Coolier - 新生・東方創想話

青き竹林の乱痴気

2015/08/04 18:04:41
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「あ〜今日も疲れたぜ」
「まったくだ。家に帰ったら冷たい水をいっぱい飲みたいなぁ、そんでゆっくり座敷でくつろいで……」
「ばか、帰ったら別の仕事があるだろ。休んでるヒマあるかっての」

 大きな駕篭を背負った2羽のウサギが、グチを吐きながら竹林を歩いている。彼らはこの竹林の奥にある屋敷、永遠亭に住むオスウサギであった。
 この2羽は、永遠亭のウサギの中でもとりわけ恰幅のいいオス達であった。身長は2羽とも170cmを超すくらいか。人間の中では巨漢とはいえないが、平均身長が140cmちょっとの永遠亭のメンツの中では、並んだときに頭2つは飛び出す存在である。
 永遠亭という家は、お姫様の輝夜、その従者の永琳、ウサギのリーダーの鈴仙、そして実質的なウサギの長である因幡てゐと、そのすべてが女性である。輝夜の世話はオスウサギにはできないし、鈴仙がオス嫌いなこともあったので、女尊男卑社会になりそうなものであるが、てゐが色々なところでオスを優遇していたりと上手くバランスを取っていたので、彼らにもちゃんと永遠亭の中に居場所はあった。とはいえオスに力仕事が回ってくるのはどうしても避けられない。特に彼らのような身体の大きいオスには重量物が任されがちだった。今日も鈴仙の命令で重い荷物を里から運んできたのである。

「はぁ〜、最近働いてばっかりで、下の方も溜まっちまってるぜ。いっちょスカっとしたいもんだ」
「疲れてるからっていきなり下ネタはやめろっての……」
「いやいや、実際重大問題だぜ? 今は俺らも発情期だってのに、発散できなくて病気になったらどうするってんだ」
「じゃあ自分で何とかしろよ」
「そんな情けないことできるかよ。あ〜あ、誰か相手してくれないかなぁ」
「ったく、めんどくさいやつだな。ならお姫さまでも口説いてみりゃあいいじゃないか」
「ばか、そんなことしたら永琳センセイに殺されちまうよ」
「じゃあ鈴仙は?」
「確かになぁ……まぁ是非お相手してもらいたいもんだが……無理だろうなぁ」

 彼らの頭に浮かぶのは、怯えた表情でオスウサギに接する鈴仙の姿だった。だいぶ地上に慣れたとはいえ、鈴仙のオス恐怖症はまだまだ根強く残っていた。彼女にとってオスというのは暴力の象徴みたいなものなのだろう。とりわけ図体のでかい彼ら2羽は、鈴仙からは徹底的に避けられている。彼女を口説こうとしても、文字通り脱兎の如く逃げられてしまうだろう。

「じゃあ、手頃なメスでも探せばどうだ? ほら、あの子とかお前仲良かっただろ?」
「う〜ん、なんか近場で済ませた感がありすぎるのもなぁ」
「あー! ほんとにめんどくせえ! じゃあ誰ならいいんだよ」
「そうだな……ちょっと前、永琳センセイが異変を起こしたことあったろ? 覚えてるか?」
「ああ、俺も出てったからな」
「あのときに見た娘たちは相当な粒ぞろいだったなぁ。ぜひともああいう子たちに相手してもらいたいぜ」
「ふむ……わからんでもないぞ」

 先日の永夜事変のときに、異変解決の現れた8人の少女たち。この2羽はその四組の少女たちになす術もなく撃墜されたのだが、その顔はよく覚えていた。

「博麗の巫女とか、あの可愛い剣士の子とか。いい感じだったよなぁ」
「ああ、確かにな」
「あと魔理沙とかいう名前の魔法使いがいたなぁ。あれもいい」
「あのガキか? お前ロリ趣味だったのかよ?」
「他と大して変わらんだろ。それに4、5年もすればいい女になると思うぜぇ。ああいう娘ほどオスによく尽してくれるもんだ」

 2羽は異変のときにであった少女たちの魅力についてあれやこれやと語り合っていた。一応は妖怪ウサギである彼らなのだが、長い年月を経て人間のメスにも発情するようになっていた。
 1人の名前をあげてはやんややんやと批評し、また1人の名前をあげてはこれこれこうと言い合う。
 メスのいる永遠亭ではなかなかできないオスだけのトークを彼らは愉しんでいた。
 しかし最終的に2羽の意見は、ある1人の少女で一致する。

「でもやっぱあれだよな。誰か1人を選ぶっていうなら……」
「そうだな。1人というのなら決まっている」
「あの、メイドだろ。間違いない」

 彼らの好みは、紅魔館のメイド、十六夜咲夜がドンピシャリであったのだ。

「あのフリルスカート。他の子どもとは違う、大人なエロさがあった」
「あのメイドを侍らせて好き放題してやりたいぜ」
「胸もけっこうあったもんなぁ。ああたまんねぇ」

 彼らは他に誰もいないことをいいことに、思う存分、猥談に励んでいた。純情な鈴仙がわずかでも彼らの会話を聞いていたら、卒倒してしまうほどのエロトーク。発情期でしょうがないのではあるが、彼らは妄想の中でかなりのハードエロを咲夜に押し付けて興奮しながら騒いでいた。
 とはいえ、当然といえば当然なのだが、彼らにはその妄想を実行に移すつもりは全くない。十六夜咲夜は不可思議な能力を使うと聞いているし、力づくでどうにかなるものでもあるまい。
 彼らはそこらの人間の男と同じように、意中のメスのエロティックな妄想を頭の中だけで愉しんでいただけだ。
 さすがにそれを咎めるようなことは鈴仙はともかく、永琳もてゐもしないだろう。
 そんなこんなをしているうちに、彼らは永遠亭の門の前に到着した。

「やれやれ、楽しい時間もおしまいだな」

 これ以上、猥談をしていたらメスウサギや鈴仙に聞かれてしまう。そうなれば面倒だ。
 彼らは先ほどまで淫猥な単語を出しまくっていた口をつぐんで、背中にある荷物を降ろすために倉庫に足を向けた。
 
「ん、あれは?」

 彼らが倉庫の前にたどり着いたとき、その前に1人立っている者があった。

「永琳先生、何やってるんですか?」

 倉庫の前にいたのは、八意永琳であった。

「あら、貴方達、お仕事から帰ってきたのかしら?」
「は、はい。里からこの荷物を取ってきたところです」

 オスウサギが背中の駕篭を永琳に見せながら言う。

「それはそれは、ご苦労さまです。貴方たちにはいつも力仕事ばかりさせてしまってごめんなさいね。今日はね、いつも頑張ってくれる貴方たちにご褒美をあげようと思ってここで待ってたの。倉庫の中に入ってくれるかしら?」

 永琳は作ったような笑顔でそういって、それから倉庫の中に入ってしまった。
 オスウサギたちは不可解な行動をとる永琳に、お互いの顔を見合わせた。

「ど、どういうことだよ?」
「どうって……そのままの意味じゃないのか? 永琳センセイが俺らの仕事を労って、ご褒美をくれるって話だろ。も、もしかして俺らが溜まってるのを察して、永琳センセイが倉庫の中で相手してくれるのかも……へ、へへ、さっきは永琳センセイの話は出なかったけどよ。センセイもかなりエロい身体してるからなぁ。女医プレイなんてしてくれるかもよ?」
「ば、バカやろう! さっきの永琳センセイの顔みてなかったのかよ!?」

 オスウサギが声を荒げて言う。

「な、なんだよいきなり怒鳴って……センセイはただ笑ってただけじゃねえか」
「お、お前、あの笑顔を見て何も思わなかったのか? あ、あの顔を俺は一度観たことがある……あ、あれは永琳センセイが……うう……」

 オスウサギの片割れが頭を抱えたまま座り込んでしまった。
 彼がその永琳の笑い顔をみたとき。それは昔、ある酔ったオスウサギが輝夜に悪質な粗相をしてしまったときだった。永琳は先ほどの笑顔でそのオスウサギを殺そうとしたのである。普段はそれなりに地上のウサギにも優しくしてくれた永琳の突然の豹変。結局そのときはてゐの庇い立てで、そのオスウサギは一命を取り留めたのであるが、その事件は永遠亭の全ウサギに衝撃をもたらした。以降、輝夜と接触するのはメスウサギだけになったのである。
 その現場を直で見ていたこのオスウサギにとって、あの笑顔は正真正銘のトラウマであったのだ。

「な、なんだよ。驚かせるなよ。そ、その話は俺も知ってるけどよ。お、俺達は、べ、別に何も悪いことなんてしてないぜ?」
「分かるかよ……相手は月のお偉いさんだぞ? 俺達の知らないところで何かやっちまってるのかもしれん……そ、そうだ。てゐを呼んでこい。こ、殺されてからじゃ遅い。てゐがいればなんとか……」 

 そのとき、永琳が倉庫の扉からピョコと顔をだして、

「どうしたの? 早く入ってきなさい」

 と、喧々諤々としていた2羽を呼んだ。
 今しがた永琳の恐ろしい話をしていた2羽は、彼女の呼びかけに心臓が止まりそうになるほどの衝撃を受けた。

「はあぁっぁあい!?」
「うぉぉおおあお」

「何よ貴方たち、変な声だして……ご褒美をあげるから来なさいって言ってるでしょう。ほらほら」

 永琳はそういうと、2羽の背中に回ってそのままオスウサギたちを倉庫の中に押し込んでしまった。
 人間にしても小さい方の永琳が、巨大な自分たち2羽まとめて押し込めるという不気味さ。彼ら2羽はもう完全に永琳に殺されると思い込んでしまっていた。

「うう、母ちゃん、父ちゃん、ごめん……俺ここまでみたいだ……」
「な、なんでこんなことに。お、俺はもっとビッグなウサギになるんだ……こんなところで……」

 虚ろな目でブツブツいう2羽のオスウサギを永琳は無視して、倉庫の奥にまで押し込んだ。
 カタカタと身体を振るえさせながら、永琳のなすがままになるオスウサギたち。
 しかし、倉庫の中に待っていたのは、彼らが想像だにしていない光景であった。
 いつも仕事で使っている倉庫の内部。だが今日に限っては、倉庫内にある一つの要素が追加されていた。
 部屋の中央に置かれている四角いテーブル。
 その上に、1人の少女が眠っていたのだ。
 美しい銀色の髪の毛、ふわふわとしたフリルがたくさんついたミニスカート気味のメイド服。その少女には彼らも見覚えがあった。それは紛れもなく、彼らがさっき妄想の種にしていた少女、十六夜咲夜だったのだ。

「え?」
「ど、どういうことですか、永琳先生!?」

 テーブルの上に寝かされている咲夜。しかしその姿はあまり穏やかなものではなかった。彼女の目にはアイマスクが装着され、少女の視界を奪っている。そして何より、彼女の手足には鎖が結びつけられていて、それぞれがテーブルの四本の足に伸ばされ、咲夜は無防備に大の字に拘束されていたのだ。
 混乱するオスウサギたちを他所に、永琳は咲夜を指差して言う。
 
「好きにしていいわよ」
「「………はい?」」

 永琳の言葉に2羽がそろって呆気にとられた。永琳が一体何を言っているのかまるで分からないといった様子である。

「言ったでしょう。貴方たちにご褒美をあげると。貴方たちも最近お疲れみたいですしね、どうかしら。美味しそうじゃない?」

 永琳はテーブルの上で眠る咲夜の肩に軽く触れて、品定めをするように言った。

「まぁ……殺しはダメだけど、あとは何してもいいですよ。じゃあ私は居間にいますから、終わったら呼んでちょうだい」

 永琳はそのままポカンとしている2羽を尻目に、倉庫から出て行ってしまった。あとに残されたのは脳がまったく働いていない2羽のオスウサギ。
 一分か、それ以上か。オスウサギたちはボケ〜とし、それからようやく我を取り戻して状況を把握しようと努める。

「と、とりあえず俺達が永琳センセイに殺されるってことはなさそうだな……」
「ああ。だが、どうするよ?」
「この娘って……そうだよな?」
「うん、間違いねえよ。紅魔のメイドだぜ」

