Coolier - 新生・東方創想話

有閑少女隊その7 暑いから冷やし中華だね

2015/09/06 18:58:38
最終更新
サイズ
26.48KB
ページ数
1
閲覧数
3012
評価数
8/20
POINT
1360
Rate
13.19

分類タグ

「あっついわね~ ……チルノ来ないかしら」

 ダルそうにウチワを扇ぐのは博麗霊夢。

「抱いて寝たら凍死するけど、部屋の隅に座らておけば快適に眠れるぜ」

 答えたのはでれんと横になっている霧雨魔理沙。

「お二人ともチルノちゃんをなんだと思ってるんですか」

 妖精贔屓の東風谷早苗が口を尖らせる。
 毎度おなじみ博麗神社の縁側、面子はいつもの三人。

「夏場のチルノは人気者よね」

「氷の需要が高まりますからね」

「命蓮寺の脇のある掛茶屋がかき氷やってるだろ?
 アレ、チルノの氷らしいぜ。とってもいい氷なんだってさ」

「そうだったんですか、あそこの“ハチミツ練乳金時”は最強ですよね!」

 爛々と目を輝かせる早苗に残りの二人は少しだけ眉をひそめた。
(ハチミツに練乳に餡ってどんだけ甘いんだよ)と。

「あ、大切なことを言い忘れていました、羊羹のスティックが三本も刺さってるんですよ!」

 この追加情報にはお得感を覚えない霊夢&魔理沙。

「いい氷ってどんなの?」

 ガチャンっと音がするほどの勢いで話題を元に戻す霊夢。
 放っておけば延々と甘いモノ路線を突っ走りそうだったから。

「空気が入っていない透明なヤツだな、良い水をゆーっくり凍らせるんだと。チルノは川の上流まで行って作ってるらしいぜ」

「へー、意外とマメなのね」

「かき氷用のは少しお砂糖を入れて凍らせると良いって聞いたことがありますよ」

 話題が変更されてもガッと食いついてくる早苗さん。
 なんだかんだで精神的にも鍛えられているようだ。

「掛茶屋だけじゃなく、あっちこっちに“卸し”てるらしいぜ」

「お駄賃ぐらいもらってるのかしら?」

 さすがにタダ働きではないだろうが、いいように言いくるめられていたとしたら少し気の毒な話だ。

「誰かマネージメントしてやればいいのに」

 赤巫女のつぶやきに魔法使いが反応する。

「確かにそうだな…… じゃ、私が」

「魔理沙さんはダメですよ」

 緑巫女がすかさずストップをかけた。

「なんでだよ」

「なんででもですよっ」

 小狡い魔理沙がピンはねするのは目に見えている。
 ムクリと起きあがった魔理沙がちょっと怖い顔をして見せた。
 だが、早苗は怯まない。

 パンッ

 驚いた二人が振り返る。
 音源は霊夢の柏手だった。
 手を合わせたまま、なにやら真剣な表情。

「……別にケンカする訳じゃない、ぜ」

「そ、そうですよ、違いますよ」

 この暑いときにうっとおしく騒ぐんじゃないわよ、とドヤされるかとビクビクする二人。

「むう~~んっ」

 合わせた両手に力が籠もり、頬に一筋の汗が伝う。
 そして唱えた――ー

「氷精、召喚っ!」

 ------------------------------

「なーんじゃ、そりゃ……」

 緊張が解け、脱力する魔理沙。

「いい加減なサモン(召喚)ですねー」

「私は八百万の神々とコネクトできるのよ。色々制限付きだけど。
 チルノを呼び出すくらい、できなきゃおかしいと思わない?
 はああっ 氷精っ しょーーかーんんんっ!」

