Coolier - 新生・東方創想話

リコリスの行方

2015/11/15 00:06:33
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 瓦礫。瓦礫。
 見渡す限りの、瓦礫の山。
 これらがほんの三日前まで、人々で賑わう街並みであったと、誰が信じられるだろうか。
 全てを破壊し、数多の命を奪い去ったものが、たった一つの『災害』と、たった一人の愚者であったと、誰が信じられるだろうか。
 ……いつからだろうか。
 この光景に、私が何の感情も抱かなくなったのは。





「申し訳ありません。遅くなってしまいました」
 崩壊した街の中で、唯一その原型を留めていた煉瓦造りの家。
 その屋上の縁に腰掛け、ぼんやりと街の残骸を眺めていた私に、背後から声が掛かる。
 少したどたどしく、緊張しているらしいことが窺える、可愛らしい娘の声だ。
「早かったわね。あと四半日は掛かると思っていたのだけれど」
 私が振り返りもせずそう言い返すと、彼女はコツコツと控え目な足音を立てて、私の斜め後ろまで近寄って来た。
「まだ片付いてはいないのですが、主査から、早く行くように言われまして……」
「あらあら。それは悪いことをしたわね。折角来てくれたお手伝いさんを取り上げてしまって」
「いえ。これも仕事の内ですから」
「仕事……とは、言えないかも知れないわね……」
 此度の『災害』によって生じた、膨大な数の死者。その魂に然るべき審判を受けさせるにあたり、同時に発生した悍ましい数の事務手続きの山。
 この、所轄の職員を過労に追い込み兼ねない悪夢を殲滅する為、遥か東の彼方から応援に来てくれたのが彼女である。
 たまたま手の空いていた事務官らしいが、その仕事振りは迅速にして丁寧。斯くも勤勉な娘が、何故に暇を持て余していたのかと疑問に思う程だ。
 それを他部署の私が個人的な事情で呼び出したとあっては、これは相当な迷惑だったに違いない。
 事務課には後日、御詫びに伺うこととしよう。
「……とりあえず、貴女も適当に座ってちょうだい」
「はい! 失礼します!」
 と、溌剌とした返事の後、彼女はその場に腰を下ろした。
 ……隣に座ってくれることを期待していたのだが。
 ちらりと後ろを見やると、彼女は膝から脛までを硬い煉瓦の屋根に付け、その上に体を乗せて座っていた。
 成る程。この姿勢が彼女なりの「適当」だったのだろう。
 私は小さく息を吐き、自分の浅はかな指示を反省しつつ、傍らに置いてあった大鎌をひょいと持ち上げた。
 持ち上げたと言っても、手で取り上げたのではない。私は己の思念によって、指一本触れること無く、物体を操ることが出来るのだ。
「きゃん!?」
 鎌の柄を彼女の衣服に引っ掛け、体ごと宙へと浮かび上がらせる。
 彼女は突然のことに驚き、悲鳴を上げたが、私は何食わぬ顔で鎌を操り、その両足が屋根から垂れ下がるようにして、自分の右側に下ろしてやった。
「それじゃあ、ちょっとお話させてもらいましょうか」
「は、はい……! よろしくお願いします!」
 ……固い。
 こうも無礼を働いているというのに、文句の一つも言ってくれない。
 どうやら私は、自分で思っていた以上に畏れられてしまっているようだ。
「……先ず、私のことは知ってくれているんだったかしら?」
「はい! 勿論です!」
 今までの中でも、とりわけ元気の良い返事であった。
「ブルタアヌの赤い死神と言えば、是非曲直庁の生ける伝説! 私たち死神の憧れの的ですから!」
 むず痒い。
 私の所属する部署だとか、従事している業務の内容だとか、そういった説明が省けるのは大いに結構なことである。
 しかし、面と向かって「伝説」だ「憧れ」だと言われるのは、流石に少し、恥ずかしいものだ。
「お迎えの任にあたられている、数少ない死神のお一人で!」
「この地域は昔から人手不足なのよ。天使様は皆、御多忙だから」
「一千万人を超える不法延命者の魂を刈り取ったとか!」
「随分と大きな尾鰭ですこと」
「こちらの閻魔様も、先輩には頭が上がらないと仰っていました!」
「……御局だから、気を遣われているだけよ」
 そう。私は少し、永く勤め過ぎた。
 偉大なる主の御意に背き、来るべき終焉を拒もうとする愚か者。生という名の罪を重ね、もはや地獄行きを避け得ぬようになった彼等の罪を打ち止めにする為、その首を、魂を刈り続けて幾万年。
 義憤に燃え、時に悩み、己の使命を果たすことに命を懸けていたのは、既に、遥か遠い記憶の彼方。
 いつしか私は、嘗て抱いていた意志を忘れ、惰性で愚者を殺めるだけの人形と化していた。
 不幸にも、その事実に気付いてしまったのが、つい数百年程前のこと。
 それ以来、私はずっと、何かを求め続けている。
 変わらぬ日々に飽いた心を躍らせてくれるような何か。生きながらにして死んでいる、曖昧な命を蘇らせてくれるような、何かを。
「とにかく、先輩のすごい噂は、それはもう沢山あるんですよ!」
