Coolier - 新生・東方創想話

フェアウェル,マイ・ヴィンテージ・デイズ 後編

2015/02/22 04:53:15
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Farewell, My Vintage Days


Table of Contents
 Prologue
 Chapter 01 Chapter 02 Chapter 03 Chapter 04 Chapter 05
 Chapter 06 Chapter 07 Chapter 08 Chapter 09 Chapter 10
 Epilogue


Chapter 07

   #27

 そのようにして私は、貴方のお手紙に巡り会うことができたのです。その日の夜、私は部屋で何度も何度も何度も、数え切れないくらい貴方の綴った文章を読み返しました。夜が明ける頃には、私の気持ちは決まっていました。返事を出そうって。手紙の内容が他人事ではなかったから? それもあるかもしれません。ただそれ以上に、私は誰かの言葉を真剣に欲しがっていたのだと思います。ただ、誰かの声が聴きたかったのです。
 年明け間もないあの日に、貴方とお手紙のやり取りを始めてから、私は少しずつ落ち着きを取り戻せたように感じます。解決の糸口はまだ見えていませんが、手探りをするために踏み出すだけの勇気は養えたように思います。先日も友人の屋敷に赴きました。知り合いの女性が看て下さったお陰で、彼女もまた持ち直したようでした。時間が迫っていることに変わりはありませんが、これからの日々の中で胸に生まれゆくであろう感情と、私は上手く付き合っていけそうな気がするんです。それを言葉にすることによって。眼に見える形に変えることによって。貴方との文通を通して。
 ありがとうございます。宇佐見さん。
 今更かと思われるかもしれませんが、心から、感謝しています。
 長く床に臥して身体が弱ってしまった友人の代わりに、私は私のできることをしようと思っています。もしかしたら次のお便りでは、とびっきり嬉しい知らせをお届けできるかもしれません。またお会いできる時を楽しみにしていますね。

敬具   
本居小鈴   

◆     ◆     ◆

 冬は厳しくも確実に過ぎていった。手に触れられそうなくらいに濃密な時間だった。私は家の仕事を手伝い、阿求の屋敷で短いひと時を過ごし、手紙を出しに無縁塚へ赴いた。道中では面霊気さんが同行がてら、護衛を買って出てくれた。何度もやり取りを交わしているうちに、私は妖怪である彼女と親しくなっていた。
「また突然消えたんだ。今度は何処に行ったのだろう」
 ある雪の降る朝、こころさんは云った。般若を引っかけてご機嫌ななめ。口調までもが変わっていた。
「ふらふらと、あちこちに、本当に自分勝手な奴だ」
「ご友人ですか」
 彼女は姥を被って頷いた。「自分でもどうしようもないらしい。気づいたら知らないところで野宿していたなんてこともしょっちゅう。それを笑顔で報告してくるんだから、困った奴だ」
 友人のことを話す時、彼女は必ずと云って好いほどお面の緒を人差し指に巻きつける。視線をあちこちにさまよわせ、今にも道端の木立から妖怪の少女が現れやしないかと期待しているようだった。

 真っ白なポストに手紙を投函して、こころさんの宝探しを待っている間、私は打ち棄てられた電車の席に座っていた。割れた窓枠に切り取られた無縁塚の雪景色。轟くように遠くから聴こえる早朝の唄。心が割れてしまいそうな寒さに耐えながら、電車は佇んでいた。阿求が視たと云う夢の話を思い出した。星空に沈んでゆくような、終わりのない旅を続けている彼女の夢を。あれ以来、その夢を視たという話は聞いていない。覚えていないだけで、阿求は今も夢の夜空をさまよっているのだろうか。
「――ごめん。待たせた」
 こころさんが顔を覗かせた。私は考え事を中断して立ち上がった。彼女は桃色の髪が引っかからないよう気を配りながら、電車の中に飛び乗った。鉄の棺桶みたいに殺風景な車内を見渡してから、呟くように云った。
「暖かくなったら、ね。ここで物語を朗読するのも好いかもしれない」
「読まれるんですか?」
「今の人間にも楽しんでもらえるように、能楽もどんどんアレンジを加えていかないといけないから。その参考のために、あいつと好く本の読み合いっこをするの」
「懐かしいです。私も子供の頃は、阿求と二人で読書していたっけ」
「今からでもまた始めれば好い」
「そうですね。でも……」
「誰かと物語を共有できるって、素晴らしいことだと私は思う。芸能をやっていると、それが好く分かる。自分と似通った感性を持っている相手と巡り合えるのは、それだけで本当に幸運なんだ。奇跡なんだよ」
 私は隣に座った彼女を見つめた。チェック柄の上着と紅いマフラーに雪の結晶が散りばめられていた。ポーカー・フェイスのその先に暖めている感情を、私は知りたくなった。
「本を読むのは、好きですか」
 彼女は福の神を被った。「大好き。舞台で踊るのと同じくらい」
 好かった、と私は云って笑った。本当に好かったと思った。彼女は扇子を開いて、表情が変わらないのに顔を隠してしまった。思わず格好つけてしまったと恥ずかしがるこころさん。私は思い出していたのだ。お金の足りない子供達のために、読み聞かせを行っていたあの日々のことを。阿求と一緒に物語の森を探索していた、あの昼下がりのひと時を。

   #28

「春なのね、もうすぐ。桜が蕾をつけているわ。見える、小鈴?」
 私は『縁起』から顔を上げ、中庭に面した縁側まで膝を突いて寄っていった。友人は座布団に正座して、溶け残りの雪を被った桜木を眺めていた。厚着をしていても、彼女が以前と比べてどれだけ痩せたのか、私にはひと眼で分かった。それでも阿求は、悟りを開いた僧侶のように落ち着いていた。
「見えるよ。小さいけれど、逞(たくま)しいね」阿求の隣に落ち着いて私は云う。「ああいうのを見ると、スケッチしたくならない?」
 彼女は頷いた。「山、川、鳥、虫。好く飽きなかったものね。おかげで『縁起』には活かせたけれど、楽器とかも習ってみたかったかな」
 今からでも好いじゃない。私はそう云いかけて、別の言葉を転がしていた。「前の代まで、絵は掲載していなかったんだっけ?」
「ええ。人物画や風景画を採り入れたのは、私の代が初めてね」
「好く思いついたわね、そんなアイディア」
 阿求は空をじっと見上げていた。「今の時代に合わせてアレンジしようって考えていたら、ふっと頭に降ってきたのよ。突然に。そうだ、絵を描いてみようって」
 私は頷いて相槌を打った。
「覚えてる?」彼女は微笑んで云った。「春になったらいつも、貴方は私を抱えて、空まで散歩に連れて行ってくれたわね。凍えるくらい寒かったけど、空から見下ろした幻想郷は格別だった。桜の海だったわね」
 私はまた頷きかけて、友人の横顔を凝視した。
「……阿求?」
 彼女はこちらを向いた。唇の下に指を当てた。呻き声のような音が口から漏れた。
「小鈴、ごめん。おかしなこと云っちゃったわね」
「私は、飛べないよ。霊夢さんじゃあるまいし」
「ええ、そうよね」
 阿求は首を振って、頭の後ろに手を置いた。霊夢さんが治療のために貼った呪符が着物の襟首から覗いていた。私は阿求から見えないようにして手の甲に爪を突き立てた。頬の筋肉に力が入った。
「阿求、やっぱり横になっていた方が」
「こんなに晴れてるのに」
「でも」
「心配性ね、小鈴は」
 私は彼女の手を取って、部屋に寝かしつけた。日向ぼっこをしていた黒猫が、後を追ってきた。喉を鳴らして甘えてくる猫を、阿求は笑いながら見つめていた。私の心臓はとくとくと落ち着かなげだった。
「そう云えばあれから、閻魔様に頼んでみたの?」
 頭を枕に落ち着けて、阿求は私を見返した。
「何のこと」
「もしもの時は、寿命を延ばしてくれるかもしれないって。転生を猶予してもらえるかもしれないって、云ってたじゃない」
「そうね」
「諦めるの?」
「会う機会がないのよ。あの方は忙しいから。でも安心して。いざとなったら彼岸からでも顔を出してあげるわよ」
「強がり」
「何とでもおっしゃい」
 他でもない友人を誰かと間違えた癖に、と私は思った。痛みが去ってからというもの、阿求は穏やかで遠い眼をすることが多くなった。頭痛のあまり眠れない夜が続いていた年始の頃よりも、今の方が、私から彼女がいっそう遠ざかってしまったように感じられた。
 阿求の手を握った。痩せてしまったのに今もまだ、彼女の手は私よりも暖かい。
「私が何とかしてみるよ。待ってて」
「小鈴」友人は身を起こそうとした。「無茶だけはしないで、お願い」
 先ほどまでの表情が嘘のようだった。阿求が縋りつくように着物の裾を握ってきた。私は彼女の指を一本ずつ丁寧に開いて服から外し、包み込むように両手で閉じた。
「自暴自棄なんかじゃないよ。見れば分かるでしょ」
「分からないわよ。全然」
「たまには私を信じてくれたって好いじゃない」
 阿求は首を縦に振らなかった。それでも、私は立ち上がった。彼女が起き上がろうとしてきたので、肩を押して横にならせた。
「小鈴、あんたってばいつもいつも――」
「私にも何かさせてよ。力にならせて」説き伏せるように声を高めて、私は云った。「苦しいの。待つだけなんて、もう厭なんだよ」

 店を訪れた魔理沙さんは、私の頼みを快諾してくれた。理由も目的も訊ねてこなかった。彼女はただ頷いた。店番を代わってくれるよう私が両親に頼み込んでいる間、魔理沙さんは箒を手に表で待っていてくれた。
「お待たせしました」
 私は頭を下げて箒をまたぎ、彼女の背につかまった。飛び立つ前に、魔理沙さんが振り返らずに云った。
「この前は、悪かったな」
「何でしょう」
「嘘をついちまったろ。阿求に頼まれたんだ、黙っていてくれって。でも、やっぱりお前に伝えておくべきだったのかもしれないと思ってさ」
 私は彼女の背中を見つめた。「好いんです。気づけなかった私が馬鹿でした。大人になりたくなかったんです、多分」
「いつまでも“うら若き乙女”って訳にもいかないからな、私らは」
 魔理沙さんは肩を揺すらせた。綿菓子のような金髪がワルツを踊り、私の鼻先をくすぐった。彼女は私がつかまっていることを確認すると、地面を蹴って浮き上がった。猛禽のように旋回しながら、瞬く間に高度を上げてゆく。私は眼下を眺めた。私が生きている小さな世界を。
「ちと寒いけど、我慢な」
「平気です」
 山の方角に向かって、空を泳ぎ始めた。湖を渡り、川を越え、森を横切った。
 鼻をすすって、魔理沙さんは声を大きくして云った。「てっきりさ、別のことを頼まれるんじゃないかって覚悟してたんだ」
 風に負けないよう、私も叫ぶように答えた。「何ですかっ」
「魔法の弟子にしてくれ、とか」
「それも考えましたよ。少し前に」
「申し訳ないが魔法についてはさ、私は自分のことで精一杯なんだ」
「気にしないで下さい。私達向きのやり方じゃないって、もう分かりましたから」
「そっか。小鈴は大人だな」
 私達向きのやり方か、と彼女は繰り返した。
 山の上空を通り過ぎようとした時、右手から羽音が聞こえた。魔理沙さんは速度を緩めた。私は顔を上げた。射命丸さんだった。自慢の写真機を携えて、口の端に団子の串をくわえていた。
「魔理沙、何処に行くつもり?」
「山の向こうだよ。天狗に用はない」
「なら好いんだけど、できれば御山を避けて通って欲しいものね」
「領空侵犯でもあるのか」
 文さんが私に気づいて、手を振った。「本居さん。これは気づきませんで、失礼しました。貴方も山の向こうまで?」
「はい、中有の道を通りたいんです」
 射命丸さんの笑みが薄れた。水が地面に染み込むように、表面から潤いが失われたように見えた。次の瞬間には、それは微笑みに変わっていた。お気をつけて、と彼女は云った。
 魔理沙さんが帽子を被り直した。
「お前、またお菓子食ってんのか」
「好きなのよ、甘い物が。集中力を保つためにも、糖分補給は必須ね」
「いくら食べても太らないんだろ。羨ましいな」
 挨拶に手を挙げて、魔理沙さんは箒の足を進めた。私は再び彼女にしがみついた。すれ違う時、射命丸さんが唇を動かした。何と云ったのか聞き取れなかった。しがみつくのに必死だったから、振り返って確認する暇もなかった。

   #29

 妖怪の山を越えると、樹海に隠れるように佇んでいる石造りの鳥居が見えた。魔理沙さんが降下を始める。地面すれすれで急ブレーキをかけて、湿った土に飛び降りた。私は鈴を鳴らしながら足踏みし、その場に吐き戻しそうになった。
「いけね、いつもの調子でやっちまった」
 魔理沙さんに背中をさすられて、ようやく私は顔を上げることができた。鳥居の両脇の木々には、至るところにお札が貼られていた。奥に続いている石畳は、生え放題になった雑草のために傷んでいた。
「こっからは歩きだな。空からじゃ行けないんだ」
 私は頷いた。魔理沙さんの後ろに寄り添って歩き始めた。樹海の中に造られた常緑樹のトンネル。冬空の太陽では、ここまで光が届かない。八卦炉の光がなければ、道を外れてしまいそうだった。私達の足音、草を踏み分け、石畳を打つブーツが立てる音。それだけが樹海のトンネルに木霊していた。しばらく進むと木で組まれた階段があった。魔理沙さんは何度も振り返りながら、私が付いて来ているか確かめた。冬とは思えないほど空気に粘り気があって、私は立ち止まっては呼吸を整えた。どれだけ昇ったのだろう、遠くから太鼓のような音が聴こえた。続いて、笛の音が鼓膜を突いてきた。
「あと少しだ」
 魔理沙さんが速度を上げた。私は走るように階段を昇り終えた。その時にはすでに、笛や太鼓の音に被さるようにして、祭りの喧噪が空気を震わせた。人里離れた山の向こうに、こんな賑わいがあるだなんて私は知らなかった。
「ツイてるな。今日は地獄の試験期間中らしいぜ」
 楽しげに笑う魔理沙さんに手を引かれ、私は森を抜け出して喧噪に飛び込んだ。いつの間にか、空は夕暮れとは似ても似つかない紫に変色していた。劇毒でも流し込んだかのようだった。双子のようにそびえ立った巨大な岩が正面に見えた。再び始まった石畳の道が、双子岩の間の谷にまで真っ直ぐに続いていた。道の両脇には無数の屋台があった。病的なほどに白い肌をした、着物姿の人びとで通りはごった返していた。
 魔理沙さんは行き交う人びとの視線を気にせずに、先へ先へと進んでゆく。「人魂すくいとか、けっこう面白いぜ。でたらめの遺書を代筆してくれる屋台もあるな。なかなか滑稽味があって笑えるんだ。古代魚はおぞましくて食えたもんじゃないが、地酒は是非曲直庁の公認だ。気の抜けたみたいな味だが、酔っぱらうには最適だぜ」
「あの、今はそういうのは――」
「悪い悪い。そうだった。先ずは腹ごしらえでも」
「魔理沙さん」
「冗談だよ」
 彼女は幻想郷に居る時よりも生き生きしていた。今にもスキップしそうな足取りで雑踏を抜け、山のような双子岩に迫ってゆく。提灯の明かりが絶えて、喧噪が遠のき始めたところで、彼女は足を止めた。
「……あちゃあ」魔理沙さんが呟く。「ほんと、ご苦労なこって」
 谷の奥から、御幣を持った霊夢さんが歩いてきた。

