Coolier - 新生・東方創想話

西方孤賢録 ~Nexus of Western Sage

2015/09/15 14:32:36
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注―本作における表現の使い分け
スペルカードルールが誕生する以前の魔法や技については『○符』を抜かした表示にしてあります(例:『夢想封印』)。
また、殺傷能力のある魔法の弾を『魔弾』、スペルカード戦用のそれを『弾幕』と表記。
それでは本編をどうぞ↓
















――紅魔館 地下 大図書館


「むきゅ~」


「うふ、うふ、うふふふふ……おっと、いっけね。じゃ、死ぬまで借りてくぜ☆」
 そう言って大量の本を背中の風呂敷に詰め込み、箒に跨って颯爽と出て行く白黒魔法使いこと霧雨魔理沙。
 普段は静寂に包まれているこの図書館は彼女が襲来する度に所々が損壊し、煙が立ち込める有様だった。床には倒れ伏した司書の小悪魔と図書館の主、パチュリー・ノーレッジの姿があった。
「ま、またしても……ケホッ」
 今日も多くの本が借りられ……もとい盗まれてしまったのだった。唯一の救いは、あらかじめ張っておいた防護結界のおかげで蔵書が無傷で済んでいることだった。
 門番の紅美鈴は例によって『恋符 マスタースパーク』で門ごと吹き飛ばされ、頼みのメイド長こと十六夜咲夜は「切りが無いから」と紅魔館の主であるレミリア・スカーレットの命令によって直接相対でもでもしない限り応戦することは無かった。そして、パチュリーの使い魔である小悪魔はマジックミサイルで呆気なく撃墜され、当のパチュリーは流石に堪忍袋の緒が切れて強力魔法を連発し、魔理沙を追い込んだものの、大技『月符 サイレントセレナ』の詠唱中に持病の喘息に襲われ、その隙を突かれて放たれた魔理沙の『魔符 ミルキーウェイ』で撃墜されたのだった。
 そして、今。半ば廃墟と化した図書館にてパチュリーは倒れ伏していた。


 しばらくすると、少し落ち着いたのか、まだ痛みの残る体を起こそうとするパチュリーの姿があった。そんな彼女に対して上方からため息と共に声が掛けられた。
「また魔理沙にやられたのね。ほら、立てる?」
 そう言ってパチュリーに手を差し伸べる金髪の少女。
「ゴホッゴホッ。ありがとう、アリス。……ところで、あなたいつ来たの?」
 パチュリーが視線を向けるとそこにはアリス・マーガトロイドが上海人形にバスケットを持たせて立っていた。彼女は魔理沙と同じく魔法の森に住む魔法使いだ。彼女は魔理沙と違って礼儀正しく、本を借りに来る際に手土産を持ってくるためパチュリーとしては歓迎できる数少ない知人の一人だった。
「ついさっきよ。すごい爆音がしたからまたか、と思ったんだけどね……ほら、ケーキ焼いてきたからまずは一緒に食べない? 本はそのあと借りてくわ」
 そう言うと上海人形は近くのテーブルにバスケットを置き、そこに掛けられていた布を近くに浮いていた蓬莱人形が取ると辺りに美味しそうな香りが広がる。どうやら今日の手土産はチーズケーキのようだ。
「いいわね、ケホッ……。でも、その前に小悪魔の治療をさせないと……咲夜」
 パチュリーは彼女のいる所から少し離れた所に倒れている小悪魔を気遣い、そこにはいないはずのメイド長の名を呼んだ。
「どうかなされましたか? パチュリー様」
 次の瞬間、その言葉と共に咲夜が二人の目の前に立っていた。時間を操ることが出来る彼女だからこそできる芸当だった。だが、その光景に慣れているパチュリーはそれを意にも介せず手短に用件を伝えた。
「また魔理沙にやられたわ。だから小悪魔を医務室に連れてって頂戴。それと、今からアリスとお茶をするから紅茶を持ってきてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
 咲夜はそう言うや否やティーポットとカップを手にしており、部屋の片隅にいた小悪魔の姿は無くなっていた。おそらく時間を止めている間に用件をこなしたのだろう。
「どうぞ」
と、優雅な仕草で紅茶を入れる咲夜に対して席に着いたパチュリーはその香りに顔を綻ばせて言った。
「えぇ、ありがとう」
「あら、いい香りね。これは私が飲んだことが無い種類の茶葉よ。どこで売ってるのかしら?」
「人間の里にある霧雨店ですわ。あそこは品揃えがいいのでよく利用しているのよ。それではごゆっくり。私はこれで失礼します」
と、息をつく間もなくそう言うと一礼をして咲夜は姿を消した。紅魔館のメイド長は忙しいのだ。
「それにしても、さ。あなたも災難よねぇ。いつも魔理沙に本を持ってかれちゃってさ」
 同情するかのようなことを言うアリスだったが、その顔には面白がっているような笑みが浮かべられていた。それに対してパチュリーは彼女とは対照的に憮然とした表情で言った。
「全く、あのバカは……『死ぬまで借りる』だなんて、完全に泥棒じゃない」
「ん。『死ぬまで』……ねぇ」
 思う所があるらしく言葉を復唱するアリス。その言葉を聞いていた時ちょうどパチュリーはケーキを口に入れようとしていたのでそれを味わって飲み込んでから言葉を返した。
「……何よ、それがどうかしたの?」
「いや、ほら。魔理沙って私たちと違って『人間』だからさ……私たちからすればそう遠くない未来にいなくなっちゃうんだなぁ、って思って……ね」
 その言葉を聞いて一瞬、顔を曇らせたパチュリーだったが、すぐにいつもの表情に戻ると強がるかのようにして言った。
「ふ、ふんっ。そうなったらかえってせいせいするわね。この図書館も大分静かになりそうだし……それに、寿命の長い私たち『魔法使い』からすれば知人の死は決して避けて通れない宿命よ」
「だから、その時が恐くて『魔法使い』は人から距離を取って家に閉じこもる、でしょ? それでも私たちは内心、常に『誰か』を求めてしまうわ。貴女だって嫌いじゃないくせに……魔理沙のことが」
 間髪入れず発せられたアリスのその言葉に核心を突かれたパチュリーはそっぽを向いてよりブスッとした顔をして呟いた。
「そんなこと……ないわよ」
 その仕草を見てアリスはつい笑ってしまった。
「(クスッ)でも、魔理沙のことだから本当に『捨食の魔法』を習得して本当の魔法使いになっちゃうかもね。あ、でもそうなったら二度と本は返ってこないわね」
「ま、それは否定できないわね。なんだかんだ魔理沙は研究熱心だからどっかの紅白と違って確実に成長して実力を伸ばしているからね。悔しいけどその一点についてだけは認めるわ。もし魔理沙が魔法使いになったのなら全力で取り返すわよ。遠慮なく、ね」
「素直じゃないのね。フフッ」
 本人は隠しているつもりでも実は二人とも魔理沙の努力とその成果を知っているのだった。アリスのその言葉に少し顔を赤らめたパチュリーはそれを隠すかのように紅茶を口に含んだ。アリスは頬に手を当ててその様子をニヤニヤと見つめるのだった。
「そういえば……」
 何かを思い出したのか、おもむろにパチュリーが口を開いた。
「もし、魔理沙が魔法使いになったとしたら……アリス、元々人間だった貴女と同じになるわね」
「ま、そうなるわね。……あれ? 確か、パチュリーは生まれつきの魔女だったわね」
「えぇ、そうよ。それがどうかしたのかしら?」
「もし良かったら、貴女が『魔法使い』になった時の話をしてくれない? ほら、私って魔界出身だけれど姉さんたちは魔界人だから話が別なのよ。だから、私の知っている先天的な魔法使いはあなたくらいしかいないってわけ」
 その言葉を聞いたパチュリーはため息をつきながら言った。
「めんどうね。大して面白いものでもないし、あまりそういうのを話すのは好きじゃないのよ」
「そう言うと思ったわ。でも、魔法使いにとって、飽く事なき知的好奇心の追及も背負うべき宿命の一つよ? それくらい話してくれたっていいじゃない、ね」
 笑顔でそう言ってくるアリスの視線に耐えかねてパチュリーは折れた。
「はぁ……仕方ないわね。いいわ、話してあげる。話は少し遡るけれどあれは確か、百年位前のことね――」
 根負けしたのか、ため息をつきつつもそう言ったパチュリーは、遠い目をして語り始めた。


 だが、もしかしたら彼女自身、本当は話したかったのかもしれない……自らの過去を。なにせ、今日は『パチュリー・ノーレッジ』が――。









――約百年前 ???



 気が付くと、私はそこに立っていた。

『ピューーイィィィ……』

 上を見上げるとぼんやりと明るい茶色の空が広がっていて、私の足元に当たる崖の下には深い森と奇妙な遺跡のようなもの……そして、その中に一際目立つ大きな寺院の様な建物の姿があったわ。そういえば、どこか遠くで何かの鳴いている声が聞こえたわ。
 
 これが、私が持っている一番古い記憶よ。



「……ここ、は?」
 声を出しても誰も答えない。今考えると、言葉は無意識のうちに使えていたし、その時既に十歳程度の容姿だったことから、私は人の精神によって生み出された存在のようね。


(………………)


「?? ……何か、聞こえたような……気のせい、かしら?」
 現状を理解できずに立ち尽くしていた私は何かに『呼ばれた』ような気がしたのよ。言葉として感じることはできなかったけれど、確かにそう感じた私は導かれるようにしてその寺院のような建物へと行くために目の前に広がる森に足を踏み入れたの。。
 途中の森には幸いにも獰猛な獣はいなかったけど、辿り着くまでには大分苦労したわね。やっとの思いで寺院(?)の前に着いた時には頬や手足が枝で引っ掻かれた傷だらけになっていたわ。
 
 いざ寺院の前に立つと中へ誘(いざな)われているような感覚に囚われた私は扉を開いて中へと足を踏み込んだのよ。

――ギギィィィィ

「――ッ! す、すごい……」
 古びた扉を開けて寺院に入った私は手からいくつかの火球を出して、それらを周囲に浮遊させることで光源としたの(後で分かったんだけれど私は生まれつき五属性の基本魔法を習得していたようね)。
 そうして明かりを灯した次の瞬間、私は目に入ってきた光景に驚きを隠せなかったわ。何せ、そこには無数の本が所狭しに排列されていたんですもの。それらに興味をそそられた私は試しに近くにあった本を数冊取り出してめくってみたの。すると、その時点で私が知っている言語は生まれながらにして使っていたものだけで、その段階ではまだ読めない言語で書かれた本が多くある、ということが分かったわ。
 それでも私はその書庫から発せられている本の持つ魔力に魅せられて「どうせ行く当てがないのだから」とそこに居ついて本を読みふける日々を送ることにしたのよ。
 えっ、今と変わらないですって? そ、そう言われてみるとそうね……。






