Coolier - 新生・東方創想話

幻想雪上戦

2015/02/08 21:14:56
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「ねー、紫ー。さむーい。もっとあったかい服ないのー?」
「ありません。
 第一、この程度の寒さでへばっているなんて情けないにも程があります」
「むー。
 この家、隙間風が多いのよ。もっとマシな作りの建物にしてよ」
「貴女がお金を稼げばいいでしょう? 建て替えが出来るくらいの」
「けちー」
 とか何とかいいつつ、こたつにこもってもぐもぐみかんを頬張っているのは、この幻想の郷が存在していく中で欠かすことの出来ない重要人物、博麗霊夢その人である。
 その正面には、温かそうなセーターとロングスカートといういでたちの狭間の妖怪、八雲紫が座って、『これだからあなたは。もっと巫女としての自覚を持ちなさい』とくどくどお説教している。
「紫さま。お夕食の用意が出来ました」
「ましたー」
「そう。
 それじゃ、晩御飯にしましょうか」
「やったー」
「こら」
「いてっ」
 テーブルの上に土鍋が鎮座する。
 中ではくつくつといい音を立てて、野菜と魚、肉が味噌ベースのだしで美味しそうに煮込まれている。
 それに手を伸ばす霊夢の手を、ぴしゃりと紫が叩いた。
「何するのよー」
「お行儀が悪い」
「ちぇっ」
 こういう時は、全ての料理が出るまで待っているもの、と紫。
 ふてくされる霊夢の隣に、お手伝いをしていた橙が潜り込み、その隣に、副菜各種を作ってやってきた八雲藍が座る。
「やっぱ寒い冬はお鍋よねぇ」
「藍さま、ふーふー」
「気をつけて食べなさい」
 4人分+αくらいの量で作られた食事が、瞬く間に減っていく。 
 食べ盛りの子供二人を抱えると、食費がかさんで仕方なくなるというのがよくわかる光景だ。
「ところであんたら、今日は何でうちに来たの?」
「あなたが真面目にお仕事をしているか見に来たの」
「してたじゃん」
「雪かきだけね?」
「ぐっ……」
 ただでさえ、普段から人の来ない博麗神社。
 こうも雪がどっさり積もってしまうと、ますます人の足は遠のいてしまう。
 霊夢は健気にも、毎日、参道の除雪をしているのだが、この一週間の間に賽銭箱に入ったお賽銭は硬貨一枚だけであった。
「雪が多いのが悪い!」
「今年は雪が多いですね、紫さま」
「そうね。例年より寒いし」
 寒いのが苦手な、我が子のようにかわいがっている式を持つ藍は、『たまにはこういうこともあるものか』とうなずいた。
 ちなみに、その『我が子のようにかわいい』橙が身に着けている服一式は、藍が全て手縫いしたものである。
「何かさー、こう寒いとさー、色々とやる気がなくなるのよねー」
「あなたは年がら年中だらけているでしょう。
 冷気を浴びてしゃきっとしなさい」
 何を言ってもきれいに言い返される霊夢である。
 この辺り、口のうまさと共に紫の頭の回転の速さが輝く光景だ。
「あーあ、雪がもっと少なければいいのに」
「けれど、雪が積もらないと出来ない遊びもある。人里では、子供たちが、大喜びで雪遊びをしていた」
 お前もどうだ? と、暗に視線で尋ねてくる藍。
 霊夢はもちろん、『そんな年齢は卒業した』と返すだけだ。
 しかし、
「あら」
「何よ」
「知らないのかしら、霊夢。大人であっても、雪遊びには熱中してしまうものよ」
「たとえば?」
「そうね。
 雪だるまとかかまくら作りは、子供では出来ない大仕事。子供の手伝いをしていたら、いつの間にか大人のほうが熱中していたなんてことはよくあるわ」
「あー」
 それについては、割かし同意するようだ。
 もっと、己が幼かった頃の記憶でも思い出しているのだろう。
「よく、お母さんがかまくら作って崩れた雪の下敷きになってたわね」
「……あれは間抜けだったわね」
 何か懐かしいものを思い出しているように、紫の顔にも柔らかい笑みが浮かぶ。
「あとはそうね、ウィンタースポーツ。
 スキーとか」
「私、滑れない」
「紫さまもてんでダメでしょう。しりもちつくばっかりで」
「う、うるさいわね! 見てなさいよ、来年こそは!」
 珍しく、普段、いいように言われているだけの藍による反撃であった。
 紫は顔を赤くして、「最近のスキー板はエッジが利きすぎるのよ」と道具のせいにしている。
「そうだ。
 たまには、あなた、外に出てみんなと遊んだらどう? 家の中でごろごろしてばかりだと太るわよ」
「あんたに言われたかない」
「最近、紫さまは、スキーの練習をしているぞ」
「だからなんでそこでばらすのよ!」
 ちなみに、藍の追撃によると、紫より後から始めた橙の方が、ずっとスキーの腕前が上達したということであった。
 紫の運動神経が致命的なのか、それとも橙の子供ゆえの適応力の高さか。どちらにせよ、結構、屈辱的なことではある。
「そうね……。
 雪合戦なんてどうかしら」
 と、紫が取り出すのは一冊の本。
 それには、『雪合戦指南』と書かれている。
 霊夢は『え~?』という顔を浮かべるのだが、
「本物の雪合戦はね、霊夢。子供の遊びとは思えないくらいに楽しいものよ?」
 という、彼女の視線を受けて、『じゃあ、まあ、話だけなら』と、一度、居住まいを正す霊夢であった。


 ――というわけで。

「雪合戦かー! 子供に戻ったみたいで楽しみだな!」
「あなた、今でも子供でしょ」
「何だとぅ!?」
「まあまあ」
 紫の声かけの下、幻想郷の一角、広大な地域を丸ごと一つ使っての『勢力対抗雪合戦大会』が開かれることと成った。
 参加者は以下の通りである。
「1チーム4人。
 ルールは簡単。全員やられるか、リーダーがやられたチームが負け、ですか」
「みたい」
 あったかもこふわ防寒具(ちなみにマフラーはおそろい)の霊夢、東風谷早苗、そして霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドの4人。
「ゆきがっせん! ゆきがっせん!」
「よーし、フランドール! 頑張るぞー!」
「うん、フラン、頑張る!」
「橙も、橙も!」
「ふっ、まるで子守のようね」
「そうですね」
「あなた何かしらその生暖かい視線」
 レミリア・スカーレット、フランドール・スカーレット、チルノ、橙の通称ちびっこチーム。なお、レミリアとフランには冬の日差し防御の傘持ちメイドがそれぞれ一人ずつ。
「雪中戦か……。
 雪は地形がわかりづらいからなぁ……」
「あの、鈴仙さん。確かに雪合戦って雪中競技ですけど何か違いません?」
「椛、あなた、寒くないの?」
「ええ」
「犬は喜び庭駆け回るものね」
「誰が犬ですか、私は狼です!」
「おて」
「わうんっ」
 鈴仙・優曇華院・イナバ、魂魄妖夢、十六夜咲夜、犬走椛の通称従者チーム。
「フランちゃーん! 手加減しないよー!」
「こいしちゃん、かかってこーい!」
「一番最初にやっつけてやるからなー!」
「まあまあ。元気ですねぇ」
「うーむ……。すごい雪原だな。何だかわくわくするぞ」
 古明地こいし、封獣ぬえ、聖白蓮、物部布都の通称おかあさんといっしょチーム。
 以上、4つ巴の戦いである。
 それを見物する見学席……というか、応援エリアには各勢力の面々が控えて、それぞれの勢力に属する者たちにエールを贈っている。
 さらにその別の一角では、力自慢の者達が大騒ぎ後を見越して温泉を掘っており、料理自慢の者達がゲーム終了にあわせて振舞う食事を作成中。
 相変わらず、何事も大掛かりに、大々的にやるのが幻想郷のルールであるという光景だった。

『えー、テステス、マイクテス……。あー、あー、本日は晴天なりー』

 そこで、本日の……というか、こういうお祭り騒ぎには必ず出張ってくる射命丸のあややによるマイクアナウンスが行なわれる。
『これより、ルール説明を行いまーす。参加者の皆さんは、こちらに傾聴してくださーい』
 かかる声に、騒ぐ子供はさておいて、ルールを理解しなくてはならない一同が、とりあえず彼女の方へ視線を移す。
 今回のルールは以下のようなものだ。
 まず、戦場は、事前に配られた地図に記載された空間全て。
 どこへ行ってもいいし、どこで戦ってもいい。ただし、そこから外に出たら、即刻、場外に出た選手は失格となる。
 次に、使っていい雪玉は、各チーム200発まで。補充も認められないという厳しいルールだ。これには主にちびっこ達からぶーぶーと不平が出たが、『終わった後の雪合戦なら、それもないから』という説明を受けて納得している。
 雪玉が一発当たると退場。リーダーがやられても負け。能力使って攻撃してはならない。カスるのも禁止、などなど。
 およそルールの説明が終わったところで、各チームがそれぞれの陣地へと散っていく。
『さあ、盛り上がってまいりました。どのチームが優勝するのか、試合開始まで、あと5分です!』

