Coolier - 新生・東方創想話

威風堂々、帆船時代の最後の英雄

2015/03/02 23:32:38
最終更新
サイズ
7.26KB
ページ数
1
閲覧数
1446
評価数
6/10
POINT
590
Rate
11.18

分類タグ

「やはり海はいい。ああ、私は戻ってきたぞ! 浜風が帆を靡かせ、マストは美しくそびえ立ち、船首が神々しく進路を突き進む。誰もが私を信頼する海に!」
「……一応言っておくけど、ここは三途の川。残念ながら海じゃないよ」
「なに、細かいことだ。我々ロイヤルネイビーにとって川も庭の一つに過ぎない。それにしても実に大きな川だ! テムズ河にも匹敵するぞ! ……ところで、君はどちら様かね? 軍艦には似合わしくない美しい女性よ」
「そりゃこっちのセリフなんだけどなあ。私にしてみりゃ、縄張りにあんたが降って湧いたんだし」
「それは失礼。見ての通り隻眼でね。気付くのが遅れてしまった」

 三途の川に現れた幽霊船――マストが3本立った、大型の帆船だ。
 航海に関しては幻想郷でも1、2を争う知識と経験を持つ――もっとも幻想郷に海がないという事情も大きいが――村紗水蜜にとって、それが軍用のものであることは一瞬で見抜けた。
 その帆船の船体の横は見る人が見ればわかるように、大砲を放つための窓がいくつも並んでいる。
 もっとも、彼岸にしばしば流れ着くいつもの幽霊船同様、乗員など不在のはずだ。乗員がいなければ、戦えるわけはない。
 そうした幽霊船を船幽霊の性に従って村紗水蜜は沈めるのが日課だった。実際に人が乗っている船を沈めるのは聖の教えにも反するし、そもそも幻想郷にそんな機会はそうそうない。
 幽霊船を沈めるのであればまあ誰にも迷惑はかからない。むしろ、ことによっては善行かも、などと村紗は考えていた。
 そうしたいつもの考えで現れた帆船を沈めてやろうと画策しながら乗り込んだところ――甲板に謎の、隻眼隻腕の男がいたのであった。

「ふむ、なるほどなるほど。私はおそらくこの幻想郷という地に流れ着いた幽霊というわけか。確かに死んだ記憶もあるからな。変だとは思っていたんだ、ハハハ! それで、君は船幽霊、船を沈めるのが日課であると。自慢じゃないが、私もずいぶん沈めたものだぞ」
「はーん? 船幽霊の村紗様に沈めた船の数で争おうっていうの?」
「これは手厳しい。私は一歩退いて、名誉は君に譲ろうとしようか。それにしても美しい東洋の女性よ、お茶でもどうかな?」
「あんた、さっきから私を美しい美しいって……どういうつもりなのさ」
「美しい女声の前では、男は誰しも正直になるものなのさ」
「じゃあ、その指輪について説明してよ。あんた既婚者じゃないの。私にコナかけていいの?」
「確かに、私には美しい妻と、美しいハミルトン夫人がいる」
「ハミルトン夫人?」
「彼女の前でもやはり私は正直になってしまってな……その、愛人で」
「死ね、女の敵」
「いやいや、正直になっただけじゃないか、ちょっとまってくれ」
「近寄らないでくれる、あとこの船はあんたごと今すぐ沈めるから」
「問答無用! ……っ!?」

 大きいとはいえ、河にすぎない三途の川には似合わしくない大きな波が立つ。
 霧の向こうから、彼らが乗っている船と似たような形状の、帆船が2隻現れた。

「ふむ。どうやら、私はいろいろおまけを引き釣り込んだらしいな。なんとなく判った」
「ちょっと、なによあれ!」
「幽霊船が集まるところなんだろう、ここは? 先ほどいったように、私はずいぶん沈めたからなあ。私が甲板で死んだときも、おそらく数隻を」
「なによそれ……あんた、ただの人間でしょ」
「ただの人間だが、神は私に義務を果たさせてくれたのだ。とはいえ、恨み骨髄で追いかけてくるのも致し方なし。さて、どうする? 撃ってきたぞ」

 青、白、赤の三色旗を靡かせた軍船が放つ大砲は、水面を大きく揺らした。

「幽霊船が撃ってくるとか、初めてなんだけど」
「私も、幽霊船に撃たれたのは初めてだ。とはいえ、幽霊船以外に撃たれた経験は私のほうが上のようだな」

 男は唯一の腕である左腕で独特な形状の帽子をかぶり直す。

「あんた、よっぽど厄介なもの引き込んだみたいね。何者?」
「私は敵の船を沈めるのが仕事で、今は幽霊だそうだから……君の説明を総合すると、船幽霊だな、私は!」
「あんたみたいな明るい船幽霊がいるかっつーの」
「そうかね? 君の美貌もずいぶん眩しいじゃないか。ティータイムが嫌なら酒ならどうかな。なかなかイケるの中には……」

 大砲の弾が帆を掠める。帆を失えば、帆船は足を奪われる。足を奪われた軍艦が戦場でどうなるかなど、古今東西どこでも同じだ。
「おっと敵さん、ようやく目を開けて狙い始めたらしいな。あまりに的外れなもんだから、私より使える目が少ないのかと思ったよ。1隻は君に任せていいかな。もう1隻は私に譲ってくれたまえ」
「まったく。あんたとティータイムなんてお断りだけど、酒はありがたいね。終わったらもらってくよ!」
「嬉しいね! さあ、奴らのほうが風上だ、うかうかしてるとやれるぞ!」

