Coolier - 新生・東方創想話

首と能面と風船

2014/09/25 21:03:20
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 私のねぐらであるボロ小屋に友達のこころが遊びに来た。彼女を家に上げるのは初めてである。こころはのっぺりした顔で部屋の中を見回したかと思うと、「案外きれいにしてあるね。ボロいけど!」と失礼なことを言った。私たちは友達だから、これくらいのことでわざわざ目くじらを立てたりはしない。一発頭を殴るだけで済ませた。
 夏は終わってしまった。人を散々暑さで苦しめた厄介者がいなくなったのだから清々する。でもその厄介者は来て過ぎるだけでなく残暑という厄介な置き土産を残していくこともあるから油断ならない。今年も残していったから、部屋の中はまだ少し暑い。閉め切って二人でいると汗を掻くくらいにはむしむして大変不愉快である。だから立て付けの悪い窓を開けて換気をした。それでもまだ暑かった。
 夏の間にこうして窓を開け放っていると、耳が痛くなるくらい蝉の声が聞こえていたものだが、今ではもうすっかり聞こえなくなった。みんなころりと死んでしまったのだろうと思うが、その割には外を見ても死骸が転がっていない。「渡り鳥のように暑い方へと向かったのかもしれないな」と私は思った。

「暑い暑いあーつーいー……」

 汗を滲ませて不快に耐えていると、こころが何やら不平を訴えだしたので、私は黙って竹団扇を渡した。こころはそれでばたばたと乱暴に自分の顔を扇いでいたけれど、すぐに「手が疲れた。ばんきっき、扇いで」と言って、また元の通り暑そうにする。もちろん私は扇いでやったりはしない。「それくらい自分でやりなさい」と突っぱね、ぷいと向こうをむいた。
 こころが私を「ばんきっき」という妙なあだ名で呼び始めたのは、友達として付き合いだしてすぐのことであった。その日、そこらの道を歩きながら彼女と駄弁を弄していると、いきなり会話の中にくだんの「ばんきっき」が放り込まれた。どうやらそれが私を指す単語らしいことを悟り、その呼び方はどうなんだとこころに抗議してみたけれど、彼女はいつもの無表情で「だって可愛いよ」「呼びやすいし」などと言って、全く譲ろうとしない。ついにはこちらが折れる羽目になった。そしてそれからはもう、こころの中で私は「ばんきっき」になってしまった。
 最初は呼ばれるたびにくすぐったく感じていたが、今ではもう何とも思わない。慣れとは恐ろしいものである。

「ねえ、こころ」
「何だいばんきっき」
「こころがここに来てからずっと気になってたんだけど」
「うん」
「……その風船どうしたの?」

 私はこころの周りをふよふよしているものを指差した。それはガスの入った、頭くらいの大きさの風船で、紐に繋がれてこころの周りを漂っている。それぞれの色は赤や紫や緑や青やである。その全部に「守矢神社」と白く印字されている。

「この風船は往来に立っていた風祝から奪ったものだ。布教のためか、道行く人に配っていた。私は沢山欲しかったのに、どれだけ「もっと頂戴」と言ってもひとつしかくれないから、怖いお面をかぶって薙刀で脅しつけてやった」
「何をやってるの……」
「だって欲しかったんだもん」

 こころはかっさらった物を周りに浮かせてご満悦である。それは罪なき風祝を脅迫してまで手に入れる価値があるものなのか、私にはてんで分からない。私は風船なんかに興味はない。むしろただでさえ狭い部屋の中でそのようにうようよされると、何やらすし詰めになっているようで不快である。できれば今すぐ全部をまち針で突っついてしまいたいところだけれど、そのようなことをしたら目の前の友人がどれだけ悲しむか知れない。だから我慢する。
 そんな友達思いの私をよそに、こころはひとり自分のお面を風船の顔らしきところに当てて遊んでいる。彼女の顔は変わらないけれど、風船にお面を見繕って「この緑色の子には猩々の面が似合うな、うんうん」などと言っているその様子は、実に楽しげである。楽しいのであれば私から言うことは何もない。ただ黙ってこころの姿を眺めた。
 しばらくしてこころが言った。

