Coolier - 新生・東方創想話

小悪魔日記 第6話 「あの未来に続く為」だけ、の日々だった

2014/11/17 17:24:56
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 午前の授業が終わると、1時間ほどの休憩をはさんでから午後のカリキュラムに移ります。
 とはいっても、ほとんどの場合は午前の“おさらい”としての自習か、さもない時は《書庫》や倉庫の整理といった雑事、あるいは力仕事の要員としてパチュリー様の実験に付き合うくらいなので午前に比べれば気楽なものです。
 今日の場合だとアフタヌーンティーの時間までは自習で、それから後の時間は《実験室》に置かれた在庫確認と標本の整理、ついでに建物内のシステムメンテナンスの補助として駆り出されることに相成りました。

   *

 お茶の時間を終え、パチュリー様にお供をして足を運んだ《実験室》は、最初にここを訪れた時と同様、得体のしれない物と空気に溢れていました。
 部屋のあちこちに置かれた実験用の長机や機材はまあ定番として(他所の実験室を拝んだことがないので比較対象がないのですが)、床の“あちらこちら”からは何が通っているのかも判らないチューブやパイプ、果ては材質不明のオブジェクトが顔をのぞかせ、その間を縫うようにして巨大な棚がいくつも置かれています。

 棚の種類は書棚に薬品棚、標本棚と様々ですが、そのどれもこれもに不気味な品が置かれているのだけは共通しています。
 ざっと目を通しただけでも乾燥させたトカゲやヤモリなんてものはまだ可愛気がある方で、ひどいのになるとブドウの房よろしく紐で縛って吊るされた幾つもの干し首の束(しかもまだ『生きて』いる)だの、硝子瓶の中で絶えることなく鼓動を刻み続ける心臓だの、、大昔のやんごとなきお方が自決に使った毒蛇の牙だの、魔女の嫌疑をかけられて火刑に処された聖女の遺灰だのがあり、薬品棚に目をやればそこに置かれた硝子瓶に詰め込まれているのは金の精髄液(アウルム・ポタビレ)、賢者の丁幾剤、蝙蝠の肝臓、タランチュラの酢漬け肺……いずれも魔法の小道具や錬金術用の薬剤ときたものです。部屋の隅で埃を被りっぱなしの黒一色で塗り潰された巨大な絵画は近づくと真っ黒な手が“にょっきり”と生えてきて《中》に引きずり込もうとしてくるので、最低でも半径3メートル以内には近寄ってはいけません。

 気を抜いてしまったが最後(最期でもよろしい)、室内に余すところなく満ちた雑然と混沌が形作るメエルシュトレエムに呑まれてしまいそうな室内を突っ切り、パチュリー様から仰せつかった次の実験に使う薬剤の在庫チェックをしていた私は、あるものが置かれた棚に目を留めました。パチュリー様と契約を交わしてからこっち、珍しい物を目にする機会には慣れっこになった私にさえ、それはあまりにも珍妙奇っ怪な品でした。

「───そちらの具合はどう、捗っている?」

 首を傾げているところへ、ちょうど途中経過を訊ねにパチュリー様がやっていらっしゃったので、私は『それ』についての質問をしてみることにしました。パチュリー様、お尋ねしたいことがあるのですが。

「なにかしら」

 なんですか、こりゃ。左手がチェック用紙をはさんだバインダーで塞がっているので、空いている右の人差し指でもって指差した『それ』を見たパチュリー様は、つまらんことを聞いてくれるなとばかりの顔をなさいました。

「そんなもん、見りゃ判るでしょうに」

 尻よ。

 パチュリー様はそれだけを素っ気なく言って私の左手からバインダーを“ひょい”と取り、目を通しはじめます。
 ……そういうことを訊きたいわけではないのですが。なにごとかを“ぶつぶつ”と呟きながら、目録をチェックするパチュリー様から視線を外し、私は陳列棚に載せられた“それ”を見直しました。

