Coolier - 新生・東方創想話

最後の最後の優しい景色

2014/11/05 12:31:24
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――あの。死神って、どんな格好なんですか?
 いつものように午睡を楽しんでいると、そいつは突然やってきてそう言った。
 何かと思えば、またくだらない事を聞くものだ。そんな事、生きている奴が知っても意味がない。知ろうが知るまいが、死は平等に訪れるものだ。
 そう思い、私はごろりと体を転がして逆を向き、再び夢の世界へ旅立つ準備をする。しかし、そいつは「あの、聞いてます?」などと言いながらこちらの体を揺さぶった。
 これでは、到底眠りに落ちるなどできそうにない。
 私は観念して身を起こした。一縷の望みをかけて大げさに欠伸を見せてやる。こちらが眠いということを示して出直させようという寸法だ。
 まあ……上手くいくなどと、微塵も思っていないのだが。
 やはりそいつはこちらの意志などお構いなく、また同じ質問を口にした。仕方なく、私はこう言ってやった。
 ――あんた、あたいを一体なんだと思ってるんだい。
 着物を左前にし、傍らには三途の川。そこには一艘の船が浮かべられ、手には大きな鎌を握っている。
 これほど「あたしゃ死神でござい」と主張しているのに、まだこいつは私を普通の人間だと思っているのか。だとすれば、目暗か余程の世間知らずか、そうでなければ白痴だろう。
 しかしそいつは首を横に振り、「いえ、あなたのようなのではなく」と言った。
 そこでようやく合点がいった。同時に、私の寝惚け眼がようやく開いていく。
 私は死神といっても、一般に広まっているイメージのような命の簒奪者ではない。むしろ出番はその後で、既に命を落とした魂を川の向こうへ渡してやるのが私の仕事だ。
 だから、私はそういう死神像からはかけ離れているのだ。とはいえ、彼らも別に全員が骸骨なわけではない。むしろ、そういう姿は人々のイメージに寄り添うためのサービスだと言ってもいい。
 ともあれ、こいつが尋ねているのは、そういう奴らのことなのだろう。
 それは理解したが、しかし私は納得していなかった。
 ――どうしてそれをアンタに教えなくちゃならんのよ。
 死は平等に訪れるものだ。時が来ればそちらがどうあがこうと、無慈悲に、無感情に、彼らはその鎌を振り下ろす。同じ死神である私ですら、寒気を覚えることがある程だ。
 だから、彼らについて知った所でできることなど無い。むしろ、知ってしまったことで、より強く恐怖を覚えることになるだけだ。
 ――それでも、知りたいものは知りたいんですよ。
 そう言って、そいつは私の隣にちょこんと座った。
 私は嘆息しながら起き上がり、懐から煙管を取り出して草を詰め込む。
 ――その辺り、あんたはよくわかってると思ってたんだけどねぇ。
 傍らに座る少女をちらりと見る。まず紫の短い髪、そこにあしらわれた花飾りが目に入った。そこから視線を下ろしていくと、くりくりと丸い瞳、陶磁器のような肌、色素の薄い唇と続く。
 同時に見えたのは、着物だ。人里でよく親しまれている、典型的なもの。しかし、その実はかなり上等なものなのだと、色合いや生地の細かさが物語っている。極めつけは、私よりずっと小さな――幼い体格だ。
とても三途のような危険な所に来る人間だとは思えない。彼女のことを知らない者が見たら、そんな感想を抱くことだろう。
 しかしてその実態は、遥か古代よりこの世界を見守ってきた一族の末裔にして、その本人――阿礼乙女の九代目である。
 ――なんでまた、そんなことを。
 そう聞いたのに、深い意味はない。強いて言うなら、口をついて出てきたというのが適切だろう。
 しかし、彼女にとっては重要なことだったのかもしれない。なぜなら、それを聞いた途端にそいつは丸い目を大きく見開いて、堰を切ったように話し始めたのだ。
 ――私の記憶は、私自身のものしかありません。あるとしても、歴史に関わる無味乾燥なものばかりです。
 改めて言われるまでもない。それは恐らく、この世界に住まうほぼ全ての者が知っていることだ。他の何者にも介入することのできない、絶対的な歴史である。
 ――でも、時々……本当に時々ですが、以前の記憶が蘇ることがあるのです。
 彼女は、記憶力がいい。それは常人が推し量れる域のものではなく、最早病的と言ってもいいほどだ。降り注ぐ雨粒を数えることも、練り歩く人々の行き先を知ることも、彼女にとっては呼吸をするのと等しく容易い。
