Coolier - 新生・東方創想話

もみじ紅に染まりゆく

2015/11/28 12:50:35
最終更新
サイズ
15.47KB
ページ数
1
閲覧数
3117
評価数
15/36
POINT
2470
Rate
13.49

分類タグ

 犬走椛の家の戸はひどく建て付けが悪い。
 開閉には少しコツが必要で、動かす度にすすり泣く幽霊の声に似た音を立てる。そのせいであの家には非業の死をとげた女郎の幽霊が住んでいるなどと近隣住民から噂されているが、本人は気にもしていない。
 ひどく神経質な所もある癖に、自分の身の回りに関しては恐ろしいほど無頓着な性格であった。
 部屋の中も荒れ放題である。布団は敷きっぱなしであり、その周りには毛先の固まった筆や底に緑色がこびり付いた湯飲みが転がり、日用雑貨が気分のままに床に並び立っているせいで、鳥の巣のようにも見える。
 とても誰かを呼べる部屋ではないが、そもそも呼ぶ相手がいない椛にとっては気にする必要はなかった。
 季節は秋であった。赤や黄が山々を飾り、盛りを迎えていた。
 天狗たちはこの季節になると、目の前にある秋を肴にして酒を楽しむ。あちこちで宴会が開かれ、昼間から腰に酒の入った瓢箪をぶら下げ、鼻歌交じりにどこかの集まりに出かける姿がよく見受けられる。
 椛は秋が好きであり、酒も良く嗜む。だが、どうにも宴会というやつが苦手であった。騒がしく阿呆のように喚き散らすのは性に合わない。手に持った杯が空になると次から次へと新しい酒を注ぎ足されるのも好きではない。酔った相手に絡まれるのはもっと好きではない。
 酒というのは黙って大人しく自分のペースで飲むものだと椛は思っている。それが酒に対する、酒を造ってくれた人に対する礼儀だと思っている。
 だから宴会に誘われても都合が悪いと断っていた。誘われる度に断っていると、いつしか誘われることもなくなった。
 ただ一人を除いては、であるが。
 椛が昼間からごろ寝をしていると建て付けの悪い戸が二、三度叩かれた。「もみじ~」と戸の向こうからやけに明るい声がする。
 無視してやろうかとも考えたが、返事をしないでいるとガタガタと戸が激しく動かされた。建て付けの悪さのせいで開きはしないが、あまりにも乱暴に動かすものだから壊されてしまうのではないかと思われた。
 椛は慌てて戸に駆け寄って、その戸を開いた。秋の空にも負けないからっとした笑顔の射命丸文が、酒瓶を片手に立っていた。

「どうもどうも。山もだいぶ色付いたので、どうです一緒に? 滝の辺りは特に見頃だそうで」
「遠慮しておきます。他を当たってください」

 椛はそう言うなり戸をぴしゃりと閉めようとしたが、すかさず文の足が隙間に挟み込まれた。日々の新聞勧誘で鍛えられた業であった。

「まあまあ、そう言わず。せっかく誘いに来たのにそうつっけんどんにされては、さすがの私でもショックですよ?」
「酒の相手なら私でなくてもよいでしょう。あなたは知り合いも多いのですから、そういう方はたくさんいるはずです」
「私は椛がよいのです」
「何故に……」

 椛が尋ねると、文は童女のような仕草で首を傾げ、顎に手をやり「ふうむ」と唸る。

「何となく?」
「帰ってください」

 部屋の中に入って来ようとする文を押し返そうとするが、向こうは向こうでこちらが強く押せばさらに強引に押し入って来ようと躍起になる。
 押してダメなら何とやらで、仕方なく椛は文を部屋の中に招き入れた。部屋に入った後も文は酒を飲みに行こうと、椛に後ろから抱きついて肩口の辺りから甘えた顔を覗かせる。猫のような声で「ねえ行きましょうよ」と彼女は言う。耳もとに息がかかり、くすぐったくて敵わなかったが取り合わなかった。
 椛が徹底的に無視を続けていると、さすがの文もあきらめたのか「そんな態度では友達できませんよ」と不満そうに言ってよこした。

