Coolier - 新生・東方創想話

但し! イケメンに限るっ!

2014/09/24 23:39:42
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「……」

むっすりと膨れ顔の少女が、目の前に立っている。

「や、やあ、ぬえ……いらっしゃい」

番台から引きつった顔で声をかけるのは、エプロン姿の八雲藍だ。
人里のはずれの小さな屋台。
番台を挟んで対峙する二人の間には、微妙な気まずい空気が流れていた。







但し! イケメンに限るっ!







藍がたい焼き屋を始めたと言う噂が広まって、しばらく経つ。
主がこしらえてきた借金の尻拭いの為、屋台のバイトを始めたのだ。

「あんたも大変よね~。心から同情するわ、ホント」

以前遊びに来てくれた霊夢は、そんな事を言っていた。
彼女同様、周りの皆の反応は、まるで風物詩の一つでも見るかの様だ。
ただ、そんな中でも、藍の境遇に同情してか、屋台に足繁く通ってくれている者もいる。

「また来てくれたんだね、ぬえ。ありがとう」

目の前に佇む少女、封獣ぬえもそんな一人だ。
藍がたい焼き屋を始めると、毎日と言っていいほど、通い詰めてくれるのである。
ぬえとは実は千年来の付き合いだ。平安の都の時代から、お互い良く知った仲である。

(彼女も恐らく、私の不遇な境遇に同情してくれているに違いない。有り難いことだ)

藍はそう合点して、うんうん一人で頷く。
ただ、それは凄まじくありがたいのだが、

(なんだか今日も、ご機嫌斜めだなぁ)

何故だろうか。
ぬえはいつも、むっつりして不機嫌そうなのだ。
普段は命蓮寺に寄宿していると聞いているが、そこでの生活にストレスを感じているのだろうか。

「え~と……」
「……」

そんなこんなで、ぬえは藍が話かけても、赤い顔でずっと下を向いている事が多い。
彼女とは知らない仲では無い。機会があればこっそり相談に乗ってやりたい、と思う藍なのだが。

「き、今日はどうしよう? あんこかな、クリームかな?」

番台の奥から身を乗り出し、ぬえの顔を覗き込む。
そうすると、

「うぐっ」

と、まるで不意打ちを食らった様に呻きを上げて、急いで下を向くぬえ。
下を向いているというより、ほぼ胸に顔を埋めるような恰好でいる。
なので、ここからではほとんど頭の上しか見えないのだが、髪の間から覗いた耳が、真っ赤になっているのが分かる。最初は熱でもあるんじゃないかと心配したのだが、どうにもそうじゃ無いらしいのだ。
ぬえはそのままの体勢で進み出ると、ズイっと小銭を突き出し、

「く……くり~む……」

消え入りそうな声でそう言う。

(しっかり食い気だけは旺盛だな)

妖怪は基本的に丈夫な生き物なので、食欲があると言う事は、状態はいい筈なのだ。
若干引き気味に笑いながら、お金を受け取り、藍はたい焼きを焼く作業に入る。
受け取ったのは160円。二人分だ。

「ま、また私にごちそうしてくれるの、かい?」
「……ん」

ごくん、と頷くぬえ。
ぬえは、こうしていつもたい焼きを一個余分に買ってくれる。その一個は藍の分という訳だ。なので、嫌われている、と言う訳でも無さそうなのだが。

「ぬえはクリーム好きだね。やっぱりたい焼きはクリーム派かな?」

あはは
と愛想笑いを向けるが、

「……」

精一杯の愛想は憮然とした顔でスルーされてしまう。
そうすると、

(やっぱり嫌われてるのかもしれない……)

とむちゃくちゃ不安に苛まれてしまう藍だった。
そんな藍の葛藤をよそに、ぬえは顔を胸に埋めたまま、器用にたい焼きを食べている。
苦心の末開発した餡とクリームは、藍の秘伝の一品だ。味は間違い無く、他の何処よりも美味しい自信があるのだが、

