Coolier - 新生・東方創想話

始まりへの珍道中

2014/12/03 01:36:36
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 退屈という感情はあまり意識した事が無いけれど、今この瞬間だけは退屈だとはっきり言えるに違いない。
いつも通りの喫茶店。そしていつも通りの席。私は新しく作った倶楽部の相方と向かい合いながら、無言の空間の中で頬杖をついている。
 ジャズだけが聞こえてくる喫茶店の窓から見える風景は、人の行きかうビルの街並みだけだ。そんな窓の景色を見ている私達が座っているテーブルには、冷めきったエクスプレッソと飲みかけのカフェオレ。それと苺だけ食べられてしまったショートケーキ、そして目の前には本を読んでいるメリー。
 普段通りならカフェインを取って冴えた頭を回転させながら、この静かな喫茶店で賑やかに今後の活動の計画を立てるはずなのに、今日も今日とていつも通りに私はテーブルに頬杖をついて、窓から見える景色を眺めて一人で倶楽部の今後を頭の中でまとめている。
今日もメリーと他愛のない話をしながら、秘封倶楽部としての一日は終わるのだろう。そろそろ新しい場所の調査や活動の目途を立てたほうが良いかもしれない。
 そんな焦燥感が頭の中でずっと私の心を焦がしている、どうすればいいのかを考えると、とても落ち着いた気分にはなれない。気合いの入れ過ぎなのだろうか、何度もこの退屈な状態に疑問を持ちながら、目の前で本を黙々と読んでいる相方に目を移す。
 かさばる事を理由に今時紙の本を外で読む人はそこまで多くはない。わざわざ持ち出してまで本を読む人はよほどの物好きくらいだろう。今は電子で構築され、タブレット端末の中に入っためくる必要のない本が主流だ。私も紙の本を読むのは大好きだけれども、わざわざ喫茶店まで運んで持ってくる事は無い。読むにしても大学か自宅、仮に持ち運ぶとしても倶楽部の活動に使用する物しか持ち運んだりはしない。
 「そう言えば」
 本はともかくそんないつものメリーの姿と、いつも変わり映えのしない昼下がりの景色をずっと見ているのでは流石につまらなくなってくる。私はこの静かな、そして見慣れ始めた雰囲気を変える為に思い切って話題を彼女に切り出す。それは忘れられないあの日の出来事。
 唐突な私の言葉に興味を示したのか、彼女は文字を読む度に泳がせていた視線を止めて、私の顔を見る。それでも本は開いたままだ。一体何を読んでいるのだろうか?
 「あの時もこんな天気だったね。まあ実際に私達が会話をしたのは深夜だったけど」
 冷めたエクスプレッソの入ったカップを片手に、そんな事を私は言い始める。カップの中に入ったエクスプレッソを口に入れるたびに、苦みと酸味が思い出話を進めるように私の舌を冴え渡らせる。
 その言葉を聞いて、メリーはやっと本を閉じて私の方を見た。
 「あの時ってどんな時?」
テーブルを乗り出して、私をみるメリーの顔は柔らかい笑みを浮かべている。こういう時は、大抵私に対してメリーは無意識の内に毒を吐いてくる。果たして今回はどの位の毒だろうか?私が今飲んでいるこのエクスプレッソよりも苦いのだけは勘弁してもらいたい。
 「ほら大学に入学する前、私達って一回だけ出会った事あるでしょ?その時」
 再びカップの中に入った液体の苦みに舌包みをうち、笑いながら私はそう答える。
 「ああ、あの時ね」
 私の言葉を聞いて、メリーもやっとあの時の事を思いだしたようだ。まあ忘れる事なんて出来ないだろう。あんな出来事、忘れるはずが無い。
 窓からは見える世界は青々とした空。無機質な人の流れとコンクリートと鉄の建物。
今の世の中はバーチャルとリアルの境界があやふやになりかけて、自然すらも曖昧になろうとしている。いつも見ている見慣れた風景だけれども、今はそれを見ていると、あの時に見た夢の様な情景を思い出し、思わず私はあの時の風景と今見える風景を重ねてしまいそうになる。
 今思えばあの時に見た風景が一番私達の求めていた答えに近かった気がする。でもあの時は私達が何をすべきなのかなんて考えてもいなかった。むしろ大学でメリーと再会するなんて夢にも思っていなかった。
 「こんなにいい天気だったかしら?なんだかあの時の出来事は夢みたいな気がして」
 メリーは窓の外から見える景色を見て、あの出来事が夢だったのではないかと疑っている。確かにメリーにとっては夢だったかも知れない。でもあの時二人で見た、辺り一面に広がる幻想の色をした桜の世界は確かに現実だった。だから私達はこうして二人でいる。
 「思い出すね。あの時の事」
 「私は蓮子と出会った事しか覚えていないわよ」
 他愛もなくあの時の出来事を二人だけの秘密事の様に話し、私達は笑い合い、そして思い出す。
あの出会いが無かったら私達は一体何をしていただろう?あの時に手を差し伸べる事が無かったら、メリーは自分の力をどう判断したのだろう?そんなありえない事を今でも考えそうになるほど、あの時の出来事は私の心に色濃く残っている。


 「ようやく着いた。ここが八幡の藪知らずか……」
 昼真っ盛りの太陽と透き通る青空、容赦のなく突き刺さる日の光はまさに夏の陽気といってもいい、でもリュックを背負った私は、そんなさわやかな景色とは反対の鬱蒼と生い茂る木々の前で、ようやく目的の場所にたどり着いた喜びでつい万歳をしたい気分になっていた。
 高校生活最後の夏休み。せっかくだから思い出づくりの為に、私は千葉県へとやって来た。私がここへ来た目的はただ一つ。禁足地とうたわれている「八幡の藪知らず」の中に何があるのかを調べるためだ。
 この藪に足を踏み入れると神隠しか、もしくは不吉な目に遭うと言われている。そんな場所なのだから、何か不思議な事があってもおかしくは無い。わざわざここまでやって来たのは、この藪には何があるのかを調べるためだ。
 目の前の藪を覗きこんでみると、そこにはうっすらと見える向こう側の景色と共に竹が青々と茂っていた。
 なんだかイメージと違う。藪と言ったら色々な木々があるはずなのに、いざたどり着いてみると竹ばかりが周囲を覆っている。あまりの竹の多さからまるで藪が竹に侵略されて取りこまれてしまっているみたいだ。樹齢の長い木々なんてもうこの藪には存在してはいない事だろう。目の前には立派な鳥居と祠、そして立ち入りを禁止している事を表す石柵の仕切りが藪に足を近づけない様に作られている。
 いくらこの藪の中には何があるのか気になるとはいえ、流石に人の行きかう事が多い今は藪の中に入る時間じゃない。入っても止められて注意されるだけ、とにかく今は情報を集め無いといけない。事前に調べてけれど現地でも調べる事は沢山ある。この藪の歴史、どんな事があったのか、限られた時間の中で調べる事はたくさんあるのだから。

 「八幡の藪知らず」には様々な逸話がたくさん残っている。禁足地といわれているのだからそこには理由が多くあり、なおかつそれは殆どが神隠しや中に入った人が遭難したなどといった出来事だ。
 それは藪にある祠にも様々な逸話が看板で説明されている。
