Coolier - 新生・東方創想話

小悪魔のいる紅魔館

2015/03/23 15:49:15
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 中央から遠く離れた郊外の、田園風景の広がる長閑な田舎。何処にでもいるような没落貴族だったそうだ。
 愛書狂。読書痴呆。蒐書狂。蒐集馬鹿。蔵書家。猟書家。ビブロフィリアとビブリオマニアの違いを気にしないタイプのビブリオマニア。とにかく本を集めて読む事に全財産を注ぎ込み、わずか一代にして名門の家系を根絶やしにするような、どちらかと言えばコレクター型のビブリオマニアだった。

 しかし未読本の存在にも板挟みになっていたらしく、20代の若さにして片頭痛で発狂死したとか、ブックドラフトで死んだとか、禁断の魔導書をうっかり読んでしまい呪われたとも。伝え聞いた限り、その半生は曖昧なものの、いずれにせよ本関係で亡くなったのは間違いないのだから、呆れるより他に無い。あるいは、古書趣味のリャナンシーに魅入られ夭折したか。
 親の決めたフィアンセもいたが、ただの一度も寝所を共にする事は無く、未婚のまま亡くなった、とは要らない情報だが。

 また、地元での彼は、悪魔学へ耽溺でも知られていたらしい。もっともそれは、ビブリオマニアとしての彼があまりに異常者だったが故の誤解だろう。
 ところが事実無根かと言うと、別にそんな事もなかったらしく。実際の所、狂的な読書家の頭には悪魔学の知識も存分に刷り込まれていた。

 意味の無い呪文。意味の無い魔法陣。意味の無い小動物の死骸は、生贄のつもりらしい。俗っぽい黒ミサをイメージすれば、ほとんどそのままの光景だったと言う。

 艶めかしく濡れた唇が紡ぐその語り口調は、夢を見ながら寝言を呟くような、現実感の無いふわふわとしたものだった。心地良い、それでいて、粘稠に耳朶から染み入る蜜毒じみた、不思議な声音。

「バカなヒト」

 クスクスと、悪戯めいた微笑。ワインレッドの長髪と、同じ色を湛えた瞳の少女は嗤う。
 妖しげな瞳はカラントの実。これ見よがしに、頭と背中からは蝙蝠に似た黒い羽が生えていた。しなやかな黒い尻尾は、上品な猫の尻尾のように気まぐれに動いている。

 美しいとか可愛いとか、そういう概念が求める要素を作為的に集約して形にしたような、計算され尽くした完璧な造形。魔性とは、この事だろう。それも、生気を吸い取る類いの魔性。

「来る日も来る日も、本の蒐集。誰に、唆されたのかしらね?」

 他人事のように、つまらなそうに呟いて。
 印象的なマチエール。バルコニーの欄干に腰掛けた彼女は、遥か真下の地面を恐れる事はもちろん無く、体勢を変えて片膝を抱いた。蒼穹の対比で翳る姿は、絵画の構図を思わせる。

 ほんの一瞬、物憂げに伏せられた瞳は、何かの気のせいだろうか。
 語り聞いた没落貴族の半生は退屈なものだった。同時に、決して面白いものではなかった。寄り添った者がいれば、同情程度はするだろう。

 今にも青に溶けて消えてしまいそうなほど、儚く。私には彼女が、まるで、悲しんでいるように見えたのだ。

「……あはっ、やだなぁもう。なにを勘違いしてるのよ?」

 ちろりと真っ赤な舌を出して、はぐらかす。その真意は、余人の知る所ではない。

「ふふふ」

 紅魔館に巣食う緋色の小悪魔は、これ以上の追求を許さないと、完璧な微笑を浮かべた。




「──そんな事より、紅茶を淹れたのね。こう、ちゃんと咲夜さんに習った通りに、カップを温めてから。そうしたのに、一口飲む前から、香りが死んでる、不味い、逆に奇跡、貴方は紅茶を不味く淹れる天才ね、何? まだいたの? もう何処へなりとも行って良いわよ、早く私の前から失せなさい。って、目も合わせずに、低い声で……うふふ、ふふっ」

