Coolier - 新生・東方創想話

幻想郷甘やかし同好会 前編

2015/03/07 01:37:37
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幻想郷の一角にひっそりと設けられた会議場、そこに異様な面子が揃っていた、八雲紫を始め、洩矢諏訪子、八坂神奈子などのパワーバランスの一角を担う者たち、十六夜咲夜、魂魄妖夢、八意永琳などの従者組、上白沢慧音、果ては大妖精や小悪魔までもが雁首を揃えている。本来立場も種族も違う者がこのような場所にいる理由は…

「幻想郷甘やかし同好会緊急会議の開会をここに宣言するわ、本日の議長はこの八雲紫が務めさせていただくわね」

様々な欲望が渦巻く幻想郷…己の母性本能を満たすために集い、会議を開く、幻想郷甘やかし同好会のメンバーだったからであった。

「突然の呼び出しとはどういうことだよ八雲紫… 会議は毎月21日と決まっているだろ?おかげで早苗との買い物の時間が減っちゃったじゃないか!」

「せっかく早苗のワンピース姿をこの河童特性1眼レフカメラ『毛穴の奥まで』君に収めようと思っていたのに、くだらない内容だったら…わかっているだろうね?」

早苗担当の諏訪子と神奈子が、突然の呼び出しに対し、苦言を呈す。幸せな時間を邪魔され、相当に機嫌が悪いようだ、諏訪湖の帽子の目が細くなり、注連縄が小刻みに振動している。

「私も幽々子様の夕餉の用意を…」

「お嬢様方のお茶の時間が…」

レミリア、フランドール担当の咲夜、幽々子担当の妖夢、そしてその後を追うようにメンバーからの不満が相次ぐが、それをぶつけられる当の本人はどこ吹く風であった。涼しげな顔のまま立ち上がる。

「あなたたち、この会の理念を覚えているかしら?」

「確か、『この世のどんな甘味より甘い愛を、私たちの子供たちへ』でしたよね?」

突然の問いにも落ち着いて、チルノ担当の大妖精がそう答える。妖精でありながら聡明な彼女の答えに紫は満足気な笑みを浮かべ頷いた。

「そう、今、私たちはそれぞれ愛を与える対象がいるわ…とても大切な存在……私にとっての霊夢や魔理沙ね」

そこで紫は深呼吸をし、目を大きく見開く。涼しげな表情は消え雰囲気が一変した。

「でも、特定の相手だけに愛を注ぐのはこれに反するのではなくて?私たちの愛を欲する子供たちには全員愛を与えるべきなのよ」

その真剣な様子に、不満な顔をしていた一同は姿勢を正す。いつもの霊夢と魔理沙ののろけ話しかしない彼女の姿はそこにはなかった。

「今、私の知り合いに愛を必要としている子がいるわ…そしてその愛の不足は目を覆いたくなるものがある、正直私一人では癒しきれるか分からないわ」

そう切なげに語る紫の目には、自身の無力感を嘆くかの如く、涙が光っていた。

「そこで、私は貴方達に力を貸して欲しいのよ。でもこれは長期のプロジェクトになるかもしれないわ。今、貴方達がしているように一番大切な人を甘やかす時間を削ってのことになる…。それを覚悟出来る者のみ、残って頂戴。無理だと出て行ったとしても私は咎めない、そして誰にも咎めさせないわ」

この会が設立以来このような重い空気になるのは初めてのことだった。メンバーは互いに顔を見合わせ何かを話し込んでいる。そのまま幾ばくかの時間が過ぎ去ったが、その喧騒を破ったのは輝夜、鈴仙担当の永琳だった。彼女はいきなり立ち上がり、席を離れる…

