Coolier - 新生・東方創想話

旧都にありて八雲の月をのぞむ

2015/08/13 19:15:14
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 見上げれば満天の星空に浮かぶ半分の青い星。それに眼前に広がる静かな海。『私』を案内してくれたうさぎに、送り返すべくやってきたという天女様。
いつも通りの夢。そして今日初めて見た夢。
もうこの夢の意味は知っているわ。これは過去の記憶よ。私の御先祖様だったらしい小泉八雲が昔見た光景。

「あら、本当に貴方は分かっているのかしら?」

 突然、今まで聞いたことのない声が響いた。それを発したのは目の前に居た筈のうさぎでも天女でもなかったわ。彼女たちはいつの間にか姿を消していて、その声だけが星が消えた真っ暗な空から、夜が落ちてくるように響いていたの。
「この夢の意味。この呪いの根源」
「誰?誰なの?」
「彼は願ってしまったのよ。彼女にもう一度会いたいと。そしてその純粋な思いは『私たち』に歪んだ形で受け継がれた」
 そうして、一人の少女が姿を現した。中華風の服に、八卦や大極をあしらった模様、そして特徴的な帽子に美しく長い金髪。ひどく妖しく蠱惑的な姿であったというのに、一瞬夢の天女を連想してしまったのはどういう訳だったのだろう?
 彼女はそんな私の内心を見透かしたように嗤い、言葉を続けた。
「貴方も見たでしょう?あの少女の姿を」
たしかに、みたわ。幻想の向こう側で見たものよりも、何よりも美しいと感じたその姿。それは彼の心に影響されただけなのだろうか?それとも。
「貴方も、彼の夢に憑りつかれてしまった。だからこそ、そんな力を得てしまったのよ」
「一体どういう事?貴方は何か知っているのかしら?」
「おかしいと思わなかったのかしら?どうして神隠しのような力を持っているのか。どうして生まれつきそんな瞳を宿しているのか」
「それは……」
「答えられないわよね。それは貴方にとって当たり前のことだったから。……胎児の夢なんて生まれた後は覚えていない。だけど、生まれる前に夢を見ない訳じゃないのよ」
「羊水の中で見た彼の記憶、或いは情念。それに魅せられ、彼女に憧れてしまった。彼女の境界を越える力に、彼女の御姿に。だからそれに似た力を得てしまったのよ、貴方も」
 彼女の言葉はあまりに唐突に過ぎたわ。それなのに私の心の隙間にスッと入ってくるように、その言葉が間違ってはいないことが理解できてしまったの。頭ではなく、私自身の魂で。
「そして、どうしてあの少女をうさぎだと思ったのか?会ったことがあるものね。彼ではなく、貴方自身が。月夜の下、あの竹林で」
 彼女の言葉を聞いてようやく思い出した。あの獣ね。赤い瞳をしたあの獣。
「だけど、彼の夢の中の彼女は月にいたし、あんな姿ではなかったわ」
「それはそうでしょう。あれから70年ほどたってからの話ですもの。月の兎だって成長ぐらいするものよ」
 それはおかしいわ、小泉八雲が亡くなったのは1904年。それから70年と言えば今からだいぶ昔、私がまだ生まれてもいない頃よ。その頃に私が迷い込むなんて、時代を超えてでもいない限り……
「気がついたみたいね。そう、貴方の力はまだ不安定すぎるのよ。貴方は結界の歪みを見て、その中に飛び込んでしまう。それがどんなに歪で恐ろしいものかも知らずに。その結果、貴方は時間をも超えていたことに気づいていなかった。貴方、あの時メモを落としたでしょう?彼女に出会う前に」
 そう言って、彼女は一つの透明なファイルをいずこからか取り出したの。そのファイルの中には、一つの古びた紙が入っていた。だけど、私はその紙に見覚えがあったわ。
「このメモがいつ見つかったかわかるかしら?……答えは貴方が生まれるより、いいえあの子と出会うよりも数百年も前よ。この状態を見れば分かるでしょう?」
