Coolier - 新生・東方創想話

そう、私は幸せだった

2015/03/11 01:07:02
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 例えば自室での読書なんていうのは、ほとんど雰囲気を味わう為にあるといっても過言ではない。
 密室、時計の音、暖炉、吹雪で揺れる窓、毛布に包まりロッキングチェアを揺らす私。
 私は最高の読書を堪能していた。
 ココアの入ったカップを傾ける。
 何も出てこない。
 はあと溜息をついた。
 ハズレだ。
 環境は最高なのだが、どうにも手に取った書籍が悪い。
 SFは嫌いではないが、あまりに突拍子もないのは嫌いだ。
 どちらかというと、庭先で起こるSFなどが良い。
 こう、こじんまりしていて、なんというかとても些細な幸せを見つけるような、そんな話。
 ……これって、SFである必要がないな。
 苦く笑っていると、部下が私に声をかけてきた。
 
 部屋に近づくものが居ます。
 誰かわかるかい?
 きっとご主人のご主人です。
 そうか、ありがとう。君たちははもう寝ていいよ。
 はいさ。おやすみなさい。

 伸びをして、しかたなしに立ち上がる。
 私は来訪者がノックする頃を見計らい、ドアー開けた。 
 やはり彼女が居た。
 暗闇にまみれた金色の髪の毛はひどく綺麗に見える。
 その顔は吃驚していていて、目を見開いている。
 心地よい。
 彼女は数秒の間の後、おっと、と言い私の目の前に徳利とお猪口を差し出した。
 そして

「ナズーリン、いいお酒が入りました」

 そう無邪気な笑顔で言い放った彼女を、私は可愛らしいと思ってしまった。



 
 


『そう、私は幸せだった』








 ぱちぱちと暖炉が音をたてている。
 手に入れるのに苦労しました。
 そう言いつつ彼女は私に愉快な液体が満たされているお猪口を渡し、ぜひ匂いを、と続けた。

「いいお酒なんですよ」
「さっきから情報が増えていないな。いいお酒なのはわかったんだけど」
「ともかくいいお酒なんです」

 彼女はそう言って、自分のお猪口の中の液体の匂いを嗅ぎ
 直後、むせた。
 思わず吹き出してしまう。

「なにをしているんだ」
「けっほ、けほ。やはりいいお酒です。匂いがとても幽香(ゆうこう)です」
「ご主人」

 一口その幽香な液体で口を湿らせてから続ける。

「幽香、は奥ゆかしく控えめな匂いの物に使うものだ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「そうですか。……えへへ、実はむつかしい言葉を使いたかっただけなんです。それほど価値のあるものなんですから」
「そうか、うん、美味しいね」

 照れを隠さずに彼女は笑った。
 私は照れを隠すためにもう一度、ちびりとやった。
 彼女は飲んでいる私を満足そうにゆっくりと見やり、自分も口をつけた。

 沈黙。

 彼女は暖炉をぼうと眺め、ロッキングチェアをぎいぎいと鳴らす。
 彼女は、見かけによらず(少なくとも私は見かけでそうと思わない)風流やわびさびを大事にする。
 今彼女が座っているロッキングチェア。
 かなりの年代物で、揺れるたびにぎしぎしぎいぎいと音が鳴る。
 彼女以外の来客者は座るたびに新調しないのか、などと聞いてくるが
 それを彼女は心地よさそうに鳴らすのだ。

「お返しと言っちゃああれだけど」
「うん?」
「いい缶詰があるんだ。高級品だよ」
「わあ。どうしたんですか」
「報酬だよ。探しものの」
「へえ、どんなものですか?」
「プライバシイにかかわらない範囲で説明すると」

 依頼者は小さな女の子だった
 内容は、ハンケチーフを探してくれという些細なもの。
 依頼者の元へ行くと女の子の父親が出迎えてくれた。
 ええと、あそこの大きな乾物屋の主人だ。
 正確に言えば、その主人が依頼者だが、そんなことはどうでもいいか。
 ハンケチーフが風で飛んでいってしまったのが二日前の事。
 里内の隅から隅まで探したが見つからない、そんな時に私の存在を知ったようだ。
 説明を受けた後、すぐに私は魔法の森の近くまで飛んでしまっていたハンケチーフを探しだした。
 私にとっては訳ないが、人里に住む人間にとっては魔法の森は脅威以外の何物でもないだろう。
 ハンケチーフを渡すと女の子は大層喜んだ。
 女の子があまりにも喜ぶものだから、父親もつられて大いに喜んだ。
 聞くに、亡くなった母の形見だったそうだ。
 報酬は私の目が飛び出るくらいのものだった。
 私はさすがにそれを拒否した。
 この位の事は朝飯前だったし、私は金の為にやっているんじゃない。
 しかしここまで感謝してくれているのだから無下にするのも悪い。

