Coolier - 新生・東方創想話

貴女と共に生き逝くために

2015/08/23 18:57:40
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 ここから先にゆくのなら、許可か覚悟が必要よ――と声をかけられた。生憎どちらも持ち合わせていない。妖怪の山に用事があったわけではないし、そもそも何か用事があってここに来たわけでもない。ふらふらしていたら、偶然たどり着いたというだけだ。
「無意識に私のところにやってくるなんて。余程の厄を抱えているのかしら」
 厄。ということは、目の前の少女は厄神なのか。よく見ると周囲に禍々しい靄のようなものが飛んでいる。不思議なことに、意識してからは随分とはっきり見えるようになった。感応することに依って、視覚も拡張されるのだろうか。
「厄が不思議?貴女もずっと一緒に居たはずだけれど」
 言われて自分の体を眺めると、靄が全身にぞわぞわと絡みついていた。誰しも厄を抱えているというが、ここまでのものなのか。厄神が集めては流し、集めては流しを繰り返しても、到底足りないというのも頷ける。手足を軽く動かしてみるけれど、当然ながら振りほどけるはずもない。ため息をつくと、心なしか、靄が脈動した気がした。
「貴女、厄神なの」
「ご明察」
「ならさっさと吸い取ってよ、これ」
 不幸の種など、今更どうとも思わない。とはいえ、いちいち眼に入るのは煩わしい。蚊が近くにいては安眠もできない。
「言われずとも、そうしているのだけれどね」
「出来ないの?」
「煽るような言い方をされても、期待には答えてあげられないわよ。別段私はこの仕事に誇りを持っているわけでもないのだから」
 さらりと受け流す。気付いていないわけではなく、悪意と理解しながらも動じない。器の大きさか、割り切りの良さか。いずれにしても。
「……妬ましい」
 いつもの台詞を吐く。そういえば、今日は初めてだったかもしれない。人に会わないと、嫉妬するきっかけもない。
「ああ、それよそれ。やめてくれない?」
「は?」
「その『妬ましい』っていうの」
 遠回しに嫉妬を疎まれたことは何度もあるが、こうストレートにやめろと言われたのは初めてかもしれない。何だか脱力する。
「厄が貴女から離れようとしないのよ。嫉妬心っていうのかしら、それが原因だと思うのだけど」
「……嫉妬故に、厄が離れない?どういう原理?」
「理屈も何も。貴女が厄を好んでいるからでしょう」
 厄を好んでいる?……不幸に慣れている自覚はあるけれど。自ら不幸を望んでいるとは、流石に思っていなかった。
「珍しいことじゃないわ。幸福の可能性を追うのに疲れて、低い位置で精神の安定を図ろうとする人は、ちょくちょく見かけるから」
「……別に、幸福を避ける気なんて」
「あるんでしょう?貴女には。……ここに来た理由も、それではないのかしら」
 ここに来た理由……というよりも、地底に居るのが辛かった理由。言うまでもなく、星熊勇儀のことだ。勇儀と居ると、先のことを考えてしまって、憂鬱になる。
 彼女は私を嫌っていない。何度も橋を訪れては、他愛もない世間話を繰り返してゆく。昼でも夜でも、お構いなしに会いに来る。彼女の公言する「好き」はあまりにもあっけらかんとしていて、信じろという方が難しいけれど。それは恐らく嘘ではないのだろう、と思えるだけの根拠を、彼女は幾つも見せてくれた。
 私も、彼女のことが好きだ。そして同時に、彼女に対して強烈な劣等感を抱く。彼女の明るさ、優しさ、強さ。彼女が持って生まれた大きさが、妬ましくて仕方がない。抱きしめられていながら、私の心の半分は、彼女を強硬に拒むのだ。そして悪いことに、どちらの私をも、私は愛おしく思うのである。……こんな板挟みに、いつか耐えられる日が来るのだろうか。
「解るの?」
「解るわよ」
「……偉そうに」
「私も、そういう恋をしているから」
 私が側に居ることで、相手は幸せだと言ってくれるけれど、同時に厄も運んでしまう。相手を不幸にするまいとしたら、触れることすら出来ない。そういう恋なのだと、厄神は語った。それでも私と触れることを望んでくれるから、私はその人の側に居られるのだと。自分と相手と、立場は逆だけれど、板挟みであることは同じ。
 私と同じ苦しみを、抱えている者がいた。嬉しいはずなのに……やっぱり妬ましい。この少女は、私よりもずっと綺麗に、その苦しみを消化し、昇華しているように見えたから。
「怯えているのね。……苦しみを避ける事は、愛からも逃げることだと」
 私は頷いた。頷いた後で、素直すぎる自分の反応に驚いた。心を完璧に言い当てられたとき、反抗することはできないのだと知った。
「大丈夫。貴女はこれからも、いっぱい不幸よ。だから今は、安心して、楽になって」
 言われるがままに頷いていた。同時に、私の体から、厄が離れていくのを感じた。重い荷物を手放せたような解放感とともに、筋肉が弛緩したような虚脱感を覚えた。厄は私の苦しみの源だったけれど、同時に、今までこの体を立たせてくれた力でもあったのだと思った。衝動的に涙腺が緩みそうになり、慌てて目を拭った。
 それからしばらく、その場にへたり込んで動けなかった。やがて不意に、体が動きたがっているのを感じた。妙に軽くなってしまった体が、勢い良く駆け出したがっている。立ち上がってみると、地面はふわふわとして不安定だった。誰かに抱きとめて欲しい気がした。誰に?……そんなの、決まっている。
 有難う、と雛に告げようとすると、彼女はいいから早く行って、と笑顔で促していた。どこまでも優しいその表情は、全て解っているから、と私に伝えているようだった。私は何かを言うのを諦め、苦笑とともに、妬ましいわ、といつもの言葉を残して、妖怪の山を後にした。
遠くに在りつつ、互いを思い合う二人であってほしいと思います。
ふみ切
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コメント



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6.100さわしみだいほん削除
思いやりのやさしさと思え、いい話です
9.90奇声を発する程度の能力削除
何か良いですね