Coolier - 新生・東方創想話

やばい!なんかやばいけど死ぬ気がする!!

2014/09/26 19:30:06
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 つい先日、立春を迎えたばかりの頃のことであった。これから暖かくなるとはいえ、まだまだ寒いこの季節。
せめて頭の中だけでも先に春を迎えようと、神様達に止められるのも聞かずに、酒蔵にあるお酒を片っ端から居間に持ち出してきた。
だが、もとよりそう酒に強くない自分のこと、持ち出した全てを飲み干すどころか、僅かコップ二杯飲んだだけで限界を迎え、そのまま居間で眠りこけてしまった。
朝目覚めると、二杯しか飲んでいないにも関わらず、頭はガンガンするは、体はダルいはで酷い有様。
そして、居間には封を切られることさえなかった酒達がうらめしそうに乱立しており、その日の仕事は大量の酒を酒蔵に戻すことから始まった。
 ガンガンする頭を抱えつつ、早苗は神の子元気の子、と自分を鼓舞しながらその日は乗り切ったが、流石に不調が何日も続くとそんな気休めではどうにもならなくなる。
冷たい床の上で寝たのが祟ったのか、どうやら風邪をひいたらしい。相変わらず外は暖かくなる気配を微塵も見せず、体調不良とのダブルパンチで、もともとそう多くはなかったやる気が目に見えて減っていった。
あー、もう春が来るまで冬眠してようかなーと思ったりもしたが、流石にそういうわけにもいかない。とりあえず薬でも貰ってこようと、重い腰を上げて永遠亭に向かうことにした。



「結論から言うとね、あなた死ぬわよ」
「はい?」
「私でも、どうにもならないわね」
永遠亭の診察室。この時期は風邪が流行っているせいか、患者がやたら多い。そして、長い順番を待たされてようやく診察室に行くと、突然に死を告げられた。
「え、ちょっと待ってください、今死ぬとおっしゃいましたか?それは心意気が死ぬとかそういう類のお話ですか?」
 それならば身に覚えがなくもなかった。最近寒さのせいかやる気が出ない。境内の掃除もサボりがちだし、この間も、神社のお酒を一人でがぶ飲みしたばかり。
風祝としての活動も少々滞っていた。しょうがないじゃないか、全て寒いのが悪いのだ。
「…あなたの心意気なんて知らないわよ。普通に死ぬわ。命を落とすの」
「ふっふっふ、現人神たるこの私がそう簡単に死ぬとお思いですか?…死因くらいは聞いてあげましょう」
「あなた結構余裕あるのね。まあ、取り乱されるよりはよほどやりやすいけど。…どこが悪いというわけでもないのよ。強いて言えば全部悪い。
原因は不明だけれど、体のあちこちにガタが来てるわ。80代のおばあちゃんの方が、まだしっかりした体なくらい。
何したらそんな風になるのかしら。このままいくと、普通に衰弱死するわね」
「はあ」
「私に出来ることは何もないわ。精々お大事にとしか」
「はあ」
「それじゃあなたはもう帰りなさい。次の人の問診もあるから」
「はあ」

 適当に相槌を打っていると、いつの間にか患者を連れて診察室に入ってきていた兎に放り出されてしまった。ちくしょう、鍋にしてやろうか。
毒づいていても仕方ないので、その日はそのまま帰ることにした。
帰り道、少し傾いた日に照らされながら竹林の上を飛ぶ。
 自分が死ぬなんて言われても全く実感がわかない。というか、信じてさえいなかった。早苗は神の子奇跡の子。そんな自分がこんな所で死ぬはずがない。
あの薬師だって見立て違いをすることもあるだろう。まあ、万が一本当だったとしても、お得意の奇跡やら神様の力やらでなんとかなるはずだ。
気にする必要もないかと、永琳の言ったことについてはそこですっぱり考えるのを止めた。
今日は諏訪子様の好きなハンバーグにしようかなあ。少し遠いけど、材料を買って帰らないと。…あ、そう言えば風邪薬貰うの忘れた。





