Coolier - 新生・東方創想話

山のためだ鉄を背負うのだ

2015/08/23 15:35:45
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 河は夕日に赤く染まっていた。河のせせらぎは威勢よく森に吸い込まれていた。
 突如として河の中から河童が二三人飛び出すと、森に逃げていく。次には河の水が割れてなにかが飛び出してきた。
 水しぶきをいっぱいに放つ大きな緑の物体だ。表面はいくつもの鋭利な甲殻に覆われていた。甲殻の一部に〈ゲンブ〉という文字が輝く。
 後ろ脚と思しき太くたくましい脚は、鳥のような逆関節、しっかりと川岸の岩を踏みしめた。本体が重心をかたむけると右足が浅く沈みこんだが、直下にあった岩が砕け散る。あやうく転びかけたところ、すらりと伸びる尻尾が揺れた。それで重心が保たれたようだった。
 本体から伸びる頭と思しき部分には、目のような小窓が黄色い光を放っている。黄色い光はほかに尻尾の付け根からも放たれていた。頭が上下左右こきざみに動く。姿も動きも鳥を彷彿とさせる。
 なぞの物体は森にむかって歩きはじめた。木々の影にひそんでいた河童がさらに逃げ惑う。そのうちひとりの河童は物体に追いかけまわされた。
 河童は何度か飛ぼうとしたが、そのたびに地上へ戻ってしまう。背後に迫りつつある物体が動くたび、木々を押し倒しているからだった。木々が邪魔をして飛べないのだ。
 ふたりは猛烈な勢いで山を登っていく。が、あるとき河童が足を踏み外してしまった。物体は河童の悲鳴を意にも介さず、ごつごつとした脚をふりあげる。河童へ振り下ろされようとした。
 周囲を閃光が覆い無数の光弾が降り注ぐ。物体は飛び跳ねて光弾から逃げうせた。光弾の主は犬走椛という天狗だった。
「お前、名乗れるなら名乗ってみろ」
 椛はかたい顔ですばやく物体の頭上を飛び回る。
「言葉をもたぬか、侵入者め」
 椛は両手の手首をその場で勢いよく振り乱した。みるみるうちに彼女の両手からなにかが生えだしてくる。動きがおさまったころには見事な曲剣と盾が現れ出ていた。
 椛はさらにその場で全身を回しはじめる。繰り出される回転は強烈だ。もはや車輪といってもよかった。曲剣の刀身が光り輝き、光弾が次々と飛び出していった。回転に合わせて連なる弾は空に〈のの字〉を描くのだった。
 のの字弾幕は物体の四方を取り囲む。物体は逃げ方がわからなくなったか、その場で左右に震えるだけ。しかし光弾は容赦なく迫り寄った。物体の表面に光弾がぶつかり破裂していく。たびかさなる光の奔流。あまりのまぶゆさに物体が見えなくなったほどだった。
 すさまじい勢いで回転していた椛の体が急停止する。表情はなにひとつ変わっていない。ところが、目を見開いた。
 光の中から物体が飛び上がってきたのだ。椛は身をひるがえしたが遅い。物体の足が信じられないような角度に曲がり、大振りの爪が振り回された。椛の衣が背中からざっくりと破ける。椛は近くの木まで吹き飛ばされ気を失った。
「椛がやられちゃった!」
 林にかくれていたはたてが飛び出す。彼女は右手のケータイを椛と物体に差し向けた。パシャッと音がしたとき、物体が反応してはたてに振り向く。はたては空へ飛んでいく。
 が、物体の背中に取り付けられていた筒状のものが動き出す。角度が変わり先端がはたてを捉えるや、ズドンという重々しい音が響いた。
 はたてのすぐ隣に水しぶきが巻き起こる。はたては驚いて空中に立ち止まり、身をよじってケータイを下にむけた。
「あんた弾幕つかうのかよ!」
 立て続けにズドン、ズドンと腹に響く音。間髪いれずにはたてのケータイがパシャ、パシャとシャッターを切る。再びはたての周囲で水しぶきが巻き起こる。
「な、なんで弾が消えないの」
 水しぶきのひとつがはたての顔前で炸裂すると、彼女を森へ叩き落した。
 物体は勝利を確信したとでもいうのか、身をのけぞらせて全身から音をきしませる。まるでタカの鳴き声のような甲高い音が、妖怪の山に響き渡った。




 日が暮れて、あたりは薄暗い。
