Coolier - 新生・東方創想話

ルーティーン

2015/05/04 00:31:07
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「……て、……いむ、おきて」
 私には毎朝のルーティーンがある。
 まず一つが、鬼が起こしに来ても絶対に、絶対に寝たふりをすることだ。日によってまちまちだが、今日は布団の上からぽんぽんと叩くようにして起床を促してきた。布団を引きはがすようにして起こしてきた時は至難の業だが、最近は頻度が少なくて嬉しい。
 意識はとうに覚醒している。彼女にとって私は、起きるのをぐずる子供のようなだらしない女なのかもしれない。それでも構わない。
 ……いや、正直な話をすると、彼女には嫌われたくないというのが正直なところだ。他人からの評価などどうでもいい。自分の人生を、自分の好きに生きる。それが私の信条だからだ。だがどうしてか、彼女には好かれていたいというのが本音。その理由は同居人だからなのか、それとも他に理由があるのか。考えても理由なんてきっと些細なもので、ごくごく初歩的なものなのだろう。
「ん……んぅ……」
 寝言のようなものを垂れ流して、右に寝返りを打って顔を背ける。自分はまだ夢の中だと暗示しているのだ。狸寝入りだとばれなければいいのだが。
「もう、霊夢はねぼすけなんだから」
 少し拗ねたような声を聞いて、私は心の中で安堵した。駆け引きに勝利した後の賭博師のように胸をなでおろしていると、萃香は立ち上がって戸を開けて出ていく。そっと目を開けて仰向けになって天井を見上げ、両手の細指で前髪を丁寧に分けた。
 朝が来た。
 しかし、私の朝はまだ始まらない。東の空から太陽が昇って、柔らかい日差しが部屋を照らしても、時計の針が七時を指しても、私は未だ暗澹の夜に身を委ねているのだ。
 そして、もう一つのルーティーン。
(おっ……おなかすいた……)
 絶対に腹の虫を鳴らさないことだ。
 先ほど立ち上がった萃香がどこに行ったかといえば、もちろん台所。言わずもがな、朝食の準備に取りかかるためである。
 博麗神社では基本的に食事は和食である。時折貰い物をすればそれを食べる時もあるが、大抵はその場のお茶菓子にするか、どこかの誰かに知らぬ間に盗まれたりしているので基本は揺るがない。
 だからこそ、この時間が結構堪える。和食特有の品数の多さは食器の音でわかる。戸棚からかちゃかちゃと萃香は皿を出すが、メニューに見合った皿や小鉢を揃えるために何度も音を立てる。そこに魚を焼く音、白米が炊かれている音、味噌汁が煮立つ音が加わって、ぱちぱち、ふしゅしゅう、ぐつぐつと耳に情報を伝えてくる。とどめに味噌汁のふくよかな香りが鼻孔に届く。ああ、お腹が空いた。
 いつもここで折れかけるのだ。匂いで目が覚めた体にして、眠たげな眼を擦りながら行けばいいじゃないか。彼女のことだから、朗らかに笑って「あは、ようやく起きたね。おはようさん」と言ってくれるだろう。決して私を責めたりなんかしない。懐が広い彼女だから、怒らないことは知っている。
 それでも、我慢してでも、朝を待つに値することがある。
 ひとしきりの音と匂いに翻弄されながら、私は再び目を閉じる。そして自分は眠っているのだと、自分自身に言い聞かせる。集中すると周りのことは案外気にならなくなるもので、また右に寝返りを打って寝息を立てた。二度寝と同じ要領で、段々と微弱な眠気に意識を沈めていく。すると寝たふりをしていたにもかかわらず、本当に寝起きのような起き方ができるのだ。
 がらり、と戸が開く。
 その音は聞こえない。だが彼女が布団を優しく叩く感触だけは、自分にしっかと伝わってくる。朝の来訪を告げる鶏の声のようにはっきりと、肌を撫でるようなそよ風のような優しさで、私の意識を覚醒させるのだ。
「おはよ、霊夢」
 左に寝返りを打って仰向けになって、目を開く。
 そこにはいつもの、割烹着姿の彼女がいる。
「……おはよ、萃香」
 霞んだ視界でも視認できるその顔は、真綿のように温かく包み込む笑みであった。
「霊夢はねぼすけさんだねぇ、ご飯、できてるよ」
 まったくもう、と言いたげに眉をハの字に変えて、よいしょと言って萃香は立ち上がる。とうに朝食の準備はできている。ご飯と味噌汁をよそうのだ。鍋の蓋で封じ込められていた香りが解き放たれると、我慢していた腹の虫は容赦なく鳴り響く。さながら堰き止められていた水が流れ出すようだった。
 掛け布団から半身抜け出して、ぽてぽてと歩いて座布団に座る。その向かいには、先程と変わらない顔で白米をよそう鬼の姿があった。
 私はこの笑顔が好きなのだ。これを見ないことには一日が始められないくらいに。普段のへべれけな表情や、月を仰いで酒を嗜む時のきりりとした表情も、勿論。だがこの朝の、割烹着を纏ったその笑顔は格別なのだ。きっと私以外が見ることはない、その極上の微笑みが。
「いただきます」
 いい加減腹が限界だ。それにそのご尊顔にありつけたので、これ以上我慢する必要ももうない。手を合わせて、箸を手に取ろうとする。
 そして、私の朝の最後のルーティーン。
「こらこら、まずは顔洗ってから」
 空腹で死に体の自分に鞭打つは、顔を膨らせた彼女の声。自分は別に構わないのだが、萃香自身がそれを許してくれないのだ。口応えをしてみても、それはいつも突っぱねられて、私はしぶしぶ洗面所へ向かう。
 そして顔を洗って、鏡に映った自分の顔は、笑っていた。

 こうして叱られて、私の朝はようやく始まる。
れいすいか尊い
ゆらり
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コメント



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2.無評価名前が無い程度の能力削除
霊夢じゃない。
4.60名前は無い程度の能力削除
こんな穏やかな朝もいいですね。
11.80名前が無い程度の能力削除
尊い
12.90名前が無い程度の能力削除
なるほど尊い
妖怪としてじゃなく日常の同居人としての萃香の一面を好みそれに甘えるようにする霊夢の心も、
それを知ってか知らずかいつものように過ごしいつものように笑う萃香もですね
15.90リペヤー削除
GJ!!