Coolier - 新生・東方創想話

【それじゃあ、また百年後】

2015/05/10 16:43:45
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※ http://coolier.sytes.net/sosowa/ssw_l/85/1252565409 の後日談にしておまけになります。

【花十夜】

 こんな夢を見た。

 夢の中で目を覚ますと、私は床に座っている。

 何か私を呼ぶ声が聞こえて音の方を見ると、そこには花の妖怪がいる。私が膝を着くすぐ傍で、彼女は横たわり静かに目を閉じている。そうして目を閉じたまま、「ねえアリス、私は今から死ぬの」としきりに云うのだ。どういうわけか私はそれで、「幽香がそう云うならそうなのだ」と思う。

 けれど急にそんなことを云われてもやはり納得できない。そこで私は負担をかけない小さな声で、支える右手を折ってぐっと彼女に近づき、本当に死ぬの?どうせからかっているのでしょう、と耳に口を付けてきいた。すると彼女はくすぐったそうに首を竦めて、だって死ぬんですもの、生まれたからには仕方がないわ、と云った。云って、ぱちりと大きく目を開いた。林檎飴のような真っ紅な眼が私を映す。幽香の髪はいつものように鮮やかな蓬色で、生命そのもののように芳潤としていた。私にかけられる声もやわらかく軽やかに自由で、瞳の輝きときたら生まれたばかりのように曇りを知らなかった。例え死という何人も抗いがたいものであっても、この輝きを失わせることは困難に思われた。
私が黙っていると何が楽しいのか幽香はくすりと笑って、「なぁにアリス泣いているの?」と嬉しそうに云った。それが本当に腹の底から楽しそうで、私は「こんなに余裕が有るのに、本当に死ぬのかしら」と思う。
 こんな趣味の悪い嘘でからかわれては癪だから、私は彼女の顔に躙り寄り、ねえ死ぬなんてやっぱり冗談なんでしょう、本当はなんともないんでしょう、とまた聞き返した。すると幽香は燃えるような紅い眼を大きく見開いて、やっぱり静かな声で、でも、死ぬと決まっているんだから、仕方がないわと云った。
 ねえじゃあ、私の顔がちゃんと見えるかしらと聞くと、見えるかって、そら、そこに、映って、目の前にいるでしょう、とにこりと笑って見せた。私は黙って顔を彼女から離した。首を傾げて、これでどうしても死んでしまうのねと思った。

 しばらくして、幽香がまたこう云った。

「死んだら、二つお願いがあるの。葬儀は要らないわ。念仏も歌も献花も要らない。私は花だもの。花のために花を手向けるような愚かな考えは今棄ててね。墓石なんて以ての外。あんなもの、草や花の生長を邪魔するだけよ。だから人間が死んだときのような諸々の全て、あなたは考えなくていいのよ。そんなお飯事は人形とやってちょうだいな。ねえ、私の頼みはもっと簡単なことなの。だって私、死ねば骨も残らない花なのよ。だから、ねえアリス。必ずすると頷いてちょうだい」

 幽香の言葉は歌うようで、私は必ず行うと約束した。すると彼女は花開くように微笑みを浮かべ、綿毛のように白い手がやわらかく私に胡桃大のそれを握らせた。磨かれた小石のようなそれは種だと云う。「これを口に含んで。ええそう。噛まないように舌に乗せてね」種は口に入れた途端に口の奥へと転がっていこうとする。喉が詰まっては大変だから、慌てて首に手を当てた。なんだか息苦しかった。酸欠なのか意識が朦朧として、幽香の声が遠くなっていく。

「堅い間はまだ飲み込んじゃ駄目よ。今に唾液と熱でやわらかくなるから。氷がとけるように輪郭が崩れて、わらび餅のようにつるんと貴女の中におちるわ。そうしたあとは普通に暮らしていなさい。これが二つ目のお願い。イイコにしていて。また逢いに来るから」

 私はぼんやりと霧がかった頭でそれはいつ頃なのかと眼で尋ねた。

「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行く。貴女は寝て起きて、本を読んで食べて歩いて歌ってお人形と戯れてまた眠る――アリス、貴女本当に待っていられるかしら」

私は黙って首肯いた。幽香は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていてちょうだい」と思い切った声で云った。

「百年、ここで待っていて。きっと逢いに来るから」

 私はただ待っていると答えた。すると、紅い眸のなかに鮮に見えていたはずの私の姿が、ぼうっと溶けて崩れて来た。薄氷の張った湖が春を告げる渡り鳥の羽ばたきで写る人影が乱れるように、水が流れ出したと思ったら、幽香の燃える眼がぱちりと閉じられた。長い睫の間から涙が一粒、頬へ垂れて床へと滑り落ちた。ああとそれを目で追って次にまた顔を見る――もう死んでいた。

息が、苦しい。

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