Coolier - 新生・東方創想話

大人になれないクリスマス

2014/12/26 20:59:01
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 喧嘩をした。それはほんの数日前のことで、切っ掛けはひどく下らないことだった。
 もうすぐやって来る十二月二十五日、つまりはクリスマスの日に、二人でパーティーを開こう。どちらからともなくそんな提案が持ち上がって、料理はどうしようか、ケーキはどうしようか、なんて話しあいをして。
「いっつもメリーにはお世話になってるし、今回は私の家でやろうか」
 何の気なしにそう言ってみたら、彼女も「じゃあ、そうしましょうか」と頷いて。そこまでは良かった。何の問題もなかった。けれど、その次に彼女が笑いながら言った「その前に、しっかり片づけなきゃね」という言葉が、駄目だった。
 そう、メリーは綺麗好きなのだ。いや、決して潔癖症というわけじゃなく。けれど、私からしたらとても綺麗好き。私が()()()()()部屋を散らかしすぎるのも、悪いとは思うのだけど。
 部屋を見られたらまずいなぁ、と思いつつなかなか片付け始めないでいた私の家に、メリーが本当に乗り込んできたのは一昨日のこと。彼女が私の部屋を見て真っ先に浮かべた、「やれやれ」と言わんばかりの苦笑を、今でもはっきり思い出せるわ。そうして彼女は、()()()()と部屋の片付けを始めた。
 最初のうちは、私だって申し訳なさで頭が上がらなかったわ。「はい、はい、その通りです」って従順に彼女のお手伝いをしていたの。そう、お手伝いを。
 メリーったら、家主は私だというのに、全部自分でやってしまうのだから。私の部屋を我が物顔で引っ掻き回すメリーを見ていたら、なんだか主人と客人の関係が入れ替わってしまったみたいで、おかしな感覚にさえ陥ったわ。それで「これは必要? これはどうかしら」って言葉から、次第に「これはいらないわね。これも捨てるわよ」って言い方に変わり始めた頃、なんだか面白くなくなってしまって。今となっては本当に()()()()、記憶にも残らないような何かを彼女が捨てようとしたタイミングで、私は怒った。
 どんな口論をしたのか、それさえ思い出せない。それくらい下らなかったし、頭に血が上っていたし。ただ、私が突然怒った時の、メリーが見せた驚くような、呆れたような、そしてどこか悲しむような眼を丸く見開いた表情だけは、はっきり思い出せる。
 それが一昨日、つまり十二月の二十三日のことで。それから連絡も取ってない。彼女のしたことを百パーセント許せるわけではないけれど、私にも落ち度はあったとも思ってる。だから謝ってしまえば済むことではあるけれど、私の中の子どもな部分がそれを許そうとしない。メリーが大人になってくれればいいのに、なんて。そんなこと考える時点で、まだまだ私は子どもなのだ。プレゼントはもう貰えないけれど。
 時計を見た。午後二時を少し過ぎていた。窓の外を見る。どんより曇った鈍色の空。今日は夕方から雨が降るらしいけれど。私の家まで荷物を持ってくるのは、少々骨が折れるかもしれない。まあ、彼女が今日、私の家に来るならの話だけれど。来るのかな。どうだろう。そんなことを考えつつ、いまだ片付け終わってない部屋の整頓を続ける。来てくれたら良いけれど。どうだろう。

 何もせずにのんびりダラダラ。朝起きて、朝食をとって、またベッドに潜り込んで。何をするでもなく、夢と現とを行ったり来たり。十二月二十五日って、世間ではクリスマスらしいわね。まあ、なんてお気楽なことかしら。私は大掃除でてんやわんやよ。なんて。
 溜め息をひとつ。ええ、認めるわ。やり過ぎました。やり過ぎましたとも。私は確かに、蓮子を怒らせるのに十分なことを、しでかしました。それは認めます。けれど、()()? あの子ったら何もわかってないんですから。
 もひとつ溜め息をついて、体を起こす。枕元の時計を見ると、時間は午後の二時を少し回っていたわ。まあ、なんてことかしら。さすがにダラダラしすぎよね。これでは豚になってしまうわ。そうして丸焼きにされて、クリスマスの食卓を飾ってしまうの。さあ大変。