 それから二年くらい経ったかしら。いくつかの言語を習得した私は新しく読めるようになった本に書かれていることを元に様々な新しい魔法を好奇心の赴くままに試す日々を過ごしていたわ。
 それでも当時はまだ食事とかが必要だったから時折、近くの森に入って小型の獣を捕まえたり、木の実や小川の水を取ってきてそれで暮らしていたのよ。一種のサバイバル生活ね……今じゃとてもじゃないけど、とてもできそうにないわ。
 そんな感じで私は日々を過ごしていたのだけれど……ある日、私はある一節を見つけたのよ。


「ん、 何々……『捨虫の魔法』? (ペラペラ)……もしかして、一種の不老の術かしら?」


 そう、それは生まれついての魔法使いが本当の意味での『魔法使い』となるために必要な魔法。でも、その魔法は自分にしか掛けられないし、その術式も一人一人異なるから習得するのは相当難しいものなのよ。
 ほら、よく絵本なんかに出て来る魔法使いってほとんどが棺桶に片足突っ込んだような老人でしょ? あれは、私みたいな生まれながらの魔法使いが己の成長を止める『捨虫の魔法』を習得するまでに時間がかかり過ぎちゃって、いざ『魔法使い』になれたと思ったらもうこんな齢でした、っていうことらしいわね。若い魔法使いの数なんてほとんどいなかったことからどれだけ困難なものだったかと想像に難くないわね。
 それはともかく、私としてもこの図書館にある本を全て読み尽くすためには時間が足りないってことは薄々察していたし、これらの知識を私が受け継がなくてはならないって妙な使命感を感じていたこともあってか、その本を読んで以来、私は寝食の時間を惜しんででも、その研究に没頭することにしたのよ。

 でも、使用者によって術式そのものが異なるこの魔法の習得のためにアテになるような資料なんて皆無だったから、私はとりあえず過去の魔法使いたちが使った『捨虫の術』の術式を信憑性の高そうなものだけ選んでまとめてみたのよ。これだけでも数年はかかったわね。
 すると、術自体には共通性は見られなかったんだけど、彼ら個人々々の辿ってきた人生と照らし合わせてみたら、ある共通点が浮かび上がってきたのよ。
 それは、彼らが「生まれながらにして持っている能力」と何らかの形で接点があるということ。そして、『捨虫の魔法』を身に付けるとその能力が強化される、ということもね。そして、『捨虫の魔法』習得後の彼らの大半はその強化された能力を使って生きていったみたいよ。ま、そのほぼ全員が己の能力に溺れて自滅してるんだけどね。

 例えば、童話で有名な『白雪姫』に出て来る魔女を挙げてみましょうか。彼女は生まれつき「毒を盛る程度の能力(←こんなの嫌だ)」を有していたらしいんだけど、当初は食中毒にさせる程度の毒しか食物の中に生じさせることしかできなかったみたいね。でも、白雪姫は食中毒になんてなっていないでしょう? まぁ、なってたらお話が台無しよね……。
 どうやら彼女はおやつのリンゴにうっかり(?)自分の毒を入れちゃって、それを食したことでその毒とリンゴ本来の成分が妙な反応をしたのか……何れにせよ、運良く術式が完成したみたいで本当の魔女として生まれ変わったようね。
 それ以降、様々な毒を生じさせることが出来るようになった彼女は決して目覚めることのない『眠り毒』をリンゴに仕込んで白雪姫に盛ったのよ。彼女その後については語るまでもないわ。


 この事実に気付いた私は自分の能力について考えてみたの。私は生まれながらにして「火・水・木・金・土を操る程度の能力」を持っていたんだけど、問題はその能力をどうやって術式に結び付けるか、ってことだったわ。これにはずいぶん悩まされたものね。
 結局、過去の事例の中でもさっきの魔女みたいに自らの『能力』を体内に取り込むものの成功率が一番高かったから私もその路線で研究を続けたのだけれど、その後も問題が山積みだったのよね。
「むきゅ~。各属性を封じた丹は作れたけど……どうしてもお互いにその性質を打ち消し合っちゃうのよね。これじゃあ、意味が無いわ。どうしたらいいのかしら? (ゴソゴソ……)次はこの本を読んでみようかしら」
 私は医学書に天文書、経済書に宗教書と手当たり次第に魔法関連以外の本も読んでいったんだけどどうしても解決にはこぎつけなかったのよ。私もこのまま例に漏れず老いていくのかしら、なんて思った時も度々あったわね。でも、まるで長く暗いトンネルの中にいるかのように、その答えは見つからなかったわ……。





 更に数年が経ったある日。私は美鈴の祖国、中国で書かれた本を読んだことで術式へのヒントを得られたのよ。どうやら私が悩んでいた問題は、それぞれの属性――その本には『元素』と書かれていたわ――が打ち克って相殺していく「五行相克説」という考えそのものだったのよ。その記述を見つけた時、私は術式を完成させることは無理なのか、と目の前が暗くなるような思いだったわ。でも、当時は既に廃れてしまった考えについてもそこに記されていたわ。。それは、反対にそれぞれの元素が互いに別の元素を生み出していくという「五行相生説」という考え。
 それを見つけた時の私は、ようやく光が見えた気がしてこの上なく喜んだものね。それから私は相生の理論に基づいて研究を進めていったのよ。


「……よしっ」
 その日、私は研究室として使っていた図書館の一室に籠って『捨虫の魔法』を完成させるための準備をしていたわ。
「これで完成ね。(ゴクリッ)……少し大きいけれど、これを飲めば私も……」
 覚悟はしていたはずだったけれど、いざ目の前の丹を飲むとなるとやはり勝手が違ったわ。口に含もうとしては躊躇って、また口にしようとすると……ってことを何度繰り返したかしら。

 私がこれほどまでに逡巡していたのには勿論、理由があったからよ。
 私が作ったこの丹は、体内に取り込まれると中に込められている五属性の力を放出して、相生の理論に従って互いにその魔力を増幅させ、均衡を取らせることで無限の宇宙を構成する陰と陽の力を体内に生み出して取り込むものだったの。体内に無限のエネルギーを生じさせて循環させること、これこそが私の辿り着いた答えにして不老をもたらす『捨虫の魔法』の術式だったのよ。
 だけど、完全な「相生」には素材となる属性の魔力バランスに完璧な精密さが必要なのよ。なにせ、一歩間違えれば属性間の調和が乱れて暴走をしてしまうからね。

 暴走、それは私の体内で魔力が暴発することに等しい……つまり、私の「死」を意味していたのよ。


「……はぁ、いくら迷ってても仕方ないわよね。えいっ(ゴックン)」
 悩み始めて早数時間。決心のついた私はようやく丹を飲み込んだ。すると――
「……ウグッ!」
 体内でこれまで感じたことも無いような膨大な魔力が蠢いているのを感じたわ。正直言って、当時の私にはそれが「相生」によるものなのか、それとも私を死へと誘う「暴走」だったのか……とてもじゃないけれど判断がつかなかったわ。
「か、体が……! あぐっ……あづ、い……」
 顔中に脂汗を浮かべる程、体が異常を示していたし、あの時は本当に「死ぬ」かと思ったわ。少なくとも意識を失ったら完全に体内にひしめく魔力の渦を制御できなくなって、確実に死ぬってことは直感していたから意識を繋ぎ止めることだけに全神経を集中していたわ。
「あぅ……(ガタンッ)はぁ、はぁ……」
 あまりの苦痛に椅子から転げ落ちてしまったけれど、それが弾みにでもなったのかしら。床に倒れこんだ瞬間、今まで感じていた苦痛が急速に和らいでいったのよ。
「うぅ……み、みず……(ゴクゴク)ゴホッゲホッ……!」
 極度の渇きを感じていた私はなんとか立ち上がるとテーブルの上に置いてあった水を口に含んだんだけれどうまく喉を通らなくてむせてしまったわ。しばらく咳き込んで落ち着いた私は再び椅子に座って実験結果を検証することにしたの。


 実験は一応、成功はしたのだけれど……どうやら、術式に僅かな綻びがあったようで五つの属性を完全に調和させることはできなかったようね。それがあの苦痛の原因だったのよ。こうして、私は不完全な形で本当の『魔法使い』として生まれ変わったのよ。
 
 そうそう、能力面では新たに「日・月を操る程度の能力」と二つの属性魔法を組み合わせる複合魔法を使うことが出来るようになっていたわね。
 でも、不完全な術式だったためにデメリットも生じてしまったの。それは身体能力の低下、つまり虚弱体質になってしまったことね。私が生まれつきの喘息だって言うのは、『魔法使い』として生まれ変わった時以来のステータスって意味ね。
 そもそも、過去の先人たちが数十年かけて行ってきた魔法をたった数年から十年程で完成させるなんて、いくら私でも夢物語だったようね。それでも『捨虫の魔法』によって不老を会得できたことを考えるとまだマシだったかしら? 一度死にかけたけど……まぁ、結果オーライってやつよね。

 これが、私が『魔法使い』となったいきさつよ。








――紅魔館 地下 大図書館

「……と、こういうわけよ」
 そう言うとパチュリーは冷めかけた紅茶を口にした。
「(モグモグ)ふ~ん、パチュリーでもそんな苦労をしてたんだな。意外だぜ。……うん、こいつは美味(うま)いな」
「そうよねぇ、てっきりパチュリーのことだしサクッと習得できたのかと思ってたわ……って、魔理沙? あんた、いつの間に……それに、その怪我はどうしたのよ?」
 いつからか、先ほど図書館へ強奪しにやってきたはずの魔理沙がアリスの横に腰かけ、勝手にケーキを頬張っていた。しかし、その姿はなぜかボロボロだった。
 ただでさえ黒い服には多くの焦げ跡や破れが見られた。また、帽子はいつも以上にヨレヨレになっている上に、頬とこめかみには絆創膏が貼られていた。そして、左腕を包帯で吊っている様子から軽口は叩いているものの少なからぬ負傷をしていることは明らかだった。
「いや~、さっき、廊下を飛んでいたらな……」



――少女回想中――

「しめしめ……今日はついてるぜ。まさかあそこでパチュリーがむせてくれるとはな。まともに食らってたらひとたまりもなかったぜ。それにしても……」
 私は今日の戦果に満足しながら家に帰ろうとしていたんだが、どうも違和感を感じていたんだ。
「上に向かっているはずなのに、まだ地下にいるような気がするぜ。もしかして、咲夜の仕業か?」


