Coolier - 新生・東方創想話

はじめてみょんちゃんセカンドイグニッション

2015/06/27 03:58:12
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 白玉楼の家事全般は、魂魄妖夢の日課である。
 食事の用意をし、庭を整え、鍛錬をし……。
 そして縁側に干していた布団を取りに行ったら、なんかいた。
「ううっ!? こ、このコは……!」
「すかぴー」
 布団の上でまるくなって寝ているのは、忘れもしない相手。
 妖夢の心に二度とは消えないトラウマと、ついでに半霊に歯型を付けた恐怖の妖怪ルーミアだ。
 恐るべきその妖怪は、のほほーんとした寝顔でむにゅむにゅしている。
「え、えっと……なんでこのコがこんなところに……?」
 そういえば前回も、妖夢は白玉楼へのルーミアの侵入を許している。
 いつの間にか入ってこられても気づきはしないのだ。
「ま、まさかわたしの匂いを辿って……食べるつもりで……や、やだ……ぱっくんされちゃう……! 食べちゃダメって言ったのに……!」
 たちまち青ざめる妖夢。
 どんな姿をしていても相手は妖怪。道理が通用する相手ではないのだ。
 その妖怪はというと、妖夢の恐怖のフラッシュバックなど我関せずといった風情で、布団の上でころんと寝返りを打っている。
「みゃふー……」
「こ……このままでいるわけにはいかないし……どうしよう……」
 起こすか?
 いや、リスクが高過ぎる。
 うかつに手を出せは反射的にぱっくんされてしまうだろう。もしかしたらあもあもされてしまうかもしれない、最悪の場合もぐもぐされてしまうことも、いや、あまつさえぺろぺろまで……!!
 しかし、未熟であるとはいえ妖夢は武人だ。目の前の困難から逃げてばかりいるわけには行かない。
 丹田にぐっと力を込めて立ち上がり、孫の手を持ってくる。
 慎重に一足一刀の間合いを保ち、右手を千切れんばかりにの伸ばし、ルーミアのぷにぷにほっぺに……。
 永遠とも錯覚される一瞬。
 
 ぷにっ。

 孫の手の先端が、ルーミアのぷにぷにほっぺをつついた。
 一瞬の間。
 いつでも逃げ出せるように身構える妖夢。
「むぃ~……?」
 目をこすりながら、ルーミアがむくりと起きた。
 その寝ぼけ眼は。まだ周囲の状況を把握してはいないようだ。
「みゃ~あ」
 完全に猫と同一の仕草であくびをするルーミア。
 そのあまりの愛らしさに思わず頭を撫でたい衝動に突き動かされるが、耐える。揺れるなわたしの心!
 ルーミアはなおもむにゅむにゅ言いながら目をこすっていたが、そこでようやく妖夢に気がついたようだ。
 孫の手を持ったまま固まっている妖夢を、ルーミアの寝ぼけ眼が捉えた。
「んぁー、みょんちゃんだー……」
 寝ぼけた声で言うルーミアに思わず警戒が緩んでしまいかけるが、気を抜くわけには行かない。
 ルーミアの一挙手一投足を見逃すまいと凝視する妖夢。
 そこではたと気がつく。
 寝ている間にはだけてしまったのか、ルーミアの着衣が乱れている。
 黒のベストとその下の白いブラウスのボタンは外れ、ブラウスよりもなお白い肌が覗いているが、本人は気にする風もない。
「ちょ、ちょっとルーミアちゃん、服、服!」
「ふくー?」
 顔を真っ赤にしながら目をそらし、妖夢は必死に着いの乱れを指摘するが、ルーミアはなーんにもわかっていない顔で袖をへろへろさせている。
 このままではまずい。
 よくわからないけど、このままではなんだかすごくまずい。
 そもそもそのへんの子どもと対して年格好の変わらないルーミア相手になぜ顔が赤くなっているのかが特によくわからないが、このままでは絶対にロクでもないことが起こる。
 妖夢はルーミアの細い肩から努めて目をそらしつつ、なんとかして着衣を直そうと服に手をかけた。
「よーむー、ごはんまだー?」
 瞬間、ロクでもないことが起きた。
 今起きましたと言わんばかりの声でふすまの向こうから現れたのは、誰あろう白玉楼の主人、西行寺幽々子その人だ。
 寝間着にしている襦袢は完全に狙っているとしか思えないはだけ方をしており、上も下も今にもこぼれたりめくれたりしそうになっている。
 いつもならそれこそ顔を真っ赤にしながら着付けを直すはずなのだが今の妖夢にそんな余裕はなかった。