 魔理沙さんが前に進み出て、陽気な声で話しかけた。
「霊夢がいるってことは、つまり」
「そうね」
「阿求か」
「ええ」
「私だって小鈴に頼まれてるんだが」
「利害の不一致ね」
「勘弁してくれよ」
 霊夢さんの目つきが普段とは変わっていた。顔は無表情で、どんな動きにも対応できるだけの空白が残されていた。眼の前で、魔理沙さんがエプロン・ドレスのポケットからトランプ大の紙を引っ張り出した。
「前はどっちが勝ったんだっけ」霊夢さんが云う。「もう忘れたわ」
「そういや、お前とやるのは久しぶりだな。賭けるか」
「屋台で酒盛り。お代はあんた持ちね」
「馬鹿云え。ただでさえ冬場は苦しいってのに」
 霊夢さんは次に私を見た。「小鈴ちゃん。……私ね、これでも怒ってるのよ。阿求に無茶はしないでって云われたばかりじゃなかったの?」
 眼の前にいるのは霊夢さんの筈なのに、私は足の震えが止まらなかった。「分かってるんです、全部私の我が侭だって。でも、何もしないまま見送ることなんてできません。可能性が少しでもあるのなら――」
「自己満足ね」
 私はひるんだ。「それで、それで好いんですか、霊夢さんは。魔理沙さんがこの先、ずっと霊夢さんのいない世界を歩いていくことになっても」
 魔理沙さんは振り返らなかった。後ろ髪に手をやって、仕方がないと云う風に頭をかいた。霊夢さんは瞳を閉じていた。
 そして云った。
「三枚」
「了解」魔理沙さんが答える。「小鈴は身を伏せろ。流れ弾に注意な」
 その後のことは、あっと云う間だった。石畳を蹴り上げて、魔理沙さんが眼にも留まらぬ速度で飛び上がった。私は風圧で地面に倒れた。視界の隅で霊夢さんが幾枚もの符を構えるのが見えた。私の傍に光弾が落下し、地面を抉り取った。気をつけろ、と魔理沙さんが叫ぶのが聞こえた。霊夢さんが何かを云った。それも空気を切り裂く弾の音でかき消された。星屑のような弾幕が弾ける度に、髪留めの鈴がちりんと鳴った。私は頭をかばってその場に伏せることしかできなかった。
 弾幕が止んだ。顔を上げる。膝を突いていたのは霊夢さんだった。肩で息をしながら、マフラーを脱いで白旗のように振っていた。魔理沙さんが元の場所に降り立った。石畳のあちこちに焼け焦げがあった。時間は後からついてきた。屋台の人びとの拍手が遅れて聞こえた。魔理沙さんの顔には、勝利の笑みは浮かんでいなかった。帽子の縁をつまんで、私を静かに見下ろした。
「してやったぞ、小鈴」
「は、はい……」
「行きな。こっから先は付き合えん」
 私は立ち上がった。何度も礼を述べて、双子岩に向かって走り出す。途中で霊夢さんとすれ違う。彼女は私と眼を合わせなかった。息を整えながら、燃え尽きた札を見つめていた。

◆     ◆     ◆

 小鈴の姿が谷間に消え、野次馬が解散する。魔理沙は霊夢に肩を貸して、手近な屋台に設けられた長椅子に座った。店主が見物料だと云って、イカの丸焼きを二本渡してくれた。魔理沙は礼を云って受け取ると、匂いを嗅いでから霊夢にも手渡し、料理にかぶりついた。すでに何事もなかったかのように、縁日のような賑わいが戻ってきた。
 魔理沙はイカを飲み込んで呟いた。「……手加減、してないよな」
「まさか。そんなことしたら、阿求に末代まで祟られる」
「動きにキレが無くなったんじゃないか」
「冗談」
「珍しいなって思ったよ。何と云うか、身体が重そうだったが」
「飛べるわよ、ちゃんと。少し意識しないといけないけれど」
「そっか」
 霊夢が横目で睨んできた。いきなり立ち上がったかと思うと、魔理沙の正面に回り込んで、実際に飛んでみせた。重力という重力に別れを告げるかのように。魔理沙は呆けたように友人の姿を見つめた。紫陽花(あじさい)色の空に、紅白巫女の姿が鮮やかだった。
「どう、まだまだこんなもんじゃないわ」
「……強がんなよ」
「もう一戦やっても好いんだけど」
 霊夢が右手を伸ばしてきた。魔理沙も立ち上がって、彼女の手のひらを叩いた。ぱしん、という音が風に乗って空へ舞い上がっていった。
「待ってる間、土産物でも買おうぜ。滅多に来られないしな」
「地酒も買いましょう。癖になるのよね、あの不味さ」
「好いな、飲むか」魔理沙は彼女を見上げて笑った。「飲もう、今夜は」
 霊夢も微笑んで地面に降り立った。二人は並んで道を引き返した。

   #30

 谷を抜けると、空気の質がまた変わった。粘り気が急に消え失せて、さらりとした水気が増した。唇が湿るのが分かった。空はいつの間にか橙色になっていた。霧が立ち込めて、振り返るのが躊躇われた。
 緩やかな坂道を降りて、私は河原に辿り着いた。角が取れて丸くなった石が敷き詰められている。転ばないよう歩いているうちに、畔に組まれた渡し場が見えた。私は手を振った。岸辺に上がった小野塚さんが、口を半開きにしてこちらに歩いてきた。
「駄目だよ、生きてる奴がこんなとこに来ちゃ」
「向こう岸に行きたいんです」私は頭を下げた。「閻魔様と、お話しさせて下さい」
 小町さんは大鎌の石突に手を置いた。「四季様なら公判中だよ。手が離せないんだ。第一、舟で向こう岸に渡ったら還って来られなくなるよ。ただでさえここだって瀬戸際なのに」
「いつまでも待ちます。お願いします」
 小町さんは頭をかいた。「生者の渡し賃はべらぼうに高いよ。お前さんの店や土地を売り払っても、一町の距離だって進めやしない」
 私は言葉もなくうつむいた。小町さんは綱の結びを確かめると、私の頭を不器用になでながら云った。
「生者がここに迷い込むのはまあ、そう珍しいことじゃない。ずっと前にも“通せ”って詰め寄ってきた奴がいたよ」
「…………」
「あんまりしつこいもんだから、あたいも仕方なく、……おかげで死神をクビになるところだった。もう御免だよ、あんな面倒は」
 小町さんがさらに話を続けようとしたところで、三途の川が脈打つように波立った。磨き上げられた鏡のような水面の景色が歪んだ。小町さんが鎌を担ぎ直した。そして呟いた。「お前さんは、運が好いね」
 水面の境界から、羅紗のような生地の帽子が現れた。まるで階段でも昇るみたいにして、彼女は河岸に足を着けた。帽子から垂れ下がった紐緒が、風もないのに靡(なび)いていた。
「交代の時間です」閻魔様は云った。「小町、貴方も休みなさい」
「あいあいさ」
「お話は伺いました、四季映姫と申します」彼女は私を見た。悔悟の棒で胸をリズミカルに叩きながら。「遙々ご苦労様です。場所を変えましょう」
 閻魔様はそれだけを告げて踵を返した。私がためらっていると、小町さんが背を押してくれた。彼女は親指を立ててみせた。私は頷いて川縁に近づき、映姫さんに続いてブーツを水面に浸けた。冷たい感触がしたけれど、水ではなかった。溶けて液体になった鏡の中を潜っているような感触だった。私は息を止め、首から上をひと息に鏡の世界に飛び込ませた。

 階段を数歩降りたところで、私は何かにつまづいて達磨のように転がった。映姫さんに助け起こされて振り返ると、そこには姿見があった。続いて部屋を見渡す。風景画が掛けられた暖色の壁。革張りのソファ。電気式の暖炉もあった。書棚には分厚い本が所狭しと並んでいた。閻魔様に勧められるままにソファに腰かけると、彼女も続いて向かいの安楽椅子に座った。
「談話室です。裁判所の」映姫さんは云う。「ここを使うのは久しぶりですね。今、お茶を用意させています。それまで、ゆっくりなさって下さい」
 私は頷こうとしたけれど、首の筋肉が働いてくれなかった。黄色がかった天井灯や、カーペットに描かれた模様、棚に置かれた天秤の置物を眺めながら、柱時計の音を聴いていた。やがて後ろのドアが開き、銀のトレイを持った女性が木製のテーブルにカップを置いた。紅茶が注がれていた。ミルクと角砂糖の瓶を置いて、彼女は頭を下げて退出した。
「さて」映姫さんがカップを持って云った。「お話を伺いましょう。ここなら誰も聞き耳を立てません。安心して」
 彼女の言葉が柔らかに響いた。私は息を吸ってから話し始めた。頭の中で作ってきた文章は、たちまち意味を失ってしまった。何度もつっかえながら、阿求のことを話した。彼女が抱える頭痛のことや、身体が衰弱していること。『縁起』と猶予期間のことについても、早口にならないよう気をつけながら。
「閻魔様も、ご存知だと思いますが」私は云った。「ここ数年で、ますます多くの妖怪が幻想郷に住み着くようになりました。そのために揉め事も増えましたが、――私が申し上げたいのは、阿求には『縁起』に書き起こすべきことがまだまだ沢山残ってるってことなんです。阿求は自分の口で云ったんです。やるべきことがあるから、閻魔様に頼んで、寿命を延ばしてもらおうって」
 その後も、私はいくつかのことを話したと思う。閻魔様は時おり紅茶に口をつける他は、ひと言も喋らずに私の話を聞いてくれた。頷くことさえしなかった。お地蔵さんのように沈黙を守りながら、私の話を受け止めてくれた。私が語り終えても、彼女は考え込むように紅茶の水面を見つめていた。私は喉の乾きを覚えて、冷めた紅茶を一度に飲み干した。
「確認させて下さい」映姫さんは云った。「事実を整理しないと」
「はい」
「貴方の意思は、御阿礼の子の意思。間違いありませんね」
「そうです」
「『縁起』の編纂に時間が足りない場合には、猶予期間が与えられると」
「ええ」
「転生の準備を先延ばしにして、それで」
「はい」
 映姫さんはカップをソーサーに置いた。膝に置いていた悔悟の棒を指でさすった。しばらくそこに記された文字に視線を落としていたが、やがて翡翠の瞳を私に向けた。「職業柄、私は先に結論を口にする方が後を話しやすいのです。構いませんか」
 私は息を吸い込んだ。「はい」