その向かった先は出口…ではなく紫の元だった。

「ねぇ、紫、あなたがこの会を私と立ち上げる時、あなたがなんて言ったか覚えているかしら?」

「……『私は幻想郷のお母さんになりたいの、だから共に来てくれないかしら?』だったかしら」

「そうよ…ここにいる皆は、その思いに深く共感した子達よ?今更疑う方が失礼じゃないかしら?」

「そうですよ、私たちが必要なら全力をもって答えます。パチュリー様だってきっとそうなさいっておっしゃることでしょう」

永琳に続き、パチュリー担当の小悪魔がそう続けると、ほかのメンバーも力強く頷く。

「永琳…皆…ごめんなさい、いいえ、ありがとう」

「お礼は全部終わってから受け取るわ、それよりまずは話を聞かせてもらえないかしら?」

「分かったわ」

紫が空中で手を凪ぐと、大きなスキマが開きベッドの上で一人膝を抱える少女を映し出した。その少女を見たメンバーの表情はそれぞれだったが、一様に驚いた様子だった。

「今回私が救いたいのは彼女…先日の異変の犯人、比那名居天子よ」

紫のスキマに映し出された少女の姿に、メンバー達は見覚えがあった、中には実際に剣を交えたものさえいる。紫本人から異変の真相を聞いたときには、暇つぶしで私たちの愛する者たちを危険に晒した彼女に対してひどく感情をあらわにした者もいた。やりたい放題、わがまま放題、どう見ても甘やかされて育ったと思われるご令嬢の姿に先ほど決意を固めたばかりのメンバーに疑問と動揺が走った。

「どういうことだ八雲、彼女はどちらかと言うと愛を脅かす側だと思うのだが?それに、一番怒りをあらわにしていたのはお前じゃないか?」

人里と妹紅担当の慧音がメンバーたちの気持ちを代表して述べる。

「みんなの気持ちは分かるわ…確かに彼女は霊夢の大切なものを奪い、果ては幻想郷の存亡すら揺るがしかねないことをしたわ…」

「だったら…」

「一人でやっていたのよ…」

「なに?」

「彼女一人で双六をやっていたの…」

メンバーに戦慄が走る、中には自分の耳がおかしくなったかと思い、必死にとなりの席の者に声をかける者さえいた。

「どういうことだ…」

「最初は事後処理と復讐を兼ねて、彼女の近辺を調査していたの…そこで見てしまったのよ、一人で三人分の駒を動かして双六をする彼女の姿を…」

「お、親御さんや友人は!たまたま席をはずしていただけではないのか?」

まだ事実を認めきれない神奈子が声を上げる。いつもの余裕はなくひどく狼狽していた。

「周りの天人たちは天子の事を不良天人といい、疎んでいたらしいわ…親も含めてね、基本的に彼女と会話すらしないそうよ」

「…っ!?なんてことだ…!!」

「彼女はそんな双六を最後までやり遂げ、あろうことか『一人でやるより面白いかと思ったけど、やっぱり三人でやってもつまらないわね』と言ったのよ!彼女はあの状況を三人でやったと言ったの!駒を動かしたのは彼女だけなのに!!」

紫は悲痛な面持ちで顔を伏せた。そして同じ事実を何度も告げる、そこにはいつも冷静な妖怪の賢者の姿はもうない。そんな彼女の口から信じられない言葉を聞いたメンバーは、何かの間違いではないかとその言葉を頭の中で繰り返す…そして気づいてしまった、この言葉のさらなる意味を。彼女は一度双六の一人プレイをやっているのだ!普通なら一度で気づくはずの虚しさも分からず、人数を増やしてプレイしている、そして三つの駒と言う中途半端な駒の数がこれは三度目試みであることを告げていた。

「そしてさらに…」

「もうやめてください!!」

咲夜が悲鳴のような声をあげ、うずくまる。メンバーの中でも感受性が高い彼女は、これだけでどれほど天子が孤独にさらされて来たかを悟った…いや悟ってしまった。お嬢様方が同じことをしていたら私は耐えられるだろか?そんな想像に彼女の心は貫かれている。

「いいえ聞いてもらうわ、貴方達はこれから立ち向かうべき相手を知る義務がある」

咲夜の悲痛な叫びを無視して、紫は続けようとする。しかし、誰も止めようとしない、皆はこの事実を告げている紫本人が一番辛いことを知っているからだ。私たちは間接的に事実を聞いているに過ぎないが、紫はそれを直に目撃しているのだ、その胸の苦しさは比ではないはずである。

「このゲームは駒として牛車を使うわ、そこに人形を載せ、進ませて行くの。マスに止まると様々なイベントが起こるのだけど、その一つに結婚、そして出産というのがあるのよ。そのマスに止まると家族が増えることになるのだけど、そのたびに追加の人形を乗せていくの…」