 おとなっぽい。その形容詞の範疇にある程度の、確かにおとなびた物腰の少女だった。司書風の服装は、そんな彼女によく似合っている。

「さいっこうよね。うん、もう、ダメ、思い出しただけでも、興奮する。ふふ、ふへへへ……」

 妖しげな薄ら笑みで身悶えする、ピンクの低級夢魔。くねくねと、全身が気持ち悪く動いた。
 司書風の服装は似合っているが、腰を絞ったそのデザインは、くびれとか、他の部分とか、やけに凹凸が目立つ。私がどれだけ、お前そんなんだからサキュバス扱いされるんだよ馬鹿じゃねーの、と言ってやろうと思ったものか。

「ああっもうっ、パチュリー様やばい。はぁはぁ、ふふっ」
「お前の性癖にはひとまず言及しないとしてさ、」

 そこで一旦、区切る。
 これから私は、とても大事な事を言う。よく聞け、そういう意思表示だ。

「……ところでさ、お前なんでタメ口なの?」
「だってレミリアだし」

 マルセイユの紅茶のカップを、かたんと置いた。
「マイセン」
「…………」
 マイセンの紅茶のカップを、かたんと置いた。これは咲夜の淹れたものではない。咲夜なら、人里の方へ買い物に行っている。私は一人でも紅茶を淹れられる。すごいぞ。
 湖の上を旅した風は、凛と表情を引き締めている。まだ肌寒い春先のバルコニーで飲む紅茶は、ただ熱いというだけで美味しく感じられた。

 そんな事より、だ。

 珈琲党の小悪魔は、マグカップを指に引っ掛けている。
 黒のストッキングに包まれた足をばたばたとしながら、青空を背にして欄干に腰掛けている低級のザコサキュバスに、もう一度、問う。

「…………ところでさ、お前なんでタメ口なの?」
「だってレミリアだし」

 今度もきっぱりと言いやがった。聞き間違いでは、なかったらしい。

「咲夜にはさん付けでパチェには様付けなのに、なんでっ!?」
「そんなこと言われても……だって、レミリアだし?」
「だし? じゃねぇよ。何回言うんだよ」
「ひど~い。私は質問された事に素直に答えただけなのに」
 無邪気な妖精のようにも、したたかな妖婦のようにも見える微笑。端的に言えば、…こいつ、いい性格をしてやがるよな、みたいな。
 媚びた上目遣いでわざとらしい愛嬌を振り撒いていたかと思えば、はしっこさを覗かす瞳で茶目っ気を見せる。そしてふとした時に、年相応かつ分相応な、退廃的で嫣然とした微笑を浮かべるのだ。
「…………」
 何を言っても無駄な気さえする。
 無駄に偉ぶるつもりは無い。だから態度の事はこの際、大目に見るとしても。私の扱いだけが、どうかしてないか?

「それでね。パチュリー様ったらね。きゃはっ」
 小悪魔は妖しく微笑み、私が聞いてもいない話を続ける。まあ、親友の意外な側面はそれなりに興味深かったりするが。
 それにしても、パチュリーの話をする小悪魔は心の底から楽しそうだった。これで時折「…ふふ、ふふふ」と怪しい笑みを浮かべなければ、少しはまともに見えようというのに。
「お前そんなんだからサキュバス扱いされんだよ」
 さっきは思うだけで済ませた事を、今度は口に出して言う。
 すると、小悪魔はきょとんと小首を傾げた。深い緋色の瞳には、あざとい無垢がある。
「……? たとえ、種族:夢魔でなかったところで、職業:夢魔でいけない理由がどこにあるのかしら?」
「いや、それで良いのか?」
「良いも何も、色々と考えて行動するとか柄じゃないのよねぇ。ほら、ザコ悪魔ってそういう性格らしいのよ。気まぐれで悪戯好き、って」
 悪びれもせずに、小悪魔。
 せめてサキュバス扱いの明言は避けろよ訂正しろよと思うのだが、そんな事はお構いなし。全力で開き直るとこうなるのかと、私は感心さえしてしまった。感心している場合ではないと言うのに。

