Coolier - 新生・東方創想話

ギロチンゲームボーイ

2015/03/24 02:18:06
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 八つ首村。
 私が育った村はそう呼ばれている。元々私は都会の病院で働いていたのだが、患者の相手をするのが辛くなり、星空の良く見えるこの村で、しばらく養生しようと娘と一緒に引っ越して来たのだ。
 この村で過ごす穏やかな日々は、私のことを癒してくれた。だが、その平穏な日常はあまり長く続かなかった。気づけば村では首切り殺人事件が起こり続けていたのだ。

 村の神社を訪れた私は、ひょんなことからそれが村人達の中に潜む、八体の「鬼」の仕業だと知る。
 人間の皮を被っている奴らを倒すには、会話から真実を見抜き、蘇らないように首を切って倒す必要がある。また村人にも鬼にも見つからないように、鬼退治は夜に行わなくてはならない。
 娘と故郷を守るため――――私は鬼を殺すことを決意した。

 



 そういえばこんなあらすじだったな、と私は説明書を読んで、邪魔になってきた前髪をかきあげながら、目を細めた。
 これはかつてゲームボーイのソフトとして発売された、ホラーゲームのリメイク作品だ。グラフィックや音質は最新のハードにふさわしいものとなっているが、ストーリーとシステムは原作を忠実に再現しているらしい。
 「八つ首村」は携帯ゲーム黎明期の作品でありながら、その限界に迫ったつくりになっている。使っている文字の種類を減らすなど様々な工夫をこらしてメモリを節約し、ゲームの内容を充実させている。今でこそ知る人ぞ知る良ゲー(クソゲーでもある)という扱いだが、当時としては色物の作品であり、生産数は少ない。そのことがかえって後に希少価値を高める結果となったらしいが。
 
 また八つ首村にはそれにまつわる様々な都市伝説があり、制作したスタッフが次々と死んでいっただとか、クリアした人間は死ぬなどの噂がまことしやかに飛び交っていた。
 特に後者の噂は根強く語られてきた。何故ならかなりの人間が、ゲーム終盤で詰んでしまい、真偽を確かめられないからだ。「鬼」を間違えるとデータが消えるから、真っ当なプレイでは難易度が高くなってしまう上、村人のふりをしている鬼を見抜くにはエロゲのヒロインを相手にするのと同じくらいには会話を重ねならない場合もある。しかもセーブデータが一つしかない割に鬼の攻略順は決まっており、村人を仮に二十人とすると、無いとは思うが最悪の場合で20×19×18×17×16×15×14×13で約50億ルートを消化しなければならない。推理や情報交換もあるので、流石にここまで酷くなることはないが、それでも難しいことに変わりはない。もっとも、まっとうにプレイしなければ簡単にクリアできるのだが。

 当時はネットが発達していなかったので、人気が無くてプレーヤーの少ない八つ首村に関しては、クリアしたという情報や攻略法が拡散し辛かったというのもあるだろう。今では簡単に、ネットでクリアする方法を知ることができるが、当時の苦労は相当なものだったろう。その辺りの理由から、八つ首村はマニアの中でも根強い人気を誇っているのかもしれなかった。
 私も原作をゲームボーイでプレイしていた物好きな子供だったのだが、残念ながらエンディングを拝むことはできなかった。随分後にネタバレを見たが、正直それはありなのかと言いたくなる結末だった。
 
 懐かしい気分に浸りながら、私はゲームを起動した。
 目の前に『ゲーム を あたらしく はじめる』『ゲーム を つづきから はじめる』『セーブデータ を けす』という三つの選択肢が表示される。私は迷うことなくゲームを新しく始める、を選択した。
 すると黒い画面に赤い言葉で書かれた文章が目に飛び込んでくる。内容は陳腐なジョークだったが、滑稽に感じられて、思わず口もとが緩んだ。

『このゲームが終わらなかったとしても、当社は一切の責任をとることが出来ません』















 土の臭いがする。頬にはひんやりとした湿った土の感触がある。
 私は少し離れた場所にある、自分の体をぼんやりと見ていた。赤いマントとスカート、黒シャツを着た体だ。
 別に幽体離脱しているわけではなく、私はろくろ首という妖怪の一種であり、頭と体を自在に離すことができるというだけの話だ。
 周りの様子に目を向けると、霞んだ竹林が視界に入る。どうやら体が弱りすぎて目がぼやけているようだ。
 
「そう……か」

 意識をはっきりさせるために口に出してみたが、しゃがれた声が口の隙間から漏れただけだった。
 自分の衰弱具合と、周りが竹林であることを認識して、ようやく自分が今の今まで気絶していたのだと理解した。
 ズキズキと痛む頭で、私は空腹のあまり食糧を探して竹林に来たという記憶を思い出す。意識がいつ途絶えたかはわからないが、竹林で遭難して彷徨い、空腹でフラフラしていた挙句に倒れてしまったのだろう。

「こっちにいるわ!」

 少し離れたところから、聞きなれた声がした。掠れた視界に二人の人物が現れる。はっきりとは見えなかったが、一人が青い巻き毛に緑の着物、もう一人が艶のある長髪に赤白黒のドレスだから、わかさぎ姫と今泉影狼だろう。前者は人魚で、後者は狼女だ。
 駆け寄った二人が不安そうに声を震わせる。

「ひどく弱ってるわ……飢餓状態ね。影狼ちゃんの家に運びましょう」

「うん。体は私が持つから、頭は姫が持ってちょうだい」

 そう言うや否や影狼は私の体を背負って、姫は私の頭を持って走り出した。
 絶え間ない頭痛の中で、そういや姫は疑似的に魔法で人間の足を生やせるようになったんだったかな、とか下らないことを考えた。何でも湖畔の館に住んでいる魔女に教わっただとか。
 
「別に……助けろとは……」

 この二人に借りを作ってしまうのに抵抗を感じて、つい口に出てしまった。

「喋らないで! 余計な体力消耗しちゃ駄目よ」

 姫が声を荒げる。実際喋るのも辛かったので、私はその忠告通り口をつぐんだ。
 どれくらい経ったか分からない。気を失いかけながら、意識が夢と現実を行ったり来たりしていたからだ。
 竹林にある影狼の家に運ばれた私は、彼女が普段使っている布団の上に、体と揃って寝かされた。

 まずは白湯、段々と回復してくるとお粥、というように飢餓状態への対処法のお手本通りにものを食べた。酷い飢餓に陥っている際、急に食べものを胃にいれてはいけないと、どこかで聞いたことがある。
 ただそれは人間の体の話であって、妖怪にそのまま当てはまるかは微妙なところだ。そもそも体は妖怪の方が丈夫だし。
 数時間後には影狼の家の食べ物を、遠慮なくガツガツと口に放り込むまでには元気になっていた。

「……しかし良く食べるわね」

「ふふぁんね、はらぁへっへひははなひんひゃ」

「蛮奇ちゃんは口にもの入れて喋らないの」

 姫に軽く頭を小突かれる。魔法を解いたのか、彼女の足は人魚のものに戻っていた。たしなめられはしたが、私は茹でた竹の子の入った茶碗を手放そうとはしなかった。
 お茶を飲み干して、囲炉裏の前の床に湯呑をゴツンと音を立てて置く。

「ご馳走様。迷惑かけたな、二人とも」

 胡坐をかいたまま、同じようにして囲炉裏を囲う二人に頭を下げた。基本的に私はすぐ謝ったりはしないのだが、流石にここまでしてもらって何も感じないのは心が無い。

「いいわよ、別に。弱小妖怪は助け合ってナンボなんだから」

 姫も「その通りだ」と言うように微笑んでいる。

「ちなみになんだけどさ、倒れてる私を見つけたのは偶然?」

 迷いの竹林は広い。たまたま遭遇する可能性は、かなり低いように思われる。
 それに姫が私を最初に見つけたとき、「こっちにいるわ!」と言っていた。台詞からすると私をたまたま見つけたというより、元々探していたような感じだ。

「堀川雷鼓って覚えてるかしら」

 影狼の口から、意外な人物の名前が出る。
 赤い短髪の白い服を着た、和太鼓の付喪神(正確には元)である。彼女は輝針城異変の際の影響で生まれたそうだから、小槌の魔力の回収と共に消えるはずだった。しかし外の世界のドラムという楽器の力を取り込んで依代にし、生き延びたらしい。
 私は数回しか喋ったことがないが、会話のテンポが良く、頭が回りそうな人物、という印象だった。

「うん。あの人がどうかしたのか」

「貴方たちの友達がそっちの方で倒れてたわよ、って教えてくれたの」

「へえ……」

 その話の通りだと、最初に見かけたときに助けてくれても良かったのでは、と思ったが、その後二人に教えてくれただけでも、十分優しい人物と言えるだろう。そう思うことにした。
 しかし何故彼女が竹林にいたのだろうか。特定の住居を持つ妖怪ではないと思うが、迷いの竹林は用も無くわざわざ立ち入る場所でもない。
 無駄な推測が転がっていくのを、わかさぎ姫の声が遮った。

「でもさ、どうしてあんなにお腹を空かせていたのよ」

 眉間にしわを寄せる彼女は、少し怒っているようにも見えた。
 ひょっとすると自分のことを心配してくれているのかもしれない、と考えるのは思い上がりだろうか。

「ここのとこ体が弱ってて、いつもやってる渡し船の仕事があんま出来なかったんだよ」
 
 妖怪でも人里で労働に従事している者はいる。私がその一人だ。
 渡し船、と言っても人里を通る運河はさして川幅はない。橋が遠いところなら対岸に客や荷物の運輸をしなくもないが、専ら人里の上流の方と下流の方を繋ぐ仕事をしている。
 力仕事のため数少ない同僚は全員男性だが、その分女性客相手には私の方が人気だった。
しかしそれはつい最近までの話だ。輝針城の異変以来、私が妖怪ということが完全にばれて、閑古鳥が鳴いている状態なのだ。それに加え体も弱っていたから、渡し船をやる回数が激減している。

「ちょっと竹林で迷うだけじゃこんな風にならないでしょ。どのくらい食べてないのよ」

「いや、食べることは食べてるんだけどさ。ただ、妖怪としての空腹が……」

「そっか……」

 妖怪の腹を満たすものは大別して三つ。
 一つ目は人間が食べるのと同じ食事。
 二つ目は人間の肉。
 三つ目は人間の恐怖など、人の心の揺れから得られるエネルギーだ。
 基本的には、この三つの内一つだとか全部だとか、それぞれに対する依存度は違うものの、この三択に分類される。
 例外は勿論存在するが、大抵は何らかの形でこの三つに納まってしまう。字食い虫という名前の妖怪なんかも、実際には字を食べられたことによって困った人間の感情が主たる食糧だし、例外は少ないように思える。

 私はこの三つ全てを糧としつつ、ろくろ首という妖怪の性質上三つ目に依存している。
 わかさぎ姫は妖怪化する以前は人間だったせいか、体の構造は人間に近く、一つ目に大きくウエイトを置いている。
また妖獣である今泉影狼はあくまで動物の延長線上にいるため、前二つに大きく依存し、人間の感情はあまり食べないようだ。

「人間の恐怖、最近はもう食べてないの?」

「まーね。先の異変で私の正体が割れてから、妖怪商売あがったりだし」

 極力明るく言おうとしたが、二人は少し気まずそうにしていた。この話題になってしまったことを、私は少し後悔した。
 ろくろ首の怪談は、大抵普通の人間だと思っていた隣人の首が伸びる、というのが恐怖の肝である。最初からこの人は首が伸びるんだな、と思われていると驚いてくれない。
 しかもここ最近の幻想郷は、妖怪に慣れ始めている。里の人間は良くも悪くも妖怪に慣れている。人里でろくろ首がただ首を伸ばしたり飛ばしたりしただけでは、「おっ、ろくろ首じゃないか」で終わってしまう。
 妖怪と人間の共存が進んだ結果、非日常であるはずの存在の妖怪が、身近で当たり前の存在になってしまっているのである。そういった意味では、ここはいびつな楽園なのかもしれない。

「この缶詰、食べないの?」

「……うん」

 影狼は溜息と同時に肩を落とした。
 彼女が取り出したのは、何も書かれていない黒い缶詰だった。その缶詰はどこか無機質で、生理的な嫌悪を私に感じさせる。
 幻想郷に住む妖怪たちに支給されている、人肉缶詰である。主に外の世界の自殺しようとしていた人間などの肉を使っているらしい。
 
「やっぱやなの? 皆食べてるんだから、誰も気にしてないわよ」

 自分の長くて艶やかな髪を弄びながら、影狼は呟く。
 
「影狼はいいさ、人里に住んでるわけじゃないから。人間社会に交じって暮らしてる身としては……支給品でも人肉は食べられないよ」

「何それ。私がこの黒い缶詰食べるのに、何も躊躇してないみたいな言い方なんですけど」

「別に当てつけのつもりじゃ……」

「はい! その話はそこまでね」

 パン、とわかさぎ姫が手を叩いて、ギスギスし始めた私達を制止した。
 精神が飢えていると、どうにも苛立ちやすくなってしまう。私たちは互いに小さく謝った。

 人を食わない、というのは自分の中で譲れない何かなのだ。
 私はろくろ首だが、その中でも「抜け首」と呼ばれる種類であり、その性質は中国妖怪の飛頭蛮に近いらしい。飛頭蛮は生首だけで動き、耳で羽ばたき空を飛んで、人を食う妖怪である。
 そのためか私も食人願望が強いが、それをしてしまったら人里で暮らしていけないような気がしていた。朝食に人肉を食ったその口で、長屋の隣のおばさんに「おはよう」などとは言える気がしなかった。道徳云々ではなく、生理的に許せないものがあると言った方が正しい。
 
「今日はおいしいお魚も沢山持って来たの。皆で食べましょう」

「……前々から思ってたんだけど、人魚的に魚食べるのって共食いじゃないの?」

 恐る恐る人魚姫の顔を覗いてみると、何故そんなことを聞くのかわからない、とでも言うようなトーンで答えが返ってきた。

「? 人間だって猿とか食べるじゃない。大陸の方じゃ猿の脳まで食べるらしいわよ」

「そ、そう」

 影狼と目を合わせると、二人で妙な笑い方をする羽目になった。
 彼女の方は狼を食べるなど、考えたくもないタブーらしい。姫の方は妖怪になる前は元々人間だったらしいし、その辺の違いだろうか。
 妖怪同士でも価値観はそれぞれだ。

「焼き魚でいいかしら」
 
 わかさぎ姫はそう言うと、多様多種な魚が盛られた妙ちきりんな器を取り出した。見たことのない形だ。
 いや、これは容器ではなく、変な形をしているが兜ではないだろうか。姫に言って持ちあげさせてもらうと、予想よりも軽くて違和感がある。材質は鉱物に近いようだが、私の記憶にはない物質だから、ひょっとすると外の世界のものかもしれない。触ってみると、外はツルツルしていて、内側はやたらフワフワとして綿が詰まっているようだった。
 どうやら同じことを考えていたらしい影狼が、私の抱いていたのと同じ疑問を彼女にぶつける。

「この入れ物、どこで拾ってきたの? 見たことない形だけれど」
 
「んー? 雷鼓さんに蛮奇ちゃんが倒れてるのを教えてもらう前、竹林で拾ったの。で、それまで持ってた籠が壊れかけてたから移し替えたってわけ」

「ふーん。じゃあ拾い物か」

 何となくその兜のようなものから、不穏なものを感じた。ただ根拠も何も無かったので、言及はしなかった。
 それより、まだ空腹が癒えきっていない。

「まあいいや。お腹も減ったし、早く魚焼こう」

 私の言葉に頷いた姫が、囲炉裏で魚を焼こうと、一匹一匹に竹製の串を刺していく。
 影狼は顔をしかめて、私に呆れたような目線を送った。

「あんたまだ満腹じゃないの……首の先から食べたもの出ちゃってるんじゃない?」

「失敬な。そういう影狼こそ最近、モフモフ度が上がってるだろ」

「ちょっと、もっぺん言ってみなさい……」

 姫がクスクスと笑っている横で、影狼と言いあってじゃれていると、あっという間に魚が焼きあがってしまった。
 何でも彼女は最近、紅魔館の魔女に魔法を習っているらしい。やたら調理が早いのは、きっとその魔法を使っているからだろう。何でも人魚という種族には、元々魔法の素質があるらしい。

「魚はやっぱり、焼いて塩で食べる方が一番美味だな」

「秋刀魚は特にそうだよね。川で泳いでるのを見てるだけでも、何だか美味しそうに見えるもの」

 と姫が笑う。先ほども言っていた通り、大体の魚を食べるには抵抗がないようだが、これがわかさぎになるとどうなるのだろう。

「あ、そういや蛮奇が倒れてた場所でこんなの拾ったんだけど、コレあんたの?」

「おお、そうそう。やけにポケット軽いわけだ……」

 影狼が差し出したのは紫色の平べったい直方体の機械だった。
 それを見たわかさぎ姫が、驚いて大きな声を出す。

「これ、古道具屋で遊ばせてもらったやつじゃない!」

 二人と一緒に、香霖堂に冒険気分で遊びに来た時の話だ。私達三人は店主に、この「ゲームボーイ」と呼ばれる外の世界の玩具で遊ばせてもらったことがあった。
 店主はこの道具を自慢したかったのか、私達にこれを使っているところを見せてくれたのだ。無駄に長い解説と薀蓄だったが、使い方はとある妖怪の賢者に聞いたらしい。
 
「ちょっと待ってて、今動かすから」

「え、これも動かせるんだ。あんたも大したものねぇ……」

「私も貸本屋に足しげく通ってるから、店主ほどじゃないにしろ外の世界の知識はあるからね」

「蛮奇ちゃんって意外とインテリ派よね」

「意外とは何だ、意外とは」

 とは言ってみるものの、この玩具に関しては香霖堂で見せてもらったときの記憶を頼りに、思考錯誤を繰り返して何とか遊び方を覚えたといった具合なので、持っていた知識がそこまで役に立ったわけではない。一応外の世界の知識があった分、他の人より理解はスムーズだっただろうが。
 私は早速ゲームボーイの右側面についているスイッチを入れた。すると画面に文字が浮かび上がる。
 姫がおおー、と歓声を上げ、影狼は嘆息を漏らした。

「しかし何度見ても凄いわね、これ……。こんな板切れに描かれた絵が動くのだもの。しかも自分で動かせるし」

「外の世界の技術だしなー。私はもう何回も遊んでるから、段々慣れてきたけど」

「あれ、香霖堂で見せてもらったときのとは、最初に書かれる文字が違う気が……影狼ちゃん、あれは何て書いてあったか覚えてる?」

「何だったけ……確か平安京ナントカだった気がするわ」

「その先は何か読めない字だったな。店主曰く英吉利の言葉らしいけど」 

「これに書かれているのは……八つ首村?」

 姫が首をかしげるが、恐らくそれで合っている。字が崩してあるので少し読みづらいのだろう。
 そういえば、貸本屋で似たようなタイトルの書物を見たことがある。その題名は八つ墓村とかいったはずだ。何か関係はあるのだろうか。
 八つ首村という文字の後に表示された『ゲーム を あたらしく はじめる』『ゲーム を つづきから はじめる』『セーブデータ を けす』の中から私が二番目のものを選ぶと、影狼がぽつりと疑問を呟いた。

「でも何で平安京ナントカじゃなくて、八つ首村って文字になってるの?」

 姫が首をかしげた。

「中身が変わってるからだよ。店主はこの箱の背中にささってる、カセットっていう奴が中身を決定してるって言ったけど」

「つまりどういうこと?」

 伝わらなかったので、私は身近のものに喩えて説明してみる。 

「宮古芳香っているだろ」

「うん。あの綺麗な仙人さんにこき使われてる子のことね」

「あいつはキョンシーなわけだが、張り付けられた御札によって行動がかわるだろ? それと同じだよ」

「つ、つまりどういうことよ」

 影狼は今一つ理解できていないようだった。姫の方はぽん、と手を叩いた。

「げーむぼーいをキョンシーちゃんとするなら、かせっととやらは御札になるのかしら」

「その通り」 

「え、姫は理解できたのね……私はさっぱりだわ」

「影狼ちゃんって意外と頭悪いよねー……痛い痛い!」

 誇り高きニホンオオカミの狼女は、人魚姫の頭を抱えて締め付ける。 
 香霖堂の店主は八雲藍をゲームボーイ、式をカセットと喩えていたが、私にとってはキョンシーと御札の方がしっくりきた。店主曰く式はソフトで、八雲藍はハードと言っていたが、その言葉の意味するところは良くわからなかった。

 ゲームの画面は既にとある村を表すものになっていた。十字のでっぱりを上手く押して画面の中の自分を他の人物に近づけて、斜めに二つ並んだ黒くて丸いでっぱりの内、右の方(店主はエーボタンと呼んでいた)を押した。こうすると自分以外の人物の台詞が画面の下側に表示されるのだ。ちなみにこの仕組みに気づくまで、私はほぼ半日を費やした。

「お、何か下に台詞がでてきた。これは何をするゲームなの?」

 影狼の疑問に、私はゲームを操作しながら答える。

「選択肢を選んで村人と話して、会話からそいつが人殺しかどうかを見破るんだ。どの村人が犯人かある程度見当がついたら、後はひたすらそいつに話しかけて、ボロを出して確認できたらそいつを殺せば成功って感じ。間違えると最初からやり直し」

「ふーん。自分で操作できる推理小説って感じかしら」

 私は「良いたとえだな」と頷いて、首切り村のストーリーについて説明していく。
 それからは三人でこいつが下手人だ、いや違うなど、あーでもないこーでもないと、議論を白熱させながらゲームを進めて行った。
 一体目の鬼の赤毛の少女を退治し、二体目はこのガタイの良いねじり鉢巻きの男が怪しい、と次の鬼の目星がついた辺りで、姫がこくりこくりと首をもたげるようになった。その辺りで私達は、白襦袢に着替えて寝ることにした。
 姫と私は影狼の白襦袢を借りたのだが、私にとって彼女のサイズは大きく、帯をきつめに締めてだぼだぼの服を無理やり着る羽目になった。
 三人の中で一番背が小さいのは私で、逆に大きいのは姫だ。といっても人魚だから全長が長いというだけの話で、彼女が魔法で人間の足を生やしているときは、大きい順に影狼、姫、私の順となる。それを言ったら私だって、首を飛ばせば身長何千尺と言い張ることは可能なのだが。

「それじゃーおやすみ」

 誰ともなくお休みと言うと、三人で一緒の布団に入った。来客用の布団など気の利いたものはない。永遠亭のような大きな家にはあるかもしれないが、小市民の妖怪ならわざわざ布団を余計に用意はしないだろう。寒い冬の夜には、一緒に寝る方が暖かくて丁度良い。
 私の体は川の字の真ん中で寝ているが、頭は横向きに寝ている姫に抱えられている。彼女は何かを抱えて眠らないと落ち着かないそうだ。最近は里で流行っている抱き枕とやらを使っているらしい。
 
「……」

 喋り声が無くなって辺りが静かになると、外で鈴虫が鳴いているのが良く聞こえる。これだけ騒がしい合唱隊の存在に気づかなかったとは、いかに自分が夢中になっていたかが良くわかる。
 同様にして、押し殺していた空腹も浮上してきた。腹の音こそ鳴らないものの、気持ち悪さにも似た飢餓感が眠りを妨げる。先ほど貪るようにしてかっ込んだ食事も、気休めにしかならなかったようだ。いっそ胃を切除できれば、この苦しみから逃れられるだろうか。
 
 人間の食事しか摂取していない今の私は、ただの首が飛ぶ、ちょっと珍しい少女でしかなかった。妖怪というより、特異体質を抱えた人間と表現した方が適切かもしれない。人を食ったり、恐怖を与えたりといった妖怪的行為が欠如しているため、妖怪としてのアイデンティティが崩壊しかかっているのである。
 自己統一性が壊れることは、妖怪にとっては致命傷となりうる。それは通常の生物と違い、妖怪が精神面に大きく依存する生き物だからである。腕を切り落とされることよりも、トラウマを抉られたり、鬱病にかかったりする方が、直接の死因となりやすいのである。妖怪とは概念と生物の中間体である、と言っても良いかもしれない。
 どの程度精神側に比重が寄っているかは、妖怪の個体ごとに異なり、特に影狼のような獣を原型とする妖獣は、比較的肉体面への依存が強い。逆に私は妖怪らしい妖怪であり、精神へのダメージがそのまま死に直結する。
 
「う~ん」

「むぐぐ……」

 姫が腕を動かしたせいで、私の口が彼女の胸で圧迫される形となり、息が苦しくなる。自分でも分からないが、体の肺から離れた口が塞がれると苦しくなるのはどういう理屈なのだろうか。これもまた妖怪が概念的生物であることの証拠かもしれない。
仕方ないのでもぞもぞと首を動かすと、ぽろりと、私(の首)は彼女の腕を離れ、布団から落ちて床の上を転がった。
 窓から差す月明かりが姫の顔をほんのりと照らす。その幸せそうな寝顔を見ていると、胸の奥がじくりと痛む。私はこんなにも苦しんでいるのに、と思うと心臓から何か黒々としたものが広がるのを感じる。
 
「ふん」

 我ながら醜い嫉妬だ。思わず自嘲するような苦笑が零れる。
 人にはそれぞれ事情があり、それぞれ悩みを抱えて苦しんでいる。自分だけが不幸と考えるのは、安っぽい感傷だ。
 
やがては選ばなくてはならない。このまま消えるか、人の肉を口にするか。
そんなに食人というタブーを犯すのを気にする必要はないはずだ。他の妖怪だって同じことをしているのだから。
 しかし私は人里に住み、彼らの隣人として暮らす道を選んだから、人を食わない。私は私なりに、プライドをもってこの決断を下したのだ。これは意地であり、信条でもある。
 いや、毎日を後ろめたい気持ちで過ごしたくはない、というのも大きいかもしれない。一度その肉を口にしてしまえば、自分の中で何かが決定的に変わってしまうかもしれない、という恐怖もある。
 
 そして、もう一つ大きな理由がある。それは人肉を食べることが、根本的な解決にはならないということだ。
 ろくろ首は首を伸ばしたり飛ばしたりすることにより、人間を驚かせることがその本分である。先ほどにも言ったように、人を食うならどの妖怪にとっても可能であり、それはろくろ首としてのアイデンティティとはなりえない。きっとそれで人を驚かせることができないままに人を食い続ければ、比較的概念に近い生物である私は、ゆっくりとただの人食い妖怪になり下がることだろう。行為が妖怪を規定するのだ。
 それは嫌だ。私だってろくろ首だ。この空飛ぶ首で、人を驚かせてみたいのだ。
 この首で恐怖を与えることができれば、信条を曲げてまであの人肉缶詰を食べる必要はない。ろくろ首として人を驚かせることは、妖怪を妖怪たらしめる行為であるため、それだけでこの精神的な飢餓を癒すことができるはずだ。