「チルノは神様じゃないだろ」

 もっともなツッコミが入る。

「この暑さで脳が溶け始めているんでしょうか」

 そうかも知れない。

「おーい」

 境内から呼びかける声が一つ。
 麦わら帽子を被っているがそれは間違いなく氷精チルノだった。

 驚く三人娘。

「うそ……ですよね」

「ほ、ホントに現れたぜ」

「まぼろし……じゃないわよね」

「みんな、どうしたの?」

 三人分の異様に熱い眼差しを訝しがるチルノ。

「いやいや、気にしなくて良いぜ」

「とりあえずもっとこっち来なさいよ」

 トテトテとチルノが歩み寄ると周囲の気温が一気に下がった。
 わずかな風に乗って冷気が三人に届く。
 まさしく涼風だった。

「ふわああ~~」×3

 思わず愉悦の声が漏れる。

「チルノ……愛してるわ」

 霊夢の告白は三人の総意だった。

「……お?」

 困惑しているチルノに魔理沙がレスキューを出す。

「で、何の用なんだ?」

「あのね、あたい、おなかへっちゃったんだ」

「なんだ、たかりかよ」

「…………さっきの『愛してる』は無しね」

 途端に憮然とする霊夢。

「いいじゃないですか、これから何か作りましょうよ」

「早苗、なんであんたが仕切るのよ」

「そう言うなよ、どうせもうしばらくしたら昼ご飯だぜ」

「魔理沙も便乗組なわけ?」

 結局はいつものように皆で何か作ることになりそうだった。

 ------------------------------

「チルノ、あんた髪切ったの?」

「うん、暑いから」

 麦わら帽子を脱いだチルノを見た霊夢が聞く。
 ちょっとショートになった氷精は更に快活な感じになっていた。

「可愛いですよー」

「なかなか似合うぜ」

「ふふ~ん、もとがいいからねっ」

 両手を腰に当て得意満面。

「ははは、そう、だな。……私も切ろうかなぁ」

 そう言って長い金髪に手櫛を入れる。

「いつもはお手入れ、どうしてるんですか?」

「前は自分で適当に切ってたけど、最近はアリスが切ってくれるぜ」

「まあーーたぁ アリスぅ?」

 霊夢の眉間にグシャッと皺が寄った。

「別にいいじゃないかよ」

「切った髪の毛、どうなってますかね?」

「どうって?」

 魔理沙は早苗の質問の意味が分からない。

「きっとアリスが保管してるわね」

「そうですね、賭けても良いですねー」

「……え?」

 途端に不安そうな顔になる魔理沙。
 そう言えば散髪の後始末はアリスに任せっきりだったような気がする。

「髪の毛を使った呪いや魔法はたくさんあるって言うじゃない」

「たしか〝感染呪術〟でしたっけね?」

「ま、まさか……そんな……」

 おろおろしている魔理沙を見て霊夢は鼻を鳴らして嗤った。

「まあ、こんな危機感の無い鈍感魔法使いは放っておいて、チルノ、かき氷は作れないの?」

「キカイがないとムリ」

「機械って?」

「氷のっけて手でグルグル回すと下からかき氷がシャリシャリ出てくるの」

「あー、“手回し型かき氷製造機”ですね」

「その名称、合ってんのか?」

「多分」

「チルノ、あのふわふわの氷は作れないの?」

 霊夢の問いかけに腕組みするチルノ。

「んーー 雪みたいなモンかな」

「そう、そんな感じ」

「でも、氷と雪ってちがうんだよ」

 氷精は珍しく難しい顔をしている。

「へえー、どう違うんだ?」

「えーーっと……」

 腕組みのまま考え込むチルノの顔が徐々に赤くなってくる。

「んーーっと……」

 そして頭からうっすら湯気が出始めた。

「なんだかマズくない?」

「難しいこと考えさせたからか?」

「チルノちゃん! もういいですから!」

 早苗の大声にハッと顔を上げた。

「うにゅ? そうなの?」

「自分たちで考えますからチルノちゃんは考えなくていいです!」

 ぷしゅーっと音が聞こえるほど力が抜けていくチルノ。
 クールダウンは間に合ったようだ。

「そだね、答えは自分で見つけることにかちがあるって“けね”も言ってたし」

 けねとは上白沢慧音のことである。
 小妖怪や妖精向けの勉強塾で読み書きそろばんを教わっている。
 ちなみにチルノの成績はミスティアやリグルには劣るがルーミアより少しマシといったポジションだ。

