?」
「ずっと竹林にいました。人間ともほとんどあってないですね」
 レミリアは顎に手をやって不思議そうな顔をしていた。
「変だな。それだけ人間と距離をおいたら忘れられて存在が消えるんじゃないのかな。なあ、パチェ」
 パチュリーは本から目を離さずに答える。「多分だけど、レミィと同じよ。物語に存在を依存させてるのよ」
「そっか。人狼のストーリーはそうそう無くならないもんな」
 きっとわかさぎ姫もそうなんだろうな、と影狼は思った。そう考えると、この茶会はなかなかのメンバーが集まっている。3人とも有名な逸話を抱えていて、それのおかげで存在が安定している。けれど、レミリアだけが段違いの強さを持っていた。影狼だってそれなりの強さを持っていてもおかしくはないのだが、実際はそうではない。
 もし彼女ほどの強さがあったらどうなっていただろう。きっと竹林ではなくもっと開けた場所で暮らしていただろう。冬の蓄えの心配も今ほどしなくて済むはずだ。性格ももう少し堂々としているだろう。
 そして、わかさぎ姫や赤蛮奇と友人になることはなかっただろう。そういう一生もありなのかもしれないけど、3人で一晩中話し込む楽しさを経験できないと思うと影狼は何となく寂しさを覚えた。
 少しだけしんみりとしていた影狼だが、唐突に聞こえた甲高い声で思考が打ち切られた。
「本物だーーー」
 驚いた次の瞬間、誰かが椅子の背もたれから抱きしめるように手を伸ばしてきた。すごい勢いで頭の耳を触ろうとしている。
「フワフワ!モフモフ!ねえ、お姉さま遊んでいい?」
 声から判断すると幼い女の子だ。視界の端にカラフルな飾りが鈴のように揺れているのが見えた。
「駄目よ。その方はお客様だから。挨拶して」
 不満そうな声を上げながら女の子は影狼の視界に入るように回り込んだ。赤い服と金髪が可愛らしい子だった。
「フランドール・スカーレットです。本日はようこそ紅魔館へ」
「今泉影狼です。本日はお招きありがとうございます」
 フランドールの懸命に挨拶している様子に影狼は微笑ましい気持ちになった。
「妹さんですか?」レミリアに尋ねた。
「そう。いきなり失礼なことしてすまなかった。いつもの遊びの影響でテンションが上がったみたいで」
 館で何をやっているかは気になったが、それ以上にフランドールの熱い視線を感じていた。
 試しに尻尾をわざと右へ、左へと大きく動かしてみる。すると、フランドールに落ち着きがなくなり、後ろに回り込んできた。手を伸ばして椅子の背もたれからはみ出た尻尾に触れようとする。
「こーらフラン。お客さまになにしてるんだ」
「いいです。いいです。私も楽しんでいるんで」
「けっこう子供の扱いに慣れてるね」
「昔はこんな感じで子供の世話をしてたんです」
「子供って君の?」
「いいえ。群れを作ってたことがあって、子供はみんなで育ててたんです」
「じゃあ、仲間がいるんだね」
 影狼の口の端が歪んだ。
「今では散り散りになってしまって。どこにいるかもわからないです」
 レミリアの目蓋が下がり、どことなく暗い表情になった。
「失礼なことを聞いちゃったね。すまない」
「いえ、ずいぶん前のことですし。レミリアさんは吸血鬼のご友人とかは」
「外の世界にね。こっちも大分数を減らしたよ」
 風が一層強くなった。周囲の庭園の植え込みが大きく揺れて耳障りな音が聴覚を支配していた。尻尾の動きが遅くなった瞬間を狙って、フランドールが掴んできたが影狼は注意しなかった。
「これからどうなるんですかね。私達」
 庭園を見ながらポツリと呟いた。レミリアは勇気づけるかのように影狼の顔を見ながら話しかけた。
「はっきりとは言えないけど、これ以上悪くなることは無いと思ってる。霊夢のおかげもあるしね」
「あの暴力巫女が?」
 影狼の言い方にレミリアは口元に手をあてながら笑った。
「正確には弾幕ごっこのおかげかな。あれを使うってことは、『殺し合いをやめます』って宣言するようなものだから。やればやるほど信頼の根拠になって退治される可能性も減るんだよ」
「けど、所詮ゲームですよね。守らない妖怪もでるでしょう」
「そうなったら。博麗の巫女かルールを守る妖怪が制裁を下すだけだろう」
 影狼は納得できないといった表情であった。言っていることはもっともだが、そういう善意を当てにした理屈は昔から信用しないようにしていた。影狼は腕力は強くなかったため、スペルカードで勝っても力づくで脅されたらどうしようもなかった。だから、スペルカードを知ったあともひっそりと暮らしていたのだ。
 影狼の思いをくみ取ったのかレミリアは別のアドバイスをした。「まあ、単なる妖怪同士のコミュニケーションツールとして見てもいいと思うよ。神社の宴会だと余興で試合をやるんだ。その時用の派手なカードを作っておくと周りの印象に残ってね、顔を覚えてくれるんだ」
 影狼は目を大きく開き、姿勢も少し前のめりになった。
「その試合にでたことあるんですか?」
「もちろん。品のない騒がしい宴会だけど、他人のスペルカードを見れるチャンスだからね。そこでのつながりも役に立っているし」
「へぇ~~」
「行ってみればいい。年末ならしょっちゅう宴会をやっているから」
 行ってみようかなと興味を持ち始めた。博麗の巫女の前なら公平な試合ができるだろう。そう思ったところで、遠くからわかさぎ姫の声が聞こえてきた。
「影狼ちゃん。ごめーん」
 声の方を向くと、わかさぎ姫が赤髪の門番にまさしくお姫様抱っこをされていた。
 影狼は驚きのあまり大きな声を出した。「姫。魔法はどうしたの?」
「ごめん。噴水の水を浴びちゃって」わかさぎ姫は手を合わせて謝った。
 あーあ、と声を出しながら影狼はレミリアを見た。彼女の頬に紅がさしているように一瞬見えた。雲の切れ目から夕陽が差してきたのだ。若干レミリアの顔が歪んでいた。
「魔法も解けたことだし。そろそろお開きにしようか」


