Coolier - 新生・東方創想話

少しだけ広くなった幻想郷の、少しだけ遠くまできた地霊殿

2014/12/13 23:46:11
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「おとなしく停船して、あたいを最強と認めるのね!」

 小惑星の影から、青色を基調とした、この周囲を拠点とする艦乗りにはおなじみの艦が現れる。
 少しばかり広くなった幻想郷を、今なお爛漫に駆ける妖精チルノが率いる水運搬船――『パーフェクトフリーズ』だ。
 かの艦から入った通信は挨拶のようなものだ。事実、内容は停船要求にもかかわらず、観測によればほぼ同時に敵弾の発射が行われている。
 ここは太陽系からは20光年以上も離れた、資源惑星ル・パンスール近郊。
 古明地さとりが操船する『テリブルスーヴニール』も、応戦準備を始める。
 超大型艦――世界に今や1つしか現存していない、惑星防衛級と呼ばれるクラスの宇宙艦。
 色は暗い紫を基調としており。艦首には大型の電磁砲の砲口と、サードアイをあしらった眼のマークが大きく描かれている。

 弾幕ごっこの始まりだ。古明地さとりは、艦内通信で霊烏路空――お空に呼びかける。

「シールド、ステージ1起動、異常なし。ステージ1から2まで上昇中。酸素供給装置のステージを2から1へ。余剰エネルギーをバーストレーザーⅡに回したわ」
「こちらウェポン・コントロール、空。了解です、さとり様。エネルギー充填確認、145525に発射予定。目標標的艦アルファ、シールドルーム」
「まずはあちらの攻撃の対処が必要ね」

 地球から何十光年も離れた星々を開拓する時代であっても、水は人類の活動に不可欠なもので、そして都合よく水のある星ばかりではない。
 チルノは大気のほとんどない星、つまり出入りが容易な星を中心に渡り歩く、水運搬屋だ。
 扱いやすい液体の形で水を運び、依頼を受けた星の低軌道に船上で凍結した氷の塊を射出して周回軌道上に載せる。それを現地のクライアントが回収、といった形で業務は行われている。
 自身の能力により製氷関連の装置が限定的でよいことから、コストに関しては比較的安上がりですんでいるといえるだろう。ル・パンスールだけでなく地霊星系の惑星の多くが、彼女の運ぶ水によって支えられている。
 そして、今弾幕ごっこの一環で放たれたのは、その受け渡しで利用している射出装置によるものだ。
 誘導装置はなく攻撃手段としては原始的であるし、ペイロードが命の宇宙艦において数十トンの氷を惜しげも無く放り投げるのが理に適っているかはわからないが、現実として巨大な氷の塊が高速で飛んでくるのはやはり脅威である。

「回避は困難……迎撃するしか無いわね」

 弾幕ごっこは、幻想郷星系に今なお残るトラブル解決手段だ。もっとも、発言者が八雲紫から1光年以上離れている場合においてはトラブル生成手段と呼ばれる場合もある。
 非致死性である、終了後には修復・救命に双方が尽力するという原則さえ遵守すれば、勝者は敗者に対してあらかじめ要求していた内容の施行を求めることができる。
 幻想郷星系内でもその要求可能な内容の範囲には星域において幅があるが、少なくともこの周辺、地霊自治星系においては臨検や、何の落ち度もない輸送船に積み荷の受け渡しを要求する――早い話が海賊行為――程度は看過される。

「お空、氷塊に一発撃ちこんでバラバラにしてから、ディフェンスドローンで衝突コースの塊だけ撃ち落とすわ。出来る?」
「ミニレーザーなら間に合いそうです」
「わかったわ。エンジンのエネルギーを下げてそちらに回すわ。エンジン、ステージ5からステージ3へ。ミニレーザーエネルギー供給スタート。次いでディフェンスドローン射出」

 ディフェンスドローンは艦に飛んでくる飛来物を迎撃する小型の無人機だ。速度が早すぎる場合対処できない、同時に飛来物を対処できない、大型すぎる場合は対処が困難などの弱点はあるものの、衝突コースに入ったことが予測できるデブリを余計な燃料を使わずに対処できることから広い範囲で用いられている。
 もちろん、弾幕ごっこにおいても有用だ。

「飛来物アルファ、捕捉。ファイア!」
「命中確認。ディフェンスドローン、起動確認。異常なし」

 かなり長い間、古明地さとりはこの『テリブルスーヴニール』の火器管制はお空に任せている。彼女が回避能力を持たない氷の塊など外すわけがなかった。しっかりと命中させる。
 小さな飛来物もディフェンスドローンが撃ち落とし、古明地さとりが攻撃する番がやって来た。

「お空、任せたわよ」
「はいっ! しっかり仕留めます、さとりさま!」

 145525、バーストレーザーⅡ発射。3発同時に撃ち込んだレーザーはシールドを突き破り『パーフェクトフリーズ』のシールドルームに命中。
 『パーフェクトフリーズ』を守るシールドルームは無力化され、悔しそうな顔のチルノと白旗を振る大妖精の姿が『テリブルスーヴニール』のモニターに送信されてきた。


      * * *


「くっそー、また負けたー!」

 惑星ル・パンスールの大衆酒場。
 「星を見つけたら、まず酒場を作り、次に酒を運び込み、最後に酸素があるか確認する」という幻想郷の伝統通り、ル・パンスールの開拓時代からある古き良き酒場だ。
 弾幕ごっこで負けたばかりのチルノはややうらびれたカウンターテーブルにうなだれ、酒をちびちびと――キンキンに冷えたウォッカ、それもル・パンスールで手に入るなかでは、値段の割になかなか上等な奴!――飲み進めていた。

「オヤジ、『狂気山脈』を頼む。冷やでな」

 チルノの隣に座り、値段相応に上等な日本酒を頼んだのは語られる怪力乱神、星熊勇儀だ。

「なによー。あたいは今傷心ゆえに一人で飲みたい気分なんだけど」
「まあそういうなって。だいたい、さとりんとこに弾幕ごっこを仕掛けて負けるなんていつものことだろうに」
「そうだけどさぁ」
「ま、私はあんたを結構気にいっているけどね。今じゃビビって弾幕ごっこでさえ、仕掛ける奴は数少なくなっちまった」
「まあ、今の主体は小型汎用艦だからねー。この辺でまともに大型艦で弾幕ごっこできてるのはさとりと勇儀だけでしょ」
「またまた謙遜しちゃって。『パーフェクトフリーズ』はいい艦だろう? ちょっと外でも評判を聞く程度には名が知れてきてる」
「うちのは大型つっても、業務用だし」
「その業務用で十分渡り合ってんだから、なお素晴らしいじゃないか」
「さとりには全然勝てないけどねー。あっちはあっちで対大型艦の演習かなにかと思ってそうで、それがまた悔しい」
「まあ、確かにさとりの考えていそうなことだけども……それでも、『テリブルスーヴニール』はこの辺じゃ、いや幻想郷でも別格の艦だよ? 気を落とすなって」

 猫の額ほどだった幻想郷が少しばかり領域を大きくした宇宙開拓時代。
 『科学』と『幻想』の融合に積極的であっただけでなく、外界との接触時点で極めて先進的な宇宙開発技術を有していた幻想郷は、現在、太陽系から20光年離れた星系に根を張っている。

 現在、幻想郷はいくつかの宙域に分けられている。
 各宙域の自治は、地球時代の幻想郷における有力者の多くに任された。古明地さとりが治めるこの星域の自治組織の正式名称は地表及び地中霊的資源管理組合。通称、地霊殿。
 開拓時代の当初から現在にかけてこの宙域の主な輸出品目は惑星の地表や地中に豊富に存在する貴重な資源である。
 旧地獄もたいがい荒っぽかったが、鉱山や港湾を基軸とするこの星系のガラは著しく悪い。
 彼らに対する示威が必要だった――要は、ナメられない必要があった。
 初期の宇宙開拓は、宇宙船建艦の軸となっていた『マリサ・スペースインダストリー』に象徴されるエンジンパワー至上主義の時代。
 数多くの大型艦が設計され、建艦された時代。そうした群雄割拠の中において、更なる優位を得るには更なる大型化の必要があった――その回答の一つが惑星防衛級・超大型艦『テリブルスーヴニール』だ。

 建艦された惑星防衛級の大型艦は、当時7隻発注され――そのうち2隻がキャンセル。1隻が沈み、1隻が事故で失われ、2隻が退役し、現存するのは『テリブルスーヴニール』のみとなった。
 『スカーレット・コーポレーション』『永遠亭』などによって優れた汎用艦、小型化された兵器、システムが開発されつつある今、既に大型艦の時代は終わりを告げていた。