そこで紫は静かに息を吐き、そしてゆっくりと吸い込んだ。

「彼女は出産のマスに止まった時、少し考えた挙句、子供の人形を夫婦の人形から一番離れた角に座らせたわ。……彼女はもう、ゲームの中ですら親の愛を受けることを諦めていたのよ!!!」

「いやああああああああああああ!!」

椅子から転げ落ちた咲夜の元に永琳が駆け寄る、他の者も彼女ほど取り乱してはいないものの一様に顔は青い。

「他にも一人で出来ないゲームを彼女はプレイしていったわ…一人大富豪の時、私は自分の目が信じられなくてえぐりとろうかと思ったわ」

「で、でもどうして彼女は一人用のゲームをしなかったのかな?元々多人数用のゲームを一人で遊ぶと言う趣味をもっているのかもだよ?」

諏訪子が反論を口にする。その可能性の低さを検討できないほどには、彼女は正気を失っていた。ほかのメンバーもそのわずかな可能性にすがるような表情を浮かべる。

「ええ、私もそうであればいいと思い調べたのよ、でも倉庫から出てきたのは使い古された一人用の玩具、とても大切に扱っていたのね、よく手入れされていたわ」

「まさか…」

「彼女は一人で出来る物にはもう飽きていたのよ、少なくとも一人双六の方がましと思えるくらいにはね」

「そ、そんな…」

はかない希望も容易く打ち破られ、一同の顔が絶望に一色に染まる。よく考えれば妖怪の賢者である八雲紫がここまでうろたえるくらいなのだ。私たちがいくら考えたところで出てくるのは今以上の絶望だろう、そう皆は悟った

「事態の急用さは分かってもらえたかしら?」

一同は弱々しく頷く。…しかしその目には強い意思が灯っていた。彼女を救えるのは私達しかいない。

「ここに八雲紫は『比那名居天子 愛の救出大作戦』の発動許可を要求するわ!!同意出来る者は立ち上がって頂戴」

その声に、示し合わせたように全員が同時に立ち上がる。先程まで永琳に支えられていた咲夜までもがしっかりと大地を踏みしめていた。

「よろしい!!ここに会長の名のもとに作戦の発動を宣言するわ!!」


「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」

彼女たちの雄叫びは会議室の机を震わすほど力強かった。

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――――――――――――――――――――――――――
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この日天子が目覚めたのはいつもより遅い時間だった。そこには彼女が昨日眠るのが遅かった、特別疲れていた、なんて事情はなかった。躾からか、本人のこだわりからか、時間には厳しい彼女にしてはこの状況は珍しいことなのだが、そのことに気づくかない程度には天子の頭は活動していなかった。

(なんか気持ちいいな、いい匂いがするし、あたたかい…)

目を覚ましたばかりの彼女は漠然とした心地よさに支配されており、これに体が囚われていたことが寝坊の原因だった。体を包む柔らかい感覚、落ち着くような優しい香り、そして暖かさ、そよ風のように髪を撫でる何か、どれもが彼女の覚醒を妨げる。

「ほ~ら、そろそろ起きないと朝ごはんに間に合わなくなるわよ」

(んー、もうせっかくいい気持ちなのに、邪魔しないでほし……あ、あれ?なんでこんな近くから声が…てか誰か布団の中にいるの?)

頭のすぐ上から声をかけられ、混乱する頭の中、条件反射的に声のする方を向くと金色をした目と、私の赤い目が合った。急速に頭が活動を始める。

「ちょ、ちょっと!なんであんたがなんでここにいんのよおおお!!てか何してんの!?」

八雲紫であった。あろうことに彼女は天子の体をしっかり抱きしめており、さらには優しく髪をなでつけていた。天子は急いでそれから逃れようとするがなぜかうまく振りほどけない。

「早く放しなさいよ!い、いつまで抱きしめているのよ!!」

「おいたはダメよ、ほら落ち着いて」

「わぷっ!」

拘束を逃れるどころか、逆に強く引き付けられ紫の胸に顔を埋めさせられる。窒息するかと思うほど包容的なボディに埋められた彼女は、なんとか口をずらし、酸素を求めて大きく息を吸い込んだ…が、それがいけなかった。肺いっぱいに紫の甘い香りを吸い込んだ彼女の思考はいっきに鈍くなる。このままじゃ紫のペースに持っていかれる、そう思いながらも天子の抵抗は弱くなっていった。

(だめ、だめなのになんでこんなに安心するのよ…!!)