-5-



 咲夜と日傘を持ったフランドールが門の前で見送ってくれた。
「また来てください。妹様も喜びます」
 わかさぎ姫を抱えた影狼は神妙な面持ちで咲夜を見つめていた。
「ねえ。人間のあなたがどうしてここで働いているの?」
 影狼はこの館で食べたケーキを考えた。作ったのは多分彼女だろう。あれだけの料理の腕があれば人間の里でも働けるだろう。どうして、多くの人間とは距離を置いてここにいるのか。
 咲夜は喜んでいるような、困っているような曖昧な笑顔を見せた。
「私が人間に見えますか?」
 あまりにもシンプルな問いだった。
「……人間でしょ?」
 咲夜は表情を変えずに、首を傾けた。少女のような愛らしい表情だったが、何か誤魔化しているようにも見えた。
「人間離れしたところが多すぎて、人の輪には入れなかったんです」
 先ほどから、一瞬で消えたり現れたりする奇術をしていたことを影狼は思いだした。
「……けど、私には人間に見えるわ」
 彼女の匂いは明らかに人間のそれだった。だが、彼女自身がそれに気づくことはないと影狼は後になって気が付いた。
「だとしたら、ここのおかげですね。人間らしくしていいってお嬢様が言ってくれたんです」
 咲夜の頬に夕日が差し込んだ。何をもって人間らしいのか影狼にはよくわからなくなっていたが、夕日を浴びても笑顔でいる彼女はきっと人間だ。
「よかったわね」
「はい」
「また来ます」わかさぎ姫が笑顔で手を振った。
「また来てねー」と、フランドールも手を振った。
「お待ちしております」最初と同じく、綺麗な動作で咲夜は頭を下げた。
 
 紅魔館を背に歩き出した。抱えられているわかさぎ姫は珍しい体験のおかげか、ずっと上機嫌だった。
「楽しかったわね」
「……姫」
「何?」
「人間も、妖怪も変わってたみたいね。いつのまにか」
「そうね」
「また行こっか」
「うん。今度は蛮奇ちゃんも呼ぼう」
 影狼はうなづいた。


-6-



「毛よーし。匂いよーし。耳よーし」
 年季の入った鏡台を前に影狼は念入りに確認していた。
「まだー?」
「今行くー」
 赤蛮奇によばれて影狼は家を出た。
 影狼の姿を見た赤蛮奇はしかめっ面をして手を伸ばした。
「寒くなってきたのに、麦わら帽子は合わないわよ」
「耳隠せるものがこれしかないのよ」帽子を頭に押し付けながら答えた。
「外に出ないからそうなるのよ。はい、これ」
 赤蛮奇が渡したのは色のついた厚手の手ぬぐいだった。
「こっちの方がまだましよ。あとでお店に行きましょう」
 頭に巻きながら影狼は緊張した顔を赤蛮奇に見せた。
「耳出てたら教えてよ。まだ人間怖いんだから」
「吸血鬼の方がよっぽど怖いわよ。それなのに楽しくケーキ食べて、羨ましいわ」
「ほんと怖かったのよ。いつ血を吸われるかビクビクしてたんだから」
「そのくらいの度胸があれば里は余裕よ。ほら行くよ」
 二人の妖怪は竹林の中を歩き出す。その先は一方にとっては地元であり、もう一方にとってはかつての敵地だった。だが、変わりゆく世界の中で孤立しているのは自分なのか、敵地なのかすっかりわからなくなっていた。彼女はそれを見極めるために歩いていた。
「そういえばさ、わかさぎ姫が地上に興味があるみたいなの。地上に上がれる方法ないかな」
「桶と台車でも探してみる?けど、姫が入れる大きさあるかな?」
「足の代わりになる道具とかないの?」
「わかんない。それも探してみよっか」
「食べ物屋さんもお願いね」
「はいはい」
 二人の姿は竹林の中に消えていった。次に姿を表すのは人間の里の入り口だ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
前作で影狼が印象に残ったので作りました。といっても、前作とのつながりはありません。
カワセミ
http://twitter.com/0kawasemi0
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コメント



0.860簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
みんなしっかりしたキャラで、何気ない日常ですが、それが彼女らの生活を垣間見ているようでなんとなく好きです
5.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。気持ちのよい空気を感じました。
6.100名前が無い程度の能力削除
楽しませて頂きました。
8.90奇声を発する程度の能力削除
素敵で良かったです
10.90名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気でした
12.100とーなす削除
素敵なお話でした。
どのキャラもよく立っていて、読んでいて楽しい。姫、可愛い。

>「足の代わりになる道具とかないの?」

人魚が電動の車椅子に乗って爆走するゲームがあったな、そう言えば。
道が整備が行き届いてないだろう幻想郷では、同じようにはいかないだろうけど。
24.90名前が無い程度の能力削除
落ち着いたストーリーで気持ち良く読書できました

>本気なのかジョークなのか今でもわからない
このセリフの辺りの文なんか好き