Coolier - 新生・東方創想話

季節の変わり目に風邪をひくやつらのための挽歌

2014/10/03 19:04:50
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 季節の、変わり目である。
 あんなに暑かった夏があれよという間に過ぎ去り、涼しい秋の気配が競歩の速度でやってくる。
 目まぐるしく気温が変わるこの時期は。
「風邪をひきやすいって言うよね」
「急にどうしたのこころちゃん」
「いやその、季節の変わり目だなって」
 人里を連れ立って歩く二人の妖怪少女の姿。
 一人は感情不定の面霊気、秦こころ。そしてもう一人は忘れ傘の付喪神、多々良小傘だった。
 命蓮寺を通して知り合った二人だが、付喪神同士ということもあり、気が合ってよく一緒に遊んでいる。
 今日は人里にいる、もう一人の友人に会いにやってきたのだが。
「でも私たちって超健康優良だよね」
 こころは無表情でむんっと力こぶを作るポーズをとる。
「そりゃま、妖怪ですし」
 小傘はこころのおどけた姿にくすっと笑いを漏らしながら、至極率直な回答を示す。
 もちろん、単純に人間よりも体力のある存在だからというのも理由だが、病気もまた病魔と呼び習わされるように、妖怪の領分の一つともいえる。
 妖怪は人間の畏怖があってこその存在。同じ妖怪を害しても仕方ないだろう。
「そっかー、そうだよねー。考えてみれば風邪でダウンした妖怪なんてダサいよねー」
 こころは笑いの面を浮かべて、無表情で呵呵大笑する。
「もう、こころちゃん。それで本当に風邪でダウンした妖怪さんがいたら失礼じゃない」
「そんなもん風邪引くやつが悪いんだよーだ」
「ま、そうだね。風邪なんてひいてられないよね」
「そうそう、断言しよう! 妖怪の癖に風邪ひくなんてぶっちゃけありえないと!」
 そんなことを話しながら、二人は友人の家にたどり着いた。
 こころはその家の戸を叩き、返事も待たずに開け放つ。
「蛮奇ちゃーん、遊びに来たよー!」
 そうして中に居た家の主は、ふよふよと首を飛ばして、二人を迎えた。
「げほっ、げほっ。ごめん、遊びに来てくれたとこ悪いんだけど、私風邪ひいちゃってて」
「「うわあああああああああああ!!!!」」


 赤蛮奇。
 人里に隠れ住まうろくろ首の妖怪。
 元々はこころとは仲が悪かったのだが、首と面の飛ばしあいの喧嘩をしている最中、それらをまとめて全部傘回ししながら仲裁してきた小傘の活躍により、和解。
 今では三人でよく遊ぶ仲となっている。のだが。
「「まことに申し訳ありませんでした」」
「な、何? 何なの!?」
 家を訪ねてくるなりジャンピング土下座を敢行した二人に、赤蛮奇は狼狽を隠せず、おろおろと首だけで右往左往する。
「深くは聞かないでくれぃ、蛮奇ちゃん。これは私たちのけじめの問題なのさぁ……」
「そうだよね、妖怪だって時には風邪をひくよね。大丈夫。風邪をひいたって蛮奇ちゃんは永遠に私たちの大切な友達だよ」
「だからなんなんだよイキナリ!?」
 一応友情を貫き通すいい子たちなのだが、よくわからない蛮奇にとっては、ツッコミをすることが精一杯だった。
「うっげほげほ。叫んだせいで頭イタイ……」
「わぁ、大丈夫!?」
 顔を赤くして、ふらふらっと変な起動を描いて落ちてくる蛮奇の首を、こころが慌てて受け止める。
「うわ、ほんと熱いね……」
「本当?」
 抱きとめた瞬間、こころにも蛮奇の頭がすごく熱を持っているのがよくわかる。
 それを聞いた小傘も、蛮奇の額に手を当てた。
「うわぁ、すごい……蛮奇ちゃんのすっごく熱いの……私、感じるよ……」
「な、なんだこのエロさは……」
 こころは無表情の中にわずかに気おされた感をにじませ、少し引いた。
 でも浮かべている面は喜んでいた。
「いいから今日のところは早く帰りなさい。私はちゃんと寝て治すから。ずっといるならうつすわよ」
 赤蛮奇の気遣いに、こころはしかし首を振る。
「大丈夫! こちとら命蓮寺自慢の健康優良児だよ! 風邪なんて寄り付かない!」
「そう、何せこころちゃんは馬鹿だから」
「そうそう馬鹿だからってコラアアアアアアア!!」
 怒りの面を浮かべて、さらに涙目になりながら、こころは小傘をぽこぽこと叩く。
「あははごめんごめん。冗談だから」
 いたずらっ子のような小傘の表情を見て、蛮奇も苦笑を浮かべる。
「まぁこころは馬鹿だからでいいとして」
「コラアアアアア!」
「小傘はどうなの。うつしちゃうわよ?」
「うん、うつされちゃうかも。でも……」
 小傘は微笑んで、答えた。
「いいよ……? 蛮奇ちゃんのだったら私、大丈夫、だから……」
「うわぁあエロい!」
 再び小傘のエロさに恐れおののくこころ。
 そんな二人を見ながら、蛮奇は再びたずねる。
「……で、どうしようっていうのかしら。げほげほ」
 小傘とこころは顔を見合わせて、そして微笑んだ。
「「私たちが蛮奇ちゃんを看病してあげるっ!」」
 咲くような笑顔に、蛮奇はふっと笑みを漏らす。

