Coolier - 新生・東方創想話

ああ、鳥よ、イカルスよ

2014/12/30 21:17:59
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ふと思った。

どこまで行けるのかと。

そして思った。

どこまでも行けるだろうと。



真っ暗闇の中に光が見える。
重いまぶたを反射的にゆっくりと持ち上げる。
焦点の合わない視界に映るのは窓から差し込む日差し。
寝汗のじっとりとした感じが気持ち悪い。

「…あー」

最悪な寝覚めの原因は久々に見た『あの夢』のせいか。
べたつく肌着を手で煽りながら立ち上がる。
行水でもしたいところだがあいにく壁に掛けられた時計は時間が足りないことを雄弁に語っている。
慌ててもしょうがないのはわかっているが、あせらずにはいられないのは性分だろうか。
汗を吸って重くなった肌着を脱ぎ捨て手早くタオルで全身を拭うとハンガーに掛けられた外出用の服に着替える。
ドアを開け外に出る。
ここ数日でめっきり秋めいた妖怪の山は紅葉した木々で私を出迎えてくれる。
背中、肩甲骨の辺りに力を込め翼を広げる。
熱を持った羽毛の隙間を通り抜ける涼風が気持ち良い。
両膝を軽く曲げると軽く地面を踏み込む。
一瞬の浮遊感と重力落下を感じる。
飛び上がった。



「―と言うわけでこの新しい機構を用いることで従来のものに比べて大幅な消費電力のカットを実現したわけさ」

「はあ…それで結局のところ以前のものとどう違うので?私には一見しただけでは違いが分かりかねますが」

目の前で先ほどから質問に対する答えから脱線しまくった話を続ける河童に適度なところで合いの手を入れて話の流れを戻す。
時間ぎりぎりに到着したせいで汗が額をとめどなく流れ続ける。
幸いなことに眼前の河童、河城にとりの住処は滝壺の裏側にあるおかげで随分と涼しい。

「こっからがいいところなのにー」

話を遮られた河童は不満げに口を尖らせる。
しかしこのままでは日暮れまで解放されずにわけのわからない単語と雑学が脳内にインプットされるだけだ。
河童と言うイキモノはどうにも自分の興味のある分野に熱狂と言ったレベルでのめり込み、その上相手が自分と同程度にその分野に興味を持っていると信じて疑わないのだ。
回路がどうの発電方法がどうの蓄電器がどうのと言った話を新聞に載せようが読者(私も)はろくすっぽ目を通さないのだ。
大衆が求めるのは結果へと至る過程ではなくその結果そのものなのだから。

「まあ要するにだね?天狗サマにもわかるように言うと従来の光学迷彩スーツに比べて持続時間が1.3倍になったのさ!時間に直すとおよそ三つと半刻と言ったところだね」

自慢げに光学迷彩スーツ(パッと見た限りでは彼女の普段着と同じにしか見えない)を指さしながら説明される。
しかし彼女の鼻高々な様子に冷や水をかけるようで悪いが更に疑問を呈する。

「それが何の役に立つんで?」

「うっ…それはほら…あれだよ…従来よりも長時間見つかることなく行動を続けられるとか…」

「他には?」

「電力に余裕があるから出力を上げることで以前よりもより自然な違和感を抱かせない明細を施すことも可能になるね」

「…それは以前霊夢さんたちにやられたから?」

何気なしに呟いた質問だが思いの外刺さるものがあったのかにとりは苦笑しながら。

「痛いとこ突いてくるなあ…だいたい文さんだって負けたじゃないですかー」

「あれは負けたのまでで織り込み済みよ。大体本気じゃなかったし…あ、言い訳じゃないわよ?」

「天狗の社会はいろいろと面倒ですねえ。ストレス溜まりません?」

「別に慣れたものよ。上司の命令には形だけでも従わないと、ね」

「いや、そういうことじゃなくて…まあ、いいです」



良く言えば賑やかな、悪く言えば騒々しい喧噪に包まれた大部屋。
御膳の上には贅を尽くした料理が並んでいる。
大量の酒の空き瓶が部屋の片隅に並べられ既に随分な量が消費されたことを示している。
天狗たちにとっては恒例の集まりである。
名目上は会議に近いものだが大半の天狗にとっては少し格式ばった宴会だ。

