Coolier - 新生・東方創想話

賑わう人里

2015/06/24 22:34:53
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「よう、霊夢。今日も暇そうにしてるな」
「むそーふーいん」
「ぎゃーす。」
「……えーっと」
「いい? 少名針妙丸。口は災いの元、というのはこのことよ」
「……ただの無慈悲な暴力の間違いでは……」
「全くだ」
「何で生きてるんですか。」
「慣れだ。」
 神社を囲む緑も色づいてきて、渡る風の気配がとても心地よい、ここは博麗神社。
 そこの境内で、いつものようなやり取りをする一同の名前は、博麗霊夢と霧雨魔理沙である。
「相変わらず、客が来ないところだな。ここは」
「そうなのよ。何が悪いのかしら」
「真昼間から境内で、堂々と寝転がってる巫女のいるところにご利益なんてもんがあると、普通の人が思うか否か、だな」
 相変わらずというか何というか、閑古鳥が何十匹いるんだかわからないこの神社。
 がらんとした境内に吹く風は、とても乾いている。
「だって」
 ひょこんと起き上がる霊夢。
「朝のお勤めが終わって暇なんだもん」
「じゃあ、暇じゃなくなるようなことを何かしろよ」
「しんちゃんいじり」
「やめてください」
 小人の針妙丸のサイズは、言ってみればかわいらしいお人形さんサイズ。
 ほっぺたつんつんされて、不満げな顔で彼女は霊夢の手を払う。
「人が来るようなことをすればいいだろ」
「何があるのよ」
「お前、普段、何してんだよ」
「えーっと……」
 境内の掃除以外に、自分の仕事を探す霊夢。
 一応、すぐにぱっと頭に浮かぶのは妖怪退治の仕事である。続いて、祈祷や舞の奉納、各種ご利益に関するお祈りなどを思いつくのだが、
「……頻度が少ない」
「だろう?」
「え? 霊夢さんって、境内の掃除と妖怪いじめ以外に何かやってるんですか?」
「てい。」
「いたいー」
 ごくごく普通に、割とマジな顔をして問いかける針妙丸のおでこをぴんとつついて転がす。ころりんと転がって、針妙丸は悲鳴と共に抗議の声を上げた。
「いやまぁ、そいつの言うことももっともだ。
 というか、私もつい最近まで、お前が祈祷とか巫女舞が出来るなんて思ってなかった」
「はっぽーりゅーさつじーん」
「当たらなければどうということはない!」
「ちっ」
 次は普段より3割増しくらいで『殺す』つもりで、霊夢が放った攻撃は魔理沙に華麗に回避された。
 ちなみにその攻撃の余波は、弾けるとともに境内一面を薙ぎ払い、砂埃を巻き上げている。
「まあ、そんなわけで、暇なら暇にならないようになんかしろ、ということだ」
「あんたに言われたくないわよ」
「普段から紫さんに怒られてますもんね」
「あんたも一言多い」
「お前、紫に怒られまくってるのに、ほんと、反省しないのな」
「してるわよ。
 してるから、色々やろうとしてる」
「で、失敗する」
「世の中が悪い」
「人のせいにすんな」
 しかし実際、博麗神社のお客さん不足は深刻である。
 そのせいで、霊夢についたあだ名が『赤貧の博麗巫女』だ。その話を聞いた、先の話にも出てきた『八雲紫』という妖怪が霊夢の元に押しかけてきて、『なんて情けない! あなたに博麗の巫女としての矜持はないの!』と、延々、半日くらいお説教したのが、つい三日ほど前のことである。
「どうせなら、人を入れる手法を探して、誰かに話を聞いてきたらどうだよ」
「誰に」
「この頃、人里で、何かそういう動きがあるらしいぞ」
「へぇ?」
 前置きが長くなったが、魔理沙が霊夢の元にやってきたのは、それが理由であるということだった。
 ――なんでも、人里の各種商店において、『もっとお客さんに来てもらうには何が必要だろうか』という会合が、最近、行われているらしい。
 色んなアイディアが出てくるのだが、なかなか『これだ!』というものにはめぐり合えていないのだとか。
 しかし、様々なネタが出ているのは確かなので、魔理沙曰く、『そこから、何か使えそうなものをパクってこいよ』ということだった。
「ふーん。
 幻想郷も不景気だもんね」
「最近は、景気もよくなってきてるぞ。
 私のところに薬を買いに来る奴も増えた」
「へぇ」
「ほら、パチュリーが作るのは、すごい効果があるけれどとんでもない値段だろ? アリスはそういうのやらないし、魔法の森に住んでる、他の魔女たちもなかなか結構な対価を取る。
 その点、私の場合は『そこそこの効果でそれなりの値段』だからな。
 客は割りといるんだよ」
「にしちゃ、あんたの店に人が入る姿こそ、見たことないけどね」
「だから行商してるんじゃないか」
「あ、魔理沙さんが、よく、爆発する瓶を持ち歩いてるのってそれが理由ですか」
「……爆発しないはずなんだけどね」
 素直に納得してコメントしてくれる、針妙丸の真摯な瞳が逆に痛い。
『栄養剤』として作った薬が爆発したり、『傷薬』として作った薬が爆発したり、『害虫退治』として作った薬が爆発したり、『美味しいジュース』として作ったものが爆発したり、魔理沙も色々大変なのだ。
 ちなみにその話を、知り合いの魔女である、先の二人に話した際、彼女たちは口をそろえて『魔法って爆発するもんでしょ?』と返してくれた。
「それに、うちは実家が商家だから、そういうノウハウは身につけてるつもりなんだ」
「あんたの家、ねぇ。あれでしょ? 人里の真ん中くらいにある、でっかいの」
「そう」
「お父さんとお母さん、元気してる?」
「親父はいつも通り、お袋もいつも通りだろ」
「遠目からでも見に行けるんだから羨ましいわ」
 何となく、しんみりした話になったりもする。
 針妙丸はうんうんとうなずき、その視界の片隅で、何かがさがさ不自然に揺れる茂みと、ちらちら見える人の手のようなものは見えなかったふりをした。
「そんなら、ちょっと、見に行ってみようかな」
「そうだそうだ。それがいい」
「アイディアって無料?」
「話に参加している奴らには、自由に、出てきたものが使える権利が与えられるらしい。慧音に聞いた。
 ただし、参加だけしてる奴は別なんだとさ」
「なら気をつけるわ」
 霊夢は立ち上がり、大きく伸びをする。
 針妙丸が『お供します』と、ぴょんと飛び上がって霊夢の肩に乗った。
 二人はそのまま、神社を去っていく。
 さて、と一人残った魔理沙は視線をめぐらせ、
「おーい。お前らも、ここに迷惑かけてんだから、たまにゃ協力してやれよー」
 と、恐らくは姿と気配と音を隠してこちらを見ているだろう、いたずら妖精たちにも声をかけるのだった。