「……」

 幻想郷は楽園である、と言う奴もいるらしいが、私にとっては住み辛い場所でしかない。正直言って、私は此処が嫌いだ。
 いっそここではない何処かに行ってしまい。しかし外の世界には戻れないし、ここに留まる以外の選択肢も無い。私が本を読むのが好きなのは、そうした逃避願望の表れかもしれない。

 このまま物思いに耽っていても、堂々巡りの思考に陥るだけで、眠ることはできないだろう。
 私はなるべく別のことを考えるように努めた。脳の一部にもやがかかったような、得体の知れない違和感から目を逸らしながら。

 














 おに が ねている こと を かくにんする
 さんたいめ の おに から はんげき を くらった から おこさないよう に そっと まくらもと に たつ
 まど から はいる わずかな つきあかり で ねている にんげん が せん の ほそい ちょうはつ の おとこ だと たしかめる
 まちがいない
 おに だ
 よんたいめ の おに だ
 わたし は なた を ふりかぶった 















 澄んだ空気のせいか、山々の織りなす稜線が良く見えた。雲の散らばった空は、何だか寂しそうに感じる。
 空は物憂げかもしれないが、人里の大通りの活気は年中変わることはない。そこらじゅうの人が喋る声は絶えることは無いし、寺小屋に向かって駆けていく子供もいる。いつも通りの光景だ。
 と思いきや、妙にピリピリしたような雰囲気がある。
 皆が私の方を見ているような気がするのだ。かといって誰と目が合うわけでもないのだが、目が合わないことが異常でもあった。私の顔を見るたびに押し売りを始める八百屋も、今日は目を逸らすように、普段は奥さんに任せっきりの掃き掃除をしている。

「蛮奇ちゃん、どうかしたの?」

「いや……」

 隣を歩くわかさぎ姫が、心配そうに私の顔を覗く。
 紅魔館の居候仕込みの魔法で足を生やしているし、妙な形の耳も隠れているため、今の彼女は人間にしか見えない。
 彼女は人里の雑貨屋を諸事情により手伝っている。私は自分で隠していたのをすっかり忘れていたへそくりを見つけたので、久々に大通りの方へ食糧の買い出しに来たところだった。そこで通勤途中の彼女とばったり出会ったのだ。
 周りとしては妖怪と人間が並んで歩いている、という認識だろう。少しだけ珍しいかもしれないが、そんなじろじろ見られるような状況ではないはずだ。

「何となくだけど、皆私達の方を警戒してないか? 私達というよりは、私の方を、だけど」
 
 声のトーンを落として、通行人には聞こえない程度の大きさで囁く。
 直接向けられることのない、敵意とも警戒ともつかぬ視線は、明らかに姫ではなく、私に向けられていた。

「うん……ってことは多分、どっかの野良妖怪が、今頃満腹かもしれないわね」

 姫は基本紅魔館近くの湖に住んでいる。しかも人里に来る際は魔法で擬態しているため、人里の人間が彼女を妖怪と知っている公算は低い。
 すると彼女と私の大きな違いは妖怪か人間か、ということになり、この湿った視線は私というより妖怪に向けられたものと言った方が良いかもしれない。

 里の住民が妖怪に食われた後は、こういったように妖怪に敵意の視線が向けられることが多い。
 いくら妖怪と人が共存する幻想郷と言えど、妖怪は人食いをやめられない。いくら人肉の缶詰を配ったところで、それは養殖モノにしか過ぎない。恐怖をまき散らしながら食われる人間の味は、缶詰なんぞで代用できるはずもない、極上の味なのである。夜道で人気のない獣道を歩く人間など、妖怪にとっては鴨が葱背負って歩いてくるどころか、鍋まで持参してきたようなものだ。
 平時は人間と妖怪が敵対することもないが、連帯意識の強い里では、誰かが襲われれば、普段は見えない両者の間に広がる埋めようのない溝が浮き彫りになってしまう。
 しかし、今日の視線はそれにしたって敵意に満ち過ぎていないだろうか。それこそ、私が人里の人間を食ったかのようだ。

「あ、赤いお姉ちゃん。お早う」

「ん? ああ。お早う、桜」

 気が付くと、おかっぱ頭に暗い朱色の着物を着た年端もいかぬ少女がいた。彼女の名は桜という。
 私が渡し船の仕事をしていると、川岸で羨ましそうに見ていたので、気まぐれで船に乗せてあげてから仲良くなった子だ。
 乗船など私にとっては日々の勤めに過ぎないが、彼女にとっては別なようで、その時は目を輝かせてはしゃいでいたものだ。それ以来、船とは関係なくても、この子の遊びに付き合うような仲になってしまった。
 寺小屋の子供たちなんて煩いだけだと思っていたのだが、私はやたら付きまとってくる桜のことを疎ましく思っていなかった。それは自分でも意外なことだった。

「今日はお舟漕ぐの?」

「いいや、今日は買い出し」

「えー。早くもっとお舟乗りたいのに……」

「ちゃんと乗せてあげるって」

「約束だよ?」

 桜は小指を私に突き出した。察した私は小指をからめ返す。

『ゆーびきーりげーんまん……』

 指切った。
 その後彼女は嬉しそうにはにかむ。

「またね」

 そして彼女は、寺小屋に向かって行った。
 往来を駆けながら振り返る彼女に、私は小さく手を振る。

 通行人は余計に怪訝そうな目でちらちらとこちらを伺っていたが、桜は気づかなかったようだ。
 この視線は何なんだ。思考の沼に浸かる寸前、わかさぎ姫に引き戻される。

「今の桜井寺の子?」

「ああ」

 人里には命蓮寺が来る前から、いくつも寺があった。里の外れの方にある桜井寺はその一つであり、彼女はそこに住んでいる。かなり寂れた寺で、檀家も残るは数人しかいない。
 命蓮寺が新しく増えて、既存の寺院と檀家の取り合いでひと悶着あったときも、桜井寺は全くと言って良いほど話題に上がらなかった。それほど廃れてしまっているのだ。
 
余談だが命蓮寺の門下生が増えているのは、人里の住民たちが新しいもの好きだからだと私は考えている。少し前に流行った決闘の効果もあるだろうから、恐らく直に人気はそれなりの状態に落ち着くだろう。
 少なくとも一部の妖怪嫌いの連中は、命蓮寺の檀家になることなどありえないだろうから、人間の住職を務める寺院が消えるとは思えない。

「桜井寺ってことは、こないだ来た豪族が放火しようとした寺よね」

「……そういやそんなこともあったな」

 桜井寺は廃仏派であった物部氏が飛鳥時代に、一番最初に焼き払った寺だそうだ。物部布都という人物が桜井寺を見て大層驚き、再び焼こうとしたりとっちめられたりとひと悶着あったのは語り草だ。
 私が鈴奈庵で読んだ外の世界の書物には、複数の桜井寺という名前の寺院が見受けられたので、そう珍しい名前でもないらしい。したがって人里の桜井寺が、物部布都によって焼かれた寺が幻想入りしたものかどうかは微妙なところだ。

「にしても、蛮奇ちゃんにしては、えらくあの子に肩入れしてるのね」

「大変だからね、あの子は。桜井寺の住職は……ほら」

「そういえば……そうね」

 桜井寺の住職は春先に亡くなった。だから彼女は今、遠縁の親戚の家で暮らしている。桜井寺もしばらくすれば、本格的に廃寺となるだろう。それはいい。
 問題はその家族と桜が上手くいっていないことだった。その家族は世間体を気にして引き取っただけだし、桜の方も人見知りだから愛想良く接することもできない。少なくとも新しい家族を「お母さん」などと呼べるほど馴染むのは、到底できないだろう。
 彼女にとって新しい家は、居心地の良いものにはならなかった。同年代の友達も少ないのもあって、夕食の時間までかつての住居である桜井寺で過ごしているらしかった。
 私に懐いたのも、そういう背景があってのことだろう。

「あの子、蛮奇ちゃんに顔と声もかなり似てるし、本当の姉妹みたい」

「そうかー?」

 言われないと気づかないことだった。自分のことだったせいか、髪型は全然似ていないせいか、考えたこともなかった。指摘されてみると、そんなような気もする。

「あの子もお姉ちゃんができたみたいって、喜んでるかも」

「まー友人が少ないのはお互い様だからな」

 事情を知ってしまったからには、助けることはできなかったとしても、無下に扱うことはできないだろう。それに、辛い逆境に置かれても純粋な笑顔を見せる彼女に、私自身好感を抱いているのかもしれない。

「でもカツラ売りのお婆さんとは仲良いじゃない」

「あれは私の赤い髪を狙ってるだけだから……!」

 最近の話だが、カツラ売りの老婆に私の髪が狙われている。私の赤髪が気に入ってしまったらし。雑談に興じるフリをして、私の髪を切ろうとしたのは忘れない。
 鈴奈庵で読んだ『羅生門』という小説に出てくる老婆は、彼女の見た目で固定されてしまった。そのくらいには怖かった。
 それから二人で下らないことを話しているうちに、姫の方が目的地に着いてしまう。 

「それじゃあ、私はここで」

「うん。仕事頑張れよ」

 姫はひらひらと手を振りながら、雑貨屋笠木という看板の店に入っていった。
 最近の彼女は、ここの仕事を手伝うのが日課になっているらしい。彼女がのれんをくぐったのを確認すると、私は口もとを隠しなおした。

「……!」

 再び歩きだそうとした瞬間、全身の筋肉が硬直した。
 通りの先から、桁違いの妖力を感じて体が竦む。普通に人里で暮らしている分には、滅多に遭遇しない大物だ。
 目を凝らしてみると、美しい金髪の女がそこにいた。紺色の着物に身を包んでいる。九つの尾と耳こそ隠しているものの、噂に聞く八雲藍だと直感した。宴会で遠くから見たときがあるだけだが、その大妖の雰囲気は忘れるはずもない。
 自分が飛ばした妖気に私が反応したのを見止めると、そいつはずかずかとこちらに近づいてきた。

「初めまして、になるのかな? ろくろ首君」

「……赤蛮奇だ」

 なるべく声が震えないようにして話す。
 害意がないことが分かっていても、こちらをいつでも握り潰せるような大妖怪と話すのは神経が削れる。誰だって生殺与奪権を握られて、良い気持ちはしないだろう。
 普段ならこうも足がすくむこともないはずだ。しかし今日の彼女は不機嫌なのか、妖気に若干の棘がある。周りは気づいていないだろうが、私のような敏感な弱小妖怪は総毛立ってしまう。

「ああ、申し訳ない。ここ最近カリカリしていてな。妖気に当てられたのなら謝るよ」

 彼女は頭も掻きながらそう言った。すると周りの雰囲気が安らいで、硬直していた私の筋肉も緩まる。
 妖怪はピンからキリまでいる。私のような複数の人間が相手だと退治されてしまう妖怪もいれば、一国の軍隊を真っ向から単騎で打ち砕けるような妖怪もいる。八雲藍は明らかに後者だ。
 眉唾物の話だが、彼女は大陸も含め三度も国を傾けたことがある、という噂もあるほどだ。
 
「八雲の式が人里に来るとは、珍しいこともあるもんだな」

 彼女が人里に下りてきているのを見るのは初めてだった。幻想郷の力の均衡の一角を占めるような大妖は、多くの場合、食糧は自給自足で行っている。そのため人里で物を買う必要もないから、滅多なことでは降りてこない。
 それにそういった強い妖怪が人里に来ると、それが露見するだけで小規模な異変になってしまうので、用事がなければ人里にくるような真似はしないだろう。風見幽香のような常連には、人里の住民も慣れたらしいが。
 人間に擬態してるからこそ騒ぎになっていないが、彼女が九つの尾を見せれば、里の守護者を自称するワーハクタク辺りがすっ飛んでくるに違いない。

「ん……ま、探し物を少々ね」

「探し物?」

 八雲藍が直々に出向くなんて、そこそこ大事なのではないだろうか。
 心を見透かしたように、彼女は苦笑する。

「結構人間に化けて里には来るんだ。そう大したことじゃないよ」

「それは知らなかったな」

 私が思っているよりも、強力な妖怪はお忍びで里に下りてきているのかもしれない。
 そういえば、彼女が一人でいるところを初めて見た気がする。私は彼女を宴会でしか見かけたときがないから、いつも八雲紫と一緒にいるのかは微妙だが。

「ご主人様は?」

「今は冬だからね。紫様は外には出ないよ」

「あー……そんな話もあったな」

 八雲紫は冬にはあまり外出しない、らしい。一説によれば冬眠しているのだとか。南の島に旅行に行っているとか、脱皮をしているとかの噂もあり、本当のところは誰にも分らない。
 冬眠の真偽を確かめても良いだろうか、と少し迷った内に、八雲藍はそれで話は終わったと思ったようだ。
 私の肩をぽん、とすれ違いざまに叩いて「体には気を付けてな」と言うと、彼女は背中を向けたまま、右手を挙げて別れを告げた。そしてそのまま雑踏にまぎれて行く。
 聞きそびれてしまったが、彼女の言っていた探し物とは何だったのだろう。何か欲しい品でも探していたのだろうか。彼女の欲しがる商品とは何だろう。

 思考を転がしていると、いつのまにか行きつけの搗き米屋に辿りついていた(庶民は米問屋から流れてきた米を、搗き米屋から買う)。看板には月島屋と書かれている。搗き米屋の月島、という分かりやすい屋号を私は気に入っていた。
 店先には深緑色の着物で髪を刈りこんだ青年が立っている。彼がこの店の若旦那である。

「あ、お赤ちゃん……」

 彼は私に気が付くと、おせきちゃん、と呼んだ。里の人はそう渾名するのだが、何だか馴れ馴れしすぎるようにも感じられる。
 ただ何故か、今日の彼の声色は少し暗い。

「久しぶり、月島の若旦那。米を一升ほど売ってほしいんだけど」

「あー、うん……ええと……」

 気弱な青年は眉をハの字にして、もごもごと口の中で言葉を転がした。ちらちらとしきりに周りを気にしている。
 何か言いたいことがあるのだろうが、それが憚られているようだ。
 彼の困った様子を見た私は、言いたくはなかったが、青年の代わりに核心に触れることにした。

「私には、売れないのか」

「えっと……その、申し訳ないけど、そうなんだ……」

 青年は頭を掻きながら、弱々しく返事をした。
 この搗き米屋の若旦那はそういう嫌がらせをする性格じゃないから、恐らく誰かにそう強制されているのだろう。

「それは妖怪に売れないじゃなくて、私に?」

「うん……お赤ちゃんにはいつも米の運搬をしてもらったり、お世話になってるから売りたいのは山々なんだけど……」

 ずきり、と脳の芯が痛む。
 私に向けられていた悪意の視線は、妖怪という種に対してではなく、私個人に対してのものだったのだ。
 何故。その疑問が胸中を渦巻くが、混乱したままに彼にもっと話を聞かなくては、と判断を下した。考えるのは後で良い。

「誰に言われたんだ?」

「それは……えっと……」

 きょろきょろと不安げに、彼は私の頭をまたいで往来の方を気にかけている。
 私にそれを話してしまうことは、他の人々に糾弾されかねない行為なのかもしれない。いや、そもそもこうして私と話していること自体、彼の店の評判を落としている可能性もある。
 周囲を確認した彼は、一層声を小さくして、囁くように口を開いた。

「米問屋組合の顔役の米内さん、大の妖怪嫌いだろ? あの人が、ろくろ首には米を売るなって触れ回ってるんだ。どうやら他の問屋組合にも働きかけて、そういう圧力をかけてるらしい」

 顔役の顔を、頭にぼんやりとだが思い浮かべる。身長は低く、恰幅の良い、常に眉間に皺を寄せている老人だ。あまり人と話をしない私でも、彼の妖怪嫌いは知っている程だ。妖怪寺の進出にも、彼はかなり難色を示しているらしい。
 それはいい。だが私個人が顔役の米内の恨みを買った記憶が無かった。
 理由をぐるぐると考えていると、その本人の声がいきなりして、声を上げてしまいそうになる。

「よう、若旦那。商売はどうだい?」

「ぼっ……ぼちぼちってとこです、米内さん」

 噂をすれば影というやつだ。
 例の米問屋組合の米内が現れた。私と話しているのを見かけて、若旦那に釘をさしに来たのだろう。

「まさかあの首女に米を売っちゃいないだろうな。あの女がウチの米を食ってるってだけで、評判が落ちてしまうからな」

 明らかに私がここにいるのを知って、聞こえるように嫌味を言っているのだ。
 胸の奥でジリ、と怒りが湧き上がるも、私には何もできない。事を起こしたところで、里は妖怪の味方はしないだろうから、私が退治されるだけで終わってしまう。
 
「……」

 若旦那の方も奴の前で私と喋るわけにもいかないだろうから、別れは告げず無言でその場を後にした。背中に老人の憎しみの籠った視線が突き刺さった気がしたが、無視して早足に月島屋を離れる。
 搗き米屋は米問屋から米を仕入れ、それを搗いて客に売る。米問屋に睨まれれば、商売が立ち行かなくなってしまう。それを考慮に入れると、彼は肝の冷える思いで私と話してくれたのだろう。
 感謝するならともかく、恨む義理は無い。それでも私は、手酷い裏切りを受けたかのような気分だった。

「しかし……何でだ」

 人里の住民に、ここまで疎まれる原因が思いつかない。
 自分のように人間に交じって暮らしている妖怪は、数こそ少ないが私だけではない。髪結い床を経営する髪切りもいるし、寺小屋で歴史を教えているハクタクもいる。家鳴りや天井下りだっている。
 心当たりといえば、輝針城異変の際に小槌の力に当てられて暴れたのくらいだが、それだって私一人ではない。
 
 考えている内に、鼻の奥の方がつんとするのを感じる。何でだと、叫びたい衝動を無理やり抑えて、大通りをひた歩く。
 これでも人里に迷惑をかけないように生きてきたはずだ。人間を食い殺したりしないのは勿論、配られている人肉の缶詰にさえ手を付けていない。人里で生きているから人を食わない、というささやかな矜持だってある。
 人里で暮らす妖怪の中では、比較的人側に寄り添って生きている方だ。
 それなのに、この仕打ちはあんまりじゃないだろうか。

「あ……」

 視線を足元から前にやると、定期的に通っている鈴奈庵があった。店主の一人娘である小鈴が、打ち水をしているのが目に入る。
 一瞬彼女と視線が合うも、ふい、と目を逸らされてしまった。

「……」

 いつも笑顔で接客してくれる彼女も、今日ばかりは違うようだ。
 少しでも小鈴なら、と期待してしまった自分が情けなくなってくる。最早この人里に、私の居場所なんて何処にもないのかもしれない。
 駆け出してしまいたい衝動に駆られるが、それは目立つので、出来る限り早く歩いてその場を去ろうとする。

 と、次の瞬間、背中に冷たいものがかかった。
 数秒後に小鈴が打ち水をしていたのを思い出して、水をひっかけられたのだと気づく。
 顔が熱くなって、視界が滲んでいく。そこまでしなくたっていいじゃないか……!
 私が何をしたんだ、という理不尽に対する怒りは、私はできるだけ良き隣人として接してきたのに、彼らは迫害をもってそれに応えたのだ、という事実で悲しみに塗り替えられる。
 心が限界を迎え、駆け出そうとすると、彼女に袖を強くつかまれてバランスを崩しそうになった。

「ご、ごめんなさい! お願いですから許してください食べないでください! えっ、着替えを用意しろですか? わかりました、では店の中へ。どうぞどうぞ!」

「えっ、えっ」

 小鈴はかなり早口に、そしてやや棒読み気味にそう言うや否や、私の服を掴んで鈴奈庵の中に引きずり込んだ。
 素早く札を閉店中にひっくり返して、戸をぴしゃんと閉じると、ふー、と一仕事終えてきたように息をついた。
 泣いてしまいたい気分になっていた時に、水をかけられて、急に店の中に連れ込まれて、私は何が何だかさっぱりだった。

「大変なことになってるみたいですね、蛮奇さん」

 何故かしたり顔でそう言う彼女に、私は「はぁ……」だの曖昧な言葉を返すことしかできなかった。  

 












 悲しいことに、多少裾が短いものの、私は小鈴の着物を着ることが出来てしまった。身長があまり高くないのを喜ぶべきか、嘆くべきか。
 服が濡れてしまった私は、彼女から着物を借りることになったのだ。
 
「中々似合いますね。これならお母さんの着物を出さなくても良さそうです」

 小鈴はそう言ってほほ笑むと、いつもの定位置である蓄音機の置かれたカウンターに座った。彼女が右手で座るように合図したのを見て、カウンターの反対側に置かれた椅子に腰かけた。そこそこ長話になりますよ、ということだろう。
 着替えも済んでひと段落したところで、私は抱えていた疑問を一つずつ彼女にぶつけていくことにした。まずは分かりやすい質問から始めよう。

「さっき水をかけたのは……」

「勿論わざとです、ごめんなさい。普通に店に入れたら、蛮奇さんを好ましく思っていない方々に何て言われるかわかったもんじゃないので」

「冬に打ち水って……」

「大通りの土煙がひどいから、って言えばそんな違和感ないですよ」

「一部始終見てた人が、鈴奈庵の一人娘がろくろ首に襲われてるって思ったら、ここに自警団とか呼ぶんじゃ……」

「……ま、そのときはそのときってことで」

 そこまでは考えていなかった、というのを誤魔化すように、彼女はお茶を入れ始めた。その機転に私を助けられたのだし、あまりケチをつけるものではないだろう。
 実を言うと私は、彼女のことが少しだけ苦手だ。決して社交的とは言えない性格の私にとって、小鈴の誰に対してもハキハキした、明るい振る舞いを見ていると、たまに人と打ち解けるのが不得手な自分が惨めに感じる時があるのだ。
 無論彼女は気立ても良く優しいし、私はこの貸本屋の常連客なので、決して疎ましく思っているわけではない。ただ単に、こんな年端もいかない少女にちょっぴり劣等感を抱く自分が厭になるだけだ。

「確認ですけど蛮奇さん。人里で買い物は出来ましたか?」

「いや……問屋組合から、私にものを売るなって圧力がかかってるみたいだ」

「あの人達も思い込んだら一直線ですからね……しばらくは私が代わりに買い物してきますよ。今日の分の食糧くらいは、適当にウチから持ってってもいいですし」

 思ってもない申し出に、一瞬目が丸くなってしまう。人里で買い物がしづらくなった私としては、非常にありがたい提案だ。
 だが、いくつか問題がある。

「それは助かるが……小鈴が人一人分の食糧を買いこんだら怪しまれるんじゃないか?」

「博麗神社で宴会をするらしいから、その準備を手伝わされているって言えば問題ないです。あ、ウチに入るときはなるべく裏口で頼みます」

「いいのか? 家族に怒られるかもしれないぞ」

「大丈夫です。ウチのお父さんはそんな心狭くないですよ」
 
 息を吹いて湯呑を冷ましてから、にっこりと彼女は微笑んだ。割と自慢の父親なのかもしれない。何度か父親の方が店番をしているときにこの店に来たが、優しそうな人だった。
桜にもそういう父親が居たらよかったのに、という思考が頭を掠める。
 
「さて……そろそろ本題に入りましょうか」

 彼女はコホン、とかしこまって姿勢を正し、私も椅子に深くかけなおした。
 わかりやすい質問から始めよう、という考えだったが、一番気になっていることを聞くのが怖くて後回しにしていただけかもしれない。
 自分がここまで疎まれているのが誤解でも何でもなく、私が悪いのだとしたら……あまり楽しい想像ではなかった。

「それじゃ答えてくれ。私は一体何かしたのか? 何で人里の住人達は私に敵意の視線をぶつけてくるんだ?」

「やっぱり、自分の身に何が起きてるか知らなかったんですね……最初から説明します」

 小鈴はカウンターの引き出しから歴を取り出した。
 その中のある日付を彼女は指さした。今から七日ほど前の日付だ。

「一週間前、里の外れに住む、千代という未亡人の方が殺されました」

 呼吸が詰まる。数秒遅れてから、声が出た。

「―――そんな、千代さんが……?」

「……お知り合いだったんですね」

「この前、渡し船に一回乗せたことがあるだけだけど……」

 黄色い着物で、たれ目が印象的な女性だった。
 彼女は「この運河の夜桜はとても綺麗と噂に聞いたから、それを見てみたいの」と船に乗せるよう私に頼んだ。私はあまり人と喋るのが得手ではないのだが、彼女は妖怪相手でも柔らかい物腰で、とても話しやすかったのを覚えている。
提灯に照らされた夜桜に、まるで少女みたいに目を輝かせていた。降りる時には「また乗せて頂戴ね」と目を細めて微笑んでいた。素敵な女性、というと私の中では千代さんのイメージだ。

 何故彼女が殺されなければならないのか。
 疑問が頭をもたげると共に、これは私が何かしたのか、という文脈で語られていることを思い出した。ということは――――
 
「私が……私が殺したって皆疑ってるのか」

「ええ。残念ながら」

 沸々と、腹の中にドロドロしたものがうねりを上げるのを感じる。
 何故私があの人を殺さなくてはいけないんだ。そんな根も葉もない噂で、こんな惨めな目に合わなくてはならないのか。
 震えた声が、唇から洩れていく。

「私にさえ良くしてくれたあの人を、殺すはずがないじゃないか……」 

「気持ちは分かりますが、事情があるんです」

 事情?
 そんなこと、知ったことではない。下らない疑いをかけられて、こっちはいい迷惑だというのに。

「千代さんを殺した疑いが、私にかけられてるなんて……全く、本当に厭な気分だ」

「疑いが千代さんを殺したものだけだったら良かったんですが……」

 小鈴は目線を台に落として、沈んだ声で言う。
 その言葉で私は予想がついてしまった。

「……殺されたのは一人じゃないってことか」

「はい。なので、人里は今、大きな混乱の中にあります」

 連続殺人事件ということだ。確かに並大抵の混乱ではないだろう。天災ならともかく、人災では動揺の質も大きく変わってくるだろう。
 妖怪の引き起こす異変によって、人が大量死する事態はなくなった。紅霧異変に代表されるスペルカードルール制定以後の異変は、妖怪としての存在意義を幻想郷中に知らしめるパフォーマンスとしての側面が強いからだ。そういう意味では、連続殺人事件は妖怪の起こす異変よりも、よっぽど現実的に危険なものとなる。
 そしてその嫌疑が、私にかけられている。
 まだ熱いお茶を無理やり胃の中に流し込んで、小鈴に続きを促した。

