Coolier - 新生・東方創想話

はたての癖

2015/03/08 23:11:15
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 姫海棠はたてには変な癖がある。
 それは人に隠しておきたいような、悪癖というよりやる意味が全く分からない癖。
 一種の習性なのかもしれないが、とにかくはたてはこんな癖を持っている。

 狭い所に収まっていたい。

 例えば家。
 妖怪の山の鴉天狗記者ならそれなりの家に住めるはずなのだが、はたては未だに旧式集合住宅の二階、六畳一間で生活している。
 最近新聞が売れてきて蓄えの余裕もそこそこあるが、引っ越しはしない。

 なぜなら、狭さがちょうどいいから。
 家具と家具の間に布団を敷くと、もう床が見えない。
 枕の両側には床に直置きの日用品と、携帯端末の充電器と、本や雑誌が迫っている。
 この圧迫感さえ感じる空間が、はたてのお気に入りだった。
 逆に広い家は何となく居心地が悪く、隅っこに移動し、背中に壁の感触を感じることでほっとしていたりもする。

 まぁこれだけなら、独身者や内向的な人物ならそんな性格だろうで片付く。
 だが、はたての場合はもっと深い。

 狭い所に自ら入って行くのだ。
 押し入れの中。建物と建物の隙間。木の洞。
 はたては、人一人がやっと入れそうな空間を見つけると落ち着かない。ぞくぞくする。

 そして人目が無いことを確認し、そっと侵入してみる。
 押し入れの中は少しじめじめしていたが、秘密基地みたいでちょっと嬉しい。ただ思ったより広かったのがややマイナスだ。
 建物の隙間は、窮屈であるほどはたての好み。理想は横向きに進んで行っても胸と背中がこすれ、力を抜いても座れないような狭小幅の隙間だ。
 ただ屋外の隙間は洋服が汚れるし、何より人に見つかる可能性が高い。あまりベターな選択肢ではないとはたては考えている。
 木の洞の中でよいしょと体育座りをして目を閉じたときは、鳥のヒナに返ったようで、心が安らいだ。
 森の奥の誰も知らないその洞は、はたての好きな空間ベスト3に分類されている。

 異常かもしれない、とはたてはうっすら自覚している。
 故にいい隙間を見つけてもこっそりと、他人にバレない様に出入りする。
 でも、自分の好きな場所や落ち着く場所なんて人それぞれだ。
 私はたまたま狭っ苦しい所が好きなだけ。閉所恐怖症ならぬ閉所好意症なのだ。
 そうはたては、清掃用具を全部出したロッカーの中で割り切ってしまった。
 ちなみに清掃用具入れの中は臭い。狭さは申し分無いが、さすがのはたても二度とごめんだった。


               ――◇――


 膝を抱える様に眠っていたはたては目を覚ました後、食事をして身支度を整え、山のふもとに向かう。
 今日は久しぶりに、外に出ての取材だ。

 はたてが訪れたのは、大量に咲き誇る梅花が名所の公園と、そこで開かれている梅祭りだ。
 妖怪の山は紅葉の名勝として知られているが、季節によって様々な木々や草花も己を華麗に主張する。
 またこの公園は山と里の境界領域ということもあり、昼間は人間も含む様々な種族が梅見物を楽しんでいた。
 はたての新聞はこうした季節感を大切にしている面もあり、天気のいい日は自ら足を運んでの取材を心掛けている。
 まだ肌寒いが抜ける様に澄んだ空の下、目が覚める様な赤と白のグラデーション。芳しい梅の香り。めいめいに梅や屋台の料理を楽しむ見物客。
 ここはどこにファインダーを向けてもベストショットが取れそうで、はたては夢中で携帯カメラを駆使して撮影した。

 すると、ズームした画面の端に人だかりが映った。

 そちらの方へ歩み寄ると、どうやら大道芸人を取り囲んで見物する人群れらしかった。
 はたても人垣の中ほどに入り、その芸を見物する。

 目の前の男が見せていたのは、俗にいう軟体芸という技だった。
 立ったままで背中と足がくっつくほどのけぞるなんてのは序の口。
 子供がやっと通れそうな小さい木の輪っかを、頭から体、そして足へと何度も潜り抜ける芸には、観客から拍手が起こっていた。
 そしてこの芸人が最も笑いを取った技に、はたては目を奪われた。