「とりあえずこの丼に一番細い氷を出してみてよ」

「よしきた」

 霊夢が差し出した丼に両手のひらを向ける。
 
「氷符、グレインズアーイス!」

 丼の中に、もこもこまかまかと小さな氷塊が積み上がっていく。

「お前、それ弾幕なのか?」

「ちがうけど、そう言った方がカッコイイじゃん」

「……そうか」

 やがて氷が山盛りになった。

「かき氷というよりも、ぶっかき氷だな」

 丼の中の氷は米粒ほどの大きさだった。
 かき氷にしては大分粗い。

「なにかシロップはあるんですか?」

「梅外郎用の梅シロップがあるけど」

「良いな、それかけようぜ」

------------------------------

 ぼりっぼりっ ザキュッ ザキュッ

「この食感はなんとも言えませんね……」

「ダメだな」

「思った通りにはならなかったわね」

 小皿に取り分けた氷をスプーンで掬っている三人娘は揃って難しい顔。

「チルノー、もっとこう、ふわっとした感じにならないのか?」

「あたいでもできることとできないことがあるよ。あんまりムチャ言わないで」

 ムスっとしたチルノに至極真っ当に窘められ、きまり悪そうに下を向く魔理沙。
 霊夢と早苗も同じことを思っていたので合わせて下を向いた。

「まりさ」

 チルノが真面目な顔で問いかけてきた。

「うん?」

「おいしいかき氷食べたいの?」

「そうだぜ、アイスキャンディーでも良いな」

「まりさ」

「なんだよ」

「食べたかったらお金出して買いな」

「む……」

「なあ、まりさ。これってジョーシキでしょ?」

 物分りの悪い子供を諭すように優しく告げた。

「ううむ」

 返す言葉もない。

「うっひゃひゃひゃ」

「その通りです、一本取られましたね。あはは」

「なんでお前らが笑えるんだよ! 私と同じこと考えてたくせに!」

 ------------------------------

「かき氷かアイスキャンディーで凌ごうと思ったんだけどな」

「だからあんたはお腹こわすんでしょ」

 この季節、魔理沙の具合が悪くなる理由は百発百中冷たいものの食べ過ぎだった。霊夢はお腹の弱い幼馴染を昔から気にしているのだが、一向に改善される様子はない。

「そうです、夏場でもご飯はしっかり食べなければいけません。
 かき氷は一日三杯! アイスキャンディーは五本までですよっ」

「早苗」

「はい?」

「ちょっと黙ってて」

 守矢神社のハウスルールは一般的ではない。

「それじゃお昼は何にするんだ?」

「こう暑いとね~」

「暑い夏の食べ物と言ったら、そうめん、冷麦、冷や汁、それに冷やし中華かな」

「冷やし中華って美味しいんですけど、お腹いっぱいにならないですよね」

 ほんの少しのインターバルだけで戦線に復帰するフードファイター東風谷早苗。

「そうかしら?」

「足んないって思ったことないけどな」

「そ、そうなんですか……」

 当然同意を得られると思っていた早苗は動揺する。

「冷やし中華はじめましたってあるけど終わりましたって無いわよね」

「ポスター剥がしたらそれで終了だろ?」

「あの汁、スープは飲んで良いのかしら?」

「多分、良いんじゃないか?」

「でも、あの平たいお皿を傾けてすするのって難しいですよね」

「あんた、お皿に口つけてすすってんの?」

「はい、あの汁は飲んで良いんですよ」

「そう言われてもねえ」

「確かにこぼしそうだな」

 どうでもいい冷やし中華談義が繰り広げられる中、首をかしげているチルノに気付いた魔理沙。

「どしたチルノ」

「冷やしちゅーかってなに?」

「そうだな……ラーメンは知ってるか?」

「ラーメン? しってる」

「あの麺を冷やしてキュウリやハム、玉子なんかを乗せて甘酸っぱい醤油ダレをかけて食べるモンだ」

「へええー、おいしそーー」

 チルノの目がキラッキラと輝く。

「よし、お昼は冷やし中華にするか」

「えー、面倒臭い」

「霊夢さん!」 

「里の店以外では紅魔館が作ってるみたいだぜ」

「ええー?」

「意外ね、レミリアが冷やし中華って」

「食べてんの見たのは美鈴だけどな。
 でっかいガラスの器でさ、あれ一人で食うんだぜ。三人前はあったな」

「鍋焼きうどんのときにそんな話聞いたわね」

 ごくりっ 喉を鳴らしたのはもちろん早苗だった。

「一口もらったんだけど、美味かったぜ」

------------------------------

「冷やし中華の場合、乗っける具が大事ですよね」

「普通は何が乗ってるんだっけ?」

「さっきも言ったけど、キュウリ、ハム、錦糸玉子は定番だな。
 あとはワカメやモヤシ、蒸し鶏、そしてシイタケかな」

「トマトやタケノコ、飾りにウズラの玉子やエビを添えるのもあります」

「ちょっと待ちなさいよ、全部は無理だわ」

 次から次へと出てくる具材にストップをかける霊夢。

「ここ(神社)には何があるんだ?」

「トマトとキュウリはあるわ、玉子もね。あと……貰いモンのハム」

 ちょっと惜しそうに言う家主。

「へえ、ハムがあるんですかー」

 早苗はビックリ。燻製肉は高級品なのだ。

「お中元で貰ったのよ、ちょっとずつ味わって食べてたのに……」

「隠さないで言っちゃうあたりが霊夢らしいぜ」

「そうですね、正直で公明正大、まさしく巫女の鑑(かがみ)ですねっ」

「ふん、どうせ台所に行けばあんたらが見つけるでしょうが!」

 半ば自棄っぱちの霊夢。

「ところで霊夢」

「なによ」

「シイタケもあったろ? 一昨日私が持ってきたヤツが」

「アルワヨ」

 何の感情もこもっていない返答だった。

「甘辛く煮て細切りにしようぜぃ」

「中華麺なんか無いわよ」

「は?」

「さすがに里で買ってくるしかないでしょうね」

「……え? シイタケは?」

「紅ショウガもあるわ」

「良いですね、あと、カラシも欲しいです」

「おい、話聞けよっシイタケは!?」

 意図的に無視する二人に身を乗り出してアピールする魔理沙。

「うるさいわねー、冷やし中華にシイタケってどうなの?」

「マイノリティーでしょうね」

「入ってても良いんじゃないか? 色合い的にもさ、な? な?」

「黒よね」

「黒ですね」

「べ、別に黒だからこだわってたんじゃないぜ、単に好きだからだよ」

「魔理沙の好みはシイタケみたいなヒトなのね」

「それってどんなヒトなんですか?」

「んなわけあるかよ!」

 話が明後日の方に流されそうになり慌てる魔理沙。
 対抗策を探して視線をさまよわせると、ずーっときょとんとしているチルノが目に入った。
 自分に話題が向けられでもしない限りこの三人のテンポに付いてこれないのだ。