「やべえ不安しかねえ」



「あ、体のほうはここで寝てるんだね」
 畳の上に敷かれた布団。
 その中では寝巻き姿の赤蛮奇の胴体が横たわっている。
「まぁ、首だけでなんとか動けるのはこの体の便利なとこよね。けほ。でもさすがに首のほうも疲れちゃった。てか頭イタイし……」
 布団の傍らに置かれた籠。
 その中には布が敷かれており、猫の寝床のようになっている。
 赤蛮奇はそこに首を着地させると、ふぅと一息ついた。
「あ、首の寝床は別々なんだ」
「だって繋がってないんだもん。枕なんて無意味でしょ」
「なるほどー」
 などという小粋なデュラハントークを交えながら、具体的にどうするのかの方策が話し合われる。
「蛮奇ちゃん。私たち、必ず蛮奇ちゃんの風邪を治してあげるよ」
 小傘の気合に、蛮奇はため息をつく。
「心意気はうれしいんだけどね……で、あんたたち、具体的には一体どうする気なの?」
「それなんだけど、このこころちゃんに考えがあるよ」
 ビシッとこころが手を上げた。
「一体なぁに? こころちゃん」
「よく言う病気のことわざがあるじゃん? えーと、『病はカレー好き』とかそんな感じの」
 こころの言葉に、小傘と蛮奇は顔を見合わせる。
「カレー好き?」
「イエロー?」
「……黄カラー?」
「そうそう、『病は黄カラー』」
「なによその無駄にややこしい覚え間違いは!」
「『病は気から』、だね」
 蛮奇たちのツッコミを華麗に無視し、こころは得意げに解説を進める。
「これはね、病気は気の持ちようによって良くも悪くもなるという意味のことわざで」
「なんで内容は完璧に覚えてんの……?」
「つまり、他人の感情を操れる私なら、自在に病を治すことが出来るはず!」
「おお!」
 こころの持つ面の力は強力で、その面をかぶると面自身の持つ感情に支配されてしまうほど。
 危険なほどの能力であるが、どんなものも使いようによっては毒にも薬にもなる。
 ポジティブな感情を想起することで、体の調子を整えることも造作はないはずだ。
「いいかもしれないね!」
 意外としっかりとした案に、小傘も笑顔で頷いた。
「で、どの感情を想起させる気なの? やっぱり喜び?」
 蛮奇の言葉に、こころはちっちっと指を振る。
「喜びの感情は確かにポジティブだけど、あくまで刹那・F・セイエイ的なものだよ」
「F・セイエイはいらん」
「もっとも深く、持続的なポジティブを揺り起こすことの出来る面がある! それがこれ、ジャジャーン!! 『希望の面』」
「それあかんやつや」
 その気の抜けたようなデザインを見れば、一目でわかる。
 たとえ本当に治ったとしても、そんなもので治されたくはない。
「小傘ちゃん。おさえて」
「はーい」
「う、うわ!? な、何をするきさまらー!?」
 こころの指示で、小傘は蛮奇の頭をがっちりと捕まえる。
「大丈夫だよ蛮奇ちゃん。これは希望なんだ」
 希望の面を携えながら、こころがにじり寄ってくる。
「や、やめなさいこころ!」
 おののく蛮奇を安心させるように、小傘がやさしく言葉をかけた。
「そう、怖いのは最初だけ……あとは目くるめく新しい世界が、あなたを待っているから……」
「エロい!」
「そんな世界は嫌あああああああああ!」