 すっかり冷めて渋い紅茶を、一口含む。
 やはり、咲夜の淹れたものとは香りの良さがまるで違う。

「さっきの紅茶の話だけど、やっぱり隠し味にバルトリン液を混ぜたのがいけなかったのかしらね…」
「なにそれ怖いよ。…咲夜でもやんないよ?」
 それと、ほんの少しでも私の友人は鬼畜だったのか、と疑ってしまった事を猛省する。キレて当然だった。




 在りし日々を夢想する。それは、ただ共に本を読むだけの、退屈な毎日だった。けれど、侵し難い幸福の形でもある。
 過ぎ去った日々を追憶する。それは、…?

 大理石の石材は朽ち果て、絨毯はあちこちが毟れた上に、厚い埃を吸い込んで手の施しようが無い状態になっている。栄華の面影など、厚い埃に湮没してしまった。それ以上に、生々しく残る生活の残り香が胸に迫る。
 灰色にくすんだ硝子を通して見るような、廃色の世界。

 廃墟は、──とても寂しい。

「バカなヒト」

 つまらなそうに呟きながら歩く少女、一人。
 埃の上に足跡も残さず、誰もいない屋敷を。


 メイド服を着た妖精の行き交う賑やかな紅魔館内を移動しながら、そんな空想に耽った。




 紅魔館地下の付属図書館は、以前の領主の趣味だったのか、それはもう大層な図書館が屋敷の一角を占めている。図書室や書庫、といった規模ではない。

「パチェー、いるかー」
「ちょっ、レミリアッ? まさか告げ口する気じゃないでしょうねっ?」
「そんな陰険な事はしないけど、話ならある」

 頭上遥か高くまで聳える書架の威圧感は、実にそれなりのものだ。けれど本好き曰く、本の森の散策とは、特に目的のものがなくとも心安らぐものであるらしい。私には分からないが。古書の埃臭さの中を歩くのは、英国式庭園の薔薇のアーチを潜るが如く、云々。私にはさっぱり分からない。
 で、パチュリーを探すのだから手伝ってくれても良い気がするが、小悪魔は後ろ手に手を組んで、整列した背表紙を眺めながら、優雅に散策している最中だった。


 パチュリーはすごい魔法使いだ。何がどうすごいのかを説明しろと言われると、出来ないのだが。何処かの名門の出身らしいが、私も詳しくは触れない事にしている。
 パチュリーとの付き合いは、百年と少し程になる。親友、と言って良いだろう。二人で、多くの下らない事をしでかした。そしてその中には、結社同士で争うような大規模な魔術戦も含まれていた。

 そう、あの頃の私は凄かった。
 パチュリーの口から直接、我が輝ける伝説を聞いたなら、小悪魔も私に対する評価を改めるだろうと思ったのだ。それでパチュリーを探していたのだが、空振りに終わったようだ。


 やがて、薄暗がりの森を抜けると、幾つも並んだテーブルの一角に、何冊も平積みにされた魔導書の塔を見付けた。

 そして私は、天から金色の光が降り注いでいるものかと錯覚する事となる。

 天使。吸血鬼の身からするとその単語は気に入らなくはあるが、そう形容せざるを得まい。
 透き通る白い肌。薄い唇。未発達な八重歯。煌めく金糸のような髪。宝石のような瞳。美しい少女への階を昇り始めた愛らしくもあどけない娘に、我々は何を望むべきだろう。その成長を焦がれつつ、どうか、永遠に幼い姿を留めて欲しいと願ってしまう。
 崇高にして神聖でありながら、ある種の魔的な魅力を兼ね備えた、罪深き少女。

 この少女に対しては、最上級の形容詞で称賛するしかあるまい。小悪魔のそれが養殖物の魔性なら、フランは天性だ。サキュバス程度とは格が違った。

 ──わたしのいもうと、ちょーかわいいっ! ちゅーしたいっ!

