Coolier - 新生・東方創想話

優しい悪夢の処方箋3

2014/11/02 12:49:58
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「んー、やっぱりいないなぁ。二錠飲んだ人は」

 往来を歩きながら手元の名簿にバツ印をつけた私は、思わず溜息をついた。
 てゐを寝かしつけた後、私が葛籠を背負って出向いたのは人里だった。
 ……人里、ここは他の場所を全部合わせたぐらい回る家が多い場所である。というのも、我らが永遠亭は立ち位置的に人間寄りなので、置き薬のお客も妖怪より人間の方が多いのだ。
 まぁ、妖怪は薬なんか滅多に必要にならないほど頑丈だからというのもあるんだろうけど。
 そんな訳で私は忙しく人家を回っている最中なのだけれど、今回に限ってはその忙しさは望むところだった。お客が多いということは、それだけ多くの人に悪夢を聞けるということなのだから。
 そして案の定、私は数多くの悪夢を聞くことができた。霊夢が言っていた胡蝶夢丸ナイトメアはジョークグッズという認識は、遺憾ながら人里でも共通だったようで、面白半分で飲んでみた人が結構いたのだ。中にはそのまんま、霊夢のようにバツゲームに使った人もいて、そういう使い方だと値段が高めなことも都合が良かったようだ。主にネタ的な意味で。
 そんな訳で私は予想以上の収穫を得ることが出来たのだが……

「ふむ、ここまで来るとさすがに気になるわね。いくら何でも二錠飲んだ人が少なすぎる」

 というか、いない。
 私が尋ねた人は飲んだのは一錠と言うばかりで、二錠飲んだという人は本当に誰もいなかった。
 胡蝶夢丸ナイトメア二錠の効果は怖い悪夢を見ること。確かに避けたくなるような効能だけれど、バツゲームとかならむしろこちらの方が好まれそうな気もする。主にネタ的な意味で。
 ……というのは本当にネタにしておくにしても、人数的に一人か二人ぐらいは二錠飲むハードなナイトメアジャンキーが居てもおかしくないような気がするのだけれど、現在まで該当者はゼロなのである。

(こうなってくると、二錠飲んだのが霊夢だけっていうのが引っかかる)

 霊夢の内面については少し印象が変わったものの、彼女が色々な意味で特別であることに変わりはない。内面にしたって特異であるという認識自体は間違いではあるまい。

(二錠飲む人には何か特別な条件がある? うーん、霊夢一人だけだと特定するのは……ん?)

 いや、もう一人いた。二錠飲んだやつが。
 そいつの名前は鈴仙・優曇華院・イナバという。

(私と霊夢に何か共通点がある……? んー?)

 少し考えてみるが、思いつかない。
 というより、霊夢と共通点があるやつというのが思いつかない。
 ……早苗がいることにはいるけど、とりあえず私のブレザーは腋は出てないので関係ないはず。

(けど、知りたい。昔のことは二錠飲んだ方がずっと深く思い出せた。私に必要なのはきっと二錠飲んだ時のサンプル。二錠飲む人の条件さえ解れば……)

 もっと沢山の悪夢を集められる。ひょっとしたら何か新しいことも解るかもしれない。
 顔が綻ぶのを止められない。胡蝶夢丸ナイトメアによる悪夢の更なる深化の可能性。それ以上に私が望んでいるものはないのだから。

「……って言っても、今のところ二錠飲んだ人が見つからないのは変わらないかぁ」

 新しいことに気付いて浮き立っていた心があっという間に消沈する。
 必要な情報を得るための情報は、やはり足で集めるしかない。少なくとも今のところその事実は変わらなかった。
 困った。頭痛だけならともかく、目眩や足がふらついたりする頻度が増しているので、早めに片付けなければ身動きできなくなってしまいそうなのに。相変わらず頭だけは醒めているけど。

「んー、今日はもう薬売り休もうかな。悪夢を聞くだけならそっちの方が便利だし」

 師匠が帰ってきた時に叱られるのは決定しているようなものなのだし、今更一つ二つ叱られる理由が増えても構うまい。うん、そうしよう。
 自分でも驚くほどあっさり固まった決意に少し驚く。けれど身体はそれも置き去りにして、背負った葛籠を片付けようと……
  
「そこの兎さん、ちょっとお話いいかしら?」

 したところで、いつの間にか隣にいた青い人影に気付いた。
 青い髪に、深い湖のような目。服もそれを薄めたような水色。そんな青づくめの女性が、壁に空けた穴の縁で頬杖をついて、私の横で薄く笑ってた。

「……霍 青娥、であってるかしら?」
「あら、紹介もせずに呼んで頂けるなんて嬉しいこと。私も有名になったものねぇ」
「そりゃ人里であんだけ派手に泥棒やれば有名にもなるわよ」
「あらひどい。頂いたものは、ちゃんと後で返しましたのよ?」
「そうなの?」
「ええ、夜叉の如き形相で怒る慧音さんとやらに、啄木鳥のような頭突き連打を貰いまして。金剛不壊な私の頭がへこむところでしたわ」
「自主的ではないのね」

 言って私は溜息をついた。
 ともあれ、私が通り過ぎようとしていた茶屋の壁に穴を空けて現れたのは、サンタクロースを騙って金品を盗むという魔理沙より開き直った泥棒、もとい仙人、霍 青娥で間違いないらしい。
 幻想郷に顔を見せるようになったのは最近だと聞いていたけれど、意表をついた登場の仕方は古参妖怪にも引けをとらないインパクトである。
 実際、いきなり声をかけられて私は少なからず動揺していた。それを隠す為に私は必死に落ち着いたように取り繕って言葉を出した。
 
「それで? その有名な霍 青娥さんが私に何の用かしら?」
「んーその前に……もしかしてなのだけれど、私は何か不興を買うようなことをしてしまったのかしら? 貴方のお家から何か頂いたことは、なかったと思うのだけれど」
「……」
「貴方、とても怖い顔してるわ。ああ、キョンシーみたいな顔色とは関係なしに、ね」
 
 そう言って青娥は、薄い笑みはそのままに、さりげなく重心だけを後ろに動かした。
 見逃してしまう者も多いだろう、密かな逃げ支度。そう言えば、仙人は死神に命を狙われ続ける宿命にあると聞いたことがある。だとするなら感じたのだろう。向けられ慣れた殺意を、私から。

「それで? 私は話を続けさせて貰っても構わないのかしら?」
「…………はぁ、手短にならいいわ」
「あら、いいの?」
「嫌って言って、あんたが諦めるとは全く思えないもの。ならさっさと済ませた方がマシよ」
「あらあら、私ったら為人まで有名になってしまっているのかしら?」

 青娥は頬に手を当て、始終浮かべたままの笑みをほんの少しだけ深める。
 当然のことながら、私が青娥について知っているのは噂が幾つか程度で、為人など知りはしない。
 ただ……

(浮かべてる笑みが、てゐにそっくり)

 向こうは無邪気、こちらは嫋やか、纏う色は違っていても装っているという仮面のような本質は変わらない。そして、てゐのような奴がここで諦める訳がない。
 いや、笑みの仮面が私の殺意に気付きながらも揺らがない辺り、下手をすればてゐよりも質が悪い。そんな奴に、用があると付き纏われるのはごめんだった。

「手短に、お願いするわ」
「手厳しいわねぇ。それじゃ早速だけど、私じゃない貴方の方は、薬売りの鈴仙さんで間違ってないかしら?」
「……そう言えば、言ってなかったわね。ええ、私が鈴仙・優曇華院・イナバよ」
「ですわよねぇ。その制服は幻想郷じゃ珍しいもの」
「……『外』の事に詳しいって言うのは、本当らしいわね」
「ええ『外』にも詳しいわよ? 月の玉兎の鈴仙さん?」
「――――」
「ふふ、あらかじめ言っておきますが、私は貴方個人の事は知りませんわ。ただ、玉兎というのはそもそも大陸の妖怪譚ですし……私、強いお方の勇姿に目がありませんので、昔ここの妖怪達が月に攻め入るのを覗き見たことがありますの。勇姿を見せて下さったのは、あちら側の方々でしたけど」

 あちらの方々の側仕えが貴方のような格好をしておりましたわ。そう言って青娥が、半分だけ仮面を剥がしてニヤリと笑う。
 本当に殺してしまおうか。私の理性と直感が同じ行動を思った。
 理性の方は、私が玉兎と知られているのはまずいという道理を説いてくる。私や師匠達が月の出身と知っている者は、実は人間にも妖怪にも結構いる。ただ、そいつらのほとんどは幻想郷の維持を望む奴らで……言ってしまえば、すでに話がついている奴らでもある。逃亡者である師匠と姫様、ついでに私を売って月と諍いが起こる可能性を呼びこむことは、彼らの利害の為にないと言っていい。だが……
 直感の方が、理性に続けて言う。"こいつ"はまずいと。
 更に理性が直感に後付する。今、私に月の出身だと知っていると告げる理由はこいつにはないはず。なら何故私にそれを告げたのか?
 こいつの笑みを見れば解る。面白いからだ。ただ本来知らないはずのことをぶつけて、煽って、楽しんでいるのだ。断言する、こいつはてゐよりも質が悪い。
 そんな奴が、利害なんて理由で口を噤むだろうか? 今はまだいい、こいつにあるのは悪意だけで害意はない。ただ、この先私達に害をなすことに興が乗ってしまった時、こいつは……

「何か勘違いさせてしまったようですが」
「……ッ」

 パンと、仕切り直すように青娥が胸の前で手を叩いた。

「私は貴方と、貴方のお師匠様達と敵対するつもりはありませんわ。少しからかったことも、あまりに不快なようなら謝罪させて頂きます」
「……それを信じろって言うの?」
「信じられるはずです。私は貴方がた月の住人の力を知っているのですから。あんな反則じみた方々……それも八意などと名乗る方を敵に回してどうにか出来ると思うほど、自惚れてはおりません」
「それは……」
「む・し・ろ、疑われたことの方が私には疑問ですわね。月人の力をよく知るはずの貴方が、どうして月を知る私が敵対し得るなんて思ったのか……だって、ねぇ?」

 青娥はちろりと真っ赤な、染めたような青の中で唯一赤い唇を舐めて言った。

「それを疑うなんて、まるで月人が打倒し得る存在だと、そう認識しているみたいじゃありませんか?」

 青娥が壁の穴からこちらに身を乗り出して、私の目を覗き込む。
 玉兎の目すらたじろかせる、心を覗き込むような青い瞳。その目の中には純粋な愉悦の色だけがあった。
 まずい。師匠ですら、最近まで自分ですら知らなかったことを、たったこれだけの会話で見透かされた気がする。なんなんだこいつは。いきなり現れてこちらの心中を滅茶苦茶に引っ掻き回してくる。
 これじゃまるで、まるで……いや、

「すぅ、はー……青娥?」
「あら」

 違う。それは違う。

「私は手短にって言ったわよね? それともこれが本題なの?」

 青娥に飲まれかかっていた心を、息を吐いて持ち直す。
 少し前までの私なら危なかったかもしれない。けど、今はもう足りない。これも断言できる、青娥はてゐよりも質が悪いのかもしれないけど……あの、悪夢の魅力には及ばない。

「ふふっ、本題ではなかったのですけれど……これが本題でもいい気がしてきましたわ。どうです鈴仙さん、ご一緒にお茶でも? もちろん、支払いは私が持たせて頂きます」
「ほ・ん・だ・い!!」
「残念、フラれてしまいました。では、これ以上不興を買わない内に……今更ですけど、私が用があるのは玉兎の鈴仙さんではなく、薬売りの鈴仙さんですの」
「薬売りって、あんたが?」
「ええ。もちろん私は、大抵の薬なら自前の煉丹で代用できるのですが……貴方のところで取り扱っている薬に、少々興味を惹かれるものがありまして。良ければお譲り頂けたらと」
「それはいいけど……悪いけど、多分その薬は持ってないわよ? 貴方が興味を持ちそうな特殊な薬は、置き薬にはしてないもの」
「いえ、私の推測が正しければ貴方は持っているはずなのです。胡蝶夢丸ナイトメアと言いましたか、あの薬は……あら、どうされました?」

 客である以上、一応の誠意として下ろそうとしていた葛籠を取り落とした。青娥がきょとんとした素の表情で首を傾げる。
 私はそれに、何でもないと、どうにか動揺を抑えてそう返した。動揺を抑えるのはさっきよりもずっと楽だった。頭だけは体調とは別に醒めているつもりだったけれど、それは勘違いだったらしい。さっきまでの私は、今の私に比べれば寝ぼけていたも同然だ。
 ああ、どうしよう。胸がドキドキと高鳴っている。今、青娥はなんて言った? 推測が正しければ貴方は胡蝶夢丸ナイトメアを持っている?
 持っている。確かに私は持っている、青娥の推測通りに。それはつまり、青娥は何か正鵠を射る推論を、胡蝶夢丸ナイトメアについて持っているということになる。
 手が震えそうになる。知りたい。青娥は一体、胡蝶夢丸ナイトメアの何を察しているのか。私は知りたくてしょうがない。

「胡蝶夢丸ナイトメアなら確かに持ってるけど、良く解ったわね。あんなマニアックな薬、それこそ持ち歩いてるなんて思わないでしょうに」

 葛籠を開けながら、上擦りそうになる声を抑えて青娥に問いかける。
 直接訊ければいいのだが、青娥は私が知りたがると面白がって答えない可能性がある。ああ、失敗した。青娥の誘いを断わるんじゃなかった。雑談の代わりに聞けたかもしれないのに。

「……興味がおありですの?」

 青娥の尋ねる声に顔を上げそうになるのを必死で堪えた。
 大丈夫、これはまだ疑念の範囲のはず。今まで頑なだった私が話しかけてきたから不思議がっているだけ。疑っているだけで、確信はしていない。

「そりゃこうして見透かされればね。興味はあるけど、長くなるようならいいわよ。次に回らないといけない所があるから。で、何錠いるの?」

 私は胡蝶夢丸ナイトメアの入った包みを取り出して……ああ、そういえば、

「ごめん、先にこっちを見て貰える? 最初にこの薬を売る時は、まず説明書きを見せなさいって師匠に言われてるの」
「ええ、構いませんわ」

 ここで私は初めて顔を上げる。運がいい、今まで説明の書かれた薬包紙を忘れていたのは本当だから、実に自然に話かけられた。
 青娥は当然のように薄っすらと笑って、私の手から黒い薬包紙を受け取る。薬包紙を矯めつ眇めつして観察するその表情からは、何を考えているか全く読み取れない。
 
「注意、この薬は服用すると悪夢を見ます」

 青娥は薬包紙を見上げるように掲げて、注意書きを詠うように読み上げる。
 
「一錠、愉快な悪夢が見られます。二錠、怖い悪夢が見られます……」
「……青娥?」
 
 私は思わず呼びかける。
 青娥が笑っていた。その笑みはこれまでの作り笑いでも悪意のある笑みでもなく、もっと落ち着いた、微笑みという言葉の印象、そのままの笑みだった。
 けれどそれは一瞬で、青娥はすぐに元の薄い笑みに戻って、こちらに手を伸ばす。

「鈴仙さん、薬の方も見せて貰えます?」
「え、ええ」

 青娥の手に黒い目玉模様の丸薬をのせる。青娥はそれをジッと見つめて、ほんの少し、本当に少しだけ眉をしかめた。

「はぁ、私は一錠のようですわね」
「え、ん? 一錠のよう?」
「ごめんなさいね、鈴仙さん。せっかく出して貰いましたけど、この薬を買うのはやめておきますわ」
「え、え……?」

 手に持った薬包紙と胡蝶夢丸ナイトメアを、青娥はあっさりとこちらに返す。
 気のない態度で解る。青娥はこれだけで、ただ見ただけで胡蝶夢丸ナイトメアから興味を無くしてしまった。
 困るし、意味がわからない。ただ見ただけで、一体どうして……?

「妬けますわねぇ」
「え?」
「私にはまるで興味がありませんのに、貴方はその薬には興味津々なんですもの。自信失くしてしまいますわ」
「あ……」

 まずった。驚いて取り繕うのを忘れてしまった。
 青娥はそんな私を見てクスクスと、こちらの気も知らずにさも可笑しそうに笑う。

「ふふ、そして何より悔しいのは、この薬に惹かれている貴方に私が惹かれてしまっていること。ねぇ鈴仙さん?」
「な、なによ?」
 
 青娥は身を乗り出して、葛籠の前でしゃがんでいる私に顔を寄せる。

「私、貴方のことが気に入ってしまいました。だから、素直に尋ねて頂ければ……」

 私の頬を撫でながら青娥が婀娜っぽく囁く。
 魅入られるような妖艶さで笑う青娥に、私はより確信を深くする。こいつは間違いなく、絶対にてゐよりも質が悪い。
 てゐはどんなに悪戯しても人を破滅させるようなことはしない。そこには確かな気遣いがある。けど青娥は多分、破滅したらしたで構わない。そんな風に考えている。積極的にそれを望んでいなくても、結果的にそうなっても構わないと。それもまた面白いと。
 そして、そう解ってしまうのに……

「教えて。貴方はこの薬の、悪夢の何を知っているの?」

 こんなにも人を惹きつける。
 邪仙。人を陥れる、仙人にして仙人に非ざる者。それはきっとこんな奴のことを言うのだろう。

「ようやく……本音を聞かせて頂いた思いです」

 青娥は顔を離して、嬉しそうに童女のように笑った。こんなにも多彩な笑顔を持つ奴は初めて見た気がする。

「とはいえ……」
「な、え……!?」

 すぅ、と青娥が顔を出していた穴が消えた。当然、青娥の顔も見えなくなる。

『ただお教えするのでは面白くありません。ですので、ほぼ解答に近いヒントを』
「な、ちょ、あんた……」
『帳簿をご覧になって下さいな、そして胡蝶夢丸ナイトメアをいつも買っていく者が求めていく数を。それが貴方が探している答えになるでしょう』

 立ち上がって辺りを見回す。どこにも青娥の姿はない。仙術かなにかなのか、声だけが聞こえる。
 姿のないその声は最後に……

『それでは鈴仙さん、どうか良い夢を……ツァイチェン』

 そう言って霞のように掻き消えた。
 私は煙に巻かれたような気分で、その場に立ち尽くす。

「胡蝶夢丸ナイトメアの……数? いつも売れていく、数?」

 聖白蓮、八坂神奈子、洩矢諏訪子……他にも何人かいる悪夢に憑かれたはずの同類の顔を思い浮かべる。
 そして……

「あ……」

 気付いた。私は慌てて胡蝶夢丸ナイトメアの薬包紙を手に取った。
 運が良かった。最近、胡蝶夢丸ナイトメアが連続で売れたから帳簿を確認しなくても解る。思い出せる。

『それで? 今回は何錠いるの?』
『うん、三錠ほど貰えるかい?』

 ナズーリンを通じて聖人が悪夢を何錠欲しがったのか。

『でも確かにそうですね。御二方の事ならなんでも知ってる私ですけど、それをわざわざ買い求める理由は解りませんね。しかも一ダースも』

 風祝を通じて守矢の祭神達が悪夢を幾つ求めたのか。
 そうだ、どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。
 彼女達が求めた数は……

「ああ、やった……」

 全て"三の倍数"だった。
 青娥と同じように"日に翳した"黒い薬包紙、そこには新しく透かし文字がくっきりと浮かび上がっていた。


 用量
  一錠:愉快な悪夢が見られます。
  二錠:怖い悪夢が見られます。

  "三錠:かつての悪夢が見られます"


 その一文を見て、私は泣いた。零れた涙は歓喜の結晶だった。
 会える。これで私は、名前を忘れたあの子にもう一度、もっと……!!
 私はたまらず走りだす。人里を飛び出し、迷いの竹林に差し掛かった辺りで背負った葛籠は放り捨てた。こんな重いもの担いでいられない。
 一歩ごとに乾いていく、悪夢への渇望が強くなっていく。そうして走って走って……

「だめ、もう無理……ッ」

 迷いの竹林の途中で、私はへたり込んだ。
 身体が熱い。走ったせいだろうか? それとももっと別の?
 どちらでもいいし、どうでもいい。今はそれより喉が乾いた。けど水なんて要らない。そんなものじゃ私の乾きは収まらない。
 ポケットから包みを取り出す。いつこれだけ葛籠から取り出したのか、何故そこにあることを覚えているのか、それももうどうでもいい。何もかもがどうでもいい。どうでもいいどうでもいいどうでもいい!! ただ悪夢を、悪夢だけを、あの子を――

「やっと……会える」

 手の平に乗せた三つの丸薬をまとめて飲み干す。
 喉を通り過ぎる甘さ、その正体に私はようやく気付いた。

(思い出した。これ……)

 意識が一気に遠くなる。目の前が暗くなり、頬が地面に落ちて、その感触すら消えて……

(血の味に、似てるんだ……)

 かつての記憶を早速一つ思い出し、私の意識は完全に消えた。
 最後までなにより感じていたのは、懐かしい血の味だった。










………………

…………

……








 



 うーさぎ、うさぎ、なーんのためー、はーねーる、だーれのためー、はーねーるー♪
 うーさぎ、うさぎ、なーんのためー、はーねーる、だーれのためー、はーねーるー♪
 うーさぎ、うさぎ……











………………

…………

……








 




「レイセン、起きてレイセン。そろそろ到着よ」
「ん……うん、起きた。'    '、おはよう」
「はい、おはよう。二時間だけだったけど、よく眠れた?」
「うん、なんか変な夢見た気がするけど、久しぶりによく寝ました……っと」

 軍用トラックの荷台の上、狭い腰掛けの上で'    'の膝を借りて眠っていた私は、寝ぼけ眼を擦りながら身を起こした。
 首を巡らせて辺りを見回す。ホロが被さった暗い即席の部屋、周りに居る、私とは少し意匠の異なる野戦服姿の玉兎達が、一言も発すること無く小銃を抱えて座っていた。ポツポツと、雨がホロを叩く音だけが響いていた。

「あ、兎だ」
「……ここは兎だらけだって解ってて聞くけど、なんの話?」
「ほら、あそこのホロの染み、兎に似てるでしょ?」
「……はぁ」
「ん? 似てなかった?」

 大げさに溜息をついて見せる'    'に、私は首を傾げて見せる。
 おかしいな、似てると思ったのに。不機嫌そうな顔なのが残念だけど。とは言え、それは仕方がないことなのかも知れない。
 このトラックの荷台の玉兎達は、私と'    'を除いて、みんな不機嫌そうだったから。
 気持ちは解らないでもない。違う連隊の私達がいきなり同乗することになり、しかも私は余裕があるとは言い難い腰掛けの上に、一人だけ寝そべっていたのだから。むしろ不機嫌にならない方がおかしいと思う。
 それに悪いと思わない訳ではないのだが……まぁ勘弁して下さいとしか言いようがないとも思っていた。
 なにせこちとら四十八時間ぶりの睡眠だったのだ。この後の作戦の重要性を考えれば、しっかり休んでおかないのは、むしろ悪徳であるとさえ言える。
 なにせその作戦の成否は、ここに居る彼らの命をも左右するのだから。

「向こうの状況に変化は?」
「現地入りしてドンパチやってるシムト達から連絡があったわ。オールグリーン、全て予定通りであり、我らが准尉殿の舞台入りを待つばかりであります、だってさ。あとは……」
「あとは?」
「あー、作戦成功の褒章には曹長殿の膝枕を所望しますって。代わりに鉄拳をお見舞いしておくわ」
「あはは、言いそう。うん、らしいね」

 笑う私を見て、不覚だったわ、と顔を赤くして'    'はぼやいた。ダメだ、ツボに入ってしまった。
 何かの拍子で私を膝枕していることをシムトに言ってしまったのだろう。そしてあのお調子者なら……うん、むしろ所望しない方がおかしい。
 周りのみんなが凄く驚いた顔でこちらを見ている、それぐらい大笑いしてしまう……の割には何かみんなの波長がおかしい気がするけど、なんだろう?
 まぁいいや、今はとりあえず、

「レイセン?」

 私はむくれる'    'を尻目に、通信機を取り出してシムトに通信を送る。会話出来る状態か解らなかったので、文章で。

「なにを送ったの?」
「うん、'    'の膝は私のだから諦めてって」
「……まぁ、うん、そう」
「あと……」
「うん?」

 甲高いブレーキ音と共にトラックが止まる。乗っていた玉兎達がホロを開いて次々に出て行く。私もその後に続いて、ホロを開いた出口に向かう。

「だから、私ので我慢してって」
「……あの馬鹿が、作戦中にそれを見ないことを真剣に祈るわ」
「え、なんで?」
「あのプレイボーイ気取りが、アンタの前ではガチガチな理由を察しなさい。意気込み過ぎてトチリかねないわよ、アイツ」
「意気込み過ぎてって、この手の作戦は慣れっこでしょ、私たち」
「はいはい、その辺はもう諦めてるからさっさと行くわよ。あと……」

 私と'    'はトラックを降りて雨の中に身を晒す。
 その前にはトラックを降りた兵隊玉兎達が整列している。私達に向けて戸惑うような視線を送りながら。

「階級章、戻しておきなさい。ここまで来たら隠す意味もないでしょ、准尉殿」
「あ、そっか。忘れてた」
 
 私は今となっては随分汚れてしまった階級章を襟に付けた。
 村のみんなを撃ち殺したあの日に受け取った、現在月で私しか付けていないらしい階級章を。
 それを目にして整列した全員が一斉に敬礼する。その目と波長に浮かぶのは驚きと畏怖。
 ……玉兎の兵士は基本的に士官にはなれない。尉官以上は全て貴族たる月人が占め、曹長が玉兎の最上位となる……が、その例外になる階級が存在するという噂が玉兎達の間にはあった。玉兎達の戦意高揚の為に、畏れ多くも月人しか冠し得ない尉の文字を持つ玉兎の為の階級。
 "准尉"。実際に名乗る者は二百年ぶりになるらしい、兵隊玉兎の最高位。
 ……どうしてか知らないが、それが私であるらしい。驚いたことに。

「傾注!!」

 隣の'    'が叫び、一歩後ろに下がる。
 その厳しい横顔には膝枕を強請られて顔を赤くしていた面影は微塵もない。'    'のこの凛々しさにはいつも助けられている。如何にも歴戦の勇士といった感じの曹長が私に一歩譲る。これは私が本当に准尉であるということに、この上ない説得力をもたらしてくれる。初対面の者を指揮する時には、彼女がくれるこの威厳がとても役に立つ。私はどうも、威厳からも迫力からも遠いところにいるらしいので。それでも私は一応それっぽく咳払いしてから口を開く。

「えーどうも、お察しの通り准尉です。噂ぐらいは聞いたことがあると思いますが。で、突然ですが貴方達は今日限定で私の指揮下に入ります。これは正式な決定であるので、異論は認められません」

 ほとんど反射で敬礼し固まっていた兵士達がざわめき出す。まぁ、それも当然だとは思うけど。
 作戦通りに事が進んだのなら、彼らはそれぞれ別の部隊から引き抜かれ、集められ、何も聞かされずこの発言を受けたのだから。
 データを見る限り精鋭であるはずの彼らがさっきまで余裕なく黙りこくっていたのも、これが原因だった。作戦内容も、指揮官が誰かも知らされず戦場に送り込まれれば、不安にならないはずがない。

「作戦目的は敵指揮官である月人二名の排除。具体的には私が狙撃するので、貴方達はその護衛ということになります」

 ざわめきが更に大きくなる。もう一度言うが、彼らは精鋭だ。
 階級も玉兎の一番上である曹長が何人もいるし、そうでなくてもこの戦場の現状を理解している者が大半だろう。
 だからこそのざわめき。これを収めるには……うん、いつも通りでいこう。

「ちなみに、現在敵方と貴方がたの推定戦力比は6:1です。敗走寸前というか撤退戦の途中ですが、私の部隊の者が撤退中の部隊に接触しており、敵の進軍経路を誘導……こちらが狙いやすい位置におびき出すことに成功しています。ですので、成功の目は十分にあります。そして……」

 息を吸って、言葉と目に力を込める。

「成功すれば敵軍の混乱は必至。現在撤退中の貴方達の戦友は、間違いなく助かるでしょう」

 ただ事実だけを並べる。私に協力すれば得られる褒章を明言する。
 それだけで、嘘のようにざわめきが収まる。私は静まり返った精鋭達に告げる。

「貴方達のファイルを見せて貰いました。今、撤退中の部隊に兄弟がいる人がいますね。そこの軍曹さんと伍長さん」

 並んで立っていた二人の方を真っ直ぐに見る。
 ファイルの写真にあったいかめしい顔つきが、今は様々な感情で揺れていた。
 突然指名された困惑、注目を集めた緊張、そして……確かな期待。私の目には、彼らの感情が波長として映っていた。
 だから、私は提示する。

「助けたくないですか? 貴方達の家族を」

 彼らの期待通りに。彼らが望むものを。
 波長が揺れる。諦めていたはずの希望という震源が、彼らの波長を漣のように震わせる。
 頃合いを見て、目に少しだけ力を込める。赤い光がほとんど見えない程度に能力を使い、彼らの波長を増幅させる。
 
「私にはそれができます。だから私は准尉なのです。ですが、それには貴方達の協力が不可欠です。精鋭たる貴方達の全霊を注ぐ協力が」

 ジッと目を見る。言葉と能力の両方で、二人の波長を揺さぶる。
 私達玉兎の能力は、狂気を操る程度の能力と呼ばれている。本当にそのレベルで能力を扱える者はごく少ないのだけれど……その域に達すれば理解できる。確かにこれは狂気だ。ぐつぐつと煮立つように不規則に波打つ波長は、狂気としか言い様がない熱を放っている。そして熱は周囲に"伝播"する。
 兄弟という血縁は特別だとしても、元々同じ陣営の仲間達なのだ。顔見知りもいるだろうし、助けたいという感情を少しも持たない者は、この場に一人もいない。その感情に、二人の狂気が伝わっていく。狂気の振動が、冷静な判断で抑えていたはずの感情を呼び起こす。
 助けられない、助けたい、助けるべきだ、助けるしかない、絶対に助ける。少しずつ感情が、後者の方へと寄っていく。私の目は、それを簡単に把握する。
 だから……

「協力して、くれますね?」

 そう言った時には、もう彼らがどう答えるか解っていた。
 手にした小銃を掲げて雄叫びを上げる精鋭達。彼らは私に扇動されたことに気付いている。けれど、それさえどうでもよくなるほど感情が昂ってしまっている。もう、誰も止められないだろう。彼らを煽った私にすら。    そんな中、私に色の違う視線を向ける、不安そうな、心配そうな瞳。私が能力を使う度、彼女はそんな目をする。
 ……解っている。どうして'    'がそんな目をするのか、私は良く知っている。けれど、

「さて、それじゃあ行きましょうか皆さん。戦争の、時間です」
 
 踵を返して、一歩を踏み出す。戦場に、戦場へと。それを止めたい親友が居るのを知りながら、私は踏み出す。
 止まることはできない。迷うこと無く私の背を追う彼ら以上に、今この場で最も狂気に侵されているのは、私なのだから。
 ……准尉になったあの日から、ずっと、ずっと。











………………

…………

……








 



 つまるところ戦争というのは恐ろしく無節操なものだった。そういうことらしい。
 私が居た土地の領主である依姫様は、同族同士の殺し合いである月面戦争など下らないと考える方だったのだが、周りは彼女のそんな考えを許さなかった。いや、だからこそ、というべきなのだろうか。依姫様の領地は周囲の領主達に格好の獲物として捉えられ、袋叩きにされてしまった。
 聞くところによると依姫様は大層優秀な方だったそうなのだが、四面楚歌を地で行われてしまえば、防衛は不可能だった。割った餅のように領地を粉々に砕かれ、勝者によって好き勝手に簒奪された。そんな餅の一欠片に私の村が含まれ、たまたま私達の陣営の向こう側――私が撃った髭面の将軍――に渡ってしまった。であるなら、それは私達の敵だ。だから夜襲が行われ……偶々私達がそこに居た。ただそれだけの偶然。私達がこっそり売られたから起こっただけの、ただの偶然。ただそれだけで私は、私の村を撃ち殺す羽目になった。
 そんな今更な話を私は辛うじて聞いていた。
 あの夜から一夜明け――眠れるはずもなかったが――ずっと'    'に抱かれたまま震えていた私が、重い足を引きずって、それでも連隊長さんの部屋に来たのは、今回の任務について話があると言われたからだった。それは、それだけは何があっても聞かなければならなかったから。耳鳴りと頭痛で揺ぐ意識の中で、私はどうにか連隊長さんの話を最後まで聞き終えた。

「……と、昨夜の任務についての説明はこんなところだな。何か質問はあるか、曹長」
「あの……」
「何だ?」
「より……いえ、私が居た土地の領主様は……?」
「……詳しくは知らんが、領主自ら撤退の殿を務め、屋敷に籠城。最終的には包囲され火攻めにされたらしい。死体は見つかっていないらしいが、屋敷は全焼。普通に考えれば生きてはいないだろうな」
「そう、ですか」

 もう、生きてはいない。依姫様が。
 本当に、あの頃の思い出は全て失われてしまったのだと、改めて悟った。
 視界が歪んで、足から力と感覚が抜け落ちる。倒れてしまいそうになるのを、歯を食いしばってどうにか堪えた。何のためにここまで来たのか思い出せと、自分に命じる。
 私がここまで来たのは罪と向き合うためだ。昨夜の任務について話を聞きたいか? 本当は聞きたくなかった。結果はすでに出て、全ては過去になってしまっているのに、それをもう一度掘り返すような事はしたくなかった。けれど、それは許されないことだろう。殺したのに泣いてしまった私がこの上過去から目を逸らすのは、ともすれば彼らを殺した以上の罪だろう。だから彼らについての話があると言うのなら、私は聞かなければならない。聞きたくなくても、絶対に。だから

「済まなかったな、曹長」
「……は?」

 胸の重くなるような思考に沈んでいた私を、その一言が引き上げた。いま、この人は、なんと言った?