 男が取り出したのは、ごく普通の旅行鞄。3~4日分の着替えと日用品を入れたらお終いといった容積の、布製手提げ鞄だ。
 観客はもう帰り支度をするのかと残念そうだったが、男はにっこりと笑うと鞄を開け、その中に足を突っ込んだ。
 まさか、と観客が目を見張る中、男は土下座をする様に体を折りたたんで鞄の中に体をねじ込む。
 そして全身が収まった所で、器用にファスナーを締めて、完全に口を閉じてしまった。
 ただの荷物がパンパンに詰まっているようにしか見えない鞄に、観客は感嘆の声を漏らす。
 すると、突然開け口の一部だけファスナーが開き、男がにゅっと顔を出した。
 そしてそのままひょうきんな顔で、ぴょこぴょこと鞄ごと飛び跳ねる。
 全身のバネを駆使したすご技だが、辺りの人間はドッと大爆笑。おひねりが景気よく飛び交っていた。

 その芸を見て、はたてはこう感じた。

(へぇ……あの大きさの鞄でも、案外入れるものなのね)

 瞬間、はたての件の癖に火がついた。
 鞄の狭さは体感したことがない。いったい、どんな心地なのだろう。

 もう我慢できない。はたては取材の予定を繰り上げて、自宅に向かって飛翔した。


 はたては自宅に戻るとすぐ、押し入れの中を漁った。
 たしか、旅行用の布鞄があったはず。捨ててはいない、という記憶を信じて押し入れの中身をほとんど出して鞄を探す。
 その苦労の甲斐あってか、ようやくはたては鞄を見つけ出した。
 ほこりまみれだったそれを、窓を開けて外に掲げ、ぱしぱしと叩いてほこりを取った。
 形状はやや違うが、大きさはあの芸人が持っていた物とほぼ同じ。ファスナーで口を閉じる鞄だ。

 はたてはどきどきしながらファスナーを開け、足を突っ込んでみる。
 さっき見た男の姿を思い出しながら体を小さく効率よく丸め、肩まで鞄に入れようと努力する。
 普通ならいきなりこんな真似は難しいだろうが、はたては体の柔らかい女性だし、普段から狭い所に入り慣れている。
 いわば特殊な訓練を半ば習得している様なはたては、肩までちゃんと鞄に押し込むことに成功した。
 そして、内側からファスナーを全部閉める事すらやってのけてしまったのだった。

 果たして、鞄の中は布の薄い所から漏れる光以外は闇が占めていた。
 しかも膝小僧が顔にくっつきそうなくらい限界まで縮こまった姿勢で、全く見動きが取れない。
 今まで経験した中で一番狭い空間だ。はたてはそれを体感して納得したところで、感想を考えてみる。
 狭いのはいいが、いかんせん自由がなさすぎる。
 自ら入っておいて矛盾するかもしれないが、ちょっとくらい空間にゆとりが欲しい。ここに、はたての狭い所に関する美学があった。
 それにこの姿勢で長時間もいると、関節が痛くなりそうだ。
 そうならない内にさっさと出ようと、はたてはさっき閉めた時と同じ要領でファスナーに手を伸ばして開け始める。

 するとまだ開け始めの段階で、がちっと嫌な手ごたえを感じた。

 はたての顔から余裕が消えた。
 はたては同じ方向にぐいぐい押して、その後逆方向に引っ張ってみる。
 だが、ファスナーはビクともしない。どうやら、完全に噛んでしまっているらしい。
 どっと冷汗がはたての全身に滲む。
 ただでさえおかしな体勢で、しかも鞄の内側で操作しているのに噛んだファスナーを元に戻すのは至難の業だ。
 このまま出られないかもしれないという焦りと戦いながら、はたては必死にファスナーをつつく。

 その必死さがまずかったのだろう。はたては急に息苦しさを感じた。はっはっと呼吸が短くなる。
 もしかして、鞄の中が酸欠になりかけている?
 そう思った瞬間、はたてはパニック状態に陥った。
 ほとんど涙目で鞄を開けようと頑張るが、そんな精神状態で出来るはずがない。
 ついにはたては、日中見ていた大道芸人の様に転げ回って、鞄を破く決断をした。

 普段使わない筋肉をも総動員して、一生懸命鞄ごと自分を転がす。
 外の視点から見ると鞄だけ勝手にゴロゴロ動いていて、不気味この上ない。
 だがはたてはそれどころではなく、早く窒息する前に何か尖った物に当たって鞄を破けないか、としか考えていない。
 散らかった部屋で蠢く鞄。だが不幸はまとめてやって来ると言わんばかりに、追い打ちが襲う。

 はたては視界ゼロの状態であっちこっちに移動したせいで、現在位置を見失っていた。
 そしていつの間にかタンスの傍まで近づき、鞄から逃れようとする動きで頭を後方に思いきりのけぞらせた。

