Coolier - 新生・東方創想話

有閑少女隊その9 風邪かな? お粥とチキンスープ

2015/11/14 08:09:50
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「いー天気ねー」

 博麗霊夢がいつものように縁側でぼけらーっと空を見上げている。
 穏やかな昼下がり。ここのところうるさい来客も無く、静かな日が続いていた。

「異変が無いのはありがたいけど、ちょっと退屈だわね」

 いつもなら居候の少名針妙丸か伊吹萃香が返事をするのだろうが、今日は二人して遊びに行っている。

「魔理沙でもいいから来ないかなー」

 口ではそう言っているが、なんだかんだで魔理沙はお気に入り。
 可愛い馴染みに無聊をかこつ自分を慰めて欲しいと昧望する。

「最近は口に出すとかなうことが多いから良いのよ」

 誰に言ってるんだか。
 すると視界に目当ての影がさした。

「ほーらね。来た来た~ ……ん?」

 箒に跨がって飛んでくる魔理沙はふよふよと頼りなげだ。いつもは一直線で威勢の良い飛翔なのに様子がおかしい。
 ようよう着陸して歩み寄る足取りも軸がブレているように左右に振れている。

「おひさ~」

 それだけ言ってボンヤリしている。
 うっすらと赤みが差した顔面、焦点の定まらない目線。明らかにノーマルモードではない。

「あんた、どうしたの? 具合悪そうじゃない」

「……うん、少し熱っぽいかにゃ、ふらふらするじぇ」

 ろれつも回っていない。

「何かあったの?」

「夜光キノコを探しに行ってそのまま徹夜しちゃったじぇ」

「ばかねー、そのまま家に帰って寝ればいいじゃないの。
 わざわざ来ることないのに」

 つっけんどんなセリフだが、労りの音色がある。

「れーむの顔を見れば元気が出るかな……って思ってさ」

 そう言って力なく笑った。
 ずっきゅんきゅ~ん。

「し、仕方ないわねっ、少し休んで行きなさいよ」

 こっちの熱が上がりそうなセリフをさらりと言いやがる天然スケコマ魔法使い。

 ―――†―――†―――†――― 

「布団敷くから寝てなさいよ」

「うー さんきゅ」

 のろのろとした動作で帽子をとり、靴を脱ぐ。

「皺になっちゃうから上着もスカートも脱ぎなさい」

 普段なら【魔理沙喰い】である霊夢の前で無防備な姿はさらさないはずだが、もそもそと脱ぎ出している。よっぽど調子が悪いのだろう。
 シャツと短めのドロワ、そして白い靴下。
 黒い要素がなくなり、わずかの白だけに包まれた金髪の美少女。
 なかなか扇情的な格好だが、さすがの霊夢もここは自重している。
 ふらふらしていた魔理沙がぱたっと横になり、枕に顔を埋めた。

「む~ れーむ臭いじぇ」

「はあっ? 臭いってなによっ」

 具合が悪そうでなければぶっ飛ばしているところだ。

「安心できるいい匂い……この匂い、好き~」

 すふすふ、くんくん

「ふへ? そ、そりゃ良かったわ」

 思わぬタイミングでツボを突いてくる。
 何と返せば良いのやら。困ってしまう。

「ほら、靴下も脱ぎなさい、あー私が脱がしてあげる」

「う~ たのむ~」

 足をピョコッと動かす魔理沙。
 ズリズリと脱がす霊夢。
 細い足首と形の良い足指と、桜色の小ちゃな爪が現れた。

「あ~ らくだじぇ~」

 今、魔理沙の下半身を守っているのはショートドロワ一枚のみ。
 すべすべの腿と綺麗な膝小僧、程良く発達したふくらはぎが無警戒な状態で公開されている。

(ごくっ ごごくりっ)

 霊夢でなくとも生唾を飲み込むよ、うん。

 博麗霊夢はその人生において初めて【我慢】の意味を正しく理解させられていた。

 ―――†―――†―――†――― 

「こんにちわー ……うわっ ごめんなさい!」

 東風谷早苗が来た早々、回れ右して帰ろうとしている。
 半裸の魔理沙が布団に横たわり、その脇には息遣いを荒くしている霊夢。これはもう、アレだ。

「タイミング悪かったですねっ 失礼しました!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 慌てて帰ろうとする早苗をこちらも慌てた霊夢が呼び止める。