「何だか、最近、みんな疲れた顔をしているのね。大丈夫?」
「……いやぁ」
「……雛さん、ありがとね」
 さて、所変わって、ここは妖怪の山。
 かつては、この世界に住まう人々に恐れられる魔の山だったここも、そこを統べるわがまま野郎……もとい、天魔の方針転換により『幻想郷で一番の観光地』を目指して日々改革が続いている。
「ほい、姉さんが作ったお饅頭。
 疲れてる時は甘いものがいいよ」
 そこの一大勢力である、天狗一族に属する射命丸文、その彼女たちを技術的にサポートする河童一族の河城にとりが、疲れた顔してそこに座っている。
 出された饅頭をもむもむ頬張って、またため息一つ。
「何かあったの?」
 そんな彼女たちを一瞥して、尋ねるのは鍵山雛という神様である。
 彼女の言葉を受けて、二人は顔を見合わせた後、
「いや、まぁ……天魔さまのご機嫌が、最近、ものすっげー麗しくなくて」
「何かあったの? あのわがままようじょに」
「穣子さん、堂々とすっげぇこと言うね」
「事実でしょ」
 その天魔に全く頭の上がらない天狗と河童の二人とは違い、種別は違うものの雛と同じく神様である秋穣子は、堂々と相手のことを評して肩をすくめてみせる。
 この辺り、『神様』としての神格がなせる業なのかもしれない。
「まぁ、ええ……。
 あ、ほら、最近、どうも山への人の入りが悪いとかで……」
「それは普通でいいんじゃ」
「昔はそうだったんですけど、今は、『幻想郷で一番有名な観光地にしろ』ってことになってますので……」
「登山道はいつも大人気なんだけどねー。
 ただ、ほら、一度登ったら満足、っていう人もいるから」
「つまりはリピーターね」
 雛がぴっと人差し指を立てて言う。
 そうなんですよ、と文がうなずいた。
「何とかして、客を増やせー客を増やせー、って」
「出来ないならお前達の責任、って言われて、もう大変なんだよ」
 あたしは下っ端なのにさ、と愚痴をつぶやくにとり。
「お二人はんとも、何かえらいことになっとるみたいやねぇ」
「姉さん黙ってて。話が進まないから」
「もう。穣子、そうやって、すぐ姉はんを邪険にする」
「あーもー!」
 その空気全く読まず、というか、ひたすらなマイペースで話に入ってこようとする秋静葉。
 しかし、そのほわんほわんの京都弁とどうにもならないのんびりな気質は、この場では空気乱しまくりのファクター以外の何物でもない。
「毎日のように、私達、天狗が登山道の拡張に勤しんではいるんですけどねぇ」
「ルートがね。
 初心者向けが、やっぱり、少ないのが原因の一つだよ」
「この山は険しい山ですからねぇ」
 幻想郷の住民は、そもそも、己の住まう場所である『里』からあまり外に出ない。
 言うまでもなく、里を一歩出れば、そこは妖怪の住まう『闇の地』だからだ。
 下手なことをすれば彼らに食われてしまうというのが、この世界の掟でもある。だから、人々は、そうそう外に出たがらない。
 山歩きに慣れているのは猟師などの特殊なものばかり。
 こうした、それ以外の『初心者』を何度も何度も登山に呼び込むというのは、そう簡単にはいかないのだ。
「なるべく、厳しい坂を登らなくていいようにルートを作ってるんですけれど」
「中腹よりちょっと下くらいで、山から見える景色を眺めて満足して帰っちゃう人、多いよね」
「その先の大滝とか、色んな木々が生えている空間とか。
 見所、まだまだ一杯あるんですけどね」
「じゃ、そういうところをアピールすりゃいいじゃん」
 あんたらが持ってるそのカメラは、一体何のためにあるんだ、と穣子。
 文は小さくかぶりを振る。にとりが、「それ、もうやってるよ」とフォローを入れた。
「写真だけで満足しちゃうんですよね、そういう人たちって」
「あー」
 そりゃ仕方ない、と穣子はつぶやく。
 いかに興味を誘うものであっても、その興味のための『実行』を促すのは難しい。
 その二つの間には、高くて険しい壁があるのだ。何とかして、それを乗り越える縄梯子を用意してやらねばならない。
「で、それを、日夜考えている、と」
「そうなんです。
 私みたいな下っ端天狗まで、朝帰りの残業三昧。はたてさんなんて体調崩して寝込んじゃいましたよ」
「あ、だからいないんだ」
「椛さんはそのお見舞いです」
「あたしらも大変。
 上から、あれしろこれしろ、って言われるんだけど、取り組んで三日くらいして設計図も出来て、『さあ、やるぞ』って時に設計変更、仕様変更の雨嵐。
 実働部隊のほとんどが『ふざけんな! やってられるか!』ってストライキ起こしちゃってるよ」
「あちゃー」
「河童は組合が強いですからねぇ」
「そんなのがあるのね」
 労働者とはかくも大変なのだ、とにとりと文。
 その二人を気遣って、雛が、「お茶、お代わりよ」と美味しい煎茶を用意してくれる。
「あたしはまぁ、そういう作業をするのが苦にならないからいいんだけどね。
 だからって、片っ端から、こっちに作業を振ってくるのは勘弁だけど」
「何かいい手があればいいんですけどねぇ。
 天魔さまが機嫌を直すような」
「お目付け役の人にチクっておしりぺんぺんしてもらえば?」
「一応、そのお目付け役の人も、現状、許可を出しているそうです」
 妖怪の山で、一番偉く、そして一番強い天魔。
 その天魔すら、泣いて『ごめんなさい』を言うしかないのが、彼女のお目付け役といわれる謎の妖怪である。
 文やにとりは、その人物の顔すら知らない。
 もちろん、穣子や雛もだ。
「厳しい人だって聞いてるけどね」
「その人も、現状を憂いているのでしょう」
 こっちとしてはたまったものではないが、と付け加えるのを、文は忘れない。
 そういうわけで、『久しぶりの休日』を満喫するために、ここにこうしてやってきた二人である。
 その実態は、日頃の仕事への愚痴となってしまっているのが残念だが、幸せなのは、この場にいるもの達は、そんな愚痴を聞いて優しく笑ってくれる人格の持ち主である、ということか。
「けどま、実際問題、今のうちらのアイディアじゃどうにもならないんでしょ?」
「なりそうにないですね」
「ならさ、早苗にでも聞いてきたら? また変なことぶちあげてくれるかもよ」
「おう、確かに」
 ぽん、と文は手を打った。
 にとりも、「あの人の頭の中身はどうなっているのかわからないけど、こういう時は頼りになるよね」と、ほめてんだかけなしてんだかわからないことを口にしている。
「よし、にとりさん。早速、早苗さんのところに押しかけましょう」
「そうしようそうしよう。
 正直、あたしも、こういう日常は飽き飽きだ。善は急げ。行こう、文さん」
「ほいきた」
 二人はひょいと飛び上がり、山の稜線に沿って飛んでいく。
 穣子は「何かネタが出てきたら、お土産、よろしくね~」と、何かよくわからないことを言って手を振る。
「けれど、みんな、大変なのね。
 晩御飯とか作っていってあげようかしら」
「そうどすなぁ。
 そん時は、うちにも声かけてくれます? お手伝いさせて頂きますわ」
「ええ」
 そして、やっぱり微妙に空気の読めていない二人は、にこにこ笑いながら、お茶を一口、口にするのだった。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん」
「何? こいし」
「こんにちは、こいしさん」
「あっ、ターボおばあちゃん、こんにちは」
「…………………………」
「あ、あの、こいしに悪気はないのでその……」
「……やっぱり、あれは色々悪かったのかしら」
 またもや所変わって、こちら、地底の地霊殿。
 そこでひがな一日書類仕事に忙殺される古明地さとりと、その妹かつ地底どころか下手したら幻想郷最強最大のトラブルメーカー古明地こいしの会話である。
 ちなみに本日は、そこに一人、来客が混じっている。地上で、命蓮寺という寺の住職をやっている聖白蓮だ。
「どうしたの?」
「こいし、謝りなさい!」
「え? どうして?」
「いいから!」
「……ごめんなさい?」
 先日の一件以来、何かそういうこと言われるのが多くなって、ちょっと悩みになりつつある白蓮に、首をかしげたまま、こいしが頭を下げた。
 とりあえず、それでその場は丸く収まったのか、改めてこいしが「お姉ちゃん、お姉ちゃん」という。
「だから、何?」
「あのね、地上で、『たくさんお客さんを呼び込もうキャンペーン』が始まるらしいんだ」
「うちにそんなお金はありません」
「あるよ。はい」
「……………………え? 何この明細」
 地霊殿は、はっきり言って赤字経営である。
 それもこれも、このこいしがいつもやらかす突飛な出来事の尻拭いのためなのであるが、このたび、こいしが出してきた『地底銀行 地霊殿口座』の明細書には、目玉が飛び出すほどの金がうなっているのが証明されていた。
「温泉旅館が黒字でしょ? この前、始めた動物園も大人気。
 キャンペーンを打つたびに、収入が右肩上がりです」
「……………………わたし、経営の才能、ないのかしら……」
「あ、あの、さとりさん。そんな、肩を落として落ち込まないで。
 あ、ほら、仏さまが笑っておられますよ。大丈夫、頑張れ、ってサムズアップしてますよ」
「それ仏じゃありませんよね!?」
 白蓮の背中に、いい笑顔で右斜め45度の角度で親指立ててる仏さまの姿が見えたような気がして、さとりは『罰当たりマジすんません』とその場に土下座した。
 そしてすぐさま立ち上がり、「こいし、これ、どういうこと!?」と声を上げる。
「だから、そのまんま。
 お姉ちゃん、大丈夫、大丈夫。こいしちゃんに任せてよ!」
 びしっ、とこちらも自信満々で親指立ててみせる。
 この地底、一昔前は誰からも嫌われ、疎まれる『罪人』たちの吹き溜まりだったのだが、最近は事情が変わってきている。
 このこいしが勝手に始めた様々な企画が大ヒットして、地上との交流がスタートしてからというもの、毎日のように地上からの来訪者が増えてきているのだ。
 そして、『罪人』とは名ばかりの、人情あふれる気立てのいい奴らばかりの地底の雰囲気が気に入ったのか、最近では『地底に移住しようか』なんて話をするもの達までいる始末。
 それもこれも、こいしが地底の経営に携わり始めてからのこと。さとりが自信なくして当然といえば当然である。
「何を始めるのですか?」
「ん~、そうだね~。
 まずは何がいいか、情報収集からかな。
 適当に、闇雲なことをやっても赤字になるだけだし、本当にヒットするものを見極めて、その中から、うちにとって、一番利益のあることをやらないと。
 お金は有限。頑張って殖やさないと、こいしちゃん達も貧乏になっちゃいます」
 何ともしっかりした経営観に基づいた発言である。
 さとりは頭抱えて、大きなため息をついた。
「……えーっと」
 さすがに白蓮といえども、その状況をフォローできないらしい。
 そんな彼女も、地底の『温泉』が好きで地底にちょくちょく足を運ぶものの一人だ。そしてはっきりと言ってしまえば、こいしが『地底の温泉へようこそ』キャンペーンを始めなければ、そもそも地底に、己がとっても満足する素敵な温泉があることなど知ることもなかっただろう。
「ターボおばあちゃんのところも、何か始めたら? お客さん、一杯来るようになるよ」
「え、ええ……」
「……こいし。とりあえず、その呼び方はやめなさい。失礼だから」
「え? どうして?」
 本気でわからない、と言った風情でこいしは首をかしげた。
 悪意なく、痛いところをぐさりと抉る――これは、こいしの持つ無邪気かつ無意識の産物である。
 そして、その一言は、人にとって、とても痛い本質の部分を容赦なく刺激するのである。ぐっさりざっくりと。
「とりあえずね、これからさらにリピーターを増やす方法を考えてみました。
 やっぱり、訪れること、それ自体に利益があるようにしないと。
 それでいて、その利益一回が全体の利益の何%かに制限することで、射幸心を煽ってみるとか。
 だけど、これはやりすぎかな。
 うちとしては『観光地』パワーを生かして、その特色を出してみようと思います!」
 どこからともなく、ものすげー分厚い資料を取り出してくるこいし。
 そこには細かい文字と、きれいな図が所狭しと並んでいて、『これを見るだけで、わたしの考えていることがわかります!』といわんばかりであった。
 しかも、その分厚い資料の骨子と要旨だけをまとめた書類を、たった一枚で用意しているから驚きである。
「……こいしさんに、こんな非凡な才能があったんですね」
「……無意識こえぇです、マジで」
 姉として、妹を全く制御できていないのが何よりも悩みであるさとりは、また一つ、大きなため息をつく。
「お寺のほうも何か考えてみたら面白いと思うよ」
「……えっと。
 それは一体、どこからの話なのですか?」
「地上。商店の人たち」
 彼らが集まる会合に、ちょっと聞き耳を立ててきた、と彼女は言った。
 なるほどと白蓮はうなずいた後、軽く腕組みする。
「しかし、私達は、別に現世の利益を追及するわけでも……」
「だけど、たくさん、お客さんが来ないと回るものも回らなくなるよ」
「……そうですね。
 先立つものは、たとえどのような状況であっても必要です。それをごまかすことは出来ませんね」
 誠、人の世は生きづらく世知辛いとはこのことか。
 しかし、生きるのであれば、その真理に背を向けることも出来ない。宗教は、人の心を救うことは出来ても、その腹を満腹にしてくれることはないのだ。
「ですが、私は、正直、そういうのには全く智慧が回りません」
「まぁ、それが普通だと思いますよ?」
「そう言うと思って、ぬえちゃんにもちょっとお話を聞いて、お寺の集客率アップを目指すプランを考えてみました」
「……………………えっ?」
「あなたは……」
「まだ素案だから、採用するかしないかはそっちで決めてね。
 あんまり悪くないと、胸を張っています!」
 こいしから渡されたのは、これまた分厚いファイルが一つ。
 その中身をまとめた薄いファイルが一つ。
 そしてさらに全体の内容がわかるという用紙が一枚。
 手渡された白蓮は、しばし、その場で硬直する。現状を理解し、納得することが出来るよう、脳みそをフル回転させているのだろう。
「こういうの考えるの、楽しいよね!
 大丈夫、赤字にはならないから! 最初は赤字でも、すぐにペイ出来るようにしてみせます!
 こいしちゃんにお任せ!」
「……もう、地底は、この子一人でいいような気がしてきました」
 呻くさとりの切なる願いは、果たして、仏は聞き届けてくれるだろうか。
 フリーズしていた白蓮が動き出し、呻いて机に突っ伏したさとりが平常心を取り戻すまでにかかる時間は、かなりのものになりそうである。