 確かに、彼女が見せてきたメモは私が落としたもので、しかし見る影もなく色あせてしまっていたわ。彼女が言うとおり数百年の時を経てしまったかのように。
「貴方は気がつかないうちにいくつものスキマをまたぎ、多くの時代を超えてきた。そうして彼女に出会ったのよ。月から逃げてきたばかりの怯えきった彼女に」
 逃げてきた、とはどういう事なんだろう。
「彼女に何があったの?そして、どうしてあなたがそれを知っているのかしら?」
「私はそれを知っているけど、彼女の事情は本題ではないわ。ただその時に貴方は彼女が人間ではないことに気づき、そして彼女の声を聞いた、それが一つ目の鍵だった」
「貴方はその時兎か大鼠だと思ったのよね。その時は夢の記憶も薄く、覚えていた姿とも違ったから思い出せなかった。それに、怯えきった彼女は防衛本能のままに目にした貴方に襲い掛かっていたから、言葉の通じる相手には思えなかったのでしょうね」
「だけど、貴方は東京にきてしまった。彼が最期を迎えた土地に、彼の魂が残る場所に。それがもう一つの鍵だった」
 蓮子があれほど変だった理由がわかったわ。いや、『私が』どれだけ変だったかが。たしかに、普通の人間ならばあれを見てうさぎだと思うはずがない。知っていたのだ、最初から。
 私が理解したのをみてとってから、少女は話を続ける。彼女の言葉はもはや呪いのようで、それでも耳をふさぐことなどできなかった。
「貴方は彼女と出会い、そして彼の残り香に触れてしまった。もう後戻りはできないわ。あなたの力は抑えられない、私以外にはね」
「貴方は、いったい誰なの?どうして私の考えたことまで知っているのよ!?」
「さっき言ったでしょう?貴方に限らず、八雲の呪いに共感してしまった者はその不安定な力によっていずれ時間のスキマへ迷い込んでしまう。そしてその人間が過去へ行ったきりになったらどうなるかしら?」
「そんなことを言われても。過去で普通に年を取って死ぬだけじゃないかしら、人間なのだから」
「そう、人間なら何も起こらないわね。だけど、未来から来た存在が一瞬とどまるのではなくそのまま残ってしまったらそれはもはや人間ではないわ。少なくとも私は、私の力は過去の人々にそう信じられた。『神隠しの主犯』だと」
「そうして私は妖怪になった。もうわかるでしょう?私は貴方と……関係のない、八雲の末裔の成れの果て。だけど貴方の可能性のうちの一つなの。だから貴方の心と共鳴できる。心のスキマから記憶を垣間見ることができる」
「貴方は、昔私と似たような人間だったのね……」
「人間だった時の事なんてよく覚えてはいないけどね。だけど、一つだけ覚えていることがあるわ。夢で見た天女、私はそれに憧れてしまった、それになりたいと願ってしまったの。誰かさんのようにね」
 それは目の前の少女だけの感情だ、とは言いきれなかった。なぜなら、私もまた彼女と同じことを考えなかったわけではなかったもの。しょせん夢だと、或いは小泉八雲の思いだと言い聞かせていただけで。
「さあ、共にいきましょう。そうすれば、彼女に会うことも、いいえふたりなら彼女のような存在になることだって可能かもしれないわ」
 彼女の言葉は甘い蜜のように私の脳を、魂を溶かしていったわ。もはや彼の夢、あの天女への憧れ以外は他に何も思い出せなくなりかけていた。
 だけどその時、私は全くちがう声を聞いたの。夢の中の天女のものでも、目の前の私自身の鏡写しのものでもない、私がよく知る声。ハーンでもマエリベリーでもない、メリーを呼ぶ彼女の声を。
 それを聞いて、彼女にと語り合ったことも思い出したわ。こんなこと素面で言えるような台詞じゃないけど、これはどうせ夢で彼女は聞いてはいないのだ。だからこそ、こんな恥ずかしい言葉だって素直に言える!

