Coolier - 新生・東方創想話

八椛鏡ノ改

2015/05/07 02:06:05
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無用途商品店/表

「ところで椛、これから出かけるんだけど一緒にどう?」

一つの対局を終えた時、将棋盤を片づけながら、ふとにとりがそんなことを言った。
椛はというとその日は休みである上に、この後の予定も特に入れていなかった。

「時間はありますが。どこに行くんですか」
「森の入り口にある道具屋だよ。知ってる?」
「いえ知りません」
「えっ」
「えっ」

椛は妖怪の山からあまり出ないため、それ以外の場所については疎い方であった。
一方、にとりは道具の仕入れや買い付けなど、趣味に関わることには余念がない。
そのため、気が向けばあっさりと山を降りて、ロードワークや買い物に勤しむこともある。
妖怪の山以外にも人里や魔法の森などにも足を運び、顔が利く相手も多少なりとも存在する。

「まあ、いろいろ置いているから、椛が気にいる何かもあるかもしれないし」
「いや、行くこと自体は吝かじゃないのですが。それはそれとして、今からで、営業時間とか大丈夫なんですか」
「あぁー、道楽というか、趣味でやってるようなお店だから営業時間とか定休日とかないんだよね……
 あっちのほうの『香霖堂』って店なんだけど、椛、見える?」

無理な注文に、椛は眉をひそめながら問うた。

「……あなたは私に知らないものを見て、『ああ、あれね~』と言えと言うのですか」
「ですよねー」

結果から言うと、にとりの心配は杞憂であったわけだが。
妖怪の山を下り、魔法の森の入口にぽつりと建てられたその店は、中に人の気配を宿していた。果たして、二人は香霖堂の戸口をくぐった。

「お邪魔するよー」
「はい、いらっしゃい……あぁ、君か」

勝手知ったる、と言った風のにとりの挨拶に対し、眼鏡をかけた銀髪の店主がカウンターの中から鷹揚に出迎えた。
その眼鏡の奥の視線がにとりから椛に移ると、予想外の同伴者に少し驚いたかのような色が彼の目に浮かんだ。

「……おや、そちらは?」
「あ、この子は私の親友でね。今日は付き合いで来てもらったんだ」
「そうなのかい。僕はここの店主の森近霖之助だ、よろしく」

丁寧に出された手を椛は握り返しながら答えた。

「犬走椛です。よろしくお願いします」

にとりは二人の挨拶が終わったのを満足そうに確認すると、それが習慣だというように物色を始める。

「ああ、君も店内は自由に見てもらって構わないよ。
 気になる商品があったら声をかけてくれ。
 基本的には無害だけど、中には何かが憑いていて悪さをする品もあるかもしれないからね」
 
どこまで本気なのかわからない口調で注意を入れると、霖之助はカウンターの中での読み物に戻った。
とりあえず、椛は自分の趣味に従って、刀剣や砥石の類がないかと暗い店内を見回ることにした。
外の世界の式神だという立方体状の箱。
何の変哲もなさそうなティーセット。
水の入った大きなボトル……これは以前、鴉天狗の押しつけてきた新聞で読んだ気がする。
そんな品が並ぶ中で、一際異彩を放つ一振りの剣がケースの奥に安置されているのが見つかった。
その無骨な造りと裏腹に漂う雰囲気に、椛は思わず息を飲んだ。

「こう言っては何ですが……随分と場違いなものをお持ちなんですね」
「それは剣に対してかな、品物全体に対してかな?」
「もちろん、両方です」

その答えに、霖之助は相変わらずカウンターに腰かけたまま、愉快そうに笑った。

「重畳、重畳。僕もそれなりに店をやっているけど、修業元の老舗に比べればまだ駆け出しもいい所だからね。
 それでも、そんな風に言ってもらえるってことは、うちの品を認めてもらえているということだろう?」
 
霖之助の言は本心だろう。しかし、何かはぐらかされてしまったという印象を椛は感じた。あの剣は何か曰くつきのそれなのだろう。
妖刀の類ではなさそうだが、もしかすると自分程度の剣士では手に余るほどの業物かもしれない。
そう思うと惹かれるものはあったが、結局彼女は別のものへと興味を移すことにした。

次に彼女の目に入ったのは将棋台であった。木製の足は、かなりの年季を感じさせる。
マス目は縦横15マス、つまり大将棋用のものであった。
将棋を普段から多く指している身である椛としては、その目にはただの骨董、とは映らなかった。