「誰が殺されたんだ?」

「三日前、大工の喜兵衛さんが。つい昨晩は、稗田亭近くの蕎麦屋の次男が……」

「殺された、と」

 小鈴は無言でうなずいた。
 後者の蕎麦屋の次男には全く面識がないが、前者の喜兵衛は知らなくはない。大工衆の中でも一等ガタイが良い、ねじり鉢巻きの似合う眉の太い中年男性だったはずだ。
 ずきり、とまた脳にひびが入ったような痛みがする。そのせいで、何か思い出そうとしたことが、頭蓋の奥に引っ込んでしまった。
 もう一度、先ほど考えたことを頭の中で転がす。今私は何に気づきそうになったのか。三日前に喜兵衛が殺されて、蕎麦屋の次男が……喜兵衛はガタイが良くねじり鉢巻き……
 
「――――ッ」

「だ、大丈夫ですか!?」

「いや。ちょっと立ちくらんだだけだ」

 不安そうな小鈴を他所に、私は口もとに手を当てて思考を先に進める。
 八つ首村のゲーム内で、三体目の倒した鬼は、ねじり鉢巻きをしたキャラだった。そういえば、二番目に殺した鬼は黄色い着物を着た女性だった。これは千代さんの着物が、黄色だったことと重なる。
 順番こそズレがあるものの、偶然と言いきるには、あまりに不吉すぎる一致。
 
 まさかゲームで起こったことが現実に――――いや、そんな馬鹿な。
 いくら外の世界の機械でも、娯楽道具が人を殺すなんてこと、あり得るはずがない。仮にその技術が可能として、何の意味があるというのだ。外の世界では、連続殺人を題材にした推理小説を読んだら人が死ぬのか。そんな馬鹿な。
 否定の言葉を頭の中で並べる一方、その可能性を退けきれない自分がいるのも確かだった。
 もしもゲーム通りに人が死んでいるのなら、それは私が殺したのも同然だ。そうならば、人里の住人の疑いも間違っているわけではない。
 いや……気をしっかり保て。私が私を信じなかったら、それこそ私の罪を否定する者がいなくなる。
 あくまで自分の無実を証明する。私は自らの行動指針を決定づけた。

「それで、何で疑いが私に向いているんだ?」

「犠牲者は全員、首を切られていたそうです。抜け首ならば、他の奴も同じ目にあわせてやろうと、首を切るのではという説が飛び出したわけです」

「そりゃまた安直な発想だな」

「悪いことに、寄合でもその意見が強くなってるそうです」

 馬鹿らしい。
 顔が削がれていたらのっぺらぼうの仕業。片眼がなければ一つ目小僧の仕業とでも言うつもりだろうか。
 そんなお粗末な理由で人殺しと勘違いされるなんて、こっちとしては、たまったもんじゃない。寄合も馬鹿だ。良い大人が雁首揃えて、なんて不毛な推理をしているんだ。

「勿論そんな風に考えたのは一部でしょうけど、それを考えたのが米問屋組合の顔役の米内さんってのが最高に性質が悪かったですね」

「あいつか。ろくろ首だから首を切るなんて……」
 
冷汗が首筋を伝う。心臓の鼓動が大きくなる。
自分で口にして、ようやく気づいた。
 八つ首村では、鬼を殺す際、蘇りを防ぐために首を切って殺すのがルールだった。またしても、ゲームの内容と一致している。もう偶然だとは、とてもじゃないが言えない。
 私が動揺していたのに気づかなかったのか、小鈴は話をそのまま続ける。

「蛮奇さんは人里全員から悪意の視線が向けられた、と感じたようですが、そんなことはありません。その説を信じている人もいれば、他の妖怪だと考えている人もいますし、それは様々です」

「人間が下手人だ、と考えるやつはいないのか?」

 今回の事件は、妖怪にしてはあまりに殺すペースが早い。待ち伏せ型の妖怪でもない限り、一週間に三人も襲うのは明らかにキャパオーバーだ。
 大抵の妖怪は一年に人間一人殺せれば、それで満足できてしまう。贄を要求する怪談でも、年一人ペースが主流だろう。人の恐怖のエネルギーは兎角大きい。私のような小妖怪が三人も襲えば、満足するどころか腹がいっぱいになりすぎて酔ってしまう。
 短期に沢山殺す妖怪もいるにはいるが、そういう妖怪は皆に妖怪だと認知されるパターンが多いし、早急に退治されてしまうのが常だ。

 また、首を切るだけで肉を口にしていないのも妙だ。こと幻想郷では、妖怪が人間を襲った場合、食い殺すことがほとんどだ。少なくともそのまま死体を放置するのは、それなりの理由があるはずだ。
 だからこそ、ろくろ首の抜け首である私が疑われているのだろうが。
 
「実は二人目の犠牲者である喜兵衛さんが、犯人に襲われた際に、大分抵抗しているんです。納屋で死体が発見されたんですが、周りが酷くとっ散らかってまして」

「それがどう、人間を犯人から除外する要因になるんだ?」

「彼の死体の爪に、犯人のものと思わしき肉と毛髪が挟まっていたんです。恐らく、抵抗した時に犯人の頭を思いっきり引っ掻いたんでしょう」

「つまり犯人は頭に傷があると」

「そうです。で、戸籍を頼りに、人里の住人全員の頭をチェックしたので、犯人は人間ではないと考えられるわけです。大変な作業でしたが、何とか昨日終わったそうで。慧音先生が中心になったらしいですけど、かなり迅速な対応でしたね」

 人里は戸籍をきちんと管理している。
 一説によれば、幻想郷から人間が絶滅してもらっては困る妖怪の賢者が、人口の増減を細かく調べられるように充実させたとも言われている。
 ことの真偽は分からないが、発祥は何にせよ、戸籍が下手人と疑わしい者の範囲を狭めたわけだ。

「でも何で妖怪の頭はチェックしないんだ?」

「だってその程度の傷なら、妖怪だと一晩で治っちゃうじゃないですか」

「……それもそうか」

 頭を引っ掻かれた程度なら、私も一晩も寝れば治ってしまう。妖怪特有の高い治癒能力が、ここでは裏目に出ていた。
 殺人鬼が治癒能力持ちの人間だったら、というような可能性もあるが、何にせよ妖怪の方が疑わしいのは確かだ。

「というか、殺人事件の犯人ならあのワーハクタクが特定できるんじゃないか?」

「慧音先生は幻想郷の歴史を認識することができますが……犯人は特定できないと思いますよ」

「何でさ。犯行に及んだ時の歴史を見れば良いんだろ?」

「歴史と言うものは事実とは異なります。人間が事実を見て、認識したり書き記したりすることで初めて歴史になるんです。つまり彼女の能力は、幻想郷の人間全員の歴史を閲覧できるだけで、誰も知らないことは知りようがないんです。目撃者が居ないのなら、歴史を覗いても、犯人を特定することはできません」

「そんな能力だったのか……」

 小鈴は「ひょっとするとハクタク時のパワーがあれば、人々の認識外のことも知ることが出来るかもしれないけど」と付け足す。
 しかしそうは言っても、満月の晩は十日前に過ぎたばかりであり、次のハクタク化は遠い。犯人がこのままのペースで殺していくと、二十日もあれば九人位の人が殺せてしまう。それでは遅すぎる。

「最悪、さとり妖怪とかに協力を仰ぐとか」

「地底の妖怪を頼るような真似は、誰もしたくはないでしょうね……見返りより危険の方が大きいですし。そもそも寄合や自警団が妖怪に頼るのを許しませんよ」

 寄合は治安維持に関する決定権を持っている。この事件の対応をしているのも恐らく寄合だろう。
 しかしその治安維持とは大抵妖怪を相手とする場合が多い。当然その性質上親妖怪的な意見は通りづらい。なら余計に妖怪の手を借りるのは難しいだろう。自警団は尚更だ。
 それに妖怪の手を借りてしまうのは悪手でないだろうか。古今東西、自国の治安維持を他国に頼ることは、自国の崩壊への第一歩である。妖怪の助力を請うことは、これに該当しないだろうか。

「しかし、お前も良くここまで知ってるもんだな」

 ちょっとだけ、カマをかけてみる。少しだけ違和感があるからだ。
 ただの人里の一住人である小鈴が、事件についてここまで詳細に知っているのは妙だ。ありえないとは思うが、彼女が下手人という可能性もゼロというわけではない。
 三番目の蕎麦屋の次男の殺人は昨晩行われたらしいが、まだ正午も回っていないこの時間にその事実を掴んでいるのは、ちょっと早すぎる気もする。蕎麦屋は稗田亭近くらしいが、この鈴奈庵からは遠いので、死体の第一発見者という可能性は低い。

「……蛮奇さん、ひょっとして、私のこと疑ってませんか」

「い、いや、そんなことは……」

 不機嫌そうに低めの声で、小鈴は眉間に皺を寄せて私の方を睨みつけて来る。私の駆け引きは、彼女の機嫌を損ねただけに終わった。
 私が上手いこと返答できずにいると、彼女は溜息をついて椅子にかけなおした。

「まあ確かに知りすぎてるかもしれませんが、それはこれのお陰です」

 そう言うと、彼女はカウンターについている引き出しから、黒い布を取り出した。
 小鈴は得意げな顔をしているが、この布が何なのかさっぱり分からない。

「何だこれ」

「これは聴耳頭巾といって、被ると動物や植物の声が聞こえるんですよ。魔理沙さんからパク……預かったものなんですけど、これを使って情報収集したんです。この子にも協力してもらって」

 気づけば黒猫がカウンターの上に座っている。彼女の話を理解していたのか、その猫は相槌を打つように鳴いた。よく見ると首輪といい見覚えのある黒猫だ。確か稗田家で飼っていた猫だったろうか。
 続けて彼女が説明するには、自警団が寄合所にこの事件の対策本部のようなものを作っているらしく、この黒猫など、協力してもらった動物をそこに潜り込ませているらしい。ちなみに報酬はお魚。

「あーあ、蛮奇さんが疑いをかけられてるって聞いて、その無実を証明しようと調べてたんだけどなー」

「いやっ……それは……疑ったのは、その、疑心暗鬼になってて……」

「冗談です。ちょっと探偵ゴッコがしてみたかっただけですよ」

 戸惑う私に、彼女はそう言って笑って見せた。その笑顔を見ていると、さっきまで彼女を疑っていた自分が恥ずかしくなってしまう。
 小鈴は「それじゃあ、探偵ゴッコを続けましょうか」と言いながら、お茶をすすった。黒猫は「なーお」と鳴いて、本棚の間に消えて行った。

「推理の定番としては、まず動機からだな。何故人を殺すのか」

「金銭や物が奪われた形跡は無かったようです。復讐の線も薄いですし、快楽ですかね」

「復讐にしてはやや無差別過ぎる感じがあるしな」

 一人目の未亡人の千代。二人目の大工の嘉兵衛。三人目の蕎麦屋の次男。この三人から共通点を見出すのは難しい。それこそ、八つ首村の鬼と特徴が被っていることくらいだろう。
 仮に快楽と考えてみるが、小鈴曰く死体に首を切られた以上の痕跡は見られなかったらしい。流石に直接言うのは憚られたようだが、殺人後の死姦や、捕食は見られなかったということだろう。

「何で首を切るのか、理由がわからないんですよね」

「蘇りを防ぐため、とか」

「何ですかそれ」

「いや、それはないな。忘れてくれ」

 あくまで蘇り防止のために首を切るのは、ゲームの中の話だ。ゲームのせいで人が死んでいるのではないと証明するために犯人を捜しているのだから、それは否定すべき事柄だ。
 
「つかぬことを伺いますけど、妖怪としては首を切るという行為は美味しいんですか?」

「いや、恐怖が欲しいなら首を切って殺す意義はあまりない気がするけど……そもそもそこまでするなら、肉も食った方が腹も満ちるし……あ、気を悪くしたなら謝る」

「このくらい平気ですよ。しかし動機から攻めるのは難しいですね」

「首が飛ぶ妖怪だから首を切るんだろ、って理論に逃げたくなる気持ちもわからんでもないな……そういや、人間の首ってそんな簡単に切れるものか?」

 その言葉を聞いた小鈴は「そうだ。言い忘れてました」と言って両手をぱん、と叩いた。

「犯人妖怪説を補強する要素に、首がほぼ一発で切られてることがあります。人参を切るように綺麗にスパッという感じでもなさそうだけど、骨が切れなくて何度もガツガツ刃物で叩いたという感じでもなさそうです。切り口を見る限り、凶器はのこぎりじゃなくて、日本刀や斧っぽいらしいですね」

 人間の体は意外と頑丈だ。胴体をすっぱりと切り裂いたりするのは、あくまでも創作の世界の話でしかない。私は専門家でもないし、人を切ってみたこともないから分からないが、書物で読んだのを参考にする限り、技量か剛腕を持った人間なら可能、というくらいだろう。
 しかしこれはあくまで一般的な人間の話だ。妖怪であれば、力任せにナタや斧で、人の首を一振りで切断できるかもしれない。

「それでも犯人は妖怪と決まったわけじゃないよな。馬鹿力か技術があれば切れるだろうし」

「頭の傷に関しても、妖怪の仕業と決めつけられるには今一歩足りないですね。人里全員調べたらしいですけど、人間でも永琳先生が特別に薬でも用意してくれれば、一晩の内に治るし。あとサンカの人達は人間だけど、戸籍に載ってないですね」

「サンカか……」

 サンカという言葉自体曖昧な言葉であるが、幻想郷においては専ら、戸籍に登録されておらず山の方に住んでいる人々を意味する。
 彼らの多くは、優秀な妖怪退治の腕を持っていることが多い。人里のように慧音や結界の保護を受けず、独力で妖怪から身を守って生活しているのだから、当たり前の話だ。幻想郷で生まれる仙人は、元サンカの人々が多い。また修験者などもサンカに含まれる。
 人里では主に農耕で生計を立てているが、サンカは狩猟によって食糧を得ている。ときたま山から下りてきて、農作物と獲物を交換する。ただ異なる共同体である以上、ことあるごとに人里と対立するのも確かだった。

「でもサンカの人達が里に下りて来たら判るんじゃないか?」

「んー……衣服での差はそうはありませんよ? 彼らが狩ってきた肉を、人里で織った着物と交換したりしてるわけですし」

「そうじゃなくてさ。見知らぬ人が里にいたら、判るんじゃないかと思って」

「逆に聞きますけど、蛮奇さんは人里全員の顔を覚えていますか?」

「……いや全く」

 私は一般的な住民に比べてあまり社交的ではないから、当然里の住民全員の顔を覚えていない。もっとも、それは一般的な里の住民である小鈴でも同様のようだが。
 人里は確かに閉鎖的ではあるが、人口規模はそれなりに大きいので、全員が顔見知りというほどの共同体ではない。そうでなければ戸籍など無用の長物だろうし、ちょっとした飢饉や流行り病で、すぐ廃村と化してしまう。
 能力持ちの稗田乙女なら話は別かもしれないが、あまり外を出歩かない彼女が、全ての人間の顔を把握しているとは思えないし、広い人里で犯人と出くわす可能性もそう高くはないだろう。

「正直、今ある情報だけで犯人を特定するのは無理な気が……」

 目撃証言も物的証拠もない。状況証拠だけで推理するには限界があるし、たとえ特定できても、そこから更に下手人に罪を認めさせるのにもひと手間いる。

「うーん……あ、一応付け加えておくと、いずれの犯行も夜に行われていたらしいです」

 ずきり、とまた頭痛がする。
 またしてもゲームの内容と一致してしまった。八つ首村では、村人にも鬼にも見つからないように、夜に鬼の首を切るのだ。
 ひょっとして本当に私が原因なのだろうか、と思うと胸が詰まった。さっきまでは気にならなかったが、シャツの首周りが窮屈に感じる。

「あともう一つ。殺人の実行が夜に限定されているから、当然自警団も夜の見回りはかなり力を入れています」

「で、成果は上がってないと?」

「一応の成果は……聞きなれない怪音や、光球のようなものなどと出くわしてるそうです」

 これは中々大きな情報にならないだろうか。
 直接事件と関わりが無い可能性もある。幻想郷ではその程度の怪異はありふれたものだ。
 しかし関係があると仮定して考えるのも悪くはないだろう。他に手がかりも無いことだし。
 私が推理を始めようとすると、温度の低い声が背後から聞こえてきた。






「あら、随分仲が良さそうじゃない」





 寒気が背筋を這い回る。
 声のした入り口の方を振り向くと、そこには博麗の巫女が腕を組んで立っていた。
 妖怪にとっての天敵が、今目の前にいる。

「――――!」
 
 椅子から転げ落ちる勢いで立ち上がる。頭蓋の中を、思考の奔流が駆け回る。
 出口の方向は彼女によって塞がれているので論外。鈴奈庵に窓は無いから、店奥の裏口から――――否、博麗の巫女が本気になれば、追撃を振り切るなんぞ私には出来ない。

「……あんま身構えられても困るんだけど。里の人が偶々通りかかった私を捕まえて、鈴奈庵の娘が妖怪に襲われているかもしれない、って泣きつかれただけよ」

 そう言いながら彼女は、両手をひらひらと振って、敵意のないことを示した。そこでようやく私の肩の力が抜けていく。
 どうやら村人に鈴奈庵の中を見てきてほしいと頼まれただけで、当人としては「何で私が。かったるい」というような心境なのだろう。気だるげな目がそれを物語っている。

「これから襲うかもしれないから、って予防としてぶちのめしたりしないのか」

「私がここに来た時点で、それは難しいと思うけど」

「……そうだな」

 彼女は自然体でそこに立っているが、この場で私が小鈴に手を出すような真似をすれば、即座に首だけではなく胴体も分離させられてしまうだろう。
 残念ながら弱小妖怪である私の命は、彼女の手の中に握られている。もちろん、小鈴を襲うような真似をする気は一切ないが。

「とかく、小鈴ちゃんの心配をして人が集まり始めてるから、そこのろくろっ首はとっとと外に出なさい。このまま話がねじれ曲がって、騒ぎになるかもしれないわ」

「わかった」

 当初懸念していたことが、現実になっているようだ。外に出た途端に住民に襲われるかもしれないが、博麗の巫女と一緒であれば、私が小鈴に手を出していない無言の証明となるはずだ。妖怪神社の巫女とはいえ、里からの信頼はそれなりに厚いだろうし。

「蛮奇さん」

 外に出ようとすると、小鈴が私に声をかける。

「何か困ったことがあれば、気兼ねく言ってください。鈴奈庵はお客様に悪いようにはしません」

 真剣な目でそう言ってくれる彼女に、私は微笑みを返した。
 どこかきゃぴきゃぴしたところのある小鈴のことが、やや根暗気味な私は苦手だったのだが、今では好ましく思っている自分がいた。ここまでしてもらって何も感じないというのも、流石に心無さすぎるように思うが。

「んじゃ、行くわよ」

 暖簾をくぐって、外に出る。薄暗い鈴奈庵に目が馴染んでいたせいか、日差しが痛いように染みた。
 通りには沢山の人が、不安げな顔で鈴奈庵を取り囲んでいた。中には「おらがあの妖怪をとっちめてやる」と血気盛んな野郎もいたが、私と博麗が並んで歩くのを見ると皆一安心したようだ。
 ぱらぱらと彼らは散っていった。何人かの説明を求める人間たちには、博麗が何事も無かったと説明して帰した。
 大事にならず無事に済んで胸を撫で下ろす一方、そこまで私は疑われているのかと思うと、歯がゆいというか、悲しいし悔しい。

「なあ、博麗」

「霊夢よ。あまり苗字で呼ばれるのは好きじゃないわ」

 歩き始めた彼女に後ろから声をかけたところ、思ったより人間染みた答えが返ってきて、私は目を丸めた。
 他者からの呼ばれ方に拘るような人間ではないと思っていたが。私が彼女に抱いている印象と、その実像にはズレがあるのかもしれない。

「で、何よ」

「お前は……霊夢はこの事件のこと、どう思う」

「首を切られて殺された里の人の話?」
 
 私は無言のままに首肯する。
 あまりに具体性の無い質問だったが、私は聞かずにはいられなかった。数々の異変を自らの直観に依って解決してきた彼女ならば、ひょっとして犯人をほとんど特定しているのでは、という甘い考えがあったのは否定できない。
 そんな曖昧な問いに対し、彼女は顎に手をあてて真剣に考えてくれるのだった。

「そうねぇ。何て言うか、色んな不幸が重なってるんじゃないかしら。偶然こうなってしまった、って感じがするわ」

「どういうことだ?」

「うーん。納屋の棚の高いところにナタを置いてあるとするじゃない。それがたまたま落っこちてきて、たまたまその下にいた人の首を切ったとか」

「何だそりゃ……今まで死んだ三人は、殺人じゃなくて不慮の事故だったってことか?」

「あくまで喩えの話よ、喩え。私だって誰かしら下手人がいると思うわ。ただいくつかの偶然が重なって、この殺人事件が起きてる気がするのよ」

 幻想郷で誰よりも偶然だとか運だとかに愛されている博麗の巫女の話だ。信ぴょう性は、それなりにあるはずだ。
 惜しむらくは、それを犯人の特定に結び付ける推理が思いつかないことか。

「ありがとう、霊夢」

「どーいたしまして」

 あくびをしながら彼女は答えた。それから、ただ、と付け加えた。

「あんたも……えっと、名前なんだっけ」

「お前、人に名前で呼べと言っておきながら……赤蛮奇だ」

 呆れ交じりに溜息をつくと、人の名前を覚えるのが苦手でね、と彼女は言う。

「赤蛮奇。あんたもこの事件に深く関わってる気がするわ。容疑者の一人とかじゃなくって、因縁を感じるというか、なんというか」

 霊夢は自分の勘というあやふやなものを、何とか言語化しようとしたらしかった。
 巫女の感覚でしかないものを、無理に言葉にしようとしたから、変な台詞になったのだろう。
 
「あと最後にもう一つ。もしかしてだけど、つかれているなら何か手を打った方が良いわ。私には良くわからないから、あまり下手打ちたくないけど……赤蛮奇が言うなら何かするわ」

「? えっと、その、ありがとう」

 確かに疲れてはいるが、霊夢に心配されるほどだったのだろうか。
 その言い回しにぼんやりとした違和感を抱いたが、いつもの頭痛が、その小さな感覚をかき消してしまった。















 かのじょ は こたつ に もぐったまま ねていた
 おに だ
 つきあかり が しろい かみ を てらしている
 てもと が よく みえる から やりやすい
 いつも と おなじよう に なた を ふりおろす
 ごかいめ とも なる と てなれた もの だ
 くび が ころがる の を みとどけて わたし は そのば を あと に した
 









「釣れないもんだなー」

 頭痛を紛らわすために、独り言を口に出す。顔を上げると、夕焼けが眩しくて目に刺さった。
 朱に染め上げられた畦道を、私は釣竿と竹で編まれた籠を背負って歩いている。
 籠の中には、残念ながら小魚が数匹入っているだけで、殆ど空っぽと言っていい。これっぽっちでは空腹が満たされない。

 結局、渡し船の仕事は完全に干されてしまった。
 元々妖怪だとばれた時点で、もうけはかなり少なくなっていたのだが、私にとってはその事実こそが気を滅入らせる。職を奪われる程に、私を疑う勢力が強まっているということだ。
 渡し船に使われている船は私のものではない。船はそう安いものでもなく、個人で所有するには維持費も含め金のかかる代物で、私は組合から貸与されているものを使っている(というか組合は独占的で、人里の渡し船は全員そうなのだが)。
 仕事も船も基本は運河を仕切る組合を通しているのだが、その組合にあのろくろ首に仕事を回すなと圧力がかかったらしい。私を疑っている急先鋒の内の一人の米内は米問屋の顔役なことを考えると、恐らくそこから言われたのだろう。運河を一番利用している大口のお客様は米屋なのだから、その程度の条件は飲まざるを得ないだろう。

 組合のおやっさんは申し訳ない、と私に頭を下げ、一連の事件が解決したら優先的に良い仕事を回す、と言ってくれた。妖怪で、不愛想な私にも普段から分け隔てなく接してくれる彼を相手に、怒りをぶつける気にはなれなかった。
 奥さんの方も、腹が減ったらいつでもご飯を食べに来てくれていい、と言ってくれた。
心遣いはありがたいが、実際に飯をたかりに行くことはできない。容疑者の筆頭候補の私を家に上げていると知ったら、彼らにまで被害が及ぶ恐れもある。奥さんは「そんなもの気にするな」と言ってくれるかもしれないが、私はこれ以上誰かに迷惑をかけたくなかった。
 
 それは私が犯人かもしれない、という意識もあってのことだった。
 一人目を除きあのゲームの通りに殺されているのは確かだし、頭痛のせいで酷くなったノイローゼが、殊更に自らの正気を疑わせる。
 ひょっとしたら真夜中に、夢遊病患者のように首を切ってまわっているのかもしれない。そんな妄想が頭から離れないのだった。

「腹……減ったなぁ」

 釣りや採集で何とか飢えを凌いでいるが、この生活を続けていけば、もって一ヶ月というところだろうか。
 事件の解決は生死に関わる問題だ。早く解決したいが、正直もうあきらめ半分だった。

 ただ小鈴の話で唯一救いだったのは、ゲームの内容より早く、既に三人目の死亡者が出ていたことだった。
 私のゲームの進度がまだ蕎麦屋の次男に当たる鬼を始末していなかった時期に殺されている。つまりゲームで殺したら現実側でも殺される、という事象は否定されたわけだ。
 その一方で、後にゲームを進めていったところ、四人目は線の細い長髪の青年と描写されており、それは蕎麦屋の次男の特徴と一致するものだった。
 この殺人事件と八つ首村の因果関係は、より確かなものになってしまったと言えよう。
 
 少しややこしいのだが、ゲームでの一人目の犠牲者だった少女は、現実側では該当する死亡者はいない。現実にも反映されている犠牲者は、二人目以降なのだ。
 もちろんひょっとしたら既に殺されていて、ただ発見されていないだけとも考えられる。
 言い換えればゲームでの二人目は人里では一人目(千代さん)であり、三人目は二人目(大工の喜兵衛)で、四人目は三人目(蕎麦屋の次男)に当たる。
 つまり一人ずつずれているのだ。このずれは、一人目に当たる死体が見つかれば無くなってしまうのだが――――