「たくさんの人に、お店を訪れてもらう、ね」
「まぁ、うちは典型的ですけれど、新商品ですね」
 そして、そんな話が、ここに伝わらないわけがない。
 幻想郷で最も有名といわれる二大スポット、『東の紅魔館』と『西の「かざみ」』の経営者、十六夜咲夜とアリス・マーガトロイドである。
 二人は紅魔館の中の一室で会話をしている。
 普段、来客用に使われる応接室ではなく、普通の部屋である。
「すみません。この部屋しか空いていなくて」
「あ、いいえ。お構いなく」
 なぜかというと、本日、紅魔館は年に数回ある大掃除の真っ最中。
 一応、来客用のスペースは空けてあるものの、アリスのような『客』を迎える部屋が空いてなかったのだ。
 この部屋は、あるメイドの自室である。
 その主が、『すみません』という顔でお茶を出してくれる。
「咲夜さんのところは、何か考えないんですか?」
「あちこちでキャンペーンをやっているなら、それに乗るのが常道よね」
「紅魔館はやってないのか、って言われるの、いやですもんね」
 アリスはそう言って、出されたお茶を一口。
 途端、思わず目を見開いて「美味しい!」と言ってしまう。
「これ、すごい美味しいですね。
 今まで出されたことがありませんよ、これ。私って、本当は歓迎されてなかったのかな?」
「そんなことないわよ。
 淹れる人の腕前」
 ねぇ? と咲夜は笑って、後ろで佇んでいるメイドを一瞥する。
 彼女は遠慮がちに微笑んで一礼するだけだ。
「うちも、そうね。やっぱり新商品と……あと、何かアピールしようかしら」
「たとえば?」
「うちの名物といえば、お嬢様たちとメイドだわ」
「まぁ、それは間違いなく」
 紅魔館。そこを統べるちみっこいお嬢様たちの人気は、幻想郷でもトップクラス。
 彼女達がそこにいるだけで『かわいいー!』という歓声が上がるのだ。それが名物といわずなんというのか。
 また、見目麗しいメイドたちもそれに同じである。
 特に彼女たちの男性からの人気は非常に高く、彼女達から優しくされて、『今まで、女の子と話なんてしたことなかった俺ですら』と感涙して、以後、紅魔館のリピーターとなっている男性は数多い。
 彼ら彼女らにアピールするには、やはり、これを使うのが一番である。
「記念写真のサービスとかはもうやったから、やっぱり、何かおまけのグッズ系かしらねー」
「……咲夜さんって、たまに、早苗みたいな思考しますよね」
「あら、そう?
 かわいいものを、素直に『かわいい』って言って愛でるのは悪くないことよ」
「いや、そりゃそうですけれど」
「デフォルメされたぬいぐるみとか、とってもかわいらしいじゃない」
「……は、はあ」
 そうした『ぬいぐるみ』や『人形』などのかわいらしさを熱く語る咲夜に、アリスはちょっぴり半眼になる。
 後ろでは、思わず、メイドが口元を隠して笑っていた。
「だからね、お嬢様のぬいぐるみとか、絶対売れると思うのよ」
「ま、まぁ、そうですね……」
「もう工場も動かしているわ。
 前回のあれが100体1時間で完売だったから、今度はもうちょっと多くしてみるの」
「……頑張ってください」
 何だか頭痛がしてきたのか、アリスはこめかみ押さえて呻くばかり。
 ――この人、悪い人じゃないんだけど、たまに何かずれてる……。
 そう思うアリスには、周りの誰もが『類は友を呼ぶ』という言葉を思い浮かべるのは言うまでもない。
「アリスのところは、何かそういう、別のアピールするところはないのかしら」
「そ、そうですね……。
 まぁ、うちの場合、幽香の作るペンダントとか押し花とかが売れ筋の一つですけど……」
「あなたも何か作ったら?」
「……私が作ったものといえば……そうですね……。
 服とかは、今も人里のお店に卸してますよ」
「へぇ。どうなの?」
「結構売れてるみたいです。主に、お金を持っている人たちが買っていくとか」
 そこまでこだわっているつもりはないのだが、その見た目と質のおかげか、はたまたそのせいか、彼女の作った服はそれなりの値段がつけられているのだとか。
 アリスは『もっと安くしても大丈夫ですよ』と言うのだが、店側としては、『これは目玉の一つですから』と受け入れてくれないらしい。
「ふーん。災難ね」
「まぁ、趣味ですから。ちょっと妥協しない、私も悪いんですけどね」
「そういうのを売ったり?」
「道が違いますよ」
 飲食店で服を売っているというのは違和感がすさまじい。
 押し花やアクセサリーなどが並べられているのは、店主の趣味の体現として通用するが、さすがに『服』は、たとえ趣味であっても場違いである。
 紅魔館のような大規模店舗ならばそうではないんだけど、とアリスが軽くいやみを言うと、咲夜がくすくすと笑った。
「そうね。考え方が狭かったわ」
「そういうことです」
「けれど、ぬいぐるみとか、いいと思うんだけど」
「ふーん……」
 店にぬいぐるみを並べる。
 別に、店の商品の一つとして、あのカウンターにそれが並んでいるのはおかしくない。
 だが、何を?
 ぬいぐるみを作るのは簡単だが、何を作るのかといわれたら、あまり想像がつかない。
 せいぜい、店主の風見幽香をモチーフにしたものを作る程度か。
「……まぁ、売れそうではありますよね」
『我ら、ゆうかりんのためならば、己の命と財布の中身を投げ出す所存』という熱意あふれる紳士淑女が、あの店の原動力の一つである。
 あの連中を相手に、その手のものを売れば、なるほど、売れるだろう。
 しかし、やっぱり何か違う。
「ま、まぁ、色々考えてみるつもりですよ」
「そう、頑張ってね。
 うちも負けないわよ」
「その点については、お互い。
 何せうちなんて、いつ、赤字になってもおかしくない経営してるんで」
「何かあったら言いなさい。最大限のサポートはするわ」
「あまり貸しは作りたくないですね」
「お菓子売ってるくせに」
 お互い、笑いながらそう言って、あとは世間話のスタートだ。
 お茶とお菓子を片手に、最近の店の経営状況だの、昨今の幻想郷での事件ネタだの、はたまた、『この前、いい温泉を見つけたんですよ』という話だのが取りとめもなく続いていく。
 そんな彼女たちの前に、『お茶のお代わりを用意しました』とメイドがお茶を差し出すのが、この紅魔館の日常であった。


