Coolier - 新生・東方創想話

失せ物さがします

2015/01/09 18:01:51
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 ● 失せ物さがします



 普段は里の寺子屋で教えている上白沢慧音が自警団の番所に呼ばれたのは、その日も暮れようかという頃だった。里の自警団ではなにかの事情で妖怪や新参の外来人から調書を取らねばならない時、彼女に頼る。里に住みながら妖怪たちの事情を知る彼女は橋渡しとして最適だったし、里を知らぬという点では新参者も妖怪も変わらない。
 そういうわけで、慧音が取調べやらに使われる番所の奥の部屋に入ると、自警団の聞き取りはまだ始まっていないようで男が一人だけ奥の椅子に座っていた。ひと月と少し前に幻想郷に迷い込んできた男で、その際は慧音が空きの長屋を探してやった。
「ああ、先生」
「やあ、久しいね。話は道すがら聞いたよ。取調べという訳ではないらしいから、楽にしてて構わないよ」
 お世話になりますと男は言い慧音は脇の椅子に座った。部屋の入り口にはだらんと筵が下がっているだけで戸も無い。床も無い土間を区切っただけの部屋だから、晩秋の冷気がじわりと上がってくるようだった。筵の向こうから自警団の者が話す声やら、夕の通りの賑わいが聞こえてくる。

「ねぇ先生、ここの寺子屋でも子供達に作文を書かせるのかな。『将来の夢』とか、そういうお題で」
不意に男が口を開いた。慧音は小さく笑って答えた。
「作文は書かせるが、そういうお題は出さないな。ここでは将来何になるか、自由に決められる者なんて殆どいない。道具屋の息子は道具屋に、職人の子供は職人に、そういう場所なんだ」
ああ、と男はそれだけ声に出し肩をすぼめるような仕草をした。
「ねぇ先生、先生は俺の部屋の世話とか、いろいろ良くしてくれたけど。『向こう』から人が来るといつも先生が世話するんですか」
「いつもでは無いが、まぁ大概私が関わるかな」
「駄目な奴が多いでしょう。外来人は」
それで、調書の立会人ということで少しは気を張って来た慧音は思わずふきだした。
「いきなり何を言い出すんだ」
「ここは『向こう』で忘れ去られたものが来る世界なんでしょう。そう聞きましたよ。俺も『向こう』で忘れられたんですよ。そういう人間でしっかりした奴がいるわけないでしょう。勤め先やらよく行く店やらで人付き合いが全く無いわけじゃない。けど、俺と付き合いのある人も俺の顔を知ってはいても普段は思い出す事もない。俺はそういう人間で、そういう人間ばかりがここに来るんだ。ひどい話ですよ」
「そんな事ないさ。外の世界はこことは比べ物にならないほど複雑なんだろう。人それぞれ事情とどうにもならない環境と、そういうものの噛み合わせが偶々狂ってここへ来るんだ。君ばかりが、いやここに来る者ばかりが悪いわけじゃない。玉松の旦那は君は上手くやっていると言っていたよ」
「玉松、さん?」
「君の長屋の大家だよ。玉松は屋号、あの家には立派な松があるだろう?」
「ああ。あの」
男は溜息とも呻きとも付かないものを吐き出して上を見上げた。里で暮らす外来人は皆『こちら』に残る事を選んだ者ばかりだ。この男もそうだ。家族も友人も蓄えも一切何も無い、別の世界に移る事を自ら選択した。一からの再出発と言えば聞こえは良いが、それまでの人生を投げ捨ててしまったに等しい。
「……上手く、やれてますかね。せっかく別の世界に来たのだからとは思ってるんですがね」
 部屋の外で低いダミ声が鳴って、自警団の者達が挨拶を交わすのが聞こえた。日没の交代の時間のようだった。男は相変わらず小さくなって座っている。