「実際そうやって毎日食べて貰えると、何て言うか……凄く、嬉しいよ」
「はがっ!?」

藍がそう言って微笑むと、顔を上げて固まるぬえ。顔が神社の鳥居の様に真っ赤だ。

「え? ちょ……」

そのまま、半開きの口から、食べかけのたい焼きがボロりと転げ落ちる。
ぬえは、お腹の辺りで慌ててそれを捕まえて、また口に戻している。

「あ、あはは。慌てて食べなくても大丈夫だよ。美味しいかい? ぬえ」

上からそう聞くと、ぬえは顔を伏せたまま、ぶんぶんとお辞儀をするように何度も頷く。

「じゃあ、私も遠慮なく頂くが、いいかな?」

こうして、二人は狭く暑苦しい屋台の中で、たい焼きを食べはじめる。
そうすると、ぬえはその間も、チラチラ此方を盗み見てくるのだ。ここ最近、ほぼ毎日行われている遣り取りである。
藍にとっては、なんだか不思議で奇妙な、日課みたいなものが増えた気分だった。


「ぶぐぐぐっ!」

人里の外れの林の中。
薄暗い林の中を、ぼんやりと照らしだすのは水晶の光。
その周りを蠢く影が囲んでいた。
水晶には、先程の屋台での藍とぬえの遣り取りの、一部始終が映し出されていたところだ。

ばんばんばん!
「……っ!!」

地面を叩きながら、無言で爆笑するのは村紗水蜜。その隣で多々良小傘と幽谷響子が、腹を抱えて転げまわっている。

「なにこのかわいい娘っ!」

そして、木をがしがしと叩きながら爆笑しているのは、雲居一輪だ。
お馴染み命蓮寺のご一行である。

ーなんだか最近ぬえの様子が変だー

最初にそう言い出したのはムラサであった。

「何よ? いまさら。ぬえはいっつも変じゃない」
「正体も不明だけど行動も不明だからね~」

いつもの昼下がり。
寺の境内で、ぐでぐでと集まった一輪や響子達は、急にそんな事を言い出したムラサに、訝しげな視線を送った。一方のムラサは、顎に
手を当てて何やら思案顔だ。

「いや、そうじゃないんだ。なんかさ~、ふわふわしてるって言うか、落ち着かないって言うか~」
「そうかなー?」

ぬえの変化には、どうやらムラサ以外の仲間達は気づいていないらしい。
だが彼女にはある種の確信があった。女の勘というやつだ。

「よ~し」
「なぁに? ムラサ、悪そうな顔して」
「ぬえの事ちょっと監視してみようじゃないか。そんで、あの娘が何を隠してるか暴いてやるんだ」

そうやって、陰湿な笑みを浮かべるムラサ。
そんなやり取りがあったのが、つい昨日の事である。
そわそわと命蓮寺を出て行く、ぬえの姿を発見した彼女達は、さっそく揃って後をつけてきたのだ。

「 『く……くり~む……』 ぶふっ!!」
「ぶはっ!」
「響子やめ……っ!」

昼尚暗い林の中。先ほどのぬえの真似を披露する響子は、詮無く自爆して、仲間もろとも転げまわる始末だ。
声にならない笑いをあげて、地面を転がる命蓮寺の妖怪達。最初ムラサの言い出した疑念に半信半疑だったが、今はそんな事遠に忘れて
しまっているのだ。

「まさかあの娘、八雲の藍の事が好きだったなんてねぇ!」

上ずった声ではしゃぐ一輪。そして、自分の勘が見事に的中したムラサは、満足そうに愛用の双眼鏡を覗き込む。
一輪の水晶同様、そこには屋台の中の藍とぬえの様子が、バッチリ写し出されていた。

「お」
「出てくるみたいだよ!」

ムラサと、水晶を覗き込んだ一輪が、同時に声をあげた。
双眼鏡と水晶には、屋台からそそくさと出てくる、ぬえの姿が写しだされている。
屋台の外で、胸を押さえて深呼吸するぬえ。