 夕食の折、話の種にと、そう言えば今日、永遠亭でこんなこと言われちゃったんですよ~と軽い調子で話してみた。
泣かれた。号泣である。諏訪子様の口からは涙と一緒にご飯粒やらハンバーグのかけらやらが膝の上にボロボロとこぼれ落ちていた。汚い。
「うわああん、早苗ぇー!私がもっと早くに気づいてあげられていたらあああん!」
今のご自分の惨状に早く気づいて下さいなんて思ったりしたが、それよりも、それよりもである。
「え、私、死ぬんですか?マジで?」
若干慌てながら聞く。てっきりあの月人なりのジョークか何かだと思っていたのに、ここになって急に真実味が増してきた。
「…ああ、確かに医者の言うとおり、体がボロボロになっているようだね。言われるまで気がつかなかったよ、くそっ!」
苦々しい表情の神奈子様。
少しダルいだけで全然自覚がないと言うと、神経までボロボロになってしまっているのだと言われた。
今は死の前の小康状態。もういつ死んでもおかしくないのだとか。なにそれこわい。
「お、お二方でも、どうにもできないんですか?」
「…ああ。」
「そ、それなら、私の能力はどうでしょう?私の力で奇跡を起こして…」
「早苗!」
鋭く名前を呼ばれ、口をつぐむ。神奈子様は何かに耐えるように唇を噛み締めていたが、やがて重々しく口を開いた。
「…早苗。能力というのは意識して使わずとも、自分の望む結果を引き寄せる所があるんだよ。早苗は、そんな体になることを望んだのかい?」
ふるふると首を横に振る。望むはずもなかった。
「そうか…早苗は健康な体を望んでいる。それなのに能力が働かないとなると…」
能力が働かない…働けない?
「…早苗、お前は…お前はもう…」
神奈子様が泣き崩れた。ビビった。
呼吸も荒く縁側から外へ飛び出す。
 頼りにしていた神様二柱からもお手上げ宣言をされたところで、ようやくじわじわと危機感が現れ始めた。
え?死ぬ?私が?どうしようどうしよう、私まだやりたいこといっぱいあるのに男の人とデートもしたことないのに特大のジャンボパフェを一人で完食する夢もかなっていないのに!
彼女はテンパった。かつてないくらいテンパった。そうして叫んだ言葉は…


「やばい!なんかやばいけど死ぬ気がする!!」


 言語機能が壊れていた。というか、医者にも神にも死の宣告をされておいて『気がする』で済ませているあたり、いまだ彼女の危機感が足りないことが感じられる。
そして早苗が叫んだその瞬間、神様達は即座に姿勢を正し、威厳のある顔つきで早苗の方を見つめた。
 妖怪の山全体に響くような大絶叫。聞きつけた天狗や河童が何事だ!と、千里眼やら望遠鏡やらで守矢神社の方を見やる。
軒先で頭を抱え叫ぶ風祝と、それを背後の縁側から厳しい表情で見守る神様二柱。
それを見た妖怪たちは、ああ、新手の精神修行でもやってるのか。神様も大変なんだなあ。とひとしきり感心した後、それぞれの日常へと戻っていった。
 …信仰集めは大変なのである。少しのイメージダウンがすぐ破滅へと繋がってしまう。神様の業界は厳しいのだ。
諏訪子の口にはご飯粒がついたままだったが、流石にそこまで気を配る余裕はなかった。
好きなだけ叫んだ後、早苗は自分を助けてくれそうな人を探して境内から飛び立っていく。
それを見届けた神様たちは一つ頷くと夕食の続きを始めた。



