Coolier - 新生・東方創想話

Dowsing your smile

2015/05/09 23:05:33
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「ナズーリン、お願いがあるのですが……。」

寺の一室で写経をしていた私の背後から、聞き慣れた声がする。
写経を中断して向き直ってみれば予想通り、普段ならそれなりに感じさせている威厳もどこかに放りさってしまったかのような主の姿。
こうして私の主人たる寅丸星が私に頼み事をしに来る事は珍しくない。
そして、その要件というのは8割がた決まっていて。

「お願い?また何か失せ物でもしたのかい?」

「…………はい。」

そう、ご主人はどうにもうっかりさんで、特に何かを失くしたりする事が多々あるのだ。
その度に申し訳無さそうに私を頼ってきて、私がそれを探しにひた走るという訳だ。
これと、素のご主人から感じる頼りなささえ無ければとても優秀だと言っていいのだが。
まあ、直して欲しくないと言えば嘘になるけど、そろそろ慣れてしまったのも事実だ。

「わかった、何を失くしてしまったんだい、ご主人?」

「えぇと……あの…………。」

ふむ、妙に歯切れが悪い。それに表情も普段より深刻そうな様子。
これは随分でかい失くし物をしたと見える。

「……まさか、宝塔じゃないよね。」

「は、はい!宝塔はちゃんと持ってます。あんな失敗だけは二度としません。」

そう、ご主人は一度だけ、大事な大事な毘沙門天の宝塔を、それも聖を救出する直前という重要なタイミングで失くしてしまったことがある。
その時にだいぶ反省したみたいで、大きなミスはそれ以来殆ど起きていない。
まあ、小さなうっかりはどうにも無くならないのだが、それは数歩ほど譲れば許容範囲と言ってもいいだろう。
閑話休題、最も危惧していた事態では無く一安心だが、なら何を失くしたのだろうか。

「あの、冗談みたいな話なんですけど……。」

そう前置きしたご主人の言葉に。


「笑顔を、失くしてしまいました。笑い方が、思い出せないんです。」


「…………は?」

私の思考は一瞬、いや、たっぷり一秒くらいはフリーズしていた。


-Dowsing your smile-


「笑顔を失くしたって……つまり、笑えなくなったってこと?」

念のため再確認。つまりはそういうことのはずだが、それにしたってどうしろと。

「はい……。えっと、こう……。今、笑おうとしてるんですけど……そうは見えないですよね?」

言われてご主人の顔を凝視する。
確かに仏頂面、と言うほどではなくとも笑みを浮かべているようには見えない。

「そう……だね、真顔に見える。」

「ですよねぇ……。他の表情ならできるんですけど……。」

ご主人の言う通り、ちょうど今のご主人の表情は憂いの帯びたものだ。
つまり、感情全てが表に出なくなったわけではなく、笑顔だけができなくなってしまった、と。

「うーん……。何か、変な物を貰ったとか、妙な事をされたとか、心当たりはあるかい?」

「あったら、直ぐにそれをあたっています。それらしい事が全く無いからどうしようもなくて……。」

「だよ、ねぇ。」

どうしたものか。私にもどうしてご主人がそんな風になってしまったのかは見当もつかない。

「どうしましょう、ナズーリン?」

「…………なら、そういうのに詳しそうな人間に聞くしかない、か。」

餅は餅屋、魔法は魔法使い、妖怪退治は巫女。大抵のことにはそれを専門にしている存在がいる。

「いますか?そういう人……。」

「ふむ、そうだね……。」

良くも悪くも幻想郷はそういう専門家の集まりのようなものだ。
暫し思案し、思い浮かんだのは一人の人間……いや、彼女が本当に人間かは甚だ疑問だが。

「……竹林の薬師に診察を頼もう。聖に事情を説明してくるから、ご主人は出かける用意をしておいて。」

「は、はい。お願いします。」

「人前に出ることだし、取り敢えず形だけでもその情けない表情を直しておいてくれると助かるよ。それじゃあ、ちょっと待ってて。」

そう言った後私は部屋を出て聖が居そうな場所をあたる。
お寺もそこまで広いわけじゃないし、どこに誰が居るかは大体決まっている。
直ぐさま彼女を見つけ出し、ご主人の体調が優れないようだから医者に診てもらいに出かける、というような事を伝えれば、あっさりと許可が下りた。
聖は、というかこの寺で暮らす人妖は大概がお節介すぎるくらいに優しい。
おそらく私とご主人が居ない穴も何でもないかのように振舞うのだろう。私はともかくご主人が居ないというのは少なからず支障が出るだろうに。
そんな皆に妙な心配をかけたくもない。早いうちに解決したいところだが……。