「ふふ、落ち着いた?」

「…もう抵抗しないから、ちゃんと説明して、なんで私の部屋に…ってよく見ればここ私の部屋じゃないし、私を誘拐したの!?…ねぇ紫、あなた何を企んでいるの?」

「あなたに罰を与えようと思ってね、一週間ここで暮らしてもらうわ」

混乱してまとまらない発言をしているいる天子にゆっくり、そしてはっきりと告げる。

「え…!?」

罰…その言葉が先ほどの安心を吹き飛ばし、顔を青くする。どうやら誘拐された私は、これから地獄を味あわされるらしい。妖怪の賢者の与える、償いの一週間とはどのようなものだろうか?もうほぼ詰んでいる状況にうんざりしながら、精一杯の強がりを言う。

「へ、へぇ随分と陰険なことをするのね、私に何をさせるのかしら?どんな仕打ちが来ようと天人である比那名居天子、屈しないわよ!!」

覚悟を決める。

だが、そこに返って来た反応は天子の予想したものとは違っていた。

「ああ…不安がらせてごめんなさいね、罰って言うのは形だけで、ただ貴方に幻想郷に馴染んでもらうために、ここで生活してもらうだけなの。形式的には軟禁とも言えるでしょうけど手荒な真似はしないつもりよ」

「…………はぁ?」

「とりあえず、朝ごはんにしましょう、着替えはそこに置いてあるから準備が出来たら食堂に来て頂戴、廊下に出て真っ直ぐだから迷うことはないと思うわ」

そう言って紫は私を解放し、部屋の外に出て行った。さっぱり考えていることが分からない、あんなことをした私を馴染ませる必要がどこにあるというのだろうか?この行為にメリットが全く見えない。だがまぁなんにせよここは従わざるを得ないだろう、最大限の警戒はしておく必要はあるだろうが…。私は着替えを済ませ廊下へ出る。

(やっぱり、非想の剣は無いみたいね…強行突破は非現実的、となれば従うふりをして隙を伺うしかないか…)

果たしてあの紫がそのような隙を晒すだろうか?…なんてことは考えないようにしながら食堂の扉をあけると、そこには天子が思っているよりずっと多くの人物が席についていた。中には知っている顔もある。

「さあ天子、こっちよ」

「ちょっと紫!誰よこの人たちは!なんでこんなにいるの!?」

「ああ、言って無かったわね、ここで一緒に生活する人たちよ、とりあえず紹介はあとにして、冷める前にごはんを食べましょう」

「…わかったわ」

慌てている私と対照的に紫は落ち着いてそう言い放った、その手応えがなさに虚しくなる。確かにお腹がすいているのは事実だ、現実逃避かもしれないが朝ごはんを食べよう。

「「「いただきます」」」

一人ではない食事はいつ以来だろうか?形だけの食事マナーを教えられた時が最後かもしれない、天界では桃ぐらいしか食べないのにマナーも糞もあるかと思ったが、常識として覚えておかなければならないらしかった。ともあれ地上の食事は美味しいので好きである。

(にして典型的な朝ごはんという感じよね…お味噌汁に焼き魚、お浸しに、卵焼き、煮物…。どんな食事が出てくるかと思えば拍子抜けね)

だが、その評価は一口目で改めざるを得なくなった。

(え、なにこれ?なんでこんなに美味しいの?)

はっと気がつくと紫がこちらを見て微笑んでいる。顔に出ていただろうか?そう考えた天子は仏頂面を作った。

「…まぁまぁね、悪くはないんじゃないかしら?」

口ではそう言っても止まらない箸を見れば、誰もが彼女の態度は本心でないことはわかった。食べているうちに気がゆるみ、笑顔になっては慌てて引き締める彼女の様子にノックアウトされた甘やかし同好会の数名は、表面上は平静を装うが箸が震えている。特に妖夢は美味しそうに食べる自分の主の可愛らしさと重なり、焼き魚を味噌汁に突っ込むくらいに動揺していた。

(味付けはしっかりしているのに、なんでこんな…優しい味がするのかしら)