 ――どうあがいても、希望





「いやー、あんまり効果なかったね」
 無表情で口元だけてへぺろっとしながら、こころはこつんと自らの頭を小突いた。
「うう、いっそ殺して……」
「むしろ心情的にはめっさネガティブになっちゃったね」
 小傘は沈む蛮奇をよしよしと慰めている。
「うーん、見た目はともかくちゃんと希望は想起したはずなのになぁ」
 こころは、解せないというように小首をかしげて頭を抱える。彼女としては理解できない現象ではあった。
 それを見て小傘は、一つの答えを提示する。
「たぶん、『レ○プされたけど気持ちよかった』みたいな感覚に陥ってるんだよ」
「なんか知らんけどエロい!」
「不適切なたとえをするな!!!」
 沈んでいた蛮奇が、ツッコミパワーで復帰してくる。
「まったく、むしろ悪化しちゃったわよ。げほげほ。いくらなんでも感情を無理やり押し付けて治すのはやっぱり間違ってるわ。ごっほ」
「そっかー。いい案だと思ったのに……力になれなくてゴメンね?」
 しょんぼりお面を浮かべながら、こころが俯く。
 こんなんでもこころなりに、一生懸命考えてくれたのだ。そう思うと、赤蛮奇は逆に申し訳ない気持ちになってくる。
「いやまぁ、いいから。今度はちゃんとよくなりそうなのを頼むわよ」
 よさせればいいのに、甘い女ではある。
 ともかく赤蛮奇の言葉を受けて、再び検討タイムに突入した。
「そういや蛮奇ちゃんって首増やせたよね。増やした首も全部風邪ひいてるの?」
「ひいてるよ。ホラ」
 赤蛮奇がそういうと、質量を持った残像もかくやとばかりにズゥラァーッと赤蛮奇の首が分身する。
 そして、それらは一様に赤ら顔で、やがて「へぇーっくしょん!」と一糸乱れぬくしゃみの大合唱を披露した。
「ひゃああ!」
「あっ、ごめん!」
 九つに増えた頭から、くしゃみとともに一気に唾が飛び、小傘にかかってしまった。
 飛唾『ナインズクシャミ』とでも名づけようか。
「大丈夫、小傘?」
「ふぇぇ……いっぱい出たね、蛮奇ちゃん……うわぁ、体中どろどろだぁ……」
「うわあああ、エロすぎて見ていられない!」
 こころがそう叫びながら顔を手で覆い、その指の隙間からガン見する。
「あほやってないで、はやくそこの手ぬぐいで小傘を拭いてあげて」
「はぁーい」
 そうして身づくろいを終えた小傘が、こほんと咳払いをした。
「私、さっきの蛮奇ちゃんのぶっかけで思いついたんだけど」
「ぶっかけ言うな。何?」
「風邪って人にうつすと治るって言うよね」
「あー、言うねー」
 こころが相槌を打つ。
「そこで、さっきのナインズクシャミを通りすがりの人にぶつけてみよう作戦を提案するよ」
「はた迷惑な!?」
「そりゃ妖怪だし? うまくいけばうつして治せるし、いきなり大量の風邪っぴきの首にクシャミかまされたら、大抵の人は驚くと思うの。だから栄養補充にもなるんじゃないかなって」
「あー。なるほど」
 赤蛮奇も小傘と同じく、人間の驚きを糧にするタイプの妖怪だ。
 だからこそ思いついた案だろう。病気のときだからこそ、妖怪としての本分でおなかを満たす。それが全快への近道。
「でも、体はここから動けないし、あんまり遠くにはいけないなぁ。一応妖怪だってことは隠して生活してるし、あまりこの近くでは騒ぎを起こしたくないかも」
「何言ってるの蛮奇ちゃん。いきつけの八百屋さんに『首のお嬢ちゃん』呼ばわりされてたんだから公然のバレバレじゃない」
「うわああああん気づかないフリをしてきたのにいいいいい!!」