 日が完全に暮れるまで幻想郷のあちこちを飛び回り、最後にたどり着いたのは博麗神社だった。
…はぁ、まさかここまでどうにもならないとは思っていなかった。
 守矢神社から飛び立ってしばらくし、落ち着きを取り戻した早苗。
早苗は神の子不屈の子!私は決して諦めない!と幻想郷各地に助けを求めに行ったのだが、そのことごとくがうまくいかなかった。
 初めに訪れた命蓮寺では白蓮が不在。代わりに事情を聞いてくれたのは入道使いだった。最初は親身になって聞いてくれた一輪。
ああ、やっぱりここに来てよかったと思ったが、説明が進むにつれ、一輪の表情が固くなり、説明が終わる頃には真っ青となっていた。
そして、険しい表情をしてブルブル震えだしたかと思うと、げ、原因不明の奇病ね!姐さんは私が守る!と突如叫び、塩を撒かれて追い出されてしまった。
 塩まみれになって訪れた白玉楼では、幽々子様のおやつを食べたのは誰か!という実にしょうもない犯人探しで大騒ぎしていて、取り合ってもらえなかった。
助けを求めにきた私まで、何故か犯人候補の一人として扱われる始末だ。
既に長時間の犯人探しでピリピリしていた空気の中、誰かが「犯人は犯行現場に戻ってくる」とぼそりと呟いたのを切っ掛けに、なし崩し的に私が犯人に決定。撫で斬りにされかけた。結局事情さえ聞いてもらっていない。
 這う這うの体で逃げ出して訪れた神霊廟では、唯一ちゃんと最後まで話を聞いてもらえ、哀れに思った布都が、尸解仙になってはどうかと提案までしてくれた。
思わず涙腺が緩んだが、神子が言うには、時間的にも宗派的にも尸解仙になることはできないとのこと。でもキョンシーにならしてあげられるわようふふ、などと邪仙に言われたので、別の意味で泣きながら全力で逃げてきた。

 うう、冷たい風が身にしみる。
行く先々でひどい目にあった早苗は、ひどく重い影を背負っていた。
もはや、すがれそうなのはここくらいしかない。巫女に何ができるのかと言われても困るが、彼女ならどことなく助けてくれそうな気がした。
溺れる者は藁をも掴む。何か起死回生の妙案を求めて博麗神社へと向かったのだ。
神社に着くと霊夢は夕食後なのか、縁側でお茶をすすっていた。
「あら、早苗…って、うっわ暗っ!あんたどうしたのよ」
「霊夢さん…助けてください」
霊夢にこれまでの事情を話す。霊夢は話を聞き終えると、ふーん、と一つ気のない返事をした後、言った。
「それって、あんたが死んで完全な神様になろうとしてるってことじゃないの?」
「…え、ちょっと待ってください。現人神ってそういうシステムだったんですか!?神奈子様たちはそんなこと一言も言ってませんでしたけど」
 あれ、もしそうなら、あんまり心配する必要なかったんじゃないか?むしろ神様としてステップアップするチャンスなのでは。
風祝の仕事からは解放されて、神社でグータラするだけで信仰がっぽがっぽ…ああ、いや、やっぱり駄目だ。
神様になったら気軽にパフェなんか食べられなくなってしまうし、恋愛もできないだろう。もうしばらくは人間でないと困る。
「いや、十分に信仰や徳があればの話なんだけどね。あんた、神様になれるくらいの信仰を集めたり、死後も存在できるくらいの徳を積んだりした?」
「してるわけ無いでしょう…」
 たまに人里に宗教の勧誘に行ったりしているが、まさかそれで神になれるほどの信仰は集まりはしないだろう。
その程度で神様になれるなら、幻想郷は神様で溢れかえっている。
「そうよねぇ…じゃあ、やっぱり普通に死ぬのかも」
「そんな!困ります!」
「私に言われてもねぇ…うーん、よくわからないけど、紫なら何とかしてくれるんじゃない?」
「紫さん…でも、専門のお医者様や神様にもどうにもできないものが、あの人になんとかできますかね」
 体のことなら竹林の医者が一番詳しいはずだ。彼女にできなかったことが、他の者にできるのかと言うと正直怪しい。
それでも一縷の望みをかけて、日が沈むまで幻想郷のあちこちに行ってみたものの、その全てがあたりなし。
というか、まともに対処すらされていないのがほとんどだった。それを思い出して、また目頭が熱くなる。
 だが、出来ることは全てやっておきたかった。もうほかに打つ手もない。紫に賭けるしかないだろう。
「ところで、紫さんってどこに住んでるんでしょうね。実は私もさっき探したんですけど全然見つけられなくって」
「あー、あいつの家は普通に探したんじゃ見つけられないわよ。私も入ったことないわ。まあ、呼べば来るし、良いんじゃない?」
そう言って、ヒラヒラと手を振る霊夢。仮にもパートナーのはずなのに何とも淡白なことである。
「それで、呼ぶのよね?」
と尋ねる霊夢に対して、
「…お願いします」
覚悟を決めてひとつ頷いた。
 そう、わかったわ。霊夢は軽く返事をすると、湯飲みを置いて立ち上がり、境内の方に歩き出した。
早苗もそれについて行く。
おや、これはひょっとして大結界に干渉して紫を呼び寄せるという、霊夢ならではのアレが見られるのではないかと、早苗はこんな状況にも関わらず少しワクワクした。
少し歩き、鳥居の前くらいで立ち止まる霊夢。
すうっと、ひとつ大きく息を吸い込み