 ガツン! と鈍い音が響く。はたては力加減なしで、タンスの角に後頭部をしたたかに打ち付けてしまった。
 あっと思った時にはもう遅い。はたては痛がる時間も与えられず、すぅっと目の前が真っ暗になる。

 意識を手放す数秒前、はたては(こんなことで死ぬのは嫌だ!)と自らの行いを反省していた。


               ――◇――


 はたてはゆるゆると目を開ける。

 いつもは丸まった状態で起きるのだが、なぜかまっすぐな姿勢で起きられた。
 すぐ目に入ったのは見知らぬ風景。もちろん鞄の布地でも三途の川でもない、普通の清潔な部屋の様だ。
 視線を横に振ると窓があり、外はとっぷりと日が暮れていた。そして鼻には消毒液独特のツンとした臭いが届く。
 はたてはなおも現状確認に努めようと身じろぎをして、後頭部にズキリと鈍痛を感じた。
 それでおぼろげながら、はたては察する。
 ここは妖怪の山の病院だ。きっと誰かが騒ぎを聞いてここに担ぎ込んでくれたのだろう、と。

「はたて……目が覚めた?」

 ふと、はたてが寝かせられていたベッドの脇から、聞き覚えのある声がした。

「……文」
「大丈夫? 痛い所とか、気分は悪くない?」

 文はやたら優しげに話しかけてくる。こんな調子の文は、はたても知らない。
 とりあえず「頭が痛い」とだけ伝えると、文は「そう……」と何やら腫れ物に触る様な返事だ。

 はたてはこの状況から、文がここに連れてきてくれたのだろうと推測する。
 それと同時に(あぁ……恥ずかしい所を見られたなぁ)と憂鬱になる。

 ややあって医師が現れ、一通りの診察を済ませる。
 医師の話だと命に別状は無いが、頭を打ちつけているので様子見で入院してください、とのことだった。
 その医師が退室するのと入れ替わりに病室に入ってきたのは、はたてと顔見知りである白狼天狗の椛だった。
 はたてが椛の登場に疑問符を浮かべていると、椛が仕事の口調で話し始めた。

「はたてさん。大変な目に遭いましたね。でも無事でよかったです」
「はぁ……」

 何だろう、やけに仰々しい言い方だ。はたてが違和感を覚えていると、椛ははたてが意識を失ってからの経緯を説明した。
 それは、はたてにとって衝撃の内容だった。

「はたてさんの真下の部屋の住人から、『二階の部屋で誰かが暴れている様な物音がする』という通報を受けて駆けつけました。
 そうしたら、はたてさんが室内で気絶していて、本当に胆を潰しました。
 教えてください。いったい何があったのですか」

 ぶわりと、本日二度目の冷汗を流すはたて。
 何と、はたての与り知らぬ所で警察沙汰にまでなっていたらしい。
 しかも、こんな大事になった原因を聞かれた。
 はたての脳裏には、自ら鞄に入って勝手に自滅した間抜けすぎる姿と、狭い所フェチがバレてしまうという悲惨すぎる近未来のイメージがありありと浮かんだ。
 その上、傍には文がいる。このことを面白おかしく三面記事にされたら、それこそしばらく外を歩けない。
 それで何と答えようかとグルグル考えながら「あ……その……うあぁ」といった不明瞭な言語を俯きながら漏らしていた。

 その時、椛に向けて文の少し鋭い声が飛んだ。

「椛。今のはたてはまだ参っているんです。そういうのはしばらく遠慮して」
「は、はい」

 まるで椛の行いを無神経だと言わんばかりに咎める文。
 はたてが目を丸くしていると、文ははたての方に向き直り、また例の作ったような穏やかな笑みでこう勧める。

「はたて。今日はとりあえずゆっくり休んでね。
 大丈夫。ここは夜通し警備がいるし、また明日も来るから」
「う、うん」

 はたてはおかしなことを捕捉する文に返事をして、言われた通りベッドに横になる。
 それを見届けた文は、そっと髪を下ろしたはたての頭を撫でて、椛と一緒に病室から出て行った。

(変な文……)

 親切にしてもらったにも関わらず、はたては率直にそんな感想を抱いた。



 一方、病室の外では先ほどとは打って変わり、重い空気の中で険しい表情の文と椛がひそひそと話していた。

「……ひどい事をする輩がいたものですね。
 はたてさんを殴って気絶させた上、鞄に押し込むなんて」

 そう椛は、はたての部屋で見た光景と医師の診断書から推定した被害状況を述べる。
 すると文は、きりっと下唇を噛みしめる。
 はたてが病院に搬送されたと聞いて泡を食って駆けつけた文は、事のあらましを椛から聞いていた。
 哨戒天狗の椛や事件に慣れている文だって、あの状況を見聞きすれば何者かに襲われてこうなったと思うのが自然だ。
 さらに現場はその仮説を補完する。

