Coolier - 新生・東方創想話

暑い日

2015/07/24 17:46:42
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「あっっっっづぅ~・・・・・・」
 このうだるような暑さ、何とかならないのかしら。というか「うだる」ってなに?「う~だる~」をそうやって略すのが昔のトレンドってやつだったのかしら?まあなんにせよ最初に「うだる」って言い出した人は天才ね。この暑さ、いかにもうだってるわ。
「・・・ん、」
 縁側の冷たい木の感触を求め、ぐでっと床にとろけていた私だったが、アホなことを考えている間にまた例の客が来たらしい。当然招かれざるタイプだ。
 うつ伏せの状態から神経を張り巡らせ、背後の空間を脳に取り込む。延長した感覚が世界を捉え、まるで閉じた瞼の裏に死角がありありと浮かんでくるように感じる。環境音に紛れて自分の存在を消し、密かに近づいてくるあいつの感覚を、既に私は捕捉していた。無軌道に揺れながら、ゆっくりと私の背後に迫ってくる。僅かに集中を増す気配。ピクリとも動かない私に勝利を確信したか、あいつは一点に狙いを定めて飛び込んできた。静かなる敵の、鋭く、細い一撃が私の腕を・・・

ぱしっ!
 ふっ、私の血を吸おうなんて500年は早いわ。せめてレミリアに勝てるくらいの妖怪になってから出直して来なさい。
手を顔に寄せると見事に手のひらの中心で蚊が潰れている。ノールックでこの正確さ、幻想郷広しと言えど、そうそう私を超える者はいないに違いない。
「こんな形で命を奪っちゃって悪いわね。でもここは私の家であり縄張り。生き物がテリトリーを守る自然の摂理に従っただけなんだから、恨まないでよね」
「虫ケラを潰してご満悦かと思ったら、今度は死骸に説教か。さすがに友人として心配になるぜ。夏の暑さでついに頭の春が終わっちまったか?」
 …まったく、蚊が来たと思ったら次はセミかしら。
「おい、お前今絶対失礼な事考えてるだろ」
「かもね。この真夏にそんな真っ黒い服着て帽子まで被ってる人がいたら、普通心配にならない?暑さでおかしくなっちゃったかなって」
 上半身だけ床からはがし、足の方に振り返ると、軒先で渋い顔をしながらこっちを睨んでいる魔理沙と目が合った。
「そんな溶けかかってるような格好で虫に話し掛けてる奴に比べたら何倍もまともだと思うぜ」
「あんたリグルに怒られるわよ」
「あいつは虫が同族じゃないか。私がお前に話し掛けてるのと同じことだ。問題はおおよそ意思が通じない相手に一人で語りかけてるお前だよ」
「あんまり命の価値に序列を付けないほうがいいわよ。知らないの?『一寸の虫にも五分の魂』って言うでしょ」
「半人前の何十分の一しか無いやつを一人前として話しかけるなって言ってるんだよ」
 魔理沙が来ると必ずこれだ。魔理沙のいちゃもんつけからダラダラとくだらない理屈の応酬をすることが恒例になっている。よくまあ毎回毎回突っかかることを見つけると感心したくなる。とはいえ挨拶代わりみたいなもので、どちらかの気が済んだらさっさと本題に移るのも恒例だ。
「で、今日は何のよう?体温が二度と上がらなくなるキノコでも見つけた?」
「そんな珍しいキノコあったらとっくに実験で使ってるよ」
 それはただの毒キノコだろって突っ込むところでしょうよ。普段耳聡いくせに変なところで鈍いのよね。
「そろそろここで美味しい冷茶が飲める季節かと思ってな」
「うちにそんな季節はないわよ」
「ここにはなくても里にはある。大体なんでも最初に採れたものは初物として縁起物になるな。そしたら神様にお供えするのが人間って生き物だ」
「この暑さじゃ冷やそうと思っても冷えないでしょうに」
「お前が先日チルノと取引して大きな氷の塊を持ち帰ったことは既に割れてる」
 ・・・チルノは約束は守る子だし、誰か別のやつに見られてたってことね。おおかたどっかの烏天狗なんだろうけど。
「あんたに出す冷茶は無いって言ってるのよ」
「人里の銘店『由比の月』の羊羹」
「いれてくるわ」