 とは言っても、今日の予定は潰れてしまったのですから。こうしてダラダラしていたって、誰にそれを咎めることができるのかしら。ただ一人、その権利を持っている人がいるとすれば、そうね。ケーキ屋さんかしら。私が注文したぶんのケーキを作り上げて、今頃ケーキ屋さんは私を待っているのですから。それはいけないことだわ。せっかくのケーキがもったいないもの。
 寝癖をなおすために洗面台へ行くと、覗き込んでみた鏡の向こうから、なんとも冴えない表情の女の子が私を見つめ返してきたわ。彼女の名前はマエリベリー・ハーン。大切なお友達と喧嘩をして、まだそのことを吹っ切れないでいる哀れな小娘ですわ。
 ねえ、教えてちょうだい、マエリベリー。どうして貴女は髪を梳かすの? 今日の予定はまるまる潰れてしまったはず。ずっと部屋の中にいても怒られやしないわ。え? ケーキを取りに行くですって? それはどうして? まあ、ケーキをワンホール、一人で食べるおつもりかしら。そんなことをしたら、豚になってしまいますわ。
 そう、そう。貴女は煮え切らない子。ここは焼き切れないとでも言うべきかしら? 生焼けの子豚さん。そのくせ変に焦げ付いて、いつまでもプスプス言ってるのよ。このどっちつかず。ケーキを受け取りに行く理由を教えてちょうだいな。
「馬鹿みたい」
 もう子どもじゃない私のところにサンタさんなんて来やしないわ。だからといって大人って言うわけでもなくて。だって、蓮子から謝ってくればいいのに、なんてこの期に及んで考えてるんですから。自分からは謝れそうになくて。それなのに、自分からはできないことを相手に期待して、ケーキを受け取りに行こうとしてる。だって、彼女が謝ってくれた時に、ケーキがなかったらバツが悪いじゃない。
 はあ、私ったらなんて愚かなのかしら。
 リビングに戻って、お財布とかハンカチなんかをポシェットに入れていたら、勉強机に飾った写真が目に入ったわ。私と蓮子で写った、一枚の写真がね。二人とも、とっても幸せそうに笑ってて、胸がずきんと痛んだわ。

 さてどうしようか。台所に立って考える。食材はある。もちろん二人分。料理の腕だって、それなりにはある。はず。パーティーの献立も決まっていて、あとは作るだけなのだけど。まあなんていうか気後れする。
 いつもメリーの家へお邪魔するときは、たいがい彼女が手料理を振る舞ってくれる。彼女は料理が上手なのだ。私は彼女が与えてくれたものを、ただ口に運ぶばかりで。舌鼓を打って終了。それがいったいどういうことなのか、今まで考えたことなんてなかった。
 人に料理を作るって、難しい。緊張すると言えばいいのかしら。美味しいか不味いか。〇か一の一本勝負。それだけでハードルは高いというのに、料理が上手だとわかってる相手に振る舞うとなれば、ハードルの高さは何倍にだってなるはずだ。
 レタスの葉をちぎる。簡単なサラダから作り始めるために。けれど、どうだろう。サラダは最後に作ったほうがいいかな。今作っても、しなしなになるかな。ああ、メリーはどう作ってたんだろう。私だって料理くらいできるはずなのに。けれど、普段はあまり料理をしないから。こんなことさえ、よくわからなくなってくる。
 もういいよ、なんて呟いて台所を離れる。ベッドに腰を下ろす。ぼーっとする。
 めんどくさくなってきた。相変わらず連絡は来ないし。今日はもうナシでいいんじゃないかしら。そんなことを考えつつ、部屋を見渡してる自分がいて。これで良いかな。そんなことを考えている。私なりに片付けたつもりだけど。そんな言い訳までして。
 許したいのか、許されたいのか。はっきりしない。意気地なし。意固地になってたって、しかたないのに。まったく。
 傍らに放った携帯電話をチラッと横目に見る。まるで気になる物を「気にしてないですよ」と言いつつ盗み見るように。事実その通り。彼女から連絡が入ってないか、すこし期待してる。けれど残念、世の中そううまく物事は回らない。まったく。
 まったく、もう。

 街に出てみて、すこし後悔。だって行き交う人たちみんな、傘を持ってるんですもの。出先で天気をチェックしてみたら、今日は夕方から雨が降るんですって。ああ、やってしまったわ。