 着衣の乱れた幼女。
 その服に手をかけている自分。
 導き出される結論はすなわち――。

「きゃああああああんっ♪ 登っちゃうのね妖夢!? オトナの階段を登っちゃうのね妖夢!? むしろ登らせちゃうのね妖夢!? ううんいいのよごはんなんて後回しで!! むしろこれがッ! この光景こそが唯一にして絶対のスペシャルメニューよおおおおっ!!」
 寝起き状態からテンション超加速、小動物なら爆死確実のオーラを全身から吹き出しつつ背後には扇展開、瞳をギラッギラに輝かせる幽々子の姿を目にした妖夢の思考は一瞬にして「あっやっべこれ詰んだわ」の文言に塗りつぶされそうになるが、これを丹田に氣を集中させてなんとか押しとどめ弁明を試みる。
「違うんです幽々子さま! 干してたお布団のところにこの子が……」
 そう言ってルーミアの鼻先に指を突きつけたのがまずかった。
「ぱっくん」
「みょんぎゃあああっ!!」





 ――そして、しばらくして。
「もぐもぐ」
「……」
「んむんむ」
「……」
「もぐもぐ」
「……」
「みゃ~あ……」
 あのままにしていたら確実に食べられていたので、妖夢は急遽ルーミアに朝食の提供を提案、ルーミアが半分寝ているうちに速攻で口から指をすっぽ抜いて朝食の準備を済ませたというわけだ。
 果たしてその作戦は功を奏し、ルーミアは今、ちゃぶ台を挟んで妖夢の前に座り、ときどき船を漕ぎながらもぐもぐと朝食を食べている。
 妖夢は自分が朝食と一緒に食べられてしまわないように全力で警戒しつつ、ギギギとぎこちない動作で箸を運んでいる。
 ちなみに幽々子はそんな仲睦まじい二人の様子を、どこかから取り出したカメラで激写に次ぐ激写。
 もちろん止めたいが、止めようとした瞬間にぱっくんされてしまう危険性が、妖夢に抵抗を許さない。
 しかし、隣りに座って寝ぼけ顔で鮭の切り身をつついているルーミアを見ていると、どうにも和んでしまう。
 以前、わざわざ白玉楼にまでお礼のたい焼きを持ってきてくれた時のことを思い出す。
(悪い子じゃないんだよなあ……食欲旺盛なだけで。それに……)
 それに、小さな子になつかれたのは、初めてだった。
 嬉しかったかそうでないかと問われれば、もちろん嬉しかった。すごく、嬉しかった。
 ふと手のひらに、あのとき触ったルーミアの頬の感触が蘇る。
(やーらかかった、な……)
 ひとり顔を赤くする妖夢。
「ごちそーさまでしたぁ」
 そんな妖夢の横でマイペースに食事を終えたルーミアは、ちっちゃな両手を合わせてごちそうさま。
「みょんちゃん、ごはんありがとー♪ おいしかったー」
「お、お粗末さまでした……」
「みょんちゃんはお料理上手なんだねー。すごいなー」
「ど、どうも……」
 まだルーミアの挙動にビクビクしている妖夢だが、無邪気な顔でそう言われれば悪い気はしない。
 ふと見ると、ルーミアのほっぺたには醤油が付いている。
「ほら、ルーミアちゃんこっち向いて。お顔拭いてあげるから」
「んー? むにゅむにゅむにゅ……」
 またルーミアの方に手を伸ばすのはかなりためらうが、結局妖夢はほうっておけなくて、ほっぺたを拭いてやった。
 ルーミアは食事の直後だからかまだ眠いのか、おとなしく拭かれるままになっている。
「はい、きれいになった」
 ルーミアはぽへーっとした顔で妖夢の方を見ていたが、嬉しそうな笑顔になった。
「にゃふへへへ~……♪」
 そのほわほわした顔を見ていると、半霊に歯型を付けられた恐怖体験も忘れて思わず和んでしまう。
「ところで、みょんちゃん」
「な、なぁに?」
「でざーとー♪」
「た、食べちゃダメだって……」
 和んでいたらこれだ。
 慌てて声を上げるがもう遅かった。
 てててーっと駆け寄ってきたルーミアは半霊にぎゅーっと抱きついて、頬をすり寄せている。
「わーい、ふにふにー♪」
「……た、食べちゃダメだからね」
 以前そうされた時と同じように、半霊を通じてルーミアの体温と感触が妖夢にも伝わってきた。