「くひひひ……色気づいちゃってまあ……」

悪そうな一輪の呟きに、全員肩を振るわせる。
ぬえはそのまま大きく息を付くと、さっきとは打って変わっての、実にニコニコした顔で飛びたっていった。

「いっちゃったね。どうする? 付けてみる?」
「そうだな……それもいいけど、ここはじっくり慎重に様子を見てみよう……」

ウキウキ声で蠢く妖怪達に、ムラサは悪そうな笑みを向けるのだった。



◇◇◇◇



その日の夜。

夕飯を終え、寺内の清掃を終えたムラサ達は、ひと時の憩いの時間を楽しんでいた。
お風呂に入っているぬえの居ない間に、話題は当然昼間の出来事に集中する。

「ぬえの奴め、完全に藍に撃沈されちゃってるって感じだね」
「すっごくいつものぬえとは違う感じだったよねー」
「だったよね~」

ムラサはにやにや笑いながら、冷たい床にごろんと寝転んでいる。その周りで、小傘や響子といった他の仲間達が不健康な笑みを浮かべている。

「全く。姿が見えないから何をやってるのかと思えば、君達は」

昼間の現場に居合わせなかったナズーリンは、渋茶をすすりながら、呆れ顔でため息をついた。

「う~ん」

一座の中心で、静かに腕組みしていた寅丸星が低く唸る。

「どうした、ご主人」
「いえ、そこまで話を聞くと、何とかぬえにはがんばってもらいたいなあと、そう思いまして」
「そうなんだよ」

そのセリフを待っていたかの様に、むくりとムラサは起き上がる。

「ぬえの奴、藍の前だとどうも要領を得ないんだ」
「はっは、なるほど。さしものぬえも、藍殿の前ではいつもの調子が影を潜めているわけか」
「そうそう。その辺、実際どうしたもんかと思ってねー」

微笑みながら腕を組むナズーリン。
ぬえの挙動を見破ったムラサも、具体的な手を取るとなると、どうして良いか皆目検討がつかない。
その傍らで、一輪が思わず身を乗り出す。

「そうよ。ぬえったらモジモジモジモジしててさあ。あんなんじゃ、いつまで経っても進展しないわよ。直ぐに他の誰かに寝取られちゃうんだから」
「一輪」

思わず拳を振り上げながら言う、武闘派の一輪。その行き過ぎた発言を星は制する。

「はしたないですよ。せめてNTRといいなさい」
「冊子の読みすぎだぞご主人」

それからぬえの為にあれこれと意見を交わす少女達だが、肝心の決定的な意見が出ない。
それもその筈。彼女達は他人の色恋沙汰はおろか、自分の恋愛経験さえ乏しい者達ばかりだった。

「う~ん、どこかに経験豊かな性悪女さんでも居ないものでしょうか」
「そうだね。狐に対抗できるくらい、男をたぶらかすのが得意な存在……」

星とナズーリンにつられ、全員腕組みして俯く。が、次の瞬間。

がばっ!

と一斉に顔が起き上がったのも、やはりみんな一緒だ。こういう所はある意味お約束な命蓮寺の妖怪達だった。

「で、儂のところに来たと」
「はい」
「揃いも揃って大層なことじゃの」
「恐れ入ります」

星を筆頭に、全員して押しかけたのが、二ッ岩マミゾウの私室である。
マミゾウは風呂上りの熱った体を柱にもたれさせ、狸団扇を片手にのんびりくつろいでいる。
大勢の仲間達がどかどか血相変えてやってきても、少しも動じる素振りがないのはさすがだ。

「なんとかして藍をぬえに振り向かせてあげたいんだよ」
「このままじゃあ何時まで経っても一ミリも進展が無いと思うんですよ」

後ろからムラサと一輪が身を乗り出す。
肩越しにその姿を捉えながら、星は更に補足する。

「その為にも是非親分にご協力を仰ぎたいのです。外の世界でも経験豊富なビッチ狸の親分に」
「誰がビッチ狸じゃ」

マミゾウの頬を汗が伝った。
そして鬱陶しそうに、胸元をバタバタとやって風を送るマミゾウ。また厄介な事を持ってきおって、と言わんばかりの表情である。

「そもそも、お主ら、あの女狐が本気で他人を好きになるようなタマじゃと思っておるのか?」
「え? と、いいますと……」

星に倣って、全員の姿勢が前かがみに傾く。

「狐というヤツ等は全く以ってロクな奴がおらん。基本的に八方美人なあやつらを、個人に振り向かせようなどドダイ無理な話じゃ」
「確かに。藍の浮ついた噂はあんまり聞かないわね」
「では親分の知恵を持ってしても……」

星を初めとする一同はマミゾウの言葉に肩を落とす。

「ふ~む……そうじゃなあ。相手がなにしろあの女狐ではなぁ……」

流石のマミゾウも困り顔で顎に手を当てた、その矢先。

「ふ~、いいお湯だった」

廊下の向こうから、パジャマ姿の黒い影が現れた。
今話題の渦中の人物、ぬえだ。
ぬえは障子に手をかけ部屋の中を覗き込む。大きなタオルを首からぶら下げているのは、彼女が風呂から上がったばかりである事を意味していた。