 にとりは妖怪の山のふもとで仲間の河童と談笑をしていた。ふもとには右から左に至るまで柵がずらりと設置してあった。黄色く、鉄製で、表面には呪術めいた文様がプリントされている。
「ちょっとにとり」
 大声と共に文が降り立ってくる。ほかの河童をおしのけてにとりの目の前に立つ。顔は怒っていた。
「招集を無視するつもり? 柵はあんたの仕事じゃないでしょ」
 文が柵にもたれかかる。にとりはあっと声を漏らしたが遅い。文は「んぎゃっ」と馬鹿げた声を漏らして飛び跳ねた。柵の電流と魔よけにやられれば、天狗といえどもただではすまない。
「準備をしてたんだよ」
 にとりはニヤッとした余裕の笑みを浮かべる。文を立たせてやり、それから近くに設置されているテントを開いた。テントの中は柵の余りや河童製の機械が詰まっている。にとりの手はすみやかに動いた。文が面倒くさそうに眉をくねらせる。
「何を使うつもりなの」
「目には目を、歯には歯をだよ。機械には機械だから銃を使うの」
「それが銃」
 担ぎ出されたのは暗緑色の巨大な銃だった。銃身はボディの二倍くらい長く、全体でにとりの身長に匹敵しそうだった。だがにとりも妖怪の端くれ、軽々と持ち上げて肩に背負う。
「準備できたならさっさと行く」
 文が引っ張るので、にとりは早々に山を登ることになった。
 妖怪の山はだいたい五合まで決められている。ふたりが向かったのは三合目あたりだ。目的地までは空を飛んでむかったが、ついてからは地上に降りて身をひそめた。
 山はひっそりとしていた。夜だからではない。鳥や虫は静まり返っていたし、天狗やほかの妖怪たちも気配さえなかった。
 そんな折、にとりの耳に忍びこむものがあった。
「聞こえる? ゲンブの声だ」
「聞こえる。ゲンブってのはにとりが名付けたの?」
「なんでそんなこと聞くの」
「あんた開発責任者だったんでしょ」
 にとりは答えず、声の方向を目測して動き出す。文はじれったそうな顔をしていた。しばらく歩いていると、ついに文句を言いだした。
「こんなにこそこそ動かなくても。被害を抑えるために早く行動するの」
「私の計画通りだよ。人間のマタギのように、こっそり忍び寄って狙撃するんだ。椛やはたてみたいに寝たきりになりたいのかい」
 一瞬、文の顔が般若を思わせる歪みぷりを見せる。そして小さく低い声で「あんたがあれを造ったせいでしょうが」と漏らした。だが、すぐに真面目な顔を取り戻す。にとりはほっとした。
(仲間がやられたからって変な使命感出しちゃってさ。私はケガしたくないの)
 景色が変わってきた。押し倒された木々が増えてきたのだ。まもなくしてふたりは息を押し殺す。視界のはるか遠くにゲンブを確認したからだ。ゲンブの甲殻はうまく森の闇に溶け合っていた。彼が歩いていなかったら、この段階での目視はできなかっただろう。
 文がさらに近づこうとしたので、にとりはそっと肩に手をおいた。文が不審がっているのをよそに、リュックサックから円盤型の機械を取り出した。地面に設置してスイッチを押すと、かすかに低いうなりを発しはじめた。再び文を招き寄せて、今度は右へ進みはじめる。
 遠くに見えるゲンブが振り返った。両目がいかにも人工的な黄色い光を輝かせる。円盤の方向に向かっている。にとりと文はさらに右へと進んでいく。が、途中でゲンブの方角へと足を変えた。ちょうどゲンブの背後へ回りこむような動きだった。
 しばらくすると、ふたりとゲンブの位置は数分前と正反対になっていた。ゲンブは円盤に飛びついている。ふたりはゲンブの尻尾を見つめている。
 簡単なことだった。にとりはゲンブのすべてを知っている。なにせ途中までは開発責任者だったのだ。ゲンブ遠隔操作用の電波を考案したのはにとりだったし、ゲンブの弱点に気づいているのもにとりだった。
 ゲンブの弱点は目の悪さだ。具体的にいうと、人間よりも視野角が狭い。いったん背後をとってしまえば、あとは好きにできるという寸法だった。