「……うっわ」

 天使は、私の姿を見ると露骨に顔を顰める。
 そこにいたのは、我が愛しの妹君、フランドールだった。

「お姉様が図書館に、何の用?」
「私だって本くらい読むが、今日は別の用事だ。パチェ見なかった?」
 フランは面倒そうに、視線を私の後ろに滑らせた。
「だってさ、こあ」
「パチュリー様なら、今日は工房の方にいらっしゃいます」
 あれ、ちゃんと質問したら答えてくれたのかな?
 フランだからじゃ、ないよね?
「そっか。…実はちょっと、分からない所があったんだけど」
「私で良かったら、お伺いしますよ。フラン様」
 司書はそう言って、小慣れた滑らかな動作でフランの後ろに回り込む。ところで、フランには様付けで私にはタメ口な理由を問い質したい。
「で、こあ。これの……ここ。詳しく書いてある本、無い?」

 パチュリーが家庭教師をしているくらいなので、魔法の事なら高度な内容なのだろうか。
 適当に前髪を弄んで、二人のやり取りが終わるのを待つ。

「いえ、ありますけれど……フラン様には難しくないですか?」
「持って来て」
「畏まりました」

 踵を返せば、サーキュラースカートがふんわりと、艶やかな黒い花弁のように広がる。
 私は何処か感心しながら、背中の羽をパタパタと動かしながら書架の森の向こうに去って行く、楽しげな背中を見送った。

「まあ、小悪魔もパチェの使い魔なだけはあるよな」
 本の虫、なんだろう。同意を求めてフランと目を合わせると、予想だにしない反応が待っていた。

 馬鹿じゃねーの?

 真っ赤な林檎のような可愛らしい紅玉のお目めは、底冷えする呆れと共に、そう伝えている。
 いや、私は何かおかしい事を言っただろうか。
「あのね、お姉様。馬鹿で脳筋の姉様には分からないでしょうけど。魔法と一口に言っても、色々と種類があるの。カバラ、降霊術、占星術、広義の錬金術も」
「そのくらい分かってる。パチェの専攻は錬金術だろ? あれ? 精霊魔法、的な何かか?」
「馬鹿じゃねーの?」
 きっぱりと、フランは口に出してそう言った。
「元、でしょうが。パチェの専門は東洋の陰陽五行思想。それをパチュリーなりに解釈してアレンジしてるの」
「……?」
「自分の魔法に拘りがある訳じゃないのよね、パチュリーは東洋魔術に傾倒した神秘家。ま、好事家の西洋魔術師に比べればマシだけど」
「……? ……?」
「馬鹿ね。要するに七曜の魔法使いが使い魔に悪魔だかサキュバスを使役する必然性は無いって事よ。悪魔学なんて専門外も良い所。中級程度までの黒魔術なら修めてるでしょうけど、錬金術師なら人造精霊でも作れば良いし、東洋の術者なら式神が一般的でしょう? 馬鹿なの? そんな事も分からないの? ああ、ごめんなさい。お姉様は馬鹿だったわね」

 なんかもうすごい言われようだけれども、言い返せない、…そういう訳にもいかない。

「いや、私もパチェが小悪魔を召喚した訳じゃないのは知ってる」
 正確には、さっき知った。更に正確を期すなら、小悪魔ってパチュリーの趣味じゃないよなー、とは漠然と思っていたのだが。深く考えた事はなかった。すると何故、小悪魔はパチュリーの下で働いているのだろうか。いや、そもそも働いてなどいないのか。それからして曖昧なままだ。