 私が一番傑作だと思ったのは、あの有名な水戸黄門がこの藪に迷い込んだと言われている逸話だ。
なんでも水戸黄門御一行が此処を禁足地と知らずに入ってしまい。迷路になったこの藪の中を何度も迷い込んだらしい。そうしている内に、黄門様御一行の前に白い顔をした異人が現れ、此処は人のくる場所でないと警告をした。此処がどのような場所かよく分からずに迷い込んでしまった黄門御一行は特別に許してもらい、無事藪の外から出る事が出来た。
 こうして黄門様は藪の周囲に暮らしていた人達にその出来事を伝えると、この場所へ足を踏み入れる事を禁止した。そんな逸話がこの藪には残っているそうだ。
 こんな看板が祠と一緒に綺麗にされているのだから、どうもこの時代になっても禁足地を信じる人はいるらしい。
 様々な不思議が科学で解明されたと思い込み、理解できない事が排除されてしまったこの国で、そんな昔からの伝承を信じる人達がいるなんて凄く素敵だ。きっとこの藪の伝承を畏れてもいるけれど、誇りでもあるのだろう。
 しかしそんな逸話があった場所も時間と共に変わってく。時間も残酷だ。もともと藪はそこまでの範囲は無かったらしい。それが道路整備や開発の所為で次々と失われ、ついには禁足地として必要最低限な部分以外は道路になってしまい、今は住宅街や駐車場に囲まれている。そして藪の中の木々が徐々にと竹に浸食されていく。
 もしかしたら私が今立っている場所も昔は藪だったのかも知れない。もしそうなのだとしたら都合よく今この場所で神隠しでも起きないだろうか。
 そんな物騒な事を考えながらその小さな藪の辺りを歩いていると、急に私は目の前の人に視線が釘づけになった。
 そこには石柵から藪をじっと見つめる少女が立ちつくしていたからだ。私と同じ年ごろだろう。背中まで届く程の流れる金色の綺麗な長髪。今の青空とは違う鮮やかさを彩る紫色のワンピース。そして不思議な形をした帽子。
 何故、彼女は藪の中をじっと見続けているのだろう?もしかしたら私と同じで藪の中に興味があるのかもしれない。その姿を見て、私は彼女に興味を持ってしまった。
 同じ仲間がいた。そんな身勝手な仲間意識を感じながら私は彼女の下へ近づく、しかし彼女は私に気がつく事なく、藪の前に立ちじっと藪の中を見つめていた。まるで何か見えない物を探すように。
 「あの!」
 そして興味が高じてしまい、思わず私は彼女に声をかけてしまった。
 話しかけたのは興味があったから、それと彼女が藪の中にいつか吸い込まれてしまうんじゃないか、そんな心配を抱いてしまいそうになるほど藪の中を見つめていたからだ。藪の向こう側に何かあるのだろうか?
 「……何か?」
 私の言葉を聞いて現実に戻ったのか、私に対して突き放したようにそう言うと、彼女は私がぞっとしてしまうほどの視線で私を見る。どうしてそこまで暗くて怖い雰囲気を作れるのだろうか。しかし何処か突き放したような雰囲気だけれども、こちらから歩み寄る事を拒む様な態度にも見える。
 「いや、なんだか今にもこの藪の中に入って行きそうだから心配になって」
 しかしそんな事で物怖じするわけにもいかない。私はこれからもいろんな場所に足を運ぶつもりだ。色々な人に出会い話すに違いないのだから、こんな所でコミュニケーションをとれないのではお話にならない。
 相手が不快にならない様に、勤めて明るい声と陽気な雰囲気――私にとっての所謂自然体で接する。
 「そう」
 すると彼女はつっけんどんにそんな事を私言いながら、何処かへと歩き出してしまった。会話は一瞬だったけど、私にとってはとても長い時間に感じた。あの子の態度で無意識に緊張してしまったからだろうか?その一瞬の出来事と、あまりに冷たかった彼女の態度にため息を一つ吐く。
 緊張からにじみ出た額の汗を左手で拭い、腕にあるデジタルの腕時計を眺めて私は今後の計画を考える。彼女の事は置いておいて、とりあえずこの藪と鳥居の写真を取って此処は後にしよう。どうせ夜に来るのだから此処だけではなくもっと他の場所も回らないと、高校最後の夏休みのはずの一人旅行がもったいない。
 写真を撮りながら、小さな禁足地の周りを歩く。ふと、思いつきから、藪の中を見つめていた彼女と同じ場所から藪の中を覗いてみる。やはり私には何も見えない。どうして私は彼女に話しかけてしまったのだろう?見ず知らずなのに、あんなに冷たい性格をしていたのに。
 いつの間にか彼女の事を考えながら鳥居と祠の写真を取って行く。
 フレーム越しから見える藪の風景は、まさに何処か別の世界なのではないかと思ってしまうほどに恐ろしい雰囲気を醸し出していた。まさかカメラだけで此処まで雰囲気が変わるとは思わなかった。夜になったら侵入しようと考えていたのに、つい新入する事に躊躇いを覚えてしまう。
 誰かに見られている。そんな錯覚と共に何処からともなく感じる視線と、それに気づいたときに感じる寒気が私の体を震え上がらせる。本当にこの藪には何かがいるのかも知れない。このままでは私もその視線の主に攫われてしまうのではないだろうか。
 とにかく此処から離れるべきだ。少し宿で一休みをして、夜になってからここに来れば良い、その頃にはこんなよく分からない不安と背筋の凍るような視線を感じる事も無いだろう。せっかくここまで来たのに怖くて調べる事が出来なかったでは、後悔してしまう。
 写真をリュックにしまい込むと私は八幡の藪知らずから離れ、近くの駅へと向かう。藪から離れて人に溢れた駅へとたどり着くと、凍りつく様な視線がいつの間にか消えていた。

 夜道を歩くのは刺激的で楽しい。なぜなら昼間から歩く道と夜に歩く道とで違いが大きいからだ。
 いつもは見慣れた光景でも、空が一度暗闇に染まってしまえばそこはもう別の世界である。空の色が変わってしまうだけでこんなにも見える世界が変わると感じるのなら、私以外の人にはどのように世界が見えるのか少し気になる。
 煌々と輝く満月の明かりと、時折通る車のフラッシュに全身を晒されながら、私は昼間来た道を歩く。流石にこの時間はもう誰もいないだろう。車の通る音だけが時折聞こえてくるだけでこの町は今、全てが眠りに入ったかの様に静かだ。住宅街の眠った時間。それは私達人間の時間とは違う、得体の知れない者たちの時間だ。建物の明かりはまばらになった景色に味気なさを覚えた私は顔を上げて瞳に満月と星を写す。
 「10時45分32秒」
 月と満月を見ていると無意識の内に時間を口にする。最近になって私は奇妙な特技を身につけてしまった。それは星を見ただけで時間が解り、月を見ただけで今いる場所が解ってしまう事。
 この奇妙な力はまだ誰にも教えてはいない。私だけの秘密。
 星を見た後に私は腕時計の時間を見てみると、どうやら腕時計の時間が少しだけ遅れているようだ。まあそれで良いだろう、予定より時間が早いけれどこのまま歩いていけば良い時間に藪に到着しそうだ。
 いよいよ藪の中に侵入するとなると少し緊張する。昼に感じた視線が原因かも知れない。
 そして目的の藪が見えてくると、鳥居の前に人の影が微かに見えて私は足を止める。まさか侵入されない様に誰か監視をしているのだろうか?