 だけど、もう別にいいかな、なんて考えてしまったりもしているの。これを自暴自棄って言うのかしら。けれど、そうでしょう? 本当に降ってきたら、そのときは一人さみしく雨に打たれればいいだけですもの。
 こうして外を歩いていると、今日が本当にクリスマスなんだなって、思わされるわ。街はイルミネーションやクリスマスソングに華やいでて、皆、親子やカップル、お友達と連れ立って笑っているの。幸せそう。そんな皆を少し羨ましく思ってしまうわ。そして同時に、思い出すの。出かける間際に見た、私と蓮子で写った写真を。そこにある彼女の笑顔を。喧嘩なんかしなければ、今頃私たちも、周りの皆と同じように笑っていたのよね。
 頭では、彼女のことを()()()()と思っているわ。私だってやり過ぎたんだから。けれど、心がそれを許そうとしないの。わかるでしょう? 誰だって、こんな気持ちになったことくらいあるはずよ。何て言ったって、事実彼女は私を怒らせるだけのことをしていたんですから。こういう時って、どうするのが正解なのかしら。
 ケーキ屋さんに到着して、思わず肩を落としてしまったわ。だって、すごい行列なんですもの。ケーキは予約してありますから、売り切れることはなくて安心だけれどね。けれど、私みたくケーキを受け取りに来た人たちで、店先はとっても賑わっているみたい。ケーキ屋さんも大忙しね。せっかくのクリスマスなのに、それを楽しむこともできないなんて、少し可哀想に思えてしまうわ。まあ、私も人のことを言えないのですけれど。
 列に並んで、ケーキの受け取りを待つのだけれど、ちょうど私の前が、仲の良いカップルだったの。列に並ぶなんて私は退屈してしまうけれど、その二人はまったくそんなこと気にした様子もなくてね。二人仲良く手を繋いで、他愛のない話で笑いあって。私は一人、冷たくかじかんだ手に息を吹きかけて暖をとっていたのだけど、なんだか、とっても悲しい気分になっちゃって。そういえば、なんて思い出してたの。去年は、蓮子と二人でケーキを受け取りに来たことをね。あの時の私たちは手を繋ぎこそしなかったけれど、周りからはこんな風に見えていたのかもしれないわ。
 京都の冷たい風が吹いて、私は首をすくめたわ。空はどんより鉛のような色をした雲が低く垂れこめてて、いよいよ本当に、いつ雨が降り始めてもおかしくない調子。ああ、蓮子と喧嘩なんかしなければ、こんな気持ちにならずに済んだのにって。列に並んでるあいだ、いったい何度、そんなことを考えたかしら。
 一人で食べるには大きすぎるケーキをようやく受け取った頃には、あたりはだいぶ暗くなっていたわ。街灯がちらほらと、あたりを照らしはじめるの。今日は曇っていますから、視界は特に暗く沈んでいて、街灯が一つ灯るだけでも、空間全体が色鮮やかに飾られるようね。
 ケーキを受け取ったは良いけれど、さてさてどうしようかしら。この期に及んで、まだ足踏みしている自分が何だか情けないわ。ポシェットの中には携帯電話もあるのだし、ちょちょいと指先を少し動かすだけで、今すぐ彼女と言葉を交わせるというのにね。
 ああ、なんて情けないことでしょう。マエリベリー・ハーン。貴女は宇佐見蓮子を信じていないの? そのケーキを持って、彼女の部屋のドアをとんとんと二回ほど叩いてごらんなさい。きっと彼女は、笑顔で温かなスープを貴女に振る舞ってくれるんですから。それとも彼女のしたことを許せないのかしら? ああ、マエリベリー。貴女はなんて頑固な子なのかしら。今日はせっかくのクリスマス。少しくらい、肩の力を抜いたって損はありませんよ。
 歩きながら自分を勇気づけてみるの。だって、頭では彼女との和解を望んでいるんですから。それなら、まずは私が行動しなきゃいけないことくらい、百も承知よ。けれど、考えてもみて? それができたのなら、今の私はこんなに苦労して足を動かしてなんていないんですから。何事も勇気が大切ね。ごめんなさいを言うのも、あの子を許してあげるのも、全部ぜんぶ、勇気が必要なのよ。
 ぽつ、と何か冷たいものが私の頬に降ってきたのは、その時だったわ。私が蓮子の家へ向かって、歩き始めた時よ。私が顔を空に向けると、ぽつぽつと降り注ぐ雨粒が睫毛を、頬を、唇を濡らしたわ。雨足はどんどん強くなって、あっという間に本降りになってしまったの。ああ、なんてついてないのかしら!