「あー! 魔理沙だぁ♡」


 そんなことを考えていると無邪気な、本当に無邪気な声がかけられたんだ。目の前にいたのは、赤いドレスを着て背中に七色の羽を持つ金髪の少女、フランドール・スカーレットだった。
「よっ、フランじゃないか。久しぶりだな」
「あのね、魔理沙。今日ね、咲夜がアソンデくれることになってたんだけれど、まだ来てくれないの。だからね……マリサ、一緒にアソボうよ! 私とアソボ、アソボ‼」
 フランはそう言って私に洒落にならない「アソビ」を求めてきたんだ。途中から目も虚ろになっていたし、逃げられるような状況じゃなかったぜ。
(なるほど、咲夜め。面倒だからってフランとの「アソビ」を私に押しつけやがったな。私は早く家に帰って戦利品に浸りたいってのに)
 でも、このフランの純粋すぎる無邪気さと狂気の前にそんなこと言えなかった私は仕方なく言ったんだ。
「ふぅ、仕方ないな。一回だけだぞ。スペルカード戦な」
「きゃはっ。やっぱりマリサはそう言ってくれると思っていたよ! 私、絶対に負けないからねっ!」
ビシッと人差し指を向けてそう言い放つフランに私も箒を構え、ポーズをとって言い放ったんだ。


「速攻でケリを付けてやるぜ、フラン! 喰らえ!『魔砲 ファイナルスパーク』‼」

「きゃはははは! すぐに壊れないでよ、マリサ!『禁弾 スターボウブレイク』‼」





「……と、いうわけだぜ」
 どうやらその後、魔理沙はフランドールにフランフランになるまで叩きのめされたらしい。そう言って魔理沙は自嘲じみた苦笑いを浮かべると、吊っていない方の右手で帽子をテーブルに置きながら悔しげに言葉を続けた。
 アリスは魔理沙の無茶っぷりを聞いて呆れたような表情をして言った。
「いやぁ~、咲夜と美鈴がフランを止めに来てくれなかったら相当まずかったぜ」
「あ、あんたね……何やってんのよ。何が『速攻でケリを付けてやるぜ』よ。ボロボロじゃない……」
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
「ふん、いつも私から本を盗んでいくからよ。自業自得だわ」
 にべもなくアリスとパチュリーは魔理沙にそう言った。ついでに上海と蓬莱は両手を顔の横まで持ち上げて首を横に振っていた。そのいかにも「呆れたぜ」とでも言いたげな仕草は魔理沙に追い打ちをかけた。二人の言葉や二体の行動に魔理沙は顔を赤らめるも言葉を返した。
「う、うるさいな。たまにはそういうことだってあるぜ。とにかく、さっきまで私は美鈴に怪我の治療をしてもらっていたってわけだ」
 魔理沙の怪我については分かったもののパチュリーにはまだ疑問が残っていた。
「あれ? ……変ね。妹様が暴走したらその魔力で私も感じたはずなんだけど……」
「あー、それはアレだぜ。パチュリー、お前まだ『あの結界』を解いていないだろ?」


 魔理沙の言う『あの結界』というのは、魔力を拒絶する結界のことだ。
 かつて、紅霧異変の後に襲撃してきた魔理沙はきっと図書館の入口から入ってくるだろう、と思って待ち構えていたパチュリーと小悪魔だったのだが、彼女はなんとドアの無い壁を『恋符 マスタースパーク』で吹き飛ばして侵入してきたのだった。
 その時の被害は甚大だった。壁はもちろんのこと、魔砲が直撃した壁の近くにあった本棚と数冊の貴重な魔導書は廃本――「灰」なだけに――となり、他にも多くの本が大なり小なりの犠牲を受けたのだった。その数は百数十冊にも及んだという。
 流石にバツの悪そうな顔をしていた魔理沙だったが、目の前の惨劇に対して完全にキレたパチュリーは『日月符 ロイヤルダイヤモンドリング』と『火水木金土符 賢者の石』を同時に発動して魔理沙を完膚なきまでに叩きのめしたのだった(因みに、これが魔理沙を撃退した事例第一号である)。
 その後、魔理沙はマジ泣き状態で紅魔館から引き上げ、パチュリーは過度な魔力の乱用で一週間ほど寝込む羽目になったのだった。
 そんなことがあって以来、パチュリーは魔理沙襲来の報を聞くと、蔵書に破損防止のための『防護結界』を、そして『魔力拒絶の結界』をありとあらゆる壁(天井や床含む)に張り巡らすことで魔理沙を入口から迎え撃つことにしたのだった。短時間とは言えこれ程の術式を維持させるための魔力はパチュリーにかなりの負担を与えるが、本が消し炭になるよりははるかにマシとのことだった。
 実際の所、魔理沙は魔理沙でそのことを悪かったと思っているらしく、それ以降はしっかりと入口から強奪に来ているのだった(←それでもちゃっかり来てる)。よほどパチュリーの本気弾幕がトラウマになったのだろう……余談だが、地底の異変の際にサトリ妖怪がその弾幕を再現していたら魔理沙は異変解決に失敗していたのかもしれない。




 話は戻って、今日のパチュリーは魔理沙撃退に失敗した直後にアリスに介護され、そのままお茶と昔話に興じていたためすっかり結界を解除するのを忘れていたのだった(←うっかり)。
「あー、なるほどね。だから妹様の魔力を感じられなかったのね。それは咲夜と美鈴には悪い事したわね、加勢に行けなくて」
「なによ。全部、魔理沙が撒いた種じゃない」
 パチュリーの言葉に対してにべもなくそう言い放つアリス。
「でも、なんで戻ってきたのかしら。もしかしてさっきの本でも返しに来たのかしら?」
 多分に嫌味を込めつつ、全く期待をしていないジト目でそう尋ねるパチュリーに魔理沙は向日葵のような笑顔で返した。
「あぁ、そうだぜ」
「…………へ?」
「……ま、魔理沙が……物を返す、ですって?」
「シャ、シャンハーイ(ポテッ)」
「…………(←唖然)」
 魔理沙の思い崖の無い一言に呆けた声を出す二人と二体――上海はショックで床に落ち、蓬莱は声すら出せずに硬直(←アリスの人形は本当に芸が細かい)――だった。一方、皆の反応を心外だとでも言いたげに魔理沙は少々狼狽していた。
「な、なんだよ。私だって借りたものくらい(偶には)返すぜ。(ゴソゴソ……)ほら、これな」
 そう言って魔理沙はスカートの中にあるポケットや帽子の中から数個の黒い『何か』を取り出し、それをパチュリーに差し出した。それを見たパチュリーは目を細め、それを凝視したまま魔理沙の方を見ずに尋ねた。
「……魔理沙、これは何かしら?」
「さっき借りた魔導書だぜ」
「これが……魔導書?」
「そ、そうだぜ☆ 」
「うわぁ……」
 静かに、本当に静かにそう呟くパチュリー。その様子に顔をひきつらせながらも空元気を振る舞う魔理沙。そして、そんな魔理沙に信じられないと言いたげな視線をが向けるアリス。
 
 数秒の沈黙の後、パチュリーが重い口を開いた。
「ちょっと……説明してもらえるかしら?」
 パチュリーの桁外れの怒気を感じて、いつの間にか席を立ち、その場から去ろうとしていた魔理沙が一歩後ずさりながら言った。
「い、いやそれがだな。さっきフランとやりあっていた時にフランの弾幕をグレイズしまくってたら、実は魔導書には直撃だったみたいで……あの、パチュリーさん? なに手を袖に入れて……って、お、おい、マジかよっ!すまん! 私が悪かった! 悪かったから、な。この通りだぜ。だから、それだけはやめ――」


「も・う・お・そ・い……。スペル――」


 抑揚のない声で呟いたパチュリーは二枚のスペルカード――もちろん『日月符 ロイヤルダイヤモンドリング』と『火水木金土符 賢者の石』――を詠唱したのだった。その後の惨劇について詳細は省くが、事前に避難していたアリスと人形たちにとっても、その弾幕はトラウマ級のものだったという。ましてや、それを向けられていた――しかも怪我をしている――魔理沙ときたらもう……。
 だが、『幻想郷縁起』の英雄伝に名を連ねる彼女の名誉のためにこれ以上書くのは控えよう。後は想像にお任せする。



「え、えぐっ……ひっく……グスッ」
 図書館に鳴り響く白黒魔法使いのすすり泣き。その向かい側には無理矢理座らせられた紫モヤシが精根尽き果てた状態でテーブルに突っ伏していた。そんな中で七色は、咽び泣く白黒の頭を膝にのせて幸せそうな笑みを浮かべ、その豊かな金髪を撫でていた。
「(何となく分かってはいたけどパチュリーの本気は御免ね。まさか、あの魔理沙がこれ程までに……あぁ、それにしても泣いている魔理沙もかわいいなぁ。私にも妹がいれば、なんて思ってたし、お持ち帰りできないかしら?)……ほーら、魔理沙ぁ。こわくないよぉ。よーしよし(ナデナデ)」
 完全に幼子をあやすような言動で魔理沙の金髪を撫でているアリスの顔は恍惚感に満ちていた。

 その場はまさに混沌――カオス――と化していた。





 半刻ほど経つと、魔理沙は目を真っ赤にしながらもショックから立ち直ったようだったが、アリスは少々残念そうな顔をしていた。一方、パチュリーは自身に増幅させた強力な木属性の回復魔法かけた甲斐もあって普段通り――それでも体調が悪い程度――までの回復ができたようだった。
「ぐすっ……それにしても、パチュリーはどうやって『賢者の石』を作ったんだ?」
「そう言われてみるとそうね。『賢者の石』と言えば魔法使いなら知らない者はいない、最高クラスのマジックアイテムよね。確か、万物を創造・破壊することが出来るのよね」
 まだ泣きの入っている魔理沙が疑問を投げかけると、アリスもこめかみに指を当てて考え込むような仕草をしながらそれに乗っかった。
「んー、そうねぇ……結構昔だということは覚えているんだけど……あぁ、そうよ。今から『ちょうど』六十年前のことだったわね」
 その時の様子を思い出したのか懐かしそうにそう語るパチュリー。しかし、その顔にはどことなく複雑なものが湛えられていたのはなぜだろう。
「へー。それで、どうやって作ったんだ?」
「そうね、あれは確か――」








――約八十五年前 ??? 図書館内

 その図書館には魔導書とかだけじゃなくて小説とかの娯楽本もあったのよ。私はそういう本も読んでいたんだけれど、どうも内容がしっくりとこなかったのよね。なにせ、私は生まれてから『誰か』という存在に出会ったことが無かったから。だから、お話の中での人との関わり合いというものがさっぱり分からなかったの。
 それでも、一番好きだった小説の主人公、■■■■さんに対し、私は強い憧れを抱いていたのよ。文や挿絵なんかを見ると、彼女の周りにはいつも周囲の××××と幸せそうに過ごしていたからね。


