Coolier - 新生・東方創想話

酒を飲みたい

2015/06/25 12:39:05
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ほう、と息をつく。

燻されたリンゴのような苦味と渋味が舌を舐め、仄かなオーク樽の香りと干し草を焼いた煙のような刺々しさが口腔を満たし、40度という強いアルコールが隠れることなく攻撃的に喉奥をピリピリと刺激する。

一つ一つを抜き出せば特徴ある我の強そうな味や香りであるが、琥珀色をたたえる液体の中で混ざり合うそれらは奇妙にもお互いを尊重しあい、最善と評価出来る素晴らしさで協調していた。

からんとグラスを回して氷から解けた水を軽く馴染ませると、残りは一気に煽り、喉を焼く熱さを逃がすようにもう一度ほう、と息を吐いた。

美味い、実に美味い酒である。



暇をしていた。日がな一日中ぼーっと橋の下を流れる地下水脈の流れがきらきらと煌めくのを眺めるか、橋の上に広がる広大な縦穴にかかる土蜘蛛の巣についた水滴がきらきらと輝くのを眺めるかしかしていない。

これもあれも、何処ぞの烏が起こした騒動が終わってから、禁じられてきた地底と地上との交流が再開され、やるべき仕事が大きく減ったからである。

私こと水橋パルスィは地上でさんざっぱらに暴れ回り、そのせいで地底に封じられたとされている。が、本当の所は地底世界の調和を維持するようにちっこい閻魔に頼まれたからだ。

地底世界は鬼たちのように地上にほとほと嫌気が差して来たものも居るが、殆どは地上に居ることが出来なくなったものだ。それは迫害であったり、恐怖であったり、弱体であったり、忘却であったり。ともかくも、地上を疎んじたのではなく、地上に疎まれたものが多く居るということだ。

彼らが抱える鬱屈した感情というのは、ふとした時に他者や自己への暴虐に向かいやすい。

自殺は勿論のこと推奨されるべきではないが、閻魔が危惧したのは地底という箱庭が秩序の光輝かぬ無法地帯になること。
鬼の力で抑えるには限界がある。鬼は強靭な種族であるが、相手が真正面から挑んでくるかは分からない。いや、力で屈服させようとする先に起こる反発にこそ曲がったものが多い。そして残念なことに謀略や闇討ちといった能力に適した者が、地底にはたくさん放り込まれていた。

そこで声をかけられたのが私である。地上に人が増えすぎていい加減うんざりしていたところに、働き如何によってはやんちゃだった頃の悪行に恩赦を与えるとの待遇で招かれたので、特に拒絶することなく地下に降りた。

そうして先日まで嫉妬を操る程度の能力を使い、「どうして俺たちがこんな惨めな暮らしをしなきゃいけないんだ」といった思いや、「あぁ、太陽を拝みたい」といった思い、果ては「充実してるやつ爆発しねーかなー」なんて思いまで、放っておけば地底を侵す毒になりそうな嫉妬をせっせと回収していたのである。

ちなみに余談ではあるが、地底において恋人同士でいちゃこらちゅっちゅっしてる連中は、私の個人的な趣味と発散によりたまに爆発する。安心して欲しい。煤にまみれて髪がアフロになるだけの平和な緑の爆発だ。副作用としてギャグテイストの容貌になってしまった恋人を笑ってしまい、そのまま喧嘩からの破局という流れになることがあるのだが、まぁ大した問題ではあるまい。

旧都が凡そ整った辺りで多忙からは引くことになっていたが、地底が外に開かれるといよいよゼロとなった。

地上が妬ましいと思えば、ぽーんと穴倉から出れば良いのだ。その地上も昔とは様変わりしていて、恨み辛みの前に驚きがぽーんと出てくる。落ち着かせる為に取り敢えずと頼む菓子やら飯やらが旨いものだから、地上廃滅の旅は観光にするりと変わる。そうして毒気を抜かれて帰ってくるので、私の出番はいらないということだ。今や地底は地上に対する怨嗟より、圧倒的に興味と好奇心が勝っている。