   #31

 映姫さんは頷いた。そして云った。
「――猶予期間と呼ぶべきものは、ありません。残念ですが、期待を裏切るようですが……」彼女は私を真っ直ぐに見ていた。「与えられた寿命は絶対です。絶対だからこそ、輪廻の環を逃れる者に我々は容赦しないのです。御阿礼の子は、例外中の例外です。その御阿礼の子と云えど、一度の生で与えられる時間は決まっています」
 彼女の声は平坦だった。起伏という起伏を削ぎ落としたかのようだった。それが閻魔様の優しさだと気づくのに時間はかからなかった。私は彼女の瞳を見つめ返しながら、その場に座っていた。
「もちろん、先例もありません。寿命を延ばすなど、……どうしてあの子はそのような話を持ち出したのでしょう。そうした願いが叶えられないことは、あの子が一番好く知っている筈なのに」
「でも、それでしたら」私は訊ねた。「阿求の頭痛はどう説明がつくんですか。あんなに苦しんでいたのに。あれじゃ、転生の準備なんてとてもできないじゃないですか。それを何年も続けるなんて」
「そうです。それこそが私も気になっていることなのです」映姫さんは真剣に頭を働かせているようだった。「求聞持の能力のことは?」
「一度見た物を忘れない……」
 彼女は頷いた。「人間の脳には、限界があります。記憶の容量と云うべきものがあるのです。全ての情報を頭に溜め込んでいたら、いずれはパンクしてしまいます。普通なら要らない記憶を圧縮して、整理することで脳は活動を続けることができますが、御阿礼の子はその作業を行うことができません。あの子の脳は、記憶を選択する自由が与えられていないんです。あれは能力ではなくて、ある種の欠陥です。あの子の寿命が短い理由は、つまり、そういうことです」そこで彼女は言葉を切った。「御阿礼の子は、そもそも、決して病弱なのではありません。貴方も覚えていらっしゃる筈です。彼女は取材のために山野を踏破し、時には妖怪と渡り合っていたではありませんか」
 彫像のように固まっていた私の脳裏に、阿求の姿が次々と浮かんできた。妖魔本を巡るいくつもの騒動のことが思い起こされた。阿求は同年代の少女と変わらずに、鈴奈庵に忙しく足を運び、笑い声を上げ、異変があれば手帳を片手に里中で聞き込みを敢行していた。
 映姫さんは指を組み合わせて続ける。「御阿礼の子は生き続ければ、いずれは脳のキャパシティが限界に達します。最期には発狂して死を迎えることになります。そうならないように、我々は念入りに計算して寿命を設定し、その数年前から転生の準備を始めるようにと、口を酸っぱくして教え込むのです。苦しまないように、楽に往けるように」
「それなら阿求は、“身体が弱い”だなんて嘘をずっと信じ込まされて生きてきたんですか。そんなの――」
「『縁起』以外の余計な記憶を増やしてしまうと、編纂に支障が出てきますから。彼女の外出が制限されているのは、つまり、想い出を作らせないためなんですよ。記憶が飽和すると、混濁して、ありもしないことを口走るようになります」
「ありもしないこと……」
「私も今回の件は予測していませんでした。我々が考えていたよりもずっと早くに限界が近づいてしまった。貴方は云いましたね。ここ数年で妖怪の数が随分増えたと。そう、幻想郷は過渡期にあります。歴代の御阿礼の子と比べて、あの子は、――阿求は、遙かに密度の濃い人生を送ったということです」映姫さんはゆっくりと首を振った。「残酷なことですが、……それでも、彼女は恵まれていたのです。これまでの御阿礼の子の人生は、本当に記録と編纂を続けるだけの、苦しいものでしたから。閻魔である私の眼から見て、ですが」
 阿求は幸せだった。これまでの誰よりも。私は閻魔様の言葉を頭の中で転がしては、友人の笑顔と比べたりしていた。他には何も考えられなかった。言葉は枯れ果てていた。空洞だけが口を開けていた。映姫さんが立ち上がっていたことにも気づかなかった。
「まだ、河岸にいますね」映姫さんは姿見を覗き込んで云った。「帰りは小町に送らせます。貴方の勇気は、決断は、無謀ではありますが、尊敬に値します。質問がお有りでしたら、許される範囲で答えましょう」
 訊きたいことは何も浮かんで来なかった。私はソファの背を支えに立ち上がると、カーペットの模様を見つめながら姿見まで歩いた。ベートーヴェンの「田園」の調べが遠くから聴こえた気がした。私が望んだ景色の、それが結末だった。
「……思い出しました」
 突然、映姫さんが顔を上げて云った。
「前にもこんなことがありました。何度このようなやり取りを繰り返してきたのか、――ええ、貴方と同じように、御阿礼の子の寿命を引き延ばすことができないかって、頼み込んできた方がいらっしゃいました」
「どうなったんですか、それで」
「もうずっと前の話です。でも覚えています。そのようなことは天地が引っ繰り返ってもできないと答えました。今回と同じく。それでお引き取りを願いました。彼女は大人しく還っていきました」
 映姫さんは悔悟の棒に書かれた文字を見ていた。「もしかしたら」と云いかけて、私に視線を移した。「あくまで推測ですが、彼女は嘘をついたのかもしれません。願いは聞き届けられた。猶予されたのだ、と。御阿礼の子がそれを信じたのかどうかは分かりませんが、記憶には残った筈です。あの子が、阿求が今回そのような話を持ち出してきたのは、転生の際に引き継いだ記憶が混濁した結果なのかもしれません。人間は時に、自分に都合が好いように記憶を書き換えることがありますから」
 話はそれで終わりだった。疲れたような、微笑んでいるような、取り留めのない表情を彼女は浮かべていた。私はようやく思い出して、感謝の言葉を述べた。映姫さんは瞳を閉じた。「お力になれませんでした。申し訳ありません。ここまで来て頂いたのに、本当に気の毒ですが、私達にはどうしようもありません」
 彼女は姿見に手を触れた。再び、液体のように鏡が波打った。私は閻魔様の消沈した横顔を見つめていた。阿求の記述から、機械のように厳格な姿を想像していた。でも今、眼の前にいるひとは違った。私はもう一度お礼を述べてから、身体を姿見に滑り込ませた。

「お帰り」小町さんが立ち上がって云った。「ちょうど勘定も終わったところだよ。さ、行こうか」
「歩いて帰っても好いですか」
「好いとも。たまには能力なしも悪くない」
 私は振り返って三途の川を眺めた。巨人の親指のような岩が立ち並ぶその河は、無限の静けさを湛えて横たわっていた。
 歩きながら、小町さんと話をした。私の質問がきっかけだった。
「阿求の先代の方は、亡くなった後はそちらで働いていたんですよね」
「そうだよ」小町さんは頷く。「転生の手続に入るまで、ずっとね。生前のことを好く話してくれた。ああ、あと音楽を毎日聴いていたっけ。蓄音機が入ったばかりだった。休憩中に好く暖炉の前に座っているのを見かけたよ。西洋のクラシックだったかな。今でもメロディだけは覚えてる」
 小町さんは鼻唄で、彼女の愛した音楽を教えてくれた。私は谷の入り口で立ち止まった。橙色の空は優しげだった。小町さんが唄を中断して振り向いた。彼女は云った。「大丈夫かい?」
「平気です。大丈夫です」私は答えて、我慢しようと思ったけれど、できなかった。「二人で、ずっと聴いていたんです。小さな蓄音機で、手回し式でした。店の空いた暇を見つけて、繰り返し、レコードが擦り切れるまで。あんなに幸せな時間はなかったと思います。自分が幸せなんだってことに気づきもしませんでした。あの時は、私達、私――」
 着物の袖を眼に当てた。必死に拭おうとしたけれど、次から次へと溢れてきて、どうしようもなかった。小町さんが私を正面から抱きしめた。彼女が首を振っているのが感じられた。谷間に吹き込んだ風が、髪留めの鈴を鳴らしていた。大好きな鈴の音が、私の嗚咽をかき消してくれていた。

 中有の道に還り着いた。小町さんは屋台を眺めて口笛を吹いた。
「賑わってるね。あたいも寄ってこうかな」
「もう、冬も終わりですね」
「桜も新芽をつけたし、これから楽しくなるよ」
 屋台の席に座っている、霊夢さんと魔理沙さんの姿が遠くに見えた。小町さんと顔を見合わせてから、私は問いかけた。
「阿求がそちらでも元気に暮らしているか、また教えて頂けませんか」
「それは、……規則違反だね。でもなあ」
「好いんです。まだ、ちょっと未練があるみたい」
 私は小町さんの手を離して、独りで歩き出した。
「今のは忘れて下さい。それより、好ければ店に寄って頂けませんか。割引しますから」
「読書か。悪くないね」
「楽しみにしています」
 小町さんと別れて、雑踏を潜り抜けながら、私は自分の足が大地を踏みしめる感触を確かめていた。ブーツが石畳を叩く音を、頭に刻みつけておきたかった。そうしないと、また忘れてしまいそうだったから。この想いを、時間の一刻一刻を胸に抱きしめていたいという気持ちを、振り落としてしまいそうだったから。私はもう空に、――空想の世界に浮かんでいられるような子供じゃなかったから。


Chapter 08

   #32

 期末試験が終わり、春期休暇が始まった。宇佐見蓮子は毎日欠かさずにサナトリウムに通い、病室でマエリベリーの容態を見守り、書き上げた手紙を白色のポストに投函した。文通相手の女性は、いつも心のこもった長い手紙を返してくれた。蓮子は便箋を何度も読み返しては、綴るべき言葉を頭の中で転がしていた。
 夜には、昔の夢を視ることが多くなった。マエリベリーと過ごした日溜まりの月日が、レコードに記録されたクラシックみたいに、繰り返し胸の中を満たした。蓮台野の桜、カフェテラス、衛星トリフネ。夢の中でメリーは云う。月面ツアーが高くて無理ならば、何か別の方法で月に行けないか考えてみない?
 目覚めると決まって鏡の前に立ち、瞳の色を確認した。マエリベリーの青い眼が自分を見つめ返しているのを確かめ、溜め息をつく。夜空を見上げても、現在の時刻や自分の居場所が分からなくなっていることに、蓮子は気づいていた。それが意味することも、また。
 季節は過ぎ去る。何十通という手紙のやり取りを交わし、サナトリウムの担当医と対話を重ね、教授の研究を手伝う。秘封倶楽部の活動は無期限停止だ。蓮子は暇を持て余していた。教授の推薦で他の研究室の補助を努め、勉学に取り組んだ。できるだけ、空を見上げる時間を作りたくなかった。目の前のことに集中していたかった。
「今日は本当に助かったよ」ある教授は云う。「君の頭脳は噂に聞いていたが、これほど飛び抜けているとは思わなかった。君さえ好ければ、また手伝ってくれないか。きっと他の教授も、君の力を借りたがるよ」
 物理学科のみならず、理学部の教授達の間で、いつの間にか自分のことが噂になっていた。専攻が違うのにもかかわらず、あちこちの研究室に呼ばれて、議論に付き合わされた。蓮子としては、空の青さについて忘れられれば何でも好かった。雑務も含めて手伝った。大学は思っていた以上の給金を支払ってくれた。春休みが中盤に差し掛かる頃には、蓮子の口座にはちょっとした蓄えが築かれていた。
 やがて、桜が蕾を実らせる季節になった。メリーのいない春だった。蓮子は何人かの教授から推薦を受けていたが、返事は先延ばしにしていた。メリーが眠りにつき、倶楽部の活動が中断された途端に将来の道が開けたことを、どう受け止めれば好いのか分からなかった。車輪で真っ二つに引き裂かれたかのような気持ちだった。
 勉強の手を休めた時、ふと手に取った宮沢賢治の童話集。ラウンジでマエリベリーに語って聞かせた『セロ弾きのゴーシュ』――“ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ。”――自分はあの時、得意げに彼の心情について語ってしまったが、それはあくまでも言葉だった。暗い自室から朗らかな初春の空を見上げた時、蓮子は初めて、実感としてゴーシュの気持ちが分かったような気がした。

 春先になって、手紙の内容に変化があった。彼女は親友のために行動を起こしたようだった。衰弱して、寝込みがちになってしまった友人のためにできるだけのことをしようと、彼女は綴っていた。次の手紙で、詳しい経緯は記されていなかったが、その期待は裏切られたようだった。筆跡は落ち着いていて、残された時間をどう過ごすべきかについて、考えがまとめられていた。蓮子はいつも以上に熱心に手紙を読み返した。
 返事を出しに、サナトリウムの散歩道を通り、スクラップ・ヤードに通じる脇道に差し掛かった。最初の頃には知覚できなかった空間の裂け目が、今ならはっきりと見えた。それは今にも蓮子の足をすくい取ろうとしているかのように蠢いていた。
 過ぎ去りし文明の吹き溜まりの中、打ち棄てられた電車の席に腰掛けていることで、ようやく蓮子は空を見上げる気持ちになった。そこには有明の月が浮かんでいた。マエリベリーと交わした数多の会話が、追憶の波に乗って蓮子の瞳に流れ込んできた。ポケットに入れていた手紙の束を取り出し、傷つけないよう気をつけながら、胸にぎゅっと引き寄せた。
 マエリベリーとの約束を思い出したのは、その時のことだ。

   #33

『……長旅、お疲れ様でした。ただいま、スリープ・モードを解除しております。体温が著しく低下しておりますので、急な運動は行わず、筋肉をほぐすようにゆっくりとお歩きになって下さい。ご気分が優れないお客様は、お近くのスタッフまで――』
 シャトルから大型ステーションに乗り換え、展望席まで時間をかけて歩いた。教授は早速衣服の返却を受け、紅尽くしの格好に着替えて悠々と進んだ。蓮子は後に続きながら、すれ違う人びとの興奮した表情を観察した。誰もが子供のように顔を輝かせていた。ドーナッツのように輪になったステーションの、外側に突き出した一画には、展望席の他にもサテライト・カフェが併設されている。流線型の美しい椅子に座り、真空状態にさらして煎れられたサテライト・アイス・コーヒーを飲んだ。
「やあ、美味しいじゃないか。風味が少しも失われていない」教授は外に広がる宇宙を眺めながら云った。「地球では絶対に味わえないだろうな。いっそ研究室ごと引っ越したいくらいだ」
「教授は、天体物理学も研究されているんですか」
「違うよ。でも、宇宙を観測することは、我々が知り得る最小の世界を解き明かす鍵にもなる。おまけに、私が取り扱う領域にも重なる、興味深い事実が幾つも明らかになっているから」
「魔法、ですか」
「まぁね」
 ウィンドウのすぐ前を、つぶてのような岩の塊が猛スピードで横切っていった。近くに座っていた旅行客が悲鳴に近い声を上げる。カフェのスタッフが安心させるように共通語で教えた。当ステーションは重力波が調整されているので、岩や宇宙ゴミの衝突による惨事が引き起こされることは決してありません。
「文明の賜物ね。今では重力も理論上は統一された。これで物理学の仕事にひとつの決着がつけられた。実際に重力子を操るには莫大なコストが掛かるけど、……まあ、そう考えると月面ツアーの価格設定も納得かな」
「これだけのことが出来るのに、未だに火星への有人探査は実現していないんですよね」
「コストが掛かり過ぎるから。と云うか、今となっては“ひと”が火星くんだりまで出かけるモチベーションがないんだな」
「ロマンはありますよ」
「月に行った頃はまだ好かったんだ。でも、その後の研究で私達は知ってしまった。光年という尺度の前では、私達は観測することで精一杯、――恐らく人類は、地球という箱舟以外に居場所を見つけることができないまま、孤独に朽ち果てていくしかない、とね。衛星トリフネにしてもそうだが、すでに人びとは外部に眼を向けることを止めている。この地球をどうするかについて、多くの議論が費やされる。それはそれで間違ったことじゃない。ただ、人類は開拓すべきフロンティアを見失ってしまった」
 教授はコーヒー・カップを両手で包み、恒星の散らばる世界を遠い眼で見ていた。「アルベルト・アインシュタイン、――私達の師は、かつてこう書いた。『われわれが置かれた状況は次のようなものだ。われわれは閉じたまま開けることのできない箱の前に立っている』」彼女は蓮子に視線を移した。「……話すまでもないが、宇宙の大部分は未知の物質とエネルギーで構成されている。私達が実際に見たり触ったりできる物質は、宇宙を満たす全成分の約五パーセントに過ぎない。ロマンの詰まったおもちゃ箱を、私達は今もこじ開けることができないでいる。人間には理解不能な、決して観測することのできないエネルギー。まるで魔法みたいだと思わないか」
 教授は立ち上がり、コーヒーの替えを貰いに歩いていった。蓮子はテーブルに頬杖を突き、加速膨張を続けている宇宙を宛てもなく眺めていた。これは現実なのだろうか、と頭の中で声を転がした。かつてマエリベリーが語った言葉が思い起こされた。アインシュタインが相対性理論で時間の絶対性を否定したように、相対性精神学では現実の絶対性が否定される、と。
『不思議なことよね、蓮子』メリーは云った。『これまでは、学問の進歩で多くの物事がはっきりする、境界が明らかになるって信じられてきた。でも、ある段階を越えてしまうと、むしろあらゆる物事の境界が曖昧になっていったわ。時間と空間もそう、リアルとヴァーチャルもそう。これじゃ“私が人生で本当に選び取ったことって何だろう”と悩むひとが増えるのも、頷ける話よね』
 それじゃ、私達の活動はどうなるのか。蓮子は宇宙を見ながら想いを巡らせる。夢という夢を見失ってしまった世界で、それでも夢視ることを求め続けるのは、間違っていることなのだろうか。私達は取り留めのないメッセージを発しながら、ひたすら待ち続けることしかできないのだろうか。永遠に開けることのできない箱の前で、小さく不確かな“自分”という存在を抱えて。