「今回の任務について済まなかった、と言ったのだ。理解できるか?」
「は、はい……」
「言い訳にしかならんが、この基地に居る玉兎の数は三千を越える。その出身地全てを私とて把握している訳ではない。何より敵の出身地など知りようがない。知っていれば配慮したのだがな」

 淡々と話す連隊長さんの姿を、この時ばかりは全てを忘れて私は呆けた顔で眺めていた。
 人に世情に疎いと言われる私だけれど、それでも連隊長さんが徹頭徹尾な貴族主義であることはよく知っている。山のように高いプライドを持ち、玉兎などそこらの機械と同程度にしか思っていない。そんな彼女が謝った。ほんの少しとはいえ、こちらに頭を下げて。有り得ない、そう断じていいはずの事だった。

「さて、それでだ曹長。お前は私が出撃前に話した事を覚えているか?」
「え?」
「……覚えていない、か。本来なら懲罰ものの不敬だが、今回は見逃そうか。これの話だ」

 そう言って連隊長さんは机の引き出しからピカピカ光るバッジと、布の、けれど貴金属の輝きに負けないぐらい立派な記章を取り出して並べた。

「この任務が終われば昇進だと言ったはずだぞ、レイセン"准尉"。この地位にまで上り詰めた玉兎はお前で十一人目、およそ二百年ぶりだ」

 連隊長さんが口の端だけ上げて笑う。

「私も実に鼻が高い。と言っても、この昇進は遅すぎたぐらいだがな。貴様ほどの戦果を上げている者など、月人の中にもそうはおらん。それをあの有象無象共め……ふん、私の栄進がよほど妬ましかったと見える」

 くつくつと、連隊長さんは愉しそうに、けれど陰鬱に笑う。
 私は机に置かれた階級章を見下ろす。これが本当に私の物になるのだとしたら、間違いなく私が人生で手にした中で一番高価なものになるだろう。それだけの値打ちが、一目で見て取れるほど上等な代物だった。
 けれど、私は少しも喜べない。むしろ胸の奥底から湧き上がってくるのは、途方も無い虚無感だった。全てが手遅れだと知った時に湧き上がる、不安にも似た真っ黒な靄。
 これを手に入れる代わりに、私は一体何を失った? 親、友人、あの頃の楽しかった日々……その中のどれか一つでも、この階級章の代わりにしていいと思えるものがあっただろうか?
 私にはこの階級章が、馬鹿な買い物をしたなとせせら笑っている声が聞こえたような気がした。

「……要りません」
「なに?」
「要らないです。欲しくありません。こんな……こんな物っ!!」
 
 机の上の階級章を叩きつけるように打ち払った。勢いよく飛んでいった権威の証が、壁に当たり、虚しく床に落ちる。
 とんでもないことをしたという自覚はあった。けれど、それすらどうでも良くなるほどの激情が私の中で渦巻いていた。さっきの虚無感がそのまま反転したような怒り。
 殺して、殺して、殺してきて。ようやくその意味に気付いて、こんなにも悔やんでいるのに……殺してきたことを、よりにもよって称えられる。耐えられるはずがなかった。兎が大らかな生き物だったとしても、絶対に。
 連隊長さんの顔から表情が消える。他人からも表情を奪うような、冷たい雪風のような無表情。
 それさえも、今の私には火種にしかならなかった。月人の異動命令に玉兎が口を挟むのは大変なこと、それを教えてくれた人のことを思い出すから。
 一秒後に頭を撃ち抜かれても構わない。そんなつもりで私は冷たい目を真っ向から見返す。

「……ふむ、理解し難いな。およそ玉兎として獲得し得る、最上の栄誉を袖にする……全く理解できん」
「栄誉なんて欲しく有りません。私は……」
「では一体何が望みだ? 金か? お前は親に金で売られたのだったな。なら心配はいらんぞ、准尉に支払われる給与は他とは比較にならん。お前自身が売られた額すら、あっという間に稼げるだろう」
「……な」
「それとも権力か? それも心配はいらん。准尉は文字通り尉官相当……月人並の権限を与えられる。相手が玉兎であるなら、等しく命令を下す事ができる。多少愉楽に使っても、貴様が戦果を出し続けるなら大目にみよう」
「私はそんなことっ……」
「では一体何が欲しい? 言ってみろ准尉」
「……ッ」

 目の温度はそのままに、語勢だけを強くして連隊長が私の言葉を遮る。

「貴様はどうやら自らが上げた戦果自体に不満があるようだが……不満であるのなら、なおのこと対価は受け取るべきだろう。望まぬ任務を、それでも果たしたのだからな。だから私は聞いている、お前は一体何を望む? お前は解っていないようだが、大抵の望みはその准尉の階級章で叶う。金も、権力も、それ以外の何もかも。少なくとも、その階級章があった方が遠ざかる望みなど、私には想像もできん。准尉、お前は一体何を望んでいる? その望みは、本当に准尉の肩書が邪魔になるようなモノなのか?」
「それは……私は……」

 言葉が出ない。出ないことに愕然とした。
 連隊長さんの言葉は、結局のところ的外れだった。私はもう兵士であること自体が嫌なのだ。兵士であり続けることが前提の対価は、そもそも対価に成り得ない。
 だから、私が動揺したのは准尉という対価の価値についてではない。

(私は……何を望んでいるの?)
 
 その答えが、いくら考えても出てこない。
 両親に売られこの基地に来て、どれぐらいたっただろう。私はこの基地で何人もの玉兎とすれ違って生きてきた。
 立身出世を夢見て、私に教えを請うた玉兎が居た。訓練場で私と共に居た彼は、振り向けばもう訓練場には居なかった。
 払いの良い給与を貯めて店を開くのだと語り、私に料理を振る舞ってくれた玉兎が居た。食堂で私と共に居た彼女は、振り向けばもう食堂には居なかった。
 三つ子が生まれたのだから仕方ないと笑い、家族の写真を肌身離さず持っていた玉兎が居た。私と戦地へ向かう廊下を歩いた彼は、振り向けばもう廊下には居なかった。
 生き残った私とすれ違い、背後の過去へと消えていった彼ら。彼らは皆、何かを望んで生きていた。だから戦場で戦っていた。私もそうなのだと思っていた。今、この時までは。
 
「どうした准尉? 私は何も難しいことは言っていないぞ。ただお前が、何を望んでいるかを言えばいい」
「あ……」
「それとも……まさか何もないのか? 散々に他者の望みを断ってきたお前が、まさか何一つ望みがないと?」
「う……」
「だとしたら滑稽だな。ああ、滑稽だとも。誰よりも自らの望みを優先させて来たはずのお前が、その実、何の望みもなく"なんとなく"で生きていたとは。いやはや、これは貴様が気に病むのも当然だな」

 連隊長さんは芝居がかった仕草で首を振り、青い目で心を覗き込むように私を見据える。
 そして、紅の引かれた唇で愉しそうに笑って、その言葉を口にする。

「そんなことでは、殺されていった者達が不憫に過ぎる。なぁそうは思わんか、准尉」

 ガタンと音が響く。その音を聞いて、私は自分が机の上に倒れこんだことに気付いた。数秒だけ、私は確かに意識を失っていた。
 
「あ……」
 
 机にぶつかった衝撃で意識を取り戻す。けれど、それに意味はあるのだろうか?
 私には何の望みもないのに。私には彼らのような生きている理由はないのに。ただ意味もなく殺してきただけなのに。
 ……と、

「これ……?」
「読んでみろ准尉、今度新設する部隊の詳細だ。お前の望みは、その中にある」

 無造作に私の前に落とされた書類の束。表紙には、秘匿、と書かれていた。
 最初私はそれを読むことを躊躇した。こんなものを私に見せるということは、私をこの部隊に放り込むつもりなのだろう。私はもう嫌だった。それがどんな部隊であっても、生きている者を的にすることは。私に褒章をくれるというのなら、後方に下げてもらうか、除隊を認めてもらうか、そのどちらかこそが褒章になるはずだった。
 けれど……私は気付けば書類を手にとって、貪るように文字を目で追っていた。私の望みはこの中にある、その言葉が嘘でも本当でも、無視することだけは無理だった。
 
「お前の超長距離射撃だがな、准尉。流石にあれだけの戦果を上げてしまえば、その存在は知れ渡ってしまう。あの髭面には上手く奇襲を仕掛けられたが、そうでない私の敵は、すでにお前に対する警戒を敷くようになってしまっている」
 
 黙々と書類を読む私に、連隊長さんは語り聞かせるように滑らかに話す。

「言うまでもないが、お前の狙撃の本質は隙を突くことだ。始めから警戒されるようでは効果は半減、いやそれ以下だ。これは上手くない、全く上手くない。貴様という稀有な駒を全く活かせていない。そこで考案したのがその独立部隊……感謝しろよ? この私が貴様の為に頭を悩ませてやったのだからな」

 頭に響くその声は、気付けば文字になって目の中に溶け込んでいた。
 聞いているようで聞いていない……すでにそんな状態になるほど私は読むことに没頭していた。

「なに、構想自体は単純だ。私の敵にお前の存在が警戒されるというのなら、お前を私の連隊以外で活用すればいい。我らと同盟を結んでいる者、私個人とパイプを持っている者。それらにお前を貸し出し、借しを作る。私の栄達にとって非常に有意義な行いだ。そしてそれは……」

 声が近くなる。連隊長さんが身を乗り出して、私の耳元で囁いた。
 その時だけは、私は連隊長さんの声をしっかり音として聞き取った。

「お前にとっても同じだろう? 准尉」

 頃合いを見計らっていたのだろう。そう言われたのはちょうど私が書類を読み終わった時だった。

「誰であっても、人に借りなどは作りたくないものだ。故にお前を借り受けようとするのは切羽詰まった者ばかりだろう。つまりお前は、敗戦間際の味方を救う救助隊として機能するわけだ。どうだ、准尉? 無意味に殺してきたお前が、今度は救う為に殺す……お前の望みの帰結点としては中々上等ではないか?」
「……」
「あるいは、お前を借り受ける者は、私に借りを作ってもなお問題ないほどに巨大な戦果を狙う者かもしれん。それを叶えることは我が方を圧倒的に優位に立たせる。そうなれば……」

 私はその時、咄嗟に耳を塞ぎそうになった。
 確信があった。次の言葉を聞けば、私はもう絶対に引き返せなくなる。それがはっきりと解った。
 だから……
 
「戦争を、終わらせる事が出来るかもしれんぞ?」

 耳を塞ぐことなんて出来るはずがなかった。
 絶対に引き返すことが出来なくなるほどの望みを、望みを求めている私が拒絶できるはずがなかった。
 連隊長さんの言葉は私の耳にするりと染みていった。かすかな冷たささえ感じた気がした。

「戦争が……終わる?」
「違うな准尉。終わるんじゃない。お前が、終わらせるんだ」
「私が、終わらせる」
「そうだ。お前が、だ」
 
 戦争。
 今日まで撃ち殺した人達の事を思う。愚かにも逃げまわっていたから、顔すら見ていなかったが、その分強く。強く。
 ――ボツリと私の胸に穴が開く。
 背中に消えていった人達の事を思う。茫として責任を忘れる事に必死だったから、声すら覚えていなかったが、その分強く。強く。
 ――ボツリと私の胸に穴が開く。開いた穴はまるで焦げ跡のように焼けていた。
 戦争を、思う。それさえなければ……彼らは死ぬことなく、思い出せない顔も声も、失われたりはしなかったのに。
 戦争。戦争戦争戦争戦争戦争。そうだ、戦争さえなかったら、私だってきっと……


 まだあの草原で、笑っていられたはずなのだ。親友と、もういない領主様と一緒に。


 ボツリ、ボツリと穴が開いていくそれは、きっと私の心だった。
 私の心に穴を開けたのは、きっと焼けつくような憎しみだった。戦争が、憎かった。私から全てを奪い、私を壊してしまった戦争が。

「……ろしてやる」

 憎悪に気付けば、後はあっさりしたものだった。私は至極簡単に、私の望みに辿り着いた。

「戦争を、殺してやる」

 私の憎悪が、私の口で、私の知らない声を吐き出した。
 私の知らないその声は、だからこそ理屈や道理を含まない純粋な願望だった。
 殺意。私はもしかすると、今日初めてその感情を理解したのかもしれない。穴の開いていた私の心は、とっくに憎悪に焼かれて燃え上がっている。
 顔を上げる。"連隊長"は私の顔を見て、口を裂いて暗く、けれど満面の笑みで笑った。

「准尉、私はその部隊の隊長を、勿論お前に任せるつもだ。だが独立性の強い部隊で、しかも私の指揮下を離れた活動が前提になる以上、その任に当たる者は相応の強い権限を持たねばならない。つまり……」

 連隊長は椅子を立って、床に転がっていた階級章を拾い私の方に差し出して、もう一度裂けたように笑った。

「解るな? "准尉"」

 私はもう迷わなかった。差し出された階級章を受け取り、襟に付け、即座に……

「了解です。連隊長」
 
 背筋を伸ばして敬礼する。今までにない芯が自分の中に通ったことが解った。
 きっと私はもう止まれないのだと理解した。

「部隊の細かなことはお前も交えて決定しよう。人員、装備、その他要望があるなら明日までに纏めておけ」

 そうしてもう一度、暗く愉しそうに笑って、

「せいぜい励めよ、兎。……行ってよし」

 私はもう一度敬礼して、連隊長に背を向けた。教練みたいな動きが自然に出た。
 不思議な感覚だった。耳鳴りも頭痛も未だ続いているのに、身体は今まで以上に精確に動く。身体と意識が別々になったような感覚だった。
 けれど私はそれを訝しくは思わなかった。耳鳴りや頭痛程度で、抑えられるはずがないのだ。今もまだ私の胸の中で燃え続ける憎悪の火は。
 身体は間違いなく不調なのに、意識が延々と暴走を命じ続ける。止まるな、止まるなと。私はそれに逆らう気が、全く湧かない。その異常が、全く気にならない。むしろ心地良くさえある。
 ……ああ、そっか。

(これをきっと……)

 部屋の扉を開けた私は笑っていた。
 口を引き裂いた、暗い笑みで。

(狂気っていうんだ)

 そう理解して、それがどうしてか可笑しくて、私はずっと笑っていた。
 あの連隊長によく似た笑みで、ずっと、ずっと。











………………

…………

……









 
 
 そうして私は准尉になった。反対する'    'を、多分初めて押し切って。
 それからの私は兵士として酷く真面目になった。ただこなしていただけだった訓練を自ら求め、'    'に任せきりだった指揮について貪欲に学んだ。そしてもう一つ……

「全員斉射」

 連隊長が渡りをつけた借り物の隊員達、彼らの一斉射は面白いように敵部隊の横腹に突き刺さった。それもそうだろう、彼らはろくに隠れてもいない私達の姿が"見えていない"のだから。

「斉射止め……クリア、前進です」
「すげえ」

 隣で銃を構えていた一等兵がそう呟いた。彼に限らず、周囲の全員が感嘆の波長を発していた。
 
「あんなに赤い目、初めて見た」

 爛々と赤い光を放ち、赤く赤く燃えるような目。薄暗い雨空の下では、人魂のように光の尾を引いて進む目。
 それが敵の目から私達の姿を消し去った、彼らが見ているはずの私の目の現在の姿だった。狂気を操る程度の能力、数多の波長に干渉し操る能力。あの日能力を使って以来、私が行使するようになった新たな力。いや、新たな、とは言えないのだろう。そもそも私の狙撃の才はこの目の力を元にしているように思う。より多くの波長をより仔細に把握する能力、それは狙撃に必要な諸々の情報をあまりに的確に私に伝える。今もほら……
 
「准尉、クリアと言うにはまだ生き残りがいる可能性が……」
「私の目には能力を使った波長通信も、通信機の波長も映ります。敵がこれだけの痛撃を受けて通信一つしない愚か者でない限り全滅してますよ」
「なっ、つ、通信機も、ですか?」

 赤く染まった視界が全てを把握する。
 時間をかけて行うはずの索敵を省略して、部隊は有り得ないはずの速度で押し進む。
 その速度に、不安の声を上げる者は少ない。私の能力で扇動された彼らは、狂気に駆られて歩を進める。さっき話しかけてきた人ほどの理性を保っている者は一握りしかいない。
 常に奇襲を掛け続けることが出来る隠密性、完全に統一された士気、部隊にとって必要なものをあっけなく調達する赤い目は、腹立たしいほど兵士として有用な才能だった。この目こそが、兵士に向かないと言われた私を、准尉にまで押し上げた。
 
「レイセン」
「ん、なに?」
「シムトから連絡。預けられた部隊が思いのほか優秀で、あと三〇〇秒以内にポイントにつけるようなら、トラップと逆撃で隙を作れるって」
「……」

 私の部隊の正規隊員は、兵士としての基本技能の他に、能力と戦術指揮に長けるメンバーが揃えられている。その隊員が他所の部隊に入り込み指揮することで、より多くの人員を狙撃の隙を作ることに注ぎ込めるからで、今の連絡はその成果と言えた。
 私は赤い目で戦場となっている森を見渡す。山間の道であるここは、木の他にも岩やら傾斜やら隠れ場所が選り取り見取りだったが、

(進行路には通信の波長も、感情の波長もない。ニ〇〇m離れたところに分隊程度がいるだけ……)
 
 私の目は、遮蔽物も問題にせず敵の配置を見透かす。
 三〇〇秒、急げば問題なく間に合う時間だった。

「'    '、南東にニ〇〇mの所に分隊がいるから十人連れて引き付けて。ここから距離を離せたら、そのまま撤退してもいいから」
「了解。でも、撤退なんてしないわよ。退路は確保しとくから背中は任せときなさい」
「ん、解った。お願い」

 頷きながらここで分かれる隊員に指示を出し、残りを連れて一気に山を登る。
 敵が哨戒の為に抑えていたこの山の中腹には、現在敵とシムト達が交戦している廃村を一望できる絶好の狙撃スポットがある。そこを抑えることが出来れば、今回の作戦は成ったも同然。そして、

「ごめんね」

 見張り要員として残されていた五人の目から私達の姿を消し去る。敵の姿に気付くことさえ出来なかった彼らは私達の斉射でこれまでと同じように地に伏した。

「クリア、ニ〇一秒……間に合いましたね。私は狙撃の準備にかかります。スポッターにニ名ついて下さい、他は周辺警戒をお願いします」
「りょうか……こ、ここから狙うんですか!?」

 私の指示に頷きかけた兵士達が、狂気にとらわれた上で、それでも驚きの声を上げた。
 准尉の階級に驚かれることに慣れても、赤い目の威力に驚かれることに慣れても、狙撃に驚かれることにはどうにも慣れない。
 ……たかだか三kmぐらいの距離を狙うことは、私にとっては当たり前のことだったから。だから、未だに慣れない。こんなに狙い易い位置に、五人しか置かれていない現実にも。

「周辺警戒を、お願いします」

 ジロリと彼らを睨め上げ、繰り返した言葉に険が乗ってしまったのは、だからだった。
 私が指揮官だったなら、ここには必ずもっと人員を置く。この目で敵の姿がないことを確認しても、不安が拭いきれなかった。
 この不安は、きっと私がこの目を持つ限り続くのだろう。それがきっと私みたいな小物がこの目を得た、ささやかな対価なのだろう。
 なら、それには抗わない。その代わり、

「うーさぎ、うさぎ、なーんのためー、はーねるー……」

 伏せ撃ちの姿勢でライフルを構え、スコープの先の世界に没頭する。赤い赤い世界に沈み込む。この目で得られるモノは全て手に入れると改めて誓う。
 連隊長はあの日言っていた。望まぬ任務を、それでも果たしたなら対価は受け取るべきだと。あの時は戸惑ったけど、連隊長の言うことは正しい。
 こんな人殺しにしか使えない目を押し付けられて生まれてきたのだ。ならせめて、せめてこの目がもたらすモノは全て。
 特注のスコープの先に目標となる月人の姿を捉える。彼らはみな指揮官階級だから、通信の送受信が集中しているところを見れば発見は容易い。一人、二人、即座に見つけ出してスポッターに付いている二人に位置を伝える。
 目標との距離を把握し、次いで戦況を見る。敵と相対しているシムト達の姿も見えた。スナイパーではなく、指揮官としての知識で逆撃によって得られる隙を計算する。得られるのは……恐らく五秒程度の敵指揮官の完全停止。私にとっては十分過ぎる隙だった。
 伏せたまま、腰元のポーチから二発弾丸を抜き出す。仕切りで分けられている弾丸の種別は見ずとも解る。風を見て、気圧を見て、雨を見て、必要な弾丸を選び出し装填する。
 
「うーさぎ、うさぎ、だーれのためー、はーねるー……」
 
 歌を切る。トリガーの瞬間だけは、歌など歌ってはいられない。呼吸レベルでも身体の動きを制動する必要がある。
 視界がこれまで以上に赤く染まる。目標の波長を通じて、この先どう動くかが手に取るように解る。

『シムト、カウント3で動いて』

 準備を全て終え、優秀な隊員に通信を送る。能力を使った通信は、口すら動かす必要がない。
 だから私は、最後までカウントを送る。

『3……2……1……』

 ゼロ。
 瞬間、ひたすら逃げまわっていた獲物が狩人に牙を剥いた。統一されたタイミングでの制圧射撃に加え、抜け目なく設置していた爆薬を一斉に炸裂させた。
 その威力は調子付いていた狩人の足を止めるには十分過ぎた。スコープの先の月人がはっきりと動きを止めた。

(一人目……)

 同時に私は引き金を引いた。
 嫌になるほどこの動作に馴染んだ指が、弾丸が銃身を通る感触さえ伝えてくるようだった。

(二人目……)

 即座にボルトハンドルを引き戻し排莢、前方に押し出し装填、ハンドルを戻して閉鎖。
 予想通りのポイントで止まっている標的に照準を合わせ発砲。予定通りの軌跡に弾丸を送り込む。
 私ならこの作業を完了するのにニ秒かからない。だからこそ"こういう芸当"が出来る。

「「ヒット、頭部への命中を確、認……?」」

 それぞれ違う標的を観測していたスポッターが"二人同時"に叫んだ。お互いの言葉を聞いて、二人は不思議そうに顔を見合わせる。
 私はそれには構わずに手早く自分でも標的の状態を確認し、シムトに撤収命令を送りつつ立ち上がる。

「作戦目標の達成を確認。私達も撤収します、急いで」

 呆けている隊員に指示を出して、後ろを振り向く。
 そちらにはもう敵の気配は全くない。'    'が上手くやってくれたのだろう。
 私の頼もしい親友は、部隊においても頼りになる副官だった。クリア済みの退路を全員で悠々と駆け下りる。
 ……ふむ、悠々。余裕はある、か。

「さっきの狙撃ですけど」

 前を向いたまま言った言葉に、過剰なほど反応する気配があった。
 一応、索敵に注意を割いていたのだけれど、振り向かなくても解るほどだった。

「あの距離での狙撃なら、ライフル弾でも着弾までに時間がかかります。初弾は装薬を減らした弱装弾を使ったので、着弾までに四秒前後。なので、ニ秒程度で装薬を限界まで増やした強装弾を撃ち込めば……」
「……速度差によって一人で撃った二発が、同時に着弾する?」
「はい。片方だけに当てると、もう片方に警戒されますから」
「…………」
「ん?」
 
 あれ? 解ってないみたいだったから説明したのに、余計に動揺が増えたような気がする。なんで?
 不審に思い索敵を中断して振り向くと、追随してきた面々の波長は……例えるならドン引き? 扇動した狂気の波長も少し弱まっている気がする。

「准尉」
「はい?」
「良ければ、貴方の主の名を聞かせて貰えませんか?」
「あー、軍規により答えられません」
 
 色のない真顔で女性の曹長さんが尋ねてくる。
 連隊長曰く、私の狙撃は結構有名になってしまっているらしいのだが、あくまで噂のレベルなので知らない人も多いらしい。そういう人には極力、私の所属は明かさないようにと言われていた。
 
「そう、ですか。残念です」
「残念、ですか? いきなりどうしました?」
「いえ……」

 私と同い年ぐらいに見える彼女は、引き攣らせた顔を無理矢理笑わせて言った。

「もし、准尉の部隊と敵対することがあったら、恥ずかしながら全力で逃げようと思いまして、確認のために」

 それを聞いて、パチパチと瞬きが大きくなったのを自覚した。
 なんというか、准尉になる前の私ですら言わないような問題発言ではあるまいか? なのに周りの彼女の戦友は咎めることもせず、むしろ神妙な面持ちで頷いていた。
 ……ふむ、

「心配要りませんよ。私が派遣されてきたってことは、貴方の主と私の主は同盟を結んでいるはずですし。それに……」

 出来るだけ取り繕って、けれど慌てて前を向いた。
 敵から姿を隠した時より、同時着弾の狙撃をやった時より、視界が強く赤く染まっていた。

「戦争はもうすぐ終わります。終わらせます。私が……」

 殺してやります。すぐに。
 その言葉はどうにか飲み込んで、その代わりに世界が狂気の赤に沈んでいく。
 ふと、自分の頬を撫でてみた。自分でも悲しくなるほど荒れた肌、けれどその下で私は確かに笑っていた。
 あの日得た狂気は、今もまだ続いている。それを確認して、私は笑った。目はきっと鬼火のように燃えているはずだった。
 










………………

…………

……








 
 


 別段、得意でも苦手でもない。特別好きでも嫌いでもない。
 進んで飲もうとしなくても、勧められて断わることはない。私にとって、お酒とはそういうものだった。
 と言っても、'    'が言うには、私は結構強い部類に入るらしいのだけれど……

「ぃよっしゃあ、次来なさい、次!! 私に勝てたら何でもするわよ、主にレイセンが!! ちょっとだけ私も!! 先着十名まで!!」

 そんな風に人を勝手に景品にして、未だ飲み比べで無敗の彼女に言われても、どうしても説得力がない。ちなみにジョッキ片手の彼女は、現在六人抜きの最中である。
 私の部隊は班単位、下手をすれば個人単位で他所の部隊に潜り込み、指揮を取ったり、戦況を偵察したりするという単身赴任な任務が基本業務であり、隊員同士が一堂に会することは滅多に無い。
 私自身はどの作戦にも最終段階で合流するので忘れそうになるが、もう一年近く会っていない同士の隊員も中にはいる。
 だから、と言うべきか、偶にこうして多めの隊員の帰還が重なると、毎度の如くお祭りのような宴会が開催される。特に今回は部隊のほぼ全員が集結しているので、もう地獄のような、あるいは極楽のような大騒ぎであった。
 ……まぁ、准尉権限でこの祭りを後押ししている私が、他人事のように言う話ではないのだろうけど。彼らが滅多に同僚に会えないのは、私の支援を行う為なのだ。こうして任務を離れている時ぐらい精一杯労ってあげないとバチが当たる。だから……

「レイセンの膝はアタシんだー!! 欲しいやつは私の屍を越えて行けぇ!!」

 膝枕くらい、別にいいと思うんだけどなー。
 基地に帰って、早速シムトに膝枕をして上げようとしたら'    'が凄い笑顔で、私に飲み比べで勝てたらねとストップをかけた。
 シムトは嫌がっていたのだが、周囲にいた彼の戦友すらも厳かに首肯し、そうだそうだと同意したので、流れに逆らえず絶対王者と対戦。言うまでもなく敗退。最初の犠牲者として現在食堂の長椅子で屍と化していた。
 ついでに言うと、その後の五人……今六人になった後続は、流れるはずだった膝枕権を賭けて王者に挑んだ英霊達であり、まだ存命の勇者達もしばらくすれば彼らの横に並ぶはずである。
 仕方ない。膝枕ぐらい別にいいけれど、私の膝は'    'のものらしいので、彼女の許可なしにはできない。というか、'    'に挑む彼らに、そこまでムキにならなくてもと思ったりしないでもない。

「無茶しますよねー、副長に飲み比べで挑むとか。勝てるわけないのに」
「ん、全く同感」
 
 少し離れていた所でお酒を舐めていた私に話しかけてきたのは、ナナミという一等兵の玉兎だった。
 彼女の金色のショートボブは、安物の照明の下であってもキラキラと輝いており、私を含め他の女性隊員に比べて極端に傷みが少ない。というのも、彼女は腕っ節はからきしだが、各種事務作業において才能を示し引き抜かれた、後方要員だからだ。
 うちの部隊は性格上、物資の調達、支給も特殊な形式が多いのだが、彼女はその特殊さに難なく対応している。例えば、急なこの宴会を手配したのも彼女である……例えを間違えた気がするが、とかく彼女もまた、貴重な才能を持った精鋭なのである。ただ、

「イミナヤの方はもういいの?」
「へえっ!? なっ、なんでそれをっ!? いえ、ていうか別に私はあんなヤツ気にして……」

 ゴニョゴニョと言葉をすぼませていくナナミ。精鋭である彼女も、こういうところは人並だった。
 波長を見ずとも、彼女がイミナヤに気があるのは、鈍いと言われた私ですら解る。さっきまでナナミは、屍と化した彼の近くでそわそわしていたのだし。ただ、彼女が誤魔化したくなる気持ち、これもまた良く解る。何故ならイミナヤは屍になっているのを見れば解る通り、絶対王者の三番目の犠牲者であるからだ。といっても……

「ごめんね。'    'は、気付いてないからああいう煽り方しちゃってるだけで、こう、他意的なものはないと思う」
「いえ、だから私は……はい、それは解ってます」

 なおも誤魔化そうとしたが、無理だと悟ったのか素直に認めるナナミ。
 イミナヤの目的は、私じゃなくて'    'の方だろう。私にとっては極めて当たり前の話だが、彼女は男女問わずに人気がある。村に居た頃からそうだった。
 私の自慢の親友は、そのことに気付いているようで気付いていない。認識が現実に対して、二段階は落ちる。

「こんなに可愛いナナミに好かれてるのに、'    'にアタックするんだから、イミナヤも気が多いよね」
「かわっ!? いえ私なんて副長に比べたらぜんぜん……隊長に言うのは今更ですけど、副長はほんとに凄い人なんですよ。指揮も事務もそつなくこなすし、格闘じゃ基地で右に出る人は居ませんし、銃器の扱いだって隊長ほどじゃなくても一流ですし……なのにあんなに可愛いし」
「んー、今は可愛いとは言えないけどね」

 十人目という二桁に乗った'    'は、ふははと笑ってご満悦だった。
 その仕草は可愛い女の子というより、ひたすらに親父臭い。ただ……

「……あれだって人気な理由の一つじゃないですか」
「んー、まぁねー」

 軍隊というのは結局のところ男社会である。
 うちは連隊長が女性なので多少はマシだけれど、それでも人口比は圧倒的に男性側に寄っており、そんな中であの'    'のノリはかえって親しみ易さに変換され、大いなる人気を博している。

「私みたいなのに皆が着いてきてくれるのも'    'のお陰だからね。私も見習いたいとは思うんだけど」
「え?」
「ん?」

 私と一緒に'    'の方を見ていたナナミが、弾かれたようにこっちを見た。
 その顔には何故だか、なに言ってんだコイツと書かれているような気がした。

「あのー隊長? あそこで屍になってる野郎共のほとんどは、エロいこととかキスとかですらなく、隊長の膝枕目当てというキショイぐらい純情な理由で特攻した訳なんですが、それは理解しておられますか?」
「ああ、うん、皆そんなに飢えてるのかなぁ? シムトとかは派遣先でも上手くやってるみたいなんだけど……後方支援担当として、手配つかない?」
「うわぁい、本気だよこの人」

 ナナミはやってられるかと言わんばかりに呻いて、手にしていたグラスを一息で空にした。
 少なくなっていたとはいえ、ストレートのウィスキーというのは一気飲みするものではないと思う。