「私、誰にも言いませんからっ ええ、内緒にしますっ」

「そーゆーこっちゃないのよ! いーから座んなさい!」

「でも、これからお楽しみタイムなんですよね? 合意があれば私は特になにも」

「良く見なさいよ、このバカッ! 魔理沙は具合が悪いのよっ」

 このゴシップスピーカー娘の特殊アビリティは【早合点】と【腐妄想】。このまま逃しては後々面倒になること請け合いだ。

「へ?」

 あらためて観察すれば確かに尋常な様子ではない。
 虚ろな半眼で息づかいは荒く、うすく汗をかいている。

「風邪ですか?」

「そうかもね、よく分からないけど」

「お薬とか飲ませなくていいんですか?」

「んなモンありゃしないわよ。あんたんとこに無いの?」

「ウチには薬はありませんよ。皆、神ですから」

「風邪なんかひかないってわけ?」

「風祝が風邪をひいてはお話になりませんからね」

「ま、あんたは風邪をひきそうにないわよね」

「それはナントカは風邪をひかないと言う俗説ですか?
 ナントカは風邪をひかないんじゃなくて、風邪になっても気が付かないだけですよ」

「あんたは気が付くってこと?」

「ですから風祝は風邪をひかないんですってっ」

「う~ん うう~ん」

 魔理沙がうなされている。

「ほら、あんたがくだらないこと言ってるから魔理沙の具合がさらに悪くなったじゃないの」

「私のせいですか?」

 言いがかりにもほどがある。
 しかし、魔理沙が悪化しているのは事実だった。
 発汗が激しく、呼吸も忙しくなっている。

「汗をかいてるわ。着替えさせなきゃ」

「霊夢さん、ここは私がやりますよ」

「どうしてよ」

「非常事態なんです」

「わーってるわよ」

「イタズラしてる場合じゃないんですよ?」

「はあ? なに言っちゃってんの?」

「抵抗できない魔理沙さんをひん剥くなんて看過できません」

「言い方って大事よ? 着替えさせるだけでしょうが」

「こと魔理沙さんに関して霊夢さんの信用度はほぼゼロですから。
 おっと、怒る前にこれまでのご自分の行状をほんの少しで良いですから振り返ってください」

 そう言われちょこっと考え込む霊夢。すぐに目がチャプチャプ泳ぎ始めた。

「……二人でやるわよ」

「ええ、それで良いのです」

 早苗のドヤ顔にイランダーツの犬だが、今はそれどころではない。
 もうろうとしている魔理沙の上半身を起こし、早苗に支えさせたままシャツのボタンを外す。思ったよりもびっしょりだ。

「カモミールも脱がさなきゃだわ」

「それ、キャミソールですからね」

「どーでもいいでしょ」

「いえ、その都度直していかないと【カタカナ言葉を都合の良いように言い換えるオバちゃん】になってしまいますよ」

「まさか」

「いーえ、マスカラをマラカスとか、カイロプラクチックをカイロプラスチックとか、レトルト食品をレトロ食品とか、ペイルライダーをパイルドライバーとか言い出したらマズいんですよ」

「意味分かんないわ」

「あげく、BIG ECHOをビゲッチョーと読んじゃうんですよ。そして時任三郎を『とき にんざぶろう』って言い出すんです」

「どんどんおかしな方に行くわね」

「超電磁・ロボコン・バトラーVとか区切ったら、もはやどんなロボットか想像できません!」

「落ち着きなさいよ」

「ぃ……くちゃんっ」

 可愛いクシャミは魔理沙。

「あーもー 早苗、あんたがうるさくするから」

「は? 私のせいですか?」

「明らかにそーでしょーが。いーからさっさとやるわよ」

 ―――†―――†―――†――― 

 魔理沙の上半身が完全に公開されている。

「どうしたのよ」

 不自然に固まっている早苗に声をかけてみる。

「魔理沙さんって、その」

「なに?」

「肌がとっても綺麗です。女の子の体です」

「そりゃ女の子でしょうが」

「あのですね、本当に分かっているんですか? 魔理沙さんは『こうだったら良いのに』と一般女子が求める理想の体なんですよ」

「おっぱい小さいわよ」

「魔理沙さんは成長中じゃないですか。そんなのは瑣末なことですよ」

「でも、この乳首、可愛いのよね~」

「あ、ついでに触ろうとしないでくださいっ いけませんよ!」

「なによ、けち」

「けちって……霊夢さんに言われちゃうんですか」

 早苗は泣きそうな顔になった。

「うるさいわね」

「そんなことはどーでも良いんです。このヒトはもう少ししたらスゴいことになりますよ、きっと。えーと、そんなパーツ単体の話ではなくて、均整が取れていて瑞々しくて艶々していて柔らかそうで……」