「私が一番見たいのは、蓬莱でも天女様でもうさぎでもないわ!」

「私が見たいのは宇佐見、宇佐見蓮子よ!自分勝手で、遅刻魔で、それでも私の大切な相棒の!」
 私の一世一代の『告白』を聞いて、なぜだか目の前の少女がフッと笑ったような気がしたの。しかしそう見えたのはほんの須臾の間で、再び無表情に戻った彼女はもう一度問いかけてきた。
「本当にそれでいいのかしら?彼女は貴方が思っているほどには貴女を思ってはくれていないわよ」
 そんなことはない、とは言えなかった。彼女がともすれば幻想に目を奪われて私のことを後回しにすることがあるのも事実だもの。だけど、私はもう迷ったりはしない。
「それもまた私の相棒の愛すべき一面よ。私はそんな彼女でも、いいえそんな彼女だからこそ一緒にいたいのよ!」
 その言葉を聞いて、目の前の少女は今度こそはっきりと笑みを浮かべた。それは何かを諦めた敗者の笑み。
「負けたわ。貴方が一緒にきてくれれば、彼女にも手が届くかもしれなかったのに」
 彼女はそのまま笑みを浮かべながらも、真剣な瞳で私を見つめて語り続けた。私になにかを忠告するかのように。
「貴方の行く末は危険に満ちているわ。私と同じように過去へ飛ばされ妖怪になってしまうかもしれないだけじゃなく、どこかでその大事な相棒とも夢を、未来を違えてしまうかもしれない」
「大丈夫よ、きっと。私たち秘封倶楽部なら!」
 根拠も、何もない。だけど、今なら胸を張って言えた。
「私も、貴方ほど信じることができたなら……いいえ、なんでもないわ」
そう言う彼女の表情はひどく寂しげだった。その姿を見ていたら、彼女にも私にとっての蓮子がいてくれればと願わずにはいられなかった。昔の彼女にはいなかった、或いは道を違えてしまったのだとしても、今の彼女のそばにいてくれればと。
「貴方は、私のとれなかった選択肢を選んだのね。少し、羨ましいわ」
そう呟いて寂しそうに笑う彼女に何か言わなければいけない気がして、気がつくと私は口を開いていたわ。
「貴方に出会わなかったら、答えは変わっていたかもしれないわ。だけど、貴方は私が選ばなかった選択肢の方へ進んだのでしょう?その選択に、いいえ、今の貴方自身に満足していないのかしら?」
「……少なくとも、今手にしているものには満足しているわ。永く辛い道のりだったけど。だから、」
「そう、だからこそ私は貴方と同じ道は歩まない。たとえ貴方が迷わないように導いてくれるとしても。私の写し身のような貴方がもう一つの道を切り開いていったのだから、その道で幸せを得たのだから、私だって迷いを振り払って進んでいける」
「貴方も知らない世界へ、未知なる未来へ。だって私は、私たちは幻想を求め結界を暴く秘封倶楽部なのだから」
 私の言葉に驚いたように目を見開く彼女に、私の言葉を届ける。変な形ではあったけど私の道を教えてくれた彼女に、自分の道を再び歩むための言葉を。
「そうしていつか、お互いが得たかけがえのない友を、お互いの歩んだ道を語り合いましょう。二人で二つの道を味わうために。だって、私たちは記憶と思いを共有できるんですものね」
 彼女は呆れたように笑ったけど、それは初めて見せた素直な笑顔だったわ。
「本当に、よくばりなのね。貴方は」
「だって、私は宇佐見蓮子の相棒なのだもの。これぐらいじゃなくちゃ彼女の横に立ってられないわ」
 それを聞いた彼女は、堪えきれなくなったように噴き出したわ。つられるように私も笑って。二人でしばらく笑いあった後、最後の言葉を交わしたの。別れではなく、再会を誓う言葉を。
「それじゃあ、また」
「ええ、またね」
 それは本当に簡単な言葉で、だからこそ彼女と通じ合えた、そんな気がした。そうして彼女はリボンのついたスキマに消えていった。まるで夢のように、ってこれは夢だったわね。そうは思いつつも、なんだか名残惜しいような気がして、しばらく彼女の消えた方を見つめていたわ。