 結局、鼻歌交じりにとは程遠いどんより気分で料理。チキンの下ごしらえをして、スープもひと煮込みさせるだけの段階まで来て。ふと嫌な予感がして冷蔵庫を見る。作り終えたサラダにかけるドレッシングが、記憶ではほとんど残っていなかったはず。そして記憶通り、冷蔵庫に仕舞ってあったドレッシングはほとんど空で肩を落とす。
 時計を見る。時間は夕方の五時半。予定ならもうすぐ彼女がやって来る時間。ポケットに仕舞った携帯電話を取り出す。メリーにお遣いを頼めたらどんなに楽か。ふとそんな考えが頭をよぎる。けれどそういう訳にもいかないし、なくなくコートを羽織る。野菜を何もかけずに食べるほど、私の食生活は昆虫じみてない。
 お財布を探して勉強机の上を見ると、見覚えのない紙が一枚、そこにはあった。メリーが掃除してくれたおかげで片付いた机に。部屋を片付けてる最中、彼女が必要だと思って拾い上げたのかしら。散らかっていたせいか、はっきり折れ目の付いてしまっているそれを手に取る。裏を見る。眼を丸くする。机に伏せて置いてあったそれは、一枚の写真だった。私とメリーが二人で写った写真。見ればその存在を思い出す、けれど見るまではまったく忘れてしまっていた代物。
 まさか、もしかして。
 お財布を持って外に出る。家の中にいたから気付かなかったけれど、外はすでに雨模様だった。軒先からぽつり、ぽつりと雨粒が滴っていて。玄関先に立て掛けてある傘を手に取りつつ、メリーが濡れていやしないか、ふと考える。彼女が家の外にいればの話だけれど。そして今の私は、彼女の居場所を知り得ない。私の気持ちがそれを邪魔しているから。
 ビニール傘を一本だけ持って近所のコンビニへ。クリスマスとお正月。冬の二大イベントが和洋折衷の競演を果たす店内。何種類かあるドレッシングを物色して、シーザーサラダドレッシングを手に取る。私は和風ドレッシングが好きなのだけど、メリーはこっちの方が好きだから。こんなところで下らない譲歩をしてみて、勝手に満足してみる自分。本当にどうしようもない。
 お会計を済ませて店の外へ出る。
「あれ……」
 店外にあった傘立てから、私のビニール傘が姿を消していた。そう言えば私がドレッシングを選んでる最中に、誰か店の外へ出て行ったっけ。あの時かな。おぼろげに思い出される犯人を心の中で蹴飛ばして、ひとつ溜め息。吐き出した息が店先の電灯に白く照らされて、ふわふわと頼りなく空へと昇っていった。そうして重たく濁った空と溶け合う前に、風に吹かれて散り散りに消える。冷たい雨の、アスファルトを叩く音だけがそこに残った。
 家まで近いし、新しく傘を買うのも馬鹿らしい。コートの襟を立てて顔を埋めて、早足に店先から離れる。腕を通したビニール袋の中で、ドレッシングが揺れる。とんとん、とドレッシングがポケットに仕舞った携帯電話を叩いた。
 風に吹かれて立ち止る。前髪から滴った雨が、鼻先を濡らした。ひどく惨めな気分になった。ひどく寒かった。
 携帯電話を取り出した。アドレス帳を立ち上げる。マエリベリー・ハーンの文字を探しながら、なんて切り出そうかな、と考えた。答えが見つかるよりも遥かに早く、電話は彼女を呼び出し始めた。
『もしもし』
 電話が繋がると、メリーは言った。どこか澄ましたような声音で。
「今どこにいるの?」
 そんな言葉が口を突いて出た。
 自惚れるわけじゃないけど、わかるんだ。彼女が、私の家に向かい始めてることくらい。ワンホールのケーキを提げて。だって私も同じだから。何だかんだと言いつつ、パーティーの準備をしてる。それと同じように、彼女もパーティーの準備を進めてる。彼女ってそういう人だから。私がよく知るマエリベリー・ハーンって女の子は。それくらいのことは、全部お見通し。彼女との付き合いって、そんなに短くないから。互いに意地を張ってるだけなのも、わかってる。
『さあ、どこでしょうね』
「どこだろうね」
『どうしてそんなことを訊くの?』
「さあ? 気まぐれってやつじゃないかしら」
 二人揃って沈黙した。電話の向こうから聞こえる、鼻をすする音。泣いてるわけじゃない。彼女は強い子だから。たぶん、きっと、寒くて凍えてるだけ。