 文はまだ不審な顔つきをにとりへ注いでくる。にとりはどこ吹く風といった態度でその場に寝そべり、ライフルを構えた。カートリッジを確かめると中は水で満たされている。強力に凝集された水流弾をたっぷり十二発は放てるだろう。安全装置を外した。銃を脇にしっかりと当てた。
 念のために文に注意をうながす。決して射線には出るなと。文は息をのんで、物言わず後ろに退いた。なにも教えられていない文でも、さすがに今から始まることに気づいたらしい。
 にとりはスコープに目を当てる。丸い枠内にゲンブの尻がしっかりとおさまっていた。ゲンブはいま円盤に夢中だ。さらにレティクルに記された行書体の漢数字をたしかめる。ほぼ適正距離だった。あとは腕がブレさえしなければ、確実にゲンブを撃ち抜くことができる。にとりの目標はゲンブの内側、甲殻と骨格に厳重に守られた玄武エンジン。エンジンからのエネルギーを体に供給している、太いケーブルを撃って切断しようというのだ。
 ふと、にとりは気になるものを見つけた。ゲンブの尻部に淡く光る黄色い光が気になった。にとりが開発に参加していたときは、あの部位にあんなパーツはつけていない。
(まさかカメラじゃないよね)
 にとりが考えていると背後で文がもぞもぞと動く。声をかけてくる。
「あいつは弾幕を跳ね返したのよ。そんなので撃ち抜けるの?」
 まるで文に呼応するようにゲンブも動き出した。振り返ろうとしている動きだ。にとりは慌てて引き金を弾いた。が、もうゲンブのいた場所は暗闇にとってかわり、水流弾が闇へ吸いこまれる。
 にとりがスコープから目を離す。ゲンブはこちらにむかって疾走してくる。
「なにやってんの」
 文が怒鳴りながら飛び立とうとした。にとりは文の足をつかんで地面に伏せさせる。ちょうど文がいた場所から空気を切り裂く音がした。隣の木が砕け散る。
「なにすんの!」
「ゲンブは撃つのも強いんだから飛んだらダメだって。走って逃げるよ」
 にとりと文は森の中を走り出す。背後からは木をなぎ倒す音と共にゲンブが走り寄ってくる。あっという間に距離が縮まった。にとりはリュックに詰めていた円盤を手あたり次第ばら撒いた。ゲンブは円盤に気をとられて動きを止めるも、すぐに追跡を再開してくる。
「やっぱり空に逃げよう。このままじゃ追いつかれる」
「この近くに河があったはずだよ。そこまで行けたら逃げ切れる」
 円盤もつきた。ゲンブを止めるものはひとつもない。ゲンブの頭がにとりや文の背中に突き刺さらんばかりだった。そして無作為に放たれる水流弾が体をかすめていく。このままではいつなぎ倒されるか、という有り様。
 しかし、だしぬけにふたりの視界が開けた。河岸にたどり着いた証だった。にとりはそうと踏むや、文をしっかり抱き寄せる。彼女が絶叫するのもお構いなしに飛び跳ねた。
「ヤアアアアアアア――」
 ふたりは河に飛び降りた。にとりは文を抱きしめたまま、すぐさま体をひるがえして潜水していく。水面に黒い影がのしかかる。ゲンブも潜ってこようとする気配。だがそれより早く、にとりは河底の横穴に忍び行った。河童の隠れ道だ。
 壁際に身を預けたにとり。横穴の前をゲンブが通り過ぎていく。しばらくして水の振動、ゲンブは陸に上がったようだ。
 にとりは一息つきながら抱きしめている文をみた。白目をむいて、口からゴボゴボと気泡を漏らしていた。




 月が高くのぼっていた。
 文は山の裏、二合目あたりにいた。数時間前におぼれかけたが今は元の調子を取り戻している。服は着替えた。カメラとメモ帳を持っているが取材のためではない。上司への報告書をつくるためだった。
 文は小鳥よろしく木陰に隠れ潜んでいた。正面には例のゲンブが、にとりが狙撃に失敗したゲンブが堂々と歩き回っている。当のにとりは今どこにいるのかというと、大天狗たちに呼び出されている。
(動いたわね)
 文は目を鋭くさせる。文の足元を大勢の河童が通り過ぎていった。河童はみなおもちゃのような銃を持って迷彩服を着こんでいる。一糸乱れぬ足並みでゲンブへと突き進んでいく。おもちゃのような銃は先端がモリになって、スピアガンとでも言おうか。
(モリで拘束して捕まえるつもりか。上司はゲンブを壊すな捕まえろと言っているけど、あんな物騒なものは壊しちゃえばいいのよ。椛とはたてのためにも……)
