Coolier - 新生・東方創想話

【新作】スカーレットさん家のふところ事情①能力、暴走系(上)

2015/08/30 18:30:48
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序.八月下旬
 ひゅるるるる、と吹いた風は八月にしては冷たかった。
 思わずカチャリとカップが音を立ててしまうくらいに。
 まだ夏なんじゃないの、そう聞くと咲夜はちょっと困ったような顔でお嬢様もう初秋ですよと言った。なるほど、レミリアは頷く。どうやら知らぬ間に夏はもう終わってしまったらしい。つい先日までは確かに暑かった憶えがあるというのに、それはもう過去か。
「風と共に去りぬというやつね」
 ふいの呟きのあと、しばし押し黙り、やがてくくくとレミリアは喉を鳴らした。我ながら巧いことが言えるもんだと悦に入る。そう今こそが〝明日〟、今日この瞬間こそが彼女がこの夏に求めてやまなかった安寧。ならば秋風くらい許せそうだ。

 たとえ現在。
 紅魔館の壁面という壁面が吹っ飛んで半壊状態だとしても。

「お、お嬢様?」
「……逆に考えればいいのよ、この程度で済んで好かったって」
 咲夜からその表情はうかがえないが、煤けた主の背中は語る。
「だって咲夜とパチェはともかく、フランと美鈴は好き放題してたのよ? それでも執務室に寝室に台所って、インフラには手を出さなかったわ、これはもう理性の勝利じゃなくって?」
「ま、前向きですね」
「最近、前に向かって撤退することを覚えたの」
「………………」
 くすん、と鳴った音は双方とも努めて聞こえなかったふりをした。
 何があったのか。
 レミリアは手に持っていた新聞をふらふらと揺らした。テーブルの上には他の新聞もいくつか、そしてそのすべてが一面から紅魔館を話題にしている。
 躍る速報、号外、続報の活字。
 妖怪も人も、はたまた神々も。
 誰も事実を知りたがる紅魔館は今まさしくタイムリー。けれども情報は錯綜している。いや錯綜させた、誰でもないレミリアが。
 文々。新聞『紅魔館でお家騒動!?』には正門前で激突する美鈴とフランドールの姿が激写され、曰く今回の事態は己とフランの領掌権をめぐる骨肉相食む争いであり、紅魔館再建のため現在は小康を保っているものの依然として予断を許さない状況に思える、とある。
 まあ確かに、傍目からはそう見えただろう。というより、そうでもなければここまで紅魔館がぶっ壊れるなど〝普通は〟ありえない。昨今の幻想郷の主流は弾幕ごっこだからだ。こんな、二人とも妖怪らしく眼を炯々とさせて拳を交わしている写真など、他にどう解釈すればいいのか、と。
「誰も皆こいつみたいに勝手に騙されてくれるなら楽なのにね」
「誰より早いことは確かみたいですけど……」
「そりゃあ早いさ、事実に憶測だもの」
 写真とインタビューがそう錯覚させる。事実は事実だ、けれどもそれはレミリアにとって都合の良い事実だった。会議は踊る、懐疑も躍る。躍らせられる、くるくると。誰もそうだと思わせたのなら、それはもう真実だ。少なくとも部外者にとって。
「……あっ、でもこの新聞はアタリですね」
「これだから能力は嫌いだよ、……まあ、惜しむべくはいつだって力なき己ね」
 花果子念報は『紅魔館、事の発端はメイドと魔女の仲違い?』と咲夜とパチュリーがレミリアを間に挟んで言い合う写真を載せている。曰く中央で困り顔のご当主を鑑みるに、今回の事態はちまたで騒がれているほど深刻なものではないのではないか。公私に組織人と友人の主張が双方正しくも食い違うことはありえる、とある。
 なかなか良い線をいっていた。憶測が知られたくない事実の一端を捉えている。これが偶然か必然か、それによっては今後の対応を変える必要があるが、しかしこの新聞はそうするにはあまりに発行部数が少ない。レミリアの脅威とはなり得ないだろう。
(……喧嘩はね、できれば知られたくない事実ではあるが、絶対に知られたくない真実ではないんだよ)
 事実であって真実ではないことなど、この世にはごまんとある。ときに当事者でさえ気づけない、ならば部外者に気づかせないなどお手の物だ。真実はそれを知るべき者だけが知っていればいい。
 今回の事態はそういう話だった。紅魔館半壊について、レミリア以外の当事者たちは咲夜とパチュリーの喧嘩こそが、その始まりとの事実を共有している。
「まあ前々から幻想郷で暮らすには住みにくいなあって思っていたところだし、修繕よりも再建の方が安いって言うんだから良い機会なのよ。幸いお金には困ってないしこれから収入の当てもあるしね。あー、でも。遂にやっちゃなあ、もっと上手く立ち回ればよかった。いっつもいらない見栄を張っちゃうんだよなあ、ほんっとそれだけは反省しなきゃ。……ごめんね迷惑かけるわ、咲夜」
「いえ、当事者としては怒鳴られるよりも辛いって云いますか……」
 ばつが悪そうに咲夜は言葉を紡いだが、それはレミリアもまた同じだった。真実、悪いのは己なのだ。
 すべては己に端を発していた。今回の事態も、努めて今の新聞で報道できるレベルまで落とし込んだのだとは、己以外の誰も知らずまた知らせるつもりもない。紅魔館は半壊した。しかし初めは文字通り破滅さえあり得たのだ。完膚なきまでの一門離散が。