橋守のほうも特にすることはない。地上との往来は、どこかの寺一味がぶち抜いていった穴で行われるのが最早一般だ。あちらの方が広い上に最近鬼の手が入って綺麗に整備され、さらには無愛想な橋守もいないときている。みながあちらを選ぶのは必然であった。パルパル。

だから私は暇をしていた。忙しいよりは暇がいい。しかしだ、それも趣味ややることが在る者の言。きらきらを眺めるしかないのでは、目の前に果てしなく広げられた暇というのにも何だか嫌悪を抱いてくる。何て言ったって、まったく使われることのない脳みそが健やかに縮小していきそうだからだ。浮かぶのは痴呆の末にやんちゃだった頃に戻って世界を焼き尽くす嫌な未来。

何かした方が良いなとは思うが、そうぽんぽん案が湧いてくるではなし。橋の欄干に寄りかかって、ぼーっとしながら旧都の灯りがきらきらするのを眺めてどれくらい経っただろうか。ふと寒さを感じて、くちゅんと一つくしゃみが出た。

灼熱地獄の跡地に残る火種を用いて温度管理のなされている地霊殿一帯は年中春の陽気だが、遠く離れたところとなると一般的な洞穴のそれに近づく。特にこの辺りは低温の水が流れる近くであり、地底の中でも一層気温の
低い地帯となっている。

持参している羽織をいそいそと着込みながら、そういえばと随分と昔に頭を過ぎった考えを思い出していた。

(酒の熟成と保管に向いてるなぁ)

現実、鬼は喜んで酒造りに励んでいる。だが、あの時に私の頭に浮かんでいた酒は鬼の作る日本酒や焼酎ではない。西方で絹や香辛料を抱えて行商していた若かりし頃、方々の街で少ない儲けを溶かして飲んだワインやアラック、ビールにミードといったこちらでは少々変わり種となる酒だ。

閉鎖された地下では材料も仕入れルートも見つからなかった話。嫉妬を集めるのに忙しく、酒まで集めていられないと諦めた話。鬼の叡智の粋を集めて作られた酒虫が便利過ぎて日本酒以外を作る気のある奴がおらず、酒の席で語っても拾われなかった話。

しかし、地上に開かれた今はどうだろうか。何処かの紅いお屋敷から土産に貰ったというワインをお披露目していた土蜘蛛。今の仕事と言えば大鬼火に照らされた結晶がキラキラ光るのを見るだけになってしまった橋姫。流れ込んでくる変化を楽しんで、次々と地上風の店を構え始めた鬼たち。

何処を攻めてみても、全く進みやすい状況であると言う他に無い。

いけると踏んだ次には仕事の話をつけに一路地霊殿へと歩み始めていた。思い立てば直ぐ行動を信条にしているからではない。新たな仕事への熱意と気合の先走るからではない。
ただ、考えていたら無性に飲んでみたくなったのだ。美味い酒を。私の足を動かすのは飲兵衛気質に染まった欲望である。

だが、その勇み足が止まる。目前には地霊殿の荘厳な門が立つ。重々しく閉ざされたそれは外界の一切を拒絶し、内界に広がる暗澹な平和を秘匿しているかのように映る。

実際のところは、ただ危機管理の関係で不用意な開け閉めが控えられているだけとかそこら辺だろう。それが私の目に巨大な障害として映るのは、心象に暗い影が落ちてしまったからに他ならない。

地霊殿の主、古明地さとり。我が野望を果たすには話を付けなければいけない輩であるが、これがまた非常に難儀な性質を持った奴なのを浮かれ気分のせいで失念していたのである。

地底の管理者たるさとりは心を読む妖怪だ。真面目な建前を話す裏、ウキウキな飲兵衛心など覚られたら向こう10年は揶揄いの種である。恥を避けたい女パルスィ、計画は初手の段階で早くも滞りを見せようとしていた。