「ゆぅーーかぁーーりぃーーー!!!」


叫んだ。実に原始的な呼び方だった。
 近くにいた早苗は余りのうるささに耳を押さえてうずくまり、近くの木に止まっていた鳥たちは残らず飛び立った。
その声量は幻想郷全土に響くのではないかという程で、実際、妖怪の山あたりまでは届いていたのだが、
それを耳にした山の妖怪たちはそちらを伺うこともなく、なんだ、また博麗の巫女か、くわばらくわばらと身を縮めながら各々の日常を送り続けていた。

 しばらく霊夢が叫んだままの体勢で固まっていると、霊夢の近くにスキマがにゅっと開いた。
「うるっっさいわね。寝起きなんだから大声出さないでよ」
ボサボサの髪に手をやりながら現れたのは、起き抜けですこぶる機嫌の悪そうな八雲紫。
まだキンキンする耳の痛みを堪えながら、恐る恐る声をかける。
「あ、あのう、紫さん」
「うん?…ああ、これは守谷の。どうしたの?」

 かくかくしかじかと説明を終えると、ふーん、なるほどねぇ。と霊夢と似たような返事を寄越したあと、パチンと一つ指を鳴らした。
それだけだった。
「治ったわよ」
「え?」
「え?」
治った?今、治ったといったのか?
 散々幻想郷を駆けずり回った今となっては、ある意味治せないと言われるよりも衝撃が大きかった。
自分の体をペタペタと触ったあと、じゃあ、私はこれで、なんて言って帰ろうとするスキマに詰め寄った。
「ちょっと!ほ、本当に治ったんですか!?」
「だから大きい声を出すなと…不安なら、神様にでも医者にでも確認してもらえばいいでしょう」
そう言ってまた帰ろうとするスキマ妖怪。肩を掴んで引き戻した。
「いやいやいやいや、ちゃんと説明してくださいよ」
「治ったんだから、そんなのどうでもいいじゃないの」
「よくありません!」
再発防止的な意味でも色々と知っておかないとまずい。理由もわからずある日突然死ぬとか怖すぎる。
「はあ、仕方ないわねぇ」
ようやく説明してくれる気になったようだ。いい加減寒くなってきたので、三人連れ立って、社務所の方に戻る。
霊夢がお茶を用意している間に、早苗は色々聞いてみることにした。
「それで、原因は何なんですか?」
「うーん、ものすごく端的に言うと能力の暴走ってことになるんだけど…ほら、あなたって現人神じゃない?人間であると同時に、神様でもある存在。
外の世界でも存在できなくはないけれど、どちらかというと幻想よりの存在よね。そして、こっちに来たことで、神様は人間の体無しで存在できるようになった。
だから、あなたの中の神様の部分―まあ、奇跡を起こす能力のことなんだけど、それが体を捨てて出ていこうとしたのよね。さながら、脱皮するセミみたいに」
 蛇でもいいけどね、と付け足す紫。
そこに、霊夢がお茶をもって戻ってきた。
「そうだったの。巫女だけに発病する奇病とかじゃなくって安心したわ」
どことなく安心した様子の霊夢。なにげに自分の心配もしていたのか。
お茶をもらい、一口すする。冷え切った体に暖かいお茶が染み渡った。
「そんな軽いノリで体捨てられても困るんですけど…どうして、神様な部分はわざわざ体を捨てようと思ったんでしょう?」
「これも一言で言うなら、信仰のためね。あなたの中の神様の部分が、ここでは人間の体にいるより、外に出たほうがいいと考えた。
最も、外に出たところで完全な神様になれるわけではないから、何か寄り代を探すつもりだったのかもね。例えば、石に乗り移って、奇跡を起こす石として祀られたり」
「えっと、それは私の意識が体を捨てて、何かに乗り移ろうとしたってことでしょうか」