「チルノはいつまで滞在するんだ?」
「艦の機関部が不調気味だからねー。整備してからの出発になるかな」
「おう、それじゃあ急いでないってことだな。ここは酒は旨いが……その、飯はイマイチだからな。いい店紹介するよ。なあに、私が奢るさ」
「えー。まーいいけど」
「何やら、ここも騒がしくなりそうだからねえ」

 勇儀が目を向けた先には、先ほど店に入ってきた若者の集団。
 このパンスールで最近勢力を伸ばしている一党だ。
 乱暴にテーブルに腰掛け、ウエイターにがなりたてている。
「まったく、サービスの悪い店だぜ。俺達がウイスキーを出せっていったら、すぐに出すべきだろうに」
「地球にいた頃偉かったってだけの連中に媚を売っているんだろう。ほら、カウンターを見ろ」
「頭の足りない妖精に、力しか脳のない鬼がいやがる。この店は客を選ぶ余裕も無いのかね」

 未だに地球時代の権力構造を軸にしている幻想郷。その歪みの体現化が彼らだ。
 地霊殿の自治星系に限らず、多くの――主に辺境で――自治星系によって彼らのような勢力が台頭してきている。

「……やれやれ。鬼の前で大した覚悟もない人間が悪口を叩く。いい時代になったもんだ」
勇儀が挑発的に呟くと、返すように彼らのうち一人が勇儀たちに声を投げかけた。

「その通り、ずいぶんいい時代になったな。アルモニ・ルージュ行きの航路上で鉢合ったとき、その自慢の腕力が宇宙空間でどう役に立つか楽しみってもんだ」

 勇儀は席から立ち、男に向き直った。
「ああ、そうとも。実にいい時代だ。あんたの腰にぶら下げてるそれがおもちゃでなければ、鬼の私だってタダじゃすまない――試してみるかい? あんたの自慢が何かしらんが、この酒場の中で役立つものであることを祈るね」
 男は、腰のベルトに掛けたレーザー銃に手をかけ、立ち止まる。
「どうした? 腕力なんて役に立たないんじゃなかったのか、え?」
「……」

 一瞬、銃を抜こうとする素振りをしたが――結局、手を離して彼らの方に向き直した。
「けっ、なんだこの店のウイスキーは。まずいったらありゃしねえ。おい、皆河岸を変えようぜ。ここよりマシな店、いくらでもあらあ」

 その様子を見た勇儀は鼻で笑い、再び席につき冷酒を煽った。

「……ふん。我々はとうに覚悟はできている。お前たちがいい気になっていられるのもあと僅かだ。もうすぐだ、もうすぐ……」
 酒場の騒音にかき消され、勇儀にはどうやら彼らが出て行く間際に残した言葉は、届かなかったようだ。


      * * *


「お空、どうやら整備は終わったようね」
「はい。さとりさま」

 艦が大型になればなるほど、整備の手間は増大する。ましてや、骨董品クラスの旧式艦であっては。
 航行の終わりに毎回行う軽いメンテナンスであっても半日弱の時間を必要としていた。

「やはり機関部の不調は直りませんか。当面、70%程度の出力で維持に務めるしかありませんね。武装のほうもミサイルの遠隔電子制御システムが駄目になりましたか。『テラフレア』は? ……聞くまでもなさそうですね」

 『テリブルスーヴニール』の名を馳せさせた、主砲『テラフレア』。
 広範囲に電磁パルスを発生させ、あらゆる宇宙艦の機能を停止させる。
 ただし、極めて大量の電力を必要とすること、砲が極端に大型化することから、艦への搭載例は一件しかない。
 強力無比であり、あらゆる敵に恐れられた武器――であった。
 巨大で複雑な構造は多大なメンテナンスコストを要求し、最後の使用例は数十年以上前にも遡らなければいけない。砲に限らず、艦の各所が不調な現在『テラフレア』の使用は到底現実的なものではなくなっていた。もちろん、馬鹿正直にそれを公言してはいないが……既に外部の者にもそれは悟られつつある。「今や、あれは単なる飾り」だと。
 ただし、理性で飾りだと思ってもなお、感情がその前に立つことを躊躇わせる。それが『テラフレア』であり、『テリブルスーヴニール』である。

「お燐さえいれば、もしかしたら……ごめんなさい、さとり様」
「いえ、いいのよお空。そうね、やはり整備員の大半を熟練していない妖精が占めているのは問題があるわ。とはいえ……どれだけ経っても、私達は嫌われ者のままだから」

 さとりは自嘲する。
 旧地獄時代から悩まされていた人材不足は、今なお解消されていない。
 この地霊自治星系の住民の多くは、妖怪だ。
 ほとんどが旧地獄から移り住んできたものたちが、そのまま住み続けている格好。当然、旧地獄の住民であるから古明地さとりといえば“覚”であり、嫌われ者であるということをよく知っている。
 一方で、人間も徐々に数を増やしつつある。この星系の首星であるル・パンスールは鉱物資源が豊富という条件から、鉱夫として流れ着くものも多い。その多くは人間だ。長寿の妖怪たちにとって彼らは今なおよそ者として扱うことがしばしばあるが、本人たちは三世、四世、五世だって珍しくはない。
 彼らは、生まれてからこの星系の外に一歩だって踏み出したことがないにも関わらず、よそ者扱いされ続けることに不満を抱くものは多い。当然、妖怪であるさとりに対する視線は冷たい。
 こうして、自治に協力するものなどほとんど出ない、実にアナーキーな風土が完成していたのであった。
 今まで、なんとか地霊自治星系を治めてこられたのは、星系のほとんどの星を現地に委任することで負担を減らせたこと――独立独歩をよしとする風土に、よくマッチした――加えて古明地さとりの右腕と左腕、霊烏路空と火焔猫燐の存在だ。
 星系全体の統括は古明地さとりが各星の代表の機敏を察しつつ舵取りをし、直轄地である首星ル・パンスールについては霊烏路空と火焔猫燐が身軽なフットワークと一目置かれる腕っ節によってバランスを取り、そしてそれでもなお生じる不満を『テリブルスーヴニール』の威信によって黙らせる。この手法は長らく成功してきた。
 だが、片腕であった火焔猫燐はもうさとりの手元にはいない。
 
「こいしと大喧嘩して、お燐と一緒に出て行ったのは……もう2年にもなるのね」
「『テリブルスーヴニール』の機関士、整備士、そして“パンスールの一番長い耳“……お燐には何度も助けられていたけど……でも、弱音を吐くわけにもいきません。私だって」
「ありがとう、お空。あなたにも随分助けられているわ。そう、弱音を吐くわけには……」

 さとりがソファから立ち上がろうとした瞬間、やや慌てた様子のノックが響く。
 読心能力をもつ古明地さとりは、その瞬間、口を開けて固まった。
 怪訝な様子でお空が部屋に入るよう促すと、息を切らした妖精が数人。

「さ、さとり様っ! 緊急事態です!」
「大艦隊です! 敵襲です! 敵は――テリブルスーヴニール、及びさとり様の立会を要求しています!」


      * * *


 不満を募らせた、人間の若者たちが様々な宇宙船に乗りながら、砲の先をル・パンスールに向けていた。
 多くは、彼らが生業に使っている汎用艦を思い思いに改造したもの。軍用の艦に比べてもろもろの性能について劣る部分はあるものの、搭載している武器が同じであれば実戦的に大きな差はつかない。
 レーザーを船の側面に当てれば穴は開くし、ビームで酸素供給装置を撃ち抜けば乗員は窒息死するだろう。
 物を壊すために、人を殺すために特別な装置は必要ない。

「あなたが、この騒動の首謀者かしら」

 さとりはル・パンスールの影から『テリブルスーヴニール』の巨体の顔を出し、対峙させた。旗艦とおぼしき艦に通信する。
 やや粗野な格好の男がモニターに映った。

「ようやくおでましか。随分待ったぜ……まとめ役は俺だが、首謀者ではない」
「どういうことかしら」
「我々は皆意思を一つにしている。従って、首謀者などはいない」
「はあ……面倒ね。ともかく交渉相手はあなたでいいのかしら」
「交渉? ……降伏の間違いではないか?」
「話ぐらいは聞きたいのだけど。読心するには少し遠いのよね」
「ふん、ではいいだろう。我々の要求を伝える。地霊自治星系における民主的に選ばれた代表による自治権、及び現時点での体制に協力したものの国外追放だ」
「協力したものの国外追放ですって? 協力したかどうかを決めるのは誰なのかしら」
「無論、我々だ」

 信じられない、といった顔でモニターの相手を見つめる。
 実質的にはフリーハンドの追放命令の要求だ。おそらく建前とはいえ民主主義を掲げている者の発言とは思えない。

「……幻想郷において、犯罪者などを除けば居住移転の自由は保証されているはずですが」
「ああ、そうかもな。だから我々が定めた法に基づき、現体制への協力者を追放する」
「法の不遡及も無視するってわけね。自由主義は民主主義の隣の柱よ?」
「それをお前が囀るか。我々人間を無視し、貶めたお前が!」
「そんなつもりはなかったんだけどもね」
「知った事か。加害者は自らの加虐に鈍感すぎただけだ。それを省みながら滅ぶがいい」