「なーんかヤらしいわね。つまり、かぶりつきたくなるってこと?」

「そんな直球なのは霊夢さんだけですよ」

「アリスのヤツはもっとあからさまよ」

 終わりに『ケッ』と付け加える外道巫女は都会派魔女を魔理沙をめぐるライバルと目している。

「アリスさんは変化球だと思いますがね」

「狙いは明らかじゃないの。魔理沙がアイツの淫らな魔法でずぼずぼにされやしないか心配よ」

「ずぼ……言い方は大事ってさっき言ってましたよね?」

 言い合いながらも手は動かしている赤&緑の巫女。
 ようやく霊夢の寝間着を着せ終わった。

「ふ~ん ふう~ん」

 うなされ方に力が無くなってきている。

「さっきより具合が悪そうだわ」

「ただ寝かせているだけですからね」

「早苗」

「はい」

「お医者を呼んできてよ」

「私がですか?」

「他に誰がいるのよ」

「こんな魔理沙さんと霊夢さんを二人っきりにはできません」

「こんな魔理沙に変なことする訳ないでしょ、行ってきて」

「魔理沙さんが心配なんですよね?」

「あたりきしゃりきの車引き」

「霊夢さんの方が飛ぶの速いじゃないですか」

「む……そうね」

 痛いところを突かれた。
 それにさすがにここで『面倒臭い』とは言えない。

 ―――†―――†―――†――― 

「今日は暇ね」

 迷いの竹林、永遠亭の一角を改造した処置室の椅子に腰掛けている白銀の髪の女が呟いた。
 八意永琳。正式には医者ではないが、その膨大な薬剤の知識を背景に診療所のようなものを開業している。
 呟いたとおり本日は開店休業状態。往診の予定もない。
 助手で召使いの【うどんげ】は里に配置薬の整備に出かけている。
 お姫様はおそらく部屋にいるのだろうし、もう一匹のウサギ妖怪はいつものようにどこに行ったか分からない。
 つまり話し相手もおらず、暇にターボがかかっている。
 悠久の時を過ごしてきた永琳は時間との向き合い方に熟練しているのだが、ここ数年はバタバタとオモシロ忙しく、そのため暇を厭うようになってきていた。

 どっごごおーーーん

 庭の方から轟音が。
 突然の出来事だが、この程度で驚くような永琳ではない。
 しかし捨て置くわけにもいかない。

「何か落ちてきたようね。禍々しい何かが」

 不敵な笑いを浮かべながら『よっこいしょーいち』と言って立ち上がった。
 里に出入りしている助手によれば人間達は立ち上がるときにはこのセリフを言うらしい。
 この地に適応しようと気を使う自分たちはこの手の習慣を積極的に取り入れるべきだと考えている。

 庭に出た永琳は収まりきらない土煙の中、仁王像を発見した。
 良く見れば博麗神社の巫女だった。
 視界の悪い状態、その異様な存在感が幻影を見せたのかも知れない。

「なに用かしら? 貴方には治療は必要無さそうだけど」

「出前」

「いいわよ」

 細かいことは聞かずに即答。
 急患があり、往診の要請であろうと永琳ほどであればすぐに理解できる。

「怪我? 病気? どなた? どこ?」

「風邪っぽい魔理沙がウチで寝てるわ」

 最小限のやり取りで情報を確保した永琳は『四十秒で仕度するわ』と言って一旦診療所に引っ込んだ。

「お待たせ」

「飛ぶわよ」

 言うが早いか永琳の手を取って離陸する。いつも泰然自若な巫女が随分と焦っていた。

 ―――†―――†―――†――― 

「かなりの熱だけど、風邪の初期症状よ」

「そう、良かったわ」

 永琳の看立てに胸をなで下ろした霊夢。

「魔理沙、このコは感受性が強いのよ。以前に看た時分かったわ。
 何かと呼び込みやすい体質なのよ。人間にしては免疫は強いけど、きっと弱っていたのね」

「徹夜したって言ってたわね」

「今は高熱が出てるけど、この熱が呼び込んだものを駆逐するでしょう。咳も無いし、薬屋が言うのもなんだけど、余計な薬は要らないわね。栄養を摂って体を温めていれば自然に治るわ」