「お待たせ、許可は貰ってきたから出かけるよ。そっちは……うん、用意はできてるね。」

「あ、あの、ナズーリン、今私、ちゃんとした表情してますよね?ほら、こう、ね?ね?」

「ああ、大丈夫大丈夫。ふふ、そんなに緊張してるとむしろ変な顔になるよ?」

心配そうな声色なのに表情だけは努めて凛々しくしようとしているご主人の姿に、つい笑いを漏らしてしまう。

そう。笑うという行為はこうも些細なことであるはずだ。
それなのに、ご主人はそれができなくなってしまった。
本当に、ご主人の身に何があったのだろうか。
疑問や不安が頭の中でない交ぜになりながらも、解決のために二人で歩み始めた。


さて、所変わって竹林の奥深くにある診療所、と言うべきか。
永遠亭と呼ばれる屋敷の前に私達はいる。
ここまでの案内と護衛を引き受けてくれた案内人は要件が済むまでここで待つというので、私とご主人の二人で屋敷の戸を開く。

「あら、珍しいお客さんね。何かご用かしら?」

そう言って私たちを迎えたのは八意永琳。件の薬師である。
医学、特に薬に関する知識が豊富で見た目は若いようだが物腰からは全くそうと感じさせない。人妖問わず診察や薬の販売を行い、その値段も良心的。
善人のようでどこか底知れなさがある不気味な人物でもある。
その後ろには一人の妖怪兎がほんの少し体を縮めて立っている。確か、鈴仙という名だったか。時折薬の販売のために人里に来ているので覚えがあった。

「ご主人の診察を頼みたいんだ。ちょっとばかり厄介な不調でね。」

「成る程。……一目見たぐらいだと重傷や重病の類には見えないわね。厄介、というのはどういう事かしら。」

「曰く、笑うことができなくなってしまったらしい。」

「ふむ……。」

永琳は暫し思案するような素振りを見せる。
それを待つ間に鈴仙が慣れた手つきでお茶を淹れて私達に渡してくれた。
少し熱めに淹れてあるそれは、私達の緊張を解きほぐしてくれたようだ。

「そうね、そちらのご主人さん……寅丸星さんだったかしら。取り敢えず身体に異常が無いか調べさせてもらうわね。お付きのあなたは別室で待っていてもらえる?ウドンゲ、案内をお願い。」

そうして計ったかのようなタイミングで行われた指示に、意義を挟む理由も特に無かった。

「わかった、お願いするよ。」

「あ……いえ、何でもないです。」

ご主人が何を言いかけたのか少し気になったものの、それを聞く前に永琳はご主人を連れて別室へ向かってしまった。
それを見届けてから私も同じように鈴仙に別室まで連れられたのだが……。


「…………。」

「………………。」

会話が無い。お互いに相手の様子を伺っているような状態。
正直に言うと、気まずい。

「……えっと、お茶、飲む?」

「あぁ、お構いなく。」

一言二言だけ言葉を交わせば、再び沈黙が場を覆う。
話さなければいけない、という訳では無いと言ってしまえばそれまでなのだが。
とはいえ重い空気なのはあまり喜ばしくない。何か話題になるものはないだろうか……。