 というわけで、近くの路地裏へと身を隠す小傘と蛮奇。
 蛮奇の首は負担軽減のために小傘が抱えて移動しており、こころは隣の路地裏に待機中だ。
「体力的に分身は後一回が限度よ。げほげほ」
「体力使うならさっきやらなきゃよかったのに。ともかく、ここを最初に通りかかった人に蛮奇ちゃんの頭を投げるよ。蛮奇ちゃんは分身してナインズクシャミをぶちかまして!」
「わ、わかった。げほっ……っていうかそのネーミングやめない?」
「うふふ」
 タイミングは、こころがお面の合図で知らせてくれる。

 ――そうして、しばしの待機。

 すると、突然蛮奇の眼前に希望の面が!
「ブーッ!!?」
「ほら、合図だよ蛮奇ちゃん。行くよっ!」
「よりにもよってこれで合図するなよ! ってうわあああああああ!」
 小傘の外見にあるまじき強肩によって、赤蛮奇は勢いよく表通りに放り出された。
「チクショー! こうなりゃヤケよ!」

 ――飛唾『ナインズクシャミ』

「ふぇーくしょいっ!」
「あああああああああ!」

「悲鳴だ!」
「成功か!?」
 蛮奇のものではない悲鳴が響く。それに成功を確信し、小傘とこころは路地裏から顔を出した。
 そして、二人がそこで見たものは。
「あああ・ああ・あ・あたいったら最強ね♪」
 クシャミの唾液を全て凍らせて散らし、得意げにダブルピースをかます、氷の妖精の姿だった。
「うわあああああ!!」
「絶対に風邪うつせない人来ちゃった!!!」
 こうして、みなの失意のうちに、誰かに風邪をうつそう作戦は静かに息を引き取ったのだった。



「うーん、また失敗か……」
「あの人が出てくるのは反則だよね……」
「もう変なことしないでやるなら普通に看病してよ……ごほっ」
 神妙な顔でうなるこころと小傘に、蛮奇は力なく訴える。
「普通の看病かぁ」
「普通ってのが一番難しいよね」
「難しくねえよ」
 もはや蛮奇は籠の中でぐってりしていて、見事なたればんきが出来上がっていた。
「普通の看病……むむっ、私、ひらめいたよ!」
 蛮奇と小傘の会話を聞いて、こころは電球の面を浮かべながら手を上げた。
「はいこころちゃん、何かな?」
「ひらめく時点で普通の看病じゃないよねってか何その面」
 蛮奇のツッコミを無視し、こころは意気揚々と無表情で話し始める。
「風邪ひいたときにやることあるじゃん。あの、側室図鑑とかいう」
「どういう図鑑よ」
「頭寒足熱?」
「そうそれ」
 小傘の修正に頷きながら、こころは続ける。
「つまり、頭を冷やして足の方をあっためればいいんでしょ。蛮奇ちゃんは頭と胴が別れてるから、ダイナミックな頭寒足熱が可能になるんだよ!」
「たとえば?」
「体を火あぶりにして、頭を川に沈める」
「拷問じゃねえか!」
 そのやり取りを聞いて、小傘はぽん、と手を打った。
「いいアイディアだねそれ」
「こ、小傘!?」
 青ざめた顔で蛮奇が振り返る。
「いや、さっきのそのまんまじゃなくて。頭と胴が別れてるのはいい着眼点だなって」