 文の心とは裏腹に河童たちは着々とゲンブに近づきつつあった。列がゆっくりとわかれはじめて、円になって対象を囲んでいく。ゲンブもまわりの異変に気付いたか、そわそわしはじめた。
 と、ゲンブが一方向に走り始める。その位置にいた河童たちが臆せぬ様子でスピアガンを撃ちはなった。モリが月明りにきらめきながらゲンブの甲殻に突き立てられた。それから河童たちはゲンブの突進を避ける。河童とゲンブの引っ張り合いが起こるかに見えた。
 まもなくしてゲンブは方向を転じ、別の河童に突撃していった。統制のとれていた河童たちが散り散りに乱れていく。さいしょにモリを放った河童たちは、ゲンブのお飾りみたいに振り回されていた。やがて振り回されるのに耐えきれず、ひとり、ふたり、と脱落していく。
(自分たちで作ったくせに敵わないなんて)
 文は河童の醜態を写真におさめたあと、その場から飛び去った。
 山をもうすこし登ってみると、一気に静かになる。そして湖と守矢神社が現れる。守矢神社は音も光もなく死んだようだった。下で起きている事件を知らないはずがない。我関せずを装っているのだ。
(この異変を前にして動かないとは自堕落な巫女と神様ね。あとで記事にしてバッシングしてやるんだから)
 守矢神社も写真におさめて、文は天狗の本部へもどることにした。




 天狗の本部は妖怪の山のどこかにあるという。
 何畳はあろうかという巨大な大広間に、今宵、大天狗たちが集っていた。十人はいようか。均等に敷かれた古紫の座布団にめいめい好きに座している。彼らの姿は闇に覆い隠されていた。
 にとりはそんな大天狗たちの目の前にいた。うつむいて正座をしている。座布団は鼠色だ。顔色が優れない。額に汗がにじんでいる。ひざもとに置いている両手は、服の裾をつかんだり離したりするのをやめられない。
 大天狗のひとりの肩がうごいた。
「河童くんの言葉はわかりづらくていかん。もっと明快な言葉をつかなさい」
「ようするにその、ゲンブの弱点はなくなっていたのです。お尻にもカメラがつけられていました。ゲンブは背後も目が効くようになったのです」
「それは河童くん……えー河城なにくんだったかの」
「にとりです」
「河城にとりくんがそういうふうに作ったからではないのかね」
「私は途中までしか関わっておりません。おそらく私の後を継いだ者が改良したのかと」
「跡継ぎの河童はわかっておるのかね」
 それはほかの大天狗にむけての言葉だった。だが誰もなにも言わない。同じ者が喋り続ける。
「今は河城にとりくんしかゲンブを知るものがおらん。引き続き討伐作戦をよろしく頼むよ」
「仰せの通りに……」
 と言っていると、いきなりほかの大天狗が声を上げた。
「待ちたまえ、誰が討伐と決めたのだ」
「二時間前の会議で決めたはずだが」
「二時間前は、よいか二時間前は、我々はあれを捕獲するという方向で話し合ったはずであろう。だれが討伐せよと申した」
「捕獲はせん。ついさっきも河童部隊が捕獲に失敗した。捕獲はもう諦めたのだ」
 さらにべつの大天狗が興奮した調子で加わってきた。
「その通り、我ら天狗にも被害が出ている以上、悠長なことは言っておれん」
「貴様は黙っておれ。以前として捕獲という方向で話は進んでおる。おぬしらの一存で話をねじまげるな」
「ことは一刻を争うのだ。状況はうつりゆくものだ。いつまでも捕獲にこだわるな。にとり殿、もう下がってよい、討伐しに参れ」
 にとりが「はい」とかぼそく口にしたのもつかの間、さらにほかの大天狗が立ち上がって話に交じってきた。にとりの肝が潰れて、座布団から上がりかけていた尻が下がる。
「ゲンブにいくら金をかけたと思っておる。今さら壊せるか。我らの職名に傷がついてもよいのか」
「壊すのではない。討伐するのだ。誰もあれをガレキにしろとは言っておらん。多少の破壊はやむなしと言っておるのだ」
「そういってこの場をしのぐか。見え透いておるぞ。破壊などさせぬ」
 もっとも端にいた大天狗が嘲笑ぎみにくちばしを挟んできた。