 そして、今、私の隣に居るこの娘こそ、その何かと成り得るのではないかと、そう考えているのだ。
「御世辞はそれくらいで結構よ」
「あ……。すみません……」
 気恥ずかしさと物思いのせいで、何とも愛想の無い言い方になってしまった。
 彼女はすっかり縮こまり、申し訳無さそうに顔を俯けている。
 私は思わず彼女の頭に手を伸ばし、そのリコリスのように赤い髪の上から、よしよしと撫でてやった。
「御免なさい。別に怒ったわけではないのよ。貴女が私を慕ってくれていることは、とても嬉しいわ。有り難う」
 すると、彼女は一層小さくなって、髪と肌の区別も付かないくらいに、酷く紅潮した。
 ……どうしたものだろう。
 私の何でもない言動に、逐一過剰な反応を見せる彼女が、溜まらなく面白い。
「…………あの……。それで、お話というのは……」
「あら。御免遊ばせ」
 もう少しこの百面相を楽しみたい気持ちは有るが、そのまま本題を忘れてしまっては本末転倒である。
 私は少し考える振りをして、「何から話せば良いかしら」と勿体振ってみた。
 彼女がゴクリと息を呑む。
 それから四秒と少しの静寂を挟んだ後、私は彼女から顔を背け、体の正面へと向き直った。
「貴女は、この瓦礫の山を見て、どう思うかしら?」
 問われて、彼女は眼下に広がる惨状に目を向ける。
 そして、暫く黙って考えてから、何処か悲しげに感じられる声で、こう答えた。
「……痛ましいと思います」
「痛ましい」
「はい。これから善行を積めたであろう子供達や、己の悪行を悔い改められたであろう人達が、その機会を奪われた現場ですから」
 如何にも真面目な死神らしい答えである。
 おそらく、私が自分の中の良識に訊ねても、同じ答えが返ってくることだろう。
 では本心はどうかと言えば、「御仕事が増えて大変ね」程度のものなのだが。
「……それから、少し、腹立たしい気もします」
「ふうん?」
 今度はやや語気を強めて、彼女が話を続ける。
「この街がこんな事になったのは、たった一人の人間が……えっと……何か危ない研究を暴走させた、その結果だって聞きました」
「……ええ。そうよ。彼自身は、あれを錬金術だと思っていたようね」
 その実態は、歪んだ呪術師。
 死を恐れ、自らの寿命を誤魔化す為、様々な外法に手を染めた、矮小な人間であった。
 あの日、彼は迫り来る『災害』から身を守ろうとして、破壊をもたらす禁忌の術を使ってしまったのだ。
 果たして、その愚行は多くの道連れを作り、徒に罪を重ねるだけの結果となった。
「そいつをぶん殴って、説教してやりたいです。手前の身勝手のせいで皆、死んじまったんだぞ、って」
「あらあら。恐ろしい死神ですこと」
「あ……いえ、その……!」
 途端に彼女が慌てふためく。
「すみません! つい、品のない言い方を……!」
 私はやはり彼女の挙動が可笑しくて、クスクスと笑い声を洩らしてしまった。
「何も謝ることなんて無いわ。私は貴女に、どう思うかと訊ねたんだもの。正直に答えてくれて、喜ばしい限りよ?」
「は、はい……」
 いや、全く以て、喜ばしい。
 今日という日は、私の生涯で最も幸運な日であるに違いない。
「……一つ、貴女に提案が有るんだけれど」
「はい! 何でしょうか!」
 他にも質問をしてみようかと考えていたのだが、先の回答だけでも十分。いや、十二分だ。
 私の勘に狂いは無かった。
「執行官になってみない?」
 沈黙。
 困惑。
 混乱。
 そして、狼狽。
「……む……」
「む?」
「無理ですよ! あたいなんかに、鬼神の代理が務まるわけないじゃないですか!」
 そう言うだろうと思っていた。
 しかし、それで引き下がる私ではない。
 何百年……いや、何万年の退屈の果てに、やっと見付けた逸材なのだ。此処で逃してなるものか。
「いいえ。貴女ならきっと、私より優れた執行官になれるわ」
「あり得ないですよ! あたいが先輩に優るとこなんて、何一つとしてありません!」
「謙遜し過ぎ……いえ、私を買い被り過ぎね。私は只の卑怯者よ。いつも遠くからこっそりと首を撥ねているだけだもの」
「それは先輩の持つ力を最大限に活用されてるんじゃないですか! あたいには、そんなこと……」
「あら。貴女にも大した能力が有るじゃない。ついさっきだって、その力を使って此処まで来たんでしょう? 声を掛けられる寸前まで、全く気配を感じなかったもの」
「そう……ですけど……。でも……!」
「私の見立てでは、霊力も体力も、貴女の方が高い素質を持っている筈だし」
「そんなわけ……!」
「何より、貴女は罪人との交流を望んでいる」
 それまで、どうにか反論しようと躍起になっていた彼女が、ぴたりと口を噤む。
 その沈黙は、私の指摘が正しいことを証明していた。
「……死神の多くは、死者と直接関わり合うことを好まないわ。特に、地獄へ落とされるであろう者とはね。理由はそれぞれに有るでしょうけれど、どれも突き詰めれば『疲れるから』に集約されるかしら」
 彼女は尚も言葉を紡ぐこと無く、じっと正面を見据えている。