 だから……私も、『××××』が欲しい、って思ったのよ。


 それ以降、捨虫によって永遠に近い寿命を手に入れた私は××××を求めて、その方法を模索したわ。そんな中で見つけたのが『賢者の石』に関する記述だったの。

   万物の力を込めて結晶へと精製させることでできる究極にして禁忌の秘宝。
   これまで、多くの魔法使いや錬金術師がそれに挑んだのだが悉く失敗している。
   だが、それを手に入れし者は巨万の富はおろか、この世に存在する全ての望みを叶えることが出来るだろう。
   そう、「命」を作り出すことも。そして、世界を創造・破壊することさえも……。

 まぁ、要約すればこんな内容だったかしら。他の魔法使いにとっては成し得なかったようだけれど私は違う。この世を形作っている五元素を操る力を生まれながらにして有していること、そして『捨虫の魔法』習得時に手にした新たな力、月と日――すなわち、陰と陽――を操る力を使いこなせる私になら簡単に精製することが出来るはず、と思っていたわ。
 その時は、ね。でも、現実はそんなに甘くは無かったのよ……。



――ガシャーンッ


 部屋に響くフラスコが床で砕け散る音。それは、私が放り投げた物のそれだった。
「どうして……どうして上手く行かないのっ!」
 無数の本を机に積み上げ、床に歩くスペースのないほど本で覆われた部屋にいた私は焦れてつい叫んでいた。
「理論上はこれで……これで完璧なはずなのに……!」
 本の山に埋もれるかのように頭を机に突っ伏した私は精製に必要な能力を持ちながらも実現に到達できないという理不尽なやるせなさを持て余していたわ。
「万物を構成する五行の属性が発する力を相生させることでエネルギーを無限に増幅させ、それを宇宙を循環する陰陽の力で以て完璧な形で包み込み永続的に循環させる。それをあらかじめ用意した魔力の器となる『それ』の中に注ぎ込んで封じれば、自然と『賢者の石』へと変貌するはず……ゴホゴホッゲホッ」
 そこまで理論を口に唱えて再検証していた私は突然、喘息の発作に襲われた。
 当時、私がいた図書館の周囲の森などに行けば魔法実験に必要な材料がほとんど揃っていたし、足りない分は錬金術を使って生成することが出来たからそういう点では困らなかったのだけど、不老になった代償に虚弱体質になってしまった私にとって材料を取りに行くのが大きな負担になっていたのよ。それに、足りない分の材料を作るために水銀とか有害なものを精製・使用することが多かったから体がどんどん弱っていく一方だったわね。
 そんな思いで採ってきた材料が無駄になって私も我を失って手に持っていたフラスコに八つ当たりをしたってわけ。
 それでも、何度検証しても私の考案した理論は事実上完璧だったし、それを実践できるのも能力的に考えておそらく私だけだった。それでも足りないもの……それは、精製したエネルギーを注ぎ込むための『器』だったの。それこそ何百……いえ、何千・何万通りもの『器』を作り出して実験したのだけれど……悉く失敗したわ。


 


 そんな日々を過ごしていた、ある日。私は、決して試してはいけない禁忌の『器』に気付いてしまったの。
「そうよ……何で気が付かなかったのかしら! 完全な『器』が必要なら私を……いえ、私の心臓を『器』にすればいいだけじゃない! 私は一度体内に五属性の力を取り込むことに成功している。だから、二度目だってきっと同じよ。うふふふ……あはははは……ゴホッゲホッ」
 今思い返すと完全に当時の私は精神的にガタが来ていたわね。でも、無理も無かったわ。なにせ、生まれてから一度も『誰か』に触れることも無く、ただ書物の世界と自分の能力しか見てこなかったのだから脆いものだったのだったのよ、私の心は……。その脆い心に対して私は、二十数年もの間ずっと文字通り寝食を欠いて『賢者の石』精製を目指して実験に実験を重ねてきたのよ。いかに不老の魔女の肉体と雖も、そんな無理を重ねていたら精神を保つことなんて出来るわけが無いのにね。それでも、あの時の私は――
「あははは……もうすぐ、ゲホッ、もうすぐよ。こんな日常は終わりを告げて私は『あの人』のようにたくさんの××××を…………うふふふ、あははは……さて、始めましょうか――」

 私はこの日、二つの禁忌を犯した。『賢者の石』という、この世の均衡を崩しかねない禁忌に満ちた至宝の精製を……そして、自らを『器』とするなどという、狂気に染まった悪魔の実験を――。







――紅魔館 地下 大図書館

「……で、結局どうなったんだよ」
 中途半端なところで話を切った私に魔理沙が頬杖をついて催促をしてくる。アリスは手を口に当てて俯いており、何かを思案しているかのようだった。
「ん? これで終わりよ。知っての通り、実験は成功して私は無事『賢者の石』を作り出せた。ただ、それだけのことよ」
「いや、それにしてもなぁ……」
 澄ました顔で新しく注いだティーカップに口をつけて返すパチュリーに対して魔理沙はいかにも不満だぜ、とでも言いたげな表情をしていた。何せ肝心な賢者の石を作る動機をボカして話したのだから無理もない反応だった。
 そうしていると、ずっと口を噤んでいたアリスがその口を開いた。
「……それで、あなたはその『望むもの』を手に入れることが出来たのかしら? ……パチュリー」
 普段は見せない鋭い視線を向けて他人行儀に尋ねるアリスに対してパチュリーは魔理沙の時と同様に飄々とした態度を取り、目を閉じて椅子にもたれかかりながら笑みを浮かべて返した。
「さぁ……どうかしら、ね?」
 その言葉を聞いて何かを察した――いや、予想が的中したのか――アリスは険しい表情を消し去って普段通りの笑みを浮かべて言った。
「そう。……魔理沙、そろそろお暇しましょう」
「はっ? 何を一人で納得してるんだ? それにもう帰るって――」
「いいから、いいから。ほら、パチュリーだってやることがたくさんあるのよ。主にあんたのせいで散らかされた図書館の整理とか、ね」
「まったくね。それとも魔理沙も手伝ってくれるのかしら?」
 ジト目で恨めし気にそう尋ねるパチュリーに魔理沙は慌てて言った。
「ゔっ……そ、それは遠慮するぜ」
「まっ、元から期待はしていないけどね」
 痛い所を突かれて押し黙る魔理沙をアリスが引っ張って図書館から出て行った。ドアから出る際に振り返ったアリスは少し聞きにくそうに口を開いた。
「パチュリー、『それ』には……私も…………いえ、なんでも無いわ」
 そう言って再び背を向けるアリスに対してパチュリーは本を閉じ、椅子にもたれながら目を閉じて言った。
「……えぇ、少なくとも私はそう思っているわ」
「……そう(バタンッ)」
 そっけなくアリスは出て行った。が、彼女の声色はどことなく嬉しそうだった。魔理沙は何のことか分かっていないようだったが……。
「あっ、そういえばアリスったら本を借り忘れたようね。まぁ、いいわ。どうせまた近い内に来るでしょうし」
 そして、動かない大図書館ことパチュリー・ノーレッジは膝の上に置いていた本を再び広げると書物の世界へと旅立っていった。






 それからどれくらい経っただろうか。
 気付かない内に本から夢の世界へと旅立っていたパチュリーは薪の弾けるような音を聞いて目を覚ました。誰かが暖を取ってくれたのだろうくれたのだろうか、と考えながらまだ眠気が残る瞼を手でこすりながら顔を上げるとそこには彼女の親友、そして紅魔館の主であるレミリア・スカーレットが目の前の席で頬杖を突きながら本に目を通していた。
 パチュリーが目を覚ましたことに気付いたようで、レミリアは本から視線を外してそのルビーよりも深い真紅の瞳を彼女に向け、そのあどけなさの残る小さな口を開いた。
「あら、パチェ。もう起きたのかしら?」
「ん……レミィ? 何時から来てたの?」
「ん、まだそんなに経ってないわよ」
と口ではこう言っているが、テーブルの近くにあるアンティークの暖炉に火を入れたのがレミリアだったとしたらその言葉は嘘であろう。かなりの時間が経っていなければ地下にあるこの図書館がこう暖かくはなるまい、と思いながらもパチュリーは余計な事を言わず
「そう。ありがとう、レミィ」
と、ただ一言だけを返した。それを聞いたレミリアの頬が少し赤くなったように見えたのは暖炉の炎のせいだけではないだろう。口にしなくても互いの意図するところを察する二人はまさに『親友』と呼ぶにふさわしかった。
「ずっと寝てたし、お腹が空いたんじゃない? お茶にでもする?」
「えぇ、そうね」
 寝る前まで魔理沙やアリスとお茶をしていたのだが、寝ている間に小腹も空いていた――食事が習慣となっているためそう感じる――こともあってパチュリーはその言葉に同意した。
「咲夜」
 そのレミリアの一言で咲夜が姿を現した。
「私とパチェに紅茶と何かお菓子をお願い。もちろん、パチェの分は血を入れていないものをね。お菓子には別に入れなくてかまわないわ」
「かしこまりました」
と咲夜が言った次の瞬間にはその手に湯気を立てるティーポットとティーカップをそれぞれ二つずつ盆にのせ、もう片方の手にはいい香りを漂わせるクッキーの詰まったバスケットを持って立っていた。
「お待たせしました、どうぞ」
「いや、待ってないけどね」
というレミリアの突込みを悪魔の従者は瀟洒にかわしながら給仕を終えると
「それでは私は他にやることが有りますのでこれで失礼いたします」
「そう、頑張ってね」
 そのレミリアの言葉に一礼すると咲夜は図書館から文字通り消え失せた。レミリアがクッキーを摘まみながら口を開いた。
「それにしても、パチェも変わったわね」
 紅茶を口にしていたパチュリーが視線だけをレミリアに向けて言った。
「変わったって……何が?」
「ん、そうねぇ……人間らしくなった、かしら?」
「私は生まれつき魔女よ?」
 パチュリーの至極まっとうな返しに少し困ったように片目を閉じてレミリアは言った。
「いや、そういう意味じゃなくてさ。ほら、初めて会った時なんて……色々と酷かったじゃない」
「ふぅ、私の黒歴史ね……」
「ふふっ、どう? 久しぶりにあの時の話に花を咲かせてみない?」
 レミリアが見た目相応の子供らしい笑みを浮かべて言った提案にパチュリーは少し呆れたような顔をしてティーカップを置いた。
「アリスや魔理沙だけじゃなくてレミィまで昔のことを聞いてくるなんてね……今日はそういう日なのかしら?」
「そういう『運命』なんじゃない? それとも止めておく?」
「レミィがそう言うと妙に説得力があるわね。ま、もうここまで来たらとことん昔を思い出すのも悪くはないわ」
「そう? 確か、あれは今からちょうど六十年前のことよね。私とパチェが出会ったのは――」
 
