Coolier - 新生・東方創想話

レミリア・スカーレットのパンツ消失と十六夜咲夜の能力を解き明かす為の力学的アプローチ

2015/03/17 03:55:14
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 レミリア・スカーレットのパンツが失くなった。
 一昨日の夜にレミリア・スカーレット自身が脱いでから、昨日の夕方に妖精メイドが各部屋に配るまでの間に忽然と姿を消した。それから夜通し捜査を行ったが未だにその行方は確認出来ていない。私の図書館の一ページ一ページまでをも確認する程の詳細な大捜索であったから屋敷の中にはないものだと考えて良い。特に、最も怪しい十六夜咲夜の寝室は、絨毯の下から天井の上まで隈無く探したが、口に出す事を憚られる様な物は多数見つかったものの、パンツは何処にも存在しなかった。また、事件発覚までに外へ出た者は、昨日霧雨魔理沙の家へ遊びに出掛けた十六夜咲夜だけである。それも外出する際に、紅美鈴が十六夜咲夜の姿を認め、パンツを持ち出せなかった事を確認している。よって外へ持ち出したとも考えられない。
 外部の犯行を疑いたくなるが、それは考えなくても良いだろう。外部の者がレミリア・スカーレットのパンツを盗む理由は無い。いや、動機の面で言えば、そんな事をするのは、フランドール・スカーレットがいたずらをしたか

「私、そんな事しないよ」
「分かっているわ。あくまで可能性をあげているだけよ」

 以前に何度もパンツを盗んだ事のある十六夜咲夜だけだ。

「そう言えば、咲夜はなんで私のパンツを盗んだのかしら。その前にも何度か合ったわよね。可愛らしいいたずらだと見逃してきたけど、何か咲夜なりに理由が?」
「お姉様に呪いを掛けようとしたとか? ほら、前にもバレンタインで、お姉様に渡すチョコレートに咲夜の血が入っていた事があったじゃない」
「あれは、単に不注意で手を切っただけでしょ。私が呪われるいわれは無いわ」
「そうかしら? お給料を払っていないから恨まれているとかこき使われていて嫌になったとか。ほら、前にも朝起きたら頭突されたって言ってなかった?」
「あったわね」
「後は朝起きたら首締められたとか?」
「いや首は締められてない。ただ朝起きたら咲夜がのしかかっていただけで。でも両方誤解だったのよ。偶偶起こそうとしたら躓いてのしかかっちゃったって言ってたわ」
「うーん、まあ普段の咲夜を見るとお姉様の事嫌いじゃなさそうだし、大事にしているとは思うけど、でも内心実は」
「変な事言わないで。咲夜は私に全てを捧げるって言ってくれたのよ」
「口だけでしょ」
「咲夜の忠誠は本物よ」
「二人共、過去の話は後にしましょう。続けるわよ」

 また古明地さとりに捜査協力を依頼し、屋敷に居る全ての者を取り調べたが、誰もパンツの行方を知らなかった。
 先程述べた通り、動機から言って、十六夜咲夜である事は殆ど間違い無い。だがパンツの在処が分からない。十六夜咲夜の矜持から言って、主のパンツを屋敷の外に放り出すとは思えない。だが現に屋敷の中からパンツは消え、十六夜咲夜の部屋にパンツは無く、そして紅美鈴が確認する限り、パンツを持ち出したとも思えない。
 勿論、時を止めて外に持ちだした可能性はある。その最後の可能性を確認する為に、現在、古明地さとりは霧雨魔理沙の家へ赴き、十六夜咲夜を調べに行っている。
 十六夜咲夜が犯人であれば、これによって動機、方法、全てが明らかになるが、外部の者に頼りきりで身内の問題を解決出来ないのでは紅魔館の沽券に関わる。そこで、十六夜咲夜が犯人である事を前提に、レミリア・スカーレットのパンツが失くなった事に関して、力学的なアプローチを試みる。

「まるで咲夜が犯人で間違い無いという口振りね」
「そうでなければ、外部の者に盗まれた事になるけど、レミィ、良いの?」
「それは嫌ね」
「でしょう?」
「でも、咲夜さんは実際持っていませんでした。魔理沙の家も確認しましたけどありませんでした。そもそも咲夜さんは外出する時に荷物を持って行かなかったし、唯一隠せるのはエプロンドレスポケットだって、パンツを入れたら膨らみます。私、目端は効く方ですけど、あの時咲夜さんが何かを持ちだしたなんて思えません」
「ええ、私もそう考えるわ。そして時を止めて外に持ちだしたとも思えない。だってレミィのパンツなんて咲夜であればいつでも触れる機会があるんだから、わざわざ時を止めて盗む必要は無い。そしてそれ以上に、咲夜がパンツを外へ持ち出す理由が無い」
「じゃあ、パンツは誰が何処に」
「私はね、既にパンツはこの世から失くなったと考えている」