 そうして小傘が用意したのは、氷水を張った桶だった。
「さっきの氷精に氷を分けてもらってたんだ。直接つかると冷たすぎるだろうから、布を敷いた洗面器に乗って漂うとちょうどいいんじゃないかな」
「おお、確かにちょうどイイ感じ。気持ちよくて頭痛もあまり気にならなくなってきたわ」
 もうちょっと効率のいいやり方はあるような気がするが、分離型ろくろ首ならではの涼み方に、すこしポジティブな気分が上乗せされる。
 意外と悪くない気分だった。
「それじゃ。さっき栄養取り損ねちゃったから、とりあえずおかゆでも作ろうか。材料借りるよ?」
「栄養とるんなら雑炊の方がいいんじゃないか?」
「たまご酒もいいって言うよね。ついでに作ろうか」
「おー、いいなー」
 などと言いながら、二人は今までの奇行を反省したのか、ごく常識的な作業に取り掛かる。
 命蓮寺で食事を作らされることもあるらしく、二人の料理の腕は意外にもなかなかのものだった。
「はい、できたよ」
「できたてのほかほかだよー」
「おおお……」
 出来上がった雑炊とたまご酒を見て、赤蛮奇は感動のうめきを漏らした。
「うう、看病ってこういうもんだよ、うん……」
「あはは……なんかごめん」
「むー、今までも真剣にやってたんだがー」
 しみじみと言う赤蛮奇に、二人はすこし気まずそうな感情を漏らす。だが、今喜んでくれたなら、あとはそれを貫き通すだけ。
「さて、これを食べなきゃだけど、体の方は動けないね」
「いや、食べるくらいなら問題な……」
「もむもむもむ」
 蛮奇が言い終わらないうちに、小傘はひょいと雑炊を一口、口に入れた。
 そうして、蛮奇の頭をひょいっと掬い上げると、にこっと微笑む。
「んーっ♪」
「うわああああああああ!」
 近づいてくる小傘の顔に、蛮奇は慌てて首の分身を飛ばして小傘に頭突きした。
「いたーい! 何するのよう」
「いきなり口移ししようとするやつがあるか! 大体小傘はなんかガチな感じがしてヤバイんだよ!」
「何かひどい言われよう。じゃあこころちゃんやって?」
「引き受けた。んーっ♪」
「だからやめろ!」
 再び頭突きがこころの額に決まった。
「……私の何がいけないの」
「無表情で顔近づけられると怖い」
「一理ある」
 こころは納得した。
「だからごはんを食べるくらいなら私は……」
「ふーっ、ふーっ、はい、あーん♪」
 また蛮奇の言葉が終わらぬうちに、小傘はにっこり笑って雑炊をすくった匙をさし出してきた。
「……ま、そんくらいなら、いっか」
 赤蛮奇も観念して、口を開けた。
「んっ……!」
 なんだろう。
 何の変哲もない雑炊の味であるはずなのに。
 どうしようもなく、あったかく感じた。