酒なんて下らないと諦める気持ちと久しく飲めていない酒への切望が鬩ぎ合う優柔不断のなか、背後からは木輪が鳴らすカラカラという音が迫ってきた。

「おや、誰かと思えば橋姫のお姉さんじゃないか。さとり様に何ぞ用事かい?」

快気な声にはっとして降り向けば、そこには缶詰をたんまり乗せた手押し車を引く地霊殿のペット兼管理補佐であるお燐がいた。常日頃より死体大好きと特殊な性癖を怯みなく暴露している猫畜生であるが、機会が悪いのか彼女の火車に誰かの頭が転がっているのを私は見たことがない。

「え、えぇ、まぁ、そのつもりで来たんだけど……」

正に決めかねていることを問われ、返答は曖昧になってしまった。その様子に何を見たのか、お燐はひとり勝手に納得した様子で頷いた。

「門を開けて貰えないんだね。いやぁ、申し訳ない。番はついてるんだけど、この時間帯はお昼寝してることもあってさ。軽いノックだと気づかないことがあるんだよねぇ」

直感がマズイと警鐘を鳴らした時にはもう遅く、地霊殿の姉御猫なお燐のお節介パワーはフルスロットルで、違うと伸ばされた手を両の手で握ると、白い歯をキラリと光らせる惚れ惚れするような頼もしい笑顔を見せた。

「お姉さん優しいから遠慮しちゃったんだろうけど、そんなのしなくていいのさ。いいかい、こうやって」

お燐は取立屋の鳴らすような強いノックの音を響かせた。

「おぉい! とっとと開けておくれ! お客さんを待たせてるよ!」

見ると、お燐の握る獅子顔のドアノッカーの持ち手は随分とメッキが剥がれているし、打ち付けられる部分は回りと比べると随分と暗く変色してすり減っている。地霊殿では荒っぽい呼び方というのが一般的なようだ。お燐の声も腹から出ている良く通る声で、成る程慣れた感じである。ちくしょう。

こうなってしまったら私に残された唯一の望みは土蜘蛛がバイオテロを敢行し、地霊殿の全ての生き物が腹痛に襲われて動けなくなっていることだ。

しかし、無情にも門の向こうからドタドタという足取りが確かに聞こえる。「ね、上手くいくだろう」とウィンクを飛ばすお燐に乾いた笑みで答えるしかなかった。

「わっ、わっ! 開ける! 開けるよぉ! そんな急かさないでよっ!」

カコンと閂が外され、思ったより随分と軽い木と金具の鳴りを上げて門が開く。

ぴょこんと顔を出す黒髪に緑のリボン、小さく畳まれた翼に妬ましくでかい胸の上、鎖骨の間に開かれる赤熱の巨眼。件の騒ぎを起こした地獄烏の空であった。

「あれ、お空? どうしてあんたが番なんかしてるんだい?」
「うにゅ? 番はしてないよ。近くにいたから開けただけ」
「番のやつは?」
「さぁ?」
「……あんにゃろ、サボりだな。まぁ、客なんぞ珍かではあるが」
「あ、そうだ。お客がきてるんだって?」
「そうさ。ほれ、そこな橋姫さんさ」

二人して盛り上がっているのだから背景に徹していればそのままスルーされないかと思っていたが、お燐がそんな間抜けな訳はなく、苦笑いを浮かべて紹介に応じた。

「パルスィ!」
「ぐぇっ」

ただし、お空から返されたのは挨拶ではなくロケット頭突き。たいして鍛えてない腹筋は防護を為さず、内蔵へダイレクトに衝撃が伝わる。肺の空気が絞り出され、淑女らしくない歪んだ悲鳴が口から漏れた。それでも咄嗟に足に力を込め、なんとかギリギリで倒れることだけは阻止した。
下は畳でも何でもないただの硬い岩盤である。そんなところで転ばされてみろ。全身を強く打って〜……、なんて朝刊になりかねない。血まで流れれば、この考えなしの烏ちゃんは罪悪感で泣き出すに違いないのだ。