 そう言えば、私は小悪魔の名前すら、知らなかった。

「……で、気が散るんだけど。用が無いならどっかに行ってくれない?」
 それにしても、姉に対して酷い言い様だ。
 私はそれを口には出さなかったが、表情だけで大体は伝わったようだ。フランは獰猛な笑みを浮かべる。
「あんたが姉らしかった事……ある?」
「無いな」
 断言したくない事だけは、いつも即答出来た。

 最初、私達は二人きりで、その頃の私は子供だった。そして私には、多感な妹との接し方が分からなかった。
 その結果、私はフランを故郷の地下室に置き去りにした。危険な能力? 馬鹿馬鹿しい。そんなものは言い訳だ。

「ま、良いんだけどね。あんたには何も期待してないから」
 胸に突き刺さる痛みを、全力で耐える。
 背景に花を咲かす勢いで、私は優しげに微笑んだ。
「フラン。困った事があったら、なんでもお姉様にするのよ。いざとなれば、私が運命を操って何とかするから」
「嫌よ。キモい」
 目頭の奥が熱くなった。だが、泣く事だけは避ける。
「それに、前にも言ったけど、運命を操るって、単なる大言壮語を無理で通してるだけでしょ? 恥ずかしいから、つまらない意地を張るの、もうやめてよね」
「……無理してないもん……運命、操れるもん」
 ぷるぷると、ゼラチン質のように全身が震えた。

 運命操れるもん。ほんとだもん。こう、調子が良い日に、思いっ切り頑張れば、運命、操れるもん。

「あー、はいはい。そういう事にしておいて良いわよ」

 うわあぁぁぁんっ、しゃくやぁぁ~!

 そう叫びかけた時だった。

「お待ちかね、こあ姉さん、だぞっ」
 小悪魔が本を抱えて戻って来る。別に待ってはいないが、実に良いタイミングだった。あと、だぞっ、じゃねぇよ。

「お待たせしましたフラン様。付箋を挟んでおいた所が、該当部分ですので。で、積んである順に上から読むと分かり易いですよ」
「別に、そこまでしなくても良いのに」
 二人の姿は図書館に勉強に来た少女と、親切な司書のお姉さん、といった感じだった。
 事実、紛う事無く、その通りの光景で。

「あそこで捨てられた仔犬みたいな顔してるのより、私を姉と呼んでも良いんですよ? さあ、フラン様。今こそ、こあ姉さん、と。お姉ちゃん、も可です。でも一番の希望は、おね~たま~、と舌っ足らずに」
「嫌よ。キモい」
「ふふふ、はぁはぁ、もう一回、もう一回、言ってください」
「こあのそういう所、本気で気持ち悪いと思うの」
「うへへへ」

 別にそんな事は無かったようだ。




 結局、フランには「いい加減にして」と冷たく言われた。

「フラン様は天使でいらっしゃいますね。あの甘い声で罵倒を頂けるなど、うひぇひぇひぇ……」
「キモい」
「あ、そう」
「姉妹でこの違いは何なのっ!?」
 ものすごく釈然としない。
 いや、うひぇひぇひぇと涎を垂らされたいとは思わないが。
「まあ、それはともかく」
 軽く流された。
「なんだかんだ、フラン様の姉はレミリアだけ、みたいね」
「そんなものか? あと、フランには様付けで何故、私にはタメ口なのか今度こそ問い質したい」
「だってレミリアだし?」
「ふん。そう言ってられるのも、今の内だ」

 フランに追い出された私は、図書館を後にし、屋敷の外周部をぐるりと回っていた。
 いつも門前に突っ立ているのが仕事の門番は自主的に仕事を休んでいたらしく、今日は家庭菜園のガーデナーとして働いている。私が手を上げて呼び止めると、作業を中断してこちらにやって来た。