「ぷはぁ……隊長ぉ」
「な、なに?」
「私は今、貴方と副長がラブラブな理由がよっく解りました」
「ラブラブって……偶に言われるけど、私と'    'はそういう仲じゃないよ?」
「いいんです、誤魔化さなくても。私にとってはちょっと嬉しいことですし……お幸せにっ!!」
「あ、ちょっと……」

 酒臭い息を吐いて何やらしたり顔で頷いたナナミは、私に背を向けて一目散に駆け出してしまった。
 誤解を解こうと止めようとしたのだけれど、走っていった先がイミナヤのところだったのでやめておいた。
 例えそれがお酒の力だったとしても、恋する乙女の邪魔をするつもりは毛頭ない。特に軍隊では、いつまでも両方健在であるという保証はどこにもないのだから。
 ……ましてや、今は。

「……はぁ」
「くぉらレイセン、なぁに一人で黄昏れてるのよー」
「あ、'    '。飲み比べは終わったの?」
「あっはっは、心配しなくてもきっちり十人片付けてやったわ。これで晴れてアンタの膝は私のものよ」

 高笑いして寄りかかるように私の隣りに座った'    'の息は、とっくにお酒の匂いで染まっていた。
 彼女は酔い易いくせに、そのテンションを延々潰れずに持続出来るという恐ろしい体質の持ち主なので、日頃の堅物さが信じられなくらい陽気だった。

「んでー、なーんでアンタはまた暗い顔してたのよ。お姉さんに話して御覧なさい?」
「ん……」

 そんなに顔には出ていないと思うんだけど……多分、'    '相手だとそれも意味はないのだろう。
 彼女は私限定で波長を見る能力が上がっているのではないかと思うことが多々ある。それだけ'    'との付き合いは長い。そう、本当に長い。村に居た頃からずっと、今では親と共にいた時間よりも確実に長い。そして……

「今度は四人減っちゃったね」
「……」

 彼女以外は、呆気無いほど早く、私の前から姿を消してしまう。
 人数で何のことを言ったのか察したのだろう。不意に黙りこみ'    'はぐびりとお酒を一口飲んで、顔をしかめた。

「仕方ないことだから忘れなさい……って言っても、そうは割り切れないのがアンタよね。ホント、難儀な性格よ」
「……うん」

 この宴会に参加しているはずの人数は、任務前に比べて四人減っている。
 彼らの名は、すでに墓碑銘と共に墓に刻まれている。中には遺体が戻らず、空っぽな墓もある。
 私の部隊は、逆転のためにあえて不利な戦場に放り込まれることが多々ある。それでも粘れるだけの人員を揃えているつもりだが、それでも間違いはある。
 そして、その間違いは過剰な自責の念ではなく、事実として私がそうなる前に狙撃できていれば起こり得なかったはずの間違いである。この部隊は、私の狙撃の舞台を作り出す為の部隊なのだから。
 この部隊で出た死人に、私がノロマだったから、が死因でない者は一人もいない。

「悔しいけど、気持ちが解るとは言えないわ。自分の為に部隊を作られた玉兎なんて、多分アンタだけだろうから」
「うん」
 
 本当に悔しいけど、もう一度そう言って'    'は悲しそうな顔をする。

「私、何度も言ってるわよね? アンタにこんなのは向いてないって。逃げるって言うなら、私も付き合うって」
「うん、言ってる……私は無理だけど'    'だけでも逃げて欲しいって言ったら、また殴る?」
「殴るわよ。前より強くね。……はぁ、どうしてよりによってこんなことで芯が通っちゃったのかしらね、アンタは。道はもっとたくさんあったはずなのに」
「ないよ。私は狙撃しか能が無いから、ここにいるんだから」

 他の道を歩めるような器用さがあれば、私は売られることはなかった。壊れて的当てなんかに興じることはなかった。あの依姫様ですら、私には軍人の道しか見出だせなかった。
 こんな道しか歩けないのなら、せめて向かう先ぐらいは選びたい。選んだ先は、掴み取ってみせる。'    'の言葉を借りるなら、それが私に通った芯だった。

「レイセン……」

 私が能力を使う時の悲しそうな顔で、'    'は私を見た。
 何故だろう、今の私の目はいつも通りのはずなのに。彼女には赤く染まっているように見えるのだろうか?
 '    'は何か言おうとして、結局何も言わずに手にしたお酒を飲み干して、私の肩に頭をのせた。

「ねぇレイセン。私達が初めて会った時のことって、覚えてる?」
「…………う、うん」
「覚えてないか。まぁ、本当に昔の話だもんね、もう。けどさ……」

 私は、覚えてるんだ。多分これからもずっと、きっと。
 そう言った'    'は、ふわりと柔らかく笑った。
 兵士になってから、ずっと見ていなかった表情。最後に見たのは多分、あの草原が血に染まる前のはず。
 彼女には今、あの頃のあの場所が見えているのだろうか? 私達が無邪気に笑っていられた、あの日々が。

「それでさ、当たり前だけどレイセン、その時のアンタは銃なんて持ってなかった。それでもアンタは私の友達になった。私の親友になった」
「……うん」
「だからさ、あんまり悲しいこと言わないでよ。銃なんて持ってないアンタのことが大好きな私が、馬鹿みたいでしょ」
「……うん」
「あはは、ホント泣き虫ね、レイセンは」
 
 いつの間にか私の頬を伝っていた涙を見て、'    'は、私の頭を胸に抱いて笑った。
 そうされて、私の目からはますます涙が溢れた。だって、

「ごめん、ごめん。私ね、'    '。私、もう……」
「うん」
「止まれないの。もう、やめるなんて無理なの。もう私にも止められないの」

 誰に何を言われても、私自身がもうやめたいと思っても、狂気は決して止まらない。止められないからこそ、狂気は狂気と呼ばれるのだ。
 私はそれを、誰よりも良く知っている。狂気で人を侵し、侵され続けてきた私だからこそ解る。

「今も、本当は辛いの。こんなところで、私は休んでる場合じゃないって。ずっと聞こえるの。早く次に行け、終わらせろって、"私の声"が」

 ここはこんなにも温かいのに。戦友達がいるこの場所は、きっとあの草原の一番近くにあるのに。そこですらもう、私は安らぐことが出来ない。私自身が許さない。

「うん、解ってる。だから私は、アンタをぶん殴って無理矢理連れ出せなかった。腹が立つけど、アンタのそれは戦場で始まった。だからきっと、戦場でしか晴らせないんだと思う」

 私の頭を撫でて、'    'は言う。
 少しずつ声に力を込めて、覚悟を固めるように。

「ここまで来たら、最後までやりなさいレイセン。誰よりも貴方の為に。貴方自身の心の為に……私は絶対、最後まで付き合うから」
「……うん、ありがとう」
「どういたしまして。って言っても、ま、どうせあと……」

 一回だけだしね。
 そう言った'    'の声が、その一瞬だけ引き締まった。
 望んだにせよ、望まぬにせよ、私も'    'も人生の半分以上を兵士として過ごしてきた。
 兵士である自分はもう、私達の半身なのだ。'    'の声は、その兵士としての声だった。
 ……今から三日後、私達は部隊発足以来、最大の作戦に臨む。この作戦の目的は、敵軍総大将の抹殺。達成出来れば、敵同盟は瓦解すると見られている。
 ようやくだった。ようやく戦争を終わらせることが出来る。私が、終わらせることが出来る。戦争を、

「殺してやる」

 狂気と私の声が、ピタリと一致した。
 三日後の不安を晴らす為の宴の中で、私だけが、その時を焦がれるように待ち望んでいた。早く、早くと、狂気に浮かされた笑みで。
 ……隣の'    'が、どんな顔をしているのか、見ることもなく。










………………

…………

……








 
 



 私がやることは変わらない。私に出来る事は、誰にも気付かれない遠くから撃ち殺すことだけだから。
 この戦場においても、それは結局変わらない。私に求められるものは、いつだって"いつも通り"。それがどんな時でも最善だった。
 ただ……

「副長!! エコー隊シムト軍曹から通信!! 損耗更に五!! 応援を求む!!」
「応援は送れないわ。代わりになんとか南東に後退して、デルタと合流。フミナ、デルタのトウゴに通信、北西にニ〇〇m前進させて」
「了解!!」
「副長、チャーリーからも救援要請が!!」
「それならフォックストロットを……」
「そのフォックストロットから撤退許可を求める通信が来ました!!」
「……ッ、仕方ない。チャーリー、フォックストロットを合流させて一時戦線離脱、再編成させて。アンタ達出るわよ!! 再編成の時間を稼ぐ!!」
「「「了解!!」」」

 現在の戦況は、全くいつも通りではない。
 私の部隊の全員を投入しているこの戦場では、地獄という言葉ですら生温い激戦が繰り広げられていた。
 はっきりと、精鋭無比の私の部隊が押されていた。いや、私の部隊だからこそ保っていると言うべきなのだろう。他の部隊の通信を聞くと、すでに壊滅状態の隊もある。
 
『'    '、チャーリーの方は、私なら援護出来るけど……』
『却下!! 答えが解ってることを通信で聞くな!! アンタの居場所がバレたら本気で終わりなのよ!?』
『……ッ』
 
 思わず送ってしまった提案を、すげなく却下されてしまう。
 いや'    'が正しいのは解っている。もうこの状況で逆転するには、私は目標に対する狙撃以外は絶対に行ってはならない。
 今一発でも撃てば、多分森に隠れているところをあっさりと補足されて潰される。そんな未来が簡単に予測できてしまうほど、敵は優秀だった。
 ……いや、

(優秀とかそういう問題じゃない。敵は私の狙撃を知りすぎてる……!!)

 ここまで私達が押されているのは、当初の作戦が完全に瓦解してしまった事に原因がある。
 '    '達が交戦している間に私が抑えるつもりだった超長距離射撃の狙撃ポイント、その全てを敵は完全に抑えていた。私以外には狙撃ポイントと認識することすら出来ないはずの場所を全て、である。
 そして私と護衛班が警備要員を片付けてポイントを力尽くで抑えれば、即座に目標がいるはずの敵本隊が私の射程外にまで逃げてしまう。これまで誰もが見誤ってきた私の射程距離を完全に見切って。
 恐らく、狙撃ポイントを更に遠方から見張っている監視要員がいるのだろう。お陰で本隊の動きも私達を囲う寄手の動きも迅速で、役立たずになったポイントから離脱することにすら犠牲が出た。当初六名だった私付きの護衛班は四名にその数を減らしており、その四名も無傷ではなく……多分、次はもう保たない。

(私を警戒してくる可能性は想定してた。だからこれまで以上に想定し難いポイントを選んだのに)
 
 どうして解る? どうして防げる? これほど完璧に私の狙撃技能を把握してる者など、私の隊にすら'    'ぐらいしかいないのに。
 お陰で少数で奇襲をかけて一時戦線を混乱させ、私の狙撃の後に即時撤退という作戦は完全に瓦解し、押されまくっている。そもそもの数がまるで違うから、そうなって当然なのだ。
 ――撤退、その二文字がさっきから私の頭にチラついている。
 今や撤退することすら容易ではない。このまま作戦続行した場合より、ひょっとしたら犠牲者が増える可能性すらあった。
 けれど、私が殿を務めて全力で狙撃を行えば、追撃を食い止める程度には指揮官を狙えるはず。それなら、それならまだ……

(けど……諦めるの?)

 撤退を考える頭とは別に、身体は動き続ける。
 単眼鏡で辺りを探り、波長を徹底的に見渡し、新たな狙撃ポイントを求め続ける。
 この状況にあって、狂気はまだ私の身体を動かし続けていた。
 自分が嫌になる。自分の望みの為に、私は敵だけでなく戦友達の命すら天秤にかけようとしている。最低だ、どうしようもなく最低だ、私。

(解ってる。それは解ってる。けど、止められないの。もう止まって欲しいのに、止めたいのに……!!)

 あの日、私は望みを得て、狂気に身を委ねたはずだった。
 決して止まらぬ狂気を、望みを叶えるために歓迎すらしていた。けれど……それは狂気と言うものを甘く見ていたのではないのか。
 今や私の狂気は、私自身すら望まなくなっても転がり続けている。誰一人、本人すら望まぬ望みを、機械のように求め続ける愚者。それをこそ、人は狂人と呼ぶのではないのか。であるなら、今まで私が理解したつもりでいた狂気は……

『准、尉……聞こえ、ますか? あー応答はしないで下さい。副長に殴られますんで』

 いや、それはそれで悪くないんですが。
 そう言って苦笑した声に、私以外の全員も反応した。部隊員全員へのお調子者のシムトからの通信だった。 

『情けなくて申し訳ないんですが、こっちの隊はもうダメっぽいッス。トウゴのおっさんもさっき俺をかばって……クソッ』

 彼らしからぬ、噴き出したような悔恨の声。
 トウゴ。部隊最年長だった彼には、私も'    'も何度も貴重な訓戒を授けてもらった。
 生真面目だった彼は'    'と殊のほか馬が合い、逆にシムトのような奔放な者とは反りが合わないように見えた。
 ……それが見えただけだったということを、私は良く知っている。トウゴはお酒が入ればシムトを骨のある若造だと言っていたし、シムトはそんな彼の老練で豪胆な手腕を、誰よりも尊敬していた。
 そんな彼が死んだ。通信越しに、部隊全体からの動揺が伝わってくるようだった。

『実は俺も片足吹っ飛んでます。動けないんで、生きてるのは副長の方にやって……まぁ爆薬が結構残ってるんで、いっちょ派手に花火でもやろうと思います。そっからちょっとでも見えるといいんスけど』
「……ッ」

 語るシムトに応答するのを堪えるのは、酷く忍耐のいる作業だった。
 私ほど的確でなくても、通信は探知されてしまうことがある。'    'の忠告と兵士としての私の理性が、辛うじて私に沈黙を選ばさせた。

『それでまぁ、こうして通信させて貰ってる理由なんですが……まさかとは思うんですが准尉。今、撤退しようって考えてたりしませんよね?』
「――――」

 今度は、沈黙することに忍耐は必要なかった。

『准尉ってば優しいから。しかも美人でカッコ良くて儚くてもうこれだけでもどうしようもないのに……戦争を終わらせようなんて、本気で考えてるんですもの。俺じゃなくても惚れちゃいますよね!!』

 私は答えられない。答えないのではなく、答えられない。

『准尉、俺はあんたを女としても好きな訳ですが、そうでない連中があんたに着いてきてる理由、解ってくれてます?』
「…………」
『俺には弟が一人いました。俺に似た美男子だったんですが、童貞切った戦場でガキな内に死んじまいました。もっと生きて、長生きして、トウゴのおっさんみたいな親馬鹿になっていい弟でした』
「…………」
『准尉、あんたの望みは俺達全員の望みなんです。この部隊に入れるほど戦場に入り浸って、それでも戦争が憎い。そんな奴の集まりが、この部隊なんです。だから……』

 撤退なんて、絶対に考えないで下さい。戦争のクソ野郎をブチ殺すために、俺達を使って下さい。
 シムトの声に、応答はない。私はもちろん他のこの声を聞いている隊員達からも。その沈黙は、"探知されない為"の何よりも力強い戦闘続行の意志表示だった。

『ははっ、こんなに色好い返事が返ってくるとは思わなかったなぁ……俺ってやっぱり人望あったりします?』

 あるに決まっていた。調子が良くて軽薄な彼が、誰よりも仲間思いだったことを、皆が知っていた。
 私も'    'も、彼にはいつも励まされていた。

『あー、それじゃそろそろ空気読めないアホ共が来たっぽいんで……オサラバです、准尉。そして戦友諸君。俺はこの部隊のこと、愛してたぜ』

 カキリと金属の蓋を開いた音が聞こえた気がした。
 私も何度か聞いたことがある音……うちの部隊で使っている起爆スイッチの音。

『あ、そうだ准尉。ずっと後で、もしあの世で会ったら……』

 膝枕、副長には内緒でお願いします。
 そう言って、遠くで響いた爆音と共に通信は切れた。お調子者の軍曹は、最後まで彼らしくあった。
 
「……見えたよ、シムト。貴方の花火」

 赤く染まった視界が、弾け散った無数の波長を捉えていた。それはまるで、天に帰る人魂にも見えた。
 そして……

「'    '、聞こえる?」
『……ッ、レイセン、通信は……だめだって』
「まだ動ける隊員は何人?」
『……レイセン?』
「見えたよ。私が行くべき場所が」

 シムトがばら撒いた無数の波長。光や電磁波や……何より空気の波長である音。
 それはアクティブ・ソナーのようにくっきりと、私の目に、新たな射線を焼き付けた。

『動けるのは……私を入れて二十二人』
「十人こっちに寄越して。残りは'    'が指揮して陽動をお願い。軽く叩くだけでいいから」
『レイ、セン……?』
「ごめん、'   '。私もう、本当に……」

 イカれちゃったみたい。
 視界はもう赤く焼け落ちてしまっている。もはや波長以外は何一つ見えない。
 頬を涙が伝っている。涙腺も壊れてしまったのか、滂沱のように流れる涙は止まる気配がない。
 そして……

「あはっ」

 涙が触れる感触で解る。私は今、間違いなく笑っている。
 おかしい、絶対におかしい。笑みというのは、戦友を何人も亡くし、これから死地に挑む時に浮かべるものではないのに。
 首だけで後ろを振り返る。護衛班の四人はもう、波長の塊にしか見えなかった。顔の判別すら出来なかった。

「ねぇみんな。私の望みの為に……」

 死んでくれる?
 今までの私ならしなかったはずの質問。
 四人は無言だった。シムトに答えた時と同じように。それが最後の後押しだった。

(もう、いいや)

 狂気に抵抗することをやめる。
 私が狂気に落ちることを、望みの為だけに邁進することを、誰も止めない。誰もが望んでいる。なら、私が止まらねばならない理由は一つもない。
 ふと、違和感を覚えて唇を舐めてみる。舌に伝わる甘く苦い味を確かめて、私はまた笑った。流れていたのは涙ではなくて、真っ赤な血液だった。どうやら能力がリミッターを振りきって暴走してしまっているらしい。
 けれど、それも構わない。作戦が終わった後なら、この目が潰れてしまったとしても私は何一つ気にしない。

「さて、それじゃあ皆さん行きましょうか」

 戦争の、時間です。
 言うと同時に、後ろの四人が駆け出した。
 暴走してしまっている能力は、もはや通信の域を越えて彼らに行動そのものを伝達する。
 そして……

(見える)

 これまでより遥かに遠くまで、あらゆる波長が見える。
 波長を操り、私と四人の姿を隠す。ただでさえ発見が困難な私達が、最も敵が少ない道を的確に縫い進む。
 これまでの私なら、これだけの数の敵をすり抜けることなど出来なかった。けれど、今は……

(合流予定の十人が、待ち伏せにあってる。なら……)

 まだ遠い所にいる彼らの姿を凝視する。
 目の前の波長を操り、そこから次々に波長を伝わらせ、遥か遠方の彼らの姿を遠隔で見えなくする。
 同時にそのことを通信で伝え、敵の配置を送り、どう動くべきかを伝達する。逆境に陥っていた十人が、倍に近い数の敵をあっという間に駆逐した。
 
(ダメ、これだと時間がかかる。もっと強く、広く、能力を……)

 ブチブチと目の中から音が聞こえた。その代わりに、辺り一面の波長が強く輝く。私を中心に球状に広がった波長は、私の思い通りに私達の姿を覆い隠した。

「きひっ」 

 目が焼けるように痛む。能力の暴走が終わった時、目がどうなっているのかを考えると少し怖い。けれど、そんな私の感情はどうでもいいことなので無視する。
 私はただ能力の制御にだけ集中して、周囲の十四人に行動を指示する……いや、これはもう強制すると言った方がいい。波長を使い、操り人形のように彼らを好きに使う。
 敵の中でも私の隠蔽に少しでも違和感を覚えた者だけを速やかに撃ち殺させ、残りは静かにナイフで殺させる。
 手を下したのは私ではない。けれどその実、それはどうしようもなく私が犯した殺人だった。
 ……それもまた、どうでもいいことだけど。
 それよりも私が気にするべきは月人だ。自惚れでなく、今の私の目は、玉兎ではどうしようもない格に至っている。仮に私と同レベルの能力を持つ者が居たとしていても、狂気の質で私に勝ることはないだろう。狂気に落ちることは、狂気を操る能力と予想以上に相性がいい。狂気なくして、この位階には絶対に至れない。なら私が警戒すべきは、本質的に玉兎の上の種族である月人のみ。特に……

(あれはダメ。近付いたら絶対にやられる)

 目がこうなってみて初めて解った。敵の本隊に居る月人は、完全に格が違う。
 玉兎と比べて、というレベルではない。月人や玉兎が発する感情の波長が、光や風の自然の波長ですらが、彼か、彼女かに敬服している。何をするでもなく、周囲全てを従えてしまっている。これまで私が仕留めてきた月人や、連隊長と比べてさえ圧倒的な存在感、波長の竜巻の中心地、まさしく桁違いだ。
 ただ……

「「「だから、どうした」」」

 私の内面の声を、十四人が唱和する。
 そんなもの、トウゴやシムトが死んたことに比べれば、止まる理由として瑣末にすぎる。くだらないと言ってもいい。
 そもそも連隊長が言っていたじゃないか。私の狙撃はそういう奴をこそ仕留める為のものだと。相手が強ければ強いほど、その目には強い者しか映らなくなる。卑小でちっぽけな玉兎など、意識の上にものぼらなくなる。私が知る月人は、皆そういうのぼせ上がった者ばかりだった。

「「「殺してやる」」」

 その巫山戯た脳みそを吹き飛ばしてやる。
 お前らは玉兎を何だと思っているんだ。村の皆の生活を、トウゴの訓戒を、シムトの覚悟を、お前らは知っているのか。お前らの道楽に巻き込まれて、私達が何を失ったのか知っているのか。
 私は知っている。お前らのせいで、私は彼らを殺してきたのだから。 

「殺して、やる」

 目から溢れる血が勢いを増す。まずい、このままでは目が壊れる前に、出血で倒れかねない。
 それだけはどうでもよくない。一発、せめて一発撃ち込んでやるまでは。
 余計な考えを極力切り捨て、森の中をひた走る。玉兎を殺された怒りを胸に、玉兎を殺しながら。自分の矛盾を理解し、それを狂気で切り捨てながら。
 私はもう、私自身が解らない。私という心の形が、すでに破綻してしまっている気がする。それでも足は止まらない。殺す手だけは止まらない。
 私はもう、とっくにそういう形のモノになってしまっていた。かつて機械であれと望んだように。
 そうして殺して殺して、残された機能だけを発揮し続けて。流れ弾やトラップや……私の盾になって、十四人が元の四人にまで減った頃、ようやく着いた。

「お疲れ様、もういいよ」

 能力を切る。同時に後ろに居た最後の四人が、糸が切れたかのように倒れ伏した。
 生きているのか死んでいるのか、確認することはしない。そのどちらであっても、彼らが私に望むことは同じなのだから。
 担いできたライフルの支脚を広げる。今回の作戦の為に用意した特別製の大型ライフル。それを地面に固定し、抱え込むように伏せ撃ちの姿勢で構える。
 妨害する者は誰もいない。敵も味方もこの場にはもういない。それも当然だろう、この場所は戦場から五kmは離れた所にある。私自身でさえ、目と頭がまともな状態だったなら、ここから狙撃する馬鹿が居るとは思わない。ここに来るまで蹴散らしてきた敵も、途中からは斥候のような者ばかりだった。
 敵も味方も、ここから弾丸が飛んでくるなどとは夢にも思っていない。だからこそやる価値がある。だからこそあの月人の隙を突ける。シムトの置き土産で見出した狙撃ポイントは、そんな場所だった。
 ただし、

(当てる。当ててみせる。絶対に)
 
 狂気のせいで表には出ないが、確かな不安が私の中にあった。
 話は単純で、この距離での狙撃は、私にとっても至難の業と言っていい難易度になる。"当たるかどうか解らない"、こんな不安を抱えるのは、思えば銃を持つようになってから初めてのような気がする。
 最後の最後、ここに来て私の前に立ちはだかったのは、狙撃手が当たり前のように対峙するはずの、当たり前の壁だった。
 スコープを覗く前に一度目を閉じる。目蓋を落としても、視界は赤一色に染まっている。それで良かった、それが良かった。今私に必要なのは、より一層の能力、より一層の狂気。
 目を開く、銃床に頬を当て、スコープを覗き込む。頬当は付けていない、こっちの方が銃と一つになれる気がするから。
 スコープが拡大する先は波長の収束地の中心点、そこにこの作戦を終わらせる的がある。敵がいる。
 真っ赤な視界の中で、波長の塊が幾つも蠢いている。限界などとうに超えた私の目には、玉兎も月人も等しくそう見えた。だけど、解る。その存在が強大過ぎるから解る。どれが的だか、一目で。そうして見出した的を、レティクルの中央に据える。
 ……と、そこで気付いた。
 
(……手が、震えてる?)

 信じられない思いで自分の手を見た。背筋が冷たくなっていくのが解った。
 この相手は、今の私をこの距離で恐れさせる。月人が玉兎の上に立っているのも納得がいく話だった。こんなのが千人に一人でもいれば、玉兎が百万束になっても敵うまい。

「……ッ、それが、どうした」

 強大だから殺していいのか。私達を玩具のように使い潰していいのか。
 有り得ない。そんなことは絶対に認められない。殺してやる。お前たちがそうしてきたように、今度は私が私の望みの為に月人を殺してやる。
 お前たちを、お前たちがしてきたように、私が!!

「うーさぎ、うさぎ、なーんのためー、はーねーる……」

 心を殺す。手を震わせる恐怖も、心を昂ぶらせる怒りも。ただ行動だけを取らせる狂気で押し潰す。
 震えていた銃口が静かに静止し、レティクルの十字線は滑らかに動く。
 目の痛みがいよいよ大きくなってきた。虫、百万匹の虫が、私の目をうぞうぞと食い荒らしているような痛みだ。溢れる血の雫が、秒針より早い間隔で私の手を叩いている。
 
「だーれのためー、はーねーるー」

 けれど、それもどうでもいい。どうでもいいどうでもいいどうでもいい。ただ一発を、この一発だけを。
 歌え、引き金を引くその瞬間まで歌え。長距離射撃と呼ばれる世界では、心の動揺はそのまま弾道に現れる。心を押し潰せ、銃身になりきれ。
 この一発を成功させなければ一体……

 ――皆は、何の為に死んでいったのか。

 一瞬だけ、記憶と感情の奔流が溢れた。私がこれまで出会った人の顔が、走馬灯のように流れていった。
 大きすぎる波が全てをさらい、私の心は真っ白になった。
 ああ、今なら当たる。全ての波長を見通す目が弾道を捉え、身体はそれに沿う為に微動だにしない。絶対に当たる。これで外すなんて有り得ない。
 歌が終わる。引き金を引く。慎重に引いたはずの引き金は、なのに妙にあっさりと引けた。
 そして……

 ――私はようやく、胸元の通信機が鳴っていることに気が付いた。

 何故か冷や汗が吹き出た。
 外れることを心配して……じゃない。私はまだ必中を確信できている。放った弾丸は間違いなく当たる。
 なら何故、何故私は震えているのか? それは、それは……

『――のためー、はーねーるー♪ ってね。私、この歌好きなのよ。悲しい歌だけど、貴方達の優しさが解るから』

 最後の最後、記憶の波が思い出させたのは、私にこの歌を教えてくれた人のことだった。
 月人なのに優しくて。月人なのに私達の事を思ってくれた。私に兵士としての才を見出して、けれど他の道を許してくれた人のことだった。
 ……ところで、この距離の射撃では着弾までに数秒かかる。

「なん、で……?」

 気が抜けたのか物理的な限界か、元に戻った目が赤色じゃない元の視界を取り戻す。
 その先にいたのは、スコープの先にいたのは、着弾までの数秒で見えてしまったのは……

「依、ひめ、さま……?」

 死んだはずの、あの草原で笑っていた領主様の顔だった。
 ああ、冷や汗も出るはずだ。これは"あの日"の焼回しなのだから。

「え、あ……?」

 瞬間、狂気が煙のように消えた。
 馬鹿じゃないのか私は、相手の顔を確認しないで撃つなんて。それはあの日の後、真っ先に直した悪癖だったのに。

「あ、あああああああああああああああああ!?」

 嫌、駄目、なんで、なんで!? なんで依姫様があそこに居る!?
 知らない、聞いていない、そんなことは一言も聞いてない。いや、それよりも気付いていない。依姫様は私が撃ったことに、まるで気付いていない。
 当たり前だ、私がそうしたのだから。依姫様を出し抜く為に、仲間を人形のように使い潰してここまで来たのだから。今だって確信してる、あの弾は絶対当たるって。

「だめ、それじゃだめ、もっと動いて。それじゃ……止まって、止まって……!!」

 依姫様は本陣の中を辺りを見回しながら歩いていた。けれど、それじゃ足りない。その動きは私の赤い目が予測したままで、何の意味もない。 
 止まってくれと願った。今止まれば、弾丸は依姫様の前方を通り過ぎるだけのはず。けれど、依姫様は止まってくれない。当たり前だった、これもそうなるって私は知っていた。知っていたから撃ったんだ。
 なんで、なんでこうなる? 頑張ったのに、あの日の私から変わるために、私はずっと頑張ったのに、なんでこうなる? 私は結局、ここに戻ってくるの? 狙撃しか能がないくせに、敵を撃つことすら出来ないノロマな愚図に。

(だめ、もう当たっちゃう。もう時間が……ああ、ああ……)

 依姫様が生きていた。事情は解らない、理由は解らない。
 だけど喜べたはずなのに、どうしようもなく嬉しいはずなのに。私は私の手で、それを台無しにしてしまった。

「いや、だよぅ……」

 最後に出たのは、子供のような弱音だった。准尉になった時に捨てたはずの、子供の私の声だった。
 そいつは最後にこう言った。それが当然のように、彼女に頼った。

「助けてよ……」

 私がそう言ったのは、着弾する瞬間だった。

「'レイセン'」

 後になって考えれば、彼女は、"私と同じ名前の彼女"は、そう言うずっと前から動いてくれていたはずだった。いや、それを言うなら始めからだ。
 彼女は私と違って賢かった。薬搗きの仕事が上手で、薬師の先生の家に弟子として住んでいた。私と同じ名前だったのに。
 彼女は私と違って人気者だった。頼まれるとどうしても断れず、仕方がないと笑って、皆に頼りにされていた。私と同じ名前だったのに。
 彼女は、こんな場所に来る必要なんてなかった。彼女は……


 ――私と違って優しかった。だから、私を/依姫様を、庇って死んだんだ。


 その瞬間、私は自分がなんと叫んだのか覚えていない。
 覚えているのは目に映った事実だけ。どうやったのかは解らない。彼女は私よりよほど優れていたけれど、敵本陣に忍び込めるほどデタラメではなかったから。
 なのに、私じゃないレイセンはそこにいた。依姫様に弾丸が当たる瞬間に飛び出て、彼女を押し退けて、私の撃った銃弾を受けた。
 依姫様が驚きで目を見開く。その視線の先で、レイセンは弾に押されてくるりと人形のように回って、糸が切れたように両膝をついた。
 彼女は最後にこっちを見た。目が合うはずなんてないのに、私の目を、確かに見た。

「うー、さぎ、うさ、ぎ……だーれの、た、め……」

 だから解った。彼女は最後に、血に濡れた顔で笑った。

「良かっ、たぁ……やっと、間に合っ、た」

 それが最期の言葉だった。
 私じゃないレイセンは、もう一人の私のようにそばに居てくれたレイセンは、今度こそ地に倒れ伏し……二度と動かなかった。その顔は、ああ、本当に安心したように笑っていた。
 レイセン、そう叫んだのは私じゃなくて、依姫様だった。唇の動きで解った。いや、そうでなくても解っただろう。依姫様は、私達の死を悲しんでくれる人だったから。
 レイセンの亡骸に駆け寄って、一瞬泣きそうな顔をした依姫様は、すぐさま燃えるような赫怒の形相でこちらを睨んだ。
 依姫様の手に波長が集まっていくのは、赤色を失った私の目にすら見えるほどだった。
 依姫様はこんなに凄い人だったんだ。
 私はそれを知って嬉しくなった。この人なら、仇を討ってくれるだろう。レイセンを殺した私を討ち漏らすようなことは、絶対にない。
 私の心がレイセンを失ったことに気づく前に、私の心が動く前に、何かを感じる前に。愚図でノロマな私を殺してくれる。それは紛れも無く、私には過ぎたくらいの救いだった。
 だから私は最期に言った。

「ありがとうございます。依姫様」

 スコープを覗いていた目が、光で灼かれた。
 もう片方の目が、こちらに迫ってくる巨大な光の塊を捉えた。山ごと辺り一面を薙ぎ払うそれは、まるで神々の怒りのようだった。
 それを見て、私は最期に……

「なんで生まれてきたのかな、私」

 私が殺した親友に、訊いてみたかった。酷く図々しい願いだと、我ながら笑った。
 笑う私を、光が飲み込んだ。










………………

…………

……








 
 
 
 
「……あ、う?」

 パチリと目が開く。目を覚ますといつも兎と目が合う。私の親友の、兎の目に。
 ……いつもなら、そのはずだった。
 
「あ、あ……」

 目が覚めていくにつれ、思い出す。思い出してしまう。夢であれば良かった現実を。

(なん、で? なんで私は生きて……?)