「パルスィ、会いに来てくれたの!?」

お腹に抱きついたまま見上げてくる空の瞳は嬉しさからかきらきらと輝いていた。うん、良いきらきらだ。これを曇らせてしまうのは全く地底世界全体の損失と言っても過言ではない。

そこまで考えて、私は静かにため息を吐いて計画を進める決意をした。きらきらが地底遺産だなんて、どう考えても言葉が過ぎる。一瞬でも冷静な判断を失ったきらきら中毒になりかけの自分の脳みそには、早急な療法が必要だと認識した。

まぁ、数分後にはその自分とこの世界を呪うことになる訳だが。

「掛けたらどうです?」

地獄の最高裁判官、四季映姫。その人物は通された先の応接間で、書類を広げながらさとり妖怪とコーヒーを飲んでいた。

別段珍しいことではない。此処が地獄のスリム化に伴う切り離しを受けて、獄卒ではなく妖怪の住む地底世界となった後も、その管轄は是非曲直庁のままであった。さとりは管理人を請け負っている身であり、是非曲直庁の役人たる四季映姫は監査と視察の為に地底にやってくることがある。
それが今日の今だということには、流石に運命の妙を呪わずにはいられないが。何を耳打ちされたのか、あの映姫が「長居をした」と席を立つ訳でも「直ぐ終わるから」と次の来客に待ってもらうよう頼む訳でもなく、「自分も話を聞こう」だなんて奇言を吐いたことにもだ。

高性能嘘発見器と高性能断罪マシーン。思いつく限り地底で一番嫌な組み合わせである。嘘を吐けばけしからぬと一時間説教コース、素直に話せば理由が不純だと説教コース。そんな未来がありありと見え、空の瞳のキラキラに誓った手前ではあるが、立ち去る為の言い訳が転がり込んでは来ないかと窓に視線を移した。

高地にある地霊殿。窓からは今日も今日とて酒で賑わう平和な喧騒の程を一望できる。一本角の鬼が闘牛のようにこちらに突進してくるような光景はいつまで経っても写りそうにない。

「パルスィ、話してみて下さい。私は別に意地悪で映姫さんを呼び止めたわけではありません。きっと貴女の力になってくれると思ったからです」

ごちゃごちゃ浮かべるこんな考えも当然お見通しのさとりがそんなことを言ってくる。私にサードアイはなく、発言の真偽は分からない。映姫の方は変わらず背筋をピンと伸ばして座っているだけで、さとりの言に肯定も否定せず、また私に言を促すこともない。

出されたコーヒーを一気に呷った。喉奥に絡みついてこない嫌味のない弱めの苦味と酸味、しかして味が薄いわけではなく、上品なまろやかさとコクがある。燻した香りは強くないが、変わりに何処か甘さを感じる芳しさが満足に鼻腔を楽しませる。さすがだ。水橋家にあるコーヒーと言う名の泥水を作る粉とはモノが違う。

さとりが微笑む。私はこの旨いコーヒーを淹れてくれた地霊殿の主を信じてやることにした。

「実は暇になっちゃって……」

何から何まで全部話した。暇になった理由、仕事を欲する理由、飲兵衛な下心、罠と疑って中々話出せなかったこと。緊張もあって語りはたどたどしくなったが、映姫は黙々と私の話を聞いていた。

「確かにこれは良い機会ですね。水橋パルスィ、貴女のその話、四季映姫の名を以って是非曲直庁が支援致しましょう」

そして返答がこれである。コーヒーのお代わりが注がれていなくて良かった。喋り終えて安堵した私はまず間違いなくカップを傾けていただろうし、映姫のこの返しを聞いたらバカみたいに口を開けて垂れ流すか、思い切り咽せてちっこいお偉方二人をコーヒーまみれにしていただろう。

衣食足りて礼節を知るという言葉がある。見た目がみすぼらしくなれば心も惨めになってくるし、身体が痩せ細くなれば気持ちも狭くなってしまう。脳みそ抱えて生きる限りは中々逆らえない摂理だ。