 よくわからない恥ずかしさに襲われて、ぷいっと視線をそらす妖夢。
「……そ、そう言えばルーミアちゃん、なんでこんなとこにいたの?」
 なんだか熱くなってきた頬を意識しながら妖夢が聞くと、ルーミアはいつもどおりののほほーんとした顔で答えた。
「んっとねー、ふよふよしてたら眠くなっちゃってー、そのまま飛んでたらお布団があったから、つい……てへへー」
「そ、そうなんだ……。っていうかそれ危なくないの?」
「えー? 別に危なくないよぉ? ときどき木にぶつかったり霊夢にぶつかったり魔理沙にぶつかったりするけど。こないだ魔理沙のスカートの中に頭が入ってますぱっぱされたー」
「うん、それ大丈夫じゃないから……いい子だから気をつけてふよふよしようね……」
「残念だったわね~妖夢。妖夢の匂いを辿ってきたんじゃなくて」
「また幽々子様はそんなこと言って……!」
 何度からかわれても同じように顔を真赤にして反論する妖夢がよほど面白いのか、幽々子はころころと笑う。
「みょんちゃんの匂いー?」
「ああルーミアちゃん幽々子様の言うことは気にしな……ッ!?」
 ルーミアが、不意にぎゅっと妖夢に抱きついた。
 瞬間、幽々子がタワーがどうとか叫んでシャッターを16連射し始めたが、今の妖夢にはそれに注意を向ける余裕などない。
 ルーミアは両手を妖夢の背中に回し、胸元に顔をうずめている。
「くんくん」
「あ……ッ、が……お、おごご……」
 ルーミアに抱きつかれた妖夢は、顔どころか首筋まで真っ赤にしながら意味不明のうめき声を漏らしつつ塑像のごとく凝固している。
 一方ルーミアはそんな妖夢にはお構いなしにくんかくんか。
「ふんふん」
「ちょ……っ、ルーミアちゃんそのっ、や、やめ……ひゃあうっ!?」
 思わず声を上げる妖夢。
 ルーミアは胸元だけでは飽きたらず、妖夢の襟元に鼻面を突っ込んできた。
 密着したルーミアのふわふわした金髪が、妖夢の口元をくすぐる。
 ふわりと薫る、どこか甘い匂い。
 硬化した思考の中、それだけをなんとか感じ取ることが出来た。
「みょんちゃん、いい匂いがするー♪」
「……っ!!」
 ぼむんっと顔から湯気を上げる妖夢。
 そんな妖夢を、ルーミアは不思議そうに見上げている。
「んみ? みょんちゃんどしたのー? みょんちゃーん?」
 ルーミアは妖夢の目の前でぱたぱた手を振るが、妖夢にはそれに反応する余裕と思考能力など残ってはいない。
 不思議そうな顔をしていたルーミアだが、ふと何かを思いついたような顔をして、ひょいと妖夢から離れた。
 そして、そばにふよふよ浮いていた半霊に抱きついて、今度は半霊の匂いをくんかくんか。
「おおー、おんなじ匂い、おんなじ匂い~」
「そ、そうなんだ……」
 自分と半霊の匂いを比べたことなどなかったが、ルーミアが言うにはそうらしい。
 ルーミアはしばらく半霊をくんかくんかしていたが、ふと何かを思いついた顔になった。
「そーだ、味も見ておこう!」
 止める間もなかった。
 ひょいと半霊から離れて、ルーミアは再び妖夢に抱きつく。
 そして、まだ熱の収まらない妖夢の頬に、幼い唇を寄せた。
「あーん、カプっ」
「うひゃいっ!?」
 ほっぺたにいきなりかぶりつかれて、素っ頓狂な悲鳴を上げる妖夢。
 ルーミアは妖夢の悲痛な悲鳴にも構わずに、妖夢のほっぺたをかぷかぷしている。
「んー、はむっ、かぷ、はむはむ」
「お……お……おおお……」
 ルーミアにかぷかぷされながら、妖夢は小刻みに震える以外のことができなくなっている。
 見開かれたまぶたの中では黒目が高速で往復運動を繰り返しており大変怖い。
 しかし、そんな妖夢のテンパりようは幽々子にとっては日常茶飯事だ。
 いつものように扇子で口元を隠しつつ、楚々と微笑む。
「どうルーミアちゃん、妖夢のお味は?」
「んー……なんかよくわかんない。……あれ? みょんちゃんどしたの?」
「……きゅう」
 ルーミアにされるがままになっていた顔をトマトと見紛うほどに真っ赤にして、ついに妖夢はその意識を手放した。





