Coolier - 新生・東方創想話

八椛鏡ノ改

2015/05/07 02:06:05
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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
旅立ちは檻を蹴破って

河原から場所を移し、二人が辿り着いたのはいつぞやの法廷であった。
手鏡を手にし、座についた少女……四季映姫が口を開く。

「不満な幕切れでしたか」

彼女は若干申し訳なさそうに、しかし有無を言わさぬ眼差しで問うた。

「正直言うと、少しだけ……でも、彼女の方こそ、そうであったと思います」

彼は心からの本心で答えた。彼女に嘘は通用しないし、何よりつく意味もない。

「でも、仮に閻魔様が続行を許可していたとしても、もうあのコには勝てなかったよね?」
「はい。それは間違いなく」

自分は勝てない、と宣言しているのにもかかわらず、彼の表情は晴れやかだった。
負けて得るものもあるのだな、といわんがばかりの笑顔である。

「さて、では、そもそもの発端となったあの少女についてですが、一つお伝えしておかねばなりません」

居住まいを正し、四季映姫は改まって彼に宣告する。

「安心して下さい。彼女とあなたの約束通り、名前だけは通達しませんので。
 ただ、それ以外の必要な部分は詳らかにしておきますが」

こほん、と咳払いを一つ挟み、彼女は続けた。

「まず、残酷かもしれませんが、あなたと対局したあの少女は幻です。
 あの少女は、浄破璃の鏡で生み出した、実体を持った幻影にすぎません」

それは、彼にとって衝撃の事実であった。なにせ、自分を負かせた相手が、実在しないと言われたようなものである。

「え……それでは、彼女は」
「いえ。誤解しないでいただきたいのですが、元となったのは実在する人物です」

そう言って彼女は、手鏡ともう一つの手鏡をあわせる。

「鏡というものは暗闇に光を射し込みはしますが、無から有を生み出すことはしません。
 つまり、鏡像には必ず元となった実像が存在するということです。
 合わせ鏡の中には無限の虚像がありますが、それはどれも本物と寸分違わぬもの。
 外見も内面も何一つ違わない、鏡の中の存在。あの少女の幻があなたにかけた言葉は、
 他ならぬ、元となった彼女本人があなたにかけた言葉ということです」
「そうですか……」
「きっと、あの場所とは違う時と場所で本人が目覚めた時、あなたとの時間は夢として処理されるのでしょう」

その言葉に、彼はがくりと肩を落とす。
どことも知らぬ少女の夢幻の虚像に、自分は論破され、そして投了せしめられたというのか。

「それでは、貴女も?」
「僕?僕は僕、他の誰でもないし君の知っている僕だよ。『いつの』って言われたら……そうだね、君を看取った後ぐらいかな」
「彼女は特例です。私が、召喚しましたので」

その言葉に、彼は多少安堵した。
映姫は、幼子を諭すように優しく続けた。

「さて。ですが、そう悲嘆する事はありません。
 先に述べたとおり、彼女の名前を伝えるわけにはいきませんが、
 あの少女が何者か、というヒントだけはさしあげましょう」
「ヒント……?」
「あなた自身、歌っていたではないですか。
 少し発音は違っていたようですし、
 奇しくも彼女自身がここに現れたことで途切れこそしてしまいましたが……
 賽の河原で子供が石を積むときの、あの歌を」

一つ積んでは父のため。
二つ積んでは母のため。

「あ」
「そうです」

三つ積んではふるさとの、兄弟我が身と回向する。

「彼女は、私の……」

彼の言葉に、映姫は頷いた。

「ええ。彼女本人が生を受けたのは、あなたが亡くなってかなり後ですが。
 『時間』と『空間』の境界を、少し知人にいじってもらうことで、
 虚像の彼女にあの河原まで来てもらう事が出来ました」

その言葉は、彼にとって救いとなった。先程一瞬抱いた失望も、もう微塵もない。
本当に自分の死後に妹が生まれてくるのであれば、それは兄として、なんて不義なことだろう。
自分が生きていたなら、剣の持ち方も不得手ながら教えられることはできただろうし、将棋については……一緒に勉強しながら、相手になるぐらいはできたかもしれない。
話すことなんて……教えることなんて……いくらでもあっただろう。それをせずして、自分は逝ってしまったのだから。

けれど。本来望むべくもなかった、見知らぬ妹との対局。
たとえ幻だったとしても、それが叶ったと言うだけで十分だった。
まして、自分の間違いを糾弾したのが他ならぬ血縁であるならば、聞き入れるしかないだろう。
あれは、最初で最後の……兄妹喧嘩だったのだから。

「……さあ。問答はこれで終わりです。そろそろあなたの、次の生への旅立ちの時間ですよ」

映姫の声に、彼の体が爪先から霧散を始める。
少女も、傍らに退いてその旅立ちを見送る。

「閻魔様。口があるうちに、もう一つだけいいですか」
「どうぞ。あなたが残念なく往くためなら」
「また私は、彼女本人に会えるでしょうか」
「それはなんとも。そう、あなたがこれから……そう、次の生で積む善行次第ですね」

悔悟棒を口に当て、悪戯っぽく映姫は笑った。
だがその表情は、決して否定的な答えを示しているようには映らなかった。
もう、両の脚も消えている。残った頭で、彼ははあ、と嘆息した。

「厳しいですね、閻魔様」
「とんでもない、優しすぎるほどです」

それから、と彼は上半身だけで少女の方を向き直る。

「ありがとうございます。まさか、貴女にまた会えるとは思いませんでした」
「僕もだよ。呼びつけられてみればこれだ。誰かを二回も看取るなんて、初めてだよ」
「どうか、ご壮健でお過ごしください。また、貴女に会えますように」
「ふふん、年寄り扱いするんじゃないよ。僕も『いつかの君』に会えるのを楽しみにしてるよ」

その言葉に、既に胴から上のみになっている彼は少女を呼んだ。

「すみませんが、最後にもう少し、よく顔を見せてくださいませんか」
「ん?……これでいいかな……んっ」

かろうじて残っていた腕を回し、近づいた少女の無防備な唇に彼は唇を重ねた。
触れるだけの、軽い、簡単な、別れの挨拶。
それを交わしながら、これが本当に最後だと言うことに彼は静かに涙を流した。

「……もう。あざといんだから」
「何と言われても構いません。ですから、どうか……もし『次の私』に会っても、
 この想いは、『この私』だけのものとして……ずっと、貴女の中に……」
「うん。確と受けとめたよ」
「約束ですからね、『末那さん』」

そう言い残し、彼はこの空間から完全に消失した。

映姫は再び手鏡を取り出し、彼の転生の行方を確認した。新しく生まれたその姿。その魂魄の形に、少し困った顔をしながら。

「……おやおや。これは難儀な出自になりましたね。でも、まあ、きっと大丈夫でしょう」
「んー、これは……人間?でも……」
「こらこら、あまり先のヒントを得てはいけませんよ?貴女も自力で彼と出会わなければ」
「んー、そうだね。閻魔様の言う通り」

鏡の映像を切り、天井を仰ぐ。そして、彼女たちは彼に最後の、もしくは最初の言葉を贈った。

「今までお疲れ様でした、犬走椛。そして新たな旅立ちに、幸多からんことを」
「ありがとね、椛。いつかの君の言葉、君だけに呼ばれた名前は忘れないよ。だからまた、いつかね」

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