「大きなお世話です」
「それと部屋は片付けたほうがいい」
「もっと大きなお世話です」

 文は部屋から出て行った。幽霊の叫び声を上げる戸がいつもよりも大きな音を立てた。椛はしばらく半端に閉められた戸を眺め、ため息をひとつこぼした。


 翌日になり、椛は哨戒の任についた。交代で入れ替わった天狗は「これでやっと酒が飲める」と言って喜んでいた。これから誰かと飲みに行くのかもしれないが、椛には関係のないことだった。
 滝近くの持ち場に着き、動物の筋肉のような岩肌に腰を下ろした。群青色した空の下で、その滝は白く輝いていた。左右を色鮮やかな紅葉が包んでいるせいか、水の流れが作り出す白さがより一層映えて見えた。
 哨戒は決して楽な仕事ではない。それでも椛はこの仕事を好んでいた。一人でじっとしていることは苦痛ではなかった。むしろ、妖怪の山が一日一日と変化していく様を見届けることができることに喜びを覚える。まったく変化のないように見えて、けれど良く目を凝らしてみれば、人々の意識の外で誰にもばれないようにこっそりと変わって行こうとする自然の確かな変化を見つけることができる。椛にはそれが親の目を盗んで悪戯を仕掛けようとする子供のようにも見えて、どうにもいじらしいのだ。
 周りの監視を続けながら道具の手入れを行った。訓練によって刃こぼれが目立った剣は研ぎ直した。傷と汚れが目立つようになった盾は布で磨いた。腹が空いたら干し肉を囓った。
 そうして日が高く昇った頃、妖怪の山が一挙に慌ただしくなった。
 椛の許に伝令が慌てた様子で駆け寄ってきた。どうやら侵入者があったらしい。その監視に当たれとのことだった。

「普段なら見つけたその場で追い返すはず。監視をしろとはどういうことだ?」

 椛が伝令に訊くと、その天狗は首を横に振った。

「さあね、私にもわからん。ただお前の能力は監視に役立つ。そういうこった。まずは侵入者の動向に注意しろ。目的がわかるまでは接触は避けろ、とのことだ」
「承知した」

 椛は命令の内容に不審を抱きながらも、深く頷いた。
 山を少し下った所にその侵入者はいた。銀色の長い髪が特徴的な女だった。あどけなさの残る顔立ちの、その目元に挑戦的な光が宿っている様子が遠くからでも見て取れた。椛はその姿を確認して、どうして接触を避けろという命令を受けたのか納得した。
 ――不死人だ。
 名は藤原妹紅といったはずである。実力は噂に聞いていた。並の天狗では追い返そうとしても、逆に追い払われるのが目に見えている。
 妹紅が何を目的にこの地に訪れたのかはまったくの不明であった。とにかく彼女の様子を見つからない位置から観察することにした。
 妹紅はどういうわけか歩きやすい道ではなく、急斜面の木立が乱立する中を歩いていた。飛べるはずではあるがわざわざこうして歩きにくい所を移動しているのは、天狗の警戒網から身を隠すためであろうか。それとも足腰を鍛える修行でも行っているのであろうか。
 妹紅は時折足を止め、腰に下げた水筒を手に取っていた。一息吐くとまた歩き出す。彼女はどうにも近寄りがたい雰囲気を発している。殺気とはまた違ったが、それに似た緊張感のようなものが少女らしい細身に宿っていた。まさか一人で天狗相手に戦争をしかけに来たわけではないだろうが――。
 妹紅は突然、水筒を下げていた方とは逆側に差してあった短刀を手にした。その刃は夜に浮かぶ三日月をそこに置いたかのように、淡い光を反射させていた。離れた距離からでも刃先の鋭さが際立っているのがわかる。
 短刀は行く手を塞いでいた藪を切り裂くのに使用された。枝葉はいとも簡単に地面に落ちていった。そうして何事もなかったかのように短刀は柄に戻された。
 邪魔なものが取り除かれて気分を良くしたのか、妹紅は口笛を吹き始めた。お世辞にもうまいとはいえない、調子外れな音であった。