「チルノはシイタケ好きだよな?」

「ん? まあね」

「どーだ二人とも! これで2対2だぜっ」

 万の援軍を得たような勢いで敵軍に詰め寄る。

「でもさ」

 チルノが魔理沙を見上げて言う。

「なんだよ」

「ラーメンにはシイタケ入ってないよ」

 敵方の援軍と判明した。

 ------------------------------

 具はトマト・キュウリ・錦糸玉子・ハム・紅ショウガに決まった。

「さあて、支度をしましょうか。ん? どうしたんですか霊夢さん」

 見れば霊夢は片眉だけつり上げて口をへの字に結んでいる。

「今更だけど、なんかどれも合わないような気がすんのよね」

「合わないって何がですか?」

「キュウリもトマトも錦糸玉子もホントに必要なのかしら?」

「ホンッッッットにっ! 今更だなっ!」

 シイタケの件で涙を呑んだ魔理沙はこのワガママトンチンカン巫女の発言がどうにもこうにも許せない。

「ざるそばみたいに具無しで食べてみたいわ」

「霊夢さん、それはあちらの世界では【ざるラーメン】と言って、冷やし中華とは別物なんです」

「そうなの?」

「おまっ、何が不満なんだよっ」

「だってー、食感がバラバラだし、味付けもほとんど無いしー」

「だからその食感の違いがアクセントなんだよっ。味はタレが全体をまとめているんだ!」

 妙な怒気に煽られ、魔理沙の口調はいつになくキツい。

「わ、分かったわよ」

 さすがの霊夢も少し怯んだ。
 そこへ――

「少なくとも錦玉(キン●マ)は合うと思いますよ、汁を含んで美味しいです」

 ポールに当たりそうな特大ファールを放ったのは早苗さんだった。

「……なんで略すかな」

「早苗はその単語に抵抗がないのよねー」

 魔理沙と霊夢は毒気や熱気や怒気を根こそぎ抜かれてしまった。

「タレはどうするんですか?
 王道は醤油ダレですけど、ゴマだれもありますよね」

 すっかり早苗のペースだ。
 このタイミングで狙っていたのなら大したものだが。

「タレよりも肝心なのは麺だぜ」

「中華麺を作るのは無理だわね」

 二人とも仕方無しに話題を重ねてくる。

「じゃあ、買ってきましょうよ」

「里の製麺所で生麺を売ってるけど……」

「ジャンケンで負けたヤツが里まで行って買ってくるんだ」

「えー この暑い中ですか」

「勝てばいいだろうが」

「あ、チルノちゃんはお豆さんですね」

「あたい、おまめなの?」

「お前は他にやることがあるから勝負しなくていいんだよ」

 魔理沙は少し気を遣った。
 本当のところは【チルノのお使い】というハプニング確定のイベントを回避したいがためだったが。

「んー、そうか」

 勝負事に参加できないチルノは不満そうだが我慢したようだ。

「では、ジャンケンです!」

「ふふん、あんたたち私の勝負強さを知らないの?」

「霊夢、そのセリフは前にも聞いたぜ」

 ------------------------------

「トマトとキュウリは冷やしておくか。チルノー」

「はいよー」

 氷精がピョコピョコ寄ってくる。

「このボウルに細かい氷を半分くらい入れてくれよ」

「がってんだ」

 ガラガラッ ザラザラッ

「早苗は錦糸玉子焼いて、お、早速やってんのか。 どした?」

「キンタ……錦糸玉子作るの、実は苦手なんです。上手くいった試しがないんですよぉ」

「要は薄焼き玉子を刻めばいいんだろ?」

「薄くきれいに焼くのが難しいんですよ、こうやってお箸でつまんで……あ、破れちゃった!」

 早苗の薄焼き玉子は結局そぼろっぽくなってしまった。

「まだ固まってなかったんだな。どら、貸してみ」

「ああー、魔理沙さん玉子液が多すぎますよ、それじゃ均一に火が通りませんよ」

「そ、そうかな? でも、ここでうまくひっくり返せばいいんだろ?」

 べちょっ

 返す途中でちぎれ折れて塊になってしまう。

「早くしないと固まっちゃいますよっ」

「わかってるって!」