 一羽のオスウサギが咲夜のアイマスクを外してその顔を拝む。以前の異変のときに華麗な弾幕を操って2羽を撃破した十六夜咲夜、その人である。咲夜は永琳から睡眠薬でも嗅がされたのか、スヤスヤと寝息をたてて眠っていた。
 2羽はお互い言葉を発さず、じぃと咲夜の顔を見ていた。彼らの頭の中には「?」が嵐のように浮かんでは消えていく。
 なぜ十六夜咲夜がこんなところにいるのか。
 この様子では明らかに客人扱いではない。何かしらのトラブルが永琳との間であったのだろう。
 先ほどの永琳の言葉はどういう意味なのか。
 一体自分たちはどうすればいいのか?
 だが、彼らも頭が冷静になるにつれて、咲夜の身体の所々に目が止まるようになっていった。
 彼らの鼻先で無防備に眠る咲夜の身体は実に扇情的であった。
 その胸の膨らみ。永遠亭のメスウサギの平均を遥かに凌駕する大きさだ。そして下を見れば咲夜の生足が惜しげもなく晒されている。そのスカートの裾を摘んでちょいと上にあげてやれば、彼らが見たこともない楽園がそこに広がっていることは容易に想像できる。そして西洋人形のように精巧な咲夜の顔といったらどうだろう。比べてばかりで悪いとは思っても、どこか土くさく野暮ったい地上のメスウサギとは大違いである。
 竹林での猥談から分かる通り、元々咲夜は彼らの直球ど真ん中のタイプである。彼らが人間相手でも劣情を持つことも既に述べた。
 そして命の危機に瀕してからの安堵が、更にオスウサギたちの性欲を高めていた。
 なにより、彼らはいま発情期なのだ。

「な、なぁ。さっき永琳センセイは『好きにしていい』って言ったな?」
「あ、ああ」
「それってのは……つまりそういうことだよな?」
「そりゃ、そうだろ……」

 2羽のオスウサギはそろってゴクリと生唾を飲み込む。一生縁がないと思っていた十六夜咲夜との交合の機会が降って湧いてきたのである。
 ウサギとはいえ彼らは文字通りのケモノであるのだ。歯止めを期待するのは難しい。

「よし……」

 オスウサギの一羽がそっと咲夜の身体に向かって手を伸ばした。

「な、何するんだよ!?」
「決まってるだろ、このメイドを抱くんだよ」
「しょ、正気か!?」
「お前こそ正気かよ。考えてもみろ。このメイドを抱けるなんて、こんなチャンス二度とないんだぜ!? 永琳センセイのお墨付きさ、問題ねえだろ」
「だ、だからといって無理矢理なんて……」
「いやなら、黙ってそこで見てろよ。どうせお前も途中から混ざりたくなるに決まってる。俺は誰が何と言おうとこの娘を抱くぞ。こんなに興奮してるのは自分でも久々なんだ。神さまだって止められやしねえ! ひひ、た、楽しみだぜ」

 下卑た声を笑うオスウサギ。彼の言う通り、もう誰にも彼を止められないように思えた。だが、しかし。

「ま、待て」
「うるせえ、もうお前は黙って……」
「お前分かってるのか? このメイドの主人が誰なのか」
「うっ!」

 その問いかけに、咲夜の胸に伸びかけていたオスウサギの手がピタっと止まった。止まらざるをえなかった。
 このメイド、十六夜咲夜の主、レミリア・スカーレット。彼らのような木っ端妖怪でもその恐ろしさは重々承知である。

「お、お前、もしこのメイドを抱いて、それがレミリア・スカーレットにバレたときにゃあ、お前、ロクな死に方できないぜ」
「うう……」

 それを言われるとオスウサギの身体もそれ以上は進まない。紅魔の主レミリア・スカーレットがこのメイドを愛玩していることを彼らもよく知っている。お気に入りの人間を汚されたとき、かの吸血鬼の少女は果たしてどんな報復をするだろうか。当然、彼らにレミリアと対抗できるだけの力はない。

「考え直せ。事が終わった後に、このメイドを殺して口封じするならともかく、殺しの許可はもらっちゃいねえ。このメイドに手を出したらお前は間違いなく死ぬぞ。いつもてゐが言っていることを思い出せ」
「て、てゐの……?」

 因幡てゐはウサギにルールは設けない。しかし、ただ一つだけ口癖のように言っていることがあった。

『悪いことしたらダメだよ? 私が助けられなくなるからね』

 てゐは地上のウサギの庇護者である。彼女はウサギたちの命を守ってくれる。彼女は絶対に一羽のウサギの命すら見捨てなかった。ときには自分の命を危険に晒してまで、自分たちを守ってくれるてゐのことを、地上のウサギたちはみな尊敬していた。
 てゐが悪いことしてはいけないとウサギ達にしつこくいうのは別に倫理的な問題ではない。彼女が言っているとおり、道義を外した行動をしてウサギの命が危なくなっても、てゐが庇えないからだ。
 逆にいうと、てゐは自分の仲間のウサギが不条理な死に方をするのは絶対に認めない。少なくとも、それなりに長いオスウサギの生涯で、てゐと一緒にいて理不尽な死に方をしたウサギは一羽もいなかった。
 翻って今回の場合はどうだろう。
 この目の前で眠る少女に乱暴をしたとして、てゐは果たしてどう思うのだろうか?

「ぐぎぎ……」

 そう考えると、下手にこのメイドに手を出せなくなる。オスウサギは実に魅力的なメスを目の前にして、その手を引っ込めざるを得ないのであった。
 だが、この千載一遇の機会を逃すのは、いかにも惜しい。

「てゐじゃレミリアには勝てねえ。いや、あいつのことだから吸血鬼相手でも上手く騙くらかしてしまうかもしれんが、それはあくまで俺らに非がなかったときだけだ。『拘束されたメイドに乱暴して、それに怒ったレミリアが俺達を殺そうとしてるから、てゐさん助けて下さい』なんて言ってもどうにもできんぞ!」

 オスウサギが懸命に説得を続ける。
 咲夜への暴行に直接参加しなかったからといって、傍観者である彼をレミリアが見逃すとは限らない。彼が確実に許されるためにも、仲間にも咲夜に指一本触れてほしくはないのだ。
 それに、彼とて自信がないのだ。もし仲間が咲夜を抱いているときに、それに混ざることを我慢する自信が。彼もこの美しい咲夜を抱きたいという極めて強い欲求がある。彼はそれを理性で留めているだけだ。
 だが、精一杯の言葉にも関わらず、仲間のオスウサギはワナワナと拳を振るえさせていた。

「ふ、ふざけるなよ……お、俺達は腐っても妖怪サマなんだぜ? 人間に恐れられてなんぼだろうが!」
「お、お前……」
「お、俺達妖怪ウサギは人肉を食わねえ。だが、それでも妖怪だ。人間に恐れられて何が悪いんだ。このメイドを抱いたとして、誰が俺に文句つけられるよ!? 人殺して肉食ってる奴の方がよっぽどじゃねえか!」

 オスウサギが激情して怒鳴った。倉庫に激しい怒声が響き渡る。だが、もう一方のオスウサギは既に冷静になっていた。
 怒るウサギの主張は既に論点がズレているのだ。妖怪として咲夜に乱暴することの是非はここでは関係ない。

「じゃあ抱けばいいじゃねえか。俺はもう決めた。抱かねえ。死にたくねえからな」
「な、なんだとぉ!?」
「言っとくが、永琳センセイのお墨付きなんて言っても、センセイはお前の命ことなんてこれっぽっちも気にしてないと思うぜ? てゐと違ってな。それでもいいなら抱けばいいじゃねえかよ。ほら、その胸揉んでよ。お前の欲望ぶつけてやれよ!」
「ち、ちくしょう……」
 
 オスウサギは悔しさで身体を振るえさせた。せっかく——せっかく目の前に最高の女がいて、それを抱けるかもしれないという期待は脆くも崩れ去ったのだ。一度昂ったものを理性で無理矢理押さえつけるというのは、オスにとって何よりのストレスである。だが諦めざるを得ない。彼だって死ぬのはイヤなのだ。
 オスウサギはドサっと地面に座り込んだ。

「分かったよ、俺も止める……」

 乾いた声でオスウサギが言う。

「そうか。賢明だな」
「うるせえ!」

 激昂するオスウサギはまだ名残惜しそうにしていたが、もう一方のオスは完全に吹っ切れていたようであった。
 『君子危うきに近寄らず』。これもまた因幡てゐの口癖である。

「んん……」

 二羽が倉庫内で騒いでいたせいだろうか、テーブルの上の十六夜咲夜が静かに目を覚ましていた。
 目覚めたばかりの咲夜は混乱しながらも、いま自分が置かれている状況を確認しようと身体を動かしてみる。

(ここは……永遠亭?)

 彼女はすぐに、自分の手足が鎖によって不自由にされていることに気づく。辺りを見渡すと、光の差し込まない小屋の中。目の前には頭からウサギ耳を生やした少年が2人いた。

(この子たちは見張りかしら?)

 身体を大きく開いて敵陣に拘束されている。咲夜にとっては、冷や汗ものの大ピンチである。
 オスウサギたちも咲夜が目覚めたことに気づいた。しかし彼女は既に永遠に手が届かない宝石だった。
 彼らは艶のある声で呻いている咲夜を、ただただ切なそうに見つめるのみである。
 
「ねぇウサギさん。よかったら、この鎖外して下さらないかしら?」

 オスウサギと目があい、咲夜が頼み込んだが、

「それは……ダメだな」

 オスウサギも流石に永琳の許しなく勝手に人質を解放はできない。
 オスウサギにとっては何気ない返答であるが、それは咲夜にとって重大な意味を持っていた。なぜならば、それは自分と永遠亭との敵対関係が続いていることを意味するからだ。
 こんな無防備な状態で、目の前にはウサギとはいえ敵のオスがいる。今のところ何もされていないようだが、彼女の身体の保証はされていないのだ。館の誰かが助けに来てくれるとしても、時間はかかるだろう。
 ウサギたちは咲夜の顔をじーっと見つめてから、「はんっ」と自嘲気味に鼻で笑った。

「永琳センセイがよ。アンタを好きにしていいって、俺らに言ったんだぜ」
「……そう」

 咲夜だって分かってはいた。敵対する相手に若い女が捕虜にされることの意味を。
 ここまで来ては、咲夜も身体を弄ばれる覚悟を決めなければいけなかった。その上で咲夜は色々と頭を巡らせる。果たして今自分がすべきことは何か。

(この子たち見た目、ウサ耳以外は普通の男みたいだけど、所詮はケダモノ妖怪。私を優しく扱ってくれるなんて楽観的な考えは持たない方がいいでしょうね。なら私ががしなきゃいけないのは……うん、犯されている間もできるだけ体力を残しておく。この子たちのパーソナリティがどういうものか分からないけど、ウサギは人肉を食べないときくわ。なら普通にしていれば殺されることはないはず。私は最低限、ウサギを怒らせて殺されるような下手は打たないようにしなきゃ。レミリア様が助けに来てくださるまで……)

 咲夜は男に抱かれるのは未経験である。はじめての相手がオスウサギというのはいかにも残念だが、今は命の危機なのだ。それくらいは我慢しなければいけないだろう。
 咲夜だって一応は年頃の少女である。人並みに理想の初体験像みたいなものを描いていたりもしていた。だが世の中はままならないものである。

(まさか初めての相手がこんなウサギとはねぇ……悲しくなるわ)

 二羽の顔に点数をつけるならば、それぞれ65点、60点といったところか。醜くはないが、かといってとりわけ女に積極的に好まれる顔でもなかった。

(まぁ、乱暴されるのに相手の顔なんて関係ないわね。それに、どうせ後から他のウサギも来るでしょうし。それにしても……)

 咲夜はそこである不自然に気づく。
 彼女はオスウサギに暴行される覚悟を決めたはいいものの、彼らはいつまで経っても襲ってこないのだ。

(どういうことかしら?)

 お預けをくらっているにしても、彼らの表情がおかしい。後で咲夜を抱けるとするのなら、今の彼らはこの後の愉しみに舌なめずりをしていなければいけない。絶品料理を目の前にしたグルメのように咲夜の身体を品定めして、いざ抱くときにその妄想をすべて実現させるのだ。
 だが、今のオスウサギはそんな雰囲気ではない。どこか不機嫌で、そもそも咲夜の身体に対する興味がないように思える。
 これは果たして何を意味するのか咲夜は推理する。

(例えば……このウサギたちはウサギ故に、人間である私の身体に興奮しない。なのに八意永琳が私を好きにしていいと言った無神経さに彼らは怒っている?)

 それも一つの可能性だろう。しかし、それはあまりに咲夜にとって都合がよすぎる可能性だ。あるいは理不尽な理由で自分に手出しできないのだろうかとも咲夜は考えた。永琳は永遠亭の実質的なトップであるのは知っている。その永琳が好きにしていいと言っているのに彼らが我慢しなければならないということはありうるのだろうか?