「お客さんを呼び込むには、高品質のサービスと、それに見合った商品の提供だということがわかったの」
「今更それを言うんですか、あなたは」
 それから数日後のことである。
 博麗神社にて、目を輝かせている霊夢と、その対面に座って、半眼になっている仙人――茨木華扇の姿があった。
「やっぱり、誠実に、いいものを提供すればお客さんが来るのね」
「そりゃ来るでしょうね」
「というわけで、何かアイディアちょうだい」
「……あなたという人は」
 はぁ、と華扇はため息をつくと、
「いいですか。
 確かに、そこに気づいたことは偉いですね。ほめられるべきですし、むしろそれを積極的に評価します。
 ですが、それとこれとは別です。
 他者に頼りきった考えは、時として罪悪となります。
 己の実力以上のことは出来ないし、それ以外のことを考え付かないからこそ、大きな失敗はしないものなのです。
 あなたは誰かから与えられたものをそのまま実行して、失敗したら、その誰かのせいにするのですか? それはとても残念なことですし、成長の見られない、言うなれば『罪悪』の一つです。
 しかるに――」
「つまり、特にアイディアはございません、と」
「そ、そんなことはありません」
 むっとした表情で、華扇が霊夢に言葉を返す。
 彼女は腕組みをすると、「やはりここは、神社のご利益、巫女としての神性を生かしたものを商品として提供しましょう」としたり顔で言う。
「たとえば、そうですね、舞や祈祷の奉納もそうですが、あなたは普段、それを無償でやっていると聞きます。
 そこにいくばくかの報酬を求めると共に、後のアフターケアもこなす。祈祷が効かなければ、もう一度、とか。
 少し面倒になるかもしれませんが、あなたの今までの行為を無償で引き受けてきたもの達も、そうしたフォローがあるとわかれば、『少しくらいは仕方ない』と受け入れてくれるはずです。
 そこで実際に効果が出れば、それを元手に大きな宣伝を行い、口コミを利用して、さらに人を招き入れる。
 こういうのはどうでしょう」
 ふっふっふ、な含み笑いの華扇。自分のアイディアの素晴らしさに自画自賛しているようだ。
 しかし、霊夢はやれやれと肩をすくめて、
「見識が狭いわね」
 と、華扇のアイディアを一蹴する。
 沈黙する華扇は「それなら、あなたはどうなんですか」と、ちょっぴりほっぺた膨らませて反論する。
 この仙人、仙人のくせに、こういうところは妙に人間くさい。
「どんなに営業かけようとも、それを受けてくれる人がいなければ、それは労力の無駄遣いだわ」
「それはあなたの日頃の行いが……」
「じゃあ、何で早苗が言うと笑顔で『ありがとうございます』なのに、私が言うと、みんなして『いやいや! 博麗の巫女さまの祈祷なんて、恐れ多くて』っていうのよ」
「……それに気づいてない辺り、やっぱり今回も失敗しそうですね」
 話題に挙げた人物と己との『差』に、やはり霊夢は全く気づいてない。
 気づいていて無視しているのかと疑う余地すらない。完璧に、『私、パーフェクト!』を信じて疑ってないのだ。
「だから、それならむしろ、外から相手を呼び込んで、積極的に色々なものを買っていってもらう方がいいと思うの」
「お守り作るんですか?」
「それは……」
 と、そこで霊夢の視線が華扇の後ろに向いた。
 華扇も後ろを振り返ると、そこには、大きなお盆にお茶の入った湯飲みを二つ載せて、よいしょよいしょと運んでくる針妙丸の姿がある。
「どうぞ」
「どうして、あなたがやらないのですか」
「罰ゲーム」
「は?」
『今度、お客さんが来たら、どっちがお茶を出すかじゃんけん勝負』で霊夢が針妙丸に勝ったのが、今のこの状況の理由であるらしい。
 針妙丸は「次こそ負けませんからね」と目の中に炎を燃やしている。
 しかし、この彼女の場合、最初の一手は必ずぐーと決まっているため、じゃんけんにとことん弱いのである。
「だから、巫女としての仕事を増やすよりも、神社としての付加価値を高めようと思うの。
 人が来たくなる神社」
「まぁ、それは悪いことではありませんが。
 具体的にどうやって?」
「とりあえず、チラシを配って宣伝するでしょ? 
 後、境内をきちんと掃除して……そうだな。華扇、あなた、うちで巫女のアルバイトやらない?」
「……結局、他人頼りですか」
 やれやれと肩をすくめるものの、『まぁ、一度くらいなら協力してやってもいいか』と華扇。
 霊夢がこれでやる気になって、真面目に巫女の仕事やってくれるなら、仙人の己としても好ましい。
「まぁ、内容にはよりますが、一度くらいならいいですよ」
「よーっし。
 それじゃ、早速、行動開始ね。何事も、善は急げというわ」
「急いては事を仕損じる、ともいいますよ」
「それはそれね」
 さて、この昔の人が残した、意味ある二つの言葉の羅列。
 どちらが博麗神社に顕現するかは、まさしく霊夢の腕の見せ所、といったところだろうか。


 ――そして。


「何だか最近、里が活気付いてますよね」
「うまいこと回っているようだな」
 里の中の大通りを歩くのは、上白沢慧音と稗田阿求。
 二人は片手に紐で縛った本を持っている。
 阿求が編纂した書物を慧音が持ち帰る、いつもの光景である。
「何をやっていたんですか?」
「もっと、里に活気を出そうということで、商店主たちが協力してお祭りごとを立ち上げたらしい」
「なるほど」
 適当な店に一つ、足を向かわせる。
 注文をして、外の長椅子に座って待つことしばし。
「お待たせしました」
 注文したものを持ってきたのは、なかなかかわいらしい女の子。
 彼女は二人にお茶とお菓子を出した後、『ごゆっくり』と頭を下げて去っていく。
「看板娘を増やしたらしい」
「男性が喜びますね」
「女性向けにも、顔のいい若者を雇ったところもあるらしいぞ」
「そういう人に接客してもらった方が、何となく、優越感ありますもんね」
 小皿の上に載っているのは、小さな饅頭。
 しかし、その彩りと見た目はとても品がよく、一口すると、これまたうまい。
「この祭りにあわせて、店の商品も、一部、追加したとの事だ。
 さらには――」
 慧音が左手側に手を伸ばして、何かを手に取る。
 彼女が阿求の前に持ってきたのは、何やらスタンプを押すカードのようなものである。
「あちこちの店に、これと同じものが置いてあってだな、期間中に何個かスタンプを押すと、それぞれの店で使える割引券がもらえたり何か特別なプレゼントがもらえたりするらしい」
 ちなみにこの店はあれだ、と慧音が示す。
 彼女の指先に視線を向けると、店内に小さな棚が作られており、きれいなおもちゃのようなものが並んでいるのが見えた。
「へぇ~」
 それはそれで面白そうだな、と阿求はうなずく。
 あちこちの店を歩いて回って、そこの看板娘などを見て、美味しいお菓子を食べて、そしてついでにおまけも手堅くゲット。
 最近の人里にはない、なかなか面白そうな余興である。
「こういうのって、あまりやってなかったんですかね」
「一つ一つの店で行うことはあっても、こうやって大々的に、というのはあまりなかったな」
「なるほど。言われてみれば」
「こういう風にたくさんの店が取り組んでくれれば、客の側としては、あちこち、色々なところに行きたくなる」
 それが結果として、全体の売り上げアップなどにつながるのだろう、と慧音。
「興味がなくても、キャンペーン中でお得に食べられるのなら嬉しいですしね」
 こちらはなかなか小ずるいことを考えているらしい阿求の言葉である。
 二人はお茶を終えて、ついでにシートにスタンプを押してから、また歩き出す。
「他のところでもやってるんですよね?
 幽香さんのところは何をやってるのかな」
「見に行ってみるか」
 あそこはあそこで何を考えているのか興味がある、と慧音が言って歩いていく。
 通りを歩いていくと、やがて視界の向こうに、人の列が見えてくる。
 人里で、今、恐らくは一番人が並ぶ店、喫茶『かざみ』の行列である。
 列の最後尾には店員の女の子が待ち時間を書いたボードを持って立っており、客の列ならびを行っている光景がある。
「相変わらずですね」
「ものはいいのだが、やはり、並びすぎるのは大変だな」
 しかし、その列は、前のほうに行くと二つに分かれているのがわかる。
 片方は店の中へ、片方は、店の前に置かれたレジに並んでいる。
 その、店の前に置かれたレジのところにも商品がずらり並んでおり、客があれもこれもと買い求めているようだ。
「アリス殿」
「ああ、慧音さん。それに阿求も。こんにちは」
「こんにちは」
 それを横から監督しているアリスへ二人は話しかける。
 彼女は一度手を止めて、人形たちに指示をした後、二人のほうに視線を向けてくる。
「忙しいところ申し訳ない」
「いいえ」
「これは何ですか?」
「予約の受付と販売ね」
 曰く。
『かざみ』の弱点は、やはり、列並び。これを解消するのに努めることが、店の売り上げアップと集客率のアップにつながる。
 しかし、狭い店内、レジを複数置くことは出来ない。
 ならば、店の前で売ってしまえばいい。しかも、商品の予約販売なら、列に並んだ客に渡してお金を受け取るだけ。客の側も、事前に金額などを調整できるから、レジ待ちで手間取ることもない。
「うちのキャンペーンはこれです」
「前に和菓子販売のときにやってましたね」
「あれ、なかなか好評だったから」
 各家庭にチラシを投函し、ついでに店で扱ってる商品のメニュー一覧も入れておく。
 客はそこから好きな商品をチョイスして、店に注文する。
『いついつに受け取りに行きます』と書いておけば、店の側はその来店に合わせて商品を用意して待っていればいい、という理屈である。
「まぁ、それでも多少は並びますけれど」
 普段の列並びが2時間平均としたら、こちらは30分程度の並びでいいのだから、だいぶいいのではないか、というのがアリスの言葉だった。
 もちろん、店の列に並んででも、『店内』で商品を買いたいという客も大勢いる。
 それが、今、店の中に入る列に並んでいるのだということだ。
「あと、予約をしてもらうと、今ならプレゼントということでマカロン4つつけています」
「ほう」
「あ、それいいかも。わたしも予約しようかな」
 彼女もまた、お菓子大好き人間の一人である。
 早速、がま口確認する阿求に、アリスは「渋い財布使ってるわね」とコメントした。
「人の入りはどうだろうか」
「いつも通りですね。
 実験だから、どれくらい増えた減った、費用がどれくらいかかった、はなるべくチェックしてるんです。
 成功するなら続けるし、失敗なら、また別の作戦を考えます」
「あの、アリスさん。メニューってこれですか?」
「そうよ」
「うーん……。文字だけだとわかりづらいなぁ」
「写真入りもあるわよ」
「あ、じゃあ、そっちで」
 その場は若い者に任せて、慧音は店内の様子をちらりと見た。
 相変わらず、人でごった返す中、店員の藤原妹紅や蓬莱山輝夜が忙しく働いている様子が見える。
 それを監督する東風谷早苗の姿も見えた。彼女が身に着けている衣装は、普段のそれとは少し違い、ちょっと露出度が高めである。
「なるほど。少し、普段より男の姿が多いのはそれが理由の一つか」
「早苗はあーいうの、あんまり苦にしないんですよね。
『見られるのが仕事』とか言ってましたし」
 慧音の呟きが聞こえたのか、アリスがコメントしてくれる。
 そういうサービス精神も悪くはないが、やりすぎは、里の雰囲気を悪くする。そのあたりには気をつけてくれ、という慧音の言葉に、アリスは「早苗もその辺りはわかってるみたいですよ。やりすぎたらただのAVだ、って」と一言。
「……何だかよくわからんが、まぁ、そうか」
 あまり理解の出来ない発言ではあったが、とりあえず、度が過ぎるような事態にはならなさそうである。
 しばらくして、阿求が「それじゃ、行きましょうか」と慧音の方を見て言った。
 二人は『頑張ってくれ』とアリスに声をかけて、その場を後にする。
「あとは小鈴のところが何やってるか気になるけれど、まぁ、小鈴だし。
 何もしてなさそうだなー」
「本を出すところが、大勢の人を招くというのも」
 それはそれで面白いかもしれないが、と二人は鈴奈庵へと足を運ぶ。
 あちこち人でにぎわっている割に、ここの雰囲気はいつも通りだ。
 阿求が「小鈴ー、儲かってるー?」と店の中へ入っていく。ややしばらくして、中から「阿求うるさい。読書の邪魔しないで」という不機嫌な声で回答があった。
「まぁ、ここはここか」
 慧音は肩をすくめて、通りの、歩いてきた方向を見る。
「里がにぎやかになるのはいいことだ。
 今度は協力をしたいところだな」
 人の生命力あふれる、活気に満ちた人里というのは、彼女にとっても嬉しいことだ。
 次は自分のアイディアも披露して、それに協力させてもらおうと、彼女は小さくうなずくのだった。