「でもあんた、よく手に入ったわねこんな上等なお菓子」
 火照った身体に染みわたる羊羹の冷たさ。氷を吹き出す魔法を最近使わないと思ったら、断熱性のある箱に入れただけでこんな便利な魔道具に発展させてしまうとは。応用が効く能力なのはちょっと羨ましい。
「あー、まあ、上等な下等品というか・・・」
「どういうこと?」
「言ってしまえば、ほんとは捨てるものなんだ、これ」
 流し込みかけたお茶で盛大にむせた。
「ちょっ、なん、あんた私にゴミ食べさせたわけ!?」
 息が整うのを待たずに魔理沙に詰め寄る。
「ま、待て!誰もゴミなんて言ってないだろ!正真正銘、銘店で作られた銘菓だ!それに私だって一緒に食べてるじゃないか!」
「じゃあどういう意味よ!?」
「とにかく、暑苦しいから一回離れろって!」
 誰のせいだ。ひと睨みして定位置に戻る。
「ふう・・・簡単に言うとだな、こいつは商品になりきれなかった商品だ」
「あんた何いってんの?」
「いいから聞けって・・・」
 魔理沙がお茶をすする。
「まあ仮にも霧雨魔法店の名前を掲げてるわけだ、私は。」
「あんなところにまともな客来ないでしょうに」
「いいんだよあれは。店を構えてるってことが大事なんだ。」
 この本質を建前にして論理を並べてくる感じ、あの人の影響を感じずに入られない。
「ま、実際あそこに客は来ないんだが、出かけた先で依頼をされることは割とあるんだ」
「へえ、そんなに知名度あるのあんたの店」
「文の新聞に宣伝載せてもらって人里の全体・・・いや、一部を除いた全体に新聞の絨毯爆撃をしたからな。今や人里で霧雨魔法店を知らない人間はあんまりいないぜ」
「あんた無茶苦茶やってるわね・・・」
 あの文に頼み事をするなんて、一体どんな対価を渡したのやら。それとも単にスペースに困ったから宣伝で埋めて、得意の舌先三寸でうまい具合に新聞配りを手伝わせたのかも。
「だいたい、これから商売やろうってときにそんな事したら評判だだ下がりじゃない。後先考えなさすぎよ」
「なーに、イタズラの悪評なんて数日経てば消えるのさ。需要があった時、そこに私の宣伝がある事のほうが大事なんだ」
「まったく・・・妖精の親玉やっただけはあるわ。」
 基本的に魔理沙の思考は「こうしたらどうなるか」ではなく「どうやったら好転するか」という方向に向いていることが殆どだ。トラブルメーカーではあるが状況の打破に関しては誰より頭が回る。失敗の蓄積である程度予想もできるようになってきている辺り、もっと閃きに磨きがかかるのかもしれない。同業者としてはうかうかしていられない。
 とは言え、今は話の先を聞かないと。
「で、それが羊羹に何の関係があるの?」
 ぬるくなりかけている残りの冷茶を喉に流し込む。
「平たく言えば、昨日の仕事がそこの和菓子屋だったってことだ」
「あんたお菓子なんか作れたっけ?」
「いいや全く」
 でしょうね。
 魔理沙がお菓子作りなんて想像もつかない・・・わけじゃないけど、味はともかく店で出せるような見た目に仕上げられるとは到底思えない。
「いいんだよ。依頼は夏の新商品の開発の手伝いと、店の前で試食台を見てることだったんだから」
「後の方は人出が欲しいとして、前の方はなんでわざわざ外の人を雇うのよ」
「和菓子は味も大事だが、やっぱり見た目が一番だろ?新しい商品を作るために、使ったことのない食材が欲しかったらしい」
「それで?」
「魔法の森の植物って時々どギツイ色してるやつあるだろ。あのへん使えないかってことで、私に白羽の矢が立ったわけだ」
 和菓子にあの森のものを使おうなんて、あの店の職人さん相当なスランプね。あそこにあるものなんて、食べたが最後、二度と目を覚まさないかお前の正気を破壊してやるって全力で警告してる見た目のものばっかりなのに。
「あんたまともなもの持ってったんでしょうね。人里で余計な異変なんて起こしたら後がひどいわよ」
「安心しろって。森で採れるものの中でもとっておきを持って行ってやったんだ。店主も大喜びだったんだぜ」
「そんなものが手に入るのになんでいつも私のところに持ってこないのよ」
「とっておきだって言っただろ。そもそもそんなにいっぱい採れるものじゃないんだよ」
「ふ~ん」
 いつか絶対持ってこさせてやろう。
「いやーしかし、あんな鳥肌が立つような見た目のモノから綺麗な和菓子を作れる辺り、やっぱり流石は職人って感じだったな」
 やっぱり持ってこさせないようにしよう。
「それほんとに食べて大丈夫なものなの・・・?」
「ん、全く問題ないぜ。ただ本能的に生命の危機を感じさせる見た目をしてるだけの絶品だ」
「やっぱりあの森は訳がわからないわ・・・」
 住めば都だぜ、なんて言いながら、魔理沙が最後の一切れをさらっていった。密かに狙ってたのに。
「ま、そんなこんなで新商品の開発も上々、試食台の方もこの箱と同じ容量で羊羹を冷やしておいたら大盛況でな、報酬もたんまり頂いたわけだ」
 といいつつ、魔理沙が懐から取り出した小袋は、その重さで弾みながら金属の擦れる音を鳴らした。
「こんなに上等な羊羹を買ってまだそれだけ残ってるなんて、あの店の人はずいぶん気前のいい店主さんだったのね。私も雇ってもらおうかしら」
「いーや、この羊羹は別件だ。第一さっき捨てるはずだったものだって言っただろう」
「は?」
「新商品作ったりしてる間、裏の作業場にも出入りしてたんだが、きっちり並べられた商品の脇に除けられた分があったんだ。聞いてみたら、形が悪いとか、色が均一じゃないとかで処分するものだっていうんだよ。もったいないだろ?だから仲良くなった職人のおっちゃんに、こっそり箱に詰めてもらったんだ」
「・・・ほんと、そういうとこ抜け目ないわね」
「そのおかげでこいつにありつけてるんだ。もっと感謝してもらいたいものだぜ」
「はいはい、そりゃどうもありがたいことで」
「いいってことよ」