儀礼用の服は手足の動きを制限するので好きではない。
思わず眉にしわが寄りそうになる。
酒とともに天狗共の間を飛び交う会話は欲にまみれたものだ。
それ自体は別に構わない。
そもそも欲と言うのはあらゆる生物に元来備わっているもので、仏門でもあるまいし捨てる方がおかしいのだ。
不快感の原因は連中の態度。
腹の下に隠しきれない欲を抱えながらも表っ面は聖人ぶろうとするその姿が射命丸文の目にはこの上なく醜く映るのだ。
そしてそれに上っ面だけ合わせて張り付けたような笑みを浮かべている自分も…。



酔い覚ましと断って宴会場の外へ出る。
もう既に日は暮れてあたりは闇に包まれている。
頭上には満ちた月と数えきれないほどの星が広がっている。

と、ふと視界に入ったのはよく見知った白狼天狗。
向こうもこちらに気付いたのを見て手で呼び寄せる。
目の前に着地するのと尻尾がそれに一拍遅れて下へ垂れるのを見ながら。

「こんな時までお仕事とは、随分とご苦労なことですねえ?」

「これが私の役割ですので」

無愛想を形にしたような返答に思わず笑ってしまう。
その態度が癪に障ったのか眉にしわを寄せる椛にごめんごめん、と詫び。

「それにしたってもっとやりようはあるでしょうに。いっつも肩肘張って全力だと生き難くない?」

「お気遣い感謝いたします、が射命丸様が常に不真面目すぎるのです。大体先日麓の巫女が来た時だって…」

これはうっかり地雷を踏んでしまったかもしれない、とぼんやり思う。
案の定油でも刺したかのような滑らかな舌の回り具合でこちらの普段の行動から過去の行状までねちねちと攻め立ててくる。
適当に切り上げて部屋の中に戻るという手もあるがお堅い白狼天狗のお小言の方が権力闘争魑魅魍魎渦巻く室内よりはまだマシだ。
投げやりにあいづちをうって聞き流していると。

「―以前学んだ書物にも、『手抜きを続ければいずれそれは本気と化す』と有りました。射命丸様もこのまま不真面目な行動を続ければいつかは衰えてしまいますよ」

ちくり、と胸の奥に痛みを感じる。
同時に脳裏に浮かぶのは朝見た夢で。
何故だろうか、河童と言い眼前の生真面目一辺倒の白狼天狗と言い、変な意思でもって動かされているかのように私の心の奥底を突き刺してくる。
これも全て朝の夢、いやかつてあった事と私の生き方のツケの期限が来たということなのだろうか。
まだまだ滔々と続く説教とその隙間に垣間見える愚痴とをうわのそらで聞き流しながらもう一度空を見上げる。
月は相も変わらずその威容を音もなく誇り、まるで私を笑うかのようだった。



且つて、一人の若い天狗が居た。
彼女は若いが故に自信家で、行動的で、そして無謀だった。
彼女は常々両親から烏天狗と言う種族について聞かされていた。
烏天狗と言うのは強く、美しく、そしてどんな他の種族よりも疾く空を切り裂き行くのだと。
縦横無尽にどこまでも広がる空を飛び回る空の支配者だと。
無邪気な彼女は両親の言葉を信じて疑わず、そしてそれゆえにある行動に出た。
烏天狗が空の支配者だと言うならば、自分がその種族の一員だと言うならば。
どこまでも広いこの空をどこまでもゆけるのだろうと。
彼女は飛んだ。
高く、もっと高くへと。
彼女の背中の羽は大気を力強くつかみ、まさにどこまでも彼女の身を持ち上げてくれた。
しかし。
はじめは突然羽が空振ったように感じた。
幾ら羽ばたいても先ほどまでの様に空気を掴めなくなった。
上昇は緩やかになり、そして停止。
落ち始めた。
冷静に高度が落ちてから羽ばたき直せばよかったのだろう。
しかし少女は風が自らの言うことを突然聞かなくなったことに茫然と恐怖を感じていた。
落ち行く視界に映るのは先ほどまでと違いこちらを拒否し叩き落そうとする空。
一瞬の暗転、そして。

落ちた場所が森だったので骨を折る程度ですんだのは不幸中の幸いだろうか。
両親は少女を叱り、そして同時に大層心配したそうな。
それに少女は反省の言葉を述べ、大丈夫だと言った。
しかしそれ以降、彼女は以前のような無鉄砲さを失い、雲より上を飛ばなくなったという。



鏡に映るのは片手で前髪を掻き上げる自分。
そして普段前髪に隠れている額の生え際付近の傷跡。
妖怪の回復力をもってすればこの程度の跡など造作もなく消せる。
これは自戒だ。
且つての愚かだった自分への。
しかし。
それは良い事なのだろうか。
正しいのだろうか、ではない。
自分はそれで良いと、そう心の底から思えているのだろうか。