 身体が酷く痛む。暴走していた目の痛みが、全身に回ったような痛み。
 けれど、私は確かに生きていた。辺りの風景も……とりあえず森は跡形もなく焼けてしまっていたけれど、どうにか気を失う前と同じだと解る。
 あれだけの威力を受けて、私はまだ生きている。それは……

「あ……」

 身体を起こそうとして……起こせなかったけれど、私はようやく気付いた。
 私の上に、庇うように覆いかぶさっているものが四つあった。焼けてしまって、ボロボロになって、だけど私が見間違えるはずもない。それは最後まで私に着いてきていた隊員達の……遺体だった。

「そんな……」

 あの時、私の能力は完全に焼き切れてしまっていた。今、元通りに能力を使えるかどうかも、かなり怪しい。
 なら彼らは、自分の意志で庇ってくれたのだろう。こんな私を、傷ついた身体で、命を投げ打って。依姫様の姿を見たとき、私は彼らに託された望みすら忘れていたのに。

「ごめん、ごめんなさい……っ」

 私に庇ってもらう価値なんてなかったのに。彼らはそれを知ることなく死んでしまった。私が無駄死にさせてしまった。
 それに……

(どのみち……もうだめかも)
 
 彼らの亡骸を見て、ようやくはっきりと目が覚めた。
 身体が痛んでいるのは上半身だけで、腰から下はもう痛みすら感じない。私を庇ってくれた彼らの重みでさえも。

(最悪、腰から下はもう無いってことも……ううん、それなら流石に出血で死んでるかな?)

 となると重度の火傷か、神経をやられたか……どのみち、私はもうこの場から動けない。
 しかも、この場所は大雑把にだが敵に知られてしまっている。覆いかぶさっている隊員達のお陰で見つかりにくいはずだけど、敵が確認しに来れば見逃してくれるとは思えない。
 助けに来る人も……もう、いない。

(……いいや。ここで終わりで)

 生きていたところで、きっとまた誰かを撃ち殺すことになる。それならこうして、最後まで私を信じてくれた戦友と共に逝くのも悪くない。
 ……庇ってくれたのに、悪いとは思うけれど。

「本当にごめんね。こんな……」
「准尉!! どこに居る准尉!! 命令だ、返事をしろ!!」
「……?」

 准尉、というのは私のことだろう。他に准尉は現在居ないらしいので。
 けれど、それが私を呼ぶ声だと認識するのに、少し時間がかかった。何故なら、それはこの場には最も来そうにない人の声で……

「連、隊長?」

 焼け野原になった森の中を、赤髪の連隊長が私の名を呼んで彷徨っていた。
 だけど……

(あれは、連隊長なの?)

 赤い髪を振り乱して、枯れた声で叫ぶ連隊長は、いつもの貴族然としていた姿からは想像もつかない有り様だった。
 皺一つなかった制服は薄汚れ、胸を飾っている略綬は幾つかが千切れてしまっている。その姿はまるで戦場を彷徨う幽鬼のよう。
 私が連隊長の呼び声に答えられなかったのは、傷の具合が酷くて叫べなかったというのが一番だけれど、その姿に唖然としてしまったからというも少なからずあった。
 そして何より……、

「准尉ぃ!! 貴様さえあれば、私はまだ……ッ!!」
 
 狂気。
 能力を使わなくても解った。よく見れば汚れているだけでなく、幾つも傷を負っている連隊長を突き動かす力が。有り体に言ってしまえば、彼女は今どう見ても正気ではない。
 焦り、恐れ、それを誤魔化すための虚勢と攻撃性。一体何が連隊長をそこまで追い詰めたのか? それは……

「こんなところで会うとは奇遇ですね、連隊長。前線に出ることは少ないと聞いていましたが……基地まで向かう手間が省けました」

 すぐに解った。私を探す連隊長の前に、すでに白刃を抜いている依姫様がゆらりと姿を現した。あの草原での柔和な空気の代わりに纏うのは、凛として張り詰めた戦気。そうして並べて見れば、やはり依姫様は格が違った。それは誰より、依姫様の姿を見て絶望した顔になった、連隊長がよく解っているはずだった。

「この場に現れたということは、襲撃は貴方の手引であるということ……どうやら貴方にかけられた嫌疑は誠のようですね」
「……」

 残念です、と首を振る依姫様。
 私は二人のやり取りを、黙って聞いていた。
 どうせ捨てるつもりの命だったから、依姫様に一言謝るのも、最後に軍属として連隊長の為に何かするのも悪くはないと思った。けれど、

「急ぎの用件がありますので、端的な解答を求めます。件の准尉を使い、我ら同盟の和睦派を暗殺する。一体何故、貴方はそのような事をしたのですか?」
「――――」

 動かなかった。手も、口も。
 依姫様は、今、なんと言った?

「此度の戦は、とうの昔に適度を超えていた。それが今日まで終わることなく続いていたのは、貴方が暗躍していたから……相違ありませんね?」

 依姫様はそう言って、刀の切っ先を連隊長に向ける。鋭い刃が端的な言葉を発していた、短く、答えろと。
 刀を突きつけられた連隊長は、追い詰められた鼠のように目を泳がせ、逃げ場を探し、荒れ果てた周囲に何も見出だせないことに絶望し……

「は」

 嗤った。
 暗い光の灯った目で、どろついた熱を宿した目で、依姫様を見据えて狂気に身を委ねた。

「そうだ……」

 連隊長は歯を剥くように嗤っていた。どうしようもなく怯えて、どうしようもなく絶望して、なのに恐ろしく愉しそうに。
 そして……

「その通りだとも!! 私が准尉を使い、戦争を終わらせようとする阿呆共を殺してやったのだ!! 私と、准尉がなぁ!! ヒヒ、ハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 連隊長は私が一番聞きたくなかった言葉を吐き出して、狂ったような笑声を上げた。
 ……その声は、

「それだけではない!! いや、知っているのだろう、察しているのだろう綿月依姫!? 訊かれずとも解るぞ、ああ、答えてやるとも!! 貴様の領地に攻め入るよう、周囲の領主を唆してやったのも私だ!!」

 ……私の中に残った最後の何かを、

「そして貴様がご執心だった玉兎二匹を掠め取ったのもな!! 奴らは実に良い手駒になってくれたぞ、綿月依姫ぇ!!」

 ……跡形もなく、押し潰した。

「……ッ、あの二人は……事故で、死んだ、と……」
「ハハハハッッ!! 今更何を言う、そんなもの私が吹き込んだ嘘に決まっているだろう!! いや、いや、本当に気付けなかったのか綿月依姫? あれだけの狙撃が出来る玉兎が、月に二匹も居るとでも? 思っていたのだろうな、脳天気な貴様なら!! どうせ思っていたのだろう、あの二人と過ごした時間が自分を助けてくれているとでも!! 笑えるな、貴様の命を狙ったのも、貴様がこうして吹き飛ばしたのも、当のレイセンだというのに!!」
「そ、れは……」

 依姫様が言葉を詰まらせた。
 そういえばと、ぼんやり思い出す。私が狙っていた敵は、私の狙撃について知りすぎていた。それも相手が依姫様だったなら、当然のことだった。

「貴方は……貴方は何故、何故こんなことを!?」

 依姫様の悲痛な声も、どこか遠くに聞こえる。
 聞かなければならない話のはずなのに、目も耳も……何より心がどこかぼやけている。

「何故? 決まっているだろう綿月依姫!! 貴様だ、貴様が居たからだ!! 名家の姫!! 八意様の直弟子!! 虚名に塗れた貴様が、一体どれだけの栄誉を私から奪ったと思っている!? 私はそれを取り戻さねばならないのだ!!」

 連隊長がひび割れた声で絶叫する。
 ぼやけた心で、それでも理解する。そうか、それがこの人の……

「貴様だ、貴様さえいなければ、私はもっと……ッ」

 己を誇れたのに。
 それが連隊長の狂気の源だった。名誉に固執したのも、歪むほどに貴族たらんとしたもの、戦争を引き伸ばしてまで出世を求めたのも……嫉妬、これほど容易く人を壊す感情は他にない。
 ……解る。それは解る。狂気を操ってきた私には、それは解りすぎるほどに解る。けど……

「なに、それ?」

 喉から掠れた声が滑り落ちた。響いた声は、まるで他人の声のように聞こえた。
 けれどそれは、確かに私の声だったのだろう。

「……? レイセンっ!!」

 酷く小さな声だったはずなのに、依姫様が私の方に振り返って駆け出して来たから。
 私はそれも、他人事のように眺めていた。

「ああ、ああ、良かったっ。生きていた。ごめんなさい、私……貴方も生きていると、准尉が貴方だと、レイセンを見た時に気付いてよかったのに……ごめんなさい……良かった」
 
 涙を零しながら、依姫様は私を抱き起こした。一瞬だけ、血に染まっていないあの草原の匂いがした。
 ……けれど、

「なに、それ?」
「……レイセン?」

 依姫様が戸惑ったような声で私の名前を呼んだ。その声は、やっぱりどこか遠くに聞こえた。
 ぼやけていた耳が、目が、心が、ただ一点だけでピントを結んでいた。その一点だけが私の身体を動かし、依姫様を振り払った。足はやはり動かなかったので倒れてしまったけど、それでも身体は動いた。

「なに、それ……ッ」

 這いずった。動く腕だけを懸命に動かして、一点目掛けてがむしゃらに進んだ。
 そして……
 
「なによ!! それッ!!」

 辿り着いた連隊長の足元で叫んだ。
 
「そんな、そんな下らない理由で……ッ!!」

 死なせたのか、殺させたのか。敵を、味方を、村の皆を、部隊の皆を、母を、トウゴを、シムトを……レイセンを!!
 ふざけるな、それじゃ皆は、私は、一体何のために……

「返せッ!! 皆を返せッ!! お前の名誉なんて知ったことか!! 私は、私達は……ッ!!」
「准尉、貴様……」
「ぐッ」
 
 ゴンと、頭を踏みつけられた。言葉を切られた私の頭上で、二つの目が冷たく光っていた。
 そして……

「何故生きている!! 綿月依姫との会話を聞いていたなら、何故自害しないのだ!!」
「……は?」

 冷たい目の言葉を聞いて、私は呆けた声を出すことしか出来なかった。
 冷たい目は当然のような口調で言葉を続ける。

「貴様が死んでいれば、奴に後悔という傷を付けてやれたものを……何故汲み取れない? 罪を暴露してまで一矢報いることを選んだ、私の決意を!!」
「――――」
 
 私を見る目は冷たく、言葉だけは熱っぽく語る連隊長に……私ははっきりと恐怖した。
 言葉の意味は解るのに、言葉の意図が解らないことがこんなにも怖いことだと、私は初めて知った。

「貴様のことは評価していたのだぞ、准尉!! 優れた機能に、指示を盲信する都合のいい人格!! この上ない道具だと!! だというのに最後の最後で裏切りおって……恥を知れ、この不良品めが!!」

 その言葉を聞いて、頭をもう一度踏みつけられ、不良品と蔑まれ……私はようやく理解した。

(道具、なんだ)

 言われるまでもなく、始めから解っていたつもりだった。
 連隊長は、何度もそう察するだけのことを言っていた。けれど、それでも認識が甘かった。彼女にとって玉兎とは"本当にただの道具"なのだ。
 ただの道具であるなら、自分の我儘の為に使い潰すことに、躊躇する理由などない。そう、当然……連隊長にとって、それは当然のことだったのだ。だから彼女は、私に依姫様を撃たせようとした。私が依姫様を撃つことを躊躇うという可能性に気付かずに。道具が自分に逆らうはずなんてないから。道具が自分の感情で動くことなど有り得ないないから。
 そして私は、その連隊長にとっての当然の認識に気付けなかった。いや……"気付こうとしなかった"。

「ぐっ、があああああああ!?」

 私を踏みつけていた連隊長が、金切り声を上げて倒れた。見れば、私を踏みつけていた連隊長の足が切り落とされていた。それを成した当人であろう依姫様は、刀を手に再び赫怒の光を目に宿らせ、連隊長を睨みつけている。

「連隊長、最後に一つだけ言っておきましょう」

 依姫様の声は聞いたことが無い程に冷たく、恐ろしい。炎のような怒りを、凍りついた殺意で強制的に冷却しているような声だった。

「感謝します。貴方のお陰で、私はどれだけ努力しても解り合えない者が居ることを知った。戦わねば守れぬ時があることを知った。貴方が言う通り、私は底抜けに脳天気な愚か者でした」

 依姫様がそう言って刀を振り上げる。その目には、言葉とは裏腹に感謝の色など微塵もなかった。

「貴重な教訓の礼代わりです。せめて一太刀で終わらせましょう」

 その手に震えはない。依姫様もまた変わったのだろう。あの草原で笑っていた頃から、私のように、レイセンのように。

「レイセン……?」

 けれど、私がその足を掴んで止まってくれたのは、やっぱり彼女が、あの頃の依姫様から続く人だからだろう。

「やめて、下さい」
「なっ!? な、何故止めるのレイセン!? こいつは私達の、いえレイセンの……」
「もう、人が死ぬのは……嫌です」
「……ッ」

 訴える私の目に何を見たのか、怒りで固められていた依姫様の手が動揺で震えた。
 
「それに……依姫様がこの人を斬れば、それはこの人の狙い通りです」

 依姫様の足元にいる私を、随分近くなった高さから睨んでいる視線に、私は気付いていた。
 ――月人は極度に穢れを嫌う。同じ月人を、それもどうにでも出来る格下を斬ったとあれば、それは依姫様の今後に大きな影を落とす。

「連、隊長……」

 憎々しげに私を見る連隊長の目に、少しだけ悲しくなる。憎しみ、それは……"道具に向ける感情"ではなかったから。

「私からもお礼を。ありがとう、ございました。貴方は少なくとも……」

 私の扱いだけは正しかった。
 優れた機能に、指示を盲信する都合のいい人格。連隊長に言われて、ようやく気付いた。これまでの私の人生が語っている。それこそが、私に対する正しい評価だった。
 私なら、レイセンでもシムトでもトウゴでもない、私なら連隊長の玉兎に対する認識に気付けたはずだった。連隊長から直接任務を受け取っていた、私なら。彼女が玉兎を見る目を、何度も見てきた私なら。
 けど、私はそれに気付こうとしなかった。母を殺し、父に殺されかけ、辛い現実を忘れるには、有りもしない理想を信じて連隊長の命令に従うのが一番楽だったから。
 私は誰よりもよく見える目を持ちながら、見えていた現実に蓋をして逃げていた。私の部隊の皆は、私の逃避行に巻き込まれて死んだ。あのレイセンですら、私に対する認識は間違っていた。連隊長だけが、私を正しく評価していた。

「あはっ」
 
 私は、道具であるべきだった。
 下手に志など持とうとしたから、皆それに騙されてしまった。機能だけは優れていたから、戦果という名の見てくれに騙された。私自身でさえ、何者かに成れるなどと勘違いしてしまった。

「あはははははははははははははははははは!!!」

 おかしかった。滑稽だった。
 ずっと初めから解っていたはずだったのに。私は……

『助けてよぅ……レイセン』

 彼女に頼らないと何も出来ない役立たずだと、解っていたはずなのに。
 私は変わっていなかった。母を撃ち殺したあの日から、いや、あの草原で笑っていた日から、子供のような弱さと身勝手さだけを残して、ただ手を汚す術だけを覚えた。過去の私よりただ薄汚れただけ、それが今の私だった。
 私は笑った。心の底から笑った。人生で一番笑った。笑って、笑って、笑って、身体の中のものを全部吐き出すほどに笑って、結論を出した。

「死んじゃえ、レイセン」

 レイセンは一人だけで良かった。もう一人は、おまけにすらならない害悪だった。気付くのがあまりに遅すぎたけれど……

「レイセン!?」

 とすりと胸に刺したナイフの感触は、思いがけず優しかった。
 依姫様が、こちらに手を伸ばすのが見えた。ああ、本当に優しい方だ。レイセンを殺した私を、それでも思ってくれる。
 けど……

(私を思うなら……)

 どうかこのまま死なせて下さい。
 私はこの世界で生きるにはあまりにも……

「弱すぎ、ました」

 顔を少しでも笑顔に。
 最期くらいは、生きるべきだったはずのレイセンの真似を。底抜けに脳天気で、愚かで……けど優しかったお姫様の為に。

(ああ、疲れた……)

 けど、これで終わり。そう思うと、安堵が湧き出た。心地よい安心が、私の身体を包んだ。

(でも、なんでだろう? なんで私……)

 視界が落ちる。世界が黒く染まる。そんな中で、解ることが一つ。

(泣いてるんだろう?)

 頬を伝う感触への疑問を抱えて、私は消えた。ごめんなさいと、言い忘れてはいけない言葉を呟いて。
 ……誰に向けて言ったかは、心当たりが多すぎて解らなかったけれど。










………………

…………

……










 さて、
 後の事を多く語る必要はないと思う。この"夢を見ている私"は、まだ生きているのだから。
 人を死なせ続けたくせに生き汚い私は、自殺さえやり切ることが出来ずに生き残ってしまった。
 その後、依姫様に匿われた私は罰を与えられることすら免れ、彼女が月の使者のリーダーになるのと一緒に配属もそちらに移った。
 そして……

 恩義も何もかも全て忘れて、地上の民との戦が怖くて逃げ出した。

 私はもう嫌だった。兵士で在り続けるには、戦場で生き抜くには、私はあまりにも弱すぎた。
 だから……

(ああ、そっか)

 だから私は、全てを忘れたことにしたんだ。
 永遠亭の穏やかな時間の中で、私は辛い記憶に蓋をして過去を全て捨て去って、あの子のように生きることにしたんだ。
 彼女は私と違って賢かった。薬搗きの仕事が上手で、"薬師の先生の家に弟子として住んでいた"。私と同じ名前だったのに。
 彼女は私と違って人気者だった。"頼まれるとどうしても断れず"仕方がないと笑って、皆に頼りにされていた。私と同じ名前だったのに。
 彼女は私と違って戦場になんて来る必要はなかった。彼女が居るべきだった優しい場所で、私はレイセンとして生きることにした。だから私は、彼女の名前を忘れたんだ。もう一人の出来損ないのレイセンには、生きていて欲しくなかったから。そうしなければ、私は生きられなかったから。

「なによ、それ」

 我ながら呆れた。
 私の口に上ったのは、連隊長の身勝手を責めたのと同じ言葉だった。
 そう、身勝手だ。散々殺して死なせて、その罪悪感すら切り捨てて、あろうことか誰よりも詫びねばならない相手を気取ることで己を守った。
 ここまで酷いエゴイストを、私は見たことがない。鏡の中でいつも見ていたはずなのに一度も気付かなかった……ああいや、気付かないようにしてたんだ。

「やっぱり師匠は凄いなぁ」

 あの薬がなければ、私は二度とこの事を思い出さなかったに違いない。分厚い面の皮が引き剥がされることは、きっとなかった。
 ……いや、

「それも違うわね。私は逃げ続けるにも弱すぎるもの」

 そう、いつかはきっと忘れ去る罪悪感に負けて思い出していたに違いない。
 逃避にだって強さはいる。悪徳だって貫くには信念がいる。それはどちらも私には縁がないものだった。
 だから……

「追いつかれちゃったわね」
「……ええ、追いつかれたわ」

 どこまでも続く暗い世界の中で、私の後ろに誰かが立っていた。いつかは必ず追いつかれるはずだった過去、それが誰かとして立つのならその姿は決まっていた。
 思えば私は、彼女のことをずっと感じていた気がする。彼女が生きて、そばに居てくれた頃のように。

「私さ、ずっとレイセンに言いたいことがあったんだけど、聞いてくれる?」

 私はその問いに答えられなかった。聞くべきでだけど、聞きたくない。それが紛れもない私の本心だった。
 けれどもう、彼女が止まることはないだろう。今までの都合の良い所で忘れられた夢と違って、この夢はかつての悪夢を見せる師匠の薬が見せているのだから。

「ねぇ、レイセン」

 彼女は滑るように動いて私の前に立つ。私は咄嗟に下を向いて、彼女の顔から目を背けた。

「なんで……」

 いつもならここで目が覚めて、全部忘れているはずだった。だけど、それはもう許されない。私はあの黒い丸薬に取り憑かれてしまったから。
 ゆっくりと、彼女が私の顔を覗きこもうとしているのが解る。良く見慣れた、昔は憧れた伸びた耳が、私の目に映り込む。
 確信があった。このままではきっと、私は私を保てなくなってしまうと。けど……

(身体が、動かない)

 これまで見てきた夢のように、私の身体は私の意志では動かなかった。
 動かない視界の中、彼女の耳が通り過ぎ、髪が通り過ぎ、そして……

「私じゃなくて、貴方が生きてるの?」

 どこかで見たような笑顔で、レイセンはそう言った。
 その問いは、私が何度も自分に投げかけたはずの問いだった。けれど……

「くひっ」

 口から変な笑いが漏れ出た。目の前が真っ暗になり、身体から力が抜けていくのが解る。
 自分で自分に問いかけるのと、彼女から問いかけられるのでは全く意味が違った。私はとうとう、私自身ですら大嫌いだった私を好いてくれた、彼女にすら見放された。

「ねぇ、なんで? なんで私を撃ったの? 依姫様を裏切ったの? 皆を殺しちゃったの?」

 倒れた私に、レイセンは血の涙を流しながら問い続ける。
 その度に私の心は引き裂かれた。自分で刺したナイフよりも、その言葉はよっぽど鋭かった。
 きっとこれから先、私は眠る度に彼女に問われるに違いない。それは私に相応しい罰だった。今、私はようやく……
 
 ――自分の罪に、追いつかれたんだ。

 そうして罰を受け続けて、私は夢の中で気を失った。
 目を覚ました時、今度は忘れることは出来ないと悟りながら。










………………

…………

……











「鈴仙!! 鈴仙!!」

 私を呼ぶ声に、薄っすらと目が開く。目を覚ますといつも兎と目が合う。天井のシミの、兎の目に……?

「ん……て、ゐ?」
「鈴仙っ、ああ、良かった。大丈夫? どっか痛かったりしない?」
「ん、うん……?」

 心配そうに私を覗き込むてゐに支えられながら、私は土の上から身を起こした。
 妙に頭がぼうっとする。寝起きとはいえ、頭の中の靄が濃すぎる気がした。綺麗なお月様が見える空とは対照的だった。
 
「私、一体……?」
「そんなのこっちが訊きたいわよ。鈴仙が竹林で倒れてるって因幡達が言うから飛んできたら、本当に倒れてるんだもの。一体いつの間に家から出てたのさ」

 訝しげに尋ねてくるてゐの言葉を聞いて、私は思い出そうと自然に呆けた頭を働かせる。

(いつの間にって……確か朝起きて、顔洗って、化粧して……化粧?)

 あれ、どうして化性なんてしたんだっけ? いつもはしてな……

「鈴仙、あんたそれどうしたのさ!?」
「え? なんのこと?」
「それ!! 胸のとこ!! 血じゃないのそれ!?」
「え……?」

 てゐが血相変えて叫ぶので見下ろしてみれば、確かに胸元の服が血で濡れていた。
 胸を刺された……にしては随分と痛みが薄い。私はそんな風に奇妙に冷静に考えて、結論を出した。

「大丈夫よ、てゐ。これ多分古傷が――」
「……鈴仙?」
 
 開いただけだから。
 そう言いかけて、私はようやく思い出した。開いたのが傷だけではなかったことに。

『戦争を、殺してやる』

 胸に抱いた偽りの志を。

『オサラバです、准尉。そして戦友諸君。俺はこの部隊のこと愛してたぜ』

 仲間達の想いと託された願いを。そして……

『良かっ、たぁ……やっと、間に合っ、た』

 大好きだった彼女の死と名前を……その全てを裏切ったことを、私は忘却を切り開いて思い出したんだ。

「ひっ」
「ちょっと、鈴仙?」
「ひっ、ひっ、ひっ」
「鈴仙!? ってちょっと血、血!! どこが大丈夫なのさそれ!?」

 記憶が噴き出ると同時に、自分を殺そうとした傷が血を噴き出した。服の赤く染まった範囲が勢い良く広がっていく。
 けれど"そんなことはどうでもいい"。そうだ、私は思い出してしまったんだ。悪夢の中で、私が何をしてきたかを。

「服、破るよ? とにかく血止めだけでもしないと……」
「て、ゐ……」
「喋んな!! あんたはいいから横に、んにゃ胸の傷なら座ったまま……鈴仙?」
「てゐ、てゐ……」

 カタカタと震える指先で、傷を抑えていたてゐに縋り付いた。
 頭を抱えるように抱きつかれて、頬を血に濡らしたてゐが目を丸くして私を見上げる。

「寒い、寒いの。私、どうしよう。私……」
「……ッ、大丈夫。よく解かんないけど大丈夫よ。私はあんたの味方だから。ここに居るから」

 見上げた目で何を見たのか、てゐはそう言って私の事を抱き返した。
 てゐの温かさを傷の痛みの上に感じた。血に濡れることも厭わずに、むしろ自分の身体で傷を塞ごうとしているてゐが私を思いやってくれていることが解った。
 その優しさが、今の私には何より嬉しくて……

「その娘も殺しちゃうんだ?」

 …………え?

「レイセンは、その娘も殺しちゃうんでしょう? 嘘か、銃弾か、裏切りで、その娘も死なせちゃうんだ?」

 傷の痛みもてゐの温かさも、全部遠くへ行ってしまった。感じるのは耳に染みる声と汗の冷たさだけ。
 全部思い出した私には、それが誰の声なのか解った。解ったけど……今の声は後から"はっきりと"聞こえた。少なくとも私には幻聴には聞こえなかった。けど……

(嘘……だって、あの子は……)
 
 ドクドクと鼓動が早くなるのが解った。
 有り得るはずがない。もし彼女が生きていたとしても、どうして地上に居るのか解らない。
 ない、ない、絶対に有り得ない。だけど、全部思い出した私が彼女の声を聞き違えるはずがない。

「ねぇ、レイセン」

 私は何かに命じられるように振り返った。
 そこには……

「私のことを殺しておいて、また同じことを繰り返すの?」

 どこか見覚えのある笑みを咲かせて、幽霊のように"レイセンが浮いていてた"。
 ……ああ、私は馬鹿だ。罪に追いつかれたと自覚して、どうしてそれが夢の中にしか現れないと思ったんだろう。

「ひっ」
「あだっ、な、何すんのさ……って鈴仙!?」

 てゐを突き飛ばして逃げだした。レイセンの言う通りだった。このままではきっとてゐも殺してしまう。後ろで何か叫んでいるのも無視して、てゐからもレイセンからも必死で逃げた。
 けど……

「どこ行くのよレイセン。逃げるなんて酷いじゃない、ずっと一緒に居るって言ったのに」

 彼女からは逃げられない。罪から逃げるなんて、どうすれば出来るんだろう。
 もう忘れることも出来ない。私には走ることしか出来ない。でも、それで罪を振り切るなんて出来るはずもない。
 いや、いや、そもそも……

「あはっ、私よりレイセンの方が、足もずっと速かったっけ」

 彼女が私を追いかけることを選んだなら、私が逃げ切れるはずがない。
 愚図でノロマな鈴仙が、強く賢かったレイセンに敵う訳がない。そう気付いて、私はいつの間にか笑っていた。

「思い出すなぁ。あんたが訓練でへたばってた時、よく助けて上げてたよね。センスはあったけど、体力はイマイチだったから……助けるんじゃなかったな、そうすれば私は死なずにすんだのに」
「……ッ」
 
 足を踏み外して斜面を転がり落ちた。何本もの竹にぶち当たって、多分身体中に青痣が出来た。
 そう、レイセンが言う通り。私をもっと早くに見限っていれば、彼女が死ぬことはなかった。彼女に相応しい、優しくて幸せな未来に辿り着いていたはずだった。
 私はそんなレイセンの未来にも背を向けて、ひたすらに走る。

「あれ? レイセンレイセン、ほっぺたから血が出てるわよ? 手当しないと痕が……ああ、そういえばそれも私がやって上げてたんだっけ。レイセンは不器用だったからねぇ」

 胸だけでなく、身体中が痛む。
 人間と変わらない私の肌は、竹や笹の葉が擦れるだけでも簡単に傷がつく。戦場でも、それは当然起きることだった。そんな私の手当をしてくれたのは元薬師の弟子のレイセンだった。私はとにかく不器用で、簡単な薬搗きの仕事さえ失敗してばかりだった。

「ひっ、ひっ、ひっ」

 笑っているような泣いているような嗚咽が口から漏れる。
 レイセンが言っているのはとっくに解っている話だった。私は彼女がいたから生きてこれた。彼女にずっと助けてもらってきた。なのに……

「ねぇ、レイセン。私、あんたに殺されなきゃいけないようなこと、何かした?」
「――――ッ」

 他のどこよりも胸の傷が血を流す。かつて自分を殺そうとした傷が、私の罪を血で贖わせる。
 彼女には何の責もなかった。彼女には何の咎もなかった。ただ彼女は、私の罪を肩代わりして死んだ。
 そんなことは解っている。そんなことは解りきっていた。けど、けど……

「もう、やめて」

 私はとうとう足を止めて、その場に座り込んだ。
 体力も精神力も出血量も、もう限界だった。

「私が悪かったのは解ってるから。貴方が何も悪くないのも知ってるから。だから、もうやめて……」
 
 罪を背負えと言うなら、背負う。
 罰を受けろというなら、受ける。
 けど……

「私は……貴方にだけは嫌われたくないの。貴方にだけは憎んで欲しくないの。私は……私は……」

 理不尽であることは解る。身勝手であることも解る。けど私を憎むレイセンの声だけは……"耐えられない"。それはもう、罰を受けるべき私すら押し潰して、消し去ってしまう。

「どうしたら許してくれるの? どうしたら償えるの? 解らないの、それが解らなかったから逃げたの。私は……」
「死ねばいいのよ」

 私を冷たく見下ろしてレイセンが答えた。

「あんただけ生きてて、それで許されるはずないでしょう? みんなみんな巻き込んで死なせて、殺して、あんただけが図々しく生きてて。それで許される訳ないでしょう?」
「…………」

 凍えるほど冷たいレイセンの声、私にはそれが……

「死ねば、許してくれるの……?」

 初めて救いのように聞こえた。
 恐怖でもなく焦燥でもなく、喜びで頬が緩んだ。

「さぁ? けど、まずはそこから始めるべきじゃない?」
「うん、うん……そうよね、そうだよね」

 レイセンも笑ってくれていた。まだ生きていた頃みたいに、私と仲良くしてくれていた頃みたいに。
 私はそれが嬉しくて、早く死のうと辺りを見回す。使えそうなものは、辺りにはなかった。けど……

「あ、そうだ」

 ポケットに手を入れると、丸くて硬い感触が返ってきた。
 胡蝶夢丸ナイトメア、私に彼女の名前を思い出させた薬を、幾つも掴んで手にのせる。
 この薬には多分睡眠薬と同じ成分が、それも強力なものが含まれている。だから、用量以上の個数を飲めば……

「んく、こく……」

 躊躇はなかった。幾つかは数えなかったけど二十は越えている胡蝶夢丸ナイトメアを、無理やり飲み干した。
 一つだけでも即効性があった薬が、たちまち私の意識を霞ませる。それでも最後に一言言えたのは、倒れて頭を打ち付けたお陰だった。

「これで、許してくれるの?」

 倒れた私を見下ろしていたレイセンが、しゃがんで私の顔を覗き込む。その顔はやっぱり優しい笑顔で……

「そんな訳ないじゃない。あんたの一番の罪は、裏切ったことなんだから」

 顔は笑ったまま、冷たい声で言い切った。
 それを聞いて私は笑った。うん、そうだよね。やっぱりそうなるよね。
 いっそ清々しい思いで私は目を閉じる。こうなるのを、多分私は知っていた。ほんの少しでも私の期待が叶えられてしまえば、それは救いになってしまう。何の救いもなく死んでいった彼らへの罪が、それで晴れるはずがない。
 だから……

(これで、お願い……許して……)

 裏切られることで罪を贖い、贖ったという期待を裏切られることで罪を贖い、それで許されたと思う期待をまた裏切られ……
 それが私に課せられた罰。絶対に許されないこと、それが私が逃げ出した本当の理由。
 前言撤回しよう、私は"今"ようやく
 
 ――罪に、追いつかれた。

 









………………

…………

……

 