「赤いお姉ちゃん?」

「あ……」

 気づけば、目の前に桜がいた。後ろには長髪の男がいる。
 こんな近くに来るまで気づかないのは、それだけ思考に埋没していたのか、それとも消耗していたせいか。 
 どことなく彼女は怯えているように見えた。私が連続殺人犯として、一番疑わしい人物であると、彼女の耳にも入ってしまったのだろう。

「えっと、その、私ね……」

 桜は何かを言いだそうとするも、口の中を転がるだけで終わって、言葉にならない。
 彼女もどうして良いか分からないのではないだろうか。親しかったはずの妖怪が、何人もの人間を殺害しているかもしれないという現実に。

「お父さん……」

 彼は桜の肩を叩くと、首を振った。
 そりゃそうだ。自分の娘が危険かもしれない妖怪と話すのを、好ましく思う親もいるまい。
 自嘲が、喉の奥から溢れ出そうになる。

「ごめんなさい。じゃあね……」

 彼に手を引かれて、桜は去っていく。
 悲しそうに振り返る彼女に、私は何も言うことができなかった。
 その少女の後ろ姿が、助けを求めている子猫ように見えたのは、私が誰かに助けて欲しいと思っているからなのかもしれない。
 二人の背中が小さくなるまで、呆けたように立ち尽くした。完全にその背中が見えなくなってから、私は自分がひどく傷ついているのだと気づいた。

「私じゃないのに……ッ!」

 嗚咽交じりの声が吐き出される。
 仕事を干されたことも、米問屋に嫌がらせを受けたことも、そこまで辛くはなかった。
 それなのに、たった一人の少女の眼差しが、何よりも私の胸を締め付ける。
 私に向けられていた桜の笑顔は、そのことごとくが悲しみと疑念に塗り替えられてしまったのだ。

 夕日に切り取られた自分の長い影が、何だかひどく気持ちの悪いものに思えた。親の敵のように、血をこぼしたような夕焼けを睨みつける。
 頭痛がひどい。頭蓋の中から金槌でたたかれているようだ。
 私は頭を押さえたまま、痛みで目を細める。歯を食いしばる。額を冷えた汗が伝うのが不快だ。
 どれくらいそうしていたが分からないが、萎んだ肺に無理やり空気を入れて深呼吸を続けていると、ようやく痛みが引いてきた。

「……ん?」

 ねばりつくような視線を感じる。
 数は分からないが、気づけば四方八方から気配がするのを考えると、そこそこの人数に囲まれているようだ。
 誰だろう。狼の群れか、弱小妖怪の群れか。何にせよ、碌な事態ではない。
 私がどのタイミングで逃げるかを考えていると、正面から二人の人物が現れた。
 一人は里の守護者であるワーハクタクの上白沢慧音。もう一人は私に嫌がらせをしてきた張本人、米問屋の顔役の米内だった。

「余計な抵抗はしてくれるなよ」

 米内はそう言って手を挙げた。
 するとそれに呼応して、田んぼに隠れていた里の男衆が立ち上がった。
 七、八人だろうか。そのほとんどは里の自警団で、手に斧や刀など武器を手にしている。遠くの方ではどこから持ち出したか知らないが、火縄銃を構えている者すらいる。
 どう見ても、気持ちの良い状況ではない。

「里の住民の首を切って殺したのはお前だな。牢屋に入ってもらう」

「ハ、私が殺したって証拠がどこにあるんだよ」

 米内に対して啖呵を切ると、彼は眉間にしわを寄せて歯ぎしりをする。
 皺がれた顔の奥の、爛々とした眼光が私を射抜く。
 周囲の空気が張り詰めるのを感じる。囲んでいる男たちは、妙な動きを見せればすぐにでも襲い掛かってくるだろう。

「お前がしたと決まったわけじゃないんだ」
 
 このまま彼に任せていては埒が明かないと思ったのか、半人半獣が一歩前に踏み出して口を挟む。

「昨日の、まだ薄暗い夜明けのときのことだ。頭にあるのと同じ首を抱えた血まみれの少女が、逃げるようにして走っていくのを見かけたらしい」

「――――!?」

 どういうことだ。
 頭と腕に二つの自分の首を乗せて持っていられるのは、確かに私だけだろう。
 しかし身に覚えがない。血まみれになった記憶など、あるはずもなかった。本当に、私は夢遊病患者のように歩き回り、里の人達を殺していたのか。

「そうだ。目撃証言がある以上、お前が下手人だというのは動かぬ事……」

 老人が喋るのを、上白沢は手で制した。
 よく見ると彼女の目元には隈があるし、声にいつもの張りが無い。一連の事件の対応に追われて、疲れてしまっているのだろうか。

「赤蛮奇。お前が下手人だという確たる証拠は無いが、その可能性が高くなってしまったのは事実だ。だから、一度我々の監視下に置かせてもらいたい……というのが寄合の決定だ。具体的には監禁ということになるだろう」

 監禁。
その響きに苛立ちを覚えた。いよいよもって私は本格的に殺人鬼として扱われるのだ。
だが、そう悪い話ではない。もし私が殺人鬼であれば監禁と同時に犯行は止まるし、逆に無実であれば関係なく殺人は続く。自らの無実を証明するにはもうこれしかない。

「私が拘束されているときに、次の犠牲者が出たら、そこで私は無実になるわけだよな?」

「その公算が高くなる、とは言えるな。拘留を解くかは、君も含めて相談する形になるだろう。今我々の手に身を委ねて拘束されるかどうかも、君の意志で決めていい」

「そんな馬鹿な……ッ!」

 声を上げて抗議する米内に、彼女は二三言耳打ちした。
 不満はあるようだが、彼は腕組みをして押し黙る。
 
 断れば私への疑念は増すだろうし、正直断るという選択肢がハナから削られている。上白沢は私の意志を確認したが、ここは首を縦に振るしかない。
 自らの無実を証明する一助になるわけだし、こちらとしても利益はある。それに私自身、自分が潔白の身である確証が欲しい。

「わかった。豚小屋でも馬小屋でもぶち込まれてやるよ」

「そうか、すまない」

 彼女は深く頭を下げた。私は少し目を丸くした。
もしかすると、上白沢としても立場上仕方なくやっていることなのかもしれない。
 武装した男たちに周りを固められて、私は自分の入る牢屋に向かって歩き出した。完全に罪人扱いなのが癪に障るが、今更どうしようもない。桜はこの状況を見たらどう思うだろうか。
脳髄の芯に響く頭痛が、ただただ鬱陶しかった。














 私が通されたのは座敷牢だった。
 座敷牢とは通常の牢屋と違い、作り置きではなく、必要に応じて大きい邸や土蔵の一角を区切っただけの簡易なものである。用途は犯罪者の収容ではなく、設置者が私用で誰かを監禁するのに使われる。
 木製の格子の外側は廊下に面しており、大きな物音がすれば誰かが飛んでくる手筈になっている。
 つまり私が脱走しようと格子をぶち壊そうものなら、それはもろにこの邸の住民に伝わるということだ。格子に触れないよう、お札で簡易な結界も貼ってあるし、空腹で体力の落ちた今の私では突破は難しい。

 この座敷牢は、米問屋の米内の屋敷の一角である。
元々存在したのか、わざわざ私のためにあつらえたのかのかは分からない。前者だとするなら、彼が不貞の子をこさえたり、身内に精神異常者が出したりしたのかもしれない、とまで妄想するのは低俗な邪推か。

「……もう夜か」

 頭一つくぐる余裕もない小さな窓が、廊下とは反対側の壁の高めの場所に備え付けられている。そこから見える空は黒い。日はとっくに沈み切っていた。
 部屋に支給されたマッチで、蝋燭に火を灯した。
 私が脱出のために放火するとは考えなかったのだろうか。いや、脱出前に焼け死ぬ方が早そうだ。
 夕食は先刻、この屋敷の女中が持ってきてくれた。正直、自分の家にいるよりか、よっぽどマトモな食事だった。流石米問屋の邸宅ということか、米が美味い。
 タダ飯にありつけるということだけを考えれば、悪くない生活だった。

「暇だな」

 私は畳の上にごろりと横になった。
 天井の染みを数えてもいいのだが、できるならこの監禁時間を有効に使いたい。
 今一度、この事件を考え直してみよう。
 
 まずゲームとの相関性だ。一致する部分が多すぎるし、現実と何か関わりがあると考えてよいだろう。
 しかし私がゲームの中で殺した人物が、そのまま現実で殺されたという考えは、除外したい。ゲーム内での犠牲者より早く、現実の方が殺されているからだ。

「そうだな」

 寝っ転がった状態から跳ね起きて、机に向かう。
 机には紙と墨と筆があり、筆記用具が一式揃っていた。私は蝋燭の明かりを頼りに、事件を整理する表を書いてみる。
 現実ではなく、ゲームの内容を中心に纏めることにした。

 まず一人目。
 ゲームでは「短い赤髪の女」と描写されていたのが、最初の鬼だった。
 この人物は現実では殺されていることが確認できない。
 妖怪だと私や堀川雷鼓のように何人か存在するが、人里に赤毛の女性は数える程だ。彼女らが殺されたという情報は今のところ入ってこない。
 ひょっとすると既に殺されていて、発見されていないだけかもしれないが。 

 次に二人目。
 「黄色い着物の女性」の鬼である。
 これは千代さんのことだろう。黄色い着物という条件も一致する。
 私が漕いでいる船の上で、結婚する前の主人が自分のために買ってくれたものだと、嬉しそうに笑っていた。

「良い人だったのにな……」

 震えた声が、喉の奥から洩れてくる。
 私は不愛想だから、客と上手く話せないことも多い。しかし彼女の柔らかい物腰の前では、私も自然と笑うことが出来た。ひょっとしたら、友達になれたかもしれないと考えるのは、驕りだろうか。

 三人目。
 「ねじり鉢巻きをした中年男性」の鬼だった。
 これは大工の喜兵衛のことだろう。私は数回顔を見たことがある程度だったが、眉が太くてインパクトの強い風貌をしていたから何となく覚えている。
 また彼は殺される寸前、大分抵抗したようで、現場である納屋はかなり散らかっていたと、小鈴は言っていた。
 彼の死体の爪には、肉と髪の毛が詰まっていたらしい。つまり下手人は頭に傷を負ってるということで、戸籍を使ってしらみつぶしに人里全員の頭を調べたらしい。寄合の奴らが、疑いを人間ではなく妖怪に向けているのは、このためだ。

 四人目。
 「線の細い長髪の青年」の鬼である。
 これは稗田の屋敷近くにある、蕎麦屋の殺された次男坊の特徴と一致する。もっとも私は彼とは面識がなく、小鈴に聞いた風貌と同じだったということだが。
 
「……で、五人目が」

 この鬼は「白い髪の女」と描写されていた。
 まだこの特徴と一致する犠牲者は出ていないので、ある意味現実側から一歩リードしたと言えるかもしれない。
 問題は、この情報を誰かに伝えるべきかどうかだ。かなり範囲は広いとはいえ、次の殺される人物が分かったわけで、ひょっとしたら事件を未然に防げるかもしれないのだ。
 ただ私が「次殺されるのは白髪の女だ」と言った場合、私の疑いを強めるだけに終わってしまうかもしれない。そもそも今の私の口から出る言葉に、説得力も信憑性もありはしないだろう。

 結局、私はここまで来る途中で、上白沢にそれとなく伝えるに止めてしまった。あまり話したことのない相手だが、それなりに信用できる相手だと思っている。彼女は私に何も聞かずに、ただ「わかった」と一言頷いてくれた。
 実際問題、白髪の女性ではやや範囲が広すぎて、どう手を打てばよいのかも良くわからない。私があのワーハクタクの立場なら、「まだ公にできないが、殺される人物に法則を見つけた」といって触れ回ることくらいはできるだろうか。

「六人目は……」

 ゲームの内容は、五人目で止まっている。まだそこから先へ進めていない。
 私は懐からゲームを取り出した。特に身体検査もされなかったので、そのまま持ち込めてしまったのだ。

 そもそもの話、何故ゲームで倒した鬼と、現実で殺された人が一致しているのだろうか。
 外の世界のそういう道具だから、だった場合が一番不味い。つまりこのゲームを動かすと、それに応じて人が死ぬという場合の話だ。ただゲームの進度と現実が一致していないので、その可能性は限りなく低いと思いたい。
 このゲームを捨ててしまう手もあるだろう。ただ私は何となくだが、それはやってはいけないという予感がするのだ。脳の片隅で、誰かが「それは良くない」と囁きかけてくるような感覚だ。

 話を戻そう。
偶然にしては出来すぎているゲームと現実の一致は、一体どういう意味なのだろう。
 本当にただの偶然という可能性も考えられる。そういえば霊夢も「偶然こうなってしまった、って感じがするわ」と言っていたので、この推理小説なら大ブーイング間違いなしの展開だが、それなりにあり得てしまうのかもしれない。

 またこのゲームが実際に起こる怪異を元にしているというのはどうだろう。私はこのゲームというものを、自分で登場人物を動かせる小説のようなものと考えている。ならば小説のように現実の出来事に取材することも、十二分に考えられる。
たとえば白い髪の女やねじり鉢巻きの男のせいで死んだ怨霊がいて、それと特徴が一致する人を殺す呪いが残って、その怪談を取材してゲームの核となるお話を作っただとか。
 他にも色々な因果関係が思いつくが、あくまでこれらは想像の域を出ない。これが分かれば、一気に犯人の特定まで結びつくのかもしれないのだが。

 私は名探偵でもなんでもない。自らの無実を証明したい被疑者にすぎず、この情報だけで、安楽椅子に乗ったまま犯人を突き止めることなんて出来やしない。
 監禁されたこの状況で出来ることといえば、やはりこれしかないのだ。

「六人目も、特定しておくか」

 六人目の特徴が、人里で一人しか該当しないようなものであれば、次の犯行は防げるかもしれない。また殺される鬼の特徴以外の情報が、手に入るかもしれない。ゲームを進める価値はある。
 私は手慣れた動作で、箱の横についているスイッチを入れる。三つの選択肢の中から、いつも通り『ゲーム を つづきから はじめる』を選ぶ。
 
『おはよう きょう は なに を するの ?』

 画面には六畳間の部屋が表示され、キャラクターが発言する。この少女は主人公の娘で、この子に話しかけることで様々な場所に行くことが出来るのだ。
 私は『おおどおり に いく』『よりあいじょ に いく』『せんとう に いく』『きょう は いえ に いる』『むすめ と あそぶ』『ごはん を たべる』などといった選択肢から、大通りに行くことにした。
 ちなみに今日は家にいることにすると夜になり、鬼と思わしき人物を殺害することが出来る。
 娘と遊ぶことにすると、少し喋ってまた元の選択肢の画面に戻る。私には、何故この選択肢があるのかは分からない。無駄ではないだろうか。
 ご飯を食べることを選択すると、その日行ったことを記録することができ、次回ゲームを起動するときに続きから始めることが出来る。何度か試行錯誤を繰り返すことで、このシステムを私は理解した。

 少し間が空いた後、画面が家の中から大通りのものに切り替わった。
 そこからは、ひたすら登場人物との会話を続ける。怪しい台詞や、矛盾している証言を引きずり出さなくてはならないのだ。またそれらのキーとなる台詞に気づくには、他のキャラクターとの会話がヒントになっていることが多い。鬼を特定すると、それまで何の意味も無い日常会話だったものが、重要なヒントだったと分かるのは楽しい。話題も連動しているから、別の会話で選択肢を選ぶ参考になったりするし、無駄な会話というのはほとんどない。

 大通りを歩いている人物に話しかけて、様々な情報を集積しながら、会話の粗を探していく。
 そしてその内、「背の小さいあばた顔の男」と描写されている登場人物が怪しいことに気づいた。
 私は彼に近づいて「A」と彫られたボタンを押した。こうすることで、ゲームの中の自分が他の登場人物に話しかけることが出来る。

『おはよう きょう は よい てんき だね』

 会話を繰り返しているうちに、かれ は どこか おちつかない ようす だ、といった描写が時折まぎれるようになる。
 それとなく恣意的な選択をし続けていると、とうとうお目当ての選択肢にたどりつく。私は迷うことなくそれを選んだ

『おととい の よせ は どうでした ?』

『あれ は よかったね』

『わたし は さいしょ の やまだてい が すき でした ね』

『ぼく は やっぱり すずきてい かな』

『おととい の すずきてい は どうでした ?』

『やっぱり あの いつも の つかみ は さいこう だね』

 よし。これで鬼はこのあばた顔の男に確定した。
 おとといの寄せでは、鈴木亭は体調を崩していたので出演しておらず、よっておとといの鈴木亭がおもしろかったと話す男の発言はおかしいのだ。
 私はすみやかに家に帰り、娘に話しかけて『ごはん を たべる』と言い、次に『きょう は いえ に いる』と言って夜が来るのを待つ。 

 画面がくろくなる。
 すこしずつ画面が明るくなると、さきほどのあばた顔の男がアップになって映る。
 自分ことを怪しくはおもっているのだろうが、しりあいだからと邪険に扱えないまま、不安そうな顔をしている。

 いくつか会話をくりかえした後、すきをみて彼を押し倒した。
 馬乗りになったまま、首をしめる。呼吸をとめるのではない。頸椎をへしおるのだ。そうするのが最もくるしまずに 逝かせてやれる。もっとも、鬼に気をつかう必要があるのかは微妙なところだが。

 男のくちびるから、だえきと蚊のような悲鳴がもれだす。両手をつかって何とかあがこうとしているが、馬乗りになったわたしに 抵抗するのはむずかしいだろう。
 わたしは首をしめる手を、さらに強めていく。鬼になさけは必要ない。
 やがて、ごりごりと、きもちのわるい感触が 手のひらをとおして つたわってくる。
 かれの頸椎が おれたのだろうか。最後 に おおきく 痙攣 する と かれ は うごかなくなった。
 なんとなく かれ の 腕 を もちあげてみる。まだ からだ こそ あたたかい が やたら おもく かんじる のは いのち の 灯 が きえた しょうこ か。

 しかし まだ ゆだん は できない。おに は しんでも よみがえる から だ。
わたし は かくし もって いた なた を とりだして ふりあげる。
 そして おに の くび に むかって ―――――






「―――――私じゃない……!」







 掠れた喉からその叫びを、無理やりに吐き出す。
 今まで呼吸が止まっていたのだろうか。私は肩で息をしながら、部屋に座っていた。脇がじっとりと汗で湿っているのが気持ち悪い。先ほどからずっといるはずの座敷牢が、初めて訪れた場所のように感じる。
 鈍い音の鳴る頭で、自分がゲームをしていたのだとようやく理解すると、ようやく周りの場景に対する違和感がほどけていった。

「思ったより……神経が削れていたのかな」

 頭痛を宥めるように、私は頭を押さえた。
 確かに最近は倒れてしまうような空腹を抱えた状態が続いているし、里の住人が疑いの目線を向けてくるものだから、外を歩くだけでどっと疲れてしまっていた。
 それでも自分では平気なつもりでいたが、まさか現実とゲームの区別がつかなくなるほど憔悴しているとは思わなかった。

 鬼探しは少し休んでからにしよう。
私は蝋燭の火を息で吹き消した。明かりは小さな窓から差し込む月明かりだけが残った。
 短い仮眠をとるつもりだったのだが、体は疲れていたらしく、私の意識は勢いよく眠りに落ちていった。

 













 きもの の すきま を とおる かぜ が はだ をなでる
 さむい
 はやく ろくたいめ の おに をころして しまおう
 と を あけて おに のかお を のぞきこんだ
 みにくい あばたがお だ
 おに に につかわしい かお だ
 ころしやすくて たすかる
わたし は いつも の ように なた を かまえた
 
















「……分からない」

 時刻は昼前というところだろうか。腹時計基準だが、人間の恐怖を食らっていない私は常に空腹だから、あまりあてにはならないが。 
 七体目の鬼の特定はさっぱり進まなかった。ヒントすら見当たらなかった。
 今までは八つ首村の住民との会話から情報を集めていけば、地域や特徴で、ある程度候補を絞ることができたのだが、今回はそれすら見つからなかった。
 やることもないので、ほぼ全ての時間をこの小さな箱に捧げているのだが、その割には進んでいる気が全くしない。六体目までの進度からしても、これは少しおかしい。

「少し休むか」

 ゲームを脇に置いて、私は体を畳の上に投げ出した。
 やはり見落としていることがあるのかもしれない。一度思考を整理するためにも、少し休むことにしよう。
 その前に用意された紙に、得た情報を書き込んでいく。
 殆どは下らない、誰々は何が好みで、この前は何をしていた、だとかいう情報だけだ。しかし、その中からヒントが浮かび上がって、鬼の特定につながることも多い。 

 寝っ転がったまま紙に「猫目の女性→夫がいる。昨日は着物を見立ててもらった」など「小太りでたれ目の老人→趣味は将棋。孫が畳屋」などといった情報を書き込んでいく。家にある分も含めれば、この情報は莫大な量になる。
 たまに似た容姿の人物が混ざってしまうのは、悩みの種だった。 
 それぞれに名前でもあれば話は別なのだが。

「名前……」

 またあの頭痛がする。
 名前に関して、何かを忘れているような気がする。
 喉まで出かかっているのだが、それを明確につかもうとすると、霧散して指の隙間から漏れてしまう。そんな感覚だ。
 鈍い頭の痛みに耐えながら、ひたすらその感覚を逃さないように追い続けていると、ある台詞が記憶の中から浮かび上がってきた。

『私ね。桜井寺に引き取られたから、桜って名前なの』

「……っ!」

 床から跳ね起きる。
 何故、何故こんなことを忘れていたんだ。あまりのアホさ加減に自分の頬をひっぱたいてしまいたい。
 桜に家族はいない。
 彼女は身寄りの無い赤子であり、引き取り手が見つからないところを、桜井寺の和尚が手を差し伸べたのだ。
 そうすると、もう一つの声が思い出される。

『お父さん……』

 あの夕日の中で、桜と一緒にいた男は、誰だ?
 彼女の新たな引き取り先の家族だろうか。
 否。桜が新しい家族と上手くいかなくて他人行儀になっているのは知っているし、そもそも私はその一家と面識がある。
 しかしあの男は、一度も見たことがない顔だった。逆光で見づらくはあったが、記憶の中に微かにこびりついた彼の表情が、急に得体のしれないものに思えてきた。

 ならば桜は何故彼をお父さんと呼んだのか。
 父親と呼ぶ人物が居ないことを知っている私の目の前で、彼女が「お父さん」と言ったことは何か意味があるのか。もしかしてメッセージだったのではないか。
 例えばその男が件の殺人鬼だとして、桜が脅されて助けを求められない状態にあったとしよう。その時、奴に助けを求めていることを悟られないように、私に自らの窮地を知らせる情報は限られてくる。
 桜がとっさに思いついた、男に気づかれない、かつ私に異常を知らせることが出来る方法が、あの台詞だったのではないだろうか。
 
 加えて言えば、桜井寺は奴が隠れるには絶好の場所だ。
 元々人里の外れにあって人が訪れることはないから、住みついてもばれる危険は少ない。また桜は家に居場所が無くてよくあそこに出入りしているから、物資は彼女に持ってきてもらえば良い。
 
「落ち着け」

 右手を胸に当てて息を深く吸って、吐く。
 まだ彼が下手人だと確定したわけではない。桜がたまたま先生をお父さんと呼ぶように、言い間違えてしまったなど、私の妄想以外の可能性はいくらでも考えられる。
 そうだ。
 彼からは妖気は特に感じられなかった。多分彼は人間だ。
 そして人間が下手人の可能性はかなり低い。何故なら下手人は恐らく頭に怪我をしており、戸籍を使ってしらみつぶしに頭を調べたのだから。

「いや……そうじゃない」

 一つの違和感に気づくと、雪崩が起きるように今まで見逃していたことが溢れていく。
 いるじゃないか。戸籍にも乗らず、かといってサンカの人々でも博麗霊夢などの特異な存在でもない人間が。

 外来人だ。
 定住した外来人ならともかく、来たばかりならば戸籍に載っているはずもない。
 しかも外の世界から来たというのなら、私の持っているゲームと同じものをやっているかもしれないじゃないか。
 同じ内容が書かれた本が何冊もあるように、同じ内容のゲームが複数あっておかしい道理はない。
 人間説の否定には、首が一般人を超える力で切断されているという理由もあったが、さっきの自分がヒントになって、それも一応仮説がたった。

「何故……何故気づけなかったんだ……っ!」

 砕けそうになるほどに歯を食いしばる。自らの不甲斐なさが悔しくてたまらない。
 幾度かこの考えの手前までは来ていたはずだ。だが、結論にたどりつくその直前までいっても、強い空腹と頭痛に邪魔されて思いつかなかったのだ。
 ゲームと殺人の内容が一致している情報を持つ私なら、下手人が外来人である可能性にもっと早く気が付けたはずだ。
 私が気づけなくても、このゲームを他の人に話していれば、その人が気づいたかもしれない。これ以上疑われたくないという私の保身が、余計な犠牲者を生み出してしまったのだ。
 私の言葉を信じてくれるかは分からないが、外来人が下手人かもしれないとわかっていれば、少なくとも隠れられそうな廃屋を片端から調べていくことくらいはできたはずだ。そうすれば桜井寺にも自警団の手が及んだだろう。
 桜だってひょっとしたらもう殺されて……

「あ」

 間抜けな声が飛び出る。
 私は電源を切らずに置いていたゲームを引っ掴んで、画面を食い入るように見ながら操作する。
 向かう先はただ一つ。主人公の家だ。迷うことなく『むすめ と はなす』を選択する。

『おとうさん きょう は どうしたの』

 主人公は父親だったのか。今までには無かった情報だ。画面の簡易化された動く人物の絵では、主人公の性別すら分からなかったのだ。
 そして今まで開示されなかった事実が判明したということは、七体目の鬼の攻略まで進んだのなら、この選択肢に意味が発生したということではないだろうか。 
 選択肢をなるべくある方向に誘導しながら、主人公と娘の会話を続けていく。話の流れがきな臭くなってきた辺りで、決定的な選択肢がその姿を現した。

『おまえ は おに なのか ?』
 
『……』

 さっきまで楽しそうに喋っていた娘は、主人公の問いかけに対し、急に黙り込んでしまう。
 詰問を続けていくと、ついに彼女は口を開いた。

『どうして そんな こと いうの かな』

 娘が主人公の元へにじり寄る。彼はその分だけ後ずさる。
 
『そうか わからない わけ だ』

 主人公がそう言ったところで、私は箱を机の上に置いた。
 もう十分だろう。
 これで七体目の鬼は、主人公の娘であることが確定した。道理でいくら町にいる人物に話しかけても、全くヒントが得られないわけだ。

