Coolier - 新生・東方創想話

■紅ノ魔館■

2015/10/31 00:00:36
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【紅魔館:最下層】





「……」


暗い 暗ぁい地下の底

ふっくら絨毯にキラキラした装飾、沢山の玩具で賑わう豪勢で立派な部屋


なのに絨毯は床石ごと破け、装飾は粉微塵に壊れ、玩具の数々は尽く八つ裂きにばらまかれている


片付けや新調は小まめにされている筈なのに…長持ちしないわね


「…ねぇ」


シャンデリア諸ともドロドロに熔けた蝋燭に灯された火が、大きなベッドで膝を抱える少女を照らす


「出して、よ…」


ガコッ と暖炉の火掻き棒が音を立てて歪む

芯まで鉄の詰まった火掻き棒は全体が満遍無く凹み、欠け、砕け、歪んでいる
特に枝でも刺したかの様な穴が、二つ一組で無数に空いている


全て、この子の仕業だ
歯の生え揃わない乳児の様に、延々と火掻き棒にかじりついているのだ


「出して…ねぇ」


寝息を立てる様に虚ろな表情でゆっくりと噛みついていたが、やがて噛み付く間隔が狭まっていき、呼吸も荒くなっていく


「出して…、出して、ったら…」


牙と鉄が擦れて火花を散らし、ダラダラと涎が伝っていく

もっと激しく噛みつきたいのか、膝を抱えるのを止め、獣が獲物にする様に鉄塊に食らい付く


だが落ち着かない
たかが鉄の棒ごときで、この子の本能を受け止めきれる筈が無かった


「出しっ、出して…出して ったら… ねぇ…ねぇ!?」


力任せに鉄塊を両端から“引きた千切り”、部屋の扉に叩き付けた

内側からは決して開かず、“この娘ですらも”壊すに難儀する、扉と言う名の城壁に


「お願い…!出して、出して出して…お願い…お願い…お願いったらぁ…!!」


内側から溢れ出るものを抑える為か掻き出す為か 身体一つで成し得る限りの動きと言葉を発し、もがいた

密室の中で継続する爆発は内装を殴り続け、壊し続け しかし構造体にまでは届く事無く、内側に跳ね返っていく


「う…ヴヴ、ヴゥ…!ヴヴウぅぅぅ…!!…ぅ…」


自身の小さな頭を掻きむしり、握り潰し、血が吹き出す


一所に押し込められ、暴れ、壊し、しかし結局の所何一つ叶う事無く、ただただ涙を流して呻き散らすしかなかった


「う、ぅ…グスッ…だして…だしてぇ…」


誰もいない部屋で何度も何度も壁を打ち、瓦礫と血渋きが落ちていく



可哀想なフランドール

望まぬ力を生まれ持ち、その力は余りに膨大 濁流の様に溢れ出す破壊の衝動を内側に抑え込めず、外側に発散するには加減を知らな過ぎる幼い吸血鬼


見たい景色もあるだろう 触れたいものもあるだろう 逢いたい人もいるだろう

全て遠ざけられた
見るもの触れる物出逢う者全てを壊してしまうのだから


故に、押し込められた



フランドールが泣いている
赤ん坊が母親のお腹を蹴る様に、ここから出たいと訴えている

如何に吸血鬼が長命であろうと、五百年近い幽閉の日々が短い訳ではない

それでも、彼女の自由を赦す訳にはいかない

勿論、外界や他者の保全も理由ではある

しかし何より、この子が外に出れば自身以外を壊してしまう事は容易に想像出来た

それを知った、あるいは被害を受けた者が怒りや嫌悪を抱く事も間違いない


そしてその時、フランドールも傷付く事だろう


本当のこの子は、きっと優しい子の筈だ

でなければ今の彼女が苦しんでいる理由が無い
本性から破壊を必要としているのであれば、腹の底から正気の下に悦び全てを壊せばいい

だがこの子は苦しんでいる 時おりあげる嗤い声は狂っている

この子は知っている 壊される事による喪失感を
彼女自身も、自分の力に人生を壊された一人だから
それに堪える為に、彼女は己の正気をも砕かねばならなかったのだ


なればこそ、今のこの子を外に出す訳にはいかない

家具や部屋を壊すだけならまだいい

生身の…人妖を問わず、一つの人格を持った者を壊せば、もう取り返しがつかないだろう

他者は彼女を拒絶し、この子は自身に絶望する事となる


そうはなって欲しくない

彼女が自身の力を制御出来る様になり、周囲と正しい接触を持てる様になるまでは、生き残ったなけなしの希望を彼女諸とも閉じ込めておかなけねばならない



「ぅ…ううぅ…ぅぅ…」



…“あの人”も、苦渋の決断だった事だろう


傍目にはワガママで傲慢で冷酷な印象だが、本当にそうだとしたらこの子はとっくに処分されている

本当にそうなら、四百年以上も毎晩毎晩扉越しに語り掛けまい

…その度に、扉の内側に踏み込めない自分を憎んだりすまい


あの人の…ともすれば右を左に黒を白にする事も可能な暴力的な力ですら、この子の暴力性を変える事は出来なかった

どんな道を辿ろうと、何をしようと変わらない そんな未来が見えたのだ

それこそ“今回の一件”がもたらす結果すらも、数十年数百年に渡る一時のガス抜きにしかならないだろうと予想している

勿論あの人はその事を誰にも話していない
これからやる事が気休め等と、集団の長が言えるものか


そんな、無様な悪足掻きそのものでしかない行動にあの人は注力している

よもや一時凌ぎにすがるあの人ではあるまい

何か別の…独り言や日記にすら出て来ない“何か”を観たのだろうか



「……」


、寝ちゃったか


「、ぐすっ…」


…今は泣きなさいフランドール 今は暴れなさいフランドール

大丈夫 貴女がどれだけ暴れても、受け止めてあげるから

だから、今は嘆かないで
沢山悲しんで、少しも諦めないで

私が見上げ、貴女がまだ見ぬ大空を羽ばたけるその日が来るまで、思う存分戦って


いつかその日が来たならば、思う存分羽ばたいて行って



動けぬ私を置き去りにして

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