 そのまま妹紅の監視を続けていると、背後に先ほどの伝令がやって来た。

「どうだ、様子は?」
「特に動きはない」
「何かわかったことは?」

 椛は静かに首を横に振る。

「何もなしか」
「ただ……、敵意はない…………と思う」
「なんだ、はっきりせんな」

 まあいい、と伝令はこぼした。このまま続けてくれという言葉に椛は黙って頷いた。背後で気配が消える。
 日が赤く染まった。見事な夕焼けであった。
 妹紅は変わらず林の中を歩き続けている。どこを目指しているのかも明確ではない。ただ彼女は何かを探しているのではないかと思われた。時折ふと首を回して辺りを見渡したり、耳に手を当てて聞き耳を立てている。
 事態が動き出したのは日が沈む頃になってからであった。
 妹紅が突然足を止め、茂みに身を隠すようにそっと身を伏せた。彼女の周りで空気が収縮したかのように一気に緊張感が高まった。
 彼女の視線の先にあったのは一頭の立派な牡鹿であった。端から見ても彼女があの鹿を狙っているのが理解できた。
 妹紅は身を低く保ちながらゆっくりと標的に近づいていった。ある程度の距離まで近づくと、息をひそめただ一点だけを凝視する。
 そのまま腰に差していた短刀を引き抜く。夕日の光を受けて赤く染まる刃は、いよいよその鋭さを増していた。
 と、妹紅が動いた。目にも留まらぬ速度で駆け出し獲物に向かってためらいもなく飛びかかると、自分よりも大きいその牡鹿の胴体に蹴りを食らわせる。牡鹿は逃げ出す間もなくすっ転んだ。無防備な腹を見せた隙を、妹紅は見逃さない。
 逆手に持った短刀を寸分の狂いもなく牡鹿の心臓に突き立てると、一瞬のうちに引き抜いた。
 目を大きく見開いた牡鹿はしばらく苦しげに地面の上を四本の脚で掻いていたが、仄暗い水底に沈んでいくようなもの悲しい鳴き声を最後に、息絶えた。二本の前脚の間にある刺し傷から流れ出た血が地面を赤黒く染めていく。
 妹紅は鹿の横でその様子を眺めている。たった今心臓をひと突きしたその短刀に、血の一滴もついてはいない。
 椛は息を飲んだ。あまりの手並みの鮮やかさに言葉が出なかった。狩猟を行う天狗たちについていってその手伝いをしたこともあったが、その時の彼らの手並みと今彼女が見せたそれは、まるで別物だ。
 著名な画家が描いた一枚の絵画に、それを模倣して描いた贋作が決して及ぶことがないように、過去に見た天狗たちの狩りと妹紅の狩りは命を奪うという同じ目的の下にありながら、根本から違うものであるかのように思えた。
 妹紅の動きには命を奪うまでに一寸の無駄もない。無駄がないからこそ端から見ていて美しさすら感じてしまう。それ自体が何かの芸であるかのように。
 鹿の横に立ちつくす妹紅の顔に憐憫の情は感じられない。しかし、夕日を横から受けて伸びる影に、一抹の寂しさのようなものがある気がした。
 身長の何倍にも伸びた影は、今し方奪い去った命に別れを告げているようにも見えた。そして、命の消えていく瞬間を、ただ見送ることしかできないことを嘆いているようでもあった。
 不思議なことに椛はその影が気がかりでしょうがなかった。
 今までもたくさんの命が消えていく瞬間を同じようにして見送っていった結果、己の中にある孤独が凝縮されていき彼女の影に染みだしていったかのように、その影は夕日に赤く染まる大地の中に、焦げ付いたかのようなくっきりとした黒を描き出していた。
 椛はしばらくそんな妹紅の様子を眺めていたが、彼女との接触を図るために木の上から飛び降りた。彼女の目的がわかった今、接触を避ける道理はない。