天子は知らない、この料理は紅魔館と白玉楼、そして永遠亭の従者が自身のプライドと数ヶ月をかけて作り出した究極の「おふくろの味」であることを。美味しいだけでなく、見た目、栄養の配分、そしてなにより真心を込める事を追求したそれは、天子に着実に効いていた。

――――――――
――――――
―――


「「「ごちそうさまでした」」」

食事を食べ終え、それぞれの軽い自己紹介も済んだあと、天子は部屋へと戻ってきていた。

(全くなんなのよこれは…はやく逃げ出さなきゃいけないわね)

天子はひどく焦っていた、寝ているあいだに訳の分から無いところに連れてこられた上、武器も取り上げられ、さらには圧倒的な人数差、どうやっても逃げられない。だがそれよりも問題なのはこんな状況を少し心地いいと思っている自分がいることだ。ここに連れてこられて数時間…、たかが数時間で篭絡されかかっており、あまつさえそれをよしとする自分がいる。しかも先日会ったばかりの、胡散臭い妖怪に安心感さえ抱いてしまっている、これは重症だ。

「天子さんいますか?」

そんな事を考えているとノックが鳴り響く、声から判断するにさっき紹介の時にいた妖精の子のようだ。

「開いているわよ、どうしたの?」

「失礼します、今から小悪魔ちゃんと遊ぶのですが、一緒にどうかなと思いまして」

「あー…遠慮しておくわ」

この状況で遊びに興じるほど天子は能天気ではなかった…

「やっぱりそうですよね、いきなりこんな所に連れてこられてあそびませんか? なんてふざけていますよね…すいません…」

「う、ぐ…しょ、しょうがないわね!少しだけよ」

だがそれ以上に罪悪感に対する耐性は低かった。

「本当ですか!それじゃ行きましょうか!」

大妖精の顔が一瞬で笑顔になる、さっきまでの泣きそうな顔が嘘のようだった。実際に演技で、天子は既に大妖精の手のひらの上なのだが…

(ふぅ、なんとか泣かさずに済んだようね)

対人スキルが低い天子に気づく術はなかった。

大妖精に手を引かれ、やって来たのは食堂のとなりの、軽い運動くらいできそうな比較的広い部屋、そこには小悪魔が三人分のけん玉を持って立っていた。

「あっ!天子さんも来てくれたんですね!」

「実際する事もなかったしね、それのけん玉で遊ぶのかしら?」

「はい!」

「へぇ~そうなの、私けん玉は得意よ?」

「えっ!そうなんですか?実は私たち、あんまり得意ではなくて…よかったら教えてくれませんか?」

「いいわよ、ただし私は厳しいわよ?…ついて来られるかしら?」

「「はい、師匠!よろしくお願いします!!」」

小悪魔と大妖精、どちらかと言うと甘やかされる側だと思われる彼女たちが、幻想郷甘やかし同好会に参加しているのには訳があった。彼女たちの抱える甘やかし対象はいずれも本人たちより力が上、傍からは彼女たちは後ろからついて来ているように見えるだろう。実際にそうなのだが、彼女らの甘やかしスタイルの真髄はそこにあった。彼女たちの愛し方は支える愛、彼女らは自分のサポートにより対象がイキイキする様子になによりの喜びを感じる。例えばパチュリーの注文するお菓子を日頃から研究し、その日の食事から先んじて、食べたくなるであろうお菓子を用意する。それを食べ一瞬、そうよこれこれ、という顔をする主を見ることを生きがいにしたり。チルノが楽しく遊べるように、カエルの養殖場の設立、幻想郷の事細かな地図とその場所に対するチルノの反応を記載した本の執筆、いつも弾幕ごっこを挑む魔理沙さんとの遭遇率を上げるための行動研究などと、彼女らは彼女なりの愛し方を持っている。そんな二人にとって、天子は絶好の甘やかしターゲットだった。天子は素直でない上に、お調子者であり、ストライクゾーンど真ん中であった。現に、熱心に天子の説明に耳を傾けているように見える彼女らは、師匠と呼ばれ得意げにけん玉のコツ語る彼女に、平静を装いながら並々ならぬ感情を抱いていた。今回けん玉を遊具として選んだのも、紫に一人用の遊具で天子が使っていた物の様子を見せてもらい、その中から天子が一番丁寧に扱っているように見えたからである。それにより狙い通りの彼女の姿を二人は見ることができた。