 暗闇でよく見えない人影に目を凝らしていくと、やがて暗闇に慣れた目から見える人影がうっすらと姿を現し、そしてその人影が誰なのか解って驚いた。
 彼女だ、今日の昼に藪をじっと見つめていた。夜になっても同じことをしているなんて一体何がしたいのだろうか。
 まだこちらには気づいていない彼女をじっと見つめる私、はたから見れば怪しい人のそれだ。だけど周りには誰もいないからそんな事は気にせずに彼女の動向を窺う。相変わらず初めて会った時と同じように、彼女は藪の中をじっと見つめている。
 そして急に彼女が突然藪の中へと向かっていき、驚いてしまう。
 「あ!ねえちょっと!」
 あまりの行動に彼女を呼び止めようとしたけれど、声は届かないのか私の声などを聞きもせずに彼女は藪の中へと入って行き、やがて藪からは足音が聞こえなくなり、彼女は闇の中へと消えていった。
 先を越されてしまった。そんな考えが頭の中によぎりながらも、それ以上に藪に入る準備も何もしていなかった手ぶらの彼女が急に藪の中に入る。そのあまりにも唐突な行動が少し心配になってしまう。
 不思議な事に私は先程まで、足を踏み入れてはいけない藪の中に入って何があるのかを調べようとしていた。しかし彼女を見てからはそんな考えは頭の隅っこに追いやっていた。あの藪の中には絶対何かがある。でも彼女が心配だ。
 「ああもう!全く!」
 そんな二つの考えに挟まれた私は、覚悟を決めて彼女が藪の中に入って行った鳥居の前に立ち覚悟を決める。やっぱり見過ごすことなんてできない。
 鳥居の前に立ってみると、最初に訪れた時と随分雰囲気が違う。まるで誰かが来るのを拒むように、そして何か得体の知れない物があの何も無い闇の中を見つめている。向こう側も見えず、まるで別世界に繋がっているのではないか、そんな錯覚を覚えてしまいそうなほどだ。
 しかし私は意を決して藪の中へと飛びこんだ。
 藪に勢いよく入った瞬間に竹の葉が私の頬や体の手足を掠めた。しかしそんな事をいちいち気にしてはいられない。ただ、ズボンをはくとか少し探索しやすい服装にしておけばよかった。擦り傷と少しだけ感じる体の痛みと些細な後悔が私の恐怖を和らげた。

 藪の中に入ってみたけれど、思った通り中は真っ暗でその先には何があるのかわからない。背負ったリュックの中からライトを取り出して明かりを点けても。暗闇に光が吸い込まれ、先が見えない。
 一寸先は闇。この光景にはぴったりな言葉だ。
 ただ真っ直ぐ。あの子が進んだ方向をひたすら私は進んでいく。幸い竹に囲まれたこの藪からは星と月が見える。迷ってしまってもあの光を頼りにしていけば私の力で抜け出せるだろう。それにこの藪には滅多に人が入らないのだ。竹の葉が積りにつもった地面には彼女と思われる新しい足跡がある。これを頼りに進めば出会う事も出来るに違いない。
 そんな楽観的な考えで藪の中を進んでいく。解っていたけれど、藪は歩いても一向に変化する事の無い。やがて竹の中に少しだけ存在していた木々は消え、気づけば周りの景色は竹しかない。此処まで来るともはや藪ではなく竹林だ。
それにしても禁足地といわれるこの藪は広かっただろうか?本来は開発で範囲を狭くされてしまい住宅街で囲まれているはずである。
 まさか別の場所に迷い込んでしまったのか。心の準備は出来ていたけれど本当にこんな出来事に遭遇してしまうなんて。冷や汗と焦燥感、恐怖が首をもたげた時、目の前に彼女がいた。その姿を見て、情ない事に今まで心配していた彼女が私には救いの主に見えてしまった。
 「ねえ」
 声をかけながら安堵の笑顔で彼女の近くまで来てみると、彼女は何も無い景色を見たままで立ち止まっている。何かあるのだろうか?思わず彼女の隣に立って同じ場所を見つめてみる。どんなに目を凝らしてもそこには竹と暗闇しかない。それにしても隣に立っても何も反応をしないなんて、もしかしたら立ったまま寝ているのだろうか。
 「ねえ、起きてる?」
 心配のあまり彼女の目の前に立って肩を揺さぶる。すると光の灯っていなかった目に、光がともり、目の前に私がいた事に驚いたのだろう、彼女は私を突きとばす
 「うわっ!」
 思った以上の力で尻もちを付いてしまった。リュックの重みも相まって少し痛い。
 「あ、ごめんなさい……。そう言えばあなたはあの時の……私に何か用なの?」
 私が尻もちを着いたのを見て、予想外の力で付きとばしてしまった事を彼女は私に謝罪をする。しかし私を見て誰かわかると、すぐに困惑した声が冷たく突き放す様な尖った口調へと変化する。どうして彼女はそこまで邪剣する様の言い方をするのだろうか?