「とりあえず、倒しやすそうなところから倒していきましょう」
 こちら、霊夢チーム。
 やられたらアウトとなるリーダーはアリスであった。
「そうだな。となると、すばしっこいちびどもは避けて、鈴仙たちを潰すか」
 にぎにぎと雪玉を作りながら、魔理沙がそれに同意する。
「鈴仙たちのチームは、ここから東側だっけ」
「そうです」
「雪……か。
 間違いなく、防衛戦を仕掛けてくるわね」
 互いに動いて片っ端から潰しあう乱戦が雪合戦の醍醐味であるが、今回の雪合戦は『大人の』雪合戦。
 勝つためには手段を選ばない非情さが必要となる。
 あちらは鈴仙や咲夜など、用心深い輩がいる。乱戦になって疲弊したところに漁夫の利を狙われたのではたまったものではない、とアリス。
「鈴仙さんとか、こういう時は手ごわそうですよねぇ……」
「魔理沙、あなた、フランに話をして、あっちのチームの協力を取り付けて。
 二つの方向から挟み撃ちを仕掛けるわ」
「なるほどね。
 まぁ、フランなら、すぐにオーケー出しそうな気がするぜ」
 何かと魔理沙に懐いているフランドール。
 魔理沙の方から、『一緒に遊びたいんだが、ちょっと手伝ってくれ』と言われたら二つ返事で『うん、いいよ』と言ってくれるだろうというのが、アリスと魔理沙の見立てであった。
 しかし、
「いや、それは危険だと思う」
「霊夢。それはなぜ?」
「今日のフランドールはナチュラルハイよ。
 下手に接近したら、一気に攻撃仕掛けてくるわ。相手が誰であってもね」
 他人と一緒に遊べれば、それだけで嬉しい。それも、フランドールという少女の特性。
 こんなに大勢の『みんな』と遊べるということで、相当、彼女は舞い上がっているだろう。魔理沙だろうが何だろうが『遊び』の対象として攻撃してくるのは目に見えている、という霊夢の意見に、アリスは沈黙する。
「多分、鈴仙たちは椛と妖夢を斥候に出して、こちらの様子を伺いながら陣地を構築するはずよ。
 それを追い込んで、陣地へと押し込むわ」
「その後は?」
「後ろから、誰かが援軍で来るのを待つ」
「……ふむ」
 戦いが長引けば、レミリアと白蓮達のどちらか、あるいは双方が倒れるはず。
 そうなれば、生き残った方が攻撃を仕掛けてくる。その時点で不利になっている側へと。
 それまでこちらは一人も脱落者を出さず、じりじりと持久戦をしていれば、確実に有利になるだろうと彼女はいう。
 援軍となる双方がやられてしまっているなら、一気呵成に攻めて、鈴仙たちを叩き潰せばいいだけのことだ、と。
「よさそうですね。霊夢さんに同意します」
「よし、そんならそれでいくか」
「じゃあ、魔理沙。あなた、斥候と囮、よろしくね」
「おう、任せとけ。
 アリスなんかに任せたら、何の役にも立たないしな」
「はいはい。そういうことにしといてあげるわ」

「――というようなことを、霊夢さんたちは考えているでしょうね」
 一方、こちらは鈴仙陣営。
 リーダーは咲夜が担当することになっており、作戦立案が鈴仙の役目だ。
「状況を考えるなら持久戦しかありませんしね」
「彼女たちは、こちらが陣地を作って待ち構える耐久戦に徹するという考えしかない。
 そこを逆手につく」
 地図を示す鈴仙。
「逆にこちらから打って出て、彼女たちを潰した後、側面から白蓮さん達を叩きます」
「どうして白蓮さま達なんですか?」
「チルノが厄介」
 椛の問いかけに、鈴仙は答えた。
「彼女は氷の妖精。普段……というか、正面的な実力は大したことはないけれど、得意のフィールドでの戦闘力はかなりのもののはずです。
 それに、子供ゆえの機転の早さ、小回りのよさを考えると、身体能力はすごい――だけど、それだけの白蓮さんを叩く方が早いはずです」
「……面白い考えね」
「白蓮さんのチームも相当厄介な子供が集まってますけれど、彼女たちは、まず、レミリアさんチームを狙うはず。
 両方が潰しあってくれれば、弾丸も少なくなる。下手な攻撃は出来ない。
 それに、白蓮さんの性格からすると、『子供たちが遊んでいるところを邪魔する』輩を自分ひとりで押さえようとするはずです。
 最善で4対1。負ける理由がありますか?」
「いいわね。それでいきましょう」
 膝を叩く咲夜。
 彼女はその場に立ち上がると、『それじゃ、用意してくるわね』と歩いていく。
 それを見送った鈴仙は、じっと、地図を見つめている。頭の中で、自分の立てた作戦を反芻しているのだろう。
「……あの、椛さん。これ、遊びですよね?」
「遊びのはずなんですけどね……。
 私たちの知り合いってほら、無駄におとなげないから」
「……確かに」
 そこまで本気で『勝ちに行く』というのもおとなげないなー、と顔を引きつらせる二人。
 このお祭りを本気で『遊ぼう』としているちびっこ達に勝ちを譲ってあげてもいいんじゃないか、とそろって内心、思っている二人であった。