「お嬢様に、小悪魔さん。また、妙な取り合わせですね」
 美鈴は首を傾げる。
 そんな美鈴に、私は簡単な経緯と用件を伝えた。



「ああ、あの頃のお嬢様、ですか」

 我が家の門番は神妙な面持ちで、懐かしむようにそう呟いた。
 そう、何を隠そう紅美鈴こそ放浪時代の我が盟友。妹を除けば、紅魔館で最も古い知人という事になる。

 そして、あの頃の私は、今より30cmくらい背が高かった。

「美鈴さんは実際に見て知ってるんですね。どんなだったんです?」
 と、私にはタメ口のくせに何故か美鈴にはさん付けのザコサキュバスに、言ってやるが良い。
 私は傲然とした貌で、──許す、全て話せ。無言のまま、そう告げた。今こそ、我が武勇伝の開陳される時。

 すると何故か、美鈴は私につかつかと歩み寄り、ぽんと頭に手を置いた。

「背が、伸びたんじゃないですか? 3センチくらい」
「…………」
 端的にだけど、趣旨は話してあるよね?

「私もちょっと行く当てとかなく放浪してまして。路銀が無くて困ってた所を、助けてもらったんです。なんかこう、滅茶苦茶まずいパンの味、今でも覚えてますよ。思えば、あの頃からの付き合いになるんですねぇ」

 しみじみと、美鈴。出来れば、もっと格好良いエピソードを話して欲しかった。追手を返り討ちにしたとか、そっち系の。

「命の恩人、みたいな感じですか?」
「かも、知れませんね。いや、別に私の場合はそこまで深刻な話でもないんですが、お腹減ってた時にパサッパサのパンを貰っただけですから。まあ親切は受け取りますが、お節介、でしたよねぇ」
 あんまりパサッパサとか言うなよ、あの時は私もお腹空いてたんだから。

 その後、当たり障りの無い弱小妖怪でありながら、ちょっとした拳法の達人を伴って、安住の地を探す旅が続いたのだ。中国四千年の歴史ぱねぇなっ、が私の口癖だった。

「あの時の恩返しにと中華料理を振る舞った事もあるのですが。お嬢様ってば、私の麻婆豆腐が食べられないって」
「辛いんだよっ。いや、私の味覚がどうとかじゃなくてなっ」
「……美味しいのに」
 美鈴はがっくりと項垂れる。

 人選を間違えた。私は痛烈に、そう思ったのだった。




 紅魔館は採光窓を改装した関係で全体的に暗いのだが、中でも指折りの暗い部屋がある。それらの部屋は、光源さえ心許ない。私の寝室と、ワインの貯蔵庫の他、各種倉庫。そして、パチュリー・ノーレッジの魔法工房だ。

 フラン曰く、東洋魔術に傾倒した神秘家。好事家の西洋魔術師よりもマシと称される彼女の工房は、異様な空気に満ちていた。
 窓は一ヶ所もなく、石造りの壁に囲まれている。閉塞的な空間は魔力が散逸しないとか何とか、詳しい事は知らない。キャンドルに照らされた室内は、夜のように暗い。怪しげな物品が棚に陳列された室内は、成程、魔法使いの工房だった。

「ああ、小悪魔ね。その辺ふよふよしてたのを捕まえたのよ」
「その辺ふよふよしてたら、いきなりボコられました。そして、──恋に堕ちたのです」

 ねぇ、こいつ何なの?
 私が傍らの小悪魔を顎で示して訊ねた答えは、たったそれだけだった。特に最後の方の意味が分からない。

「パチュリー様、お仕事の方は終えられたのですか?」
「ええ、今、丁度」
「お茶にしましょう」
「ごめんなさいね。私は貴方の用意したものは口に入れない事にしてるの」
「そうですか。では、お忙しいという事で」
「待て待て」
 部屋の扉を閉めようとした小悪魔を遮って、中に入る。空いている椅子などと気の利いた物は無かったので、壁際に背を預けた。

