Coolier - 新生・東方創想話

Weightless

2015/04/09 05:20:03
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たまには良い上司を演じてやろうと私の奢りで部下たちに飲み食いさせてやっていた。段々と場が温まっていくなかで酒に呑まれて気の大きくなった一人がふらふらと立ち上がり、なんだなんだと騒つく同僚らを見回してこう言った。

「本日は諸君らに一つ教授してやろうと思う。私は諸君らの持つ才能の一片ほども持ち合わせぬ者だが、決して愚鈍でないことは仕事の成果からも認めて貰える所だろう。私が持たぬ才覚を埋める為に行っていることは簡単で、仕事に懸命になる。これだけだ。簡単だが、非常に難しい。生物には疲労というのがあって、机にずっと向かっていると怠惰や睡魔として顔を出す。この疲労を上手く取り除いてやらねば仕事に懸命になり続けることは出来ない。私はその方法を知っている」

ぐいと杯を煽り、溜めを作る。同僚達の中から早く言えとヤジが飛んでくると、彼は満足そうな顔でそれを受けた。

「諸君、癒しだ! 癒しを持つんだ! 心安らぎ身体癒されると、疲労は雪のように溶けて消えてしまう。そう出来る時、物、空間、それを持つのが大事なのだ。私の場合は伴侶だな。可愛く、気立てが良く、飯も絶品。彼女がいるから頑張れる。彼女の為に頑張れる。さぁ諸君、最良の伴侶を見つけて最良の癒しを手に入れるのだ!」

ため息が漏れた。奇妙なことを言い出したと思ったら、結局嫁の自慢がしたかっただけらしい。彼が愛妻家であることは有名で、普段は自重してやたら惚気たりしない程度の常識は持つ男であるが、タガが外れると途端にこうなるのも有名である。酒にそんなに強い質でないらしく、飲みだと話は大抵嫁の愛らしさに行き着く。

同僚らも普段は適当に流すか、誰かに押し付けて放置するのが常であるのだが、この日は私の奢りということで自分の財布に気兼ね無く飲んで飲んで飲みまくっていた所為だろう。彼の発言に噛み付いた。

「ウチのミーちゃんの方が絶対癒しになる!」

それも妙な所に。ちなみにミーちゃんとは発言主の飼っている梟のことである。猫ではない。

それから場は癒し決定戦の様を呈した。夕焼けを見ながら煙管を蒸す、温泉にじっくりとつかる、何にもせずにぼーっとする、蟻の巣を観察する、庭をいじる、甘味を味わって食す、禅を組む、ほろ酔い加減で弦を弾く。各々が次々とこれはと思う癒しを上げていく。阿保なのか記者として褒められた奴なのか、記者帳の一項を割いて飛び交う言葉を纏めていく者までいる始末だ。

「おや、文さんはまだ上げていませんね。文さんにとっての癒しは何ですか?」

ペンを走らせていた者がこちらに話題を飛ばす。阿保の方だったようだ。さして興味の湧くでも対抗心の生まれるでもないし、酔っ払いの騒ぎは眺めるだけで済ませたかった。それにこの場で一番偉い私の発言が今の状況で注目されない筈はなく、お膳立てのせいでこちらに一様に視線が向くことになった。

しかし、性分だろうか。尋ねられて生真面目にも自分にとっての癒し、仕事に懸命になれる力を与えるものとやらについて考えた。その時にある人の笑顔が浮かんだ。毎朝だ。私はその笑顔を毎朝見ている。いや、見に行っている。妖怪の山に構える守矢神社。そこの二柱に仕える風祝の少女の笑顔を。