『それでは、ゲームスタートです!』


 響き渡る号令の後、霊夢たちは移動を開始した。
 地図を見ながら、鈴仙たちが構えているだろう場所へと向かって進んでいく。
 彼女たちの前方、数十メートルの辺りを魔理沙が進んでおり、周囲を警戒しながら足を進めていく。
「こいしの不意打ちには注意しなさいよ」
「わかってるって」
 今回のこれは、あくまでゲーム。
 能力を使用しての戦闘は禁止だが、それを使わずとも、他人に『悟られず』行動できるのが、白蓮チームの古明地こいしである。
 ふと気がつけば後ろに忍び寄られて一撃を食らう、という可能性は非常に高い。
 アリスの注意を受けて、霊夢が周囲をきょろきょろ見回し、
「伏せて!」
 直後、その頭上を一発の雪玉が掠めていく。
 霊夢の言葉に少し遅れる形で、アリスと早苗、魔理沙が雪原の上で身を低くする。
「あれは……」
「ありゃぬえだな」
 あっかんべー、と舌を出すぬえの姿が遠くに見える。
 彼女はぴょんぴょん飛び跳ねながら、逃げるように遠ざかっていく。
「挑発しにきたのかしら」
「単にこちらを見つけたから、とりあえずちょっかい出しておこうという感じかと」
「そうよね」
 ぬえにそんな頭を使うようなことが出来るわけがない、とアリスは言い切った。
 なかなかひどい評価であるが、やはり、何のかんのでぬえも子供だ。アリスの評価も、いい意味で間違ってはいないだろう。
「無視しましょう。
 攻撃してくるようなら、反撃に一発や二発、投げてやればいいわ」
 アリスの言葉に従い、一同はぬえを無視して移動を続けることにする。
 さて、それで面白くないのがぬえである。
「ちぇ~、ついてこないな~」
 誰もこちらについてこないことにふてくされる彼女。
「どうされた? ぬえ殿」
「あいつら、ぜ~んぜん、こっちにかかってこないんだよね」
 その後ろ、雪原を少し掘ったところに隠れていた布都がひょこっと顔を出す。
 ぬえは遠ざかる霊夢たちを見て、『失敗か』と肩をすくめた。
 一応、ぬえは作戦を立てて攻撃を仕掛けていた。
 彼女が相手を挑発し、追いかけてきたら、倒せるなら一人か二人の戦力を布都と共に削いでおこうと思ったのだ。
 しかし、結果的に、ぬえを甘く見ていたアリスのせいで、その目論見は崩れたわけである。
「残念」
「仕方ない。白蓮殿のところに戻ろう」
「そうだね」
 彼女の視線は自分の右手側へ。
 そちらには、レミリア達の一同が構えているはず。偵察に行ったこいしによると、彼女たちは意気揚々と、こちらに向かってきているとのことだった。
 謀らずとも、アリスや鈴仙が立てた見込み通りに事は動いていることになる。
「フランドール達はめんどくさいからなぁ。
 足、引っ張るなよ」
「ふん、そのようなこと、心配無用」
 その自信はどこから来るのか、えっへんと胸を張る布都の頭をぽんと叩いて、ぬえは足早に自分たちの陣地へと戻っていく。
 彼女たちの陣地は、雪原に作ったかまくらである。
 壁を分厚く作り、ちょっとやそっとの雪玉では壊れない、頑丈な防空壕になっている。
「どうだったの?」
「ダメ。こっちに引っかからなかった」
「まあまあ。
 寒いでしょう。こちらに来て、火に当たりなさい」
「ふぅ、ほっとする」
「はい、布都ちゃん。お味噌汁」
「おお、こいし殿。すまぬな」
 ちなみに、製作は白蓮によるものである。
 こいしが水筒から出した、あったかいお味噌汁を受け取り、布都はほんわかした顔を浮かべる。
「見事なだしと味噌の加減、さすがは白蓮殿。料理が上手だな」
「まあまあ。ありがとうございます」
 なお、その水筒一つ分の味噌汁を作るのに、白蓮が費やした時間は三日であることを追記しておこう。
「……ん?」
 その時、ぬえが視線をかまくらの外に向けた。
 どうしたの? とこいしが首をかしげた瞬間、ばしっ、という音がする。
「きたみたい」
 かまくらから少し顔を外に出すと、雪原の向こうに、特徴的な色の衣装を身に纏った相手の姿が見える。
 予想通り、レミリア達だ。
「来たよ、来た来た。レミリアとフランドールが攻撃してきてる」
「チルノちゃんとかは?」
「姿が見えない。
 どこかに隠れてこっちを狙ってるのか……」
「うわっ!」
 ぼこっ、という音がして、かまくらの一部が崩される。
 そう簡単に壊れることがないかまくらとはいえ、吸血鬼の馬鹿力で投げつけた雪玉に耐えられるほどの強度があるわけではない。
 厚く積んだ雪の一部にひびが入っているのを見て、布都の顔がわずかに引きつる。
「やってくれるじゃん」
 ぺろりと舌なめずりをして、ぬえがかまくらから外へと出て行く。
「ぬえちゃん、気をつけてね!」
 こいしの応援を背中に受けながら、ぬえは雪原へ。
「あっ、お姉さま、ぬえちゃん出てきた!」
「よし、まずはあいつから仕留めるわよ」
 両者の距離は、およそ50メートルほど。
 二人はぬえめがけて雪玉を投げ続ける。
 ひゅんひゅんと、身を低くして歩くぬえの頭上を、雪玉が掠めていく。
「……おかしいわね。どうして当たらないのかしら」
 レミリアたちは、言うまでもなく背が低い。
 低い位置から投げられる雪玉は、身をかがめたところでそう簡単によけられるものではない。
 にも拘わらず、雪玉はぬえの頭上を飛び越えていくばかり。
 首をかしげる彼女は、隣のメイドに、「ねえ。どうしてかしら」と尋ねる。
「雪道が掘ってあります」
「え? どこに?」
「今、彼女が歩いている辺りですね。かまくらから左右に向かって延びています」
 言われて目を凝らすレミリアだが、雪原は平らにしか見えない。
 適当なことを言わないでちょうだい、と怒るレミリアに、「目の錯覚ですよ」とメイドは言う。
「こういう、目印のないところでは、視覚は簡単に騙されます。
 ましてや、雪は光を乱反射させて、ただでさえ凹凸がわかりづらくなります」
「……むぅ」
 喜んで雪玉を投げ続けるフランドールに、レミリアはストップをかけた。
「お姉さま?」
「無駄な攻撃は控えましょう」
 1チームが、今回、使える雪玉は200発。すでに50個ほどを、二人は投げつけている。
 敵を前にして弾切れにでもなろうものなら袋叩きにあうのを待つばかりだ。
「フラン、こっちよ。体を低くして」
「はーい」
 二人からの攻撃がやんだのを確認して、ぬえからの反撃が始まる。
 彼女の攻撃は、かなり的確だ。
 レミリアとフランドールのすぐ側に、雪玉がぽんぽんと落ちてくる。
 それをよけながら、二人はぬえから距離をとり、近くの雪原に穴を掘って身を潜める。
「さて……」
 かまくらから続く雪の溝に身を潜めながら、ぬえは辺りを見渡す。
 レミリアとフランドール以外の姿は見えない。
 あの二人は、恐らく、囮だろう。目立ちたがりの上に騒ぐのが大好きなあの二人だ、敵の目をひきつける役には、真っ先に手をあげるのは間違いない。
 となると、チルノと橙の二人が、どこかに姿を隠していることになる。
「……どこだ?」
 広い雪原、身を潜めるところはほとんどない。
 相手の襲撃を警戒しながら、ぬえは後ろに下がり、かまくらに戻る。
「どう?」
「レミリア達は一旦、引いた。
 けど、他の二人がどこにもいない」
「どこに隠れたのであろうか?」
「さあね。
 ただ、ここにいつまでもいたら危ないと思う。
 聖、移動しよう」
「ええ。そうね」
 白蓮は立ち上がると、先に立ってかまくらを出る。
 そして、かまくらの右手側に見える林の中へ延びる溝の中を歩いていく。
 ちゃんと退路も作ってある辺り、これを考えたぬえの頭の中は、実はかなりのものであるようだ。
「よし、あともう少しで……?」
 ぬえが眉をひそめた、次の瞬間。
「みんな、散って!」
 声を上げて、彼女は後ろに飛んだ。
 それに一同が続いた直後、彼女たちが潜んでいたところに、ばらばらと雪玉が降ってくる。
 あと少し、タイミングが遅れていれば全滅だっただろう。
「不意打ちか!」
 布都が辺りを見渡す。
 だが、どこにも人の姿はない。
「なっ……! これは一体……」
「布都ちゃん、危ない!」
「ぷわっ!?」
 いきなり、雪の中から雪玉が飛び出してきた。
 それを顔面にくらい、布都が後ろ向きにひっくり返る。
 会場全体にブザーが鳴り響き、『物部布都、失格!』というアナウンスが流れた。
「そういうことか!」
 ぬえが思いっきり手を振り上げ、叩きつける。
 その衝撃が辺りの雪を爆風で吹き飛ばし、雪原の『正体』を暴き出す。
「橙、逃げろ!」
「やったやった! 大成功!」
 雪の中から、橙とチルノが飛び出してきた。
 彼女たちが隠れていたのは雪の下だったのだ。橙が雪を掘って穴を作り、チルノがその雪を凍らせて氷のトンネルを作っていたのである。
 レミリア達が囮だというぬえの見立ては間違っていなかった。
 だが、このような奇襲までは予想できなかったのだ。
「逃げるな、この!」
 ぬえが投げつける雪玉を、二人は身軽にひょいひょいとかわして、レミリア達と合流する。
 そして、4人は左右に散ってぬえ達を挟み撃ちするように接近を始めた。
「むぅ……面目ない」
「大丈夫? 痛そうだったけど」
「このくらいは大丈夫だ」
「まあまあ」
 4人はレミリア達に追い立てられるように、林の中へと逃げ込んでいく。
 リタイアした布都は戦力にも盾にもならない。しかし、仲間だ。置いて逃げることは出来なかった。
「やってくれるじゃん。誰が考えたのか知らないけど」
「まあまあ。どうしましょう」
「とりあえず、相手の足並みを乱そう。
 ついてこい、ついてこい」
 林の中へ逃げ込む一同。
 それを追いかけて、レミリア達が林の中へ入ってきたところで、ぬえは手近な木の幹を拳で叩いた。
 その響きが上空に伝わり、木々の枝と枝とをこすれあわせる。
 直後、レミリア達の頭上から、雪が降り注ぐ。
 葉の上に積もった雪が振り落とされたのだ。
「よし、逃げろ!」
 辺りが一瞬、雪で真っ白に染まる。
 ぬえの号令が響き渡り、周囲から気配が消える。
「冷たいわね、もう!」
「あははは、気持ちいい~!」
「っくしゅん! う~……寒いの苦手~……」
「橙さま、どうぞ」
「にゃ、ありがとう!」
 手渡される携帯型懐炉にほっぺたをすりすりする橙。ねこは寒いのが苦手なのだ。
「誰もいないね、お姉さま」
「逃げたようね。
 ふん、情けないこと。まぁ、このわたし、レミリアが考えた作戦だもの。予想以上の奇策に驚き、慌てふためいて逃げ惑う姿は傑作だったわ」
 胸を張って威張るレミリア。
 一応、彼女の名誉のために追記すると、あの作戦を考えたのは本当にレミリアである。
 もっとも、その詳細は、『各人が自分の一番いいように動く』というアバウト極まりないものであるため、奇襲の成功は、橙とチルノのお手柄ということになるのだが。
「どうするの?」
「当然、追いかけてとどめを刺すわ。まずはあいつらからよ」
「はーい」
 そう言って、フランドールが前に一歩、足を踏み出した瞬間、
「わっ!?」
 その顔のすぐ横を雪玉が掠めていく。
 相手からの反撃――それを察した一同は木々の陰に身を潜め、慎重に、相手の気配を探りながら前に進んでいく。
「あ、いた!」
 橙が声を上げる。
 彼女の示す先――そこに、こいしの後ろ姿がちらりと見えた。
 フランドールはこいしめがけて雪玉を投げつけ、「こいしちゃん、待て待て~!」と追いかける。
 それに続く橙、側面から回ろうとするチルノ。
 そして、
「こらー! わたしが先頭よー!」
 ぷんすかしながら追いかけるレミリアが続く。
 そんな彼女たちの傘持ちメイドは、『やれやれ』と肩をすくめるのだった。