「何やってんの? 皆して。お風呂空いたよ?」

大挙して集まる星達に、ぬえはきょとんと目を瞬かせる。

「あ、あ~え~えとですね、これは……」
「その、あの、あばばば」
「あばば? 何言ってんの? 小傘」

突然の事にキョドりまくる一同に、怪訝な顔を向けるぬえ。
ただ、彼女の様子を見るに、どうやら話の内容まで聞かれたわけでは無いようだ。不幸中の幸いである。
そんな中、ひとり冷静なマミゾウは、表情を変える事無く口を開く。

「いや何、今ちょっと女狐の話をしておったのじゃ」

ド直球である。星達は冷や水を浴びせられた様に固まる。

「女狐?」
「うむ。ホレ、八雲の藍のことよ」
「あ、ふーん……」

ピクリとした後、いかにも興味なさげにそっぽを向くぬえ。
ただ背中の羽が、せわしなくそわそわと漂っているのを、その場の誰もが目ざとく発見していた。

「藍が、何かしたのー……?」

中空に視線を漂わせたまま言うぬえ。

「いんや、下らない話じゃ。大したことでは無いよ」
「ふーん……」

素っ気なく話題を突き放すマミゾウ。何ともいえない沈黙が場を支配する。
ただぬえは、その辺りに腰掛けるでもなく、自室に戻るでもなく、いたずらにその場に留まっている。

「いや、別に何でもないんだけどさ……藍が、何かしたのかなー、て」

尚も食い下がるぬえ。
あくまで興味なさげに繕うが、執着を見せるその姿に不自然さは否めない。

「いやあな。あの女狐め、何を考えての事か知らんが、人里のはずれで屋台をやっておるというではないか」
「ふーん……そうなんだ」
「知っておるか? ぬえ」
「ううん……知らない」

 ーうそだー

とその場の全員が心の中で呟く。特に昼間のぬえの姿を、実際に目にしているムラサ達にはバレバレなのだ。
全員、妙に緊張してその場で固まる。

「その屋台に、今や郷中の少女達が押し寄せておると評判でな」
「……そうなんだ」

連日大勢の少女達で賑わう藍の屋台。だがそれは、ぬえにとっては彼女達全てがライバルであるという事をも意味するのだ。そこに人が集まる光景を見るのは、まさに気持ちを挫かれる様な思いだろう。
一転してションボリ羽根を落とすぬえ。
だが、その様子にマミゾウのメガネがキラリと光を放つのを、星達は見逃さなかった。

「全く愚かな事じゃ。あの女狐の術中にハマっておるとも知らずになあ」
「術?」

マミゾウの突然の言葉に、目を剥くぬえ。

「え……え?」

ニヤニヤと表情を崩すマミゾウの前で、ぬえは目に見えて動揺し始めている。

「恐らくはあの女狐の『魅惑』の能力によるものじゃな。昔、さんざん世間を騒がせておいてもまだ懲りんとみえる。困ったものよ」
「ち、ちょっと待ってマミゾウ! じゃあみんなは、藍の能力に惑わされて……屋台に集まってるって事?」
「そうとも。ああ~皆々騙されて搾取され続けるとは、気の毒になあ」

残念そうに首を振るマミゾウ。

(確かに……いかにもありそうな話だ)

傍で空気と化していたナズーリンは、チラリとマミゾウを盗み見る。
藍は、今でこそ真面目で堅物な妖怪の代表みたいな存在だが、昔の藍の逸話は、多くの語り草となっている程だ。なんせあの「傾国の美女」の語源となった人物なのだから。

「……」

ぬえはよほどショックを受けたのか、口を半開きにして固まっている。

「一度説教のひとつでもくれてやろうかと思っておるのじゃが、何しろ儂の話など聞く耳は持つまい。だれぞあやつに近しい者が忠告してやらねば、面倒な事になると思うんじゃけどなー」
「そ……それって、どんな」
「魅惑の能力は強力じゃ。このまま放置すれば恐らく今のままでは済むまい。あの力が暴走すれば、いづれは必ず国が傾むこう。そういうものじゃ。幻想郷中の娘の心が変心すれば、それはりっぱな「異変」じゃ。必ず巫女共か、あの魔法使いか、でなくとも誰かしらが動くことになろう」
「そ、そんな……」