 そんな彼女の言う記憶は、文字通り『蘇る』ものなのだろう。先祖でもあり、彼女自身でもある――歴代の阿礼乙女が築いた記憶だ。
 ――つい先日も、一つ思い出したのです。あれがいつ頃のことかはわかりませんが。
 いつしか、私は彼女の言葉を一言一句逃さぬように、意識を向けていた。外見によらず意外としたたかな彼女のことだ、そんな私の変化にはとっくに気付いていることだろう。
 じっとこちらを向いていた目が、今はどこか虚空を見ているのがその証左だ。私が彼女の話に引き込まれているのを確信しているである。
 ――私が床で臥せっている時です。あれは今際の際だったのでしょう、体に掛かった布団がまるで拘束具のように重く感じられたのです。
 家の者達は、ばたばたと慌ただしそうにしていました。私の葬式を挙げるためでしょうか、それとも他の用事があったのでしょうか……それはわかりませんが、とにかく私に一瞥もくれることなく走り回っていたのです。
 勘違いしないで頂きたいのですが、決して私が蔑ろにされていたとか、そういうことではありません。――ええ、確信を持ってそう言えます。なぜなら、その時私は彼らに対して、何ら悪い感情は持っていませんでしたから。
 むしろ、感謝の気持ちでいっぱいでした。その代の記憶が全て蘇ったわけではありませんが、今までありがとう、という言葉がぐるぐると頭の中で回っていました。
 ですが、その気持ちを表すことはできませんでした。なぜって、その時私は今際の際という所なのです。身体を動かすことなんてできませんし、声を出すのもとても億劫だしで、わざわざ彼らを呼び止めるほどのことでもない――そんな風に思ってしまったのです。
 ええ、今の私からすれば、そんな事は気にしないで言ってしまえばいいと思うのですが――その私は、些か引っ込み思案な質だったのかもしれませんね。
 とにかくそんな心持ちでしたから、感謝の気持ちも満足に言えませんでしたし、ましてや布団が重いなんてことは絶対に言い出せないことでした。
 それでも、重いものは重い。沢山の人が一斉に念じたって雨一つ満足に降らせられないのに、今にも枯れそうな人間一人が願った所で布団が軽くなるはずもありません――。
 話していくうちに彼女はどんどん暗い表情になっていった。
 実のところ、私は彼女とそれほど親しくはない。面識がないわけではないが、彼女の取材を受けたことがあるという程度だ。魂ならこれまで幾度も見てきたが、今現在の彼女――稗田阿求という人間については、ほとんど無知である。
 だから、その表情の裏で彼女が何を考えているのか、私にはわからなかった。
 それほど布団が重かったのだろうか――そんな馬鹿げたことを考えたが、すぐに埃を払うようにその考えを頭の隅へ追いやった。そんな茶化すような事を考える、それ自体が彼女への侮辱であるように感じられたのだ。
 死神という立場に身を置き、彼岸と此岸の狭間を行き来する私ですら、真に『死』を体験したことはない。しかし、彼女にとって、それは単なる通過点でしかないのだ。
 いや、通過点ですらないかもしれない。なぜなら、彼女は阿礼乙女としての生を終え、また生まれた時、自身についての記憶を何ら引き継ぐことなく生まれるからだ。
 ならば、彼女にとって『死』とは――彼岸にいる時というのは、一体何だというのか。
 床に伏せ、目を閉じ、少しの間まどろみに身を任せ、そしてまた目を開く。目を閉じていた間の事は記憶から消え失せ、やがてまた目を閉じる。
 まるで――夢だ。人が眠りについている間に見るという、夢とそれはまるきり同じではないか。
 ならば、彼女にとって、息を引き取ることは本当の意味での『死』ではない。『死』とは、それで終わるということだ。
 客観的に見るならば、「もう逢えない」とか「どこにもいない」などと言い換えることもできる。しかし、主観的には――死んだ後の主観というのも、矛盾した話だが――その有様は『終わり』の一言に集約される。
 束の間であれば、魂が残らないでもない。事実、私はそれらを運ぶ役割を持っているし、幽霊として現世を漂う存在になることもある。しかし、魂は所詮魂。そいつの意識を除けば、そいつがそいつであったと認識することはまず不可能である。
 そして、裁きを受け輪廻を巡る段に至って、いよいよそいつの存在は消えてなくなる。後に残るのは、遺品や遺族、そいつと親しかった者達による記憶だけだ。