「大事に至らなくて良かったですねー」

 早苗も安心したようだ。

「このコは人間の免疫機構の優良なサンプルだわ」

「……危ない目ね。あんたもう、帰っていーわよ」

「うーん うーん」

 まだうなされている魔理沙。

「苦しそうですね」

「あ~」

 魔理沙が何か言葉を発しようとしている。

「あ?」

「……ありすぅ」

 瞬間、霊夢の顔面が醜く歪む。

「こ、こんな時でもアリスって、こいつはぁ」

「霊夢さん! 魔理沙さんは病人なんですよ?」

「わかってるわよっ」

「れ~」

「れ?」

「……れーむぅ」

 途端に慈母の微笑みを向ける。

「なーに、ここに居るわよ。どうしたいの?」

 声まで優しい。

「胸、もむの、やめて……」

「は?」

「これは発熱による一時的な混乱ね。分かり易く言うと【夢うつつ】の状態だわ」

 希代の藥師がもっともらしく説明する。

「……れーむぅ」

「なによっ」

「むりやりキスすんのもやめて……」

「ぬ、ぐぐぐっ」

「霊夢さん、落ち着いて【夢うつつ】なんですよ?」

「ドロワ脱がさないで…… そんなとこ舐めないで……」

「あ、あんた、ホントに具合悪いの?」

「……れーむ、ヒドい……ヒドいよぉ」

 眠っているはずの目尻から涙が溢れ出る。

「ヒドいって、今度はなにっ!」

「……きょうは危ない日だってゆったのにぃ……何回も中で」

「おい魔理沙! 起きろっ くらあ!」

「霊夢さん、乱暴したらいけませんっ」

「博麗の巫女の爛れた生態が露見したわね」

 そう言う永琳は冷ややかな目。

「あんた【夢うつつ】って言ったじゃない!」

「現実に全く関係ないことは口走らないわ。でも安心して。患者のプライバシーに関わることは決して口外しないから」

「全くの事実無根よっ」

「えええぇ? 全くですか?」

 普段から変歪型レイマリを見ている早苗が思わずツッコんだ。

「………………そ、そりゃあ、多少は、ね」

 ごにょごにょと口ごもる霊夢。自覚はあるらしい。

「ほら」×2

「ほら、じゃないわよ!」

 ―――†―――†―――†――― 

「とりあえず何かお腹に入れさせた方が良いわね。胃が空っぽよ」

「寝かせておいた方が良くない?」

「私の診断を信じなさい」

 お医者(?)にそう言われれば従うしかない。

「おじや、お粥、柔らかいうどん、とかでしょうかね。
 あ、アイスクリームも良いって聞きますね」

「アイスクリーム? このコ、牛乳飲み過ぎるとお腹が緩くなんのよ」

 魔理沙の生態には誰よりも詳しい霊夢。
 確かに乳製品は体が弱っている時には消化が悪い。

「おそらくこのコも【乳糖不耐症】なんでしょうね」

 永琳がこの国の人民の一般的な体質に触れる。
 牛や山羊の乳を常飲していなかった遺伝子はこの高栄養食品を受け付けにくいのだ。

「お粥はよく作るわ」

「へー」

 何かと頑丈な霊夢とお粥の組み合わせが意外で思わず声が出てしまった。

「少ないお米で満足できるから」

 あー、納得。ちょっと悲しい色やね。

「玉子と梅干し、そして海苔の佃煮ね」

「良いですね。あと、チキンスープも作りませんか?」

「鶏のスープ? 風邪なのに?」

「あらま、ご存知ないんですかああー」

 あっちゃー。オデコをピチャっと叩く。
 その大げさな仕草が激しく癇に障る。

「欧米では『風邪をひいたらチキンスープで治す』のが常識なんですよ。もちろん普通に飲んでもいいんですけどねー」

「へえー、でも言っとくけど、ここ、欧米じゃないからね」

「魔理沙さん、外見が欧米風ですから」

 金髪金眼は確かに東洋人には見えない。中身はコテコテの和風娘だが。

「そんなこと言ったらここにいるヤツのほとんどはそうじゃない」