「ちょっと違うわね。何かに乗り移った場合、奇跡を起こす能力は保存されても、あなたの人格は消えてしまうでしょう」
「そ、そんな…」
 それって、能力が信仰を得るために私を殺そうとしたということではないのだろうか。
私は自分の力に恐怖を覚えた。自分の一部だと思っていたモノが、急にひどく得体の知れないもののように思えてくる。
「…あー、一応言っておくけれどね。別に能力が意思を持ってあなたを殺そうとしたわけではないのよ?
神様の部分は、水が上から下に流れるように、自然に出ていこうとしただけなの。外の方が多く信仰が得られると機械的に判断して出ようとした過ぎない」
「じゃあ、これからも同じような事が起こる…と?」
「それはないわ。宿主から出て行くっていうのはそう簡単なことではないのよ。体を傷つけた分だけ、神性もまた削れていく。
あなたの中の神様の部分は、今回のことであなたから出て行くことを割に合わないと判断したはずだわ。まあ、神性は信仰で回復するけどね。この場合は削れる分量が多すぎる」
「そう、ですか…じゃあ、私はもう大丈夫なんですね?」
「ええ、多少能力が弱まっているかもしれないけれど、それも時間とともに回復するわ。あなただって、信仰をその身に受ける現人神なのだからね」
そう言ってにっこりと笑いかけてくれる紫。
 紫の言葉のおかげで、大分落ち着いた。別に、何が悪いわけでもなかったのだ。
この力が、私自身の一部であることには変わりはないのだろう。
「ありがとうございます。こんなことになった原因が分かったので、もう安心ですけど…できれば、どうして紫さんが私を治せたのか教えてくださいませんか?」
「ああ、そっちはまあ、簡単ね。体中が劣化していたから、『古い』と『新しい』の境界を操って新しいのに戻したのよ。
そりゃあ、病原菌を撲滅しろとかは無理だけどね。結界の管理みたいな、劣化を防止するのにはわりと融通が利くのよ。だから私もこうしてお肌がピチピチなのですわ」
そう言って、きゃるんとポーズを決める。室内なのに、何故か冷たい風が吹いた気がした。
「お肌が…?」
「ピチピチ…?」
「…やっぱり、元に戻して差し上げようかしら」
霊夢と顔を見合わせていると、紫は笑顔のまま青筋を立てて、パチンと扇子を閉じた。
「うわわわわ、ごめんなさい冗談ですやくもゆかりさんじゅうななさい!」
「ふふ、分かればいいのよ。」
紫にはなんと聞こえたのだろう。いや、齢が既に四桁に達しているであろう彼女からすれば、どっちも誤差のようなものなのか…。
「ねえ、紫。私も一つ気になることがあるんだけど」
不意に霊夢が声を上げた。
「うん?何かしら」
「あんたって、そんなに神様云々に詳しかったっけ?」
そう霊夢が尋ねると、湯呑みを口へ運ぼうとしていた紫の動きがピタリと止まった。
「え、仮にも妖怪の賢者なんですから、神様について知っていても不思議ではないんじゃないですか?」
「そ、そうよ。私は賢者、なんでもお見通しよ」
「いやいや、それにしたって本職の神奈子達より詳しいってことはないでしょうよ。あんたが分かるなら、神奈子達だって気づいてるはず。…紫、あんた何か隠してるんじゃないの?」
「言われてみれば…」
霊夢の言葉に、早苗も猜疑の視線を紫に向け始める。紫はダラダラと冷や汗を流していたが、
「…説明義務は果たしたわ。これにて、退散!」
「あ、こら!」
隙間に潜って逃げてしまった。
はあ、とため息をついた霊夢がこちらを向く。
「ねえ、早苗」
続く言葉は何故か予想がついた。
「あんた、神奈子達に担がれたんじゃないの?」