「そこは手首をこう返すとうまくいくわよ、…にしてもうまくなったわね」

「天子さんのおかげですよ~」

「ありがとうございます!」

「あらそう?もっと感謝してもいいのよ?なーんてね」

「もう、天子さんったら」

「ふふ、そういばもうすぐお昼ご飯の時間ですね」

「ということはお開きかしら?」

「まだあと一週間ありますし、またお願いしてもいいですか?」

「ええ、いいわよ、可愛い弟子のためですもの!」

「ありがとうございます」

「私たちはこれを片付けて行きますから、先に行かれていてください」

「あら?悪いわね、それじゃお先に…」

いつの間にか逃げ出すことも忘れ、果てはまた遊ぶ約束をさせられていると言う事実に、天子は気がつかない。素直じゃない人をのせることに関してはこの二人はメンバーの中でも抜きん出ていた。

「…天子さん行ったみたいね、こぁちゃん?」

「ええ、そうみたいですね、だいちゃん?」

「ちゃんと撮れてるかな?」

「間違いなく取れていますよ…せっかくコレクションが増える機会ですもの、みすみす逃すわけないでしょ?」

「ふふ、愚問でしたね…」

ダメな方向に対しても抜きん出ていた。

――――――――――――――――
―――――――――――――
――――――――

午後、 昼食を皆で取り終えたあと慧音は天子の部屋を訪れていた。

「失礼するぞ天子、調子はどうだ?」

「悪くはないわ、非想の剣があればなおいいけど」

「はは、極力窮屈にならないようにするが、さすがそれは勘弁してくれ」

「わかっているわよ、でなんのようなの?」

「私はここでの生活で、お前の教育係を務めるつもりだ。教育とは言っても幻想郷の常識を主に学んでもらうことになるがな」

「なんか更生施設みたいね…、私のしたことを思えばあながち間違いじゃないでしょけど」

「反省はしているみたいだな、まぁ退屈だろうが必要なことだ。我慢してくれ」

「学ぶことは好きよ?寝てるだけより有意義だろうし、ぜひお願いするわ」

「いい心がけだ、さぁ教室まで行こうか」

「…教室まであるのね、ここ」

「ああ、私も驚いている、八雲紫が用意した家らしいが…」

「やっぱり化け物じみているわね」

慧音は紫に次いで、天子にいい印象を持っていなかった。これは守護者とも呼ばれる、慧音の愛しかたに起因し、守る対象を脅かすものは何があろうと排除する、と言う気構えによるものであった。紫の説明があったとしても、天子がやったことが変わるわけではない、どんな性悪が来るかと待ち構えていたが…慧音は拍子抜けをしていた。実を言うと慧音は午前、大妖精たちが天子と遊んでいる間三人を監視をしていた。たとえ非想の剣がなかろうとも天子とあの二人では、天と地ほどと言っても大げさでは無い力の差があり、その気になれば大妖精と小悪魔を簡単に倒し、施設からの脱出がはかれる、最悪、彼女が人質に取られる可能性もあるだろう。そう、紫に進言しても『大丈夫よ』の言葉しか返ってこない。そこで彼女は万が一に備え監視していたのだ。しかし、そこで目にしたのは、仲睦まじくけん玉遊びをしていた三人の姿だった。彼女は害をなす存在どころか、その姿はむしろ妹の面倒を見る良い姉のようにさえ見える。慧音は心の中で疑った事を謝る、しかしもちろんそれだけでは気がすまない慧音は彼女のために何かできないか?と考えたのがこの授業だった。紫に進言したところ快く了承してくれたので、実行に移し今に至る。

「さぁついたぞ、とりあえずそこに座ってくれ、筆記用具は机にあるものを好きに使ってもらって構わない」

「わっかたわ、ん?なかなかに変わった筆記用具ね?」

「鉛筆という筆記用具だ、墨を使わずかけるからなかなかに便利だぞ。最近無縁塚に大量に流れ着いたらしくてうちにもおろしてもらっているんだ。隣に置いている消しゴムというのでこすれば書いた字を消すこともできるぞ」