「みょんちゃん、だいじょうぶー?」
「あははは……純情な妖夢には、ルーミアちゃんのスキンシップはちょっとが強すぎたみたいね」
 あわれその場に気絶してしまった妖夢は、幽々子に抱えられて自室へ運ばれた。
 どんな悪夢を見ているのか、布団に寝かせられた妖夢はまだ赤い顔でうんうんうなされている。
 そんな妖夢のほっぺたを、ことの張本人であるルーミアはつんつんつついてみたり。
 それをくすくす笑いながら眺めていた幽々子だが、ふと笑みを引っ込め、ちょっと真剣な口調で呟いた。
「……ありがとうね、ルーミアちゃん」
「んー?」
 不思議そうに見上げるルーミアに、幽々子は苦笑する。
「この子ねえ、ちょーっと人見知りなところがあって。ほら、ルーミアちゃんにくっつかれただけでガチガチになってたでしょ?」
「うん。みょんちゃん、抱きついたり、ぱっくんしたりするといっつもぎゃーって」
「でもね、妖夢はあなたのこと、きらいじゃないのよ、きっと。苦手なだけで」
 幽々子は妖夢の枕元にしゃがみ込み、額にかかった前髪を指先で払いのけてやる。
「この子も真面目だからねー……色々悩んじゃうのよ」
「そーなのかー……」
 うーんうーんと唸っている妖夢の顔を、ルーミアはじっと覗きこんでいる。
 そんなルーミアの頭を、幽々子は優しくなでてやった。
「でも嬉しいわぁ、こぉんな可愛い子が友だちになってくれるなんて」
「ふにゃ、ほめられたー」
「ルーミアちゃん、どうする? 妖夢が起きるまで待ってる?」
「んー……」
 ルーミアはちょっと考えてから、ふにゃっと笑った。
「ここにいるー。みょんちゃんが起きるまで、まってる」
「そう……じゃあ私は退散退散っと。妖夢のことは頼んだわよー」
 ひらひら手を振りながら、幽々子は襖の向こうに消えていった。
 かと思うと、襖をすすすと開けて、顔半分を出してにまっと笑う。
「なんなら、ぱっくんしちゃってもいいわよー、なーんて♪」
 そう言い残して、幽々子は今度こそ去っていった。
 一人部屋の中に残されたルーミアは、妖夢の枕元にてててっと駆け寄り、ちょこんと座り込む。
 妖夢はまだ目を覚ます様子はない。
「みょんちゃーん……」
 小さな声で呼びかけてみるが、返事はない。まだ目を覚ます気配はなさそうだ。
 妖夢のほっぺたに手を伸ばして、つんつんつつく。
 それでも妖夢は、目を覚まそうとはしない。
「んー……つまんなーい」
 ルーミアはしばらく妖夢のほっぺたをつんつんぷにぷにしていたが、反応を返さない妖夢に不満顔。
「どうしよっかなー……んー……」
 腕組みして考えるルーミア。
 と、何かを思いついた顔になり、ルーミアはもぞもぞと布団の中に潜り込み始めた。