「さとり様」
「何、お燐」
「こいし様が考えた例の奴ですが」
「……」
「まぁ、まずはものめずらしさというかそういうのが手伝ってるんだと思うんですけど、プラン発表と同時に速攻で予約全部埋まりました」
 頭を抱えて、さとりは机の上に突っ伏した。
 彼女、火焔猫燐――地霊殿における、さとりの優秀なサポート役……というか、彼女の事務仕事手伝えるレベルのものが燐しかいないのが理由なのだが――の報告は、さとりの頭痛の強度を3割ほどアップさせる。
 先日、こいしが持ってきたプランの中で、『まずこれをやってみよう』ということで出てきたのが『地獄めぐりツアー』である。
 これならばよくある観光地の観光プランに過ぎないのだが、何せこの地底、『旧地獄』と言われるだけあって、地獄っぽい設備には事欠かない。
 今はもうほとんどが不要となってしまっている各設備なのだが、維持していくには金がかかる。破棄するにも金がかかる。
 とりあえず、破棄する際の金額はとんでもないので、まずは当面、細々と最低限の維持だけをして、そのうちに処分を決めようということでほったらかしておいたこれに、こいしが目をつけたのだ。
 曰く、『あんな立派なもの、遊ばせておくなんてもったいない』ということで、彼女が組んだプランが『地獄めぐりツアー』というわけである。
 針の山地獄や血の池地獄、焦熱地獄などなど。
 そうしたところに安全な観光ルートを作って観光資源にすると共に、
「……ほんとにやるんですか?」
「……宣伝しちゃったんだから、やらないわけにはいかないでしょう」
 その設備の一部を改変して、子供向け、また大人向けの『アトラクション』を作ることになったのである。
 子供向けには、きゃっきゃと楽しめる、危険のないものを。そして大人向けには『あの厳しい地獄の責め苦をクリアすることで、あなたのダイエットのお手伝いをします』という風に健康志向のものを。
 作っちゃったのである。突貫工事で。
 しかし、それを担当した星熊勇儀曰く、『あたしらが手の抜いた仕事をするなんてことはない! 安全面にゃばっちりさ!』と太鼓判を押している。
「……とりあえず、第一陣が、今日の昼頃から来るんですけれど」
「……そうですか」
「こいし様が『こいしちゃんがアトラクションの案内するから、お姉ちゃんは観光ルートの案内よろしくね』って」
「また人をこき使う!?」
 しかし、この地底の設備や地形、空間を全て完璧に把握しているのはさとりだけである。
 観光案内役として、これ以上ない、適切な人選だ。
「また、第二弾として、ヤマメさんによる『歌とダンスのレッスン講座』とか、『パルスィさんのお裁縫講座』とか、カルチャースクール系も着々と……」
「……そうですか」
「お試しの段階で満員です」
「マジで!?」
「はい」
 娯楽の少ない幻想郷、『やあ、あそこで何か面白いことをやってるらしいぞ』という噂が一度でも立てば、人々も妖も我先にと乗り込んでくる。
 それが本当に楽しければリピーターになればいいし、期待外れなら次から行かなければいい。
 ――まずは試せ。話はそれからだ。
 それが、幻想郷住民の標語の一つである。
「こいし様もものすっげー機嫌をよくしてまして、『これがいけるならあれもいける、これもいける』って。
 更なる暗躍を」
「誰か止めなさい」
「無理です」
「ですよね」
 さとりにすら手に負えない、こいしという地底のリーサルウェポンに対抗できる存在など、この地底に存在するはずもない。
 かくて、こいしの好き勝手が大勢の人々を巻き込むと共に、たくさんの人妖に笑顔を届けることになるのだが、それはまた別の話。
 ついでにさとりの胃薬の量が増えて、とある閻魔さまより、『最近の地霊殿の財政改善は素晴らしい。これからも頑張ってくださいね』と、悪気なく真摯な笑顔を向けられて泣きたくなるのも、また別の話である。


