Coolier - 新生・東方創想話

L'Ultima Cena

2015/06/17 21:04:52
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 からから、とメイドの妖精が、銀色の金属光沢が眩しい台車を押しながら、ダイニング・ルームへと静かに入室する。主人に仕える使用人としてのなんたるか、を叩きこまれた身だ。決して耳障りな音も立てず、目障りな動作もしない。主人にも劣らぬ流麗な動作で、住人の傍らに台車を止め、載せられた白磁の皿を配膳してゆく。
 フル・コースの六番目。一同はソルベを食べ終えて、爽やかな余韻に浸っていた。フランボワーズのソースが、血のような鮮やかさで皿を彩っていた。もうひとりの妖精が、これまたたおやかな所作で皿を片づけてゆく。
 眼前に、温かで芳醇な香りを放つ料理が置かれる。赤ワインをベースに、ケチャップなどで味を調えたソース。それが贅沢に、かつはしたなくない程度にかけられている。レアーに焼かれた肉を上品に際立てていた。
 フル・コースの七番目――肉料理の順番だ。
 コース料理は、まさにこの肉料理を味わうために設けられたシステムと言っていいだろう。前菜にサラダ、スープ、パン、魚料理、そしてソルベ。究極的に言ってしまえば、これらはすべて肉を際立たせるための「脇役」に過ぎないのである。肉料理で最高潮に盛り上がる食欲は、「脇役」の見事なまでの連係プレーの賜物と形容しても差支えない。


 だが、各々の表情は曇った。

 的確に言い表すのならば――彼女らはその肉料理を見て、それぞれの表情を浮かべたのだった。


 ある者は憤慨した。
 どうしてこんなことをしたのだ、と。
 なんと冒涜的だ、常人のする所業ではない、と。

 ある者は俯いた。
 これがなれの果てなのか、と。
 泣き叫びたくなりそうな気持ちをぎゅっと堪えて、口を一文字に結ぶ。

 ある者は首を傾げた。
 どうして皆、そんな顔をするのか、と。
 目の前の状況に、なんら疑問を抱いていないのだ。

 
 皆の視線を一身に受けているのは、料理を作った小悪魔ではなかった。
 上座に座って、余裕綽々と言った様子でワイン・グラスを傾ける、幼い主である。
 主は酷く叱責された。親友ともあろう彼女にすら、酷い罵声を浴びせられる。心を通い合わせた者からの罵詈雑言に動揺しないはずがない。仮面を被ったように平静を装っているが、心の内側でどう思っているのかは、他の者にはわからなかった。
 静かに、口を開く。
 何が飛び出すのだ、と皆思った。
 彼女の奇行は今に始まったことではない。いつもなら「なんだ、またか」の一言で済ませてしまうだろう。
 だが、此度ばかりはそうも言ってはいられない。幼い容姿に見合った幼稚なセンス、時折見せる支配者としての才覚を持ち合わせる彼女。その器をもってしても、今回の所業はおかしいと思わせるものだった。
「輪廻転生」
 しばしの沈黙ののちに、一体何が飛び出すかと思えば、四字熟語であった。輪廻転生――死してあの世へ還った魂が、この世に幾度も生まれ変わることを意味する言葉だ。
「人の魂は、なんどもなんども生まれ変わり、新たないのちとして、再び降臨する。それがまたヒトの形をとるのかはわからない。動物か、虫か。もしかしたら、植物かもしれない」
 顔の前で手を組む。指の間に指をするりと絡ませて、二つで一つの拳をつくる。
「死骸を燃やして、その残滓を葬ることで、霊魂への手向けとする。来世、どうにか幸せに生まれ変われるように、と願う。それは間違いではない、至って普通の、正常な考え」
 瞳を閉じて、半ば瞑想するかのように精神を研ぎ澄ませる。一言一言を、己の中で噛みしめながら。無駄な表現などせず、端的に、的確に述べていく。
「けれど、私はそれは勿体ないことだと思う」
 ゆるりと見開かれた眼に、迷いはない。己の言葉に芯を通し、恥じることなく言い放つのだ。
「形のあるものはいつか崩れる……無形のものはそうでないかと言われれば、違う。無形のものは『消え去る』。残骸が残るのではない、もっと酷い……思い出せなくなって、酷く曖昧なものになって、なにも鮮明には見えなくなってしまうの」
 思い出そうとする。
 だが、どうにも思い出せないものがある。特別な力がある者を除いて、生を受けた者は、すべからく忘却してしまうのだ。小さい頃のエピソードを、大人になってから思い出そうとしても、断片的にしか思い出せないように。料理の味を、一週間後には忘れてしまっているように。そして最後には、それすらも思い出せなくなってしまう。
「ならば、忘れずにいるにはどうすればいいのか。それは簡単なこと」
 傍らのナイフとフォークを手に取る。左手にフォークを、右手にナイフを。小さな手には、少しばかり大きい。
 そして、彼女はするりと肉を切り、それを口に運んだ。愛おしそうに食べるさまを、皆が見ていた。
 絶句、と表すのが的確であった。息をつく暇さえもない。動作の一挙一動に釘付けで、言葉はなかった。