鏡に布を降ろすと、戸を押し開ける。
自宅の裏側には里まで続く川が流れている。
緩やかに流れる水面に視線を落としながら小さくジャンプして身体をほぐす。
脳裏に浮かぶ自問自答に結論を出す。

分からないならやってみればよい。

元々考えるより行動する性分なのだ。
禅問答じゃああるまいし自室に籠っていても頭に黴が生えるだけだ。

天気は晴天。
南西の風、微風。
いつもより力を込める。
飛ぶ。

地面がみるみる内に遠ざかっていく。
自分の家が大層小さく見える。
視線を上へと戻す。
羽を動かし続ける。
焦ってはいけない、焦ってしまっては無駄に力を使ってしまう。
左右に身を振ることはしない。
ただただ上へと身を運ぶ。
愚直に羽ばたき続けろ。
且つての様に。

身を切る風は熱を持った羽には気持ちよく感じられる。
青空にいくつか浮かぶ雲が視界に近づいてくる。
飛び込もうかと思ったが竜宮の使いにでも襲われてはたまらないので諦めて雲の外周をなぞるように更に羽ばたく。
既に羽は風で冷やしきれないほどに熱を持って自己主張を始めている。
息切れも相まって肺腑も悲鳴を上げている。
なるほど、確かになまっている。
用いられることなき刀剣は錆びついてしまう。
その台詞の主を思い浮かべながら、しかし身体に鞭打って上昇する。
且つての少女の限界はもっと上だったと、そう願いながら。

徐々に速度が落ち始める。
翼が空気を思うように掴み取れなくなってくる。
もう少しだ。
脳に酸素が十分に供給されていないからだろうか。
視界の先に影が映る。
それは自信に溢れた様子で、どこまでも自由だと信じて疑わない、それは。
しかし幻影は鎖にからめとられる。
地面から延びた手は、愚か者への制裁だとばかりに手を、足を、羽を縛りあげ地面へと引きずり落とす。
堕ちる幻影と自らが交錯する。
一瞬見えた彼女の目に映る感情は恐怖ではなかった。
疑問。
強い問いかけ。
何故だと叫ぶような意思。
自らを拒否した空への。

鎖が自分にも絡みついてくる。
身が重い。
羽が動かない。

もう少しなのだ。
もう少しで私は―。
ぶちり、と身体の中を響き渡った音は翼からだろうか。
同時に一瞬、完全に静止した身に感じる浮遊感。
鎖が引きちぎれる音が聞こえた気がする。

一拍の後。
羽が動かなくなる。
落下が始まった。



しばらく呆けたようになっていたが身を叩く風が意識を強制的に揺り起こす。
背中を下向きに落ちる身を振って上下を逆転。
右肩に物凄い熱を感じる。
右の羽に神経が通っていないように感じる。
しかし左の羽はまだ羽ばたける。
再度、今度は真下に向かって羽ばたいた。

落下速度をそのまま飛行速度に上乗せして真下へと『飛ぶ』。
雲を一瞬にして突き抜け、更に速度を上げる。
みるみる地表が近づいてくる。
しかしそれでもなお羽ばたきをやめない。
視界の中心にとらえるのは霧に覆われた巨大な湖。
それが広がって―。
大瀑布が発生した。



目を覚ますと全身に冷たさを感じる。
どうやら湖に浮かんでいるようだ。
熱を持った全身が水によって急激に冷やされるのが心地よい。
そして冷やされたことによって感覚が戻ったのか、全身が悲鳴を上げ始める。
しばらくは指一本動かせる気がしない。
瞼を持ち上げるのですら苦痛だ。
しかし。

「…ふふっ、く、くくふふふっ」

笑い声がこぼれる。
それはだんだんと大きくなり。

「は、あははははははっ!」

湖に烏天狗の笑い声がこだまする。

目に映る空は、且つての空だった。
ご精読ありがとうございました。
空にはロマンがあると思います。
ロマンがあるからこそ人々は空へと挑戦したのでしょう。

本作ですが、風神録の射命丸文の台詞に着想を得ました。
本気を出さないのは何故なのか、ってところから膨らませて好き勝手しました。
皆さんにも子供の頃の無茶とその結果の痛い目は覚えがあるのではないでしょうか。

それではよいお年を。
衣谷北星
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コメント



0.120簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
とても良かったです
大人に対する少女の反抗心というかなんというか
忘れたいような忘れたくないような