Coolier - 新生・東方創想話

風見幽香といつものお店特別編~Enjoy before Christmas~

2014/12/21 21:47:58
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「今年もクリスマスシーズン。稼ぎ時よ、幽香」
「え?」
「……あんた、商売やる気あるの?」
 今日も今日とて大賑わいの……ではない、喫茶『かざみ』。
 本日は、開店前の恒例行事、雪かきの真っ最中である。
「だから、クリスマスよ」
 ざっくざっくと、スコップ片手に、雪をよけながら、店のパトロン、アリス・マーガトロイドが言う。
 その少し前方で、大きなダンプを手に、雪をよけているのが、店の店長、風見幽香である。
「そうね。クリスマスね。
 ……そういえば、この催しが幻想郷で開かれるようになったのはいつごろなのかしら」
「さあ? 私が来た時には、もう当然のように広まっていたし」
『かざみ』があるのは、太陽の畑という大きな大きなひまわり畑。
 当然、そんな空間であるから、冬を迎えれば雪が積もってしまう。時にその深さは大人のひざほどを超えてしまうため、ちゃんと雪かきをしないと誰もこられなくなってしまう。
 しかし、そこは、この店に、このシーズンでもやってくる根性のある客がいるもので、彼らはかんじきを履いていたり、片手にスコップを持って雪をよけながらやってくるのだ。
 少しでも、店に客を呼び込むため。そして、客の手間を減らすために、雪が降った日の翌日と、一週間に一回二回の雪かきは、彼女たちの日課となっている。
「ゴリアテー、雪、持っていってー」
 彼女たちが、よけ、集めた雪は、ゴリアテ人形が持っていく。
 彼女たちよりも大きな体躯に見合ったパワーの持ち主であるこの人形、ひょいと雪の塊を持ち上げて、アリスの指示で命じられている雪捨て場へと運んでいく。
「今年は何をするの?」
「まぁ、いつも通りでしょ」
「紅魔館も?」
「そうみたいね。
 この季節は、メイドさんにサンタクロースの格好をさせて、お客さんを出迎えているみたい」
 人気があるみたいよ、とアリスは言った。
 ふーん、とうなずく幽香。
『かざみ』の制服は、幽香お手製の、花をあしらったエプロン一つ。色気がないといえば色気がないが、飾り気は充分である。
「紅魔館は、この季節とかバレンタインの時とか、がっつり稼いでいるんだから。
 うちも負けてられないわ」
「そうね」
「何か大きなイベントがあるといいんだけどね。
 うちの名前が音に響くような」
 その時はよろしく頼むわよ、とアリスは言った。


 さて、それから数日後。
 相も変わらず流行るのは、何も『かざみ』本店ばかりではない。
「いらっしゃいませー!」
 大きな声をにこやかな笑顔と共に上げて、お客様をお出迎えする、ここは『かざみ』人里支店。
 本店よりも人が住む環境に馴染むここには、この季節、本店よりも人が来る。
 それらをアルバイトの女の子たちと一緒になってさばくのが、彼女、東風谷早苗のお仕事である。
「これ、棚に追加して!」
「はーい!
 ただいま、特製クッキーお得セット、陳列中でーす! 先着50名様の、お得なセットとなっています! ぜひ、ご利用くださーい!」
「レジー! まだ余裕あるー!?」
「は、はーい!」
「お客様、あちらの列にお並びください。お待たせしてすみません」
「す、すいません。早苗さん。
 あの、イートインスペースのお客様から、追加の注文が……」
「奥!」
「はーい!」
 てんてこ舞いの忙しさ。
 正直、もう少し人を増やしてくれないだろうかと、ここを回す早苗はいつも思う。
 本店の苦労を考えれば、こちらの環境の方が、まだ恵まれているのだろうが、それにしても大変なこと極まりないのだ。
「流行の喫茶店のバイトの方がまだ楽だったわ」
 この現状を、彼女は店を管理するアリスに陳情している。
 アリスも『人手不足は何とかしないと』と言っているのだが、なかなか行動に移せないらしい。
 人を一人増やした分、発生する負担をどうやってペイするか。それを考えているのだろう。優秀な経営者とは、実に大変である。
「あとどれくらいー!?」
「もうあと30分くらいですー!」
「外ー! 列の整理してきてー!」
 支店の営業時間は午後の2時までなのだが、いつもそれより1時間前後、早く店は終わってしまう。
 用意した品物が売切れてしまえば、お仕事も何もないのである。

「疲れた~……」
「早苗さん、お疲れ様ですー」
「うん。また明日、よろしくね」
「はーい」
「お疲れ様でしたー」
 バイトの女の子たちが帰っていく。
 一人、店に残った早苗は、座っていた椅子の上から『さて』と腰を浮かした。
 お店終了後は、店内の後片付けが彼女の仕事。
 もちろん、アルバイトの彼女たちもやっている仕事だが、それの仕上げを行うのが早苗の役目なのだ。
「ごみなし、戸締りオッケー、椅子の並びは……っと」
 そんなことをやっていると、ドアが、『からんからん』という音を立てて開いた。
「あ、すみません。本日はもう閉店なんです。
 また明日……」
「ごきげんよう」
 やってきた客を見て、早苗は『あら』と声を上げる。
「青娥さん」
「はい」
 以前、とあることで顔見知りになった仙人が、そこに立っていた。
 今日の服装はいつもと違う、暖かそうなコート姿だが、パーソナルカラーと言ってもいい、青をふんだんに使ったその意匠は変わらない。
「アリス様か幽香さま、いらっしゃいますか?」
「すみません。今日は本店の方に行っていて……」
「あら、そうなのですか?」
「いつもこっちにいるというわけではないんです。
 むしろ、こっちにいるのが珍しいというか」
 週に一回、もしくは二回しか、『店主』と『パトロン』は訪れない、と早苗は言った。
 その仙人――霍青娥は、『それは知りませんでした』と口許を手で隠しながら言う。一応、驚いているらしい。
「実は、お二人にお願いしたいことがあったのですが……」
「お願い、ですか」
「はい。
 ああ、もちろん、無料でとは申しません。そのような失礼なことはいたしません。きちんと、対価は支払う所存です」
「ん~……。
 それって急ぎですか?」
「少しだけ」
 わかりました、と早苗は言う。
 それじゃ、一緒に本店に行きましょうか、と彼女は言って、席を外した。
 少しして戻ってきた彼女は、服を着替え、防寒装備ばっちりの出で立ちとなっている。
「ここから……えーっと、わたしの足だと2時間近くかかりますけど……」
「ええ。構いません」
「それじゃ、行きましょうか」
 店のドアには鍵をかけ、ついでに表には『閉店』の札をかけて、早苗は空へと舞い上がる。
 それに続いて、青娥もまた、地面を蹴ったのだった。

 移動の道中、世間話代わりに、今回の来訪の目的を青娥に聞いていた早苗は、本店にたどり着くなり、『アリスさーん』と声を上げる。
 本店の店内も、そろそろ営業終了時刻が近いこともあって、人の姿は減っている。
 彼らをあしらうのは、アリスの人形たちの役目だ。
 少しすると、店の奥からアリスがやってくる。
「あら、早苗……と、霍青娥、だっけ?」
「はい。ごきげんよう、アリス様」
 丁寧に一礼する青娥を一瞥して、アリスは早苗に視線を向ける。
 早苗は『用事があるようです』と、自分の後ろの青娥をちらりと見てから言った。
「わかった。
 じゃあ、もうすぐ営業終わるから。
 えっと……ああ、奥の席が空いてるわね。そこに座って待っていて」
「ああ、それじゃ、手伝います。
 青娥さん、お一人でもいいですか?」
「はい。どうぞお構いなく」
「残業代稼ぐつもりね?」
「ばれました?」
 そんな冗談を交わす二人に一礼して、青娥は、勧められた、イートインスペースの奥の席へ。
 すぐ近くに、幽香の作ったドライフラワーやアクセサリの並ぶ売り場があるそこには、女の子たちの声が多く聞こえてくる。
「ふむ」
 少しだけ興味があるのか、彼女は上着などを手に持って、そのコーナーへと歩いていくのだった。