「見事な腕前だ」

 椛が背後から声を掛けると、妹紅は鹿に目線をやったまま声だけで反応した。

「ああ、天狗か。……見てご覧よ、命というのは呆気ないものだねえ」

 ため息にも似た声音は悲しむようではなく、むしろ無情であったが、彼女はふと視線を持ち上げ背後を振り向くと、唐突に明るい声を出して「それで何の用だい」と尋ねてくる。

「この山はお前のせいでざわついている」
「それでか。そこかしこから視線を感じたよ。あまりに生き物の気配が多すぎて鹿を見つけるのに苦労しちゃった」
「ここへは鹿を狩りに?」
「うん」

 彼女は悪びれる様子もなく素直に頷いた。

「ここは我々の領土だ。用が済んだのなら、早く帰れ」
「ひどいな。今仕留めたばかりなのに。もう少しゆっくりさせてくれてもいいじゃないか。それにこのまま持って帰るというわけにもいかないだろう」

 獲物を解体するというので、仕方なく椛は彼女が作業を行う様子を後ろから眺めることにした。
 妹紅は鹿の後ろ脚を縄で縛ると、木の枝から吊して血抜きを始めた。十分に血が抜けた所で皮を剥ぐ。腹を割き内蔵を取り出し、慣れた手つきで部位毎に切り分けていった。先ほど心臓を貫いた短刀は鹿の肉や骨をたやすく断ち切っていく。妹紅は黙々と作業を進め、ちょうど日が落ちた頃に終えた。
 鹿肉は風呂敷に包まれた。かなりの量があるために風呂敷は不格好だった。妹紅は血にまみれた服を気にする様子もなく、ふわあと伸びをするとなぜか火をおこし始めた。

「おい、何をしている」
「何ってこれから肉を焼くのさ。腹ごしらえだ」
「鹿の解体は終わっただろう。早く帰れ」
「食い終わったら帰るよ。そう急かさないでおくれ」

 小さく切られた肉はそこらに落ちていた枝に刺され、火の周りに並べられた。そのうちじうじうと音を立て始めた。ほどよく焼けた所を見計らって、妹紅がその中からひとつを選び出してかぶりついた。「熱い熱い」と言いながらも、実にうまそうに食らいついている。

「さっきからずっと立っているけど、そこでじっと見てられちゃ落ち着かないよ。ほれ、こっち来て座んなよ。肉を分けてやろう」

 その言葉に椛は渋々従った。妹紅から一人分の隙間を空けて並んで座り、差し出された肉を食った。腹が減っていたせいかやたらと美味であった。
 妹紅は食い終わると腹を片手で叩いた。満足した様子だ。それからおもむろに短刀を取り出すと、布で丁寧に刃の部分を拭き取り始める。

「その短刀は?」
「これかい。いいだろう、なかなかの切れ味で昔から愛用しているんだ」
「どこで手に入れたんだ?」
「殺して奪った」

 その時ふっと風が吹き、橙色の炎を揺らした。
 妹紅は貼り付けたような微笑を浮かべ、

「冗談だよ」

 そう言って目の位置まで短刀を持ち上げた。刃には妹紅の顔が映り込んでいた。
 椛にはその短刀の鋭さよりも、その刃に映り込んだ妹紅の目つきの方がずっと鋭く感じられる。独りで生きてきた者だけが身につけられる独特の鋭さであった。この女は一体どんな人生を歩んできたのだろうと気になった。
 だが唐突に刃に映り込んだ女の印象が、がらりと変わった。

「さっきの鹿肉はうまかったかい?」
「ああ、とても。礼を言う」
「いいよ。たくさん取れたから、一人じゃ食べきれないし」

 妹紅はふと無邪気な笑顔を見せ、

「この肉をお裾分けに持っていったら、喜んでくれるだろうか」

 ああ、この女はこういう顔もできるのか、と椛は少し驚いた。その笑顔は先ほどまで妹紅に抱いていた印象とはまったく違う、どこまでも柔らかで素朴なものだった。
 妹紅が誰に肉を分けるつもりなのかは知らないが、きっと心許せる人がいるのだ。