「室内は荒されていて、窓が開いていました。
 おそらく賊は、空き巣に入った所をはたてさんと鉢合わせして居直り強盗に転じた。
 さもなくば、初めからはたてさん目的で侵入したのかもしれません。
 誘拐しようとして、抵抗されたから暴行を加えて鞄に」

 そう椛が言うがいなや、文は拳を壁に叩きつけた。
 よっぽど腹に据えかねたのか、頑丈な土壁にうっすらヒビが入っていた。
 椛が戦慄していると、文は俯いてふぅーっと荒い呼吸を何とか抑え、椛にこう訴える。

「……最近のはたては、以前とは考えられないくらい前向きになったのよ。
 長く休んでいた新聞も再開して、外にも時々顔を出すようになって。
 『いつか文の新聞を超えるわ!』なんて一緒に酒を飲みながら笑っていたのに……あんなに怯えて」

 文は心底悔しい、という感情を前面に出して絞り出す様にそう漏らす。椛は文のこんな弱々しい姿を初めて見た。
 親友が暴漢に襲われたという先入観がある文には、先ほどの狼狽したはたての様子がトラウマに触れて怯えている、という風に見えたらしい。
 実際同じ様に見えていた椛も、何と言っていいか分からず押し黙っていると、文が正面を向いた。
 その顔は鴉天狗の気高さを表す様に強く凛としていたが、瞳は爛々と赤く燃えていた。

「いい、捜査は第一にはたての身の安全を確保すること。第二に名誉を尊重すること。
 はたてはこれから大きく飛翔することができる存在よ。こんな事件で、経歴や心に傷をつける訳にはいかないわ」
「心得ています。病室には一日中交代で歩哨を立たせます。退院後の身辺警護も同様です。
 捜査は完全秘匿とし、捜査班は女性のみで構成します。
 でも、できればはたてさん本人から事情を聞きたいところですが……」

 椛はそう文に相談する。先程注意されたばかりだが、はたての証言が無ければ手がかりが無いことも事実だ。
 文はそんな職務のつらい所を汲んで、今度は冷静に話し合う。

「わかっている。でも、もうちょっとだけ待って。
 はたてが落ち着いたら、私が慎重に聞いてみるから」
「お願いします。きっと私と違って……文さんにしかできない事ですから」

 そう少し寂しそうに語る椛。
 はたてと文の絆は、この取り乱した様子で明らかだ。対する椛は、はたてと付き合いはあるものの、心の繊細な部分に踏み込める程の仲ではない。
 犯人を捕まえる為、それ以上にはたての為に全力を尽くしたいのに、もどかしい思いが椛を包む。
 そんな椛に、文は意外な声をかける。

「椛。私がさっき言った条件。これは他の白狼天狗でもない、信用できる貴女にしか頼めない事なの。
 現に椛は、具体的な方針を私に示してくれた。それがとても嬉しくて、頼もしい。
 くれぐれも、はたてのことをお願いね」
「文さん……」

 椛は胸を突かれた。
 一時期険悪な関係で、文はきっと自分のことを取るに足りない存在だと考えているに違いないと思っていた。
 それだけに、椛はその言葉に震えるほど感動した。
 と同時に、強い使命感が生まれる。犯人を絶対に捕まえてやる、と。

「ああ。それと第三に、これも椛にしか頼めないことなんだけど」

 ん? と椛は小首をかしげる。急に文が笑顔でこう切り出したからだ。
 だが、次の言葉でその意味を嫌というほど思い知る。

「下手人の目星がついたら、真っ先に私に教えてちょうだい。
 個人的に、ケジメをつけたいから、ね」

 文は笑顔のまま。
 だが背後の羽はざわざわと膨れ上がり、椛が尻餅をつきそうな程の妖気が発散される。
 相手は千年天狗。人間は元より、並の妖怪が太刀打ちできる訳がない。

(捜査機密って言っても……通じないだろうな)

 椛はあまりの殺気に硬直しながら、二つの事を諦める。
 一つは、情報漏えいという不正を犯してしまうこと。
 もう一つは、多分全身を雑巾の様にひねり潰されるであろう犯人の命の保障だ。

 こうして、はたての小さな癖は、いよいよ最大限に加速した大事に発展したのであった。

 その渦中のはたては、病室でこう思う。

(あ~あ。鞄出すのに散らかしたままの部屋、文だけじゃなく椛にも見られちゃったんだ。最悪……
 ってほこり取った窓も開けっ放しじゃん! 閉めてくれる訳……ないよね。はぁ)