 そこでまず考えたいのが、十六夜咲夜の時を操る程度の能力である。時を遅く、速く、あるいは止める事が出来る。また時間を操る事は空間を操る事に繋がる事から、空間をも操れる。
 この能力に関して、私は以前より、対象となる粒子の運動に対して、周囲の粒子の運動を操作する事だと考えていた。つまり自分以外の時を止めるとは、自分以外の粒子の運動、つまりエネルギを零にする事で、時が止まっているのと同じ空間を作り出していた。
 だがこれには、幾つかの矛盾が存在する。
 まず完全に粒子の運動を止める事が出来無い。どんなに物質の運動を止めても、不確定性原理から運動は零にならず、微細な零点振動が残ってしまう。ただこれについては、人間の感覚と比べて殆ど止まっているも同然なので、無視は出来る。つまり十六夜咲夜の時間停止は、世界を『ほぼ』止めるというもので、私達はそれを時が止まったと勘違いしているだけだ。
 また別の矛盾として、時が止まっている中で生存する事が困難というのがあげられる。時が止まった中では、大気が止まり、光も止まっている為、体が動かせず、息が出来ず、目も見えない暗黒の世界になる。止まった時の中で人は生きていけないし、動く事も出来無い。例えば自分が触れた物だけは動かせるだとか、空気や光だけは動けるだとか、そういった例外を考えても、それに使われるエネルギは周囲にたちまち伝播して、止まった世界が崩れてしまう。では十六夜咲夜はどうやって止まった時の中で活動しているのだろうか。これは零点振動のエネルギを利用する事で回避出来る。零点振動は素粒子一つだと非常に微細であるが、世界全体の総和を考えれば大きなエネルギになる。これは、人一人を生存させるエネルギに比べれば非常に巨大なエネルギであり、このエネルギを自在に操れるとすれば、世界全体としてみれば時が止まっている状態を保ちながら、その微かなエネルギを取り出し集めて自身を生存させ、かつその他の物体に干渉する事が可能になる。つまり十六夜咲夜は巨視的な時間停止の中でを活動している事になる。
 こうして時が止まっている事をクリアしていっても、十六夜咲夜の能力には粒子のエネルギを零にするだけでは説明が出来無い部分が出て来てしまう。それが空間を操るという部分である。時間と空間は同義であり、またエネルギが時間と空間に影響を及ぼすけれど、アインシュタイン方程式等から分かる通り、紅魔館の内部が広がったと錯覚する程時空間を歪める為には、紅魔館の物質密度から言って、無限大に近いエネルギが必要になる。しかし、そんな大きなエネルギが一点に集中していれば、エントロピーは忽ち増大し、エネルギは周囲に拡散されてしまう。少なくとも、時空間の歪曲が紅魔館内部に留まるのは一瞬にも満たない時間となる。それでは十六夜咲夜が常に時空間を操り続けなければならない。だがそんな事を一人の人間が可能なのか。

「これは前にレミィに話したわよね?」
「ええ、聞いた気がするわ。何言ってんだこいつって思った覚えがある。それで、つまり、それはどういう事だったかしら」
「明らかに不可能なのよ、そんな事。能力を発動し続ける事は出来るかもしれないけれど、空間を保つ為にどんなに少なくとも紅魔館全体の範囲の粒子を観測して、運動を調整し続けなくちゃいけない。そんなの頭の処理が追いつかない」
「私が常に不夜城レッドを打ち続けているみたいな?」
「不夜城レッドを発動させながらスピア・ザ・グングニルで美鈴の頭の上の林檎を射抜くのを四六時中続けるみたいなものかしら」
「ふむ、確かにそれは限りなく不可能らしいが、分からんね。試してみようか」
「ちょっと、怖いからやめて下さいよ、お嬢様」

 それが不可能であるというのが、以前までの私の結論だった。
 それ故に私は現実に反して、こう結論を出さざるを得なかった。
 十六夜咲夜は時を止める事が出来無い。
 だが、ここで負の温度系を持ち出す事で、その行き詰まりの打破を試みたい。
 ここで負の温度系とはエネルギが大きい物の数がエネルギが小さい物の数よりも多くなりやすい世界とする。