「……それにしても、あなたはご主人サマ?から、信頼……というより、頼られてるのね。羨ましいわ。」

「羨ましい?……ふむ、確かに頼られて悪い気はしない。でもやっぱり、仕えたり師事したりする相手はむしろ頼り甲斐のある人の方がいいと思うけど。」

従者に近い、似たような立場の相手と、こういう風に意見がすれ違うのは中々に興味深いものだ。
もう少し詳しく聞いてみようか。

「これは私の意見にすぎないけど、鈴仙、だったか。君はそうじゃないみたいだね?」

「まあ、ね。師匠は頼りになるし実際に大抵のことは一人でこなせる超人よ。でも、だからこそあの人は遠い。……あなたとご主人様みたいに弱さを見せられる関係を見ると、憧れる、ううん、妬いちゃうわね。」

「ははは、そんなに言うほど良いものでもないよ?あのご主人に何度手を焼かされたことか。」

「でも悪くない、でしょう?言わなくてもわかるわ。ふふ、思ってたよりわかりやすいのね、貴方は。」

……態度に出ていただろうか。ポーカーフェイスでいるよう努めたいとは思っているのだけど。

「今回ばかりは、普段と性質が違う話だから解決も手探りだけど、頑張らないとね。」

「まあ今は師匠に任せて。きっと何か掴んでくれるわよ。なんたって私の敬ってやまないお方だもの。」

まるで自分のことのように誇らしげに胸を張る鈴仙も、ああ言っていながら師匠に対する不安などは無いのだと感じさせてくれる。

「期待して待たせてもらうよ。うん、話して随分と気が楽になった。ありがとう。」

「それはよかった。」

鈴仙に感謝の言葉を伝えれば、彼女は得意げに、そして少しだけ嬉しそうにふふん、と笑っていた。


そうして暫く待っていると、診察を終えたらしい永琳とご主人が部屋に入ってきた。

「お待たせ。診察は終わったわよ。」

「……えと、私、どうしちゃったんでしょう?」

まだ緊張した様子の残ったご主人は永琳にそう問うた。
自分でも分からない自分の事を他人は知っているという状態は、やはり少なからず堪えるのだろう。

「そうね、分かったことを幾つか伝えましょう。まず、貴女の身体には何の異常もないわ。貴女がそうなっているのは、心因性のもの……感情とか、精神状態とかが不安定になっているが故のものね。要は心の問題よ。」

「こころ……。」

「具体的な原因は私には分からないけど。それは多分、貴女が一番良く知っているはずよ。」

ご主人は難しい顔をして考え込んでいる。
しかし、心因性とは。ご主人に重い悩みや何かがあったのだろうか。
だとしたら、目付役である私がいち早く気付くべきだった筈だというのに。

「治すためには、やっぱり薬じゃあ難しいのかな?」

「残念ながらそうなるわね。心の問題は薬じゃどうにもならないわ。症状を一時的に抑えることは出来るけど、根本から解決しないと何度でも再発してしまうでしょうね。」

「やはりそう、か……。ご主人、心当たりは?」

「……ない、こともない、ですけど……。まだちょっとはっきりしないです。」

どうにも歯切れの悪い様子。まあ、言われてすぐに確信を持てるようなものでもない。

「大した役に立てなくてごめんなさいね。貴女達がその問題を解決できることを願っているわ。」

「大丈夫。方向が分かっただけでも大きな進歩だからね。ご主人、一旦帰ろう。」

ご主人に声をかけても返事がない。どこか気の抜けたような表情で考え事を続けているようだ。

「ご主人、ご主人ー?」

「……あぁ、はい!えと、何ですか、ナズーリン?」

「帰ろう、って言ったんだ。さ、行くよ」

それを聞くとご主人は慌てて立ち上がり、私の後に続く。

「お大事に。……折角の逢引なのでしょう?暗い顔などせずに楽しみなさいな。」

……逢、引…………?