 他ならぬレミリアの、〝運命を操る程度の能力〟によって。

 誰に話せるわけもないこの碌でもない能力の発動を自覚したのは、ちょうど夏の始め七月の初旬だった。〝今回の事態〟は、喧嘩の約二ヶ月前にはもう始まっていたのである。

1.七月初旬
 仕事姿は可能な限り家人には見せないと決めている。
 まあ人は咲夜だけだが、そこは家来や部下とははっきり言いたくないレミリアのぬるさだ。しかしそんな己が嫌いではない。本当にそうとしか思っていなかったら彼女はメイド長はメイド長、門番は門番としか呼ばないからだ。
 そんなレミリアの決裁業務は咲夜に「おやすみ」と言われてから、少女が朝市その他で紅魔館を不在にする午前中にベッドから起きだして行なわれる。いわゆる〝朝更かし〟だ。適当に羽織って執務室で独り書類に目を落とす間だけは当主の頭から〝なんちゃって〟が抜け落ちる。
 つまり清涼なる暁にこそ紅い悪魔レミリア・スカーレットは策謀するのだ。太陽を克服したヴァンパイアとかちょっと憧れる。
「えーと、なになに――大図書館の蔵書充足計画における諸権限の拡張と必要予算の申請? ……パチェは相変わらず本が好きねえ、うん、予算の範囲内において諸権限の委任を認める、と」
 さらりと注釈も書き加えて判を押すと、書類は一瞬淡く輝いた。これで間違いなくこの約束はレミリアの管理下に置かれたといえる。未だ五百余年と若輩でもないが老練でもない彼女には、他になめられないための対抗手段がいくつかある。その一つがこのパチュリー特製の契約印だった。
 悪魔と契約は切っても切れない関係だが、破られることはなくもない。認めるのは非常に癪だが、上には上がいるものだ。なにより幻想郷は彼女の故郷よりも天敵の神が多い。故にレミリアは通常の契約の上にパチュリーの魔法でさらにプロテクトを掛けているのだ。
 こうしておけば自他とも改ざんは難しくなる。つまり契約にさえ持ち込めれば五分五分にまで巻き返せるということだ。他にも本来自然物であるはずの妖精とも契約できたり、手ぶれしない綺麗な判が押せたりと、スカーレットの門客と認めるに値する一品だった。
 次の書類に目を通す。
「………………」
 パチュリーのように紅魔館内に凄む者からの書類だけだったなら、咲夜や他の誰かが自由に同席することをレミリアは許しただろう。身内だけで和気藹々と暮らせたらどんなに楽しいか、けれどそれは幻想郷にあってなお幻想としか云いようがない。
「………………。ふむ、了承」
 書類の内容は口には出せないものだった。
 けれど知らなければいけないものだった。
 よってポンと判を押すに足るものだった。
 紅魔館を運営するという立場から、レミリアはダーディな役目を負わざるを得ない。吸血鬼だから汚職が平気なんていうのは偏見だ。誰が望んで薄汚れたいなどと思うだろうか。逃げることはできる。しかしそれは同時に束の間の幻想さえ棄て去る道だ。ならば答えは一つしかなく、だから今日もこうして独り執務室のやったら豪華なイスに身を埋めているのだろう。
 続く書類も外部からの依頼だった。
「……ああ、そういえばもうすぐ収穫時期ね」
 比較的灰色の依頼。文面は要約すれば『余剰作物についての相談』つまりは農村から軽いビジネスの提案だった。幻想郷の人間は農家でさえたくましい。妖怪を怖れる癖に利用し利用されようとする。まさか吸血鬼が人間にカルテルの話を持ちかけられるとは――。
 カルテルとは売り物の価格や数量、販路を事前に取り決めることをいう。レミリアの知識からすればそれは談合と同じ犯罪な訳だが、生憎にも幻想郷には簡単な規則はあっても法律はない。それを守る者も、守らせる必要がある者もいないからだ。まあだから何をしても許されるかといえばまったく別問題だが。
 ともかく収穫時期になると、こういう依頼が複数の農村からよくくるのだ。豊壌の神なんて、故郷じゃ明らかに悪魔だったわけだが、この土地では普通に神様として実在している。となれば農家は誰もよく信仰するし、神様も期待に大手を振って応えるわけだ。
 すると豊作貧乏なんて間抜けな問題が起こったりする。
 簡単にいえばいつもの年の二倍収穫できたところで、人はいつもの二倍野菜を食ったりしないし、その年だけ都合よくいつもの二倍野菜が売れたりはしないということだ。
 農家というのは難儀な生業で、飢饉だと当然と餓えるが、豊作で食いきれない売りきれないとなると結果としていつもより餓える。つまり普通が一番なのだが、そういう人間の機微を神はいつだって我が儘としか捉えられない。
 そうなるとレミリアの紅魔館の出番がやってくる。もしやと書類をぱらぱらめくると案の定、関連ある依頼が連続していた。
「身の喰われ方を知っていると言えばいいのか、……複雑だわ」
 単に場所代を払って紅魔館の一室で話し合いたいという果実農家たち。あまりに豊作すぎる夏の野菜を人里での値崩れを防ぐために割安で買い取ってほしいという豪農。はたまた暑さで野菜が腐らないように館内の氷室で作る氷柱を売ってほしいという農村、等々。
 ポンポンポン、と。
 軽やかに契約が結ばれる。夏はこうした農作物の依頼が多いいわゆる稼ぎ時だ。この類の依頼はいつも積極的に受けている。理由は単純で、咲夜が喜ぶからだった。特に氷柱とのバーターなら面倒な金銭のやりとりも発生しないで夕食が一品増える。吸血鬼のプライドはちくちくと刺激されるが、少女の笑顔と、そして当主としての利益計算は複雑に交錯するものなのだ。
 そう、とくに利益計算は難しい。収入は少なすぎても多すぎてもいけない。どちらにしても紅魔館の沽券が下がるが、後者は死活問題にもなり得る。
 なぜ稼げないより稼ぎすぎの方がダメなのか。それはレミリアが会得した呪いのような能力のためだ。あれは第百二十季だったか、もう随分と前になる。
 端的にいえば、前回は儲けすぎて隕石が降ってきたのだ。