「そういえばゲンブにもっとも投資をしたのは貴君であったな。金が無駄になるのはそんなに嫌か」
「それは関係ない。投資はみなでしたことであろう」
「河城くん。開発中はどんな飯を食っていたかね。ええ、さぞうまいものを食ったのだろう。それはこやつの金で食えたのだぞ。よく覚えておくがよい」
「きさま!」
 ついに大天狗同士がぶつかりはじめた。大広間の黒い空間で、あちらこちらに風が巻き起こる。喧嘩する天狗となると、あまりに素早く、飛ぶ鳥のように目に見えない。
 にとりは身じろぎもできない。頭の中では後悔の念がぐるぐる渦巻くばかり。
(こんなことなら開発に参加しなけりゃよかった。ネッシー二号を作る気分だった。どうせいつも作っているものと一緒と思っていたよ。それがなんで天狗の喧嘩を見る羽目になるんだ。嫌だなあ。早く終わってほしいなあ。捕獲でも討伐でもなんでもいいから、はやくこの部屋から出たいよ)
 願いが通じたのかは定かではない。だが、それまで一言も発さずにいた大天狗のひとりが、ゆらゆらさせていた扇子をピシャリと閉じた。喧嘩していた者たちが急に静まった。扇子の大天狗が喋りだす。
「ゲンブへ投じた費用は天狗のみの問題にあらず。河童連中もまた身を切っておる。誰しも金をどぶに捨てたくはない。さいわい山の者らの避難は済んでおる。これ以上の被害は考えなくてよろしい。捕獲で話を進める」
「しかしですな」
「憂慮すべきはこの件が山の外に漏れること。日が昇るまでに捕獲できなければ討伐作戦に移そうと思う。各々、これでよろしいか」
 大天狗たちが冷めていく。すごすごと元の座布団の上に収まっていく。扇子が再び開いてゆらゆらしだす。
「河城にとり、下がってよいぞ。だが忘れるな、すべてはおぬしの双肩にかかっておる。天魔様の名にかけて」
「て、天魔様の名にかけて」




 虫も寝静まる深夜。
 にとりは一合目のテントに戻っていた。仲間の河童はどこにもいない。ときおり、警備の天狗がテントの外を通り過ぎていく。ふもとへの道をふさぐ柵を守っているのだ。
 にとりは折り畳み椅子にすわって頭を悩ましていた。ゲンブへの狙撃は失敗に終わった。いまのゲンブに弱点はない。そして大天狗から直々に、ゲンブをなるべく傷つけずに捕まえろと命じられている。強引な手は打てない。
 最小の被害で玄武エンジンを止める方法がほしかった。だがちょうどよい作戦が思いつかない。それこそがにとりの頭を悩ます原因だった。
 にとりは意を決して椅子から立ち上がる。積まれた機械の中からひとつ、旅行カバンのようなボックスを選んだ。その中に入っていたものを体に身に着けていく。
 ちょうどそのとき文がテントに入ってきた。
「にとり。えっと、何してんの」
 文が怪訝な目を向けてくる。にとりは構わず作業を続けた。トレードマークといえるリュックサックは投げ置かれた。かわりに六角形の機械のパーツみたいなものが取って代わった。胸と背中が装甲に覆われた。次に肩から二の腕にかけてパイプが取り付けられ、両腕がごつごつしたグローブに覆い隠された。両足を固めはじめたのは、まるで鋼でうたれたブーツみたいだ。
 すべてが終わってみると、にとりの体の半分は鉄に包まれていた。文は目を丸くする。
「にとり、鎧みたいですね」
「エクソスーツっていうの」
 にとりは最後の締めに、手を動かした。本当はさっさと動かしたいのだが、グローブが重たくて簡単にはいかない。胸元のスイッチをまさぐった。背中に背負う六角形の内部で振動が起きる。小型の玄武エンジンが水流を働かせはじめた音だ。途端に体の各部位が軽くなっていく。ためしに両腕を開いて閉じてみた。なめらかな動作に合わせてかすかなモーター音が奏でられる。
「これでゲンブを止めるんだ」
「え、どうやって。武器がありませんよ」
「手で止めんの」
「無茶ですよ。だって椛がやられたのに」
 文の言葉をふりきってにとりはテントから出た。空を飛ぼうと軽く飛び跳ねたつもりが、気が付けば目の前の木を飛び越えていた。にとりはこのエクソスーツがほぼ完ぺきであることを悟った。これなら空を飛ばなくてよい。