「だから甘味をごちそうになった。それとおみやげにこの缶詰を一つ」
「なるほど。いいですね。いただきましょう」
「私が貰ったものなのに……ああ、もう開けてしまったのか」
「だめでした?」
「別に構わないけど……遠慮が無いな、ご主人は」

 既に缶詰の中身を味わっている彼女はとても無邪気で。
 私は笑いをこぼしてしまった。

「やっと笑いましたね」
「え?」
「何かあったのでしょうナズーリン。
 晩ごはんの時から上の空ですよ」
「……見かけによらず、聡いなご主人は」
「褒めても何も出ません」
「ついでだし、聞いてくれご主人」
「はい、何でも聞きますよ」



 女の子と甘味を食べている時だ。
 彼女は中々興奮覚めやらなかった。
 よほど嬉しかったのであろう。
 その中で女の子は色々と話してくれたよ。
 どれだけハンケチーフが大事で、探しても見つからずにどれだけ心細かったか。
 父親は苦笑いで女の子の話を聞いていたけど、やっぱり嬉しそうだったよ。
 色々な話をする中、唐突に女の子が聞いて来たんだ。
 おねえちゃんの宝物ってどんなの? 私のハンカチみたいに、幸せになれる宝物を教えてよ。
 私は言葉に詰まってしまった。
 価値のある物、他人の宝物などは今まで山のように探し当ててきた。
 だけど、私にはこれといって宝物が無いんだ。
 私は幸せになれる宝物を持っていない。
 それだけでなんというか、自分がちっぽけな存在だな、なんて思ってしまったんだ。



 ぱきりと暖炉の中の炭が鳴いた。
 話し終えた私はお猪口の中身を一気に呷った。
 芳醇な香りが鼻を駆け巡る。
 良い酒だ、一気に飲み干してやっとそう思った。

「幸せになれる、宝物ですか」
「うん、私は他人の宝物を探しだせるけど、自分の宝物は探し出せないのか、なんて。
 はは、柄にも無いことを思ってしまったんだ」

 彼女は私のお猪口に酒を注ぎながら、いいじゃないですか、と言った。

「今なくたって、これから探せばいいんですよ、そんなもの」
「簡単に言うね」
「簡単ですからね」

 思わず酒を吹き出しそうになった。
 彼女、私のご主人がまさかそんな答えを持っているなど思っていなかったから。

「意外ですか?」
「意外……です」
「ふふっ、なんで敬語になっているんですか」
「いや、まあ」

 そもそも私ではなくご主人だけが敬語なこの状況がおかしいのだが、それは置いておく。
 
「それは、聞いていいのかい?」
「いいですよ。ただ」
「ただ?」
「もう少し後で教えてあげます。くああ」
「もう寝るのかい? 部屋まで戻れ……」
「ここで寝ますねー」
「……いやいや」

 私の注意は聞かず、ご主人はさっさと私の布団に潜り込んでしまった。
 全く、私はどこで寝ればいいのか。
 
「私のベッドを使っていいですよ。おやすみなさい」
「そういう問題なのかい? まあ、おやすみ」

 言うやいなや、彼女は布団の中で寝息を立ててしまった。
 彼女の座っていたロッキングチェアへ移動する。
 彼女の嫌ではない温もりが残っていた。
 中途半端に酒が入っているせいで、妙に意識が覚醒している。
 ここで寝るのももったいない気がするので
 私は残りの缶詰を摘みながら、先ほどのつまらないSFの世界に入り込んだ。

 はっと身震いをした。
 暖炉を見るともう火は小さくなっている。
 酒で火照った体もすっかり冷めている。
 お猪口にのこった僅かな酒をすすった。
 もう、いい時間だ。
 膝にかけていた毛布を頭からかむり、先ほど言われた通り
 彼女の部屋に向かおうとドアーに向かい、一度振り返った。