「神奈子様!諏訪子様!」
「あ、早苗。おかえり~」
「おお、意外と早かったな」
「…」
案の定、家に帰ると居間でくつろいでいる神達がいた。



それから。
「霊験あらかたな守矢神社の御札はいかがですかー!…あ、はい、こちらですね。二十文になります」
 早苗は以前より精力的に宗教活動に取り組むようになった。
掃除は毎朝欠かさず行い、神事にも今まで以上に真剣に取り組む。今は、人里に御札やお守りを売りに来ていた。
初詣などでも売り出しはしていたが、妖怪の山にある神社まで来られない人も多いので、意外と良く売れるのだ。

―今回二柱が行った、八意永琳や八雲紫まで巻き込んだ無駄に壮大なドッキリ。死ぬだなんて全部嘘っぱちだった。そのときはかなり怖い思いをしたが、結局早苗は二柱を怒ることができなかった。
今回のことは、最近少したるみ気味だった早苗に喝を入れるためにしたことだったのだ。言うなれば自業自得。早苗を心配して行ってくれたことなので怒れるはずもない。
ああ、昔の自分がつい先日までの自分を見たら何と言っただろうか。以前ならば、風祝としての役割を怠ったりなど絶対にしなかったはずだ。
幻想郷にきてそれなりに経つが、どうやら私は当初の決意を見失っていたようだ。
ここへ来たのは大好きな神様二柱に風祝として仕えるため。
そしていつか、二柱の隣に立つにふさわしい立派な神様になるためだ。
そのためにも、もっと頑張らなければ。
よし、と一つ気合を入れると、また声を張り上げ始める。
「霊験あらかた!効果絶大!素敵な二柱特製の御守りはいかがですかー!!」


紫「あら、妖夢。あなたももうすぐ全霊になるわよ」
幽々子「あらあら、妖夢ったら成長期?よかったわねぇ」
妖夢「みょん!?」



季節外れにも程がある話でした。
どうでもいい事ですが、海に落ちかけて「やばいけど死ぬ!」と絶叫した思い出があります。
高低差は僅か1m。自分はテンパると意味不明な事を口走ると学びました。

ここまで読んで下さってありがとうございました。
アメフラシの街
簡易評価

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コメント



0.830簡易評価
4.100赤鬼削除
唐突に死にかける早苗、という緊迫感がある題材に反して全体的にコミカルな作風で、楽しく読ませて頂きました。

題材としても「神様としての部分が分離しようとしているが故の死」という面白い着眼点で、紫の解説部分を興味深く読むことが出来たと思います。
抜け出そうとしていた「神様としての部分」についても害意があったわけではなく、単により効率的、合理的な方向へと機械的に進もうとしただけ、という辺りがとても超然としていて、人智では推し量ることの出来ぬ神様らしさを感じました。
そうした人間的な情とは一線を画すある種の「冷たさ」が中核にあり、早苗が死にかけているという大変な事態である一方で、全体的な空気が緩い辺りは実に東方的というか、個人的には三月精辺りの書籍作品に似た雰囲気を感じて楽しかったです。