 「用も何も、此処がどこなのか分かって中に入ったの?いきなりで心配したんだよ!」
 しかし彼女が私に突き放すのはどうでも良い。でも、どうしてここに入ってしまったのか、此処がどんな所なのかだけは説得をして外へと出ないと。此処は私達が足を踏み入れてはいけない場所だ。おかしな話だけれど、先ほどまで中に入ろうとしていた私は、此処を歩いている内に考えが変わっていた。
 「どうでもいいじゃない。あなたには関係が無い」
 「禁足地なんだよ?何があってもおかしくない。それに此処に来る時おかしいと思わなかった?この藪はあんなに狭い敷地なのに、私達があるいてきた距離はどう見ても藪があった敷地から離れている。これって明らかに神隠しに遭遇しているってことじゃないの!」
 私の言葉を無視して先へと進もうとする彼女を引きとめるために、此処に来るまで私が疑問に思った事、おかしいと思った事を彼女に説明をする。
 歩いてみてわかったけれど、明らかに此処は別の世界だ。連絡用に持って来たタブレット端末も電波が届かない。そして今、空を見上げて月を見ても何故か場所が分からない。本当に藪の中が別世界だとは思わなかった。
 「私ことは私の勝手でしょう?どうしてあなたが関わってくるの!」
 どうやら私がしつこくからんできた事に煩わしく感じて来たのだろう。彼女は声を荒げながら私を見る。その顔は怒っているけれど、何処か切なさや哀しさが表情から滲みだしている。関わりたいけれど関われない。関わってはいけない。彼女のそんな強迫観念がその表情には張り付いている。
 彼女の自棄に近い態度と言葉に、私は何も言えなくなってしまった。そうだ。彼女と私は赤の他人なのだ。どうして私が此処まで彼女を此処から出そうとするのだろう。どうして此処まで気にかけてしまうのだろう。何も言い返せず、歯がゆい思いをしながら彼女を見送る。
 私には彼女を止める理由なんてない。私が何も言わず佇んでいるのを見た彼女は、そのまま私の手を振りほどいて背を向け、振り返らずにそのまま竹林の奥へと進もうとする。
 そして彼女に異変が起きた。
 「大丈夫!?」
 先へ進もうとした彼女が突然顔を押さえてその場にうずくまりだしたからだ。肩を震わせながらうずくまるその姿には痛々しさを感じられる。その姿を見て私は思わず彼女の側に駆けよる。
 「来ないで!」
 私が向かってくるのを足跡からどうやら感じたらしい彼女は、駆けよる私に対して強い 口調で拒絶する。
 なぜ一人で何もかも抱え込む様な事をするのだろうか。その姿が痛々しすぎて見てはいられない。そして急にうずくまるなんて無視出来るものじゃない。
 「そんなこと言っている場合じゃないでしょ!熱でもあるの?何処が悪いの?」
 彼女が私に対して頑なに悪態につく様はため息が出てしまいそうだ、しかし我慢して私は彼女のそばに屈みこみ自分の額と彼女の額に手を当てる。今は体温計なんて便利な物は持っては無い。座り込み、うずくまったまま肩で息をする彼女は私の行動におとなしくされるがままだ。
 「何処か痛い所はある?」
 「目が痛い……」
 額に手をあてたまま、私は他の不調は無いか聞いてみる。すると彼女はこめかみを手で押さえながら目の痛みを訴えた。
 熱は無いからどうやら不調の理由は目の痛みにあるらしい。私が肩を担いで外まで出せば良いけれど、この状態では少し難しい。今は外に出るよりも彼女の目が落ちつくまで少し休んだ方が良い。リュックからシートを取り出して彼女をその上に寝かせると、タオルと飲み物を入れたばかりの水筒を取り出す。そして水筒の中に入った液体をタオルに浸して、痛みのあまり涙を流し続けている彼女の目に被せた。薬は無いけれど何も無いよりはましだろう。
 彼女の様子に不安だったからだろうか、彼女の瞼に触れた一瞬、私は藪に入る前の不気味な視線を背中から感じ取った。

 「具合はどう?」
 彼女を寝かせてからどれくらいの時間がたったのだろう、しばらく視線の感じた場所へ立ったまま睨みを利かせていた私は、暇を持て余して動かないままの彼女に具合を聞いてみる。しかし彼女は私の言葉を聞いても何も返さない。無視しているのだろうか。それともただ単に痛みが和らいで落ちついているからだろうか。
 仰向けに寝転がっているから本来は夜空に光る綺麗な星や月が見えるはずだけれども、タオルをかぶっている状態じゃ何も見えないに違いない。勿体ないけれど流石に今の状態じゃ仕方が無い。
 「隣に座っても良い?」
 何も答えない彼女のそう言いながら、返事を待たずに私は隣で寝転がる。思い切り体重をかけると聞こえてくる、積りにつもった竹の葉のつぶれる小気味よい音を耳にしながら、私は体を地面に預けて夜空を見上げる。
 思った通り素敵な光景だ。最近は夜空の明かりもバーチャルで見る事が出来るけれど、この目で見る夜空に輝く星の光は輝きが違う。まるで真珠の様だ。
 「1時45分」
 爛々と輝く何光年も先の光を楽しんでいると、思わず隣で思わず時間を口にしてしまった。どうもこの力は時間と今いる場所が解るけれど、無意識の内にそれが口に出てきてしまう。一時期は我慢しようとした事もあったけれど、なんだか口に出さないと気分が悪くなってしまい結局は駄目だった。正確に時と場所を知りたければこの目の力よりも最新のGPSの方がもっと性能が良い事だろう、そう考えると全く持って損した気分になってしまう。この力をうまく操れたりできない物なのだろうか。
 「ねえ」
 自分の中にある力にけちを付けていると、隣で黙っていた彼女が初めて私に向かって話かてくる。黙っていたから眠っているのかと思った、もしかしたら私の力のせいで出てくる独り言を聞いていたかも知れない。そう考えると少し恥ずかしい。
 「どうしてあなたは此処にやって来たの?」
 タオルを顔に掛けたまま、彼女どうして私がここへ足を踏み入れたのかを聞いてきた。タオルのせいでその表情は分からない。
 ここへ来たのは彼女を追いかけたからでもある、けれどここ場所へ来た理由はもっと単純だ。
 科学が進み、何処か不可思議に対して冷たくなり始めた今の世の中でも、今の日本は根本的な信仰や考えを変えることができなかった。日本の地下を通るヒロシゲだって、噂では本来は通る筈の富士山の地下を通らない様にしているらしい。樹海には様々な逸話があるのだから。つまり私は神様や、私達が見ている物それが本当に現実のものなのかを知りたいのだ。