「桜……」

 次の犠牲者になるであろう少女の名を呟く。
 下手人は桜をゲームの中の娘に見立てたのだろう。物語の中の家は、恐らく現実では桜井寺に当たる。
 証拠はない。だが私はもう、あの男以外に下手人は思いつかない。
 そして何よりも、桜の命が危ない。不愛想な私にも優しくしてくれた、あの少女が。
 心臓の鼓動と件の頭痛が、冷静な思考を邪魔する。どうする。どうしたらいい。
 落ち着け。まだ七体目の鬼の番まで時間はある。現実での犠牲者はまだ、四体目までしか進んでいない。いや、そういう問題じゃない。こうしてる間にも―――

「にゃあ」

「……にゃあ?」

 いつの間にか、私の間正面には黒猫がいた。
 この真冬に汗が噴き出る程焦っていたから、全く気付かなかった。格子は人は通れないが猫は通れるくらいの大きさだから、そこから入ってきたのだろう。
 何処か見覚えのある黒猫だが、妙なことに黒いほっかむりのようなものをしている。よく見ればそのほっかむりにも見覚えがある。何処で見たのだろうか……

「聴耳頭巾か!」

「まーお」

 その通りだ、と言わんばかりに猫は、先ほどより高いトーンで鳴いた。
 聴耳頭巾は小鈴の持っていた、被ると動物や草木の声が聞こえるようになるマジックアイテムの頭巾だ。よく見れば猫の方も、鈴奈庵で見かけた(というか小鈴の情報収集に協力していたであろう)、阿求家で飼われている猫である。
 何とか連絡を取ろうとした小鈴が、聴耳頭巾を持たせて、この猫を送り込んでくれたのだろう。
 猫が器用に口だけで頭巾を解いて差し出してきたので、私はそれを受け取って被ってみた。

『私の言っていることがわかるかな?』

「あ、ああ」

 思ったより渋い声だった、というのは胸の内に閉まっておく。年を重ねた老猫だったらしい。
 こいつがもし人間だったら、気風の良い老紳士というところだろうか。

『小鈴嬢は君に会おうとしたのだが、この屋敷の主人の米内に門前払いされたらしいので、こうして私が代わりに伝えに来たのだ』

「……ご助力、痛み入る」

 黒猫が余りに威厳に満ちているものだから、こちらもつい、時代がかった口調になってしまった。
 流石は名家である稗田家の猫だ。

「連絡をとろうとした、ということは何かあったのか?」

『察しが良いな。単刀直入に言わせてもらえば、昨晩、呉服屋の番頭が殺された。勿論、首を刎ねられてな』

「嘘だろ……」

 彼とは呉服屋に縁がなかったので話すことこそなかったものの、そこそこに有名人なので顔は知っている。
 番頭は恰幅が良く、大声で笑う人物だ。そして何よりあばた顔だった。これは六体目の鬼の特徴と一致する。
 五体目の分は何らかの事情によりすっ飛ばされたか、それとも殺されているがまだ誰も気づいていないのだろう。
 逆を言えば、一晩に殺せる鬼は一体だから、まだ桜は殺されていないということではあるのだが、次はもう彼女の番だ。早ければ、今日の晩にも。
 早く何か手を打たなくては。

「そうだ。犠牲者が出たのなら、私は開放されるんじゃ……」

 その事実に気づいて、私は顔を上げた。
 私が座敷牢に囚われていたのは、自らの無実を証明するためである。少々不謹慎だが、次の犠牲者が出たということは、私を監禁する理由もなくなったという、喜ぶべき側面もあるのだ。
 だが、黒猫は首を横に振る。

『寄合ではろくろ首を座敷牢に閉じ込めておくことで何ら損は無いからと、念のため監禁を延長する方針だ。無論、君に次の犠牲者が出たことは黙ってな。どうやら反対派が対策に追われている間に出された結論らしい』

「クソ、またあの米問屋か」

 つい親指の爪を噛んでしまう。米内の気難しそうな顔が、今は憎くて仕方なかった。正直に言って、彼は私にとって邪魔者以外の何者でもない。
 監禁が続くということは、何かしらこの座敷牢から出る方策を考えなければならないということだ。欲を言えば一度外に出たら、見張りの女中が私の不在に気づく前に真犯人を捕まえたい。

『私も君の置かれた状況には同情している。協力は惜しまないつもりだ』

「文字通り猫の手も借りなきゃ、ってとこか。ついでに杓子も借りられたら良かったんだけど」

『中々君も面白いことを言うな』

「うっさい」

 明らかに馬鹿にしている感じだったので、つい恩人相手に汚い言葉を使ってしまう。文字通りその慣用句の言葉の通りになってしまうことなど、幻想郷でも一生の内にそう何度もあることではないだろう。
 それにしても、猫の助力を得られたところで何ができるのだろうか。いや、鍵を取ってきてもらうことくらいはできるか。
 問題はその先だ。
 
「少し、考える時間をくれないか」

『見張りが来るまではな。そろそろ食事の時間だろう』

「ああ」

 空腹は相変わらずだが、頭痛は穏やかになってきた。普段に近い冷静さで、手段を考えることが出来た。
 ちなみに黒猫は待つのに早くも飽きたのか、伸びをしたり寝転んだりしている。老紳士のような猫でも、猫は猫だったらしい。
 
 さて、やらなければならないことは二つ。
 一つ目はここから出ること。
 主人である米内が私の凶行を危惧しているらしく、女中は鍵を開けずに、恐らくは部屋に置きっぱなしにしたまま、食事を格子の隙間から差し出してくるよう命じられているから、彼女を気絶させて牢を出ることはできない。
 二つ目は下手人を捕える方法だ。
 ただ捕えるなら妖怪の私に分があるかもしれないが、証拠を押さえなければならない。できれば彼が下手人であることを人里の住民に納得させられる証拠が欲しいが、最悪私だけが確認できれば良しとしよう。
 後者の条件を満たすだけなら、実際に人の首を切ろうとしているところを捕えれば良い。問題はその首を切られそうになる人間が、桜になってしまうことだ。
 色々な記憶を手がかりに方策を探っていると、段々と形になってきた。

「ええと、鍵の場所は判るか?」

 座敷牢には蝶番の鍵がかけてある。
 その気になれば何とか妖怪の腕力で壊せるかもしれないが、お札が貼ってあるから直接触りたくない。それに、あまり派手に音を立てれば脱走がばれてしまうかもしれない。そもそも現状の私ではパワー不足なのだが。

『ここに来る前に確認した。だが、鍵が壁に複数かけてあって、どれかは分からなかった』

「この錠前と、同じ模様が刻まれている鍵なんだ」

『確か一つだけ雰囲気の違う鍵があったな。恐らくそれだろう』

「頼めるか?」

『ああ。どうやら君を見張っている女中は一人のようだしな。大音がすれば気づくよう、近くの鍵のある部屋で待機している』

「良し……!」

 これは僥倖だ。
 鍵のある部屋に複数人待機されては、片方が鍵の見張り、もう片方が食事を持ってくる、というケースもありうる。その可能性を排除できたのはありがたい。

『おっと、女中の足音だ。なるべく時間を稼いでくれよ』

「え? ああ」

 そう言うと黒猫は去っていった。
 確かに彼が家人に鍵をくわえているところを見られるのは不味い。
 遭遇を避けながらここに戻ってくるとなると、それなりに時間がかかるだろう。下手を打てば、食事を運びに来た女中とすれ違うかもしれない。
 しかし時間を稼ぐ方法なんて、何も考えていない。幸い女中は私のことを嫌っていないから、無視されるようなことはない。会話に引き込めれば何とかなる。会話は私が最も苦手とすることの一つだったが、致し方ない。
 何か話題を考えなければ、と焦るほど頭が働いてくれない。
 気づけば女中がすぐそばに来ていた。

「昼食ですよーっと」

 私を見張っている女中はお腹の膨らんだ、やや肥満気味の中年の女性だ。
 何故私を余り疑ってない彼女が見張りなのかはわからない。ひょっとしたら、あのワーハクタクが顔役に交渉したのかもしれない。
 ふっくらとした顔つきの女中は、格子の隙間から昼食を差し入れる。

「こんなものしか用意できなくてごめんなさいね。あ、どうしたの、その黒い頭巾」

「あ、いや……」

 聴耳頭巾を被りっぱなしなのを忘れていた。いきなり不審な行動をしてしまった。
 しまった、なんて言い訳をしよう。
 脳みそを急いで稼働させるも、何も思いつかない。私は付き合いの浅い人と話すとき、思考が回らず上手く二の句をつぐことができないのだ。人見知りとも言う。
 そんなことを考えてる場合じゃない。

「女の子がそんな黒だとか地味な色なのつけてちゃ駄目よ? もっとお洒落しなくっちゃ」

「はっ、はい!」

 焦燥で勢い余って元気いっぱいに返事をしてしまう。

「何か良いことでもあったの?」

「いや何も……」
 
 彼女は少し怪訝そうな顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。
 何か言いたそうにしていたが、女中はお盆を持って「何かあったら呼んでちょうだい」と去っていってしまった。
 私は胸を撫で下ろしかけるが、そうではない。まだ時間を稼いだ方が良いんじゃないか。このまま黒猫と鉢合わせてしまえば、主人である米内に報告されるかもしれない。そうなればいっかんの終わりだ。監視は厳しくなり、私はここを抜け出せず、桜は殺されてしまう。

「あ、あの!」

「あら。どうかしたの?」

 この人をもっと引きつけておかなくては。何でも良いから、彼女を食い止める理由を考えないと。
しかし何も思いつかない。雑談? このタイミングでか。この際それでも良いが、何を話す。ご歓談してください、とか言われるとかえって何も喋れなくなるのと同じ気分だ。違う。考えたいのはそんなことじゃない。
 それでも無理やり言葉を絞り出すしかなかった。

「その、何だか気持ちが悪くて……」

「あらまあ」

 お盆を持ったまま、彼女が戻ってくる。
 良し。だがその先は何も考えていない。他にもっと無かったのか。時間を稼がないと。気持ち悪い。なら普通どうする。
頭蓋の中を情報が駆け巡る。考えろ。考えろ。

「どうかしたの?」

「えっと」

 様々な選択肢が、水泡のように浮かんでは、消えていく。焦りのせいか、首筋を汗が伝う。ろくろ首だけに。馬鹿か。駄洒落にすらなってない。しょうも無いこと言ってる場合か。
 気持ち悪いのは何でだ。どういうときだ。食べすぎか。違う。ご飯は、今から食べるんだ。そうじゃない。
 何でも良い。何でも良いから、何か言わないと。じゃないと怪しまれる。
早く、早く――――

「つ、つわりかも」

「へー……つわりなの……つわりなの?!」
  
――――私は大馬鹿だった。
 何故数ある選択肢からこれを選んだのか。自分の阿呆さ加減に、その場に崩れ落ちそうになる。馬鹿だ。阿呆だ。とんちきだ。
 やっちまった。その言葉が重く私の肩にのしかかってくる。
 女中は困惑した様子だ。恥ずかしさの余り、顔が熱くなってきた。

「おめでたってこと……? 貴女、最近誰かと寝た覚えは?」

「えー、最近姫と影狼と一緒に寝たけれど……あっ」

「三人で!?」

 更に馬鹿を重ねていく。本当に馬鹿か私は。いやかなり馬鹿だこれ。
 適当な男と交際している設定にすれば良かったのに、やらかした混乱のせいでつい本当のことを言ってしまった。

「や、そうじゃなくて、その、姫も影狼も女の子で……」

「女の子同士!?」

 ここまで己が阿呆だとは思わなかった。
本当に馬鹿だ私は。かなり馬鹿だこれ。
 彼女は疑るような目でこちらを見ていた。ぶつくさと「女の子だけで子供はできないだろうし……どういうことかしら……」と呟いている。

「いや、そういう意味じゃなくって、えーと」
 
「貴方……もしかして……」

 何とか言い訳を考えようとしたが、それより先に彼女に核心をつかれそうだ。時間稼ぎに呼び止めたことがばれてしまったか。
 こうなっては仕方ない。最悪全力で牢をぶちやぶって、どこかに潜伏するしか……
 腹を括るとほぼ同時に、女中がある結論に達した。

「キスで子供が出来ると思っているでしょ!」

「……………はい?」

 この女は何を言っているんだ。彼女の発言の意図するところが分からない。
 数秒して、この状況に理解が追いついてくる。
 どうやらこの女中は、私が接吻で生殖を行うという誤った知識を持っており、結果想像妊娠してつわりが起きたと思いこんでいる純朴な乙女、という結論に達したらしかった。
 彼女はしたり顔で何度も頷いており、流石私の推理力、というような表情だ。
 何だか脱力感に体がつつまれていく。もうどうにでもなれ。

「そうだと思ったのよ。あたしはね、常々妖怪の女の子達はどうやって性教育を受けているのか心配してたんだけど、やっぱりこれはあたしが一肌脱いだ方が良さそうね」

「はあ……」
 
「まずキスで子供は生まれないし、コウノトリが運んでくるわけでも、キャベツ畑から出てくるわけでもないの」

「へー……」

 面倒なので彼女に話を合わせることにした。
 女中はほぼ私が目に入っておらず、自分に酔うようにして性教育の講義を始めた。その間私は、ずっと適当に相槌を打っているだけだったのだが、彼女は気にする様子はなかった。
 黒猫は間違いなく鍵を持ってきてくれるだろうが、私は何だか色々なものを失ったような気分だ。
 ひとしきり子供の授かり方について講義すると、彼女は「落ち込むことなんかないわ。これから良い人を探していけば良いの」とキラキラした瞳で語って去っていった。善い人なのだろうが、思い込みの激しい人だった。

『中々面白い見世物だったよ』

 そばで待機していたのか、黒猫は女中が去るとすぐ出てきた。迂回してきたから、女中が行ったのとは反対からだ。
 私の時間稼ぎは、十二分にそのつとめを果たしたらしく、彼は口に鍵を咥えていた。

「……いつから聞いてた」

『つわりから』

 最悪だった。
あそこで呼び止める必要はほぼ無かった。時間稼ぎは十分だったのだ。

『いや意外だったぞ。まさか君が接吻で妊し……』

 彼はそこまでしか喋れず、ツボに入ったらしく肩を震わせて笑っている。
 この猫には後で死ぬほど茗荷を食わせてやろう。そしたらこの件も忘れてくれるかもしれない。

「それより早く、鍵をくれ」

 何か気の利いた皮肉を返して面目を保とうとしたが、何を言ったところで墓穴の底でさらに墓穴を掘るだけになる気がしたので止めておいた。
 鍵を受け取り、御札の張られた錠前と格子になるべく触らないよう、四苦八苦しながら鍵を開ける。

『このまま出るのか?』

「まだいい。殺害の現場を抑えたいから、夜になるまでは出ない」

『それでは、私が一旦鍵を戻して、夜にもう一度取って来れば良いのだな。余り長い時間鍵がなければ、流石に鈍そうなあの女中にも気づかれるだろう。頃合いになるまで、私もここにいよう』

「いや、その必要はない」



 

――――飛頭「マルチプリケイティブヘッド」





『これは……』

 頭をもう一つ増やした。分離した二つ目の頭が、開け放たれた座敷牢から、ふよふよと外に出る。
 実のところ、私もこれがどういう理論でこうなっているかは分からない。近くにいれば思考は同期されるのだが、あまり遠くに放置していると独立するのが困りものの技だ。
 鍵は自分でやった方が良い。彼にはそれとは別に頼み事があるからだ。タイミングも分かるから、さっきみたいな事態にはならないだろうし……。

「夜にもう一度鍵を開けるときは、自分でやる。代わりに、猫殿にはやってもらいたいことがあるんだ」

 私はこれからやることの概要と、猫に言伝を頼んだ。 
 黙って彼は聞いてくれたが、一通り話し終わると、不満そうな声をあげる。

『本当に上手くいくのか?』

「分からないが、成功の公算も高い。多分、あいつは」

 いかれてる。
 私の推測が正しければ、下手人はまともな人間ではない。その辺りについては、一つの仮説とそれを補強する材料がある。
 だとするなら、何とかなるはずだ。

「それじゃ、その前に一旦鍵を返してきてもらえるか? 今から私が、あの女中を呼ぶから」

『うむ。万一鍵を咥えているところを見られたら、いたずら好きの猫が鍵を奪ったように演じてみせよう』

 阿求家の猫は話が早くて助かる。私はまた鍵をかけ、彼に渡した。
 彼が去っていくのに、分離させた頭を飛ばして、ついていかせる。あの頭は見つからないように隠れさせ、夜が来たら鍵を持ってきてもらう。女中が起きているようなら、私がもう一度こちらに呼びつけることになるだろう。
 ちなみに今の返却も自分の頭にやらせても良かったが、鍵の場所が分からないからやめた。猫に頭をついていかせたのも、鍵の場所を覚えるためである。

 私は残されたもう一つの自分の頭を取り外して、体と向かい合うようにして抱えた。
 一つ、深呼吸。
 そして両頬を思い切り良くひっぱたいた。

「良し……!」
 
 空腹と頭痛で消耗した自分に活を入れた。
 上手くいくかは分からない。それでもやるしかない。これ以上、あの男の犠牲者を増やすわけにはいかないのだから。
 あまり、妖怪の考えることじゃないのかな。そう思うと苦笑が零れた。














 ゆっくり と しずか に ふすま を あける
 ひろい へや は まっくら だが ろうそく の たよりない ひかり が ぽつん と うかび あがって いる
 ちいさな ともしび は わたし の むすめ の かお の まわり だけ を てらして いる
 いや むすめ だった もの と いう べき か
 きづかぬ はず だ
 わからぬ はず だ
 ほかならぬ わたし の むすめ が ななたいめ の おに だった とは
 
『おとうさん きょう は どうしたの』

 わたし の むすめ の かわ を かぶった なにか が かたり かけてくる
 よそよそしい こえ だ
 わたし が きづいた こと に やつ も きづいて いる

『おまえ は おに なのか ?』
 
『……』

 かのじょ は だまりこむ
 しばらく する と あきらめたの か くち を ひらいた

『どうして そんな こと いうの かな』

 わたし が まえ に すすむ と そのぶん だけ ろうそく と かお が うしろ へ さがる
 
『おに め』

『……』

 かのじょ は なに も いわない
 もう しょうたい を かくすの は あきらめた よう だ
わたし の むすめ は とっく に おに に とって かわられて いたのだ

 わざわざ きぜつ させて から くび を きらなくて も いい
 この ちいさな くび なら ひとふり だ

『よくも わたし の こきょう を』

 うしろで に もって いた おの を ふりかぶる
 わずかな あかり を たより に わたし は おの を くび へ と おもいきり たたきつける

 ぼとり と くび が ゆか に ころがる おと が する
 ろうそく の ひ が おちる さいご の しゅんかん おに の くび が とぶの を しかい に とらえた
 これ で のこる おに は あと いったい

『もうすぐ むら に へいわ が』
 
「――――――余計なお世話だ」

 くび が しゃべった 
 














 勝負は相手の目が、暗闇に慣れる前だった。
 妖怪である私の方が幾分か、夜目が効く。
 蝋燭の明かりで照らさないように、床に置いておいた借りもの刀を、鞘をかぶせたまま力任せに彼をぶっ叩く。剣術なんてものは知らない。 

「ぐ……あ……」

 男は鈍い音とうめき声と共に彼は膝から崩れ落ち、うずくまる。手のひらの感触からして、肋骨くらいはへし折れたはずだ。
 懐からマッチを取り出し、別の燭台に明かりを灯す。さっきはあえて光の小さい蝋燭を使っていたので、今は周り五尺を照らせるくらいには明るい。

「やっぱりお前か……」

 そこにいたのは、まぎれもなくあの夕焼けの時に桜と一緒にいた男だった。
 これで私の推理は当たっていたことが保証された。

「しっかし……本当に上手くいくとはな」
 
 私は黒髪のカツラを取って、暗闇の中に放り投げる。例の羅生門に出てきそうなカツラ売りの婆さんから借りたものだったことを、少し遅れて思い出したが、まあいい。
 座敷牢の中で私の考えたのは、私が桜に変装して囮になるという単純な作戦だった。
 
「いよっと」

 悶える男を転がして、後ろ手を縄で縛ろうとする。
 この策は、わかさぎ姫の言っていたが「私の顔と声が桜にそっくりだ」という言葉を思い出して立てたものだ。
 桜と同じ色の着物とカツラを使って彼女に化ける。それだけだとばれるかもしれないから、暗い部屋にかろうじて私の顔しか見えないくらいの明かりを灯して、彼を呼び出す。身長差は膝立ちで誤魔化すというお粗末さだったが、用意した蝋燭は足元を照らさない程度に調節してあるので問題ない。

 夜に桜井寺で待っている、という言伝は夕方の内に桜に接触して伝えてもらった。殺人が起きるのは夜だから、身の危険はないはずだ。それでも不安だったので、黒猫には奴にばれないように、隠れて護衛を付けてもらうよう頼んだが。
 下手人が来たら、後はゲーム通りの台詞をやり取りするだけだ。
 今日奴が鬼を殺す気でいるとは限らないので、ある程度ゆさぶりをかけられれば良いかな、と思っていたが犯行に及んでくれて何よりだ。もう何日か演技を繰り返しても良かったのだが。

「……違う」

「あん?」

「……違うじゃないか」

 男の口から、うめき声にまぎれて、何か言っているのが聞こえる。内容までは分からない。
 命乞いでもしようというのか。
 
「シナリオがぁあああああ!」

「ぎ……っ?!」
 
 肺から悲鳴が漏れる。天井が見える。視界が回る。
 腹に熱さを感じた辺りで、自分が鉈の背でぶん殴られて吹っ飛んだことに気づいた。
 呼吸が上手くできない。息を吸い込みたいのに、肺がそれを拒絶する。
 だがこのまま寝てれば殺されるだけだ。気力だけで無理やり私は立ち上がった。

「ぁ……ぐ……」

 仁王立ちで鉈を握った彼の目は血走っており、唇から泡が零れ出している。明らかに正気ではない。
 この杜撰な変装作戦の背中を押したのは、彼が正気でないだろうという推測からだ。私は下手人が、ゲームを現実だと思い込んでいる気狂いと考えたのだ。
 いや。そんなことを考えている状況ではない。

「お前……お前……」

 彼はぶつくさと呟き続ける。
 油断していた。並の人間ならあそこから立ち直れないはずだったが、彼は痛みや呼吸困難程度では止まらないようだ。
 頭のいかれたこの男は、尋常ではない力を発揮している。脳のタガが外れているのだ。
 さっきの鉈による一撃は、明らかに素人のものではなかった。この自分が傷つくことも厭わぬ滅茶苦茶な力が、人間の首を一発で切断することを可能にしていたのだろう。

 奴の足元に転がっている木刀を、私は横目で確認する。
 素手の攻撃が通用するとは思えない。ただでさえ弱小妖怪の私は、空腹と頭痛で、いつもの半分の力も出ないのだ。

「ああああああ!!」

 男が絶叫する。
 と、同時に私は滑り込むようにして、足元の太刀へ向かう。

「!? あっ……ぐ」

 脇腹に激痛が走る。ふっとばされて、私は無様にごろごろと床を転がった。
 また呼吸ができなくなる。肺を引っ掴んで、腹の外へぶちまけてしまいたい。
 太刀を掴む寸でのところで、彼に脇腹から蹴り飛ばされたのか。
 
「……っ……」

 今度は立ち上がることもできない。胎児のように背を丸めることしかできない。
 妖怪の私だって、この弱った状態で解体されればどうしようもない。死ぬかもしれなかった。
 仕方ない。
 何処かでそんな声がする。
 どのみち私は幻想郷で生きる術を見つけられない、意地っぱりな弱小妖怪だ。このまま生きていても、この郷から淘汰されるのは目に見えている。

 うずくまるようにして倒れたまま、顔だけ横にひねって天井を仰ぐ。
 のそりと視界の隅に男が映った。彼は鉈を両手で真上に振りかぶり、そして――――

「蛮奇ちゃんに何するの!」

「その斧を捨てなさい!」

「ああ?!」

 わかさぎ姫と影狼の声だった。助けに来てくれたのか。
 二人の声が、頭にかかっていた靄のようなものを晴らしてくれた。精神が弱っていたせいか、体もそれに引っ張られてしまっていたようだ。
 何とか首の皮一枚つながった。浅い呼吸のまま、何とか私は重い体を起こす。
 
「どうして誰にも相談しないまま、こんな危険なことしちゃうの!」

「姫……お説教は後でいいから!」

 二人が男を羽交い絞めにする。彼は何かを叫んでいるが、それはもう人の言語の体を成していない。獣の言葉だ。
 ぎりぎりのところだが何とか助かった。何故二人がここで大捕物があるのを知っていたのか分からないが、何にせよ助かった。そう胸を撫で下ろしかけたが、安心するにはまだ早い。

「二人とも、そいつ抑えといてくれ」

「え?」

 私は自分の頭を、右手で放って空中で一回転させて、キャッチする。右手に掴んだ頭を振りかぶったまま、私は男へ突進した。

「このっ……!!」

 男の頭蓋に、私は自分の頭蓋を渾身の力で叩きつける。
 鈍い音が暗い部屋に響く。
 
「バグ……か……」

 彼は私の知らない単語を呟きながら、床に頭から崩れ落ちた。そのまま動かなくなるが、息は聞こえる。殺しちゃいない。
 それにしてもまさかここまで頑丈とは思わなかった。だがいくら痛みを無視できても、脳震盪で気絶させてしまえば抵抗できまい。
 
「すげぇ石頭……」

 影狼がぼそりと呟く。
 そう言うのも無理はないほど、先ほどは凄まじい音がした。

「はっはっは。力で負けても頭の固さな……ら?」 

 遅れてきた脳震盪か、はたまた積もり積もった疲労が安心したことで溢れだしたのか、床がせりあがってきた。
 平衡感覚を失った私は、そのまま床に倒れてしう。その衝撃で、頭が右手から落ちて転がる。

「蛮奇ちゃん!」

 私の名を呼ぶ姫の声を最後に、私の意識は闇に飲まれて行った。
  
 













 靄のかかった視界に、天井が映る。 
 ただその天井は、いつもよりすすけていない綺麗なもので、何だか違和感がある。どうやら、私が住んでいる長屋のものではないようだ。
 ということは酔いつぶれてそのまま眠ったのを、誰かに介抱してもらったのだろうか。うっすらとした頭痛が、もう一度眠った方が良いと言っている気がした。
 もう少しだけ、と瞼を閉じる。今日は特に予定もない気がするし……いや、違う。
 そうだ。私はあの殺人鬼相手に大捕物を繰り広げたのだ。ならば――――