 食事を済ませた後、蓮子は教授と別れてステーションを散策した。娯楽施設には興味が湧かず、歩くことも億劫になって、椅子に腰かけて遠くの恒星や銀河を眺め続けた。やがてそれにも憂鬱を覚えてしまい、手紙や小説を読み耽った。隣の席に初老の婦人が座ったのは、『銀河鉄道の夜』を読んでいた時分だった。
「こんにちは」彼女は日本語で挨拶した。「こんばんは、の方が好いかしら」
 蓮子は本から顔を上げた。
 婦人は蓮子の瞳を見て、共通語に改めた。「あ、ごめんなさい。日本人に見えたので」
「いえ、カラー・コンタクトです。私は日本の出身ですよ」
 婦人は安心したように息をついて、日本語に戻した。「懐かしいわ。紙の本だなんて」
「宮沢賢治です。お読みになったことがありますか」
「まあ」彼女は水筒のようなカプセル状の容器を膝に乗せて、顔を綻ばせた。「ええ、昔は好く読んでいました。このツアーに申し込んだ時も、シャトルやステーションが銀河鉄道みたいだって、前の夜は興奮で眠れませんでした」
「私もです」蓮子は嘘をついた。「本当は、友人と来るつもりだったんですが、急な予定が入ってしまって」
「そう……」
 婦人はカプセルを抱き寄せた。しばらく二人は、無言で暗い宇宙に散りばめられた星の明かりを眺めていた。アナウンスが入り、ステーションの軌道が月の裏側に差し掛かったことを伝えた。蓮子は婦人と顔を見合わせてから立ち上がり、反対側の展望台に向かった。
「それは何ですか」
 ゆっくりと歩きながら、蓮子は婦人のカプセルに視線を落として訊ねた。
 彼女は答えた。「私の孫娘です」
 言葉を吟味して、しばらく間を空けてから、蓮子は気がついて頭を下げた。「ごめんなさい。無遠慮な訊き方をしてしまいました」
「好いのよ。気にしないで」婦人は微笑んで答えた。「あの子もずっと、近くで月を見てみたいって云ってたから。旅行会社に頼んで、持ち込ませてもらったの。喜んでくれると好いのだけれど」
 マエリベリーの笑い声が、火花のように頭の奥でちらついた。蓮子は奥歯に力を込めた。
 婦人は、まるで旧知の仲であるかのように、すれ違う旅行客に穏やかな眼差しを配りながら云った。「子供の頃に『銀河鉄道の夜』を読んだ時は、哀しくて、でも綺麗なお話だなって思っていたのよ。でも、今読み返すともっと別の哀しさについて想うようになった気がするの。最後の方の、ジョバンニの台詞があるでしょう。蠍(さそり)の火の」
 蓮子は頁をめくって、後を継いだ。「……『カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸(さいわい)のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない』」
 婦人は眼を閉じて、蓮子の朗読を聞いた。
「もしできることなら、あの子の代わりに私が銀河鉄道に乗ってやりたかった。一緒に旅ができなくても好い。あの子が歩んでゆくはずだった人生で、いつか“ほんとうのさいわい”を見つけてくれるのなら、――凛として生きてくれるのなら、私がこのカプセルに入ることになっても好かったって、今はそう思うのよ」
 二人は反対側の展望台に辿り着いた。すでに大勢の旅行客が集まっていた。スタッフが明朗な調子で説明を加えていた。自転と公転の周期が一致している関係で、月は常に同じ面を地球に向けている。大気を持たない月の背中は穴だらけだ。ウサギの模様のような海が広がる表側と比べて、月の裏側は見様によってはグロテスクにも感じられる、と。誰かが宇宙人の存在の真偽について質問し、周りの客から笑いを誘った。
 蓮子は始め、旅行客の背中に隠れて月の姿が好く見えなかった。客達が徐々に散らばってゆき、前に進めるようになるまで、ずっと前にマエリベリーと交わした会話のことを考えていた。月面に築かれた忘れられし世界。それを見られるのはメリー、貴方しかいない。ここ最近の夢までが閃光のように脳裏にちらついて、心臓の鼓動が速まるのが分かった。手のひらが汗ばんでいた。蓮台野の桜、衛星トリフネ、伊弉諾物質。眼前の人垣が開けたのと、蓮子があるアイディアを閃いたのは、その時のことだった。
「――メリーっ」
 蓮子は声を上げて、展望窓に駆け寄った。彼女から受け継いだ青い瞳に指で触れた。スタッフが声をかけてきたが、耳に入らなかった。眼を見開いて、蓮子は、これまで人類に様々な神話と物語を恵み続けてきた月の姿に見入っていた。月の裏側には巨大な結界の切れ目があった。その奥には人類が建設したステーションとはまったく違う、そして京都の街並みよりも遥かに大きな世界の営みが築かれていた。
「……置いてきぼりは嫌よ、メリー」もう一度呟いて、拳を握りしめる。「諦めないわ。私は決めたんだもの。夢の世界を、現実に変えてやるんだって」
 蓮子は、時代と共に忘れ去られ、そして否定された月面都市の姿を、確かに見た。

   #34

 パネルの表示が太陽系・第三惑星に変わった。マエリベリーは「ヒロシゲ」の車内でそれを見上げていた。席に取って返し、着物をまとった女性の肩を揺すった。彼女はぼうっとした瞳でこちらを見上げてきた。
「どうしました」
「還って来たのよ、私達」
 彼女は瞬きして、首を傾げた。
「地球よ。私達の星」
 彼女は窓の外を透かし見た。蟻塚のように穿たれたクレーター群が眼下に広がっていた。そのクレーター群の間を縫うようにして、奇妙な形のビルディングが並んでいた。それは広大な都市のようだった。列車の向かう先には、青い星の左半分が車体に遮られた格好で浮かんでいる。メリーは座席に沈み込んだ。「月だわ。後少しよ」
「結局、あまり遠くには行きませんでしたね」彼女は云った。「北十字どころか、太陽系の外にも出られませんでした」
「もう何でも好いわよ。還って来られたのだから」
 連結部のドアが開いて、ポケットの沢山ついた服を来た男が入ってきた。彼はコンパートメントをひとつひとつ確認し、マエリベリー達の許にまでやってきた。メリーは金色の切符をポケットから取り出した。車掌は髭を蓄えた口元を緩ませて云った。
「楽しんで頂けましたか」
「はい」マエリベリーは曖昧に頷いた。「でも、……私が知っている物語では、もっと遠くの銀河まで、もっと綺麗な物を探しに行きました。白鳥の停車場から、プリオシンの海岸、アルビレオの観測所や、サウザン・クロスまで」
 車掌は一度だけ頷いてから、メリーの切符を改めて確認し、眼を細めた。
「この列車を任されてから、永い時間が経ちました」彼は語った。「昔の時分には、貴方が仰って下さった物語のように、沢山の場所にお客様をお連れする機会に恵まれました。ですが今では、この列車の速度では、膨張を続ける宇宙に付いて行けなくなったのです。銀河と銀河の間の距離は、ますます開いてゆきます。それも加速しながら、終には光のような速度で。何もかもが私達から遠ざかってゆきました。申し訳ありませんが、今ではこれが私達の精一杯なのです」
 彼はマエリベリーに切符を返した。列車は速度を緩めつつあった。
「星々は時が経つほどに暗く、そして孤独になってゆきます。宇宙の温度もまた下がり続けている。生命自体、そうした崩れやすいバランスに頼っている。私達が決して観ることのできない物質によって、私達が存在できているのだとしたら、私達が“現実”と呼んでいるものとはいったい何なのでしょう。あるいは“現実でないもの”とは何か」彼は窓の外に視線を向けた。「……それでも私は、貴方が仰った物語の作者が“宇宙意志”の存在について語ったように、あらゆる生命を幸福に至らしめる何かについて考えざるを得ないのです。何故なら、そのような問いを投げかける私達の存在自体が、限りなく奇跡に近い現象なのですから」
 列車は地球の軌道上で停止した。そこには小さな無人駅が設けられていて、地球まで続く果てしない階段が真っ白に輝いていた。二人は立ち上がって、コンパートメントを出た。マエリベリーは車掌に礼を述べてから、駅のホームに降り立った。
 彼女は、下車しなかった。
「どうしたの、行きましょう」
 彼女は首を振った。「私は、切符がありませんから」
 車掌が頷いた。メリーは二人に詰め寄って口を開きかけたが、彼女が遮った。
「いつかきっと、私も切符を頂ける時が来ると思います。その時の私は、あるいは今の私とは違っているかもしれませんが、夢の中で、また会える日が来ると信じています。――それまで、どうかお元気で」
 彼女は髪飾りを外して、マエリベリーに手渡した。サザンカのようにも、ツバキの花のようにも見えた。メリーが何も云えないでいる内に、音を立てずにドアが閉まり、列車は滑るように走り出した。鵲(かささぎ)の鳴き声のような汽笛が、短く噴き上がった。メリーは駅の端に立って、髪飾りを胸に抱き寄せていた。瞳を閉じて、彼女の向かう先が暖かな光に満ちていることを願った。それから振り払うようにして踵を返し、青く輝き続ける惑星を目指して階段を降り始めた。

   #35

 死体を山積みにしたトラックが、何台も葬列のように連なって、廃墟の中を進んでいった。ガソリンという時代錯誤の燃料を消費して、排気ガスを撒き散らしながら。宇佐見蓮子は崩れたビルディングの残骸の中に身を潜ませて、焼けて収縮した遺体を運ぶ車両の唸りを聞いていた。塵芥が肺に入って、必死に声を押し殺しながら咳き込んだ。
 それはマエリベリーの夢の中であるはずだった。空までが黄土色に染まり、荒廃した首都の中で、蓮子は独り震えていた。月面ツアーを終えて地球に戻った後、宇宙ボケが治るまでに数日を要した。蓮子は調整剤が上手く働かない体質のようだった。自宅で休養してから、マエリベリーの待つサナトリウムに向かった。そして、病室で眠り続けるメリーの手を取って、互いの指を相手の眼に触れさせた。蓮子は境界を飛び越えて、メリーの視ている世界に潜り込んだのだった。
 気づいた時、蓮子は「ヒロシゲ」のホームに立っていた。酉京都駅は無人だった。瓦礫が散乱していて、天井ごと崩落している箇所もあった。服は埃まみれになり、足の裏が酷く痛んだ。駅を出ればすぐ眼に入るはずのタワーは、ひしゃげて隣のビルディングに寄りかかっていた。砲撃の跡や銃痕が、街中の至るところで見受けられた。こうなっては自宅のアパートメントの場所も分からない。さまよい歩いている間、時折遠くから轟音が鳴り響き、砂塵と共に空に吸い込まれていった。
 トラックの群れが通り過ぎ、遅れて二台の車両が道ならぬ道の端に停車した。前を走る車両はジープで、後続は軍用トラックだった。迷彩服を着た浅黒い肌の男達が次々と車から降りて、トラックの荷台から汚れた肌着姿の人びとを降車させた。老若男女ばらばらだった。士官帽を被った若い男が命令を発して、人びとは次々とビルの外壁に後ろ向きに立たされた。兵士が銃を構えようとしたところで、士官が手を挙げて遮った。
「縦一列に並ばせろ」彼は共通語で云った。「弾を節約するんだ」
 兵士達は頷いて、五人を選んで並ばせた。人びとは逆らわなかった。俯いてなされるがままだった。兵士のひとりが後頭部に狙いを定めて、一瞬のためらいを挟んでから引き金を引いた。蓮子は耳を塞いだ。銃声と共に、四人が前のめりに倒れた。血が道路に広がるよりも早く、士官が拳銃を抜いて残った者の頭を横から撃ち抜いた。壁に追いやられていたひとりが逃げ出したが、吸い込まれるかのようにライフル弾がその背中に喰い込んだ。作業は淡々と進められた。兵士達は誰もが無言だった。表情は消されていた。一連の手続を済ませると、彼らは遺体を一箇所に積み上げて通行を確保し、車両に分乗して去っていった。後には死体の山と硝煙の香り、転がった薬莢だけが残された。カラスの鳴き声が聞こえた。蓮子は弾かれたように立ち上がり、その場を転げるようにして離れた。
 瓦礫を乗り越え、潜り抜け、幾つもの路地を抜けた。何処をどう進んだのか自分でも分からなかった。鴨川を渡る橋には即席の検問所が設けられていて、要所に土嚢が積まれていた。川縁には片づけられないまま腐乱した遺体が幾つも打ち寄せられていた。蓮子は道を引き返した。空が暗くなり始めたところで、ようやく山間のサナトリウムに通じる道を見つけた。サナトリウムもまた、廃墟になっていた。患者も、医師も、スタッフも、誰もいなかった。施設中を探し回った後で、蓮子は諦めずに次の場所に向かった。散歩道を逆に辿って脇道に逸れた。そこだけが、時間が静止しているかのように、変わらずに文明の遺物で満たされていた。ようやく人心地がついて、蓮子は指で目尻を拭った。
 錆びついて打ち棄てられた電車。そこに彼女はいた。蓮子は軋む身体を持ち上げて、息を荒げながら電車によじ登った。マエリベリー・ハーンは座席に腰かけていた。口を半開きにしていて、眼は虚ろだった。予想通り、彼女の瞳の色は黒になっていた。メリー、と呼びかけてから、蓮子は彼女を抱きしめた。メリーは答えなかった。ぜんまいの切れた人形のように動かなかった。それはまるで、中身のない空っぽの器であるかのようだった。しばらく眼を覚ます努力を続けてから、蓮子はマエリベリーを背負い上げた。電車から降ろし、ふらつく足で何度も転びそうになっては、その度に踏み留まった。
 ガラクタの山の中を奥まで進んでゆくと、これまで手紙を投函していた真っ白なポストの代わりに、木製のドアが立っていた。ドアの横には丸いテーブルがあり、その上には電源コードのないブラウン管テレビが乗っていた。蓮子は歯を食いしばってそこまで歩いていった。雑音と砂嵐を伝えるばかりだったテレビは、蓮子が隣に立った時、ひとりの女性を映し出した。蓮子は彼女の姿に見入った。その顔立ちは自分と好く似ていた。しかし髪はブロンドだった。瞳の色は深い青だった。
「おめでとう、宇佐見さん」彼女は云った。「貴方は見つけることができたようね」
「貴方は誰?」
「私は貴方よ」彼女は答えた。「あるいは、私はマエリベリー・ハーンさん。もしくは誰でもあり、そして誰でもない」
「あれは何。どうして京都があんなことになっちゃってるのよ」
「有り得たかもしれない、科学世紀の結末よ」
「こんなのが私達の未来だって云うの?」
 彼女は首を振った。「無数の選択肢の中では、こうした未来も起こり得るということ」
「原因は何なのよ」
「分からない。資源の枯渇かもしれない。蝶の羽ばたきかもしれない」
 蓮子は今さらのように気分が悪くなり、吐き戻しそうになった。「あんな、……ひとの命を簡単に」
「貴方が捕まって殺される結末も、私は見たわ。その場合は、貴方はハーンさんを見つけることができなかった」
「…………」
「いえ、――それを云うなら、もし貴方が月に行っていなければ、このアイディアを思いつくことはなかったかもしれない。もし数年前のあの日、事故に遭って大学に行けなかったとしたら、貴方がハーンさんと出会うことはなかったかもしれない。もし神亀の遷都の混迷期に貴方の祖父母が巻き込まれていたら、貴方はこの世に生まれていなかったかもしれない」
 貴方の先祖が生存競争で負けていたら。
 全球凍結で全ての生命が死に絶えていたら。
 地球が後少しだけ太陽に近かったら。あるいは太陽から遠ざかっていたら。
 宇宙を満たす斥力が強すぎて、天の川銀河が生まれなかったとしたら。
 逆に重力が余りに大きすぎて、宇宙が途中で収縮に転じていたとしたら。
 この宇宙が三次元の空間とひとつの時間で成り立っているのではなく、別の次元が閉じずに残っていたとしたら。
「宇宙が他のどのモデルを選んでいても、私は宇佐見さんの声を聞くことができなかった。人類が歩んだ歴史についてもそう。貴方自身の選択についてもそう。これが科学世紀のひとつの結末であるのだとしたら、また別の選択肢も残されているはず。私は待ってるわ。貴方のより好い選択を、最適の健闘をここで祈ってる。未来は、貴方が思っているほど閉じたものではないのよ」
 映像はそこで途絶えた。テレビは沈黙した。蓮子はしばらくの間、もうひと言があるのではないかと気がかりで、そこから動くことができなかった。やがて、マエリベリーを背負い直すと、真鍮のドアノブに手をかけた。ドアの先には光が渦巻いていた。蓮子はためらうことなく、その光の中に飛び込んだ。