 「私は不思議な物が見てみたいの。私の目に見える世界。そこには色々な物があるけれど、今の科学でも説明できない物は多い。今は分からない物なんて何一つないと思っているかもしれないけれどそれは間違い。実際は何かを隠しているし、不思議な事がいっぱいあるに決まってる。ただ理解できないが怖いだけだよ、私はそれが何なのか知りたいの。だから此処にやって来たのさ、禁足地といわれる逸話が残っているこの場所に」
 どうしてこんな危険は逸話が残っている場所へやって来たのか。何故それを知った上で無茶な事をしようとしていたのか、熱中しながら、こうやって面と向かって私が一人だけでしている活動を説明するのはなんだか手照れくさい。 相変わらず彼女はタオルを目に被せたまま、何も言わず、表情を変えることもせずに仰向けになっていた。それを見ていると退屈だと思っているのかと心配になってしまう。
 「素敵ね……。そんな風に見る事が出来るなんて羨ましいわ。私は不思議な事に関わって良い事なんて一つも無かったもの」
 私の話を聞き終えた彼女は、おもむろに濡れたタオルを取り私を見る。無理はしないほうが良いのに、慌てて彼女を寝かせようとすると彼女は私を手で制し立ちあがる。まだ眼が痛むらしく少しだけその表情は引きつっていた。
 「ねえ。あなたは他人には理解されない力を手にしてしまったらどうする?」
 そして立ちあがった彼女は私を見下ろして質問をしてきた。その目には何処か私を見下す様にも見える。そして彼女自身が私に対して諦観と羨望の眼差し向けている様にも見える。彼女が何を言いたいのかは分からない。でも、私と彼女は力に大きな違いはあるだろうけれど、そこまで大した違いは無いはずだ。
 「私は恐ろしいとは思わない。むしろ分からないからこそ楽しみでもあるんだ」
 正直活動をは閉めた時は怖くも感じたでも、それも楽しみの一つだ、分からないから不安でもあって楽しみもあるのだから。
 私が笑顔でそう答えると彼女は急に立ち上がり、私の元から離れようと歩きだす。しかしまだ目が痛むようで、再び手で目を覆うとその場に座り込んでしまう。
 「ほら、無茶はしちゃいけないから……」
 うずくまる彼女の側に行き、彼女の目をタオルで触れた瞬間、私の時間は止まった。
 「何……これ……」
 彼女の目に触れた瞬間、周りの景色の所々にひび割れが生まれ、それに私と彼女は取り囲まれていた。そのひび割れから覗かせる無数の目、まるで監視されている様なその視線は、見方を変えれば私達が見世物にされているかのような不快感を私に与える。
 その瞬間、私は今まで感じていた不気味な視線の正体がこれだと確信した。しかし何故彼女が?
 私が唖然としている姿を見て、彼女は涙を浮かべて微笑む。その笑みはまるで自暴自棄になって蔑んで欲しいと嘆願するように、哀しい表情を私に向けながら彼女は私を見下ろしていた。私にはその姿がまるで人間とは違う、彼女が超越的な存在になった様に見えた。
 「ねえ。あなたは理解できない物を急に見られるようになったらどうするの?分からにからこその楽しみと言っていたけれど、いざ見てしまうと怖い物じゃないのかしら?不安を隠す為にそう私に言ったはずじゃないの?」
 拒むようにそんな事を彼女は言う。彼女の体から手を放すと、周りにあったそのひび割れが消えていた。
 「形だけの慰めなんて要らないわ、何度も貰っているから。さようなら」
 彼女は驚いた表所のまま固まった私を一瞥してそう告げると、おぼつかない足取りで私から離れようと歩いていく背中が私には凄く孤独を背負っている様に見えた。
 今止めないと彼女はきっとそのまま藪の奥へと進んでしまう。なんとなくだけれど、今彼女を止めないと私は彼女に一生会う事が出来ないに違いない。そして私はずっとその事を後悔するだろう。
 不思議な事に私は周りにあった理解出来ない物を見た恐怖よりも、彼女がここからいなくなってしまう事への恐怖が強くなっていた。
 だから強がりでも良い、何でも良いから彼女を止めないといけない。こんな何があるのかわからない藪の中で、彼女を孤独にするわけにはいかない。たとえ偽善でも構わない。
 あの得体の知れない恐怖を拭い去る様に私は立ちあがって、今まさに暗闇の中へと消えてしまいそうな彼女の元へと走り出す。
 すでに彼女は私の目には見えない程遠くへと歩いてしまったようだ。でもたどり着かなければいけない。
 あまり運動と縁の無い私は走り出すと直ぐに息切れを起こす。酸素の少なくなった体で走ると全身が苦痛に苛まれる。でも、そんな状態で走り抜けた真っ暗な藪は何処か美しく、木々が私と彼女の寸劇の結末を見届ける観客の様にも見える気がした。あの時のひび割れの視線から本当に見ている人がいるのかも知れない。
 そんなロマンティックな考えと共に藪の木々全てが竹林へと変わって来た頃、私は彼女の元へとたどり着く。そして彼女の腕を掴んだ。
 「放して!」
 自分の思い通りにならない事への苛立ちに似た怒号と共に、彼女は私の腕を振りほどこうとする。暗闇から見えるその顔には涙が流れていた。
 「あなたの目にそんな力があっても私は怖くなんてない」
 息の上がった両手で彼女の手を握り締め、私は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。
 彼女の瞳の魅力的な紫色をしていた。でも今は恐怖と悲しみに覆われてしまっていて勿体ない。どこかの国では紫色を最上位の色とする、さらに何処かの宗教では、紫色を高貴な色として尊ぶと聞いた。そんな綺麗な瞳に見える物がどうして不気味だと言えるだろうか。だから私は絶対に彼女を放さない。
 息が上がり、脳に酸素を送り込んでいる今の私には、彼女へ向ける慰めの言葉が浮かばない。しかし彼女にとっては慰めの言葉よりも、きっと自分の力を理解してくれる人がいて欲しいのだろう。
 歳を取っても現実も空想も区別が出来ない子供のまま。今の世の中はきっとこんな力を持つ私達に対してそんなレッテルを張るかも知れない。でも私が生まれた時、すでに世の中はバーチャルとリアルの境界が緩やかにあやふやとなり始めている状態だった。今の世の中は夢も幻も全てが否定されてしまったからとはいえ、そんな世の中で彼女の眼に映る物全てが不条理な形で不気味だと言いきる権利なんてあるのだろうか?