 気付けば私は靄の掛かった暗いどこかを歩いていた。
 幾度母を撃ち殺し、幾度親友を撃ち殺しただろうか? 幾度仲間の願いを託され、幾度それを裏切っただろうか? 幾度真実を告げられ、幾度自害しただろうか?
 師匠の薬は絶対である。私は死ぬまでの短いはずの時間で、何度もかつての悪夢を見た。その度に彼女に問いかけられ、心を押し潰された。意識は形骸としてしか残らず、私は悪夢に打擲される死体で在り続けた。なのに私が歩いているのは……もう、終わりが近いから。

(ここ……川だ)
 
 足首くらいの高さに冷たい水の流れがある。裸足の足の下に苔むした砂利の感触を感じる。
 月で生まれた私が死んだ時、どうなるのかは知らなかったけれど……

(そういえば、閻魔様が私を裁くみたいなこと言ってたっけ)
 
 乾いた、我ながら疲れきった笑いが零れた。
 あの可愛らしい閻魔様に会った時、説教はほとんど聞き流していたけれど……

(さすが閻魔様、正し過ぎるお説教だった)

 今の私なら解る。彼女の説教は一部の隙もない正論だった。
 仲間を見捨て、見殺しにし、一人だけのほほんと暮らしている……その通り。
 貴方は自分勝手過ぎる。過去の罪と向き合っていない……返す言葉もない。
 月に置いてきた――忘れ去った――仲間の恨みと共に、私に裁かれろ……今なら私は喜んで貴方の裁きを受け入れよう。
 その為に、私はきっと歩いている。この川の先に、あの閻魔様が待っている。私はもう、それは怖くない。ただ……

(閻魔様に裁かれて、地獄に落ちたら……)

 皆は許してくれるだろうか? 血の池に沈められ、湯だった釜に放り込まれ、針の山を転げ回れば、皆は、レイセンは……

(そんな訳、ないか)

 裏切られ続けることが私の罰。その証拠にほら、

「レイセン、お前のせいで」

 靄の向こうから誰かが言った。
 濃い靄のせいで顔は見えなかったけれど、透明な水の下で頑丈そうなブーツが爪先をこちらに向けていた。

「よくも私を殺したな、仲間を殺したな。よくも」
「あんたのせいでみんな死んだんだ」
「何の為に俺は戦ってきたんだ? 何の為に……お前のせいで無駄死にだ」

 爪先が次々と増えていく。怨嗟の声が次々と重なっていく。
 あの暗い夢の中で響いていた声が、今ははっきりと聞こえた。毎晩夢に見ては忘れてきた声を、死者が渡る川の中で聞いていた。
 幾度となく悪夢を彷徨って、私は結局この始めの夢の中に戻ってきた。いや、場所を考えるなら彼らは本当に本物なのかもしれない。
 ……私は歩く。
 私を責める声に耳を塞ぎたくなるのを堪えて、前に進む。
 ある意味で彼らの声は声援だった。彼らはきっと私がこの先に進むことを望んでいる。なら私が歩を進めることだけは、彼らも応援してくれるはずだった。
 だから……私の前に彼女が立つのは、当然だった。あの閻魔様ではない。私がずっと一緒に居た彼女の姿を見間違えるはずがない。

「レイセンは……やっぱり凄いね。こんなところまで出てこれるんだ」

 腕を組んで私を待ち構えていたのは、やっぱりレイセンだった。
 棒のようになった足を引き摺るように歩いて、彼女から少し離れた位置で止まった。
 彼女は何故か何も言わなかった。横に居た彼らも声をやませている。辺りが暗闇に似つかわしい静けさに包まれる。今までは私の顔を見れば何事か問いかけてきたのに、レイセンはさも不機嫌そうな顔で私をじとりと睨んで黙っている。

「……何も、言わないの?」

 私から彼女に話しかけたのは、思えば初めてのことだった。
 どうしてだろうと少しだけ疑問に思ったけれど、私の口は止まらなかった。

「違う……かな。もう何も言ってくれない、のかな。そうだよね、これだけ何度も言われてるのに、私、まだ許して貰おうなんて考えてる……呆れるよね」

 もし私が許される時があるとしたら、それは私が許されることを諦めた時しかない。一切の希望を捨て去って、そこで私は初めて許される。
 この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ、三途の川に立って私はそんな一文を思い浮かべた。地獄というものの本質は、どこも変わらないのかもしれない。
 一切の希望を捨てる、それが出来ない醜い者が落とされるというところも含めて。

「諦められないの。貴方に、貴方達に許して貰うことが……だってそうでしょう? あんなに一緒にいて、あんなに笑い合って、あんなに楽しくて……」

 悪夢が思い出させたのは、辛いことだけではなかった。
 あの草原の刀を持つ前の依姫様を、おどけて皆を笑わせていたシムトを、恋をしていた愛らしいナナミを、父のように思ったこともあるトウゴを……何より、ずっと一緒に居たレイセンを思い出させてくれた。
 あの記憶を、あの場所を、諦められるはずなんてなかった。だって……

「私、皆のことが好きなの。今も、許されないって解ってても、好きなの。もう一度皆に、笑いかけて欲しいの。ごめん、酷いよね。ほんとに呆れるよね。自分で全部台無しにして、こんな、こんな……」

 私が本当に謝りたいのはそれだった。
 もし、世界を初めからやり直せるとしても、私はきっとあそこに戻ってしまう。そうしないと皆に会えないから。例え全て失うことが解っていても、私はきっとあの場所に戻ることを望んでしまう。あの場所を、あの時を無かったことになんてしたくないから。
 本当に自分勝手だった。あの閻魔様も、最後には私のことは罪の念を持ち続けて生きるしかないと諦めていた。

「ごめん、ごめんなさい……こんな私で……私……」

 気が付けば泣いていた。思えばこれも初めてのような気がする。彼女に責められて、狂った笑みは浮かべても、涙を流すことはなかったような気がする。
 だから、それからのことも初めてだった。私の身勝手な告白を聞いたレイセンは、ざぶざぶと音を立てて大股で私に歩み寄り、そして……

「……?」

 水を蹴散らしながら進むレイセンの姿に、ようやく違和感を覚えた。
 というより、気付いてみればおかしいことだらけだった。これまでのレイセンは確か半ば宙に浮いていたような、あんな怒り心頭みたいな顔はしなかったような、そして何より、こんな風に"思いっきり拳を振りかぶる"ような感じでは……

「レイセン」
「――――」

 私の名前を呼んで、レイセンが笑った。
 彼女と同じ名前、誇らしかった名前、それをあの頃のような笑顔で呼ばれて、私は心臓さえ止まった気がした。
 そして彼女は……

 にっこり笑顔のまま、心臓が止まった私を殴り飛ばした。

 体勢を崩すとか、急所を狙うとか、そんな小細工は一切ない漢らしいテレフォンパンチ。顔がすり鉢みたくへこんだんじゃないかと思った。ゴドンと、自分の身体からこんなに大きな音が響く日が来るとは思わなかった。顔の真芯を捉えた一撃はもはや落雷のようだった。身体が痺れて動けないまま、私は水切りの石みたいに水面を何度も跳ね跳んだ。
 断じて、断じてただのグーで発揮されていい威力ではなかった。馬車に撥ねられたとしても、ここまでの飛距離は絶対に有り得ない。
 と、そんなことを衝撃で揺らぐ頭でどうにか思っていた辺りでようやく勢いが落ちてきた。とはいえ、それで静止など出来るはずもなく今度はゴロゴロと川底をもんどり打って転がった。もうどっちが空で地面なのかも解らない。
 そうしてゴロゴロと、それはもうゴロゴロと転がってから、私の身体はようやく止まってくれた。どうして私は自分の身体のムーブメントを他人事のように語らないといけないんだろう?
 いや、というかこれは一体何なのか? もちろんレイセンには私を殴る権利があるとは思うけれど、これは何か違う気がする。何かが、何かが決定的におかしい。
 たった一発でちっとも動かなくなった身体を水流に横たえて、私はもやもやした違和感の正体を探し続けた。
 まずい気がした。まずい気がする。この違和感の正体を早く突き止めないと、何かが致命的に……と、そんな風に焦っている内に、ざぶざぶと水を蹴散らす音が近付いてきた。
 おかしい。可愛らしい少女の足音のはずなのに、大怪獣みたいな迫力を感じた。おかしい、だからこの感想がすでにおかしい。さっきまでのレイセンはもっと……水音が止まった。

「……」
「……」

 すぐ間近にレイセンの気配を感じる。背後で不機嫌そうにこちらを見下ろす彼女の姿が、簡単に想像できた。
 私は振り返れない。寝返りを打ってそちらを見られるほど回復していなかったし、してたとしても多分できなかった。
 そしてそんな煮え切らない私と違って、レイセンは行動が早かった。後ろから手を伸ばして襟首を掴んで、私を細っこい豪腕で無理やり引き起こす。身体が回ってレイセンと正面から目が合った。

「……」
「……」

 レイセンの顔が、額がぶつかりそうなほど近くにあった。
 その顔を見るのはひどく"懐かしかった"。迷いの竹林で私を追いかけていた彼女とは、少し顔立ちが違っていた。記憶は時間と共に薄れてしまう。彼女の顔でさえ、時間が経てば……

(違う、関係ない。私の記憶と"彼女"は関係ない)

 私に呪詛の言葉を投げた彼女はレイセンなのだ。だから私の記憶とは何も……

「レイセン」

 懐かしい顔で彼女が言う。大粒の瞳が輝きを増す。真剣に、どこまでも真剣にレイセンは私を見つめていた。

「私がレイセンよ。解る?」

 真剣な目に、真剣な言葉。どこまでも真っ直ぐな彼女らしい姿。
 言われなくても解った。彼女こそがレイセンなんだと。よく解らない何かを、過程をすっ飛ばして結果だけ押し付けられた。
 だから私は訳が解らないまま、理解だけしたまま喚き散らす。

「違う……違う違う違う違う違う違う!! お前はレイセンじゃない!! レイセンは……レイセンは……」

 理解したという結果に言い知れない怖気を覚えた。絶対に認められない何かをそこに感じた。結果が変わらないのを解っていながら、それでも叫ばずにはいられなかった。

「レイセンはお前じゃなくて、お前じゃ……とにかく違う!! 絶対に違う!!」

 子供のように必死に"冷静にならないよう"に叫んだ。
 頭が冷えて、"覚めて"しまえば、きっと気付いてはいけない事に気付いてしまう。
 情けなくてもいい、蔑まれてもいい。私はもう保たない、あとほんの少し、藁の一本でも載せられてしまえばそれで潰れてしまう。嫌だ、嫌だ、嫌だ、もう思い出したくない。
 さっきまでしおらしく罰を求めていたことも忘れて、私はレイセンに訴えた。

「もうやめて……お願いします。私を壊さないで、お願い、お願いですから」 
「……」

 滂沱して懇願する私を見て、レイセンは透かすように目を細めた。
 その目には呆れたような、諦めたような、乾いた何かが感じられた。

「いやよ」

 静かに、厳かにレイセンは言った。掴んだ手を持ち上げて私を高く吊り上げる。

「絶対にやめないわ。アンタには今、絶対に壊れてもらう」
「ひっ」

 私を睨め上げて宣言するレイセンの声には、一切の容赦がなかった。
 決意した行動を断固として決行する、鋼の覚悟がありありと感じられた。

「ほら、師匠の薬は絶対なんでしょう? なら最後まで見てきなさい。アンタの悪夢を。アンタが本当は……」

 何に絶望したのかを。
 そう言ってレイセンは私を三途の川に叩きつけた。顔が川底にぶつかり、そして……三途の川の底が抜けた。私はその下に沈み込んだ。どこまでも続く暗い闇に沈んで沈んで沈んで……思い出す。知らないふりをした、悪夢の最後を。

 









………………

…………

……













 自分の胸を刺したあの日から、結局私は生き延びてしまった。
 レイセンのように即死出来なかった私は、依姫様の治癒能力――大国主様の力をお借りしたと言っていた――で救命され、彼女の元に匿われた。

「……」

 依姫様に捕縛された連隊長は、その後軍法会議にかけられどうにか銃殺刑だけは免れたらしい。ただし代わりに、地位や財産、名誉など、彼女が求めたはずのものは全て剥奪され、お家も取り潰しになったと聞いた。それは果たして、彼女にとって銃殺よりマシな刑罰だったのだろうか?

「……」

 そのどちらであっても、"この時"の私は気にしなかったと思う。
 夢を見ていると自覚した私は、再び明晰夢のように私自身の視界を借りてかつてを見ている。
 ……その視界がもう、二時間は動いていない。ほんの少しのずれもなく、私は寄りかかるように壁際に座り込んで、呆けたように虚空を眺めていた。
 私と連隊長が捕縛された後、戦争は呆気無く終わった。元々対峙していた両陣営は共に疲弊しており和睦のタイミングを計っていたのだが、"何故か"話がまとまりかかるとそれを台無しにするような奇襲が行われたりして、伸び伸びになってしまっていたらしい。
 それについて私の心当たりが正鵠を射ていることは間違いない。私と連隊長が捕まった後、本当に、悲しくなるほど呆気無く戦争は終わったのだから。

「う、あ……」

 戦争が終わった後、依姫様は返却されるはずだった領地の拝領を辞退し、焼け落ちる屋敷から彼女を助け出した姉の豊姫様と同じ月の使者のリーダーという役職に収まった。
 依姫様はあの領地を取り返す為に参戦していたらしいのだけれど……彼女の心境にどんな変化があったのかは、今の私にも解らない。ただ、

『この役職なら、少なくとも敵が誰かははっきりしていますから。月人とも玉兎ともやり合うことはないでしょうし……それにあの地を治めていたのは私の我儘で、元々使者のリーダーはお姉様と二人でやるはずでしたから』

 自嘲するように笑った依姫様の、そんな言葉を聞いたのはいつのことだったか……私も、過去の私も覚えていない。
 私はただ、ぼんやりと宙を見ていた。何も思わないよう、何も考えないよう。私が何かしようとすれば、ロクなことにならないから。
 私は道具であればいい、何も思わない道具であれば。

「たいちょ……じゃなかった、レイセンさん」

 私の視界がグリリと動いた。
 その先に居たのは、元私の部隊の隊員のナナミだった。
 いつの間に部屋に入ってきたのか……多分、私が気付かなかっただけだろうけれど、とにかく彼女はそこに居た。
 私の部隊は全滅した。生き残ったのは、私一人だけだった。けれどそれは戦闘員の話で、彼女のような事務員はほとんど生き残っていた。
 そして、彼女達も私と同じく依姫様に引き取られ、今は月の使者担当の玉兎となっている。事務方であった彼女達は戦闘に向いていないのだけれど、私の部隊にいた彼女達を助けるには、依姫様もそうするしかなかった。私の部隊に居たこと、それ自体が今や罪として扱われるのだ。
 ……彼女達は悪くないのに。彼女達は何もしていないのに。
 それを思うと、カタカタと身体が震えた。私が犯した過ちは、今も長く尾を引いて迷惑をばら撒いている。
 
「ごめんさい」

 もう何度言ったかわからない言葉が口をついて出た。
 ナナミはそれを聞いて、何かを堪えるように口を噤んで、それから無理に作った顔で……"笑った"。

「いいんです。というより、謝られる理由がないですから」

 笑ったナナミを見て、もう一度謝りそうになったけれどどうにか堪えた。またナナミに辛そうな顔をさせる気がしたから。 
 どうして、ナナミはあんな顔をするんだろう。堪えることなんかないのに、彼女には私を責める理由があって、その権利もあるのに……イミナヤはあの日、私に巻き込まれて死んだのだから。
 なのに、ナナミはやっぱり笑ってこう言うのだ。

「それより、そろそろ訓練の時間です……着いてきて貰えますか?」
「うん、わかった」
 
 聞かれるまでもなかった。私は道具なのだから、望まれれば答えるのが当然だった。
 けれど……

「う、ぐ、ぎぃぃ」
「あと少しです。レイセンさん、頑張って」

 ノロマな私だけれど、ただ歩くことがこんなにも苦しく感じたのは初めてだった。
 私の訓練は、大国主様が治してくれた足をまともに動かせるようにするという、訓練とは呼べないような訓練だった。大国主様は私の足を完全に治してくださったらしいのだけれど、だからこそ普通に動かしていた頃の神経が、何も慣らされていない真っさらな状態に戻ってしまっているらしい。その結果、私の足は動きはするけど、その全てがぎこちないという状態になってしまっていた。

「はい、お疲れ様です。昨日より大分歩けるようになってますよ、レイセンさん」
「……うん」

 ノルマのラインに達してへたり込んだ私に、ナナミは嬉しそうに笑って声を掛ける。
 私はその笑顔が怖かった。どうして笑えるのか、彼女が好きだった人は私が殺してしまったようなものなのに。その笑顔の意味を理解出来ないことが、私は一番怖かった。
 だから、私はとうとう聞いてしまった。

「ナナミは、なんで笑ってくれるの? 私はイミナヤを殺しちゃったんだよ?」

 尋ねるのを堪えていた質問だった。
 これを訊けば、きっとまたナナミに辛い顔をさせてしまうと思ったから。そしてナナミは思った通り辛そうな顔をして……それから私の肩を掴んで、私としっかと目を合わせた。

「レイセンさんは、殺してなんかいません。お願いですからそんな悲しいことを言わないで下さい。私が好きだった人が、尊敬していた隊長に殺されたなんて……そんなの悲しすぎます」
「でも……」
「でも、じゃありません。イミナヤは戦死したんです。兵士なら誰だってそうなる可能性はあった。貴方が特別何かをした訳じゃないんです。悼んでくれるのは嬉しいです。でも、殺したなんて言わないで下さい。貴方のことを尊敬しているのは、私も同じなんです。だから、やめて下さい。その言葉は私には辛すぎます」
「でも……」
「もういいんです。貴方がどれだけ頑張ったかは、事務方の私だって知っています。いえ、貴方が人の三倍治療費がかかるぐらい傷ついていたのを知ってるのは、私だけかもしれませんよ?」
「でも……」
「もう休んで下さい。貴方は頑張って、けど届かなくて敗れた。それでいいんです。後はもう休んで下さい。皆もきっとそれを望んでいます。足を治すお手伝いなら、私もさせて貰いますから」

 ナナミはやっぱり最後に笑って、私に肩を貸してくれた。
 ナナミはどうして私を責めてくれないんだろう。許されていいはずがないのに、私は責められるべきなのに。どうして……





『ザザザ……私が、レイ……わた……ン……ザザザ……』





 場面が飛んだ。私は夜の射撃場に一人で立っていた。目の前には拳銃が一挺。足はあれから時間が経ったのか随分まともになっていた。
 台に乗った拳銃を手に取ることなく、私は銃と睨めっこをしていた。そうしてどれぐらい経ったか、私はようやく銃を手に取った。
 ……その時点で、足元が揺らいだ。
 まるで走馬灯のように、私が撃ち殺してきた人の顔が思い浮かんだ。最初に撃った敵兵から始まり、村の皆へと至り……

「……ッ!!」

 歯を食いしばって無理やり銃を撃った。十m先の的に掠りすらしなかった。続けてニ発、三発……結果は変わらない。その代わりに思い出す顔が次々と変わり、母の顔が出てきた瞬間、酷い吐き気とともに胸の傷が開いた。熱い血がしとどに流れるのが解った。

「こんな、ことで……ッ」

 それを無視して、引き金を引く。五発、六発、七発……どれも的には当たらない。私は焦っていた。頭に思い浮かぶ顔がどんどん新しくなってきている。そして……その顔は、最後の一発を撃つ前に現れた。

『良かっ、たぁ……やっと、間に合っ、た』

 最後の引き金を引く前に、その場に倒れた。呼吸が病人のように早くなっていた。頭もクラクラする。それは血を流したせいか、それとも……

「なん、で……」
「おい、誰か居る……准尉? 何を……血っ!? 怪我をされてるんですか!? 兄さん!! こっちに来てくれ、早く!!」
 
 銃声を聞いてきたのか、顔をひょっこり覗かせた玉兎が血相を変えて駆け寄ってきた。
 その後ろには兄らしいもう一人の玉兎の姿も見えた。二人は慌てて両側から肩を貸す形で、私を持ち上げた。

「ダメ、まだ……撃たせて……」
「何言ってるんですか!? それどころじゃないでしょう!!」
「兄さん、こっちに行こう。連絡したら近くに医務官がいるって返ってきた」

 二人共男性で、その中でも背が高い方だったから私は軽々と運ばれていた。
 射撃場は、幾ら何でも慌てすぎにも見える二人の健脚で、みるみるうちに離れていく。

「撃たせて、撃たないと……銃が撃てない私なんか、何の役にも……」

 泣きそうな声で哀願した。銃を撃つのは嫌いだった。けど、それが出来ない私なんて何の役にも立たない。道具にすらなれないガラクタでしかない。だから、私は……

「准尉、確かに貴方の腕前は玉兎の至宝と呼べるものでした。ですが貴方の価値は断じてそれだけではない。それは貴方が守ったモノが証明しています」
「守った? 私が何を、何も……っ」
「……私のことを覚えておられませんか?」
「え……?」

 そこでようやく私は彼らの顔を見た。私の目より大分上にあったので気付かなかったけれど……

「あの時の……兄弟の軍曹さん?」
「はいっ、その通りです!! おい聞いたか弟よ!! 准尉殿が俺の事を覚えてくださっていたぞ!!」
「はいはい聞いてます聞いてます。だから興奮しないで揺らさないで傷に障ったらどう責任取るのさ、っていうかそうなったら僕がまず兄さん蹴り倒すからね」

 いきなり興奮して叫ぶお兄さんと、早口で言い返す弟さん。
 二人はいつだったか、味方を救出するという作戦の時に見た顔だった。お兄さんの方は実際に私が指揮したし、弟さんの方はファイルに写真が載っていた。

「お解りでしょう? この愚弟が貴方が守ってくださったものです。出来の悪い男ですが、私にとってはかけがえの無い家族です。あの時は本当に、本当に……」
「……そんなの、嘘だったんですよ」
「はい?」

 感涙を流し始めたお兄さんの方に、私は自嘲するように言った。

「ここに居るなら貴方も知ってますよね。私が何をやってきたのか。私がやったのはただの売名行為で、その為に戦争を引き伸ば……」
「関係無いですね、それ」
「……はい?」
 
 さらりと言われて一瞬身体を固めた後、私は慌てて弟さんの方に振り向いた。

「全く、一分も、これっぽちも関係ありません。准尉、僭越ながら貴方は、あの時僕達がどれだけの絶望の中にあったのか理解しておられない。こちらの何倍もいる敵に押し込まれ続けて、ロクに休むことも出来ずに味方だけが減っていき、救援要請は全て却下。そんな中、他所の連隊である貴方達だけが助けに来てくれた。貴方達だけが、来てくれたんです。他の連中は売名行為としてすら来てくれなかった。誰に敬意を払い、感謝すべきかは明白です。下らない政治的背景で、あの時の感動が曇ることは絶対にありません」
「愚弟に同意します。売名行為というなら確かにそうでしょう、ですがその為に命を懸けることが出来る者などそういるものではありません」
「そんな、それは、私が少し強かったから……」
「「何より!!」」
「はいっ」
「売名行為のために、勝利ではなく家族を救うことを押せること。その価値観は、戦場という場にあって何より眩いものだと私は思うのです。そうは思わんか、弟よ」
「准尉、こればかりは残念ながら愚兄に同意します。貴方は、強くて優しい人です」
「……それは、私は……ただ利用しただけで……」
「む、医務官というのはあれか? 弟よ」
「みたいだね。急ごう兄さん」

 私の呟きを、多分意図的に無視して二人は白衣を着た人に向けて足を早める。
 ……どうして責めてくれないんだろう。私は二人を利用しただけなのに。家族を思う心を能力で操っただけなのに。どうして……





『ザ……私が、レイセ……わたしが……ン……ザザ……』






「絶対に認めません!!」

 再び場面が移り変わった。自覚したせいだと思うけれど、いよいよ夢らしくチグハグになってきた。
 夜のお屋敷で、依姫様とその姉である綿月豊姫様が部屋の中で何か言い合っていた。

「……認めない、というなら私だって認めてないわよ。私だってあの子は戦場に立たせたくないし……正直、立てるとも思えない。あの子は戦場に出すには身勝手で、臆病過ぎる」
「お姉様!!」
「怒らないでよ依姫。事情はあれど事実でしょう? あの子は今、自分の事しか見えていない。周囲の全てが自分を責めていると思って縮こまっている……貴方が肩入れし過ぎるから、私がらしくもなく厳しいことを言わなきゃならないのよ?」
「それは……いえ、でもだったらなおさら……」
「この問題はもう私達が認めるか認めないか、という段階にはないのよ。地上の民との戦にレイセン……いえ准尉を出すっていうのは、もう決定されてしまったことなの。私達より上の、当の准尉が今どんな状態なのかなんて、気にも掛けない方々の間でね」

 戸口の隙間から二人の様子と会話を伺っていた私の身体がピクリと跳ねた。足の方はもうほとんど元に戻っていたけれど……銃を撃つことは、まだ出来ていなかった。
 それを知っている依姫様は行き場のない怒りを吐き出すように机を叩き、豊姫様は不機嫌そうに溜息をついた。

「どうにか、ならないんですか?」
「どうにも出来なかったっていうのが現状ね。出来る限り手は打ったんだけど……上の方々もだけど、何より玉兎達と下の支持が凄いのよ、この話。裏の事情を知らないなら、昔の敵側から見たってレイセンが上げた戦果は英雄的としか言い様がないし、知っていたとしてもレイセンとあの部隊に危ないところを救われたっていう玉兎……どころか月人にとってもあの子が英雄だってことは変わらないんだもの。はっきり言って良手よ、この一手。兵達の戦意高揚がどれほどか見当も付かないもの。もちろん今のレイセンを知らなければ、だけど」

 豊姫様はそう言って、扇子で口元を隠した。普段大らかで穏やかな豊姫様が、厳しいことを言わねばならない時の癖だった。

「お姉様が言うなら、確かに良手なんでしょうけど……私は……」

 依姫様が俯いて唇を噛む。
 昔の私にも、今の私にも解った。依姫様は、私を戦場に送らねばならないことに苦しんでいるんだと。
 チャンスだと思った。豊姫様の言葉を信じるなら、私が戦に出ること自体に意味があるらしいから、銃が撃てなくても役に立てる。それに……

(ここから離れられる。このお屋敷から、月の使者の皆から)

 ここにはどうしてか私を許してしまう人ばかりがいて、私にはもったいないぐらい良い所で……だから、私はここに居るべきじゃない。私は罰されるべきなんだ。もっと辛い場所に居ないとダメなんだ。
 口元が歪む。狂気と共にあったあの頃のような笑みが戻ってきた。やれる、今の私ならきっとまた。
 と、そうして奇妙な高揚に浸っていたところで、

 ――ふと、依姫様と目が合った。

 豊姫様は気付いていなかったようだけれど、依姫様とははっきりと視線がぶつかった。
 依姫様は私の顔を見た。私は依姫様の顔を見た。私の笑みを見た依姫様は、泣くのを堪えるような顔で口元を震わせた。それを見て私の高揚は立ち消えた。
 
(なんで……)

 そんな顔をするんだろう。私は依姫様を撃ち殺そうとしたのに、私は依姫様からレイセンを奪ってしまったのに。私が壊れかけていることを、依姫様は喜んでいいはずなのに。
 と、何度も味わった寂寥に近い絶望を感じていた私の手が、いきなり誰かに掴まれた。
 私の手を掴んだ誰かは、強引に手を引いて私をその場から引き剥がして走りだす。
 日常生活には支障がない程度に回復していた私の足も、その勢いに抗うにはまだ足りず、私は引き摺られるようにして着いて行くしかなかった。
 というより……

(この手……)

 足よりも、握られた手の感触に気を引かれた。この手の感触を私は知っている。
 前を向いて走る人の背中を見る。顔は見えなかったけど、背格好は私が連想している人とそっくり同じだった。けど、それは、いくら何でも。
 と、そうして困惑している内に私は物置部屋の中に連れ込まれて……そこでやっと手を引いていた人は振り返った。その顔は……

「おとう、さん?」

 その顔を見て、そう解ったことに少しだけ驚いた。親の顔なんてとっくに忘れたものだと思っていたのに。
 私の手を握っている父の顔は、記憶にあるのと少しだけ違っていた。両頬に大きな傷があり、だからこそ私はそれが父だと確信できた。あれは多分レイセンが砕いた頬骨を治療した時の痕なのだろう。
 大きく息を吐いて呼吸を整えた父は、私の顔を見なかった。見たくないものから目を逸らすように横を向いたまま、父はおもむろに口を開いた。

「どうしてここに居るのか――そう思っているんだろう?」
「あ、え……うん」
 
 静かな声だった。私の記憶に残るナイフを振り上げていた父とは別人のような声だった。

「あの夜の後、あちこち彷徨う内に豊姫様に拾われてな。以来ここで下働きをしていた。依姫様がこちらにやってこられた時は肝を冷やしたが……どうやら私にはお気付きにならなかったようだ」

 静かに語る父の声がどうにも遠い。いきなり過ぎて理解が追いつかない。
 ここに居る理由は解るにしても、何故また私の前に姿を現したのか……

「あ、そっか」
「む?」
「私のこと、あはっ、殺しに来たんでしょ?」

 あの日の父の形相を思い出す。
 殺意と怒りの塊のような顔を。どうしようもなく私を"期待させて"しまう顔を。

「そうだよね。私、お母さんも殺してるんだもん。憎いよね、殺したいよね。いいよ、私……」
「レイセン……ッ」

 ふいに思いついた可能性を口にすると、父は何故か私の肩に手を置いた。顔は下を向いてやっぱりこっちを見なかったけど、その声は震えて、まるで……

「すまなかった。私達が間違えていた。だから……だからそんな顔で笑わないでくれ」
「――――」

 泣いているような声だった。
 今度こそ私の頭は真っ白になって、何も考えられなくなった。

「本当に、本当についさっきなんだ気付いたのは。その顔で笑うお前を見てようやく解った。私達は……笑ってくれ、本気でお前の為に兵隊にやったつもりでいたんだ。連隊長に唆されて、罪悪感を忘れるために本気でそう信じ込んだんだ。だから恨んだ。お前の為に兵隊にやったのに、理解もせずに歯向かったと」

 床に吐き出すように紡がれる言葉。私の肩に置かれた手は、言葉と同じように震えていた。

「理解していなかったのは私の方だった。お前の友人が正しかった。その顔を見て、ようやく取り返しの付かないことをしたと気付いたんだ。お前はそんな風に笑う子じゃなかったのに……ッ」

 父の言葉につられて、自然と自分の頬を撫でていた。口元を三日月のように引き裂いた笑みに指が触れる。
 私は首を傾げた。いつからかは忘れたけど私はずっとこんな風にしか笑えていなかったはずなのに。

「違うんだレイセン。お前はもっと……すまなかった。すまなかった……ッ」

 私がそう告げると、父はひたすらにすまないと繰り返した。
 その姿にどうしようもない絶望を感じた。この人なら私を責めてくれると思ったのに、いや、この人でさえ私を許してしまうなら、一体誰が私を恨んでくれると言うんだろう。これじゃまるで私が許されてもいいみたいに思えてくる。そんな訳ないのに、そんなはずは絶対にないのに。
 傍から見れば、それはおかしな光景だったに違いない。いい年した大人がすまなかったと馬鹿みたいに繰り返し、謝られている私は呆然と途方に暮れていたのだから。
 そして、そんなおかしな光景を終わらせたのは父の方だった。

「逃げるんだレイセン。このままではお前はまた戦場に行くことになる。裏口からなら、私が誤魔化して出してやれるかもしれない」

 涙の余韻を残した顔を上げて、父は再び私の手を取った。
 逃げる? 逃げるというなら、私はこれまでずっと逃げてきた。逃げて逃げて逃げて、その果てにここに辿り着いた。なのに、これ以上どこへ行けというのだろう。ここから逃げたって、どうせ私はまた……

「誰かそこに居るのですか?」
「――――!?」

 扉の向こうからの声を聞いて、父は目を見開いて息を呑んだ。
 とてつもない疲労感のようなものに押しつぶされそうだった私も、その声には少しだけ驚いた。
 聞き違えるはずもない。涼風のようなその声は、綿月依姫様の声だった。

「は、はい、おります。その、少々物置の片付けをしておりまして……」

 どもりながら、父は咄嗟にそんな嘘をついた。
 期待を裏切られた。父ならば依姫様に私を引き渡すと思ったのに。ただ落胆はしなかった。私と同じ臆病な父の声は、嘘をついていると誰が聞いても解るような声だったから、よもや依姫様が騙される訳が……

「……そうですか、夜遅くまでご苦労様です。引き続き作業をお願いします」
「は、はいっ」

 あれ?
 あっさりと扉の向こうから返ってきた声を聞いて、私は首を傾げた。
 父は誤魔化せたと安堵しているようだけれど、私はそれでも信じない。依姫様なら気付かないはずがない。現に依姫様の気配はまだ、扉の向こうに留まっている。けど、それなら何故?