 幻想郷住人、いや、ビジュアル系キャラの根幹部分に触れてしまった。

「それは言わないお約束なんですよ」

「ふん、バカバカしい。大体あんたの髪色なんてこの世のモノとは思えないわ」

「な、なんですってっ? 私が妖怪だとでも?」

 緑色のロングヘアーは自慢なのに。

「私は許容範囲内かしら」

 八意永琳が白銀の髪を撫でながら割り込んできた。

「そーね、金髪や白髪はありかもね。赤系、黄色系もギリセーフだけど、緑はねーわよ、緑は」

「うぐぐぐぎぎぎっ ヒトの外見をあげつらうのは最低ですよ!」

「この土地は特殊な空間だから多様な変異があるのかもね」

 月の賢人がそう言ってうむうむと頷いた。

「永琳さんまで? 私が変異だって言うんですか?」

「それよりも風邪に特効のあるチキンスープとやらに興味があるのだけど」

 ある意味幻想郷で一番マイペースな八意永琳は早苗の怒り程度には全く反応してこない。

「そーよ、さっさと説明しなさいよ」

 マイペースでは負けていない霊夢が自分の興味だけを主張する。

「むぐぐぐっ」

 なんでこんな身勝手星人どもに教えてやらにゃならんのか。
 しかし、苦しそうな魔理沙を目にし、怒りを飲み込む早苗さん。

「分かりました。この件はいずれカタをつけるとしましょう。
 まずはチキンスープです」

 このコ、よい子なんですよ。

 ―――†―――†―――†――― 

 ジャンケンに負けた霊夢が手羽元肉とセロリを買いに行っている間、早苗は博麗神社の食品在庫をチェックしていた。
 野菜はジャガイモ2個、ニンジン1本、タマネギ1個、どれもしなびている。生姜もニンニクも元気がない。

「なんですかこれー。こんなの食べてるから霊夢さんは栄養不足になるんですよ」

 ニンジンをつまみ上げながら文句を言っていると、永琳が『ちょっと貸して』と手を出した。
 渡されたニンジンを両手で弄んでいると、採れたてのような瑞々しさに変貌していた。他の野菜も両手でこね、同じように鮮度を回復させていく。

「魔法じゃないわよ。水分を補って細胞を活性化させただけ」

 呆気にとられている早苗に事も無げに告げた。
 この得体の知れない薬師は魔力や妖力とは異なる力を持っている。それも強大な力を。

「あ、ありがとうございます」

 そう言うのがやっと。
 それに対して『どういたしまして』と会釈する永琳。

「骨付きの鶏肉からは様々な成分が出るわ。それに各種野菜を細かくして柔らかく煮るのね?」

「そうです」

「身体を温め、十分な水分と共に各種野菜のビタミンとミネラル、適度なタンパク質と脂質など必要な栄養を穏やかに摂取できる……なるほど合理的な料理ね、民間療法として永く伝えられてきたのも納得がいくわ」

 解説としては大仰だが、ほぼその通りであろう。

「これにトマトを入れると味わいが一変しますよ」

「そうでしょうね、それも美味しそうだわ」

「でも弱っているときに酸味の強いモノは良くないと聞きますから今回トマトは無しです」

「了解」

「あい かむばあーーっくっ!」

「うわっ 霊夢さん、早かったですね」

 お使いに行っていた赤巫女が戻ってきた。

「ふーーい、今日は全速飛行ばっかりだわ」

「それだけ魔理沙さんのことが心配なんですね」

「よけーなこと言うんじゃねーわよ」

「では早速取りかかりましょう」

 まずは手羽元肉を鍋で炒める。完全に火を通さなくとも良い。後でじっくり煮込むから。

「今のうちに野菜を小さめの賽の目に切ってください」

 野菜を手にした霊夢は首をひねっていたが『ま、いいか』と皮を剥き始めた。ここは気にして欲しかった。
 トントン タンタン トンタントン。
 ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、セロリが刻まれていく。