 薪の弾ける音を耳にしながら二人の親友はその出会いを語り合った。決して最良とは言い難い、二人の出会いの時を――









――六十年前 欧州 紅魔館

「……それは確かなの? 美鈴」
 深紅の玉座に腰掛けた館の主、レミリア・スカーレット。彼女は忠実なる古参の部下、紅美鈴にその玉座よりも紅い瞳を向け、そう尋ねた。
「間違いありません。数年前からお嬢様が懸念なされていた『あれ』が完成して早数日。ようやく、その所在が特定できました」
 片膝を床につけて両の拳を合わせて報告する美鈴。どうやら彼女の故郷の流儀のようだ。
「そう……。まさかとは思ってたけれど、本当に『賢者の石』を作れる奴が存在するなんてね。できることならば私の幕下に加えたいところだけれど……」
「お嬢様。お判りでしょうが、そんな悠長なことは言っていられません」
 のんきなレミリアの言葉に対し、伏せていた視線を上げて諫言する美鈴。
 そんな美鈴に対してレミリアは浮かべていた楽しそうな笑みを消し去り、代わりに見た目不相応な妖艶さも感じられる冷酷な笑みを浮かべて返した。
「えぇ、分かってるわ。何が目的なのかは分からないけれど、私たちの存在を脅かすことになるかもしれない芽は……早いうちに摘んでおかないと、ねぇ」
「(ゴクリッ)では、お嬢様。僭越ながら私がお供を――」
「いらないわ」
「へ?」
 言葉を遮って申し出を拒絶するレミリアに美鈴は、つい地の呆けた声を漏らしてしまった。
「供は結構。私が……一人で出向く」
「で、ですが、お嬢さ――」
「美鈴っ!」
「――ッ!」
 吸血鬼の発する覇気に言葉を失う美鈴。
「私が留守の間、フランドールを任せられるのはお前だけだ。私に万一のことがあったならば……あれの後見人となってスカーレットの血を存続させて欲しい。これは『命令』だ」
「……御意」
 レミリアは余程のことが無い限り『命令』という言葉を使わないことを美鈴は知っていた。それだけにレミリアの覚悟の程を察した美鈴はそれ以上何も言えなかった。
 少し考えてみれば、敵は何人たりとも成し得なかった『賢者の石』を精製した最高クラスの大魔法使いなのだ。いくら化生の類で最強クラスの吸血鬼であるレミリアと雖も、畏れが得難くなっているこの時代、全盛の頃の力は失われつつあり、それなりの覚悟をして臨むことはむしろ当然のことだった。
 レミリアは押し黙る美鈴を見ると、彼女を安心させるかのように胸元の深紅の満月を模(かたど)ったようなペンダントを掲げながら言った。
「そう案ずる事は無い。私を誰だと思っている? それに、この家伝のマジックアイテムの前に奴は為す術もあるまい。……それで、そいつのいる場所は?」
「はっ。ここから遥か南東へ向けて行った所にあるジャングル内に地下へと続く坑道があり、そこの奥のようです。お嬢様ならばその付近になれば察することが出来ましょう」
「そう……随分と遠いのね。でも、ただでさえ人々からの畏怖が減少して存在基盤が揺るがされているというのに、これ以上の不安材料は増やしたくはない。速やかなる『駆除』が必要ね」
 そう言ってレミリアは立ち上がると、部屋にある大窓を開けて身を乗り出した。外は闇に覆われ、時刻が深夜だと分かる。そして、空には血のように紅い満月が浮かんでいた。
 レミリアはその月を見て狂気を感じさせる妖艶な笑みを浮かべた。
「ふふっ。血の饗宴にふさわしい夜ね。美鈴、後は……任せたわよ(バサッ)」
そう言うと背中に折り畳まれていた翼を目いっぱいに広げて深紅の悪魔は夜の世界へと飛び立っていった。


「待ってなさい。あなたが私たちに害をもたらす存在でないと願っているわ。そうでないのなら、こんなに月も紅いことだし……本気で殺すわよ」






――??? 坑道 出口

「驚いたわ……まさか、こんな場所がまだ残っていたなんてね」
 レミリア・スカーレットは目の前に広がる光景に目を奪われていた。
「まるで地底世界、か」
 そう、青い空を見たことが無いある魔女はかつて茶色がかった上方の岩肌を空と認識していたが、実際は地底に埋もれた空洞の天井に過ぎなかったのだ。岩肌には『ヒカリゴケ』の一種が多く生息しているようでボンヤリとはしていたが空洞内は思っていたよりも明るかった。
 そして、レミリアがいるのはその地底世界を一望できる切り立った崖の上であり、そこは奇しくもレミリアの求めている件(くだん)の魔女が生まれた場所でもあった。
 眼前には深いジャングルが、目を凝らせば所々に古代文明の遺跡のような建造物や鳥人と思しき石像が朽ち果てた状態で点在しており、その中心部には美鈴の故郷で使われているという漢字の「山」に似た形の建造物が聳えていた。
「妙ね。ここには、何か神聖な『光』と無限の『闇』のような気が混ざっているわね。……長居は無用、か。早く目的を果たして去るのが一番ね。奴は……あそこね」
 レミリアはそう呟くと「山」の字の建造物へと飛び立っていった。そう、魔女のいる図書館に……。


 出会いの時は、すぐそこまで迫っていた。







 魔女はこの日、本格的な実験を行おうとしていた。
 あの日、『賢者の石』の精製に成功してからというものの、彼女がそれを使いこなすようになるまでに一週間ほどの期間を要したのだった。そして、完全に『賢者の石』を使いこなせるようになった今、彼女は積年の願いを叶えようとしていた。
「(ブツブツ……)『賢者の石』よ……っ!」
 呪文を唱え終わると彼女の周囲に五つの結晶体が顕現した。普段は彼女の心臓に一つの「力」として収束された状態で存在しているのだが、使用時には五元素になぞらえた五色の結晶体として現れ、彼女の周囲に浮遊するのだった。
 赤は「火」、青は「水」、緑は「木」、黄は「金」、紫は「土」、と各属性の膨大な力を秘めている。そして中心にいる魔女……いや、彼女の『心臓』が五つの結晶体の力を極限まで高める「陰」と「陽」の力が秘められていた。つまり、魔女と賢者の石は完全に同化しているのだった。
「今日こそ、積年の我が願いを――」


――ドゴォォォォンッ‼


 魔女が儀式を始めようとした瞬間、玄関のドアが勢いよく粉砕されて吹き飛ばされた。
「な、なにが――⁉」
 予想もしなかった事態に戸惑いの声を上げて振り返る魔女。彼女の視線の向こう側には未だ立ち込めている煙の中に揺らめく小さな影があった。
「何か、言ったかい?」
 煙が晴れるとそこには立派な蝙蝠の翼を背負っている小さな少女がいた。魔女は書籍での知識によって彼女が『吸血鬼』であることを察することができたが、初めて見る『誰か』に驚きを隠せず言葉を発することが出来なかった。
「あれ? もしかして言語が違う? だとしたら、少し厄介ねぇ」
 相手は構わず話しかけてくるが、魔女はその言葉を知っていたため普段はあまり使わないが相手の言語に合わせて口を開いた。
「あ……あなた、は……?」
 魔女はしっかり発音したつもりだったが、極度の緊張で喉が上手く働いてくれなかった。
「?? なんだ、上手く話せないのかい? まぁいい、話が通じるのならそんなことは大した問題じゃない。私の名前はレミリア・スカーレット。ご覧の通り吸血鬼、さ。……で、あんたの名前は?」
 レミリアはスカートの裾を摘まんで慇懃無礼に挨拶をした。彼女の問いに魔女は顔を伏せて口を動かした。
「……無い」
「え?」
「私に名前なんて……無い。名前は個体を識別するためのものよ。私しか……たった一人しかいないこの場所で、そんなものは……必要ないっ」
 吐き出すようにそう言い放つ魔女に戸惑いを覚えながらもレミリアは本題に入ろうとした。
「……そう。それより、あんたが『賢者の石』を精製した魔女なのよね? まぁ、返事が無くてもあんたとその周囲に浮かんでいるそれを見れば分かるけど、ね」
「…………」
 警戒するかのように身構えながらレミリアの言葉を聞く魔女。
「さて、ここからが本題。あんたはそれを使って……何をするつもりだい?」
 相手を威圧するかのように鋭いまなざしを向けながらレミリアは本題――つまり魔女が何のために『賢者の石』を作り出したのか――を尋ねた。その返答次第でレミリアは彼女への処置を決めようと思っていた……のだが――。
「……を造るためよ」
「ん? よく聞こえないわ」
「トモダチを、造るためよ。 そうすれば私は一人じゃなくなる。私はずっとここにいたいけれど、この先ずっと……ずっと一人はいやなのよ。 だから、私はトモダチを、この力で生み出すことで、この孤独から解き放たれるの。そうすれば『あの人』のように、毎日を楽しく過ごすことが出来るから、ね。 ……これが、私が『賢者の石』を、作った理由よ。……これで、満足かしら?」
 正直、レミリアは戸惑っていた。目の前にいる紫色の髪を持つ少女の願いがあまりにも的外れだったからだ。

「ともだちを……『造る』、ですって?」

「えぇ、そうよ」
「な、何を言ってるのよ。それは……それは間違ってるわ! 友達は造り出すものではないでしょう! それに、命を魔法で生み出すことは、この世の真理を覆す最も忌むべき禁忌の一つよ! 絶対にそんなことのために使って良いような力では無いわ!」
 目の前の少女が抱いている、ある意味純粋すぎる……そして残酷な願いを知ったレミリアは素の状態で心からの忠告をした。

 しかし、その思いは魔女へと伝わる事は無かった。彼女は俯いて肩を小刻みに震わすと、今にも消え失せそうな声で呟いた。

「……そう。あなたは、私の邪魔をするのね」
「な、何を――」
「私の邪魔をする存在は……『サクジョ』しなくちゃ……ねぇ」
 魔女の魔力が異常なまでに高ぶっていることに気付いたレミリアは距離を取って臨戦態勢を取った。
「くっ、これ程までの魔力を……! これは、一筋縄じゃいかないわね。……それでもっ!」
膨れ上がる魔女の魔力も臨界に達しようとしていた。
そして、ほぼ同時に二人は宣戦の言葉を口にしたのだった。