 ――一つの生命としての幕を閉じ、また輪廻を巡って新たな生命として生まれ落ちる。
 言葉にするとこうも簡単なことだが、しかし人間は愚か妖怪でも閻魔でも――神でさえ覆すことのできない絶対的な仕組みだ。
 それをいとも容易く――容易くはなかったのだろうが――凌駕してみせた阿礼乙女という存在に、興味が無いといえば嘘になる。
 しかし、私はそれでも彼女のことを知ろうとはしなかった。いや、知りたくなかったのかもしれない。
 そんな私の胸中などお構いなしに、彼女は尚も話し続ける。
 ――布団が重かったのは、きっと私への思いやりだったのでしょう。生命の火が燃え尽きようとする私が、少しでも寒くないよう厚いものをかけていてくれだのだと思います。
 それが却って重荷となっていたわけですが……。ここ、笑うところですよ?
 ――笑えないよ。
 ――それは残念……ともかく、そんな風に、重いなあ、重いなあ、と思っていたときのことでした。突然、私に覆いかぶさっていた布団が剥ぎ取られたのです。
 とても乱暴な手つきで……そうですね、ねぼすけを無理矢理起こす時なんかは、あんな風になるんじゃないでしょうか。
 いや、私がねぼすけだったわけじゃありませんよ? ただ、そういう人もいるというか、私は歴史家として、当人の気持ちになってあらゆることをですね……。
 ――こほん。とにかく、そういう時です。
 勿論私は驚いたのですが、だからといって何ができるわけでもありません。ねぼすけさながら目をこすりこすり起きることも、無礼者と怒鳴ることもできません。
 せめてそんなことをした不届き者の顔を見てやろうと、どうにかして顔を回しました。
 だけど、それは叶いませんでした。やっとの思いで顔を動かしたと思ったら、その顔が何かで覆われたのです。
 そこに至って、いよいよ私は何事かと思いましたが、やはりできることなどなにもありません。声を上げることもなくひたすら困惑していると、顔を――いえ、顔だけでなく全身を覆っていた布を引き下げられました。
 そこでようやく気付いたのです、私を覆っていたものが、布団だったのだと。同時に、その布団が、それまでよりも軽いものだったということに。
 重い布団を、軽いものに代える――それはまさに、その時私が望んでいたことでした。
 咄嗟に、誰か家の者が私の心情を察してくれたのかと思いましたが、すぐにそうではないと気づきました。なぜって、家の者であれば、決してそんな乱暴かつ無礼なことはしないはずだからです。
 それでは、一体誰が――そう思いますよね。私もそう思って、どうにかその人を見ようと思ったんです。でも、すぐにその人は縁側から庭の方へ去って行ってしまいました。
 障子を開けたまま、ですよ? ふふっ……がさつな人だというのはわかりました。
 でも、それはそれでよかったかもしれません。だって、その時の私には、そこから見えた庭が、とても――とても、綺麗に見えたんです。
 暖かな昼下がりに、柔らかい陽光が、庭の木々や池に落ちて――そのどれもがとても優しく、だけど鮮烈に輝いているようでした。今にも燃え尽きそうな生命を大切に抱える私と対照的に、この世の生命が遍く持つ美しさを、垣間見せてくれたような気がします。
 先代の私も、たくさんのものを見てきたはずなのですが――どうしてでしょうね、その光景が一番美しいと思ってしまいました。この世界には、それ以外にも沢山、美しいものがあるはずなのに。
 そうやって庭の美しさに見惚れていたら、足音が近づいてきました。
 もしや先ほどの人が――と思わないでもなかったのですが、何ということはない、家の者が私の様子を見に来ただけでした。
 彼女は、家の中でも特に私と仲が良い子でした。子、というのは、彼女が私と丁度同じ年の頃だったからですが――ふふ、そう言うにはちょっと無理があったかもしれませんね。
 同じ年に生まれたのに、私のほうがずっと早く逝くことに大層悲しんでいたようですが――その時はもう、吹っ切れていたようでした。
 彼女は私の傍にそっと座ると、調子はどう? と尋ねてきました。その声に、庭に感じたような溢れる生命を感じたのを覚えています。
 私を気遣う優しい声。だけど、とても色濃く、はっきりした輪郭でもって辺りを満たしていくのです。庭から溢れるものと相まって、部屋の中は生き生きとした空気でいっぱいでした。
 私は、庭が綺麗だと言ったのだと思います。どうしてそこが曖昧なのか――ですか?