ぬえは真っ青な顔で呟いている。

「ま、かと言うたところで儂らには関係ないことじゃがの。高みの見物が出来て、むしろ良い暇つぶしという物じゃ」
「あ……あ……」

辺りに響くマミゾウの高笑いをよそに、ぬえはまるで青天の霹靂が起こったかの様に、口を震わせるのだった。


「あーっ!」

ばしゃんと湯船からお湯が跳ね上がった。
檜の浴室に新たな湯気がもんもんと広がってゆく。
湯船に浸かって騒ぐのは寅丸星。彼女はイヌの様にぶるぶると髪を震わせたり、ばしゃばしゃと体をゆすったり、さっきから落ち着かない。

「やめないかご主人」
「だって、だって!」

マミゾウとぬえを覗く全員が、まるで逃げ込む様に浴室に集結していた。
広々とした浴槽の中で、転々と湯船に浸かる仲間達。その中で星の上ずった声が再び反響する。

「あのいじらしいぬえの姿ときたらっ……! 私は……もう……!」

きゃーっ! と顔を両手で覆い、ばしゃんと湯に潜り込む星。
どうやら普段とは全く違った、恋するぬえの姿にアテられたものらしい。
徳の高さには定評がある彼女だが、ここへ来て腐女子としての、高い潜在能力の片鱗を垣間見せていた。

「まーそうだよねー。そーなるよねー」

頬をほのかに紅潮させながらも、ムラサの声はかろうじて落ち着いていた。
お気に入りの船のおもちゃが、その前をぽこぽこと進んでいく。

「親分たら、ホントにあんな事言って大丈夫かしら?」

一輪は怪訝そうに首を傾げる。
藍の「魅惑」の能力については誰もが知る所である。それだけ有名な話なのだ。
だがそれは現在、藍自身の力によって自制されており、あの屋台に訪れる少女達は皆、当然ながら暗示の類にかかっているわけでは無い。藍の自然な魅力に惹かれているのだ。
結果的に魅了している事に違いは無いのだが、それは藍本人の預かり知らない部分だ。
だから、マミゾウはこの部分をかなり大袈裟に誇張して言ってみせたのだろう。

「私は何か『おろろき』なあくしょんがあると思うね! あのぬえの様子だと」
「ぬえったらー、そーとー思いつめた顔してたからねー」

楽しそうに話題を煽る小傘と響子。
確かに、マミゾウのあの煽り方は極端だ。大丈夫だろうかと、逆に心配になる一輪の気持ちも分からないでもない。

「だろうね。あのぬえの事だ、すぐにでも行動を起こすと思うのだが……」
「やはりそう思いますか!? ナズーリン!」

ナズーリンがそう言うと、勢い良く湯の中から飛び出す星。

「まあ、あの流れからしたら、十中の八、九は」
「はわわわ……」

ぱしゃりと静かな音をたてて、星は再び湯に沈み込む。

「はあああ……あんなかわいいぬえの姿をこれ以上見せられたら……! 私は、正気を保っている自信がありません……!」

イヤイヤと顔を隠し、落ち着かない星。

「しかし一輪の言う様に、あの親分の狂言が、ぬえの口から藍殿の耳に入らない道理は無いと思うのだが」
「その前に儂らも行動を起こすとするぞい」

何処からともなく声が聞こえたかと思うと、ドロンと煙が湧き上がった。
見ると、湯船の外には先程のキャミソール姿のマミゾウが立っている。

「親分」
「明日は儂らも出動じゃ」

マミゾウはそういいながらその場にしゃがみ、一同を見下ろした。顔にはなんとも言えない喜色と生気が満ちている。
星は湯船の中をぬるぬると移動して、マミゾウの下に這い寄った。

「親分、それはどういうことでしょう!?」
「一つぬえの思いをとげさせてやるのよ」
「あんまり無茶しないで下さいよ、親分」

命蓮寺の理性、一輪は心配そうなセリフを発するが、表情はまんざらでもなさそうだ。
そんな彼女達に、マミゾウはメガネの奥でパチリと片目を閉じて見せる。

「分かっておる。『三方良し』が狸の信条じゃ。決して悪い様にはせんよ」
「なるほど! 美しく陰湿に、粛々とぬえをスネークするのですね!」
「誰もそんな事言ってないだろうご主人」