「ねぇ、ばんきっきも一緒に遊ぼうよ」
「え? いやいいよ私は。風船なんかで喜ぶほど子供じゃあないんだから」
「なんと! ばんきっきは私が子供だと申すか!」
「妖怪になってからの日数を考えたらまだ子供だろうに」
「私は大人だよ。これが大人の女がえも言えぬ色気を醸し出すときの表情!」
「いつもと変わってないじゃない」

 こころが五月蝿いから一緒に遊んでやることにした。風船にお面をつけることに飽きたあとは、私の首とこころのお面と守矢の風船とを部屋の中いっぱいに浮かせてみたりもしたが、首に風船がまとわりついたり首にお面が激突してきたりで鬱陶しかったからすぐにやめてしまった。でも狭い部屋の中に色とりどりの風船や様々な能面や増やした私の首がごちゃごちゃ浮いているその光景は、とても幻想的でとても馬鹿げているように見えた。
 その後も色々と遊んだけれど所詮は風船だから、すぐにやることがなくなってしまった。こころも飽きてしまったようで、手に風船の紐を握ったまま畳に寝っ転がって、また「暑い暑い」と文句を言いだした。暑いのだったら遊ばなければいいのに。そう思ったけど言わないでおいた。私とこころは友達である。

「もう何にもやることがないなら、その風船全部割っちゃおうよ。ほら、ここにまち針があるよ」
「だめだめ、この子達は空に帰してあげるの」
「空? そいつらは守矢の風祝から奪ったものでしょう? 返すなら風祝に返してあげなよ」
「断る! この子達はこんなに空めがけて昇っていこうとしてるんだから、空に放してあげるの」
「……好きにしろよもう」

 こころの決意が予想以上に強固で、私は彼女を翻意させることができなかった。翻意させられなかったから、私とこころは太陽が焼けたように真っ赤になっている日暮れ時に外へと出ることとなった。
 外は風が吹いているから、室内に比べたらあまり暑くはない。人間たちが往来を歩き、傾いた陽を浴びて長い影を道に延ばしている。黒焦げたように黒い鴉がかあかあ鳴いた。夕方はもの悲しい気がするから、短い間一緒に遊んだ風船とお別れするにはいい時間帯だなと思った。
 私とこころは、役に立たず、くだらなく、そして実のない話をしながら、赤っぽく染まった往来を歩いた。こころは道行く中で「もう少しで帰れるからね、もうすこしだから」と頻りに風船に話しかけた。その度に風船は返事をするようにゆらゆら揺れた。私にはこころと風船が本当に会話をしているように見えた。
 途中、辻に立っていた風祝が「風船返してー」とまとわりついてくるのを、こころは冷たくあしらって、そのままずんずん歩いて行った。私はさすがにかわいそうになって、「大丈夫?」と話しかけたけれど、風祝は「余った風船、もらっていいことになってたのに……」と惜しそうにしている。こいつもこころと一緒かと思ったら急に馬鹿馬鹿しくなって、そのまま風祝は放って先ゆくこころを追いかけた。

「ねぇこころ」
「何だいばんきっき」
「どこまで行くの?」
「湖」
「湖って、霧の湖?」
「そう。あそこだったら飛んでいく風船が水面に映って綺麗だろうから」

 そうして私たちはずんずん歩いていき、ついに霧の湖へと到着した。着いた時には風は凪いでいた。湖は鏡のように真っ平らで、夕日を反してぴかぴか光っていた。これだったら風船の旅立ちをよく映してくれるだろうと思う。
 黙って景色を眺めていると、湖の縁に知り合いの人魚がいることに気がついた。どうせ来たのだから挨拶のひとつでもしようと思い、近づいてみると、そいつは拾ってきた石を積んだり崩したりして独り遊んでいる。その様子があんまり楽しそうだったから、挨拶はよすことにした。私は気遣いのできる妖怪である。
こころは適当なところで歩を止めて、空を見上げた。私もそれに倣った。