(蓬莱山輝夜や他の誰かに私に手出ししないように言われた……というのもありうるわね)

 だが、いずれにせよ楽観的な可能性である。つまるところ、何かを考えるには今の咲夜には情報が少なすぎるのだ。
 一つオスウサギに聞いてみるというのも咲夜のとりうる手段としては有効だ。オスウサギと会話することによって色々情報が得られるし、上手くいけば懐柔できるかもしれない。しかし一方で自分から話を降るのはリスクもある。下手にオスウサギを刺激して、せっかく膠着状態で時間の稼げている現状を壊してしまうかもしれない。

(さて、どうしましょう……?)

 咲夜はちょっと思案してから、

「ところで、この後、私はどうなるのかしら? 貴方たちに好きにされるの?」

 結局、咲夜はオスウサギに尋ねることにした。よくよく考えてみれば今重要なのは、自分の貞操ではない。最重要なのはあくまで主人、レミリアである。なら、今自分がすべきことは捕虜の身をいかして、少しでも永遠亭に関する情報を集めておくことだと咲夜は結論づけた。仮にヤブヘビとなって自分が乱暴されるにしても、所詮は一時の苦痛。貴重な情報が得られる可能性を捨ててまで避けるものではない。

「さぁな。少なくとも俺らはアンタに何もしねーよ。永琳センセイは分からんがな」
「……そうなの」

 ついつい『なぜ?』と聞き返したくなったけれど、それは咲夜も我慢する。無愛想なオスウサギの回答であるが、その内容は彼女にとって多少は有利なものだった。

(やっぱりウサギは人間の私に欲情しないのかも……)

 だが、その仮説が正しいとしても、咲夜の状況はいまだ好転していない。少なくとも永琳は彼らに「咲夜を好きにしていい」と言ったのだ。それはつまり、咲夜に苦痛を与えたいという意図があったことに他ならない。
 理由は分からないが、このオスウサギは自分に手出ししてこない。となると、もし永琳が今の状況を知ったら別の方法で咲夜に辱めを与えるだろうことは十分に想像できる。
 拷問、陵辱、虐待……恐ろしい言葉が咲夜の脳に浮かぶ。
 オスに犯されるというのももちろんおぞましいものであるのだが、何をされるのか大体想像はつく。一方で永琳が行うとなればそれは全く得体がしれなくなる。
 できるなら避けたい未来を想像して、怖気を走らせる咲夜。しかしオスウサギたちはそんな悩むメスに対してチラチラと横目で視線を送っていた。

(ああ、ちくしょう。エロいなぁ、このメイドは)

 眠っているときでもかなり扇情的だった咲夜の肢体。それが意識を得て動き出すと更なる官能を醸し出す。
 足を動かすたびにスカートが揺れて、床に座っているウサギたちに今にもその中身が見えてしまいそうになる。ちょいとスカートの裾をつまんで上にあげてやれば、このメイドの恥ずかしい部分が見られるのだ。一見平静を装っているようで不安に怯える咲夜の表情もオスの嗜虐心を刺激する。
 咲夜が鎖に窮屈そうに身体を揺らすと、胸元の膨らみもそれに合わせてオスを誘う。
 オスウサギたちは、このままではどうにかなってしまいそうだった。
 ならば小屋から出て行けばいいのだが、本能がなかなかそうはさせてくれない。指一本触れられない咲夜であるが、彼女を捨てて小屋を後にするのは何とももったいない気がしてしまうのだ。
 
「ちっ……」

 オスウサギが立ち上がって咲夜の側により、いきなり上着を脱ぎ出した。咲夜の身体がビクンと震える。ついに始まってしまうのか。彼女がそう思うのも無理はない。

「お、おい何やってんだよ」
「勘違いするな」

 オスウサギは上着を脱いだあと、そのままそれを咲夜の上半身に乗せた。

「メイドさん、汗臭いが我慢してくれよ。……お前のも貸してくれ」

 仲間の意図が読めたオスウサギの片割れも上着を脱いで、今度はそれを咲夜のスカートの上に乗せた。
 彼らからしたら、触れることすら敵わない咲夜のメイド服の凹凸や生足は目の毒以外の何ものでもなかったのだ。それを上着をかけて隠してしまおうということだろう。

「あ、ありがとう……」

 ウサギたちの思惑を知らない咲夜が訳も分からないまま、とりあえずウサギにお礼をいう。別に寒くもないのに上着をかけられても仕方がないのだが。

(何なのかしら、このウサギたち。上着をかけてくれたけど……単なる優しさ? 分からないわ。でも、これなら……)

 このオスウサギたちに陵辱されるということはなさそうである。ならば、このウサギを上手く取り込むことができれば、脱出することができるかもしれない。そこまでいかなくても、自分にわずかでも同情心を湧かせてくれれば、今後の展開で大きな力になってくれる可能性もある。このまま手を拱いていても、いずれ永琳が戻ってきてしまう。そうなれば自分がどうなるかは分からない。ならば、できることはすべてやっておくべきだ。咲夜はそう考えた。
 しかし、話題の選択は慎重に行わなければいけない。誘導尋問や、男を懐柔する話術も咲夜は精通しているが、実践となるとそれが必ずしも上手くいくとはいかない。状況はその時々で大きく変わり、出すべき話題も臨機応変にならなければいけない。
 
(永琳の話題を出すのはまずいでしょうね……かといって他の子の名前を出すのも……まずは何気ない会話から始めてみたほうがいいかしら?)

 咲夜がよく回る脳みそであれこれ考えていたところ、

「なぁ、メイドさん」

 逆にウサギから話しかけられてきた。

「なんですか?」
「あんた永琳センセイと何やったんだ? センセイすごい怒ってたぜ」
「……まぁ、色々あったんですのよ」

 オスウサギは知らなかったが、ここ数日の間、紅魔館と永遠亭……というより永琳との間ではちょっとした抗争をやっていた。異変といえば異変だけれど、幻想郷のパワーバランスを崩すほどでもなく、他の勢力からはおおよそそれ傍観されていた。咲夜はその戦いの最中に捕虜になったのだった。

(でも、ちょっと変な話ね……)

 咲夜はここにきて一つの疑問が浮かぶ。
 なぜ永琳はウサギたちに自分を犯すように言ったのか?
 外の世界での争いに慣れていた咲夜にとっては、敗者の男は殺され、女は犯されるという常識が頭にこびりついていた。しかし、冷静に考えてみればここは幻想郷なのだ。幻想郷での争いはそんな剣呑なものではないはずだ。
 咲夜を陵辱するというのは明らかに一線を超えた行為である。今のところまだ何もされていないが、いざその行為が完了してしまえば、紅魔館と永琳の争いの性格は一変するはずである。
 主人のレミリアは激怒するだろうし、何より報復の免罪符を紅魔側にも与えてしまうのである。つまり、今後紅魔館が永遠亭のウサギを捕虜に取ったときに、同じことをされてしまう危険性があるのである。
 例えば鈴仙とかいう名前のウサギがいたが、彼女は確か永琳の弟子だったはずだ。

(もし私を陵辱するとなれば、逆に彼女が私たちに捕虜にされたときに同じように慰み者にされる……)

 当主のレミリアは女性であるが、館には肉に飢えたホフゴブリンがうじゃうじゃいるのである。彼らに鈴仙を引き渡せば、ゴブリンたちはよってたかって彼女を嬲り物にするだろう。
 弟子を危険に晒してまで自分に乱暴するメリットが永琳にあると咲夜は思えなかった。
 そもそも今回の争いだって別にそんな大した原因があるわけではない。いつもの異変のように、呑気な幻想郷の日常の中に一つの刺激を求めたかっただけだ。それは永琳だってよく分かっているはずだ。その証拠に、目の前のウサギたちも紅魔と抗争してること自体知らない様子である。
 しかし、戦っている相手に暗黙の了解を期待するのは、完全なる甘えだ。

(私たちの認識が温かったってことなのかしら……)

 月の頭脳と称される八意永琳。本来からして名状しがたい人物である。咲夜はその姿を思い出して、軽く鳥肌をたてた。いよいよもって永琳が来る前にここを脱出しなければならない。そのためにもやはりこの2羽のオスウサギとの会話を続けるべきだろう。咲夜はそう考える。
 
「ちょっとした誤解と行き違いで、永遠亭の皆さんといざこざがあったんですの」
「ふ〜ん、まぁ、俺ら下っ端ウサギには関係ない話なんだろうな」
「あら下っ端ウサギなんて……そんなことないですわ。お二人とも見たところ立派で逞しいお身体をしてらっしゃいます。私がお二人と争うことがなくて、本当によかったと思ってしまいますわ」

 強引かつ、わざとらしいお世辞であるが、咲夜はこれがかなり効果的であることを知っている。誰だって褒められるのは嬉しいし、ましてや自分ほどの女に褒められて喜ばない男はいないと彼女は熟知している。相手はウサギなので、人間の男と同じようにいくかは分からなかったが、どうやら結果は覿面であった。
 オスウサギたちは顔を赤くして、咲夜の言葉に照れていた。

「そ、そうかい? へへ、美人のメイドさんにそう言われると悪い気はしねえなぁ」
「おいおい待てよ。お前より俺の方が体格がいいだろ? 見て下さいよメイドさん、この俺の力コブを!」
「何いってやがるんだ。俺の方が腕が太いだろう」

 オスウサギが上着を脱いでシャツだけになった上半身の筋肉を自慢しあう。想像以上の食いつきに咲夜は手応えを覚える。

「私の住んでいる館にはお二人のような男性はいませんからねぇ。惚れ惚れしてしまいますわ」
「かぁ〜、そんなことを言ってくれるのはメイドさんだけだぜ。うちのメスウサギなんてよぉ、俺らのことを”でくの坊”だの、”図体がでかくてジャマ”だの酷い言いようなんでさぁ」
「そうそう。モテるオスはシュッとしてて、もっと可愛げのあるので、俺らみたいなのは邪見にされてばっかりなんですぜ」

 再三言っている通り、咲夜は彼らの好みにピッタリなのだ。そんなメイドが自分たちと会話をしてくれるというだけで、彼らは結構楽しかった。
 一方の咲夜は会話の中から少しでも有益な情報を引き出そうと隙を伺っていた。しかし彼女はその会話の中で一つのことに気づく。

「いや、それにしてもメイドさんは奇麗ですなぁ。それにおっぱいも大きいし……」
「ば、ばかやろう。失礼なこと言ってんじゃねえ! ……すみませんね、メイドさん。こいつ今、発情期なもんでして」
「え、ええ、構いませんことよ」

 どうもウサギたちの態度や視線がどこかイヤラシいのである。言葉の端々から見られる、自分の身体への興味。咲夜はこのオスの態度を知っている。目の前の女を抱きたい。敏感なところを触ってみたいという、人間の男のそれと全く同じなのだ。
 だが、もしオスウサギたちが自分の身体に興奮するのであれば、なぜ彼らは触ってこないのか? 何と言っても今の咲夜は四肢を拘束され、身動き一つとれない状態である。彼らがその気になれば、咲夜の胸を好き放題に弄ることができるはずなのだ。しかし、オスウサギたちは何もしてこない。永琳に自分への陵辱は許可されていると彼らは言った。仮に、輝夜か他の誰かに咲夜の身体へ手出し無用を永琳の命令の上から申し渡されていたのなら、先ほどのように「俺らは何もしねーよ」という言い方はしないだろう。

(ほんと、分からない……)

 オス妖怪の性事情なんて咲夜は詳しくない。果たしてオスとはいえウサギである彼らは人間の自分に欲情するのか? それは咲夜にとって非常に重要なポイントであった。
 そこで咲夜は一歩踏み込んだ話題を出してみることにする。

「まぁ、お二人とも本当に面白い方なのね。それにとても紳士ですわ」
「へ? 俺たちが紳士ですかい?」

 ジェントルマンなんて、彼らオスウサギが生まれて初めて言われる言葉である。

「ええ、とても紳士ですわ。だって、捕まってしまった私にもとても優しくしてくださいますもの。私、酷いことをされてしまうのかもしれないって、ちょっと怖かったんですのよ? でもお二人のような……その……」

 咲夜は自分の言葉が失言であることに気づいた。ちょっと前まで楽しげに笑っていたオスウサギたちの表情がみるみるうちにブルーになっていったのである。
 だが覆水盆に返らず。一度出した言葉は戻らない。