2.
 隕石が降ってくる白昼夢を見た。
 しかし夢は夢なのでレミリアは当然と気にしなかった。疲れてるかもとは思ったが。第百十八季に妖怪の賢者たちの計画を紅霧異変として主導したことによって、紅魔館はその旺盛さを取り戻した。流布された弾幕ごっこも相まって広告塔として莫大な収益を稼ぎだすことに成功したのだ。
 もっともそれが一過性のブームというのはよくわかっていたので、館内の修繕と備蓄、あとはブドウ栽培のための温室を増築した。天井が全面ガラス張りの立派な物で、数十年もすれば自家製のワインが楽しめると皆わくわくしていた。
 けれど翌年。
 第百十九季はブドウを栽培するどころではなかった。雪がやまず春が訪れない、春雪異変が起こったのである。温室は人里で昨年に契約を結んだ者たちの懇願によって農作物の苗栽培施設と化した。
 無論ふざけんなと首謀者には咲夜をけしかけたが、結果として昨年以上の金銀財宝の山が紅魔館には築かれることになった。この頃からだ、レミリアがしきりに隕石の夢を見るようになったのは――。
 だんだんと。
 だんだんと。
 だんだんと。
 夢見る度に飛んでいる隕石が、なぜか〝こちら〟に近づいてきているとわかる。まさか、いや、しかし。理性が否定し、本能が肯定する。悪夢というには滑稽な夢、だからレミリアは試してみたのだ。そんなわけないと思いながら、財産の一部を成功するわけがないものと、失敗するわけがないものにそれぞれ日をわけて投資した。
 結果。
 前者で心なしかゆっくりとなった隕石は、後者で加速度的にそのスピードを増した。幻想郷に移住して幾年、なんとも意味不明な能力にレミリアは目覚めたのである。
 それから第百二十季のその日まで紅魔館は躍進を続けた。投資はまったく以てギャンブルにはなり得なかった。ただただ隕石が加速した事業を推し進めればよかった。夢現の中で勝ち続けた。
 幻想郷縁起の編集のために取材に来た稗田の娘に、調子に乗って〝運命を操る程度の能力〟なんて嘯いたのもこのときである。既にレミリアは己に酔っていた。妹のフランに「運命が判る」なんて話をしすぎて、若干あいつとウザがられるくらいだった。
 それが大間違いだと気づいたのは夢の隕石の向こうに地球が見え、「え?」と理解するより先に咲夜の制止を振り切って寝室に飛び込んできたパチュリーに叩き起こされたときだ。親友は常の余裕などまったく見当たらない表情で、寝惚けていたレミリアにこう言った。
 隕石が物凄い速さで近づいてきてる。
 冗談だと思いたいけど計算上は幻想郷に直撃する!
「…………………………………………………………………………。…………………………まあ待って、落ち着きなさいよ、パチェ」
「何を悠長なことを、レミィ!?」
 表情筋が動かなかったのは不幸中の幸いだった、まあ一瞬呼吸も止まっていたが、それ以上に狼狽していた親友は気づかなかった。
「いや、ホントに落ち着きなさいって、ほら、咲夜もまずお茶でも入れてね、情報をさ、整理しましょう?」
 根性で意味のある言葉を紡いだ。
 そうして無言で着替えているさなかレミリアの胸中は、そりゃあもう凄まじい葛藤の嵐が渦巻いていた。
 言えるわけがない。
 言えるわけがない。
 言える、わけが、ない!
 その隕石に覚えがあるなんて、散々に利用した後ですだなんて、というかパチュリーが最近購入した蔵書のすべてが隕石を利用して稼いだお金で買った物なのよなんて伝えたら、親友はいったいどんな反応を示すか、予想もつかなかった。つまりレミリアは真実(己の中では間違いなく)を知りながら、それにまるで立ち向かう者の立場を取らなければいけないのだ。
 きりきりと腹が痛んだ。しかし、まさか紅魔館の皆に己の所業をばらすわけにも、それをともに背負わせるわけにもいかない。
(解決するしかない、全力で……!)