 彼らの乗っている船も幽霊船らしく、ひとりでに舵が回り始めた。
 村紗は甲板から大きな錨を抱えて飛び立つ。

「取舵いっぱい! やっこさん、大砲を撃つので精一杯らしい! 岸と船の隙間に割り込ませるぞ! 右舷砲門準備!」

 マストを広げた帆船は、勢い良く滑りこむようにして敵に向かう。
 いつもは誰も居ない幽霊船には、おぼろげながら人のようなものの形が見えた。
 敵の砲弾を辛くもかわし、あるいはいくつか食らいながら、2つの船は近づいていく。
 敵乗員の表情まで見える距離に近づいたとき、隻眼隻腕の男の号令のもと、右舷の砲門が一斉に開き――敵の幽霊船を、粉々にした。

 同じ頃、村紗はもう一隻に上空から近づいていた。
 幽霊乗員の放つマスケット銃の弾丸を掻い潜り、アンカーをねじ込む。柄杓で沈めるいつものやり方とは違ったが、結果はいつも通りのものになった。
 三途の川は、いつも通り静かになった。


「さすが! 船幽霊のキャリアは私より上だけあるな! 見習わねば」
「……冗談めかして言ってるけどさ、あんたは船幽霊なんかじゃないよ」
「ほう?」
「あんたは海を恨んでいない。水難事故にあう者を増やしたいとも思っていない。いや、ともすれば減らそうとさえ思っている」
「まあ、そうだな。海は好きだ。愛しているといってもいい」
「あなたが船を沈めるのは、軍務に忠実なだけ。それは、船幽霊とは対極の考えよ」
「船幽霊でいることにずいぶん悩んでいたみたいだね、君は」
「そういう時期もあったけど、今は違うわ」
「よき人が周りに多くいたようだね。私の場合は……少なくとも、陸の上にはあまりいなかった」
「ここは幻想郷。忘れ去られたものが辿り着く場所。でも提督、あなたはたぶん、忘れられるような人じゃない気がする」
「美人に忘れられない、なんて言われるのは冥利に尽きるなあ」
「そうじゃなくて!」
「買いかぶりすぎさ。ロイヤルネイビーの栄光は数限りなくある。 ジェノヴァ! バルフルール岬! 私のトラファルガー岬での栄光など、その末席に過ぎない。大英帝国の日が陰らない限り、私なんかよりも偉大な英雄を輩出し続ける」
「でも、たぶんそれでもあなたは……ここに居続ける人じゃないと思う」
「そうだな。船も、私も次のところに行きたがっている。ここに立ち寄ったのは――彼の匂いがしたからかな?」
「彼?」
「ああ、彼だ。彼がまた、私の庭である地中海を渡っている気がしてね。 ああ、美女の前で残念だがうかうかしていられん。彼を取り逃すなどというエジプト遠征の二の舞いだけは避けねば!」
「だから、彼って……」
「ここが死後の世界なら、彼もいつか来るのだろう……いや、彼のことだ! もう来ているに違いない! 彼がたどり着ける沿岸など、一つもないことを思い知らせてやらねば! 帆を広げろ!」
「……そう行くのね、たぶん偉大な船長。私はもう満足しているけど、それでもあなたの船出を羨むわ」
「ああ行くよ、美しい船長。その通り、水夫の血が流れている限り、出港の度に血は騒ぐのだ。願わくば、あなたの船出が穏やかであらんことを!」

 幽霊船は帆を広げ、霧の中に消えていった。
 村紗は敬礼をしたまま、あの女の敵、酒の約束を忘れやがって、と悪態をつき、たまには聖輦船を飛ばしてみよう、聖にバレないように、と思った。


ナポレオン再上陸から200年、南仏で再現イベント

 フランス南部コート・ダジュール(Cote d'Azur)地方のジュアン湾(Golfe-Juan)で1日、初代フランス皇帝ナポレオン・ボナパルト(Napoleon Bonaparte)が追放されていたイタリア・エルバ(Elba)島を1815年に脱出し同地に上陸してから200年になるのを記念して、当時の様子を再現するイベントが行われた。

 流刑先のエルバ島で10か月間あまりを過ごしたナポレオンは1815年3月1日、1200人の軍勢を従えて船7隻で英国軍の監視をかいくぐり、フランス本土に再上陸を果たした。再現イベントには、当時のナポレオン一行より少ないながら200人が参加し、数千人の観光客が歴史的瞬間の再現を見守った。
 書いてるやつが煮詰まったので本日脳で直接受けた腕木通信に従って書いた
taku1531
http://twitter.com/taku1531
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.160簡易評価
1.90名前が図書程度の能力削除
最近ニュースで見たのでこのオチはなかなか楽しめました。
幻想郷には海が無いから海戦はなかなか見られません。
それだけにこの心躍るSSとの出会いに乾杯したい気分です。
おっと、楽しいSSの前では読者は正直になってしまいますね。
3.10名前が無い程度の能力削除
なんか東方に無理やりねじこんだだけって感じ。
あと「明るい船幽霊がいるか」って、村紗もセリフや設定からしたらかなり明るいやつですけどね。
聖輦船だって遊覧航行もやってるわけだから聖公認で飛んでますが。
5.80名前が無い程度の能力削除
ネルソンさんのキャラがすきだわあ
6.100名前が無い程度の能力削除
ひょうひょうとしたキャラクターと躍動感のある会戦。良いですね。
ところで戦列艦ってそう簡単に沈むものなんでしょうか。
7.70奇声を発する程度の能力削除
面白かった
9.80名前が無い程度の能力削除
提督が最後にお乗りになった艦はポーツマスで未だ現役ですぞ!