「メイドさん……俺達は紳士なんかじゃないんですよ……」

 オスウサギの一羽が暗い声色で咲夜に言う。

「正直いうとね、俺は鎖に繋がれて動けないアンタのことを抱きたくて抱きたくて仕方ねえんだ。永琳センセイにアンタを好きにしていいって言われたときは、嬉しさで興奮が止まらなかったくらいだ。アンタをむりやりに嬲ってやりたいと今でも思ってる。だが、しないんです。なんでか分かりますか?」
「い、いえ、分かりませんわ」

 咲夜が恐る恐る答えた。

「……アンタの主人のレミリア・スカーレットが怖いからです。アンタに手を出したら俺達は間違いなくレミリアに殺される。だからアンタに手を出さないんです。紳士なんかじゃないです、ただビビってるだけなんでさぁ……」
 
 その答えは、言われてみれば咲夜にもすぐに納得できるものであった。むしろなぜ思いつかなかったのか不思議なほどだ。

「それに……吸血鬼にビビってるだけならまだ可愛げがあるってもんだ。だが俺達はな……計算しちまったんだよ。俺らの後ろ盾のことをなぁ……」

 仲間の言葉に、黙っていたもう一方のオスウサギもそれでハッとさせられた。確かに仲間の言う通りである。彼らはてゐが自分たちを護ってくれないから咲夜に手をだすのを止めたのだ。では、もし彼らがてゐに助けられると確信していたらどうだろう。
 自分らが咲夜を強姦し、その上でてゐがレミリアから護ってくれるというのなら、自分たちは咲夜を犯していたのだろうか? 
 そして、もしレミリアが来たときには、慌てててゐの背中に隠れる。それができるかどうかを彼らは計算し、不可能と判断して、結果、咲夜を抱くことを諦めた。
 自分達がレミリアに対抗できるかではない。彼らはてゐがレミリアに対抗できるかを計算してしまっているのである。

(な、情けねえ……)
 
 オスウサギはたまらなく惨めな気分になった。
 これでは悪いことをして母親に泣きつく躾の悪い子どもと何ら変わらないではないか。

「分かるか、メイドさん。俺達はなぁ……紳士なんかじゃねえんだ。ただの臆病者の卑怯者なんだ……」

 彼らは妖怪だ。人間の女を強姦することは必ずしも批難されうるものではない。
 だが妖怪には妖怪なりの筋というものがある。自らの欲望を発散させるために女を犯すというのなら、その行動に責任をもたなければいけない。その行動の結果降り掛かる災厄を自分たちで対処できず、上に尻拭いをさせるような真似は、仲間たちから軽蔑されること必至である。いかに因幡てゐが部下想いとはいえ、そんなみっともない真似を許すとは思えない。激しい叱責か、最悪の場合は永遠亭からの追放。いや、それ以前に、自分たちの行為の浅ましさのあまり、羞恥で死んでしまいそうだ。
 咲夜は、自分たちの心の弱さに打ち拉がれていたオスウサギたちに何と声をかけていいのか分からなかった。彼女の疑問は氷解する。彼らはやはり自分の身体に欲情するのである。しかしレミリアが怖くて手が出せないでいる。その理屈は理解できる。だが、現実的に今ここにいない主人の脅威をどこまで信用してよいものかは微妙なところだ。男(オス)の性欲は、そこまで弱くないことを彼女は知っている。

(私はここから、どう動くのが最善?)

 オスウサギとの会話を続けるべきか、それとも黙って硬直状態を保つべきか。
 果たして今の状況は、自分にとって多少は有利なのか、それとも不利なのか。咲夜ですら段々分からなくなってきてしまった。
 咲夜とオスウサギたちがそれぞれ色々なことに頭を巡らせていたとき、不意に小屋の扉がガチャンと開く。

「あら、まだ始めていなかったのですか?」

 中に入ってきたのは八意永琳であった。彼女は時間を見計らい、もうそろそろいい頃だろうと小屋に戻ってきたのである。
 しかしご覧の通り、オスウサギたちが咲夜を犯すどころか指一本触れていないのである。
 永琳は「ふむ」と一つ頷いて、倉庫内を見渡し、状況の把握に務めた。
 そんな永琳を咲夜は警戒しながら睨みつけていた。

(来ちゃったわね……)

 永琳が戻ってくる前に脱出できれば御の字だったのだけれど、それは叶わなかった。果たして永琳は今からどんな行動をとるのか。それによって自分の貞操、あるいは生命が左右されるのである。咲夜が固唾を飲んで永琳の様子を伺うのも必然であった。

「どうしたのですか? 私はこの子を好きにしていいといったのですが。意味が通じなかったのでしょうか? ならばもっと端的に言いますわ。あなたたち、この子を犯しなさい」

 永琳がゾッとしない笑顔のままオスウサギたちに言う。しかしオスウサギたちが地面を見つめるばかりで動こうともしない。

「永琳先生、おれたちは……」
「レミリア・スカーレットが怖いのですか?」

 オスウサギの言葉に食い気味に永琳が尋ねた。永琳の問いに、その場にいる2羽ウサギと1人のメイドが同じような顔で驚く。

「小屋の外からちょっと話を聞いていましてね。この子に乱暴したらレミリアに脅されるかもしれない、だから手が出せない」
「あ、ああ、そうです。だ、だから俺たちは……」
「大丈夫ですよ」

 またもや永琳がオスウサギの言葉に被せて言う。

「レミリアが来ても私が貴方たちを責任をもって護ってあげますわ。ええ、約束いたしましょう」

 永琳が何ら気負う風でもなく、ごく自然に言い放った。

「そ、そんな……いくらセンセイだって、相手はあのスカーレット・デビルですぜ」

 オスウサギも永琳がただの薬師でないことは知っている。しかし相手は純正の吸血鬼なのだ。吸血鬼といえば戦いにおいて右にでる者はいない戦闘のハイエンドである。月人といえど、そうやすやすと相手できる者ではないはずだ。確かに、蓬莱人たる永琳1人ならどんな悪魔妖怪だろうと何とかなるかもしれない。しかし自分らを護るとなると果たして信じていいのかどうか。

「私はてゐとは違いますよ?」

 だが永琳は、慌てふためくオスウサギを前にけろりとしている。

「とにかく、早く済ませてくださいね……言っておきますが、何もしないというのはなしですよ?」

 永琳はつかつかと咲夜の側にいき、彼女の上にかけてあった二枚の上着を取り払った。それから永琳は右掌を咲夜の胸にそっと手を当てる。まるで氷のごとく冷たい永琳の掌に咲夜は心臓を掴まれたような感覚を覚えた。咲夜が戦々恐々としている中、永琳はその手を胸から咲夜の股までするっと撫でる。すると、メスでも使ったかのように咲夜のメイド服とスカートが奇麗に裂けていった。

「っっつ!」

 肌に傷はなく、服だけがパッサリと斬れて、その隙間からフリルのたくさん付いた咲夜の下着があらわになった。

「どうです、これで少しはやりやすくなったでしょう?」

 唖然とする2羽を尻目に、永琳は鍵を一つ取り出して、近くの机の上に置いた。

「ここに手錠の鍵を置いておきますが、まだ使ってはいけませんよ? この娘を逃がしたら承知しませんからね」

 永琳の命令に、オスウサギたちは呆けたように口をあんぐりと開けたまま頷いた。それから永琳は「では」と一つ首を下げて、小屋を出て行ってしまった。
 そして訪れる再びの沈黙。

「どうするんだ?」

 オスウサギが強ばった声で相方に聞いた。

「決まってるだろ……」

 そういうと2羽のオスウサギは揃って咲夜の方を見た。
 今の彼女は上着を取り除かれ、ブラジャーもショーツも丸出しで無防備そのものだ。
 彼らは永琳の命令通り、自分に乱暴をしてくるのか? 咲夜はオスウサギたちと目を合わせながら額に冷や汗が垂れるのを感じた。
 だが、彼女の心配は杞憂に終わる。

「永琳センセイが護ってくれるから、これで安心してメイドさんを抱けます、なんてみっともない真似ができるか!」
「同感だな。それに俺達はてゐの部下であって永琳センセイの部下じゃねえ。あの人に命令される謂われはない。そりゃ普通の指事ならきくさ、そういう取り決めだからな。だが今回のは俺達の命に関わる問題だ。ホイホイと聞く訳にはいかん」

 2羽が拳を握り、毅然として断言する。彼らとて下着姿の咲夜に劣情が湧かない訳ではない。むしろ相当に昂っていた。しかしそれ以上に、彼らは永琳の発言に「ムッ」としていたのだ。

『私はてゐとは違いますよ』

 地上のウサギにとって、因幡てゐの名前は特別である。
 ウサギたちにとって、因幡てゐは妹であり、姉であり、母であり、祖母であり、そして何より——神のような存在である。
 彼らのようなウサギ妖怪が、この魑魅魍魎が跋扈する幻想郷で命をまっとうできるのは因幡てゐの庇護があってこそなのだ。ゆえにオスウサギたちがてゐを軽んじるような発言に反感を覚えるのも必然であった。
 確かに単純な力比べならば永琳とてゐではその力に大きな差がある。しかしだからといって、はっきりと口に出されては無視できない。

「決めたぜ。俺はもう絶対にこのメイドを犯さない」
「俺もだ。地上のウサギの誇りを舐めるなよぉ!」

 意気軒昂に叫ぶウサギたち。ウサギは床に落ちた上着をとって、露出の多くなった咲夜の身体をもう一度隠してやった。
 どうなることかと身体を強ばらせていた咲夜は、一つ息を吐いて安堵する。運がいいことに永琳はわざわざ手錠の鍵を部屋に置いていった。あとはこのオスウサギたちを誑かして、手錠を外してもらえばいいだけだ。彼らの様子を見る限り、それは上手くいきそうである。
 だが、現実は咲夜が考えているように甘くは進まない。

「けど……永琳センセイにはなんていうんだ?」
「うっ、そ、それは……ど、どうしようかな?」

 どれだけ意気を強めてはいても、やはりオスウサギにとっては永琳は怖い存在である。永琳のあのおどろおどろしい笑顔を思い出すと、ブルと怖気が走ってしまう。
 何があったか知らないけれど、永琳はずいぶんと怒っているようであった。
 そんな永琳を前にして、「NO」と言えるほどオスウサギたちに度胸はなかった。所詮は臆病なウサギ達である。彼女の恐ろしい笑顔を思い出すと、どうしても億劫になってしまう。
 ならば、てゐを間に挟めばいいだけなのだが、今更彼女に頼るというのも何だか格好が悪い。
 
「誤摩化すしかないだろうな……」
「誤摩化す?」
「ああ。メイドさんを犯したフリをするってことだ。そうすれば俺らもお咎めなし。メイドさんにも手を出さずに済むってわけだ」
「そりゃまぁ、それができればいいんだろうが……どうやってセンセイの目を欺くんだ?」
「そうだな……例えば、メイドさんの服を引ん剥いて、そんで俺らも裸になればいい。密室でオスメスが裸になってれば永琳センセイも流石にやっちまったと思うだろ。あとは適当にメイドさんに口裏を合わせてもらえばいい」
「そりゃダメだ」
「なんでだ? いい考えだと思うが」
「メイドさんの裸を見たら、多分おれは我慢できない」
「……そうか。よく考えたら俺もそうだな」

 偉そうなことを言っているが、彼らは興奮を理性で抑えているだけだ。咲夜の裸体など見てしまえば、彼らはケモノの本能を呼び覚まし、たちまち彼女に襲いかかってしまうことだろう。
 
「そうだ、いいこと考えた!」
「お、なんだ?」
「最高の名案を思いついたぞ。ちょっと待っててくれ」

 そう言ってオスウサギの1羽が、外に飛び出していった。5分くらいして戻ってきた彼の手には透明な小瓶と、干物が握られていた。
 
「なんだよこれ……」
「乳液とスルメだ」
「何に使うんだ?」
「いや、このドロドロの乳液をメイドさんにぶっ掛けて精液っぽくして、そんでスルメでにおいも演出しようかと……」

 オスウサギが乳液とスルメを思い切り地面に叩き付けた。ビンが床に当たってゴチンという音が小屋に響く。

「お前はバカか!? 永琳センセイは医者だぞ!? こんなもんで騙されるわけがねえだろ!? お前が名案っていうから期待して待ってたのに、それがこのスルメかよ!!?」
「じゃあどうしろっていうんだよ!?」

 ギャーギャー口喧嘩するオスウサギたちを、咲夜は側から呆れて見ていた。

(やっぱり、このウサギたちに頼るのはよした方がいいわね……)

 この分ではいつこのウサギたちの気が変わって自分に襲いかかってくるか分からない。それでなくても彼らは永琳に面と向かっては逆らえないようである。永琳が次に来たとき「私の目の前でこの娘を犯しなさい」と命令したら、彼らはおそらくそれに従うことになるだろう。