「あ、あい……!?それって、で、でで…………あうぅ。」

その言葉の意味を正しく把握するまでに数秒。その時には既にご主人は顔を真っ赤にして頭から煙が吹き出そうな状態だった。

「何を言っているのかな貴方は!?私たちはそういう用事ではなく!」

「はいはい、わかってるわよ。それくらいの気軽さでいなさいってこと。冗談のつもりだったけど、満更でもないのかしら?」

「っ……失礼する!ほらご主人、行くよ!?」

「……はっ…………あ、はい!」

私自身の頬も熱くなるのを誤魔化すように、ご主人を連れて永遠亭を出て行く。
永琳はそんな私たちを、微笑ましいと言わんばかりの表情で見送っていた。




永遠亭を後にすると、竹林に背を預け目を閉じていた案内人は私たちに声をかけてくる。

「さて、用事は済んだみたいだけど……どしたのそんなに慌てて。」

「大した内容じゃないから気にしないで欲しいね……。」

あまり蒸し返したくない話題なので、早々にはぐらかす。
二人揃ってまた赤面する羽目に遭うのはごめんだ。

「ん、まあ良いけど。首尾はどうだった?」

「んん……なんとも言えませんね。すぐに治す方法はわかりませんでした。」

「でも、収穫が何にもなかった訳じゃないかな。」

「ふむふむ、それは残念。いや、良かったのかな?」

首を傾げながらも竹林を歩き始める彼女は、しばらくしてふと思いついたように私達に一つの提案をしてきた。

「そうだ、よほど話したくない事情があるのでなければ、私に話してみるといい。説明しようとすれば、改めて整理できるだろう?」

「成る程、一理あるね。ただ……。」

「ま、これで口は堅い方だ。言いふらしたりはしないよ。」

「……ナズーリン、話しても良いですよ。何か思いつくかもしれないなら、そっちの方が大事です。」

「ご主人がそう言うなら、了解した。……ご主人は仮にも信仰の対象なだけあってね。あんまり不調だとか噂されると困る訳だ。」

そう前置きしてから、一つ一つを自分の中で整理するように話して行く。
ご主人が突然、笑うことができなくなったこと。どうやら魔術や呪術的な物ではなさそうであること。永琳曰く心因性の症状であること。具体的な原因までは分かっていないこと。
ひとしきり説明し終えると、案内人は真剣な表情で考え込んでいる様子だった。

「……どうしました?」

「ああ、そうだなぁ……お二人さん、私の素性についてどれくらい知ってる?」

彼女の素性、竹林の案内人であることは今更だ。恐らくは、純粋な人間でなく不死人であることを指しているのだろう。

「今の阿礼乙女が編纂している幻想郷縁起に書かれていることはおおよそ。健康マニアの焼き鳥屋だったかな?」

「よくご存知で。まあ、知っての通り相応に長生きしてるから、似たような経験もあった訳。」

自分語りなんて柄じゃないんだけど、と肩を竦めて苦笑いする彼女は、それも昔の話だとその態度で示しているかのようだった。

「……助言をして頂けるのですか?」

「そんなところ。さて、と。時に二人とも、笑う時ってどんな時だと思う?」

「嬉しい時とか、あとは面白いことがあった時かな。」

「あとは……楽しい時、それに幸せな時も笑顔が溢れますよね。」

私とご主人が口々に答えを返す。
それを聞いた彼女は満足そうに頷き。

「なるほどなるほど。それじゃあ今の暮らしは楽しい?幸せ?」

「勿論です。長い永い時間を越えて、漸くまたみんなと一緒に暮らせるようになったんですから。」

「……うん、良いことだ。じゃあ、なんで笑えないのか。……それは、笑うことを邪魔してしまうもの、悩みなんかがあるからじゃないかな。」

やはり悩み。解決しないことにはどうしようもないのだろう。

「で、だ。こういうのは、何かしらを欲してる事が多い。自覚してるか否かはともかくね。」

何かが欲しい、でも手に入らない。そんな不満が積もり積もって、か。
また何か別の失せ物を……いや、それは少し方向が違うか。それに、もしそうなら既に私に相談に来ているはずだ。
こんな時にも最初に思いつくのは失せ物とは。心の中で苦笑してしまう。