◆     ◆     ◆

 誰かの笑い声が聞こえた。ボールの跳ねる音がそよ風と共に部屋に飛び込んできた。蓮子は身を起こした。肌触りで、マエリベリーのベッドにうつ伏せていたのだと分かった。サナトリウムに戻ってきたのだ。
「メリー……」
 蓮子は彼女に呼びかけた。マエリベリーは半身を起こしているようだった。彼女の背中に手のひらが触れた。蓮子は彼女の笑顔を見つめようとした。そこで初めて、瞼に指を触れさせた。瞳はしっかりと開いているはずだったが、何も視えなかった。視力は失われていた。最初のパニックが去ってから、呼吸を整えようと胸を押さえた。メリーは微かな呻き声を上げるばかりで、言葉らしい言葉を返さなかった。夢の時分と同じく、壊れた人形のように。
 光の差さない闇の中で、蓮子はマエリベリーの名を呼び続けていた。


Chapter 09

   #36

 あの頃の幻想郷には写真機なんて便利な物はなかったから、私はシャッターを切る代わりに鉛筆を走らせていた。貴方に頼まれて描いた数々のスケッチ、今も手元に残している。ふとした時に取り出して、机に頬杖を突いて眺めていたくなる。そうしていると、貴方とあの子を頭の中で比べてしまう自分がいるから、普段はそのスケッチのことを思い出さないようにしている。私に絵心が無かったならば、自分のつたなさに辟易して、こうして机に並べるようなこともしなかったかもしれない。でも実際は違っていて、当時の私は本当に真剣だった。心から貴方の姿を紙に遺しておきたいと思ったのだ。それが間違っていることだったとしても。
 最近では、人間と妖怪が共に時間を過ごしているのも珍しいことではなくなっている。あるいは始めから、妖怪の下で働いている人間の姿を見かけることもある。人間なのか妖怪なのか判断が難しい者も大勢いる。時代が下るごとに両者の境界は曖昧になっていって、ひとつに融け合ってゆく。それでも決まり事は形骸化しながらも残っていて、私が翼を出して往来を自由に歩き回れるほどではないのだけれど。それでも、互いに自分をひた隠しながら並んで歩いている人間や妖怪の姿を見かけると、私は貴方と交換した会話の数々を思い出す。その中に、上辺でない本当の言葉がどれだけあったのか。
 もしも私がこの手帳をずっと以前から、それこそ貴方が隣にいた時分から日記のように綴っていたとして、それを逆から読み返したのなら、まるで時間が巻き戻っていくように感じられるのだろうか。例えば、生物が死んで腐敗してゆく過程を連続的に写真に収めて、それを逆再生してやれば、まるでその生物が生き返ったかのように画面には映るだろう。――もしも、時間が遡ったとしたら? 貴方を運ぶ行列は彼岸から後ろ向きに戻ってくるに違いない。私は暗い記事を書くのは止めると心に決め、手帳に書かれた貴方の訃報は鉛筆が吸い取ってくれるだろう。そして私は姿を消して、貴方のいる屋敷の中庭まで逆さまに飛んでゆく。障子を開けて、最期まで泣き顔を見せなかった貴方が私を出迎え、二人は逆さに歩きながら部屋の中に消える。私は真剣な顔で貴方の姿をスケッチ・ブックから引き剥がし、長い時間をかけて鉛筆に閉じ込めてゆく。幾つもの会話が逆向きに交わされ、貴方が私の名前を、私が貴方の名前を逆さに呼ぶ。それはどちらも、まるで気軽に交わす挨拶のように聞こえる。
 やあ。
 やあ。
 やがて時間は遡る速度を緩める。あの日、貴方と私が最初に顔を合わせた時点で、時計の秒針は静止する。時間は再び前に進み始める。夢の中で、私は私がこれまでしてきた全てのことを想うのだ。私がこれまでしてこなかった全てのことも。貴方に伝えることができなかった言葉についても、全て。今の私があの時の私であったなら、私はぎこちない挨拶の代わりに、自分の胸に手を置いて唇を開くだろう。
 貴方を想っている。
 これまで貴方に沢山のことを伝えようとしてきたけれど、いちばん云いたいことはこのことなのだ。
 貴方を、今も想っている。

   #37

 妹様は新しい魔法のアイディアを次々と披露した。十六夜咲夜と、レミリア・スカーレットは微笑んでそれを聞いていた。やがて、話し疲れたフランドールが眠りに落ちてしまうと、咲夜は地下の寝室まで彼女を送り届けた。談話室まで戻ってきた時には、主人の顔は何処か沈んでいた。咲夜はカーテンを引いて日差しを遮ると、紅茶のカップやクッキーの皿の片づけを始めた。
「忘年会のこと、覚えてる?」
 レミリアが云った。咲夜は無言で頷いた。
「霊夢のあんな顔、初めて見た。あの巫女にも、あんな顔ができるんだな」
「霊夢も成長したのでしょう」
「成長、――成長か。どうかな」吸血鬼は胸に手を当てた。「変な感じがする。不安とも違うし、焦燥でもない」
「気遣っていらっしゃるのですか」
「私が? まさか」
 彼女は立ち上がって、部屋の中を歩き回り始めた。
「幻想郷に来たばかりの頃は、私はこいつらみたいには絶対にならないって心に決めていたんだ。どいつもこいつも弱りきって、餌を与えられるがままに見えたから。今では私もその仲間入りをしてしまったのかもしれない。ちょっとしたことで心を動かされるようになった気がする。あの頃に比べて、私は致命的に弱くなってしまった」
 咲夜は思った。それは弱くなったとは云わないのかもしれない。
 レミリアは立ち止まって、片づけを進める咲夜をじっと見つめた。「咲夜は知らないと思うけど、以前は人間のメイドを使い捨てにしていたんだ。皆が皆、お前みたいに便利な能力を持っている訳じゃなかったからね。使い物にならなくなったら、後は。……あいつらの顔が、今になって夢の中に浮かんでくることがある。あるいは、紅茶の水面に映り込むことがある。誰もが無表情に見つめてくるんだ。非難するでもなく、恨みがましくもなく、ただじっと、ね」
 存じています、と咲夜は心の中で返事した。私が最初に任せて頂いた料理で捌いた肉が、誰の物であったのかも、ちゃんと。
 レミリアは考え込むように沈黙してしまい、談話室は暖炉の火がくすぶる音ばかりになった。咲夜は最後まで主人が打ち明けた話に言葉を加えることができなかった。

 昼過ぎになって、東風谷早苗がバスケットを持って紅魔館を訪れた。
「また、お願いします。グリューワイン、二柱にも好評でしたよ」
「それは好かったわ。こっちの神様の舌にも合うのね」
 二人は以前と同じように階段を降りて、地下のワイナリーに入った。樽の香りをいっぱいに吸い込んで、早苗が感嘆の息を漏らした。「やっぱり、ここは落ち着きます」
「私もそうね。もしかしたら自室よりも居心地が好いかもしれない。静かだし、部屋にいるよりも作業している時間の方が長いし」
 咲夜がお勧めのワインを選んでいる間に、早苗が改まった口調で話しかけてきた。
「あの、この前のことは、すみませんでした」
「何のこと」
「咲夜さんのことや、レミリアさんのことを何も知らないのに、勝手なことを云ってしまって」
 咲夜は吹き出しそうになった。「それって去年の話、もう何ヶ月も前じゃない。気にしてないわよ、そんなこと」
「でも、……謝らせて下さい。あれは、私のエゴでした」
 エゴ、と咲夜は口の中で転がした。
「考え方や価値観が違っていても、それを認め合うのが本当の友達なんじゃないかって、教えてもらったんです」
 早苗は笑顔で云った。咲夜には眩しかった。何か言葉を返そうとしたところで、呼び鈴が鳴った。早苗には自由にさせておき、咲夜はその場を後にした。妖精メイド同士の些細なトラブルだった。軽く叱りつけてやってから、地下のワイナリーに戻った。階段を降りている途中で、瓶の割れる音がした。咲夜は急ぎ足でワイナリーに入った。早苗が尻餅をついていた。落っこちたボトルが割れていて、むせ返るような葡萄酒の香りが空間を満たしていた。
 早苗がぎこちなく笑って云った。「ごめんなさい、落としちゃいました」
 その声は震えていた。続き部屋のドアが、少しだけ開いていた。咲夜は理解した。ドアの取っ手を引いて、室内の様子を確認した。新年の集荷を終えたばかりだった。視線をさまよわせている間に、彼女に何を伝えるべきかについて知恵を働かせた。咲夜は聞こえないよう小さく溜め息をついてから、ドアを閉めて振り返った。早苗はワイン棚を支えに立ち上がっていたが、脚は覚束ないようだった。
「……中を見たの?」
「わ、ワイン、弁償します」
「中を見たの?」
 早苗は何度も小刻みに頷いて、言葉を紡ぎだそうと唇を震わせた。
 咲夜は額に手のひらを当てた。「うちは、――そう、悪魔の館だから。分かるでしょう?」
 早苗は頷くばかりだった。
「貴方だって、幻想郷に住んで長いんだし、天狗の山で神様に仕えているんだから、これくらい……」
 咲夜はそこで、早苗が奉じる神様がどれだけ彼女を慎重に取り扱っていたかを思い出して、言葉を切った。早苗は必死に言葉を取り繕いながら、階段を駆け上がっていった。咲夜は割れたボトルの欠片を片づけ始めた。底に葡萄酒が溜まっていて、ランプの明かりに照らされて水面が鏡のようになっていた。そこには咲夜の知らない少女の顔が映し出されていた。思わず瞬きすると、それは自分のしかめ面に変わっていた。咲夜はその時、先ほどの主人の言葉に込められた気持ちが理解できたように思えた。
 片づけを終えて階上に戻ると、図書館の方から歓声が轟いた。咲夜が疑問に思う間もなく、向かいの階段から魔理沙が駆け上がってきて、そのままエントランス・ホールを横切ってこちらに走ってきた。咲夜の手を取った魔理沙は、今にも飛び出さんばかりに興奮した調子で云った。「成功だ!」
「何、どうしたの魔理沙」
「やったんだよ、私はやったんだ」
 魔理沙はそのまま外に飛び出していってしまった。遅れて、パチュリーとアリスが息を切らしてエントランスに現れた。
「やられたわね」
「逃げられた……」
 口ぶりは悔しげだったが、二人は柔らかい笑みを浮かべていた。腕を組んで、あるいは頬に手を当てて、新しい道を歩み出した彼女の背中を見守っていた。咲夜はようやく気がついて、胸の中で「おめでとう」と云った。「ようこそ」も付け加えて。あるいは「さよなら」と云うべきだったのかもしれない。