「どうぞ」
「すみません」
 店の営業も終わり、店内は静かなものである。
 アリスの人形たちが掃除と後片付けを進める中、アリスと幽香が青娥の対面に座っている。
 早苗が気を利かして、三人にお茶を持ってくる。幽香が席を立って、『確かケーキが……』と歩いていきそうになったところをアリスが引き止めて、椅子へと彼女の腰を戻させる。
「実は、お二方に、お願いしたいことがあって参りました」
「お願いごと?」
「はい。
 もちろん、無料でやれ、などという無礼は申しません。しかるべき報酬はお支払いいたします」
 ふむ、とうなずくアリス。
 幽香はきょとんとした顔で、青娥を見ている。
「何?」
「実はですね、人里で、今度、盛大にクリスマスのパーティーを開こうと思うんです」
「それは紅魔館主導の?」
「いいえ。
 あそこはあそこでまた別の。今回は、わたくしと、あと、命蓮寺の方々が一緒に」
 たくさんの大人と子供を招いて、盛大なパーティーがしたいのだ、と青娥はいう。
「もちろん、人里の、上の方々と、あと、上白沢慧音さま。皆様にはお話を通してあります。
 その上で、是非とも、ご用意いただきたいものがあるんです」
「それって……」
「察しのいい。
 はい。クリスマスケーキです」
 両手をぱんと打ち鳴らせ、青娥は言った。
 アリスは『なるほど』とうなずき、幽香は『?』と、やっぱり首をかしげている。
「里の中央に、大きな広場がございますでしょう?
 あそこでパーティーを行おうと思っていまして。
 そこで、パーティーの目玉である、大きな大きなクリスマスケーキを作って頂きたいのです」
 幽香もそこで、青娥の話を理解したらしい。
「大きいってどれくらい?」
 話に加わってくる彼女を見て、青娥は、『そうですねぇ』と小首をかしげてみせた。
「それに参加する人たちって、里の人、ほぼ全部でしょう?」
「そうなりますわね。
 皆様の目を引くような……大きさ、どれくらいになるのでしょうか」
「外の世界だと、3メートルとか4メートルの超巨大ケーキってありましたね」
「……それはまた」
 早苗が横から口を挟んで、アリスが苦笑する。
 それほど巨大なケーキなど、想像もつかない。
 しかし、幽香は腕組みをすると、「それくらいなら、まぁ、何とか」と言ってのけた。
 さすがだな、とアリスは思う。
「そうですわね。
 用意するもみの木が、こう……これくらいの高さのもので」
 これくらい、で二階建ての家くらいの大きさを示す青娥。
 それの半分くらいではいかがでしょう、と彼女は提案してきた。
「大体3メートルくらいか……。でっかいわねぇ」
「それくらいあれば……どれくらいの人がケーキを食べられるでしょうか」
「100や200はいけそうですね」
 まあ、と青娥はころころと笑った。
 楽しそうだ、と彼女は言うと、『早速』と持っていたハンドバックから何やら取り出す。
「実を言いますと、人里の方々から、幽香さまにご指名を頂いていたのです」
「へぇ?」
「最初は紅魔館に頼んでいたようですが、『忙しいから』と断られたとか。
 そこで、提案をした手前、何もしないわけにもいきませんから。
 皆様との交渉役を、わたくしが引き受けたのです」
 紅魔館の話、それは果たしてどこまで本当なのかとアリスは少しだけ眉をひそめる。
 あそこの『戦力』の数を考えるに、人里のイベント一つを請け負うことが出来ないということはないだろう。
 あえて、この役目をこちらに回してきた――そう考えるのが妥当ではないだろうか。
 要は、アリスたちへの『挑戦状』なのだ。
「いいじゃない。面白い」
「……はい?」
「あ、ううん。こっちの話」
 気にしないでください、と手をパタパタするアリスに、青娥は『はあ』と生返事をした後、『それでですね』と、新たにバッグの中身を出してくる。
「こちらが、現在の、パーティーの概要を記した書類でして。
 アリス様たちを説得するなら持っていけと、上白沢さまには」
「慧音さんは、その辺り、ほんとしっかりしてるのよね」
 賢い人は違うなぁ、とアリスは別のところに感心しつつ、渡された書類をぱらぱらめくっていく。
「幽香さん、どんなケーキ作ります?」
「そうね……。
 やっぱり定番のショートケーキよね。真っ白なクリームに、真っ赤ないちご。
 何だかサンタクロースっぽいって思わない?」
「あ、いいですね~」
 隣では、早苗と幽香が、早くもケーキの話題で盛り上がっている。
 彼女たちをちらりと横目で見てから、
「今後の打ち合わせとかに、私も参加していい?」
「ええ、大丈夫です」
「そう。
 あとは……そうね、納期と料金」
「それについてはこちらに」
「ふーん……」
「もしかしたら、少し、相場よりは安くなってしまうかもしれませんが、わたくしとしても、これが精一杯ですね。
 それとも、やはり少ないでしょうか?」
「まぁ、別にいいけどね」
 こういう勝負は『損して得取れ』。
 少しくらいの損失には目をつぶり、イベントに参加することで得られる知名度を利益として入手する。
 人里の住民の中には、未だ、『かざみ』の存在を知らないものも多い。
 行列の出来る人気店だろうが、訪れたことがなければ、それは『知らない存在』なのだ。
「……うーん」
「いかがでしょう?」
「受けるのはいいんだけどね。
 ただ、今後の流れとかがよくわからないから、やっぱり、まずは打ち合わせに参加してからということで」
「お受けいただくことは可能、と?」
「そういうことだけど、話の流れにはついていきたいというところ」
 さりげないところで攻防を繰り広げるアリスと青娥。
 アリスの押しをひょいとかわして青娥が返し、それをまた、アリスがかわして青娥に返す。
 ただ見ているだけなら普通の会話なのだが、なかなかどうして、見事なせめぎあいをしているようだ。
「あとは……そうね、子供たちが喜んでくれるような仕掛けとか欲しいわね」
「てっぺんにお星様乗っけたりとか」
「それじゃツリーになっちゃうじゃない。
 花火とか、そういうのどう?」
「いいですね~。
 盛大にどーんと!」
「いやそれはどうかしら」
 そんなことにも一切構わず、話を続ける二人。
 双方の話し合いはしばらく続き、アリスは「わかった。了解」と手を打つ。青娥も「ご納得いただけて何よりです」と笑い、幽香と早苗は『あ、終わったんだ』という顔で二人を見る。
「じゃあ、明日以降、よろしくということで」
「はい。
 では、本日のこのお話は、明日、わたくしが責任を持って、執行部の方々にお伝えさせていただきます」
「ありがとう」
「それでは。
 長居してしまいました、申し訳ございません」
「引き止めてごめんなさいね」
 青娥は一同にぺこりと頭を下げて、『ごきげんよう』とドアをくぐって去っていった。
 それを見送ってから、アリスは大きく、伸びをする。
「アリス。どうするの?」
「参加するわよ。当然。うちの名前を売る、いい機会だもの」
「楽しいパーティーになるといいですね」
「そうね。
 うまいこと、回さないとね」
「……回す、って何を?」
「それはこっちの話」
 きょとんとする幽香の肩をたたいて、『よろしくね』とアリスは笑いかける。
 いまいち事態を理解してない幽香は、首を傾げつつも、『わかったわ』とうなずいた。


「アリス達が、里のクリスマスパーティーを主催するってさ」
「へぇ」
 さて。
 今日もいつもの博麗神社。
 頑張って境内を雪かきしても、参拝客など来やしない。
 ふてくさ霊夢は家の中に引きこもり、おこたにこもってみかんをもぐもぐ。
 そこにやってきた霧雨魔理沙が話をすると、めんどくさそうに返事をするだけ。
「お前、相変わらず、だらけてるなー。
 何とかしろよ、仙人」
「そこでどうして私に話を振ってくるのか、いまひとつ理解が出来ないのですが」
「っていうか、お前は何をしにきたんだ?」
「霊夢が真面目に仕事をしてないので喝を入れにきました」
「その割には、おこたに潜ってみかんか」
「みかんに罪はありません」
「そうだな」
 冬の定番、おこたでみかん。
 これにかなうのは、せいぜい、おこたでおなべ、くらいなものだろう。
 たとえ博麗の巫女だろうと、それを導こうとする仙人だろうと、決してかなわぬ存在なのである。
 ともあれ、二人の入っているコタツに横から入って、魔理沙は話を続ける。
「紅魔館の連中は、今回、何もしないんだとさ」
「珍しい。
 そういう時こそ、あそこの連中が動きそうなものだけれど」
「何か策謀をめぐらせてるんだろうさ」
「レミリアが?」
「いや、咲夜が」
「それなら納得」
 あそこのマスコットに、そんな智慧が回るはずはない、と霊夢は断言した。
 なかなかひどい言われ様だが、紅魔館の主というのは、えてしてそういうものである。
「クリスマスパーティーですか。楽しそうですね」
「楽しみにしてる子供も多いんじゃないか?
 何せ、年に一回、サンタさんに好きなものをもらえる日だ。楽しみにしてないわけがない」
「確かに。
 そういえば、霊夢は、クリスマスに何かプレゼントをもらったりあげる予定は?」
「……もらえるだろうけど」
「ちゃんとお返ししなさい」
「……何がいいかな」
 何やら考えていることでもあるのか、やおら真剣みを増した顔でうなる霊夢。
 魔理沙は、「定番のマフラーとかどうだ」とアドバイスするのだが、『それは去年やったし』と返されてしまうとお手上げである。
「仙人は、こういうイベントには参加しないのか」
「去年は参加しましたよ。
 今年も、まぁ、お祝い事ですから。参加しないのは失礼ですね」
「ちなみに、でっけぇクリスマスケーキが目玉らしい」
「必ず参加します」
「言うと思った」
 魔理沙はポケットから、くしゃくしゃになったチラシを一枚、取り出した。
 それのしわを伸ばして見てみると、パーティーの詳細が書かれている。
 日時、場所、イベント内容。
 見所は、やはり大きなもみの木を使うクリスマスツリーと、それに負けない大きさのクリスマスケーキである。
「……素晴らしい」
「あんたほんとに花より団子だな」
「何を言うのですか、魔理沙。
 ケーキは本来、人里のものにとっては貴重品です。そうそうめったに食べられるものではないのですよ」
「あんた人里に住んでないだろ」
「細かいことはいいんです」
「をい。」
 えてして、仙人というのは弁の立つものが多い。
 結局、魔理沙は説得され――会話を放棄した、とも言うが――その話題はそこでお開きとなった。
「クリスマスパーティーというのなら、博麗神社としても、何か出し物をしたほうがいいんじゃないですか?」
「何するのよ。
 巫女舞とか祝詞なんて、ものすっごい場違いなんだけど」
「うーん……。
 演劇とか?」
「私と魔理沙の、『本格的マジモン空中弾幕バトル』なら出来るけど」
「あなたはクリスマスを祝いたいのか破壊したいのかどっちかにしなさい」
「流れ弾には気をつけるわよ」
「それで屋根を射抜かれた人とかいるらしいけれど」
「何だ仙人、知らないのか。
 弾幕バトルで回りに出た被害は、『弾幕勝負管理委員会』に陳情すれば、無料で修理してもらえるんだぜ」
「えっ」
 何やら、幻想郷には、理解不能というか『何やってんのこいつら』というルールや組織があるらしい。
 それは大昔から当然の認識ではあったが、最近はその認識を飛び越えつつあるな、とこのとき、仙人こと茨木華扇は思ったとか思わないとか。
「まぁ、衣装をクリスマス風にするのがいいですかね」
「あ、それいいわね。
 特に魔理沙」
「何で私だよ」
「あんたの白黒モノトーン衣装は縁起が悪いのよ。お葬式じゃあるまいし、こういうお祝い事くらいおめでたい格好しなさいよ」
「普段からめでたい服しか着てない奴に言われるといらっとくるな」
「アリスに頼めば作ってくれるでしょ」
「最近、作ってくれないんだ。
 仕方ないから、紅魔館にでも行って来る」
「自分で作るという発想はないのですか?」
「うーん……。
 穴とかほつれくらいなら直せるけど、縫い物はあまり得意じゃないんだよな」
 ちょっと腕組み、眉間にしわよせ言う魔理沙。
 どうやら、その辺りのスキルがないことを、ちょっと気にしているようだ。
「私も、まぁ、そんな上等なものが作れるってわけじゃないけどね。
 っていうか、アリスとか早苗とか咲夜とかが飛びぬけてるだけじゃない?」
「だよなー」
「努力しなさいね、あなた達」
 それを諌めるのも仙人の役目。
 縫い物一つ出来ないで、嫁にいけると思うのか――というわけではないのだが、『ちょっとした服くらいなら、作れるようになっておいた方がお得ですよ』と、さりげなく彼女たちの意識を誘導しておく。
「この時期は寒いから、なるべく、あったかいもこもこの服がいいよな」
「そうよねー。
 私も、コートがないと外を歩けないわ」
「まぁ、例外もいるけどな」
 と、そんな話をしたところで、「呼ばれたような気がしたので!」という大きな声と共に障子ががらっと開かれた。
「寒い!」
「あうちっ」
 いきなり現れた、その無作法な侵入者に対して、霊夢の投げつけた針が直撃する。
 すこーんとかいう音と共に針の直撃を食らったそいつ――天狗の射命丸文は後ろ向きにひっくり返り、5秒もしないうちに復活した。
「……今、何が?」
「気にするな。あいつは不死身だ」
 針が刺さったはずなのに、傷一つない。
 そんな文の状況を見て、目を丸くする華扇とは対照的に、魔理沙は『よくあることよくあること』ともぐもぐみかんかじっている。
「あんたの格好、見てるだけで寒いのよ。あっちいけ」
「まあまあそう仰らずに」
 やってきた文は、『いやいや、この季節は寒いですね』とおこたに入ってくる。
 そんな彼女の衣装は、相も変わらず半そでシャツと超がつくミニスカである。
「風邪を引きますよ」
 さすがにそれを見かねて、華扇が注意するのだが、文は堪えた様子もなく、「マフラーは持ってますよ」とそれを取り出してくる。
 正直、マフラー一本程度で何が変わるのかという気もするのだが、まぁ、文だしいいのだろう。多分。
「あと、はたてさんからハイソックスもらいました」
「へぇ」
「なかなかあったかいですねぇ」
 などと言いつつ、おこたの上のみかんに手を伸ばして、その手をぴしゃりと霊夢にはたかれる。
 文はすかさず、『どうぞお納めください』と札を一枚。
 途端、霊夢は『文さまどうぞ』と彼女の前にみかんをたくさん。
「……なぁ、仙人よ」
「言わずともわかってますがまだ無理なもんは無理なんです」
「だよな」
 その何ともいえない光景に、微妙な顔をする二人は、やっぱり微妙な感じで話題を終えてしまう。
「そういえば、皆さんは、アリスさんや幽香さんのクリスマスパーティーの話は、もうすでに?」
「魔理沙から聞いたわ」
「そうですか。
 実は私、その広報役も仰せつかってまして。
 是非ともご参加くださいという声がけに」
 彼女が取り出すチラシは、魔理沙のものとは違うデザインである。
 それには、さらにパーティーの詳細が書かれている。
 人里全体で、それを盛り上げるために、あちこちには出店が出ることや、せっかくなので『クリスマスイベント』も行う、などが書かれていた。
「なかなか色んなことやるのね」
「霊夢さんは、何か出し物をしないんですか?」
「弾幕バトル」
「やめましょう。さすがに」
 非常識を地で行く文にすらそれを止められて、霊夢はちょっぴり落ち込んだ。
「まぁ、祭りに参加して、それを楽しむだけで、充分、祭りを盛り上げる役目は果たしていると思うけどな」
「そうですね。
 祭りの場では、楽しい笑顔を浮かべて、それを堪能するものですから」
「わかります。それは。
 祭りの場で、機嫌の悪い、あるいは不景気な顔をしているのはよくないですね」
「仙人、お前、何やってんだ?」
「当日、チェックするお店の確認です」
「赤丸だらけなんだが」
「手ごわいですね」
「そうか」
 やはりこの辺り、妥協しないのが華扇ちゃんが華扇ちゃんたる所以だろう。
 それをどうこうする力も術も持っていない魔理沙は、ただ黙ってうなずくだけであった。
「さて、それじゃ、私はこれにて。
 まだまだあちこちに話題をばら撒かないといけません」
「天狗ってのは、広報というよりは煽動が得意なんだな」
「失敬な。そんなことはありませんよ。
 ただ、こちらがばら撒く情報を、受け手側がどう受け取るかは、その人次第ということで」
「そういうのを『アジテーター』って言うんだぜ」
「プロパガンダをばら撒かないだけマシですよ」
 文はそんなことを飄々と言って、その場を後にした。
 あっという間に、冬の寒い空に消えていく彼女。その後ろ姿を見て、一同、『よく寒くないもんだ』と変なところで納得する。
「ま、それじゃ、当日は参加だけでもしましょうか。
 ――あ、そうだ! 出店でさ! おみくじとお守り売ったら売れるかな!?」
「……お前の作ったお守りじゃなぁ」
「いい覚悟だ夢想封印」
「当たるものかマスタースパーク」
「何やってんですか、あなた達は」
『日課』
 おこたを挟んで始まる激烈かつ苛烈な弾幕勝負を、あっさり日課と言ってのける。
 それがつまり、博麗の巫女が博麗の巫女たる所以であり、白黒魔法使いが白黒魔法使いと言われる所以なのだと華扇は納得して、双方の頭に強烈な鉄拳を叩き込んだのだった。