 ようやく準備が出来たのか、いかつい自警団の男が冊子を手に部屋に入ってきた。皆からは修さんと呼ばれているがっちりした体格の男で、自警団一の武闘派として知られていた。調書をとるのにこれほど不適な人選もないと、慧音は陰で苦笑した。
「んじゃ、始めます。先生もよろしくお願いします」と挨拶して席に着いた。
「ええと、伊東浩二さん、だったな」と問われて男は「はい」と答えた。
「それじゃ、昼間に自警団(うち)の者に話した事をもう一度ここで話してくれ。今度はちゃんと調書をとる」
「あの時は、こう……質問に答えながらだったので。そう聞かれるとどこから話せばいいのか」
「最初っからでいいよ。順を追ってさ」
「最初から……」
「あんたは、あの外来の服、なんと言ったかな、ああ背広。あの背広という服を着た男と三日前に会ったと、そう聞いてるが」
「はぁ。会いました。居酒屋で」
「名前は武雄。あー篠田武雄だな。あんたと同じく外から来た奴だ。昨夜死んだが――」
「死んだ?」
「んん、聞いてねェのか?」
「いや、聞いてません。昼間は『この服の男を知らないか?』と、こう服の絵を見せられて……。死んだんですか」
「友達(ダチ)だったのかい?」
「いえ、そんな。その時に一度会ったきりです」
 死んだ、と何回か呟いて男は俯いてぼそぼそと何か口の中で小さく言った。それは「みつけちまったのか」とそう聞こえた。慧音は「何をみつけた?」と口を開きかけたが、その声は男の興奮した声でかき消されてしまった。
「それは、その、もしかして――自殺ですか」
「自殺だ。里のはずれの柿の木で首縊ってな。つうかなんだ、知ってるじゃねぇか」
「……いや、知らないです。知りませんでした。ただ死んだなら自殺かも知れないと」
「自殺かもしれない? そういう気配でもあったか? 悩んでいたとかか?」
「……いえ、そうじゃなくて」
「じゃあ、なんだよ」

「そうじゃなくて――、アイツは人殺しだった」

「殺しだァ?」胴間声が狭い部屋に響いて、男はびくりと肩を震わせて小さくなった。
「修さん落ち着いて。腰をおろして、それから睨むんじゃない。この人は何もやってないんだ」
「こりゃ地の顔だよ先生。こーいう顔なんだ」
「眉間を緩めるんだ眉間を」
 いかつい自警団員が腰をどかりと腰をおろすと腰掛がみしりと鳴った。太くて濃い両眉の間を指で揉んでいる。
「で、その殺しってのはどの件、いや被害者は誰だい? 聞いたか?」
「俺がここに来る前の話だとおもいます。アイツは外来人が自殺したと、そう言ってた……」
「ちょっと待て。オイ、殺しじゃねェのかよ。それともなんだ? 自殺に見せかけた殺しってことか?」
「いえ、それは多分自殺なんです。……けどアイツが殺したんです」
「わかるように喋れよオイ!」
自警団員が机を殴り乗っていた筆が落ちた。その筆を拾い上げついた埃を払いながら慧音は言った。
「修さん、確か三月ほど前に外来人が自殺したろう。長屋の梁で」
「あー、そういやあったな。ボロ長屋で首吊って、梁がたわんで棟ごとぶっ倒れそうだったな」
自警団員は太い腕を組んで顔を真上に向け「なんだこりゃ。どーなってる?」と独り言にしては大きすぎる声をあげた。
「どいつもこいつも外来人で、どいつもこいつも自殺だ。オイ先生俺はどこから訊けばいい?」
「どこからもなにも、この人は一度しか篠田武雄とは会ってないんだ。それを聞くしかないだろう」