 あまりの放言を据えかねたお空や、乗組員の妖精たちから通信が入る。
「さとり様、こちらはやれます、やってみせます!」
「機関室、いつでも戦闘オーケーです!」
「お空、『テラフレア』は使えるの?」
「っ! …………」
「正直に頼むわよ」
「実働は……無理です、さとり様……でも、通常の武装でなんとかやれるだけ!」
「やれるだけ、ではダメよ。この数の敵、それも弾幕ごっこのルールに則らない相手に通常武装では無理だわ」
「でも! こんな奴らに!」
「あんな奴らを相手に、あなたたちを無駄死にさせるのは無駄よ」

 それに、彼らのことをどうこう言っても私の統治が上手く行っていなかったのは事実ですからね、とさとりは呟く。

「ご相談は済んだかな」
「ええ、要求を呑み、ル・パンスールを明け渡しましょう。ただし、追放にあたっては慎重な判断と、追放者に危害を加えないこと」
「要求をできる立場か?」
「嫌ならば……精一杯抵抗させてもらうつもりだけれどね。あなた達もこの艦の主砲はご存知でしょう?」
「下手なブラフだ。仮に使えるのであれば、屈したりしないはずだ。たとえ使えるとしても我々の負けは揺るがないがね」
「……試してみる?」
「こちらは構わんよ。少しばかり手間が増えるだけだ。だがまあ、我々は紳士的で、民主的な政府を目指す。その程度のお願いは聞いておいてやろう。さあ、主砲も使えない壊れかけの旧式艦よ、見逃してやるから、とっとと失せるがよい」
「……」

 さとりは、考える。たとえ能力がなくとも、他人の考えの推察はある意味専売特許だ。
 地霊自治星系の象徴であるこの『テリブルスーヴニール』の接収を要求するのはごく自然な考えだ。にも関わらず、さとりたちの身命ともども見逃すと言う。
 首謀者たちには後ろ暗い部分でもあるのだろうか。さとりの能力は、この宇宙空間では役に立たないが、地上に降り立てば、あるいは宇宙艦の中に入り込めば容赦なく発揮される。
 彼らの望まない展開はおそらく――接収の際の接触時にその能力を生かされ、後ろ暗い点、弱み、今後の考えなどを伝達されること。もう一つは、接収を拒否してル・パンスールに逃げ帰り、情報戦と謀略をもって徹底的に抵抗する、という形だろうか。
 迎撃は不可能でも、撤退し本星に逃げ帰り立てこもる――そうしたことが可能かもしれない、と思わせる程度には、今なお『テリブルスーヴニール』の権威は落ちてはいないようだ。
 また、整備や運用の問題もある。個人用レベルの小型艦主体の彼らに、幻想郷有数の大型艦を運用するノウハウも人員もないだろう。
 使えもしない鉄塊を象徴として飾るだけのことに対して、高くつくリスクと考えたのだろうか。
 どちらにせよ、戦いの中で死んでみせる、などという勇ましい考えはさとりにはなかった。

「いいでしょう。では、退去しましょう。見送りは結構ですからね」
「ああ、どこへなりとも行くがいい、できるだけ遠くへ逃げるんだな」

 こうして、幻想郷星系の勢力の一角であった地霊自治星系の古明地さとりは、統治能力を失った。


      * * *



「やはり来たわね。歓迎はしないわよ」
「ええ。でも、受け入れてくれるだけで助かります」

 地霊星系において、ル・パンスールは豊富な鉱物資源の採掘の労働力として集まった移民によって大きく人口を集めた。採掘などの作業においては酸素が豊富にあることはむしろ爆発などの危険を孕むが、地霊星系が大きく発展していくにつれ、採掘事業と無関係な人間が多くを占めるようになってきた。
 生活の上では必要な酸素を常に補充し続けるのは手間であるし、そうした技術が発達した現状においても少しばかりコストがかさむ。彼らが目をつけた有大気星が、ここ『経済惑星アルモニ・ルージュ』であった。
 少々のテラフォーミングによって呼吸可能な環境であるこの星は、人口の面ではル・パンスールに次ぎ、経済面ではトップを走る。
 アルモニ・ルージュの住民は、泥と土と鉱物資源にまみれたル・パンスールなどよりもよほど自分たちの星のほうがこの星系の中心に近い、と信じて疑わない。

 そうした星には当然宇宙港があり、大型の船舶も含めて停留や整備の需要が大きい。アルモニ・ルージュに居を構える、超大型船舶の整備に関してほとんど唯一のノウハウを持っている事業所が、『水橋埠頭』だ。

「それにしても酷いわねー。船舶エンジンの定期的なオーバーホールとかやってないでしょう」
「やっていないだけでなく、うちの技術じゃもはやまともな整備がやれないんですよ」
「じゃあうちに定期的に持って来なさいよ」
「虎の子の戦力にちょくちょく休暇やれるほど、余裕はなくて」
「ずいぶんブラックねえ」

 停泊した『テリブルスーヴニール』の状態をモニターで眺めているのが、『水橋埠頭』の社長、水橋パルスィだ。
 『テリブルスーヴニール』の状態が地霊殿の整備班ではどうにもならない状態に陥った時、ここの専門家の助けを借りていた。
 『水橋埠頭』は今や数は少なくなったが、それでも一定の需要のある大型宇宙艦管理のプロフェッショナル。
 港への停留、保全、整備、売買の仲介など、大型宇宙艦の需要の減少を補うために幅広い範囲の事業を行っており、地霊星系の大型艦の船乗りにはなくてはならない存在だ。

「で、あなたはどうするつもりなのかしら、この艦を。いっとくけど、売却のアテなんか期待するだけ無駄よ」
「ええ、それはわかっています。ただ、処分というと……」
「あのねえ、これは単なる一妖怪が酔狂で持てるような代物じゃないわよ。維持費だけでいくら吹っ飛ぶかわからないわ」
「……ただ、地底の地霊殿も、ル・パンスールの地霊殿もなくなった今、この艦が最後の自分たちの家な気がして」
「まあ、それなりに長い付き合いだものねえ。知ってる? 船底付近の塗装だけだって、全く同じものを今集めようとしたら、ちょっとしたフネが買えるのよ。年代物の骨董品の塊よ、これは」

 宇宙開拓時代の黎明期から、古明地さとりとともにあった宇宙艦。
 今のさとりに残された、最後の家だった。

「それでも、私の気まぐれでここに置いとけるのはせいぜい数日よ。あんたの少ないポケットマネーなんて、すぐに食い尽くされるわ」
「ええ、ご好意感謝します。明日までには、処遇を決めないといけないでしょうね」
「好意じゃないわ、気まぐれよ」
「ご好意感謝します」
「はあ……まったく。それで、たぶんあんたが気にしてるのはそれだけじゃないわよね」
「驚きました。いつからびっくりどっきり読心妖怪に?」
「あのねえ、それぐらい誰でも思い当たるわよ」
「……お燐は、どうしていますか」
「あんたが心配するようなことはないわよ。幻想郷最大級の艦の機関士もやってただけあって、整備班じゃうちのエースよ」
「そうですか、それならよかったです」
「……あんた、まさか顔も合わせないつもり?」
「お燐は優しい子ですから。追い出したにも関わらず、苦境に陥っている私が顔を合わせれば世話を焼かせてしまいますから」
「そこまでわかっているならなおさらよ。だいたい、追い出したってわけでもないでしょうに。いい加減、心の折り合いをつけなさいよ」
「随分、酷いことをしたには変わりありませんから……」

 2年前。こいしが、外に出たいと言い出した。
 他の星を見たいと。地霊星系だけではなく、幻想郷の星々を。
 あるいは、もっと遠くへと。
 さとりは、強く反対した。
 さとりの手の届く範囲なら、あるいは、はるか昔の幻想郷のように狭く、混沌にも一定の秩序があり、ルールがあるのならばいい。
 今の幻想郷は違う。
 世界は広がり続け、とうにさとりの手の届く範囲など追い越してしまった。
 ルールは保たれている場所もあれば、無法なところもある。場所によってルールが異なることは、完全な無法地帯よりも危険なことだ。
 少し広くなった幻想郷で、身寄りも財産もない妖怪が生きていくのは難しい。
 ましてや、こいしの眼は閉ざされており、代わりの無意識を操る能力は、そうした社会に溶け込めるような能力ではない。
 幸福には様々な価値観がある。自由も、その幸福についての価値観の、かなり多くを支える一つの柱であるとは思っていた。
 しかし、その自由の対価は、あまりにも重すぎると考えた。