「あっ、おかしやさんのお姉ちゃんだ!」
「お姉ちゃんだ、お姉ちゃんだ!」
「最近、幽香さん、人気ですよね」
「え? え、ええ……」
 さて。
 人里では、例のクリスマスパーティーに向けて準備が始まっている。
 幽香たち一行も、その輪の中に入って、色々と作業中。
 アリスが偉い人たちの会議に出席し、情報を集め、それをもって幽香たちを動かすといった具合である。
 ちなみに、本日、幽香と早苗は当日の『キッチン』として使う出店の見学に来ていた。
「ちょっと待ってもらっていい?」
「はい」
 そんな幽香に、子供たちが笑顔で群がっている。
 彼らは、皆、幽香の店でお菓子を買ったことがあるのだろう。
 きらきらおめめと笑顔の子供たちに、幽香は一人一人、その手に『はい、どうぞ』とお菓子を載せて行く。
「ありがとう!」
 子供たちは顔を笑顔に染め、幽香からもらったお菓子を口にする。
 膝を折って、彼らと同じ目線になってから、幽香は『美味しい?』と笑顔で問いかける。
「ほんと、子供好き」
 その幽香に聞こえないように、早苗は小さな声でつぶやいた。
 彼女の後ろ姿を見ていると、実に微笑ましい。
 人間にとって『最悪最凶』の妖怪はどこへいったのか。
 あの本がでたらめだと言ってしまえばそれまでなのだが。
「けど、当日は出店も担当するだなんて。アリスさんって、ほんと、商魂たくましいなぁ」
 しばらく、幽香は子供たちの相手で忙しいだろう。
 早苗は彼女から視線を外して、当日の『出店』を見る。
 里の方から提供されたそれは、言ってしまえば、縁日などで使われる『出店』そのものであった。
「当日の販売品リストがこれです」
「これに、何を売るとか、そういうのを書いて出せばいいんですよね?」
「はい。
 あと、こちらが必要な道具に関するリストです。
 使うものに丸をつけて、一週間後を目安に提出してください」
「わかりました」
「それに応じて、この店の作りも、若干ですけど、変更します」
 この祭りの執行委員の一人ということで、早苗たちの案内をしているのは、まだ年若い男性である。見た目から察するに、せいぜい20歳前半程度か。
 ちらちらと早苗や幽香に視線を送ってくる辺り、下心があるようだ。
「こういうのは、里の大工さん達が?」
「ええ。
 彼らが『俺のところの仕事だ』って取り合いしているらしいです」
「うちと同じで、少しでも、名前を売っておこうってことですね」
「多分ですけどね」
 彼は苦笑し、『あと、この書類が――』と、早苗に書類を渡してくる。
「そういえば、うちのお店には来た事あるんですか?」
「いやぁ……その……実はまだでして」
「ありゃ」
「あはは。
 いや、まぁ、興味はあるんですけどね。
 ただ、何と言うか……女の子ばかりで、どうにも、男には敷居が高いというか」
「みんな、そう言うんですよね。
 うちは男性でも大歓迎ですよ」
 どうぞどうぞ、と早苗は笑う。
 それで、彼がある意味、気を許すかどうかはわからないが、『考えておきます』という言葉を引き出すことには成功する。
 こういうところでも『客を引く』努力を忘れるべからず。
 アリスが言う『地道な宣伝』こそ、この幻想郷では強いのである。
「当日はどれくらいの人が参加してくれるんでしょうね」
「さあ……。
 ただ、少なくない数だとは思いますよ。
 届出を出しているだけでも数十行ってますからね。みんながみんな、参加するわけじゃないだろうけど」
「負けられないなぁ」
「大丈夫ですよ。『かざみ』さんは、里の中でもダントツの知名度ですから」
 みんなが目標にする店の一つなんだ、と彼は言う。
 どうしてそんなことを知っているのだろうと尋ねてみると、今回のパーティーの執行委員というのが、里の商工会議所が行っているのだということを教えてもらえた。
 なるほど、と早苗は納得し、「そういうところにも名前が知られてきたんですね」と当たり障りのない返答をした。
「幽香さん、書類、もらってきました」
「あ、うん。ありがとう」
 最後の一人の男の子に『またね』と笑いかけて、幽香が立ち上がる。
 その背中に、早苗が声をかけ、手にした書類をバインダーにまとめて幽香に手渡した。
「何か一杯あるのね」
「提出し忘れには注意してください。可能な限り、対処はしますけれど、出来ないところもあるので」
「わかりました」
 執行委員の彼に挨拶をして、二人はその場を後にする。
 そのまま、足は、里の中の広場へと。
「おーい、そっちだ、そっち! そっちを持ってきてくれ!」
「おーう!」
「おーい、作業遅れてるぞー!」
「はい、すいません!」
 たくさんの人々が、毎日、交流するその広場では、現在、パーティーの会場設営が行われている。
 ガタイのいい男衆が建材片手に走り回り、着々と、会場は作られていく。
「もみの木はどこから持ってくるのかしら」
「青娥さんが持ってくるという話ですけどね」
 まだ、その姿は見えない。
 パーティーの開始まで、まだ一ヶ月近くある。その間に、彼女はそれを仕入れてくるのだろうが、はて、幻想郷にそんな立派なもみの木があるのだろうかと、早苗は首をかしげた。
「当日は、この辺りに、私の作ったケーキがあるのよね?」
「その予定ですね」
「見栄えがするものがいいわねぇ」
「幽香さんなら大丈夫ですよ」
「……そう?」
「……うわ、どうしよう」
 普段は強がっていても、実は繊細かつちょっと引っ込み思案(という話である)な幽香。その幽香の対処を心得ているアリスと違い、早苗はその辺りはまだまだである。
『本当に大丈夫かな』という顔をする幽香に、さて、どう返したものか。
「やってくれないと困るのよ」
 困っていると、救いの女神登場である。
 現れたアリスが、片手に持った書類をひらひらさせながら、「そんな弱気でどうするの」と幽香の肩をたたく。
「頑張りなさいよ。失敗したら、うちの名声が地に落ちるんだからね」
「うぐっ……」
「アリスさん、そんなプレッシャーかけなくても……」
「多少は脅かさないと、幽香は本気にならないのよ」
「そ、そんなことないわよ! 任せておきなさい!」
「あ、膝が笑ってる」
 アリスじゃなくても不安になる幽香の姿に、早苗の頬にも汗一筋。
「早苗。書類は受け取ってきた?」
「幽香さんが持っています」
「よし。
 じゃあ、店に戻って営業再開よ。ほら、急ぎなさい、幽香。
 パーティーをどうこうするだけが、私たちの仕事じゃないのよ」
 今日も『かざみ』は盛況なのだから、人をさばくのに精を出さなくてはならない。
 それが商売人としての本質なのだ、と言わんばかりのアリスは、なかなか厳しい経営者である。
 連れだって歩いていく彼女たちの後ろをいく早苗。ちなみに、彼女は今日はお休みの日である。
 程なくして、一同は、相変わらずの列並びが続く『かざみ』支店へとやってくる。
「早苗は、あとは遊んでいていいわよ」
「あ、えっと、……そうですね。特に用事もないですし」
「そういうこと。
 ほら、幽香。急いだ急いだ」
「は、はーい!」
 彼女たちの姿を見送ってから、早苗は、『さてどうしよう』と里を歩いていく。
 どうせだから、博麗神社に行って、霊夢の顔を見てから帰ろうか。
 そんなことを考えながら歩いていると、
「あら」
 前方で、見知った顔が、何やら集まっているのを見つける。
 少し足早になって近づき、『こんにちは』と彼女は声をかけた。
「ああ、早苗さん」
「こんにちはー」
「やあ」
「こんにちは、阿求さん、小鈴さん、霖之助さん」
 珍しい組み合わせだな、と思いつつ、早苗は一同に挨拶をする。
 三人――稗田阿求に本居小鈴、そして森近霖之助の三人は、彼女を一瞥した後、
「彼女たちに捕まってね」
 と、霖之助が話を切り出してくる。
「捕まえるだなんて失礼な。
 わたしはただ、『あら、霖之助さん。今年のサンタクロースのご用意いかが?』って声をかけただけですよ?」
「阿求って、まだサンタクロース信じてるのよねー?」
「ええ、そうそう。
 だから、霖之助さんみたいな、素敵なサンタクロースさんがいればいいなー、って」
「助けてくれないか、早苗」
 困ったもんだ、と肩をすくめて途方にくれる霖之助。
 もちろん、演技が混じっているのだろうが、なるほど、『女性に苦労してるなー』と思わせる風体であった。
「霖之助さんもサンタクロースなんですか?」
「魔理沙が子供の頃は、その役目を買って出たことはあるよ。
 まぁ、当日はメガネを外すことを強要されたせいで、足下の段差に蹴躓くという失態をかましてしまったけどね」
「そういうどじなサンタさんも素敵よね、小鈴」
「うんうん」
 何が何でも、霖之助に『サンタクロース』してほしいらしい少女たちは、あったかいもこふわ衣装をふんわり揺らしながら、何やら小悪魔な笑顔を浮かべている。
「どうも、そこの店でやっている、今年の冬限定のきんつばが食べたいみたいでね」
 霖之助が親指で指し示したのは、通りに面した甘味処。そこにはたはた揺れる宣伝の旗に『一日限定50名様!』という文字が書かれている。
 早苗も一瞬だが、『あ、食べたいな』と思ってしまったのは内緒だ。
「ここで妥協すると、ずっとたかられそうな気がしてね」
「あはは、確かに」
「あ、ひどーい」
「早苗さん、わたし達はそんなことしませんよ。
 おなかがすいてる時以外は」
「ねー」
 と、どこまでも自分たちの立場というか、立ち位置を利用した発言である。
 困ったものだ、と早苗は霖之助と一緒になって苦笑し、
「まぁ、仕方ないんじゃないですか?」
「確かに。これは不運だ。僕はサンタに見放された」
「霖之助さんくらいになると、サンタクロースは来ないんじゃ?」
「いやいや、僕もまだまだ子供さ。若輩者、というね」
 彼は財布を取り出すと、二人にそれぞれ、『クリスマスプレゼント』を手渡した。
 二人は顔を笑顔に染めると、店の中へと入っていく。
 そして、戻ってきた二人の手には、限定きんつばと、大きな大福が握られている。
「はい、どうぞ」
「霖之助さんも、メリークリスマス」
「サンタさんが来ましたよ?」
「こんないたずら満載のサンタがいてたまるか」
 早苗の一言に霖之助は肩をすくめて返し、もらった大福をかじる。
「今年の里は、いつも以上に騒がしい。
 この季節、あまりここには近づかないようにしているのだけど、今年はまたひとしおだ」
「そうなんですか」
「にぎやかなのは、そんなに嫌いじゃないのだけどね」
 自分には合わないんだ、と彼は言う。
 もったいないなとは思いつつも、それが彼の信条なら、それを否定する必要もない。
 早苗は、しかし、「今年は参加すると楽しいかもしれませんよ」とさりげなく宣伝するのも忘れない。
「幽香さん達の取り組み、どうですか?」
「そうですねぇ。
 まぁ、上々です。当日はお楽しみに」
「小鈴、今年は何を食べる?」
「そうだなぁ。
 やっぱり、冬の限定ケーキは食べておきたいね」
「霖之助さんは」
「僕はそんなに、甘いものは。
 だけど、以前、魔理沙にもらった、君たちの店のケーキは美味しかったよ」
 こういう風に、さりげなく、相手に向かって気を配ることが出来るから、『いい男』なんだろうなと早苗は思う。
 もっと女性との付き合いが多ければ、間違いなく、彼は数多の女性の心を射止めていることだろう。
 しかし、悲しいかな、彼の周りにいる女性は、皆、彼に興味のない女性ばかり。
「確かに、霖之助さんは不幸かもしれませんね」
「君が何を言いたいのかは概ね察しているけれど、趣味人というか、偏屈の行き着く先はわかっているつもりさ」
「あら、そうなんですか?」
「霖之助さんって、意外と気さくな人だと思っていたんですけれど」
「よく言うよ。次はおごらない。覚えておくんだ」
「困ったなぁ。
 わたし、それを幻想郷縁起に書かないと忘れちゃうかも」
「わたしも、メモしないと忘れちゃいそうなんですけど、あいにく、メモ用紙を持っていないんです」
 全くしたたかな少女たちだ。
 霖之助は、「言っても懲りないのは、この世界の女性の特徴なのかもしれないね」と言った。
 早苗は笑いながら、「確かにその通りですね」と相槌を打つ。
 自分もまた、『懲りない』人間だからである。
「しかし、こういう大掛かりな出し物が、年に数回、あるのはいいことだ」
「そうですね。
 毎日が退屈……というわけじゃないけど、毎日、変わらない日々を送っていたら、それはそれでボケてしまうし」
「確かに」
「個人的には、もっと色々あった方が嬉しいんですけれど」
「それは、辺りの妖怪に言うのがいいんじゃないですか?」
「それをすると、霊夢さんとかを敵に回しそうですね」
「わたしは、もっと面白い本が読めればそれで。
 あ、そうだ! 早苗さん、今度、外の世界の本、貸してください!」
「いいですよ」
『祭り』の会場を見ながら、一同は、そんなことを言う。
 困ったものだという意識と、楽しみで仕方がないという意識と。
 それらが半々程度、混ぜ合わさった不思議な視線を向けながら。
「……さて、僕はそろそろおいとましよう」
「霖之助さん、そう言わずに。きんつばのお礼に、うちに寄っていってくださいな。
 お茶とお菓子でおもてなししますよ」
「阿求、わたしも」
「あんたはダメ」
「いっつも、うちにお茶とお菓子をたかりに来てるじゃない」
「頑張ってくださいね」
 両脇を少女たちに固められ、やれやれ、と歩いていく霖之助。
 背中が少し煤けているが、彼はどうにも、あのポジションが似合っている。
 回りに迷惑かけられ、困ってしまう、何ともいえない男性ポジション。
「普通だと、モテるキャラの典型なんだけど」
 現実はそううまくいかないのだ、と早苗は笑ったのだった。