 目を戻すと小さくなって座っていた男はさらに小さくなって背を丸めていた。



 ◇◇◇



 その日は組の仲間と仕事帰りに飲みに出ました。組っていうのは仕事の、油絞りの組です。五人一組。麻袋に入れられた菜種を圧搾機にセットするのが一人、絞め木を押し回すのが二人、絞った菜種の袋を取り出して油粕を積み上げるのが一人、油粕を別の袋に入れなおすのが一人。仲間は良くしてくれます。俺は手ぶらで『こっち』に来たんで、着るものも仲間から貰ったし、昼飯もわけてくれるんです。仕事中もいろいろと話しかけてきてくれるし。皆『向こう』のことを聞きたがります。
 それで、その仲間と暮れの頃に店に入りました。皆で飲んで、もうだいぶ遅かった。仲間達が一人また一人と席を立ち、最後の二人がよろめきながら連れ立って店から出て、一人きりになってふと気が付くと、アイツが、あの男が店の奥からじっとこちらを見ていました。俺と同じ外来人で、着てる物を見ればわかります。汚れてあちこち擦り切れた鼠色の背広でした。見ているうちにアイツは席を立ち、自分の枡だけもって俺の隣に腰をおろしました。俺は、席を立ちました。アイツの身なりはさっきも言ったとおり酷いものでしたが、そのせいじゃない。俺だってお互い様だし。そうじゃなくて、男は何か陰気な、嫌な感じでした。

「おい、帰る気か?」
「ああ。もうだいぶ飲んだし、夜も遅い」
俺がそう言ってもアイツは肩をすくめただけでした。アイツは一体幾つだったんでしょう。酷く年寄りにも見えたし、俺と同じくらいにも見えた。
「そうか。同じ境遇の者同士、少しは話せるかと思ったんだがな」
俺は座りなおしました。少しは話そうかと、そう思った訳じゃない。ただその時ちょうど店のものが奥に引っ込んでしまったから、席を立つにはタイミングが悪かった。それで俺は腰を降ろして、少し話してやる事にしました。そのつもりでした。

「上手くやってるみたいだな? ん? 仲間もできたようだし」
「ああ、まぁね。『こっち』に来た人間の普通ってのを知ってるわけじゃないけど。ま、それなりにやってるよ」
「服の具合を見ると『こっち』に来てまだひと月って所だろう。それで飲み仲間がいるんだ、上手く行ってるさ」
「そうかな」
「そうさ」
アイツはテーブルの残ったつまみを勝手に突きながら、さらに言いました。
「そうさ。お前さん上手くやってる。例え一緒に飲みに来た連中が興味を持ってるのは、お前さん自身の事じゃなくて、お前さんが知ってる『向こうの世界』の事だったとしても。それでも、上手くやってるさ」
俺は溜息をして、首を回してまた探してみたが、店のものはやはり見つからなかった。それで、仕方なかった。
「そっちは上手く行ってないのかい?」
「俺か? 俺は上手く行ってるよ。この上もなくな」
「そうかい。そりゃいいね。その風体だからそうは思わなかったよ」

ああ、思い出すと俺も嫌な奴ですね。でも、アイツは失礼なヤツだったし、こう言ってはなんだけど、本当に陰気な奴でした。いじけた目つきって言葉はコイツのためにあるんだと思いましたよ。俺のこの気持ちはきっと態度にも出てたでしょうね、それでもアイツは笑ってた。
「『こっち』に来た時、帰りたいかって訊かれたろ? でもお前は残った。実際残る奴のが多いんだ。お前さんが何で『こっち』に残ったか、俺にはわかるぜ」
「……だったら何だよ」
「いい気分だろ? 『向こう』じゃ誰にも相手にされなかったのに、『こっち』に来たら皆なんのかんの世話を焼いてくれるし、皆お前さんの話を聞きたがる。いい気分だろ? ん?」
「あんたの周りに誰もいないのはあんた自身のせいだぜ」
「わかってるさ、そんな事。お前さんだってわかってるだろ? じきにまた一人になるって」
「……あんたな」
アイツは薄笑いを頬に貼り付けたまま、傾けた枡のふちを噛んでいた。横目でこっちを見ながら。俺の事なんか挑発して一体何がしたかったのか、いやあれがアイツの素なのかもしれません。