 お燐は、そうではなかった。
 こいしの判断を認めるべきだとさとりに強く促した。お燐がこいしのことを心配していることも、さとりの考えがどういうものか理解しているかも、よくわかった。
 それでもなお、こいしが外に出たいのであれば、出すべきだと。
 こいしは思い付きで言っているのではなく、前々からの入念な計画によるものであり、そのために数年かけて貯めた資金も現実的な額になっていると。
 
 だが、それを聞いても、さとりは賛成できなかった。いや、より強く反対の決心をしたかもしれない。
 もし、こいしが持ち前の奔放さによって思いつきで言っていたのならば、仮にここで認めても、数ヶ月か数年後に、ふらりと戻ってくるかもしれない。
 地霊星系の外といえど、アテもなくバックパッカーのように歩きまわるだけであれば、生命の危険は、その能力と妖怪の生命力から、無視はできないものの低いだろう。
 だが、計画されたものであれば。
 当然、生活のために金が必要だ。だが、こいしがどこかに根を張り、地道に生活費を稼ぐような生活を選ぶだろうか。それを嫌うため、こうして地霊星系の外に出ようとしているのである。
 彼女の能力を生かしたビジネスなら、いくらでも思い当たる。――組織的な盗み、強盗。ギャングや、用心棒。あるいは、ヒットマン? ……もし、こいしが“計画的に”外で生活を考えた場合、リスキーな仕事を選ぶのは目に見えていた。
 テクノロジーの進歩により、人間と妖怪の持つ暴力の差は、大きく縮まってしまっている。
 あまりにもリスクは高い。認められない。そう突っぱねた。こいしと、大喧嘩した。
 結局、双方納得行く結論を出せなかった。
 当時は星系運営の政務にいくらかの情熱がまだ残っていた頃で、その日はいくつかの会議が入っていたため、これから政務があるので、しっかりした話し合いは明日に持ち越すと伝えた。

 こいしとお燐は、その日のうちにル・パンスールから離れた。

 次の日にお燐は、申し訳無さそうにアルモニ・ルージュから連絡してきた。
 こいしと一緒にアルモニ・ルージュに飛んだこと。もうこいしはここを出発したこと。そう伝えてきた。感情的になったさとりは、惑星間通信を通してお燐に対し随分と酷いことをまくし立て、さとりから通信を切った。
 その数日後に、パルスィからお燐はうちで預かったという旨伝えられた。
 それが経緯だ。

「テリブルスーヴニールと、乗組員の処遇が決まったらひっそりとこの星を離れますよ。なんでも、この近くの惑星のトゥルネソルにはいい温泉が湧いているらしくて」
「本当にそれでいいの?」
「ええ……いいんです」
「ふん。まあ、とやかくは言わないわよ。明日までに考えればいいわ」
「そうさせてもらいます」

 さとりは待機している乗組員の妖精たちのところに向かう。

「申し訳ありませんが、本日中に処遇は決まりませんでした。港から走る大きな通りを数十メートルいくとホテルがありますから、本日はそちらに泊まってください。既に予約はしてあります」
「ええと……さとり様は?」
「私ですか? ……まあ、似たようなものですよ。ご心配なく。お空、彼女たちの案内頼むわね。私はもう少しこちらで話を詰めるから」


      * * *


「うにゅ、みんなどこに行ったと思ったら……結局フネで眠るなら、ホテルの予約なんていらなかったじゃない!」



      * * *



「まったく、あなたたちったら……」
「最初に一人で寝てたのはさとり様じゃない!」
「ここはみんなのお家だもんね」
「ねー」
「航海の間はいっつもここで寝てたんだし、慣れないホテルなんかよりこっちのほうがいいや」
「はいはい、もう。ホテル代が無駄になっちゃったわ」

 テリブルスーヴニールのコントロール・ルームの椅子に座って眠っていたさとりだが、それを嗅ぎつけたクルーたちによって結局全員は雑魚寝で一夜を明かした。
 さとりが椅子の上で大きく伸びをしたとき、コントロール・ルームのモニターに客の来訪の表示がされた。

「はいはい、どなたかしら」
「私だよ、星熊勇儀だ、さとり」
「勇儀さんですか。はて、しばらくル・パンスールに滞在されているはずでは……まさか」
「ああ、おそらく予想通りだ」
「……ビジター用IDカードを持たせた子を向かわせて、応接室に案内させます」
「了解した」

 少しばかりの身支度で応接室に向かうと、ちょうど勇儀が現れた。

「お茶も何もありませんが」
「いいっていいって。そこそこに緊急事態だ」
「……やってくれてるみたいですね、彼ら」
「ああ、奴らやってくれたよ。ル・パンスールからの非人間の追放を謡い、実力行使を始めている。政権に対して協力的だったと認定した人物、及び数十年以内の移民の妖怪に対してだ。顔なじみも随分やられてる。私はどうも、さとりの協力者だったらしい」
「バカらしい。信じられないわ。たとえ移民であろうと数十年、いや数年でも暮らしている人間が出て行けといわれてすぐに出て行けるわけもありません。そんな人達をなんの保障もなく宇宙に放り出すような行為を、昨日の今日で取り始めるとは」


 信じられない、とさとりは声を漏らす。
 自分と交渉した人間は首謀者ではない、と言っていたがまさかほとんど統制が取れていないのだろうか。各地で権力を部分的に与えられた人間が好き勝手に行使している結果として、ああなっているのではないか。
 となると、混乱が鎮静されるには時間がかかるだろう。その間にいったい何人の人間が身寄りのない土地に放り出されるのだろうか。そもそも、実力を有している人たちにとって混乱を鎮静する気はあるのだろうか。

 さとりは首を振った。

「お話はわかりました。ですが、ほとんど投げ出したような身である私自体が、そもそもなにか言うべき立場でもありません」

 こいしがいなくなって以来の仕事への情熱は、彼らを笑えるようなものとは程遠い。

「そもそも老朽艦の維持費さえ苦慮している今の状況で出来ることなどありはしません」
「テリブルスーヴニールは、単なる老朽艦と言えるような代物でもないだろうに」
「あながち間違ってもいません。外向けには公表していませんでしたが、相当な劣化具合ですよ」
「公表されてなくても、それぐらい少しばかり耳のいいやつなら全員知ってるさ」

 勇儀は妖精の持ってきた湯のみを受け取り、茶を啜る。

「だが、たとえそうだとしてもビビっといて損はない化け物だよ、ありゃ」
「そうであっても、彼ら相手にどうにもならないという事実は変わりません」
「身内が酷い目にあってるのを見兼ねた、妖怪の運送屋グループがスポンサーにつくと言っても?」
「……相当高くつきますよ。武装、エンジン、電子装備、外装……なにからなにまでガタがきてますから」
「なに。随分儲けさせてもらったし、これからもル・パンスールで儲け続けるつもりだからな。惑星間配達と、クーデターに成功した気になってる連中をへし折るのはなるたけ早ければ早いほどいい」
「老朽艦の改修だけでは力不足ですよ」
「ああ、腕のいい、テリブルスーヴニールを知り尽くした名機関士なんてのも必要だろうな」
「……」
「いい加減、意固地になるのはやめな。いいきっかけだと思いなよ、なあ? 今のままじゃ、両方つらいままだ」
「もう改修はパルスィに話を通して進めている。『うちの預かりなんだから、文句はないはずよ』なんて言ってたな」
「まったく、パルスィさんは……」
「さとりが最終的にどういう判断するかよくわかってるってこった。さあ、私らが揃えられるカードは揃えたよ。あとはあんた次第だ」


      * * *


「まったくパルスィさんったら突然休みをやるなんて言い出して……どうせさとり様絡みなんだろー! 気を遣いすぎなんだバッキャロー!」
「そうだそうだー、おーいもう一杯持ってこーい!」

 アルモニ・ルージュの繁華街のビアホールで、お燐はビールの空ジョッキをテーブルからはみ出る程並べ、クダを巻いていた。

「さとり様も難しく考えすぎなんだよう……どうせ、今回の騒動だって『地霊星系の主を自分がやる必然性はない』とか一銭にもならないこととかをねえ」
「あ、それはあたいも同意。いっつもさとりは難しい顔ばっかしてる。単なる弾幕ごっこだってのに」
「おうおう、わかってくれるかい……まあ、飲んで飲んで」
「飲んでる飲んでる、十分飲んでる」
「にゃー、あたいの酒が飲めないってか!」
「おおー、思ったよりめんどくさい絡み方するなー、お燐」

 それに付き合っているのはチルノ。寄港して寄った酒場で意気投合し、一緒に飲み始めハシゴ酒中だ。

「まあ辛いことがあるなら言いなー。なーに、仕事とか人間関係が嫌なら、うちの『パーフェクトフリーズ』の空きを埋めるにやぶさかじゃないわよ」
「ううう、なんて懐の深い妖精……いや、大妖精なんだ」
「はっはー、そうそうなんでも言うといいわ! そんな大したことない悩み、あたいが全部解決してあげるわよ!」
「いやあ、辛いことは辛いけど、パルスィさんは良くしてくれるし、仕事もやりがいはあるんだよねえ。ただ……」