 ――そんなこんなでパーティー当日の話である。


「……でっか」
 パーティー会場が設営された、人里の広場。
 そこに、巨大なもみの木が、現在、空輸されてきている。
 指揮を執るのは霍青娥。
 彼女のそれにしたがって、ゆっくりと、大木が地面へと舞い降りる。
「ありがとうございました」
「いいえー!」
「それじゃ、私たちはこれでー!」
 彼女はどうやら、天狗たちにも話をつけていたらしい。
 もみの木を持ってきた天狗たちは、青娥に手を振って、その場を離れていく。
 彼女たちが、これと引き換えに、何を青娥からもらったのかは興味が湧くところだが、とりあえず、今はそれの追求をするのはやめて、アリスの視線はもみの木へ。
「……でか」
 もう一度、同じセリフを繰り返す。
 そのもみの木は、とにかくでかかった。
 巨大という言葉、ただ一つで示せる存在である。
 木の根元には子供たちが集まり、『大きい、大きい!』と大はしゃぎしている。
「さあさあ、木を飾りましょう。
 上の方は危ないですから、飾りたい人は、わたくし達に声をかけてくださいね」
「ぼく、てっぺんにお星様つけたい!」
「それ、あたしがやるの!」
「ぼくがやる!」
 子供たちは、まず最初に、木の上に飾る星の取り合いを始める。
 当然といえば当然のその光景に、くすくす笑う青娥の姿。
「アリス殿」
「あ、ああ、慧音さん。こんにちは」
「ごきげんよう。
 今回のこれへの協力、感謝する」
「いや……まぁ、頼まれた時は、これほど盛大なものになるとは思っていませんでしたけどね」
「ははは、私もだよ。
 まさか、青娥殿が、ここまでのことを企んでいるとは思わなかった」
 困ったものだ、と笑う上白沢慧音の笑顔は、とりあえず、爽快なものだった。
 いい意味で予想の裏切られた、そして、人里に対してプラスになるこの催しに、大層、気をよくしているようだ。
「あちこちの出店も、繁盛しているみたいですね」
「人間というのは、基本的に、祭りが好きだ。
 楽しいことが好きと言い換えてもいい。
 その辺りは、妖怪と変わらない。
 人も妖も、昼と夜の区別以外、同じものだ」
「なるほど」
「あなた方も、楽しいものを検討しているようだ」
「幽香が、現在、頑張ってます」
 その視線は、パーティー会場の一角に作られた、そこそこ立派なキッチンを有する出店に向かう。
 アリス達は、ある意味では『賓客』扱いであった。
 この会場は様々な催しが行われる中心となる。そこではビュッフェスタイルで料理も振舞われるのだが、その一部を、彼女たちが受け持つことになっている。
 そして当然、パーティーを飾る『主役』の作成も。
「少し見てもいいだろうか」
「はい」
 子供たちと楽しそうに戯れている青娥をちらりと見てから、アリスは慧音を連れて、『キッチン』へと歩いていく。
「幽香ー、どうー?」
「もう少しかしら?」
「……これはまた」
 そのキッチンの奥。
 調理スペースとなっているそこに、巨大なケーキが鎮座していた。
 大人が数人、輪にならなければ囲めないくらいの大きな台座の上に、それに負けない一段目の巨大ケーキがどんと載っている。
 普通、この手のものは、崩れたりしないように中に支えを入れるのだが、幽香曰く、『そんなものに頼るようでは二流』なのだそうな。
 すなわち、この巨大なケーキ、見た目どおり『ケーキの塊』になっているのだ。
「よいしょ」
 その一段目のケーキの上に、ケーキの形を崩さないように、二段目のケーキを設置する。
 真っ白なクリームと、美味しそうに熟したイチゴからなるショートケーキ。それにさっとパウダーを振ったり、何やら蜂蜜のようなものでトッピングしたりと、彼女はかなり忙しそうである。
「邪魔なら出て行くけど?」
「大丈夫よ。まぁ、見てなさい」
 続けて三段目、四段目、とケーキを積み上げていく。
 よし、と幽香が腰に手を当てたところで、ケーキの高さはここに入る戸口とほぼ同じ高さとなっていた。
「アリス、それから、慧音。手伝って」
「はいはい」
「あ、ああ」
 三人が、その台座をつかむ。
 足りない手数はアリスの人形たちがカバーし、ケーキを崩さないように、ゆっくりゆっくり、持ち上げて、そろそろと運んでいく。
「ここからが本番よ」
『店』の外へとそれを運び出し、幽香は何やら企むような笑顔で言う。
 キッチンへと舞い戻った彼女は、さらにケーキやらトッピングの材料やらを持って現れ、どんどん、ケーキを大きくしていく。
「すごーい!」
「大きい!」
 これを見た子供たちが駆け寄ってきて、目をきらきら輝かせながら、巨大ケーキが出来上がっていくのを眺めている。
 中には、この美味しそうなケーキを頬張る自分を想像しているのか、よだれをたらしそうな顔になっている子供の姿も見受けられる。
「しかし、見事な手際だ」
「まぁ、何というか。これが自慢のスキルと胸を張っていますから」
「なるほど」
 重量で変形したり崩れたりしないように、見事なバランスでケーキを積み上げていった幽香は、最後の一段を載せて「完成!」と言った。
 大きさ3メートルの、巨大ケーキの完成である。
「アリス、これ、あっちに運ぶわよ」
「了解」
「私も手伝おう」
 先ほどと同じように、一同、ケーキを載せた土台を囲む。
 子供たちが、『ぼくも』『わたしも』と手を伸ばしてくる中、『危ないからね』と笑顔でやんわり断って、よいせよいせとケーキを運ぶ。
 そして、それをツリーの隣にどんと置いて、完成である。
「まあまあ! すばらしいですわ!」
 ツリーの装飾を行っていた青娥が、手を合わせて声を上げる。
「どう? こんな感じで」
「ええ、確かに。想像した通り――いえ、それ以上です。
 さすがは幽香さま。お見事です」
「え? う、うん……ありがとう」
 頬を赤くして、ちょっと視線を外しながら、幽香。どうやら照れているらしい。
「これで、準備万端ですわね。
 楽しいパーティーになりそうです」
「だといいわね」
「いや、そうなるように頑張るのが、我々の役目だ」
 アリスが少し皮肉った言葉を口にすれば、慧音がそれを否定する。
 さて、どんなパーティーが始まるのか。
 道具も役者も調ったその会場を一瞥して、アリスは思う。