 外の状況も露知らず、はたてはのんきに乙女の恥じらいを感じて落ち込んでいるのだった。


               ――◇――


「まったく! はたてはまったくもう!」

 そう文はぷりぷりと怒ってグラスを煽る。
 今日は文の他に、はたてと椛もそろってミスティアの屋台で呑んでいた。
 名目ははたての退院祝いだが、正直ヤケ酒のテイストも混ざっている。

「何よ、そっちが勝手に勘違いしたくせに。私に当たらないでよね」
「黙らっしゃい! 誰が鞄に自分から入っていくなんて想像するのよ、この閉所マニア」
「ぐっ……」
「ま、まぁまぁ」

 はたても大騒動が全て自分のせいだと言わんばかりの態度に不機嫌に言い合いをし、椛がそれをなだめる。

 事の真相が発覚した時は、全てを知る者にとって滑稽劇そのものであった。

 一夜明けて病室を訪れた文が、何故か聖典の類の一説まで持ち出して、やたら遠まわしに鞄事件の起こった理由を聞いてくる。
 初めは絶対吐くものかと流していたはたても、段々イライラが募って「文には関係ないでしょ! 放っといて」と口走ってしまった。
 そしたら、突然文にビンタされたかと思うと「関係なくなんて、ない! どんなことがあろうと、はたては私の大切なライバルよ……」と涙目で抱きしめられてしまった。
 これで異常に気付いたはたては、即座にあたふたと説明。
 まさかの真相に、文は犯人に脅され言わされているのかと怒り爆発寸前だったが、どうやらそれが本当の事らしいと納得した瞬間拍子抜け。
 それでたっぷり空回った感情は、こうして不機嫌となって今に続いているのだった。

「そもそも被害届も出ていなかった訳ですし……我々の早とちりで済みましたから」
「ごめんね。私と、この何でもかんでも最速鴉のせいで迷惑かけて」
「主にはたてのせいでしょ、は・た・て・の!」
「だから! 私は何もしていないし、言ってもいないでしょ!」
「ま、まぁまぁ」

 二人の間に挟まれ、椛は小さくなって仲裁する。
 すると文は一応怒りを収め、その代わりに疑問をぶつけてくる。

「それにしても、狭い所が好きって何? 鼠じゃあるまいし」

 呆れた様な問いに、それに関しては椛も同意だったのかうんうんと頷く。
 するとはたてもうーんと考え、ぽつぽつと理由を話し始める。

「安心するから……かな」
「安心?」

 文の不思議そうな返事に、はたては頷く。

「広い場所って、満たされないの。
 体に何か触れていると、守られている感じがするのよ。
 一人が長かったせいかしら。広場にいると一人ぼっちを実感するというか、隙間風がぴゅーぴゅー吹き抜けて寂しいというか。
 だから、狭い所でじっとしているとちょっと落ち着くの。熱が閉じこもって温かな感じもするし」

 そう寂しそうに笑うはたて。
 するとその様子をじっとうかがっていた文が、椛にこう言う。

「椛。ちょっとはたてと席替えして」
「はい」

 椛も文の意図を承知している様に、はたてを真ん中の席に座らせる。
 状況を分かっていないはたても、すぐに文の態度で理解した。

「ほら。ぎゅーってしてあげる。どうせ挟まれるなら、こういう場所が良いでしょ」
「え、あ、わわわ!」

 そうはたてにすり寄って、腕と腕をからめる文。
 はたてが面食らって反対側にのけぞろうとすると、そっちには椛が居て、やはりはたてをにこやかに押し戻す。
 文と椛のサンドイッチになったはたては、ついに大人しく肩を揺らして座りのいい位置に移動した。

「はたてさん。私が言うのも何なのですが、さっきの感情の慰め方は余計に寂しいと思います。
 だって、自分で自分を抱きしめてもちっとも温かくなりませんよね。
 だからこうして、他者と交わることがとても大切で心地いいんですよ」