「……ごちそうさま」
「はい、お粗末さま♪」
 あれから、小傘とこころがかわるがわる『あーん』して、赤蛮奇の気恥ずかしい食事は終わった。
「……ふぅ」
 食事するのでも、騒々しいやつらだ、と。赤蛮奇は一息つくとともに、なぜか、涙がにじんだ。
「え、あれ」
「どうしたの、蛮奇ちゃん?」
 小傘たちが心配そうに声をかける。
「いや、なんというか、さ」
 蛮奇はその気持ちを伝えるのに、少し抵抗があったけど。
 でも、たまご酒のほろ酔いもあって、ぽつりとそれを口にした。
「……今まで正直帰ってくれないかなとか思ってたけど、なんかこう、うれしいよ。二人が来てくれてよかった」
 ちょっぴり、素直じゃなかったけれど。
「結構率直にひどいカミングアウトされたけど」
「まぁ、それはお互い様ってことで」
「お互い様ってどゆこと?」
「あっ」
「んーと、それはね?」
 こころが失言に無表情で口を押さえるが、小傘がすんなりと、ここに来るまでに風邪ひき妖怪を馬鹿にしていたことを話した。
「ごめんね? 蛮奇ちゃん」
「まことに申し訳なし」
「……別に怒りやしないわ。私だって風邪をひくのなんて初めてだもの」
 蛮奇の言葉に、こころたちは顔を見合わせる。
「だから私も私がどうかしてるんじゃないかと思ってね。結構心細かった。あんたたちが色々とにぎやかしてくれたのが、ありがたく思えるくらいには、さ」
 ぷいっとそっぽを向きながら、赤蛮奇は言った。
「蛮奇ちゃん……」
 蛮奇のデレに感動しているこころの横で、小傘は一つの質問をぶつけた。
「ねえ蛮奇ちゃん。私たちと友達になるまでは、風邪をひいたことなかったってことかな」
「え、まぁそうだけど。いくらなんでもあんたたちのせいだなんて思ってないわよ……?」
「んー、ね、こころちゃん。ごにょごにょ」
「ふむふむ? おお!」
 何かしら小傘がこころに耳打ちすると、二人は片や笑って、片や愉快なお面を浮かべながら、蛮奇の方を向く。
「な、何よその顔は?」
「ねえ蛮奇ちゃん。体の方もあっためてあげようか?」
「え? 体の方は布団かぶってるから十分あったまってるわよ?」
 きょとんとする赤蛮奇に、小傘はにこっと笑いかけた。
「大丈夫。私とこころが最高のぬくもりをプレゼントするから」
「まかせとけ。出血大サービスだよ?」
「え?」
「じゃあ行くよこころちゃん。失礼~♪」
「おー!」
 そうして小傘とこころは、布団の両端をめくり上げて、その中に侵入。
 更に二人は左右両方から蛮奇の体に抱きついていく。
「な、何やってんのよ!?」
 蛮奇の首は慌てて飛び上がった。冷えていた頭が再び熱を持ってくる。
「んー? リアル肉布団ってとこかなー。私たちの友情の力で蛮奇ちゃんをあっためるよー」
「友情ってレベルじゃねえ! ってか私風邪ひいてるんだから密着するのやめなよ! 今更ではあるけど!」
「さっき思いっきりツバかけられちゃったんだから、うつるならもううつってるって。それにこころちゃんは馬鹿だし大丈夫!」
「そう、私は馬鹿だから大丈夫ってコラアアアアアアアア!」
「痛い痛い! やめてこころ! そりゃ私の体だ!」
 こころのぽかぽかアタックは密着してる蛮奇の体に当たってしまう。
 こころをなだめながら、小傘は蛮奇に語りかける。
「あんまり意識しないでよ蛮奇ちゃん。別にやましい気持ちはないんだから」
「信用ならねえ!」
 ひどい先入観ではあると思うが、小傘の言動はいちいちエロいので仕方ない。
「大丈夫だよ蛮奇ちゃん」
 こころが、感情の見えない瞳で蛮奇を見据える。
 その吸い込まれるような瞳を見ていると、不思議と蛮奇の心も落ち着いてきた。
「あ……」
「今の私たちはただのおふとん。ただの肉こころであって、肉小傘であって……あっ、今思ったけど肉蛮奇って結構ヤバい響きだね」
「あほ!!」
 やっぱり落ち着かない。
「ねえ蛮奇ちゃん。怖がらないで? もっともっと、私たちに近づいて? 私たちを、受け入れて?」
「え……?」
 小傘の、どこかさびしそうな声色を含んだ言葉に、蛮奇は戸惑いながら聞き返す。
「聖が言ってたんだ。妖怪って、肉体よりも精神に寄った存在なんだって。だから、病気になるのも、どこかで心が弱ってるんだと思う」
「……そんな、だって、今まで」
 元々、赤蛮奇は誰とも打ち解けない、気難しい妖怪だった。
 寂しいのには慣れているし、心が傷つくのにだって。
 だけど、それでも体調を崩すようなことなんて、なかった。
「そうだね。でも、それは私たちのせいかもしれない」
「えっ?」
 不意に放たれたこころの言葉に、蛮奇は動揺する。
 赤蛮奇には、友達ができた。
 こころとも最初は喧嘩していたけれど、小傘が必死に取り持ってくれた。
 心を開いてもいいかもしれない。そう思えた相手は、初めてといってもよかった。
 でも。

「季節の、変わり目なんだよ」

 蛮奇ははっとした。
 心を開いてもいいかもしれない。その信頼は、しかしまだ心を開ききっていないが故の。
 遠慮なくツッコんでいるようでいて、しかしまだ、どこかで二人との間に線を引いていた。
 うつるからと二人を帰そうとしたのも、本当に純粋に二人の身を案じたからなのか?
 本当の気持ちは、まだどこかでうつろっている。