「ウェイト」
「はい、フランさん」
「意味が分かんない。温度が零って粒子の運動が零になった時なんでしょ? じゃあマイナスの運動って何?」
「温度の定義が違うの。同じ言葉だけど、別の事を表しているって考えて良い。今、レミィが言った、零になったら運動が止まるっていうのは、ここで言うエネルギーね。それが大きくなりやすいって事」
「つまり負の温度系っていうのは熱くなりやすいって事?」
「そう思ってもらって構わないわ。負の温度系というより、今ここで私が定義した負の温度系だけど」
「そんなのありえるの?」
「ありえなくは無いってところかしら。外の世界じゃ、一般的な意味での負の温度系は限定的な条件で作られているんだけど、ただここで私の定義した負の温度系はその限定的な条件そのものであって」
「訳分かんないから、トイレ行ってきていい?」
「ごめんなさい。負の温度系っていう言葉は勘違いさせてしまうわね。間違えたわ。ただ他に何と表現すれば良いのか。とにかく、分かり易く言うと、ここで、私は咲夜の能力を、世界中に存在するエネルギーが周囲よりも高くなりやすい状態を作るものだって言いたいの」
「トイレ行ってきていい?」
「パチェ、私も」
「あ、私も良いですか?」
「駄目」

 さて、この負の温度系を導入した上で、時が止まるというのを、新たに、他の物が止まって見える程のエネルギ差がある状態と定義する。これは単にエネルギ準位を上にずらしただけである。簡単に例えれば、十六夜咲夜が速く動きすぎる為に周りがスローモーションで動いて見えるという事だ。結局、時を止めた状態は、最初に述べた粒子の速度をほぼ零にするのと、全く同じ事になる。世界は止まっていないが、十六夜咲夜が物凄くエネルギを持っているから、止まっているのと殆ど同じである。十六夜咲夜以外は見かけ上、止まっている様に見えるが、本当は動いていてエネルギを持っているから、十六夜咲夜はそれを吸収する事で自分の生命活動を維持出来るし、世界が止まっていると錯覚出来る範囲の中でエネルギの変位を操れば物体に干渉出来る。更に言えば、相対性理論より高エネルギは低エネルギに比べて、時間の進みが速くなる為、周囲の時間が遅く進んで見える。

「ああ、それ何だか聞いた事がありますね」
「何それ、私、知らない。美鈴だけ知ってるのずるい」
「え? ずる? すみません、フラン様。ただ、知っていると言っても聞いた事がある位で、私もよくは」
「ウラシマ効果とか言われているわね。私の図書館にも、小学生向けの優しい解説本があるから興味があるなら、今度貸すわ」
「ウラシマ効果? ああ、最初に友達に女の子を襲わせて、それを自分が助ける事で女の子と仲良くなるっていう、あの」
「違う、そうじゃない」

 さて時を止めた結果が変わらないのであれば、この負の温度系が粒子の運動を零にする事と何が違うのかと言えば、それは能力者である十六夜咲夜への負担が圧倒的に少ない事である。負の温度系ではエネルギが高い方へ流れ易い上に、負の圧力が発生する為、エネルギの収束が起こり、一度局所的な高エネルギ状態が生まれると、それが周囲からエネルギを吸収しつつ保たれ続ける事になる。これにより、一度生まれた高エネルギによる空間の歪曲が発散する事無く持続し続ける事になる。つまり一度空間を歪曲させてしまえば周囲の粒子を調整せずとも、空間の歪みは大きくなり、紅魔館は拡張され続ける事になる。つまり十六夜咲夜が寝ていようが何をしていようが、最低限能力が励起状態であれば紅魔館の拡張は保たれる事になる。これについては、実際十六夜咲夜は眠りながら時を止めているそうなので、問題無く行えるだろう。
 こうして、最初に運動を零にした時の矛盾点を全て解決した上で、時を止め、空間を広げる事が可能となった。