 そう椛に詠うように説明されて、はたてもこっくりと頷く。
 はたては人と人との空間はせまっ苦しく窮屈だと思っていたが、その温もりを知らなかった。

「はたて。狭い所に入るのはいいけど、寒い様だったらいつでも私たちを誘って。
 はたて一人を守るくらい、何の訳も無いんだから」

 文の優しく強い言葉に、はたてはただただ頷くだけだった。でも確かに、はたての心情に変化があった。
 はたてはほぅ、と安堵したように吐息を漏らしてこう礼を言う。

「ありがとう。何か元気出た」

 その言葉に文は鷹揚に頷き、そして衝撃の言葉を発する。

「うむ。よろしい。
 さて、しんみりは終わり! 今日ははたてのおごりでガンガン飲むわよ」
「は? いつ私のおごりって言ったのよ!?」
「口止め料よ。私の筆を黙らせたいなら、ここはおごってよ。
 それとも『狭所の魅力をH氏が語る』って見出しの新聞記事の原稿料にしちゃう?」
「ぐっ、足元を……って椛も止めてよ」
「ごちそうさまです」
「ぎゃー! タダ飯だと分かって目の色変わってる!」

 退院祝いなのにこの理不尽な話。しかも相手はザルの鴉天狗と大食い白狼天狗だ。
 さすがにはたても悲鳴をあげるが、それでも二人の間から逃げたりしない。

 今夜はこの隙間から出たくない。今までの狭い所の中で一番居心地がいいから。

 そしてはたては軽口の言い合いをしながら思う。

 今度からどんなに広い場所でも、不安にならずに過ごせるだろう。
 心にいつも触れていてくれる仲間がいるから。


               【終】
あれ以来、はたては狭い所にあまり入って行かなくなった。
その代わり、はたてはよくこんな所に出没する。

人里の大通り。大安売り中のお店。繁盛している立ち飲み居酒屋。
そして

「――ねぇ、文。この『満員電車』って、幻想郷のどこに行けば乗れるかしら?」

外界の雑誌の写真、人と人がもみくちゃに混雑し合う様相をうっとりと眺めるはたてを目の前に、文はこめかみを押さえてこう後悔する。

余計な性癖を開発してしまった、と。



こんばんわ。がま口です。
無くて七癖なんてことわざがあるように、生き物は何らかの癖を抱えているはず。じゃあ妖怪さんは……ということで毎度ばかばかしい話を一本。
実際はたてさんにそんな癖があるかは疑問ですが、キャラクターを考えていたらさらさらーっと思い浮かびまして……私の中のはたて像ってどんなのだ(汗)
ちなみに文さんはペン回し癖持っていそうだし、椛さんはご飯をよく味わわないで食べそうだなぁ、と好きな登場人物の癖を考えてみるのもなかなか面白いです。

この前買った本を全然読んでいないのにまた新刊を買う、それが僕の悪い癖。がま口でした。
がま口
gamaguchi2014-cooliercontact@yahoo.co.jp
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コメント



0.2520簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
このはたて、スカーレット夫人の仲間か!
癖って一つの生活様式といいますか、暮らしの一部ですよね。
自分の癖は室内で裸になることなんですけど、この時期は暖房が頼もしく思います。文明は全裸に優しい。
3.90名前が無い程度の能力削除
エス●ー●東も罪なことをした
でも狭いところ安心するのはちょっと分かる
4.100名前が無い程度の能力削除
狭い所はワクワクするからしゃーない
はたてみたいに落ち着くって程じゃないけど、布団のカバーに入って自らチャックを閉めたりすると楽しい
>もう我慢できない。はたては取材の予定を繰り上げて、自宅に向かって飛翔した。
やってみよう!自宅で自分もやってみよう!と言うはたての姿で笑った
6.90奇声を発する程度の能力削除
良いね、確かに狭い所は安心する
9.100名前が青い程度の能力削除
確かにこの状況なら勘違いしてしまうよな…
文の気遣い方がぐっときた。文はたいいぞ
10.90名前が無い程度の能力削除
割りとマジで満員電車は止めた方がいいと思う
四方から押されて身体が浮くから閉所とも言えんしな
それはたては可愛すぎるから痴漢に遭うこと間違いなし
11.100名前が無い程度の能力削除
真剣に心配してる文いい
文はた好き
14.100名前が無い程度の能力削除
これはおもしろい
もうちょっと引っ張ってうまい形に落とし込めた気もするけど
この時点で100点の価値があるわ
15.90名前が無い程度の能力削除
良いあやはただった。何か狭くて暗いところって妙に冒険心みたいなものをくすぐられるよな。さすがにバッグに入ろうとは思わんけども。
18.100名前が無い程度の能力削除
おしいれのぼうけんという絵本がトラウマだったので狭いところはちょっと…。
はたて可愛いなぁ、みんなもっとはたてを愛すべきそうすべき。
20.90絶望を司る程度の能力削除
面白かったです。
22.100名前が無い程度の能力削除
*あんな隙間に天狗がいるなんて!*