 ――季節の、変わり目である。
 
 何者にも心を許さなかった厳冬の季節から、やわらかく感情の芽吹く暖かい春の季節へと。
 だからこそ、赤蛮奇は風邪をひいたのだ。

「だからね、蛮奇ちゃん」
 やわらかく、小傘が言う。
「私たちが、あなたの季節をかえたげるの」
 あたたかく、こころが言う。
「受け取って欲しいな。私たちの、気持ちを」
「私たち、不器用だから。こうでもしなきゃ、表現、できないから」


「――ああ、ありがとう、二人とも――」

 気恥ずかしいはずなのに、存外に素直に、その言葉は蛮奇の口をついて出た。
 自分は熱でおかしくなっているのかもしれないな、と蛮奇は思った。
 だけど、それでもいいじゃないかと思う。

 季節の変化に耐えられずにひくだけが風邪じゃあない。
 季節の変化を受け入れるためにひく風邪が、あったっていいじゃあないか。

「今までにないくらい、心地のいい気分だ――」

 赤蛮奇の首は水桶にはもどらず。
 そっと、二人の顔の間に収まった。







「完全復活!!!!」
 蛮奇の風邪は治った。
「おめでとう、蛮奇ちゃん」
「ありがとう小傘! そして、すまん、こころ」
「ううー、頭イタイよう」
 そしてこころが風邪をひいていた。
「思えば今まで健康優良児で通してきたけど、感情修行の真っ最中の今、私も大絶賛季節の変わり目だったということなのかぁぁひっくちゅん」
 命蓮寺の一室で、こころは床に伏せながら、かわいらしいクシャミをあげていた。
「あなたの『変わり目』は私たちだけじゃどうにもできない問題だからねぇ。ま、この前のおかえし! 普通に看病したげるわよ。はいおかゆ」
「うう、いつもすまないねえ……はふはふもむもむ」
「うふふ」
 そして、そんな蛮奇とこころのやりとりを、小傘が嬉しそうな顔で見守っていた。
「な、何よ小傘」
「ううん、最初に会ったときからは考えられないくらい、イイ顔をするようになったなって」
「な、なんかエロい……」
 うわごとのように呟くこころにデコピンをかましつつ、蛮奇はやれやれといったような顔を小傘に向ける。
「あんたの思うとおりに変えられたってのは、なんだかシャクな気もするけど。まぁ、一応礼は言っとくわ。ありがと。二人とも」
 そう、仕方のなさそうな、満面の笑みで。
「うふふ、どういたしまして?」
「おーぅ……」
 小傘もまた、それを受けて笑顔を返し、こころも力なく喜びの面を掲げる。

 ずっと、この三人で。
 そう心から思える、瞬間だった。











「そういえば、小傘はあんだけやっといて結局風邪ひかなかったわね」
「やっぱり季節的に安定してたってことなのかなー?」
「だってまぁ、本体の傘、コッソリ家に避難させてたし」
「「おいぃ!?」」
どうも、ナルスフです。
どうでしょう、こがここばんき。結構面白いトリオだと思うんですが。
少しでも伝わっていれば幸いです。
ともあれ、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

10/4 加筆修正
ナルスフ
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コメント



0.770簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
賑やかで面白かったです
2.80名前が無い程度の能力削除
風邪は治す薬無いしね、自力で治すしかないからね、治療法を色々試されても仕方ないね
それにしても小傘知能犯すぎる
3.100絶望を司る程度の能力削除
≫どうあがいても、希望
あれ?www
面白かったです。小ネタにいちいち吹いてしまいました。特に上記の。小傘がやたらエロかったのも何故かしっくりしましたw
9.80名前が無い程度の能力削除
いいね
百合レ○プ好き
11.100名前が無い程度の能力削除
よかったです
みんなかわいいですね
12.90名前が無い程度の能力削除
相変わらずキレよる…
15.100名前が無い程度の能力削除
実に楽しかった、ありがとうございます
22.100ハイカラ削除
こころちゃん可愛い。
ばんきっき可愛い。
小傘エロい。
23.100名前が無い程度の能力削除
かわいくておもしろい