「ねぇ、ウサギさん」

 咲夜は口論するオスウサギたちに声をかけた。

「……はぁ、はぁ……な、なんですかい、メイドさん?」

 口喧嘩に疲れて息を荒げているオスウサギである。

「あの……その……と、とても恥ずかしいのだけれど、私、おトイレに行きたくなってしまったの」
「へぇ、トイレですか?」
「だ、だから、ほんの少しの時間でいいんです。おトイレに連れて行って頂けないかしら?」

 彼らのようなウブっぽいオスにはこの手がよくきく。彼らとて安易に自分を逃さないだろうが、一瞬でも手錠を外してもらえばあとはどうとでもなる。

「おう、なら俺が溲瓶をもってきてやりますよ。ちょっと待っててください」
「えっ、し、溲瓶ですって?」

 溲瓶といえば入院中で動けない患者がベッドにいるままで用を足すためのガラス瓶である。そんなものを持ち出してくるとは咲夜も想定外だ。

「あ、あのウサギさん、私、溲瓶っていうのは恥ずかしいんですけれど。貴方たちも男性ですし、やはりトイレに……」
「ふっ、メイドさん俺たちを舐めちゃいませんか?」

 オスウサギが鼻で笑ってから、ドンと胸を叩いた。

「メイドさん、確かに、あんたはすごい魅力的なメスだ。どんなオスだろうが、発情しちまうだろうぜ。だがな、俺達はこう見えても永琳センセイから薫陶を受けたプロの看護師なんだぜ! 一度、溲瓶を手にとったからには、そこからはもう仕事モードだ。以降一切の邪な感情は消え去る! それがプロフェッショナルの仕事でさぁ!」
「そうだぜ、メイドさん! 来る日も来る日も患者の世話して鍛えられた俺達を信用をしてもらっていい。安心して溲瓶に小便してくれ!」

 自信満々に言い放つオスウサギたち。彼らの態度にはまるで劣情を誤摩化すようなものはなかった。彼らはウソではなく、確かに看護師としての矜持をもっていたのである。
 だが、そんなこと言われても咲夜は困ってしまうだけだ。

「あ、ごめんなさい。やっぱりおトイレいいですわ」

 元々脱走のためについた方便である。手錠を外してくれないのなら溲瓶は必要ない。

「そうですか、まぁ、催したらまたいってくだせぇ」

 オスウサギは寂しそうな顔で咲夜にそういう。咲夜の破廉恥な姿が見れなくて残念ということではなく、咲夜に自分たちの華麗なる看護術を魅せられなくて残念といった様子だ。
 
「それにしてもよ、やっぱこれを使うしかないと思うぜ?」
「お前はまだそんなバカなこと言ってんのかよ……」

 スルメと乳液をもってきたオスは、まだ自分のアイデアを捨てていなかったようである。

「さっきも言っただろ、医者である永琳センセイは精液のにおいなんて嗅ぎ飽きてるだろうよ。スルメなんかで騙されるもんかよ」
「いやいや、まて。医者だからっていって物のにおいを嗅ぎ分けられるとは限らんだろ。そもそも永琳センセイがなんで精液のにおいをいつも嗅いでるみたいになってんだよ」
「それは……」

 オスウサギには、何となく永琳がいつも人体を解剖してあれこれしているイメージがあった。だが、よく考えてみれば永琳がそんなことをしてる姿を実際には見たことがない。
 永琳が死体を弄り回している姿というのは、彼の頭の中で作り上げられた空想のものだった。
 
「だがよ、検査のときとかに見ることがあるかもしれんだろ」
「お前、普段仕事してるときに患者の精液を摂取することなんかないだろ」
「うっ……た、確かに……」

 オスウサギたちは患者の尿に関してはよく回収するのだが、精液は使ったことがない。

「月の人はほとんど死ぬことがないそうだ。ましてや永琳センセイは蓬莱人だぜ。俺らと違ってエロいことすることも滅多にないだろう。なら、センセイがスルメのにおいを間違えるってことも十分ありうる!」
「……マジで、乳液とスルメでいけるのか?」
「それしかないだろ。ほら、決まりだ。さっさと準備するぞ」
「スルメはどう使うんだ?」
「すり鉢も一緒にもってきた。すりつぶして乳液に混ぜるんだよ」
「お、おう、分かったぜ!」

 オスウサギたちは早速、疑似精液の生成にかかった。2人で肩を並べて必死にスルメを粉にしているその姿は、咲夜の目には実に滑稽に映った。

(この子たちは、一体何を考えているのかしら。どこの誰がスルメと精液のにおいを間違えるというの?)

 咲夜は男性経験はないが、レミリアやフランドールの食事を調理するときに散々に精液のにおいは嗅いでいる。そんな彼女からしたらスルメや乳液を男性のそれと勘違いするなんてあり得ないし、また永琳がいかに経験がないとしてもスルメ粉入り乳液を精液と思い違えるとは考えられなかった。
 彼らはもうすぐ、そのスルメ入り乳液を自分にぶっかけ始めるだろう。顔からスルメ臭を放ちつつ、永琳が来たときに、さも犯されましたみたいな演技をしなければいけないと考えると、咲夜は別の意味で恥ずかしくなりそうだった。

「あ、あのウサギさんたち」
「なんだい、メイドさん! 便所か!?」
「い、いえ、違うんですが、その……」
「なら黙っててくれい。今忙しいんだ!!」

 スルメを粉にするのに熱中しているウサギたちが咲夜の声に聞く耳をもってくれなかった。
 咲夜が困惑している間、オスウサギたちはついにスルメを粉にし終わって、乳液の瓶の中に注ぎ込んだ。一応はイカ臭い白濁色の粘液が完成する。

「よし、作戦を言うぞ。メイドさんもよく聞いててくれ!」

 オスウサギたちは真剣な顔で咲夜に大きな声で言う。

「まず、永琳センセイが来そうになったら、俺らが行為をしているような音を立てる。その間、メイドさんも適当に喘いでてくれ!」
「喘ぐって、どうやるんですの?」
「何でもいい。『らめええええ』とか『あへええええ』とか、そういうのでいいから。恥ずかしいだろうが、我慢してくれ!」
「は、はぁ……」

 あまりの剣幕に、咲夜も何となく首肯していしまう。

「そんで、永琳センセイが入ってくる直前にメイドさんに乳液をぶっかけとけば、まるで今しがた出したみたいに見えるだろ? 丁度フィニッシュしたように見せかける訳だ。完璧な計画が決まったな」

 このウサギたちはバカなのかしら?
 咲夜はそう思わずにいられなかった。

「よし、一度練習してみるか」
「練習するのか?」
「そうだ、ぶっつけ本番じゃ上手くいくか分からんだろ? だからその前に何度かリハーサルしてみるんだよ。まず俺は膝を叩く」

 ウサギが自分の腿をはたいて、パンパンと音がする。

「お前はメイドさんが乗ってる机を揺らしてくれ」
「こ、こうか?」

 ウサギの片割れが木製の机を揺らすと、軋んでギシギシという音がする。

「俺はメイドさんの股に挿入、お前は口に挿入してるって設定だ。あとはそれぞれ口上を述べる。こんな感じだな。よしいくぞ」
「お、おう」

 煮え切らないままにウサギたちが腿を叩き、机を揺らし始めた。

「どうだこのエロメイドめ。ここがええんか? お? ここがええんか?」
「このメイドのおしゃぶりはサイコーだぜ。ははは」

 咲夜に指一本振れないままハイテンションで叫ぶオスウサギたち。方や正座して腿をパンパン叩き続け、方や直立のまま机をギシギシと揺らす。
 咲夜は、そんな彼らを恐ろしいほど白けた顔で眺めていた。まるで、路傍でひからびているミミズでも見るような冷たい瞳であった。

「メイドさん、頼みますって! ほんと!」
「俺達の命がかかってるんですよ、お願いします。後生です! 何か言ってくださいよ!!」

 血眼になりながら、咲夜に手をすり合わせてお願いするオスウサギたち。
 咲夜は「はぁ」とため息をついて、彼らの頼みを聞いてやる。

「あーダメですわー。そこはだめー」

 これを棒というのは棒に失礼なほどに抑揚のない咲夜の棒演技。やる気がないのがバレバレである。咲夜からすれば、自分がどんな名演技をしたところでスルメ乳液を見られた瞬間、すべてがご破算になるのだから、やる気がでるわけがない。
 だがオスウサギたちはそれでも咲夜が協力してくれてありがたかった。彼らの演技にも更なる熱がこもる。

「…………」
「…………」
「…………」

 リハーサルが終わったあとの2羽と1人の深い沈黙。彼らの気持ちは一つであった。
 茶番。
 その一言である。
 オスウサギも咲夜も「自分は一体なにをやっているんだろう?」という激しい虚無感に襲われた。

「なぁ、やっぱり、てゐに言ってもらったほうがいいんじゃねえか?」
「今更そんなことできるかよ……てかメイドさん。あんたは一応口に突っ込まれてるって設定なんだから、そんなハキハキしゃべっちゃダメでしょ」
「あら、失礼しました」
「そうだな、なら、メイドさんは永琳センセイが帰ってきたときに適当に息を荒げてくれてるだけでいいでさぁ」
「はぁ、そうですか。なら、そう致しましょう」 

 段々と咲夜のオスウサギに対する対応もぞんざいになっていく。一応オスウサギと咲夜の利害は一致しているはずなのに、どうも噛み合ない。真面目に考えている咲夜がアホらしくなってくるくらいオスウサギは大真面目にアホらしいことをしているのである。

「よし、もう一度リハするぞ」
「またやるのかよ、もう俺はイヤだぞ」
「バカやろう、もっとリアリティーを高めないと本番でバレちまうだろうが!」

 それから二羽は何度も何度もリハーサルを重ねた。より本物らしくなるように、彼らなりに色々と試行錯誤を重ね、その演技はようやく少しはマシなものになっていった。
 その間、咲夜はあくびをしながら懸命に自分を犯す真似をしているウサギたちを見ていた。オスウサギが机を揺らすのがまるでハンモックで揺られているようで本気で眠ってしまいそうになってしまう。なんだかこの分なら、永琳が戻ってきても結局、間の抜けた感じにどうにかなるんじゃないかな、と咲夜はのんびりと考えていた。

「へへへ、高慢ちきな顔がだらしなく緩んでるぞ! この顔をお嬢様がみたらどんな風に思うだろうな!?」
「エロメイドのトロトロ肉孔ほじりまくってやるぜ。ぎゃはは」

 オスウサギたちも段々とリハーサルにのってきた。むろん、彼らは咲夜には触れていない。しかし目の前に拘束された咲夜がいることは事実なのだ。先ほど目に焼き付けた彼女の柔肌と下着を思い出しながら、常日頃から妄想していた淫猥なプレイを想起し、言葉とともに吐き出していると、本当に咲夜を犯しているかのような気分になる。
 彼らは徐々に目的を忘れ、ロールプレイングによる性交をしているかのように気合いの入った動きをし始めていた。
 とはいっても相手の咲夜がまるでやる気がないのだから、彼らのやっていることは所詮、自慰にすぎないのだが。

「むっ!? 足音がするぞ」

 そんなことをしている間に、小屋の外からざっざっざっと土を踏む音が聞こえてくる。

「永琳センセイが帰ってきたんだ」
「いよいよか。リハーサルの成果みせてやるぜ。メイドさんも頼んますよ?」
「…………え、来たんですの? はいはい、わかってますわ。適当に演技しますから」

 いつの間にやらスヤスヤ眠っていた咲夜はオスウサギの呼びかけに応じて、目を覚ました。一応は彼女もオスウサギに協力するつもりではあるのだが、スルメ汁を顔にかけられて真面目に演技ができるかは怪しいところだった。

「っしゃあ!」

 オスウサギたちは予定通りに咲夜を陵辱しているフリをするために、膝を叩き、机を揺らし始める。

「エロメイドめ、これでもか! これでもかぁあ!?」
「おら、もっと奥までしゃぶりやがれ! 気合いがたんねーぞ!」

 オスウサギたちは練習通りに、エロティックな口上を述べる。咲夜はまだ眠気が残っているようで、ぽけーっとしていた。
 足音が小屋の前で止まり、トントンとノックをする。

「よし、いまだ!」

 オスウサギが瓶をあけて、咲夜の顔にスルメエキスたっぷりの乳液をぶちまけた。咲夜の顔がスルメ汁でねばぁ〜っと汚れる。

(もう……気持ち悪いわねぇ)