 ――それは内情を知らぬ者からすれば一つの物語にさえ見えた。

「予定通りよ」
 紅魔館の誰もが集められた大ホールで、皆の視線を一身に受けながら、紅魔館が当主レミリア・スカーレットは不敵な表情を崩さなかった。吸血鬼は傲慢そうに手を広げる。
「すべては私の運命を操る程度の能力の定めた通り! 隕石は今日落ちる、幻想郷に落ちる、この紅魔館に向かって落ちてくる!」
 軌道計算をさせたパチュリーが最善席ではらはらした顔でこちらを見上げていた。事情を知らされていなかった美鈴は真っ青、咲夜は静かに壁際で眼を瞑って聞き入っている。妖精メイドたちのざわつきは止まらない。彼女らを順々に見ながら、レミリアは続けた。
「なあに、恐れることはない――」
「お姉様、くどいよ」
 それを遮ったのは最愛の妹の声。
(…………やった、)
 こういう喋り方が一番フランドールを苛立たせるのを知っていた。
「……あらフラン、今はちょっと大事なお話の途中なの、静かにしててもらえるかしら?」
「そんなことより隕石どうするの、落ちてくるんでしょ?」
 フランはレミリアのいう能力をまるで信じていない。だから妹の眼には姉が酷く滑稽に映るのだろう。それが関係ないと思いながら、けれどやっぱり許せない。そういう娘だと姉はよく知っている。
「勿論、破壊するわ。私とパチェにはその手段がある」
 嘘は言ってない。
「……成功確率は?」
「いと高き月の恩寵を、と我らがツェペシュに祈ってきたわよ」
「それ、ほとんどダメってことじゃない!」
 くわっと瞳が縦裂けた。口元から覗く犬歯、うるるると低く唸る。気が狂ってるとまで囁かれた激情家が、悪魔の妹が怒っている。
 フランはおべっかの類が大っ嫌いだった。そして、口が裂けても言うまいが姉や紅魔館の皆が大好きでもあった。だから今の、眼前のレミリアの態度は気に食わない。好きなのに嫌いで、嫌いなのに好きで、意味がわからなくて頭がおかしくなりそうだった。
 だから当然と思考は帰結する。
 何もかも落ちてくる隕石が悪いんだと。
「……いいわ、私がやる。そんな弱気なお姉様より私の方が確実よ。ふん、だいたい隕石一つくらいでなに? こんな大袈裟な集まりにしちゃってさあ!」
 そこまで言ってくるりとフランはレミリアに背を向けた。姉の顔を見るのが、どうしてか怖かった。
「フラン……」
「……言っておくけど、これは一つ貸しだから」
 返事も待たずに大ホールを飛びだしていくフランの後ろ姿をただレミリアは見送った。
「…………。……さて、パチェ。私たちも準備するわよ」
「ええ、任せなさいレミィ。もしものときも、妹様だけは逃がしてみせるから」
 手段はある、嘘は言ってない。
 その手段こそまさしくフランドール・スカーレットだったというだけの話だ。
(妹に失態を拭わせる? ……最低ね)
 しかし当主としては振るわれた采配は現状における最善手。このときレミリアは決めたのだ、これからはできるだけ仕事姿は人には見せまいと。己はあまりにスカーレットの怪物にすぎる。
 そうして。