26.100名前が無い程度の能力削除
文のはたてへの思いが素晴らしい
はたても恥ずかしいだろうけど文も照れ隠ししてそう
27.80ぬばたま削除
最後の二人の隙間に挟まれるはたて、読んだ後でほっこりハートフルな気持ちになりました。
36.90名前が無い程度の能力削除
癖に焦点を当てるという発想が面白かったです。
色々なキャラクタの癖を想像してみたくなりますね。
それにしても、笑いごとですんで良かったものです。
41.90名前が無い程度の能力削除
おもしろかったー!
ちなみに本を買う癖、よくわかります笑
43.100大根屋削除
狭いところを好むって、猫ですかはたてはwww ばかばかしすぎる発想に満点!
人間臭い妖怪ほど、変人が多くなるのかもしれない。
45.100暇神削除
*かばんの なかに いる*
46.100お嬢様削除
これはちょっと分かる気がする私がいる。
私も一人六畳で「……」てなってるの好きだからなー

伊東さんはあっちにいってしまったのか。
48.100名前が無い程度の能力削除
面白い。
はたては確かに狭いところ好きそうだなあ、なんて思いました。

続きは薄い本かな?
52.80名前が無い程度の能力削除
面白かったです
56.100ばかのひ削除
閉所恐怖症の私には読んでいるだけで冷や汗が出てきました
とても面白かったです
私もできればあややとはたたともみみで満員の電車に乗りたいです
60.無評価がま口削除
1番様
? お嬢様と何の関係が?……と検索してみたら、なるほど何という圧迫祭り(笑)
確かに癖は生活環境で大きく違いが出そうですね。
>文明は全裸に優しい
何という名言! しばらく腹がよじれました。

3番様
彼はもう、幻想郷に行ってしまったのでしょうか……
共感をいただき嬉しいです。

4番様
>布団のカバーに入って自らチャックを閉めたりすると楽しい
なにそれ、ちょっと楽しそう!
はたてさんはワクワクする事には一直線です。方向が微妙に違うけど(汗)

奇声を発する程度の能力様
ご感想ありがとうございます。共感をいただき嬉しいです。

名前が青い程度の能力様
はたてさんも出来過ぎた状況を生み出してしまったとちょっぴり反省。
でも文さんの優しさに気付いて、すこし見方が変わったりして……な妄想できる文はたいいですね(拳グッ)

10番様
最近初めて満員電車を体験しました。
体が浮くってオーバーだなぁ、と高をくくっていたらマジだった(震)
でもはたてに痴漢なんかしたら、次の駅でスプラッタな制裁が待っていますよきっと(震)

11番様
ありがとうございます。決める時は真剣な文さんや、ちょっと天然なはたてさんが好きです。

14番様
満点ありがとうございます。
勘違いネタは好きなのですが、中々自然な形で引っ張るのが難しい。
次回にご期待いただければ、と思います。

15番様
狭暗い所はワクワクするという共感コメントが多く、私も少しびっくり。
ただバッグは本当にやめた方がいいと思います。まず無理です。
あ、それができる芸人さんが一人いたか……

18番様
おしいれのぼうけんとは懐かしい! 挿絵が微妙に怖かったのを覚えています。
そして一人をちょっとこじらせちゃったはたてを愛しましょう! そうしましょう!

絶望を司る程度の能力様
ありがとうございます。

22番様
うおお! 何という深秘録! 気づかなかったぁぁぁ!!
拙作からさらにネタを掘り起こしていただきありがとうございます(礼)

26番様
>はたても恥ずかしいだろうけど文も照れ隠ししてそう
その幸せそうな二人の絵が目に浮かぶ……でも、椛さんも忘れないであげてください(哀)

ぬばたま様
ありがとうございます。ハートフル大好きながま口でございます。

36番様
霊夢さんはだらけ癖。魔理沙さんは手癖……ごほん、蒐集癖。咲夜さんは潔癖とか?
癖でだいたい性格が語れますね。
しかし今回は危なかった。本当に笑いごとで幸いです。

41番様
ありがとうございます。
しかも新刊の方を先に読んじゃって、先に買った方を忘れるという悪循環(泣)

大根屋様
笑っていただけた様でなによりです。
>人間臭い妖怪ほど、変人が多くなるのかもしれない
中々含蓄のあるお言葉。変人というより、むしろ人間味が増したらこうなったのではないかなぁ、と思ってみたり。
……いや、バッグには入らないか(笑)

暇神様
*ステキ! かばんの天狗様!*

お嬢様様
ご感想ありがとうございます。
うら若き女性が一人六畳間で「……」の図はすこしシュールさを感じますが、共感をいただき嬉しいです。
伊東さん、確証はないけど最近見ないしなぁ……まぁ、全て受け入れてもらっていると信じましょう(笑)