「だけど、貴女は違う。貴女は彼等と語らい、出来ることなら、その過ちを自らの言葉で正してあげたいと思っている」
 少しずつ、彼女の顔が俯いていく。
「生真面目な貴女はきっと、それを僭越な望みと考えていたことでしょう。それは彼等を裁く判事達の領分だと。でもね、少しも差し出がましくなんかないわ。私達死神の本分は、人々を導くことに在るんですもの」
 そう。それこそが、在るべき死神の姿。
 しかし、私をはじめ、殆どの死神は、型に嵌まった作業を繰り返すだけの朴念仁だ。
 これは仕事だからと、喜怒哀楽を切り捨てた木偶の坊が、どれだけ尤もらしく良識を棒読みしてみせたところで、本当の意味で魂を導くことなど出来る筈が無い。
 死人の無念を思い遣り、愚者の蛮行に憤ることの出来る、彼女のような者こそが、死を恐れる人々を迎えに行ってやるべきなのだ。
「……どうかしら。一度、執行官として……」
「ふふ……」
「……え?」
 不意を突かれた。
 すっかり顔を伏してしまった彼女の口から、確かに笑い声が洩れたのだ。
 私がその意図を掴めず戸惑っていると、彼女はやおら頭を上げて、大きく息を吸い込み、吐き出した。
 そして、先程、私の異名を呼んだ時と同じ顔をして、此方を振り向いた。
「やっぱり、先輩はすごいです」
 何が。
 と、問う間も無く、彼女が言葉を続ける。
「四季様と、全く同じ事を言われてしまいました」
「シキ様? 判事のお一人の?」
「はい!」
 同じ顔、と表現したのは、訂正しなければなるまい。
 今の彼女は、先程よりも一段と……いや、数段、朗らかな表情をしている。
「先月、閻魔様達の会合があった時にお話させていただきまして、そこで、先輩と同じ事を指摘されたんです。私はもっと、霊と触れ合う仕事をした方がいいって」
 ……嫌な予感がする。
「それで、明後日から、四季様の下で三途の川の船頭をすることになったんです!」
 予感は的中。
 道理で手が空いていたわけである。
 事務仕事の引き継ぎを終えて、次の職場へ移るまでの期間に居たのだ、彼女は。
 シキ様と言えば、東洋の問題児を多数抱える、ザナドゥ地区を担当されている判事。
 そんな所の渡し守となれば、さぞかし多様な霊魂達と接触出来ることだろう。
「……そう。それは良かったわね」
 抑え切れない嘆息が洩れる。
 それを受けて、彼女はあからさまに悪びれた様子を見せた。
「あ……あの、ですから、先輩に頂いたお話は、すごく嬉しいんですけど、でも、私は……」
 今一度、頭を撫でずには居られなかった。
 彼女に余計な罪悪感を抱かせたことが申し訳無くて。
 そして、彼女が先に見せた屈託の無い笑顔に、微かな嫉妬を覚えた自分自身を誤魔化す為に。
「シキ様の御眼鏡に間違いは無いわ。貴女はきっと、素敵な渡し守になることでしょう。自信を持って、その任に務めなさい」
「……ありがとうございます」
 彼女がはにかむ。
 ……さて、私が嫉妬しているのは、誰に対してだろうか。
 この娘の素質を逸早く見抜き、敬慕されているシキ様に、か。
 あるいは……。
「……名残惜しくないと言えば嘘になるけれど、貴女と話せて良かったわ。この出会いに感謝しなくてはね」
「そんな……。畏れ多いです。私の方こそ、尊敬する先輩にお声をかけていただいて、本当に光栄でした」
「御土産話ぐらいには成ったかしら?」
「戻ったら、皆に自慢します!」
 冗談を言ってくれる程度には、親しめたようだ。
 ……本気でなければ良いのだが。
「確か、まだ御仕事が残っているんだったわね」
「はい。途中で抜けさせてもらいましたので。たぶん、まだ終わっていないと思います」
「それなら、其方に戻ってあげて。これ以上、私事で貴女を独占していたら、彼女達に恨まれてしまうわ」
「……分かりました。……あの、本当に、ご期待に沿えず……」
 コツン、と、鎌の柄で彼女の後頭部を小突く。
 これ以上、私を惨めにさせないでほしいものだ。
「貴女はもう少し、力を抜きなさい。そうやって肩肘を張り過ぎていると、シキ様にも心配されてしまうわ」
「……すみませ」
 コツン。
「真面目であることは良いことよ。でもね、いつもそれだけだと、疲れてしまうじゃない。偶には仕事を放っておいて休むぐらいが丁度良いの」
「……そう……でしょうか……」
「それにね……」
 また俯きがちになっている彼女の頭をぐいと持ち上げ、その顔をじいっと覗き込む。
「貴女は変に畏まっていない時の方が、ずっと可愛らしいもの」
 彼女は再び、酷く赤面した。
 これを間近で見られただけでも、此度の出会いは有意義であった。……そう思うことにしよう。
「次に会う時は執行官としてじゃなく、只のエリーとして、貴女と話をしてみたいわね」
「ひゃ、ひゃい……!」
「いつでも訪ねていらっしゃい。美味しい紅茶と、自慢の焼き菓子を御馳走してあげるから」
「い、いえ、そんな……」
 真っ赤に染まった彼女の頬にキスをして、私は大鎌と共に空へと飛び立った。
「さようなら、コマチ。貴女に、主の祝福が在らんことを」