 この上なく得意げな魔理沙が立ち上がり、帽子をかぶる。
「あら、もう行くの?今から2杯目を入れてこようと思ったんだけど」
「ああ、せっかくそこそこまとまった金が手に入ったからな。前から試したかった触媒があるんだ。ついでにパチュリーのところで新しい魔導書も借りてくるつもりだぜ」
「毎度のことながらあの子には同情するわ」
「なーに、ちゃんと返すさ。結果的にあいつのところに戻れば借りてたことになるんだからな」
 全く悪びれない笑顔で箒に飛び乗って、「んじゃまたなー!」なんていいながら飛んでいってしまった。
 空になった2つのグラスを持ち上げようとしたところで、傍らに魔理沙の箱がおいてある事に気づいた。ほんとに落ち着きが無いんだから。片付けようと手を伸ばした時、ふと閃いて、洗ったグラスをその中に入れておくことにした。魔理沙が取りに来るのは早くても夕方だろう。その時はキンキンに冷えたグラスで1杯付き合わせてやろう。ああそうだ、お酒もあとでちゃんと冷やしておかなきゃ・・・。涼しい夜を思うほど、今の暑さが身にしみてくる。羊羹と冷茶がもたらしてくれた冷たさは、既に夏が持って行ってしまった。今はとりあえず、この憎らしい暑さをどう凌ぐか、それが問題ね。
 汗の滲んでくるこの身体を、ずりずりと脇へずらし、冷たさの残る新たな板の間に横たえる。ひんやりと伝わる木の感触が心地いい。まあ、ほんのちょっとしか保たないんでしょうけど。
「あっっっっづぅ~・・・・・・」
宴会の控えた夜が待ち遠しい。
初めてSS書いてみて、ほとんど会話になってしまっているあたり、物書きは難しいと改めて思いました。なんにもない日の霊夢はとことんぐでっとしてるのもいいと思います。
ネコモナカ
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コメント



0.320簡易評価
1.90hotaro削除
ほのぼのとして面白かったです。
4.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
9.80名前が無い程度の能力削除
SS全体から漂う、空気感みたいなものがとても良いですね。
読後感も上々で、しっかりエンターテイメントしてる(?)と思います。

ちょっとだけ気になったんですが、
うつぶせの状態で「上半身だけ床からはがし、足の方に振り返る」のは
とても難しいと思いました(実際にやってみた)
10.100名前が無い程度の能力削除
こういう魔理沙いいですねえ
11.100いぐす削除
自分が求めていたレイマリはここにあった…!
取引条件次第で即翻った事も含む霊夢の聡明さとある種の現金さ、
魔理沙の賢さと図太い行動力が本当にらしいなと思いました。

また、二人の距離感と空気感もまた至高の妙味。
こんなレイマリが大好きです。あなたのレイマリがもっと見たい!
つまるところ言いたい事はそれだけです。