映姫は地底が暴虐の地と化すことを避けたかった。当然、衣食が不足しない暮らしを与えようと動いた。

あの世側というのは勿論のこと精神的世界であるが、何も物質的に乏しいわけじゃない。むしろそこそこに満ちている。亡者を拷問する為の器具があって、魂運ぶ為の舟があって、立派な裁判所があって、遊宴狂宴の天国さまは語るに及ばず。そのそこそこ溢れているものを支援という形で是非曲直庁が地底世界に流してくれている。最近はこちらもある程度発展してきたことだし、向こうさんは財政の無駄は一銭でも省きたいことだしで、流石に無償ではなくなったが。

それでも、映姫という盾は恐ろしいほど強力だ。地上を徘徊しながら土下座交渉するしかないと思っていた酒が、検査や規制に引っかかることも煩雑な手続きを踏むこともなく私の手に届く。

「私も出来る限り協力しますよ、パルスィ」

加えてさとりも助力してくれるときた。

店を出すからには色々入り用だ。資金に土地に許可証とその他諸々。もともとお役所仕事を通して貰おうとさとりに会いに来たわけだが、そういうことならばこちらもクリア。

実に有難い展開だ。有難すぎで怖いくらいだ。

私は別に彼女らに大恩着せた覚えはない。立場ある彼女らが私みたいなちっぽけな存在の話を手放しで喜ぶとも考え辛い。閻魔さまの手前、あんまりこういうことは言いたくないが……。

「……裏、ある?」

すいと映姫の眉が細められた。

「裏という言葉は適切ではないですね。始めに良い機会だと言ったように、隠すつもりはありませんので」

そういえばそんなことを言っていた気がする。まぁ、機会と言われても余計に分からないが。私が新たに仕事を得ようとすることが、彼女たちに一体全体どう作用して転機となるのか。

「実は、あなたが入ってくるまで映姫さんとお酒が飲める良い店が無いかと話していましてね」

地底で酒のない店を探す方が難しい。なにせ言えば服屋でさえ酒を注いでくれる土地なのだ、ここは。だから何を言ってるんだこいつはと思ったが、続きを聞くと静かに酒が飲める場所ということらしい。
確かにそいつなら難しい。酒と喧騒をセットで売っている土地なのだ、ここは。仮に店内が静かでも、隣近所まで黙ってないのがここの常。

「贔屓にしていた店が代でも変わったのか、まるっきり逆の変化を遂げていまして」とは映姫の談。旧都は空前の地上ブーム。おじいちゃんがパンクに目覚めることもあるだろう。

そうして他にはと語っている時に私がやって来て、酒の話を抱えていたから良い機会だと。なるほど、嫌な予感しかしない。お暇しよう。

「お燐」

ダメだった。さとりの短い一言で駆けつけたお燐が私の動きを封じた。動物形態、つまりは猫の姿になって私の膝の上で丸まるという卑劣な手を使って。許されない、これは本当に許されない。さとり許すまじ。もふもふ。

映姫が咳払いをしたので、お燐に向けていた視線を上げる。

「水橋パルスィ、私は貴女が静かに落ち着いてお酒を飲める場を提供してくれることを望みます。酒の卸売ではなく、一つBARでも開いて下さい。それが支援の条件です」

嫌な予感は当たるもの。まったく愚かな閻魔さまだ。お前たちが示した破格の条件はこの瞬間に違格の条件になったぞ。客商売! よりにもよってこの私に客商売をしろだなんて! 愛想って奴を人間止める代償に置いてきたような妖怪で、生粋の面倒臭がり。知った顔と話していても睨んでると言われる目付きの悪さで、口下手なのをクールだとかダンディだとか評価されるには身体が貧相すぎる。

それにアレだ。BARってカップルが何か良い雰囲気に浸りたくて訪れる場所だろ。無事開店しても、3日目くらいで緑の爆発起こして壊しそうである。まともな経営にならん。

「その点なら心配するに及ばないでしょう。雰囲気を壊されると知っておきながら、あなたの所に立ち寄ろうなんて酔狂なカップルはいません」

正論だった。私が根城にしているからということで、地底でデートスポットに選びたくない場所第1位を不動の物にしている橋である。その近くに何ができようがカップル連中は近付かまい。ちなみに、不動の2位は地霊殿。理由はさとりがいるから。お互い嫌われたものだとしみじみ思う。