 自分勝手な考えだ。でもそうでもなければ此処まで自分の力を嫌になる筈が無い。涙を流す理由が見当たらない。
 「今は2時30分50秒。丑三つ時だね。こんな場所にいるからもしかして何か起きるかもしれないよ」
 「何を言っているの?」
 深呼吸をして息を整えた私は夜空を見上げて星を見る。今の時間を知る為に。そして私にも同じような力がある事を彼女に伝え、励ます為に。同じような力を持っているのだから、私は仲間がいた事が嬉しい。
 突然私が時間を読みあげたせいか、彼女は哀しそうな顔から、間の抜けたものへと変化する。その表情の移り変わりはとても面白い。
 もしかしたらあの時藪の前で彼女に話しかけたのは、私と彼女が似た者同士だからと感じていたからかも知れない。だから此処まで私は彼女を想う事が出来た。そう信じたい。
 「私は星を見ただけで時間が解る。月を見ただけで今いる場所が解る力を持っているの。だからあなたの力なんて不気味にも何とも思わないさ」
 可哀そうだからとかそんな気休めでは無い、嘘偽りの無い私自身が彼女に対して伝える羨望の言葉。それは私が彼女に対して繋がりを求める意味を持っているのかもしれない。
 「だからさ、そんなに人を拒む事はやめた方が良いと思うんだ」
 いきなり出会って私の力を信じて欲しいとか、嘘をついていないなんて彼女が信じるのは難しい。それでも彼女にはその気持ちが伝わって欲しかった。
 私の力は頼りない物だ、それに他の人から見れば色々と理解できない物に違いない、しかしそれは私にとって大きな一歩だった。それが私にとって新しい挑戦と知識への一歩だった、分からないからこその不安と楽しみ、だからこそ彼女の力をおぞましいとは思わない。
 「……ぷっ、あははははっ!あなたって面白い人なのね」
 すると、今まで黙って彼女は私と同じように夜空を見上げながら急に笑い声を上げる。
 竹林の中で響く彼女の笑い声。どうやらさっきの私の説得の中によほどツボにはまった部分があったらしい、お腹を抱えて呼吸困難になりそうな程だ。一体何がおかしいのだろうか?まじめにやっていたにも関わらず笑われるなんて、なんだか馬鹿にされているみたいだ。
 「はぁ……。貴方は真剣だったのに急に笑い出しちゃってごめんなさい。でもそんなに汚れながら、見ず知らずの私に対して説得する貴方が何処か可笑しくて」
 少しだけ腹を立てながら彼女を見つめていると私の視線に気づいたのか、彼女は笑い過ぎて目じりに溜まった涙を右手で拭い、笑いながら彼女は立っていた場所へ倒れ込む様にそのまま寝転がる。
 彼女を見下ろすと、私もため息を一つついて隣に寝転がり、彼女が見ている同じ星空を見上げる。私達が見ている夜空には、何も無い暗闇の中で星が輝きを放っていた。それはまるで誰か消えゆく自分の存在を誰かに見て欲しいかの様にも見えた。
 そして柄じゃないけれど、今この時だけは一人じゃ無い、孤独では無いと私達に星が教えてくれているようにも見えた。今の彼女にはこの夜空が一体どんな風に見えるのだろうか?
 「そんな面白いこと言ったかな?真面目に言ったつもりだったけれどなあ」
 「あら、真面目に言ったのは分かっていたわよ。でもあなたにその台詞は似合わな過ぎて滑稽だから笑っただけで」
 彼女は私に呆れているのだろう。見ず知らずの人を助けようとする上に、自分から変な力を持っている事を切り出してきた私を。
 私が彼女に言った言葉は他の人から見たら気休めかもしれない。夢見がちで自分勝手だと言われるかも知れない。でもそれが私だ。この力を持っているからこその私がいる。だから私は彼女を励ましたかった。
 「あーあ。なんだか馬鹿らしくなってきちゃった。せっかく何の後腐れも無く向こう側へいけると思ったのに」
 暗闇の映り続ける月を眺めながら彼女はため息をついて私に文句を言う。そっけない様にも見えるけれど、そこには彼女なりの照れが見え隠れしている気がした。
 「え?向こう側?それって……」
 「まあ……。そうね、私達の知らない世界かしら?」
 そして何気なく聞いてみた彼女の言葉からはとんでも無い存在が出てきた。私達の知らない世界。それは一体どんな世界なのだろう。
 「それってその目の力が関係しているの?」
 「ええ、この力は境界の裂け目を見る事が出来るの。さっきあなたが見た物あれが境界の裂け目よ。そして境界の向こうには私達の知らない世界がある。まだ夢の中でしか見た事が無いけれど、もしかしたらそんな気がするの」
 夢の中でしか彼女はまだ見ていない。ならそれを現実から探すことだってできるはずだ、夢は現実に出来る物なのだから。
 「午前三時丁度……。決めた!このまま私と一緒にその世界が本当にあるのかを調べようよ!今私達の見ている夜空と同じものを見ている別の世界があるのかも知れないんだ!私はそれが知りたい。もしかしたら自分がなんでこんな力を持っているのか解るかも知れない!」
 星を見て時間を呟いて、私は一つの決意を持って立ちあがり、彼女へと右手を差し伸べる。そして私は貴方と一緒にその世界を見てみたい。と言いかけて止める。なんだか口に出してしまうと恥ずかしい。
 突然私がそんな事を言うのだから彼女も呆けた表情をしている、当り前だろう。先ほどまで危ないから帰ろうと言っていたのは私だからだ。ここでいきなり先へ進もうと言えば呆れて物も言えないに違いない。しかし私は本気だ、ここでやらなければいつやるのだろうか。
 しばらくの間、私は彼女を見下ろしたまま、返答を待ち続けていた。どう反応していいのかわからない様だ、それはしょうがない事だろう、私だってこんな状態になったら返答に困る。
 「全く貴方って変な人ね。良いわ、成り行きで貴方を少し巻き込んでしまってけれど、貴方がそれを望むなら満足するまでとことん付き合うわよ。一緒にこの世界とは違う風景を見に行きましょう?」
 でも結局はこう答えるに違いない。私だって彼女と同じ事を言うだろう。
 彼女は私に頬笑み掛け、差し出した手を握り締める。彼女の紫色の瞳には、彼女と同じ笑みを浮かべている私が映っている。私達は互いの手を取り合い、何があるのかわからない藪の奥へと一歩足を踏み入れていく。