「心を入れ替えて真面目に生きるかい? ん? 悪くないが、上手く行くかな? お前も俺も『向こう』じゃ価値が無かった。そうだろう?」
「…………」
「そうさ。そうじゃなきゃ『こっち』には来られないんだからな。お前も俺も駄目さ」
「……悪いけど、俺はあんたみたいにはならないよ。俺は確かに『向こう』じゃ負け犬だったけど、こっちでは、わかるだろ? せっかくの機会だ。俺は――」
「ああ。そうかい」
こんな事いうのはおかしいですが、俺はまともになりたい。まともに胸張って暮らしたいです。アイツが言ったように『向こう』じゃ俺は駄目でしたからね。

「それでお前さん、どうするつもりだ? 俺もお前も駄目なヤツだよ。そんなのが『この世界』に迷い込んで、これからどうする? 油絞りはもう終わるぞ? 体も悲鳴をあげてるだろ? 体力じゃココで生れ育った奴にゃ勝てないぜ。人夫の口はそう多くない」
「……さぁな。なるようになるよ」
「なるように、か」
そう言ってアイツはまた笑った。今度は声をあげて。
「あんたな……。まぁ、いいよ。確かに俺は『向こう』じゃ駄目な奴だったし、『こっち』でもそうかもしれない。でもな、ならあんたはどうなんだよ。悪いけどどう見たって上手く行ってないだろ。『こっち』に来てどれくらいだか知らないけど、酷い格好だぜ。俺にこれからどうするか訊くより、自分の事考えた方がいいんじゃないか」
俺はアイツも人夫でもやってるんだろうと、そう思ってました。とても裕福には見えなかった。
「俺か。俺はな――」
そう言って、アイツは肩をゆすって声を殺して笑った。心底楽しそうに。

「俺はな、失せもの探しをやってるんだ」

「失せもの?」
「ああ、そうさ。誰かが失くしたものを俺が探してやるのさ」
「一人でやってるのか」
「ああ、一人さ。こんな楽しい仕事他にはねぇよ」
「……仕事の誘いなら断るよ。あんたと一緒に働くなんて御免だよ」
「誘いやしねぇよ。言ったろ? こんな楽しい事無いってな。譲れねぇよ。逆だよ、売込みさ」
「俺が失くすような物持ってるように見えるのかよ。手ぶらで『こっち』に来たんだ」
「なに、これから先はどうか、わからんだろ?」

 店は夜通しやってる店で、もう座敷に座ってるのは俺たち二人だけだった。妖怪共が来る時間がもう間近の筈でした。妖怪に混じって外来人二人、それもこんな奴と飲むのは心底嫌でしたよ。でも俺はその時、帰る気は無くなってました。聞きたかったんです、失せもの探しの事を。あの捻くれた奴があんなに楽しそうに言う仕事がどんなものか。普通に考えたらどう考えても楽しいものじゃないでしょう。俺は知りたかった。
 それに、いまから思えば俺も不安だったんです。いや、今だって不安だ。昼間絞り木を押してる時は忘れてるけど、あんな時間にあんな奴と話してりゃ嫌でも考えます。「これからどうする?」って。それで、アイツの言う失せもの探しがそんなにいい仕事なら、それも一人でもできるようなものなら、商売敵になってやろうかと、そんな事まで考えてました。俺はもう帰る気なんて無くしてました。
 俺が身を入れ始めたと気付くと、アイツはは喋り始めました。ニヤついたまま。

「お前さん、ここがどういう場所だか聞いたろう?」
「どういう場所って、ここは幻想郷だろ? そう聞いた」
「そうさ。幻想郷さ。『向こう』で忘れられたものが流れ着く、淀んで濁った吹き溜まりさ」
「何が言いたい? ココはいいとこさ。そりゃ、ネットもないしテレビも無い。娯楽に欠けるが、それでも――ま、いい所だろ?」
「そうじゃない。そうじゃないさ。ココが悪い所だなんて俺も言ってない」
「じゃぁなんだ? 吹き溜まりだなんだと――」
「違う、悪く言いたいんじゃないんだ。俺が言いたいのは、ここは『忘れられたものが来る場所だ』ってことだ」
「だから? 俺もあんたも『向こう』で忘れられた。そりゃ、その事に……なんて言うか、すっきりしないって言うか、複雑な思いってのは――」
「そんなのは、どうでもいいさ」
アイツは『向こう』にまるで未練が無さそうだった。俺だって少しはあるのに。ネットも無いしテレビも無いし。でも、おれは『こっち』がいい。やり直せる。