「へ~、いいわねこれ、お土産に持って帰ろうかしら?」

「ふふ、一週間無事に授業を受けられたら一式プレゼントするとしよう」

「それは俄然やる気が出てくるわね」

「それはよかった、さて始めるとするか」

「知の求道者、比那名居天子様の博学っぷりに恐れおののきなさい」

天子の言葉に嘘はなく、純粋に知識を得ることが楽しいように見える。知らない用語や理解できない所はきちんと質問し、解釈に自信ないところは彼女なりの考えを述べあっているか問うてくる。概ね理想的な生徒であり、同時に彼女の知性の高さが伺えた。礼儀作法や、一定の方向の知識は慧音よりも豊富だったが、地上の常識や倫理観と言った所は世間一般と大きくずれていたため、授業の多くをこれに費やすこととなった。慧音の方は久しぶりに真剣に授業を受けてくれる生徒にかなり暴走気味で、天子の事を疑っていた時の様子は片鱗すら見えないありさまである。本来、今回はこの一週間でする授業予定を軽く説明して終わるはずだったが、その暴走により授業は夕食の前まで続ことになった。

「…以上だ、何か質問はあるか?」

「ううん、な、ないよ、 うぅ…流石につかれた…」

「あぁ!?済まない…、つい熱が入ってしまった。」

「失礼します、もうすぐ夕食の時間なのでお伝えに参りました」

「もうそんな時間か…咲夜ありがとう。もうすぐ行くと伝えといてくれ。」

「かしこ参りました」

「…天子、大丈夫か?」

「頭爆発しそう……とりあえずお腹すいたからご飯食べるわ…」

慧音の甘やかしというのは、生徒へ対しての愛であり、過保護のベクトルの向きが未来の希望へと向いたとき、彼女の授業は地獄と化す。その地獄は膨大な天人の体力を使い切るほどには過酷らしかった。



――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――
―――――――――――――
今の天子は上機嫌だった。クオリティーを落とすことのない美味しい食事を食べたあと、縁側で一人お茶をすすりながら今日一日の事を考える。

(可愛い妹分にいい先生、今までの人の顔色しか伺わない下女たちとは、比べるのも失礼なほどいい人材ね、ぜひうちの屋敷にも欲しいくらいだわ。さてと これは明日も楽しみね…ああ、ここはお茶も美味しいのね…)

「ってちがあああああああああああああああああう!」

(早くここから抜け出さなきゃいけないのに、なんで私は明日のこと考えているのよ!確かにここは心地良かもしれないけど、いつ手のひらを返されるかわかったもんじゃない、そうよ内心私のことバカにしているに決まっているわ)

「うぐぐぐ…」

(それにこの天子様がここまで状況に流されるということがあっていいはずがない…。善は急げ今は監視の目もないみたいだし、庭から脱出しましょう)

天子は縁側から近くに置いてあった庭用の履物を履き、外へ向かって走り出す…

(ふふふ…楽勝ね…)

「何処へ行くんだい?こんな時間に?」

「ひぐっ!?」

いきなり声をかけられ心臓を鷲掴みにされた気分になる、しかも警戒していた屋敷の方からではなく目の前の何もない空間から声がした。その空間から二人の人物が現れる、確か守矢の二神だ。

「ちょ、ちょっと腹ごなしに散歩にね」

「へぇ、いいね!私たちも付き合わせてよ、いいよね神奈子?」

「それを聞くのは私じゃないだろ?済まないが天子、いいかい?」

「…え!?あっもちろんいいわよ!寛大な私に感謝することね」

てっきり厳しい追求が入ると思っていた天子は二人の様子に気が抜ける。

(何かを企んでいる?…でもここで突っかからない理由がよくわからないわね。とりあえず今回は脱出するのは諦めて二人に付き合うしかないか…)