「始まったようね」
 会場に響くアナウンス。
 それを聞いて、霊夢はつぶやく。
「意外に脱落が早いわね」
「まぁ、布都だしな。大方、滑って転んで逆さまに雪に埋まったところを狙われたんだろう」
 普通ならどう頑張ってもそうなりそうもない魔理沙の見立てであるが、相手はあの布都である。さもありなんとアリスはうなずいた。
 それはさておき、一同は、鈴仙たちが陣地を構築しているであろう林の中へと入っていく。
 地図の上では、すでに彼女たちの陣地の中。油断せず、慎重に、辺りを見渡しながら進んでいく。
「視界が悪いな……。
 おい、気をつけろよ」
「偵察役がそれを言わないでね」
「へいへい」
 前を行く魔理沙は木陰に身を潜めながら前方を伺う。
 すると、そこに、咲夜の姿が見えた。
 彼女はこちらを見て、にっと笑った後、踵を返して走っていく。
「アリス、咲夜を見つけた」
「……接触が早いわね」
 アリスの予想では、相手との接触は、もう少し林を奥に行ったところのはずであった。
 鈴仙たちが持久戦を仕掛けてくるであろうと見越しての判断である。
「咲夜さんが斥候か……。ちょっと作戦の変更が必要かも」
「おい、どうする。逃げられるぞ」
「逃がしちゃうと、こっちの場所が知られそうですね」
 早苗の一言を受けて、アリスは「追撃しましょう」と判断を下した。
「誘い込んでの罠だと思う」
「罠だろうと何だろうと、こっちの配置を先に知られたのは厄介だわ。
 相手の出方を探る意味でも、あえて罠にかかりましょう」
「了解。
 魔理沙、気をつけなさいよ!」
「おうとも」
 一同が走る。
 雪原の雪は深く、足を取られやすい。転倒に注意しながら追撃する一同に、つかず離れずで先を行く咲夜。
 霊夢の見立て通り、彼女は自分の陣地へと敵を誘う役目を背負っているようだ。リーダー役をそのような囮に使うとは、大胆な作戦である。霊夢なら、そんなことはまず考えないだろう。
「牽制、牽制」
 投げつける雪玉は、しかし、咲夜の近くの木が防ぐ。
 天然の防壁が辺り構わず生えている林の中では、遠距離戦はあまり意味を成さない。
 だからこそ、敵をひきつけ、待ち構える持久戦が輝くわけだ。
 咲夜が道を右手に曲がった。
「待て、こら!」
 魔理沙が少し走る足を速めて咲夜に追いつこうとした瞬間、
「うわっ!?」
 彼女の足下の雪が抜けた。
 躓き、顔から雪原に突っ込む魔理沙。その頭上から、どさどさと雪が落ちてくる。
「おい、気をつけろ! 罠が仕掛けてあるぞ!」
 魔理沙の警告を受けて、アリス達が足を止める。
「うわ、あぶねっ!」
 折りしも、魔理沙が足を止められたのは、林が少し切れた空間。
 横手から飛んできた雪玉を転がって回避する彼女。
「やっぱり罠だったわね」
「まずは魔理沙を潰すつもりね」
 視線を向ければ、木立の切れ目に特徴的な尻尾が見えた。椛だ。
「早苗、私は椛の邪魔をしてくる。アリスと一緒に魔理沙を助けに行って」
「了解しました」
 早苗はアリスに視線を向けた後、魔理沙に「今から助けに行きます!」と声を上げる。
 ひゅんと飛ぶ雪玉。それをじっと見つめていた彼女は、魔理沙に向かってなおも飛んでくるそれを、横手から撃ち落としていく。
「……あなた、すごいわね」
「動体視力には自信があります。アリスさん、急いで」
「了解」
 早苗の援護を受けながら林から飛び出し、アリスは魔理沙の手を引いて立ち上がらせると、早苗の元へと戻っていく。
 一方、彼女たちから離れた霊夢は、椛の右手側から、彼女へと奇襲をかける。
「こら、逃げるな! わんこ!」
「誰がわんこですか!」
 霊夢が大声で椛を追い立て、雪玉で相手を下がらせる。
 椛は霊夢へと応戦しながら林の中へと姿を消した。
 霊夢は足を止めた後、辺りを見渡す。そして、おもむろに地面に伏せると、
「……なるほど」
 木立と木立の隙間、限りなく地面に近い位置に、複数の足が見えた。鈴仙たちだ。
「あいつら、こっちを待ち構えるんじゃなくて打って出てきたか」
 慎重かつ臆病なのが鈴仙だ。
 彼女が勇気ある攻撃を仕掛けてくるという選択肢は、霊夢たちの中にはなかった。
 だが、その考えがあろうとなかろうと事実は変わらない。
「こりゃ、まずいな。
 少し後ろに下がった方がよさそうね」
 相手の持久戦を想像して作戦を立てていた霊夢たちにとって、状況の変化は致命的となる。
 一旦、下がって相手の様子見。追撃をかけてくるなら迎え撃つし、相手が下がるようなら作戦の立て直しをしなくてはならない。
 霊夢は踵を返してアリス達の元に戻ると、「一度、下がるわよ」と指示をする。
「相手がこっちに出てきてる。あいつら、こっちを真正面から迎え撃つつもりよ」
「……意外ね。防衛戦じゃないんだ」
「みたい。
 誰が考えたのか知らないけどね」
「危なくやられるところだったぜ、ったく」
「じゃあ」
「ええ、そうね」
 アリスは踵を返した。
 しかし、その足下に雪玉が一発、着弾する。
「回り込まれてる……!
 左に逃げて!」
 飛んでくる雪玉の方向と着弾の角度を見て、相手の配置を悟ったアリスが声を上げる。
 一同はアリスが指示する方向に向かって逃げるのだが、大した距離を行かないうちに、今度は左手側から雪玉が飛んでくる。
「くそ、こっちもか!」
「相手の足が速い……! 咲夜さん達、かんじきでも用意してきたのかしら!」
「それってありなんですか!?」
「能力使っての攻撃じゃないし、弾幕使ってもいない。ルール的にはありじゃない!?」
 今度は右手側。
 相手の雪玉を受けないように、木立の間を縫うように走り抜けていく。
「アリス!」
「ちっ!」
 右手側から雪玉。
 道を変更して――アリスは、ふと、気付く。
「……ちょっと待って。
 いくらかんじき履いてるからって、雪道をこんなに速く……? いや、それ以前に、攻撃が一度だけ……。
 ……まさか!?」
「林を抜けるぞ!」
「魔理沙、止まって!」
 アリスの制止の声は、しかし、遅かった。
 林を飛び出した魔理沙へと、『そーれ!』の掛け声と共に、咲夜、妖夢、椛の一斉攻撃が命中する。
『霧雨魔理沙、失格!』
 雪まみれになってすっ転んだ彼女の頭上で、無慈悲なアナウンスが響き渡る。
 幸い、足を止めることに間に合ったアリス達は木立に隠れることに成功する。
「くそっ!」
 アリスは舌打ちした。
「どうなってるんですか!? どうして、咲夜さん達があそこに!?」
「はめられた!
 こっちの誘導をしていたのは鈴仙一人よ!」
「どうやって!?」
「それはですね~」
 頭上から、声。
 振り仰ぐと、木の枝に逆さまにぶら下がった鈴仙の姿が見える。
「こういうわけです」
 ぐるんと逆上がりの要領で枝の上に戻った彼女は、木の枝と枝の間を飛び交い、あっという間に一同の視界から姿を消す。
「森林レンジャーか、あいつは!」
「こっちが認識できない位置からの狙撃も仕掛けてきてたってわけね……。やられたわ……」
 前を見ると、すでに咲夜たちも逃げ出し、そこに相手の姿はない。
 雪まみれになった魔理沙が「ちくしょー」と呻いているだけだった。
「やられたわ……。完全に、こっちの見通しが甘かった」
「おーい、アリスー。頼むぜー」
「悪いわね、魔理沙。大丈夫?」
「んー。まぁ、当たったのは雪玉だしな。
 いやしかし、やってくれんじゃないの。面白い勝負になりそうなのになぁ」
 あとはついていくか、見学席に戻るしかない魔理沙は、残念そうにつぶやいた。
「……いいじゃない。
 面白い。誰にケンカを売ったか、教えてやるわ」
「……アリスさんがすごいやる気です」
「アリスって、ものすごい負けず嫌いだから」
 その辺りは魔理沙よりもひどい、と霊夢は冷静だ。
 ちょっぴり顔を引きつらせる早苗。
 その二人を振り返り、アリスは『作戦変更よ』と宣言した。