「うん。この黒蜜だんごはなかなかですね。
 それじゃ、霊夢。次はあっちの、『さつまいもまんじゅう』を食べに行きますよ」
「……あんた、まだ食べるわけ?」
「当然です。
 いつでも食べられるものはさておき、お祭り限定のものは、その機会を逃せば二度と手に入らない。これは人生の損失に等しいものです」
 何やらしたり顔の華扇ちゃんの隣で、霊夢がうんざりというか、げんなりした顔をしている。
 午後を少し回ったくらいから始まった、『人里クリスマスパーティー』。
 中央の広場を中心として広がる通りに数十の露天が立ち並び、『さあ、いらっしゃいいらっしゃい』と声を上げている。
 その中の、甘味を中心にというかそればっかりを片っ端から食べ歩く華扇の付き合いをさせられて、すでに30分。
「あら、これも美味しい。中のサツマイモがほっくほく。
 はい、霊夢も。あーん」
「……あーん」
 一応、こうして自分の分も買ってくれるからいいものの、そうでなくては速攻で逃げ出すのは確定と言っていい『華扇ちゃん食べ歩紀行』である。
「あっ、霊夢さん」
「ああ、早苗……」
「……どうしたんですか、その顔」
「いやぁ……」
 そこで、彼女は早苗とすれ違う。
 その隣には、彼女を慕うから傘妖怪の姿もある。
 普段とは違う、あったかそうなコートを着ているのは、恐らく早苗のコーディネートだろう。
「あら、あなたは」
「こんにちは」
「最近、うちによく遊びに来るんです。今日もたまたま。
 ね?」
「うん!」
 にぱっと笑って、早苗の手をぎゅっと握るから傘妖怪――多々良小傘。
 なるほど、と笑う華扇は、手に持つ『さつまいもまんじゅう』を一つ、小傘にも分けてやる。
「ありがとう!」
 顔を笑顔に染めて、おまんじゅうもぐもぐ。
 美味しそうにそれを頬張る彼女を見て、「子供はかわいいわね」と華扇は言う。
「結構、幻想郷って、子供好きが多いんですかね?」
「どうかしら」
 ちらりと隣を見る華扇。
 そこには、はぁ、と肩を落としている霊夢の姿。
 そんな彼女は、華扇から見れば、確かにまだまだ子供である。
 一方の早苗も、自分の隣を見る。
 そこには、ハムスターのようにほっぺた膨らませて、もぐもぐお菓子を頬張る小傘の姿。
 なるほど、と彼女はうなずいた。
「それにしてもにぎやかですね。
 今年一番のにぎやかさではないですか?」
「かもしれませんね。
 わたしは、にぎやかなお祭りは大好きだから、こういう雰囲気は好きですけど」
「わたしも大好き! にぎやかなところにいると、こう、力がみなぎってくる感じがする!」
 他人を驚かせて、その『感情』を食う妖怪はそんなことを目を輝かせながら言ってくる。
 場の『雰囲気』というものを食べられれば、彼女の場合、他人を驚かさなくてもおなかが膨れるのかもしれない。
 妖怪のくせにいい加減なものであるが、妖怪だからこそ、そうやっていい加減であるのかもしれない。
「ほら、霊夢。あなたもそろそろ、笑顔を浮かべたらどうですか?」
「それが出来ない原因を作る輩が何を言う」
「失礼な。
 私は……と、ちょっと待ってなさい」
 華扇は足を止め、左手側の出店を見据え、そこへと入っていく。
 幟を見ると、『みかんクリーム』の文字。
 一体どういう食べ物を売っているのかはわからないが、早苗が「あ、美味しそうな匂い~」と言っているから、まぁ、美味しい食べ物が出てくるのだろう。多分。
「霊夢さん、その服、あったかそうですね」
「あ、うん。
 紫が作って置いていったの」
「さすがは紫さん。手先が器用ですね。
 この辺りのファーのつけ方とか見事というか。
 ……う~ん。さすがはライバル」
 勝手に、『霊夢の後見人』の妖怪をライバル視する早苗は、しげしげまじまじと、霊夢の服を見てうなる。
 たはは、と笑う霊夢の視線は、そんな彼女の隣にいる小傘へと。
「こいつの服は、早苗が作ったんでしょ?」
「はい。
 小傘ちゃん、聞いたら、いつもの服以外持っていないって言うので。
 だから、女の子として、おしゃれも楽しめるように、色々作って渡してあげてるんです」
 ね? と早苗が言うと、『うん!』と顔を笑顔に染める小傘。
「これ、あったかくて気持ちいい。ふかふか。大好き!」
「次は、もっとかわいい衣装を作ってあげるからね」
「ま、程ほどにね」
「ロリ巨乳キャラって貴重ですし」
「……何作るつもり?」
 頬に汗一筋流して霊夢。
 早苗は、その脳内で、一体どのように小傘を飾り立てているのか。
 あんまり想像したくない。
「霊夢も食べますか?」
 華扇が戻ってくる。
 彼女の手には、例の『みかんクリーム』が握られていた。
 得体の知れない名称であるが、実際は、何のことはない、みかん果汁の混ざった生クリームを使ったお菓子である。
 シュークリームのみかん風味、というところか。
 それが、直径5cm程度のものが合計5個。
 早苗と小傘はありがたくご相伴に預かり、霊夢は『やめとく』と手を振った。
「そういえば、あなた達は、ツリーを見に行ったのですか?」
「わたしは見てきましたよ。
 というか、わたし、ある意味主催者側ですし」
「わたしはまだ!」
「私も」
「じゃあ、行きましょうか」
 特に小傘に視線を向けて、華扇は歩いていく。
 それに続く霊夢、早苗、小傘の三人。
 道中、やっぱり華扇は出店でお菓子買い捲り、それを早苗や小傘に配りつつ、一同の歩みは進む。
 霊夢は思う。
 ――体重くらい気にしろよ、と。
「うわー、きれーい!」
 そんな歩みもいつしか止まり、やってくるのは人里広場。
 巨大なツリーに様々な装飾がなされ、煌びやかに輝いている。
 それに負けないくらい、小傘は目をきらきらと輝かせ、早苗から離れて走っていく。
 早苗は「小傘ちゃん、足下に気をつけてね」と言いながら、その後をゆっくりと、歩いて追いかけていった。
「へぇ。すごいじゃない」
「あの青娥が、こんなまともなことを考え付くだなんて。
 人は見た目によらないわ」
「青娥……ああ、あの仙人。
 あれ? 今回の仕掛け人って、あいつなの?」
「ええ、そうです。
 私のところにも、参加の招待状を持ってやってきました」
 と、それを取り出す華扇。
 そこには流麗かつ達筆で、『是非ともいらしてください』という内容の手紙がしたためられている。
「……何か悔しい」
 一応、字のきれいさには自信を持っている霊夢であるが、その文字の達筆っぷりにはかなわないらしく、ちょっぴりふてくされたりする。
「まあまあ」
 そんな彼女の頭をぽんぽん叩いて、華扇は歩いていく。
 華扇を追いかけ、霊夢は歩き出し、その視線を広場に作られたステージへ。
「魔理沙、何やってんの」
 何やらそこで、魔理沙が芸を披露している。
 彼女は手にぽんと光の珠を生み出すと、それがくるくる回転しながら色を変じ、美しく光り輝いている。
 それを見て、観客は『おおー』と声を上げ、注目を集めたとわかったところで、魔理沙はそれを空高く投げ上げる。すると、その光の珠はぱんと弾け、浮かべていた色をいくつにも空に撒き散らし、きらきらと輝いた。
「かくし芸大会じゃないですか?」
『優勝者には賞金!』と書かれた垂れ幕がはためいている。
 ふーん、とうなずく霊夢は、「私にはそういう隠し技はないからなぁ」とつぶやいた。
 ――と、
「まあまあ、華扇さま! よくいらしてくださいました!」
 いきなり声がする。
 そちらを振り向くと、青娥の姿があった。
 彼女は華扇を見て、顔に笑顔を浮かべて、ぺこぺこと頭を下げている。
「まぁ、招待されたのですから」
「はい。
 本当に来て頂けるとは。ありがとうございます」
「評判は上々のようですね」
「はい。とても。
 皆さん、楽しんでいただけているようで何よりです」
 そんな会話の傍らで、『霧雨魔理沙さんのかくし芸でしたー』というアナウンスが流れている。
 すると、青娥は「あらあら、いけない。急がないと」と華扇との会話を早々に打ち切り、ぺこぺこ無礼を詫びて、その場を去っていく。
 何だろうと首をかしげながら佇む二人。
 ステージを眺めていると、突然、派手な演出と勇壮な音楽が流れ始める。
 今度は何事かと目を丸くする二人。
 いきなり始まるのは、『道教戦隊ハーミットレンジャー~冬の特別ステージ~』なる出し物であった。
「……何これ」
「……さあ?」
 ステージの上に上がってくるのは豊聡耳神子、物部布都、そして――、
「とーう」
 明らかな棒読みセリフと共に、すたっ、と着地する、一応、仮面はつけているものの見間違えるはずもない、秦こころである。