 リカバーしようとするが思うようにいかない。
 結局突き崩してそぼろっぽくなってしまった。

「うーん、ふつうの玉子焼きならなんとかできるんだけど、こりゃ難しいな、正直あなどっていたぜ」

「諏訪子様がとても上手なんですけどね」

「へえー、意外だな」

「ちゃんと教わっておけば良かった……」

 珍しく神妙な顔でうつむく早苗ちゃん。

「どにかく、霊夢が帰ってくるまでに下拵えを終わらせなきゃうるさいぜ」

「はい、なんとか頑張ってみますけど……」

 ------------------------------

「結局のところ、醤油と酢と砂糖だろ?」

「あとごま油ね」

「出し汁も入ってるはずです」

 お使いから帰ってきた霊夢を加え、三人で〝タレ〟について協議している。
 冷やし中華はタレの善し悪しが出来の半分を占めると言っても過言ではない。

「お店の配合比率は秘密なんだろうな」

「まずは全部同じ量入れて様子を見ましょうよ」

 台には醤油、酢、砂糖、ごま油、鰹節と昆布の出し汁が並んでいる。

「そうね」

 どぽどぽっ ざばざばっ どぶどぶっ がしゃがしゃっ

「魔理沙、味見して」

「私かよ……ずずっ……んん、なんだか酸っぱさが前面に出てるぜ」

「お砂糖を足しましょう」

 だぱっ だぱっ がしょがしょ ずずっ

「……ちょっと濃すぎない?」

「やっぱり出し汁をもう少し足そうぜ」

 どぼっ どぼっ がしょがしょ ずずっ

「んー、味がボケちゃったわね」

「それじゃ醤油を足しましょう」

 どぼっ どぼっ がしょがしょ

「おい、早苗、入れすぎだって。……ずずっ……ほーら辛くなったぜ」

「そんじゃ酢で調整ね」

「ちょっと待てよ、この丼じゃもう無理だぜ」

「こっちの鍋に移しなさいよ」

 ざぱぱあー
 どぼっ どぼっ がしょがしょ ずずっ

「甘みが感じられなくなったわ」

「ならば砂糖だ」

「ちょっと尖った味ですね」

「出し汁で伸ばすしかないですね」

「風味が無くなったわよ」

「ごま油を足してみるか」

 ------------------------------

「…………どうすんだよコレ」

 試行錯誤の末、取りあえず満足のいく味にはなった。
 結果、三人の前にあるのは中くらいの鍋になみなみのタレ。

「なんで途中で止めないのよ」

「お前だって調子に乗って醤油をダボダボ注いでたろうが」

「あんたが砂糖を入れすぎたからでしょうが」

「えーと、霊夢さん、涼しくなるまで毎日冷やし中華できますよ?」

「冗談じゃないわよっ!」

 早苗の軽口に般若顔を向ける霊夢。
 貴重な調味料がかなり無駄になったのだから無理もない。

「結局のところ配合、割合はどうだったんだ?」

「分かんないわよ」

「は? 再現できなきゃ意味ないじゃないか。魔法も料理も再現性が重要なんだぜ?」

 魔理沙は、同じ結果、同じ味をいつでも再現するためには手順、レシピを正確にレコードする必要性を言っているのだ。

「好き勝手に足していったから分かんなくなったわよ、ふん!」

 霊夢がぶすっくれる。

「えー、まー、今回は奇跡の配合ってことでどうでしょう?」

 早苗がまとめようとするが魔理沙も霊夢も納得がいかない。
 が、納得するしかない、この状況では。

「ふーーー」

 魔理沙が大きく息を吐き出す。
 
「まあ、しゃーないか。チルノー」

「なに」

「これ冷やしといてくれよ」

「おなべ?」

「そうだ、このタレが大事なんだ、頼むぜ」

「でも、凍らせたらダメよ」

「ん? むずかしいなー」

「力を使わないで、鍋をだっこしてればきっと丁度良くなるさ」

「こう?」

 ペタッと座って両手両足で鍋を抱える。
 まるで“ダッコちゃん”だ。

「む~、なんだかスッパい臭い。鼻がムジムジする」

「旨い冷やし中華食わせてやるから、がんばれよ」

「う~~」

------------------------------