「あ、生姜はおろしてください、ニンニクは粗みじんで」

「めんど……くないわよ別に、ふんっ」

 お得意のフレーズも今日だけは鳴りを潜めている。

「お肉が炒まりましたから水を加えまーす」

 柄杓でざばっざばっ。

「お湯じゃなくていいの?」

「野菜は水から煮た方が柔らかくなるんですよ」

 刻んだ野菜をどっぱどっぱ。

「確かにそうね、細胞壁の変質が均一に進行するから」

 永琳がその豊々満々な胸の下で腕組みしながら解説を入れる。

「ふうーん」

 返事はしたが博麗の巫女はきっと理解していないだろう。

「味付けは塩コショウだけですが、コショウは少なめにします」

「刺激が強いしね」

「えーと、実は迷っているんですが」

「なにをよ」

「シイタケどうしましょう?」

「んー、あることはあるけどね」

「主に魔理沙さんが飲みますからねえ」

「私はいらないわよ」

「でも魔理沙さんが喜ぶかもしれませんし」

「チキンスープには入れるモンなの?」

「野菜に決まりはありませんけど」

「じゃあ、なくてもいいのね?」

「そうですね」

「嫌いではないけど、風味が強いのよね」

 これは永琳さん。

「ちょっと待って、あんたも飲むつもり?」

「薬膳なら是非飲んでみたいわ」

「多数決にしましょうか」

「そうね。入れないほうが良いと思うヒトー」

 三人の手が上がった。

「ま、そう言うことね」

「魔理沙さん、ごめんなさい」

 本人が聞いているはずもなく。ここでもシイタケはディスられた。

 ―――†―――†―――†――― 

「トロトロになるまで煮込みたいところです。一時間は欲しいですね」

「要は加熱でしょ? 私がお鍋を見ておいてあげるわ」

「怪しい薬とか入れないでよね」

「霊夢さんっ」

 失礼な物言いにも関わらず、『まさか』と笑って済ませる薬師。

「そんじゃ、私はお粥を作るわ」

「柔らかめが良いですよね」

「なら生米に対して水は10倍ね。米は大さじ4くらいかな」

 計量スプーンでざるに米を4回入れる。

「あら、どうしたんですか計量スプーンなんて」

「【あの御方】にもらったの」

「もしかしてナズーリン……さんですか?」

 ちょっと嫌そうな顔。早苗はあのネズミ妖怪が苦手なのだ。

「そーよ、料理の基本は正確な計量だって」

 少量の米に水をかけ、ちゃかちゃかと洗う。
 そして土鍋に移して水を注ぐ。

「水はろっぴゃくしーしーねー」

 今度は計量カップが登場した。

「あ、あの【ざっくりざっぱーの霊夢さん】が」

「……今日は見逃してあげるわ」

目を丸くしている早苗を一睨みしてから低い声で吐き捨てた。

「量を正確に計ることはとても大事よ」

 肯定したのは異世界のサイエンティスト。

「煮立つまでは強火よ」

 ぽいぽいと薪をくべる。

「しかし霊夢さんが計量とは」

「まだ言ってんの? 今すぐ舌を引っこ抜かれたいの?」

 ―――†―――†―――†――― 

「煮立ってきたら弱火にすんのよ」

 薪を何本か引っこ抜く。

「そしてー、弱火にしたとき、しゃもじを使って一度底からかき混ぜてあげんの。こうやってぐりぐりっ……と」

「なにかのおまじないですか?」

「こうすると焦げ付かないのよ」

「なーるほど」

「あとは混ぜなくて良いわ。蓋を少しずらして置いて3、40分くらいで出来上がり。直前に溶いた玉子を回しかけたら完成ね、塩をふたつまみくらい入れようかしら」

「すばらしい手際ですね」

「たかがお粥じゃないの」

「そう言えば炊いたご飯で作りませんでしたよね?」

「それは【炊き粥】。粘った汁が出るからイマイチなのよ。やっぱ生米から炊く【入れ粥】の方が美味しいわ」

「へえ~ へえ~ へえ~」

 ボタン連打で80へえ。

 ―――†―――†―――†――― 

 土鍋がくつくつ鳴って湯気が上がっている。

「あのさ」

「はい?」

「隣のスープの鍋、湯気が出てないんだけど」

 お玉片手の永琳がお守りをしている鍋は確かに全く湯気が上がっていない。かまどを見れば火は間違いなくついているのに。

「あの、永琳さん」

「なーに?」

「そのお鍋、その、ちゃんと火が通ってます?」

「もちろんよ。よくご覧なさいな」

 二人がのぞき込むとグラグラブクブク盛大に踊っている具材が見えた。

「どうなってんの?」

「密閉して圧力がかかるようにしたの。その方が早く煮えるから」

「みっぺい? 蓋は?」

「肉眼では見えないだけよ。鍋は高圧でも壊れないように組成を補強しておいたから大丈夫よ」

 何をどうやってと聞きたいが、おそらく説明されても理解できないだろう。

 ダブル巫女は目配せして台所の隅に移動する。そしてひそひそ。

「永琳さんて、お料理の時にモノスゴくお役に立つヒトなんじゃありませんか?」

「よく分かんないけど、一家に一人、八意永琳ね」

 それはとても心強そうだが、あとあとタダでは済まないような気がしないでもない。
 それにもったいない。ロールスロイスで新聞配達をするような、あるいは合体ガンバスターに草むしりさせるようなもったいなさを感じる。