「どう? にとりちゃん。
 最近、人は増えたかしら」
「ああ、雛さん。
 んーっとねー」
 にとりがふわりと空に浮かび上がる。
 それについて、雛が空へと舞い上がった。
「これから、ちょっと文さんのところに行くんだ。ついてきてよ」
「ええ」
 空を飛びながら、「そうそう。にとりちゃん。おにぎり作ってきたのよ。後で食べましょうね」と笑いかけてくれる。
 にとりは『やったね』と笑顔を見せてから、その視線を前に。
「おー、文さーん」
「どうも、にとりさん、それから雛さん」
「こんにちは、あややちゃん」
「文さん。はたてさんとかは?」
「最近、ようやく体調が治ってきたみたいです。
 我々は徹夜は慣れてますけれど、あーいうストレスは慣れてませんから」
「はたてさんも大変だね」
「椛さんが、その辺り、献身的なフォローをしてくれたそうです」
 曰く、『白狼天狗というのは、親しい人が病気になるなど体調を崩した時、親身になって世話をする遺伝子が組み込まれている種族』なのだとか。
 その文のセリフに、にとりは『なるほど』と手を打ち、雛は「まあ、そうなのね」と笑っている。
「それじゃあ」
 文が先に立って飛んでいく。
 向かうのは、山の麓、『妖怪の山登山道』入り口である。
 上空からそこを見れば、人の姿が多く見える。年齢も性別も問わず、そこそこのにぎわいようだ。
「以前よりも、やっぱり人が増えたね」
「そうですね」
「そうなのね」
 ――あの後、話を持っていった早苗が二人に提案したのは、ごく単純なことであった。
『来てくれるお客さんが喜ぶようなサービスをすればいいと思いますよ』
 ということだ。
 要するに、これまで、妖怪の山の一番の名物『妖怪の山登山道』は、やってくる客任せにしすぎていたのが問題の一つである、ということだ。
 スタッフという名目で入山者を管理するために、登山道の入り口に数名の天狗がいるだけで、あとは全て登山者次第。
『危ないところは歩かないでくださいね』『いってらっしゃい』。会話はこの程度だった。
 そこを、早苗が指摘したのである。
「パンフレットの作成に、登山ルートガイドの作成、名所の風景なんかをダイジェストやリストで載せて、必要とあらば有料で案内役も受け入れる」
 その『案内役』として抜擢されるのが白狼天狗たち。ちなみに、警戒心が薄く、人に慣れやすいもの達がそれには抜擢されている。
 彼女たちを伴って「登山がんばりましょー! おー!」と威勢のいい声を上げて山の中に入っていく者たち。
 なるほど、以前よりも、彼らの顔に楽しそうな笑顔が増えているような気がする。
「さらには、登山道のあちこちに、登山の魅力というか、そのスポットの解説なんかも作りました」
「紅葉の名所とかそんな感じかしら?」
「そうですね。
 あとは、この木は何の木です、とか」
 そういう『歩いていて楽しい環境』を作ってみてはどうだろうか。
 早苗からの指摘は、まさに目からうろこ。
 この空間を生活の場としているもの達には当然のことであっても、そうでないものたちにとっては何もかもが珍しい。
 そうした、『やってくるお客さんの目線』を取り入れてみたのである。
 結果としては、まだ始まったばかりの取り組みのため、具体的にはわからないが、このペースで行けば月末までの入山者は過去よりも大幅に増えることだろう。
「あとね、この前作ったネッシーのロボットも取り入れてみたりとかしたんだよね」
「ただし、いつ出てくるかは内緒。見られたらラッキー、ということで」
 それでリピーターを誘うというのもいいだろう、ということである。
 さらに、登山者には、山の中腹にある、幻想郷で最も有名かつお高い温泉宿『天狗のお宿』の入浴フリーパスが与えられる。
 加えて、現在キャンペーン中につき、100人に一人の確率で、宿泊チケットももらえるという振る舞いっぷりだ。
「一応、天魔さまも『お前らもやれば出来るじゃないか』とご満悦でした」
「あ、そうなんだ。よかったー」
 また文句言われたらたまんないよ、とにとりはほっと胸をなでおろす。
 眼下の景色に満足する二人に、雛は『それじゃ、お弁当にしない?』と持っていた風呂敷を見せる。
「じゃ、そうしましょうか」
「いつもの休憩所? それとも温泉?」
「たまには温泉でぱーっと」
「いいねー」
「あらあら」
 問題は、これから、この勢いが続くかどうかなのだが。
 その辺りは、考えるもののアイディア次第。まずは一息と胸をなでおろしているもの達に、わざわざ追撃を放つ必要はないだろう。
 雛は足下の景色をもう一度見て、『楽しい空気が続けばいいわね』と微笑んでいた。


「お嬢様」
「何かしら、さく……」
 レミリアの視線がそこで固まった。
 彼女と一緒に積み木で遊んでいたフランドール・スカーレットが、咲夜の方を見てぱっと顔を輝かせる。
「このたび、我が紅魔館で考え出しました、新たな戦略商品が完成しました」
「さくや、それ、フランにちょうだい!」
 立ち上がって、彼女はぴょんこぴょんことジャンプして一生懸命手を伸ばす。
 レミリアが停止していた脳みそフル回転させて、言う。
「何よその巨大肉まん!?」
『うー☆』
 咲夜の頭の、ちょうど上辺りに、ぱたぱたふよふよ浮遊するものがある。
 咲夜はそれを一瞥して、
「『レミリアお嬢様カリスマクッションVer2』です」
 胸を張ってそんなことぬかした。
「先日、配布いたしました、お嬢様カリスマクッションの人気の高さはもはや疑うところはありません。
 そこで、このたび、さらにお嬢様らしさを追及した第二弾の作成を行い、完成にこぎつけました」
「全部捨てろ! 今すぐ!」
「残念ながらお嬢様。すでに1000体発注済でして」
「多いわね!?」
「予約時点で完売。二次ロットの製作を行っています」
「またわたしの許可も得ずに勝手やらかしてるのね!?」
「さくや、さくや! フラン、それほしい!」
「まあまあ、フランドール様。
 フランドール様にはこちらです」
「わあ、フランだ!」
『うー☆☆』
 ちょっぴり声のトーンの高い、『フランドールお嬢様カリスマクッション』が咲夜からフランドールに手渡された。
 クッションの大きさは、大体、直径80センチはあるだろうか。かなりでかい。
 それがぱたぱたと羽を動かして浮遊している。
「今回のこちらにはかなりの改良を加えました。
 まず、ごらんの通り、パチュリー様に作っていただきました反重力発生ユニットを使用することによって飛行が可能となりました。
 これによって、いつでも、このカリスマクッションを連れて歩くことが出来ます。
 目の部分には持ち主の承認システムが組み込まれておりまして、これに登録することで、購入者の後ろを常に甲斐甲斐しくついていくペット的なアイテムとしての使用が可能です。
 また、その認証システムを使うことで、盗難の際には盗人に対して、お嬢様の場合はグングニルで、フランドール様の場合はレーヴァティンで攻撃する自己防衛システムも搭載いたしました」
「何それ無駄にハイテクね!?」
「もちろんクッションですので、座り心地も触り心地も最高です。
 中には特注の羽毛と綿をふんだんに使い、大人の男性が座っても、ゆったりふんわり体重を受け止めてくれます。
 さらには夜中には『添い寝モード』が搭載してありますので、ご主人様の枕となり、心地よい眠りを約束してくれます」
「だから誰がんなもの作れっていったのよ!?」
「わー、ふかふか。かわいー」
『うー☆☆』
「もちろん好評だった音声システムも、このたび、機能を追加して搭載いたしました。
 声のトーンによって、感情を表現いたします。構ってくれないと寂しそうに、遊んであげると嬉しそうに鳴きますよ」
「だから誰が鳴くのよ誰が!?」
『うー☆』
「やかましい!」
「すでにご説明しましたように、すでに一次ロットは完売です。今回のは工場の生産設備をさらに強化いたしましたので、月産500個までいけます。
 予約したのに手に入らなかった、そんな悔しい思いを、もう二度と、お客様にはさせません」
「させろ! 今すぐ! 全力で!」
「それでは私はこれで」
『うー☆』
「あ、フランもいく! いっしょにいこ!」
『うー☆☆』
「うぉい!? わたし無視!? わたしの抗議全力で無視!? ちょっと咲夜、戻ってきなさい、こら咲夜!」
『うー☆』
「一緒にこいみたいな目と声するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ――以上が、紅魔館で久々のスマッシュヒット製品となる『レミリアお嬢様カリスマクッションVer2』と『フランドールお嬢様カリスマクッション』発売に至るまでの経緯である。