暴走気味の星に、ナズーリンは目を細めて突っ込む。彼女はすぐに表情を戻し、マミゾウの方に目をやった。

「なるほど、全て織り込み済みと言う事か、親分」
「さあてな」

何やら含みのある笑みを漏らすマミゾウ。
そういう遣り取りがあっての翌日から、さっそく寺の日常には変化が訪ることに、この時誰もが容易に想像出来てしまったのであった。



◇◇◇◇



幻想郷に夏風が吹き抜けている。
木々は緑に装い、風にそよいで静かにざわめく。山からの風は人里を抜け、里の外にも流れ込んでくる。
山の匂いを含んだ風が、二軒の屋台の間の喧騒を吹き抜けていった。

『マミゾウ印のアイスクリン』

藍のたい焼き屋の真正面に、まるであざ笑うかの様に現れた屋台。
たい焼き屋の昨日までの客行きを全て独占して、いまやその流れを完全に横取りしてしまっていた。

「かっかっか!」

左団扇をあおぐマミゾウは、押せや押せやの人混みを満足そうに眺めている。

「このクソ暑い中、たい焼きなんぞ誰が食べようか。商売の肝要は大衆の“に~ず”を掴むことと知るがよいわ。かっかっか」

額に大汗をかいてあくせくアイスをコネるムラサに一輪。雲山が冷気を作ってそれを冷やし、しゃもじでそれをせっせとよそうのは響子

と小傘だ。
そしてキャーキャー黄色い声を一身に浴びてアイスを売るのは、店の看板役。

「と~らま~るさ~ん!!」

草の根妖怪達が声を揃えて歓声を上げる。

「お、おまちどうさまでした……」

命蓮寺一のイケメン妖怪、寅丸星が慣れない手つきでアイスを手渡すと、今度は妖精の少女達から歓声があがる。その横でカメラをパシャパシャやってる、仕事そっちのけのモブ天狗達。

「やはりイケメンに限ると言う事じゃな」

少女達に群がられる男装の星を尻目に、笑が止まらないマミゾウ。
幻想郷などの女所帯の中にあっては、必ず存在する万国共通の大原則。
それが「イケメン枠」である。
彼ら、もとい彼女らに寄せられる熱狂的な支持は、時に本家のイケメンをはるかに凌駕するのだ。
長く外の世界で揉まれ、いい具合に腐女って(くさって)しまったマミゾウは、それらの心理構造を誰よりも詳細に熟知していたのだ。

「こ、こら! ご主人に気安く触るんじゃない!」
「えーなにコイツー」
「ブーブー!」
「帰れ帰れー」
「 ゴフッ……!」

ナズーリンは星に群がる少女達を懸命に引き剥がそうとするが、身勝手&理不尽極まりない女子共の集中砲火を浴びてしまう。
そしてこの状況下に、顔を歪める人物がもう一人。

「マ、マミゾウ!」
「なんじゃ? ぬえ」

マミゾウの袖をぐいぐい引っ張るぬえは、明らかに焦燥に駆られた様子で叫ぶ。

「い、いくら何でもずるいよ! 藍の屋台の真ん前なんて!」
「ずるい? はて?」

焦るぬえをあざ笑うかの様に、マミゾウは意地悪そうな顔をニンマリと崩した。

「こうすれば女狐の魅惑の呪縛から皆の関心をそらす事が出来よう? それに店をやるのはコッチの自由じゃ。何を気にする事がある?」
「ぐ……」
「それとも何か? ぬえや」

マミゾウは闇金業者の様な顔をぐんにゃりと歪めた。

「お主はワシら仲間内より、あの女狐に肩入れするとでも……」

マミゾウがそう言って笑うと、ぬえは真っ赤な顔で呻き声を上げる。
かたや老獪で狡猾なマミゾウに、ぬえが口争いで太刀打ち出来る筈がない。

「も、もういいよっ!」

腕を力一杯振り回しながら、ぬえはとうとう屋台から飛び出していってしまった。

「ぬえ!」
「よいよい、まあ待て一輪」

押しとどめようとする一輪を、マミゾウは制する。

「後はぬえに任せておくがよい」
「親分」

マミゾウは不安な表情を見せる一輪や仲間達に向かって、ニッコリと微笑むのだった。

一方向かいの屋台では。

「ぐぬぬぬぬぬ……!」

アイスクリン屋の正面のたい焼き屋では、苦々しい顔の八雲藍が呻きを上げていた。
昨日までの客行きをそっくり奪われてしまった藍の屋台は、いまや閑古鳥が鳴こうかという有様である。
しかも相手はあの古狸だ。藍の悔しさは禍々しい黒い空気となって、屋台を覆わんばかりであった。
そんな最中。