「何人たりとも……決して、私の邪魔はさせない! 私の魔法の前に消え失せなさい、小さな吸血鬼‼」

「必ず、あなたの行動を止めてみせるわ。私の……いえ、あなた自身のために! 行くわよ、大魔法使い‼」





 そう叫ぶと二人は互いに中空へと舞い上がって距離を取り、真正面に向かいあった。
「そうそう、確か吸血鬼は流水に弱いんですってね……だったら、濁流に飲み込むまれるがいいわ! 澄んだ清流にその罪を洗い流せ、『ベリーインレイク』!」
 不敵な笑みを浮かべながら唱えた詠唱に反応して周囲に浮かぶ青色の結晶体が一段と輝きを増すと同時に、魔女の周囲に四つの魔方陣が浮かび上がった。そして、そこから生じた濁流が四本の巨大な柱のようにレミリアめがけて襲いかかった。ところがレミリアはそれを目の当たりにしつつもまだ余裕の笑みを浮かべていた。
「甘いっ!」
と叫ぶや否や、レミリアの体は緑色の光に包まれ全ての濁流が弾き飛ばされた。
「えぇっ⁉」
その様子を目の当たりにした魔女は目を見張った。
「それくらいの対策もせずにのこのこと大魔法使いの元になんて来ないわよ! このマジックアイテムはね、属性魔法を無効化する程度の能力を有しているの! だから、あなたに勝ち目はないっ!」
「な、何なのよ、そのチートなマジックアイテムは! って、やばっ……大地よ、邪を防ぐ盾となれ、『トリリトンシェイク』!」
 魔法を無力化したレミリアはその身体能力を活かして、瞬時に上昇して勢いを溜めると、魔女の隙を突いて一直線に突っ込んできていた。魔女は巨大な岩の盾を隆起させることで防ごうとしたが――
「そんなものっ!」

――ドゴォォンッ‼

「ひゃあっ」
 それをものともせずにレミリアは岩壁を突き破った。計算違いは、岩壁のせいで魔女を目視できず、浮かびながらもしゃがみこむかの様な姿勢――俗に言う『しゃがみこみガード』――になっていた彼女の頭上を通過してしまったことだった。
 攻撃を外した勢いで向かい側の壁に着地する際につんのめってしまったレミリアは、とっさに体勢を整えたが、その間に魔女は既に次の魔法を詠唱していた。
「舞い散る木の葉にその身を裂かれよ、『シルフィホルン』!」
 魔女の詠唱と共に緑の結晶体が輝くと、魔女の背後に緑色に淡く輝く巨木の幻影が現れ、そこから木の葉を模した小粒の魔法弾が無数に襲いかかった。
「懲りないわね! それに、こんなのはマジックアイテムを使うまでもないっ! 『グングニル』‼」
 そう叫ぶレミリアの手に深紅の魔力が集まって巨大な神槍が形成され、それを一振りするだけで全ての魔弾が消し飛ばされた。そして、その余波は魔女をも襲ったのだった。
「ッ! きゃあ‼」
 下方から襲い来る衝撃波をまともに受けた魔女は吹き飛ばされて床に叩き伏せられ、そんな彼女の周囲には『本だった』ものの紙吹雪が舞っていた。その光景を見て魔女は立ち上がりながら怒りに震えた声を発した。
「よ、よくも私の本を――」
「ふん、さっきから可愛い悲鳴ばかり上げてばっかりね。興醒めだわ。大魔法使いっなんて、所詮この程度なの?」
と見え透いた挑発をしてみるレミリア。その言葉に魔女は顔を赤らめて叫んだ。
「ば、馬鹿にしないでっ。私の魔法はここからよ! ……相反する二つの力に慄きなさい! 火の鎧を纏いし木の葉、その身を以て二重の苦痛を彼奴にもたらせ、『フォレストブレイズ』!」
 その詠唱に反応して赤と緑の結晶体が一際輝くのを目にしたレミリアは訝しげに眼を細めたが次の瞬間、その意味を知ることとなった。
 
 輝きを増す二色の結晶体に反応して出現した巨木の幻影の前にはいくつもの赤い魔方陣が浮かび上がり、『シルフィホルン』同様に発射された木の葉型の魔弾は、その魔方陣を通り抜けることで炎を纏うのだった。魔法自体は一見すると、先ほどの『シルフィホルン』と同じなのだが、木属性の魔弾一つ一つに炎属性の力が付与されているのだった。本来なら、火が木を消し去ってしまうはずなのだが、逆に炎属性に加えて先程よりも込められている木属性の力も増幅されていたことにレミリアは驚きを隠せなかった。

「くっ、複合魔法だと⁉ 属性の相殺を無視するなんて!」
 その様子を目にした魔女は得意げに笑いながら言い放った。
「ふふん、これが私の実力よ。互いの属性を『相殺』ではなく『相生』させれば……この通りよ!」
「(なんて奴っ! やはり出来ることならこちらの陣営に加えたい逸材だが……)ふん、さっきと同じよ。グングニルで消し去ってやる!」
 そう言ってレミリアはグングニルを横薙ぎに振るったのだが、異なる属性の組み合わせによって強化されている魔弾の全てを消し去ることは出来ず、三割ほどの魔弾がレミリア目がけて襲いかかった。マジックアイテムの効果によって赤色の光に包まれたレミリアは木属性による裂傷を防ぐことはできたが、所々、炎属性による火傷を負い、衣服にはいくつもの焦げ跡やそれによる穴が付けられた。
「はぁはぁ……くっ(……複合魔法が存在するなんて思いもよらなかったわね)」
 レミリアの負った火傷自体は吸血鬼固有の自己治癒能力ですぐに癒えたが、魔弾がグレイズした際の痛みは未だ残っており、先ほどまでの余裕がその顔から消え失せていた。

 そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、レミリアが体勢を整えて自分の下にいたはずの魔女を求めて視線を上げると、そこには一枚の岩壁が生じていただけで魔女の姿は無かった。
 そして、上方へと視線を動かしたとき、レミリアは自身に襲い来る思いもよらない魔弾の群れを目の当たりにすることになるのだった。

 レミリアが『フォレストブレイズ』を避けている間に魔女は『トリリトンシェイク』で召喚した岩壁でグングニルの衝撃波をあらかじめ防いでいた。それを凌ぐや否や、魔女は即座に上昇してレミリアの斜め上の位置を取り、次なる魔法の詠唱を始めていたのだ。
「ふふふっ、さっきの勢いはどうしたのかしら……吸血鬼のお嬢さん? 残念だけど、休む間なんて与えないわよ。ほらほら、あなたの大好きな太陽の光に焼き尽くされちゃいなさい?」
 虐げる者特有の黒い笑みを浮かべる魔女はレミリアに挑発の言葉を浴びせ、レミリアが必死に避けようとする様子を心底愉快そうに眺めていた。

 魔女が発動させている『ロイヤルフレア』は、太陽が持つ「陽」の力を体内から呼び起こし、それを周囲に浮かぶ五つの結晶体によって増幅させ、極限までその威力を高めたものだった。
この魔法は魔女の使う中でも最高クラスの大魔法だ。実のところ、太陽と月による陰陽の力を複合させた究極魔法『ロイヤルダイヤモンドリング』の方が単発での威力は高いのだが、「陰」の力は夜の王たる吸血鬼にとって逆効果であろうと判断してのことだった。

 一方、レミリアは地底とは無縁の「陽」の力を、このような形で目の当たりにするとは思いもよらなかったこともあって一瞬反応に遅れてしまった。彼女は、とっさに炎の魔弾を次々と手から打ち放って相殺を目論んだのだが、太陽の如き「日」と炎では話にならならず、炎の魔弾はその威力を削ぐことさえ叶わずに虚しく「陽」の魔弾に飲み込まれていった。
 そして、頼みの綱であるマジックアイテムは五属性の集大成とも言えるこの魔法の負荷に耐え切れず砕け散ってしまったため、レミリアは仕方なく三度(みたび)グングニルを振るって迎撃するしかなかったものの、やはり半数以上の魔弾を消し去ることが出来なかった。。
「くっ……つぅ!」
 先ほどの炎とは比べ物にならない威力の魔弾が体を掠めるたびに肌を焼かれ、苦痛に顔を歪めるレミリア。だが、それでも回避し続けるレミリアに決定打を与えられない魔女は舌を巻くと同時に焦りを感じていた。
「(思ったよりもしぶといわ……このままじゃまずいわね。早くケリをつけなくちゃ)……これで、お終いよ!」
 魔女はそう叫ぶや否や『ロイヤルフレア』を止め、今度は急降下してレミリアの背後に当たる斜め下の位置に回り込むと、更なる魔法を詠唱した。吸血鬼にとって、最悪の魔法を――。
 彼女の呪文と共に周囲に浮かぶ全ての結晶体――その中でも特に青の結晶体――がその輝きを増していった。

「愚かな吸血鬼よ、太陽の輝きと母なる海の洗礼を受けよ『ハイドロジェナスプロミネンス』‼」

 彼女の呪文と共に周囲に浮かぶ全ての結晶体――その中でも特に青の結晶体――がその輝きを増し、魔女の周囲から発せられた魔弾がレミリアめがけて殺到した。。この陽と水の属性を複合させた魔法は対吸血鬼用として絶大な威力を誇るものだった。そして、それを目の当たりにしたレミリアの顔はひきつっていた。
「(頼みのマジックアイテムはもう無いし、蝙蝠に分裂したところでこれは避けられない……! この、私が、死、ぬ? )…………ッ!」
 目の前に迫る何本もの水の柱に加えて、その間を縫うかの如く殺到する「陽」の力を帯びた魔弾を前にレミリアは諦念の感に駆られていた。


 そして、次の瞬間。レミリアは魔弾が彼女の背後にある壁に直撃した際に生じた爆炎の中にその姿を消した。








 レミリアが爆炎に飲まれる寸前、彼女の脳裏に浮かんだ走馬灯のような物には妹のフランドールや彼女を任せた美鈴の姿だけではなく、つい先程出会ったばかりの魔女の……深い悲しみを湛えた顔もあった。
 彼女は耐え難いまでの孤独と悲しみに溺れていた。他者との触れ合いを知らないばかりに、あろうことか『トモダチ』を造ろう、などという狂気に取りつかれてしまっていた。それだけのために……誰かと一緒にいたい、というひどく当たり前すぎる願いのために、彼女は己の叡智を以てして『賢者の石』を作り出したのだった。

 レミリアは当初、『賢者の石』を作り出す者が己の存在を揺るがすかもしれない、と思って構えていたが、その動機を知ってしまえば何でもない。魔女の願いはレミリアにとって全く危険性の無いものだった。本当ならそこで引き揚げてしまっても差し支えはなかったのだが、彼女の想いとその悲しすぎる願いを知ってしまったレミリアは「生命の創造」という禁忌を犯そうとする彼女を放っておけなくなり、力ずくで食い止めようと思って彼女に戦いに挑んだのだった。そして――。

(それなのに、こんな形で終わってしまうなんてね。結局、私は何も……何もできなかった……!)
 彼女を救うどころか自分が死地に追いやられたことの不甲斐なさにレミリアは慙愧していた。自分が死ぬことによってこの孤独な魔女が救われないばかりか、館に残してきた妹をも『独り』にさせてしまうのだと分かっていたから――。