 バッタになって次々と木々と飛び越えていると、文が慌てて飛びよってきた。
「いいかげん、何を企んでいるのか教えてください」
「これからやることは危ないから、あんまり近づかないで」
「私はぜんぶ記録しとかないといけないんです」
 と、そのとき、にとりの目の前で水しぶきが起きた。水しぶきの勢いはすさまじく、にとりの体が地面にむかって叩きつけられる。とっさの受け身で突き立てた両腕が、地面に穴をあけた。にとりはすばやく身をひるがえして木々の間を縫っていく。
 目の前をみるとたけり狂うゲンブ。思ったよりふもとに降りていたのだ。ゲンブの背中の銃がぐるりとひねって銃口を合わせてきた。にとりは木を蹴って地面に逃げる。木は蹴った反動とゲンブの水流弾によって粉みじんになった。
 ふと周囲に光が舞い飛ぶ。文が森のなから弾幕を飛ばしていた。ゲンブの銃が文へ向けられる。にとりはその隙に走り出した。エクソスーツによって強化された疾走だ。にとりの通った後には、蹴り上げられた土埃が壁のように立ち昇る。みるみるうちにゲンブとの距離がつまり、ゲンブが気づいて振り返るよりも早い。
「こいつめ!」
 にとりはゲンブの首にとびかかった。その長めの首にぶらさがりながら地に足をつける。そのまま四肢に力をこめてゲンブをなぎ倒した。
(しりにさえ張り付ければ)
 にとりはささやかな跳躍をしてゲンブの尻尾にまたがる。にとりの目が素早く動いて、とある一枚の甲殻に注がれた。尻尾の下部にある甲殻だ。
(こいつさえ剥がせば)
 左手は体を支え、右手は甲殻へのびていく。そこでゲンブの足が信じられない角度の回転をしてみせた。刃物同然の爪が振り下ろされたが、にとりはそれがくることを読めていた。体をひねらせて、ゲンブの足が届かない位置に逃げうせる。
 が、それがかえって状況を悪くした。にとりの体のバランスが崩れたのだ。それをこざかしく読み取ったゲンブが活魚よろしく身をしならせると、にとりはあっけなく振り下ろされる。にとりがとんぼ返りを決めて着地したのと、ゲンブが立ち上がったのはほとんど同時だった。
(あともう少しだったのに!)
 にとりが歯噛みするのも無理はない。さっきにとりがひっぺがそうとした甲殻は、実はゲンブの弱点にもっとも近い部位だった。剥がすことに成功していたら、にとりは太い二本のケーブルを拝むことができただろう。そのうち一本は玄武エンジンから下半身へのエネルギー供給を行っている。そう、数時間前に狙撃で撃ち抜こうとした部位に他ならない。
 これこそが最小限の傷でゲンブを捕獲する方法だった。にとりはエクソスーツの機動
性と力にものを言わせて、それを成し遂げようとしているのだ。
 にとりの頭上にまたも閃光が飛び散った。文が頭上から弾幕をまきちらしている。
(あのバカ、空は飛ぶなって教えたじゃんか。鳥ってみんな物覚えが悪いのか)
 ゲンブの銃が文に向かって放たれた。水しぶきがいくつも弾け飛ぶ。文は避けるそぶりをみせたが、水しぶきの波に薙ぎ払われて落下した。水しぶきは破裂する衝撃こそが力の源。目に見えない衝撃は知っていないと避けられない。
 文がうめきながら立ち上がろうとした。ゲンブがそこへ勢いよく走り寄っていく。ひき殺すつもりだ。にとりは急ぎゲンブの背中に飛び乗って、いまいちど転ばせようとした。
 ゲンブは立ち止まって体を小刻みに震わせた。にとりの背中に鋭い衝撃が走る。振り向くと、ゲンブの尻尾が背中の機械に針を突き立てていた。さらに衝撃が走り、にとりは体をがくんとのけぞらせる。装甲の割れる嫌な感触がした。すると体のあちこちが重たくなって身動きひとつとれなくなる。あっけなくゲンブから振り落とされても、受け身さえとれず、鼻頭が木の根に押しつぶされた。
 にとりは首だけを動かしてゲンブを見やる。ゲンブの背中の甲殻が次々と開いて、空いた穴からなにかがせり出してくる。六角形の巨大な砲身、ゲンブの切り札である水大砲だ。さっそく、その薄暗い口の奥からごおごおと河の流れる音が聞こえはじめる。砲身のあちこちから水が漏れ出てゲンブを濡らしていく。やがて河の流れる音はおさまり、水を沸騰させたようなボコボコいう音にとってかわる。どんどん煮詰まっていく気配。にとりは音の行方だけで背筋を震わせる。