「藍!」

人を寄せ付けない空気を破って、藍の屋台に小さな人影が飛び込んできた。
先程マミゾウの屋台を飛び出して来た、ぬえだ。

「ぬ、ぬえ!?」

藍は番台から驚いて背を伸ばす。
ぬえは、真っ赤な顔で興奮気味に肩で息をしている。

「ど、どうしたんだ一体」

藍の呼びかけには耳を貸さず、ぬえは怒った様な顔で進み出ると、ずいっと左手を突き出し、口を開いた。

「くりーむ」
「え?」

いつもと変わらぬ、同じトーンで、ぬえは藍にそう告げる。
藍は、鼻先に突き出された小銭を、暫く呆気にとられながら見つめる。
暫し時間が止まったかの様な静寂が、二人の空間から外の喧騒を遠ざけていった。

「くりーむ!」

尚も詰め寄るぬえの剣幕に、藍ははっと我に帰った。

「ぬ、ぬえぇぇ……」

感動のあまり、うるうると表情を崩す藍。

「わ、私……た、たい焼き……す、すすすすすす、すす!」

ぬえは喘ぐように口をとがらせて、ようやくの事で一言。

「好きだからっ!」
「ぬえ……君って奴ぁぁ……」

涙もろい藍は、ボロボロと目から大量の涙を流し始めた。
藍は番台から飛び出すと、両手を広げてぬえに抱きつく。
突然の事に、ぬえは驚天動地の表情で固まっているが、藍はそんな事お構いなしに、ぬえに頬ずりして嬉しがっている。

「なんていい奴なんだぁぁ」
「あ、あびぼろわべ#&@?……っっ!!」

暫くの後、なんとか平静を取り戻した藍の屋台では、二人の和やかな時間が流れ始めていた。
だがそれは上機嫌の藍が一方的にぬえに話しかけるだけで、ぬえ自身はまだギクシャクした態度が抜けないでいるのだが、藍はもちろんそんな事気がつかない。