48番様
共感をいただき嬉しいです。
>薄い本
それは……18歳より上ですか、下ですか? 上は……ちょっとニッチなジャンルの様な(汗)

52番様
ありがとうございます。

ばかのひ様
これはこれは、とんだ失礼を。でも好評いただいてホッと一安心です。
>できればあややとはたたともみみで満員の電車に乗りたいです
なにそれこわい(笑)

ギネス世界記録で狭い所に入る系の挑戦を応援するがま口でした。
61.90名前が無い程度の能力削除
一人でやったのがバレルまでのドタバタやすったもんだに期待したが、さらりと流されてしまっていたのが惜しいけど、おもしろかったです。
62.100名前が無い程度の能力削除
無くて七癖あって四十八癖
はたてちゃんって変な癖を持ってて違和感ないのはなんででしょう。
面白い作品でした。

あとがきの癖も良くわかります。
というより、溜まった本の山を見るとなんかほっとする今日この頃。
これが噂のビブロフィリアでしょうか。
63.100名前が無い程度の能力削除
誰しも一つは変な癖があるものですが、それが命取りになることってありますよね
それにしても知ったらすぐトライしちゃうはたてのチャレンジ精神がなんか羨ましいです
終わり方も素敵でした、オチも含めて
68.無評価がま口削除
61番様
ご感想ありがとうございます。
本当は勘違いのままでのすったもんだをやりたかったのですが、やればやるほど不自然な流れになってしまい、泣く泣くカットした次第です。
しかし楽しんでいただけたのでしたら幸いです。

62番様
お話を書いている内に、はたてさんは本当にこんな癖を持っている様な気がしてくる程の謎の親和性がありました。本当になんでだろう?
本の山を見ていると安心はあるある! 手元に本があると落ち着きます。
軽度のビブロフィリアなんでしょうなぁ。

63番様
自分の興味に対しては意外とアクティブに動けそうなポテンシャルをはたてさんに感じたもので、こうなりました。
しかし鞄で死にかけるチャレンジは真似しない方がいいですね(笑)
72.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
はたての気持ちはよく分かる、机の下とか子供の頃はよく入ってたな
今は不思議とやらなくなったけど
74.100名前が無い程度の能力削除
軟体芸のことをコントーションと言いますが、これはなんというコント・ショー。
ところで姫海棠さん、ダブルスポイラー中、弾幕の間は落ち着きませんでしたかね?
75.100青段削除
真摯な文がよかったです
76.無評価がま口削除
72番様
机の下も、なぜかあの頃は楽しかった。
特に避難訓練とかで入るときはワクワクしました。本当に、なんでなんだろう?

74番様
何という奇跡の英単語! 座布団一枚です。
弾幕のスキマは、正直くつろぐどころじゃないと思います(汗)

青段様
ご感想ありがとうございます。お褒めにあずかり光栄です。
81.100あやりん削除
ちょうおもしれぇwww
82.無評価がま口削除
あやりん様
ありがとうございます。面白ければそれで良し!
83.100KASA削除
>瞬間、はたての件の癖に火がついた。

この一文でどうしようもなく顔がニヤついて、
その後あややの勘違いが加速していくにつれてもう私はヘブン状態!
最高に興奮しました! 
しかもこんなきれいな〆方で……たまらんですばい!

はたてを小人にして文の口の中に収めたい。
84.100コメントする程度の能力削除
はたてさん、我が家の洋服ダンスを提供しますよ。
85.無評価がま口削除
KASA様
ご感想ありがとうございます。
大変な勢いでお褒め頂きとても嬉しいです。
ただ、最後の一文はどう処理したらいいか分からないとです(震)

コメントする程度の能力様
だったら私も私も! ファスナー式の洋服入れがありますよ……ってトラウマ掘っちゃうからNGかな(哀)
88.100そんな程度の能力削除
………(汗)←満員電車の、特に壁際で壁と硬さと人の柔らかさに圧迫されるのを好む性癖を持つ自分のことを指摘されているようで何とも言えない顔
マッサージされてるみたいで気持ちいいんですよ悪いかコンチキショー!

文と椛の優しさに惚れ直しました、やっぱり文には母性の波動を感じる…!
読み易くて面白かったです!
90.無評価がま口削除
そんな程度の能力様
満員電車の件、気持ちはなんとなくわかります(汗)
そして文さんは良い人、もとい良い天狗なんですよ! と強調しておきます。
92.100名前が無い程度の能力削除
このはなしおもしろいんだよねぇ
93.無評価がま口削除
92番様
面白いというご感想が嬉しいです。ありがとうございました。