   #38

 春も盛りにならなければ、陽はまだ短かった。冬の残り香が漂い始め、肌寒さを感じて、博麗霊夢は社務所に引き上げた。魔理沙がやってきたのは、茶を煎れ終えた時だった。彼女は帽子を脱いで炬燵に潜り込むと、いつものように世間話から始めた。
「小鈴はどうしてるんだ、あれから」
「阿求のところ。編纂とか、いろいろ手伝ってるんだって」
「そっか。……どうにかしてやりたかったんだが」
「だから私は云ったのよ」
 魔理沙は曖昧に頷いた。茶を啜ってから、霊夢、と呼びかけてきた。
「何」
「成功したんだ。捨食の魔法」
「あら、おめでとう」
 彼女は身を僅かに乗り出した。「……あんまり驚かないんだな」
「何となく、いつもと違うと思ったから」
「巫女の勘は健在ってことか」
「まだ、次があるんでしょう?」
「ああ、捨虫だな。こっからが本番だ」
「それで」霊夢は湯のみを両手で握った。「妖怪に片足突っ込んだ気分はどうかしら」
「今のところ悪くない。腹が常に七分目くらい満たされてる」
「なら、うちの飯がたかられる心配はなくなるわね」
「そのことなんだが」
 魔理沙は黄金色の髪に手を触れた。声音が高くなった。
「今すぐに人間の習慣から離れるのは、やっぱり厳しいんだよ。ここの飯は美味いしな。食材なら勿論、また持参するからさ」
「そう」霊夢は茶を飲み干した。「じゃあ、今まで通りってことね」
「ああ。そうだ、それだよ。頼むぜ」彼女は笑った。「今まで通りだよ、うん」
「話はそれだけ?」
「おう」
 彼女は帽子を被って立ち上がった。霊夢も続いた。魔理沙は縁側で立ち止まり、振り向かずに云った。
「ありがとな」
 霊夢は腰に手を当てた。「変わらないわね、あんたは」
「お前にだけは云われたくない」
 二人は境内を歩きながら、西の空に沈みゆく夕陽を眺めた。その日の最後の光が幻想郷に降り注いでいた。魔理沙が立ち止まった。霊夢は彼女の後ろにいたから、表情は窺えなかった。
「去年からさ、魔法の研究の傍ら、ずっと調べてたんだ。鈴奈庵とか、紅魔館とか、あちこち。でも、もう止めた。私があれこれ口を出すような問題じゃないって分かったから。霊夢は霊夢なんだって、それで好いんだって、だから――」
 魔理沙は言葉を切った。霊夢は今になって気づいた。友人の背丈は、いつの間にか自分と並ぶくらいに高くなっていた。
「……以前な、フランが面白い魔法のアイディアを教えてくれたんだ。ガラス玉の中に、持ち主の気分に応じて色を変える魔法の煙を詰める。そいつを皆に持たせれば、いがみ合ったりすることもなくなる。誰かの悩み事にもすぐ気づけるようになる」
「そう上手くいくとも思えないけど」
「いや、私が云いたいのはそういうことじゃないんだ」彼女は懸命に言葉を探しているようだった。「つまりさ、私は余計なことを訊いて台無しにしたくないし、それは霊夢も同じだと思ってる。そうやって私達はずっとやってきたんだから、今さら変えるのは馬鹿げてるし、疲れるだろ。二人とも好い歳した大人なんだからさ。――だから、ひとつだけ教えて欲しいんだよ。霊夢の色は、お前のガラス玉の煙は、今は何色なんだ?」
 霊夢は瞬きして、少し迷ってから手を挙げ、山際に消えようとしている夕陽を指差した。魔理沙はしばらく幻想郷を包む太陽を見つめていた。それから帽子を被り直して、「そっか」と言葉を転がした。
「満足した?」
「ああ」
「ちなみに、あんたの色は?」
「さっきまでは夜の色だった。今は、星の色だ」
「そりゃ好かった」
「またな」
「ええ」
 魔理沙は箒にまたがり、魔法の森の方角へと飛び去っていった。霊夢は手で庇(ひさし)を作って夕陽を遮りながら、彼女の姿が見えなくなるまでその場に立っていた。

   #39

「どうされましたか、東風谷さん」
 早苗は境内の石畳から視線を離した。射命丸文が中空に浮かんでこちらを見下ろしていた。手帳と写真機を携え、口に団子の串を加えていた。早苗は肩の力を抜いて、竹箒の柄を握り直した。
「相変わらずですね、射命丸さんは」
「何か気が塞ぐようなことでもありましたか」
「……ちょっと、友達と喧嘩しただけです。そういうことにしといて下さい」
「そうですか」
 彼女はそれ以上の質問はしてこなかった。気分を変えるように青空を見上げて云った。
「こういう時は、思いっきり空を飛ぶのがいちばんですよ」
「今の時期は寒いだけでしょう」
「そう仰らずに。二人で風でも探しませんか」
「風を?」
「そうです。風探しです。私は翼が重くなった時、いつもやっています」
 早苗の返事も待たずに、彼女は背中から腕を回してきた。あっと云う間に早苗の身体は守矢神社の上空まで引き上げられた。
「ここには好い風が吹くんです」文は云った。「東風谷さんのおかげでしょうか」
「知りませんよそんなことっ」
「東の方から来ますよ。乗りましょう」
 待って、と叫ぼうとしたが、文は早苗を抱いたまま滑空を始めてしまった。神社や木々が猛スピードで後ろに遠ざかっていった。スイングのように弧を描いて再び高度を取ると、文は大きな声で笑った。早苗は彼女のあごに頭突きを喰らわせた。
 文は笑いを治めて云った。「向こうでも、こんな悪ふざけをしていたんじゃないですか」
「そりゃまあ、してましたよ。学校の友達と。ずっと前の話ですけど」
「少しだけ、昔に戻ってみても好いのでは」
「射命丸さんがやりたいだけなんじゃ」
「まあ、そうですね。知ってましたか。天狗って、けっこう懐古趣味なんですよ」
 彼女の快活な声を聞いていると、向こうに残してきた友人達の姿が脳裏に浮かんできた。同時に、昨日の咲夜の凍りついたような表情も。春の真新しい風が、不思議と眼に沁みた。早苗は不意に叫びたいような気持ちになった。天つ風が吹き渡る中で、それはほとんど暴力的な衝動だった。
「みんな、離れていきました。今だって、私は沢山のひとから去ろうとしているんです」
 腹に回された文の腕に、力がこもった。「分かりますよ」
「“ひとを辞める”ということが、今になって胸に迫ってくるみたいで」
「ええ」
「これからもずっと、何度もこんな気持ちになるんでしょうか」
「それは多分、人間だって同じです。別れて、出会って、別れて、また出会う。妖怪はその回数が、少しばかり多いってだけです。だから、私達は心が擦り切れてしまわないように、時折風を探したり、写真を撮ったり、甘い物を食べたりしてるんです」風鳴りの中で、文の声は静かに響いた。「手帳の頁をめくっていると、昔の思い出が、すでに終わってしまったことじゃなくて、今もまだ続いているかのように心の中で再現されることがあります。そうした時には私は幸福な気持ちになれます。たとえ戻れないことが分かっていたとしても、それとは別に、これからを歩んでゆくための、地に足の着いた力を得られるんです」
 神社に戻ってから、早苗は何か持たせようとしたのだけれど、文は断って翼を開いた。
「元気になって下さったようで、何よりです」
「ありがとうございました」
「これからも『文々。新聞』を、よろしくお願いしますね」
 彼女は飛び去っていった。早苗は風に髪をなびかせながら、春の訪れを寿(ことほ)ぐ幻想郷の風景を眺めていた。


Chapter 10

   #40

 桜が咲き誇る季節になった。彼岸から戻ってきてからも、私は阿求の傍に寄り添い、手紙を書き続けた。真っ白なポストは次第にその輝きを失いつつあった。まるで塗装が剥げてゆくかのように、表面に錆が浮き出してきた。私は最後の手紙を綴る準備を始めた。筆を走らせていると、隣で阿求が身を動かす気配がした。彼女は寝ぼけ眼で首の後ろに手を置いた。私は微笑んだ。
「おはよう、阿求」
「ええ」
「またあの夢?」
 阿求は眼をこすった。「ずっと一緒に乗っていたひとが、降りてしまったわ。少し退屈になったかな」
「何か話せた?」
「お元気でって、また会いましょうって」
「そう」
 私は阿求が立ち上がるのを手伝った。障子を開くと、春の陽射しが部屋に転がり込んできた。彼女は縁側に出て、中庭に植えられた桜や松の木を眺めていた。後ろから見つめているうちに、私は先程から感じていた違和感の正体に思い当たった。
「阿求」
「なに?」
「髪飾り、どうしたの」
「ああ」友人は微笑みながら紫陽花色の髪に触れた。「あげちゃったの。忘れないようにって、ちゃんと戻れるようにって」
「でも、夢の中の話なんでしょ?」
「昔話にも好くあるじゃない。夢で授かった宝物が、起き上がった時に枕元にあったとか」
 阿求はそれ以上話さなかった。穏やかな笑みを浮かべて、庭の景色に眼を奪われていた。
「やっぱり、まだ寒いね。布団に戻る?」
「ううん、このままで」
「分かったわ」
 阿求がこちらを振り向いた。「本を読んで欲しいわ。前みたいに」
「今日は何にする」
「『青い鳥』が聴きたい。メーテルリンクの」
「またそれ?」
「好きなんだもの」
「音楽もかける?」
「お願いするわ」
 蓄音機のぜんまいを一杯まで回して、レコードをターン・テーブルに乗せた。静かに針を降ろし、一瞬の間を空けて、クラシックの調べが部屋に溢れ出した。私は持参した包みの中から本を一冊抜き出すと、阿求の隣に腰かけて朗読を始めた。友人は眼を閉じて、私の声に耳を澄ませていた。私は、主人公の兄妹が夢の中で探し続けた幸せについて考えた。あるいは人生における“ほんとうのさいわい”について。田園の草木を波立たせるそよ風について。過ぎ去りゆく想いについて。舞い上がる雲雀(ひばり)の唄声について。
「小鈴」
 “未来の王国”の幕まで読み終えた時、阿求が口を開いた。
「なに」
「誤解しないで聞いて欲しいの。ずっと考えていたんだけど、……そろそろ、本格的に転生の準備を始めようと思う」
 私は間を空けて云った。「そう、どうして」
 友人は首の後ろに手を当てた。「霊夢さんのお札だって、いつまで効いてくれるか分からない。手遅れになってしまったら、私は私でいられなくなる気がする。早めに何もかもを済ませて、胸を張って勤めを終えたいのよ」
 最期の最期で、小鈴に厭なところを見せたくないの。分かるでしょう。阿求はそう付け加えた。
 私はしばらく返事をしなかった。蓄音機が唄うのを止めた。阿求の想いと、閻魔様の話とを、頭の中でかき混ぜた。私は彼女から眼を逸らさなかった。彼女の視線を少しでも長く繋ぎ留めておきたかったから。
「分かった」私は云った。「それがあんたの、最善の選択なのなら」
「ありがとう」
「寂しくなるわね、正直」
「残念だけど」
「何年も掛かるんでしょう」
「ええ」阿求は中庭に顔を戻して答える。「誰にも会えなくなるわ。彼岸へ渡る日まで」
「準備を始めるまで、私に出来ることはある?」
「そこにいて」阿求は云った。「会いにきて」
「もちろんよ」私は答えた。「もちろん」
 夕暮れになって、私は手紙を書き終えた。阿求もまた『縁起』の手直しが捗ったようだった。あれから蓄音機は動かさなかった。静けさの中にも音楽がある。それを知ったから。私は道具を包んで立ち上がる。阿求は文机に向かっている。後ろから彼女の両肩に手を置いた。痩せているのに、柔らかだった。春の陽を閉じ込めているかのようだった。私は彼女が推敲している『縁起』の原稿を肩越しに覗き込んだ。
「上手くなったね。絵も、文章も」
「小鈴のおかげよ」
「今日は素直なのね。いつもは胸を張って自慢する癖に」
「私はいつだって真摯なんだけど」
「最初は花の一輪も満足に描けてなかったわ」
「ええ」阿求は肩を揺すらせて笑った。「知ってた? ――小鈴が初めて声をかけてくれて、二人で一緒にスケッチした時、あんたの絵の方が私よりも上手で、本当に悔しかったのよ。本の虫なんかに負けてたまるかって、これでも頑張って練習してた。そしたら『縁起』の取材が滞って、本末転倒じゃないかってお小言を云われちゃったわ」
 私も笑って返した。「ばかじゃないの、阿求」
 友人の肩から手を離して、私は背を向けて歩き出した。襖(ふすま)の引き手に触れようとしたところで、彼女が声をかけてきた。
「小鈴」
「ん」
「貴方を想ってる」
 首を振り向かせた。阿求の横顔は髪に隠れて見えなかった。
「わた――」声が詰まった。咳払いして云い直した。「……私もだよ」
 襖を開けて廊下に出た。歩きながら、阿求が最後に浮かべた表情を想像した。彼女がこちらを向かなかったのは、恥ずかしかったからであって、泣いていたわけではないことを願った。その方が阿求らしいし、逆の立場であったとしても、彼女は私に同じことを願っただろうから。

 その後の日々は驚くほど平穏に過ぎた。変わったことと云えば、文通ができなくなってしまったことだ。手紙の投函を終えると、役目を終えたポストは輝きを完全に失って、元の赤錆びた鉄の塊に戻った。無縁塚に立ち並んだ紫桜が、労うかのようにポストに花びらを振りかけた。彼女が友人を救うことができたのか、私は知る術を失ってしまった。それでも、不思議と心配する気持ちは起こらなかった。彼女もまた、前に進み出すための鍵を見つけられたと、最後の手紙に書いていたから。
 私は手紙を読み返し、子供の時分に阿求と共に描いた幻想郷のスケッチを観返した。空想に浸るでもなく、懐かしむでもなく、蓄音機の針がレコードの溝をなぞるみたいに淡々と。私には継ぐべき家業があった。想い出に身を沈めるだけの、心の隙間を作ることができなかった。それでも、何度か自分に甘えを許したことがあった。例えば、阿求が転生の準備を始めて三日後の休日、彼女が飼っていた黒猫と里の外を散歩していて、柳の運河に架かる橋を渡っていた時のことだ。
 橋から眺めた風景、――陽光を受けて鱗のように輝く水面や、新緑に溢れた山々、遠くに並んで立っている桜の木々を見つけた時、これは阿求とスケッチした風景なのだと思った。それは幼い時分に二人で写し取った情景に違いないと、私は想像した。空想の中では、私達は互いに軽口を叩きながら、今も変わらずに一緒にいて、本を読んだり、音楽を聴いたり、時には妖怪が引き起こした騒ぎに振り回されている。そうした日々が変わらずに続いてゆく。お伽噺の結びのように、いつまでも、いつまでも。
 私はそこで空想を中断して、橋を渡り終えた。それは決して叶わぬ願いであるかもしれないけれど、そうであったら好いのにな、と思うだけで、唇の端は緩んでくれるのだった。まるで実際にあったことでもあるかのように、その風景画は活き活きと私の心のキャンバスに描かれてゆくのだ。下手っぴだけれど、これ以上なく力強いタッチで。