 お燐はため息をつく。

「未だにさとり様のことを考えるとどうもねえ。こうやってグチグチしてる私が言うのもなんだけど、あの人も引きづるタチだし。こいし様とは連絡とれなくなっちゃったし。大丈夫だって言って無理やり飛び出させといて、音信不通ってのはダメだよねえ……便りのないのは良い便りっていうけど、はあ……」

 随分いい時間にもかかわらず、客の声は止むことがない。『このつまみが旨いんだよなあ』『一番この店で強い酒を2つお願いします』『でさー、あのお姉さんがとびきり可愛くて……』
 お燐のついたため息は、酒場の喧騒にかき消され、アルコールのように蒸散していく。

「まあ、あたいが悩んでもどうこうできないのはわかってるんだけどさあ……ん?」

 マスターがショットグラスをお燐によこした。

「マスター、これ頼んでないけど……あちらのお客様から? えーとどなた……ッ!?」

 お燐の視線の先には、かつての主である古明地さとり。
 それも顔を赤くし、かなり出来上がった様子の。

「お燐、飲みなさい」
「さ、さとり様……どうしてここに」
「随分探したのよ。さ、飲みなさい、グイっと」
「えーと、なにがなにやら」
「いいから飲みなさい。この店で一番強い酒だそうよ」

 さとりはお燐に同時に頼んだ、同様のショットグラスを片手に迫る。

(さとり様、目が据わってる……!)

「さあ、飲みなさい。私も飲みますから」
「さ、さとり様……アルハラですよぉーこれ!」
「そうよ、アルハラよ。飲まないと勇儀を呼ぶわよ」
「ひっ、勇儀さんまでいらっしゃってるんですか」

 さとりがショットグラスを持ったままの手で指し示した別のテーブルには、好き放題飲んでいる勇儀がいた。こっちの様子に気づいたのか、一瞬ウインクをよこし……その後はいつも通り、飲み始めた。

「さあ、さあ」
「わ、わかりましたよう」

 お燐はショットグラスを傾けグイっと行った。ストレートの、かなり度数の強いウイスキーだ。それなりに酒には強いつもりではあるが、若干目がチカチカしてくる。

「よし、飲んだわね……じゃあ私も」
(あれ、そういえば……)

 さとりは同様にショットグラスを傾けて一気に飲み込み、そのままテーブルに突っ伏した。

「私よりさとり様お酒弱いはずじゃって……あああー! もう言わんこっちゃない! 勇儀さーん! ちょっと手伝ってくださーい!」
「……思ったより、あんたの悩み大変そうね」

 チルノはビールジョッキを傾けて呟いたあと、さとりの介抱に加わった。


      * * *


「まったく、突然来たと思ったら、何をやってるんですかさとり様は……」
「うるさいわね、ほら、『飲みニケーション』とかいうじゃない、あれですよあれ」
「いつの話ですか……」

 すぐ近くだった『水橋埠頭』の事務所にさとりをお燐、勇儀、チルノで運びこみ、適当なソファに寝かせたところだ。

「……その。色々ごめんなさいね、お燐。私が悪かったわ」
「謝らないでください。結局、こいし様が今どうしてるかはわからないし、さとり様の心配はもっともでした」
「口を挟むようで悪いが……こいしなら、運び屋をやっているって聞いたぞ。妖怪の運送屋グループのメンバーのツテで耳に挟んだ。ずいぶん、ずいぶん遠くでだがな。それも、半年前に聞いたっきりだが」
「……! そうですか、運び屋、ですか」

 さとりは、少しためらったようだが、安堵の息をついた。

「まあ、想像していたよりはよほど良いですかね」
「おいおい、宇宙を身一つで駆け回るってののキツさをわからんのか?」
「それでも……それでも、こいしが自由にやれているならよかったです」
「そうだな、フリーの運び屋なら自由と暇には事欠かないだろうな……まあ、その話はおいといてだな、お燐、事情は把握してるか?」
「ニュース程度でなら」
「なら話は早い。テリブルスーヴニールの近代化が済み次第、あいつらにお灸を据えに行く。今整備室でやってるから、口を挟んでくるんだな……テリブルスーヴニールの機関士の意見は有用だろう」
「でも、さとり様……いいんですか?」
「いいもなにもないわよ。お燐が来てくれるなら助かるわ」
「……わかりました、やりましょう、あいつらを蹴散らしてやりましょう! では、行ってきますさとり様!」

 お燐は言うが早いか、駆け出していく。チルノはその後姿を眺めて、呟いた。

「いい人だね、お燐って。落ち着いたらもっかい飲みたいな」
「いいこと言うねえ。ケリがついたら戦勝の祝賀会といくかい!」
「まったく、勝つ算段の前から祝賀会の提案ですか。鬼が笑いますよ」
「だろうとも。だから私はいつも笑ってるんだ」

 水の入ったコップを飲みながらさとりは微笑を浮かべる。

「落ち着いたら、さとりも行くといい。艦長の提案も重要だからな。ついでに、鬼が大笑いするようなル・パンスール再建設のアイデアも考えといてくれ」
「まったく……面倒事ばかり押し付けて」
「だが、一番面倒なことは片付けたろ?」
「しゃくですが……その通りです。奴らを蹴散らすのもル・パンスールのレコンストラクションも、今までどおりささっと片付けますよ。地霊殿に、誰かの手を入れさせるもんですか!」


      * * *


「パルスィさん、見てない間に無茶苦茶してくれましたね……戻せって言われたら戻せるんですか、これ」
「もちろん戻せないわよ」
「これ、進捗状況を見るに私たちが離れた直後から改装に着手してましたよね?」
「あら。テリブルスーヴニールはうち預かりだったはずだけど。処分するならスクラップとして売るにはもったいなすぎるわ。コストパフォーマンスのいい改造して適当なとこに売りつけるんだから、別にいいじゃない。まあ、千が一万が一、さとりがこれに乗って再びル・パンスールに戻るのなら……時間は大事よね」
「まったく……さとり妖怪の私が見透かされてる感じは、慣れませんね。引き続き、お願いします」
「あら行くの? 万が一が当たっちゃったかしらね。その強い責任感、妬ましいわね、っと。じゃあ、今やってる改装の説明するわよ」

 パルスィはさとりの前にディスプレイ画面を投影させる。

「時間が時間だから、改装の箇所は絞ったわ。武装に関しては据え置き。一部の修繕と、ウェポンコントロールシステムのソフト面におけるアップデートに留めたわよ。シールドシステムもほぼ同様。ソフトと一部部品の更新でエネルギー効率の向上に努めてるけど……まあ、成果はせいぜい現状の1割良くなるかってとこね。その他もちょこちょこやってるけど、まあ省略するわよ。目玉は、老朽化と一部機能の不全の要因となってる電力供給能力の改善のためのリアクターね」

 ディスプレイに表示された動力部の画面を、パルスィはなぞり拡大させる。

「超大型リアクターだけど、あんまりにも旧式だから全部とっかえることにしたわ。うちの倉庫に寝てた新型のリアクターを持ってきて、若干パワーが落ちる分は補助バッテリーを組み合わせることで補ったわ。断続的に安定して供給できるシステムにしたから
電力面で機能不全だったシステムは全て動かせるはず。あとはエンジンね。こっちの改装は……私は把握してないわ」
「ちょっと、それどういうことですか」
「お燐に全部任せたわよ。機関士なんだから私よりもよっぽど詳しいわ。2年遊んでたわけじゃなく、こき使ってやったわけだし腕の方も信頼してるわよ。……気になるなら、見て来なさい」
「ぱ、パルスィさん。押さないでください!」
「もう話は終わったっていってんの。ほら行った行った!」

 パルスィがさとりを追い払う。
 さとりは少し躊躇った後……エンジンのほうに向かった。
 それをパルスィは目で追ったあと、隣に勇儀とチルノがいるのに気付いた。

「おーっす。うおー、テリブルスーヴニール、間近で見るとでけー!」
「ずいぶん世話焼いたみたいだな」
「ああん、商売よ商売。ル・パンスールがあんな奴らに占拠されてりゃ商売あがったりだもの」
「お燐を預かったのも?」
「超大型艦の機関士なんて絶滅危惧種、うちは喉から手が出るほど欲しいに決まってるじゃない。実際、よく働いてくれたわよ」
「まったく、素直じゃないな」
「素直じゃねー!」
「うっさいわね! ……ってか、チルノ、あんたも行くつもりなの?」
「いちおーねー。お燐も心配だし……ちょっと最近、小型艦どもが調子にのってるみたいだから、あたいが蹴散らしてやるわ!」
「おお、そういやテリブルスーヴニールも、私の艦もお前さんの艦も奇しくも全部大型艦か」
「大型艦の復権ねえ。まあ、うちは儲かりそうだからいいけど。あんたらが勝てば」
「負けないさ」
「どうだか」
「まったく、素直じゃないな」
「あ、負けて尋問されても、うちの会社の名前は一切出さないでね?」
「あれ、ほんとに心配してない……ってこたないよな?」