「うまくいきましたね」
「こっちはアリスよりも戦闘経験長いのよ。負けてたまるものですか」
 自慢げに言う咲夜に、妖夢が苦笑する。
 先にその場を離脱した鈴仙の姿が、前方に見えてくる。椛が手を振り、両者が合流する。合流したのは、霊夢たちへの奇襲を成功させた場所から、西に10分ほど移動した林の中だ。
「うまくいきましたね。さすが皆さん」
「あなたもね。あの見通しの悪い林の中で、よくあんなピンポイントな狙撃が出来るわね。うちのメイド部隊に欲しいわ」
「妖怪は目がいいですから」
 にっと笑う鈴仙は、『こっちです』と一同を案内して、ひときわ、周囲よりも大きな木の根元に移動する。
「さて、これで間違いなく、アリスさんが本気になったはずです」
 地図を広げて、鈴仙。
「彼女たちと邂逅したのがこの地点。撃破したのがここです。今、我々はここにいます」
 地図の上に赤いペンでマークをつけながら、鈴仙。
「次に考えられるのは、相手の追撃戦ですね。
 身軽な霊夢さんが林の中から。少しのろまなアリスさんと早苗さんが、こっちの平原から攻めてくるはずです」
「挟み撃ちにされますね」
 ところが、とにやり笑う鈴仙。
「こういう場所で部隊を分けるのは愚策です。
 我々は、攻撃を仕掛けてくる霊夢さんを、まず、全員で潰します。迎撃地点はここ」
 その位置は、現在いる位置から、歩いて北に5分ほど。
 泉を中心とした開けた空間だ。
「相手を囲んで潰します。私と椛さん、妖夢ちゃんが霊夢さんを林の中から追い立てますから、咲夜さん、とどめを頼みます」
「ええ」
「アリスさん達はどうします?」
「彼女たちの歩みと慎重な性格を考えると、こちらに到達するより早く、私たちが霊夢さんを倒せる。無視」
「なるほど……」
「警戒するとしたら?」
「相手が3方向に散った場合ですね。
 早苗さんって割と足が速いので、逆にこっちが包囲される恐れがあります。
 まぁ、それについては偵察を出して、相手の動きを見ながら臨機応変に行きましょう」
 了解しました、と椛と妖夢。
 早速、彼女たちは斥候に出るべく、腰を浮かす。
「気をつけなさい」
 咲夜の言葉を受けてうなずいたあと、二人は木立の向こうに姿を消した。
「……にしても、あそこまでうまくいくとはね」
「アリスさんは策士ですけれど、頭が固い。柔軟な戦い方が出来ないと、戦場では生き残れないということ、教えてやりましょう」
「いい性格してるわね。あなた」
 そういうところが大好きよ、とにやりと笑う咲夜であった。

「どうですか? 椛さん」
「鈴仙さんの見立て通り、二手に分かれるみたいです」
 高く伸びる木の上から相手の様子を観察する椛。
 彼女の視界に映るアリス達の動きは、鈴仙が予想した通りのものであった。
 霊夢が右手に離れて林の中に入り、アリスと早苗は木立に沿うような形で平原を歩いてくる。
 木から飛び降りて、その根元で待っていた妖夢と合流した後、「私は引き続き、偵察を続行します」と声をかけて、林の向こうへと走っていく。
 妖夢は踵を返して陣地に戻ると、鈴仙と咲夜に、現状の報告をした。
「行きましょう」
 鈴仙が立ち上がり、歩き出す。
 途中で何度か、妖夢は椛の元へ走って、逐次、報告を受けながら鈴仙へとそれを届ける役目をこなす。
 相手を迎え撃つ場所として、鈴仙が設定した泉のほとりへとやってくると、咲夜はまず、自分の後ろに雪を積み上げていく。万が一の時、相手の背後からの奇襲を防ぐためだ。
「私が最初に霊夢さんを追い立てます。
 妖夢ちゃんは椛さんに、指示があるまで姿を隠しているように伝えて。伝えた後は、君も同様に」
「わかりました」
 鈴仙が『それじゃ、行ってきます』と咲夜に一礼して、林の中へ走っていく。
「……さて」
 辺りの気配と同化して走る彼女のその様は、まさしく獣の妖怪であった。
 程なくして、彼女は霊夢を見つける。
 霊夢は木立の間を渡るように、慎重に、こちらに向かって歩いてきている。下手に近づけば気付かれるだろう。
 鈴仙は後ろを見ると、右手側後方にある、太い木の幹の裏に姿を隠した。
 相手の足音が近づき、止まる。
「……警戒してるな」
 鈴仙は身を低くしたまま、隣の木の裏に移ると、そこから霊夢めがけて雪玉を投げる。
 雪玉は、相手が身を隠している木の幹に当たって弾けた。
 霊夢は木の裏から鈴仙に反撃した後、鈴仙の左手側へと走っていく。
「合流するつもりか」
 大きく、彼女は口笛を鳴らす。これで、アリス達も鈴仙たちの襲撃に気付いただろう。
 鈴仙の口笛を合図に、椛と妖夢も霊夢を包囲するように行動を始めているはず。
 あとは、相手を後ろから追い立てて、咲夜の元へ案内するだけだ。
「どう逃げるかな」
 しかし、相手は霊夢。勘のいい彼女は、こちらの動きを見て、こちらが何を考えているかに大体気付くことだろう。
 気付いた後、どう動いてくるか。
 見るべきはそこだ。
 椛と妖夢からの攻撃も始まる。
 霊夢は相手の攻撃をひょいひょいよけながら、木立から平原に続く方へと向かって走っている。
「こちらを外につり出して、仲間と挟み撃ちを仕掛けるつもりか」
 鈴仙は素早く木の上に上ると、霊夢を一気に追い越して、その頭上を移動していく。
 そして、相手を林の中から出さないようにするために、相手の前方に回りこむのだが、
「ちっ」
 霊夢が走るルートを直接狙えるような高さと位置にある木の枝が、みんな、切り落とされている。
 やったのは、恐らく、アリス。
 人形たちを使った人海戦術で、鈴仙の足場を全て落としたのだろう。
 アリスと早苗の歩みのみに、椛を注視させていたのは失敗だったな、と彼女は舌打ちする。
「確かに攻撃には使ってないし、仕込みに使うだけならありか」
 鈴仙は作戦を変更すると、林を移動し、平原を伺える木の上へと移動する。
 そこから平原を見ると、そこには、待ち構えているアリスと早苗の姿。鈴仙の予想は正解だったようだ。
 彼女はそこから、アリスめがけて雪玉を投げつける。
「おい、アリス。攻撃してきたぞ」
 アリスのすぐ側に落ちる雪玉。
 それを見て、魔理沙が声を上げる。
「下手なお喋りは禁止よ、魔理沙。相手は耳がいいんだから」
 平原の上に止まっていては狙い撃ちにされる。アリスは早苗を連れて、右手側へと移動していく。
 鈴仙は相手の移動を確認した後、霊夢を飛び越して、その後ろへ移動し、妖夢と椛に追跡の中止を命じた。
「作戦変更。咲夜さんのところに戻る」
「了解しました」
「はい!」
 やはり、そう簡単に相手をつり出すことは出来そうにない。
 鈴仙は頭の中で次の作戦を考えながら、足早に、咲夜の元へと移動していく。
「相手の目は潰してある。
 そうなると、さっきのあれは新たな『目』か」
 霊夢の動きから、あれは魔理沙に代わる偵察であることを看破して、鈴仙は咲夜の元へ。
 咲夜は『どうだった?』と視線で問いかけてくる。
「追い立てるのには失敗しましたね。
 多分、彼女たちはこちらがここで待ち構えていることを察したでしょう。近づいてくることはないはずです」
「じゃあ、右手から襲撃を仕掛ける?」
「そうですね。
 正面から戦えば、人数は4対3。立ち回り方にもよりますけど、こちらが有利です」
「そうね。
 じゃあ……」
 その時、遠くで甲高い口笛の音が響き渡る。
 今の音は、椛。
「……なるほど。そう来たか」
 鈴仙はつぶやき、苦笑した。
「咲夜さん、相手はこちらと同じことを考えていたみたいですね」
「そのようね」
「背後から仕掛けます」
「了解」
 彼女たちはすぐさま、作戦を変更して、その場から走り出す。