「……おっと、そろそろ人里だ。私ももうすぐお役御免。」

「そう、ですね。色々とありがとうございました。」

「どういたしまして。ま、頑張ってね。」

「私、元通り笑えるでしょうか。」

「……!」

ご主人の問いに虚を突かれた様子の彼女は、直ぐに素の表情に戻り。

「勿論。笑顔になるための特効薬は人とのふれあい。あなたたち二人なら、簡単なことだ。」

にかっ、と溌剌とした笑顔を私たちに向けてくれた。







「これから、どうしますか?」

私達は人里に帰ってきて、特に当て所なく歩いていた。

「これ以上は調べようもないからねぇ……。どうしたものか。」

何をするでもなく、目的地もなく、ただ多くの人々が行き交う人里を気の赴くままに歩く。
別に深い意味がある訳でもない、他愛のない雑談を交わしながら過ごす時間は、懐かしく、そして心地良かった。

「ん、丁度いい。ご主人、そこで少し休憩しないかい?」

ふと目についたのは、行きつけの甘味処。
何となく、このまま命蓮寺に帰るのも味気ないからと、気づけばそう提案していた。

「いいですね。でも、少しみんなに悪い気もします。まるで仮病を使ったみたいで……。」

「いいんだよ。今のご主人に必要なのは休息、リラックスさ。多分、だけどね。」

それもそうですか、と返すご主人の声音は明るく、その表情も笑顔とまではいかなくとも、暫く前までの暗いものではない。
私は小さな安堵を胸に抱きつつ、ご主人とともにのんびりとした足取りで歩みを進めた。




繁盛している様子の店に入り適当に注文したお団子や饅頭が出来上がるのを待っているのだが、どうにもご主人の様子がおかしい。
そわそわ、と音が聞こえそうなほどに落ち着きがない。
視線を色々な方向に巡らせ、手は所在なさげに空をかき、そして髪をくるくると弄り始める。
……こっちから話しかけないといけないのだろうか。

「……どうしたの、ご主人?」

「えっ?……え、えーっと……今日はいい天気ですね?」

「そんなベタな話題で誤魔化さなくても。」

あ、あー……と歯切れの悪さに更に磨きのかかるご主人。明らかに何か言いたい事があるのだろうけど。
数秒、沈黙したままで向かい合っていれば、漸く観念したようで。

「……うん、わかりました。ナズーリン、今日は色々とありがとうございます。」

「あぁ、どういたしまして。でも私はこの事がちゃんと解決するまで協力するからね?」

「はい、その事でお願い……いえ、違いますね。それとは関係なく、伝えたい事があるんです。」

「……?うん。何かな?」

何をそんな改まって、とつい思ってしまうが、ご主人の表情は真剣そのもの。
こんなに凛々しい表情を見たのはいつぶりか。それだけ大事なことなのだろう。
すぅ、はぁ。と大きく深呼吸して口を開く。

「ナズーリン、私は……」

「お待たせしました、ご注文のお品になりますー!」

「っ……!?」

「あ、ああ。ありがとう。」

絶妙に空気の読めないタイミングで店の売り子が頼んでいた甘味を届けに来たらしい。
どうぞごゆっくり!という一言を残し、彼女はそのまま忙しなく店内を駆け抜けていった。
その様子を呆気にとられたまま見届け、そして私とご主人は盛大に溜め息をついた。

「と、とりあえず……食べようか。」

「……そうですね。いただきましょう。」

思いっきりぶつ切りにされた話を仕切り直す気分にもなれず、適当に饅頭を手に取り頬張った。
上品な甘みでたいへん美味しいのだが、直前の話題が気になってちゃんと味わえないのは不可抗力ではないだろうか。
ご主人に至っては涙目でうーうー唸りながら団子を咀嚼するという器用な真似をやってのけている。
数秒前までのあの姿はどこへ消えてしまったのだろう。そんな疑問すら浮かぶ切り替わりの早さに若干呆れつつも、私は二つ目の饅頭に手を伸ばした。


「すっかり日が暮れたみたいだ。そろそろ帰らないとみんなに心配されてしまうね。」

空は赤く色づき、もう少しすれば夜の帳が下りる時間。気づけばかなり長い間外出していたことになる。

「そう、ですね。もう、そんな時間……。」

どうやら直ぐさま解決できる問題ではなかったのかもしれない。
1日でどうこう、ではなく気長に付き合って行くことになるのだろう。

「……ナズーリン。」

足を止めてご主人が私の名を呼ぶ。
要件に察しはついた。つい先程、中途半端に終わってしまった大事な話。
だってそうだろう。振り返ってみれば、緊張した面持ちのご主人が私を見つめているのだから。

