Coolier - 新生・東方創想話

■紅ノ魔館■

2015/10/31 00:00:36
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【紅魔館:廊下】





「……」


窓には指紋一つ無く、床には埃一つ無く、調度品には曇り一つ無く

そんな新築みたいな光景が、無限に思える数の廊下や部屋の全てに広がっている

その病的なまでに手入れの行き届いた様は、元より荘厳な館を一層引き立て、現実味さえを無くさせるものであった


無理も無い
この館には非現実的な人外しか住んでいないのだから


この子を除いて


「咲夜様ぁ~」


ふよふよと頼り無く近寄る妖精…妖精メイドに


「何?」


ぼんやりと外を眺めていたその子…人間は無感情に応えた


感情は示さず、しかし無視はしない

業務の一環だ


「あのですね~」


「お風呂掃除用の洗剤ならその階段の下の収納よ 赤い蓋のボトル」


妖精メイドの服装や持ち物、やって来た方角や匂い、そして妖表情や口調から質問を察知する

誰にでも出来る事ではない


「はやぁ、分かりました~…」


求めていた答えを手早く頂けた妖精メイドは、のんびり止まらず回れ右 同じくふよふよと漂い階段を降りる


「…赤い蓋よー?」


ようやく表れた表情は、妖精メイドの業務能力に対する心配だった


「……」


それもすぐに成りを潜め、十六夜咲夜は改めて窓の外を眺める

塀の内側一杯に広がる庭園と、空一面にぶち撒けられた紅い霧を眺める




この子は…いつから私の世話をしてくれているだろうか

いつの間にかあの人が見つけ、連れ込み、働かせていた

それこそ一滴の小さな雫の様に
しかし一滴の強力な劇薬の様に


初めて私の元に来た時のこの子は…フランドールより苛烈で、パチュリーより無表情で、私より遥かに余裕が無く

あの人と同じ位に孤独だった


近寄る全てを切り裂き、目にする全てに無感動、ろくに眠らない位に警戒を怠らず

ただただ、独りだった


そんな咲夜 …と名を貰う以前のこの子に、あの人は何を見出だしたのか

人間の寿命は短い
裏を返せば、短期間で成熟する

食事環境の改善により発育はよくなり、教育環境の向上により知識を身につけ、交流環境の突然変異により人間離れした娘(こ)になった


結果的にはこうして有能な使用人に仕上がったし、人並みの情緒も得られた訳だが…あの人がそれを見越していたとして、わざわざ未来の使用人を抱え込むだろうか


…ぁーでもあり得そう

咲夜が来るまでまともな掃除の出来る、あるいはそれの指揮を取れる者がいなかったし


「……」


目で追う懐中時計の針に淀み無し


…考えるまでも無いか

この子の時間を操る能力…人が繰(く)るには強力過ぎる力こそが狙いだろう


…んーこれも違う様な気がするなぁ…
いや重要項目ではあろうけど

やはり使用人としての能力の方があの人には得だったのではなかろうか

さっきから私が使用人としての咲夜に肩入れしてるのは、その恩恵を一番に実感出来てるからでは無かろうか
毎日掃除してもらってるし


「……」


あの人やフランドール、パチュリーや…紅美鈴等の身近な者とと話している時の彼女は、控えめながらも人間らしく感情を見せる
本音や建て前を問わずだ

そうでない他人に対しては、まるで出来のいい人形の様だ
顔立ちがいいだけに無表情が一層作り物めいて見える


「……」


ならば

ならば今の…誰とも接していない時のこの子はなんだ


一見すると無表情に見えるその皮に切れ目が入り、そこから唸る野犬の様な警戒心が隠しきれていない


この館の事務全般を預かる者として、警戒する事は当然ではあろう
業務内容にも含まれているし、特に今は…


「…、とっ…」


我に返り、全くの無意識の内に胸元に延びていた手を引っ込める
顔を覗かせていた狂犬も引っ込む


メイド服の白い前掛けの下には、心臓を庇う様に携えられたナイフとその鞘がある筈だ

喜んで激務に勤しむ彼女にはそうそう無い事だが、ふと意識を手放すと起こってしまう癖だ

気付くのが遅かった時など、抱えた膝の上で抜き身のナイフをチラつかせていた程だ

風呂場で 浴槽で 全裸で



まだ、安心出来ないのだろう


初めて見た時の“なり”を思い返せば想像はつく

豊かでなく、満腹でなく、温かくなく、安全でなく
幸せかどうか等論ずる余裕も無かった、半生にも充たない幼少期が見て取れた

そこに加えて特異な能力
この子には…落ち着ける居場所は勿論、そうさせてくれる人もいなかったのだろう

友人も、恋人も、隣人も、家族も


「…御嬢様…」


与えると言うのか 

無意識の警戒と同じ位強い、しかし最近根付いたもう一つの癖

その口を突く名を冠する彼女の主人は、この子の持たないものを用意しようと言うのか


確かにここでの暮らしは確実に貧しくない 働きさえすれば相応の見返りがある
(筈なんだけど、如何せんまともな労働らしい労働をしているのがこの子だけなので相場が分かりにくい 本人も遠慮しちゃうし)

人外の者共にとってはこの子の異能も忌避の理由にならない


あとは…あの人の事だから、また何かそれらしい謳い文句で言いくるめたのだろう

大口を叩く事に関しては天下一品で、それを実現させられるだけのものがあるのも魅力の一つだが…



…この子を見守るとしよう

人は心は強くとも、その身は弱く寿命も短い
私が彼女より先に倒れる事も無いだろう

彼女のなすがままを見守り、望む行く末を見送り、必要とあらば雨風や悪意を阻む壁にも屋根にもなろう

友人にも、隣人にも、家族にもなろう
どうかどうか、彼女が気を休められる様、ひたすらに構え続けよう


あとはこの子次第

如何にして人外の蠢くこの館で生き延び

そして、この館をも上回る混沌と理想に渦巻く“この郷”に漕ぎ出し


そして、どんな死に様を見せるのか



…この子を迎え入れたのはここに来る以前の事だから、あの人ま“この郷”こそがこの子に最大の刺激を与えると考えたのやも知れない

飼い犬を野原に放つ様な感覚なのだろう



そう飼い犬 飼い犬だ

一時の気紛れで飼いたがり、どう育てれば自分好みに成るのか

あの人は昔からそう言う気性が強い 今回はその対象が人間だと言うだけの話だ

やぁっとシックリ来る表現が見つかった


…何となく、今までで一番長持ちする“気紛れ”になりそうな気がする








『随分と人の事を知った風に言ってくれるな?』


あ やべっ

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