「きっと喜んでくれるさ。だから早く帰れ」

 妹紅はからからと声を出して笑った。

「わかったわかった。そうするよ。たが荷物が重たい。軽くしたいから後ろ脚を一本貰ってくれないか」

 断る理由もなかったので頂戴することにした。
 その後、たき火をかき消すと妹紅はすぐに山を下りて行った。椛はその後ろ姿を遠くから見送った。妹紅の背中は薄暗い闇の中に溶けていき、やがて見えなくなった。


 その晩、椛は家に戻ると貰った鹿肉をまな板の上に載せた。
 後ろ脚一本といえど、一人で食べれば数日は持つ量である。河童が造ったレイゾウコとかいうものがあれば、しばらくは保存が利くらしいが生憎椛は所持していない。晩飯の分を切り取って後は干し肉にしようかと目の前にある肉の塊を睨み付けていると、蝋燭の灯りのいくつかが何の前触れもなくふっと消え去った。
 途端に薄暗さを増した部屋の中を、マッチはどこに置いたかと探し回った。つい先ほど使ったばかりなのに簡単には出てこない。こういう時、整理されていない部屋は不便である。
 床に逆さまに転んでいた籠の中に隠れていたマッチを見つけ出し、蝋燭にようやく火が灯った。部屋が暖かい色合いを取り戻した時、何気なく視線を向けた先に自分の影が伸びている。
 その影は何ともわびしげであった。鹿にとどめを刺した後に、その横で妹紅が佇んでいた時に見せたあの影に、どうにもそっくりであった。そのまま床に染みこんで行ってしまうのではないかと思われる。
 しばらく影をじいっと見つめていたが、気を取り直して鹿肉の前に戻り包丁を握った。そうしてまたはっと思った。短刀に映り込んだ妹紅のあの鋭い目つきと、今手にしている包丁に映った自分の目が重なった。自分はこんな目をしているのかと思った。
 包丁を置き、鏡の前に立った。笑おうとしたが頬の辺りの筋肉がひくひくと痙攣を起こし、およそ笑顔とはいえない顔を作った。最後に心から笑ったのはいつのことだったか。
 後ろを振り返り、散らかりきった部屋を眺め回す。いつからこんなに散らかしっぱなしであっただろうか。もはや記憶にすらない。当然、自分から誰かをここへ招き入れた記憶も遠い過去まで遡らなければならなかった。
 窓から外を見れば、青白い光を纏った月が出ていた。今夜もまたあの月を肴にあちこちで宴会が開かれているに違いない。
 そう思うと、不意にここ最近感じなかった気持ちが湧き上がってきた。ひどく懐かしい感情に戸惑いを覚え、持て余した。
 落ち着かなくなり部屋を犬のように歩き回った。何度も回っていると目が回ってきたのでやめた。
 そして唐突にひとつ決心をした。鹿肉を知り合いに分けに行くのだ。ただ肉を持って行くだけでは寂しいから酒も一緒に持参しよう。思い立ったら、それ以外ないほどの妙案である気がしてきた。
 椛はさっそく押し入れの中を漁って、いつか誰かから貰った酒を探し始める。押し入れの中は無秩序で引き戸を開けただけで物が溢れてきたが、気にせず掻きだした。部屋が荒れていく一方だが、後日にでも鹿肉の礼という名目で掃除を手伝って貰えばいい。目的の酒を引っ張り出すと逆の手に鹿肉を持った。
 さて出かけようとした所で入口の前で立ち止まる。建て付けの悪い戸が邪魔をした。両手は塞がっている。一々荷物を降ろすのも面倒に思えて、横着だが足で開けてみることにした。
 すると驚いたことに、いつもは頑固に抵抗をみせる戸が素直に開いた。