      * * *


 アルモニ・ルージュを出て十数時間。ウェポンコントロールのお空から艦内通信が入った。

「アルモニ・ルージュ、ル・パンスール間航路上、敵影確認しました、さとり様!」
「敵さん、気づいたか」
「あたいは戦闘準備おっけーよ!」

 同行しているチルノと勇儀からの通信が入る。

「……お燐、本当にいけるのね?」
「ええ。やりましょう。見せつけてやりましょう」

 こちらを見つけたであろう、相手の艦から連絡が入る。

「……我々は退去を命令したはずだが」
「はて。あなた方に私達の退去の命令権限があったかしら。地霊星系総督として――この呼称使うの久しぶりねえ。この手の権限なんて使わないようにしてたから――不法に暴力を行使するあなたがたを踏み潰します。あ、これならいつも通りね」
「ふん、一度は逃げた臆病者が、なにをほざく」
「あなたにもあるでしょう、さあ、心に武器を持って! 自分の心象と――あら、切られちゃった」
「さとり、ノリノリすぎるぞ」

 同じく通信を見守っていた勇儀が、相手に来られたと同時に通信に加わった。

「仕方ないじゃない、これから私達は無力な小型艦たちを踏み潰すのよ? 妖怪の本領の発揮しどころじゃない」
「言うじゃないか。敵は、見えてるだけで50はいるぞ」
「全て恐怖に慄かせます。お燐、準備お願い。使うわ、『テラフレア』を」
「こちらリアクター・コントロール、燐。それなんですが、結局通常の手順での起動は不可能なままです……ちょっとばかし無理しますよ」
「無理するってのは聞いてるわ。具体的にどうするの?」
「まず、エンジン・システムへの電力供給を切ります」
「えっ」
「エンジン・システムへの電力遮断を確認した後、余剰電力を『テラフレア』に全て回します。次に、シールド・システムへの電力供給も遮断し、こちらも回します」
「ちょっと」
「そんでもって、酸素供給システムをマニュアルに切り替えた後遮こちらの電力供給のストップを始めとして、一切合切切ります。予備電源と予備バッテリーもマニュアルに切り替えて『テラフレア』への電力供給に回すので、予備システムは全て機能不全になります」
「酸素も切るって、大丈夫じゃないでしょう!」
「『テラフレア』に電力供給する間のみの一時的なものです。現状の艦内の酸素濃度は十分ですので、その間不足するということはないでしょう」
「……もし、その間に敵の攻撃で酸素供給システムがやられたら? 敵前でシールドを貼らないなんて考えられないわよ」
「そうしたら、私が不調の予備の酸素供給システムを蹴り倒しにいくので、それで動かなければ怨霊になれますね。ちなみに、予備バッテリーの電力も全て放り込むので、リアクター・システムがやられても同様です」
「はあ……もう、任せたわよ」
「ええ。発射まで耐え切るか、あるいは――最終的に撃つお空がビビらなきゃ、無問題です!」
「あ、言ったな! お燐!」
「はっはー、ウェポン・システムも全部切るから、お空の仕事はあんまりないねー。あたいの手並みに見惚れていな! ……コントロール・ルーム、エンジン・システムのシャットダウンをお願いします」
「こちら、コントロール・ルーム、了解しました。エンジン・システムをオートからマニュアルに、エネルギー供給先切り替え済、シャットダウン、スタートしました」
「エンジンルームは異常なしです」
「了解……シャットダウン完了。続いて、酸素供給システムのシャットダウンに移行します。異常確認と、予備システムのオートからマニュアルへの切り替えを現場でお願いします」
「こちら、酸素供給システム。予備供給システムの切り替えはコントロール・ルームでの操作です」
「あら、失礼しました。何分、こんなの航行中に切るのは初めてで……はい、言い訳終わり、切り替えも終わりです」
「了解、現場異常なし!」
「コントロール・ルーム! こちら、ウェポンコントロール、敵の攻撃確認! 小口径のミサイルが6、おそらく着弾後にレーザーをあわせるものかと」

 お空から通信が入る。当然、相手も待ってはくれない。
「どうした対処を?」
「はい、電力供給が不要なドローンを射出し対応します。ミサイルに関してはなんとかしてみせます。シールドシステムのシャットダウンまでは凌げるかと。 ……さとり様、試すなんて、人が悪いですよ!」
「ふふふ、ちょっとお燐にお空の手際を見せたくてね」
「あはは、よくわかってますよ、お空が腕利きってことは。……では、酸素供給システムのシャットダウン操作に移行します。クルー1名は艦内酸素残量の確認と、酸素供給システムの監視に当てました」
「了解。エンジンも止めて、酸素も止めて……その他、照明等重要度の低いシステムの電力供給停止・制限を開始します」
「さて、敵前でシールドを切るなんてねえ。勇儀さん、チルノさん。というわけで、これよりシールドのシャットダウンに入ります。『テラフレア』の発射まで行動できません」

 さとりは勇儀とチルノに呼びかけた。

「ああ、了解だ」
「あんたら、ほんとクレイジーね」
「あと……『テラフレア』発射の3分前にはお伝えします。発射時には……重要システムの電気系統の遮断をお勧めします」
「……? どゆこと」
「ああ、わかってる。チルノも聞いとけ聞いとけ。それじゃあ、沈むんじゃないぞ」
「ええ。どうかご武運を祈ります」

 常時通信を切り、通信システムも大幅に電力を落とす。

「こちら、コントロール・ルーム。通信システム等、エネルギー制限設定への移行完了で……」
「こちらウェポンコントロール! 総員対ショック姿勢!」

 お空からの通信が入った次の瞬間、船が揺れる。

「ミサイルはドローン操作で全て撃墜しましたが、二の矢のレーザーが1発命中しました。状況確認急ぎます!」
「コントロールルーム、了解です。こちらで監視できる部分に限っては、今のところシステムに異常はないわ」
「レーザーの口径は大きいものではなく、残存していたシールドで大幅に威力が減衰していましたから被害はおそらくほぼないはずです……ただ、言い難いのですが」
「はい、なんでしょう」
「こちらに命中したレーザーの射撃データの共有をあちらは行っているでしょう。多数の敵艦は各々位置がかなり離れているため、若干の誤差は期待できますが、こちらはエンジンを既に切っており、等速直線運動中です。おそらく……」
「以後何発も命中弾が出る、と」
「はい。ミサイルや質量弾に関しては私がドローンで全部落としてみせますが……レーザー、ビームに関しては耐えるほかありません」
「シールドを切るといった時点でこうした展開は織り込み済みです。信じましょう、テリブルスーヴニールを」
「……はい!報告が入りました、着弾による影響はなしです、引き続き、ドローン操作はお任せください!」
「頼りにしてるわ。 ……それではお燐、シールドのシャットダウンに移るわよ」
「了解しました。シールド・システム、マニュアルに移行、エネルギー供給先切り替え済み、『テラフレア』充電中確認。現場準備完了、それでは、シャットダウンお願いします」
「シールド・システム、シャットダウン」

 エンジンや照明などと違い、実際の感覚としてシールドの有無が感じられることはない。
 だが、まるで寒空の下で上着を脱いだような、心細さを感じる。
 今や、死の隣人である宇宙と丸裸で接しているのだ。

「『テラフレア』充電完了まで、あと約15分!」
「敵レーザー、来ます!」

 先ほどの揺れとは比較にならないほどの揺れ。
 さとりも席から弾き飛ばされそうになった。

「こちらコントロール・ルーム! 被害状況確認、及び負傷者の救護を!計器上重要システム異常なし!」
「こちらエンジンルーム、妖精クルー一人負傷です。右手首骨折ですが、救護室には本人が自力で向かいました。予備人員一名お願いします」
「ウェポンコントロールです、命中地点は補助エンジンA側、おそらくほぼ吹き飛んでます」
「有大気離陸用の補助エンジンだから、現状問題はないわ。他に異常はなさそうね」
「ですが……次弾観測! 今度はミサイルの斉射です! ……すみませんさとり様、おそらく何発かは撃ち漏らします」
「数はどれぐらい?」
「……現在観測しているだけで26です」
「あらやだ、惑星でも攻めてるつもりなのかしら」
「迎撃用ドローンの射程制限アラームをバイパスさせました。後追いですが、承認お願いします」
「承認するわ。 ……お空、いつのまにそんな悪いこと覚えたの?」
「何年も武器管制やってますからね、さとり様」