「あの男は!?」

 布団から勢いよく、上半身を跳ね起こす。

「蛮奇ちゃん!」

「ぐえっ」

 姫の声がした、と思った次の瞬間に気持ちの良い体当たりを食らい、首がごろごろと転がる。体が姫に抱きしめられていた。
 「落ち着きなさいよ」と呆れ声で呟く影狼に、私の頭は拾われた。

「ここはどこだ?」

「私は誰だ、なんて続けないでよね」

「私は赤蛮奇だ。そんな脆い脳の作りしてないよ」

 意識が覚醒すると共に、記憶がはっきりしてきた。あの男にろくろ首にしかできないような、独特のヘッドバットを決めたことまでちゃんと覚えている。
 気づけば服も変装に使っていた桜と同じ着物から、白襦袢に着替えさせられていた。
 
 影狼は左手で私の頭を抱えたまま、右手で障子を空けて外の景色を見せてくれた。
 白い雪から、赤い鳥居が生えている。輝針城異変の後の宴会で来たときがある。
 博麗神社だ。
 しかし何故ここに運び込まれたのだろう。疑問が顔にまで出ていたのか、姫が説明を加える。

「博麗神社なら人里の人もあまり来ないし、静かに休めるだろうから、ってある妖怪が。何より安全だもんね」

 ある妖怪とは誰のことなんだ、と聞こうとすると、ぶっきらぼうな声に遮られた。

「皮肉かしら。ウチの神社は妖怪に安全で、人も来ないって」

「ひっ」

「霊夢か。悪いな」

 ため息交じりにこの神社の巫女である博麗霊夢が現れた。
 姫はかなり怯えているが、霊夢の方は言動の割には怒っているわけではないらしい。手にはお粥を持っている。

「しっかしまあ、大分無茶したものねぇ。丸一日、ずっと寝てたのよアンタ」

「そんなに寝ていたのか……」

 そう言いながら彼女は、お粥の入ったお椀を差し出してきた。 
 私は頭を影狼から体に渡してもらい、そのお椀を受け取る。首をくっつけてから、私は食べ始めた。
 霊夢は私の首周りの構造が気になるらしく数秒ほど眺めていたが、すぐに興味を失って立ち上がった。

「ま、私は境内で雪かきでもしてるから、何かあったら呼びなさい」

 彼女はマフラーと手袋を身に着けて、外へ出て行った。防寒具を身につけるくらいなら、その脇が開いている巫女装束をどうにかした方が良いのでは、という言葉を飲み込んで、その背中に礼を言った。
 今にして思えば、何人もの犠牲者が出ているのにも関わらず、博麗霊夢が動かなかったのは大きなヒントだったかもしれない。
 文献を読む限り、博麗は妖怪を退治するのが役割であって、人間同士の争いには介入してこないケースが多い。それはきっと、博麗の巫女はあくまで妖怪退治のための存在であるからだろう。
 妖怪を平らげるはずの霊夢が動いていないことに気づけていれば、下手人が人間であることももっと早く分かったのではないだろうか。今更言っても、後の祭りだが。

「あの男は……?」

「里の自警団に引き渡されたわ。桜井寺で凶器の鉈が見つかったのと、頭にひっかき傷があったから下手人だと特定できたみたい」

 私がそう聞くと、影狼が説明をしてくれた。
 しかしそこであることに気づく。

「あ」

「どしたの」

「いや……なんでもない」

 完全にひっかき傷のことを忘れていた。わざわざあんな茶番をしなくても、上手く使えば寄合に犯人だと認めさせる証拠になったかもしれない。
 我ながら大馬鹿だった。乾いた笑いが零れる。
 まあ成功したのだし、良しとしよう。どの道、男を拘束する必要はあったのだから、特定が先か逮捕が先かという話だ。あの様子だと、ゲームの内容から大きく外れる事態が起これば、奴は大暴れするだろうし、拘束もひと手間いるだろう。
 思考を切り替えて面を上げると、眉間に皺を寄せた影狼の顔が目に入った。

「それより、蛮奇は私らに何か言うことないの?」

 彼女は不機嫌そうに言う。
 私は深々と頭を下げるしかなかった。

「……ごめん」

 確かに二人の助力を得ることも考えたが、そこまでして協力してもらうのは気が引けたのだ。桜に化けるためのカツラや着物を小鈴に用意してもらって、彼女にでかい貸しを作った上、更に二人を危険な目に巻き込んで良いのだろうか。そのような妙なバランス感覚が働いた結果、私は一人で決行することにしたのだ。
 精神的に追い込まれていたとはいえ、馬鹿な真似をしたと思う。あくまで人間相手だし、一人でも何とかなるのでは、と独力でやろうと考えてしまったのだ。
 こういうとき素直に人に頼ることのできない傲慢さは、私に常について回る悪癖だった。

「本当にすまない。行き倒れたのを助けてもらったのといい、迷惑かけてばかりだ……」

 溜息を二人はついた。 
 そうじゃなくてさ、と影狼の口が動いたように見えた。

「そういえば、行きつけの甘味処がぱふぇって新商品出してたとか言ってたなー」

 姫が人差し指を顎に当てて、どこかわざとらしそうに言う。何らかの意図を察したのか、影狼も便乗してきた。

「あ、笠木屋のはす向かいのところよね! 美味しそうよねー」

「……分かったよ、今度奢るさ」

 二人はにっこりと笑う。
 貸しはそれでチャラにするから、それ以上負い目に思ったりするな、ということなのだろう。私は二人に、罪悪感を払拭する機会をもらったのだった。
 確かに卑屈になるのは良くない。言うべき言葉は「申し訳ない」ではなく、「ありがとう」だったのだろう。

「聞きそびれちゃったけど、私を博麗神社に運べって言ったある妖怪って、いったい誰のことなんだ?」

「私のことだな」

 唐突に後ろから声がした。体が強張る。
 八雲藍が、障子を空けて突っ立っていた。手にはお粥の入ったお椀がある。

「だからそう身構えないでくれよ。お茶はいるかい?」

 怯えるなと言われたってどうしようもない。そういう性分だ。

「……どうも」

 少し悩んだ末、私はそれを受け取ることにした。
 先ほど霊夢にもらったお椀は、まだ空になっていなかったので急いで頬張る。最後にもらったお茶でそれを流し込んだ。それから話を切り出した。

「何でアンタが……私に何の義理もないだろ」

「それについては、この一連の事件に関して色々喋らなくてはな。多少推測も入るが、君より事件について知っているつもりだ」

 言われてみると、色々と不明なことが多い。
 飛ばされた順番の殺人は本当に起こっているのか。あの外来人はどうしてああなったのか。どうして奴は狂っていたのか。
 犯人こそ捕えたものの、事件の詳細に関してはさっぱりだ。

「教えてくれるのか?」

「勿論。そのつもりで来ているからね。悪いが二人は席を外してもらえるかい?」

 二人はこくりと頷いた。
 「さっき言った通り、客人をよろしく頼むよ」と八雲藍が付け加えた辺り、事前に何らかの打ち合わせがあったようだ。
 もしかすると二人はもう、事件の全容について、聞かされたのかもしれない。
  
「蛮奇ちゃん」

「また後でね」
 
 そうして姫と影狼は外に出る。雪のせいか、しんとした部屋に私と八雲藍が残された。
 彼女は私が座っている布団の横に、胡坐をかいて座り込んだ。こほん、と咳払いをする。

「そこそここの事件は複雑でね。まず手始めに、外来人と君について……もしくは、八つ首村というゲームについて説明をさせてもらいたい」

「知っているのか……!」

 思わず立ち上がる。
 彼女は現実の殺人と合致した、あのゲームを知っていた。ならば私が次の犠牲者となるかもしれない人物を掴んでいたということも、この大妖は知っていたということだ。
  
「座りなよ。君の判断を責める気はない。あれだけ疑いをかけられている状態じゃ、恐らく皆、君の口から出る情報なんて信じてくれなかっただろう。むしろその後、下手人をひっ捕らえようとした方が意外だね。あれだけ酷い目にあったなら、里の人間なんて知ったことか、と見捨てる方が普通だよ」

 すごすごと胡坐をかきなおす。
 確かに、そういう気持ちがないではなかった。
 監禁こそされたが、私が罪人と確定される見込みは薄かった。今にして思えば、無実であることを証明することに、それ程躍起になる必要はなかったはずだ。
 ゲームのことも事件も全て忘れて、何もせずにただ事件が解決するのを待っても良かったかもしれない。

「良く分からないけど、人里が嫌いなわけじゃないから」

 自分でも驚くほど素直にその言葉は、口から滑り落ちた。
 妖怪がわざわざ人里に住む理由は無い。主に妖怪が人を襲うのは人里より少し離れた場所だかららだ。あまりメリットは得難い。
 それでもなお人里に住んでいるのは、やはり人里を気に入っているからだろう。人見知りの上に少し傲慢な性格だから自分から話しかけにいったりとかは難しいけど、それでも遠目に眺めていた里の活気に交じりたいと思っていたのだ。祭りではしゃぐ人々や、決闘を見て騒ぐ人々が羨ましかった。
 風景も良い。夕焼けを背に子供たちが家路につくのは眩しいし、夜桜を横目に運河で船を漕ぐのは最高だ。
 生き辛いとか、居心地が悪いとは思うことはあっても、人里そのものは嫌いではないのだ。そうでなければ、今回人里の住人に疑われたことに、ここまで深く傷ついたりしなかっただろう。
 「そうか」と八雲藍は目を細めた。

「ちなみに私が事件の全容を知りえたのは、君の服を着替えさせたときにゲームを見つけたのと、殺してきた本人に話を聞いたからだ」

「あいつと話したのか!?」

「君が捕えたあの男は、人里の自警団に引き渡したからね。その辺については後で話そう。どうして君はあの外来人を下手人だと思ったんだい?」

「それは……」

 私はここ数日のことを詳細に話した。
 寄合の手によって軟禁されたこと。外来人であれば戸籍がないから、頭の傷の調査をかいくぐれると考えたこと。親のいないはずの桜が奴をお父さんと呼んだこと。
 どうやら私は自分の体験を誰かに話したかったらしく、するすると言葉が出てきた。
 八雲藍は黙ってうなずきながら耳を傾けていた。ひとしきり話し終えると、もう一つ質問される。

「君の推理を聞かせて欲しいんだが、奴の動機についてはどう思う?」

「多分……現実をゲームと思いこんでいたから。きっとゲームってやつは、長時間やるとそういう副作用があるんだろう」

 私がそうだった。
 あの座敷牢の中で、私は現実とゲームの境界を失いかけて、画面の中の主人公と同化しかかっていた。あの感覚は忘れまい。
 きっとあの男はあそこで踏みとどまれなかった結果ではないのだろうか。外の世界の技術は、げにも恐ろしいものだ。

「半分正解半分間違いだね。確かに君からすると外の世界の技術だから謎は多いのだろうけれど、普通ゲーム自体にはそんな機能は備わっていない。普通の人間が小説を読みすぎて、小説の主人公を自分だと思いこまないようにね」

「じゃあ何で……」

 どうして私と奴は現実を見失いかけたのか。
 八雲の九尾は「口でいうより見せた方が早いな」と言って、パチンと指をならした。するとぼわんと煙が出てきた。すると何処からともなく、見覚えのある物体があらわれた。

「それは姫の持っていた……!」

 私が行き倒れたのを介抱してもらったときに、魚を入れる容器に使われていたものだ。
 もう一度見ても何かは良くわからない。兜のような形状をしているから、被りものではあるのだろうが。

「うん。先ほどあの子に頼んで譲り受けた。ちょっと失礼」

「うわっ」

 すっぽりと私の頭に、それは被せられた。被ってみて分かったのだが、目に当たる部分は半透明の素材になっている。
 八雲藍はその兜のようなものに、妙な素材で出来た紐を繋いでいった。

「これは外の世界のものでね……」

 私の後ろで、彼女は何かこまごまと弄っている。ぶつくさと「チュートリアルで……調整は…………私の妖力で動くかな……」の良くわからないことを呟いているのが怖い
 パチン、と音がしたかと思うと、世界が反転した。

「なっ……何だこれは!」

 目の前に草原がある。
 地平線の向こう側まで、深緑の草が広がっていた。風が草木を撫でる音がする。太陽が眩しい。鳥の鳴き声も聞こえてくる。
 先ほどまで博麗神社にいたのは幻覚なのか。ついそう考えてしまうが、こちらの草原の方が幻覚のはずだ。
 
「ほい」

「うわっ」

 二度目の悲鳴があがる。
 兜を脱がされる感触がした、と思ったら博麗神社に戻っていた。
 何だったのだ、今のは。冷汗が流れ、私は唾液をごくりと飲み込んだ。

「これは……一体……」

「ゲームさ。これが彼の遊んでいたものさ」

「今のもゲームなのか?」

「ああ」

 同じゲームとは思えない程違う。
 私も持っていたものは動かせる絵になった推理小説、といったところだったが、今のは体感できる推理小説と言うべきか。 

「君の持っていたゲームボーイ……もといその小さい箱は、幻想郷からすれば信じられない代物だけど、外の世界では大分旧式になっていてね。小説も印刷技術が変わって新装版を出したりするだろ? あれと一緒で最新版の技術でリメイクされた……作り直された八つ首村を彼は遊んでいたんだ」

「これも同じゲームなのか……」

 やってみて分かったが、現実とそう変わらない世界が広がっていた。さっきまで自分が博麗神社にいた方が夢だったのでは。そう思わせるほどだった。
 まだ動悸が収まらない。あれでは現実と空想の区別がつかなくなるのも分かる気がする。
 
「しかし外の世界は大丈夫なのか? こんなものがあったら……」

「誰しもが夢と現の境目を失ってしまう、と」

 私は八雲藍の言葉に頷いた。
 現実に戻って来られなくなる人間だっているはずだ。ゲームの中に閉じこもる人間が増えたら、外の社会は立ち行かなくなるのではないだろうか。
 一瞬でそこまで考えさせられるほど、私の現実感は奪い去られてしまったのだ。

「そういう問題もあるけれど、これは違法な改造品だからね。現実逃避ができるように、意図的にゲーム内を現実だと思いこませるよう、脳に干渉する機能が追加されてる」
 
 手の平で先ほど私が被っていたゲームを弄びながら、彼女はこう付け足した。
 市販のものは一定以上の違和感が出るようなゆらぎを義務付けていたり、連続して長時間起動しないようにしたりして対策しているらしい。もっとも、それでもゲーム内に逃避しすぎる一部の若者が社会問題になっているらしいが。

 外来人が幻想郷に迷い込んできたのを、ゲームの中に入ったと解釈してしまったことは分かった。
 彼はゲームから現実に戻れなくなった、と思いこんだのだ。脱出する方法は見つけようがない。となればゲームをクリアすることで現実に戻れる、という思考に至るのは自然な発想だろう。小説の中に入り込んでしまうお話を外の世界の書物で読んだが、そこでは小説の内容を主人公が意図的に辿ることで脱出した。

「しかし……奴の鬼を特定するペースは早すぎじゃないか?」

 特に七人目の呉服屋の店主が殺された次の日に、八人目の桜を奴が襲おうとしたのは、いくらなんでも間隔が短すぎないだろうか。
 彼女は私の疑問に「ああ」と言って頭を掻きながら答えた。

「それは彼が事前に鬼の特徴を全て把握してたからだよ。彼の持っていたゲームは新装版だと言ったろう? 彼にとっては一度クリアした時があるゲームなんだよ。おまけに彼は熱心なファンだったみたいだし、その程度は全部覚えていた。なら自分の知っている鬼の特徴に合う人物を殺していけば良いだけだ」 

「でも特徴が一致したら殺す、というのは違う人物を殺してしまうことも……」

 二体目の「黄色い着物の女性」や六体目の「あばた顔の男」の特徴に一致する人里の人間は、一人や二人では収まらないだろう。
 このゲームは間違った鬼を殺してしまうと、その時点で最初からやり直しになる。もう少し慎重に行動するべきではないだろうか。

「いや。片端から殺していってもクリアできるんだよ、これ。間違えてもデータが初期状態になるだけだから、そこからやり直せばいいんだ。犯人は変わらないし」

「え」

 完全に予想外だった。
 一度間違えた時に、最初からになって何が起こったか分からず焦ったせいで、その発想にたどり着かなかった。確かに最初からやり直しになったところで、鬼が変わらないなら問題ないではないか。
 また現実では、奴が誰を殺しても最初からになるということはないから、その意味では誰を殺してもその正体は鬼となるのだ。
 怪しい男が話しかけてくる、という噂が立たないのも当然だ。彼は昼の内に人里を歩いて条件に合う人間を探し、見つかったら夜中の内に殺せば良いだけなのだから。
 恐らく彼は殺した人達と話したことすらないのだろう。そう思うと、何かやりきれないものを感じる。 

 八雲藍は「こなさなくちゃいけないイベントとか無いし、面倒な条件を満たした上で殺さなくちゃいけないとかないからね。まあ本当に古い作品だし」と続けたが、イベントとはどういうことだろうか。
 掘り下げても良かったが、私にはそれより先行する疑問があった。

「じゃあ私がゲームの中に入り込んだように錯覚した理由は?」

 ゲームそのものが夢と現の認識に作用しないことは分かった。あくまでリアルすぎる最先端の違法な技術がそうさせただけなのだと。
 ならば動く紙芝居のような媒体でしかなかった、私のゲームで同じことが起きたのは何故だ。一度しかなかったが、六体目の鬼を殺したときの、あの得体の知れない感覚は忘れられない。
 私も気づかぬ内に、最新式のあの兜型ゲームを被っていたのだろうか。

「やっぱり気づいてないみたいだね……君がゲームという存在を知ったのは、香霖堂とかかな?」

「ああ」

 それを言い当てられたことには、あまり驚きはなかった。
 外の世界の商品を扱っている店など、香霖堂以外にはあるまい。鈴奈庵もその一つではあるが、あそこは外来書籍だけだ。

「そこでゲームが動く燃料が必要だった、という説明は受けたかい?」

「確か長ったらしい薀蓄の中で、そう言っていたな。電池とかいう燃料が必要だとは聞いたけど……」

「ちょっといいかな」

「あっ」

 彼女は私の懐からゲームを抜き取った。そしてその箱の裏にあったらしい蓋を開ける。
 そこには、何も入っていなかった。

「え……これって……もしかしてその電池とやらを入れる所……?」

「察しが良いね。喩えるなら薪もなく燃え続ける釜。油もなく照らし続ける提灯。このゲームは君の妖力を吸い取って動いていたんだよ」

 そう認識した途端に、疲労がどっと押し寄せ、その紫色の箱の正体が見えてしまった。
 彼女が手の上に乗せたゲームの箱からは、禍々しい妖気が漂っている。あんなものを今まで肌身離さず持ち歩いていた、と理解すると肌が粟立った。
 付喪神のなりかけだ。
 
「うん。この前会ったときより進行しているね」

「何で……何で私は気づけなかったんだ……」

「通常の憑依は怨霊とかが人に害を及ぼすけれど、これは憑依主に干渉して同化しようとする性質のものだからね。輝針城異変の際に、霊夢や魔理沙が自分の道具に違和感をあまり抱かなかったのと似ているかもしれない」

 自分の臭いは分からないのと同じだ。あくまで自分の妖気と同じ、もしくは非常に近しいものであれば、すぐに異常には気づけない。
 最近やたら体力が消耗したり、頭痛がしたりしたのは、人を驚かせていないが故の飢餓症状と思っていたが、この影響のせいでそれが著しくなっていたのだろう。

 『もしだけど、つかれているなら何か手を打った方が良いわ。私には良くわからないから、あまり下手したくないけど』

 霊夢の別れ際の台詞がふっ、と思い浮かんできた。
 「疲れているなら」と私はその場で解釈したが、「憑かれているなら」と彼女は言っていたのだ。「もしかしたら何かに憑りつかれている」と忠告してくれていたのだ。
 
「確かに霊夢は気づいてた感じだったな。しかしあいつでも、断定はできなかったなんて……」

「都市伝説、と呼ばれる幻想郷にはまだ余り流入してない怪異だからね。形態があまりに違いすぎて、本当に憑かれているのか余計に分かり辛くなっていたんだろう」

 今一つ聞き覚えのない単語だった。 
 鈴奈庵で読んだ書物の中で、そんな単語を見かけた気がしないでもなかったが、よく覚えていない。

「付喪化の進行した今はともかく、人里で君を見た時はまだ確信が持てなかった。そこから君を監視し始めたんだ。すまないことをしたね」

「ってことは、大捕物の場に姫と影狼がいたのも?」

「ああ。私が二人に示唆した。私が行っても良かったんだが、現場に八雲の式がいては、無駄に騒がれてしまう可能性があったからな」

 丁度良いタイミングで二人が出てきたのも、きっとこの妖狐が期を見計らって教えたからだろう。
 私が死んだ後で事件を解決しても、多分彼女には問題はなかったはずだ。そこは感謝しなければならないかもしれない。

「ちなみにこのゲームは、私がもらっても問題ないかな?」

 私はすぐに首を縦に振った。
 あんなものを手元に置いていたくはなかった。なぜ自分はあれをずっと持ち歩いていたのだろうか。
 多分だが、あの付喪神のなりかけは私にそう考えるよう干渉したのではないのだろうか。今にして思えば、事件の真相に辿りつきそうになったとき、いつも頭痛によってその手前で妨害を受けていたように思う。あの男に現実を分からなくさせたゲームと、私の持っていたゲームに関わりはあったのだろうか。
 私は彼女にその疑問をぶつけてみた。

「何らかの繋がりはあったと思うよ。この君の持ってた付喪神のなりかけのゲームが、男を狂わせた方のゲームに仲間意識を抱いたり、何らかの反応を起こしていたりというのはあり得る」

「でも、外の世界の怪異だから解析もできないと」

「悔しいがね。どちらにしろ、君に憑りついたゲームと、彼を狂わせたゲーム。二つが交錯していたから、一連の事件は複雑化してしまったことは確かだ」

 懐に紫の箱をしまいながら、彼女は「あと何か聞きたいことはあるかい?」と私に聞いてきた。
 事件の概要は分かったが、未解決の部分もある。
 例えば犠牲者と鬼の数の不一致だ。ゲーム内でいうところの七人目の殺害を阻んだから、犠牲者は六人になるはずだが、実際は四人だった。

「死人が飛び飛びなっているのは何故なんだ? 一人目と、五人目の犠牲者は出ていないのは、見つかっていないからか?」

 八雲藍の眉がピクリ、と動いた。

「一人目に関しては分からないが、現実のゲームで一体目の鬼を殺した後、奴は幻想郷に流れついたと見るのが自然だな。五人目は……ええと、君が監禁されたこととも関わってくる」

 どういうことだろうか。
 確か私の監禁された理由は、「頭にあるのと同じ首を抱えた血まみれの少女が、逃げるようにして走っていく」という目撃証言があったからだ。
 それと繋がってくるのだろうか。この証言はでっち上げだと考えていたのだが。

「ざっくり言おう。首を切られても死なない、不死の人間がいるんだ。その子の首が切られ、彼女は犯人を追おうとして、怒りの余り首を抱えたまま家を飛び出してしまった、という話だ」

「それ……人間って言えるのか?」

 妖怪でも首を切断されてしまえば、生きていられる者は少ない。首の切断とは死の象徴であり、それは肉体に依存が少ない概念的な生物である妖怪にも、致命傷を与えることが出来る。
 首を切られても生きていけるのは、吸血鬼級の大物くらいだろう。切られてすぐくっつければ、また話はある程度変わってくるが。
 それが人間とくれば尚更だ。仙人や魔法使いという異能者であっても、流石に死ぬはずだ。首を切られても新しい首が生えてくる生物を、人間と呼ぶには抵抗がある。

「流石に首を切られるのは、かなり心理的にショックだったらしいね。だからこそ自分の不老不死をばれる危険に思考が回らないほど、激怒したんだろうけど」

「ショックって、その程度じゃ済まされないだろ……」

「私は本人から話を聞いたのだけど、そいつは不死であることをばれたくないから、特定できる話はしないよう私に念を押したんでね。これ以上ここに関しては説明できないし、君もできるだけ詮索しないでくれ」

 わかった、と返したが、人里に不老不死の人間がいるとは驚きだ。
 誰だろうと邪推したくなる気持ちを仕舞い込んで、私は布団に倒れ込んだ。その人は異能者であることを隠して人と交流を保っているのだと考えると、強い同情を覚えた。

「でも結局、四人も殺されたのか」

 彼女に聞こえるかどうか程度の声で、私はそう独り言ちた。
 天井が遠くに感じる。
 人里の人口を母数として割ってしまえば、四という数は微々たるものと言って良いだろう。しかしそれは大局的な物の見方であり、奴の罪は許されない。
 それと同時に自責の念が、胸に重たいしこりを残す。私は自分は最善を尽くすことができた、とは胸を張って言えない。確かに憑りついた付喪神の影響もあっただろうが、もっと早く真相にたどり着けたのではないだろうか。

 だが、全ては終わってしまった。私にできることといえば、彼らの墓前に花を添えるくらいしか残されていない。
 どうしようもなくなったことを、どうにかしようとしているのだ。考えるだけ無駄なのかもしれない。

「……正確に言えば、五人かもしれないな」

 私は首を落としそうになる勢いで跳ね起き、八雲藍の顔を見た。彼女は視線を右下に落として、唇の形を歪ませている。
 どういうことだ。私は沈黙と視線をもって、彼女にその先を話すよう示唆した。

「赤蛮奇。君はゲームの中で、八体目の鬼が誰だか分ったか?」

 首を横に振る。
 下手人を現行犯で捕えたあの日、私は夜が来るまでゲームをしていた。やることは決まっていたから暇だったからだ。それに、考えたくはないが七人目が殺された場合、犯人の次の目標を絞らなければならない。
 しかし結局八体目の鬼を倒すことは出来なかった。その短い時間で鬼を突き止めるのは難しいかもしれないが、何の手ごたえすら感じられなかった。
 
「今から八体目を見せよう」

 私は彼女の隣に座って、画面をのぞき込んだ。
 箱の右側面についたスイッチを入れると、画面に異国の文字が表示される。

「八つ首村というゲームは、容量ギリギリまで酷使するほど内容を多くしてある。小説で喩えるなら、ページ数が少ない割に、沢山の文字を無理やり詰め込んでいるということだ」

