Coolier - 新生・東方創想話

■緑茶婦人と饅頭亭主の朝■

2014/10/02 19:26:00
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「…屠自古は、どんなお茶が好きですか?」


「…は…?」


後頭部に響く唐突な質問に素っ頓狂な声をあげてしまう

突然何を言い出すのだこの御方は


「どんな…と言われましても…」


そして私も何を律儀に応えようとしている


「普段飲んでいる緑茶で構いません 熱さや味や色や、御碗について」


「……熱さは、あまり熱過ぎない方が好みです」


「うんうん」


私を抱えたまま、神子はよっこいしょと身を起こし、座椅子の様に妻を座らせた


「色は…別段意識した事もありません 余程濁っていなければ」


「私もです」


対して私は引き上げた布団を喉元まで引き上げて隠れてしまう

時間と共に意識に理性が戻って来たのか、今更恥ずかしさが強くなって来た


だから、一番素直になれるあの時間に打ち明けたのに…


「…碗は小さくて軽いものが、飲みやすいです」


「やたらと厳つい物もありますよねぇ」


それでも手を前髪に差し入れて額を撫でられては身を預けてしまう

拒める筈がない


「味 …味、味は…」


「味は?」


右腕が腰に回り、左腕には左肩を巻き込んで右肩を抱かれ、こめかみに暖かい息が当たる


「……」


「ん?」


(…この人は)


この人は、私に別れ話を持ち出され掛けてるかも知れないと言う事に気付いているのだろうか
好奇心と親身さに溢れた表情から視線を降ろす

まるで我が子の成長具合でも聞いてる様ではないか

この人だからこそ気付いていそうだし、この人だからこそ気付いてなさそうとも考えてしまう


「……苦、い」


本当に、気に入らない


「、お茶は…渋いものがいいですっ」


「本当ですか?」


「嘘をついてどうするのですか」


「甘くなくていいのですか?」


「甘味でしたらお茶請けがあるでしょう?」


話の終着点が見えず、思わず嫌味な言い方になってしまった


「それです!」


だが、相手はその味を期待していたそうで


「?どう言…っ?」


いきなり
神子が常には見せない素早さで私の膝裏を抱えて持ち上げ、一瞬布団の中を飛行させた後に己の膝の上に座らせ、改めて布団を引き上げた


背中合わせ程つっけんどんではなく、向かい合う程開けっ広げでもない、その中間


「お茶は渋くてお菓子は甘いのです、それでいいんです」


「ぃぇ知ってます…」


布団の中でのまさかの出来事に対応出来ず、神子の首に手を回すだけだ

無意識の内に回してしまった


「ですから、他人の嫌な所を嫌ったり、好きな所を好むのは人として当然の事なんです」


…えーと


「そん「それに」


あぁ 神子様の髪の匂いが


「お茶が渋いから御菓子が一層甘く味わえる様に、短所があるから長所が引き立ち…何より短所のよさも見えてくると言うものです」


世の中、強い渋味を味わう為に菓子を挟む人もいますからね、と


「嫌な事のお陰で、良い事が一層楽しく嬉しく綺麗に際立つのです」


「…」


「現に、屠自古のそうした深く悩み過ぎる性格も誠実さの裏返しなのでしょうし…」


強く強く抱き締められるが布団越しなので痛みは無く、安心感だけが凝縮されていく


「こうして正直にものを言ってくれる貴女の性格自体、私は好ましく思っています」


「……」


「申し訳無さそうな顔も可愛いですしね」


「うるさ、っ…」


おやおや いつもの調子が戻って来たか

嬉しくもあり、口惜しくもあり


「まぁ…それは屠自古が嫌と言っていた貴女自身の性格についてでして…」


不意に抱擁が解かれ、布団がずり落ちてしまう

あとは屠自古が手を放せば、神子から離れられる状態だ


「私のこの耳の利き方は、苦さを通り越して不味いものでしょう… 聞かれる側からすれば」


“…気持ち悪い、のよ…”


「不味いと感じるのも、それを顔や口に出すのも仕方無い事でしょう、ですが」


少し首を巡らせれば、少し寂しそうに笑う神子が敷布団に両手をついていた


「何も無理をして口にする味ではないでしょう?」


寝癖の中からピンと跳ねた髪達が二つの聞き耳を成し、遥か向こうの山の端から届いた朝日で稲穂の様に輝き出す

夜明け だ


「貴女から、突き放していいのですよ?」



同じく朝日を取り込み輝く瞳の、何と心細そうな事か

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