 顛末は文々。新聞『巨大流れ星空中爆発』が語る。幻想郷の危機は危機と認知されることもなく流された。レミリアの罪は己だけが知るところとなる。もっとも罰は受けたが。
 後日。
「……………………は?」
 報告書を前にレミリアは独り固まった。幻想郷にきて久しくも、書面の日本語が理解できなかった。ペラペラとめくっていく。
(……壊滅? え、なんで? これも、これもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれも、……ちょっと全部!?)
 現在紅魔館が投資していた事業のすべてが、なぜかピンポイントで降り注いだ隕石の欠片によってことごとく壊滅的な被害を受けた。死者はゼロ、なのにあらゆる投資事業がもはや続行不可能――?
「い、意味が……」
 意味が解らない。
 ふらふらと机に書類を投げだしながら、なんとか落ち着こうと、最近購入したお気に入りのカップに指をかけた。
 刹那。
 ズドンと。
 天井を突き破って落ちてきた隕石の欠片がカップの持ち手以外をばらばらに粉砕せしめた。破片が腕に刺さり、液体が右頬に飛ぶ。けれどレミリアは唖然としたままで、そんなこと少しも気には留めていなかった。その視線は欠片に縫いつけられたように動かない。
 欠片はだいたいが彼女の掌の大きさくらいで、解読不能な呪文がびっしりと刻まれていた。そして。それはどことなく、笑った顔に思えた。いや真実、嗤っていたのかもしれない。
 運命が。
 彼女を。
「………………呪いか、」
 思わず零れた言葉がどうしてかしっくりときた。く、くくくくく。しばらく喉の奥から声が漏れた。ああ、なるほど。確かに、運命を操る程度の能力には違いない。けれどもレミリアは一つだけ勘違いしていたのだ。
(フランがあれだけ能力を怖がっているのに、)
 スカーレットが、ツェペシュの末裔が、竜の子足る吸血鬼が――紅い悪魔が。運命を操るということを、まるで前向きな意味でしか捉えていなかったのが、そもそもおかしな話だったのだろう。
 そんな都合の良い話などあるわけがないのに。
 レミリアは認めざるを得なかった。己が、悪魔としてさらに上位の存在へと成長したことを。そしてこれから一生、なんとも面倒な能力とつきあっていかなければならなくなったことを。
 斯くして。
 その能力の全貌をレミリアが把握するのには、それなりの時間が経ってからだった。様々な異変が起こり様々な魑魅魍魎が幻想郷に現れ、そして巫女によって退治され、再スタートを余儀なくされる。
 その陰で精査され続けたレミリアの、運命を操る程度の能力とは、死期を悟るとか、相手を己の思い通りに誘導できるとか、そういう都合の良い〝後ろ向きの〟能力ではない。
 妹がすべてを破壊するように。
 姉はすべてを破滅させられる。
 様々な異変がそれを証明した。己も含め力を持ちすぎる者たちを、さらに思いあがらせて暴走させて、そうして最後には破滅させる。これは常時発動型の呪いなのだ。この世の成功者が大っ嫌いすぎてたまらない、まさに悪魔の能力なのだった。

