Coolier - 新生・東方創想話

八椛鏡ノ改

2015/05/07 02:06:05
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同音異義の倒錯

曰く。
犬走の家のものは、特殊な目を持って生まれるという。

椛が千里先のものを見据えることができるように、彼女の兄もそれは同様であった。
もっとも、彼の目は物理的なものを見るものではなかったが。

「最長七十六手で詰み、ですね」

それは、彼が父を相手に将棋を指した時の一言である。
その対局は、彼の父が飛車角落ちというハンデをつけた上であったが、彼は、父が初手を指した後、そう宣言したのだった。
果たして、その対局は彼の予言の通りに七十六手で決着がついた。
結果は、彼の勝利。圧勝であった。
それだけ聞けば、そういうこともあるだろう、と人は思うだろう。
しかし、それは彼にとって「人生で初めての対局」であり、そして彼は、初手以外の全ての手を、「考える時間を差し挟むことなく」指したのだ。

さて、それでもなお「そういうこと」はあるものだろうか?

その日初めて駒を持った息子。規則をまとめた書を流し見ただけの長男に、父は将棋指しとしての実力ではなく、別の何かを感じた。
一体、その目に何が見えたのか。その父の問いに、彼は事もなげに答えた。

「ここまでの手が全部ですよ」

運命を操る程度の能力を持つ妖魔がいるという。
時間を操る程度の能力を持つ人間がいるという。
境界を操る程度の能力を持つ少女がいるという。

彼のそれは、そのいずれとも違った。
名をつけるなら、「千手先まで見通す程度の能力」。限定的な、未来予知である。
剣術や将棋など、相手と己が対峙する場において、どう動けばどういう結果が待っているかを、自分の身体能力を超えない範囲で見ることができる。

つまり、「見えたところで、その通りに動けなければ意味がない」と言う仮定は、彼には通用しない。
「理論上可能であっても、物理的な制約上、実際にやってみるとできない」のであれば、
その未来は永劫、訪れることはないからである。
剣術においては身体能力と言う制限があるために、彼の眼が役に立つことはなかった。
しかし、将棋に「物理的に」求められることは、「駒を動かす」、ただそれだけである。
それさえできれば、あらゆる展開が、たとえば、素人が名人に勝つという展開すら、可能性として存在する将棋において、彼の眼は無双の強さを発揮する。

文字通り、千手先までの動きをシミュレートし、自分が勝つことができる未来を選択し、その通りに駒を動かすことによって、結果的に勝利に行き着く。
もちろん、言葉にすれば簡単なことであるが、一手ごとに駒の数、及び動かせるマスの数だけ可能性が存在し、さらにそれを千手先まで見据え切るとなれば、その情報量は脳に膨大な負担を強いることとなる。

激しすぎる光が、眼を焼くように。
大きすぎる音が、耳を貫くように。

その情報と霊力は、幼い彼の体をゆっくりと、しかしたやすく破壊していった。
それでも、彼は指すことをやめなかった。
自分の命が尽きる未来など、彼には見えていなかったけれど、そうなることをはじめて能力を使った日から予見していたかのように、彼は己があった記録を残すがごとく、挑戦者をいなしていった。
彼が駒を持てなくなるその日まで、彼は一度たりとも負けることはなかったのだ。

彼が愛用していた骨董の将棋盤は、彼が亡くなった後、彼の父親によって人間の店に売り払われた。
息子亡きあと、いずれ生まれてくる子があるとして、同じ道をたどらぬとも限らぬ。そんな、万に一つの可能性を、父親は恐れたのだ。
なぜなら、万に一つでも可能性があるのであれば、それは起こりえると言う事を、他ならぬ我が子が証明してきたのだから。

やがて、百年以上の時を経て、彼の妹にあたる存在となる、娘が生まれた。
最初、父は娘を息子と同じように愛し、育てようとした。
それは、亡くした子を取り戻したいという願いからだったのかもしれない。
長女は、長男と同じ名前をつけられた。
そんな、罰当たりな願いを抱いた報いなのか。妹はあまりに兄に似すぎていた。
娘は息子と同じく剣を取り、教えてもいないのに将棋の駒を持つことを覚えた。
そして、妹は兄とあまりにも違いすぎた。兄にはなかった剣の才覚を、哨戒役としての才能を、妹は持ち合わせていた。
幸いにして、その目は兄と違い、彼女自身を食い破るほどのものではなかった。
それでいて、哨戒役としてはこれ以上望むべくもないほどのものであった。
そんな兄とは違う妹の姿を見て、最初に抱いた願いは無意味なものであったと、父親は思い知った。
あるいは。
決定打があったとすれば、あの少年を。かつて息子と呼んだ面影を持つ人の子に、あの夜に出会ってしまった瞬間か。

亡くした者は取り戻せない。
そんな当たり前のことを、娘が生まれて数年、あるいは息子を失って百年以上の時を過ぎて初めて、父親は理解した。
娘は、息子の代わりなどではない。
ならばこそ、父は娘をひとりの子供として愛した。
息子にできなかった分も含めて、手塩にかけて育てようと決めた。

犬走椛。
亡き兄と同じ名をつけられた少女として、その名前は今を生きている。

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