「おーけー。パチェの言いたい事は分かったわ。良く分からないけど、何やかんやして時が止まる訳ね?」
「成程。私も分かったよ! 良く分かんなかったけど、あーだこーだする訳ね」
「良かった、分からないの私だけじゃないんですね」
「そう、とにかくどうたらこうたらする事で、時が止まるって言う事。分かって頂けた様で何よりよ」
「で、それが?」
「ん?」
「いや、そもそも私のパンツがどうなったかでしょ? つまりパチェはどういう結論に持って行こうとしている訳?」
「ああ、忘れてた」
「おい」
「つまり、レミィのパンツは咲夜が吸収したという事ね」
「はあ?」
「お姉様のパンツを咲夜が吸収? 何それ、エロい感じ?」
「さっきの結論が正しければ、咲夜は周囲からエネルギを吸収し続ける。エネルギとは質量、あるいは物質と等価。つまりエネルギが零になれば物質が消えるという事よ。咲夜は能力を発動させている間、物質を吸収し続ける」
「待って。私、咲夜にそんな能力があるなんて聞いた事が無いわ」
「私も無い」
「私も聞いた事がありません。もしそうだとすれば今までにも色色な物が消えてきたんじゃないですか? でもそんな事、私の知る限りでは全く」
「そうね。確かに。今まで咲夜が時を止めた事で物が消えてしまうなんて事は無かった」
「でしょう? パチェの言う事は、良く分からないけど、何か間違っているんじゃない?」
「これは今までの推測以上に根拠の無い私の勝手な妄想だけど、もしかしたら咲夜は能力の制御が利かなくなっているのかもしれない」
「能力の制御が利かなくなっている? だから暴走して、私のパンツを消したと?」
「暴走した理由は分からないけど、その可能性はある」
「だとすると、まずいわね」
「ええ」
「何がですか? 咲夜さんは一体」
 その時、紅魔館の面面が集まるダイニングに、妖精メイドが駆け込んできた。
「大変です! メイド長の心を読みに行った古明地さとりが」
 レミリアが驚いて立ち上がる。
「どうしたの?」
「呻いたまま倒れて、そのまま」
「まさか」
「気分が悪いと言って帰られてしまって」
「何だ。それで、咲夜が犯人かどうか、何か言ってた?」
「いえ、私には理解出来ないと言ったきり、何も言わずに」
「くそ! 使えない!」
 レミリアが机を叩くと、妖精メイド達が身を震わせた。
「レミィ、もしかしたらさとりでも理解出来無い程、咲夜の思考が狂い始めているのかもしれない」
「だとすると。くそ、とにかく咲夜の下へ」
 レミリアは立ち上がると、大きく翼を弛めかせた。
「レミィ!」
「止めるな!」
 パチェの呼び止めに叫び返したレミリアは、壁を破壊して脇目も振らずに咲夜の下へ飛んでいった。それを呆然と見つめていた美鈴は不安そうにパチュリーへ目を落とした。
「どうしたんですか? お二人共急に慌てて。咲夜さんに一体何が」
「能力っていうのはね、思考に依存しているのよ」
「そうなんですか? でもそんな慌てる程何ですか?」
「それが制御出来ないの。どういう事だと思う」
「どういう事って、えっと思考が上手くいってないんだから」
「狂っているって事よ。極端に言えば」
「狂ってる? つまり咲夜さんがおかしくなったから能力もおかしくなったって事ですか?」
「普通に考えたらそうね。単に咲夜の精神状態がおかしくなってその所為で能力の制御が上手くいかない。それなら良いのよ。一時的なものだろうから。でも咲夜の様な凄まじい能力の場合、もう一つ可能性がある」
「さっきから、何なんですか? 一体、咲夜さんはどうしちゃったんですか?」
「能力が強大過ぎるが故に、精神に負荷が掛かり過ぎているかもしれないって事。端的に言えば、廃人になるって事よ!」
「まさか!」
「そして咲夜が急に用事があると言って昨日から外出している。あるいは自分の中の異常に気が付き、外へ出たとすれば、これ以上狂う前に自殺をしようとしているのかも」
「そんな! 嘘ですよね?」
「少なくとも私はそうした事例を何度かこの目で見てきた。今回の咲夜もそうだとは分からないけれど」
「咲夜さん!」
 美鈴は慌てて屋敷を飛び出し、咲夜の居るであろう魔理沙の家へ向かおうとしたが、庭に出た所で、その足が止まる。
 丁度咲夜が正門を開け、帰ってきたところだった。