だけど。
「あ、そうそう」
「ひゃあ!」
突然、耳元から声がした。慌てて声の方に目を向けると、空中に浮かぶスキマから首だけ出した少女の姿。
「私と出会ったことは貴方の下した選択にはあんまりいい影響を与えないの。だから、この夢の記憶を貴方に残すわけにはいかないわ」
 呑気に言ってくれるけど、それじゃあ今までの会話は、恥ずかしい思いまでして宣言した私の決意は何だったというのだろう。
「貴方の不満ももっともだけど、大丈夫よ。貴方が決めた覚悟は消えたりはしないから。彼の抱いた夢が消えてしまわなかったように。それに、いつか私たちの道がまた交わったときには思い出せるわ」
「あと、忘れてしまうモノの代わりに、試練を乗り越えた貴方にご褒美。きっと見たいものが見られるわよ」
 先ほど見せた姿が嘘だったかのように、ひどく妖しげな妖怪らしい笑みを浮かべて。
「今度こそお別れね。また会いましょう」
 そう言って、スキマの中から手を振った後消えてしまった。こちらが言葉を返す間ぐらい残してくれてもいいのに。というか、名前ぐらい教えてくれてもいいじゃないの。
そんな風に残念がっていた私に、またしても突然声がかけられたの。
「メリー、待たせちゃった?」
 今度は、聞き間違える筈のない声。かけがえのない相棒の声だ。
「いいえ、ちょうどいいタイミングよ」
そう言って、笑顔を浮かべながら振り返ったのだけど。目に飛び込んできた光景に頭をぶん殴られた気がしたわ。
「どうしたのメリー?鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
 不思議そうな顔をして話しかけてきた少女は全くもっていつも通りの蓮子だったわ。……その格好を除けば、ね。
 普段の彼女の趣味からは考えられないような、際どい食い込みのレオタードに、扇情的な網タイツ。胸元には可愛らしい人参のデザインをあしらった蝶ネクタイ。それに。
「えーっ、と。どうしてそんな可愛らしい兎耳をつけているのかしら?」
「もう、メリーが『うさぎになった蓮子が見たいわ』って言ったんじゃない。バニーガールなんて恥ずかしかったんだから」
 そう言って照れくさそうにしながらも、ぎゅっと抱きしめてきた。
「れれれ、蓮子?」
「ねえ、メリー。昔こんな俗説があったらしいわよ。ウサギは独りだと寂しくて死んじゃうんですって」
 そう言いながら、妖しく見つめる蓮子の顔がどんどん近づいてきて、私もたまらず蓮子を抱きしめかえし……




「メリー!?ちょ、ちょっと!?」
 蓮子の困惑したような少し嬉しがるような複雑な声で目を覚ました。そうして、すぐに事態に気づいた。私は、先ほどまでのように蓮子を両手で抱きしめてしまっていた。ただ蓮子の方はいつもの恰好で、すぐにさっきのは夢だったのだと気がついたわ。
「ごごごご、ごめん!寝ぼけててそれで」
 慌てて手を離して蓮子を解放したわ。もう、本当に顔から火が出そう。
「え、ええ。こっちは大丈夫よ。前みたいに起こそうとしてもうんともすんとも言わないから心配したんだけど、どうやら元気そうね」
 蓮子の方も顔が真っ赤になっている。突然抱きしめられたからかしら、それとも……
 だけど、都合の良い妄想をしている時間はなかった。
「お客様、もう京都ですわ。早く下りてくださいません?」
 呆れたような駅員さんに声をかけられて、慌てて二人して荷物をかき集めて飛び降りる。擦れ違いざまに見た金髪の駅員さんの顔になんだか見覚えがあったような気がしたけど、どうにも思い出せなかった。
「もう、メリーが眠りこけているからこんな事になっちゃったじゃない!」
「蓮子が閉館まで居座らなきゃこんな遅くに帰らなくてもよかったのよ!」
 お互いを非難しながらも、その距離は一向に遠ざかることもなく。
こうして、私たちは京都へ戻ってきた。バニースーツを着た蓮子の夢があまりに衝撃的だったせいか、その前に見ていた夢の方はうまく思い出せなかったんだけどね。
それでも、八雲の夢のことも気にならなくなっていたわ。これもうさぎさんのお蔭かしら、なんて一人で笑いながら、私は一つの決意をしたの。
——蓮子を見習って、私も月のことをもう少し調べてみよう、と。どうせなら、二人で見てみたいもの。小泉八雲が魅せられた世界を。




 二人が去った後、彼女たちがのっていた客車には誰もいなくなっていた。残されたのは脱ぎ捨てられた車掌服と。
「よい旅を楽しんでいらっしゃい。二人で、ね」
 何処からか聞こえてきた、満足そうな少女の声だけだった。
間に合った!紺珠伝で本格的に月の都関係の話が出そうだったので、その前にどうしても書きたかったのです。
色々好き勝手詰め込ませていただきました。東京という彼女達には不慣れな舞台という事も相まって劇場版みたいな感じが出せていたら幸いです。

コメントありがとうございますー。ご指摘の点は今後の参考にいたします。
ホプレス
http://twitter.com/hopelessmask
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コメント



0.330簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
いやはや素晴らしい
6.30名前が無い程度の能力削除
基本は一人称で回想形式ですが、同じ場面の中で視点がぶれたり、時制が吹っ飛ぶのがすごい気になる。
バニー蓮子は良かったです。
7.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
12.100名前が無い程度の能力削除
面白かった
13.100名前が無い程度の能力削除
蓮子大好きなメリーがかわいかったです
16.100名前が無い程度の能力削除
バニー蓮子絵で見てみたいっす