「……なんだ。お前は足で開けられるのが好きなのか。それならもっと早く言ってくれればいいのに」

 閉める時も足を使った。戸はすんなりと大人しく閉まった。
 椛は上機嫌になり、珍しく鼻歌を歌いながら歩いた。そうして目的の家の窓からぽうっと灯りが零れているのが見えてから、そうっと足を忍ばせて近づいた。
 入口の戸の前まで来ると、果たしてこの家の主がどういう反応を見せるか気になった。自分から訪れたことなど一度もない。もしかしたらひっくり返るほど驚くかもしれないと思うと、笑いを堪えるのに苦労した。まるで悪戯をする子供のような気分であった。
 そうして椛はそっと、戸を叩いた。
 やけに明るい声が返ってきた。
今まで書いたことのないキャラで書くと、自分がこのキャラクターをどう思っているのかが、改めて見えてくるのは面白いですね。
こういう椛だったらいいな、というものを形にしてみました。

誤字修正しました。ご指摘ありがとうございます。
あめの
http://twitter.com/ameno_project
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1040簡易評価
1.90絶望を司る程度の能力削除
椛は翌日から大掃除ですねw
しんみりとした雰囲気がよかったです。
椛に許に伝令が慌てた様子で駆け寄ってきた。→椛の許に伝令が慌てた様子で駆け寄ってきた。 ではないでしょうか?
2.90削除
椛の心情と文体があっていて、いい雰囲気でした。面白かったです!
3.100名前が無い程度の能力削除
共感の力は偉大だ。楽しませて頂きました。
4.100名前が無い程度の能力削除
椛の心境変化に共感を覚えました。ちょっとしたきっかけでいろいろなものの見方って、ふっと大きく変わってしまうものなのですよね。後の宴もきっとよいものになったのだろうと考えさせられました。
一度、鹿肉を食べてみたくなりました。
5.90奇声を発する程度の能力削除
良いお話でした
6.90ななし削除
一人を楽しむのと、孤独に生きてるのは違う。自由気ままにあるのと、無頓着は違う。
わかりきってる事なのに、たまに見失うなぁと読んでてしみじみ思いました。
11.100名前が無い程度の能力削除
この終わりの余韻が素晴らしいです。
出来れば椛の生活の続きが見てみたい。
無粋だけど。
13.100名前が無い程度の能力削除
心許せる存在のありがたさよ
14.100名前が無い程度の能力削除
はぁ…もみもみぃ
15.100名前が無い程度の能力削除
落ち着いた雰囲気がなんとも気持ち良く、最後にほっと暖まることができました
この時期に読むにはぴったりのお話ですね
19.100名無し削除
近年稀に見る名作
22.90大根屋削除
読ませていただきました。あめのさんの挑戦の気概が見えて、ほぅと思わせられましたね。良いものでした。
個人的に惜しいなと思ったのは、妹紅を観察する椛の下りで、読み手に何らかの印象や感情を抱かせる要素が少し弱いように感じたことでしょうか。私はここで、どのような感覚で二人を見つめていると良いかという点において若干の戸惑いを覚えていました。
とても良かったと感じたことですが、椛が家に帰ってから鹿肉を捌く場面で感じられたわびしさが、何とも言えないくらいの感覚にさせてくれたのが最高でしたね! ラストは本当に良かったです。

次回作にも期待しております
24.90名前が無い程度の能力削除
久し振りにそそわに来て、過疎が進んでいる事に寂しさを覚えながら開きましたが、なんの、こんな素敵な作品がまだまだあるのではないかと嬉しくなりました

こう、良い意味でドライな雰囲気が幻想郷らしくて私は非常に好みです。
あまり細かく描写し過ぎずとも、情景や頭の中に彼女たちのやり取りが浮かんで来るようですし、くど過ぎずに良かったと思います

素敵な作品をありがとうございます!
31.100シンフー削除
作品の感想を書くのが苦手で、上手に表現できない気持ちにむずかゆくなるのですが、やっぱり感想を書かなくては引けない作品があります。
孤独っていうのはタチの悪いすきま風にも似ていて、ひゅうっと気がつかぬまに吹き込んでいるものかもしれませんね。しかし、一塊の鹿肉とひとかかえの酒ですきま風は防げるというのは新たな発見でした。
35.90kad削除
確かに盛り上がりに欠けるところがあるかもしれませんが、文章が読みやすくすんなり頭に入ってきたのでとても楽しく読めました。ごちそうさまでした。