( …………それにしても、なんで私はこの魔女のために必死になっていたのかしら? ついさっき会ったばかりだというのに、どうして…………あぁ、そうか。私たちは似ているんだ。スカーレットの名を継ぐ私にも『友達』なんていない……いえ、作れなかったものね。私も彼女のように孤独だったのよ。だから、余計に感情移入しちゃったのね……)

 そう、レミリア・スカーレットは孤独だった。彼女の家柄、そして自身の持つ並外れた能力故に彼女へ歩み寄る友など無く、気付けば彼女の周りには自分に忠誠を誓う者しかいなかった。レミリアは彼らに対して好意を感じていたが、所詮彼らは従者でしかなく決して友ではない、という現実がそこにはあった。
 だからこそレミリアは気付いた……いや、思い出したのだ。友を求める気持ちを、それを叶えることの難しさ……そして、それを悟る度に自身に降りかかる途方も無い絶望感も……。レミリアは、その現実に対して早々に目を逸らして生きてきたが魔女は違った。たとえ、やり方は間違っていたとしても、友を得るためにひたすら努力してきた。だから――。

(そう、私は彼女に惹かれていたのよ……。だから、間違った道を進もうとする彼女を救い出そうと……なのに、それなのに……私は…………!)
 レミリアの瞳に光が灯った。体中に力が漲る。新たな決意を胸に、レミリアは――。


(そうよ、私はまだ死ねない。こんな所で……死んで、たまるか! 私は生きるっ! 生きて、この想いを――っ‼)


 次の瞬間、爆炎がレミリアを包み込んだ。








 吸血鬼に殺到した魔弾がその背後にあった壁や本棚に直撃すると、彼女の姿はそれらの爆炎に消え、魔女の視界からその姿を消した。それと同時に、彼女が持っていた深紅の神槍が落下して床に突き刺さると共に霧散した。その衝撃で周囲を瓦礫や本だった紙切れが舞い、魔女は宙に浮いたままその様子を首を持ち上げてただ静かに見つめていた。
「……や、やったのかしら?」
 必殺の思いで魔法を打ち込んだ魔女だったが、事が終わると心にぽっかりと穴が開いたかのような虚しさを感じていた。これまで感じたことの無い虚しさに魔女はためらい、その感情を持て余していた。

 その魔女の隙こそが魔女の敗因となり、吸血鬼の勝機となった。



「おおおおぉぉぉぉぉぉ‼」

 雄叫びと共に爆炎を切り裂いてきたのは、体中に深紅の魔力を纏わせて一直線に突撃してくるレミリア・スカーレットの姿だった。
「なっ⁉ て、天より降りそそ……ゴ、ゴホッゲホッ」
 魔女は慌てて再び『ロイヤルフレア』の詠唱を行ったが、魔力の酷使によって懸念していた持病の喘息の発作が彼女に牙をむいたことで遮られてしまった。
「 不死城レッドォォォ‼」
「がふっ⁉」
 レミリアの一撃をまともに食らって吹き飛ばさ魔女は、強烈な勢いで床に叩きつけられた。
「うぅ……」
 うつ伏せになった魔女は一撃……『たった一撃』をまともに受けただけで完全に身動きが取れなくなり、少し離れた所に着地してこちらへ歩みを進めるレミリアの姿をただ見つめることしかできなかった。

 これが、吸血鬼と魔女の……絶対的な実力差であった。


 勝利を収めたレミリア・スカーレットはゆっくりと立ち上がると、倒れている魔女の方へと向き直った。そして、その顔に笑みを浮かべ、魔女の方へと静かに、ゆっくりと歩みを進めた。その間、魔女は片目を開けた状態でうつ伏せになりながらもこちらを睨みつけていたが、レミリアはそれを完全に無視した。
 そして、魔女の前に辿り着いたレミリアは屈みこむと魔女の体を少し起こして抱きしめた。
「……?」
 魔女は何が起こったか分からずに目を白黒させていたがレミリアの角度からそれを見ることはできなかった。彼女はただ静かに、魔女の長い紫色の髪を撫でながらそっと抱きしめていた。
「……何の、つもり?」
 ポツリと魔女が漏らす。
「戦いは終わったのよ。私たちはもう敵ではないわ。そう、『友達』にだってなれるかもしれない」
「とも……だ、ち?」
 ポツリと返す魔女。レミリアは遠い目をして魔女の背後から視線を動かさずに言葉を紡いだ。
「そう。友達はね、『造る』ものではないの。こうして、互いの想いや本音をぶつけあったりするうちに自然とそういう関係になるものなのよ。そう言う私も、あなたみたいに友達はいないけれど……あなたとならきっと、いいお友達になれると思うわ。だって、私たちはこんなにも似ているんですもの……ね?」
「…………」
 その言葉に魔女は目を閉じ、黙って涙を流していた。魔女もレミリアと衝突している中で彼女の中に自分と似た何かを感じ取っていたのだった。そして今、初めて感じる『誰か』の温もりに触れたことで見失っていた自分が本来求めていたものを見つけられたように感じていた。
 魔女は、いつからか自分が『憧れの彼女』の周囲にいた『友達』というものを履き違えていたという事実を悟り、自分を必要としてくれているこの小さな吸血鬼に出会えたことに込み上げる想いを抑えることができなかった。魔女の中にはもう、長い間抱いていた虚しさや孤独感は無くなっていた。
 レミリアは魔女が自分の背中に手を回してぎこちなく抱こうとする仕草から何かを察したのか、ずっと彼女をひしと抱きしめていた。レミリアもまた、これまで得られなかった『温かみ』を感じていたのだ。

 半ば廃墟と化した空間で、小さな吸血鬼と魔女は身を寄り添わせていた。ずっと……ずっと――








「ところで、あなた……」
「……なに?」
 どれくらい時間が経っただろうか、そろそろ泣き止んだ頃だろう、と思ったレミリアは少し体を離して魔女の顔を見た。未だ彼女の目は赤かったが大分落ち着いたようだった。
「確か、名前が無いのよね」
「……そうよ」
 視線を逸らしてそう呟く魔女に対してレミリアは言った。
「なら、名前を付けましょうよ」
「え?」
 魔女はきょとんとした目をレミリアに向けた。
「だって、これから友人として接するのに名前が無いと困るじゃない。まず、夜の王たる私があなたに姓をあげるわ。そうねぇ……あなたの頭脳とこの建物にあやかって【knowledge】、ノーレッジがいいわね。どう?」
「え、あっ、その……『レミィ』が、そう言うなら……」
 顔を赤らめて少し視線を逸らしながらノーレッジの姓を与えられた魔女は言った。
「レ、レミィ? ……もしかして、私のこと?」
 いきなり魔女の口から発せられた言葉に驚いたレミリアがそう聞き返した。魔女は視線をレミリアに向けるとまだ赤い顔のまま言った。
「そ、そうよ。あなたはレミリアって名前なんでしょう? だからレミィって呼ぼうかな、って……だ、駄目かしら?」
「いいえ、嬉しいわ。だって、初めて誰かからつけてもらったニックネームなんだもの」
 心底嬉しそうに笑って答えるレミリアを見て魔女の顔からも笑みがこぼれた。それは彼女にとって生まれて初めて浮かべる、心からの笑みでもあった。
「あら、あなたの笑顔ってかわいいわね」
「ふふっ、レミィほどでもないわよ」
 魔女のその返しにレミリアは逆に顔を赤らめて慌てて言った。
「そ、それよりも……そうよ! 次はあなたの名前ね。えーと、何がいいかしら。うーー……」
「ちょっと、レミィ」
 レミリアが頭を悩ませて魔女の名前を考えているところに当事者の魔女が口を挟んだ。
「ん、何かしら?」
「名前、なんだけど……『パチュリー』、でいいかな?」
「えっ? そりゃ、あなたの名前だからもちろん構わないけれど……どうして?」
「ん。秘密よ、レミィ」
 澄ました顔の魔女に対してレミリアは外見相応の顔で頬を膨らませていた。
「うー。教えてくれたっていいじゃない、『パチェ』のケチ」
「パ、パチェ? 私の名前は、『パチェリー』じゃなくて『パチュリー』なんだけど……」
「い、いいのよ! その方が響きもいいじゃない」
「そ、そうなの? えっと……これからよろしくね、レミィ」
「えぇ、よろしく。パチェ」
笑顔であいさつを交わす二人。その姿はまさに『友人』のそれであった――。





「……ところで、『これから』ってパチェはどうするつもりなのよ?」
 その後、半壊した建物の中で辛うじて残っていた椅子とテーブルに腰掛けた二人は他愛もない会話をしていたのだが唐突にレミリアがそう言いだした。
「うーん……やっぱり、ここの本からは離れたくないし、寂しいけどここに残ることにするわ。レミィがちょくちょく来てくれればいいだけだしね」
 あっさりとそう言い放つパチュリーだったがレミリアにとっては、聞き捨てならなかったため慌てて言った。
「ちょ、ちょっとパチェ。あなたは知らないだろうけど、ここって私の館から随分遠いのよ? そんな簡単に行ったり来たりなんてできないわよ」
「えっ、そうなの?」
「だからさ……私の家においでよ。待遇は客人という形になるけどさ、ここに残っている本は後で門番にでも運ばせるし。それなら問題は無いでしょ?」
「え……そ、そうね。確かにそれなら大丈夫、かな? でも……」
 それでも言葉を濁すパチュリーにレミリアは尋ねた。
「どうしたのよ、まだ何かあるの?」
「なんかここにいるのが私に与えられた『使命』のような気もするのよね。そもそもここに来たのだって何かに導かれていた気がしたからだし……」
 その言葉にレミリアはこの地で最初に抱いた印象を思い出した。
「ふ~ん。確かに、ここには妙な気が立ち込めているけれど……何か関係があるのかしら? まぁいいわ。どうせ今頃地上は日が昇っているだろうし、もう疲れてくたくただから今日は泊まらせてもらうわ。その間に考えておいて頂戴」
「う、う~ん……そうね。じゃあ、そうするわ。寝床になりそうなところがいくつかあるから案内するわ」
「(ちょっと、『なりそうな』って何よ……)そう、お願いね。もうクタクタよ」
 そして、二人は互いに疲れが溜まっていたこともあって時間帯などお構いなしに寝床に入ったのだった。





――パチュリーの寝室(?)