3.
 余剰資金をレミリアは嫌う。
 これは彼女が紅魔館で今すぐ動かせる資金の内、館の運営費にも事業の投資にも充てる必要のない、そういう〝浮いた〟お金をいう。彼女の能力はそれを〝思いあがり〟と捉えるから、かといって投資事業に回し過ぎれば、やがてもっと厄介な事態を将来に引き起こす。
 つまり本当に無駄金なのだ。いくら散財しようにも島国の一角の大きさでしかない幻想郷でできる贅沢は限られる。そうして徐々に溜まっていく現在の額面は約六千万。これが一億を超えると運命は紅魔館を破滅させようと、与り知らぬどこかで嬉々と余計な真似を始める。なんと厄介な金だった、まあ金の問題はなんだって厄介なのだが。
「またロケットでも作ろうかしら?」
 月の一件は暇つぶしも無駄遣いもできて、なかなかに愉快なイベントだった。けれどああいうのは得てして稀だ。だから楽しい。
 ぺらりと次の書類へ。
「……げっ、魔理沙め、またドアを壊したのか」
 大図書館から破損したドアの修繕費の追加申請。あれほど弾幕は紅魔館に当てるなといっているのに、あの魔法使いは一向に聞きやしない。しかし実際はこの修繕費は年々減少傾向にあったりする。なぜかといえばパチュリーが壊される度に、ドアを分厚くしているからだ。だから最近はそう簡単には破られない。その代わり魔法の補助がないと親友は開けられないという弊害が発生しているが。
「そう簡単に壊されちゃ困るけど、まったく壊されないのもお金が余っちゃうのよね」
 日々イライラとドアを作りなおすのと、数年に一回自然災害の如く碌でもない目に遭うの、いったいどちらがマシだろうか?
 そんなことを考えながら書類に判を押して、めくった。
「………………あ、」
 レミリアの手が止まる。目線は見えた書類の、その下。茶封筒が覗いていた。宛名は十六夜咲夜と、そう咲夜の字で書かれている。