「咲夜さん!」
 駆け寄ると、咲夜が美鈴に気が付いて顔を上げた。
「ああ、美鈴。どうしたの、慌てて」
 美鈴の見る限り、咲夜におかしな様子は無い。いつもの咲夜だ。何処からどう見ても普通の咲夜。おかしくなっている様には見えない。
 やっぱりさっきの話は大袈裟だったのかと、美鈴は安堵する。
「咲夜さん、お加減はいかがですか?」
「は? まあ、すこぶる良いけど。どうしたの?」
「いえ。あ、そういえば、レミリア様に会いませんでした?」
「いいえ。お嬢様がどうかしたの?」
 美鈴は答えようとして、一瞬口をつぐんだ。
 咲夜がおかしくなったと思い込んで、自殺するかもしれないと、追いかけていったとは、言えなかった。現に咲夜は何処からどうみてもまともに見える。結局さっきの話は勘違いだったのだし、下手に咲夜に嫌な気分を与える必要は無い。
「何でも無いんです。ただ、レミリア様のパンツが失くなってしまったから。魔理沙の家に咲夜さんが居ないと分かればきっとすぐに戻ってきます」
「ああ、一昨日のパンツの事。あら、もしかして、お嬢様が今日穿くパンツだったのかしら。もしかして今お嬢様はパンツを穿いていない? だとしたらすぐに追いかけないと」
 咲夜が本気でそんな事を言っているので、美鈴は思わず笑ってしまった。心配する所がずれている。
「まさか。ただ失くなったのを気にしているんですよ。もしかしたら誰かに盗まれたんじゃないかって。屋敷中探しても無かったし、紅魔館の誰も行方を知らないし」
「あら、そうすると、外から狼藉者がやって来て、盗んでいった事になるわ。門番として、そこのところどうなの、美鈴?」
「あ、いえ、確かに、そうですね。まずいですね」
 確かに今まで部外者の可能性は消去して考えていたが、もし部外者が犯人なら門番として己の職責を全う出来なかった事になる。美鈴が思わず冷や汗を掻いて目を彷徨わせると、咲夜が笑った。
「安心なさい。誰にも盗ませやしないわ。お嬢様のパンツは私が穿いているから」
「なら安心ですねって、え?」
「最初からパンツは失くなっていなかったのよ」
「え? え?」
「でもお嬢様に余計な心配を与えてしまったのは失敗ね。早く返さないと」
「ちょっと待って下さい。咲夜さん、レミリア様のパンツを咲夜さんが?」
「ええ。私がしっかり穿いているから安心して」
 咲夜が微笑みを浮かべた。
 力強い微笑みだ。
 以前宴会で、スキマ妖怪が咲夜にこう尋ねた事がある。もしも主から死ねと言われたらどうするのかと。その問いにはっきりと咲夜は答えて言った。断る。最後までこの命を燃やしてお嬢様とその幸せを守り切る。それに違える事は、例えお嬢様の命令であろうと受け入れられない。それが紅魔館のメイド長たる自分の矜持であり、十六夜咲夜である私の愛だ。そうはっきり答え、そして笑った。その、清清しく力強い笑みと、今の咲夜の笑みが瓜二つに見えた。
 狂っている。
 レミリアを守り切ると笑ったあの笑顔と全く同じ表情で、レミリアのパンツを穿いているから安心しろと言う。
 完全に狂っている。
「そんな」
 美鈴はあまりの絶望に膝をついた。
 能力の暴走が咲夜を廃人にしてしまう。
 パチュリーがそう言っていた。
 もう今の咲夜は殆ど廃人に近い様に思えた。
「どうして、急に」
「美鈴?」
「こんな急に! 今までは普通だったのに! どうして急におかしくなっちゃったんですか! そんな! レミリア様のパンツを」
「どうしたの、美鈴。急に始めた事じゃ無いわ。ずっと昔から定期的に」
「やめて下さい! そんな事を言わないで下さい! 嘘を吐かないで下さい!」
 咲夜が完全におかしくなってしまっている。ついこの間まで、その姿は憧れであったのに。今は寒気を覚える様な狂人に成り下がっている。それが信じられなかった。何かの間違いであって欲しかった。けれど、そんな願望とは別に、今縋っている咲夜は紛れも無く狂ってしまった現実だ。
「どうしてですか! 咲夜さん! ずっと守るって言ってたのに! レミリア様を愛しているって言ったじゃないですか! それなのに、そんな! パンツを盗むだなんて!」
「美鈴」
「咲夜さん! 正気に! 正気に戻って下さい!」
 叶わぬ願いだと分かっていても、美鈴はそう叫んだ。