「具材の支度が出来たんなら麺を茹でるわよ」

「ほいきた、大鍋はもうすぐ沸くぜ」

「お皿出しますねー」

「ちょっとその前にいいかしら?」

「どうしました?」

「錦糸玉子はどうしたの?」

「あー、諸般の事情により今回はそぼろ玉子になりました……ぜ」

「こちらの方がタレに絡みやすいと思われましたので、はい」

「うまくいかなかったのね?」

 霊夢の詰問に顔を伏せる二人。

「ったく、だらしないわね」

「じゃあ、お前は作れるのかよ」

「作れないわっ」

 声高に放ち、ふんぞり返る霊夢。

「なんですかそれ……」

「へ、へ、へ、へぁ~~~」

 台所の隅のあたりから妙な声が聞こえてきた。

「へっぷしょーーん!」

 ガラバッシャーーーン

 ------------------------------

「もーー、部屋中酸っぱい臭いだわ! どーすんのよっ」

 霊夢と魔理沙はありったけの雑巾を使って、ぶちまけられたタレを拭くのに忙しい。
 鍋ごとひっくり返ってタレまみれになったチルノは早苗が外で洗ってやり、別の部屋で着替えているようだ。

「う~まだ臭いよ~」

 チルノが自分の腕を嗅ぎながら戻ってきた。

「こっちの方がもっと大変よ!」

 霊夢が怒鳴って怖い顔を向けた。

「あたいが悪いの?」

 口を固く結び霊夢を睨み返すチルノ。
 負けず嫌いで意地っ張りの氷精、やらかしてしまったのは事実だが、簡単には謝りたくないようだ。

「いや、お前は悪くないぜ、段取りミスだよ」

 そう言って魔理沙は霊夢の肩に手を置く。
 チルノを責めるのはお門違いだと。

「……まあ、そうね」

「タライに氷を張って、鍋を置いとけば良かったんじゃないか?」

「始めっからそうしなさいよっ」

 矛先がこちらに向きそうになったので逸らすことにする。

「見ろよ、博麗の巫女の小型版だな、だろ?」

 霊夢の巫女服の上だけを着ているチルノを指差す。

「チルノちゃんの服が乾くまでお借りします」

 早苗がペコッと頭を下げる。

「仕方ないわね、すっぽんぽんって訳にもいかないしーー」

 盛大に鼻から息を吹き出す持ち主の巫女さん。

「お?」

 着せられた巫女服に今更気がついたチルノ。
 そして置いてあった菜箸を掴み、振り上げる。

「あたい、はくれーれーむ!
 逆らうヤツわあー きる・ぜむ・おーる!」

 セリフとともにビシッと菜箸を振り下ろす。

「あははは、似てるっ、似てるぜ!」

「へははは、雰囲気そのまんまですねっ」

「私、そんなこと言った覚えないんだけど?」

 笑い転げる二人を忌々気に見下ろすが、今は何を言っても埒があかないので我慢する霊夢。

「で、どうすんのよ」

 ようやく笑い終わったクソバカ達に冷静に問いかける。

「もっかいタレ作るか?」

「正直、シンドいですね」

 作らなければならないだろうが確かに面倒臭い。

「ごめんくださいませ」

 ------------------------------

「紅魔館特製カスタード・プディングの差し入れです」

 来客は紅魔館が、いや幻想郷が三千大世界に誇るスーパーメイド、人呼んで十六夜咲夜だった。

「あら、悪いわね。レミリアによろしく言っておいてちょうだいな」

 了解の印に会釈する咲夜、見れば夏の装い。
 シャツは七分袖、ベストも薄手の生地のようだ。
 スカートも通常よりやや短いが、膝頭は見えていない。
 ミニスカートではない。誠に大変に非常に実に極めて残念ながら。

「美人ですよね……」

 会話をしている二人に聞こえないように早苗はつぶやいた。

「ああ、まーな」

 さすがの魔理沙もこの件に関してはケチのつけようがない。

「いつか追いつき、追い越して見せます」

「正気か?」

「もちろんです」

「……お前、そーとー頑張んなきゃだぞ?」

「承知しております」

 こそこそ話だが、霊夢のデビルイヤーは完全に捉えていた。そして思う。

(魔理沙は何年かしたら追いつくんじゃない?)