「なぁパチェ。たまには昔の話でもしないか?」
「やだ。めんどい」
「まだヨーロッパのどっか辺にいた時、魔術結社一つ潰した事あったろ?」
「勝手に続けるのね。…で、ああ、あれね。…レミィの我が侭のせいで、ものすごい騒ぎになった、あれね。本当に余計な事をしてくれたものよね」
「……おう」
「あの一件で、私は家を出る羽目になったのよ。大体にして、その後の事もそう。貴方が言い出して、計画するのはいつも私だった」
「…………うん」
 あれ、なんか愚痴になってる。
「私の格好良い話、あるよね?」
「そんなものは無いわ」
 親友は辛辣だった。

「この館を買った時もそうよね」
 愚痴は、思わぬ方向に進んだ。
「そうだっけ?」
「レミィがワラキア公のファンだって言うから、それっぽい館を探してきたんでしょうが」
「ファンとかじゃなくて、末裔、だと良いなぁ願望が」
「訳有りで、放置されてかなり経ってたし、地元でも持て余されてたわね。何とか値切って格安で買えたけど」
 とは言え、お屋敷一館ともなれば、私の全財産に近かった。

「館ごと幻想郷に移住する時も、ロケットを打ち上げる時も、…後は、挙げたら切りが無さそうね」
 パチュリーはぶつぶつと、そう続ける。
 こっそりと、パチュリーの工房を後にする事にした。




 そして私と小悪魔は、紅魔館のエントランスホールにやって来た。

 緋色の絨毯。幅の広い階段。手摺りの装飾にも、奢侈にならない程度の細工が施されている。高い天井にはシャンデリア。煌びやかな、紅魔館の顔。

 追憶に耽る。
 初めて、この館の絨毯を踏んだ日の事。

 言葉になるような記憶は甦らない。それもそのはずで、私はただ、これからこの館に住むという誇りで、胸が一杯だった。

 追憶に、空想が重なる。

 彼女は、この辺りをふよふよとしていたのだろう。
 時折、思い出したように羽をばたつかせながら。

 大理石の石材は朽ち果て、絨毯はあちこちが毟れた上に、厚い埃を吸い込んで手の施しようが無い状態になっている。栄華の面影など、厚い埃に湮没してしまった。それ以上に、生々しく残る生活の残り香が胸に迫る。
 灰色にくすんだ硝子を通して見るような、廃色の世界。

 廃墟は、──とても寂しい。

 ある日突然現れた魔法使いは、完膚無きまでに世界を叩き壊すような衝撃を伴って。
 視界を覆う古びた硝子が割れて、目の前が、鮮やかな色彩を取り戻す。その瞬間の感動は、恋にも似ていた。陳腐に聞こえる事を恐れずに言うのなら、それはまるで、運命の出逢いだった。

「お嬢様?」
 目線を上げると、いつの間にか咲夜が帰って来ていた。

「なぁ咲夜、なんか私の格好良い話、無い?」
「何を仰います。お嬢様はどんな時でも格好良いでは御座いませんか」
 と、瀟洒に躱される。
 咲夜は一礼すると、荷物を置きに行ってしまった。

「前から気になってたんだけど、レミリアって咲夜さんを何処で拐かして来たのよ? ある日突然、館に来たわよね? あの時は驚いたわ」
「拐かす、って人聞き悪いな」
 それに触れると、果てしなく長くなる。
 そしてそれは、最高の満月の夜にしか話さないと決めている。
「勝手に想像しろ。普通に求人見た、とかでも良いし、滅茶苦茶格好良い話でも何でも良いよ」
 咲夜は、私の方向性を決める象徴のような存在だった。咲夜を救っていなければ、私は運命を操るなどと、言い出す事は無かっただろう。

「私はさ、運命、本当に操れるよ。調子が良い日に、思いっ切り頑張ると」
 たったの数回。片手で数えられる程度しか、運命を操った事は無いけれど。

 私のこれを、フランはつまらない意地と、美鈴はお節介と、パチュリーはただの我が侭だと言う。咲夜だったら、もっとそれっぽく言うかも知れない。

「自信を持って、言えるね。私は運命を操れる」
 何故なら、幾つもの運命の出逢いを重ねて、今、ここにいるのだから。

 他の言葉で、この偶然をどうやって説明しろと言うだろうか。


 後ろで小さく息を呑むような気配があって、振り返る。
 緋色の絨毯の敷かれた、目に鮮やかな紅魔館のエントランスホール。厚い埃も、荒廃の気配も、もうそこには無い。その中心に、正面階段を背にして、緋色の小悪魔が佇んでいる。