「椛さん、大丈夫ですか!?」
「こちらは大丈夫です!」
 一方、林の中では激しい戦闘が繰り広げられている。
 鈴仙が霊夢の頭上を追い越し、咲夜の元へ報告に帰った直後、霊夢が反撃に転じたのだ。
 ちょうど、鈴仙たちを追いかけて、一時撤収の構えだった妖夢たちにとって、それは意外な攻撃だった。
 霊夢の攻撃に呼応するようにアリスと早苗も林の中へと走ってきて、妖夢たちへと攻撃を加えている。
 霊夢を偵察に使って鈴仙たちの動きを確認。鈴仙たちを外へつり出す作戦を仕掛け、それを鈴仙が機転によって回避――したかに見せかけて、背を向けた相手へと強襲を仕掛ける。
 アリスの慎重な性格から、作戦が失敗したのなら、一度、足を止めるだろうと考えていた鈴仙の裏をかいた反撃だった。
「ちっ」
 数の上では3対2。椛たちの方が不利な状況である。
 しかも、鈴仙たちと合流できないように、アリスと早苗は相手を分断するように動いている。
「このまま粘れば、アリスさん達の背後を、鈴仙さんと咲夜さんがつけるはずです。椛さん、奥へ逃げましょう!」
「了解!」
 頭のすぐ脇を掠めていく雪玉にひやりとさせられながら、彼女たちは木立を盾に使って移動していく。
『霊夢、そっちに回って! 椛たちを鈴仙たちから引き離すのよ!』
『了解!』
 椛の耳に、アリス達の声が聞こえてくる。
 このまま逃げ続けていれば、いずれどこかで追い詰められるだろう。戦いのフィールドは決まっているのだ。
 それより早く、味方の援軍が到着するのを待つしかない。
「それにしても意外ですね、こんな方法をアリスさんが採用するなんて」
「人は見た目によりません」
 アリスの好む、スマートとはいえない戦い方に、相手への評価を改めつつ、二人は逃げる。
「……鈴仙さん達の足音が聞こえますね」
「じゃあ、うまく背中をつけるように移動しましょう」
 椛の哨戒役としての能力は、こういう時、役に立つ。
 周囲の状況を誰よりもいち早く正確に掴み、提供する。戦いを制するものは情報を制するとはよく言ったものだ。
 後方から飛んでくる雪玉と足音。
 そして、こちらに近づいてくる鈴仙たちの足音。
 それらを受け止めながら、二人はひたすら、逃げる。
 幸い、こうした自然の中での身体能力は、今、二人を追跡してきている三人よりも、この二人は圧倒的に高い。
 うまくやらなくても作戦通りに霊夢たちを動かすことは可能だ。
「よし、ここを曲がって――」
 その時、ようやく、椛の耳に鈴仙たちの声が聞こえてくる。
 いつの間にか、両者の距離はかなり縮まっていたらしい。

「二人とも、そこで止まって! それ以上、行ったらダメ!」

 しかし、響いてきたのは、予想していたものとは違った。
 椛が驚き、足を止め、妖夢がそれに続いた瞬間、彼女たちの足下の地面が抜ける。
『うわっ!?』
 雪の下に隠れた落とし穴。
 これは、咲夜が用意していたものだ。
 しまった、と察した時にはすでに遅い。
「相手の情報収集能力を逆手に取る。アリスも考えたものね」
 にんまりと笑う霊夢の顔が、彼女たちの頭上に現れる。
 放り投げられる雪玉が、それぞれの頭にぽこんと命中する。
『魂魄妖夢、犬走椛、失格!』
 響き渡るブザーの音。
 ぽかんとする二人にひらひらと手を振って、霊夢は踵を返して去っていく。
「……逆に追い込まれてた?」
「鈴仙さん達の背後からの援軍を、こちらは考えていた……。それを逆手にとって、椛さんの耳のよさも利用して、こちらを逆に追い込んだ……」
「やられた~!」
 ようやく事態を納得したのか、椛が呻いた。
 妖夢が『たはは……』と苦笑いを浮かべる。
 霊夢たちの反撃は大成功、といったところか。
「ただ、これはね~……」
 椛たちを追い込むべく、アリスと早苗に先行していた霊夢は、その分、早く鈴仙たちと遭遇する。
 状況は2対1。早くアリス達が来てくれなければどうにもならない。
 仲間をやられた仕返しとばかりに鋭く飛んでくる雪玉のせいで、木立に隠れたまま、霊夢は動けないでいる。
「早くしてよ、アリス、早苗」
 こういう時、すばしっこい魔理沙だったら逃げられたんだろうな、と思って、肩をすくめる霊夢だった。


「ねえねえ、お姉さま。こいしちゃん達、どこにもいないよ?」
「隠れてるんだよ。フランドール、気をつけろ!」
「はーい!」
 一方、何だか殺伐としたアリスチームVS咲夜チームとは違い、ほんわかしたちびっこ同士の対決。
 林の中に逃げ込んだぬえ達の姿が消えてから、しばらく。
 あちこちを探し回ったレミリア達であるが、ぬえ達の姿はどこにもない。
 木の陰や上、念のために雪の中も見て回ったが、相手の姿が見つからない。
「……逃げたのかしら? まさかね」
 普段なら、『この偉大なスカーレットの名の下に恐れおののき敗走したのねフフン』なレミリアであるが、今日はちょっと慎重である。
 首をかしげながら、彼女は辺りを見回す。
「ねぇ、橙。ぬえ達、どこにいる?」
「う~ん……わかんない」
 雪は人の足跡を色濃く残す。
 しかし、誰の智慧かそれとも作戦か、ぬえ達は逃げ跡を残さなかった。
 辺り一面、真っ白な雪。
 動物の変化である橙でも、追跡は無理そうだ。
「態勢を立て直されると厄介ね。後ろから奇襲というのが一番気に食わないわ」
 林の中を、ずいぶん深くまで、一同は探しに来ている。
 ここで、追撃を一旦諦めて、霊夢や鈴仙たちを倒しに行ってもいいのだが、相手はぬえやこいしである。こちらが背中を見せた途端、嬉々として襲い掛かってきそうな気もする。
 相手を完全に叩くか、それともこちらを襲うことの出来ない位置にいるか、そのどちらかを確認してからでなければ転進は危険な判断だ。
「とりあえず……」
 もう少し奥に行ってみよう、とレミリアが言うより早く、近くの木の幹に雪玉が命中した。
 振り向くと、林の切れ間、木立の向こうにぬえの姿が見えた。
 彼女もレミリア達を見つけて、こちらに向かってあっかんべーを送ってきている。
「いたわね! あっちよ!」
 レミリアの指示一つ、林を抜けて、
「うっ……」
 レミリアとフランドールがそろって足を止めた。
「やーいやーい、どうしたどうしたー」
「こっちだよー」
 ぬえとこいしが彼女たちを挑発する。
 しかし、目の前には、ちょろちょろと流れる小川の姿。
 当然、流れ水の上を渡ることが出来ないレミリアとフランドールにとって、その細い小川は博麗大結界よりも手ごわい強烈な『結界』である。
「よーし、橙! あたい達だけで行くぞ!」
「う、うん!」
 そんな制約のないチルノが橙を率いて小川を渡ろうとする。
 彼女たちが川を渡ろうとした瞬間、こいしが「とうっ」と足下の雪をすくってぶっかけた。
 雪玉を使っていないため、これで失格になりはしない。
 しかし、渡る瞬間を狙われた二人はバランスを崩して水の中に落下する。
「にゃ~っ! 冷たい、冷たい~!」
 水に弱い橙が小川の中から飛び上がり、自陣に逃げ帰ろうとする。その背中に、ぬえが放り投げた雪玉が命中した。
『橙、失格!』
 響き渡るブザー。
 一方の橙はぶるぶる震えながら、レミリア達の傘持ちメイドのところに逃げ帰る。
「やったなー!」
「おっと!」
「あたんないよー!」
「こうなったら!
 チルノ、わたし達が援護してやるから戦いなさい!」
「チルノ、がんばれー!」
「おー!」
「負けないぞー!」
 持ち前の身の軽さで、至近距離だろうとひょいひょい雪玉をよけるチルノ。
 ぬえとこいしは彼女を先に倒そうと雪玉を投げるのだが、なかなか当たらない。そうこうしていると、レミリア達からの援護が届き始める。
 二人はそのすぐ側で、塹壕を掘って待っていた白蓮の元に駆け込み、そこを基点とした篭城作戦を展開する。
「えいっ! えいっ!」
「このー!」
 わーわーきゃーきゃー騒ぎながらの、子供らしい雪合戦の光景である。
「わっ! いたっ!」
『古明地こいし、失格!』
「このー!」
「わわっ! てへへ……当たっちゃった」
『フランドール・スカーレット、失格!』
 ノリはある意味、正面からの徹底抗戦。
 次から次へと脱落者が出て行く中、続くブザーが鳴り響く。
『両者、持ち玉数0となりました』
 このゲームで、最も気をつけなければいけない『残弾0』が伝えられる。
 一同はきょとんとして空を見上げた後、
「そんなの関係あるものですか! 覚悟なさい!」
「あー! ルール無視! ずっるーい!」
「あなたが言うことじゃなくてよ!」
「いてっ!
 やったな、このー!」
「ぷわっ!?」
「あー、お姉さま達、ずるーい! ……いたっ!」
「フランちゃん、余所見はダメだよー」
「むー! お返しー!」
「我も参加するぞ! とうっ、とうっ」
「何だよ、そのへろへろ玉! あたんないよーだ!
 橙、あいつをやっつけろー!」
「う、うん。がんばる!」
 小川の反対側――要は、レミリア達の居る場所へとぬえ達は移動して、わいわいきゃっきゃとはしゃぎながら雪合戦を再開する。
 どれだけ当たっても失格を告げられず、あらゆるルールの存在しない、平和な対決である。
「やっぱりこうなりましたね」
「予想通りです」
「まあまあ。よろしいのではないでしょうか。
 それより、この子達も体が冷えてしまいますから。火をおこすの、手伝っていただけますか?」
「畏まりました」
 子供たちの面倒を見る大人たちは、彼女たちが疲れて休憩に入る前に、とかまくら作りを始める。
 近くの林から持って来た枝をそろえて火をおこし、「困ったものですね」と一言。
「とりゃー!」
「ぎゃー! ちょっと! 背中に入れるのは反則……!」
「お姉さま、どーん!」
「フラン、あなた、どっちの味方なのよ!」
「さっきは早々にやられてしまったが、我とて足手まといにはならぬぞ! とうっ!」
「当たんないもん! お返しだよ!」
「ふん、この程度ぶっ!?」
「あ、大丈夫?」
「えいえいっ」
「うわ、こら、動けないところを狙うのは卑怯だぞ!」
「知らないもんね! あっかんべー!」
「チルノちゃん、捕まえたー! 布都ちゃん、やっちゃえー!」
「あ、こら! はなせー!」
 ――などという具合に。
 実ににぎやかな雪合戦は、これからしばらくの間、誰からともなく、『楽しかったー!』という声が上がるまで続くのだった。