 放さない様に、はぐれない様に。
 「ねえ、どうして貴方は見ず知らずの私に対してこんな事をしてくれるの?」
 一歩ずつ先を進んでいくと、急に彼女が後ろから私に向かって関わった理由を聞いてきた。確かにその理由を私は説明していない。しかし、その理由を話すのもなんだか恥ずかしい。何せ、彼女を誘ったのも気になってしまったのも凄く単純な理由だからだ。
 「えっとね……なんだか言いにくいのだけれども」
 「それじゃあ解らないわ。言って」
 足を止めて言い淀む私を見て、彼女は私の顔を見つめる。その強い意思の籠った目を見てしまうとどうしても断れない。いや、なんだか逃げる事が出来ない気がしてくる。
 「わかった、言うよ。その……一目見てから凄く気になったんだ。何と言うか現実じゃないと言ったらいいのかな?すごく綺麗な姿をしているなって思ってさ。気を悪くしたらごめん」
 私の告白の意図を理解した彼女はたちまち顔を紅くして、うつむいてしまう。その姿はあの時見た姿とは思えない、私と同い年の女の子の様だった。とても可愛くて、とても愛おしい。簡単に言えば一目ぼれだ。どうして同性相手にそんな気分になってしまったのか、私にはわからない。
 「じゃ、じゃあもう一個質問してもいい?」
 予想外の答えを聞いて、赤面し、取り乱しかけていた彼女が気を取り直して話題を変える為にもう一個質問をしていいか聞いてきた。勿論私はそれを拒む理由が見当たらない。
 顔を縦に振って彼女に質問を促す。先に進み過ぎてもう藪とは言えない竹林の中で、彼女は当りを見回し、そして一息つくと覚悟を決めたように私を見た。
 「私の名前はマエリベリー・ハーン。ねえ、貴方の名前は?」
 「先に名乗られちゃったら私も名乗らない訳にはいかないね。私は宇佐見蓮子。蓮子って呼んでよ。マエリベリー・ハーン」
 「メリーって呼んで。蓮子」
 不満そうな顔をしている彼女の言葉に私は頷き、再び未知の世界へと歩き始める。
 「さあ行こうメリー!ここから先には一体何があるんだろう!」
 そう言いながら再び歩き始めた私の後ろへメリーは付いてくる。私達はそのつないだ手をしっかりと握りしめ、見た事の無い風景を見る為に歩き出す。
 手を放さない様に、夢じゃないと確認するために。今は一緒にいてくれる人がいる、それだけで私は自分の世界が新しく開ける、そんな感じがした。

 結局、あの後私達二人は確かに現実の物とは思えない桜の風景を目にした。そして気がつくと私は何処かの駅まで一人で歩いていた。まるで夢から覚めるように、あの時の事が現実では無かったかのように。
 「メリー?何処に言ったの?メリー!」
 そして手をつないでいたメリーがいない事に気付く。何処を見回しても、声を掛けても彼女は何処にもいない、返事も返してくれない。
 夢。本当にあの事は夢だったのだろうか。それなら自分はどこまで夢を見ていたのだろう。千葉に行き、八幡の藪知らずを見に来た時なのだろうか、それともメリーにあった時か、もしくはあの世界を目にした時か。
 違う、これは夢なんかじゃない。手を放さない様にお互いにつなぎ合った掌に残ったメリーの暖かな余韻に指をなぞらせて、私は考える。
 自分の力に怯えていたメリー。初対面の私に呆れていたメリー。そんな彼女が存在していなかったなんてありえない。しっかりと手を握りしめていた彼女はどう考えても夢の中の存在じゃなかった。きっと私と同じように何処かにいってしまった私を探している事だろう。
 またいつか再会出来るのだろうか?いや、あんなものを見たのだ、再会しない訳には行かない。 
 私は夜明けの空を見上げ夜が終わるのを待ち構えていたように太陽の光が顔を見せる。夜から朝へ、まるで境界の境目の様な空を見上げていると、体の奥底から熱い何かが込みこみあげてきた。その何かは足から体へ、体から頭へと伝い、頭から逃げ場をなくしたそれは叫び出したい衝動と共に目から涙を溢れ出させた。
 これの涙は私にとって世界が開けたことへの感動を表した涙なのだろうか。それともメリーが居なくなってしまった寂しさから涙を流しているのだろうか。
 きっと私はメリーの為に涙を流しているのだ。彼女の中にある怪物じみたその力。その一端を垣間見て、私は涙を流しているに違いない。まだ初めて出会って数時間しか立っていないのにどうしてここまでメリーの事を思ってしまうのだろう。今の私には解らない事だらけだ。
 だからまた再会するまでに私はもっと色々な物を知り探していこう。そうすればメリーとまた会えた時にその今まで知った事を彼女に教える事が出来る。どうせ私達は再開すれば求めていた物を知ろうと、何か活動を始める事だろう。それまではまた一人でいつも通りやって行こう。
 「メリーまた会いましょう。そして再会した暁には、あの時にみた風景を今度は一緒に眺めましょう」
 ここにはいないメリーに伝えるように、私は独り言を呟いた。さよならなんて言わない、またいつか私はメリーに会おうとするのだから。
 再会することへの確信と期待を胸にしまい込み、涙を拭う。問題はここからだ。そろそろ宿へと帰らないといけない。私は何処かも分からない駅へここが何処か知る為に歩き始めた。


 「ねえ蓮子ったら。聞いてるの?」
 窓の光景をぼんやりと見つめ、あの時の出来事を思い返していると、テーブルの向こう側からメリーの声が聞こえてくる。
 ぼんやりとした思い出から帰りメリーの方を見てみると、テーブルには空になって寂しさの増したコーヒーカップが二つと、半分だけ食べられて、アンバランスな形をしたショートケーキが銀色の光りを放つフォークと一緒にお皿に置かれていた。私が思い出に浸ってどの位の時間がたっているのだろう。
 「あ、ごめん。ちょっとあの時の事を思い出していてさ」
 「あら、そうだったの。随分と長い間窓の方を見ていたから心配になっちゃって」
 対して心配でも無さそうな声と、澄ました顔で私にそう言うと、今度はいつの間にか本をしまったメリーが今度は私の顔をじっと見続けている。私の顔に何かついているのだろうか。顔を触って何処かおかしな所が無いか探してみても、そんなおかしな所は何処にも無い、いつも通りのすべすべの肌だ。これだけは胸を張って答えてもいい。一体何が面白くて私の顔を見ているのだろう。