「あ、おきたー」
「うわああああっ!?」
 ようやく意識を取り戻した妖夢が最初に見たものは、視界ぜんぶを占めるルーミアの顔だった。
 いつもと同じように慌てて逃げようとするが、寝ているために動けない。
 その上、ルーミアは布団の中に潜り込んで、妖夢の胸の上に乗っかっているのだ。
 絶体絶命の四文字が妖夢の脳裏を一瞬にして埋め尽くす。
「ねーねー、みょんちゃん」
 両手を妖夢の控えめな胸の上に置いて、ルーミアはいつもの調子で問いかけた。
「みょんちゃんはー、るーみゃのこと、すきー? きらいー?」
「うえええっ!?」
 至近距離から見つめられた上に、このストレートな質問。
 知り合ってからというもの、ルーミアの行動には常に狼狽させられてきた妖夢だが、今回のは衝撃度が違う。加えて逃げ場が完全に封じられている。
 一方ルーミアはというと、いつもののほほーんとした顔だと思いきや、神妙な顔で妖夢をじーっと見つめている。
「みょんちゃん、るーみゃがぎゅーってしたりすると、いっつもぎゃーって。ゆゆちゃんも、みょんちゃんはるーみゃのことにがてだって。でも、お友達になってくれてありがとうって。るーみゃ、なんだかよくわかんなくなっちゃった」
「幽々子様、が……」
 確かに、妖夢はルーミアのことが……ルーミアの行動が苦手だった。
 何の遠慮もなしにくっついてくるし、事あるごとに食べようとしてくるし……。
 では……嫌いなのか?
 ルーミアに見つめられながら、妖夢は考える。
 たしかに苦手なルーミアの行動だが……。
 今、胸の上に乗っかっているルーミアの重さと体温は、決して不快とは感じられない。むしろ……。
「ねー、みょんちゃーん……」
 すねたような顔をして、妖夢の胸元に頬をすり寄せるルーミア。
 鼻先をくすぐる金髪は、ふわふわしていて心地よい。
 胸元に擦り寄せられた頬の柔らかさを、妖夢は知っている。
「……あ、え、っと……」
 妖夢は、ようやくそれだけの言葉を喉元から絞り出した。
「わ、たし……その、くっつかれるのとか、触れ合うのとか、あのっ、な、慣れてなくて、だから、その……」
 つっかえつっかえの妖夢の言葉を、ルーミアは妖夢の胸に頭を乗っけてじっと聞いている。
 その視線に、今から言おうとしている言葉が喉の奥に押し込められてしまいそうだ。
「き……っ、きらいじゃ、ないからっ!」
 純情可憐な真面目っ子は、ほとんど噛み付くような勢いでそう言った。
 一方の食いしん坊のちみっ子は、何も言わずにじーっと妖夢の顔を見つめている。
 妖夢は必死に考える。

――だが、何を?