「迎えに行くよ」
『えっ?』
「だからまあ、そこで待ってて」
 最後にメリーが何か言ったような気もしたけれど、そんなことには耳をかさずに通話を切った。歩き出す。水たまりを進む音に、忙しない雨音が続いた。

 シャッターを下ろした、どこかの誰かさん家の駐車場。道路にちょこっと突き出した屋根で雨宿り。
 降り始めた雨は、あっという間にアスファルトを黒く染め上げてしまったわ。小さな屋根の下で雨宿りをしてはいるけれど、少し風が吹けば、コートの裾が雨に濡れてしまう。まったく、ただでさえ寒いっていうのに、よけいに寒々しいわ。凍え死んでしまいそうよ。
 ああ、なんて惨めなのかしら。それに、私の足をどうにか動かしていた勇気が、どんどんと小さくしぼんでいくのがわかるの。勇気って、そんじょそこらの臆病者より、よっぽど臆病なのね。見つけて拾い上げた瞬間から使ってあげないと、すぐに逃げ出してしまうんですから。
 雨は止みそうになかったわ。予報でも、明日の朝まで降り続くって言ってたものね。とは言えずっとこうしているわけにもいかないですし、さあどうしようかしら。
 ポシェットから携帯電話を取り出して時間を確認してみる。もうすぐで午後六時ということは、もうすぐで、私が蓮子の家に着いているべき時間なのね。なんということでしょう。今の私には時間も傘も、勇気もないんですから。
 携帯電話を見つめながら、蓮子に迎えに来てもらおうか、考えたわ。けれど、そんな勇気、もちろん出ないわよね。そんな図々しいことを言えるくらいなら、とっくに彼女に謝ってるもの。
 いっそのこと、もう帰ってしまおうかしら。確か、ここからすぐの所にあるバス停から、家の近くまで行けたはずだわ。このまま蓮子の家に向かうより、そっちの方が濡れずに済みそう。けれど、そんなことをしたら蓮子と仲直りするなんて、余計に難しくなってしまうと思う。ああ、困ったわ。
 そんな風に悩んでいたら、携帯電話が手の中で震え始めたの。電話が掛かってきたみたいで、着信画面には宇佐見蓮子の文字! 彼女の方から電話してくれれば良いのにって、何度も何度も考えたけど、実際に掛かってくると構えてしまったわ。私は一度、深く深呼吸をしてから携帯を耳にあてたの。
「もしもし」
 本当は少し安心してて、とても嬉しかったのだけど、素直になれない私が心の中にいて。少し、取り澄ました調子を演じてしまったわ。
『今どこにいるの?』
 最後に聞いたのは、彼女の怒った声で。それからたった一日しか日を挟んでいないというのに、電話から聞こえてきた声に、なんだかとても懐かしいような気持ちになってしまったの。私たち、それくらい、いつもいつも一緒にいるってことよね。それなのに、喧嘩をしてしまって。いいえ。私から言わせれば、()()()()()()()、喧嘩をしてしまったのだけど。
「さあ、どこでしょうね」
 私ってば、本当に意固地なんですから。素直に答えればいいのに、それができなかったわ。もちろん、彼女を許してあげたい気持ちでいっぱいなの。けれど、()()()()()()()()()()、って考えてしまったら、私の中で静かにしていた()()()()がまた、頭をもたげ始めてしまったの。
『どこだろうね』
「どうしてそんなことを訊くの?」
『さあ? 気まぐれってやつじゃないかしら』
 思わず黙ってしまったわ。蓮子も蓮子で、意地っ張りよ。さっさと謝ってくればいいというのにね。
 私の首筋を冷たい風が撫で上げたわ。ぶるりと身震いして、鼻をすする。とっても寒いわ。たまらなく寒い。彼女の声はすぐ耳元に届いているのに、その温もりはどこか離れた場所に存在していて。そのことが余計に、私を身も心も凍えさせたわ。
『迎えに行くよ』
「えっ?」
 急にそんなことを言われて、呆けた声が出てしまったわ。迎えに行くって言ったって、彼女は私の居場所を知らないはずなのに。
『だからまあ、そこで待ってて』
 ちょっと待って、って言おうとしたのだけど、言い終える前に、蓮子は電話を切ってしまったわ。