配達や取材の為に毎朝寄る時に私は見ている。

なるほど、考えは纏まった。

「仕事ですかね。仕事をしている時が一番落ち着きます」

自分にはお客様の笑顔が癒しで、その為に頑張っているということなのだろう。清く正しく、仕事を伴侶に今日も頑張る。うん、我ながら褒めた返しだ。

だが、何がマズかったのか場には微妙な空気が流れた。所謂白けた、と言う空気だ。

「あー、まぁ、文さんならそう答えますよね。文さんらしいと言うか何と言うか」

などと言われ、何故か呆れられた。

私はこの日、部下との距離を少しだけ感じた。それが世代間が生むものなのか、役職の差が生むものなのかは分からなかったが。



「それは引かれても仕方ないですね。文さんの解答はダメダメすぎます」

早朝の守矢神社。本日もネタになるようなものは無く、早々に取材を切り上げて早苗に先日のことを話すと、中々に辛辣な感想をいただいた。

「見当違いのことを言ったと反省はしています」

あの日、部下たちを骨の中まで酒が入った状態と評価していたが、私もある程度は酒に飲まれていたのだろう。おまけに自分にも少し酔っていた。

癒しとは作業や忙しさから離れ、穏やかでゆったりとした時に身を委ねること。仕事を忘れる為に仕事をしているなんて答えは、病的状態にあると見られても仕方ない。私は格好の付いた台詞は言えてないし、部下たちの反応は至って正常。白けたのを世代間や職位の差のせいにするものでは無かった。

「では聞きますが、文さんにとっての癒しは何ですか?」
「それが、ぱっと浮かびません。特別そういった時間を必要に思ったことがありませんので」

長く生きてきた。嫌なことや心の磨り減る出来事が無かったわけじゃない。寝ても覚めてももやもやして堪らなくなったら、何時もへとへとになるまで空を全力で駆けることにしている。それが私の心的疲労への対処だが、その時間を癒しと言うには余りに動的過ぎるだろう。

「それはまた、何だか乾燥してますね」
「そう言うからには早苗はさぞ潤っているのでしょうね?」
「そうですね、色々ありますけど……」

アロマキャンドル、オイルマッサージ、ヒーリングミュージック。呟きとともに一本二本三本と指を内側に折っていく。充実しているようだが、正直奔放な彼女にそこまで多くの癒しが必要だとは思えない。やっているとお洒落な気がする程度の認識であれこれ手を伸ばしているに違いない。

四本目を曲げようとして、彼女はこちらに視線を向けた。

「文さん、手を広げて貰っても良いですか?」

その言葉で彼女の次の行動は読めたが、特に拒否する理由もないので両手を横に伸ばしてやる。

「どうぞ、早苗」

早苗は顔をにんまりとさせ、私に密着して背中に腕を回してきた。

「文さんぎゅーっ」
「はいはい、早苗ぎゅーっ」

私も彼女の背中に腕を回し、しっかりと抱き締めてやる。暖かく柔らかで、先ほど言っていたアロマだろうか、花の香りがふっと上る。何時もの事。彼女はどうも、抱き着く癖がある。嫌な気はしないので、なんやかんや受け入れている。

「最近は、こうしているのが一番お気に入りです」
「誰かに抱き着くことですか?」
「えぇ。心地良くて穏やかで、気の済むまでこうしていたくなる。文さんはそんな気持ちになりませんか?」

言われると、嫌ではない理由にそんな気持ちというのがある気がしてきた。確認したくて、彼女を抱き締めたまま床に転がった。そのまま目を閉じて力を抜く。

「あぁ、確かに、これは時間の流れにたゆたっていたくなります」

息遣いと鼓動を感じる。肌はしっとりと熱を帯び、撫でられるとじんわり安心感が広がっていく。撫でると指先から心地良さが伝わってくる。花の香りと、その中に混じる彼女自身の匂い。嫌いではない。寧ろ、惹きつけられる好きな匂い。
心がとろとろ溶け出して、温かでふわふわとした心地に包まれる。何も考えず、何も気にせず、この安らぎの空間に浮かぶ。何時までも、何時までも。確かにこれは、癒される。