「眩しいね、ばんきっき」
「そうだね、こころ」
「そろそろこの子達を放してあげよう。はい、ばんきっきにも半分」
「私もやるのか……。まあ、いいけど」

 こころは私に風船の紐の半分を持たせて、それから「じゃあ行くよ!」と実に分かりやすい合図を出した。そしてすぐに風船の紐をぱっと放した。私も遅れて風船を空に放り出した。私たちの手を離れた風船は、ゆらゆら揺れながら赤い空に吸い込まれていく。湖面を見たら色とりどりの小さな丸が、照り返す陽光の中に確かに映っていた。それは綺麗で楽しげで悲しい光景だった。こころは黙って旅立つ風船を見送っている。その顔は相変わらずの能面であるが、私はそこに何かの感情が込められているように感じた。しかしそれを指摘するような無粋な真似はしなかった。私はこころの友達である。
 しばらくすると、こころが「ばんきっき、帰ろう」と言って、手をこちらに差し出してきた。私は少し躊躇したけれど、先ほどのこころの表情を思い出したから、「えいやっ」と言ってその小さな手を握った。柔らかくて温かい、安心する手である。こころは少し驚いたふうにしたあと、「ばんきっきがデレた!」と大はしゃぎだったが、私はそれを無視して歩いた。手を繋いだこころも私の横に並んだ。
 また風が吹き始め、首と能面が宙でゆらゆら揺れた。
ここばんきが流行る気配がないのでまた書きました。
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コメント



0.250簡易評価
2.90絶望を司る程度の能力削除
おかしいな……こんなにお似合いなのに……流行れよ。

誤字報告 風祝が封祝になっている場所がありました。
3.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
はやってほしい
作者さんの趣旨とは違うかもですが
成長途上のこころだけに、完全無欠なキャラより、
共に歩んでいけるキャラといる姿が見たいので
8.100赤鬼削除
とても微笑ましいお話でした。

赤蛮奇は原作からして、プライドが高く世の中を斜めに見たがるくせに住んでいるところは人里だったりと寂しがり屋っぽい印象がありましたが、内心こころに呆れつつも「役に立たず、くだらなく、そして実のない話」を楽しんでいる辺り、やっぱりそういう子なんだな、と再確認して微笑ましくなりました。
一方、「そんな友達思いの私」など、心の中で自分を賛美する表現を繰り返す辺りにはプライドの高さが窺えますが、「私達は友達だから」といった表現に漂う誇らしさが、そういったプライドを嫌味のない、むしろ可愛らしいものにしていて好印象でした。

「こころが楽しいのであれば私から言う事は何もない」とまで思ってしまう辺りも既にすっかり惚れこんでいるようで、今後も奔放なこころに振り回されつつも面倒見よく付き合ってやる赤蛮奇の姿が目に浮かぶようです。
次回以降もそういった二人の微笑ましい姿が見られることに期待します。

では、読ませて頂きありがとうございました。
9.100名前が無い程度の能力削除
とてもかわいいふたりだった。健やかに育って欲しい
ヒトが健やかであれば世界も健やかとなる 逆も然りではあるが。。
11.100名前が無い程度の能力削除
まったりしていて素敵ですねぇ
ここばんきにはまだまだ可能性が眠っていると思います
12.90名前が無い程度の能力削除
二人とも可愛いです!
早苗さん可哀想笑
13.90名前がない程度の能力削除
ぼくはこころちゃんのスカートに紐つないで宙に浮かべたいなぁと思いました
・・・おやこんな時間に仏教と道教と首長族の勧誘が――
14.80ナルスフ削除
ほのぼのまったり。よいここばんきでした。
早苗さんェ・・・