 宇宙で飛ばしたものは、何かにぶつからない限りどこまでも飛び続ける。それで宇宙が埋め尽くされるのを防ぐため、質量物質に関してはコントロールする距離が定められている。当然、無人機――迎撃用ドローンも例外ではない。その制限アラームをバイパスさせ、手動操作でコントロールを失うギリギリで扱うのが狙いだ。

「さあ来い、ミサイルども……!1つ、2つ!」

 正確なドローンの手動操作により、お空が迫り来るミサイルを落としていく。
 だが、大量のミサイルは数を減らしながらも着々と迫ってくる。

「くっそう、あと6つ、あと6つなんだ……5つ!4つ!3つ!……ダメです、こちらウェポンコントロール、1発当たります!」

 大きな揺れと、爆音。

「……! 皆さん、大丈夫ですか! ……レーザー砲2門、持ってかれましたか……状況の詳しい報告は後回しにして構いません、負傷者がいれば救護室への搬送を急いでください」
「こ、こちら砲座ですが……1名重傷、2名軽傷です。負傷者は私達で運びますので、どうか要員はそのままでお願いします。そう、余裕もないでしょうから」
「重傷者は意識はあるの?」
「……」
「……そう。あなたも怪我しているんでしょう。1名回すわ。重傷者の頭部はあまり動かさないように」
「はい」
「戦闘は引き続き続行します。ウェポンコントロール、『テラフレア』はあと何分で撃てるかしら」
「7分と30秒ほどです、なんとか次を凌ぎきれば目処が……」
「そうね。敵のレーザーの二射が来るわね。せめて祈りましょう」
「祈るより建設的な代物があるわよ!」

 チルノから一方的な短文通信が入る。
 冷たく淡く美しい青の艦が、テリブルスーヴニールの左前面を遮る。
 優雅で力強く巨大な赤と黄色の艦が、右前面を遮る。

「ここに2隻、シールド完備で頑丈な大型艦があるんだがね」

 テリブルスーヴニール目掛けて飛び込んできたレーザーを、その2隻のシールドが吸い込んでいった。

「あと何分よ! 時間ならあたいらが稼いであげるわ! 巻き込むのだけは勘弁してよね」
「たかが小型艦が30も50も集まっても、私らの艦のシールドの出力に全力注ぎ込めば――」

 勇儀の艦にミサイルが直撃し、揺れる。

「おおっと、ミサイルとシールドの相性は悪かったな。だが、この程度屁でもない。さあ、あと何分だい?」
「4分です!3分と55秒!」
「はっ、三途の川よりは近そうだ!」

 回転の早い小型艦は、ありったけミサイル、レーザー、ミサイルを叩き込んでくる。シールドに出力を回している以上、攻撃にエネルギーを回す余裕はほとんどないし、テリブルスーヴニールを守るという状況であるため機動によって回避することもできない。
 足を止められた大型艦が、反撃もできずジリジリと削られている状況。
 まさに大量の小型艦が理想とした展開に見えただろう。

「発射1分前です。勇儀さん、チルノさん」
「了解、既に前面から回避行動済みだ。重要システムシャットダウンスタート」
「よくわかんないけど……あたいらもシャットダウンスタート」

 だが。

「お空、準備はいい?」
「ええ、長いこと待ちましたよ」
「久しぶりね、これを撃つのも」
「エネルギー充填完了です。『テラフレア』発射実行します」

 理不尽に、無慈悲に。
 積み上げたものを圧倒的な電磁の嵐が吹き飛ばす。

 その周辺は一瞬だけ、宇宙本来の姿を取り戻した。
 何者も生かさぬ、死と暗闇の世界に。


      * * *


「やつら、反撃もままならないようです」
「おそらくテリブルスーヴニールの重要システムがイカれたんだろう。律儀にあんな老朽艦をかばうとは。時間稼ぎにもほとんどならない、自殺行為だ」
「奴らを沈めて、我々の権威はより盤石に――」

 艦の照明が落ちる。
 1隻だけではない。ほぼ全ての艦の、明かりが消える。

「な、何が起きた?」

 隣の艦との通信が繋がらない。
 武器管制システムが起動しない。
 エンジンも止まり、酸素供給も予備モードに切り替わる。

「クソっ! 何が起きた!」

 大慌てで予備電源を起動すると、艦内に照明が戻る。
 だが武器管制システムを始めとした重要なシステムはいくつか起動しない。
 なんとか起動した非常用の通信設備で、周囲の艦に呼びかける。

「おい、何が起きた!」
「応答せよ、応答せよ、こちら『ピエール・ボナール』……応答せよ」
「聞こえてるぞ!」
「ああ、リーダー! ようやく応答が!」
「リーダーはやめろ。いったい何が?」
「私にもさっぱり。電源がいきなり機能不全になり、いくつかのシステムが吹っ飛びました」
「まさか……これが『テラフレア』か」
「そんな、あんたはあれは飾りで使えないと」
「うるさい、そんなことは俺は一言も……ええい、緊急通信システムだ、連絡を回せ!」

 『テラフレア』。
 それは過剰な電流を電子機器に流し込み、半導体や電子回路に損傷を与える”電磁パルス砲”だ。
 その範囲は、数十隻など容易に巻き込むほど広い範囲。電子機器の塊である宇宙艦にとって致命的な打撃を与えうる強力な兵器だ。
 だが、発射に要求する電力も超強大。テリブルスーヴニールにしても予め専用で備えられているバッテリーでも足らず充填を要求されていた。
 砲自体が巨大であることから、小型艦では搭載そのものが困難。
 比較的大型の艦でも、要求するエネルギーの供給はほぼ不可能。
 兵器として実用されているのはテリブルスーヴニールと、いくつかの惑星において『惑星守備砲』として実験も兼ねて備え付けられているのみである。

 反乱側の各艦は、少しずつ立ち直りつつはあった。照明が付き、限定的ながら通信システムも多くが復帰。
 だが、戦闘はもはや一方的だ。
 復帰が早いと見られた艦の兵器は正確な攻撃により一つずつ破壊されていく。

「も、もうダメだ……悪い、俺は逃げさせてもらう!」
「お、俺もだ! 死にたくない!」

 復帰したてのエンジンの出力を必死に上げ、逃亡を図ろうとする艦が出始めた時。
 テリブルスーヴニールから通信が入った。

「ご機嫌はどうでしょう、皆様」
「最悪だよ、クソッタレ」
「もはや戦いの帰趨は決しました。そこで私は皆様に提案します」
「ふん、悪いが降伏なら――」
「もし、現時点で降伏を選択していただければ、この戦いは“弾幕ごっこ”によるものであった、とそう取り扱います」

 反乱側の、リーダー格の男はその言葉に首を傾げる。

「おい、聞いたか」
「ええ、聞きました。弾幕ごっことして扱うと」
「あいつら、愚図だと思っていたが……この期に及んでとんだ甘ちゃんだ!」
「……と、言いますと?」
「あいつらの意図はわからん。おそらく、この揉め事を小さく収めるつもりなんだろう。だが、弾幕ごっこの敗北であれば、我々の扱いは大きく保障される」
「なるほど!」
「ああ、弾幕ごっこの敗北であれば身柄の拘束はない。艦の接収もない。せいぜい臨検、荷物の引き渡し、武装の一時的な撤去が限度だ」
「では、ここは一端降伏し、諦めた振りをして――」
「そうだ。今回は失敗した。だが、次は必ず。奴らに与えられたチャンスを生かし、力を蓄えるのだ!」


      * * *


「なんて、考えているでしょうねえ」

 さとりの降伏勧告を受けて、全ての敵艦が降伏した。

「こんな対応でよかったのか……? 手ぬるい対応ですませば、奴らはまた……」
「ええ、ですから手ぬるい対応などで済ますつもりはありません」

 電子ペーパー上で投影させた画面に、弾幕ごっこにおける勝者特権を表示させる。

「もし、ここで徹底的に武力で潰しにかかっても、おそらくは1/3程度の艦は逃がしてしまうでしょう。なんせ、数が多いですからね。そうして残った彼らは今後もル・パンスールに潜み、黒幕もわからないまま……ところが、弾幕ごっこの勝者特権にはいいものがありまして」
 さとりは“臨検”の文字を表示させる。

「びっくりどっきり読心妖怪が、反乱した敵船全てに大手を振って立ち入り乗組員の顔と心をジロジロ覗きこむ権利が与えられたわけです。いやあ、楽しみで楽しみで仕方ないです」
「……お前は本当に、敵に回したくないやつだよ」
「ええ、今後も仲良くお願いしますね。なにせ、しばらくの間ちょっとやる気出すつもりですので」
「まあ、何にせよ勝ちは勝ちね! あたい大活躍! どーよ!」
「ええ、チルノさんにも、勇儀さんにも助けられました。もちろん、お燐にも、お空にも、クルーのみんなにも……怪我したみんなは無事かしら?」

