Coolier - 新生・東方創想話

イエスタデイに祈って - Tomorrow, without requiem

2015/10/30 18:42:58
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 魔法の森は、薄暗かった。
 いっそ、暗いと言ってしまっても良いだろう。
 パチュリー・ノーレッジが住む、紅魔館の図書館も薄暗い場所だ。吸血鬼が住む、あるいは……住んでいたあの館は、日光があまり入らないようにと窓が少ないし、図書館に至っては、書物の天敵だからと窓一つなく設計されている。だから、相当暗い。
 けれど、魔法の森はそれ以上だった。
 頭上を覆う分厚い奇怪な木々は、奪い取れる陽光は全て奪い取ってやろうとばかりに貪欲に枝を伸ばし、木の葉を茂らせ、木漏れ日一つ漏れてこない。野外にも関わらず、一切の陽光を阻まれた地面は、昼も過ぎた時間にもかかわらず未だに朝露に濡れたままぬかるんでいる。もしもパチュリーが低く空を飛んでおらず、その足で地面を踏んでいたのであれば、さぞかし最低な気分になれたことだろう。視界は、ほとんどが黒に近い。陰に覆われた木の葉も、木の幹も、下草さえも、やたらと冷え冷えとして陰鬱な色に覆われている。例外は、毒々しいまでに朱や黄色、果ては青色で彩られた、名前も知らないきのこ達だけだ。湿った不愉快な風が森を通るたびに、胡散臭い色の胞子をばら撒いている。とてもではないが、体に良さそうな気はしない。
 そんな中を、紫の魔女はゆるゆると飛ぶ。

 魔女に、目的地は、あった。


 *   *   *


 薄気味悪い森には不釣り合いな程人間味に溢れて、あるいはこれ以上ない程にピッタリと混然と、そこには屋敷がっあった。いや、屋敷というにはあまりにも小さい。周囲に一切の家屋が無いせいで、そう錯覚するだけだ。言い直そう。家があった。
 魔女は、その扉を叩いた。あまり間をおかず、均等に3回。そして、返事を待たずに扉を開いて中に入った。鍵は、魔法で開けた。
 廊下は、かつての面影が無い程に整然としている。
 古い、だが魔女の寿命からしたら比較的新しい記憶を頼りに、廊下を進んだ。
 目的の部屋の扉を開いた。
 もう擦れてほとんど読めなくなった、「魔理沙の私室。入った奴は死刑だぜ」と書いた木製のプレートが、カタカタと音を立てた。
 どうせ誰も来ない家のくせして、無駄な事をする。