(……嫌だなあ)
 急に眠たくなった気さえしてくる。
 これがあるからレミリアは決裁業務に咲夜を同席させたくない。つまり何なのかといえばこれは給与袋だった。文字通りに、給料を入れて渡す茶封筒。
 レミリアはこの一つだけの、紅魔館で一人だけの人間が使うこの小さな茶封筒を忌避している。嫌いだ。他の皆なら使う必要もないのに、咲夜にだけは使わないといけないから。
 関係が明確化されるなど、部外者だけで十分だというのに。
 居心地の好い空間はいつだってふわふわと曖昧なものだ。
 それを利害関係と再認識させるこの茶封筒はまったく憎たらしい。レミリアはいつも咲夜の名前が書かれた下半分をひっぱりだして、ちょっと間延びた判を押したらあとはわきへ寄せてしまう。
 中身のチェックはしない。ここ数年はずっと避けてきた。本当はしなきゃいけないしするべきともわかっているが、けれど見逃してきた。
(だっていまさらお金の話とか気まずいし)
 咲夜に限ったことではなく、紅魔館の皆が個人的に使うお金について、レミリアは常に黙認の立場をとっている。それで裏切られたことはない。信じている。しかし話題としては踏み込み難いのだ。
 額面を見て多すぎないとか、お嬢様と呼ばれて振り返ってみればお金が少なすぎるなんて話はされたくないし言われたくない。心底ゾッとする想像だ。
 だから咲夜の給料は咲夜自身に決めさせていた。個人の欲しがる額なんて、紅魔館全体からすれば些細な額なのだから。欲しいのかどうかなんて知らないが欲しければいくらでもあげていい。当主が言うのだからいいのだ。
「……紅魔館が問題なく回っているなら、それでいいじゃない」
 それは誰に対しての言い訳だったのか。
 さっさと判を押してしまおう、そう思った。きっともう眠いのだ。眠いから余計なことを考える。レミリアは億劫に手を動かした。
 そのときだった。
 コンコンコンコン。
 執務室のドアを叩く者がいた。礼儀正しく四回ノック、紅魔館の妖精メイドにはまだ難しい気遣いの類。となると誰がと思いつつ、咄嗟に茶封筒を隠そうと身体は動いた。
(おっと、)
 風圧にふわりと、契約に淡く輝く茶封筒の上から書類が一枚空へと逃げる。なんとなしに捕まえて、さっさと茶封筒を隠そうとして。
 そして。
「……………………………………………………」
 レミリアは下を向いて絶句した。
 それは隕石で投資事業のことごとくが壊滅したと知ったときにも似た感覚だった。あの、言語が言語として理解できない、まったく以て意味のわからないものを見たときの、驚愕の感情。
 バカな。
 否定の言葉を呟くはずの口はパクパクとしか鳴らなかった。すわ幻覚かと目をぎゅーとつぶってからパッと開けても、はたまた魔眼でじーと正体を見破ろうにも、茶封筒に変化はなかった。つまり。つまり眼前のこれは、たった今、レミリアが契約として判を押してしまったこれは、紛れもない本物であると?
「なっ…………、」
 やっと声が出た。同時に、つぅ、と汗がレミリアの頬を伝った。まずい、理性はそう思う。けれども湧き上がってくる感情を止められなかった。いや、しかし、そんな、まさか――。
「なんじゃこりゃーっ!?」
 執務室にレミリアの絶叫が響く。
 咲夜の茶封筒、給与袋であるはずの茶封筒。
 しかしその上半分にあるはずの「給与」の文字はなく、代わりに「贈与」の文字がしかりと茶封筒に刻まれていたのだ。

(あ、与えるではなく。受けとるだと……?)
 レミリアが咲夜に、でなくて。
 咲夜がレミリアに、だと?
「な、なんなのよ、これ……」
 既に了承してしまった、しかし認め難い茶封筒を茫然とレミリアは眺めていた、と。
 ギィ、とドアが開く音がした。誰かが、いやノックをした者か。レミリアの叫びを聞きつけたのだろう、けれども勝手に開けるとは一転して不躾だ。思わずカッとした心持ちのまま顔を上げて。
「…………。……本当になんなのよ、これは」
 もうわけがわからなくて。
 レミリアにはそう言うことしかできなかった。
 開け放たれたドアの先には誰もいない。
 風で? まさか執務室のドアは外開きだ。誰かが開けるしかないのだ、――なのに誰もいない。
「いつから紅魔館はウィンチェスターのお屋敷になったわけ?」
 幽霊も逃がさない悪魔をもう五百余年はやっている。だから恐怖はないが、しかし困惑は大きい。怪現象なんて、そんな――怪現象?
(まさか、ね)
 嫌な予感がした。もうとんでもなく嫌な予感がした。それはいつだって手遅れになってからわかる。そういうものだ、運命とは。
 トン、コロコロコロコロ……。
 どこから〝落ちてきた〟のか知らないが。倉庫に放り込んでいたはずの隕石の、あの欠片が、ドアの向こうから転がってきた。
 レミリアと机を挟んで、欠片が止まる。彼女に向いたその表面は、いつだったかの嘲笑を相変わらず浮かべていた。
「――――っ!」
 突如。
 白昼夢が瞬く。