 たしかにそこにあるのは紛うかたなき、お尻。どうやら壮年男性のものと思しき、“あちらこちら”に刀槍による創傷を負った筋肉質で頑健そうな“それ”は、至尊の玉座から睥睨する王の如き威風すらをも纏ってそこに鎮座ましましていらっしゃいます。
 これだけでも大概、不気味な絵面ではありますが、問題なのはそんな代物がこともあろうに『小』が付くとはいえ悪魔であるところの私をも怯ませる程の、千年万年の刻を閲した泰山の如き圧迫感と、強力な破邪顕正の気配をあたり一面に撒き散らしていたりするということです。ここまでくると気色が悪いをすっ通り越してある種の畏怖にも通ずるものを感じずにはおれません。おそらくですがこのお尻、元の持ち主というのはさぞや名の知れた武人か英傑の系譜に連なるお方に相違ない。たとえそれがお尻だけだとしても。一体どなたの持ち物だったのでしょうか。

「さあてね」

 私の疑問に返されたのは、こちらを見もしないパチュリー様のさも“どうでもよさげ”な声でした。

「これを売ってた奴の触れ込みでは、元は『狂王』の名をほしいままにしていた王様のものらしいわよ、嘘か真かは知らないけれどね」

 パチュリー様が仰るにはこの『お尻』のみならず、ここの棚に置かれているアイテムは以前に旅した場所で商いをしていた“ボッタクル”だか“ボッタクリ”だかいうお店(ひどい名前があったもんですねえ)で見つけたものだそうです。ちなみにその隣には『やたらめったらな魔力をダダ漏れにしているハゲのかつら』、『フードプロセッサーのプロペラみたいな形したどでかいブレードを柄の先にくっつけた回転ギミック剣』等、いずれもキテレツさでは“ひけ”をとらない面子が軒を並べておいでです。なお、気になるお尻のお値段は今でいうところの100ペニーくらいだそうで。他人の、しかも王様のお尻をそんな値段で売っ払っちゃっていいのでしょうか。

「さあてね」

 あくまでも“どうでもよい”と言いたげに、パチュリー様は肩をすくめました。

「故人の尻をどう扱おうがそれは生きている者の勝手なわけで」

 それでなくとも死人には、苦言を呈する口もなければ文句を“がなる”口もなし。むしろ、死してなお誰ぞの役に立つと思えば本望なんじゃないかしら。パチュリー様はそうおっしゃいますが、もしそれが私の立場なら死んでも、というか死んだ後でさえ御免だと思うのですけどねえ。自分のお尻を誰ぞに売られるなんて。

「なんにせよ“見てくれ”はさておいても、強力な悪霊も一発で退散させるほどの聖性を保持しているのでね、迂闊に触ったりはしないように」

 今の私じゃ、下手すりゃ近寄っただけで“昇天”する羽目になるとのことです。迂闊を抜きにしてもこんなもんに触れたがったり近寄りたがる輩がいるとは考えられませんが、そんなに凄いものなんですか、コレは。

「相性にもよるけどね。さっきも言った通りそんじょそこらの悪霊妖物なら一撃必殺、かなり高位の悪魔でもクリティカルよ」

 ───首刎ね的な意味で。ご自分のか細い首に刀を模した手をあてがい、“すぱっ”と掻き切る仕草をパチュリー様はなさいました。ひょっとしたら効果の程は実証済みということでしょうか。

「本当に鋭いわね、あなたは」

 これはずいぶんと前のことになるんだけどね。パチュリー様は秘密めかした口調で前置き、『お尻』についてのエピソードを語ってくださいました。
 なんでも昔、古くからのご友人と大喧嘩をした時のこと。なんだかんだの末に、ただの喧嘩が“ちょいとした”殺し合いにまで発展してしまったので、冗談半分(残りの半分は嫌がらせ)の弾幕としてこれをぶつけてやったところ、その一撃で件のご友人とやらが塵になってしまわれたのだそうで。なんですかそれ、おっかない。

「あいつもそれなりに齢と歴を重ねたバケモンだったから───ちなみにあなたと同じ悪魔の一種よ、格は段違いだけど───これくらいなら大したこともないだろうと思ったんだけどねえ」