「なら、なんだよ?」
「いいか? ここは『忘れられたものが来る場所』だ」
「何度も聞いたよ」
「この世の中で一番忘れられるのはなんだと思う?」
「どういう意味だよ?」
「くだらない物、どうでもいい人間、役に立たなくなった品。忘れ去られるのはこういうもんだと、そう思ってるだろう?」
「俺やアンタのようにな。その通りさ。実際こうして幻想入りした」
「違う。どんなにくだらなくても、どんなにどうでもよくても、どんなに役に立たなくても、多くの人から、世界から忘れ去られるってのはそれなりに大変さ」
「アンタは自分がどれほど世界に不必要な存在だったか論証しようってのか?」
アイツは首を振って笑った。判ってないな、まるで判ってない。そう言いたげだった。濁った酒の染み込んだ枡のふちを舐めて、あいつは勿体つけて続けた。

「忘れられるのは、頭の中にしかない事さ」
「それは……、何が言いたいんだアンタ」
「簡単な事さ。いいか、実物のあるもんは中々忘れられないだろ? 当たり前さ。皆が知ってるからだ。どんなにくだらなくても、どんなに役に立たなくても、皆から忘れ去られるってのは大変だよ。そうだろ? でもどうだ? 一人の頭の中にしかない事なら? 皆知らない、そいつしか知らない事なら、そいつが忘れちまえばそれまでだ。そいつが捨てちまえば、それまでだろ?」
 声を潜めて、まるで何か重大な秘密を打ち明けてるみたいでした。今でもあの時の感じを思い出します。店は明るかった筈なのに、そこだけ、俺たちの周りにだけ光が届いてないような。そんな感じでした。暗がりで内緒話をするみたいにアイツは続けた。
「なぁ、ここは『忘れられたものが来る場所』だろ? だから、ココにはそういうもんが溢れてるんだ」
「…………つまり、なんだ。…………つまり、誰かの頭ン中の妄想でも転がってるって、そう言いたいのかよ」
「そういうのも、あるだろうな」
「そういうの『も』?」
「わからねぇか? もっと大事なものだってあるはずだろ?」
「……大事な?」
「そう。もっと大事なもが…………あるのさ。ここにはな」
「……何だよ……そりゃ?」
 アイツはそこで少し黙った。俺の方に身体全部向けて、じっと俺の目を覗き込んで。勿体つけたかったのか、それとも土壇場で信用できなくなったのか、そうやってしばらく黙ってた。俺は、もう知りたくてしょうがなかった。
「何だよ? 言えよ」
「……もっと大事なものさ。例えば――」
「例えば?」


――失くしてしまった夢だとか。
――消えてしまった希望だとか。
――果たせなかった約束だとか。


 アイツは、そう言った。その様子は真剣だったけど、どこか恥ずかしそうな、そんな感じだった。きっと司祭に罪を告白する時、人はあんな風に言うんだと、何となくそう思いました。アイツは赦しなど求めちゃいないでしょうが。
「…………どうかしてるぜ、アンタ」
「そうかな」
酔いは、もう覚めてました。だいぶ飲んだはずなのに。アイツの言った事はとても信じられなかった。けど、わかりませんか。どう考えたって間違っている事なのになぜか頭の中から消えない事って、あるでしょう。なんのメリットも無いのにむきになって否定したくなってしまうような、そういう感じです。