 皆が悲しそうな顔でレミリアに背を向ける、フランさえいなくて。レミリアは紅魔館で独り――。

「冗談じゃないわ」
 呟くより早く。吸血鬼の全身は蝙蝠の群れに変った。それが再びレミリアの姿を形作るに、振り下ろした右足が欠片を踏み砕いた。
「たかが能力如きが、そう何度もいいようにさせるか。ふざけろ、否定してやるそんな運命」
 ぐりぐりと粉塵になるまで欠片を磨り潰した。
「…………。あー、すっきりした。それにしてもやらしいわ、皆に絶対相談したくないところを衝いてくるなんて」
 妙にすっきりした顔でレミリアはぽすっと今一度やったら豪華なイスに身を埋めた。まずは咲夜のこれまでの〝あげていたはずの〟給料を調べないといけない。そしてなんで贈与なのかも。最初から苦痛で仕方がない作業だ。しかしやるしかない、ああ畜生。
 こうして誰知れず、レミリアの二ヶ月にわたる暗闘は始まった。
なんという働くおぜうさま。
というわけで七作目です。
久しぶりに書いてみました、今回のテーマは【家族とお金】です。
次回からの紅魔館チートと、レミリアの負け戦っぷりにご期待ください。

では、また。

次回「能力、暴走系(下)」

※15/8/31現在、挿絵を入れることができました。ただスマホでは見れないのか□となっているのがそうです。気になった人はぜひパソコンで見てみてください。
※挿絵が見れないという意見をいただいたので、pixivのURLを下に張っておきます。おぜうさまがどれだけわけのわからんものを見たかわかりやすいかと。

東方二次創作:スカーレットさん家のふところ事情①の挿絵
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=52273712
※なんか携帯だと見れるときと見れないときがあるみたいですね。
悟正龍統
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コメント



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2.90名前が無い程度の能力削除
面白いです
レミリアが四苦八苦して頑張るのが好きなのも勿論そうですが、紅魔館の無給の解釈とか
自分はレミリアが適宜「お小遣い」を配っているのだ、と思っていましたが、こちらでは必要になったら適当に持って行って使え(咲夜の場合)と言う感じなんですね
能力の解釈も、隕石が落ちると言うのを運命と規定する事によって、その他の事象も運命としてなんとなく読んだり操ったりできるが、隕石が落ちる運命を否定して回避すると、その他の運命も全て否定された事になってしまい、運命を基準に投資したものはチャラになってしまう、と…
マジに面倒な能力ですね
まだ前編なので満点はつけられませんが、後編も期待です
3.100名前が無い程度の能力削除
この解釈は新鮮だし能力者にデバフとしてしか機能しない糞能力は最高にうけるw
おせうがこの能力をコントロールできるようになる日は来るのか?
はよ、はよつづきをwwww
4.80奇声を発する程度の能力削除
面白いですね、これからどうなっていくか楽しみです
7.100名前が無い程度の能力削除
続きが気になって仕方ないです。
がんばれおぜう!
8.100大根屋削除
お久しぶりですね。またあなたの作品を読めて嬉しい限りw
今作はツボでした。とんでもなく面白かったです。後編に期待!
10.80絶望を司る程度の能力削除
面白かったです。なんという厄介な能力……!
11.90名前が無い程度の能力削除
挿絵の画像が直リン不可能になっててPCからでも見えてないですね。
ログインしないと見れないとかどうたら。
創想話ってpixivの埋め込みコード使えましたっけ?
19.90名前が無い程度の能力削除
おぜうが儲けると幻想郷が滅びる……。
ひっでえバタフライエフェクト解釈が面白かったですwww
どういうわけかレミリアを挟んで対立する親友と従者とか何故か真っ向から殴り合った挙句紅魔館爆発させちゃう妹様と美鈴とか気になるところが多すぎて続きが楽しみになりました。
目下最大の疑問は何で咲夜さんがレミリアに贈与しているのかという……。
ともかく後編を楽しみにしています。