 そこで待っててと彼女は言ったけれど、本当にこの場所がわかるのかしら。それになんというか、仮に彼女が私を見つけ出したとして、私自身が、落ち着いていられるか、わからなくなってしまったわ。
 けど、だけれど。彼女なら、宇佐見蓮子なら、本当に私の居場所を知っていてくれそうな気もしていたわ。根拠なんてないけれど、何故かそう思えたの。
 ぴちゃ、ぴちゃって足音が聞こえてきたのは、その時だったわ。まさか、と思って顔を上げると、なんとそのまさか。つい今さっき電話を切ったばかりの蓮子が、通の向こうから、傘もささないでやって来たの。思わず口をぽかんと開けていたら、私のもとまでやって来た彼女は開口一番で「やっぱりここにいた」と言って笑ったわ。
「ずいぶん早かったけれど……、どうしてここがわかったの?」
「メリーの考えてることくらい、お見通しだからね」
 黒髪から滴った雨粒が彼女の目元を伝って、コートの襟に吸い込まれていったわ。蓮子ったら水滴が垂れるたびに瞬きするものですから、私はポシェットからハンカチを取り出して、彼女の顔を拭ったの。そうしたら彼女ははにかむように頬を緩めて。寒さで小さく震える彼女を見つめて、私も「馬鹿おっしゃい」って笑った。
「メリーが私の家に来るとき、ここを通るって知ってたんだよ。だから、きっとこの辺りにいると思って。まさか傘をさしてないとは思ってもみなかったけど」
「本当にお見通しだったってわけね」
「ええ、そういうこと」
 蓮子はそこで言葉を区切ってから「私だってそれくらい、メリーのこと考えてるから」と言ったわ。そうして私に、一枚の写真を差し出したの。それは一昨日、私が彼女の部屋で見つけた、私と蓮子のツーショット写真だったわ。
「これよね? これを見つけたから、メリー、あなた……」
「ええ。少し、ムキになってしまったわ」
 蓮子ってば、本当にひどいんですから。あの散らかり放題な部屋の中に、私と二人で撮った写真が、まるでゴミのように転がっていたのを、あの時私は見つけてしまったの。もちろん、悪気があったわけじゃないと思うけれど、それでも、気分が良いわけないわよね。下らないって言われれば、それまでかもしれないわ。けれど、私にとって、彼女は、それくらい大切な存在だったんですから。
「この写真を見て、思い出したんだ。確かメリーの家にも、同じものが飾ってあったって。それなのに私、ひどかったなって。ごめんね、メリー」
「いいえ、蓮子。私こそ大人げなかったと思うわ。ごめんなさい」
 その言葉を口にした瞬間に、すとん、と肩から力が抜けたような気がしたの。何か、歯車が噛み合ったとでも言うべきかしら。私の中でわだかまっていたものが、正しく動き始めたような感覚だったわ。
 それはきっと、蓮子も同じだったみたいで。彼女は「さ、行きましょ」と言って、私に手を差し伸ばしたの。私はてっきり、荷物を持ってくれるのかと思ったら、そうじゃなかったわ。彼女はケーキの箱を差し出した私をおかしそうに笑ってから、私の空いた方の手を握ったの。
「まあ、蓮子。あなた、すごく冷たいわよ」
「メリーこそ、人のこと言えないわ。風を引かないうちに、早く行きましょ」
「それこそ蓮子が言えたことじゃないわよ。どうして傘をさしてないの?」
「んー? いやぁ、盗まれちゃって」
「あらあら」
 一人でいた時は、あんなに雨に打たれるのが嫌だったのにね。彼女に手を引かれて、私は雨空の下を歩き始めたわ。雨が私の髪や面、洋服を濡らしたけれど、ちっとも気にならない。握り締めた手はお互いにとっても冷たかったけれど、それ以上の温もりが確かにあったもの。
「今日は本当に寒いわね」
「スープを作ったわ。私の家に行ったら、しっかり温まりましょ」
「蓮子のお手料理だなんて、楽しみだわ」
「怖いなあ」

「御馳走様でした」
「御粗末様でした」
 二人でテーブルを挟んで、二人で食事をとって。私の料理をぺろりと平らげたメリーが、行儀よくぺこりと頭を下げた。空いた皿を重ねて、台所の流しへ持っていく。ディナーの後はデザート。メリーが買って来てくれたケーキを、テーブルの真ん中に置く。
「美味しかったわよ、蓮子のお料理」