「それで、華扇さんが博麗神社のお手伝いを」
「まあ、霊夢が久々にやる気になっていますから。
 それをフォローしてあげるのも、仙人としての務めかな、とは」
「うふふ。そうなんですね」
「べ、別に、そういうつもりはありませんからね。勘違いしないでくださいね」
 華扇用にアレンジされた巫女服――裾のスリットが深くなっている――に身を包んだ華扇が、なぜかちょっとほっぺた赤くして、白蓮を前にそっぽを向いている。
 ここは博麗神社。霊夢が『人を呼び込むようにしよう』と考えて、色々頑張った結果が出ているところである。
「あなたのところはどうなのですか?」
「それが……実を言うと、よくわからないのです」
「よくわからない、とは?」
「ああ、はい。いえ、申し訳ありません。
 詳細をご説明いたしますと、うちの寺では説法の時間などを設けておりまして、希望する方を募っているのですが」
「ええ」
「最近、そこに来る方が増えました」
「それは、仏道に帰依したというとか、そういう意味ではなく?」
「むしろ、そういう風に……言葉は悪いのですが、仕向けるのが、我々の務めではありますが……」
 白蓮に曰く。
 その説法の時間帯に、『いいですか? 人々は、皆、仏さまのご加護を受けて生活をしているのです。私達は、みんな、大切な方に守られているのですよ』といった具合に、優しい、まるで母親のような口調での説法を心がけるようにしたところ、やたらと人が来るようになったというのだ。
 大抵が、結構いい年の男性であり、彼らは皆、涙を流して、『白蓮さまのおっしゃる通りだ』とうなずいているのだとか。
「……どういうことなのでしょう?
 私は別に、普段、やっていることと方針を変えたつもりはないのですが……」
「ちなみに、それはどなたからの提案だったのですか?」
「こいしさんからです。
 こいしさんから、『白蓮さんは優しい人だから、そういう風にするのがいいよ』っていう、分厚い企画書を頂きまして」
 ちなみに、その企画書には『白蓮』の文字は一つもなく『ターボおばあちゃん』で埋まっていたのは伏せておこう。
「はあ」
「何が彼らの心の琴線に触れたのかはわかりませんが、『これでわしも老い先長くない身だが、安心して、心安らかに逝けそうです』と、ものすごい感謝を受けたりとか……」
「何でしょうね?」
 腕組みして首をかしげる二人。
 しかし、状況は理解できない。理解できないままに考えているのだから当たり前だ。
「ですが、人の心が常に救いを求めているのは当然ということもありますし。
 私が、彼らの救いとなれるのであれば、これもまた、御仏のありがたい恩寵の一つと考えることも」
「まあ、そうですね」
 不思議なこともあるものだ、と華扇はうなずいて話を締めた。
 彼女たちは知らない。
 男というのは、大抵が『マザコン』の存在であるということを。
 そして、年老いた彼らには、もう、大好きな『母親』の存在はないことも。
 その辺りが、彼らの心の安らぎとなったことを。
 ――まだまだ、彼女たちにも修行が足りないようである。
「ねぇ、かせーん」
「はい」
 霊夢がやってきた。
 彼女のそばには針妙丸がいる。
 ただし、
「どう? 博麗神社のご当地キャラ、『博麗しんちゃん』よ」
「そのまんまですね」
 しかし、針妙丸の衣装は、霊夢と同じような巫女服である。
 霊夢がわざわざ手縫いをし、出来ないところはアリスに頼んで作ってもらった逸品だ。
 針妙丸としても、普段の自分の衣装と違うところに戸惑いを感じているのか、あちこちをしきりに気にしている。
「まあ、かわいい」
 すぐさま白蓮が反応し、針妙丸の頭をなでなでする。
 針妙丸は嬉しそうに『ありがとうございます』と目を細めた。
「かわいいでしょ?」
「そうですね」
「やっぱり、そこに来ると『会える』かわいさって強いと思うのよ!」
 曰く、『博麗神社に来ると会える』、そんな存在を作るのは必要である。霊夢は胸を張ってそんなことを言った。
 そういうのを、世の中では『御神体』などといったりするのだが、その概念がきれいさっぱり抜け落ちているのが霊夢らしいといえばらしい。
「人間、小さくてかわいいものには無条件で心を惹かれるわ。
 それなら、この子を売りにして神社に人を呼び込むのはありだと思うの」
「まあ、ええ。わからないでもないですが」
「ねぇ?」
「えーっと……。
 何かよくわからないですけれど、頑張ります」
 自分が一体どういう存在なのか、霊夢から全く知らされていないまま、着せ替えさせられた針妙丸が、困惑を打ち払ってちっちゃい握りこぶしを作る。
「かわいらしいですね」
 対して白蓮は、今の針妙丸の虜になったようだ。
 何やらそわそわしている。
 そんな彼女に、霊夢が、「新たな売り、『博麗しんちゃんグッズ』よ!」と何やら取り出してくる。
「まあ!」
 針妙丸をかたどった、かわいらしいぬいぐるみやキーホルダー、バッヂなどなど。
 一体誰に頼んで作ってもらったのかわからないものを、霊夢はごろごろと取り出してくる。
 白蓮は、「これ、かわいいですね~」とぬいぐるみを手にとって、顔を笑顔に染めている。
「どう? 売れると思わない?」
「……まぁ、ええ」
「私は売れると思います!
 あの、これ、お一つ!」
「まいどあり!」
 早速、一個、グッズが売れた。
 この白蓮が、いわゆる『かわいいもの好き』であることが判明した瞬間でもある。
「あと、神社のチラシにこんな感じで」
「ああ、これは」
 真ん中辺りに巫女服針妙丸がでんと載った『博麗神社へようこそ』のチラシ。
 それを見ただけでは、誰がどう見ても『神社』のチラシではないのだが、まぁ、いいのだろう。
 隅っこに『加持祈祷受け付けます』などと書いてあることだし、と華扇は受け流す。
「……あれ? そうなると、私の存在って一体……」
 これって私いらないんじゃね? という結論にたどり着いてしまったのか、巫女服に身を包む自分自身に首をかしげる華扇。
「写真が欲しいですね~。あの、霊夢さん、そういうのはございませんか?」
「文ー! かもーん!」
「はい。何でしょう?」
「……今、何が起きたんですか?」
「……さあ」
 霊夢が声を上げると一瞬で射命丸のあややが現れる。
 物理法則無視したその展開に目を点にする針妙丸と華扇。まだわずかにでも、『理性』が残っているものとそうでないものとの違いである。
「写真ですね、お任せください!
 では、針妙丸さん。私が言うようなポーズをお願いします」
「へっ? は、はい。わかりました」
「あの、こんな感じのを絶対に一枚、お願いします」
「お任せを!」
『しんちゃん撮影会』が開催される中、華扇はもう一度、己の格好を見下ろす。
「……えっと」
 自分の存在意義が、やっぱりわからない。
 ――針妙丸いればいいじゃん。私いらないじゃん。何で私、律儀にこんな格好してんだろう?
 考えれば考えるほど、疑問は尽きない。
 誰かが言った。
『考えるな。感じるんだ』
 華扇は言った。
 やかましい、と。