「さて、と……」
 懐から取り出した、一枚の紙切れ。
 ずらりと並んだ氏名の上に、私は一本の線を描き加えた。
 こうして描かれた横棒は、今月に入ってから、もう四本目になる。
「……このままだと、私の仕事が無くなってしまうわね」
 そうしたら、あの娘のように船頭に成るのも良いかも知れない。
 ……いや、冗談を考えている場合ではない。
 この事態を放置しておけば、また無意味な蛮行に及ぶ者が現れるかも知れないのだ。
 そういった事をさせないよう、私達は常に慎重な処刑を心掛けているというのに……。
「わざわざ彼等を刺激したりして、一体何を考えているのかしら。……つくづく、あの地区の住人は……」
 ……ザナドゥ地区。
 これは単なる偶然か。或いは、根深い因果の帰結か。
 あの『災害』は、其処からやって来た。
 彼等から外法を奪う為に。新たな力を得る為に。より高みへと昇る為に。
 その根幹に在るものは、この世で最も重い大罪。
「……何を考えていようと構わないけれど」
 これ以上、私の獲物を横取りするのは御免蒙る。
 そして、私の仲間達に迷惑を掛けるのも、そろそろ御遠慮願いたい。
 何より……。
「振られた鬱憤は晴らしておかないと、精神衛生上良くないものね」
 要するに、只の八つ当たりである。
 しかし、私が『彼女』に興味を持っていたのも事実。
 可愛い後輩を獲得し損ねた分、精々楽しませてもらおうではないか。
「お会いするのが楽しみね……。妖怪、ユウカ」
 私は名簿を再び懐中に納め、『標的』を探す為に動き出した。




 
お読みいただき、誠に有り難う御座います。

旧作キャラと新作キャラの絡みはもっと増えるべき。そうなるべき。

この後、エリーがどうなったか。
もしも数百年後の彼女に興味が御座いましたら、
拙作『くるみちゃんがころんだ!』を御笑覧いただけますと、大変嬉しく存じます。

それでは、お疲れ様でした。

◆2015.11.16 小野塚小町タグを削除
昭奈
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コメント



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2.100名前が無い程度の能力削除
小町がサボり魔になったのはエリーのせいだったのか
5.100名前が無い程度の能力削除
初々しい小町かわいいです
6.90奇声を発する程度の能力削除
小町が可愛いらしかったです
8.80とーなす削除
あったかもしれない、新旧鎌使いの邂逅。
旧作とWIN版で意外な接点があるキャラが多いのだから、確かにもっと増えてほしいですね。