「あー……パチュリーか。珍しいな、お前から私に会いに来るとは」
 数歩部屋に足を踏み入れると、部屋の奥から声が降って来た。
 何十年も前から蛍光灯を知っている魔女にしてみれば、あまりにも時代遅れな裸電球の照らす鈍い明かりの下に、安楽椅子に座ったしわくちゃの老婆が居た。
「久しぶりね。魔理沙」
 魔女も、言葉を返す。
「標識を見なかったのか?」
「ああ、あのプレート、標識だったの。擦れて何も読めなかったわ」
 いけしゃあしゃあと。
「そうか。それは残念だ。50年以上前に仕込んだ取っておきのネタだったんだがな」
「貴方、昔から馬鹿だったのね」
「馬脚を現したな」
「見納めに来たのよ」
 安楽椅子が、きぃと音を立てた。
 老婆の身体を、ゆったりと揺らす。
「ああ、咲夜のことか。残念だったな。そして、葬式に出られずに悪かった。なにせ、もう自分じゃ箒にも乗れなくてな」
 老婆が、ため息をついた。
 きっと、幸せが逃げた。
「別件よ。3ヶ月前の話じゃなくて」
「そう言えば、レミリアは元気か?」
「逝ったわ。最後まで、自分勝手に。臣下も、妹も、友人のことすらも見棄てて」
「それでか」
「それでよ」
「きっかけがあったのか? 3ヶ月は、後を追うには遅すぎる」
「手紙」
「中身は?」
「『先に行きます。永遠に待っていません。
              十六夜咲夜』
 それだけよ」
「馬鹿だな」
「馬鹿だったのよ」
 また安楽椅子が、きぃきぃと音を立てた。
 老婆の身体を、ゆったりと揺らす。今度は長く。
 いくら揺らしても、窓から暖かい日差しが入ってくることは無かったけれど。
「それで、見納めに来た私はどうだ。可愛いだろう」
「もう少し、髪が残っている間に来るべきだったわね」
「無茶を言ってくれるな。もう90だ。ボケてないだけでも褒めてくれ」
「そう。偉いわね」
「まったく、気が利かない奴だ。仕方ない、この魔理沙さまが気が利く例を見せて、客にお茶でも振る舞ってやろう」
 そう言って、老婆は両手を伸ばした。
「なに?」
 魔女は、怪訝そうな目でその手を見つめる。
「引っ張れ。じゃないと、立てん」
「お断りよ。私が貴方の重さに耐えれると思う?」
「これでも、10キロは軽くなったんだぜ」
「箸より重いものは全部重いのよ。そういうことは、人形遣いにやらせればいいじゃない」
「つれない奴だ」
「情報は、精度が大切なのよ」
「鮮度じゃなくてか?」
「そんなのは、天狗の新聞に任せておけば十分よ」
 結局、老婆は腕をひっこめた。立ち上がることを諦めたらしい。
 ふてくされたように、安楽椅子をきぃきぃと鳴らす。
「そういえば、レミリアの葬式はいつ上げるんだ?」
「上げないわよ。葬式とは、生者が死者に悼みを示し、死者の意志を生者が継ぐことを宣言する儀式。今の紅魔館には、レミィの意志を継ごうとする者が、いえ、前に進もうとする者すら居ないもの。やるだけ無駄よ」
「薄情だな」
「私は図書館にいる限り、過去も未来も総じて現在でしかない。妹様は、ますます地下に引き籠って出てこない。門番は、無意味に門の前に立ってるだけ。メイド妖精は、半分以上辞めた。……これで、葬式をする意味があるとでも?」
「それでも、するものじゃないのか?」
「そうね、人間なら」
 話は終わりとばかりに、魔女は後ろを向いた。そして足を数歩進めて、そこでふと止めた。顔は出口に向けたまま、言葉を口にする。
「魔理沙。貴方は人間を辞めようと思わなかったの?」
 それは、きっととても致命的な問いかけで。
 老婆も、口を閉ざして。
「……答え辛いなら別に「そうだな」
 声が、重なった。
「私は、不老不死に憧れた。恋に恋をした。星が欲しいと年甲斐もなく喚いた」
 老婆は、話を続ける。
「パチュリーは知ってるか? 人間の里に、稗田阿求っていう少女が居た。幻想郷縁起を編纂してた奴だ。あいつは、30過ぎであっさりと死んだ。
 本居小鈴を知ってるか? 鈴奈庵という古本や版木、果ては妖魔本まで取り扱ってた店の少女だ。阿求と仲が良くてな。……阿求が死んでから数年後に死んだ。
 なんとなく、置いて行かれるとの、置いていくのは、どっちが辛いんだろうなって思ったんだ。
 もう、恋は出来てたからな。アリスを置いていくのか、アリスに置いて行かれるのか、どっちが私にゃ辛いんだろうって、思ったんだ。
 極めつけは、霊夢だな。あいつには、本当に置いて行きぼりにされたように感じた。殺しても、死にそうにない奴だったのにな。ごっそり、私の中の何かを、落っことしたような感じだったよ」
「それで?」
「解るだろ?」
「言葉として聞かないと、意味が無い」
「置いて行かれるのは、もうこりごりだと思ったんだ。最後の星は、私が死んだら成れることだしな」
「そう」
 魔女が、進むことも振り返ることもなく、立ち尽くしていた。
 老婆が、ちょっとだけ苦笑した。
「ちょっとは、お前のレミリアに対する気持ちの整理に役立ったか?」
「42点ってところかしら。ちなみに100点満点ではなくて、96点満点」
「なら十分だな」
 老婆が、ひゃっひゃと大きく笑った。そして、気管に唾液が入ったのか、盛大にむせて、咳き込んだ。
「ああ、そうだ。パチュリー。私の葬式の準備をしておいてくれ」
「面倒よ。そんなの、人形遣いにやらせればいいじゃない。それに、私は貴方から受け継ぐ意志は無いわ」
「一つだけあるだろ。本だ。死ぬまで借りると約束したからな。そろそろ返す日が近いんだ。盛大に引き取ってくれ」

「考えておくわ」
 そう言い残して、魔女は振り返ることも無く歩みを進めた。
 ぱたんと扉が閉まって、表のプレートが扉にぶつかってカタカタと撥ねる音が聞こえた。
パチュリー・ノーレッジの未来に、幸せがありますように。
Benner
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
寂しさを感じるこの雰囲気が良かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
無常
6.90とーなす削除
わーい続編だー、と思ったらレミリア死んじゃってるんですかやだー。
確かに前作最後で胸にナイフ突き立ててましたけど、木の杭や銀の武器でもない外傷で死ぬわけないし、何よりあれはレミリアなりの咲夜との決別の儀式・けじめ的なものと私の中で捉えていたので、てっきり生きているのかと思ってたので割とショック。
それ以外にも人間キャラバタバタ死んでるのでさらにショック。無常やのう。
しかし、これもひとつの幻想郷観でしょうか。退廃的な雰囲気が出てて良かった。
7.80名前が無い程度の能力削除
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