 ふふ――そう聞かれると思っていました。なぜなら、その言葉と同時にすうっと目が閉じていったからです。
 痛みや苦しみなどは、一切ありませんでした。まるで眠りに落ちるように心地よいのです。
 陽光に照らされてきらめきく庭と、まるで家族のように育ってきた親友。それが、私の見た最期の光景だったのです――。
 ……そう言って、彼女は話を結んだ。
 それはきっと、本当に幸せな光景だったのだろう。彼女の語り口と表情を見れば、それは容易にわかることだった。
 人より短い寿命に生まれつく。それだけならば、きっと悲壮な話になるのだろう。しかし、彼女からはそんな様子は全くない。例え短い命でも、こうも満たされた顔ができる――それが、少しだけ羨ましく思えた。
 しかし……。
 ――いい話だけどさ。質問の答えにはなっていないんじゃないかい?
 元々彼女は、死神が――命を刈り取る者がどういった風貌かを尋ねるために、こんな三途くんだりまで来たはずだ。その話は、どうしてそれを知りたいのか、という質問の答えにはなっていない。
 そう言うと、彼女はおかしそうに――本当におかしそうに笑った。
 ――実は私、最期に見たもので話していなかったものがあるんですよ。
 笑みを隠そうともせず、むしろ見せつけてくるようにしながら言う。その笑顔は、先ほど話をしながら浮かべていた柔和なものとは違う。まるで獲物を前にした猛禽類のようだ。
 それに圧されてか、私は思わず座ったまま後ずさり、それを追うように彼女がこちらへ身を寄せてくる。
 ――私が庭を見ていた時……障子の影に隠れていたつもりだったんでしょうね。でも、ちらちらと見えていたんですよ。
 何が――と問う前に、彼女は続ける。
 ――用を為すのかも怪しいくらいに、ぐにゃぐにゃと曲がりくねった……鎌が。
 私にできることは最早、蛇に睨まれた蛙のようにじっとして、そいつが立ち去るのを待つ――そんな、ありえない幻想にすがることだけだった。
 ――私がここに来た理由はね、小町さん。
 意図せずそらしていた顔を掴まれ、強制的に顔を顔を向き合わされる。その段に至って、私は観念した――自分でもわかるほど熱くなった顔を、隠しもせずに晒す。
 ――がさつで乱暴で、だけどとっても優しい死神さんに、お礼を言いに来たんですよ。
 そう言った彼女の顔は――とてもいい笑顔だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
短いSSですが、少しでも暇潰しにでもなれれば幸いです。
こまあきゅ、いいですね。書いてる最中にグッときました。流行れ。
プリン
http://twitter.com/pudding_mode
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コメント



0.130簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
良かったです
3.80名前が無い程度の能力削除
グットでした
文章のリズムを崩さないようにする為なんだろうけど、「――」に頼りすぎのような…
人によっては少し読みにくいかもです。
4.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気も良くて、良かったです
5.8019削除
素敵なオチでございました。
6.80絶望を司る程度の能力削除
素敵な雰囲気