「のこのこと現れたな、ハーミットレンジャー。ここがお前たちの死に場所だー」
「何を! こんなところで我々が負けると思うてか!
 行くぞ、ペルソナダンサー!」

 ……ああ、『仮面の踊り手』だからペルソナダンサーか、と霊夢は意味もわからず納得する。
 ステージの上で始まる立ち回り。
 今回のステージ用特製品なのか、何かよくわからない『悪の敵』な仮面をかぶったこころに対してかかっていくのは、『道教スーツ』(ウィンターバージョン)を装備する神子と布都。2対1の状況なのだが、これが台本かはたまた実力か、神子と布都が若干押され気味である。

「とりゃー」
「うわーっ!」

 ついに布都がこころの攻撃でやられてしまった。
 ステージの最前列で、これを眺める子供たちが『ハーミットシルバー、がんばれー!』と声援を送っている。

「……ねぇ、華扇。これ何?」
「……まぁ、青娥の考えることだから、これくらいは……」
「あ、これ、考えたのわたしですよ」
 後ろからする声に振り返れば、何やらどや顔で胸張ってる早苗の姿。
「実はこの前、青娥さんから、『クリスマスパーティーを盛り上げる出し物を考えている』と相談を受けまして。
 それならば、やはり、特撮戦隊もの以外にはありえない! とアドバイスを」
 何やら無意味にびしっとかっこいいポーズ決める早苗に、霊夢も華扇も無言で顔を引きつらせるばかり。
「台本考えて、演出考えて、衣装も考えました。
 うまい具合に決まってますね!」
 斜め45度で親指立ててびしっと決める早苗。
 その笑顔がすっげーうざい。

「ここでお前たちが敗北すれば此の世のクリスマスは我々のものだー」

「……あの棒読み何とかならなかったの」
「こころさん、『舞は得意だけど演技は苦手』と」
 しかし、それもこころの持ち味だ、と早苗は彼女の台本棒読みを受け入れたのだそうな。
 何より、台本片手に一生懸命練習する彼女のひたむきさに、早苗は心を打たれたとのことだ。
 ここまで一生懸命、真剣になって頑張ってくれているのだから、『これぞ秦こころの演技である!』と胸を張ってもいい――そう、彼女はこころの肩を叩き、夜空に輝く『特撮戦隊ステージの星』を目指せと導いたのである。
 それはともあれ、ステージの方は、倒れた布都をかばって戦う神子がこころの攻撃で膝を突くというところまでシーンが進んでいる。
 音楽の盛り上げ方(担当:プリズムリバー楽団feat雷鼓姐さん)と演出の見事さのおかげで、なかなか派手かつ目の離せない展開だ。
 子供たちも小さな拳をぎゅっと握って、固唾を呑んで、その展開を見守っている。

「覚悟ー」

 ついにこころの攻撃が、神子と布都に止めをさす、その瞬間!

『待てぃっ!』

 いきなりステージに朗々と響く、第三者の声。
 こころは動きを止め、「な、何者だー」と辺りをきょろきょろしてみせる。

『雪輝く聖夜に、人々の夢を届ける存在――それはかけがえのない奇跡であり、失われてはいけない真実。
 奇跡、そして真実に人々の顔はほころび、希望が世を満たすだろう。
 その希望を奪い、人々に絶望を与える存在は決して許すことは出来ない。
 邪なるものに下る一陣の稲妻――人、それを裁きという……!』

「だ、誰だ。名を名乗れー」

「お前たちに名乗る名前はないっ!」


「新たな正義のヒーロー、その名も『ジャスティス・エンマ』です!」
「これも早苗が考えたの?」
「はい」
「……何やってるの、あの人……」
「こういうの、意外と好きだったみたいです」
 熱血あふれる音楽バックに背負い、ライトの光を浴びて舞い降りる、新たな戦士――ジャスティス・エンマこと四季映姫・ヤマザナドゥの登場であった。
 ナレーションのお姉さん(担当:霍青娥)がジャスティス・エンマの説明をすると子供たちは大喜びし、『ジャスティス・エンマ頑張れー!』『ハーミットレンジャーを助けてあげてー!』と声を上げた。

「助かります……!」
「ここは私が引き受ける。あなた達は後ろに下がって!」
「はい!」
「おのれー、そうはさせないぞー」

 そして始まる『ペルソナダンサーVSジャスティス・エンマ』の大バトル。
 こころが器械武術の技を見せる一方、映姫は徒手空拳でそれに立ち向かう。
 慣れているのか、はたまた練習してきたのか、その魅せ方は見事というしかないだろう。観客への魅せ方もばっちり工夫しつつ、ライトと演出の助けを背中に背負い、一進一退の攻防を繰り広げる二人に、子供たちは喚声を上げて、楽しそうに声援を送っている。
 そして霊夢と華扇は、何かもう頭痛にこらえるのもつらくなってきたのか、がっくり肩を落としていた。

「あの衣装とかも私が作ったんですよ! かっこいいですよね! やっぱり、正義のヒーローは、勇ましくてメカメカしいデザインがいいと思うんです!」

 興奮した早苗が鼻息荒く解説し、それがますます、霊夢と華扇に追い討ちをかける。
 ステージの盛り上がりはすさまじく、子供たちが大喜びし、大人たちも『こりゃ見事だ』『子供の頃を思い出しますなぁ』と見入っているようであった。
 続いた戦いは、ジャスティス・エンマの必殺技、『エンマハンドスマッシュ』が決まり、ペルソナダンサーが『くそー、一旦出直しだー』と撤退していくところで終了する。

『ハーミットレンジャーとミョーレンGの戦いは終わらない! 第一部終了っ!
 第二部もお楽しみにね』

 と、「続きは午後4時からです」と早苗がプログラムを教えてくれる。
 子供たちは「次も見る!」と大人の手を引っ張り、大人たちは『よしよし。それじゃ、それまでどこかで美味しいものでも食べるか』と我が子を連れて去っていく。
 続いて始まる、『プリズムリバー姉妹による演奏会』には、客層ががらりと入れ替わり、最初にルナサが出てくると『きゃー! ルナサ様ー!』という、女の子たちの黄色い声が。
「第二部はもっと派手でもっとかっこいいですよ! 霊夢さん、華扇さん! お勧めですっ!」
 右斜め45度の姿勢でサムズアップする早苗に『こいつどうする』『どうしようもないでしょ』な顔する霊夢と華扇。
 なるほど、『不意打ち』で変化球食らうと、人間でも仙人でも、それに対応することは不可能であるのがよくわかる光景であった。

「幽香、ホットアップルパイとピザパイ、特製チーズパイ追加よ」
「はーい」
 そのにぎやかな会場の一角で、幽香とアリスが店を頑張っている。
 今回のラインナップは定番のケーキメニューに加え、『あったかお菓子』も多数並んでいる。
 さらに軽食としても食べられる『ホットパイ』シリーズも追加しての大忙しである。
「お待たせしました」
「ありがとうございますー」
「お次の方、どうぞー」
 レジを担当するのはアリス一人。
 ずらっと並ぶ人の列は、パーティーの実行委員が整理してくれているのだが、
「あーもー、もう一人二人、レジに頼んでおくべきだったわ」
 アリスの忙しさはすさまじい。
『今日はいいわよ』と、普段、店を手伝う店員たちに休みを言い渡しているため、他に客を処理する人員がいないのだ。
 人形たちもフルに使って梱包などを行っているものの、作業の速度は一向に上がらない。
「アリス、なくなっているものある?」
「フルーツケーキ! あと、シュークリーム!」
「はーい」
「はっや!」
 陳列分がなくなろうが、材料さえあれば速攻で補充される、それが『かざみ』の人気の一つでもある。
 狙っている品物があるのなら、営業時間内に、なるべく早めにくれば『必ず食べられる』のだ。
 幽香の、物理法則を無視した料理スキルがなければ成り立たない、それが『かざみ』の営業と言ってもいいだろう。
「お次の方ー」
 ――と、そこでやってきた人物に、アリスは見覚えがあった。
「レミリアじゃない。あなたもパーティーに来たのね」
「なっ……!? れ、レミリア? 誰かしら? それ。わたし、そんな人、知らなくてよ」
 あからさまにうろたえる、グラサンマスクの怪しいようじょ。
 それをアリスは『はいはい』と受け流し、
「フランドール、何が欲しいの?」
「えっとね、えっとね……!」
 と、姉と同じく、一応変装している吸血鬼の妹様に話を振る。
 自分が変装していることもすっかり忘れ、美味しそうなお菓子を前に、羽をぱたぱたさせる妹、フランドール・スカーレットの存在に、この怪しいようじょ――レミリア・スカーレットは「ふ、ふん。ばれたら仕方ないわね。よく見破ったわね、ほめてあげる」とちんまく胸を張るのだが、アリスから「邪魔になるから、買わないならあっちいって」と怒られて、あわててショーウィンドウに食いついたりする。
 アリスは視線を上げて、『大変ですね』と、彼女たちの隣で日傘を持つメイド二人に笑いかけた。
 普段、そこにいるメイド長の姿はなく、以前も何度か見た、この姉妹の傘持ちメイド達は、『ええ、本当に』とうなずいてみせたりする。
「フラン、これ! これたべたい!」
「わたしはこれね。
 えっと、お金は……はい、どうぞ」
 レミリアお気に入り、ぶたさんお財布から出てくるお金を数えて、アリスはケーキとパイを二人のお嬢様たちへ。
 彼女たちは大喜びしながら列を離れ、メイド達がぺこりとアリスに頭を下げていく。
「ちゃんと情報収集してるというか、偵察しに来たというか」
 さて、何を企んでいるのやら、とアリスは肩をすくめてみせて。
 そして慌てて、相変わらず、列の並びが崩れない客の処理にてんてこ舞い。
「すまない、アリス殿。会場の食事が足りなくなってきているのだが……」
「幽香に言ってください!」
「あ、ああ、そうだな……。
 幽香殿、そういうわけで……」
「はいどうぞ」
「はや!?」
 会場の『洋食』を主に担当するのも『かざみ』の役目。料理がなくなれば、当然、補充しなくてはならない。
 それを伝えにやってきた慧音の前に、何枚もの皿に乗った、熱々の料理が一瞬で現れる。
 物理法則などどうでもよかろうなのだ。
「ねぇ、アリス」
「何!?」
「楽しいわね」
 大忙しでそれどころではないのだが、後ろから聞こえる、幽香の、本当に楽しそうな声には逆らえず、「まぁ、そうね!」と返事をするアリス。
 これでもっと手元が空けば楽しいのに、と思いながら。
 しかし、これも店の宣伝のためと覚悟を決めて、客に当たるアリスであった。

 時は過ぎ、冬のスペシャルステージ第二部が始まり、ステージだけではなく会場全部を使った激しいバトルが繰り広げられるパーティー会場。
 観客たる子供たちはきゃっきゃと喜び、大人たちも見事と手を叩き、実にいい具合にクリスマスは盛り上がっている。