 スルメのスメルの不快感はなかなかのものだ。オスウサギは咲夜の顔だけでなく身体全体にまんべんなくスルメ液を垂らし、彼女の身体をスルメのにおいに漬け込んだ。

「こ、これで大丈夫だ。絶対ばれやしねえ」

 オスウサギたちはスルメ臭にまみれた咲夜を見て、なぜか鼻息を荒げて興奮していた。

(殿方ってのはスルメの匂いをさせた女で昂るものなのかしら? 私なら絶対イヤだけれど)

 咲夜はスルメ臭くなった自分の身体にうんざりとしていた。早く屋敷に帰ってシャワーを浴びたい気分だった。
 ノックの音がトントン、トントンと続き、ついにガラっと扉が開いて訪問者が中に入ってくる。

「エロメイドめ、感じ過ぎて乳首が立ってるぞ、この変態メイド! あ、永琳センセイ、いま、このエロメイドを痛めつけてやってるところなんですわ」

 下種顔を浮かべたオスウサギが後ろを振り向いた。あんたの言いつけ通り、自分たちは咲夜を犯したんだとアピールするために。これで文句はないだろうと言わんばかりにしたり顔で彼らは振り向いたのだ。しかし、

「え? あ、そ、その……あぁ……」

 オスウサギは来訪者の顔を確認して、たちまちに声を失った。
 そこにいたのは彼らが想定した、八意永琳ではなかったのだ。だが、もし永琳でなかったとしても例えば輝夜やてゐ、そうでなくても他のメスウサギであったならば、まだ彼らにも救いがあったのかもしれない。少なくとも弁解の余地は与えられていただろう。そして咲夜の様子をちゃんと見てもらえばすぐに誤解も解けていたはずだ。
 しかし、残念ながらそこにいたのは輝夜でもてゐでも、他の地上ウサギでもなかった。倉庫の中に入ってきたのは、永遠亭の中でもっとも潔癖で、なおかつ彼らのことを嫌っている永遠亭のウサギのリーダー。鈴仙・優曇華院・イナバであった。
 鈴仙は瞳を大きく開いて、オスウサギ2羽と、机の上で身動きが取れなくなっている咲夜を見ていた。その表情は顔面蒼白そのものである。

「あ、あんたたち……何やってんの?」

 鈴仙は自分の目が信じられないといった様子で彼らに近づいていった。これは何かの間違い。そう、いま自分が想像していることなんてありえない。彼女はそう信じたかったに違いない。だが、

「うっ!」

 机に近づいたところで鈴仙の鼻に異臭が届いた。この鼻がもげそうなにおいは何か? 鈴仙がその答えを頭に思い浮かべたとき、彼女の顔は真っ青から逆に、かぁ〜っと真っ赤になっていた。
 そして、小屋の壁に立てかけてあった棒切れを手にとって、それを大きく振りかぶり……オスウサギたちの脳天に向かって思い切り振り下ろした。

「ぎゃあ!」

 運の悪いオスウサギが頭に直撃をもらってしまう。鈴仙の棒撃は一度で終わらず、何度も何度もオスウサギたちを叩いた。

「こ、このケダモノ! ケダモノぉ!」
「い、痛いって、鈴仙サマ。やめてください! そ、そりゃ俺達ケダモノですけど、マジ違うんですって」

 オスウサギたちは状況を説明する暇も与えられず、頭を腕でガードして鈴仙の棒攻撃を防いでいた。

「あ、あんたたち、ぜ、ぜったいに許さないわよ! こ、これだから地上のオスウサギなんて汚らわしいのよ! しねぇ、あんたたちここでしんじゃいなさい!」

 鈴仙は本気の殺意をもってオスウサギたちに殴り掛かっていた。元々、地上のオスウサギのことが彼女は大嫌いなのだ。こいつらが、いつも自分の肢体を下品な目で眺めていることは鈴仙も知っていた。乱暴で臭くて品のない地上のオスウサギなんて視界にいれることすらイヤだったのだが、永琳やてゐに言われてちょっとづつ慣れていこうかと思い始めた矢先だった。

「女の子を連れ込んで乱暴して! 姫さまや、お師匠さまや、てゐの顔に泥を塗って! あんたたちなんかに生きる権利はないわよ。ここで私が殺してやる!」
「だ、だからそれは誤解なんですってば! そ、そうだ、メイドさん。あんたからも言ってあげて下さいよ」

 オスウサギは必死の思いで咲夜に助けを求めるが、

「うう、ひどいですわ……わ、私、初めてだったのに……」

 咲夜は哀れを誘う泣き真似をしてオスウサギを見事に裏切った。堂に入った完璧な演技である。どこからどうみてもこのオスウサギたちに暴行された可哀想な少女であった。

「ちょ、メイドさんなんで!?」
「ほら、みなさい。やっぱりあんたたちは死ぬべきなのよ!」

 この小屋から逃げたい咲夜からすれば、この流れは望むところなのだ。誤解が解けたところで咲夜には何の得もないのだから。咲夜からも見捨てられた可哀想なオスウサギたちは鈴仙の棒によって、頭をタンコブだらけにしていた。

「あ、あなた大丈夫? どこかケガしてない?」

 鈴仙はオスウサギを殴り疲れたところで、鎖の鍵を外して咲夜を介抱しようとした。彼女はこのスルメ乳液を男の精液だと勘違いしているのに、自分が汚れることも厭わず咲夜を抱きしめるとは中々の看護精神である。

(このウサギさん、私を気遣ってくれるのはありがたいけれど、もうサヨナラね)

 鎖を外してもらえば、あとはこっちのものであった。咲夜は時を止めて、3羽のウサギに手を振って、小屋から出ようとするのだが、

「あれ?」

 なぜか能力が使えない。

(ど、どういうことかしら? 眠っている間に何かされたの?)

 混乱する咲夜。その真相は鈴仙と目を合わせてしまったことにあった。彼女は無意識のうちに鈴仙の瞳の影響を受け、能力が使えなくなったいのだ。
 繊細な精神活動である時の操作は、鈴仙の瞳の前では上手く発動できないのだ。

「ケガはないみたいね。ごめんなさい、うちのウサギたちが迷惑をかけて……なんてお詫びしていいか……」
「あっ、え、ええ。そうね、うん」

 鈴仙は心底申し訳なさそうに咲夜に向かって謝罪する。しかし咲夜からば頭を下げられる筋合いは何一つとしてない。実際は彼女は何もされていないのだから。いや、スルメ汁のぶっかけはくらってしまったのだが。

「と、とりあえずお風呂行きましょう。身体をきれいにしてあげるわ」
「え?」

 言うや否や、鈴仙は咲夜の身体を抱きかかえて、地面に倒れ込むオスウサギたちの背中を踏みつけながら小屋から飛び出してしまった。
 鈴仙が向かった先は、永遠亭の大浴場であった。ここで咲夜の身体の汚れを流そうということである。
 鈴仙が風呂の戸を開けると、着替え場には先客がいた。

「あ、お師匠!」

 中にいたのは、オスウサギたちのことなぞすっかり忘れたかのように入浴寸前で裸になっていた永琳であった。
 永琳は鈴仙の顔を見てから、彼女が抱えている咲夜の顔を確認する。永琳と目を合わせた咲夜は一瞬、まずいという顔をした。せっかく逃げ出せるチャンスだったのに、永琳に見つかってはまた監禁されてしまうかもしれない。
 しかし当の永琳は咲夜がここにいることに対して何も感じていないようであった。

「あら、貴女逃げちゃったのね……というか、なんであなたはそんなスルメのにおいをさせているの? 正直かなりくさいですよ?」
「……いろいろあったのよ」

 咲夜としてはそう言うしかないだろう。

「お師匠さま、今からこの子をお風呂に入れてあげたいんですけど、構いませんよね!?」

 鈴仙はOKの確認を取る前に咲夜の服を勢いよく脱がせていった。ここで彼女が永琳の言葉をわずかでも聞いていたらオスウサギの誤解も解けたのだが、そう上手くはいかなかったようだ。

「別に構いませんが、中には姫さまがいらっしゃるから、あまり騒がないようにお願いしますね」
「はい! わかりました!」

 あっという間に咲夜をすっぽんぽんにした鈴仙は、自分もスカートと上着を脱いで下着姿になって咲夜を浴場に連れ込んだ。
 中では温かいお湯に顔を蕩けさせながら鼻歌を歌っていた蓬莱山輝夜が、突然の来客に驚いた顔を作った。静かだった浴場が騒然となる。

「何よ優曇華。それに紅魔のメイドさん。なんであなたたち……ああーっ!」

 輝夜が咲夜にむかって突然叫んだ。

「こ、このにおい! あなた、私のスルメ食べたわね!? せっかく後で食べようと思ってたのにー!」

 どうやらオスウサギがもってきたのは輝夜の愉しみにしていたスルメだったようだ。鈴仙は輝夜がブツブツいっているのを無視して、咲夜の身体を一生懸命に石けんで洗っていた。

(しかし、このお姫さまですらスルメのにおいって気づいたのに、なんでこのウサギさんはまだ勘違いしたままなのよ)

 咲夜は鈴仙になされるがままに、身体をゴシゴシ洗われていた。
 それからしばらくして、咲夜は何事もなかったかのように解放された。スルメ臭くなったメイド服の代わりに鈴仙は自身の服を咲夜に差し出した。
 鈴仙は何度も何度も咲夜に謝って、後日、もう一度正式に謝罪に紅魔館に行くとすら言った。永琳も特に何かいうこともなく、咲夜を見送った。
 キツネにつままれたかのような結末に、咲夜は、屋敷に戻ったときにレミリアにどう説明したものかと思案しながら帰路につくのだった。


       ☆          ☆           ☆
 

「ねぇ、貴女は結局何がしたかったの?」

 その日の夜、蓬莱山輝夜は、寝所で八意永琳に髪を漉かされながら尋ねた。

「何……とは?」

 永琳は輝夜の問いかけにも手を止めず、その美しい黒髪を丁寧に整える。

「もう、とぼけないでよ。ほら、今日イナバたちと紅魔のメイドさん使って何かやってたんでしょ?」
「姫さま、知ってたんですか?」
「もちろんよ、私があんな面白そうなこと見逃すわけないじゃない」

 輝夜は倉庫の外からこっそりと中を伺っていたのだが、途中で疲れてお風呂に向かったのである。

「それで永琳は、イナバたちをけしかけて、何がしたかったの?」

 単純にオスウサギや咲夜が狼狽える様子を見て愉しむというわけではあるまい。永琳はそういうタイプの遊びはしない。何かもっと彼女なりの目的があったはずだ。
 しかし実際にどんな目的があったのかは、輝夜がいくら考えても分からなかった。結局、彼女は本人に直接聞いてみることにしたのだ。
 永琳は「そうですね」と微笑を浮かべながら輝夜に一つ頷いて、

「はてさて……ねぇ、姫さま」
「なぁに?」
「今の私がされて、一番イヤなことって何か分かりますか?」
「永琳がされてイヤなこと?」
「はい」

 一見自分の質問とは関係のなさそうな永琳の問いかけであるが、きっと何か意味があるんだろうと輝夜は思い、ウーンと少し考えてから、

「私がいうのもなんだけれど、やっぱり……私?」

 輝夜は月にいたころから永琳にはとても大事にされた。そんな自分に手出しされることは永琳にとって一番イヤなことだろう。彼女はそう考えた。

「そうですね、貴女は私にとってとても大切な人」
「でしょ、でしょ?」
「でもハズレです」
「あれ?」

 諸手をあげて喜んでいた輝夜は肩をすかされてしまう。

「いまの私にとって一番されたくないのはね、ウサギたちに手を出されることなんです」

 永琳の静かな答えに、輝夜は不満げに頬を膨らませた。

「えー、何よ。私よりイナバたちの方が大事だっていうの?」
「拗ねないでください。そうは言っていませんよ。要するにね、輝夜。貴女に関しては多少のことならどうにでもなるんですよ。それこそ月が絡みでもしない限りね。貴女に手を出されたくらいで怒ってたら、私はあの藤原の娘にどれだけ恨みを持たなければいけないのですか」

 輝夜は永琳に言われて妹紅のことを思い出す。確かに永琳は2人がケンカをしていても特に口を挟んでくることはない。

「もちろん貴女のことも大切です。でも、今の私にはうちの暮らすウサギたちも同様に大事なんです。優曇華やてゐだけじゃない。一羽、一羽のウサギがです。そして……彼らは貴女と比べて、いかにも儚い存在」