「ああ、そういえば」

 私の疑念を裏付けるように、どこか白々しい芝居じみた声が扉の向こうから響いてくる。

「確かここから二つ先の物置に、使わなくなった古い羽衣があったわね。"そのまま問題なく使えるから"少しもったいないけれど、それも片付けておいて貰えるかしら。処分後の報告とかは要らないから」

 ――羽衣。地上へ降りるための月の乗り物。
 依姫様より上の階級の月人から逃げるのだとしたら、逃げ場はもう地上しかない。私が薄々気付いていたことに、依姫様が気付かないはずがなかった。父も依姫様の言葉の意図を察して息を呑んでいた。依姫様は――

「一人言だけど、私のことなら心配しなくていいわよ。戦があるなら不祥事を起こした分を取り返す機会は、私には幾らでもある。貴方の仲間達はこれからも私が守ってあげる」
 
 コトンと、扉が軽く鳴った。
 何故か扉に手を置いている依姫様の姿が見えた気がした。

「だから、貴方はいきなさい。貴方の事を正しく見ていたのは、私でも、ましてや連隊長でもない。貴方の親友だけが、貴方を正しく見ていたのよ。貴方は兵士には向いていない。兵士になるには優しすぎた……貴方でなければ、きっと仇敵を殺そうとする私を止めようとは思わなかった。本当にありがとう、貴方が止めてくれなかったら、私はきっとあの日のことを一生夢に見ることになっていた」
 
 それは違う。私が止めたのは連隊長の思い通りになるのが嫌だったから、そして何より人の死に触れすぎて臆病になっていたから。
 依姫様の為に止めたんじゃない。私は"依姫様にまで人殺しになって欲しくなかった"。そんな私の我儘を押し付けただけで、私は優しくなんかないのに。依姫様を思いやった訳じゃないのに。私にそんなことが出来る訳ないのに。

「それじゃあね。私はお姉様や門番を誤魔化さないといけないから」

 コトンと、再び扉が鳴った。
 扉に置かれていた手が、離れたような音だった。

「これはきっと今生の別れになるのでしょう。だから、最後に一つだけ我儘を言わせて」

 依姫様は噛みしめるように言う。想いを込めて、最後に願った。

「レイセン、貴方自身のことをどうか許してあげて。貴方はもう十分に苦しんだ。罪に対する罰は、あの子を撃ったことで終わっている。それでいいの。そうして初めて、貴方の戦争は終わるの。それが……」

 私と、きっとあの子の望みよ。
 最後にそう言って、顔を見せることなく依姫様は去っていった。あのお姫様は、意外と意地っ張りなのを私もレイセンも知っていた。だから泣き顔は決して見せたくなかったのだろう。

「……行くぞ」

 父はそう言って再び私の手を引いた。けれど、私はその場から動かなかった。私の頭はもうぐちゃぐちゃで、気付けばその場にへたり込んでいた。どうしてみんな私を許してしまうのか。私の自分勝手な行いを、勝手な解釈で歪めてしまうのか。私は私の為だけに戦っていたのに。他人のことなんか使い捨てにしかしていなかったのに。なんで、どうして……あれ? 本当にそうだったかな? いや、うん、そうだ。そうに決まっている。私は我儘で自分勝手な兎なのだから。
 父はそうして動こうとしない私を担いで、依姫様が言った倉庫に駆け込んだ。きらきらと光る羽衣は、台にかけられて確かに置かれていた。迷うこと無く羽衣を手に取り私に被せて、父は今度は裏庭へと私を運ぶ。
 その間、誰にも会うことはなかった。運が良かったのか、依姫様が何か手を打ってくれたのか……ともあれ、私と父は呆気無く羽衣で飛び立てる場所へと辿り着いてしまった。
 きらきらと羽衣の光が大きくなっていく。熱のない白い光が、先駆けを務めて天に上っていく。

「これで……よし、これで地上に着くはずだ。はは、人生何が幸いするか解らんな。軍に入った経験が役に立つとは」

 羽衣に触れて何やら操作していた父が、顔を引き攣らせてそう言った。
 当然だろう、彼は今紛れも無く兵士の脱走を手引しているのだから。私と同じ小心者の彼が怯えないはずがなかった。

「私は残るよ。これは一人用だし……何より地上へ行くほどの度胸もない。この羽衣が一人用なことに安堵しているくらいだ」

 カチカチと歯を鳴らして父は言う。せめてもの強がりか、口元に笑みを浮かべようとして尚の事ひどい顔になってしまっていた。
 情けない顔だった。醜い顔だった。"私の父"らしい顔だった。
 羽衣の輝きが増す。出発が近いのだと、はっきりと解った。

「私は……何も言えん。言う資格があるとも思えん。ただ……」

 先程より怯えた顔で父は言う。先程より、脱走の手引より恐ろしい何かに、彼は怯えていた。
 私の肩を掴み、怯えた顔で父は言う。

「レイセン、どうしてお前は依姫様の事を話してくれなかったんだ。お前が依姫様のお気に入りだと知れば、私達はきっとお前を売り飛ばすことはしなかったのに」
「――――」
「お前のせいだ、レイセン。お前のせいで、わた、しも……あい、つも……」
 
 しゃくりあげるように喉を震わせて、父は"必死に"私を責めた。怯えた顔で、きっと自分がこんなことをしていいのかと苦悩して。
 その顔が、私が月で見た最後のものになった。私を責めるその声が、月で聞いた最後のものになった。

 月の羽衣で天に上り――
 月の羽衣で地に落ちる――

 そうして私は、気付けば暗い森の中を歩いていた。
 そこかしこから獣の息遣いが聞こえた。虫や鳥の鳴き声が響いていた。月とは違う溢れかえった命の中を私はあてどなく歩いていた。私を送り出した二人の事を思い出しながら。

『そしてそれが……私と、きっとあの子の望みよ』

 依姫様は私を許してくれた。私が底なし沼のような罪悪感から開放されることを願ってくれた。それが私の罪悪感でしかないことを教えてくれた。

『お前のせいだ、レイセン』

 父は私を責めてくれた。私によく似た、私がよく似てしまった彼は、私が罰を求めていることにきっと気付いていた。
 だから責めた。私の為に、私の罪を晴らすために。彼の苦悩は、そんな親のようなことを自分がしていいのかという苦しみだったに違いない。彼は私を許しながら、下手な嘘で私の望むものを与えてくれた。
 ……だから私は絶望するしかない。

「あは、ははっ……どうしよう、私……」

 望んだものを全て与えられて、私は途方にくれていた。
 ここが初めて降りた地上であることすら忘れてしまいそうな絶望。私はとうとう、いや、ずっと前から許されていた。それを理解してしまった。けど、認めたくない。それだけは認められない。私はレイセンを殺したのだから、許されることは許されない。
 なら、どうする? どうすればいい? だいたいなんで私なんかを許してしまうんだろう。私はレイセンの足手まといにしかなれなかったのに。レイセンのおまけにすらなれなかったのに。みんなおかしい。どうかしてる。私はレイセンの、レイセンを……あれ?
 
 ――レイセン? そういえばそれは誰の名前だったっけ?

 私の、ではなかったのではないだろうか? レイセンは強くて、優しくて、皆に好かれていて……そのどれもが、私には当てはまらない。
 なら、なら……

「ああ……そっか。なんだそうだったんだ。あは、あははっ」

 ようやく謎が解けて、私は晴れやかな気持ちで笑った。そっか、私が許されるはずないのに、許されたなら……

「私は……"レイセン"だったんだ。そうだよね、私が生きててあの子が死ぬなんて、ある訳ないよね」

 レイセンは優しかったから、死んだ私を生きていることにしてくれたんだ。そう思い込んでくれたんだ。
 困ったなぁ、彼女が優しいことは知っていたけれど、そこまではしてくれなくていいのに。レイセンである私はそう思った。
 ……何かがおかしい気がした。何かが違う気がした。けど、レイセンはそれを飲み込んで忘れた。だって、レイセンが許されてしまうことに比べればこんな小さな違和感は気にするほどのことでもない。
 レイセンは、レイセンだから許された。レイセンは、レイセンだから今も変わらずに恨まれている。それが正解だったんだ。そうすれば世界の間違いは全部すっきり消えてなくなる。

「そう、そうだよ。私がレイセンなのよ。私が……私が……っ」

 生きるべきなのはレイセンだった。何度も思ったことを、今一番強く思った。
 そして気付いた。ここでなら、それは叶えられる。ここにはレイセンを知る人は誰も居ないから、私がレイセンになれば、レイセンは蘇る。
 胸の中に熱が湧いた。狂おしい程に熱いそれは、どうしようもない喜びだった。

「私が、私がレイセンなんだ!!」

 空を見上げて白くて丸い星に向かって叫んだ。あれが月だと本能で理解していた。視界が赤く染まる。月は狂気を映す鏡である。赤く染まった月が私の意識に狂気を焼き付ける。
 
「私、私私私私私私、レイセン!? ひ、はは、あはっ!!」

 強く強く狂気を焼き付ける。レイセンなどという無様な存在を二度と思い出さないぐらい。頭が少しイカれるかもしれないけれど、どうでもいい。レイセンじゃないレイセンに価値などない。いっそ人格も記憶も全部壊れてしまえばすっきりする。

「レイセン、レイセン、レイセン……ッ」

 自分を壊して思い出にあるレイセンの姿を人格へと焼き付けるのは酷く心地よかった。身震いするような快感と共に自意識が溶けて形を変えていく。
 レイセンのように、例え届かなくても、私が大好きだったレイセンに近付けるように、念入りに念入りに自分を潰して……

「き、は……?」

 赤色がブツリと消えた。いや、赤色だけではなく視界が丸ごと消え去った。
 ああ、そっか。夢中になって気付かなかったけれど、自分を作り替えるということは、作り変えようとする自分も潰れてしまうということで……ダメ、まだ終わってない。このままだと、記憶の整合性も人格も中途半端に……ああ、ダメ、まだ、まだ……

 









………………

…………

……













 パチリと目が開く。目を覚ますと、兎と目が合った。白くて丸い星の、シミのような兎の目に。
 胸いっぱいの疑問を抱えて身を起こす。獣の息遣い、鳥や虫の声、月には有り得ない生の声……自分が地上に居ることを思い出して、私は寝ぼけている頭を振って記憶を掘り起こした。

「えっと、私は確か羽衣を使って……地上に……連隊長が……ううん、自分勝手って豊姫様に言われて……?」

 地上の民、依姫様、戦争、月の使者……断片的にキーワードが思い浮かぶけれど、どうにもはっきりと思い出せない。
 ただ……

「私は……そう、何かから逃げて……戦争、から? うん?」

 首を傾げながら立ち上がる。
 とにかく行動しよう。状況が解らないままこの場に留まっていても、良いことなど何もない。なにせここは地上なのである。待機していれば味方が来るという期待すら持てない、完全アウェーである。

「うん、とにかく森を抜けましょう。人里を探して様子を見て……うん、具体的な方策はそれからで何とかなるはず」

 顔を上げて先を見る。初めての土地だけれど、状況はそこまで悪くないはず。本当に私がただの脱走兵なら、少なくとも地上に敵はいない。

「さて、それじゃあいきますか」

 口に出した言葉は、思いのほか軽かった。
 月では流刑地のように扱われている場所に来たというのに、私は妙に気楽だった。とはいえ、それは当然だろう。今の私は月で'    'を××したことさえ忘れて――?

「ん、あれ? 今なんかおかしかったような……? まぁいいわ。それどころじゃないし、うん」

 微かに感じた違和感を、現状の困難さを理由にして忘れ、私は歩き出した。
 全てを忘れて、過去を置き去りにして、自分自身を偽って。ノロマなレイセンでも死んだレイセンでもなく、中途半端な出来損ないのレイセンとして……

『私はここに居る』

 夢の世界の底が抜けた。

 









………………

…………

……













「……ッ」

 意識が現実に落ちてきた。いや、本当にここは現実なのだろうか?
 暗い闇も水の感触も姿を消して、見渡す限りひたすらに白く染まった空間。境界という概念が全く役に立たない純白の世界。気付けばそんな場所に立っていた私を、レイセンがむすりとした顔で睨んでいた。

「おはよう、レイセン。ううん、"鈴仙"って言った方がいいのかしらね、アンタの場合」
「…………はは、うん、そうかも」

 同じ響きの名前に込められたニュアンスの違いを、今の私は感じ取ることが出来た。
 そうだ、そうだった。レイセンはもう二人共死んでいるのだった。私じゃないレイセンは銃弾で、私"だった"方のレイセンは能力で、それぞれ私が殺してしまった。
 今の私は留まることも出来ず、変わり切ることも出来なかったレイセン未満の何か……鈴仙という新しい呼び名は中々的を得ていた。

「思い出せたでしょ、アンタの悪夢がなんだったのか」
「……」
「アンタは許されなかったことに絶望したんじゃない。"許されてしまったこと"に絶望した……許された自分を壊すぐらいに」

 レイセンが当たり前のように、少しも疑うことなく私の心情を語った。
 私はそれに反駁出来ない。何も言えない。さっきまでその存在すら否定した彼女の言葉に、一言も返せない。

「昔からアンタは変なとこで思い詰めるのよね。許して貰えてラッキーぐらいに思っとけばいいのに」

 軽く、やっぱり何でもないことのようにレイセンは言う。
 彼女が本当にそこまで軽く思っていないことは、私にも解っていた。彼女にとっても戦友達の死に関わる話で、何より彼女自身の死に対する話なのだから。
 ……ただ、

「思える訳、ないじゃない」

 呟くように言ったはずの言葉は、思ったよりずっと重く響いた。
 言葉の裏を察して、彼女に何一つ言える資格がないと理解して、それでも口は止まらなかった。
 
「思える訳、ない。皆がどう思ったって、どう言ってくれたって、私が皆を裏切ったのは変わらないじゃない。私が、私がレイセンを撃ち殺したのは事実でしょう!?」

 感情が渦を巻く。
 私という器に収まりきらずに捨てたはずの激情を取り戻し、私は声を荒らげて叫んでいた。
 一声で喉が枯れる大音声、けど、それでも私の悪夢を叫びきるには足りなかった。

「ナナミがなんて言ったって!! 助けた人がなんて言ったって!! 依姫様が、お父さんが私を許したって!! 貴方には何も関係ないでしょう!? 貴方はもう死んでるんだから!!」

 私はレイセン達にこそ許されたかった。
 依姫様達に恨まれれば辛かっただろう、けど、それはいつか取り返しがつくかもしれない感情だ。依姫様はまだ生きているのだから。彼女にも私にも、未来という不確定な希望が残っている。
 それを望む形にする為なら、私は命だって投げ打った。それこそ、この悪夢に飛び込んだように。生きている人には、そうして望むように償うことが出来る。
 けど、死んだレイセン達にはそれさえもして上げられない。彼女達はもう私に何か望むことすら出来ないのだから。
 死ぬということは、私にとってそういうことだった。一切の取り返しがつかなくなる、絶対の断絶。
 その向こう側に行ってしまったレイセン達に償おうと思ったなら、それは……

「私は恨まれたかった!! 罰を受けたかった!! 私じゃない誰かに裁いて欲しかった!! それしかもう、貴方達に償う方法がなかった!! けど、誰も恨んでくれなかった。恨んでくれなかったのよ、こんな私を!!」

 今だって解らない。どうして皆は私を許せるのか、ちっとも解らない。
 私は私がこんなにも憎いのに、誰よりも、連隊長よりも憎んでいるのに。解らない、解る訳ない。私は……

「私は"レイセンを殺したのよ"!? なんで許せるのよ!? わけ解かんないわよ!! 皆にとってレイセンはその程度の存在だったの!? そんなの納得出来る訳ないじゃない!!!」

 皆に慕われていたレイセン。
 皆に好かれていたレイセン。
 皆に愛されていたレイセン。
 私は全部見てきた。ずっと見てきた。レイセンがどれだけ大切な人だったのか、私は誰よりも知っている。それが私の一番の自慢だった。なのに、皆がそれを否定した。私を許すことで。
 それが理解出来なかった。理解出来なかった。"理解出来なかった"。
 理解出来ないのなら……壊れるしかなかった。どうすれば直せるのか、償えるのか、罪の重さが解らないから。レイセンを殺した罪を軽くすることだけは、絶対に出来なかったから。
 自分を許せと言われたって、レイセンを殺した私を許せるはずがない。ずっとずっとそばに居てくれたレイセンを、支え続けてくれたレイセンを、最後の最期まで守ってくれたレイセンを殺した奴を、なんで許せるなんて思えるのか。
 皆には、私にとってのレイセンでさえそこまで軽く見えていたのか? なら……

「そんなの許せるわけないじゃない。私が私を許したら、もう……誰が貴方を殺したことを憎んでくれるのよ」

 最後には涙が溢れてきた。私が鈴仙じゃなくて、レイセンだった頃みたいに。
 だからほら、

「ほら、言ったでしょ副長。隊長がいっちばん気にしてるのは、副長のことだって」

 あの頃みたいな言葉が、どこかから聞こえたりして……?

「……え?」

 顔を上げた。涙でぼやけていたけれど、それでもレイセンの後ろに人が集まっているのが解った。
 慌てて目を袖で拭う。そして涙の靄が目から晴れれば……

「う、そ……」
「お久しぶりであります、隊長」
「ふむ、顔の丸みが大分抜けた。あの童が立派になった」
「おお、隊長が目を丸くしてる。レアだ」
「昔は結構無表情キャラでしたよね。副長が絡まないと」

 何故かそっぽを向いているレイセンの後ろに居る、懐かしい人達。もう二度と見られないと思っていた顔ぶれ。
 シムトはおどけた敬礼をして笑っていた。トウゴは感慨深そうに顎を撫でていた。イミナヤは垢抜けない顔で、向こうも目を丸くしていた。
 他にも何人も何人も……かつての戦友が何人も何人も立っていた。

「なん、で……」
「なんでもなにもアンタが情けなさ過ぎるからでしょうが、このヘタレイセン」
「ヘ、ヘタレイセン……」

 相変わらず顔を背けたまま、一刀両断な言葉を放つレイセン。
 や、副長もレイセンでは? と無駄なツッコミを入れてシムトが小突かれる。
 いつか見た光景、私がかつてその中に居た、ずっと夢見ていた景色。
 けど、だから……

「で、ここで逃げたらもう一発殴るわよ」

 後退ろうとした足を目聡く見咎めて、レイセンは私にようやく向き直る。

「ていうか、何で逃げるのよ。恨まれようが……"恨まれてると思ってるなら"ここに残るのがアンタの望みのはずでしょう?」

 レイセンが一歩進む。
 元々大して遠くに立っていた訳ではないので、それだけで随分近くなったように感じた。

「アンタは……本当は解ってるんでしょう? ボケーッとしてるようで見るとこ見てたアンタなら、あのアバズレに騙されて心身ズタボロになったアンタに、このバカ共がなんて声かけるかなんて」
「……ッ」

 コォンと、妙に広がる足音を響かせてレイセンは近付いて来る。
 私はその分離れようとするのだけれど、足が上手く動かない。どうしても縺れて、レイセンよりずっと遅くしか下がれない。

「領主……依姫様が言ってたわよね。アンタがアンタを許して、アンタの戦争はようやく終わるって。その意味、本当に解ってる? コイツラはアンタに引っ張られて戦ってた。アンタの戦争ってのは、コイツラの戦争なのよ? 何でコイツラが自縛霊よろしくまだこんなとこでウロウロしてると思ってんのよ……いや、ていうか、うん。それはぶっちゃけ、私的にはどうでもいいのよ」

 とうとうレイセンの足が止まる。レイセンが私の目の前で止まる。
 名前と同じで、私とレイセンの背はあまり変わらなかった。レイセンの目が真正面から私を見つめている。

「私達が初めて会った時のこと、思い出した?」
「え? ……あ、ううん」
「そっか。そっちは悪夢扱いじゃないのね、アンタ」
「……?」

 悪夢の中の会話を思い出しての答えを聞いて、レイセンは少し寂しそうに、どうしてか嬉しそうに苦笑する。
 
「私ってさ、人より少し腕力強いじゃない」
「…………う、うん」

 少しの部分に戸惑いを覚えたけれど頷いた。頷けた。
 こんな理由でレイセンに殴られるのは嫌だった。

「え、少し? って思ったでしょアンタ」
「いッ!? お、思ってない、よ?」
「いーのよ、自覚はあるから。けど、本当に少しなの。アンタに会う前に比べたらね」
「……へ?」

 懐かしむような顔のレイセンの言葉に、私は首を傾げた。
 えっと、何で私と会うとレイセンの腕力が落ちるんだろう?

「私が腕力強いのは、フィジカルの問題じゃなくて能力……狂気を操る程度の能力のせいなのよ。私の場合、能力が他人じゃなくて自分の中に向けた形で偏ってるの。だから潜在的に抑えてる力をどうこうって理屈で、人より出力が大きくなる……疑問に思わなかった? "あの時"どうして私が依姫様の所まで辿りつけたのかって」
「……あ」

 あの時。
 レイセンが私と依姫様を庇ってくれた時。
 すっかり忘れてしまっていたけれど、確かに疑問に思った。敵陣の真っ直中に、どうやってレイセンが潜り込んだのかは。

「範囲を自分一人に限定するなら、アンタ並の精度で隠れられるのよ、私は。上位互換のアンタが居た上、単騎特攻にしか使えないから部隊に居た頃は使わなかったけど……使いたくもなかったしね」
「……なんで?」
「言ったでしょ。今の私の腕力は昔に比べたらずっと弱いって。昔はね、能力抑えられなくて鬼ごっこでタッチしたら骨を砕くレベルだったのよ。だから、みんなから避けられてた。親からもね」
「――――」
「そのせいで、荒れに荒れてたのよ私。そんな馬鹿力だったら自分も傷つくし、誰も助けてくれないし。それで苛立って、暴れて、また避けられて……悪循環」

 自嘲するようにレイセンは笑う。
 その顔に、その話に私は戸惑う。知らない、初めて聞いた。レイセンにそんな時代があったなんて一度も聞いたことがなかった。

「そりゃそうよ。それを終わらせてくれたのがアンタだもの。その頃の私をアンタが知ってる訳ない。終わらせて、くれたんだから」

 私の心を見透かしてレイセンは言う。彼女に隠し事は出来ない。いや、それに……

『何よアンタ。また殴られたいの?』

 荒んだ目で鋭く睨みつけるレイセンの姿。それを私は、一度だけ見たことがあるような……

「本当に、奇跡って言っていいんでしょうね。私の前にアンタみたいな能力を操る天才が現れたのは」
「……私が終わらせたって……まさか」
「そう。私の能力を、アンタが能力で抑えてくれてたのよ。"だから私達はずっと一緒にいたの"。アンタが私に着いてきてたんじゃない。私がアンタに着いていってたの。アンタに頼って、縋って」
「そん、な……」
「それからは……笑っちゃうぐらい全部上手く行ったわ。能力を適度に抑えられるなら、私は運動神経も頭の出来も最高値に保てるんだもの。あっという間に人気者になれたわ。アンタが知ってるのは、それからの私よ」
「けど、嘘……私、そんなの覚えて……」
「当たり前よ。その頃の記憶は、私がアンタから奪ったんだから」

 レイセンが間近から、更に一歩踏み出した。俯いたレイセンの額が、胸の傷の上に当たった。

「私は、調子に乗ってずっと気付けなかった。私の能力を抑えるのに、アンタにどれだけ負荷がかかってたのか。覚えて、ないでしょ。アンタ昔は……私に会う前は村で神童って呼ばれてたのよ」
「……覚えては……本当に?」

 レイセンの言葉が信じられなくて、私は凄く不安定な声を出してしまった。本当に、本当に覚えがなかった。
 けど、レイセンは額を押し付けるみたいにして頷いた。

「私はね、嫌われてたからそれも知らなかったの。アンタは初めからボケっとしてる、トロい子だと思ってた。けど、違うの。私がアンタをそうしたの。アンタはいつも私の能力を抑えることに集中してたから、他に気が割けなくなってただけ。薬搗きの仕事、昔は失敗ばっかりだったって覚えてるでしょ? けど、こっちじゃそれなりに出来てるでしょ? 薬師の仕事」

 確かに未熟ではあるけれど……言われてみれば、それなりの、少なくとも師匠に首にされない程度には出来ている。
 昔の私は、もっとどうしようもなかった気がする。それこそ親に売られてしまうほど。

「だから子供の頃は記憶が飛び飛びなのよ。記憶出来るほど、アンタが周りに意識を向けられることなんてほとんどなかったから。私はね、それにずっと気付けなかった。何かおかしいと思ってそれに気付いた時には、アンタはもう……壊れかけてた。もうほとんど、一日前のことさえ忘れることもあった」

 覚えて、ない。いや、それは本当にあったことなんだろうか? 流石にそこまでのことを忘れるなんて……?

『なんでよ!? なんで言ってくれなかったのよ!? 私はアンタと会えて良かったって、ずっと思って……アンタもそうだと……なのに……』
『うん、それであってるよ。貴方が一緒に居てくれるだけで、私は幸せだから。ね、だから泣かないで、レイセン。今度は私に貴方を幸せにさせて?』

 あれ? これは一体いつの……

「泣いたわよ。自分の馬鹿さ加減に。まともになれて、浮かれて、浮かれて、浮かれて、一番そばに居てくれたアンタがボロボロになるまで気付かなかったなんて……それから必死に能力の制御覚えて、アンタが回復してきたのは、射撃大会の頃」

 俯いたレイセンは震えていた。傷の上の額から、その震えが直接伝わってくる。

「だから私は誓ったの。私はアンタの為に生きるんだって。奪った分、絶対返してやるんだって……けど」

 レイセンの震えが大きくなる。肩を両手で掴まれた。痛みが走ったけど、払う気にはならなかった。

「私はいつも、肝心な時に間に合わなかった。アンタが売られた時も、アンタが村の皆を撃った時も、全然間に合わなかった。気付いたら手遅れで、アンタが壊れてくのを見てるだけだった。だから……」

 レイセンが語る後悔の後の決意を、私はかつて聞いたことがあるのだろうか?
 多分なんとなくだけど、初めてなんじゃないだろうか? 私は今、ずっと一緒にいたはずの彼女の決心を、初めて聞いているのではないだろうか?

「私は嬉しかったのよ。依姫様を庇えて、初めて間に合って、アンタを助けられて。私はあれで良かったのよ、アンタの為に死ねるなら本望だった。なのに、なんで……ッ」

 なんで。
 私は一体何度その問いを人に投げただろう。レイセンを殺したことを許してしまう人達へ、何度も何度も私は問うた。なんで、どうしてと。
 けど、今、レイセンにさえなんで許してしまえないのかと問われて……一つ、気付いたことがある。
 私達は、ずっと背中合わせだったんじゃないだろうか? ずっとそばに居たのに、互いに顔を見ることなくずっとすれ違っていたのではないだろうか。
 だから今、レイセンを泣かせてしまっている。レイセンが一番望んでいたことが何かを知らずに、自分を憎み続けて。けど、それもお互い様だろう。私が一番大切だったことが何か、レイセンは解っていない。
 私は依姫様が大好きだった。彼女の為になら、私は兵士になっても良かった。それでも誘いを断ったのは……レイセンの隣に居たかったから。
 私は依姫様が大好きだった。けど、もし"あの時"、神様に依姫様かレイセンかを選べと言われていたら……私は泣き喚きながら、それでもレイセンを選んだ。一生後悔すると知って、それでもレイセンを選んだ。そして二人共助けられるなら、喜んで自分の命を差し出しただろう。レイセンがあの時そうしたように。
 けど、私はそんなことをして欲しくなかった。
 ――私が自殺した時、レイセンもそう思っていた?
 依姫様を撃ち殺すことになっても、レイセンに生きていて欲しかった。
 ――自分を恨み続ける私に、レイセンもそんな後悔を?
 足を引っ張って、助けられてばかりいた分、レイセンに幸せになって欲しかった。
 ――それはレイセンの願いでもあった?
 私達は、レイセンは……

『私は今、貴方と副長がラブラブな理由がよっく解りました』

 結局のところ、名前のようにそっくりだった。
 それに私達は、最後まで気付かなかった?
 嗚咽を溢しているレイセンの背中を呆然と見下ろし、それから私は顔を上げた。私でもなく、レイセンでもなく、"私達"を良く知っているはずの戦友達がこっちを静かに見ていた。苦笑、呆れ、励まし、驚き……色々な表情は、それでも私の背を押しているように思えた。

「私は、さ。レイセン」
「ん、うん、なに、レイセン」

 同じ名前で呼び合う私達。
 どちらがどちらか解らなくなりそう。けど、今はきっとそれでもいい。

「レイセンに、一緒に居て欲しかった。他の事は多分……全部、それがあって初めて、叶えたい願いだったんだと思う」
「……なによ、それ」

 当たり前のこと過ぎて、思えば一度も言ったことがない言葉。
 レイセンを戦場に道連れにして以来、絶対に言えなかった言葉。
 もし、私が勘違いしているんじゃないのなら……

「私と、一緒じゃない。そんな風に思ってるの、私だけだと思ってた」

 涙をボロボロと零して、レイセンは顔を上げる。その顔には、どうにも不器用な笑みが浮かんでいた。
 私も多分、同じ顔で笑っている。

「馬鹿だね、私達」
「ええ、馬鹿ね、私達」

 お互いがお互いのことを思って。だから、お互いに一番大切なものを犠牲にしていた。一言素直に言えば良かったのに、お互いに引け目を感じて口に出せなかった。
 ……ああ、そうだ。私が乱暴者だったレイセンに声を掛けたのは、それが理由だった。他人を簡単に操れてしまう私は、神童と呼ばれて、けど避けられていた。だからレイセンに縋った。私の能力でさえ操りきれない力を持ったレイセンに、私を怖がらずに済むレイセンに。
 私達は、初めから互いに寄りかかっていた。二人揃ってようやく、まともに立つことが出来ていた。互いが互いの為になれていた。
 けど、一度もそうだと言えなかった。言えば離れてしまうと怖がって、何かが変わってしまうと思い込んで。私達は二人共、臆病者のヘタレイセンだった。
 ……だから、せめて今、一歩を踏み出そう。
 
「私は……許して貰って、いいのかな?」
「馬鹿ね。そもそも恨んでなんかないわよ、私も……コイツラも!!」
 
 涙を拭って、レイセンが後ろに振り向いて手を広げた。
 そこに立つ戦友達は、カッコつけた笑みで一斉に頷いた。頷いて、くれた。本当に何も思ってないはずなんてないのに。私達は本当にそれで戦争が止まったとしても、きっと依姫様を殺せなかったから。
 それでも頷いてくれたのは、きっと彼らが強いから。私の部下たちは上司よりもよっぽど強い。私だったら……ううん、こんな卑下をするのももうやめよう。私もきっと同じように頷いた。その気持ちが解る。私が彼らの立場だったとしたら……死んでまで戦友を恨むことなんてしたくない。そんなことをするぐらいなら許してしまう方がよっぽど晴れやかで、気分がいい。それが私と、私の愛する戦友達の強さだった。

「って言っても、それは私達はって話だけどね」
「……うん」

 私は頷く。彼らが許してくれても、あの戦争で私を憎んでいる人は必ずいる。撃ち殺した人や、その人の家族……償えない罪はきっとまだ幾らでもある。

「けどさ、レイセン。アンタを憎んでるのと同じくらい、アンタに感謝してる奴だっているのよ。銃弾で得た憎しみは肯定するのに、銃弾で得た感謝は否定するってのも、おかしな話でしょ? アンタを恨んでる奴だって、兵士だって言うんなら恨みの一つも買ってない奴なんていないでしょ」
「うん」
「変わんないのよ、きっと。誰にも恨まれない奴なんていない。誰にも感謝されない奴なんていない。どこだって、それはきっと変わらない」
「……うん」

 レイセンが離れていく。振り返ったまま、私に背を向けて戦友達の方へと戻っていく。
 それでもレイセンの声は変わらず届いた。私も一言も聞き逃さないつもりで耳を澄ませて、口を噤んだ。

「だから、あんまり思いつめないように。アンタの戦争は今終わったんだから。一人だけ引きずってても、いいことなんて一個もないわよ」

 レイセンがこちらに振り返る。その位置は、彼女がどちらに立つ側なのかをはっきりと示している。
 生者と死者と、私と彼らと、レイセンはもう私の側には居ない。彼女はもう……死んでいるのだから。

「私はっ」
「ん?」

 レイセンが死んでいることを改めて悟って、必死で閉じていた口が開いた。
 私は……連れて行ってくれないのか。今なら皆と一緒に行けるんじゃないのか。向かう先がどこであっても、彼女達と一緒なら。
 そう言ってしまいそうになるのを必死で堪えた。それは、違う。彼女達に許されたのなら、償うのではなく報いる為に生きていかなければならない。私は彼女達に、生かされたのだから。