 しかしこの『お尻』に蓄積された歴史と聖徳がパチュリー様の予想を越え、高位の魔さえも打ち祓うほどのものだったのが運の尽き。あわれ、そのご友人は塵にお還(皈)りとあいなったのだそうで。しかも折り悪くそこに吹きつけてきた強風によって、塵と化したご友人が“散らばって”しまったため、その回収と復活には随分と手間取る羽目になったのだとか。そりゃひどい。

 パチュリー様はあらぬ方へと視線を逸しました。

「……それを根に持ったのかしらね。その後、復活してからも暫くの間、あいつときたら口も利いてくれなくなったものよ」

 そりゃあそうでしょうよ。こともあろうに死因が『知人におっさんのお尻ぶつけられたから』じゃ、末代まで祟られたっておかしくない。

「“末代”まで、ときた」

 パチュリー様は洒落た冗談でも耳にしたかのように“くすり”と口元を緩め、目録を私に返しました。

「なら、私の代でおしまいね。後々の連中にまで、負債を残さずにいるのは良いことかな」

 それもまた、色んな意味で寂しいもんですねえ。

   *

 《実験室》の在庫確認と整理を終えたパチュリー様は、次にこの建物を維持する動力炉のチェックに向かわれました。私も補助という名目でお供はしますが、その実態はただの付き添いに過ぎません。いまだ拙い私の知識・経験では、ここの設備は理解も対応も出来ないのです。とはいえ今日の作業は“どれもこれも”が、いずれ私に任されることとなる仕事の研修も兼ねているのでおろそかにはできないのですが。

 パチュリー様に連れられて足を踏み入れた《動力室》は、なにやら巨大な生物のお腹の中を内側から覗いているような気分がしました。用途も解らぬ巨大な機械はさながらその内臓、低く静かに室内に満ちる重苦しい響きはその吐息や鼓動といったところでしょうか。
 息苦しさを覚え、首元のボタンを緩める私のことなど気にも留めぬ様子でパチュリー様は室内を歩きまわり、機械と一緒に備えられた計器類パネルやスクリーンを逐一チェックしていきます。私はその数値を記録する係です。今回はそれに併せて、各機械類の許容値をはじめ異常等への簡便な対処法も学びます。まあ、ここの設備は極めて高度にオートメーション化されているとのことなので、今のところ私にできることといえば雇い主への早急な連絡くらいしかないのですがね。

 しかし今更ではありますが、この設備といい建物自体といい、他所のそれの技術レベルを大幅に上回っていると言わざるをえません。これもみな、パチュリー様の知識と魔法の賜物なのでしょうか。だとするなら、なんだか私のイメージしてた《魔法使い》からずいぶんとかけ離れているもんなのですね。

「それは勘違いというか誤解というものよ」

 私の疑問に、パチュリー様は静やかに首を振りました。

「そも、本来の意味での『魔法』とはその時代における最先端の学問のことを指すの」

 パチュリー様は滔々と語られます。卑金属を貴金属に変ずる錬金術(より正確にはそれを模倣しようとして失敗したパチモン)から化学が生まれ、星の運行や地脈の流れを読み取り個人の運勢から天下国家の命運まで見通す占星・風水の術を母体とし、暦や天文学が発達したように(これも9割方がインチキさもなきゃ詐欺。ちなみにそれらがバレないよう大衆心理を誘導するため発達したのが心理学)、医療、科学、哲学……現在にまで伝わり、今もなお日進月歩どころか秒進分歩の勢いで進歩し続ける様々な学問・技術の体系は、すべて《魔法》から派生した。
 言い換えるなら先科学的科学。それがいわゆる暗黒時代期における時の権力機構の都合や利権、あるいは勃興してきた学閥などが権威権益の拡充を図る上での過程(具体的には魔女や異端狩りに代表される知識層の弾圧)のドサクサに巻き込まれる形で『オカルト』のレッテルを貼られ、それに引きずられたまま現在の憂き目と相成ったというわけだそうで。

「したがって、この設備も立派に《魔法》に連なる系統といえる。Wizardry(魔法、妙技)あるいはWitchcraft(魔女術)、Technology(技術)。そのどれでもいいけれど、大元を辿れば同じ場所に行き着くのよ」

 外の人間達は、その後を追いかけているだけ。ということは、外のヒト達もいつかはこの技術を手に入れる日が来ると?