「御店主。あちらの将棋台なのですが」
「はいはい。何かな」
「駒はどこにあるのです?大将棋用だと思うのですが」

椛の指摘通り、その将棋台は単体で置かれており、駒が一切盤上にはなかった。
飾っておくのであれば対局前の布陣の状態であるのが自然かと思うのだが……

「ああ、それね……」

歯に物の詰まった言い方ではあるが、駒はある、と店主は言った。

「あるんですか?並べられていないので、てっきりないものかと」
「いや。恥ずかしながら、並べ方がわからないんだ」
「えっ」

面喰って目を白黒させる椛に対し、霖之助は顔をそむけつつ、赤面するかのように眼鏡を直した。

「ええと」
「うん」

お互いに呼吸を正す。
将棋好きの椛としては、せっかく風格すら感じられる将棋台があるのだから、駒がないならないで、もう少しこう「もっともらしい」理由であって欲しかったな……というのが正直なところである。

「……とりあえず、駒の方も見せてもらえますか。よろしければ、並べておきますが」
「そうかい?そうしてもらえると助かる、んだけど……ちょっと待っててくれるかな」

霖之助の言には、何か含みがあった。小首をかしげる椛を後に、店主は一度奥へと姿を消すと、枡を一対持って現れた。
将棋をする者には親しみのある大きさ。その中には、ぎっしりと駒が詰まっている。
椛自身、将棋はもちろん、大将棋のルールも把握しているので、対局の準備などできないはずがない、と思っていた。
駒を見るまでは。

「え、これは……」

枡の中の駒を見せられた時、霖之助が駒を並べられないと言った理由、そして自分の申し出に対しても、彼の歯切れが良くなかった理由がようやく椛にも理解できた。

「うん、読めるかい?」

駒には全て、古代天狗語が刻まれていたのだ。今時はそんな言語を使う者もおらず、読める者もいるかどうかすら疑わしい。

「……いえ。残念ながら、私には」
「そうか。天狗のお客さんならあるいは、と思ったんだけどね……」

人里の貸本屋には人でありながら解読できる少女がいるとのことだが、わざわざこれだけのために足労を願うわけにもいかず、こうして台だけが店の片隅に置かれているのだった。

「まあ、せっかくだし好きに見ていってくれ。台の方も触れてみたかったらご自由に」
「ありがとうございます」

改めて駒を一つ摘みあげ、まじまじと観察する。
駒の大小や数から、こちらが王将で、こちらが歩かな、などと思いを巡らせていたが、ふと思いつきで駒を鼻に近付けてみた。

「……?」

古い木の匂い。それは人であってもわかることだが、椛の鼻は何かその奥に、ひっかかるものを感じていた。

(知ってるような香りがする……?)

そんな考えが、頭の片隅に浮かぶ。しかし、台にも駒にも枡にも、見覚えなどなかった。
どう記憶をたどっても、これを手にするのは初めてである。というか、こんな印象的なもの、一度にすれば忘れはすまい。

「御店主。一つ伺ってもよろしいですか?」
「ん、どうぞ?」
「この将棋台一式がいつどこで仕入れられたのか、わかりますか?」

椛の問いに、霖之助はばつが悪そうな表情を浮かべた。

「それはすぐにはわからないな」
「というと?」
「それは僕自身が仕入れたものではないからね」

聞けば、霖之助が店を開いたのはここ十年ほどの話であり、人間の道具屋から独立する形であったという。
この品はその道具屋の頃からあったもので、妖にゆかりの品と思しきものであったが故、霖之助が引き取る形でこの店に来たということである。
つまり少なくとも十年以上過去に以前の持ち主の元を離れていた計算になるということだ。

「すまないね。よければ今度調べておくよ」
「いえ……こちらこそ変な質問をしてすみません」
「いや、半分趣味でやっているようなものだが、それでも品に興味を持ってもらえるのは店主としては光栄なことだからね。その期待には応えたい」

霖之助はそう言うと、改めてすまなそうに目を伏せた。

結局その日は、しばらく三人で歓談した後、椛とにとりは香霖堂を後にした。
しかし話をしている間も帰り道も、あの将棋台一式のこと、そしてそこからかぎ取ったあの匂いは一体何なのかという疑問が、椛の頭から離れなかった。

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