「これ以上の悪行を許すわけにはいかない! ゆくぞ、ミョーレンG!」
「わははは! かかってくるがいい、ハーミットレンジャー、そしてジャスティス・エンマよー!」

 ノリノリの『悪の首領』聖白蓮に向かってゆくのは、ハーミットレンジャーの新たなる力となったジャスティス・エンマである。
 激しい近接肉弾戦が繰り広げられ、そこかしこで、ミョーレンGの手先である命蓮寺一同とハーミットレンジャーこと神子一同が派手なバトルを繰り広げる。
 弾幕飛び交い、爆発と閃光が周囲を満たし、轟く轟音、響く地響き。

「がんばれ、がんばれー!」
「かっこいいー!」

 子供たちの声援が、ハーミットレンジャーの力となる――のかどうかはわからないが、とりあえず、ハーミットレンジャーが優勢で、戦いは進んでいるようである。

「……何つーか、すさまじいわね」
「私はこういうの好きだけどなー。
 何で嫌いなんだ、霊夢?」
「ついてけないのよ、こういうノリ!」
「お前はほんと、世界を知らないなー。神社に引きこもってばかりじゃなくて、もっと外に目を向けようぜ」
 何やらまともなこと言われて、むかついたので、とりあえず霊夢は悪友の脳天をへち倒した。

「こういう劇も、なかなかいいもんですなぁ」
「いやはや、全く。子供の頃は、こういうのに憧れたもんですよ」
「やりましたなぁ。川原やら草っぱらで。いやぁ、懐かしい」
「全くだ全くだ。
 ああ、酒が止まってますよ」
「あ、こりゃすいません」

 という具合に、大人たちにも大人気。
 一体どれくらいの人が、このステージを見ているのかわからないという勢いで、拍手と喝采が増えていく。
 ちなみに今回のステージは、『悪の組織、ミョーレンGが「サンタさんの秘宝」というものを奪い取ったせいで、幻想郷にサンタさんがこられなくなってしまった』というシナリオがあるらしい。
 子供たちとしては一大事。一生懸命、ハーミットレンジャーを応援しないと、サンタさんからプレゼントがもらえないのだ。

「うーん。もうちょっと太っていればよかったか」
「お前、それ以上太ったら、樽になっちまうぞ」
「お前が言うかい」

 そんな一方、広場の一角に作られた『控え室』では、ただいまたくさんの『サンタさん』が準備中である。
 ステージの終了と共に、『解放されたサンタさん達が、子供たちにプレゼントを配って回る』シナリオになっているのだ。
 サンタさんに扮するのは、里の有志のおじさん達。
 衣装を用意したのは、里の服屋である。
 赤と白のめでたい衣装を身にまとい、顔にもじゃもじゃのひげを蓄え、大きな袋を背中に背負う。
 どこから見ても『サンタさん』である。
「子供たちが喜びそうだ」
 彼らの着替えを手伝い、そして、時計を見ながらタイミングを計るのは慧音の仕事。
 後ろのステージのクライマックスも近い。
 いよいよ、ミョーレンG首領の聖白蓮と、やはりというか何と言うか、ハーミットレンジャーのリーダー、ハーミットレッドこと豊聡耳神子が一騎打ちを繰り広げている。
 子供たちの声援も高まり、ついにとどめの一撃、『ハーミットスラッシュ』が炸裂した。

『く、くそー! こんなところで敗北するとはー!』

「……しかし、あの方も、本当にノリがいいというか」
 普段は、誰に対しても優しく、慈愛に満ちた人物、聖白蓮。
 それが一皮むけばというか、『子供たちのためにお願いします』と頭を下げれば、漆黒のマントを翻して露出度過多の衣装に身を包み、『わはは!』と笑う悪の首領に早代わり。
 人間というのはわからないものだと、慧音は苦笑いを浮かべている。
 ――ステージの終了を告げる、エンディングテーマが流れ出す(歌:幽谷響子)。
 それを聞いて、「よし、出番だ」と彼女は『サンタさん』達を会場へと送り出す。

『あっ、みんな、見て見て。
 ハーミットレンジャーのおかげで、サンタさん達がミョーレンGの魔の手から解放されたよ!』

 ナレーションの青娥の声と、『サンタさん』達の『メリークリスマス!』の声が重なった。
 子供たちは飛び上がって喜び、サンタさん達を出迎える。

『さあ、プレゼントがほしい子は、サンタさん達の前に並んでね』

 青娥のナレーションを受けて、彼らはそれぞれ、『サンタさん』の前に。
 その中には当然のごとく、レミリアやフランドール、ついでに衣装を脱いだ布都が並んでいたりする。

「……派手なお祭りね」
 その光景を眺める華扇は、はぁ、とため息をつきながら、しかし、子供たちの笑顔を見て、何ともいえない笑顔を浮かべたりする。
 あの笑顔には勝てないな、と。
 そう思いながら笑っていると、『それでは、サンタさん達をお迎えして、クリスマスケーキをみんなにプレゼント!』という青娥のナレーションを聞いて、彼女の目に『光』が宿った。
 大きなケーキにナイフが入れられ、会場全部に配られていく。
 華扇は堂々、それに向かい、ケーキを受け取り、「参加してよかった!」と拳を突き上げた。