 私はふと、何かとてつもなく恥ずかしいような事を言ってしまったような気がした。

「咲夜さんの言っていた通りね」
 小悪魔はそう呟いた。
「何が?」
「レミリアはどんな時でも格好良いって」
「……え、そう?」
「そう。例えば、今とか」

 今?
 今、私は何かをしただろうか。

「本当はね、もう領主様って呼んでも良いのよ」
「……いや、じゃあそう呼べよ」
 至極真っ当な事を言ったつもりだったが、小悪魔は緩やかな動作で首を横に振る。
「レミリアには期待しているの。レミリアなら、もっともっと、私好みの領主様になってくれると思うのよ。だから~、それまで誓いのキスはおあずけね」
 完全に狙った仕草で、小悪魔は悪戯っぽく微笑んだ。
 感嘆なのか嘆かわしいのか分からない溜め息を、わざとらしく吐き出してやった。
「お前そんなんだからサキュバスなんだよ」
「だって小悪魔だもの」
 まったくもって、呆れ返る程度には、いい性格をしている。

「言っておくけど、私の望みは高いわよ?」
「ふん、上等だ。近い内に、領主様って呼ばせてやるよ」

 ──惚れさせてやる、と。

 いつかの日と同じ気持ちで、私はそう宣戦布告した。
 紅魔館が賑やかになって一番嬉しがってるのは小悪魔なのかな、とか。
珈琲味のお湯
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コメント



0.500簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
紅魔館に巣食う緋色の小悪魔
ああーなるほど、最後まで読んでやっとわかりました。なんとなくレベルでしかわからない設定ですが、上手いし、それを硬軟織り交ぜながら上手く物語にしていると思います。
4.100名前が無い程度の能力削除
自分はなんとなくでもわかりませんでした!
でもいい雰囲気でかわいらしい紅魔館の面々が読めてとても楽しかったです
って感想で勘弁してください
大切なときに大切なことをして大切なものを守れるならそれはもう運命操っちゃってると思います
5.30名前が無い程度の能力削除
誰がなにを喋ってんのかわからない。あらゆる設定がチラついてるだけで結局はどういう話なんですかね
6.10名前が無い程度の能力削除
無意味にレミリアの扱いが悪いのは、なんなの?
7.80名前が無い程度の能力削除
ツンはデレてこそですね、小悪魔可愛い
設定もありそうで無かったいいものでした
8.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです(こなみかん)続きがあるのなら是非
10.70奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
12.100名前が無い程度の能力削除
なんかうまく説明出来ませんがよかったです
15.100nike削除
小悪魔がレミリアのことを同じ悪魔として一番理解してるんだろうな~と感じました。
そして多分紅魔館最強はきっと……
それなら遠慮はいらんだろうな~っと
万人受けはしないでしょうが私は大好きです
16.100名前が無い程度の能力削除
口にはしないけどみんな本当は分かっているんだろうね、お嬢様が最高にかっこいいことに。

ぶれない咲夜さんも大好きです。
18.90万年削除
なんとまあ素敵なレミこあ100年戦争。
このこぁサンは陰で高笑いするの得意そう。
でも笑い声が「こぁ~こぁっこあっ」な残念美人なのでカリスマは現状のお嬢様並みに違いない
22.無評価名前が無い程度の能力削除
長いほう読んだのでもう一回こっち読んだんですけど各キャラの出会い方の設定が大分変わってるんですね。こっちが後日談かと思ったんですけど、小悪魔普通に弱そうだし全然違う世界なのかな