「…にしても散歩するには随分と薄着じゃないか?まだ冬になってはいないとはいえ、夜は冷える、これを着なさい」

そう言って神奈子はどこからともなく上着を取り出す。

「大丈夫よ、天人は頑丈だから、これくらいどうってことないわよ」

「風邪ひいてからじゃ遅いんだ、減るもんじゃないし着ておきなさい」

「そそ、神奈子の言う通りだよ、そういう油断が命取りになるんだ」

「うぅ…わかった、礼をいうわ」

「ふふ、よく似合っているじゃないか、元がべっぴんさんだからねぇ」

「べっ~!?ゲホッ…当然よ」

「それじゃ、お散歩行こうか!向こうに池があるらしいよ、ねぇ!」

「…うん」

「相変わらず諏訪子は水場が好きだな」

三人は連れそって庭にある大きめの池へ向かう、この時天子は二人の間に挟まれながら考え事をしていた。天子は会った瞬間からこの二人に違和感を覚えていた、それはこれまで天子があったことのある者の持つものとは、異なった空気をこの二人が醸し出していたからだ。なぜこんなにも調子を乱されるのだろうか?天子は深く考えてみるが結局わからない。

「ほらほら、足元注意して転ばないようにね」

「わかっているわよ…きゃっあ!?」

「おっと危ない、ほら、言わんこっちゃない」

考え事をしていた天子がつまずき、危うく池に落ちそうになるが、そこを神奈子が支える。天子は何をやっているんだと内心反省しながら顔を上げると加奈子と目があった。

「あ…」

「ん?どうしたんだ?」

「な、なんでもない」

慌てて顔を背ける、なんなのだろうこの感覚は。今朝紫の顔を見た感覚と似ているきがする。本来気まずい場面なのになぜか暖かい気持ちになる。

「天子ったら顔真っ赤!」

「ん…?諏訪子の言うとおりだな、熱でもあるのか?」

「だから、なんでもないってばぁ!」

おでこをくっつけようとする神奈子を振り払い、距離をとる。訳の分から無い感情は整理しようとすればするほどドツボにはまる気がした。

(と、とにかくこの場を抜け出さなければ)

「そ、そういえば私、用事が…」

「なんでもないなら良かった!ねえねえ、天子!あそこ行こうよ、紅葉と月と池がすごく綺麗」

「え!?ちょ引っ張らないでえええええぇぇ…」

「諏訪子も天子も元気でいいことだ」

この二人との愛し方は無償の愛だった。もし彼女らに『道に迷う旅人に手を差し伸べるのならばどのような理由か?』という心理テストのような質問をしたら、当然のように『神故に』と答えるであろう。このように存在意義の根底が人への愛である二人は、自分の家柄と権力に対しての有価の奉仕しか受けてこなかった天子にとって理解できない存在であった。もしも先ほどの質問を天子にした場合おそらく『その旅人がお金でも持ってそうに見えたんじゃない?』と言うだろう。助ける側、助けられる側、どちらに注目するかと言うところから考え方が異なるくらいには、この二人と天子では価値観が大きくが違っていた。天子はそんな違いを本能で感じていたのか、この二人に出会った当初から違和感を覚えていたおり、今こうやって調子を崩されているのはこの違いからくるものである。もしも同じやりとりを咲夜や、妖夢がしていてもここまで天子の心は乱されなかっただろう。

そんな天子本人も気づいていない心情に、この神二人は…

((早苗の小さい頃みたいでかわいいなぁ~))

もちろん気づいていなかった。そして親バカであった。

「そんなに引っ張ると…きゃああああああああ!! 落ちる、落ちる!!」

「うわあぁっ本当に落ち……ません、残念飛べるのでした」

「……!? もう!!馬鹿ぁ!!」

「あははははははは!!そんなことも思いつかないほど慌てていたのかい?」

「あらあら、諏訪子も天子も楽しそう、私も混ぜてくれよ」

池の水面に映るはしゃぐ影は、就寝の時間を告げる咲夜が来るまで止まることはなかった。
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コメント



0.640簡易評価
1.10名前が無い程度の能力削除
天子好きだけどこれは嫌い
2.70名前が無い程度の能力削除
続きに期待ってことでこの点数で
3.80金細工師削除
一人双六は悲しいすぎる…
4.60奇声を発する程度の能力削除
うーん…
5.80名前が無い程度の能力削除
カエルの養殖場の設立だけちょっと面白いと思ってしまった
11.100名前が無い程度の能力削除
こういう馬鹿馬鹿しくも温かいの・・・嫌いじゃないわ!
15.70名前が無い程度の能力削除
天子は可愛いから仕方ない
後編のゆかてん成分に期待したいです
17.70絶望を司る程度の能力削除
面白いです。それ故に誤字があるのは残念でした。