「早苗、あなたは鈴仙たちの背後から! 私は側面から攻撃を仕掛けるわ!」
「了解です!」
 前方で、霊夢が鈴仙と咲夜の攻撃を受けている。
 彼女を援護するために、二人は左右に散って、相手を包囲するように攻撃を仕掛けた。
「咲夜さん」
「ええ」
 しかし、それくらいは予想している鈴仙たちだ。
 後ろや側面から雪玉が飛んでくるのを確認してから、その場を離脱する。
 アリス達は霊夢と合流し、逃げにかかった二人を追いかけ、林の中を疾駆する。
「逃げるなんて往生際が悪いわね!」
「三十六計逃げるにしかず、って知ってますか!?」
「屁理屈を!」
 追いかけるアリスが、鈴仙の言葉にかっとなって足を速くする。
 瞬間、彼女の足下の地面が抜けた。
 足を取られて転倒する彼女。その頭上から、どさっと雪の塊が落ちてきて、『ふぎゅ!』という間抜けな悲鳴を上げてしまう。
「くっそ~! こんなところまで罠を仕掛けてるわけ!?」
「咲夜さんって、何か妙に罠仕掛けるの好きですよね~……」
「まぁ、あいつ、ものすごいマイナーな世界に足踏み込んでるから」
 とにかく、今は冷静に。
 かっとなって相手のペースに飲まれてはおしまいだ。
 アリスは深呼吸をして、乱れた心を落ち着けると、一旦、地図を広げた。
「今、私たちはここにいるわ。
 鈴仙と咲夜さんはこっちに逃げた。この向こうは、林を抜けた平原よ。
 相手の、最初の陣地だわ」
「自分たちの陣地に誘い込んでるってわけね。最初の計画通り、防衛戦じゃない。これ」
「相手の人数はたった二人。それで防衛も何もあったもんじゃない。
 多分、ガチンコの正面対決よ」
「ああ、向こうは陣地に隠れつつ攻撃が出来るけど、こっちはそれを正面から突き崩さないといけないってことですか」
 所謂、一種の攻城戦である。
 早苗の言葉に、アリスは腕組みをする。
「今、手持ちの雪玉は?」
「残り100もないわね」
「……そうなると、相手の守りを崩すのは無理に近いわね」
「……よし」
 アリスはうなずくと、視線を霊夢に向ける。
「相手の技を逆に使うわ」

「さ~てと……」
 アリスの見立て通り、元々の自分たちの陣地へと戻った鈴仙たちは、あちこちに築いてある雪の壁の裏に隠れながら、手元の地図を広げる。
「アリスさん達は真っ向からぶつかってくるでしょうね」
「この状況で、下手な策を打つより正面からぶつかる方が賢いものね」
「こちらはわずか二人。しかも咲夜さんが当てられたら終わりだから、実質、戦力は私だけです」
「絶望的ね」
「だけど、負けたわけじゃないですよ」
 鈴仙は地図を示しながら、
「やってくるとしたら、一列縦隊による突撃。一人一殺すれば、数の上で、相手は勝利します」
「ええ」
「それを防ぐ」
 雪原をじっと見つめる鈴仙。
 ここには、防壁となるこれらの壁以外に、咲夜が仕掛けた無数の罠がある。
 ここを、相手は突破してこなくてはならない。突撃隊形で突っ込んできたとして、果たして無事にすむかどうか。
 相手の足並みが乱れれば、各個撃破の余裕が生まれる。
 咲夜の技が輝くのを期待するしかない、というところか。
「負けませんよ」
「ええ」
 二人は林の中を見据える。
 少しして、早苗の姿が見えた。
 早苗は鈴仙たちを指差し、「見つけました!」と声を上げる。
 その後ろからアリスが現れ、二人は林の中から飛び出してくる。
「来ましたよ!」
「霊夢の姿が見えないわね……」
「邀撃か……。それとも……」
 迷っていると、早苗が「きゃっ!?」と悲鳴を上げて雪の上に転がった。
 咲夜の仕掛けた落とし穴にはまったのだ。
「早苗、急いで!」
 倒れた早苗に向かって、鋭く雪玉が飛んでくる。
 アリスは早苗の手を引っ張って立たせて、何とかその一撃を回避する。
「あそこに!」
 すぐ近くにある雪の壁。
 そこの裏へと避難する二人だが、直後、その地面へと鈴仙の放った雪玉が突き刺さり、どういう理屈か、雪原が『ぼふん!』と破裂した。
「冷たい!」
「くっ……! 煙幕か!」
 辺りの状況が確認できない。
 とにかく、二人は壁に背中を預けて、左右と前、上を警戒する。
 鈴仙と咲夜の放つ雪玉が、壁に当たってばしばしと弾けている。
 少しだけ顔を覗かせる早苗が、慌てて、その顔を引っ込める。
「攻撃が鋭すぎて動けませ~ん!」
「泣き言は後!」
 左手に見える雪の壁。そこへ移動すれば、相手に接近することが出来る。
 だが、その道中には、また罠が仕掛けてあるだろう。下手をすれば戦闘不能になってしまうことも考えられる。
 しかし、ここで黙って隠れていても、事態は好転しない。
「行くわよ!」
 相手からの攻撃が途切れた瞬間、身を低くしてアリスが飛び出した。
 それに早苗が続き、二人へと、雪玉が投げつけられる。
「雪が深い……!」
 これまで走っていたところより、その部分だけ、少しだけ、雪が深くなっている。
 不自然でない程度に、雪の厚さが盛られていたのだ。
 そのため、足の自由が奪われる。走る速度も落ちて、必然的に、態勢が乱れる。
「アリスさん、危ない!」
 飛んできた、一発の雪玉が、アリスの側頭部に命中する瞬間、早苗がアリスに飛びついた。
 雪玉は早苗の右肩に当たり、『東風谷早苗、失格!』のブザーが鳴り響く。
 二人は雪原の上にうつぶせに倒れ、アリスはすぐさま早苗の手を引っ張って雪の壁の裏へと移動する。
「う~……やられちゃいました……」
「ううん。ありがとう」
 おかげで近づけたわ、とアリス。
 アリスは壁の裏から顔を覗かせ、鈴仙たちの様子を確認する。
 彼女たちは防壁の裏側から出てこない。こちらから攻撃を仕掛けて相手を倒すには、相手が攻撃のために顔を出した瞬間を狙うしかない。
 しかし、残念なことに、アリスの身体能力では鈴仙と咲夜にはかなわない。
 圧倒的不利の状況に変わりはないのだが――、
「霊夢、お願いね!」
 彼女が大声を上げた瞬間、鈴仙たちが潜む壁の裏から悲鳴が上がる。
「……うわ、ほんとに出来てる。すごい」
 早苗がぽかんとした表情で声を上げた。
 アリス達の背後から雪玉が飛んでくる。
 その雪玉は、鋭くカーブを描いて、鈴仙たちが潜む防壁の裏側へと突き刺さっている。
「いいわよ、霊夢! その調子!」
 霊夢の姿が、アリスたちの後方に見えた。
 彼女は木の上に上り、見晴らしを確保した上で攻撃を行なっている。
 鈴仙がアリス達に仕掛けた狙撃と同じ攻撃だ。
「やってくれますね」
「わざわざ、雪玉を三日月の形になんて。こんなに手の込んだ雪玉を作るなんて、手先が器用な子は羨ましいわ」
「咲夜さんだってそうじゃないですか」
「私、よく針を指に刺すもの」
 冗談を言い合いながらも、彼女たちの表情に余裕はない。
 壁にぴったりと身をくっつけていないと、霊夢の壁越しの攻撃を食らってしまうのだ。
 左右に視線を走らせ、別の壁の裏に移動しようか、鈴仙は考える。
 だが、身を出した瞬間を狙われるのは確実だ。
 二つ同時に、タイミングをずらして投げられたらよけきれないだろう。
「……よし」
 鈴仙は新たに雪玉を一つ、握ると、咲夜を見る。
「後は任せます」
 そう宣言した彼女は雪壁の裏から立ち上がり、前方から飛んでくるアリスの雪玉をよけて、前に走った。
 続いて、霊夢の雪玉が飛んでくる。
 それを前に飛んで回避し、地面に着地する。同時に、放たれるアリスの雪玉を転がって回避。
 壁の裏に隠れたアリスを視界に捉えたところで、彼女は振りかぶった手から、雪玉を投げつける。
「あっ!」
 声を上げたのは、アリス。
 直後、鈴仙の体に、霊夢の投げた雪玉が命中する。
『鈴仙・優曇華院・イナバ、失格!』
 鈴仙の投げた雪玉は、アリスではなく、霊夢が潜む林の方へと向かって飛んでいった。
 霊夢もそれを感知して、前から迫ってくる雪玉をよけるため、手近な木の枝に向かって飛ぶ。
 しかし、
「嘘!?」
 突然、雪玉が二つに割れ、その欠片の一発が、霊夢の左肩に命中した。
『博麗霊夢、失格!』
 響くブザー。
 鈴仙がにやりと笑い、「あとは一騎打ちですね」と一言。
 鈴仙の決死の行動が導いた、1対1の勝負。
 アリスは逡巡し、宣言する。
「いいわ、やったろうじゃない!」
 立ち上がる彼女。
 その彼女めがけて、壁の裏から、咲夜の雪玉が飛んでくる。
 アリスはそれを何とか回避し、走る。
 咲夜の元へと接近した彼女は、大きく、右足を振り上げる。
「そりゃぁぁぁぁぁっ!」
 上品とはいえない、彼女の咆哮が響き、そのつま先が、咲夜が隠れている雪壁を粉微塵に粉砕した。
「くっ!?」
 巻き上がる雪煙。
 後ろに飛んで回避行動を取った咲夜の眼前に、その雪の煙幕を突っ切ってきたアリスが肉薄する。
 そして――。