 何となくだが理解できたので、私は頷いた。
 ゲームというものの概念を、理解出来始めたように思う。ひょっとしたら、ゲームの付喪神に憑りつかれた影響かもしれない。

「そうなると制作者としては、なるべく無駄を省きたいわけだが……これがおかしいと分かるか?」

 起動させるといつも表示される、『ゲーム を あたらしく はじめる』『ゲーム を つづきから はじめる』『セーブデータ を けす』の画面だ。
 彼女の言ったおかしい、とはどういうことだろうか。

「君は毎回真ん中の選択肢を選んでいたはずだ。ゲームを最初から遊びたい場合は一番上の選択肢だろう。では、セーブデータを消すという選択肢は必要無くないか?」

「あっ……」

 極限まで無駄を省きたいなら、三つ目の選択肢は最初から省いているはずだ。なのに、それがある。
 娘に話しかけてきたときに出てくる、『むすめ と はなす』のことを思い出した。それと関連付けて考えると、この一見無駄にも思える選択肢にも意味があるはずだ。
 
 彼女が『セーブデータ を けす』を選ぶと、画面がプツリと暗くなり、音楽も消えた。
 それから数秒後、不気味な金属音のような音楽と共に、黒い画面にぽつりぽつりと丸い白が表示される。よく見れば、どうやら松明のようだ。
 
 むら の ひとびと が いえ の そと から ばせい を あびせてくる
 おまえ は ひと で はない
 よくも こんな ざんぎゃく な こと を
 ひとごろし め
 そんな こえ が きこえて くる
 あの ひと たち は なに を いって いるん だろう
 わたし が おに を いままで たいじ して やってたのに なんという おんしらず だ

 おの に よって とびら が こわされて なだれ の よう に かれら が なか に はいって くる
 にげよう と する と うで を つかまれて そと に ひきずり だされた
 りゆう は わからない が みんな わたし に ぼうりょく する
 いたい
 どうして
 わたし は あなたたち を おに の て から まもって いたのです
 そういうと かれら は よけい げきど した
 
 くび を きる おに は おまえ じゃないか
いつも やさしかった おとなりさん が おの を ふりかぶる

「……まあ、陳腐な話さ。主人公は鬼を殺すことで皆を守っていたつもりだったけど、それは妄想で、鬼は他ならぬ自分だったってオチさ」

 彼女はそこでゲームを懐にしまった。私が八体目の鬼が主人公だったことを理解したから、それ以上先を見せる意味はないと思ったのだろう。
 確かに七体目の鬼、つまり自分の娘を殺した辺りで、この主人公は正気ではないのでは、という疑念は脳の片隅に生まれていたかもしれない。しかしデータを消すことで、主人公を殺すという発想は無かった。
 ストーリーに空しい気分を感じる一方、そのオチに感嘆する自分もいた。
 しかし主人公が八体目の鬼だったということは、現実ではあの男こそが最後の犠牲者になったということか。

「八人目の犠牲者は殺人鬼その人だった、ということだよな。じゃあ奴は……」

「流石に連続殺人事件なんてそう起こるものでもない異例だから、寄合でも揉めたらしいけど、斬首に処すことが決まったそうだよ。決まった時間からして、もう執行された後だろうね。
 
「……そう」

 正直、何と言っていいか良くわからない。憎い下手人が殺されて恨みが晴らされたが、奴に対する同情が無いというわけでもない。
 あくまで現実をゲームと取り違えてしまったための悲劇であり、彼自身に悪意があったわけではない。死刑台に送ったのは自分だということを考えると、胃が石にでもなったような気分になる。

「死刑を決めたのは人里だ。君がどうこうできることではないし、罪悪感を抱いたって一文の得にはならないよ」

「そうは言っても……」

「一番非があるのは私だよ。幻想入りは防げない事象にしても、管理者としての責務はあるのだから。むしろ君は、犯人を捕らえた功労者だ」

 彼女は乱暴に私の肩を叩いた。
 
「ほら。それより君の救った女の子が、そろそろ来たみたいだよ」

 耳をすますと、シャクシャクと雪を踏む音が聞こえる。
 私が立ち上がって障子を開けると、影狼とわかさぎ姫、それに小鈴がいた。よく見ると、影狼が誰かを負ぶっている。

「赤いお姉ちゃん!」

 狼女に背負われていた桜が、勢いよく私に抱き付いてきた。
 強い力で抱きしめられる。その指は、少し震えているようにも感じる。

「ちょっと靴! 靴!」
 
 藁沓を脱ぐのを忘れてしまうほど、気持ちが昂ぶっていたようだ。底こそ縁側についていなかったが、雪まみれだったせいで少しだけ縁側が汚れてしまった。
 姫がそれを手で解いて、脱がせてやる。

「あ、ごめんなさい……」

「私達は怒らないけどね。霊夢さんが見たら何て言うかわかったものじゃないし」

「私があんだって?」

「ひっ!」

 低い声が、わかさぎ姫の後ろから聞こえてきた。霊夢だ。どうやら雪かきもひと段落ついたらしい。

「流石に涙ちょうだいの感動の再会に、この程度で水差すほど狭い心じゃないわ」

「異変のときは容赦ないくせに……」

「あれはあれで、一つの礼儀よ」

 というようなやり取りを姫と霊夢が交わしている間も、桜は私から離れようとしなかった。
 私は彼女の頭を、そっと撫でてやった。

「怖かったか?」

「うん。すっごく」

 話を聞いてみると、どうやら彼女は最初、善意であの男を匿っていたらしい。そこには多少の、冒険してる気分と言うか、自分が物語の主人公になったようなワクワクもあったのだろう。
 しかし奴が殺人を重ねるごとに、確信こそないがもしかして彼が噂の殺人鬼なのでは、という疑惑が芽生え始めていた。
 桜が意を決して直接問い詰めたところ、男はゲーム通りに彼女が動かないのに癇癪を起こし、暴力をふるった。
 新しい家族には疎まれている気がして信用できない。頼れそうな教師の慧音は、警備に対策と忙しくて会えない。
 そこで出会ったのが私だった。

「お姉ちゃん、全然気づいてくれないし……」

「うっ……それはごめん」

 夕焼けのあの時は、私に会うことはできたが男がたまたま近くにいた。そのためこの男が犯人だ、と言ってしまったらどうなるかわかったものではない。
 だから彼を「お父さん」と呼ぶことが、彼女の出来る唯一の助けを求める声だった。彼はゲームの設定通りだと考えたか、自分が怪しまれないよう、親子のフリをしたと思いこんだだろう。
 しかし桜に父親がいないことを知っている私なら、何かおかしいと思ってくれると彼女なりに考えたのだ。情けないことに、私がそれに気づいたのは、随分後だったことだが。

「小鈴も、色々ありがとうな」

「いえいえ。ごひいきのお客さんですから!」

 これで彼女には頭が上がらなくなってしまった。商売上手な娘だ。
 小鈴には変装用のカツラを調達してもらったり、桜に接触して夜にあの男をおびき出すよう頼んでもらったりなど、色々と雑事をやってもらった。彼女が居なければ、こうも上手くは行かなかっただろう。
 お礼はおいおい考えるとしよう。

 一連の事件は、私の何かを変えたわけではない。相変わらず空腹は満たされないし、幻想郷が弱小妖怪に生きやすい社会に変わったわけでもない。
 ただ、何故か不思議な充足感もあった。
 気づけば、色んな人に助けられていた。この気持ちとそのことは無関係ではないと思いたかった。

「さて、赤蛮奇。君はこの事件の功労者なわけだし、私から報償を渡したいんだが……」

「ほうしょう?」

「ご褒美ってことよ」

 桜には良くわからない単語だったらしいので、影狼が人差し指を立てて説明を付け加える。
 八雲藍は懐から、古びた書物を取り出した。私はそれを受け取って、表紙に書いてあった文字を読み上げる。

「諸国百物語巻之一……?」

「延宝の時期に書かれた作者不詳の作品ですね。数少ない、名前通り百の話がある百物語で、なおかつ最初に書かれた百物語です」

「流石貸本屋の娘。詳しいわねー」

 影狼がそう褒めると、小鈴は「それほどでも」と言いながら、自慢げに腰に手を当てた。
 しかしこれがご褒美というのも、良く分からない話である。江戸時代の文献をもらえるのはありがたいが、八雲藍がもったいぶって渡したのだ。何か裏がある気がする。
 古い紙質に苦労しながら頁をめくると、木製の栞を見つけた。「会津須波の宮首番と云ふばけ物の事」という話のところに挟まれている。首の番は、それほど私に関わりが深い妖怪にも思えないが、何かを示唆しているのだろうか。

「勿論これそのものが報償というわけではない。面白いゲームは作り直されるように、良いものは定期的に作り直されるものだ。意味は少し変わるけど、温故知新というやつさ」

 余計に意味が理解できない。この怪談本そのものが報償でないなら、これを使って何かしろということだろうか。
 私が今もらって嬉しいものはなんだろうか。当面の疑惑は晴れたし、人里からの信頼の回復だろうか。あまりそれに関しては心配していないのだが。となると……

「あっ」

 皆が私の顔を覗きこんだ。私の次の言葉を待つ中、八雲藍だけが訳知り顔で微笑んでいる。
 私は意地悪そうに歯を剥いて笑った。

「桜。悪いんだけど、手伝って欲しいことがある」



 
 

 








「何故こんな寒い日に……」

 白い溜息が夜の黒に消えていく。風が吹くと袴や袖から空気が入り込んできて、体がぶるりと震えた。
 提灯の赤い光が、辺りをうっすらと照らしていた。普段は賑やかな大通りも丑の刻となれば、自分たちの足音以外何も聞こえない。
 雪に足を取られるのも不快だ。
 
「それは米内さんがこの前、夜の見回りを代わってもらったからでしょう」

「私はあのろくろ首を見張らなきゃならんかったんだ。仕方なかろう」

「勘違いでしたけどね」

 後ろを振り返って搗き米屋の月島を睨むが、奴は顔を逸らして口笛を吹いていた。蛇にでも噛まれてしまえば良い。そう毒づきたくもなる。
 人里では元々夜間に見回りを行っている。妖怪を警戒しているというよりは、火事や窃盗を未然に防ぐためのものだ。一応妖怪は里の中では、人を襲わないという暗黙のルールがあるからだ。余り私は信用していないが。
 よって人殺しが捕まった後も通常運行で見回りを行うのだが、騒動の間、他に見回りを押し付けていたツケが今来た。
 それはいい。しかし当番が私と月島屋の若造だけというのは納得がいかない。人がいつもより少ないし、こいつはあの妖怪に肩入れしていた男だ。

「ふん……妖怪は疑われて当然だ。私は悪いことをしたわけじゃあない」

「そですね。あのろくろ首さんの恨みは買いましたけど」

「この……っ!」

 こいつが私相手に大口を叩けるのは理由がある。
 私がろくろ首を下手人と断定したにも関わらず、他に本当の下手人が出てきてしまい、寄合での発言力が落ちたからだ。私の意見を支持していた奴らも、今では綺麗に手のひらを返している。
 特にあの寺小屋の妖怪教師なんぞは、わざわざ説教をかましてくるほどだ。若い衆を中心に信頼されているとはいえ、あの妖怪女に寺小屋を任せてはいられない。いずれ排除すべきだろう。 

「気を悪くしたのなら謝ります。ですが妖怪に嫌がらせをした上、監禁までしたんですから、向こうが何してくるか分かったもんじゃないですし、気をつけた方が良いですよ」
 
「む……」

 確かにそうだ。今にもこの闇夜の中から、あの首女が襲い掛かってきてもおかしくない。
 あの妖怪女は下手人が捕まった日から、行方不明となっている。あの大取物を行ったのはあいつだったという噂もあるが、わかったものではない。
 
「ひぃっ!?」

「うおっ、何だどうした!」

 月島が情けない悲鳴を上げるものだから、こちらもつい声がでてしまう。

「今、狼の鳴き声がしませんでしたか……?」

「だからどうしたというんだ。狼ぐらいいるだろう」

 舌打ちをつく。驚かせよってからに。この小心者め。狼の鳴き声程度で悲鳴を上げるとは。
 確かに遠吠えのようなものが聞こえた気がしたが、何も恐れることはあるまい。
 提灯の明かりを頼りに、運河の橋まで来たところで、建物の角を曲がる。

「私が若かったころは、狼を狩猟することだって珍しくなかった。それをサンカの奴らと交渉するようになってから、さっぱりだ。そのせいで里の男は軟弱者ばかりになってしまった」

 大体最近の若者はだな、と続けようとするが、返事が帰ってこない。

「おい、聞いているのか」

 振り返ると、真っ暗な闇が広がっているだけだった。
 月島の若造はどこへ消えた。曲がったところで立ち止まっているのか、と思って急いで戻り確認すると、あいつが持っていた提灯だけが地面に落ちていた。
 これはどういうことだ。
 
「ひっ」

 体が強張り、喉から声が漏れる。落ち着け。今のはただの狼の遠吠えだ。
 しかしあの男はどうしてしまったんだ。目を離したのは僅かな時間だし、音も立てずに消えている。雪の上には、足跡が途中で途切れているのだけが残されていた。
 まさかろくろ首に襲われたのか。自分に肩入れしていた者さえ見境なしとは、流石妖怪は恩という言葉も知らんようだ。
 そう嘲笑うも、先ほど聞いた「何してくるか分かったもんじゃない」という言葉が、頭の中で繰り返される。
 川岸の柳が風に揺れる音が、赤子の笑い声のように聞こえた。

「どうしたんだい」

「うおうっ!?」

 倒れかけそうになったが、何とかその場に踏みとどまって振り返る。そこには赤い着物の女がいた。
 全くなんだというのだ。人を驚かしよって。 

「いや、さっきまで一緒に見回っていた奴が、急に消えおってな……」

「ああ。そいつなら、首と胴体を別れさせてあげたよ。こんな風にね」

 ぼとり、と。
 その女の首が落ちた。

「ひぃっ!」

 尻に痛みが走り、そこで自分が尻もちをついたのだと気づく。
 暗闇と服装が違うのせいで気づかなかったが、女はあのろくろ首だった。
 右手には鉈が握られている。瞳は暗い光をたたえていて、口には裂けたかのように歪な笑顔が張り付いている。

「あんたの首も、胴体と別れたがってるように見えるよ」

「や、やめろ!」

 そんな台詞が聞こえたかと思うと、鉈が私に向かって振り下ろされた。しかし奴は狙いをわずかに外し、代わりに提灯がひしゃげて潰れる。
 そこでようやく鉈が血で赤く染まっていることに気づいた。搗き米屋の月島のものだ。
 私は一も二もなく駆け出した。

「誰か……誰か助けてくれ!」

 叫ぼうとするが、喉が枯れていて上手く声が出ない。その割に脇は汗で濡れていて気持ち悪い。
 あの女はやはり連続殺人の下手人だったのだ。あの外来人の方は、奴が仕立て上げた偽物だ。やはり正しいのは私だ。奴は真実を疑っていた私を生かしておくわけにはいかず、始末しに来たのだ。
 
 提灯の明かりが見える。見回りをしていた他の組だと思い、私はその光に向かって走っていった。
 近づいてみると、そこには一人の少女が立っていた。一瞬あの首女に先を回られたと思い背筋が凍ったが、よく見れば髪が違う。確か桜井寺の娘だったか。 

「何だ桜井寺の娘か……他に誰か大人はいなかったか?」

 小娘一人では流石に頼りない。他に頼れる者を探さねば。 

「どうかしたの?」

「あの首女が出やがったんだ……!」

「ふぅん……他の大人なら…………たの」

「他の大人がどうしたんだ!」

 声がか細すぎて聞こえない。もう少しはっきり喋れんのか。 
 私は彼女の肩を掴んで揺らした。

「首が落ちちゃったの。こんな風に」

――――ぼとり。

 地面に落ちた首が、恨めしそうな目で私を睨んでいる。
 そこで私の意識は暗転した。
















 胃の中が不思議な充足感でいっぱいになる。喉は熱く、極上のスープを飲みほしたかのようだ。
 それは私が数か月ぶりに口にした、人間の恐怖だった。
 姫や影狼との普通の食事も美味しかったが、妖怪にとってこればかりは何にも代えがたいご馳走だ。今まで自分は死んでいたのかと錯覚するほど、生の実感が満ち満ちている。しばらく何も食べなくて平気と思えるくらいの満足感だ。
 
「食べたの?」

 桜は不思議そうな顔でそう問いかけたので、私はにこやかに首肯する。彼女は「おいしそうだね」と笑うと、足元に転がっていた私のもう一つの頭を拾ってくれた。
 私はそれを受け取ると、二つの頭の額を合わせる。それらが眩い光に包まれると、首は一つに戻った。
 
「しかしまあ、ここまで綺麗に上手くいくとは……」

 気絶した米内の姿を見下ろす。
 この数日間私を苦しめていた米問屋の顔役は、私と桜の間で泡を吹いて倒れていた。ここまで驚いてくれると、こちらとしてもやりがいがある。
 今回やった作戦はこうだ。まず一人になったところを、私が襲う。その次に桜の頭の上に乗った首だけの私が、一度こいつを安心させてから、もう一度「こんな風に」という台詞と共に驚かせる(つまり桜と私で二人羽織の亜種のようなものをやっている形になる)。
 専門用語でいえば再度の怪。漫才の手法で言えばてんどんというやつだ。

 八雲藍の報償とは、この美味しい恐怖のことだったのだ。彼女のくれた諸国百物語の首の番の項目に載っていた話を元に、今回の作戦は立てられたのである。
 ちなみに首の番は「しゅのばん」と読み、朱の盆という妖怪の別称である。そっちの名前の方が有名か。
 朱の盆という妖怪の噂を聞いたお侍がそれを退治しに行き、たまたま出会った他の侍に「朱の盆が出るらしいが、あなたは知っているか?」と尋ねる。すると「それはこんな顔だったか」と言った彼の顔はいつのまにか、朱のように赤く、髪は針のようで額には角、目はギラギラと光り、牙を噛み鳴らすと雷が轟くようだった。あまりのその恐ろしさにお侍は気絶する。目を覚まして急いで逃げると一軒家が見つかり、そこには一人の女がいた。胸を撫で下ろした彼が先ほどのことを話すと、「それはこんな顔でしたか?」と返した彼女の顔は朱の盆だった。
 かいつまんで話すと、そんな内容の怪談だ。のっぺらぼうでも同じような話がある。
 首の番という怪談を参考にして、この男を脅かしたというわけだ。

「どうなった?」

「うわー。こりゃまた古典的な驚き方してくれるものね」 
 
 姫と影狼が、気絶した彼の顔を覗き込みながら言う。それから少し遅れて、月島屋の若旦那も現れた。
 
「恐怖で顔がひきつってますね……他の奴らに見せられないのが残念です」

 ちなみに彼もグルである。相談したところ、二つ返事で引き受けてくれた。そこそこ日ごろの恨みがあったらしい。ちなみに立場が悪くなるといけないので、彼が協力してくれたということは秘密だ。

「手伝ってくれて、ありがとうな」

「いやいや。お赤ちゃんが辛い時に、何も手伝えなかったからね」

「またお米買いに行っていいかい?」

「勿論。それじゃ、僕は明日朝早いし、これで。慧音先生にばれたら、頭突きを食らうからね。あ、米内さんは僕が連れて帰るよ」

 米内を背負って夜の人里に消えていく彼を、私たちは手を振って見送った。流石は搗き米屋。線が細そうに見えるのに、軽々と米内を扱っている。
 今の驚かしたことも含めて、本当に色んな人に協力してもらった。
 姫はその魔性の歌声で、付近の住民をぐっすりと眠らせた。顔役が叫んでも誰も起きてこなかったのはそのためだ。
 影狼は遠吠えの役。それと建物の角を曲がったところで、搗き米屋を一瞬で屋根の上に運んで、まるで消えたかのように見せかけたのも彼女の仕業である。
 ここには来ていないが、桜と私の首による二人羽織のための着物を調整してくれたのは小鈴だ。また、桜の受け入れ先の家族に、夜私と出歩く許可を頼んでくれたのも彼女だ。流石に妖怪のそんな頼みは聞けないが、小鈴を通すことで信頼を得られた。もっとも、彼らは桜に対してあまり興味は無さそうだったそうだが。
 小鈴は抜け出して来ると言っていたが、どうにも親にばれたらしい。この場に来て成功が見られないのが悔しいらしく、ぶつぶつ阿求家の黒猫相手に愚痴をたれていた。

「あ、アイツの顔に落書きし忘れた」

「影狼ちゃん……」

 姫が呆れたように苦笑する。
 
「だってそのくらい許されるわよ。あんな酷いことされたんだし」

「いや、いいよ」

「何でさ」

 不満そうに影狼は唇を尖らせた。

「私としてはさ、こういう風に妖怪のことを憎んでる人も、この幻想郷には必要だと思うんだ」

「……なるほどね」

 思い当たることがあるのか、影狼は腕を組んで頷いた。
 幻想郷は人と妖怪の共存する楽園だ。しかし妖怪の殆どが、人間の恐怖から生まれた存在である。だからこそ本質的には対立してなければならないのだ。そうしなければ、妖怪は存在を否定されたも同義であり、精神面への比重が大きい妖怪は死に至るだろう。二つの存在が完全に和解した場合、妖怪は緩やかに死へ向かう。
 博麗による異変解決も、その辺りを意識した儀式の一種なのでは、と私は考える。幻想郷を維持するには異変が必要なのだ。
 そういった仕組みを考えると、この男のような妖怪を憎んでいる人間は必要だ。 

「ねえねえ、お姉ちゃん。何であの狐さんは、本で驚かし方を教えようとしたの?」

 確かに、わざわざ栞を挟んだ本を渡すより、この発想を直接教えてくれた方が手間は省ける。 
 私には何となく、その理由が分かった気がしていた。

「自分の頭で考えろ、ってことだよ。多分」

「?」

 私の言葉に桜は首を傾げた。私が分かっていれば良いことなので、特に説明する気はなく、笑顔で誤魔化した。
 八雲藍が意味もなく、あんなまどろっこしいことをするとは思えない。あのゲームは一見意味の無いように思える場所にこそ、真相があった。これも同じなのではないだろうか。
 もし直接教えていたら、私は全く頭をひねらなかったはずだ。それをわざわざ考えさせたということは、もっと頭を使え、という助言を伝えるためにだ。

 確かに妖怪の存在に慣れてしまった人間は、ただ首が飛んだり顔が無いだけではあまり驚かない。ならば演出や方法を、妖怪たち自ら創意工夫していくしかない。それが幻想郷に求められる、新たな妖怪の形なのだろう。

「桜も手伝ってくれてありがとうな。何か欲しいものとかあるか?」

「うーん……そうだ、またお船に乗せてよ!」

「別に暇なときならいつでも乗せてやるって……」

 私がそう言うと、彼女は首を振った。
 どういうことだろう。

「ううん。わがままかもしれないけど……春になったら、夜に乗せてほしいの。その景色はとってもきれいだって、和尚さんが教えてくれたから……」

 少しだけ寂しそうな彼女の目を見てしまえば、断れるはずもなかった。夜更けに彼女を連れだす方法は、追々考えていこう。
 二人で見る月明かりに照らされた夜桜は、とても美しいに違いない。

「分かった。約束するよ」

 私が小指を彼女に向かって差し出すと、彼女も小指を絡み返した。
 ふと、あの男のことを思い出した。彼がゲームの中に浸かってしまったのは、ここではないどこかに行きたいと望んでいたからではないだろうか。彼にとって現実とは、出来れば無くなって欲しいものだったのかもしれない。だからこそゲームに現実逃避したのだろう。
 私も同じことを考えていた。幻想郷なんて生きづらいところに、これ以上居たくないと。不愛想な弱小妖怪でも、もっと住みやすい楽園があるのではないかと。
 しあかし此処じゃない何処なんてなかった。だったら、この場所で足掻いていく選択肢を私は取る。
 もう現実を取り違えたりはしない。

『ゆーびきーりげーんまん……』
 
 
 












 エピローグ





「と、まあ、今頃こんな感じになっているだろうね」

 私こと八雲藍がそう語り終えると、霊夢は「ふーん」とだけ言った。
 流石に人を驚かせる計画を博麗に話すのは憚られたのか、赤蛮奇は彼女のいるところで詳細には話さなかった。何も知らない霊夢に懇切丁寧に教えてやったのだが、何ともつれない返事だ。

「それを聞かせて、私にあの子達を止めさせたいわけ?」

「単純に君も知りたかったんじゃないかな、と思っただけさ」

「あっそ」

 彼女はまた、炬燵の上に置かれたみかんを剥く作業に戻った。話している間だけ手が止まっていたのを見ると、全く興味がなかったわけでもないだろう。
 そのついでに私は再確認した。博麗はこの程度ではやはり動かないようだ。
 ある程度人間が被害を受けるのでは反応しない。人間が人間に危害を加えるのにも反応しない。
 人外が人間に対して、危害を加えすぎそうになったときだけ、彼女は動く。人による殺人は、博麗の守備範囲ではないのだ。

「そろそろお暇させてもらうよ」

「んー」

 霊夢は炬燵に潜った。炬燵が甲羅の亀のようだ。私が障子を開けると、入ってきた冷たい空気に顔をしかめた。
 よく見れば少し顔が赤いから、眠くなっているのだろう。

「ちゃんと布団で寝ろよ。風邪ひくぞ」

 もごもごと何かを言うと、彼女は寝返りをうって私に後頭部を向ける。私は溜息をついて、障子を後ろ手で閉めて、境内に出た。
 火鉢のおかげで暖かくなった室内に慣れていたせいだろう。頬に当たる風がやけに冷たい。私はマフラーを深く巻きなおした。
 空を飛んで帰っても良かったが、藁沓もあることだし、折角だから雪の中を歩いて帰ることにした。何だかそんな気分だったのだ。足が雪に沈む感触が小気味良い。
 紫様不在の間にこれほどの事件があったことだし、叱責される可能性もあったが、そんなことがどうでも良くなる程度には気分が良かった。

「はー」

 上を向いて空気を吐き出すと、息が夜空に溶けるようだった。今日は曇りだから、星々はあまり良く見えない。
 今頃赤蛮奇たちも、この夜空の下で帰途についているのだろう。
 
 紫様の考えは分からないが、私としては赤蛮奇が幻想郷にとって重要な試金石だと考えている。
 ここ最近、この幻想郷は大きな転換点を迎えた。スペルカードルールの導入により、異変が形骸化した。実質的でなくなったことそのものを憂いているわけではない。その事実そのものが、人間と妖怪の距離が縮まったことを表している。スペルカードがあるから近くなったのではなく、近くなったからスペルカードが生まれたのだ。
 今代の阿礼乙女も、その変化を求聞史紀の中で指摘している。