「私は……私は、どうやって生きたらいいのかな?」

 震える口をどうにか抑えて。誤魔化すために、けど、本音に近い言葉が出た。
 それを聞いて、皆はきょとんとした顔をして、それから口を開いたのはやっぱりレイセンだった。

「そんなの解る訳ないでしょ。正しい生き方なんて一兵士、一玉兎には過ぎた命題だわ。……けど、ま」

 レイセンはあの頃みたいに笑って言った。

「目が覚めたら、周りを見てみなさい。きっと参考ぐらいにはなるから」
「……うん?」
「心配しなくても解るわよ。アンタは自分で思ってるより、しゃんとしてるんだから。……だから、ね」
 
 カツンと音を鳴らしてレイセンは踵を揃えた。背筋を伸ばして、右手を上げて敬礼する。

「頑張って、アンタはまだまだこれからなんだから」

 レイセンに続いて、ザッと服が擦れる音を重ねて皆が敬礼した。
 笑顔の者、目を潤ませている者、真剣な顔の者、私は一人ずつ顔を焼き付けるつもりで見渡した。
 長い長い時間の中で、いつかはきっと彼らの顔も薄れてしまう。けど、忘れないという思いだけは、いつまでも褪せぬように。

「うん、ありがとう。私は皆の分まで、頑張って生きるから」

 背筋を伸ばす、敬礼を返す。
 私は彼らの隊長だった。そのことに恥じないように生きる。その決意を込めて。
 一人ずつ人影が消えていった。レイセンの側に立つ人影が、私の敬礼に送られて一人ずつ霞んで消えていく。 
 震える手を決して降ろさないように気を込めて、私は消えていく彼らを見送った。
 そうして最後、私と同じように一人残ったレイセンの顔が霞んで、

「……ホント泣き虫ね。レイセンは」

 からかうような優しい言葉を最後に、真白い世界に私は一人きりになった。
 手を下ろす。肩が震える。言われた通り、私は泣いていた。前を向いたまま涙だけが地面に落ちる。
 ただ……

「泣き虫なのはアンタもでしょ。レイセン」

 呟いた声は、寂しく響いた。
 白い世界で私は泣いた。下を見て俯かなくなった分、ほんの少しだけ強くなって。
 ……それでも涙は止まらなかったけど、それぐらいは許してくれるはず。レイセンも、皆も……きっとあの閻魔様だって。
 だから私は泣いていた。夢から覚めるまで、皆のことを偲んで泣いた。それは今まで、私が出来なかったことだから。そうしてやっと……

 ――私の戦争は、終わるのだ。
 
 









………………

…………

……












 私が目を覚ますといつも兎と目が合う。けど、今は珍しく目が合わなかった。
 天井の木目は何者にもならず、ただただ木のまま私を見下ろしていた。もしかしたら、夢の中で散々兎と目を合わせたからかもしれない。

「……起きます」

 呟いて身を起こした。胸の傷が痛んだけれど、病衣の下の傷はきちんと手当されていたので問題ない。それよりもクラリと揺らいだ頭の方が重症っぽかった。
 まぁ、当然。しこたま血を流した上、致死量程の睡眠薬を飲み干したのだから。悪夢がどうこう以前に、普通に死んでいてもおかしくなかった。
 それが助かったのは多分……

「目が覚めたのね。良かったわ、治療がもう少し遅れたら危なかったって聞いてたから」

 澄んだ声に引かれて振り向くと、月明かりの下で、姫様が笑ってこちらを見ていた。
 大きめの丸い窓が、窓の縁に座った姫様の為だけに、月の光を取り込んでいた。そう思ってしまうぐらい、かぐや姫様には月の光が良く似合っていた。

「色々と言いたいことはあるんだけど……私が外に出ないようにって言ったの、てゐから聞いてなかったかしら?」
「うっ、それは……はい、すいません」
 
 正直もう忘れかかっていたことは言わずに、私は素直に頭を下げた。
 わりと正気でなかったとはいえ、てゐに軍隊仕込みの殺人技を叩き込んで脱走してしまったのは、弁解の余地のない落ち度だった。というか、てゐは絶対に後で師匠に診てもらおう。
 レイセンがあれをうっかり訓練で使ってしまった時は、洒落でなくミムニ一等兵が死にかけた。
 
「……鈴仙?」
「はい」
「鈴仙、よね? 何か変わったかしら、貴方?」
「……はい。変わりました、大分」
 
 かつては、ほんの数刻前までは思い出せなかったはずの記憶を思い起こしながら、私は不思議そうに首を傾げた姫様に頷いて見せた。
 私は確かに変わった。戻ったのではない、変わった。変わって、進んだ。そのことを彼らの為にも誇ってみせよう。

「言いつけを破ったこと、申開きも御座いません。ですが、破った甲斐はあったと自負しております。どうか今後より一層尽くさせて頂くということで、お許し賜りたく存じます」

 そう言って、正座して頭を下げた時の姫様の顔は、ちょっと見物だった。
 目はまん丸、口もポカンとこちらも丸。気品より間抜けな愛らしさが勝る顔は、中々面白かった。

「ほ、本当に変わったわね。どっから取ってきたのよ、その……なに? 度胸? 自信?」
「どこからと言うなら……夢の中から、ですね」
「……ふふ、確かに言いつけを破られた甲斐はありそうね」

 優曇華の実が、少し育った気がするわ。
 落ち着きを取り戻した姫様は、そう言ってくすくすと可笑しそうに笑った。

「あの、姫様?」
「ん、なにかしら」
「私も色々とお訊きしたいことがあるんですけど、構いませんか?」
「ええ、構わないわよ。というか、私はその為にここに居るのよ。もちろん、貴方の看病の為でもあったけど」
「……そうですよね。そんな気はしてました」

 やっぱり楽しそうに笑う姫様は、得意満面な顔だった。
 依姫様に豊姫様、そしてこのかぐや姫様。お姫様というのは、どうして皆綺麗という共通点を除いて個性的なのだろうか。一番常識的に見える依姫様ですら日本刀を振り回すし。
 
「それで? 何が聞きたいのかしら?」
「そう、ですね。まずは……」

 私はなんとはなしに周りを見回す。
 レイセンに言われたから、姫様に声をかけられる前に真っ先に見回したのだけれど……

「なんなんです? コイツラ」

 私が寝かされていたのは個室ではなく、大部屋の入院室だった。
 そして今、ここに居るのは私と姫様だけではなかった。他にも四人ほど爆睡している奴らが居た。
 とりあえず解り易い奴から挙げると、まずてゐが居た。私の隣に敷かれた布団で、鼻提灯膨らませそうな勢いでぐーすか寝こけている。
 コイツが居るのはまぁ解る。私と同じ部屋に居る理由は解らないけど、ここに住んでるのだし、何より私が胡蝶夢丸ナイトメアを一気する直前まで一緒に居たのだから。
 ただ他に居る三人、ナズーリン、早苗、霊夢という面々は何なのか全く解らない。三人の繋がりがあまりにもなさすぎる。私の知り合いからランダムに選んできましたと言われたら、それが一番納得できる。
 安らかに寝こけている面々を訝しげに見ている私に、姫様はやっぱりくすくす笑ってあっさり答えた。

「ああ、それはあれよ。鈴仙捜索戦隊サガスンジャーの成れの果てよ」
「……はい?」
「んー、貴方が血を噴き出しながら錯乱して失踪して、実はてゐがヤバイくらいテンパっちゃってね。イナバ達を本気で総動員して、あちこちから応援を呼んだのよ。お願いだから鈴仙を助けてって」
「はぁ、てゐがですか?」

 私は隣で寝ているてゐのもちもふ耳を、なんとなく摘んでみる。

「貴方も全く解ってないって訳じゃないんでしょうけど、てゐは身内への情は人一倍深い子よ。でないと、臆病なイナバ達からあそこまで信頼されたりはしないわ」
「……」

 私はてゐの寝顔に目を落として、無言で姫様に応えた。
 確かにまぁ、てゐが悪くない意味で結構お節介焼きなのは知っていたけれど……なんというか、日頃のてゐを知っているとそういうのはその……少し恥ずかしかった。
 だから私は誤魔化すように話を逸らした。

「いえ、で……え? その招集でこのメンバーが来たってことですか?」

 私はてゐから他の面々へと目を移した。
 いやなんというか……早苗はまだ解る。なんだかんだ言って、こういう時は呼べば来てくれる良識的な子だし。
 でも、ナズーリンと霊夢は私の知り合いの中でも屈指のクール系で、どちらも面倒くさいの一言でイナバを蹴り出しそうな気がする。報酬を払えば別だろうけど……ああ、払っ

「言っておくけど、そっちの二人もロハで来てくれたわよ。ていうか、報酬どうこうの話をする前に押っ取り刀で駆けつけてきたみたいね」
「……はぁ」

 先読みしての姫様の言葉に、私はそんな気の抜けた返事しか返せなかった。いや、だって……ええ?

「ついでに言うと、サガスンジャーのメンバーはここに居るだけじゃないわよ。他の部屋で休んでるのが他に三十人ぐらい居るわ」
「三十人!?」
「これでも篩いにかけた後での数なのよ。夜の迷いの竹林で捜索作業なんて、よっぽどの実力者か向いた能力持ちでないと二次遭難必至だもの」
「それはそうでしょうけど……」

 というか、そこはどうでもいい。
 私は薬売りとしてあちこち出歩いているから知り合いの数は多いけど、夜の迷いの竹林なんて危ない所に来てくれるほどの知り合いはこんなに……

「居た、のかなぁ?」
「ていうか居るのよ。そこに、あと隣の部屋とかに」

 姫様がほれほれと指差して指摘する。

「正直、私も少し驚いたんだけどね。薬売りの鈴仙ちゃんは、貴方が思ってるよりずっと人気者だったってことよ。ここで寝てるやつらも、本当に心当たりはない?」
「……有ると言えば、まぁ有りますけど」

 三人の悪夢関係で相談というか最終的にそんな感じになったのは最近のことだけど……そんなに助けになれていたのだろうか? 私なんかの言葉で、彼女達の心は少しでも軽くなったのだろうか?

「……違う、わね。軽くなったから、きっとここに居てくれてるのよね」

 私は眠っている三人の顔を順に眺めた。
 大きな声は出していないけれど、この三人ならちょっとした気配で起きてもおかしくない。それでも起きないのは多分、それだけ一生懸命探してくれたんだと思う。私のことを心配して、私の為に。

「……ありがとう」

 探してくれてありがとう。そして、貴方達のお陰でレイセンの言葉の意味が少し解った気がする。
 私はきっと、こういう風に生きていけばいいんだろうと、彼女達の寝顔を見ていると自然に納得出来た。
 だから、ありがとう。探してくれて、教えてくれて、ありがとう。貴方達のお陰で私はきっとこれからも生きられる。
 ……と、

「姫様、私のこと見つけてくれたのって誰なんですか? 分ける訳じゃないですけど、特にお礼言っとかないと」
「あ、それ私」
「……へ?」
「あ、失礼ねー、なんでそこで意外そうな顔するのよ」
「いえ、その……申し訳ありません?」

 謝れども意外そうな顔は、多分改められていないと思う。
 いやだって、ここに居るメンバーだけでも、探し物を探し当てる程度の能力とか、奇跡を起こす程度の能力とか、神憑り的な勘の持ち主とか、その内二人をブーストする人間を幸運にする程度の能力とか、幻想郷全体で見てもかなり理想的なチームが出来上がっているのに、それより早く姫様が私を見つけるって、それはもう絶対におかしい気が……

「ふふーん、甘いわね鈴仙。時代は古臭い能力よりも頭脳よ、知的パワーを炸裂させた者こそがこの時代を制するのよ」
「はぁ……えっと、具体的にどうされたんですか?」
「貴方に渡した白粉があるでしょう? あれ、実は昔に永琳が作ったやつでね。組になってる粉をばら撒くと……ほら」

 姫様が手に握った何かをばら撒くと白い粉がぱっと広がって、ふわふわと煙のように滞空する。
 そしてその煙の中には、キラキラと光る天の川みたいな線があり、それは私の方へと続いて……

「貴方がつけてる特殊な白粉が、通った後の空中に漂ってこうやって行き先を追いかけることが出来るの。元々幻想郷に落ち着く前の、永琳とはぐれた時の為の備えだったんだけど……うちに帰ってきた直後にこれを使って、出遅れを取り戻して、レイセン第一発見者って訳よ」
「……なるほど。これは確かに」

 知的パワーの勝利だった。この白粉を開発した師匠と、私にあらかじめこれを使わせていた姫様の。

「誤魔化したつもりだったんでしょうけど、あの時の鈴仙はどう見たっておかしかったわよ。永琳の薬のせいか、他の何かかは解らなかったけど……だから念の為、ね」
「……全面的にすいませんでした。姫様はやっぱりかぐや姫様でした」

 私がそうやって侮っていたことを謝ると、姫様は何よそれところころと笑った。
 ……思うに、私は月人との出会いに恵まれすぎている。約一名とんでもない人に当たったけれど、それ以外の人は有り得ないほど玉兎に親身になってくれる。こうやって私と一緒に笑って、自分が身に付けていた物を心配して使わせてくれる月人など、果たしてこの世に何人居るのか。
 かつて偶然に幻想郷の噂を聞けたことに心底感謝した。
 そして、ということは……

「姫様」
「はいはい、何かしら鈴仙?」
「色々答えて下さって、ありがとうございます。最後に一つだけ聞かせて貰っていいでしょうか?」
「あら、もう最後? やっぱり変わったわね。余裕が出たからかしら、察しが良くなったわ」

 楽しそう、ではなく嬉しそうに笑う姫様に、やっぱり感謝の念を感じつつ私は言った。

「師匠はもう、戻られてますか?」

 私の問いを聞いて、姫様は満足そうに頷いた。
 私のことをこうして心配してくれた姫様が、今朝、私を止めるのをてゐに任せてまで何をしに出かけていたのか。それは簡単に察しがついた。
 果たして姫様は……

「ええ、帰ってきてるわ。師匠の言いつけを破る困った患者さんを、診察室で待ってる」
「そうでしたか。何から何までありがとうございます」
「いいのよ、普段は何から何まで世話になってるんだし。あれよ、最近私本格的にダメ人間っぽく見られてたから丁度良かったわ」

 姫様はこれで違うって証明できたでしょうと胸を張る。
 そんな姫様を見て、私は苦笑して頷くしかなかった。確かに今夜のことで、少しだけあった姫様への侮りが完全に霧散した。
 この天真爛漫なお姫様は、やっぱりかぐや姫様だったのだ。

「行くの?」

 かぐや姫様は立ち上がった私に穏やかに問いかける。その眼差しは、月の光のように柔らかだった。

「はい。師匠を待たせると、後が怖いですから。幸いきちんと立てますし」

 そう、と一つだけ頷いて姫様は窓の外の月を見上げた。
 かぐや姫様が月に何を見るのか、私には解らなかった。私には想像も付かないほど高尚な何かが見えているのか、私には思いつかないほどどうでもいい何かが見えているのか、姫様ならどっちもありそうで困る。
 だから私は部屋を出る前に、それとは関係のないことを最後に言った。

「姫様」
「ん、なに?」
「そのナース服、大変良くお似合いです」

 白衣の天使姿なかぐや姫様はきょとんとして、それからありがとうと嬉しそうに笑った。

 









………………

…………

……











 コンコンと戸を叩くと、中からどうぞと静かな声が返ってきた。
 手に滲んだ汗を拭う。何度も入ったことのある部屋の前で緊張しているのは何故なのか?
 おしおきが怖いとか、そういうのではない気がするのだけれど。
 ともあれ、私は促されるままに診察室へと入る。私にとっては見慣れた部屋、師匠の手伝いで何度となく踏み入った部屋。
 なのに……

「こんばんわ」

 どうしてだろう、初めて見る場所のように思えたのは。
 師匠は、八意永琳は、いつものように机の前の椅子に座って私を迎えた。何か書き物をしていたのか、机の上には紙とペンが見えた。
 行灯は点いていなかった。今日は雲一つなく、月の明るい夜だった。月明かりだけで十分に部屋を見渡せた。
 ……いや、月明かり以外の光は率直に言って無粋だったろう。背にした窓から注ぐ月の光を浴びた師匠は、とても綺麗だった。他の光源でそれを濁すことは、無粋に過ぎた。
 穏やかに、師匠は笑っていた。口や目の、ほとんど雰囲気の柔和さだけで解る仄かなな笑み。どこか姫様に、綿月のお二人に似たような笑み。いや、それは逆なのだろう。姫様方が、きっとこの笑みに似ているだ。
 あの方達にとっても、この人は師であったのだから。

「今日はどうされました?」

 対面にある椅子を手で勧めながら、師匠は心地のよい声で尋ねる。
 その言葉を聞いて、私はようやく部屋に入る前の緊張の理由に付いた。
 思えば、初めてだった。この部屋に……

「……夢を、見たんです。悪い、けど優しい夢を」

 患者として入るのは、こうして師匠の正面に座るのは。
 私は話した。幻想郷で一番のお医者様に、一人の患者として、悪夢の全てを。他の誰に話すにしても覚えたはずの躊躇を感じなかったのは、どうしてだったのか――私がその疑問に気付いた頃には全て語り終えていた。
 話を聞き終えた師匠は、手元の紙に何か書き込み始めた。あれは私のカルテだったのかと、それで気付いた。

「……胡蝶夢丸ナイトメア」

 ペンを走らせながらポツンと、月明かりに一つ浮かべるような声で師匠は呟いた。
 
「本当に、今回は出遅れてしまったわね。貴方にそれだけ色々あって、私が言えることはもう一つしかない」

 それは医者としての言葉なのか、それとも師としての言葉なのか。
 どこか嬉しそうに、寂しそうに師匠は言った。

「あの薬はね、名前こそ同じだけれど胡蝶夢丸とは全く違う目的で調合した薬なの。貴方も勘付いてるかもしれないけど」

 トンと師匠の言葉が軽く胸を叩く。少しだけ身体が前に出た。
 言われてから私は、自分がそれをこんなにも知りたがっていたのだと気が付いた。
 疑問に思ったことは確かにあった。胡蝶夢丸ナイトメア、あの薬が何のためにあるのかと。

「胡蝶夢丸ナイトメアの真価はかつての悪夢……三錠飲んで初めて現れる。一錠、二錠の効能はそれが薄まったおまけみたいなものね」

 苦笑しながら師匠は言った。

「貴方が経験した記憶の欠落……程度は違えどそれは誰にでもある症状よ。症状と言うより、機能と言うべきなのかしらね。精神的要因の記憶喪失が一番端的な例。忘却というのは、嫌なことから忘れるように出来ている。抱えていれば破綻してしまうような記憶は、優先的に忘れてしまう。PTSDなどは強いショックのせいでその機能が正常に機能しなかったのが原因とも言える」

 ペンをくるりと手の中で回して、師匠は訥々と語る。師匠の横顔は、少しずつ真剣な色に変わっていった。

「それは多分、心を持つ者なら誰でも変わらない。妖怪でも、神でも、魔法使いや蓬莱人でも……もちろん、私もそう」
「師匠もですか?」
「むしろ私は人一倍長生きだから、忘れてる量は幻想郷でもかなり多い方でしょうね」

 思わず口を挟んでしまった私に、忘却とは無縁と思える頭脳を持つ師匠は、自嘲するように応えた。
 頭の良し悪しは関係ないの、私は師匠にそう言われたような気がした。

「そう、私ぐらい長く生きていれば、そうして切り捨てた記憶は膨大な量になる。否応なく、心が生きるために」
「心が、生きるために」
「それは貴方も同じでしょう? ウドンゲ」

 青みがかった流し目に、心を見透かされたように感じた。
 ……確かに今思えば自分を能力で書き換えてしまう前から、記憶が少し危うくなるようなことがあったような気がする。

「だから、忘れることは仕方のないこと。より良く生きる術を学ぶための記憶が、生きることの毒になるなんてあってはならない。けど、それでもね……」

 師匠はコトリとペンを置いて、目を閉じた。
 忘れてしまったかつてに思いを馳せているのだろうか? 師匠の心を、この時ばかりは推し量れたような気がした。
 師匠につられて、忘れていたかつての記憶を思い出す。そうすれば解る。

「それでも、忘れたままでいていい訳なんか、ない」

 思い出したから言える。辛かったことも悲しかったことも反芻出来るからこそ言い切れる。
 私が忘れ去った過去は、決して忘れたままでいていいものではなかった。絶対に。
 本能的な機能とは別の、これもまた心の問題。忘れたままの方が楽だったとしても……
 あの日々を、

『ここが好きですから。だからここに居たいです』

 あの日々を、

『私はあんたの側に居るから。私はずっと……ここに居るから』

 あの日々を、

『良かっ、たぁ……やっと、間に合っ、た』

 あの日々を、失くしたままでいていいはずがない。
 万感の思いを込めた私の言葉に、師匠は目を細めて頷いた。

「そんなかつてを、忘れなければ生きられなかった記憶を、受け止められるようになった今思い出す。それが胡蝶夢丸ナイトメアの本当の効果」

 今の貴方なら、解ってくれると思ったわ。
 滅多に聞けない、褒める時の明るい声音で師匠は言った。それとも、やはり嬉しいものなのだろうか、師匠のような天才でも自分の創作物の意図がきちんと伝わるのは。
 ……そっか、私は胡蝶夢丸ナイトメアを正しく扱えていたんだ。でも、

「あの、それってちゃんと処方箋に書かないとまずいんじゃ?」
「本来ならね。けど……まぁなんというか、解るのよ。私ほどじゃなくても長生きしてるやつなら、私が悪夢を見る薬なんてものを作ったら、何を考えて作ったかっていうのは」
「はぁ」

 暗に若輩者と言われたのは、果たして悲しむべきか喜ぶべきか。
 というか、青娥が胡蝶夢丸ナイトメアに興味を持っていたのは、そういうことなのだろうか。

「それにあんまり表にそれを書くと無理して飲む人が出かねない。それは危険だったから、自然に飲めるようにしたかったのよ」
「自然、ですか?」
「ええ、あの薬の表面に紋様が彫ってあるのには気付いた?」
「ああ、あの目玉みたいなのですよね?」

 黒い丸薬に睨まれているような気分を思い出して、私は顔をしかめた。

「あの紋様は本能的な不安を煽る為に私が算出した、悪夢のシンボル。本当の悪夢を抱えているなら、準備が出来ていない者が飲めるのは一錠。そこに相当近付いてようやく二錠」
「なるほど。ああ、そういう……」

 思い出したのは青娥の、私は一錠のようですわねという言葉。
 あの邪仙が語った言葉の意味が、ようやく全て解った。
 青娥は、胡蝶夢丸ナイトメアがどうして調合されたかを察する程度には長生きだった。
 けど、資質によるものか悪夢の酷さのせいか、青蛾はまだ悪夢を乗り越えられる段階にはいなかった。だからあの薬に惹かれている私に興味を持った。薬に込められた意図に気付けぬような若輩者が、どうしてかあの薬に強く惹かれていたから。

「だから、ごめんなさいね。ウドンゲ」
「はい? えっと、なんですか? いきなり」
「私はね、貴方が胡蝶夢丸ナイトメアを一錠でも飲めるようになるのは、相当先のことだと思っていた。だからあの薬に惹かれる素養があっても、貴方にあの薬の取り扱いを任せていた」
「……っ」

 悪夢に惹かれる素養、つまり私の過去をそれなりに見抜いていた。
 そう告げられて、流石に少し驚いた。いくら師匠が相手とはいえ、自分ですら忘れていたことに気付かれるとは……ああ、でも確かにおかしなところはあったかもしれない。
 こうして昔を思い出すまでは記憶の整合性がズタボロだったから、例えば月から私が逃げてきた理由はツッコミどころが満載な気がする。あくまで今思えば、だけれど。それに何より……これも今思えば、師匠は私のことを"レイセンとは決して呼ばなかった"。それは多分、偶然ではないのだろう。私の師匠は、その名も高き月の頭脳なのだから。

「でも、間違っていたわ」

 ……その名も高き月の頭脳が、間違えた?

「貴方はちゃんと悪夢と向き合っていた。私が思うよりずっと早くに、悪夢を受け入れた。見誤っていたわ、貴方のことを」
「……その、少しは強くなれたんでしょうか、私」
「少しだけね。けど、私が見誤ったのはそこじゃないわ」
「あ、そう、です、か」

 少しだけ自信が持てそうだったところを速攻で否定されて、私は縮こまった。
 うう、調子に乗ってしまった。恥ずかしい。
 けれど縮こまった私を見て、師匠はからかうでもなく窘めるでもなく、むしろ強くなるより嬉しそうな声で言った。

「私が見誤っていたのは、貴方の思いの強さよ。貴方自身の強度じゃなくて、仲間達への思いの深さ。その思いが、一錠の時でもかつての悪夢を垣間見せていた。"レイセン"……」
「あ……」

 師匠が初めて口にしたその名前は、私に呼びかけたようで、私の中の誰かを呼んだようにも聞こえた。

「私の薬は絶対よ。胡蝶夢丸ナイトメアを飲んだなら、悪夢以外の夢を見ることは絶対に有り得ない」

 だから。
 師匠はそう言葉を区切って椅子から立ち上がり、私の前まで歩いてくる。差し込んでいる月の光を浴びて、夜の静寂に気遣うように丁寧に。

「本当に、良い友達を持ったわね。貴方は今夜、確かに彼女に会ったのよ」

 師匠は私の頭に優しく手を置いて、祈るように目を閉じた。
 ……悪夢では、なかった。
 レイセンに会ったあの夢は、戦友達に会ったあの夢は、あの白い世界だけは絶対に悪夢ではなかった。
 師匠の悪夢の薬を飲んで、それでも悪夢でない夢を見たのなら、それは……

「はい、本当に、本、当に……っ」

 師匠の言葉に万感の思いを込めて頷いた。
 私が強かったんじゃない、私"達"が強かった。私を支えてくれた人がいたから、私は生きられた。その繋がりがあったから私は悪夢の底から帰還できた。
 それを思った時、私の目からは涙が零れていた。今日はもう、本当に泣いてばかりだった。
 けど、今日だけはきっと許される。今日だけは、きっと皆も許してくれる。これから皆の分まで頑張る為に、今日だけは。
 そうして私は感情のままに、ひたすら泣いた。終いには子供のように声を上げて、師匠に取りすがって、ずっとずっと泣いた。
 ……生きていたから、こうして泣けた。生きていたから、全てを受け止め泣くことが出来た。だから私はこう言おう。ずっとずっと言えなかったことを言おう。

 ――私を生かしてくれて、ありがとう。

 あの優しい悪夢のような日々に向けて、私はようやく言うべきことを言えた。
 私はほんの少しだけ強くなった、生きていくことは出来る程度に。それが私にとっての、胡蝶夢丸ナイトメアの効能だった。










………………

…………

……












 はてさて、
 一週間というのは一時は死にかけた後の業務復帰としては、早い方なのか遅い方なのか。
 間違いなく遅い方に違いない。ただし、担当医が八意永琳であるという条件付きだけれど。そんな訳で今日も今日とて久方ぶりに、私は葛籠を背負って家々を縫うように人里を回っていた。そんな時であった、仕事のついでというには恐れ多いけども、探していた人を見かけたのは。
 あらかじめ約束していた訳ではない、今日人里に来ていると知っていた訳でもない。ただ、それでも必ず会えるだろうという奇妙な確信があった。
 だから私は気負わずに、気負わないつもりでその人に歩み寄る。向こうもまた私には気付いていたようで、それが当然のように私を待っていた。

「ご無沙汰しております。閻魔様」
「今の私は私用で人里へと足を運んだ一個人です。映姫で構いませんよ、鈴仙・優曇華院・イナバ」

 そう言って小柄なのに威厳たっぷりに応じてくれたのは、楽園の最高裁判長こと四季映姫・ヤマザナドゥ。つい一週間ほど前、危うく私用でなく面会しそうになった御仁であった。
 私人として三途の川を渡って来た可憐な閻魔様……もとい映姫様は、私の顔を見上げると片眉を上げて、それから通りの茶屋を目で示した。

「世間話がしたい、という訳ではなそうですね。腰を下ろして話す時間はありますか?」
「はい、大丈夫です。今日はいつもより早く出てましたので」
「そうですか、その勤務態度は私の部下にも見習わせたいものです」

 はぁ、と映姫様がどんよりとした溜息をついた。肩こりの薬とか勧めてみようかな、と薬師の弟子として咄嗟に思ってしまうほど重い溜息だった。
 そんな映姫様はよっこらしょと見た目にそぐわない重さで、茶屋の庇の下の席に腰を下ろした。やっぱり疲れてるんだろうなぁと確信しつつ、その隣にお邪魔する。

「さて、私の記憶が確かなら貴方は私の事を避けていたように思ったのですが、今日は一体どうしましたか?」

 些か緊張した面持ちの店員に、白玉ぜんざいと煎茶を注文してから率直に尋ねてくる映姫様。
 そう、以前四季の花が一斉に咲いた時には、私は彼女を避けていた。あの時は説教臭い閻魔様に付き合うのが面倒だから程度に思っていたけれど、それは違う。
 
「それとも……己の罪と向き合う気になったのですか?」

 四季映姫・ヤマザナドゥ。
 私は彼女を避けていた訳ではなかった。人が閻魔を避けるのは、閻魔様自身を嫌っているのではない。己の罪を見直すことを避けているのだ。だから私はレイセンと同じく、罪の象徴になり得るこの人と向き合えなかった。
 ……けど、今は。

「……はい。そのことで話がしたくて、声を掛けさせて貰いました」
「ほう」

 意外そうな、少しだけ感心したような吐息が映姫様の口から零れた。
 折よく運ばれてきた煎茶を一口飲んで、映姫様は先を勧めてくる。

「映姫様は、レイセンの事は知ってますよね?」
「……なるほど。その名が貴方の口から出た以上、上辺だけの出まかせではなさそうですね」

 閻魔様が持つ浄玻璃の鏡、このアイテムは人の過去を詳らかにすると言われている。
 映姫様が私の過去を見たのなら、レイセンの事を知らないはずがない。
 その予想を裏付けるように、映姫様は私と同じ名前から正しい意味を見出した。

「正直に言って、貴方がその名を思い出すことはないと思っていたのですが……どうやら私の目が曇っていたようです」
「いえ、切っ掛けがなかったら今も変わらなかったと思いますし……」

 ナズーリンとのあの会話。些細ではあったけれど、あれがなければ悪夢に気付くことはなかった。
 そんな風に自嘲した私に、映姫様は首を振ってみせた。

「それは違います。切っ掛け自体は、貴方が気付く前から幾らでもあった。私の説教とて、その一つだったはずです。今まで気付かなかったはずの切っ掛けに気付けたのは、貴方の成長の証です。そうして成長することが出来たのなら、貴方は特別な切っ掛けがなくても、いつか必ず彼女の事を思い出していたはずです」

 こちらを向いて、親しみのこもった顔で笑う映姫様。
 この人はどうにも言葉も表情も真っ直ぐで、そんな人に褒められると、どうしようもなく照れくさくなる。

「そう、ですね。レイセンのことは、いつまでも忘れられてるような事じゃありませんでしたから」
「そうでしょうとも。向き合う心がなければ、成長し、前に進む事は出来ない。逆を言えば、それさえ出来れば過去を受け入れる器を成す事ができる……」

 にも関わらず、器を成せず終わった者のなんと多いことか。
 悲しそうに呟く映姫様の言葉は、私の耳に不思議と染み入った。なんというか、上からの言葉でなく実感が篭った言葉だった。ひょっとするとこの閻魔様にも、向き合わずに終わりそうになってしまったことがあるのかもしれない。
 
「……と、また説教臭くなってしまいましたね。それで? 今日はその事を報告しに来てくれたのですか?」

 沈んだ顔を切り替えるように首を振り、嬉しそうに映姫様は聞いてきた。
 本当に嬉しそうなその顔は、自分の言葉がこうして届いたことを喜んでいるのだろう。かつては邪険に扱ってしまったが、今なら解る。この人がどれだけありがたく、優しい人なのか。
 レイセンの事を忘れたまま生きようとしている私に、叱責の言葉を投げてくれた。赤の他人の間違いを真剣に正そうと思える人が、果たして世にどれだけ居るのか。本当に"有難い"人だった。
 だから私は、最初にこの人にこそ話そうと思った。師匠の顔がちらと浮かんだけれど、多分これを言うべきなのは、この人の良い閻魔様だと思った。

「映姫様」
「なんですか?」
「私は……地獄に行かずに済みますか?」
「ふむ」
 
 どこから取り出したのやら、悔悟棒で口元を隠して思案するような顔で映姫様はしばし沈黙した。

「今もまだ、そちらに行く目が強いでしょう。貴方は確かに過去を受け入れ、罪と向き合った。しかし、それは始まりに過ぎない。罪と向き合ったのなら、罪を背負わなければならない。それを晴らすことが出来るかどうかは、これからの行いにかかっている」
「そうですか。まぁ、それはわりとどうでもいいんですが」
「……ふむ」