「ああ、布団がはだけているじゃないか」

 今宵は冷える。風邪でも引かれたら困るんだ。
 彼女の側に駆け寄る。
 肩まで布団をかけてあげるた時に、彼女の頬に手が触れてしまった。

「……綺麗だな」

 寝ていなきゃ、赤面してしまう科白だと、含んで笑ってしまう。
 起きている彼女にはきっと言うことはない。
 目にかかっている前髪をよけると、彼女の顔が良く見えた。
 容姿端麗とは、きっと彼女のことを表した言葉であろう。
 先ほどの無邪気な笑顔は可愛かった。
 対して、今の目をつむる彼女は綺麗、他でもない。
 ああ、私は、酔っている。
 そう、私は今酔っているんだ。



「ご主人」

 寝ていることを確認した。

「ご主人」

 もう一度。

「ご主人」

 おまけにもう一回。

「……」



 そして、無防備なことをいいことに、私は寝ている彼女の唇にキスをひとつ落とした。
 
 




 
 しばらく、じっと彼女を見つめていた。
 心臓が鳴り止まなかった。
 いつまでも彼女を見つめられると思った。
 美人は三日で飽きるという。
 いやいや、それは本物の美人を見たことがない者の戯言であろう。
 なぜなら私は、彼女をずっと見つめることができるから。
 しかし、それは叶わなかった。
 
「ナズーリン?」
「わっ!」

 ドアーの外から声が聞こえた。
 
「……響子か?」
「おはよー。今日早く起こしてくれって言ったよね」
「あ、ああ、そうだった。おはよう、ありがとう」
「じゃあまた朝ごはんの時ねー」

 近寄る足音に一切気付かなかった。
 それほど彼女に夢中になっていた。
 どれくらい時間がたった?
 汗を拭い、冷静になって更に冷や汗をかいた。
 なんてことをしてしまったんだ、私は。



「はあ、顔でも洗ってくるか」
「……ナズーリン」
「ああ、ご主人。起きたのかい?」
「はい。……ふふ」
「なに?」
「いや、ほら。やっぱり簡単じゃないですか」
「何のことだい?」
「もう忘れたんですか、ナズーリン。
 幸せになれる宝物を得る方法です。やはり簡単な事でした」
「……その方法は?」
「部下の部屋に、お酒を持って訪れるだけでいいんです。
 そうするだけで」

 彼女は自分の唇を艶やかにぺろりと舐めた。




 ああ、確かに。
 確かにそうだ。
 簡単だったのだ。
 幸せは私だった。
 そして、私は幸せだった。
 それはもちろん彼女にとっての……


「簡単に、幸せはやってきます」


 私はその科白を聞いた瞬間、部屋を飛び出した。



















「あらら、私の幸せはどうも恥ずかしがり屋のようですね」











『そう、私は幸せだった』
おわり
「幸せは、歩いてきます」
「だから私は歩くのか」


短篇集作成にあたり、短編の練習をしております。
いやいやむつかしいですね。
お読みいただきあありがとうございました。
また次の作品で

*気づいたら前作で40作を超えていました。いままで評価くださった方々、本当に感謝しております。
ばかのひ
http://blog.livedoor.jp/atukainayamubakanohi/
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コメント



0.870簡易評価
1.90名前が図書程度の能力削除
遅ればせながら40作おめでとうございます。
幸せだった、っていうのは、そういうことなんですね。うまい
4.90奇声を発する程度の能力削除
40作おめでとうございます
面白かったです
9.100名前が無い程度の能力削除
題名に少しだけ不安を覚えながら読んだのですが、成る程、と思わず感嘆してしまいました。
読後の温かさが心地良い作品でした。
10.90絶望を司る程度の能力削除
おお。題名の意味はこういう意味だったのか。
11.100名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気のお話でした
16.100名前が無い程度の能力削除
心が温まる話でした
18.90名前が無い程度の能力削除
お上手です!
21.100名前が無い程度の能力削除
CLAMPっぽい作風
22.100名前が無い程度の能力削除
これはいいものだ
23.90おちんこちんちん太郎削除
おもしろい!!!!!
24.100名前が無い程度の能力削除
ああ…なんという…ああ…
26.90がま口削除
もう、結婚しちゃえよ二人とも!
不幸を連想する題名でも、幸せすぎる結末に持って行ける筆運び。
素晴らしいです。
29.100名前が無い程度の能力削除
幸せって素晴らしい!
30.90名前が無い程度の能力削除
Good!
34.100名前が無い程度の能力削除
よかったよ