「時間はかかるでしょうけれど、いずれはね。“ここ”を維持・形成する技術やシステムだって、現在の人間達の保有するそれの少し先を行っているだけでしかないし」

 おおまかには二世紀弱くらいかしら。“さらり”とした口調でかなり凄いことを仰います。ちなみに動力周りの《技術》にいたっては、さらに数世紀以上の隔たりがあるのだそうです。なんでも『物と物とを結びつける力(ニカワみたいなもんですか?)』を利用して、なんやかんやした後にどうにかこうにかするのだそうですが、今の私ではよく判りません。
 しかしパチュリー様が有される知識が外と比べても桁外れなのだけは理解できました。ただ一人の技能が世界一つを上回るほどのものであるとは。やはりこの方の知識と智慧とは、私の想像を絶するものであるようです。

「それがそうでもなくてね」

 胸の内に湧き上がる興奮だか憧憬だかもわからない熱に、冷水を浴びせるかのようにパチュリー様は言いました。さっきも言ったでしょう、その時代の連中にとって都合が悪かった。ただそれだけで《魔法》は、“ありもしない幻想”の烙印を押されて今に到るのよ。

「なるほど、確かに現時点では私の知識や技術のレベルはヒトのそれを大幅に上回っているだろうさ」

 しかしいずれは追いつかれ、魔法との境界を“あやふや”にされ(あるいは『別物』として切り離され)、人間の側にのみ都合のよいただの《技術》の一つとして飲み込まれてしまうのがオチよ。語るパチュリー様の声音からは温度が失われていました。

「そうなった時に私達《魔法使い》に残されるのは、ヒトが不必要な迷信あるいはお伽話として切捨てられた、廃棄物としての意味合いしか持たぬ《幻想》、それに付随した《魔法》のみ」

 要らぬと捨てられ押し付けられた知識が成れの果て。搾りかすとも云えないその残骸がいつか定められた私達の未来図。忌々しくも陰惨な、その未来に辿り着くためだけの学究の日々であったというわけね。ああ、なんとろくでもない。

「出会った直後、あなたに語ったでしょう───《魔法使い》には先がない───要するにそういうこと」

 ……《魔法使い》に限らず、種としての《人間》にとって都合のよい“幻想”という言葉に、本来あるべき《幻想》が塗り潰される日も遠くはなさそうよ(現にそうなりつつあるのだし)。あなたも早い内に、“そうなった”時の身の振り方を考えておくといいかもね。焚きつけるでも脅しつけるでもなく、あくまでも淡々とパチュリー様は語られます。ひょっとして、この方はもうとっくの昔にそれを見越して観念しきっているということなのでしょうか。

 ふと、胸中に湧いた疑念でしたが、すぐさま否定せざるをえませんでした。それはどうにも、この方のイメージというか生き様には似つかわしくないように思えたので。
 なので、思い切って尋ねてみたところ、パチュリー様は静かに微笑みを浮かべたものです。それは微かな風にさえ吹き散らされる朝霧のごとく儚くとも、紛うことなく《魔女》の肩書きに相応しい“ふてぶてしさ”を備えた笑みでした。

「それこそまさか。あなたの目の前にいる女は、そこまで諦めがよくもなければ潔くもない」

 なにせ《魔女》なのでね。自分の利益の為ともなればどこまでも手段を選ばないし、それ以上に生き汚くなれるもの。いざというときの算段は立てているのよ。

「そのときには、あなたにも骨を折ってもらうことになるでしょうね」

 ……それはかまいませんけれど、くたびれ儲けにならなければいいのですがねえ。口をついて出た当然の心配も、パチュリー様にとっては鼻で笑う程度のものでしかなかったようです。