「咲夜さん、あそこでこけますか、普通」
「う、うるさいわね! 仕方ないじゃない! アリスだって、顔面から突っ込んでいたからおあいこよ!」
 戦い終わって日が暮れて。
 雪合戦会場に作られた、即席の温泉で、今日一日、戦った一同が体を休めている。
 勝負は結局、アリスと咲夜の、共に自爆とも言える結末で終了した。
 アリスは雪壁を飛び越える瞬間、残っていた雪に足を取られて転倒し、咲夜は後ろに飛んで地面に着地した瞬間、雪に足が埋まってすっ転んだ。もがく二人は同時に雪玉を相手に投げつけ、相打ちとなったわけである。
「えいっ! えいっ!」
「おっ、やるな、フランドール!」
「よーし、魔理沙をやっつけろー!」
「おー!」
「よしよし、かかってこい、ちびども! 私は手ごわいぞー!」
 会場の一角では、散々遊んで満足したはずの、フランドールを始めとしたちびっこ達と魔理沙が雪合戦をして遊んでいる。
 子供の持つ無限の体力と、魔理沙の子供あしらいのうまさがわかる光景だ。
「結局、うちら、うどんげにほとんどやられたのよね」
「そうですね。鈴仙さんの強さには驚きでした」
「いやぁ、まぁ、何というか。てへへ」
「あの、鈴仙さん。そろそろ離して欲しいんですけど」
「却下」
「あう」
「人をうまく動かして、作戦を実行するのは難しいことです。天狗の中にも、それをきちんと実行できる人はあまりいません。
 鈴仙さんには驚きと同時に敬服します」
「椛、あんたは固い。だから育たないのよ」
「人のこと言えるんですか」
「……いい度胸だ。表に出ろ」
「いいでしょう」
 と、立ち上がったところで、霊夢と椛は寒さのために温泉の中へと舞い戻る。
 ちなみに両方とも、限りなく大平原であった。まだまだ将来を期待して、淡い未来を夢に描くしかないだろう。意味不明だが。
「けれど、楽しかったですね~。
 久々にマジになりましたよ」
「そうですね。雪合戦とか、本当に久しぶりでした」
 鈴仙にだっこされたまま、妖夢が早苗に同意する。
 今日の本気の雪合戦は、一同の心に、いい思い出として残ったようである。
「さあ、白蓮さま。どうぞ」
「まあまあ、ありがとうございます。
 あら、美味しいお茶」
 そして、そんな彼女たちからは少し離れたところで、紫と白蓮がお湯に浸かっている。
 提供される飲み物は、酒ではなく上等な烏龍茶だ。
「どうですか?」
「こんなお茶もいいものですね。
 どこでお求めに?」
「それは内緒です。
 ただ、幻想郷では手に入りづらいものですから。よろしければ、お裾分けいたします」
「まあ、ありがとうございます」
「本日は子供たちの面倒を見るの、大変だったでしょう」
「まあまあ。そんなことありませんよ」
 その『子供たち』は、今、7人がかりで魔理沙と戦っている。
 彼女たちを手玉に取る魔理沙の実力は大したものだ。
「今日は皆さん、まるで子供に帰ったように大騒ぎされていて。
 とても楽しかったです」
「ええ、本当に。
 たまにはこうやって、童心に返ってはしゃぐのもいいものですね」
 結果はどうあれ、楽しい雪合戦勝負は、一同の思い出と成った。
 仕掛け人として行動した紫にとっては嬉しいことなのだろう。そして、そんな彼女たちを見守っていた白蓮もまた、楽しそうに笑っている。
「皆さーん、今夜の晩御飯が出来ましたー。そろそろ来て下さいねー」
 文がやってきて、温泉でくつろいでいる面々と、熾烈な雪合戦を繰り広げているちびっこ達に声をかけていく。
「晩飯だそうだ」
「わーい、ごはん、ごはん!」
「ああ、おなかがすいた。少しはしゃぎすぎたかしら?」
「レミリア、どーん!」
「ふぎゃー!
 だから背中に雪入れるのはやめなさい!」
「何やってんだよ、ばーか」
「一杯遊んでおなかがすいたな! 今日の我は一杯、ご飯が食べられるぞ!」
「ねぇ、チルノちゃん。どうやったら雪合戦って強くなれるのかな?」
「頑張る!」
「うん、わかった!」
 雪まみれのちびっこ達には声がかけられ、服の着替えが命じられる。
 温泉でのんびりしていた面々は湯から上がり、寒さに震えながら服を着替えて、一路、食事会場へ。
「いい匂い~。おなかすいてるから余計に! 今日は食べるわよ~!」
「あっ! ケーキとかもあるじゃないですか!
 今日は一杯運動したから、甘いもの、たくさん食べてもいいんですよね!?」
「……まぁ、早苗、気持ちはわかるけど、程ほどにね」
「……にしても不覚だったわ。あそこで転ばなければ……」
「けど、あそこでそういうオチをしないと咲夜さんじゃない気がします」
「あ、私、鈴仙さんに同意です」
「……あなた達ね」
「椛さーん、これ、椛さんの分の取り皿です」
「皿って言わないで、これは丼って言います」
「じゃ、お皿のほうがいいですか?」
「いいえ。丼どんとこいです」
「でしょ?」
 わいわいがやがや。
 美味しい料理が一同に振舞われ、また笑顔が満ちる。
 ゆっくりと日が暮れて、辺りは薄闇色に包まれているのだが、この空間だけは、暖かな火が照らしている。
「食い終わったら夜間雪合戦やるか!」
「うん! フラン、やるやる!」
 などという話も聞こえてきたりなんかして。

「次の大騒ぎ、期待していますね。妖怪の賢者さま」
「ええ。ご期待に沿えるよう、努力いたしますわ」
 そんな具合に、次なる大騒動も企画されているようであった。
子供の頃は本気で雪合戦対決をしたものです。
雪国いいとこ一度はおいで。
haruka
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コメント



0.520簡易評価
1.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.90名前が無い程度の能力削除
布都もお母さんやし・・・(震え声
チルノはかわいい
5.60名前が無い程度の能力削除
シリアスな年長?組よりコミカルな年少?組の方がフィールドの状況や策略などの描写が具体的で臨場感があって面白く読めてしまった…。
6.90にゃにゃし削除
すごく面白かったので、あっという間に読めてしまいました。
……ちなみに、ゆかりんはたまたま起きていたんですよね?
7.90名前が無い程度の能力削除
平和な幻想郷です。童心で楽しめる連中が良かったです。
8.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
9.80名前が無い程度の能力削除
雪がほとんど降らない地域だから羨ましいんだよなあ
14.90絶望を司る程度の能力削除
大平原でいいじゃない、夢があるもの。
面白かったです。
15.100ペンギン削除
臨場感とほのぼの感がまざってとても楽しかった♪
16.90名前が七つある程度の能力削除
雪か、降った時はすごい喜んだな・・・積もるなんて全然無かったけど。