「最近、博麗神社にも人が来るようになったらしいですね」
「それは珍しい、と言ってしまうのは失礼か」
 人里の『祭り』はまだ続いている。
 活気に満ちた人里の通りは、眺めているだけで楽しくなる。
 この発想が思いのほかうまくいったことで、商店会のもの達も、このイベントを期間限定ではなく永続するものに出来ないかと考えているらしい。
「ええ。何かこういうの売ってました」
 あんこたっぷりのおもちを食べながら、阿求が取り出したのは『博麗しんちゃんキーホルダー』。これまたかわいらしい。
「霊夢さんもずいぶん気をよくしてましたよ」
「何だか、神社としての存在意義間違ってるような気がするが……。
 しかし、人のいないところに信仰は集まらないからな。人が多く来るということは、それだけ、そこの神様にとっても嬉しいことだろう」
「阿求ー、ちょっとー。お茶、お茶ー」
「はーい」
 通りを眺める甘味処の長椅子に座っている阿求と慧音。店の奥から、遅れて本居小鈴が現れる。
「あ、阿求、それ、キーホルダーじゃない」
「そう。かわいいでしょ」
「わたし、こっち買ったの。しおり」
「へぇ~。そんなのもあるんだ」
「うんうん」
 と、通りで『きゃー』という黄色い声が上がる。
 視線を向けると、そこには、でっけぇ着ぐるみ針妙丸の姿があった。
 霊夢が『宣伝のために』作ってもらった『ご当地博麗しんちゃん』の着ぐるみである。
 ちなみに、中に入っているのは華扇である。
 自分の役割を探した彼女が辿り着いた結論は、『人をたくさん呼び込むために汗を流す』というものであった。
 実際、着ぐるみの中はくそ暑く、最近、華扇は体重が少し減ったらしい。
「かわいいよね~」
「ああいうのあるなら、神社に人も集まるよね~」
 阿求と小鈴は、この光景を受け入れているらしい。
 慧音は思う。
 ――……何か違うよなぁ、と。
「まぁ、しかし、何か違っても……まぁ、いいか」
 幻想郷というのはそういうものである。
 難しいことを考えてはならない。
 詳しく物事を検証してはならない。
 したら最後、胃が痛くなって髪の毛抜けてえらい目にあう――それが、幻想郷というところである。
「あ、そういえば、わたし、霊夢さんに声かけられてるの」
「なになに?」
「『小鈴ちゃん、うちのご当地キャラ第二弾にならない?』って」
「相変わらず、霊夢さんに優しくしてもらってるのね」
「結構かっこいい衣装なんだよ! 面白そうだから引き受けようかなー、って」
 こんなの、と小鈴が取り出した『イメージ図』をちらりと見て、慧音は飲んでいたお茶を無言で噴き出した。
 ――何だこれ。何でこんなファンシーかつ微妙に露出度高い衣装なんだ。つか神社関係ないだろこれ。あそこの神社、一体どこに向かっていくんだ。
 そんな疑問は尽きない。
「あ、咲夜さんと白蓮さんだ」
 通りに視線を戻すと、その二人が、『ご当地博麗しんちゃん』から『博麗しんちゃんグッズ』を買っている光景がある。
 あの後、この二人に共通の趣味――『かわいいもの好き』が共鳴し、互いを深く『仲間(と書いてともと読む)』として認識したのである。
「今回、一番、大きな結果を出したのは博麗神社よね」
「お賽銭が増えるといいわね」
「それ以外の収入が増えそうだけど」
「確かに」
「わたしも頑張ろうかな~」
「その格好、もうちょっと、この辺りこうしたらいいんじゃない?」
「え~? 阿求、やらし~」
「何言ってるのよ、平坦胸」
 きゃっきゃと笑う二人。
 実に微笑ましいその光景に、慧音は無言だった。
 無言のまま、饅頭を頬張る。
『うー☆』
『うー☆☆』
「きゃーっ、かわいー!」
「へへー、いいだろー。この前、ようやく手に入ったんだー」
「わたし、予約したのに手に入らなかった! 第4次ロット待ちだって!」
「うわ、大変だねー」
『うー☆』
 また通りに新たな要素が増えた。
 視線を上げると、そこには、頭の上辺りをぱたぱたする巨大肉まんをつれた女の子たちが、きゃっきゃと楽しそうに話している光景がある。
 あちこちを見れば、同じように、頭の上辺りをぱたぱたする巨大肉まんが何個も見えた。
 彼女たち、あるいは彼らは、皆、満足しているようである。
「予約するのも大変だよね」
「もう少し、販売数、増やしてくれないのかな」
「今が限界みたい」
「えー。次、何ヶ月待ちなんだろう。あたしのフランちゃん、早く欲しいなー」
『うー☆☆』
 かわいらしい肉まん達は、里の者たち、みんなに受け入れられているようだ。
 これをペットの代わりに連れているもの達までいる。
 みんな、とても楽しそうである。
 慧音はうなずきながら、饅頭を飲み込もうとして、喉に引っかかって慌ててお茶で流し込もうとする。
 当然、あっついのでその場に飛び上がった。
「ねぇ、パパ! 早く、ぼく、地底のアトラクション行きたい!」
「よーし、待ってろよ。この前、ようやく予約が取れたからな。今週の週末だぞ」
「わーい、やったー!」
「ねぇねぇ、見て見て! あたし、ようやく3キロやせるのに成功したの!」
「うわ、ほんと!? いいなー!」
「地底の『焦熱地獄』お勧め! サウナ効果もあって、2時間頑張れば1キロ絶対いけるって!」
 そういえば、地底にも、新しい観光スポットが出来たと聞いていた。
 慧音はむせながら、辺りに盛大にこぼしたお茶をふき取る。阿求と小鈴が「大丈夫ですか?」と心配して声をかけてきた。
「ああ、いや。うん。大丈夫だ。大丈夫」
 はははと笑う笑顔が、何か妙に引きつってるような気がした。
「で、その流れで、地底観光してくるの。楽しいよー」
「ああ、それ知ってる。あれ、一日じゃ、絶対に全部見られないよね」
「最低でも三回かなー。
 あの温泉、予約がなかなか取れないけど、あたし、もう次の予約しちゃったしー」
「お金あって羨ましいわね。
 お金稼ごうと思って、あたし、この前、『かざみ』さんのバイトに応募したけど、面接で落とされたわ」
「ああ、あたしもー。
 最近、仕事が増えてきて、人がたくさん必要って聞いてたのに」
「アリスさんって、優しそうに見えて、すっごく厳しいわよね」
「地底のあの旅館って、仲居さんのバイト、募集してないのかな?」
「っていうことを考えていたら、『正社員募集ならしてます』って言われたわ」
「あ、ちょっと考えるかも」
 幻想郷の就職事情に関連する話も出てきたりする。
 昨今、幻想郷は不況であった。
 幻想郷株式市場の株価は大幅に下がり、幻想郷円は連日、円高を更新し続けた。
 その流れがようやく終わり、今は景気回復の真っ最中。あちこち、人を募集する張り紙を見かけるのだが、そこで『長く』働こうとすると、やはり難しいのは変わらないらしい。
「この辺りの丈を切り詰めてさ……」
「それだとぱんつ丸見えじゃない」
「むしろ見せるものじゃない?」
「うーん。言われてみると確かに」
 隣では、阿求と小鈴が、未だに何やら話を続けている。
 止めるつもりは、慧音にはなかった。
「おっ。また山登りですか」
「やあ、どうもどうも。
 はい、そうです。あの妖怪の山は、征服しがいがありますよ」
「この前、私は中級者向けルートを登ってきたんですがね。
 いやぁ、大変でした。ガイドの天狗さんが『おじさん、頑張ろう! ほら、もう少しもう少し!』なんて励ましてくれなかったら、途中で諦めていましたよ」
「はっはっは。そりゃ大変でしたな。
 私は今度、上級者向けルートに行きますよ」
「なんと! 確か、パンフレットによると、途中でザイルを使った崖登りがあるというじゃないですか!」
「そのために、連日、畑仕事で体を鍛えましたからね。
 なぁに、大丈夫ですよ。あそこの天狗さん達はいい人ばかりだ。きっと、私の登頂の手助けをしてくれる」
「困難な道を乗り越えた時の達成感、たまりませんな」
 なかなかいい年齢の、壮年の男性二人がそんな話をしていた。
 視線をやれば、背中にでっかいリュックを背負い、ごついブーツにがっしりした服装という、まさに『THE・山登り』のような格好をしている男性の背中が見えた。
 そういえば、妖怪の山の登山は、人里でも再びブームになっていたな、と慧音は思う。
 山登りはいいものだ。体をしっかり動かすからいい運動になるし、何より、山を登った先にある、あの素晴らしい景色を眺めるのは、人生において一つの記憶になる。
「しかし、お互い、天狗さん達には癒されますな」
「全くです。
 うちの娘も、あれくらい素直でかわいければ、今頃は引く手数多だったのでしょうなぁ」
「やあやあ、何を言う。
 この前、結婚が決まったと聞きましたよ。おめでとうございます」
「はっはっは。ありがとうございます。
 あんな不出来な娘でももらってくれる、いい若者がいたものです」
「これから孫も出来るでしょう。その時に、この登山の話をしてやったらどうですか?」
「うむ。それは素晴らしい。
 ありがとうございます。頑張ります」
「いってらっしゃい。お気をつけて」
 里に住まう人々の人生が、そこに垣間見えたような気がした。
 こういうのもいいものだ、と慧音はお茶を一口する。
「こんな感じかしら?」
「うわ、かーわいい! これでいこう!」
「よーし! じゃあ、わたし、霊夢さんのところに行って来る!」
「頑張ってね、小鈴。バイト代出たら、お菓子、おごってね!」
「そーするー!」
 小鈴が立ち上がって、博麗神社のほうに向かって歩いていった。
 それを見送った阿求は、『楽しみだわ』と笑った後、立ち上がる。
 そして、『慧音さん。では、また』と折り目正しく礼をして去っていった。
 慧音も立ち上がる。
「おや、今日はどちらへ?」
「ちと命蓮寺へ」
「ああ。そういえば、説法の時間でしたな」
「ええ。あれを聞くのが、最近では、数少ない楽しみになりつつある」
「ははは。お互い、年を取りましたな」
「おや。では、あなたも?」
「ええ」
「では、ここで会えたのも何かの縁。共に参りましょう」
 その視線の先を、もう60は過ぎただろう、老齢の男性二人が歩いていく。
「わたしはね、幼い頃に母を亡くしました。
 ちょっとした事故だったのです。家庭内でもよくあることで。
 あんなことでも、人は死んでしまうものですな」
「なんと。それは。
 大変でしたな」
「ええ。
 あの頃より、わたしは『母親』というものを知らずに育ちました」
「うむうむ」
「……暖かいものです。
 あのように暖かく、優しいものを、わたしはこの年まで知りませんでした」
「ははは。左様ですか。
 いや、わたしもお恥ずかしながら、若い頃はずいぶんとやんちゃなものでした。
 母にも大変な迷惑をかけたものです。
 ……それが罰だったのか、わたしは母に何一つ孝行をしてやれませんでした」
「なんと。大変でしたな」
「ずいぶん長い間、わたしは、ああしたものを忘れていたような気がします」
「お互い、どうやら、人生の終点では笑って死ねそうですな」
「ええ、全くです」
 しんみりとした、人生の旅路の話を聞くことが出来た。
 慧音は思う。
 自分がそこに辿り着くのはまだまだ先のことだろうが、いずれ、その日は来るのだ、と。
 その時、彼らのように、心安らかでいられるだろうか。きっと、それは難しいのだな、とも。
 そんな風に日々を過ごしている人間に『母の暖かさ』を思い出させてくれる説法とは、さぞかし素晴らしいものなのだろう。
 一度、聞きに行くのもいいかもしれないな――彼女は、そう思った。


「ねぇ、慧音。道のど真ん中で黄昏れててどうしたの?」
「……妹紅。私はやはり、誰かを止めなければならなかったのだろうか」
「……はい?」

 そんな風に佇む慧音の背中に、これから『かざみ』のアルバイトに行かなければならない藤原妹紅が声をかけるのは、また別の話である。
日常系アニメのAパートとBパートなノリで作ってみました。

ぷにぷにしててかわいいご当地しんちゃんとちょっとやらしいご当地小鈴ちゃんの写真ください。
haruka
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コメント



0.610簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
ぼくは従業員が少女のマッサージ施設とかあれば大儲けだと思います(屑)

>経営者十六夜
経営咲夜さんなんすねぇ
お嬢様は…あっ、失礼、マスコットでしたね
2.80名前が無い程度の能力削除
>実際、着ぐるみの中はくそ暑く、最近、華扇は体重が少し減ったらしい。
やったぜ華扇ちゃん!
でも過労ででちょっとやらしい小鈴ちゃんを見守りにきた青い淑女仙人の相手をする体力がなくなってそう
4.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
9.80名前が無い程度の能力削除
ご当地小鈴ちゃんが気になって仕方ありません
11.90絶望を司る程度の能力削除
何もかも平和だなぁw
12.100名前が無い程度の能力削除
ぬいぐるみいつ発売ですか?
13.100ペンギン削除
各種の名所巡り行きたいわぁ。
しんちゃんくださいなんでも(ry
17.90非現実世界に棲む者削除
神霊廟と守矢神社は何もしてなさそうだけど大丈夫かな?まあ潤ってるならいいか。
ところでご当地しんちゃんと小鈴ちゃんのグッズはどこで売ってますか?
18.100名前を忘れた程度の能力削除
カリスマクッションは是非姉妹揃えて愛でたい。
次は「むきゅー☆」って鳴く図書館仕様のクッションを!