 お燐はにこやかに答える。
「はい、一時的に意識がなかったクルーも、今はもう意識を取り戻しています。妖精なんで、治りも早いですね」
「ふふ、それはよかった。じゃあ戦勝会……それから、ル・パンスールの2年分を取り戻すわ」
「あわわ、それはあたいがいなかった間のってことですか」
「違うわよ。あなたとこいしがいなくなって、仕事のやりがいってのが何かわからなくなってね。でも、こうしてル・パンスールを失って、こいしが他の惑星を飛び回ってるって聞いて……私達の帰るところを、守って、よくしてかないと、と思ってね」
「さとり様……うう、2年間すみませんでした! これからもぜひおそばに!」
「言われなくてもコキ使うわよ、なにせ、不満の多かった人間からも人材を登用して……そうそう、お空に今まで任せなかった仕事も、ガンガン回すわよ」
「ひえ、さとり様あんまし頭をつかうのは……」
「艦の仕事は完璧にできてるでしょう。資格も3つ4つ取って欲しいのが――」
「さとり様、私は祝勝会の準備をしてきますねーっ!」
「こら、待ちなさいお空! ああ、もう」
「まあまあ、いいじゃないか、今日ぐらい」
「勇儀さんはそうやってすぐ甘やかす。明日から恐怖政治やるんですから、準備も進めないと」
「えっ」
「いやまあ、恐怖政治は冗談ですけど、たぶんバッサリ色々断行するんで、それっぽくなるとは思いますね」
「お前が暴走したら誰が止めるんだよ」
「そりゃ勇儀さんでしょう」
「勘弁してくれ」
「じゃあ、そうならないよう日頃から監視と手伝い、お願いしますね」
「はいはい。 ……まったく、うまく乗せられてるな。だが」

 勇儀はコホンと咳払いをした。

「いい顔をするようになった。こいしのことは吹っ切れたのか? 相変わらず、音信不通だろうが」
「吹っ切れてはいませんし、一人の妹として愛しているのは変わりませんが……」

 フフフ、とさとりは笑った。

「なにせあの地球の時代から、幻想郷は少し広くなったぐらいです。あの子のお家、地霊殿を守り続けていれば――地球のときのように、フラっと戻ってくるでしょうね」

 第三の眼も、笑った。
「ぬえちゃんぬえちゃん、これ続きないのー? もう全部読んじゃったよー?」
「もうなんもねーよ。続きどころか、この艦の娯楽用品はそれで最後だ」
「信じらんない。科学がいくら進歩しても暇は潰れないのかしら」
「ほら、科学の進歩の産物だよ」

 ぬえはこいしに、電子ペーパーからなる新聞を投げつけた。

「ああ、数日分でも眺めてれば少しは暇つぶしになるかなあ……」
「平時のこの小型船に操縦士以外の仕事があるとは言わんが、私なら忙しそうにしている操縦士さまにもうちょい心を配るがね」
「配る心なんてない! なぜなら私は目を閉ざしたさとり妖怪だから!」
「はいはい、中二妖怪乙」
「なによそれー、ほんとだってば」
「それなら私の心と空気を少しでも読んで大人しくしてれ」

 こいしは退屈そうに、電子ペーパーをなぞっていく。ぬえも、退屈そうにコンピュータを操作しながら、それを横目で眺める。

「『地底恐怖政治の再来の気配、古明地さとりの強引な手法』……ひどい政治家もいたもんだなあ。それにしてもジトっーとして、悪そうな目つきだ」
「あっ、お姉ちゃんだ」
「はっ?」
「ほら、お姉ちゃん」
「……またこいしの変な設定が始まったよ……」
「違うわよ、これは本当に私のお姉ちゃん!」

 ぷー、とこいしは口を膨らませる。

「この前はジャスティン・ビーバーを指して、『私のお父さんだ!』とか言ってたじゃん」
「あれは冗談よ冗談。これは本当だってば」
「はあー? 地霊星系の指導者の妹が、なんでこんな辺境で運び屋やってんだ」
「そりゃあもう、大冒険があって」
「お前はジャスティン・ビーバーの娘がお似合いだよ。ほら、種族も妖怪空気読めないで同じじゃん」
「ひっどーい。だいたい、ジャスティン・ビーバーは私らより年下だよ。地球時代に妖怪化したんだから」
「えっマジで」
「マジでマジで」
「あの偉そうな態度や風格、絶対古くからの西洋系の大妖怪だと思ってた……」
「やーい!大妖怪ぬえちゃん!」
「うっせー!妖怪空気読めない」

 彼女ら乗る艦のコンピュータは、騒がしい彼女らよりもずいぶん落ち着きがあるようで、彼女らを傍目に仕事をこなしていた。
 既に設定されているマニューバを読み込んで現在の状態とあわせ、コースを微調整する。
 エネルギー効率と時間を考慮しながら、マニューバを描くそれは、職人芸とは程遠いもののオートによる宇宙船機動としては十二分なものだ。
 彼女らの艦は紅魔星系に入り込むマニューバを描きつつあった。
 運び屋の、次の仕事の場所へ。
taku1531
http://twitter.com/taku1531
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コメント



0.350簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
最初三行で圧倒的地雷臭を感じとったが、どうやら杞憂だったようだ。
明らかにツッコミどころ満載なのに、そんな事がどうでもいいと思えちゃうような度外なスケール感。イイね。
欲を言えば、せっかくのハチャメチャ設定を活かして銀河を投げつける位のアホな事をやってもよかったと思う。 ほら、機器無効って絵的にジミだし…。
なにはともあれ、大いに楽しめる作品でした。
4.90絶望を司る程度の能力削除
グッジョブ!
5.90奇声を発する程度の能力削除
面白く、楽しめました
6.90名前が無い程度の能力削除
突飛な世界観と見せかけて中身は王道。
ちょっとむずかしかったですがたのしめました。
7.70名前が無い程度の能力削除
地霊星域は政府機関を持っていないのか!
テリブルスーヴニールで押さえつけるにしろ統治に組織化は必用だろ!
とか思ったけど、元より幻想郷からして無政府主義でした・・・
8.100名前が無い程度の能力削除
テラフレアをちゃんと撃てるのかなぁとか、撃てなくて危機に陥ってるところにこいしが駆けつけて来るのかなぁなど、読み進めながら予想したりしてハラハラさせられて、スクロールが止まりませんでした。
さとりとこいしの関係が幻想郷が広くなってからも変わっていないのだなと、読了後の満足感から息が漏れました。妹想いなさとり、大好きです(それ以外の敵対する輩には結構冷たいところなんかも素敵)。
査読は途中まででしたので、このあとどうなるのだろう? という期待感は、ほかの読者方より強く感じていたと思います。一から読み直して査読段階との違いを見つけれたのも、私だけが得られた小さな楽しみでした。
最後までやり遂げられませんでしたが、作品を作る、ほんの小さな力にでもなれたのでしたら、とても嬉しく思います。
最後にもう一度、とても楽しめました、作品に関わらせて頂きましたことに感謝。
9.無評価taku1531削除
>>1
ぎゃー! とっつきにくい感じになっちゃったかな、基本的には古典的なスペースオペラっぽいのを東方でやる、ってやりたかっただけなのでそんな変な設定採用したつもりは個人的にはなかったです
読了あざーしたー!

>>4-6
サンクス! ル・パンスール名物のいいウイスキーを贈るぜ!

>>7
あんま突き詰めて考えてはいませんし猫写もありませんが、中央政府の権限の弱めの連邦制みたいな感じのつもりでした。さとりんやる気なしモードだと基本的に放置、ありモードだとおフネで乗り付けて暴走したとこにメッしにいく。

>>8
途中までとはいえ査読ありがとうございました。
11.100名前が無い程度の能力削除
奴らは時代が下っても元気にやってるんだなぁ……良かった。
SFタグを見た時はやや心配したものの、最後まで王道的に突き進む楽しい物語でした。時代遅れの大艦巨砲主義、いいですね。
名前だけ出て出番の無い大ちゃんイキロ。
12.90名前が無い程度の能力削除
少し不思議なSFでした。地霊組が実に妖怪らしくて良い感じです。
14.100ちゃいな削除
とっても面白かったです! 王道SFという感じで最後まで楽しく読めました。あとがきのこいしもいい味出してました
16.100名前が無い程度の能力削除
凄いものを読んでしまった。「少しだけ広くなった……」って表現がお洒落でよかった
18.100名前がない程度の能力削除
配役いいですねぇ。指揮さとり、火器うつほ、猫車もとい乗り物の扱いがお燐ってのが・・・操舵も
見たかったですけど、図体が制約ですかね。
19.100名前が無い程度の能力削除
トンデモ設定のssかと思ったら面白いじゃないか!(逆切れ)
さとりがいい感じにダークですね