「……なんだい?」

「大事な、大事な話があります。」

「わかった。……聞くよ。」

ご主人は一歩だけ私に歩み寄り、そして。


「ナズーリン……私は、あなたを愛しています。」


言葉とともに、私を抱きしめた。

「なっ……あ、えっ……!?」

「少しだけでいいです。こうさせてください。」

思ってもみなかった台詞に、思考が鈍っていく。何を言えばいいのか、何をすべきなのかがわからない。
ご主人の身体から伝わる熱と馬鹿みたいに早鐘を鳴らす私の心臓だけを、ただ強く、強く感じる。

「ずぅっと昔からだったんです。任務だから、仕事だからって言いながらいつも至らない私のために尽くしてくれて。」

きっとこれは一人語りのようなもの。でもこの言葉を聞き逃してはいけないと、私の中の何かが告げていた。

「所詮叶わぬ恋だ、なんて自分を納得させようとして、気持ちを押し殺してからもう数え切れない程の年月が過ぎました。それでも諦めきれなかったから、こうなってしまったんでしょうね。」

ご主人が、ずっと私のことを。
私にも、誰にも相談できないまま抱え続けていた。

「……だから、受け入れて欲しいとかじゃないんです。はっきりと答えを教えてくれれば、きっと割り切れると思うんです。」

時間はかかるかもしれませんが、と、そう付け加えてご主人は口をつぐみ、私を抱いているその腕をゆるりと離した。
きっとどうあっても抑えきれなかったのであろう不安を感じさせる表情で、ご主人は返答を待つ。

私はただ、こんなにもいじらしいご主人が、どうしようもなく愛おしい。そんな気持ちに正直でいたいと強く願ったから。

「まったく、本当にしょうがないご主人だなぁ。」

私よりも背の高いご主人の耳許に届かせるために少しだけ背伸びして囁く。


「私も好きだよ、ご主人……ううん、星。」


「……!~~~~~~!!」

ご主人は一拍だけ置いて、一瞬で真っ赤になった。本当に初心で、可愛くて仕方がない。
そうしてひとしきり悶えたあとに。

「ありがとうございます。凄く……凄く嬉しいです……!」

ご主人が浮かべた幸せ一杯と言うに相応しい満面の笑み。

今まで見た誰のものよりも素敵な笑顔に、私は心を奪われたのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

もし仮に過去の作品を読んでくださっていた方がいらっしゃれば大変お久しぶりです。おそらく多くの方ははじめまして、しがない名無しと申します。
一番最近の作品でさえ丸1年以上前という体たらくですが、久しぶりに投稿することとなりました。
(一年もたつと投稿していたとか関わらず色々と稚拙な文章に見えて悶える訳です。わざわざ探さないで下さいね?)
今回はナズーリンとご主人……寅丸星がおりなすラブコメ(?)でした。
ナズーリンが寺暮らしであるような描写を筆頭に、二次的な設定が多数見受けられたことと思いますが、寛容な心でお許しいただきたいなぁと。

ともかく、これからも気が向いた時にこんなssを生産しては投下したいと思う所存です。
感想、アドバイスetcetcは何時でも歓迎しておりますので、ぜひぜひ気軽にコメントしていただけると大変喜びます。
しがない名無し
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コメント



0.110簡易評価
1.30名前が無い程度の能力削除
こういうベタな展開は嫌いじゃない
3.90名前が無い程度の能力削除
いいですねー
4.100名前が無い程度の能力削除
ナズ星いいですね
6.100名前が無い程度の能力削除
ひねりはないけれど、素直でまっとうな作品でたいへんたのしく読めました
すごい驚きとか、大きな感動とか、そういうのばっかりじゃないんだよなぁって再確認です
あとナズ星好きですし
7.90名前が無い程度の能力削除
頬筋が死ぬ 
ベタと書いて王道と読む ナズ星最高です
9.100名前が無い程度の能力削除
よかった