「ああ。どうかしてるよ」
「なら、コレは何だと思う」
 そう言ってアイツは背広の内ポケットから何かを取り出しました。それは古そうなネックレスで見るからに安物でしたよ。貴金属の鑑定なんて出来ませんが、金は錆びないっていうでしょう。そのネックレスはメッキが剥がれて、赤い錆まで浮いてました。
「コレはな、ある人間の大事な、大事なものさ」
「安物にしか見えないぜ。それにボロボロだ」
「ああ、安物だろうよ。でもな持ち主にとってはカネじゃ買えない価値があるのさ。なんせ一度は失った思い出の品だからな」
「思い出の?」
「そうさ。大事な思い出さ」
「なぜわかる?」
「コレを探してくれと言った奴はな、俺がコレを持っていくと泣き崩れたよ」
アイツはまた声を殺して笑った。手で口を塞いで、その隙間から漏れる空気の音が今でも耳に残ってる。
「なんで、それをアンタが持ってるんだよ。依頼人はどうした。受け取らなかったのか」
「まぁ、そうだな。受け取らなかった。いや、受け取れなかったのかもな。奴さん泣いて、泣いて俺に出てってくれと懇願したよ。跪いてな。判るだろう? これがどれだけ大切なものか、どれだけ大事なものか」
「探してくれと言っておいて、見つかると受け取らないのかよ。そんなの――」
「違ェよ」
アイツは手に持った錆びた鎖を見詰めていた。大切そうに。
「そいつは、失くしたもを取り戻したかったんじゃなくて、失くしたことを確認したかったのよ」
指でそれを撫でながら、ニヤついてそう行った。
「……ソレは、そのネックレスはその人の何だったんだ。あんた判るのか?」
「さぁな、知らんよ。でもコレがどれ程のものかは判る。あの依頼人の姿を見ればな。それから依頼人があの後どうなったかを知ればな」
「その後? 何かあったのか?」

「死んだよ。首縊ってな」

「なぁ、お前さんも『こっち』に来る様な人間なんだ、わかるだろ。ここに来る様な奴は皆、大事なものを失くしてるんだ。だけどふとした時に思い出すのさ。『こっち』に来て新しい人生を歩き始めて、そのときにふと、捨てちまったものを思い出すのさ。それで、少し、恋しくなる。いざソレを目の前にしたら、ソレを捨てた時の後悔とか絶望とかで焼かれるに決まってるのにな。それでも、恋しくなるのさ」
アイツは枡の底に残った最後の酒を舐めるようにした。美味そうに。
「このネックレスの奴だけじゃない。皆、そうなんだ。お前さんも俺に頼みに来るさ。じきにな」

「カネじゃ買えない代物だぜ。人が自分の半身みたいに大事に抱えて、それでなお失くしちまった、そういう逸品を俺は探してやるのさ。楽しいぜ。そうだろ? そいつの失意と後悔と絶望が詰った代物を、元の手に返してやるのさ。依頼主は死に、逸品は俺の手に残る。そうして俺はそういう品に囲まれて暮らすのさ。連中が大事に大事に抱え込んで、それで果たせなかったキレイなもんに囲まれてな」

「失せものを思い出したら、この店に来な。俺が見つけてやるよ」
 俺は、何か言い返したはずです。怒鳴ったかもしれない。でももうよく憶えていません。転げるように立って店を出ました。店の暖簾をくぐるとき、アイツが後ろから大声で「忘れるなよ」とそう言ってた。



 ◇◇◇



「それでそこで別れて、それきりか?」
「ああ、それきりだよ。それっきり、会ってない」
 話し終えて、男は目を閉じた。自警団員は筆を置いて長い溜息を吐き出し、太い首を揉んだ。
「あいつは、篠田武雄は『皆そうだ』と、そう言ったんだな」
「言いましたよ」
「長屋の首吊りだけじゃねェのか。他にも昔自殺した外来人は、全部あいつの仕業かもしれないのか……。胸糞わりィ話だぜ。先生、あいつは何時からこの里に居るんだ」
「さぁ、何時から居たのか、私も知らないんな」
「クソッ! クソッ! クソッ!」
がんがんがんと太い足で蹴られ、小さな机は一尺ほども向こうに行った。
「修さん。もうこれ以上は無いよ」
「ん? ああそうだ。あいつは――」
そうか、と自警団員は小さく呟いた。