「朝の時間にも言ったわね、それこそあなた次第よ」

 大きなリターンを得たいと思うなら、それに見合うだけの努力をなさい。それを惜しまないか手を抜くかで、成功率どころか配分の利率も格段に違ってくるものよ。諭すように、というよりむしろけしかけるように聞こえたのは、私の耳と性格が悪いせいだったのでしょうか。

   *

 かれこれ1時間ばかり機械の洞窟の中を曳き廻された後、私は解放されました。
 本日のカリキュラムはこれにて終了と告げたパチュリー様は、朝に私が届けた手紙(ほとんどが金融商品の勧誘)の内容を確認するために読書室へと向かわれてしまいます。
 しかしカリキュラムが終わろうとも、私の仕事そのものが終わったわけではありません。パチュリー様と別れた私は、単純な疲労と複雑な心労とで疲れた足を引きずって、建物内に設けられた『温室』へと足を運びました。

   *

 温室も基本の造りも先の動力室とそれほど変わりはありません。違いがあるとすれば、そこかしこに置かれているのが機械ではなく、頑丈なガラス(鉄より硬いのだそうです)で仕切られた巨大なケージであるということでしょうか。

 正確に云うならこの温室は、主にパチュリー様が魔法の生贄や触媒として育てている動植物の育成・栽培場です。育てられているものの中には、外ではとっくに絶滅したはずの生き物も含まれているので、取り扱いにはそれなりの注意を払う必要があります。とはいえ動力室と同様、ここも餌やりや衛生環境の整備をはじめとした部分が高度にオートメーション化されているので、やれることといえば動物の育成状況を逐一チェックするか、さもなきゃ保健用の予防注射を打ち込むくらいでしかないのですが。
 なお飼料をはじめとした消費資材をどうやって調達しているのかとの疑問が浮かびそうですが、これはおそらくこの建物内の施設によってまかなわれているのではないかと推測しております。具体的な“からくり”までは理解の範疇外ですが、この建物自体がパチュリー様のために設けられたコロニー(居住地としての)として機能しているのにも関係があるのでしょう。その意味で“ここ”は、研究者であるはずのパチュリー様をもモルモットとして考えた実験場といえるのかもしれません。

 ガラス窓で仕切られた動物の育成ルームの向こうでは、ちょうどご飯の時間だったらしい豚さんたちが、餌箱にがっついていらっしゃいます。皆さん、たくさん食べて大きく育ってくださいね。微笑ましい物を見る眼差しを(少なくとも私ゃそのつもり)彼ら彼女らに向けてから、育成状況や各ケージの空調機器等のチェックに取りかかります。

 半刻ほどの時間をかけて作業は終了。本日分のチェックシートに『異常、不具合ともに一切なし』の記入を書き込んだ私は、部屋の隅っこにある魔術用の薬草が植えられている、一際大きな植物育成槽の横に置かれたケージの扉を潜りました。最近、パチュリー様から許可を貰い、使われていない予備の育成槽のひとつをを借り受けて家庭菜園にしているのです。予備なだけあって、こちらは機械による手はほとんど入っていないので、水やりをはじめとしたお手入れは私がしなければいけませんが。

 育ち具合の確認やお手入れの後、私は生物育成槽に戻り、そこから一番ぽってりと太った鶏さんを選んで“ちょっとそこまで”ご足労願いました。ついでに卵も頂戴しておきます。
 今晩のご飯はチキンスープにでもしますかね。施設の隅っこにある生贄を処分したりその生き血を集めたりするための場所で、私は夕餉の献立に思いを馳せながら鶏さんの首に屠殺用のナタを叩き込みました。

   *

 夕食の材料を手に入れた私は準備のために一旦、一階のキッチンに向かい、そこで軽い下準備を済ませてから建物の戸締まりをしていきました。
 とはいっても実はこの建物、内側への護り、要は居住者(パチュリー様のこと)への安全対策には十全万全の体制を整えてはいるのですが、外からの侵入者への警戒は結構な“ザル”で、少し気を緩めただけで今朝の“お客さん”のような手合いの侵入をあっさり許してしまったりするのです。