「白蓮殿、お疲れ様でした」
「まあまあ、慧音さん。
 いえ、こちらこそ。このような催し物のお役に立てて幸せです」
「しかし、見事な悪役ぶりで。演技の練習は大変だったでしょう」
「私、むしろ、悪役とかに憧れておりまして。この役目を、ぜひ、と申し出たのはこちらからなのです。お恥ずかしい話ですが」
「……はい?」
 ステージ終わり、しかし、にぎやかさは消えない、冬の宴。
 広場全体に張られた電飾に光が点り、ちらちらと、赤や青、黄色の光をたゆたわせている。
 参加者一同はツリーを囲み、酒を手に、わいわいと騒いでいる。
 ちなみに、あの巨大ケーキは、未だ健在。やってくる客に『さあどうぞ』と振舞われている。
「あー、何か、色々疲れた」
「そうか? 私は、今日一日、なかなか楽しかったぞ」
「そう? 何かもう、バカ騒ぎのせいで心から疲れたわよ。
 帰ってお風呂に入りたーい」
「まあ、そう言うな。これは魔理沙さんのおごりだ、たーんと食え」
「それも僕が買ってあげたものだけどね」
「何だ、こーりん。男が女々しいこと言うな」
「……全く」
 その会場で、霖之助は、魔理沙に捕まり、食べ物をおごらされている。
 やはりにぎやかな場に、少しくらいは顔を出しておくべきか、とやってきてみればこの仕打ち。
 彼はやはり、サンタさんから見放されているのかもしれない。
「霊夢、一口どうですか?」
「あんた、まだ食べるの」
「残すともったいないでしょう。
 あなたも、洋菓子は苦手という先入観を捨てて、まずは一口、食べてみること。
 男も女も度胸が大切ですよ」
「あとはかわいげがあると、なおいいんだがね」
「いいじゃないか、こーりん。私たちはかわいいぞ」
「『かわいい』のと『かわいげがある』のとは別物だよ、魔理沙」
「細かいことを気にするな」
 華扇は相変わらず、幽香の作ったクリスマスケーキを堪能している。
 もう、ホールケーキ2~3個分は余裕で食べているのではないだろうか。にも拘わらず、おなかを膨らませることなく、スレンダーな見た目を維持しているのだから、一体どんな魔法を使っているのかと首を傾げるほどである。
「あなたもいかが?」
「一つくらいはもらっておくよ」
 霊夢や魔理沙にたかられて、色々、不幸な霖之助に、華扇はケーキを手渡した。
 受け取る彼はそれを一口、口にして、「たまにはこういうのも悪くない」という。
 それが今の境遇を示すのか、それとも、口にしたケーキを示すのか。
 そこまではわからない。
「映姫さん、今回のステージ、見事でした!」
「いえいえ、早苗さんのシナリオのおかげです」
「そんなことはないでしょう。
 まさか、あそこまで見事な正義の味方を演じることが出来るとは。
 この豊聡耳、感服いたします」
「ほめても何も出ませんよ」
 今日のステージの一角、テーブルを囲むのは、クリスマスヒーローを演じた者たちである。
 映姫は「私はこういうのも好きなんですよ」とにこやかに笑い、手にしたアップルパイをかじっている。
 その彼女に、「ぜひ、その演技力を伝授ください」と言っているのは神子である。
 彼女も何かと過剰演出の好きな性質のせいか、映姫の、『不必要なまでのださかっこよさ』が憧れになっているようだ。
「こころちゃん、かっこよかったね」
「結構、楽しかった」
「またやろう! わたしも見に来るから!」
「うん。またやりたい」
 ステージの最前列で、子供たちに混じって歓声を上げていた小傘が、今回、悪の手先を演じきったこころをほめている。
 こころはいつもの無表情なのだが、ふわふわ浮かぶお面は『喜び』と『照れ』が交互に入り乱れ、なかなか複雑な様相を示している。
 彼女は彼女なりに、あのステージでの自分を堪能していたようである。
「……疲れたわね」
「疲れましたね……」
「どうしたの、一輪、それに屠自古だっけ? しけた顔してさ」
「そうそう、二人とも。
 こういう楽しい場で、そういう雰囲気はよくないよくない。
 ほら、食え!」
「……あなた達は、ほんと、楽しんでるものね」
「楽しいじゃん。
 ねえ?」
「そうよね」
「……羨ましい」
 あのステージで、色々、吹っ切ることの出来なかった一輪と屠自古が引きつった顔で、互いに杯を酌み交わしている。
 やはり、人間、色々とあるものだ。
 彼女たちの肩をたたきながら、『次もあるんだから頑張りなさいよ』と発破をかけるのはぬえと村紗の役目である。
「次もあるの!?」
「当然じゃない。
 聖が言っていたわ。次は来月、ってね」
「新年にあわせて、またステージ、やるらしいよ。
 楽しみー!」
「……しばらく雲隠れしようかしら」
「あ、その際は是非とも同道の許可を……」
 実に悲喜こもごも。人生の裏も表も見せられる、そんな光景がここにある。
「この格好でいいですか?」
「ええ。似合いますよ、響子」
「はーい!
 じゃあ、いってきまーす!」
 そこで、ステージの上にぱっとスポットライトが当たる。
 かわいらしいアイドル衣装に身を包んだ響子がステージの上に出てきて、『みんなー! 楽しんでるー!?』と大きな声を上げた。
 おー! という声が返ってきて、「それじゃ、もーっと楽しんでねー!」とマイクパフォーマンス。
 流れる音楽に乗って、『響子ちゃんオンステージ』の開催である。
「ナズーリン、次の曲の衣装を、早く!」
「……一体、何着、こんなものを作ってきたんだ」
「今回のステージでは5曲を歌います。その曲それぞれに合わせたイメージの衣装を作ったのです」
「ふんぞり返らないでくれ、頼むから。
 っていうか、あなた、ものすげー手先器用だな」
「縫い物は得意なんですよ」
 ミョーレンGの衣装を作ったのは、何を隠そう、この寅丸星。
 彼女一人で、参加するメンバー全員の分に飽き足らず、着替え分やら予備の分やら、さらには『ステージの雰囲気に合わせた別衣装』やらを片っ端から作っている。
 それの手伝いをさせられるナズーリンとしてはたまったものではない。
 いい加減にしろ、と諌めようとしたのだが、『手伝わない、とは言いませんよね?』と笑顔のすさまじい圧力を受けて『……はい』と返事をしていたりする。
「第一、ほら、かわいいじゃないですか。
 ちょうど、ステージの下から見上げると、こういう感じでスカートが流れるんです。
 この微妙な動きがいいんですよ」
「いやよくわからん」
「響子のイメージを引き立たせる色とデザイン! これを作れるのは、幻想郷広しといえど、私くらいなものですね!」
 ふんとふんぞり返って威張る星に、ナズーリンは『どうしたもんだか』と頭を悩ませる。
 しかし、誰も不幸になってないのが実際のところだ。
 誰も困ってないし、誰も迷惑がっていないのだから、それに悩むのは、むしろ無粋ではないだろうか。
『みんなー、ありがとー!』
「ナズーリン、二曲目に入りますよ! 急いで!」
「あーもー、わかったわかった!」
 かわいいテンポの一曲目が終了し、響子がステージ裏に戻ってくる。
 すかさず、次の曲のイメージを表す衣装を用意する二人。
 こちらはこちらで、実に忙しい。
 ステージは大盛り上がり。『響子ちゃーん!』という喚声が飛び交い、響子が『はーい!』と手を挙げる。
 その盛り上がり方を見て、小さな女の子は、『大きくなったら、あたしも響子ちゃんみたいになる!』と、将来が楽しみな発言をしたりもする。
「ほんと、にぎやかね」
「確かに」
 未だ、ひたすら料理を作り続けるのが幽香の仕事。
 なくなれば片っ端から補充され、しかもシェフの気まぐれで、『次は別の料理を作りましょう』と新しいものが出てくる。
 やってくる客の目も舌も、もちろんおなかも楽しませることの出来る、見事な腕前の料理人がここに一人。
「あら、あれ、布都とレミリア達ね」
 レジの仕事は終わったものの、給仕の仕事は終わっていない。
 アリスは片手にトレイを載せながら、視線をステージの方へ。
 そこには、両手で大きなプレゼントを抱えたちびっこ三名が、『開ける? 開けない?』という話をしている。
 早く開けて中身を見たいという気持ちと、『いやいや、家まで我慢、我慢』という気持ちが戦っているらしい。
「そういえば、以前、サンタの真似事をさせられたわ」
「あの時は結構、評判だったじゃない」
「それはそうだけど。
 あんな恥ずかしい思い、二度とごめんよ」
「まぁ、早苗も、そういう方面の需要は押さえているとはいえ、やりすぎることもあるから」
「止めてちょうだい」
「気が向いたらね」
 というか、無理だし、と。
 言外にその意思をこめて、アリスは返事をした後、手に持った料理を、空いているテーブルへと運んでいく。
 料理を並べて、空っぽのお皿をトレイに載せて、また舞い戻る。
 すると、後ろから、青娥が声をかけてきた。
「お忙しいところ、申し訳ございません」
「何?」
「今回はご協力を頂き、ありがとうございました」
 彼女はアリスと一緒に幽香の元へとやってきてから、二人に向かって深々と頭を下げる。
 慌てて幽香が『いえいえ』と頭を下げ返し、青娥はくすくすと笑う。
「皆様に協力を頂いて、楽しい催しとなりました。
 子供たちも、ほら、あんなに笑顔で」
「本当ね。
 小さい子達の笑顔って、すごく癒されるわ」
「あら、わかります? そうですわよね」
「そうそう。
 自分の作った料理で『美味しい!』って笑ってくれたときとか、もう最高だわ」
「全くです。
 ああ、さすがは幽香さま。よくおわかりになられていて」
「そんなことないわよ」
 互いにそろって子供好きの二人が、何やら意気投合したのか、にぎやかな会話を繰り広げる。
 アリスは、それにちょっぴり違和感を感じつつも、『こうしていると、ほんと、二人ともまともなんだけど』と肩をすくめるだけだ。
「また次のイベントを考えているなら、ぜひ、声をかけてちょうだい」
「はい。
 里の方々も、お二方には大変感謝しているようで。
 このように素晴らしいイベントが出来たのも、皆様のご協力のおかげです」
「次は、うち単独で、でっかいイベントが出来たらいいわね。幽香」
「そ、そうね。その時は、もっと頑張らないと」
「あら、よろしいのですか?
 それなら、わたくし、考えてしまいますよ?」
 さて、何を企んでいるのか。
 優しく美しい笑顔に、少しだけ、こちらを値踏みするような視線を混ぜてくる青娥に、アリスは「かかってきなさい」と泰然として返す。
 口許を隠して小さく笑う青娥は、「さすがです」とアリスのその態度をほめた。
「では、是非とも、ということで。
 面白い催しごとを、また考えさせていただきます」
「あなたは本当に、何と言うか、楽しいことが好きなのね」
「それもございますけれど。
 やっぱり、子供たちが大好きなんです」
「それ、言葉通りの意味として受け取っておくわ」
「あら、そうですか?」
 アリスの言葉に青娥は笑うと、『それでは』と一礼して去っていく。
 それを見送ってから、アリスは幽香を振り返り、『さあ、やるわよ!』と声を上げる。
「まだまだ、イベントは終わらないんだから。
 うちの名前をもっと売るために、もっと美味しい料理を作って、並べる! 宣伝、宣伝!」
「そ、そうね。
 えっと……あ、そうだ。これなんてどう?」
「……今どうやった?」
「これくらい普通でしょ?」
「……いや、その……」
 指をぱちんと鳴らしたら、テーブルの上に熱々料理がぱっと出現する。
 何やら面妖な、そして世界の常識すら覆すような事象が起きたような気がするのだが、幻想郷では常識にとらわれてはいけないのだ。
 ともあれ、料理はとても美味しそうなものである。きっと、『お客様』たちもお気に召すことだろう。
「……とりあえず、持っていくわ」
「ええ、お願いね。
 まだまだ作っていていいんでしょ?」
「まぁ……そうね」
「じゃあ、何を作ろうかしら。どんなものを気に入ってくれるかしら。楽しみだわ」
 そうやって浮かれている様子は、どう見ても、『ただの女の子』なのに。
 どうして、こう、強がってしまうのか。
 人間も妖怪も、その辺りはよくわからない。
「何か当初の目的とは違うこと、うちらやってるけれど、楽しいから、まぁ、いいか」
 アリスは結局、そこに結論を持っていく。
 よいせ、と料理を手に持って、ぱたぱた、会場へと駆けていく。
 さて、これから、どれくらいの人が『お客さん』として店に来てくれるようになるのか。
 それがまた楽しみであり、少し、怖いところでもある。
 ――明日以降が楽しみね。
 そんなことを考え、笑うアリスの足取りは、自分で意識しないうちに浮かれているものになっていた。



 ~以下、文々。新聞一面より抜粋~

『人里で盛大なクリスマスパーティー開催! 一夜限りの催し物は大成功!

 先日、人里にて盛大な催しが開かれた。
 霍青娥女史によって提案されたのは、この時期恒例の『クリスマスパーティー』である。
 彼女は人里の有力者及び上白沢慧音女史に話をつけて、今回の催しを開くことを成功したと語ってくれた。
 人里全てを巻き込んだこれは、通りに無数の露天が立ち並び、店主たちの腕前を競うと共に、来客の笑顔を招く、まさに祭りの風体をなすものと相成った。
 通りを埋める露天と煌びやかな電飾の光は、幻想郷の名前にふさわしく、幻想的な風景であった。
 本紙記者もあちこちのお店をめぐって歩き、様々な料理と出し物を堪能させてもらった。
 これらの露天も楽しい催しではあったが、やはり一番は、中央広場で開かれた、大きな大きなステージだろう。
 霍青娥女史提供の、巨大なもみの木と、喫茶『かざみ』の店主、風見幽香女史作成の巨大なクリスマスケーキが鎮座するその広場にて、これまた見事なステージが開かれたのだ。
 里にて『我こそ一番』を名乗る腕自慢の大工たちによって作られた見事なステージでは、パーティーの開催中、様々なイベントが開かれている。
 たとえばかくし芸大会では、命蓮寺の雲山氏による「雲隠れ17変化」のあまりの見事さに、大勢の観客がスタンディングオベーションをなしたほどである。
 そのステージの中で開かれた、人里の子供たちには、もはや知っていて当然となった『ハーミットレンジャー』シリーズのステージも大好評であった。
 新たなヒーローの登場など、息もつかせぬ展開が繰り広げられ、子供たちは、皆、笑顔に包まれていた。
 彼ら彼女らの笑顔を撮影した写真を、以下に掲載している。これほど幸せな笑顔を浮かべた子供たちの笑顔は、普段は、そうそう見ることは出来ないだろう。やはり、祭りの魅力と魔力はすさまじいものがある。
 ステージの締めには、子供たちのアイドルであるサンタクロースによるプレゼントの配布もあり、実に大好評のうちに、祭りは終了した。
 今現在も、子供たちが飾ったもみの木は人里広場に置かれている。これは、年末年始の間、飾られているとのことだ。
 もし、今回のパーティーに、祭りに、参加することが出来なかった諸兄は、このもみの木だけでも見に行って欲しい。その見事さに、思わず、度肝を抜かれることであろう。
 この祭りの余韻は今も続いている。
 人里のあちこちの店ではクリスマスセールを行っているし、クリスマス限定メニューも軒を連ねる形で提供されている。
 一年に一度の祭りには、やはり、参加するのが礼儀というものか。
 引き続き、本紙では、人里の、そして幻想郷のクリスマスを報道していくつもりである。
 本紙を読んでくれている読者諸兄、そして全ての幻想郷住民に。

 メリークリスマス!

                                                                    著:射命丸文』
ただいま、喫茶「かざみ」ではクリスマスセールを開催中!
既存商品全品25%引きにプラスして、お買い物してくださったお客様全員に、プチクッキー詰め合わせをプレゼント!
一年に一度のお祭りを、楽しんでみませんか?

シングルベルのお客様には、ゆうかりんからのクッキー手渡しサービスも開催中!
haruka
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コメント



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2.80名前が無い程度の能力削除
特別編といってもまさにいつもの幽香です
お待ちしてましたー
4.80奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
5.90名前が無い程度の能力削除
あーゆうかりんにケーキ注文して受け取りながらゆうかりんにケーキプレゼントしてプレゼント交換したい
6.90名前が無い程度の能力削除
シングルベル確定なのでちょっと幻想入りしてゆうかりんに慰めてもらってくる…
やめてクリぼっちとか言うのホントやめて
8.90絶望を司る程度の能力削除
面白かったです。