「では、文さんの癒しも人と抱き合うことということで」
「そうですねぇ、仕事に疲れたら誰かをぎゅーっとしましょうか」

しかし、気軽に抱きつける相手がいるだろうか。

椛やはたてのような天狗衆と抱き合っていると、下世話な噂を引き抜かれ、組織での居心地を互いに損ねてしまう危険がある。

河童たちで仲の良いのはにとりだが、恥ずかしがり屋の彼女が抱きつくことを許可するとは思えない。雛は厄が移るからと断りそうだし、秋姉妹の仲に割って入るのは憚れる。

霊夢は退治してきそうであるし、魔理沙はあちこち移動していて疲れた時に気軽にとはいかないだろう。妖精たちは抱き合うというより、抱っこしている形になりそうだ。その内にわらわらと集まってきて、団子になりそうでもある。

それ以外の人妖も何でか上手くいかない理由がぽつぽつ思い浮かぶ。

「あややや、困りました。早苗以外に抱き合ってくれる人物が思い浮かびません」

記者として顔を出すことはあっても、友人として出会うことの少ない付き合いの浅さが問題になった。組織勤めというのも問題をややこしくしている。

「私だけだと困るのですか?」
「それは……」

彼女は抱き合うと癒されると言っていて、私も抱き合うと癒されることが分かった。

「あれ、別に何も困りませんね」
「そうでしょう、そうでしょう」

彼女がくすくすと笑うと柔らかな緑の髪が揺れて首筋を撫でるので、少しだけこそばゆい。

「文さん、そろそろ」
「うん、そろそろですけど」

時は穏やかに過ぎる。でも無限ではない。時計は次の勤めに向かう頃合いを指していた。

少しだけ見つめ合ったあと、私達はのろのろと身体を離していった。間に入ってきた風が肌に残る彼女の熱をあっという間に攫っていって、それが何だか物寂しい。

「どうせなら、仕事に迫られない夜に味わいたいものですね」

気の済むまで、ゆったりと。そのままとろとろ意識を溶かし、眠ってしまうのも悪くない。
まぁ、流石にこれは愚痴みないなものだ。彼女にも個人の時間があるだろうし、それを侵そうとは思わない。

「良いですよ。仕事が終わってから訪ねてきても」
「良いんですか?」
「えぇ。何ならそのまま泊まっていっても」

驚くことに彼女はあっさりと許可をくれた。非常に嬉しい申し出だが、彼女が私の為に譲歩し過ぎている気がしてしまう。

「どうしてか聞いても?」
「私も夜に心の思うまま抱き合って過ごしたい。それだけです」

理由は私と同じ。それなら、受け入れても大丈夫だろうか。

取り敢えず今晩伺うと約束を付けて、空に飛び上がる。迷惑がかかるようだとか、彼女が私の我侭を無理して聞いているようだったりならこれきりにすれば良い。

「じゃぁ、いってきますね」
「いってらっしゃい、文さん」

何時もの事。彼女に見送られて神社を後にした。でもなんだか今日は何時もより仕事に頑張れそうだ。気合いが乗りすぎて空回りしないようにしなければ。

あぁでも、もし空回って落ち込んでも、今日は早苗が癒してくれるのか。

そう考えると嬉しくなって、くすくすと笑みを零しながら空を駆けていった。
あやさな。文さんは勿論のこと無自覚ですが、実は早苗さんも無自覚。でも仲は進展していく。そんな二人
コトワリ
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コメント



0.800簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
話の軸がしっかりとしているからでしょうか、始まりから終わりまですんなりと読めました。
いい意味でどこか力の抜けた文体に時折混じる言葉遊びが心地よく、なんとも可愛いらしくいじらしい二人の関係性が程よい刺激となってぴりぴりとさせられました。
しかしこの早苗さんはかわええですなあ。
4.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気も良く面白かったです
7.80名前が無い程度の能力削除
素敵な関係の二人が良かった。
11.80名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気でした・・・
16.100名前が無い程度の能力削除
とても良いあやさなでございました
あやさなもっとふえろ
17.100名前が七つある程度の能力削除
あやさなか~あまり見た事なかったけど
いい雰囲気でした。
20.100名前が無い程度の能力削除
これはよいものですな