 自分から聞いておいて。そんな風に非難されても仕方ない私の言葉を聞いて、映姫様は目を細めた。
 怒っている、訳ではない。苛立っている、訳でもない。強いて言うなら興味深そうな、何かを期待しているような目だった。

「レイセンに言われたんです。起きたら周りを見てみろって。それで見てみたら、なんていうか、友達っていうには微妙ですけど集まってくれた面々が結構居まして」

 それだけ聞いても解らないだろうに、映姫様は静かに私の言葉を聞いてくれた。
 先を、と促された気がして、私は言いたいことをまとめながら話す。この人の前なら、形にならない思いも言葉にすることが出来る気がした。
 
「私が今生きているのは、レイセン達が助けてくれたからです。幻想郷にも私を助けてくれる人は、結構居るみたいです。だから多分、私が生きていくだけなら今のままで大丈夫なんだと思います」

 てゐ達の寝顔や、垣根のないかぐや姫様、そして尊敬する師匠の事を思いながら私は語る。
 言葉は思いの外、自然に出てきた。

「けど、月ではそれで私"だけ"が生き残ってしまいました。私のせいではないのかもしれません、でも私を助ける為に自分の為の力を割いてもらっていたのは事実です」

 レイセンの事を思う。"彼女達"は、互いの為に自分の事を犠牲にしていた。
 私だった方のレイセンは、自分を壊してまでレイセンの為に能力を行使し続けていた。
 私じゃなかった方のレイセンは、人生をレイセンへの献身に捧げ、最後にはその為に命を落とした。
 どちらもが互いの幸福を願い、そしてどちらも叶わなかった。当然の事だった、何せ当人が自身の幸せを願っていなかったのだから。
 だから、

「私は、幸せになります。今はそれを望んでくれている人が居ることを、居たことを知ってますから」

 レイセン達は、何を思って私を送り出してくれたのだろう。
 裁かれろ、罰されろ、苦しみ悶えて地獄に堕ちろ? そんなことを思うのは、彼女達への冒涜だ。私の愛した戦友達は、断じてそんな小物ではない。
 私の幸福を、彼女達は願ってくれた。だから私を生かしてくれた。私はそう信じる。その願いを叶える、それが私に出来る恩返しのはずだ。
 師匠も、姫様も、てゐも、きっとそれを望んでくれている。もしかするとナズーリン達も。だからと言って、彼女達に寄り掛かることはしたくない。私が好きだった人達は、それが原因で死んでしまった。
 だから私は自分の足で立つ。助けを求めることもあるだろう、頼ってしまうこともあるだろう。けど、まずはそこから始めよう。一人前になる、それが弟子な私の第一目標。
 私が幸福であることが、優しい他人の死を遠ざける。自身の幸福を投げ捨てるのは、他人の情を見ないふりをすることに繋がる。私はそれを悪夢から学んだ。同じ間違いは繰り返さない。その決意を、私はこの閻魔様に聞いて欲しかった。
 
「もし、咎人の私が幸せになることが罪だとしても、こればかりは譲れません。例えそれで地獄に堕ちても、私は幸せに生きてみせます。先立った人達に自慢できるぐらい、あの世で会ったらありがとうってお礼を言えるくらい。それがきっと……」

 私に出来る善行です。私はそう、信じます。
 言い切る。閻魔様に、白黒はっきり付ける為の存在に、白の一つを断言する。
 恐れ多いなんてものじゃない、釈迦に説法にも程がある。けれど、それぐらいが私の決意宣言にはちょうどいい。色々と改善出来た気がする私であったが、臆病という悪癖はどうにも直らなかった気がするから、これぐらいやらないと弾みがつかない。
 そんな私の色々な思いを込めた言葉を、映姫様は最後まで黙って聞いていてくれていた。変わらず口元を隠しているので、どうにも表情が読みづらい。その顔は果たして怒っているのか呆れているのか……

「他者を押しのけ、自身の幸福だけを願う。それは論ずるまでもなく、善行とは言えない行いですが?」

 顔色を変えず、平坦な声での問い。
 後ろの店員が顔を引き攣らせたことに、私は内心苦笑した。驚いた事に、この映姫様を前にして私はそれぐらい余裕があった。答えがはっきりと決まっているというのは、思った以上に心強い。

「大丈夫です。私が幸せになるには、少なくとも私の周りぐらいには幸せでいて貰わないと困りますから」

 例えば、師匠が咎を責められ月に連れ去られそうになったとしよう。私を受け入れ、新しい道を教えてくれた師が虜になるのなら、私は全力で抗うだろう。師匠が囚われの身になれば私は間違いなく不幸になる。
 例えば、姫様が身体でなく心に傷を負ったとしよう。あのお姫様は、永遠を体得している割に未だ成長途中な所がある。それが悪い方に転がれば、私は全力で助けるだろう。あの姫様が笑わなくなれば、私は間違いなく不幸になる。
 例えばてゐが、再び捕らえられ生皮剥がされたとしよう。私は大国主命様に代わって、必ずてゐを癒やそうとするだろう。あの嘘つき兎の詐欺には酷い目に合わされて来たけれど、彼女の真心にはそれ以上に救われている。てゐが私の前から居なくなれば、私は間違いなく不幸になる。
 他にも数多く増えた私の知る人達、私を知る人達。彼女達が不幸になることは、私の幸福には繋がらない。逆に彼女達が幸せになってくれれば、私はそれを喜べる。私のそばで寝こけている彼女達を見て、私はそれを確かに悟った。
 私は当たり前な程度には他者の幸福を喜び、他者の不幸を悲しめる。そのことを忘れなければ、私はきっと不幸にした分幸せに出来る。
 私が幸せを求めることが、周りの幸せになるように生きる。それが私が出した答え。卑屈さ故に偏っていた意識を真ん中に戻す。自分の為だけでもなく他人の為だけでもなく真ん中で生きる。
 それはきっと難しい。難しいけれど、私はそう生きると決めた。それが最善であると思ったなら、そう生きるべきだ。次善の生き方で妥協する事こそ、悪行と呼ばれるべき行いだと思ったから。

「という訳で、私は私の生き方を決めてしまったのです。大まかな方針ですけど。せっかく色々言って貰ったのに……すいません」

 スカートを整えて立ち上がる。私が話したかったことは、一つを残してこれで全部。そしてあと一つは座ったまま言うべきことではなかったから。
 私は無表情なままの映姫様の前に回って、その目を真っ直ぐに見た。映姫様の目は鏡のようだった。私自身を映す、浄玻璃の鏡。なら、その目が澄んで見えたことは、きっと喜ぶべきことなのだろう。

「最後に一つ、お尋ねしたい事があります」
「聞きましょう。貴方の問いに、私も興味があります」

 好き勝手に喋ったのに、そう返してくれたことに感謝しつつ、私は問うた。
 聞くまでもないはずだけれど、それでも一番気になっていることを。

「映姫様は私が死んだ後、私の人生を裁いて下さるのですよね?」

 私の問いを聞いて、映姫様は片眉を上げて訝しげな顔をした。
 こんな当たり前のことを尋ねられたのは、もしかすると初めてなのかもしれない。

「……貴方が三途の川を渡り私の前に立ったなら、私は当然貴方の事を裁きます。他の閻魔であっても、それは変わりません」

 即答でなかったのは、私の意図を掴みかねたからに違いない。
 絶対の答えを口にしているはずなのに、映姫様はどこか不安そうにも見えた。
 だから私は気のせいかもしれないけれど安心させるために言った。

「そうですか、"安心しました"。その時が来ましたら、宜しくお願いします」
「……安心、ですか?」
「はい、安心です」

 笑顔で言い切る。私の心は、この可愛い閻魔様のお陰で限りなく晴れやかだった。

「なんというか、自分の生き方をこうだと決意するとですね、自分でも不思議なんですけど、死んだ後にその生き方を裁いてくれる人が居るのが、凄く有り難く思えたんです。こう、挑み甲斐があるというか、どうあっても結果は出てくれるんだから、後はやるだけだ、みたいな感じで」

 強いて言うなら、祈りたくなった。
 私はこれまで特定の神様に祈ったことはなかった。なんとなれば、神様クラスの人が普通に居るのが月であり、幻想郷だからである。祈るとしたら完全に無形の、宇宙とか運命とかそういうものに祈るしかなかった。
 けど一週間前の晩、この生き方を決意した時に、私はこの閻魔様に手を合わせて祈りたくなった。気が付けば、祈っていた。
 自分が正しかったのか間違っていたのか、その答えが有耶無耶になったまま終わらないことに、純粋に感謝していた。人生の是非を正して貰える、それは紛れも無く救いなのだ。その事が、ただただ有り難かった。世界の形がこうで有ることに、奇跡を感じた。これを信仰心の芽生えと呼ぶのなら……ごめんなさい師匠、依姫様豊姫様、私は今日から仏教徒です。

「……ふふ」
「映姫様?」

 口元を隠す仕草の下から、笑い声が零れた。表情は威厳ある平静を保っていたけれど、何故か内心は揺れているように見えた。

「地獄とは」
「はい?」
「地獄の存在は、罰を与えるために有るわけではないのです。最初から生者に罪を負わせない為に地獄はある。それを生者に気付かせるために私が居る」

 淡々と語る映姫様が目を閉じた。穏やかに凪いだ表情で、一言一言噛みしめるようにして言葉を続ける。

「けれど、それはやはり不純なのです。地獄に行きたくないから善行を積む。解りやすくはありますが、それはやはり善行の善たるとは根の所がずれてしまっている。悪行でない以上、咎はないのですが」

 それでも白黒をはっきり付ける身としては少々残念でもあるのです。
 そう言った映姫様は、何故かちっとも残念そうには見えなかった。それは、

「故に鈴仙・優曇華院・イナバ、私は今とても嬉しい。貴方が地獄に堕ちることをどうでもいいと断言し、その上で己が道を正しく定めてくれたことが。私の存在がその一助になれたことが。貴方がその生き方を忘れず、善行を積み上げていけば……きっと貴方の罪は雪がれることでしょう」

 喜びでこの身が震えたのは、久方ぶりです。
 震える手で握っていた悔悟棒を下ろした映姫様は、笑っていた。
 初めて見る、多分幻想郷でもそう見た人はいない、閻魔様ではなくお地蔵様みたいな優しく温かい笑み。
 さっきから映姫様にビビっていた店員が、見惚れた顔で手にした盆を落とした。新たな信仰心の誕生であった。
 そうして人伝で感想を言って視点を反らせねば抱きついてしまいそうな程、閻魔様は素敵な笑顔だった。そういえばこの人も"姫"だったと、今更ながらに思い出した。

「鈴仙。今日、仕事の後の予定は空いていますか?」
「へ? ああ、はい、特に何もないですけど」
「そうですか。では今夜は少し、非番の私に付き合って下さい。通りの向こう側にある居酒屋は、大層良い酒を出すと聞いています。久しぶりに酔いたい気分なんです」

 そんな風にこの笑顔で誘われて、断れる兎は地上にも月にも一匹たりとも居はしない。
 だから私は勿論、映姫様の誘いに頷いた。そうして葛籠を背負って茶屋を後にした私を、映姫様は機嫌良さそうにぜんざいを頬張りつつ、やっぱり笑顔で見送ってくれた。
 


 さて、恐らく人生における分岐点を過ぎた直後ではあるけども、まだ日は高く、私はいつもの仕事中。
 いつもと違う予定が控えていても、私がやることは変わらない。大げさな決意も、大げさな行動に移せるかどうかは別の話である。
 日和っている、と言われれば確かにその通りだろう。けれど、この仕事は私にとって大事な意味がある。大げさな行動でなくとも、大切な意味がある。
 薬師は、レイセンの夢だったのだから。思えばあれも、私のことを治そうとしていたのかもしれない。けど、それでもその夢はとても素敵なものだということを良く知っている。この仕事のお陰で、私はサガスンジャーを結成出来たのだから。
 多くの人と出会い、繋がり、頑張れば頑張るだけ人を確かに助けることができる。幸せにできる。薬師として一人前になることは、私が目指す一人前の形に良く通じていた。
 これまでは正直、家の手伝いみたいに考えていた面もあったのだけれど……せっかく、と言うにはもったいなさ過ぎるほど立派な師匠も居るのだ。新たな人生を歩むため、改めてこの道を志すのも悪くない。
 月の兎の薬屋さん。将来の目標としては上々だろう。永遠亭は人里から遠過ぎるなんて言われているから、暖簾分けというのも有りかもしれない。
 出来るかどうかはさておいて、夢は次々膨らんでいく。前途は洋々、これとて立派な進歩だろう。これまでの私はこんなにも明るく未来を想像したりはしなかった。
 私は清々しい気分で空を見た。燦々と照るお日様とは別の方向に、半分だけのお月様が見えた。兎の顔が、月が残った側から覗くように見えて、私と目が合った。月の兎は笑ったように見えた。
 それが気分の問題だと言うことは解っている。それでも私には意味がある。兎の顔が笑っているように見えることには、大きな大きな意味がある。
 だってそれは、悪夢は見なかったということなのだから。今日見た夢は、部隊の皆のお祭り騒ぎだった。何が嬉しいのかは夢らしく曖昧だったけれど、皆が騒いで、馬鹿みたいに笑っていた。私もその中で笑えていた。
 私は皆の死を背負って生きていく。けれどそれは、悲しいことだけを背負うのではない。楽しいことも悲しいことも、両方背負ってこそ、皆を正しく思い出せる。
 悪夢を見たなら魘されればいい。良い夢を見たなら笑えばいい。私はそうして生きていけばいい。殺したことも救ったことも、どちらも揺るぎない事実なのだから。どちらかの為にどちらかを歪める必要など何処にもない。
 誰にも恨まれない奴なんていない。誰にも感謝されない奴なんていない。どこだって、それはきっと変わらない。レイセンの言葉が、私の中で生きていた。

「うーさぎ、うさぎ、なーんのためー、はーねーる♪」

 あの歌を口ずさむ。周りの人が振り返るぐらい大きな声で。
 構いはしない。私はどうしても歌いたかった。届けたかった。あの月に向けて、あの頃歌ったこの歌を。

「だーれのためー、はーねーるー♪」

 感謝を胸に、謝意を胸に、どちらも抱えて生きていく。
 私はあの頃の時間と、私自身を抱えて生きていく。決意と共に、膝を曲げた。
 真ん中であるべき、そう思いながらそれでも少し贔屓してしまう誰かを思い浮かべて……

「きーみのたーめー、はーねーるっ♪♪」

 私は月に向けて飛び跳ねた。
 遠く遠く手が届かないと思っていた月。けれど今は、いつか届くような気がした。

 ――私が目を覚ますと、兎と目が合う。天井のシミの、兎の目に。
 ――今朝目を合わせた兎は、機嫌良さそうに笑っていた。
 ――それはきっと、彼女が笑ってくれたから。私はそう、信じている。







         "Nightmare becomes flesh and blood, her life goes on"

        ――悪夢は血肉となり、彼女の人生は続いていく――

  "Until that day to be judged someday, until that day when I could see again"

      ――いつか裁かれるその日まで、もう一度会えるその日まで――









>>優しい悪夢の処方箋 ~Dear my branks~ ...Cheers to new beginnings.












答えを出したと言ったって、人生はまだまだ続きます。
出した答えが正しいのか、それを迷い続けるのもまた人生なのでしょう。
定めた道を歩み続けるも、また難し。

追伸:東方SSこんぺのお題に偶々合いそうだったので、いけるかなと思ったのですが……全く間に合わなかったですw





おまけ


 現実は小説(空想)より酷い

「あの~姫様?」
「あら、何かしら鈴仙?」
「なんで私は現在ベッドの上に縛り付けられているんでしょうか?」
「なんでって、お仕置きするからに決まってるじゃない。色々あったけど、貴方が永琳の命令も私の命令もまとめてぶっ千切ったのは事実なんだから」
「ですよねー!! 正直そうじゃないかって思ってました!! うわーん、今回は見逃して貰えると思ってたのにぃ!!」
「うふふ、ドサクサでいい話だなーで終わらせようとするなんて。そういう所は変わってないのね、このヘタレイセン♪」
「ヘタレなんですか!? 変な薬飲まされるのからエスケープしようとするのはヘタレなんですか!? っていうか隠しナイフで切ろうと思ったら、フェムトファイバーじゃないですかこの縄!! どんだけ本気なんですか!!」
「一度やってみたかったのよねー、こういうお医者さんごっこ。ほら白衣もちゃんと永琳の借りてきたのよ。似合う?」
「伊達眼鏡含めてとてもお似合いですけど、そういう問題じゃないんです!! むしろ棚に並んでるヤバそうな薬も似合ってるのが問題なんです!!」
「えーとなになに、永琳先生のお仕置きメモによると……まず鈴仙の口に豪快に開口器を突っ込みます」
「むごぁ!?」
「次にAのびーかーの試薬を、aのすぽいと一杯に吸い上げ……」
「むぐむぐぅ!! ぐぅ!?(それbです、bのスポイトです姫様!! 明らかに大きいじゃないですか!?)」
「それも鈴仙の口に思いっきり流し込みます。なんだ簡単じゃない。私も今日から薬師になれそうね」
「ぐむむ、ぐむー!!(なれません!! 昔の私より酷いですよその失敗!! ていうか待って下さい、ホントに大丈夫なんですか? 流石に危険な薬は持たせてないですよね師匠。信じますよ、信じますからね師匠!?)」
「さーて、それじゃ行ってみましょうか。蓬来山診療所、本日開店よ~」
「むぐーむぐーむぐー!!(やめて下さいやめて下さいせめて師匠、師匠でお願いします!! っていうかどこ行ったんですか師匠ー!! 弟子に対する愛はないんですかししょおーー!!)」
「そーれプシャー」
「むぐぁぁぁあああああああああ!?!?(苦ぁぁぁああああああああああ!?!?)」




 愛のカタチ

「ふーんふーんふーん♪ あらこのお団子美味しいわね。前は鈴仙さんに会えましたし、いいお店ですわねここ。そういえば鈴仙さんはどうなったのかしら。あれから音沙汰ないですけど……悪夢を乗り越えられたら素敵ですわよねー、そうなったらあの手この手で弟子にしちゃおうかしら。師匠って呼ばせるのが面白そうねー」
「お客さんお客さん。そちら霍青娥さんで間違ってない?」
「はいはい、私は有名人な霍青娥さんですけど何か御用……」
「どうも♪(満面の笑みだけど額の血管がピキピキしまくってるてゐちゃん)」
「……(絶対零度の目で見下ろす弓矢装備&軍服姿のフルアーマー師匠)」
「……あらー」
「ちょーっと顔貸して貰えないかなー。家の鈴仙がお世話になった件で話が……」
「だ、脱出!!」
「あ、待ちなこの邪仙!! ってああもう壁抜け忘れてた!! こうなったら因幡達呼んで……」
「待ちなさい、てゐ」
「なんで止めるのさ、永琳!! あんにゃろ早くとっち……おししょーさま?」
「古来よりこれは貴族の嗜みだったのです。もっと優雅に、静かに行わねばなりません。それが最も効果的に、獲物の恐怖を煽るのです」
「あのお師匠様? そのマスパ並の威力の弓屋内で構えて静かって言われても……」
「問題ないわ、後で直すから」
「あ、ホントに撃ったこの人」
「きゃああああああ!? まさかの壁越し射撃ぃ!?」
「さぁ、行くわよてゐ……狩りの時間よ」
「わーマジギレしてるー。正直同情するわ、霍青娥」
「あーもう、こうなったらただじゃやられませんわよ!! 地獄のお迎え相手に鍛えた逃げ足、とくとご覧なさい!!」
「ジャセン殺すべし。慈悲はない!!」



14/11/04 コメント返信しました。御評価並びにコメントどうも有り難う御座いました。
14/11/08 コメント返信追加しました。御評価並びにコメントどうも有り難う御座いました。
14/11/12 コメント返信追加しました。御評価並びにコメントどうも有り難う御座いました。
14/12/24 コメント返信追加しました。御評価並びにコメントどうも有り難う御座いました。

>>1様
おまけは躊躇わないことを心がけておりますw
というのは別にして、やはりああでないと日常に帰ってきた感じがしないかなと。
コメント有難う御座いました。

>>3様
ダークな雰囲気を感じて頂けたなら、試みの一つは成功です。
途中先を見たくなって頂けたなら、更にもう一つ成功です。
有難いコメント感謝致します。

>>5様
勢いで押してかないと長編は読んでもらえないと考えております。流されて頂けたなら幸いですw
読了有難う御座いました。

>>6様
ああ、やらないといけないことよけて書いたかいがありました。

初見殺しの二つ名は伊達じゃないんですw
結構迷ってラストを書いていたので、良い終わり方と感じて頂けたなら幸いです。
コメント有難う御座いました。

>>7様
いえいえ不謹慎なんてとんでも無い。本作でそこまで考えて頂けたなら感激です。
昔の記憶に対してその頃と違う考えを持つようになると、時の流れを感じますよね。
成長を実感できればいいんですが、恥ずかしくて頭抱えたくなることも……過去作を見直した時とかは特にw
コメントと評価が救いです。トドメになることもありますがwそれもまた人生と同じなのでしょう。多分。
ご感想有難う御座いました。

>>9様
どういたしまして。こちらこそありがとう。
わりと重い話でしたが、楽しんで頂けたなら幸いで御座います。
最後まで読んで頂き有り難うございました。

>>12様
ポジティブに生きるというのは、恐らく想像以上に効果的な生き方だと思うのですが、それが難しいのもまた人間。もとい兎なのでしょう。
テーマは重くてもあっさり読めるのを目指しました。成功したと思って頂けたなら感無量です。
文句なしの100点を頂き有難う御座いました。

>>13様
悪夢の中はオリ設定多めで不安もあったので、楽しんで頂けたなら幸いです。
SAAを早撃ちする鈴仙……アリですな。ただマッスル量がどうしても足りないw
あと確かに当たるセリフもちらほらと。

大丈夫、娘々なら、娘々ならきっと逃げ切ってくれる。今作詰まった時に彼女の存在に救われたので生き延びて欲しい。
……捕まっても、実験台で済むと思いますしw
コメントどうも有難う御座いました。

>>14様
どういたしまして。そして読了有難う御座いました。
しかし、申し訳ない。その睡眠不足が長引くことを願わずにはおれません。
鈴仙の悪夢が長く記憶に残ることを祈っております。

>>17様
そう言って頂けたなら、本作を書いた甲斐があります。鈴仙のこれからに乾杯。
コメント有難う御座いました。

>>19様
過去作も読んで下さったようで感無量で御座います。長編を最後まで楽しんで頂けたなら幸いです。
各キャラの悪夢は序盤を引っ張る要素だったので、中々考えました。しかし、青蛾はああいう風に誘惑するのがお仕事だったんで、悪夢は登場させられませんでした。申し訳ない。
ご意見どうも有難う御座いました。新たなる悪夢マニアの誕生をお祝い致しますw

>>22様
すげぇの一言に感じる確かな説得力。多大なるご評価を頂き、有難う御座いました。

>>23様
あのシーンは一番自然に出来てしまったシーンでした。あの言葉もレイセンが自然に話してくれました。涙して頂けたなら彼女もツンデレしつつ礼を言うと思います。
……印象的過ぎて、後のシーンの展開に凄い悩みましたw
読了どうも有難う御座いました。

>>25様
コメント有難う御座います。時間を忘れさせる程度の能力の取得が憧れで御座います。
儚月抄(小説)から広げて依姫は月の中でも天才級という設定をしておりまして、その依姫と比べられ続けて歪んでしまったのがあの連隊長閣下です。
この辺の話は鈴仙の内面を強く出すのに一人称を採用した為あまり書けなかったのですが、そんな彼女の憂さ晴らしに付き合って頂けるなら是非宜しくお願いします。頑張って容赦ないですよw

>>26様
ラストシーンは物語で極めて重要な要素ですよね。あの結末を気分良く受け入れて頂けたなら感無量です。
展開が綺麗なバッドエンドとか好きなんですが、自分で書くにはキャラを突き落とす度胸がないんですよね……精進が足りん。
読了どうも有難う御座いました。

>>名前を忘れた程度の能力様
おまけまで楽しんで頂けたようで幸いです。あれを書くと完成させたという達成感が湧きます。
個人的なツボポイントは……気が合うな同志よ。
コメントどうも有難う御座いました。

>あぶぶ様
楽しんで頂けたようで幸いです。
なにを仰る、ドライでもレイセンはきっと可愛いですよ?(力説)
コメントどうも有難う御座いました。

>>37様
どういたしまして。そして、読了有り難うございました。
一人称で書いたのは久しぶりだったので、上手く書けていたか若干不安だったのですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
宜しければ次もよろしくお願いします。

>>38様
読了有り難うございました。書いたものを読んでもらうのはいつであっても嬉しいものなのでお気になさらず。物語に引き込まれて頂けたのなら幸いです。
最後の一幕は……やめて鈴仙ちゃん恥ずかしくて赤くなっちゃうからやめてあれでも可愛いからそれでいいのか? よしもっとやれw

>>39様
……駄目だ。どういう作品を辿ってきたのか全く想像がつかない。というかパルスィ→文の時点で相当レアな気がw
とまれ、そのツアールートに選ばれたこと嬉しく思います。コメントどうも有り難うございました。一作者としてそのツアーの収拾がつかないことを願っておりますw

>>トール様
受験勉強の時間を奪うのが二次創作家の使命です。
……冗談は置いておいて、受験の息抜きになったのなら幸いです。合格を心より祈ります。
永琳に手を合わせれば、きっと合格率アップw
読了有り難うございました。

>>41様
どういたしまして、そして機会を作って読んで下さって有り難うございました。
鈴仙の過去は、一脱走兵に迎え付きでオファーがかかるとか実はス◯ーク並のレジェンドじゃなきゃ有り得なくない? と思ったのが出発点でした。
人間涙を流す機会というのは意外とないもので、本作がその一端になれたのなら幸いで御座います。

>>42様
そこが二次創作の面白さですね。本作は胡蝶夢丸ナイトメアのアイディアが漠然とあって、そこにかねてから考えていた鈴仙の過去が合体したという感じでした。
コメント頂きどうも有り難うございました。
森秋一
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
後書きで台無しだよw
3.100名前が無い程度の能力削除
永夜抄組に関する長編シリアスの予想を超えてダークに突き進む様が怖い物見たさで大好きだ
5.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。一気に読んでしまった。
6.100名前が無い程度の能力削除
鈴仙の狂気に惹かれて、一気に読んでしまいました。
やらないといけないことあったのに・・・っ!

このお話の鈴仙は今も昔も無自覚のカリスマがあるんですねぇ。
最後の最後にそのことに気づけたようでよかったです。
7.100名前が無い程度の能力削除
狂気にまみれた悪夢でしたが逆にその悪夢によって誇りを取り戻したのでしょうね
己の過去と対峙し罪と向き合えたというのもあると思いますが、やはり自分に対する認識が変わったというのがある気がします
最後はプライドを持って自分を愛することが出来るようになって良かったです
不謹慎かも知れませんが戦争や兵役を考えらせられます
9.100名前が無い程度の能力削除
重厚なストーリーで、とても楽しめました
最後のオチも最高でした
ありがとう!
12.100名前が無い程度の能力削除
過去の出来事は変わらず、変えられず、しかし、それをどう捉えるかで在り様は180度変化するのでしょう。
鈴仙さんに幸あれ!

全300KBとは思えないほど、するすると読み進められました。
文句無しの100点です!
13.100名前が無い程度の能力削除
ほとんどオリジナルの設定だらけの筈なのにグイグイと読ませてくれる魅力があるのは相変わらず凄いと思いました。
あと昔の鈴仙マジエクスペンダブルズ(消耗品部隊)

娘々はこれ、もう駄目なんじゃないかな。その人多分死神なんかメじゃないくらい恐ろしいよw
14.100名前が無い程度の能力削除
想いが溢れすぎてうまい言葉にできないのですが、とりあえず明日は寝不足確実です。こんなもん読んだ直後に寝れるものか
…良い意味でです、はい

とにかく、素晴らしいお話をありがとうございました。本当にありがとうございました
17.100名前が無い程度の能力削除
新しい一歩を踏み出した鈴仙に幸いあれ。
19.100名前が無い程度の能力削除
森さんの作品はいつも一気に読んでしまう面白さがあります。キャラがみんな魅力に溢れていて、最後までストーリーに引き込まれました。テーマは重くても、爽やかな読後感のある物語だったと思います。

本筋からは外れますが、各キャラの悪夢の中身も興味深かった。悪趣味かもしれませんが、悪夢マニアになってしまいますね。青娥のトラウマとか見てみたかったかも。
22.100名前が無い程度の能力削除
すげぇ面白かったです。
23.100名前が無い程度の能力削除
依姫を庇ったレイセンの最期の言葉に泣けた...
25.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしかったです。
時間を忘れて読んでいたらいつの間にか4時間も経っていました。
完璧な悪役ですが連隊長がなぜか嫌いになれない。
キツくて悪どい美人な連隊長に罵られる玉兎になりたい…
26.100名前が無い程度の能力削除
いつもバッドエンドを好んでいるんですがこの物語はこの終わりかたが好きで、内容が重いのにハッピーエンドに納得できてとても気分がよかった
29.100名前を忘れた程度の能力削除
後書きのおまけまで含めて文句なしだよちくしょうw泣いて笑って最高だ!

個人的なツボポイント:腋祝、ナース輝夜、カリスマ映姫様。
32.100あぶぶ削除
面白かったですねぇ
かなりウエットなレイセンちゃんでしたが女の子だしこれ位の方が可愛いのかな?
37.100名前が無い程度の能力削除
向き会わなきゃ現実と(絶望)

鈴仙が悪夢と向き合い、受け入れられたのは、支えてくれる誰かと支えてくれた誰かがいるからなんでしょうね。
こんな仲間がいること、いたことは幸福なのでしょうね(周りを見渡して溜め息をつきながら)。
久しぶりに創想話、森さんの作品を拝読させて頂きましたが、相も変わらずパワーある文章で読みやすく、あっという間に読了に至りました。
この悪夢に出会えたことに感謝しつつ、得点を入れさせて頂きます。
ありがとうございました。
38.100名前が無い程度の能力削除
投稿されてからしばらくたっての読了で申し訳ないのですが、やっぱりあなたの作品は面白いです。結構な文量なので作品を開くのにちょっとパワーが要りますが、開いてしまえば話に引き込まれてぐいぐいと最後まで読んでしまいました。

……最後の人里の真ん中で歌いながら跳ねる鈴仙の姿を想像してニヤニヤしたのは秘密です
39.100名前が無い程度の能力削除
傑作で活躍したキャラに強い興味を持つ

該当キャラの登場作品を読み漁る

該当キャラと絡むことが多いキャラにも興味を持つ

収拾がつかなくなる

パルスィ、文、静葉、赤蛮奇、鈴仙←new!
繰り返したループだけどやめられない・・・
素晴らしい作品をありがとう
40.100トール削除
ものすごく感動しました!
思わず、受験勉強をほっぽって読みふけってしまいました。
俺、この受験に受かったら、鈴仙と同じ職業目指して、みんなを幸せにするんだ・・・ 
41.100名前が無い程度の能力削除
なかなか読む機会がなかったもののようやく読む事が出来ました
本当に素晴らしい、鈴仙の過去でこのようなお話に発展するとは…
涙なしには読めませんでした。本当にありがとうございます。
42.70名前が無い程度の能力削除
胡蝶夢丸、狂気、月面戦争、レイセン、映姫の裁判、と公式にある小道具類を纏め上げた上で、鈴仙の罪と過去の一つ回答として成立している良い話だったと思います。
50.無評価名前が無い程度の能力削除
3日間かけてじっくり読ませていただきました

レイセン准尉かっこいい。そして可愛い
ほとんどがオリキャラなのにみんな魅力的で過去の話とても読みごたえがありました
51.100名前が無い程度の能力削除
↑評価忘れ
52.100名前が無い程度の能力削除
 とても楽しませて頂きました。ありがとうございます。
58.100名前が無い程度の能力削除
おかしい
実におかしい

今まで数多くの作品を見させて頂いたのだがこれだけのクオリティの作品がどうしてこんなところに眠っていたのか
実に今この上なく心地よい気持ちに酔えているというのにこの評価は何事なのだろう

これだけの作品が
万年にならぬとはおかしい
実におかしい話だ
61.100名前が無い程度の能力削除
3年以上経つのに、ふとした拍子でこの作品を思い出しました。
当時何回読み返したか忘れましたが、今再び読んでもやはり楽しめました。
懐かしさで涙が出そうです。ありがとう!

追伸
RD-Sounds、遙のCruel CRuELの世界観が、森秋一さんの鈴仙に思えてならないです。感極まる。