「にとり!」
 にとりの目の前に文が覆いかぶさるや、体がふわりと浮いた。このまま飛ぶのかと思われた。
「重い!」
 文が姿勢を崩した。ふたりは空にかすかな放物線を描いたのみで、ほんの数歩横にずれたにすぎなかった。それと同時にゲンブの砲身から特大の水玉が放たれて、さっきまでふたりのいた場所に炸裂する。ふたりは水の爆圧に押し飛ばされて地面を転げまわった。
 泥だらけの中で、ようやくにとりの背負う玄武エンジンが再稼働しはじめる。立ち上がってすかさずゲンブを確かめてみると、大技を決めたせいか、身動きひとつとっていない。と、思った矢先に旋回して顔をむけてきた。にとりは文を背負って木陰に逃げる。
(さすが私の調整した水大砲だ。使ってもゲンブの動きに影響していない。エネルギー配分は完ぺきだね。……そうか……エネルギー配分か)
 文がにとりの背中からずり落ちてくる。
「にとり、鼻血出てるじゃない。無茶するから」
「……」
「ちょっとにとり! このままじゃ私たち機械に殺されるわよ」
 にとりの頭の中で閃きが膨れ上がっていく。
(ゲンブは私が造った段階で各部位へのエネルギー配分がギリギリだ。たとえさっきの水大砲と、背中の銃と、ほかのすべてが同時に稼働したとしても、ゲンブは動いていられるように造ってある。けど、いまのゲンブはパーツが増えている。背後を見るためのカメラとかね。
 もし私の後任が何も考えずにパーツを増やしていたとしたら? エネルギー配分のことまで頭が回っていなかったとしたら? 今のゲンブがフル稼働したらどうなるだろう。エネルギー配分が限界を超えて、停止するかもしれない)
 文がにとりの肩をゆすぶる。
「あいつが走ってきた」
「文、ゲンブを倒せるかもしれない。手伝って」
「どういうこと」
「弱点が分かったかもしれないんだよ。二手に分かれよう」
 にとりは右に、文は左に飛び退いた。ふたりの背中を支えていた木が真っ二つにちぎれとび、ゲンブのモーター音が轟いた。
 にとりは一本の木にしがみついて、それを根こそぎ引き抜く。肩に抱えてその場で振り回す。ゲンブが警戒して距離を保った。
 間髪入れずに文がゲンブの背後にまわる。再び闇夜を照らす弾幕の渦。ゲンブが振り向こうとする。丸太がゲンブの真横にしなる。ゲンブはまたにとりに注目しはじめる。
「もって撃て文!」
 文のいる場所がますます激しく輝きだした。弾幕はさらに濃く、幾重もの壁となってゲンブに押し寄せた。もちろんゲンブの体は欠けもしなかったが、うっとうしそうに体をくねらせる。
 ついにゲンブの銃が背後へ捻じ曲がり、文に照準をむけた。にとりはそこを見計らって丸太を突きいれる。ゲンブが片足でひっかいてくると、丸太をひっこめる。弾幕の波がゲンブの姿勢をぐらつかせる。水流弾があられもない方向に放たれた。
 にとりがもういちど丸太を突きいれたとき、ゲンブがブルりと震える。背中の砲身からあの水音が響きはじめる。業を煮やしたゲンブが怒り震えているようだった。
 にとりはさらに丸太を振り回す。攻撃をしているような素振りを徹底する。そして文から放たれる弾幕は相変わらず嵐の如くだった。
 そんな中、ゲンブは背後に銃を撃ち乱れ、正面には水大砲を放たんとしている。もしこのときゲンブ内部を覗き見ることができれば、どうなっているだろうか。カメラや駆動系は絶えずエネルギーを欲し、玄武エンジンはひたすら要求にこたえ続ける。限界まじかの稼働を繰り返し、生み出される水流は滝より鋭くエンジン内を循環しているだろう。水大砲の圧縮には計り知れないエネルギーを要する。それは圧縮の頂点に近づけば近づくほど大きくなっていく。
 水大砲から響く水音がくぐもっていく。ゴボゴボという不気味な音色が、圧縮の最終段階を物語る。ニトリは目を見張った。
(撃て、早く撃て、そのまま銃も撃つんだ。はやく撃てよ。さっきみたいに撃て、撃て、撃て!)
 文が風にあわせて新たな弾幕を放つ。応えてゲンブの銃が角度を変えた。
(くる!)