 そこまで言われて輝夜も、永琳の考えていることが見えてくる。仮に永遠亭に害なす者がいたとして、自分が狙われたとしてもその被害には限度がある。輝夜は蓬莱人である故に、けして死ぬことはないのだから。
 翻って、ウサギたちはどうだろう。イナバたちはほんの少しケガをしただけで死んでしまうか弱い生き物だ。
 永琳が「輝夜よりもウサギに手を出されたくない」とはそういう意味なのだろう。

「最初の質問に答えさせて頂きます。私がなぜあの子たちに、あのメイドに乱暴するようにけしかけたのか。それはレミリア……いえ、誰にでも私たちのウサギに手を出させないためです」
「よく分からないわ。なぜイナバたちにメイドさんにえっちなことさせるのが、イナバに手を出させないことに繋がるの? 今回はたまたまイナバたちは手を出さなかったけれど、もしあの子たちの我慢がきかなかったら、逆にレミリアはカンカンになってあの子たちを殺してたと思うわよ?」
「それはそうでしょうね。でも私には確信がありました。あのオスウサギたちはけして十六夜咲夜に手を出さないと」
「なぜ?」
「てゐがそれを許さないからです」
「オスウサギがメイドさんに乱暴する前にてゐがそれを止めるってこと?」
「いえ、違います。てゐは今回のことは途中から気づいていたようです。でも最後まで傍観していたようですね。あの子はやはり聡い」
「え、え? ど、どういうことよ。ウサギがピンチだってのに、なんでてゐは黙ってみてるの? あの子なら真っ先に飛んでいきそうなのに」

 輝夜の頭は混乱するばかりであった。目をグルグルさせるかのようなお姫様に永琳はクスっと笑っていた。

「さてさて、姫様ももうちょっと頭を使ってみてください」
「もう降参よ。教えてよ、貴女たちは一体何がしたかったの?」

 輝夜はバンザイして永琳に答えを催促する。

「もう、諦めが早いですねぇ。じゃあヒントです。今回の件を残った事実だけ考えてみてください」
「残った事実?」
「私がウサギたちにメイドに乱暴するように命令した。だけどウサギたちはその命令に逆らってメイドには指一本触れずメイドを逃がした……その結果、メイドは私たちにどういう印象を覚え、それを伝えられた主人、レミリアは私たちのことをどう思うでしょうか?」
「……え、それだけのために!?」

 ようやく輝夜にも永琳の意図が理解できた。
 要するに永琳は自分から永遠亭の悪役を買ってでたということなのだ。今回のことでレミリアが憤懣をぶつけるとしたら、まず永琳であって、けしてウサギに向かうことはないだろう。永琳は自分を憎まれ役に仕立て、ウサギたちに手を出させないようにしたかったのだ。
 レミリアはかなり社交的でおしゃべりな性格をしている。恐らく今日、永遠亭で起こったことはじわじわと、いつの間にか幻想郷中に広がることだろう。永琳の悪評と、イナバたちの行いが人口に膾炙する。だがそれこそが永琳の思惑であった。
確かに永琳の狙いを考えれば、てゐはオスウサギたちを止めることはできない。もし彼女が直接制止してしまえば、残る結果は永琳の命令でメイドを襲おうとしたオスウサギと、それを止めようとしたてゐになり、レミリアの怒りはオスウサギに対しても向けられることになるからだ。
 しかし、永琳のその計画は輝夜にとって恐ろしいほど迂遠なものに思えた。それに不確定要素が多すぎる。

「おかしいわよ。もしイナバたちが本当にメイドさんを襲ってたら、逆にイナバたちは色んな人から憎まれてたわ」
「さっきも言ったでしょ。てゐがそうはさせないと。実際に止めることはなくとも、あの子はウサギたちを信じていたんです。そしてウサギたちもけしててゐの信頼を裏切るようなことはしない」

 永琳は一部の猶予も挟まずに断言する。
 
「あの子たちの紐帯はそれほど緩いものではない」

 永琳が地上のイナバの主である因幡てゐのことを信頼していることは輝夜も知っていたが、改めてその評価の高さに驚いた。

「ねぇ、輝夜、覚えていますか? ちょっと前に私がオスウサギを殺そうとしたことを」

 永琳にとってはちょっと前といっても人間の感覚でいえば既にかなり昔の話になる。
 輝夜は永琳の問いに一つ頷いた。

「ええ、覚えてるわ。あのときはかなりビックリしたから。酔っぱらったイナバが私に抱きついてきて……っていうか、永琳ったら驚かすだけじゃなくて本当に殺すつもりだったの!?」
「はい」

 永琳はこともなげに首肯した。

「そんな、ちょっと粗相したくらいで殺すなんて、酷いわね」
「それだけじゃないんですよ。姫さまに抱きついただけでは私だってそんな怒りません」
「本当かしら?」

 あの時の恐ろしい光景を思い出せば、輝夜ですらぶるりと肌を振るわせてしまう。

「あのとき、私があのオスを殺そうとしたのには二つの理由があります」
「ふたつ?」
「はい。1つ目は規律を正すため。てゐの意向なのでしょうか。地上のウサギたちはどうも自由奔放すぎる面があると当時の私には感じられました。なので1羽ほどウサギを殺しておいて、あまりおいたがすぎるとこうなりますよ、ということを示しておきたかったのです」
「見せしめってことね……」

 てゐとは逆に永琳はリーダーとしてはかなり現実を重んじる。いや、この場合は、てゐが理想主義に傾き過ぎていると言った方がよいだろう。
 大勢の集団をまとめるためには、ある種の恐怖が必要なのを永琳は熟知していた。一羽殺すことによって、自分たち。ひいては永遠亭のウサギ全体を守れるならば迷うことなく殺すべきであると、永琳は考えていたのだ。

「そしてもう一つは……そうですね、今となっては少し恥ずかしいのですけれど、格付けをしようと思っていたんです」
「格付け? 誰と誰の?」
「私とてゐとのです。あそこで私達がてゐの上であると。貴方たちの主人は輝夜と私であるとはっきりウサギたちに教えておきたかった」

 地上のウサギたちは因幡てゐを頭と仰ぐ。ウサギたちは確かに永琳のいうことを聞くが、それはてゐからそうするように言われていたからだ。その二重の命令系統がいざというときに大事に至るかもしれない。永琳はそう考えていた。

「てゐが助命を願うが、私はそれを無視してウサギを殺す。そうすることによって、てゐの面目を潰し、ウサギたちを私達に直接的に服従させたかった」
「でも」
「はい。殺せませんでしたね」

 永琳は可笑しそうに笑った。 
 地上のウサギは今でも永琳の部下ではなく、因幡てゐの部下のままだ。今日だってオスウサギたちは永琳の命よりもてゐの教えを重視した。以前の永琳ならばそのことに苛立ちの一つでも覚えたのかもしれない。
 しかし、今の永琳も幻想郷にきて随分と性格が丸くなっていた。

「地上のウサギたちは面白い生き物です。私がどうにか操ろうとしても、脱兎の如く逃げてしまう。本当に可愛い生き物」

 さっきだって「ウサギの一羽、一羽が大切」と言っていた。今の永琳はウサギを殺そうなんてもう思わないだろう。今の彼女にとって鈴仙もてゐもウサギたちも全てが輝夜と同じくらい大切な家族の一員なのだ。

「どうですか、姫さま。これが今日の事件の真相です」

 細工を全てさらけだして微笑む永琳とは対照的に、答え合わせを聞いていた輝夜は口を尖らせていた。

「なんだかとても雑ね、それにスマートじゃないわ。貴女らしくない」

 輝夜は率直な感想を述べた。永琳のその細工は輝夜の美意識にはあまり沿うものではなかったのだ。
 咲夜を怖がらせ、オスウサギを試すような真似をして、しかもその効果も確実じゃない。あの合理の塊みたいだった八意永琳の考えたものとは到底思えない杜撰な計画である。

「いいんですよそれで」

 輝夜がそれを告げても、永琳は気にするでもなく言う。

「妖怪ウサギは人を怖がらせて当然ですもの。それに、どうなるか分からないからこそ面白いんです」

 その言葉に輝夜は目を丸くする。どうなるか分からないからこそ面白い。そんな言葉が永琳の口から飛び出てくるとは、長い付き合いの中でも驚天動地のできごとだった。
 そう言うことをいうのは、どちらかというえば地上の妖怪のはずだ。
 しかしよく考えてみれば、最近の自分もそういうあやふやなものへの愉しみを覚え始めている。永琳だって、幻想郷の呑気な雰囲気に感化されたとしても何もおかしくないのかもしれない、と輝夜は思った。

「でも、もう次からはこんなことやめてよ」

 輝夜は永琳に強ばった口調でいう言う。

「そうですか? 確かにウサギたちを試すような真似は……」
「違うわよ。だって、永琳がしたいのは、自分を嫌われ役にするってことでしょ?」

 今回の件。何やら間抜けな事件のように思えるが、咲夜が主人にありのままを話した場合、レミリアが永琳個人へのしこりを内に溜め込むことになるのは間違いなかった。
 彼女がそれでどう動くかは分からないが、最悪、いまこの瞬間にでも永琳に意趣返しをしにレミリアが襲ってきてもおかしくないのだ。
 
「大丈夫ですよ。私は死ぬことはありませんから」
「そういう問題じゃないでしょ?」
「あらあら、いつも藤原の娘と遊んで酷い有様になっている姫さまが何を言われますか」
「むぅ〜」

 輝夜もそれを言われると弱い。蓬莱人であることにかまけて、自分の身を軽く扱うのはお互いさまというところか。だが輝夜にとっては永琳が誰かに嫌われるということ自体がイヤなのだ。輝夜は顔をムスっとさせて、永琳を無言で睨みつけていた。
 お姫さまのそんな可憐な抗議に、永琳は彼女の髪を撫でながら話を続ける。

「そうですね、てゐにも同じことを言われました。ウサギを試すようなことをしないで欲しいことと、自分から悪役になるような真似はしないでほしいこと。久々にてゐに叱られてしまいましたね」
「てゐから?」
「ええ。姫さまは先ほど、今回の件が雑とおっしゃいましたが、これも大丈夫なんですよ。細かいアラはあの子が何とかしてくれますから。今頃、あの子は紅魔館で私のフォローでもしてるんじゃないですかね」

 永琳の予想は当たっていた。てゐは咲夜に先んじて紅魔館に行き、既にレミリアとの交渉に入っていた。お気に入りのメイドを拉致されて怒り心頭の紅魔の幼主を宥めつつ、講和を行うのはなかなかの難仕事だろう。だが永琳はてゐならそれも容易いと信じている。渉外は元々てゐの得意分野であり、また輝夜と永琳との契約で定められた永遠亭における彼女の義務でもある。
 
「あの子にとっては、地上のウサギたちだけでなく私や姫さまも守る対象なんでしょう。見かけはあんなに小さいのに、大層なウサギです。さっ、姫さま。もう寝ましょう。明日も早いんですから」

 そう言って永琳は、輝夜に布団をかけて灯りを消した。
 輝夜はまだ永琳に聞きたいこと、いいたいことが沢山あったけれど、布団の暖かさにそれも忘れてしまい、いつしかスヤスヤと眠りについていった。


       ☆          ☆           ☆
  

 永琳と輝夜が寝静まった頃、永遠亭の庭からグチグチとしたしゃべり声が聞こえてきた。

「はぁ、なんでこんなことになっちまったんだ……」
「俺に聞くなよ。運が悪かったんだよ俺達は」

 その声の元は件のオスウサギ2羽である。彼らはあれから鈴仙によって、庭の木に荒縄で縛り付けられ晒しものにされていた。彼らの首からは「ウサギの恥さらし」と書かれた札が下げられている。
 仲間のウサギたちは木に拘束されてしまった哀れな彼らに同情してはいたが、勝手に解放することもできず傍観するしかなかった。中には鈴仙の言葉を信じてしまい、彼らに面と向かって罵倒するメスウサギもいた。
 鈴仙は彼らに、

「とりあえず、ここで一晩過ごして反省しなさい! 正式な罰はお師匠さまやてゐと相談して明日以降、出すことにします」

 と言い残して去っていった。彼らも最初はすぐに誤解が解けると思っていたが、それからもう10時間以上は経ってしまった。既に太陽は沈み、深夜といってもいい時刻である。
 真っ先に助けてくれると信じていた因幡てゐの姿はいまだ見えず、仲間に聞いても永遠亭に帰ってきていないという。
 永琳は普通に彼らが咲夜を逃がしたと思っているので、そもそもオスウサギのことを忘れていた。
 結果、オスウサギたちは可哀想なことに、虫に肌を刺されながら夜風に吹かれ、2人で愚痴を言い合うしかなかったのだ。