   #41

 夢の世界から還ってきてからも、マエリベリーは言葉を満足に喋ることができなかった。意識は不鮮明だった。それでも、蓮子は光の差さない世界の中で、毎日彼女に呼びかけ続けていた。患者としてのサナトリウムの生活は悪くなかった。担当医は深い事情を訊ねることなく、メリーと同室にしてくれた。
 状況は決して悪化していた訳ではなかったし、何も変わらなかった訳でもなかった。事実、蓮子の視力は日を追うごとに、少しずつ回復に向かっていた。メリーもまた、呼びかけに反応を返すようになった。
「好い兆候です」担当医は云った。「まだ油断はできませんが、私も奇跡を信じてみたくなりました」
 焦点はぼやけていたものの、二週間も経つ頃には、蓮子は独りで立って歩けるほどの視力を取り戻していた。色が認識できるようになった時、早速手鏡を覗き込んだ。蓮子の瞳は元の色に戻っていた。ノイズ混じりではあるが、再び月や星を読むことができるようになっていた。太陽の光が眩しかった。マエリベリーは時折、言葉にならない言葉を発するようになった。蓮子は彼女を車椅子に乗せて、サナトリウムを歩き回り、広場でレクリエーションに興じる患者達の姿を見守った。字が読めるようになれば、蓮子はメリーのために紙の本を朗読した。彼女は頷きを返すようになった。蓮子はまた呼びかけた。「メリー」
 ある日の、春風が心地好い朝に、蓮子は端末を操作してエルトン・ジョンの「ユア・ソング」を流した。マエリベリーは頭を揺らして曲のリズムを取っていたが、唄が盛り上がりに差し掛かると微かに唇を動かした。ぜんまいが巻き直された人形のように、瞳に輝きが戻ったように見えた。蓮子は唇を湿らせて、曲が終わるのを待ってから呼びかけた。
「メリー、……私よ、蓮子。宇佐見蓮子よ」
 マエリベリーはこちらを見た。首を傾げて微笑んでみせた。瞬きを挟んで、彼女は呟いた。
「蓮子」
「そう。蓮子」思わず身を乗り出した。「思い出してくれた?」
「蓮子。そうね、蓮子は友達。私の」
「遅れてしまって、ごめんなさい」蓮子は頭を下げた。「私なりに、頑張ってみたんだけど、最善を尽くそうとしたんだけど、何ヶ月も掛かっちゃった。もう、冬も終わってしまったわ。今からじゃ取り返しがつかないかもしれないけれど、それでも、私は貴方に眼を覚ましてほしいって、それだけだったの。あの時、私が実家に帰ったりなんてしなければ、メリーも独りぼっちにならずに済んだのに。……許してくれなんて云わないけど――」
 その時、蓮子の肩越しに病室の隅を見つめていたメリーが、青い瞳を再びこちらに向けた。
「許すって? 貴方はそう云ったの?」彼女は云った。幸せそうに微笑んで云った。「私が、あの子を? どうして? 私は蓮子に何もされてないわよ。でも、心配でたまらないわ。もうずっと音沙汰がないんだもの。あの子ったら、私がいないと何処までも突っ走っていってしまいそうだから。付いていく身にもなってほしいわね」
 彼女はもう一度「ユア・ソング」を口ずさみ始めた。今度はメロディだけではなく、その歌詞を流暢な発音で辿ってみせた。蓮子は手で口を覆った。自分の嗚咽で、彼女の歌を中断してはならないと思った。背を丸め、何度も小さく空咳をして、込み上げてくる熱を逃がそうとした。マエリベリーの歌声は部屋中に満ち、窓から差し込んだ春の陽に乗って蓮子の膝に温もりを届けていた。

 翌朝、蓮子はサナトリウムの散歩コースを辿って、真っ白なポストのある場所まで赴いた。手紙が一通、届いていた。蓮子が受け取ると、ポストは急激に輝きを失い、レトロな雑誌に掲載されている写真にあるような赤錆びた物体に戻った。別れの返事を送ることは叶わなくなってしまったが、それは彼女も承知しているようだった。惜別の言葉が綴られていた。彼女は友人と過ごす最期の時間を過ごしていた。これまで支えになってくれたことへの感謝と、これからも続いてゆく日々への祝福を。蓮子は便箋を丁寧に折り畳むと、道を引き返した。
 サナトリウムの病室に戻ってくると、マエリベリーがベッドから半身を起こしていた。寝ぼけ眼をこすって、大きな欠伸をしているところだった。蓮子は笑みをこぼしてから、彼女に呼びかけた。
「メリー、おはよう」
「ええ、おはよう。蓮子」
 帽子を脇のテーブルに置いた。蓮子が凍りついたのは、その時だった。
 メリーは云う。「ここは何処なの。また寝ぼけちゃったのかしら」
 蓮子は両手を広げると、飛びつくようにして彼女を抱きしめた。何度も彼女の名前を呼んだ。メリーは驚きの声を上げて、されるがままだった。
「蓮子、痛いわ」
「ほんと、寝ぼすけなんだから」蓮子は目尻を拭った。「今まで眠っていたのよ、貴方」
「聞いてよ、蓮子。私、今度はとうとう火星まで行ったのよ」
「ずっとずっと、寂しかったんだから……」
「最後は地球まで続く階段を延々と降りていったわ。全然疲れなかったけど」
 会話がまったく噛み合っていなかった。落ち着きを取り戻して、蓮子は身体を離したが、マエリベリーの戸惑ったような笑みを見つめて、また抱きしめた。今度は彼女も背中に手を回してくれた。眼を開いて、蓮子は気づいた。花をあしらったアクセサリーがベッドの隅に落ちていた。手に取って裏返した。それは髪飾りのようだった。
「メリー、これ」
「それね、大切な宝物よ。今回も色んな不思議を見させてもらったわ。話したいことが、沢山あるの」
「ほんっとにマイペースなんだから」蓮子は苦笑した。「私こそ、……メリーに話したいことが、いっぱいあるのよ」

   #42

 早苗の呼びかけで、博麗神社にまたいつかの四人が集まった。魔理沙は茸や野菜を、咲夜はワインやウィスキーを、早苗は肉類や豆腐を持ち込んだ。例によって献立は鍋となった。捨食の魔法を修得した魔理沙へのお祝いだった。博麗印の日本酒や、カベルネ・ソーヴィニヨンのグリューワインが振る舞われ、四人は好く飲んで好く食べた。霊夢が悔しく思ったのは、魔理沙が以前の何倍もお酒に強くなっていたことだった。だが、食べる量そのものは減っていた。
「腹を満たすためじゃなく、味を楽しむための食事に変わったからな」魔理沙は赤ら顔で云った。「大食い競争は勘弁だが、飲み比べなら負ける気がしないな」
 霊夢はグラスを空けて気炎を吐いた。「せいぜい息巻いてなさいよ」
 食事が進むうちに雰囲気も和やかになり、最初はぎくしゃくとしていた咲夜と早苗も、仲好く語らい始めた。このために早苗は二度目のプチ宴会を提案したのかもしれないな、と霊夢は考えた。酔っぱらって咲夜にもたれかかっている風祝を見ているうちに、それは確信に変わった。
「霊夢さん、魔理沙さん、咲夜さん」早苗は云うのだ。「改まってこんなこと云うのも変ですけど、これからも末永く、よろしくお願いします」
「どうしたのよ、いきなり」
「私、今度こそ決めたんです。霊夢さん達と、この幻想郷に住むひと達と、もっともっと好い関係を築いていこうって。今ここで吹いている風を、ずっと大切にしようって、そう決めました」
 霊夢と咲夜は顔を見合わせた。魔理沙はちゃぶ台に頬杖を突いて、力説する早苗を微笑みながら見ていた。
 やがて、例のごとく早苗は酔い潰れて眠ってしまい、魔理沙が介抱することになった。霊夢は酔い覚ましに縁側に出て、宵の月を見上げていた。咲夜はグラスに入った水を飲みながら、霊夢の隣に立って下弦の月を眺めていた。先日に早苗との間で起こった出来事について、咲夜は教えてくれた。
「ああ、そんなことがあったのね」霊夢は頷いた。「あそこの神様は過保護だからなぁ」
「新しく鍵を付けたわ。今さら手遅れだけど」
「早苗のあの様子なら、もう心配は要らないんじゃない?」
 咲夜は首を振った。「事実は事実よ。人間一般の言葉で云うなら、犯した罪は消えるもんじゃないわ」
「選ばざるを得なかったんでしょう、あんたの場合は」
「それじゃ云い訳にもならない」
 霊夢は、咲夜の心なしか沈んだ表情を見つめた。「そんなことで悩むような奴だったっけ、あんた」
「お嬢様や妹様と同じように、私だって少しは変わったのよ。これでもね」
 霊夢は座敷を振り返った。早苗を膝枕してやっていた魔理沙もまた、うつらうつらと舟を漕いでいた。友人の横顔が、金色の髪が、少しばかり痩せた手足が、今夜に限って何故だか霊夢の眼に焼きついた。彼女の言葉が思い出された。――霊夢の色は、お前のガラス玉の煙は、今は何色なんだ?
 霊夢は縁側に腰かけ、柱にもたれかかった。月明かりに照らされた夜桜の花弁は、最高の肴になってくれそうだった。
「妖怪でさえ時が過ぎれば変わるってんなら、人間は尚更不変って訳にはいかないわよ」霊夢は咲夜に云った。「少しずつ、少しずつ変わっていって、いつかは互いの居場所を見失っていくわ。私だって出来ることなら、このまま面白おかしくやっていければ好いなって思ってるけど、そうもいかないからね、やっぱり。その時はまた、新しい楽しみを見つけるしかないわね」
 咲夜は返事をしなかった。瞳を閉じて何かを考えていた。
「でも、その時はその時よ。私はやっぱり笑っていたいのよ。沈まない夕陽にはなれなくても、代償を払うことになってもね」
 ねえ、そうでしょう、と霊夢は魔理沙を振り返った。彼女は、今にも鼻提灯を出しそうなくらい幸せそうに眠り込んでいた。それは早苗も同じだった。咲夜もそれを見て、ようやく表情を緩めた。霊夢は、たとえ夢が終わりを迎えることになっても、私は訊ねられれば何度だって、自分の色は太陽だと答えるだろうな、と思った。今日まで隣同士に歩いてきた彼女が、これからも星の色であり続けるように。

◆     ◆     ◆

 人里で所用を済ませた小野塚小町は、彼岸への帰り道に顔見知りと出会った。柳の運河の土手に腰かけて、射命丸文が手帳に文字を書きつけていた。小町が後ろから覗こうとすると、彼女はすぐさま横に飛びのいた。
「……お前さん、意外と可愛いらしい字を書くんだね」
「覗き見はマナー違反よ」
「盗撮魔がそれを云うかい」
 文は小町の姿をじっと見つめた。「……また稗田の屋敷に?」
「いんや。今日はお休み。貸本屋で読書してたんだよ。たまには好いだろ」
「本居さんと仲好くなったの?」
「まぁね」
「貸本屋を利用する死神、か」
 文がまた手帳に何かを書きつけ始めた。小町は頭の後ろで手を組んで訊ねた。「そういや去年の晩秋に、屋敷までお前さんが付いて来たことがあったよね。ちょうど小鈴ちゃんも居合わせてさ」
「ええ。覚えてるけど」
「お前さんはあの時“取材じゃない”って云ってたけど、やっぱり九代目も記事にはしないのかい?」
「暗いニュースは遠慮しておくわ。その代わり十代目がご生誕された暁には、また祝いの記事でも書くわよ」
「大結界の後じゃ初の阿礼乙女だったし、もっと大々的に特集を組んでも好かったと思うけどね」
「ええ。そうね、でも……」
 文は手帳に視線を落とした。
 小町は云う。「前に『縁起』を読んだんだけど、掲載されていた人物画や風景画に見覚えがあったんだ。九代目になって初めて取り入れたらしいけど、あの筆遣いといい、ずっと前にも似たようなものを見たことがあったと思ってね」
「私も驚きはしたわ。でも、偶然よ。昔はカメラなんて便利な物はなかったから、瓦版の紙面に彩りを添えるためには、自分で絵を描くしかなかった」
「それでもさ、もしかしたら引き継いでいたってことも考えられるじゃないか。お前さんが描いてやった沢山のイラストやスケッチが、巡り巡って九代目のアイディアに結びついていたって可能性も」
「さっきから何が云いたいんですか」
 文は腕を組んで、小町を睨みつけた。口調までが変わっていた。小町は呆気に取られたが、気を取り直し、息を吸って用件を伝えた。「悪かったね。やっぱり、これだけは云っておこうと思ってさ。――あの子、毎日のように話してたよ、お前さんのこと。寂しがることもあったけど、何より幸せそうだった。傍から見ていてもね」
 文は口を半開きにして、また閉じた。次に開いた時には、表情は平静を取り戻していた。「……それ、規則違反じゃないですか」
「分かってるよ。でも、黙っていられなくなったんだ」
「あれは、間違いだったんです」文は首を振った。「私は幻想郷の観察者です。我々天狗ほど、幻想郷を見てきた者も居ない。我々天狗ほど、幻想郷に詳しい者も居ない。私が携わるべきなのは記録であって、創造じゃない。……だから、あれは、大きな過ちだったんです」
「もう忘れてしまいたいって、そう思っているのかい?」
 文は瞳を閉じた。手帳を持つ指に力が入っていた。風が草木を揺らして、運河のせせらぎはかき消された。
「……これから云うことは、他の天狗には、いえ、誰にも云わないで下さいね」
 小町は頷いた。
 文は胸に手を当てて云った。「忘れません。今もまだ、ここに留まったままです」
 小町は、何度も確認するように頷いた。
「あたいも肩の荷が下りたよ、それを聞けて」
「そんなおせっかい焼きで、好く死神が務まりますね」
「お前さんこそ里に最も近しい天狗じゃないか。山を追い出されずに済んでるだけでも感心するよ」
 文は顔を伏せて笑った。それはいつもの飄々とした笑みではなかった。浮ついたものでも、取り繕ったものでもない、自然に湧き出てきた水の流れのように、小町には見えていた。
「簡単ですよ。鍵を掛けてしまっておくんです。普段は思い出さないくらいの方が丁度好い。それで、どうしても必要になった時だけ取り出します。卵を温めるみたいに胸の中で孵(かえ)して、そんなこともあったなって、微笑むだけで好いんです。それだけで、私は間違っていたかもしれないけれど、それでも最善の選択をしたんだって、いつか笑えるようになる日が来ると思うんです」