また、助かる手段を必死に探そうとする早苗への各キャラクターの対応も実に彼女たちらしくて、楽しく読むことが出来ました。
最初は仏門にある者として真摯に早苗の話を聞きつつも、白蓮に危険が及ぶかもしれないと分かった途端にスイッチが切り替わったかのごとく追い出しにかかる一輪、尸解仙やキョンシー等、死後も含めて今後のことについてアドバイスしてくる神霊廟の面々。
そして何より、早苗は神様になろうとしているのではないか、という霊夢の推測も神職らしく、特にこの辺りが書籍作品や三月精っぽいな、と感じた理由かもしれません。

その反面、少し惜しいな、と思ったのは、早苗が死にかけている理由について読者があれこれと推測を巡らす余地というか、それを想像するためのヒントが薄い点でしょうか。
この点については霊夢や紫の解説が入るよりも先に、早苗自身に「何かが抜け出そうとしている感覚」を覚えさせるとか、多少具体的な描写があった方がオチを解説されたときにより「なるほど」と納得しやすかったかもしれません。
もちろん謎ときをメインとした話ではないのでこういった要素は不要と言えば不要でしょうが、あったらあったでもっと楽しかったかな、と愚考する次第です。

また、個人的にはこの題材であればシリアスな構成でも面白い話が出来るかも、と想像してみたりもしました。

自堕落な生活の中で唐突に告げられる死の予告、焦りつつも二柱に心配をかけまいと事情を隠しつつ、必死に生き伸びる術を探す早苗。しかし無情にも悪化の一途を辿る体調、刻々と迫る死。
そんな中、知り合い達の助言や推測を基に真相に辿りついた早苗は己の中にある「神としての部分」と対峙し、自堕落だった己の不徳を痛感しつつも試練を経て「東風谷早苗」という存在として新たに生まれ変わる。
全てを察しつつも早苗を信じて見守っていた二柱は、成長した我が娘を暖かく迎え入れる――

なんて。勝手に妄想を膨らませてしまい恐縮ですが、やはりこういった様々な形で活用できそうな題材を見つけ出した作者さんの着眼点は素晴らしいものだと思います。

以上、長々と書いてしまいましたが、とにかく非常に楽しめました。的外れなことを書いていたら申し訳ありません。
それでは最後に改めて、ありがとうございました。
6.80名前が無い程度の能力削除
これ、ドッキリかなとか思ったら本当にドッキリだった
でもシリアス路線でいってもよかったような気がします
11.無評価アメフラシの街削除
>>赤鬼 様
読んで下さってありがとうございました。
ご感想を頂けてとても嬉しいです。
そして、ご指摘の件
>早苗が死にかけている理由について読者があれこれと推測を巡らす余地というか、それを想像するためのヒントが薄い
仰るとおりでした。(^_^;)そのあたりの表現がなく、急な展開になってしまったのは、ひとえに私の技量不足です。
申し訳ありません。m(_ _)m

また、>>赤鬼 様 >>6 様の仰って下さったように、シリアスにできたらよかった気がします。
というか、シリアスの方がよかった気がしてきました。ごめんなさい。

最後になりましたが、読んでくださった全ての方、本当にありがとうございました。
17.90名前が無い程度の能力削除
春の話で始まったのでエイプリルフールオチかと思ったらそんなことはなかった
19.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです。ただラストにもうひとひねりあったらと…。

>あら、妖夢。あなたももうすぐ全霊になるわよ
未だ半霊の妖忌はまだ成長期を迎えていない……!?