 そうなると困るのは、ろくろ首やのっぺらぼうといった自らの特徴で驚かしてた妖怪たちだ。人が怪異を当たり前のものとして受け入れたことで、人を首が伸びるだとか顔が無いだとかの特徴だけでは驚かなくなった。つまりは慣れてしまったのだ。
 管理者側として、なるべくこの楽園に住めない妖怪を作りたくはない。社会維持のために致命的な妖怪を地底に隔離したが、あれは妥協策と呼ばざるを得ない。幻想郷は全てを受け入れる、という己が主人の言葉は可能な限り叶えてやりたいし、私自身その考えに賛同している。
 
 赤蛮奇に知恵を授けたのも、そういう背景があってのことだ。新たな局面を迎えた幻想郷がどう変化していくか。それは彼女のような妖怪にかかっているかもしてない。
 普段から里に住んでいるのなら尚更だ。人との距離が近づきすぎた妖怪は、妖怪たりえるのかというテーマは、これからも目が離せないものとなるだろう。
 ただ監視からの報告からすると、それは明るいもののように思う。人と共に生きることと、人から恐れられることは、ある程度の範囲内で両立できそうだ。
 
「さて」

 先ほどから、いや、神社にいる頃から誰かに監視されている気配を、ずっと肌で感じていた。恐らく霊夢も気づいてはいただろう。だからわざわざあのタイミングで雪かきなどと言って外に出ていたのだ。
 しかしそいつの気配を辿ろうとするも、その感覚が希薄すぎて特定できない。相手はかなり慎重で、かつそれなりに手ごわい相手と見える。
 もっともその相手が誰かは、大体の推測はついているが。
 ドンパチしても霊夢が感知できないくらい神社を離れてから声をかけた。その方が向こうとしても、都合が良いはずだ。

「ストーカーさん。何か話があるのかい」

「あら。随分と酷い言われようね」
 
 ストーカーという単語は幻想郷ではあまり定着していない。彼女が外の世界に対して、それなりの知識を持ち合わせていることが窺える。
 何もない、と思っていた森の上方の暗闇から、そいつは姿を現した。
 髪は赤いショートカットで、赤チェックの黒シャツにネクタイをしている。その上に白いジャケットを羽織っている。白いタイトスカートを履いた足を組んで、ドラムの上に座っていた。
 堀川雷鼓だ。
 元々和太鼓の付喪神だったが、輝針城の異変の際、外の世界の力を取り込んでその存在を確固たるものにした、新参の妖怪。

「盗聴魔にはふさわしい言葉だと思うけれどね」

「貴方の優しさに感動したせいで、つい聞き入ってしまったのよ」

「へえ。そんな殊勝なことをした覚えはないのだけれど、何のことかな」

「意地が悪いわねぇ。あのろくろ首に、一人目の犠牲者の話を黙っていたことよ」

「確証の無い話をみだりにするのは嫌いでね」

 実は赤蛮奇に黙っていたことがある。
 それは、ゲームの中で一体目の鬼に当たる人物が、他ならぬ彼女自身の可能性が高いということだ。

 あの人魚の妖怪がバーチャルリアルを構築する最新式のゲームの本体(ヘルメットの形をした)を拾ったのは迷いの竹林だった。そこから外来人が最初は、迷いの竹林に彷徨いこんだと考えるのが普通だ。恐らく境界を超えた際に、少し離れた場所にヘルメットは飛んでいってしまったのだ。
 そして殺人が起こった日から逆算すると、彼が幻想郷に入ってしまったのは、赤蛮奇が空腹のあまり竹林で野垂れ死にかけていた日と大体同じくらいだ。
 恐らく彼女が倒れていたとき、彼も竹林にいたのだろう。

 一人目の犠牲者は赤蛮奇であるとすると、色んなことに筋が通る。
 まず何故殺人鬼となってしまった外来人は、幻想郷をゲームの中の世界と思いこんだかだ。いくら彼が違法ゲーム漬けで精神に異常をきたしていたとしても、そんな漫画のような話を簡単に受け入れられるだろうか。
 この疑問は赤蛮奇が一人目だったと仮定すると解決する。
 
 例えば彼女が飢餓で意識が朦朧としながら、食糧を求めて竹林を彷徨い歩いていたとしよう。そんなとき、パニックに陥っていた彼と遭遇する。
 彼は発見した人間に話しかけることで、ここが現実かゲームなのか判断しようとするはずだ。肩をゆすって彼女に「ここはどこなんだ!」と問いかける。お互いそれぞれ飢餓と混乱でフラフラしていてぶつかってしまった、という筋書きでも良い。
 そうしたところ、抜け首の妖怪である赤蛮奇の首が落ちる。更なるパニックに突き落とされた彼は、恐怖でその場から逃げだすかするだろう。

 落ち着いてきた彼はこの出来事を、自分の中でどう合理化しようとするだろうか。彼は抜け首だなんてマイナーな存在なんて、恐らく知らない。
 様々なことを考えただろうが、その結論はこうだろう。
 ここはゲームの中で、八つ首村のシナリオ通りに八人殺してゲームをクリアしないと、現実に戻れなくなってしまったのではないだろうか。
 バーチャル世界に没頭しやすくなる違法改造品を使っていた彼には、その考えは受け入れやすいはずだ。しかも既に一人の少女を殺しているから、後戻りはできない。その上赤蛮奇の特徴は、一体目の鬼の「赤い短髪の少女」とどんぴしゃだ。
 ひょっとすると違法ゲームに脳を冒されていない人間でも、そう考えてしまうかもしれないほどの偶然だ。

「絶対正しいとは言えないけれど、全てに説明がつきますわ」

「その可能性を彼女に話して、何になる」
 
 私がぞんざいに言い捨てると、雷鼓は意地の悪そうな笑みを浮かべる。
 もし赤蛮奇に話せば、あの子は無駄に責任を感じてしまうかもしれない。
 確かに殺人事件が起きた原因は彼女にあるかもしれないが、たとえそうだとしても偶然が積み重なった結果に過ぎない。恐らく霊夢が言っていたという「色んな不幸が重なってるんじゃないかしら」はこのことも示唆していたのかもしれない。
 
 そう。あくまで偶然であり、罪はない。
 お前が朝食にご飯でなくパンを選んだから、バタフライ・エフェクトよろしく回り回ってシベリアで老婆が転落死した。だからお前は終身刑だ。
 そんなことを言われても困る。間接的で殺人の意志が欠如し、その結果を予測できないのが妥当と思われる殺人は、それは外の世界の刑法でも罪に問えない。そうしたら世界は大量殺人鬼で溢れてしまう。いじめが理由で自殺したくらいの近い間接性でも、いじめっ子を有罪とするのは難しいくらいなのだ。
 しかしナイーブな彼女は、こんな事実かも分からないことにさえ責任を感じてしまうかもしれない。それは無用な罪の意識だ。 

「で、何か欲しいものでもあるのかな?」
 
 中々向こうが本題に入ってこないので、こちらから話題をふってやった。
 
「話が早くて助かるわ。シンプルに言いましょう。あなたの持っている、外の世界のゲームを私にくれないかしら」

 私は今、赤蛮奇から受け取ったゲームと、彼が被っていたゲームの二つを持っている。理由は分からないが、二つとも付喪神化がかなり進んでいる。詳しい説明は研究してみないと分からないが、恐らく都市伝説という類の怪異は総体的であり、前者のゲームが付喪神化していた影響を受けたのだろう。
 彼女としては喉から手が出る程欲しいはずだ。多分だが堀川雷鼓の目的は、人間が道具を支配するのでなく、道具が人間を支配する楽園を築くことだ。この二つの付喪神は、その優秀な尖兵となることだろう。

「ただより高いものは無いという言説があるが?」

「あのろくろ首に、先ほどの話を黙っておいてあげましょう」

「それは対価じゃなくて脅迫だろ」

 私がそう言うと、彼女は両の掌を見せておどけた。

「似たようなものよ。何個かそっちの要望を聞いてあげても良いけど」

 妖怪の強さはその歴史に比例する。年齢こそが妖怪の格となるのだ。
 その点からすれば、彼女はこの前生まれたばかりの付喪神であり、私が負ける要素は皆無だ。私とて無駄に数千年も長生きしてきたつもりはない。こんな小娘なぞ、その気になれば一ひねりだ。

 が、堀川雷鼓という妖怪を評価する上で欠かせないのは、その頭脳だ。ひょっとしたら元々の道具の持ち主の影響かもしれない。
 彼女は本来小槌の力で一時的に付喪神化した存在にすぎなかった。小槌の魔力が回収されれば元の和太鼓に戻っていただろう。しかし彼女は外の世界の力を借り、己の存在を定義しなおすことで個を確立した。
 生まれたての妖怪がそこまで思いつくのは、はっきり言って異常だ。入れ知恵をした者がいる方がまだ納得がいくが、そのような人妖は今のところ見当たらない。 
 それに、彼女の知略を裏付ける事実がもう一つある。

「なら二つほど希望を伝えよう。一つ目は確認だ。一連の殺人を手伝ったのは、お前だな」

「手伝ってなんかないわよ。ただちょっと里の人達をからかって遊んでただけよ」

 赤蛮奇には伏せた、一連の事件の最後の謎。
 それはただの人間が、目撃者ゼロで四人(妹紅を勘定に入れれば五人)も殺せるか、という点である。これを偶然だけで片付けるのは、少し無理がある。
 里の自警団とてただ手をこまねいて殺人を看過してしまったわけではない。犯行が夜に限定されていることから、犠牲が一人目や二人目の頃はともかく、深夜の見回りは相当行われたはずだ。
 それらと彼が遭遇しなかったのは偶然ではない。この女がそうなるように誘導したのだ。その二つが遭遇しそうになったら、光球や怪音によって、彼らがすれ違わないよう見回りを別の場所に誘導した。
 光球は雷の力で作ったものだろう。怪音はドラムの音だ。幻想郷にドラムは存在しなかったので、彼らにとって聞きなれない音だったはずだ。
 彼女は音に関する妖怪だから、もしかすると殺害時の音を周りに聞こえないようにした、というようなことも考えられる。
 
 加えて言えば、外来人の男が生活に困らなかったのも、この女の仕業かもしれない。
 一応桜という少女の助けがあったとはいえ、彼女に大人一人分の着替えや食事を用意できるとは思えない。
 しかし男にはそれらが必要である。血のこびりついていない新しい服が無ければ、里を出歩くことはできないし、食事が無ければ生きていけない。
 雷鼓は彼の不在の間に、それを用意してやっていたのではないだろうか。

 目的は二つのゲームを付喪神として育成し、手駒にすることだろう。
 妖怪は概念に依った生き物だから、ゲームの内容通りに殺人が起きたことは、付喪神化の大きな糧となるセレモニーだ。面倒くさい儀式を行うほど、妖怪としては強くなる。それは神霊ですら変わらないルールだ。
 それに外の世界を取り込んだ彼女のことだ。やり口は知らないが、私よりも外の世界について情報を得ていても不思議ではない。そうすれば彼女はこの事件について、一番真相に近かったはずだ。これを利用しない手は無いと考えたのだろう。

「断じて手伝ってはいないと」

「その通りよ。だって博麗の巫女が動いてないのは、その証明じゃない」
 
 彼女を知略家と判断した理由はここだ。
 あくまで手伝いですらなく、たまたま見回りの人間を変な方向に誘導しただけ、と言い張るのだ。博麗が動くのは妖怪が害を成した時だけであり、これではシステムには抵触しない。
 この女は霊夢が動かないギリギリを見定めて、悪事を働いたのだ。
 
「和太鼓のクセに中々頭が働くじゃないか」

「ドラムよ。あなたの方も私の目的に気づいてたのでしょう?」

 すぐ私を褒め始めたが、訂正の際に感情が揺れた。まだ駆け引きに関しては発展途上のようだ。
 彼女の目的に気づいていたかと言われると、確信していたわけではない。しかし堀川雷鼓が関わっている可能性は十分ありえたし、その目的は手駒の獲得くらいだろうと考え、先手を打ってわかさぎ姫と赤蛮奇から二つのゲームを回収した。
 彼女としては、私と直接相対しなければなくなったのは、避けたかった事態でもあるだろう。

「自信はなかったけどな」

 しかし問題は彼女が直接出てきたことだ。
 私が同じ立場なら、ゲームの付喪神は諦める。幻想郷の管理者側と明確に対立する、という危険を冒しても欲しいものではないだろう。
 だが策略家である彼女が姿を見せたということは、つまり勝算があるのだ。
 巧妙に隠してはいるが、彼女とは別に妖気が二つ感じられる。いざ戦闘となればそいつらが加勢してくるだろう。そこらじゅうに罠が張り巡らされているのも感じる。
 こんな若造に負ける気はないが、ゲームを奪われて逃走されるくらいはあり得る。この状況だと、紫様の式が使えず、独力で戦わねばならないからだ。私はここ数百年も自分の力使っておらず、ようは腕が鈍っているからやや不安が残る。

「ほれ」

「ちょっ……!」
 
 要件は飲もう。
 私は付喪神と化した二つのゲームを、彼女に向かって放り投げた。彼女は驚いた顔をしたが、それを受け取ると、一瞬で元の余裕を浮かべた表情に戻る。
 
「……意外と気前が良いのね」

「新入りに何も餞別をやらないほどケチじゃないよ」

 彼女が急な動きを見せたことで、隠れた二体の妖怪が動揺したので、位置は大体割り出せた。既に争う気はないが、一応の確認だ。   
 素直に渡したのは、特に渡さない理由もなかったからだ。むしろ渡した方が得ではある。それは同時に私が紫様の式が使えない理由でもある。
 
 幻想郷は定期的な異変を必要としている。それによって妖怪退治という儀式を疑似的に行うためだ。
 その観点からすれば、目の前の異変の火種は消すには惜しい。紫様の命令の中にも、異変を起こす原因をある程度まで放っておく、というプログラムが組み込まれている。
 したがってこの場で彼女と戦うことは、命令違反に当たり、結果として紫様の式は使えないので自分の力しか頼れない。そもそも紫様の命に背くことは不本意だし、ただでさえ今回の騒動でお叱りを食らうかもしれないのに、その上に命令違反を重ねるのは気が引ける。
 堀川雷鼓が驚いたということは、この事実は知らないようだ。

「で、もう一つの要望は何かしら?」

「今度ことを起こすときは、人間に犠牲が出ない手段でな」

「あら気弱な発言ね。傾国の美女とまで謳われた貴女なら、一人や二人の死は些末事に過ぎないんじゃなくって?」

「狐違いじゃないかな」

 実際幻想郷をマクロ視点で見るなら、少数の犠牲は仕方ない。
 だがそれは少数の犠牲のために奮闘した、赤蛮奇の行為を無下に扱うような気がする。彼女の思いを踏みにじりたくはない。
 という気持ちが私の中にあるのかもしれない。ただの気まぐれかもしれないが。

「……ま、善処しましょう」

 彼女は踵を返した。隠れていた二つの妖気も、場を後にする。
 これでようやく、一連の殺人事件は全て解決というところだろうか。

「……」

 本当に、そうだろうか。
 嫌な予感がした。
 ゲームをクリアしたらどうなる。大体のゲームは二週目に突入するものだ。八つ首村も同じ仕様だ。
 そういえば一体目の鬼の特徴は――――

「まさか、ね」

 彼女の短い赤髪が、闇夜の中に消えていくのを、私は見送った。
 














『このゲームが終わらなかったとしても、当社は一切の責任をとることが出来ません』















はじめましてかお久しぶりか。
真坂野まさかと申します。

ミステリ初挑戦です!
やりたいことは全部ぶっこみましたし、その分ミスも沢山あると思われるので、指摘してもらえると助かります。
こんな長ったらしい話に付き合って下さったのは本当に嬉しいです。
ありがとうございました。
真坂野まさか
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コメント



0.1440簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
色々考えながら読みました。
最後までおもしろかったです。
4.100奇声を発する程度の能力削除
面白く楽しめました
5.20名前が無い程度の能力削除
なんというか自分の話に夢中になっているのか兎に角細かいところが雑。
やたら都合よく誤魔化すので作品の世界が縮まっているようにも感じます。
6.100絶望を司る程度の能力削除
時間を忘れて読みました。昔のゲーム風に平仮名で表現してある場所が堪らなくゾクゾクきました。
10.100非現実世界に棲む者削除
とても面白かったです。一つ一つの伏線が見事に線になってて作品に夢中になりました。
今後も素晴らしい作品を期待しております。
11.90名前が無い程度の能力削除
単純にゲームのストーリーと目的が面白そうだと思った
人狼っぽいゲームかと思えば、冒険の書を消すことで真のエンディングがあるって辺り、捻りが利いてるな、と
米問屋を完膚なきまでに驚かす事でカタルシスもバッチリ
近未来のヘルメット型ゲーム機だけはちょっと創作すぎてムリがあるかなーと感じた
せっかく面白いサイコホラー風味のミステリに変なSFがまざっちゃった感じが残念と言うか
普通のプレステ7とかドリキャス2とか、据え置きでも良かった気がする
或いは立体映像レベルまでかなあ、許容できそうなのは
12.100名前が無い程度の能力削除
ゲームと現実混同する奴はリアルで社会問題や
13.無評価真坂野まさか削除
>>3様
伏線あんまり隠してないので読まれすぎないかとひやひやです
>>奇声を発する程度の能力様
ありがとうございます!
>>5様
書いては矛盾を取り繕って、取り繕ってる内に矛盾を見つけて……ということを繰り返していたので、正直ドキリとしました。本筋にやや無理があったのと、そもそも技術が拙いせいでしょうか。精進していきたいです。
>>絶望を司る程度の能力様
これがやりたかったと言っても過言じゃないですwww
>>非現実世界に棲む者様
京極夏彦とか伊坂幸太郎とか大好物です
>>11様
データ消すのは自分でも好きなアイデアだったので、そう言っていただけると嬉しいです。ゲームは下手人の凶行に説得力を持たくて、立体視程度の技術より進んだものにしたのですが、やりすぎでしたかね……読む側の前提には無かったものをオチに使ってしまった気がします。ドリキャス2という言葉、ワクワクしますね(遠い目)
>>12様
今後のゲーム界隈の発展に期待です
16.80名前が無い程度の能力削除
何だか後半誤字脱字が多くなったり文章が雑になった印象ですが、
非常に楽しく読ませて頂きました
17.無評価名前が無い程度の能力削除
>近未来
今レベルのVRディスプレイでも、幻想郷の人間なら幻覚かと思うのは違和感無いですけどね
「セーブデータをけす」をクソゲーにありがちな無意味なオプションだと思っていたので、素直に驚きました
19.100名前が無い程度の能力削除
ミステリとしてはらしさがやや薄いかな、と思いましたが挑戦心も含めて評価したいです。
20.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
21.90名前が無い程度の能力削除
ミステリというよりはサスペンスホラーのような印象を受けましたが、設定は斬新で面白く、最後まで楽しませて頂きました。

一応誤字報告を。
風見幽花のような常連→風見幽香のような常連
22.90名前が無い程度の能力削除
読みごたえあったし、面白かった。時折入る平仮名のナレーションもいい雰囲気出してるし。データを消すからのあの発想も好き。考えさせられる。まあ、とりあえず、ゲームのやり過ぎには注意しろってことですな。
25.100名前が無い程度の能力削除
最後まで一気に読んでしまった
妖怪らしさが存分に詰まっていてワクワクする
話の展開も素晴らしい
26.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです!
29.90名前が無い程度の能力削除
素直に面白かった。悪そうな雷鼓さんとか初めて見たかもしれない。
30.100名前が無い程度の能力削除
よかったー
31.100名前が無い程度の能力削除
小鈴譲

最後が見事でした。ホラーもののオチとして定番と言えないこともないですが、しかしうまくオチています。
33.無評価真坂野まさか削除
>>16様
自分で読んでも酷かったので修正しました。ありがとうございます。
>>19様
冷静になってみるとミステリとはなんだのか、という感じがしなくもないです。次書くときはもっと正統派なものを書いてみたいです。
>>20様
コメントありがとうございます!
>>21
恥ずかしい話、サスペンスとミステリの違いを余り把握してなかったです(汗)タグとか直した方が良い気もしますが、浅学さへの戒めということで……誤字修正しました。ありがとうございます。
>>22様
ひらがなの演出は痛々しく見える気が……と削除するか大分悩んだものなので、そう言っていただけると嬉しいです。止めといたサブタイはゲームは一日一時間です。
>>25様
ある意味一番妖怪してたのは雷鼓さんですかね。
>>26様
コメントありがとうございます!
>>29様
正邪・青娥が良く話題に上がりますが、個人的には雷鼓さんも悪役張れる良いキャラだと思っております。ちょっとストーリーの都合上の割を食った感じはありますが……
>>30様
コメントありがとうございます!
>>31様
報告ありがとうございます。やや陳腐すぎるきらいもあったので、ループに関する言及を途中でしたかった部分ではあります。ただこのホラーとしての王道オチはどうしても一度やってみたかったものなので、そう言っていただけると救われた思いです……
35.100名前が無い程度の能力削除
存分に楽しませていただきました。
後半で伏線が一気に繋がっていく様はとても爽快でした!
ちょっとダークな雷鼓さんも好きです。
36.100名前が無い程度の能力削除
ミステリとして筋が通っていて本当に面白い
原作に忠実な世界観をベースとしている一方で、独自解釈要素が自然に組み込まれているのが素晴らしいです。スペカを使用する描写は少し引っかかってしまいましたが、それは二次の醍醐味ということで
個人的には大団円のまま終わるほうが好みですが、複線や話の筋のことを考えるとこの終わりの方が深みが出てよかったのかなあと思います(雷鼓さんが悪役なのが好きでないというだけなのですが)
ヘルメット型ゲーム機は違和感は無かったものの、少し急に出てきた要素だったかなとは思いました。幻想郷の外の世界は、現実の世界と比べると少し未来みたいなので、設定的に無理があるようには感じませんでした。
とにかく面白かったです。ミステリ仕立ての作品でもそれ以外でも、また読んでみたいと感じました。
37.70名前が無い程度の能力削除
GJ
38.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです!物語がどう終着するかドキドキしながら読み進めていきました。
伏線1つ1つ解明するたび、「こうくるか!」と思いました。
41.70名前が無い程度の能力削除
表現で引っかかるところなどがいくらかあったけど、筋書きは読んでて気持ち良い。
42.100名前が無い程度の能力削除
個人的にドラクエ3(SFC)が至高
43.無評価真坂野まさか削除
>>35様
雷鼓さんはアダルトでイケナイ感じのお姉さんです!
>>36様
本当は大団円で終わらす気だったのですが、お赤ちゃんのせいかもしれないとかの暗い要素を回収した後にハッピーエンドというのも心が無いかな、と思ったので最後の藍様の伏線回収を分割しました。ハートフルな話と暗い話を両方やろうとしたツケが来たというか……未熟な面を晒してしまいお恥ずかしいです。次はもっと洗練されたお話を書きたいです。ありがとうございました!
>>37様
コメントありがとうございます!
>>38様
ちょっと話の展開読まれそうかなー、と思ってたのでそう言っていただけると嬉しいです
>>41様
しょ、精進いたします……!
>>42様
最近はアプリでできる時代ですからね。裏技とか引き継がれてるんでしょうか
47.100名前が無い程度の能力削除
キャラの掛け合い、展開の引き込ませ方もさることながら人間の里の細かな設定まで考え抜かれてるなあと感じました。
個人的には雷鼓さんのくだりはせっかくのすっきりした解決の印象に対し不要な蛇足かとも思ったのですがそれを差し引いても100点以外につけようがありません。

なにより、里に暮らす妖怪としての蛮奇の持ち味が存分に生かされたSSだと思います。またこの蛮奇の話が読みたいです。
48.100名前が無い程度の能力削除
よくまとまってて素晴らしい
ひとつ引っかかるのは毛髪が残っているのなら黒色でしょうし、赤髪のばんきちゃんが容疑者になるのはおかしいかな、と
49.100もんてまん削除
まさか100kbをこんなに軽く感じる日が来るとは……。
すらすら読めて、気付いたら読み終わってました。
基本ごちゃごちゃしたストーリーは好きではないので、「つかれている」や一人目の犠牲者など、わかりやすい伏線?があったことも良かったのだと思います。
最後に、犠牲者と青年に黙祷。
50.100ペンギン削除
面白!
ミステリーしながらもキャラが生きてて、最後まで楽しく読めました。
51.100名前が無い程度の能力削除
いやお見事。幻想郷でここまでミステリーを書けるとは。
52.無評価真坂野まさか削除
>>47様
当初は暗い話にする予定だったのが尾を引いてしまったので、これからは変更が生じたらもっと大胆にしようかと思います。
ありがとうございました。
輝体験版三人娘はこれからも書いていくつもりなので、また読んでいただけたら嬉しいです。
>>48様
何も言い訳が出来ません……本当にお恥ずかしい限りです……
一応雷鼓さんが隠ぺい工作したという修正案を考えましたが、戒めとしてこのままにしておこうかと思います。
いやしかし悔しいですねコレ……
拙作を読んでいただきありがとうございました。
>>もんてまん様
読みやすい文章と分かりやすいストーリーを目標にしているので、そう言っていただけると嬉しいです
人死にあると大団円に持ってくのが不謹慎になってしまうのは難しいです。
>>ペンギン様
ストーリーにキャラが引きずられすぎないようにするのはこれからも課題です。
コメントありがとうございました!
>>51様
正直慧音先生の能力辺りはかなり邪魔になってました……
57.90名前が無い程度の能力削除
読んでいて気になったあちこちの伏線が最後にポンポンと回収されていくのはスッキリしました。
楽しかったです。

それにしても、秋刀魚が川を泳ぐって…?? 何か元ネタがあるんでしょうか。
あと、下手人は捕まってなかったら最後はどうするつもりだったんでしょうか。
一度クリア済みの熱心なファンということは、8人目がプレイヤー自身で殺されてしまうってこと、知ってたわけですよね。
59.100名前が無い程度の能力削除
  楽しませて頂きました。
62.90名前が無い程度の能力削除
先の展開が予想出来てしまう部分も多かったですが、全体としてとても面白く読めました。
63.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
65.100名前が無い程度の能力削除
妖怪と人間、古いGBと新しいVR、マジックアイテムにスペルカード、不老不死に外来人、様々な要素が混ざりあって最後は見事にまとまってとても読み応えがあり、良かったです!!
68.無評価名前が無い程度の能力削除
いいですね