「二人ともどうしたの?」

「いえ、別に」×2

 八意永琳のポテンシャルは惑星規模なのだが理解している者は幻想郷では少ない。大多数が【不思議なお医者さん】程度の認識だろう。

「もう良いと思うわ」

 お椀に少量ずつとって味見する三人。

「うわっ 野菜トロットロです」

「肉はクズクズね。骨から勝手に剥がれてるわ」

「ふむ、これが滋味というものかしらね」

「本来なら食べやすいように骨から肉を取るんですけど、これなら必要ありませんね」

 超高圧力鍋の威力は素晴らしいモノだった。

 ―――†―――†―――†――― 

「魔理沙さん、目が覚めたみたいですよ」

 様子を見に行った早苗が二人に告げる。

「ちょうど良いわ」

 玉子粥をご飯茶碗によそい、千切った梅干しと海苔の佃煮を乗せる。
 チキンスープもお椀によそってレンゲを添える。

「魔理沙、具合はどう?」

「む~ ぼーっとするじぇ」

 布団から半身を起こしているが顔は赤く目は半開き。

「お粥とスープよ。食べられる?」

「うん、たべりゅ」

 ゆっくりとした動作でお粥をひと掬い。

「熱いからよく冷ますのよ」

 霊夢のアドバイスを聞いて手を止める魔理沙。

「ねえ、れーむ」

「ん? なに?」

 潤んだ瞳で霊夢を見つめているが後が続かない。

「どうしたの?」

「……ふーふー して」

 どっぎゅうんんん

「しょっ、しょっ、しょうがないわねぃ」

 顔面をぐにゃぐにょと歪ませ、グエヘヘとにやける。

「なんとも不気味な笑い方ね。どうかしたのかしら?」

「いえ、あれは霊夢さんの最大級に機嫌の良いときの笑い方です」

「そうなの? なんだか気持ち悪いわ」   

「性根が捻くれているからああなってしまうんでしょうね」

「がいやあーーっ うるっさいわよ!」

 ―――†―――†―――†――― 

 かなり努力すればイチャラブに見えないこともないお食事タイムが終わった。

「おいしかったぁ」

「そう、良かったわ。じゃあ、もう少し寝てなさい」

「うん、そうする。 ……あのね」

 霊夢と早苗、そして永琳と順番に視線を移す魔理沙。

「なあに?」

「みんな、ありがと」

 そう言ってポテッと横になった。
 そして、すぐにくーくーと穏やかな寝息が聞こえてきた。

「こ、これは……」

「ええ、かなり……」

「ふふふ、可愛いわねえ」

 掛け布団を肩口まであててやった永琳の呟きはその場の総意だった。

 ―――†―――†―――†――― 

「もう心配はいらない思うけど、念のためコレを置いておくわ」

 帰り際、永琳が小さな紙の包みを渡した。早苗はすでにお暇していた。

「なに? 風邪薬?」

「後から飲んでも効果のある避妊薬よ」

「なんでそんなモンを?」

「貴方なら雌雄の壁を無理やり乗り越えそうだから」

「……そんなわけないでしょ。本気で言ってんの?」

「この星の生物の可能性を見てみたいわ。だから使わなくてもいいのよ?」

「さっさと帰れっ! このイカレ宇宙人!」

 ―――†―――†―――†――― 

「霊夢、おはようさん」

 翌朝、魔理沙の目覚めは爽快だった。

「おはよ、魔理沙。加減はどう?」

 んんー、と唸りながら首や肩をぐるぐる回す。

「バッチリだぜっ」

「よく眠っていたものね」

「いや~、食事した後は記憶がないほどグッスリ眠れたぜ」

「それは良かったわ」

「世話になっちゃったな」

「たまにはいーわよ」

 魔理沙の寝顔を一晩中堪能できた霊夢はご機嫌だった。
 寝込みを襲わなかったのはとりあえず評価して良いだろう。

「昨日のお粥とチキンスープ、まだある?」

「お粥はもうじき炊けるわ。スープもまだ少しあるし」

「用意が良いなあ、嬉しいぜ」

「あの食事が効いたのかしらね」