 これはマズかろうと、過去には私も何度か防犯対策の改善を具申したのですが、パチュリー様には取り合っていただけませんでした。曰く、

 ───邪な理由でやってきた連中なんて、どうせ生きては“ここ”を出られないんだからいいじゃない

 というのがその理由だそうです。他にも、

 ───それに、ときたまだけど魔法の実験のために『人出』が必要なときもあるからね。わざわざ向こうから志願してくれるのを、追い払うこともないでしょうよ

 ……とも仰っていましたが。

 まあ本職の《魔法使い》にとって、小手先の防犯対策なんてもんが何ひとつの意味もなさないくらいのことは私だって弁えてますがね、ともあれ雇われている身としてはそれで仕事を怠っていい理由にはならんので、今日もこうして“せっせ”と戸締まり用心に精を出すわけです。
 たとえそれがポーズだけでしかなく、雇い主にもそれを見抜かれているにしても。

   *

 10分ほどの時間ですべての扉と窓の鍵閉めを終えた私は、キッチンに戻って夕餉の準備に取りかかりました。今日のメインは決めていた通りに、チキンと野菜のスープ。残した分は明日の朝ご飯にでもしてしまいましょう。お鍋に材料を放り込んだ私は、鼻歌とともに冷蔵庫の傍に置かれたワインセラーを開き、夜のワインはどれにしようか選び始めるのでした。

   *

 朝が早い小悪魔は、やはり夜も早くに迎えてしまうものです。

 夕食を終えた私はさっさと自室に戻り、シャワーを浴びて今日1日の埃を落とし、寝間着に着替えてベッドに腰掛けました。ベッド脇のサイドテーブルには、就寝前の読み物として選んだペーパーバックとお湯と蜂蜜で割った赤ワインを満たしたグラスが置かれています。その本を手にした私は、ページをめくりながらお湯割りを口にしました。
 本の内容は安っぽい装丁に見合うように“しょうもない”ものでしたが、寝る前の読み物としては面白いものよりは、流し読みでも充分に頭に入るくらい低俗な内容しかないものの方がいいのです。なにせ、下手にのめり込んで目が冴えてしまっては堪らないので。こうして寝酒をやりながら、眠くなるまでだらだら読書に勤しむというのが、近頃の私の愉しみであったりします。

 グラスが半分くらいにまで減ったところで、私は欠伸をこぼしました。
 今日のところはこれくらいで寝てしまいましょう。私は栞も挟まず本を閉じ(どうせ明日にゃ内容なんざ忘れてます)、残ったワインを飲み干しました。部屋の明かりを消し、ベッドに潜り込みます。

 おやすみなさい。誰に言うでもない就寝の“あいさつ”をつぶやき、目を閉じる。

   *

 世の小悪魔の日常がどのようなものかは知りませんが、少なくとも私の日々は大体このような具合で過ぎていくものです。
 登場人物

 小悪魔

 へそと性根の曲がったアン。バブリースライムやコボルド相手ならいい勝負。

 パチュリー・ノーレッジ

 口と性格の悪いマリラ。友好的な敵にもブチ込まれる開幕ティルトウェイト。
puripoti
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コメント



0.680簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
こいつら間違いなく性格がEvilだw
5.100名前が無い程度の能力削除
今回も面白かったです。
しかしレミリアが灰になる尻ってどんなだよwww
6.100名前が無い程度の能力削除
ボッタクル商店wwなつい単語がw
てかパッチェさんはリルガミンの出身だったのかwww
10.100名前が無い程度の能力削除
今回の話もとても面白かったです
劇中に出てくる小物にはなにか元ネタのようなものがあるのでしょうか?
12.100名前が無い程度の能力削除
次回も楽しみにしています
15.100名前が無い程度の能力削除
ほんとパッチェさんはいい性格してますね。ww
17.90名前が無い程度の能力削除
全編に共通する皮肉のスパイスがいいアクセントを醸し出していますね
21.90名前が無い程度の能力削除
粗がないわけじゃないけど書き込みの細かさと全体の簡潔さがここまで同居する文章も珍しい