 叫ぶ事しか出来なかった。
 それが何かに届いてくれる様に願いながら、美鈴は叫ぶ。
「お願いです! 一生のお願いです! お願いだから! お願いだから戻ってきて! レミリア様を愛しているんですよね! それはずっと変わらないって言ったじゃないですか! お願い! 戻ってきて!」
 嗚咽を漏らしながら、咲夜に縋りつく。
「咲夜さん!」
「美鈴」
 咲夜の優しげな声。
 もしかして正気に戻ってくれたんじゃないかと、美鈴は顔を上げる。
 その瞬間、咲夜の手によって額をぺちりと叩かれた。
「阿呆」
 美鈴は呆気に取られて固まった。
「え?」
 咲夜は笑顔を浮かべている。その笑みは、清清しく、力強く、凛としていた。
「あのね、私は何も伊達や酔狂でお嬢様のパンツを穿いている訳じゃないの」
「え?」
「正気も正気。私はいつだって本気でお嬢様を守っている。私の愛は永遠に変わらない」
「でも、そのパンツを穿いているのが? 愛?」
 やっぱり咲夜はおかしいままなのかと絶望し力が抜けかけたが、咲夜に手を引かれて無理矢理立ち上がらされた。
「そもそも、妖精メイドが杜撰なのよ。お嬢様の下着は誰かに盗まれない様に、必ず部屋干しにしろって言っているのに、何度言っても聞かないから」
「え? じゃあ、もしかして咲夜さんは」
「そう、どうせ妖精メイドはちゃんとしないから、私がお嬢様の下着だけを別に洗って私の部屋に干しているの」
 そういう事だったのか。
 美鈴は何だか眩暈を覚えて倒れそうになった。
「何だ」
「ただ昨日は偶偶用事が合ったから、それを怠ってしまったの」
「そういう事だったんですか」
「そういう事。何もおかしくは無いでしょう?」
「そうですね。良かった。私、咲夜さんがおかしくなちゃったんじゃないかって」
「馬鹿ね。私がおかしくなったら紅魔館は終わりよ。誰も切り盛り出来ないんだから」
「そうですね。咲夜さんが居ないと」
「おかしくなんてなっている時間は無いの。例え時間を止めたってね」
 美鈴は恥ずかしくなった。結局話の中だけの机上の空論ばかりを聞いて、勝手に思い込み、不安がっていた。そんな不安、現実の咲夜を見れば、いやいつもの咲夜を思い出せばすぐに払拭出来たのに。
「私は紅魔館の完全で瀟洒な従者なんだから」
 そう言って咲夜が笑う。その笑みにやましさは欠片も無い。
 例えどんなに言葉を積み重ねたって、その確かな笑みの前には、どんな理屈も敵わない。
 咲夜ははっきり言ったのだ。レミリアとその幸せを守り抜く為であれば、例えお嬢様の命令であっても拒絶すると。その咲夜が、自分の能力に溺れる訳が無い。さっき咲夜が言っていた通り、咲夜の時間は全てレミリアに捧げられるものであり、狂っている時間なんて欠片も存在しないのだ。
 当たり前の事に気がつけなかった自分を、美鈴は心の底から恥ずかしく思った。
 この世に確かな物はないというけれど。
 咲夜さんはレミリア様を愛している。
 きっとそれだけは永遠の時を経ても変わらない。
咲夜「エントロピーが極大になって宇宙が熱的死を迎えてもお嬢様への愛は消えません!」
レミリア「え? 熱? 何? もう一回」
烏口泣鳴
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コメント



0.390簡易評価
5.70名前が無い程度の能力削除
物語にはツッコミと常識人が最低一人ずつはいないとどうしようも無いって事を痛感しました
7.80名前が無い程度の能力削除
もう途中から何がおかしいのかわからなくなった…
8.100名前が無い程度の能力削除
うん?wwww
9.20名前が無い程度の能力削除
綿密な計画の上に馬鹿をやろうとしたが、頭が悪くて根本から失敗しているようなSSでした。
10.80金細工師削除
めでたしめでたし…あれ?
15.90名無し削除
何回読み返しても狂っとる。
あたまおかしい。
16.80名前が無い程度の能力削除
咲夜さんがお嬢さまのパンツを盗む二時創作は数あれど、烏口さんの作品が一番面白く読めました。
綿密な理論を立てるパチュリー、良くわからずに不機嫌なフラン、咲夜を心配するお嬢さま、そして決定的に噛み合わない美鈴と咲夜さん、みんなが実に生き生きと描かれていて楽しかったです。