 霊夢のこの予想は当たっている。
 五年後の霧雨魔理沙は十六夜咲夜と比肩される美姫になるのだから。

「以前から疑問に思っていたことがございます」

「堅苦しいな、何が聞きたいんだ?」

「何でしょうか?」

 咲夜の唐突さは今に始まったことではないので誰も驚きはしない。

「貴女方のそれ、おかしな日焼け跡になるんじゃないのかしら?」
 
 そう言って霊夢と早苗の脇のあたりを指差した。
 確かに肩口から肘の上まで年中無休で露出しているのだから愉快な焼け方をしそうだ。

「土方焼けならぬ巫女焼けだな」

「そんなことにはなりませんよ。
 日焼け止め塗ってますから。ねえ霊夢さん」

「日焼け止め?」

「……もしかして、ケアしてないんですか?」

「霊夢の肌は頑丈だから大丈夫なんだろ?」

「え? ああ、そうかしら」

 内容がピンとこない霊夢は曖昧に返事をした。
 はたして乙女の玉肌に『頑丈な』という形容動詞は適切なのだろうか。

 ------------------------------

「あ、そうだ」

 魔理沙が帰ろうとした咲夜に声をかける。

「咲夜、冷やし中華のタレ、教えてくれよ」

「冷やし中華? 何のことかしら」

「トボケるなよ、ネタはあがってんだぜ」

「そんな庶民の食べ物は作ったことがないわ」

「おや~? それじゃ美鈴が食べてるあれは何なんだ?」

 メイド長の眉がピクッと上がった。

「……あり合わせの賄いよ」

「それにしちゃ手が込んでたぜ」

「私が作ったなんて言ってないけど」

「美鈴が『咲夜さんが私のために作ってくれる特製冷やし中華なんです』って喜んでたぜ」

 観念したように軽くため息をつく咲夜。

「私の気が向いた時だけよ。あんなもの食べるの美鈴だけだもの。…………ねえ魔理沙」

「ん?」

「美鈴、喜んでいたの?」

「半泣きでな。『私だけが食べられる』って」

「……ふーん、そう」

 素人(なんの?)には分かりにくいが、どうやら今の咲夜さんはご機嫌のようだ。

「で、教えてくれるか? 特にタレの配合が知りたいぜ」

「ダメね」

「あ? なんで?」

「あれは紅魔館門外不出のレシピだから」

「おまっ 今、あり合わせの賄いって言ったじゃないかっ」

「たった今、門外不出のレシピになりました」

 きっぱりと申し渡す。

「どういうことです? 鍋焼きうどんは教えてくれましたのに」

「そんなのわっかんないわよ」

 やり取りを静観していた早苗と霊夢が小声を交わす。
 何故咲夜はどうでも良さそうなタレの配合を守ろうとするのか。

「めーりんにだけ作ってるからだよ」

 四人が一斉にチルノを見た。

 ------------------------------

「どういうことなんですか、チルノちゃん?」

「めーどちょーは冷やしちゅーかをめーりんだけに作ってる」

「それは聞いたわよ」

「めーりんはそれがとってもうれしい」

「そうだな」

「だからめーどちょーは他のだれにも食べさせたくないんだよ」

「ちょっと待って、それってつまり……」

「あれ? わかんない? めーどちょーはめーりんを―――もがががっ」

「おしゃべりがすぎるようね」

 咲夜がいつの間にかチルノの後ろに回り込み、片手で口を塞いでいる。

「それ以上しゃべったら二度とお菓子あげないわよ? いいわね?」

 ひきつった笑いを浮かべながら恫喝する完璧メイドさん。
 コクコクと頷くチルノをようやく解放する。

「なーるほどねー」

 霊夢が素直に感心していた。

「な、何を納得しているの?」 

 十六夜咲夜が慌てている、こりゃ珍しい。

「しかしチルノ、良く分かったな」

「めーりんと遊んでるからね。めーどちょーとたまに手をつないで―――もがががっ」

「さっき言ったこと、もう忘れたの?」 

 咲夜は先程と全く同じポジショニングで叱りつけ、同時に慎重に周囲の様子を窺う。
 ゴシップ好きの女学生モドキが三人ほど確認できた。
 どいつも目を皿のようにし、何か言いたそうに口をモグモグと動かしている。
 そして咲夜は本日二度目のため息をついた。 