「そう? ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「お正月も蓮子の家にお邪魔しちゃおうかしら。お節、期待しても良い?」
「えー、それは勘弁かなぁ」
 笑いながら、ケーキを切り分けていく。一人で食べるには多すぎて、二人で食べると丁度いいサイズのワンホールケーキ。今年はオーソドックスにショートケーキみたい。去年はチョコレートケーキだった。
 ケーキを小皿に取って。空いたグラスにワインを注いでみて。何となくもう一度、ちんと音を立てて乾杯。甘い甘いケーキに舌鼓。イチゴは最後のお楽しみ。
「料理って言えば」
「うん?」
「人に料理を振る舞うのって、難しいんだなって思ったわ。メリーは凄いのね。いつも、ありがとうね」
「どうしたの? 素直になっちゃって」
「さあ、風邪を引いたのかもしれないわ」
「じゃあ、早く休まないとね」
 冗談めかして言って、メリーは笑う。私も笑う。二人で笑う。
「私もね、蓮子」
 メリーがそこで言葉を区切るものだから、私はケーキを口に運ぶ手をいったん休めて、彼女を見た。目が合う。少し照れたように口元を緩めて、彼女は視線をケーキに落とした。
「相手があなただから、できるんだと思うわ」
「ふうん?」
「あなたと一緒にいるから、だから楽しくて、何だってしてしまうんだわ。お料理だってそう。私一人だったら、何もかも退屈だと思うわ」
「メリーこそ、いったいどうしたの?」
「きっとあなたの風邪がうつったのよ」
「それはたいへんだ」
 もう一つお互いに笑いあって、ほっと息をつく。何だかんだあったけれど、やっぱり二人でこうしているのが一番落ち着くというか。幸せだなあ、なんて。言葉を交わさずとも、そんな気持ちを静寂が共有してくれる。
 ふと窓の外を見た。夜が降りて真っ暗な空。窓ガラス越しに、ちらりと白い物が見えた気がした。
 席をたって、窓へ歩み寄る。背中に「どうしたの?」というメリーの言葉。窓ガラスに手をつく。硬質な冷たさを手の平に感じながら、空を見上げる。
「メリー、見て」
 彼女が席を離れる音。そうして隣に並ぶ。私と同じく、窓ガラスを吐息で白く染めながら、空を見つめる。
「あら、雪だわ」
 ふわりふわり。柔らかに空から降りてきて、窓ガラスに触れてそっと溶けていく。白い雪。
「素敵ね。ホワイトクリスマスだわ」
「どうりで寒いわけだ」
「ほんとにね」
 そう言った彼女が、私の手に彼女のそれを重ねた。彼女を振り返ると、同じように彼女も私を振り返って。吐息と吐息が混ざりあう。視線と視線を絡めて、彼女が微笑むから、私も笑った。

プロットもなく勢いだけで書きました遅刻しましたごめんなさい。
次はもっと素敵なちゅっちゅを書けるように修行してきますね!

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brother
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コメント



0.260簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
こういうちゅっちゅも好きです
2.100名前が無い程度の能力削除
そそわには26日にクリスマスSSを投稿しちゃう蓮子系男子が多いですね
喧嘩してもすぐ仲直りする、雨降って地固まるな二人がよかったです
蓮子とメリーにメリークリスマス
4.90奇声を発する程度の能力削除
良いちゅっちゅ
5.100非現実世界に棲む者削除
甘さ控えめな蓮メリちゅっちゅでしたね。
でもクリスマスにはちょうどいい甘さだったと思います。
8.100名前が無い程度の能力削除
 この独白体の文章が癖になりそうです。
9.90aikyou削除
二人はこれからもずっと一緒。仲のいい二人が微笑ましかったです。
10.90名前が無い程度の能力削除
散らかして写真埋もれさせるなんてしょうがないなぁ蓮子は
でも仲直りできてよかった
大人になれない二人が可愛かったです
11.90絶望を司る程度の能力削除
いいですねぇ