 今までは正直なところ、自分にじゃれついてくるルーミアの矛先を逸らすので精一杯だった。
 だが、進退窮まった今、もうそうする事もできない――という以上に、したくはないという気持ちが妖夢の中には芽生え始めていた。
 必死に考えるのは、言い訳か?
 いや違う。
 言わなくてはいけないのはそんなことではない。
 考えなくてはいけないのはそんなことではない。
 こういうときに妖夢が思い浮かべるのは、抜刀の瞬間だ。
 息を吸い、丹田に力を込め、鞘走る白刃を想起し、いざ!
「ルーミアちゃ「じゃーあ、るーみゃのこと、すきー?」
 あっダメだこれ。一瞬で間合いを詰められた。
 額をコツンと妖夢のおでこに当てて、鼻先がくっつきそうな間近から、ルーミアは問いかけてくる。
 否、これは問いではない。
 回答の自由はないからだ。
 この場で妖夢に口にすることが許されるのは、ただ一言。
「ねーねー、すきー?」
 無邪気な視線と言葉は、喉元と心臓に突きつけられた刃だ。
 逃げることも、躱すことも出来ない。許されない。
「す……き、だよ」
 言ってしまった。
 とうとう、言ってしまった。
 たぶん、これは言わなければいけなかったことなのだ。
 いつか言わなければならなかったことなのだ。
 自分は今、致命的な一線を、決して戻れはしない一線を超えてしまったのだ。
 知らず、妖夢はぎゅうっとめをつぶっていた。
 この目を開いた時、自分の知る世界はもうどこにも残ってはおらず、そこには知らない世界が広がっているのではないか。本気でそう思う。
 しかし、いつまでもそうしているわけには行かない。
 恐る恐る、薄く目を開ける。
 視界に写っていたのは――見慣れた、けれどいまだに直視できない、ルーミアの顔。
 無邪気な顔で笑う、ルーミアの顔。
「みゃー♪」
 今まで見た中でいちばん嬉しそうな顔をして、ルーミアは妖夢の頬に顔をすり寄せてきた。
「みょんちゃん、るーみゃのこと、すきなんだー♪」
 擦り寄せられた頬は、熱い。
 ルーミアの頬が、赤い。
 ――自分と同じように。
 その熱さに妖夢は、輪郭のはっきりしない嬉しさを覚えた。
「ちょ、ちょっと、ルーミアちゃ……あ!」
「んー、るーみゃもみょんちゃん、すきすきー♪ はむっ、かぷっ、はむはむーっ」
 ぎゅーっと抱きついてきたルーミアは、妖夢の頬と言わず首筋と言わずかぷかぷはむはむ。
「あ、だっ、め……! ……はぅんっ!」
「んみ、痛かったー? ごめんねー……」
 何をするかと思ったら、ルーミアは小さな舌先で妖夢の頬をぺろぺろし始めた。
 時折はしたない声を上げながらも、妖夢の両手はいつの間にかルーミアの背中に回されていた。
 控えめに、細心の注意を払って、妖夢は両手に少しずつ力を込める。
 なにせ、初めてなのだ。加減がわからない。
 対するルーミアはなんの遠慮もなしに、妖夢に情熱的なスキンシップを続けている。
 乱れた吐息をこぼしながらなにか言おうとする妖夢だが、その口からは言葉にならない中途半端な声しか出てこない。
 頭の後ろのあたりがじんじん痺れて、考えがまとまらない。
 妖夢にできたのは、必死に呼吸を整えようとしながらかろうじて首を動かし……ルーミアの頬に、自分のそれをくっつけることだけだった。
「みふふっ、すりすりー」
 ルーミアの嬉しそうな笑い声は、すぐ耳元で聞こえた。
 と、ルーミアが体を離した。
「あ、あ……」
 口から名残惜しげな声が漏れるのを、妖夢は抑えられない。
 慌ててごまかそうとした瞬間、背中にぞくりと悪寒が走った。
 この悪寒は、知っている。
 こんな時でさえ、否、こんな時だからこそ、というべきか。
 妖夢の剣士としての本能が、感じ取ったのだ。
――なにかが、来る。
 今だ鞘中にあるはずの白刃の冷たさを、妖夢の首筋は確かに感じ取った。
――何かが、来る。
 来る。致命的な何かが、来る!
「みふふっ。るーみゃ、みょんちゃんのこと、いっぱい食べたからー……」
 罪のない笑顔を見せるルーミア。
 だが、そこから来るのだ。致命的な何かが。
「今度はぁ、みょんちゃんがるーみゃのこと、食べていいよー?」
 もう妖夢の喉からは意味のある言葉どころか、正常なリズムの呼吸すら出てこない。
 そんな妖夢を、ルーミアは不思議そうに眺めている。
「みょんちゃん、ほれほれ。たべてー?」
 無責任に両手を広げるルーミアだが、もうその姿すら妖夢にはまともに見えていない。
 頭はふらつき、視界全体がぼやけ――。
 その視界に、奇妙にはっきりと写ったものがあった。
 ルーミアの顔……ではない。その背後。
 さっきまで閉まっていたはずの襖。
 それがほんの少しだけ開いている。
 そのわずかな隙間から覗くのは――
「そうよ妖夢……そのまま一線を超えるのよ……大丈夫、ゆゆ様が見守ってるわグヘヘヘ……!!」
 瞬間、思考が冷めた。
 今まであれほどうるさかった動悸が、一瞬にして平常のそれを取り戻した。
 今まであれほど暑く煮えたぎっていた頭の中が、一瞬にして冬の湖の如く冴える。
 緊張でガチガチに固まっていた全身が、だらりと脱力する。
 目も向けず愛刀をひっつかみ、神速の踏み込みからの袈裟懸けの一刀。
 襖が音もなく両断される。
「あっ妖夢、これは違うの。そう、親心よ! これからコトに及ぼうとする愛しい従者の檜舞台を永久に心に留めておくために……」
 そこまで言って幽々子は頭を引っ込める。その頭上を白刃が擦過。
 躊躇なく首を狙った一閃。
「……ルーミアちゃん、ちょっと待っててね? いい子だから」
「みょんちゃんどこいくのー?」
 メリメリと優しく微笑んで、妖夢は肩越しに答える。
「うん、ちょっと諸悪の根源を滅ぼしてくるの」
「そーなのかー」
「あっやっばやりすぎた。これマジギレしてるわ。てなわけで逃げっ」
「お祖父様、妖夢は、妖夢ははじめて幽々子様に手を上げます……弟子の不出来をお許し下さい……キエエエエエエエエエエッ!!!」
 二百由旬に響く猿叫を上げながら斬りかかる妖夢。
「ねーねー、みょんちゃーん」
 その背中に、ルーミアの気楽な声がかけられた。
「終わったらぁ、おふとんの中で、続きしよーねっ♪」
 妖夢は顔面から倒れこんだ。
 遅れに遅れに遅れに遅れたお友達への誕生日プレゼントです。
 妖夢にはいつまでもいじられキャラでいてほしい……。
人形使い
http://www.geocities.jp/yuuma_hazama2000/
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コメント



0.170簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
ぐっど
6.100名前は無い程度の能力削除
いつ見てもここのルーミアはかわいいなー
7.100名前が無い程度の能力削除
ここにキマシタワーを建てよう。
8.90名前が無い程度の能力削除
ああ、次はアドヴァンスドサードだ(トオイメ)