ん、そうだ。他人の邪魔が入らず酒が飲めるなら地霊殿があるじゃないか。

「ペットたちが賑やかだからダメですよ」

正論だった。

「何も貴女に正式なBARをやって貰おうとは思っていません。取り敢えずはウィスキーのロックを飲めればそれで充分」

ウィスキー。話に聞く麦やモロコシが原料の蒸留酒。本に出てくる刑事とか探偵といったダンディな大人の飲み物。

そうか、是非曲直庁経由だとそういった酒も手に入るのか。俄かに心がざわついてくる。

「お、美味しいの?」

ごくりと喉を鳴らして聞くと、映姫は柔らかな声で答えた。

「えぇ、とても。なんでしたらカタログと一緒に私の蔵品から幾つか送りましょうか?」

閻魔様の菩薩スマイルだった。



盛大に渋っていたものの、結局私は酒の魔性に抗うこと叶わずに映姫の話を呑んだ。

店は川とそこに架かる橋を望める高台に構えることにし、今はこうして先立って送られたウィスキーやラムをちまりちまりと飲みながら、開店準備をちまりちまりと進めている。

世界は私が見てきたよりも広く、また世界は私が生きてきた時よりかなり進歩していた。
ジン、ウォッカ、ブランデー、テキーラ。届いたカタログには未知の酒が大量に載っていた。中でもリキュールの多彩さには目が回るほどだ。香草薬草、果実にナッツにチョコや卵、ヨーグルト、抹茶に桜。大凡、この世にある味や香りの殆どが揃うんじゃないかと思う充実ぶりである。向こう100年は戦える。

カクテルの作り方というのも送られてきたが、はっきり言って作るのに難度も手間も高い。映姫が”取り敢えずは”と言ったのも頷ける。今の私には炭酸割ぐらいが精々。”取り敢えずは”手軽に飲める酒を制覇していこう。

琥珀色の中に浮かぶ気泡がライトを浴びてきらきら輝きながら踊るのをしばらく楽しみ、気の抜けきらないうちに喉に流し込む。

とろりとした甘さ、強いバニラの香りとそこに隠れるようにして杏の風味。口当たり良く、度数の割に軽やかな飲み口。炭酸で割ったことで本当にジュースのよう。

しゅわしゅわ弾ける酒を舌で転がすうちに香りには渋みが立ってきて、飲み込んでほぅ、と息を吐くと、たっぷりの余韻と爽やかに突き抜ける香草が楽しめる。

あぁ、美味い酒だ。

惜しむらくは酒のことしか考えおらず、合わせるつまみが浅漬けしかないことか。

悪くないとは思うのだが、映姫にこれを出したら怒られそうだ。かといって地底で探すにしても日本酒用のつまみばっかりである。珍味だからといって地虫の唐揚げなぞ出した日には、それこそ裁判に引き摺り出されかねない。

結局、地上に土下座参りするのは避けらないか。

面倒臭いが仕方ない。明日にでもでかけよう。今はその英気を養うため、命の水でグラスを満たすのだった。
物語は《 BAR兼レストラン兼カフェ兼甘味処兼パン屋兼カレー屋兼アイスクリーム屋さん ミズハシ 》へと続きますん
コトワリ
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コメント



0.1030簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
パルスィはかわいいおねえさん
7.100名前が無い程度の能力削除
地底の住人の生活が垣間見えて楽しいですね
是非続いて欲しいです!
9.90奇声を発する程度の能力削除
こういうのは良いですね
10.100名前が無い程度の能力削除
前作から来ましたが面白かった
ぜひ続きの話も書いてほしいです
18.80名前が無い程度の能力削除
続きが気になる!
19.80名前が無い程度の能力削除
続きが気になる!
27.100名前が無い程度の能力削除
雰囲気が凄く好きです