「ふふ、『寝る』なんて行為は何時ぶりかしら?」
 ベッドに身を横たえたパチュリーは全身に伝わる心地よさを感じていた。いつからか人間らしい営みを失っていたことに対して自嘲気味に笑いながらも、パチュリーはこれから始まる新しい日々への期待に心を膨らませていた。
「できることなら、私だってレミィの所に行きたいのよ、ね……」
 そう呟いていると強烈な睡魔がパチュリーを襲い、彼女は夢へと落ちていった。

 その晩、パチュリーは夢を見た。内容はほとんど覚えていないが、ただ『懐かしい感じ』がした。ずっと昔に感じた『何か』と――。

 
 そして、目を覚ますと彼女が抱いていた妙な『使命』感は消え失せていた。おそらく夢の内容と関係があるのだろう、と推測したパチュリーだったがその内容を思い出せず、それ以上深く考えることはなかった。





――図書室

 パチュリーが着替えを済ませて図書室に入ると、そこには誰もいなかった。なので彼女は『あの本』を引っ張り出して椅子に腰かけ、読書にふけることにしたのだった。それは何度読んだか忘れてしまうほど繰り返し読んだものだったが、その日のパチュリーは無性にその本を読みたいと思っていた。


三十分ほどすると、レミリアも――眠たげに目を擦っていたが――目を覚ましたようで図書室に入ってきた。しかし、普段は従者の世話になっていることもあってか彼女の服装は乱れており、寝癖もひどかった。
「ふぁ~ぁ。おはよ、パチェ」
「おはよう、レミィ。ちょっと、その格好ははしたないわよ。こっちへいらっしゃいな」
 半ば寝ぼけているレミリアを引き寄せてパチュリーは彼女の服装を整え、髪を梳いてやった。
 それが終わるころにはレミリアも完全に目が覚めたようで昨日のようなカリスマが感じられた……とは言え、パチュリーは昨日から既に何度かブレイクしているレミリアの姿を目の当たりにしていたため効果が無かったのだが……。
「ところでパチェ、昨日の返事をもらえるかしら?」
「えぇ、これからそちらに厄介にならせてもらうわ。よろしくね、レミィ」
 微笑んでそう答えるパチュリーに一瞬目を丸くしたレミリアだったが、次の瞬間には彼女の顔にも喜びの色が浮かべられていた。
「そう、それは嬉しいわ。それじゃあ、少し早いけれど…………」
 そう言って椅子から立ち上がってくるっと一度ターンをしてパチュリーの方を向くと手を差し伸べて言った。
「ようこそ、『紅魔館』へ。パチュリー・ノーレッジ、あなたの滞在を心より歓迎するわ」
「こうま、かん……?」
初めて聞く響きを口にするパチュリーにレミリアは誇らしげに言った。


「そう、紅魔館。私の館であり、これからパチェの『家』となる場所よ――」








――紅魔館 地下 大図書館

「……それにしても、色々あったわねぇ」
 当時のことを語り終えたレミリアは感慨深げにそう言った。手にしている紅茶はとうに冷め切っていた。
「まさにあれが私にとって人生の転機よね。レミィが来てくれなかったらどうなっていたことやら(ふぅ……)」
 当時の自分に対して溜息をつくパチュリーにレミリアが声をかける。
「でもよかったじゃない。そうでなければ私はパチェと出会う運命に無かったわね、うん。」
「前から気になってたんだけど……。もしかして、あの時『運命を操る程度の能力』を使ったりしてた?」
 その言葉に首を振って苦笑するレミリア。
「まさか。そもそもこの力はそんなに使い勝手の良いものでもないし……それに、いちいち使ってたら人生がつまらなくなっちゃうわ」
「それもそうね。あれから私はレミィにもらったこの部屋で、それまでと同じように暮らすことができているから幸せよ。十年ほど前に咲夜が来てくれた時は本当に助かったわ。おかげでこんなに広くて余裕のある図書館に生まれ変わったからね」
 パチュリーは周りを見渡しながら感慨深げに言った。
「はは……(たしかに『アレ』はひどかったわね)」
 当時の図書館の様子を思い出したのか引きつった笑みを浮かべ、乾ききった笑い声を立てるレミリア。
「初めて家に来た時なんて、パチェったら『地上の部屋は太陽が……』なんて吸血鬼みたいなことを言い出すから驚いたわ」
「う、うるさいわね。生まれてから一度も太陽を見たことが無かったんだから仕方ないでしょ。それに、本だって太陽の光が当たらない方が傷まないで済むんだし……」
 あの後、パチュリーは超高速で飛ぶレミリアにしがみついて――目を回しながら――紅魔館へ向かったのだがその時は夜だったため、彼女は紅魔館に着いて初めて太陽というものを見たのだった。レミリアは『客人』となったパチュリーに地上階の一等室を与えようとしたのだが彼女の要望で不本意にも地下の一番大きな部屋を与えることになったのだった。
「そうそう、パチェ。今日は何の日か、覚えてるかしら?」
「? 何かしら。ずっと地下に閉じこもっていると時間なんて分からなくなるわね」
 その言葉に「やっぱりね」と呟くと、レミリアは困った親友に対して言った。
「今日はパチェが紅魔館に来てからちょうど六十年が経った日よ。この国じゃ六十歳になると『還暦』ってお祝いをするみたいだし、パチェにもサプライズパーティーをやろう、ってことで前々からみんなで秘密裏に計画を立てていたのよ」
 年数は覚えていたものの、日付までは忘れていたパチュリーに対してレミリアは嬉々として語っていた。
「みんなが……(←めちゃ嬉しい)。って、ちょっと待ってよ。私はとっくに六十歳過ぎてるんだけど……」
「いいのよ。それに、『パチュリー・ノーレッジ』が生まれたのはあの日なんだからね。そう大差ないわよ」
 そんなパチュリーの突っ込みに無邪気な笑顔で返すレミリア。当時のカリスマはどこへやら、といった感じだがその光景は実に微笑ましいものだった。
「ほら、もう準備はできてる頃だし、大ホールにみんな集まってるから早く行きましょ」
 そう言って引きずるようにしてパチュリーの手を引くレミリアは図書館を後にしてみんなが待つ大ホールへと向かっていった。






――紅魔館 大ホール

扉を開けるとそこにはフランドール、咲夜、美鈴に小悪魔といった紅魔館の主要メンバーの他に「にしし」と笑う魔理沙とツンとした様子でこちらを見るアリスの姿があった。もちろん、大勢のメイド妖精たちもいた。
「おめでとー、パチェ!」
「パチュリー様、既にパーティの準備は済んでいますわ」
「いやー、あれからもうそんなに経つんですねー」
「私とパチュリー様が契約してからだと、丁度二十年目ですね~」
「おめでとーな。これからも本貸りてくぜっ☆」
「ま、魔理沙がどうしても来いって言うから来てあげたのよっ。勘違いしないで!」
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
「うぅ……、そんな目で見ないでよ。あの、その……おめでとう………これ、プレゼントよ」
 彼女たちからめいめいに祝いの言葉――最後のアリスは人形に促されて祝辞の言葉を述べてプレゼント(後で開けてみたら、なんと手製のマフラー!)を渡すという謎の照れ隠し芝居をしていたが――を受けたパチュリーは取り敢えず懐から取り出した二枚のスペルカードをちらつかせて魔理沙を黙らせると万感の思いでただ一言、
「みんな、ありがとう」
とだけ言った。その時の彼女の目は涙で潤んでいたのだがその場にいた――魔理沙も含めて――誰もが見なかったことにした。そして、その言葉に対してレミリアはパチュリーに笑顔を向けて言った。
「おめでとう、パチェ。これからも、よろしくね」


 その後、友人や家族たちに囲まれる中で幸せそうな笑みを浮かべているパチュリーの姿があった。

(あの時の私はどうかしていたわ……でも、私が『賢者の石』を作ったおかげでレミィを初めとした皆に出会うことが出来たのよね。そう考えると、私が目指していた実験は成功したことになるのかしら? ……いえ、そんなことはもうどうでもいいわね。だって、私は今、『彼女』のように多くの友達に囲まれて幸せな一時を過ごすことができているんですもの。そうよね、私がずっと憧れてきた『パチュリー』さん…………)

――To Be Next HISTORY of KOUMAKAN……
えー、T-K(ほうじ茶)です。生まれて初めてSSを投稿してみました。
至らぬところもあったでしょうが、評価よりも作品に関するコメント(賛否、改善点、こうしたら…、誤字などなど)を絶賛募集中です。
あと、いつか教授の作品を続き物として1クール分程やってみたいですね。
でもSS制作って思っていた以上に疲れますね。いや、まぁ、それが楽しいんですけどね(^。^;)


……あっ、そうだ。忘れてましたが、パチュリーの回想で出てきた遺跡は個人的な嗜好を兼ね、ある作品より(一部設定も)流用しています。
通称『夢の遺跡』です。分かる、人いるかな……? では、また会いましょう。

追記:コメントに返信期間を設けていましたが、気づき次第返すことにしたのでお気軽にどうぞ。頂いてから二週間以内には返せるはずです、
ほうじ茶
Shinryoku-sakura@outlook.jp
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コメント



0.210簡易評価
5.70名前が無い程度の能力削除
独特な感じ
嫌いじゃないです
6.100名前が無い程度の能力削除
とてもよかったです
(←○○)(←これ好きです)
7.20名前が無い程度の能力削除
読めば読むほど文章に魅力がない。ただただそれだけでつまらなく感じる作品。
10.90名前が無い程度の能力削除
面白いです。
アリスの心情を書いたものがあれば読みたいな、と思いました。
11.無評価T-K削除
T-Kです。コメントや点をつけてくださった方々、ありがとうございました。
さて、投稿から日が空いたのでコメントをくださった方々に返信をしたいと思います。
返し方にルールがあれば是非ご指摘を(^_^;)

5さん、「独特」というのは長所にも短所にもなりかねないものなので長所のほうへ伸ばしていただきたいと思います。あなたの評価を「好き」にできるよう頑張ります
6さん、初投稿でその言葉をいただけるとは感無量です! ありがとうございます。
(←○○)は自分も好きなので次回以降も使っていきますね
ただし、現在執筆中の作品では、あるキャラのセリフだけ必ず(←○○)が付くことになっちゃいますが、ZUNさん仕様なのでそれはノーカウントにしてください。
7さん、ありがたいご意見ありがとうございます。確かに、今作は場面の移り変わりが弱かったりするのは薄々自覚していました(パチェは引き籠りですしw)
そのご指摘を糧に次回作を作っているのでご期待ください。
目標は次回作でのあなたの評価点数を倍にすることですかね。頑張ります
10さん、あなたの言葉も今後の励みになります。そう言っていただけてうれしいです。
アリスは魔界を含めて描きたいと思っていました。ですが、数作ほど伏線を引いてからドーンと打ち出したいのでそれまではお茶でも飲んで私の拙作でも読みながらまったりと待っててください。
アリスってかわいいですよね。

あと、【T-K】というのはなんかセンスがない(←安直)と思ったので、次回からは【ほうじ茶】をPNにしていきます。
次回作をご期待ください!
なお、コメ返しは投稿から一か月後の10月15日までは必ずしていきますのでまだまだ募集中です。