 「私の顔に何かついているの?」
 「あら、ごめんなさい。蓮子の目を見ていたの」
 どうやらメリーは私の目をじっと見ていたようだ。星を見れば時間が解り、月を見れば今いる場所が分かる不思議な力を持った私の目。この力が使えるようになった事を初めて知った時は、私の目に異常があるのではないかと心配になって、ずっと鏡で自分の目を見つめ続けていた事があった。突然鏡をじっと見つめる物だから親にも心配されたけれど、不思議な力に関しては言わなかった。信じてくれないだろうし、秘密にしていたほうが楽しいからだ。結局私の目には大きな変化が現れない事が分かった。いつも通りの黒い瞳。
 この黒い目から角膜と水晶体を通した光が私しか見えない主観の風景。
 今の世界は夢と現実が同一になってしまっている。なら私から見えるこの風景も他の誰かと同じ風景なのだろうか。それとも違うのだろうか。
 「実際不思議よね。こんな力、他の人からはとても想像の出来ない物を見る事が出来るのだから。ねえメリー。あの時見た景色をどう思った?」
 気になってしまうからこそ知りたくなってしまう。勿論同一だろうとなんだろうと私の見える景色は他の人とは違う物だろう、違う形に映るだろう、夜空を見上げて時間が分かってしまう力がその証拠だ。認識の違いで風景は違う形に見えるだろう。
 ではメリーはどうなのだろう。境界の裂け目で夢と現実の境目にいる様な彼女にとって、あの時見た景色は夢だったのだろうか?それとも現実なのだろうか。
 「どうも何も、私はあの時見た景色なんて覚えていないわ。あの後歩き続けて、気がつけば自分の部屋で目が覚めんたんだから。前に言わなかったっけ?蓮子とあったこと以外ははっきりと覚えていないわよ」
 本当に不思議だ。メリーはあの時見た景色を覚えていない。それどころか幽体離脱した様な状態だったらしい。体は自分の家にあって魂みたいなものだけがあそこにあったのだ。だからあの時にメリーは居なくなってしまったらしい。
 「で、結局無事に帰る事が出来たの?」
 あの時藪で見た風景の思い出話をしていると、メリーはその後の事が気になったようだ。当然の事だろう。
 「帰れたよ、私が気づいたら居た場所はあの八幡の藪知らずのあった千葉県だったからね。市が違ったから変えるのに時間がかかったけれど」
 結局駅の名前とタブレット端末で現在地を調べたら、あの時私が立っていた場所が藪のあった場所とは離れていたけれど千葉県という事が分かり、少し電車賃を多めに出して帰る事が出来た。
 「で、面白い事にね」
 ついでに私はその後に調べてみて非常に興味深い事があった。これはいつか倶楽部の活動で調べようと思っている。
 さっきからメリーが知らなかった話ばかりでどうやら興味が尽きないようで、メリーは楽しそうに私の話を聞いてくれる。ここまで楽しそうだとこっちまで嬉しくなってしまう。
 「私達の見た桜と私が帰った場所。桜つながりで調べたらどうやら私があの場所から帰って来た所には有名な桜があったんだよ。墨染桜と言う名前の桜がね。なんでも西行法師って人が杖使っていた桜の枝を刺して根付いた桜なんだってさ。桜つながりであの世界。なんだか関係がありそうだと思わない?」
 私の話を聞きながら、メリーは笑って窓の景色を見つめている。窓から見える景色は夕暮れから夜になる境目が混ざり合った空の色だけだ。今ここでは桜は見えない事だろう、それでも私の目にはあの時見た風景が焼き付いている。あれは夢では無かった、現実の物だ。そしてあの世界にいた人達はきっと私達と同じ景色を見ているはずだ。
 「それにしてもまさか蓮子と再開できる日が来るなんて思ってもいなかったわ」
 窓の景色を見つめながらメリーはしみじみと再会した時の出来事を思い出している。
 それは私だってそうさ。専攻している物は違うけれど、まさか同じ大学でこうして再会できるなんて思ってもいなかった。でも、こうして一緒に入れたのはあの時の出来事のおかげだ、あんな出会いがあって、あんな素敵な風景を目に出来たのだから、これほど嬉しい事は無い。
 「あの時私を見た蓮子は面白かったわ。あんなに面白い表情をする人は今まで見た事が無かったわ」
 「私も同じだよ、メリーだって私を見たら自分の頬をつねっていたじゃないか」
 私達はあの時に再会した事を思い出して笑い合い、そしてお互いに見つめる。そろそろ活動に目途を付けないといけない。私達はあの時見た物に近づく為に倶楽部を作ったのだから。今すぐ活動しないと。
 「そうだ、今度の連休を使ってもう一度あの藪を見に行こうよ。今度は一緒にあの景色を見られるかも知れないよ」
 「それは賛成だけど藪の中には入らないわよ」
 私の提案に笑い頷くメリー、私達は一つずつ知りたい事を調べるしかない。それだけが私達の持つ力や求めている物を知る唯一の方法なんだ。あの日見た出来事を胸にしまい、テーブルから立ちあがった私はメリーと共に一歩ずつ歩いていく。
 「やっぱり蓮子と会えてよかったわ。あの時夢のお告げで藪に行きなさいなんて声が聞こえた物だから」
 「えっ、そうだったの?」
 秘封倶楽部、こんな成り行きと偶然で生み出された私達の倶楽部活動は、きっと素晴らしい物に違いない。
 最後まで読んでいただきありがとうございます。
 久々の投稿ですが、蓮子とメリー、二人の出会いはいろいろな想像が膨らんで楽しいですよね。
 後、ツンツンしたメリーは可愛いと思います。蓮メリちゅっちゅ。
センチ寝る
http://dyesenn193.blog.fc2.com/
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コメント



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5.無評価名前が無い程度の能力削除
倶楽部結成の話は各々個性が出て飽きませんなぁ