「まぁ明日になればてゐが帰ってくるだろ。それまでの我慢だ」
「お前は能天気だな。もしてゐが帰ってこなかったら、俺達マジで鈴仙に殺されちまうかもしれんぞ」
「ははは、ないない。鈴仙だって永琳センセイから話をきけばちゃんと分かってくれるだろ。大体さぁ……」
「まて……誰かくるぞ」

 彼らに向かって、ざっ、ざっと足音が近づいてくる。夜の暗闇でその姿は見えないが、そのシルエットには長い耳が見える。どうやらウサギのようだ。
 ようやくてゐが来てくれたのか? 彼らが一瞬そう思ったとき。月の光が雲間から漏れ、来訪者の姿を照らし出した。

「鈴仙さま……」

 彼らの所に来たのは、オスウサギたちを拘束した張本人である鈴仙であった。オスウサギたちは鈴仙と分かってその身を堅くさせた。彼女が深夜になっても怒りが冷めず、またも自分たちに罵詈雑言を浴びせにきたのか、それとも動けない自分たちをサンドバッグにでもしにきたのかと思ったのだ。
 だが事態はオスウサギたちの予想を上回るものであった。
 鈴仙が右手に握っていたのは、月光に光るナイフ。それを見て二羽は血流が逆巻いたのではないかと思うほどに、身体をドキっとさせた。

「れ、鈴仙さま、あんたまさか……」
「お、俺達を殺しに……」

 ナイフを持ったまま近づいてくる鈴仙。その瞳は赤く光り、情の欠片も感じられなかった。
 
「や、やめろ! お、俺達は無罪だ! 弁護士、いや違う、てゐを呼んでくれ!」
「死にたくない、俺はこんなところで死ぬわけにはぁ!」

 オスウサギたちが大声でギャーギャー喚くものの、しっかりと締められた荒縄のおかげで彼らは身動き一つとれない。
 鈴仙が彼らの目の前にやってきたときも、オスウサギたちは涙をボロボロ零して、命乞いをしていた。

「何を騒いでるのよ……姫さま達が起きちゃうから静かにしてて」

 だが鈴仙は騒ぐオスウサギたちを軽く無視して、手に持ったナイフを振りかざし——二羽を拘束していた荒縄をブチっと切断した。
 それにより、二羽は木から解放される。

「え?」

 いきなり拘束を解かれたオスウサギたちはキョトンとした顔をしていた。

「てゐから話は聞いたわ……悪かったわね、いっぱい叩いちゃって」

 鈴仙がオスウサギたちに目を合わせずに、ボソっとつぶやくように謝った。そこでようやくオスウサギたちにも合点がいった。やはり、てゐが鈴仙の誤解を解いてくれたようだ。
 彼らと親しかったメスウサギの一羽がオスたちの惨状を見かね、勇気を振り絞って敵対勢力である紅魔館の門を叩き、彼らのことをてゐに知らせてくれたのである。咲夜が帰ってきたことによって講和がまとまりかけていた因幡てゐはそれに驚いて、急いでメスウサギに鈴仙への言付けをしたのであった。

「あー、いえ、まぁ分かってくれりゃいいんですわ。なぁ?」
「お、おう」

 珍しく自分達にしおらしくなっている鈴仙に、オスウサギたちはどう対応していいものか分からなかった。

「てゐはね」
「はい?」
「別に気にしなくていいっていうんだけどさ。何もしてないあんたたちを叩いて縛り付けて、正直、なんて言っていいか分かんなくって……」

 鈴仙は心から気落ちしているようで、うつむきながらオスウサギたちの機嫌を伺うようにボソボソと言う。 
 大嫌いなオスウサギとはいえ、勘違いで酷いことをしてしまったのだから、彼女もやはりそれなりに罪悪感を覚えているのだろう。

「だ、だから私かんがえたの。どうしたら贖罪できるかなって。そ、それで、いつもあんたたち、わ、私の胸見てたでしょ? だ、だからね……い、一回くらいなら、さ、触らせてあげるわ……そ、それで全部終わりにして。おねがい」

 あれだけのことをしでかしたのだから乳を揉ませるくらいは仕方ない。彼女はその覚悟を決めて二羽のもとにやってきたのだ。その分ここに来るのに時間がかかってしまったが、その代わりに鈴仙はオスウサギたちに胸をどうされてもいいと決心していた。
 潤んだ瞳のまま腕を背中で交差して、身体をモジモジとさせながら胸をオスへと突き出す鈴仙。その乳房は昼間みたメイドよりも更に一回り大きそうに思える。
 この鈴仙の乳を触ってもいい。毎日眺め、妄想するだけで絶対に触ること能わなかった鈴仙の乳房を、本人の承諾付きで揉めるという夢のような提案。普段の二羽なら一も二もなく飛びついていたことだろう。だが、今のオスウサギたちはもうそんなことうんざりであった。
 
「鈴仙さま、そんなことしませんよ……」
「え?」
「俺らもそんな気にしてないですから。謝ってくれただけで十分です……」

 そもそもオスウサギたちに鈴仙の胸なぞ揉める訳がないのだ。
 今、鈴仙の胸を揉めばせっかくの「オスウサギは野蛮で下品」という誤解も半ば誤解でなくなってしまう。せっかく鈴仙と地上のオスウサギとの間の雪解けがちょっとづつ進んでいるのに、それが全てパーになってしまうだろう。
 だからオスウサギ達は鈴仙の胸は触れない。    
 そもそも、こんな雪に凍える小動物のように身体をぷるぷると振るえさせながら胸を差し出している鈴仙の顔を見れば劣情なんて吹っ飛んでしまう。

「じゃあ、あんたたちは私に何もしないの?」
「………………………はい」

 オスウサギたちは名残惜しそうに首を縦に振った。鈴仙の胸を揉める機会なんて今後、数百年経ってもあるかどうか分からないのだから、彼らの未練も分からないではないだろう。
 一方の鈴仙はその返事を聞いて、あからさまにほっとした様子であった。やはり彼女もオスウサギたちに身体に触れられるのは怖かったのだ。
 そんな鈴仙を、オスウサギたちは「かわいい」と感じた。メスとしての「かわいい」とはまた違う、幼い者に対する憐憫にも似た感情。なんのことはない。鈴仙はただ性に対して未熟すぎるだけなのだ。自分の過ちの償いに乳房を差し出すなんて、まさにその彼女の拙さを表している。普通のメスはそんなことしない。
 月での鈴仙は完全な女性社会で暮らしていたときく。恐らくは浮いた話なんて一度もなかったのだろう。そんな鈴仙が自分たちのような、玉兎と比べたら確かに粗野な地上のオスウサギと一つ屋根の下で過ごすことになって、彼女も戸惑っているのだ。今まで異性とほとんど会話したことすらなかった鈴仙が、いきなり何十匹ものオスウサギに囲まれて生活をするようになり、彼女が自分たちにどう接していいか分からないのも当たり前だ。そう思うと、鈴仙の自分たちに対する冷たい扱いも何だか、かわいいものに思えてくる。とはいえ、鈴仙が永遠亭に来てからもう十分に時間は経っているのだから、そろそろ自分たちに慣れてほしいともオスウサギは思う。しかし、それも月のウサギならではの時間感覚なんだろうと彼らは納得するのだった。

「そう……わかったわ。じゃあ私ももう寝るわね。あんたたちも、早く寝なさい」
「了解しやした」
「あ、そうだ。忘れるところだった。これてゐから、あんたたちにって」

 鈴仙がオスウサギに小さな巾着袋を渡した。

「てゐから? なんですかこれ?」
「さぁ? 分からないわ。とりあえず、渡したからね。じゃあ……ほんとにごめんね」

 鈴仙はもう一度頭を下げてから、そのままオスウサギたちに背を向けてその場から去っていった。
 後に残されたオスウサギ二羽は、はぁ〜と大きなため息をつく。彼らの身体に残ったのは凄まじい徒労感である。咲夜と鈴仙という極上のメスを目の前にしながら、その肉を触れるのを理性で堪えなければいけなかった彼らの欲求不満は計り知れない。

「……もう誰でもいい。メスが抱きたい」

 オスウサギの片割れが小さく言う。最早、彼らも我慢の限界だった。

「誰をだよ。うちのメスどもはもうみんな寝てるし、大体、誰も俺らのことなんて相手してくれねーぞ」
「じゃあ、外に行って女を買おう。娼館なら今の時間でもやってるだろ」
「そんな金ないっつーの」

 里で人間の女を買うには中々のお金がいる。オスウサギたちの貯金では到底足りるものではない。妖怪相手の格安の春売りも心当たりがないではないが、そんなものでは今の彼らを満足させることはできないだろう。

「あー、もう!! じゃあ、どうすんだよ。いいや、この際てゐのところに行こうぜ! あいつに慰めてもらおう!」
「気色悪いこというな」
「……すまん」

 てゐは彼らにとって性の対象ではない。オスウサギにとって、てゐを抱くなんて姉とするようなものだった。
 八方ふさがりのオスたちは、自分達の無力さがイヤになり、もう一つため息をついた。こんなことならさっき鈴仙の乳を揉ませてもらえばよかったとまで思う始末だった。
 そんなとき、オスウサギの片割れが、先ほど鈴仙から貰ったもののことをふと思い出した。

「そういや、さっき鈴仙からもらった袋に何が入ってるんだ?」
「あー、そういえば。てゐからって言ってたな」

 オスウサギがさっき渡された巾着袋を開くと、中には金子が入っていた。しかも、彼ら二羽の一ヶ月分の小遣いにも匹敵する大金。
 そしてお金の他にメモが一枚。その紙には、てゐの筆跡で「ごめんね」と一言かかれている。
 一瞬、ポカンとした二羽であったが、すぐにその金額からてゐの思惑を読み取った。

「……この金があったら、里で良い女が2人、買えるな……」

 つまりは、思いがけず不運に遭遇してしまった二羽へのてゐからの臨時ボーナス。すぐに助けられなかったことへの「ごめんね」も含めて、てゐのへそくりから捻出したものだ。
 そのお金を握りしめ、疲れからしけった顔をしていたウサギたちの顔が、にやぁ〜と緩んだ。

「はっ、まったく。俺達のリーダーは最高だぜ!」
「ああ、同感だ。本当にな」

 オスウサギたちは二羽で顔を見合わせて、愉しそうに笑いだした。今日あったことなんて全部忘れてしまえというように、「あははは」と大笑いしていた。
 結局のところ、自分たちのことを一番理解しているのは因幡てゐなのだ。
 オスウサギ達がもし永琳の今日の企みを聞いたら、きっと鼻で笑うことだろう。自分たちのことを慮った末のことだとしても、彼らは「俺達はそんなこと望んじゃいない」と感じるだけだ。彼らももちろん永琳たちのことは尊敬している。素直にすごい人だとも思っている。だが、それでもやはり自分たちの頭領は因幡てゐなのだと、今日の事件でオスウサギたちは改めて感じたのだった。

「よっしゃ、今日は朝まで遊ぶぜ! 今日のイライラを全部出し切ってやる!」
「おう、里で一番の美人を買ってやるぞ!」

 オスウサギたちは肩を組み、永遠亭の門を出て、人間の里に向かった。その足取りは軽やかで、顔も幸せそのものだ。
 夜はすっかり更けていたが、彼らの乱痴気騒ぎはまだまだ続きそうである。
俗っぽい地上ウサギと、どこかズレた月の住人たちでした。読了ありがとうございました。
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3.80名前が無い程度の能力削除
よかったです。
4.50名前が無い程度の能力削除
いやぁさすがに身内だけならまだしも他所の勢力の人間をだしに使うのはどう考えてもまずいでしょう
6.100金細工師削除
ウサギエロい…じゃなくてエライなぁ…
自分!我慢できやせん!
7.70奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
13.90名前が無い程度の能力削除
ハードなエロ展開もその気になれば行える仕様の幻想郷観でゆる目な感じに終始するというアンバランスさが独特で新鮮でした
あとてゐ好きとしてはてゐが大物ですげえかっこよくてよかったです
18.100名前が無い程度の能力削除
随分と生臭いウサギだなあ。
でも面白かったです。
19.70名前が無い程度の能力削除
咲夜さんとばっちり杉ワロタw
色々突っ込みたい事あるけど、中々良かったです

珍しくてゐさんかがいい人だったのが良かったw
20.100名前が無い程度の能力削除
意外な展開で楽しめました!
オスウサギたちが良い奴らだし、てゐちゃんやえーりんもさすが
うどんちゃんは後でオスウサギのほっぺにちゅーくらいしてあげてw