 にとりは丸太を投げ捨てながら横に退く。
 銃声が轟いた。この一瞬こそ、ゲンブの体が一斉に稼働した証。カメラも駆動系も、銃も大砲も、すべてが一斉にエネルギーを乞うた。玄武エンジンは要求に応えようとして、己の限界を超えるエネルギーを作ろうとする。だが、実際にはエネルギーなど作られない。それでも体からの要求は送られつづける。やがて機械はどこに優先してエネルギーを送ればいいか分からなくなる。
 水大砲の銃身から水流弾が放たれた。不完全な圧縮のために水流弾は空中でバラバラになる。雨粒のように細かくなって正面の木々をハチの巣にした。同時にゲンブのカメラから光が消え、駆動系が一気に静まり返る。バランスさえとれなくなった体が硬直したまま横倒しになった。
 にとりは急ぎゲンブの尻に近づく。目当ての甲殻の隙間に両手の指を忍ばせる。全身でふんばると、鉄のつなぎ目はひときわ甲高い音を立てながらちぎれ飛んだ。裏はクッション用の薄膜だ。それを破くと二本のケーブルが露わになった。にとりはなんのためらいもなく片方のケーブルを指でちぎる。
 ケーブルの断面からエネルギーの光が漏れだす。光は足元の名無し草に降りかかると、名無し草を燃え上がらせた。玄武エンジンの稼働の余韻で、ケーブルが小刻みに震える。ミミズみたいだ。だがその震えも収まっていく。とうとう玄武エンジンが完全に停止したのだ。
 森は静かになった。にとりの体から力が抜けて、その場にへたりこむ。文が空からゆっくりと近づいてきた。
「終わったんですか」
「アア……うん、終わり」
「本当にもう動かない?」
「蹴っても殴っても動かないよ」
「にとり、まだ鼻血が」
 にとりはここではじめて自分の鼻血に気づいた。文がハンカチで顔をぬぐってくる。鼻に燃えるような痛みが走った。
「イタッ、痛いやめて」
「ハンカチはあげます。私は報告に戻りますね」
 文が夜空に飛んで消えていく。
 にとりの目は文を追いかけて空に注がれた。月はまだ大きく白い。見下ろすとゲンブが眠っている。甲殻は土で汚れて落ち葉がこびりついているが、土のかぶっていない部分には月が映りこんでいた。




 にとりはその後、再び大天狗と面会をした。数時間前と違い、大天狗たちはほとんど一言も発することがなかった。にとりはしずしずと状況のほどを説明したのち、軽く褒められた。
 大天狗たちに帰されたあと、河童仲間と合流をする。いつの間にかゲンブ回収班の班長に任命されていた。なのでゲンブの回収作業をしなければならなかった。
 ゲンブは大きくて重たい。運ぶには牽引車がいる。だが山のあちこち、押し倒された木が通行の邪魔になっていた。牽引車はまともに進むことができなかった。回収班はゲンブを担いで運ぶ羽目になった。
 ゲンブの体にケーブルを結びつける。二人の河童はケーブルを空から引っ張った。四人の河童はゲンブを下から担いだ。にとりは下の四人に交じっていた。
 こんな夜更けにも関わらず、妖怪の山のあちこちが活気づきはじめる。
 ふもとを覆う柵は無数の河童によって片付けられていく。倒れた木々を掃除するために、あらゆる天狗がたたき起こされて班が作られていく。避難していたほかの妖怪たちが元の居場所に戻りはじめる。
 何時間かして、回収班はようやく河童の開発室がある川岸にたどり着いた。ゲンブは半日ぶりに河へと沈んで、本拠地の穴を通っていく。整備室に運ばれた。
 にとりは整備室のとある机に腰を下ろした。寝不足と度重なる肉体労働で、まぶたが自然とおりてくる。
「にとり! ちょっと来てください」
 突然の文の声がにとりを呼び覚ます。わけがわからないうちに文に引っ張られて外へ出ることになった。
 にとりは恨みをこめて文を見つめた。文の目が寝不足で充血しているのが見て取れた。
「ゲンブを倒した現場にいって、現場検証に参加してください」
「明日でもいいでしょ」
「上司はすべて日の出前に終わらせろと言っているんです。山の掃除も、片付けも、検証も、なにもかも」
 にとりと文はふらつきながら現場にむかった。
 東の空はもう白みはじめていた。にとりの夜はまだ終わらない。
ジェネリックばっかりの投稿なので今回はこっち。
にとりにエクソスーツを着せたかっただけ。
今野
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コメント



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1.10名前が無い程度の能力削除
オリキャラ無双って言葉知ってます?
2.100名前が無い程度の能力削除
とてもよかったです
最高でした
アクションがテンポがよくて一気に読めました
そういや文の弾幕の威力ってどんな感じですかね
やっぱ風属性で木々はどうにかなっても岩や鉄はどうしようもないイメージがあります
けど天狗は陰陽と関わりが深いですから雷撃も炎もベテラン天狗文ならいけそうな気もしますね

とても面白かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
このにとりが好きです。
6.70絶望を司る程度の能力削除
面白かったです。
ゲンブ怖過ぎるw
7.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
9.90名前が無い程度の能力削除
自分で作ったものを退治する羽目になるというのはどういう気分だったのでしょうね。
面白かったです。