Epilogue

   #43

 ただひとつ心残りなのは、貴方とお別れする充分な時間がないままに、この手紙を届けざるを得なくなってしまったことです。私達が生きている以上、別れることも、失うことも、避けることはできません。それでも、心の準備ができないままに、物事がどんどん先に進んでいってしまうのは、辛いことだと思います。名残り惜しくはありますが、私も宇佐見さんが綴って下さった言葉や、語って下さったお話を胸に秘めて、友人との残された時間を過ごそうと思っています。
 これまでお話を伺ってきて、私が考えていたことは、私達の世界はどちらも好い方向に進んできたけれど、まだまだ完全ではないということです。そちらの世界は誰もが豊かになっているそうですが、不思議という不思議がなくなり、子供達にとっては笑顔を浮かべづらい環境になっていると、宇佐見さんはお書きになっていましたね。私が暮らしている世界は、不思議には事欠かないのですが、必ずしも人間にとって生きやすい場所であるとは云えないかもしれません。
 きっと昔の時分には、私達の世界はもっと近しいものだったはずです。それから今に至るまで、星の光が遠ざかるみたいにして、両者の距離はどんどん開いていってしまったのでしょう。それでも、そのどちらかを選ばなければ、私達は先に進むことができません。私達は私達の世界で懸命に生きてゆくしかないのだと思います。そして、いずれは別れを告げる時が来ます。過ぎ去りし懐かしい日々に。これからも続いてゆく人生のために。
 さよなら、芳醇たるこの日々よ、と。

◆     ◆     ◆

 桜の舞い散る京都の街で、マエリベリー・ハーンは友人を待っていた。
 駅前のモニュメントには大勢の人びとが集まっていた。誰もが誰かを待っていて、あるいは誰かが誰かを見送っていた。友人から着信があった。コールのアイコンを押して、ポータブル・デヴァイスを耳に当てた。
『もしもし、メリー?』
「今どこなの」
『歩道橋』
 マエリベリーは歩道橋を振り返った。中ほどで宇佐見蓮子が手を振っていたので、メリーも腕を挙げた。風が吹いたのはその時だった。あっと云う間の出来事だった。蓮子が髪に手を触れた時には、帽子は春風にさらわれて空に舞い上がっていた。桜の花びらのように回転しながら、こちらに向かって飛んできた。マエリベリーは手を差し伸ばした。まるであらかじめ決められていたことのように。次の瞬間には、心地好い衝撃と共に、手は帽子の庇をつかんでいた。
 蓮子は歩道橋を滑るように降りて、モニュメントまで辿り着いた。膝に手を当てて、肩で息をしていた。
「凄いわ、メリー。ナイス・キャッチ」
「自分でも驚いちゃった」
 マエリベリーは彼女に帽子を返した。蓮子は相好を崩した。
「好かった好かった。やっぱりこれがなくちゃね」
「発車時刻よ。急がないと」
 二人は小走りで駅に入った。今日は「ヒロシゲ」には乗車しなかった。旧東海道の路線で出かけるのだ。今回の行先は東京ではなかったし、道中の景色を、あるいはランチを時間をかけてゆっくり楽しんでみないかと、メリーが提案したからだった。ホームに列車が滑り込み、安全柵が解除された。二人は指定席に向かい合って座り、荷物を置いてひと息をついた。
「この前の話の続き、聞かせてよ」蓮子は云う。「時間ならたっぷりあるわよ」
「私だってそろそろ蓮子の話が聞きたいわ。私が眠ってる間のこと、まだ全部話してもらってない」
「焦らないで。貴方の視た宇宙のこと、もっと知りたいのよ」
 メリーは頬を膨らませて友人を見た。「分かったわよ。それで、今日のスケジュールは大丈夫なの?」
「確認済みよ。任せなさいって」
「それが本当なら好いんだけど」
 蓮子は笑顔で云った。「トラブルが起こっても、きっと大丈夫よ。メリーと一緒なら」
 マエリベリーは溜め息をついて、けれど微笑みながら話し始めた。それを合図としたかのように、発車のベルが鳴った。列車はほとんど振動することなく走り出した。その日の空は快晴だった。駅を抜けると、窓から春の陽が差し込んで車内に光が溢れた。マエリベリーの挿している髪飾りが、まるで再び命を灯したかのように輝いた。陽に照らされた笑顔を見つめ合いながら、二人は夢中になって語り続けた。

◆     ◆     ◆

 いつか宇佐見さんが立ち止まって振り返りたくなった時、私の綴ったつたないお手紙が変わらぬ輝きをもってお役に立ってくれるのならば、こんなに嬉しいことは他にありません。ご多幸を心よりお祈りしています。

敬具   
本居小鈴   


~ おしまい ~


(引用元)
 Raymond Carver:A Small, Good Thing, the fifth story in Carver's collection;Cathedral, Alfred A.Knopf, 1983.
 村上春樹 訳(邦題『ささやかだけれど、役にたつこと』)短編集『大聖堂』(ライブラリー版)所収,中央公論新社,2007年。

 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』『セロ弾きのゴーシュ』,童話集『新編 銀河鉄道の夜』所収,新潮文庫,1989年。

(原題)
 Die beste Auswahl für sich treffen
.
 ご読了に感謝いたします。本当にありがとうございました。

 山桃氏がお話のイメージ・イラストを描いて下さりました。URL は以下になります。
 >“Farewell, My Vintage Days” http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=49602218

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 以下、コメント返信になります。長文を失礼します。

>>1
 お読み頂けたことに感謝を捧げます。
 全ての物語を幸福な結末にしつつ、なおかつ深みを確保するのは、私ではまだまだ実力不足でした。
 次のお話でもお会いできることを祈っています。

>>3
 どうもありがとうございます。文章の可読性は今後も大事にしていきたいです。
 阿求さんの物語について、伝わらなかったのでしたら残念です。もっと技術を磨かないとですね。

>>8
 お読み下さり感謝いたします。長い物語にお付き合い頂けたこと、感激です。

>>9
 どうもありがとうございます。蓮子さん達の物語はいつもとは違う書き方をしたので不安でしたが、
 面白いと思って頂けたなら幸いです。より分かりやすいよう、起伏のある書き方をするのも好いですね。

>>10
 今回もお読み下さり、ありがとうございます。感激です。
 登場人物のそれぞれが影響を与え合うお話が、昔から大好きなんです。

>>11
 コメント、感謝いたします。透明感のある文章が好きです。
 秘封倶楽部については、原作のブックレットを始めとしてあらゆる資料に頼りました。
 そのことが実りを結んでいてくれれば幸いです。

>>12
 今回もありがとうございました。とても長くなってしまいましたが、お読み頂けて嬉しいです。

>>13
 最後までお読み下さり、心から感謝いたします。本当に嬉しいです。
 私は登場人物の心理を直接説明する書き方は不得手で、表面に現れてくる動作や仕草に力を注ぎます。
 バランスを間違えると逆に分かりにくくなってしまいますが、伝わってくれて好かったです。重ねて感謝を。

>>18
 お時間を割いてコメントを残して下さり、ありがとうございます。そのひと言で救われます。

>>19
 ありがとうございます。手放しのハッピー・エンドにできない分だけ、結末には特に気を払いました。
 こうしたお話を書く時に恐ろしいのは、展開のためにキャラクターの誰かを踏み台にしてしまうことですね。
 みんなが違う立場の中で、それでも生きている。仰る通りだと思います。重ねて感謝を申し上げます。

>>21
 読み通して下さり、心から感謝いたします。主要な人物は全員が人間ですが、その周りに彼女達がいます。
 人間と妖怪の対比は隠れたもう一つの題材でした。文さんのお話は、物語全体を縁の下で支えてくれました。

>>22
 彼女達の想いが伝わってくれて好かったです。お読み頂けたことに感謝を!
 今までのお話とは切り口を変えてみましたが、素敵というご評価に心の底から安堵いたしました。

>>23
 ご感想を残して下さり、本当にありがとうございます。
 優しさに支えられた物悲しさや寂しさは、かねてから表現したいと願い続けてきました。
 過ぎ去らなければそれが好き日々であったことに気づけないのは、不思議で、そして辛いことです。
 それでも前に進むしかない彼女達の前途を、私も祈らせて頂きたく思います。

>>24
 コメントをお書き下さり、感謝いたします。
 名付けようのない、胸の奥から湧き上がる想いを表現することは、私がいつも目標にしていることです。
 読んで好かったというご感想を頂けるだけで、こちらこそ心から書いて好かったという気持ちになれます。
 今回のお話を書いている間、何度か“Auld Lang Syne(蛍の光)”のメロディが胸に鳴り響いていました。
 彼女達の好き日々に乾杯しつつ、重ねて感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

>>27
 ご読了に感謝いたします。秘封倶楽部については、末尾のドイツ語の副題と関連があります。
 以前からタイトルを付けるのが苦手で、思い切って英語にしてみたのですが、やはり難しいですね!
 お褒めの言葉、ありがとうございます。読者の方の好みに合うものを書けると、いつも嬉しい気持ちになります。

>>28
 ご読了くださり誠にありがとうございます。
 私事になり恐縮ですが、この物語を書き終えたのはちょうど私生活でも大きな変化がある時期でした。
 もう戻れない季節を懐かしみながら綴った物語なので、人物の描写にも自然と力が入りました。
 空の青さについて忘れてしまいがちな毎日ですが、この物語が思い出すきっかけになれば幸いです。
 こちらこそ、重ねて感謝いたします。

>>30
 どうもありがとうございます。このように長い物語を読み通してくださり感激しています。
 少し重たいお話だったと思うのですが、楽しんで頂けたなら、私としても本当に嬉しいことです。

>>31
 引き続きコメントを残してくださり、本当にありがとうございます。
 気心の知れた方との文通って、好いですよね。小鈴さんの気持ちになって書くのは難しかったですが、私も楽しめました。
 文さんと「彼女」のやり取りも読み取ってくださり嬉しいです。この二人はいつか描いてみたいと思っていました。
 霊夢さん然り、小鈴さん然り、それでも(人間として)生きてゆくという姿勢にはいつも凛としたものを感じますね。
 物語を読めて幸せと仰ってくださり、私も幸せです。重ねて感謝を申し上げます。

>>34
 読み終えてくださり本当にありがとうございます。
 四組のキャラクターの物語を同時進行させるのは初めての試みでした。
 完結させられて好かったです。サブ役としての文さんも頑張ってくれましたね!
 改めて感謝を申し上げます。

>>36
 昔のお話にコメントを残してくださり誠にありがとうございます。
 書き上げるのに苦労しただけあって、このお話は今でも気に入っていて愛着があります。
 こうした群像劇を活かした長篇はずいぶん長いこと書けずにいます。またいつか挑戦してみたいです。
 こちらこそ当時の気持ちを思い出させてくださりありがとうございました。
Cabernet
http://twitter.com/cabernet5080
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コメント



0.740簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷の方はちょっと物悲しいけど概ねハッピーエンドでよかった
3.無評価名前が無い程度の能力削除
とても読み易かったです。
それでも、映姫が語った阿求の寿命の話には共感できません。
8.90非現実世界に棲む者削除
とても面白かったです。
9.50名前が無い程度の能力削除
読んでる最中は続きが気になるけど
いざ読み終えると
長さの割に内容が薄く感じた

蓮子とメリーの話が面白かった
10.100絶望を司る程度の能力削除
おもしろかったです。交差する物語がどう繋がっているのか考えながら読むのも楽しかったです。
11.100名前が無い程度の能力削除
面白かったし、良いお話でした。きれいな文章ですね。秘封の二人の話が好きでした。
12.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
13.100名前が無い程度の能力削除
落ち着いた筆致で、丁寧に間接的に迂遠な方法で心情と信条を描き出すやり方が、そこで小道具や引用を使ってうまくムードを出すところが、なんというか小説ッ!という感じがして、とてもおもしろく読めました。すばらしい。
18.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい
19.90名前が無い程度の能力削除
悲しいけれど嫌じゃないお話
みんな違う立場を、それぞれのつらさを生きているのですね
21.90名前が無い程度の能力削除
変わってゆく登場人物と変わらぬ想いを胸に秘めた文の対比が良かったです。
文の最後のセリフもすてきでした。
22.100名前が無い程度の能力削除
彼女達各々の想いが伝わってきました。とても素敵で、綺麗な物語だと感じました。
23.100名前が無い程度の能力削除
たいへん素晴らしいお話でした
あなたの書くもの悲しいけど優しい幻想郷が大好きです
良き日々が長く大事にされ、本人も、周りも、思い出の意味すら変わっても良き日々のままであることを願います

それと別の選択をした蓮子も幸いでありますように
24.100名前が無い程度の能力削除
面白かったとか感動したに近いものとは思うのですが、読後の自分の感情を上手く表現できません。
ただ本当に読んで良かったと思いました。
出てくるどのキャラも魅力的で、誰の物語も行く末もいずれは良き日々であったと記憶されるのだろうと感じさせられました。
27.90名前が無い程度の能力削除
タイトルと幻想郷組との関係はすんなりと分かったのですが、タイトルと秘封との関係がすこし分かりにくかったです。
内容については、描写も雰囲気も好みでした。
28.100名前が無い程度の能力削除
背丈と共に少しずつ視点が高くなるように、宇宙は広がって、手が届かないと知ってしまう。
けれども手を伸ばしたあの日の薫りは、アルバムを開くようにして、私の中で吹いている。
考える切欠を与えてくれる、良い物語でした。作品と作者に感謝を。
30.100名前が無い程度の能力削除
とても楽しく読ませてもらいました。
31.100名前が無い程度の能力削除
小鈴と蓮子のやりとりがとても良いですね。
文といつかの阿礼乙女の関係も描かれてはいなくともその時の様子が頭に浮かんでくるようでした。霊夢の今後の運命もみえかくれしていて悲しくもありましたが、それぞれが自分の道を見つけていて安心しました。このお話を読めて幸せでした。
32.100名前が無い程度の能力削除
良かった
34.100名前が無い程度の能力削除
未来の幻想郷と秘封クラブの現実 堪能させてもらいました
文の台詞がとても染みます… 上手く言葉にできないので以上で
36.100名前が無い程度の能力削除
今更ではありますが、それでも、この素晴らしい物語に出会えたことに感謝を。
「とても良質な群像劇」を、夢中になって読ませて頂きました。ありがとうございました。
39.無評価名前が無い程度の能力削除
本当は哀らしい幻想郷
沢山の物語が繋がって、重なって、縺れて、固まって、離れて、ここまで精巧緻密な作品に出会えて幸せです。作品と作者様を重ねるのは本来ご法度でしょうが、その積み重ねられた時間、姿勢、知識、思い、胸を一杯にさせられるばかりです。
最後の文さんのお話から、最後の余韻を全て明瞭にされました。当分この作品が頭から放れることはないでしょう。
41.100名前が無い程度の能力削除
射命丸の最後のセリフがとても印象的でした。