「なぁ、先生。俺にはわかるんだ」
「彼がなぜ死んだか?」
「ええ。アイツが何で死んだのか。何で首を縊ったのか」
 背広の男は昨夜、里のはずれにある柿の木で首を吊った。所持品は胸ポケットの中にあった殆ど判読不能の手紙らしきものだけだった。
 皆何かを失くしてる。『こちら』に残るものは皆。
――失くしてしまった夢だとか。
――消えてしまった希望だとか。
――果たせなかった約束だとか。

「多分あいつは、見つけちまったんだ。自分が『向こう』で失くしたものを。他人のじゃない、自分のを。それで、死んだんだ」
 そう言うと男はどこか恥ずかしそうに、口元を歪めた。




(了)


コメントありがとうございます。励みになりまります。
inuatama
inuatama.toriashi@gmail.com
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コメント



0.1170簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
外来人のみにスポットを浴びせた話はここでも珍しい。
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白かった
4.90名前が無い程度の能力削除
こういう人たちは偶然来てるのかそれとも紫がそういう人間を選んでるのか
6.100名前が無い程度の能力削除
卒業アルバムだのなんだのを引っ張り出したくなる話でした
もうすててしまいましたが
7.30名前が無い程度の能力削除
感想としては、世界観を借用した何物か、でしょうか…申し訳程度に慧音が出ていますが、本当に「いるだけ」ってのはちょっと許容できない
普通に慧音が尋問してれば、自分的にはオッケーだったのですが
木場修みたいな人は余計だったのでは?
14.100名前が無い程度の能力削除
失った自分に耐えられなくなる
あります
17.30名前が無い程度の能力削除
感傷に囚われた人間たちの醜悪で気味の悪いお話。男の独白。
しかし共感も理解も拒絶した言葉に何の価値があろうか? だから価値無く消えて行くのか...

テーマは理解できますが劇的さ又はしっぽりさに欠ける。共感を趣旨とする話でないのなら慧音や里人の覚える外来人との隔たりをもっとズレ・蟠り・乖離として書き、さらなる露悪を極め筋を際立たせる方が面白味もあったかも。
20.80とーなす削除
東方の二次創作というよりは、幻想郷の二次創作というべきか。
雰囲気がとてもよく出ていて、幻想郷がリアルに浮き上がってくる筆力に脱帽。ただ、割合あっさりと話が終わりすぎているような気がしないでもないのが個人的には物足りなかったです。
24.100名前が無い程度の能力削除
失くしてしまった~~ってのはあーそういうのもそうなんだろうな
着目点としてはびっくりした、それでこんな汚れた話が出来上がるのはそれ以上にびっくりだが

なんというかこう…しがらみっつーか、その手のマイナス部分が上手い
28.100もんてまん削除
取り戻せないものを、取り戻せない場所から、想うんですよね。
自分はこういう雰囲気のお話好きですよ。
31.80ばかのひ削除
なるほど確かに幻想郷のお話でした
ううむ 久しぶりの読後感です
35.100名前が図書程度の能力削除
終わらせ方に感服いたしました。
36.100名前が無い程度の能力削除
流石いぬあたまさんと思いました
37.無評価名前が無い程度の能力削除
ちょっと意味が分からない。
というか、分かってる読者いないだろ。
失くしたものを偲ぶことは分かる。現実では失くしたものは戻らないが、幻想郷ではそれを物として見つけることができる。だが、そこから自殺って結論に何人もの人間が辿り着くのは無理がある。幻想入りの条件が自殺志願者みたいな裏設定があるなら別だが。
40.100名前が無い程度の能力削除
幻想入りするぐらいの人らだからなあ。
普通の人間には理解できない、死ぬほどの重さってのがそういう人達の思い出にはあるんだろうな。
俺にはどうだろう、そんな思い出あるだろうか。