「『同化する』こと――それが、答え」


 抵抗がないことが、信念の表れであった。常人ならば考えもしないだろう。むしろ忌避するに違いない。反道徳的だ、尊厳がなどとまくしたてて、悪だと謗るだろう。
 その悪さえも乗り越えた彼女は、ただ凛とした表情をしているのみだった。
「己の中に混ざり合い、血となり肉となり、同じ時を生きる。言わば生涯の伴侶となるに等しい。さすれば、決して忘れることはない」
 また一切れ口に運ぶ。これもまた、皆が言葉を発することなく、ただただ見ているのみだった。
「倫理がどうこうとか、善悪とか、私には関係のないこと……忘れたくないからこそ、こうして喰らっている。無理に食べろとは言わないわ。ただ、食べれば、きっと忘れないでしょう。どこまでも、どこまでも鮮明に覚えていられるでしょう――」
「……いただきますっ!!」
 少しの間もおかず、ある者は食べ始めた。静かに食べなさい、という主の言葉に耳を貸す様子はない。目尻から大粒の涙を流しながら、彼女の名前を呼びながら、喰らっているのだ。
 それに続くように、ある者も食べ始めた。幼いゆえにマナーが悪いのは仕方ないが、残そうとする意志は見られない。本能的に理解しているのだろう――残してはいけない、と。
 最後に、残った者も食べ始めた。最初は残す気でいた。しかし、残飯となった「それ」のことを思うと、とてもむごくて悲しい気持ちになるのだ。それこそいたたまれないではないか。輪廻転生もできないではないか。
 三者三様の姿を、主は上座から見るのみだ。各々が何を考え、どんな思いを抱きながら喰らっているのか、その少女にはわからない。
 ワインを一口嗜んでから、静かにナイフを降ろして断つ。行儀が悪いとはわかっていながらも、フォークで刺し、「彼女」の姿を見つめた。
 まさか、こうなるとは思ってもいなかっただろう。語義は変わってしまうが、死人に口があれば、いったいどんなことを言われるだろうか。
 怒られるだろうか。
 はたまた、彼女のことだから、この身は云々とのたまって、許してくれるのだろうか。
 後者を容易に想像できてしまうのが、なんとも悔しいところだ。
「生まれ変わっても好きになる」という言葉を、どこかで聞いたことがあった。どこぞのラヴ・ストーリーの、主人公が言っていた気がする。歯が浮くようなセリフを、よくもまあ言えたものだな、と関心さえしたほど。
 私は、きっと生まれ変わった彼女を愛することはできない。
 なぜならば、それは彼女ではないから。
 彼女の意志を持った、別の代替物に過ぎないのだから。
 彼女はここにいる。目の前に、そして、身体の中に。
 己の命が尽きるまでの間、彼女は彼女のままでいられるのだ。
 こんな悪行をした私は、きっと輪廻転生の輪から外れてしまうのだろう。もっとも、吸血鬼に輪廻転生などという、仏教的な思想が当てはまるのかは知らないが。

 気がつけば、最後の一つだった。

 特別なことや、祝詞じみたことを考えることなく、ただ口に運ぶ。ひたすらに咀嚼する。何を考えればいいかもわからなかった。悲しくもない。嬉しくもない。そこにあるのは、自分の強い信念だけだった。
 それでも、一筋だけ、涙はこぼれてしまった。
 理解を拒んでいたわけではない。悲しみを忘却したわけでもない。
 これを飲みこんでしまえば、文字通り「終わり」だと考えると、無常のような感覚にとらわれてしまうのだ。同じ身体で生き続けるにせよ、形ある「彼女」は、ここで崩れるのではなく、消え去るのだ。
 静かに反芻して、ワインを一気に飲み干した。
 その味は、血の味がした。
 涙は、それ以上出なかった。
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コメント



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1.30名前が無い程度の能力削除
割とベタ、こういう雰囲気に酔いたい人には面白いんだろうけど
そこに至るまでの積み重ねが読者依存のみなのが残念。
2.80名前が無い程度の能力削除
よくある…とは思うけど、グダグダ悲しんだり泣いたりせず、語りすぎない辺りのバランスは結構好き
5.90名前が無い程度の能力削除
淡々と、しかし淡泊ではなく、情緒的な描写を省きながらも激情や狂気が伝わってくる。