「それもあるけど、やっぱり……」

「なに?」

「霊夢の顔を見たから元気が出たんだぜ」

 くりっとした目で見つめてくる。
 ずっきゅんきゅ~ん。
 剛速球をド真ん中に決められ、脈が速くなる。今度は霊夢の具合が悪くなりそうだ。

「ふ、ふん、おだてたってこれ以上は何もないわよ」

(くそっ 可愛いじゃないの! こんな時でなきゃ手込めにしたいいいっ!)

 ぱくぱく ごくごく

 魔理沙は元気良くお粥とチキンスープをたいらげる。

「ぷはー、美味しかった~」

 ニコニコしながらお椀を置いた。すっかり本調子だ。

「もう大丈夫みたいね」

「ああ、ホント、バッチリだぜ!」

 恢復した魔理沙の様子を見て嬉しそうな霊夢。

(ん? こんくらい元気になったんなら解禁よね? イイわよね?)

 勝手な法解釈で自分を納得させた霊夢は【労働に対する対価】【妥当な報酬】を受け取ろうと腰を浮かせる。

「霊夢、世話になったぜ、ありがとな」

 そう言いながらてきぱきと身支度する魔理沙。

「え? もう帰るの?」

「ああ、今日は薬草を採りに行く約束があるんだ」

「……だ、誰とよっ」

「まあ、いーじゃないか」

「よかぁないわよっ」

「霊夢」

 いきなり真面目な顔で見つめてきた。

「な、なによ」

「いつかこの借りは、返すぜ」

 そう言ってニカっと笑う。
 すでに帽子を被り、靴を履いている。

「い、今、返しなさいよ!」

「また、今度な」

 ひらりと箒に跨った。

「ちょっとっ! 魔理沙!」

「じゃあな。ばっは、はあ~~い」

 ばばばびゅーーーん

「魔理沙っ! 待ちなさいよーっ ちっくしょーーー!」

 砕けるほど歯を食いしばり、悔し涙には血が混じる。
 霊夢さん、この度はご愁傷様でございました。



       閑な少女たちの話    了
紅川です。
紅楼夢お疲れ様でした。
これを書いてる時、風邪っぽかったです、ハハハ。
誰もお粥もスープも作ってくれませんでした。サミシイなあ……
皆様も風邪など召されませんよう。
紅川寅丸
http://benikawa.official.jp
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コメント



0.550簡易評価
1.100金細工師削除
和んだ…
2.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙。夢の内容を詳しく教えてください
3.80奇声を発する程度の能力削除
良いですね
6.100名前が無い程度の能力削除
この作品だけじゃなく他の作品もそうだけど、地の文が短いのに描写がすっと頭に入ってくるのが凄い。
8.100名前が無い程度の能力削除
読んでるとお腹が空く、食べたくなる、そんな作品でした
10.100大根屋削除
少女たちのやり取りがもう……最高ですねw たまりませんww
紅川さんのキャラは昭和かぶれの平成初期の少女たちって感じですよね。小龍さんのキャライメージがとてもしっくりきています。
身体には気を付けてくださいね。私も気を付けますー
11.無評価紅川寅丸削除
金細工師様:
 ありがとうございます。
2番様:
 いや、話すと現実になりそうで怖いから…
奇声様:
 いつもありがとうございます。
6番様:
 力を入れてる箇所を褒められるって、涙がでるほど嬉しいです。
8番様:
 食べ物ネタって奥が深いですよね。これからも頑張ります。
大根屋様:
 先日はありがとうございました。「昭和かぶれの平成初期の少女」イイトコついてくるなあ…
18.90ミスターX削除
>「貴方なら雌雄の壁を無理やり乗り越えそうだから」
>「……そんなわけないでしょ。本気で言ってんの?」

雌雄の境界を取っ払いかねないスキマ妖怪がいるんだが