「一度しか言わないから注意して聞きなさい。
 酢、ゴマ油、砂糖、出し汁は等分、醤油だけ倍量、酢が足りないはずだから少しずつ足しながら味を見て好みに合わせなさい。
 以上よ……これは交換条件。意味は分かるわよね?」

「もちのロンッ!」×3

 ------------------------------

「具の長さは大事だぜ」

「適当で良いんじゃないの?」

「思うに冷やし中華は見た目のキレイさが他の料理よりも優先されると思います」

 チルノにくどいほど注意を与えた咲夜を見送った三人が最後の盛りつけをしようとしている。
 おかげ様でタレはバッチリだった。

「具も彩り重視みたいな感じだからな」

「長さも揃えろってこと?」

「ああ、全部7cmだぜ」

「うわっ、面倒臭さっ。どうせ食べるときにはこう、ぐちゃぐちゃって混ぜちゃうじゃないの」

「あのですね霊夢さん、その状態で出てきて『わあ美味しそう』ってなりますか?」

「……んー、分かったわよ」

 綺麗に切り揃えられた具材を氷水で締めた麺の山に盛り付け、紅魔館特製のタレを回しかける。
 緑、黄、ピンク、赤、が目にも美味しそう。

「ふあああああーー」

 チルノの感嘆に釣られ、三人とも満足の声を漏らした。

「それではいただきましょう!」

「いただきまーす」×4

 ずるっ ずるっ もしゃ もしゃ

「うん、旨いな~」

「やっぱり暑い時は冷やし中華ですね」

「んんんー、イケるわね」

 皆、苦心の作を堪能している。

「あのプリンもお楽しみですよね」

「早苗は気が早すぎんのよ」

「かはっ! カラシがきいたぜ~~」

 絵に書いたような和気藹藹。

「この汁、おいしいね。飲んでいいの?」

「いいけど、チルノ、タレを飲む時は注意しろよ」

「おうよ」

 ぐびっ…… んぶふっ! ぼはっ!

「うわっ やった!」

「チルノちゃんっ、大丈夫ですか?」

「んもーー またぁ?」

 紅魔館特製プリンにありつくのはもう少し後になりそうだった。



          閑な少女たちの話    了
紅川です。
チルノ大活躍ですね。咲夜さんは定番通りのカップリングですけど、根っこはちょっと複雑です。
本編はごめんなさい、幽香さんと映姫さまが出番待ちでイライラしてます。頑張ります。
紅楼夢と秋季例大祭に参加することになりました。
現地で見かけたら声をかけて下さい。ハグをさせていただきます。
紅川寅丸
http://benikawa.official.jp
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.580簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
チルノは本当に有能
魔理沙よ、シイタケはマイノリティなんだ…それを認めるんだ
某インスタントラーメンにもシイタケ入ってますが、シイタケを全部捨ててからお湯を投入する人もおるんやで
3.90奇声を発する程度の能力削除
和やかで良かったです
6.無評価金細工師削除
今日の昼飯は決まった。
7.100金細工師削除
またやってしまった…
11.100名前が無い程度の能力削除
チルノちゃん。咲夜さんがいない時にもっと詳しく教えて。
12.100名前が無い程度の能力削除
チルノちゃんがいると一層和みますね
でも子供の目って怖いw
13.100大根屋削除
うわぁぁ もう最高に面白いですww
やっぱりこのシリーズは堪らない
16.100柊屋削除
今作を読みがてら、過去作を全部読み返しましたがどれもおもしろいです。今後も、投稿頑張ってください。楽しみにしてます
17.無評価紅川寅丸削除
2番様:
 中華●昧 酸辣湯麺とかですね。 シイタケは微妙っすよね。
 ありがとうございました。
奇声様:
 いつもありがとうございます。
金細工師様:
 私もこの日は冷中(ひやちゅー)でした。ありがとうございます。
11番様:
 口止めされてますから……でもチルノだしなぁ
12番様:
 チルノ人気高いっすね、ありがとうございます。
大根屋様:
 ご無沙汰です、またお目にかかりたいですね。
柊屋様:
 これはこれはご面倒様でした、ありがとうございました。
 応援、嬉しいです。
22.100名前が無い程度の能力削除
良いね!