「いやあ」

藍はとろけそうなほどの、ほんわかした笑顔で、ひとり話を続ける。

「私はぬえが最近変だったから、ひょっとしたら嫌われてるんじゃないかと心配してたんだ」

ぬえが懸命に首をぶんぶん振って否定すると、藍は笑いながら頭をなでてくれた。
そうすると天にも昇るような快感が頭に突き抜けるが、ぬえは根性でそれを堪える。

「しかし、最近のあの様子は一体何だったんだい? 何だかどうにも変だった様な気がするんだが」

ここの所ずっと気になっていた事を、藍は良い機会とばかり打ち明ける。
一方のぬえはというと、いつもの押し黙った表情のまま、俯き加減に藍の話を聞いている。

「私達はお互い知らない仲じゃ無いじゃないか。何か悩みがあるなら、良かったら言ってみてくれないかな?」

そう言う藍に、ぬえは暫くもごもご口を動かしていたが、

「……だって」

何とか言葉を繋ぎ始めた。
ぬえは胸元で手にしている、齧りさしのたい焼きに視線を固定している。

「……藍が」
「うん、私が?」

そんなぬえに、藍は優しげな微笑みを向ける。
ぬえは、その姿に一瞬怯んだかに見えたが、うつむきながらも何とか懸命に言葉を続ける。

「藍が、みんなに……」
「うん。私が、みんなに?」
「優しく……するから」
「?」

言葉の意図がよく飲み込めない藍。頭の上に?マークがぽんぽんと現れる。

「よ、よく分からないな? ぬえ。私がみんなに、優しくする? と、いけないの?」

がくがくと頷くぬえ。藍のこめかみを大粒の汗がつたった。
藍はそれでも、混乱する頭を奮い立たせてぬえに尋ねる。

「そ、それはなんで?」

苦笑い気味の藍は顔をひくつかせながら首を傾げる。
ぬえは暫く下を向いて黙っていたが、今にも消え入りそうな声で、ポツンと呟いた。

「霊夢が………………来るから……」

ぬえは絞り出す様にそう言うと、食べかけのたい焼きをぎゅっと握りしめた。
齧りあとから、カスタードのクリームがぶにゅりと溢れ出している。

「霊夢が?」

思っても無い人物の名前が唐突に出て来て、藍は目を瞬かせる。

「え? なんで霊」
「だから」

質問しようとする藍だったが、ぬえが言葉を続けるので、兎に角ぬえに話をさせてみる。

「藍の事……一番分かってる私が、何とかしないと……いけないから」

しーんとした静寂が訪れた。
どうやらぬえは言いたい事を言い切った様である。 その意味する所は全く不明だ。
だが賢い藍には、ぬえが何かするために思いつめているらしいと言う事は、なんとなく理解できていた。
ぬえの突飛な性格は藍もよく知っているし、妖怪達との会話はえしてこのようなものなのだ。

「そ、そっかぁ」

意味は分からないが、兎に角頷く藍。
もっと会話の中で、糸口を広げていかないといけないな。と考える当たり、藍が大妖と言われる所以だ。

「ぬえは私の事心配してくれてるんだ」

ごくんと頷くぬえに、ああそうなんだと内心納得する藍。

「でも、なんで霊夢がくるといけないの? 霊夢はあんまり関係なさそうだけど……」
「だめだめ! だめだよ!」

ぬえは一転。焦ってぶんかぶんかと首を振り回す。

「藍が異変の悪役になっちゃうよ!」
「私が? 何でまた?」
「だって! 藍がみんなに優しくすると霊夢が来るってマミゾウが」
「な!?」

ぬえの一言で藍の中に小さな異変が起こった。

「……あの、古狸が?」

思ってもみないところから、突如あの怨敵の名が登場したからだ。
同時に藍の勘が素早く反応する。
最近の何だか辛そうなぬえの様子。そして今日の屋台の嫌がらせ。全てはあの古狸の企みに違いない。あの古狸は、何か良からぬことを考えていると、藍の盛大な勘(勘違い)が瞬時に答えをはじき出していた。

「ぬえ、その事順を追って詳しく話してみてくれないか」
「う……うん」

藍に諭されて、ぬえは昨日マミゾウから聞いた話をポツポツと話し始めた。
藍の屋台に人が集まっていたのは、藍の魅惑の能力によるものだという事。それを放置していたら、とんでもない異変に繋がるのだという事。そうなったら藍が、人間の誰かしらに懲らしめられる恐れがある事など、ぬえは持っている限りの言葉を尽くして、藍にそう説明した。

「……なるほど……そう言う事か。あの薄汚い古狸のやりそうな事だ」

話を聞いた藍は口に手をやり、ゆらりと呟く。
かつての藍の魅惑の能力など、微妙に事実に近い部分で嘘を織り交ぜてくるあたり、いかにも卑怯者の狸の手口そのものだ。

「ぬえ、それは真っ赤な嘘だよ。君はあの古狸に騙されたんだ」
「ええ!? で、でもどうして」
「何を企んでいるのか知らないが、そっちがその気なら……」
「ら、藍?」
「ぬえ、ちょっと耳を貸してくれないか。手伝って欲しい事があるんだ」

藍は決意を込めた目でぬえを傍に引き寄せる。
真っ赤な顔でガチガチに固まるぬえをよそに、藍はごにょごにょと何やら謀を打ち明けて行くのであった。

ー そして次の日

「な……!? 何じゃこれは!?」
「うわー……」

今日もがっぽり一儲けしようと、意気揚々やって来たマミゾウは広場の前で立ち尽くした。
彼女の周りで仲間達も、一様に眼前の喧騒に目を奪われている。
人里の外れの狭い広場を、押し合う様に屋台がひしめいているのだ。
藤原妹紅の焼き鳥屋に、霧雨魔理沙の魔法店、犬走椛のもみじまんじゅう屋があるかと思えば、リグルの虫カゴ屋、豊聡耳神子のなんだか分からないやたらとキラキラした屋台まである。
向こうにはご丁寧に堀川雷鼓のライブステージまでしつらえてある始末だ。

「号外~、号外ですよ~!」

上空から聞こえて来た声につられて上を見上げると、ちょうど顔の上に一枚のチラシが、ふわりと落ちて来たところだった。

『人里の外れにイケメン横丁が開幕!』
「イケメン横丁ー!?」

チラシを覗きこんだ全員が驚愕して叫ぶ。
そんな彼女達の前を、黄色い声をあげながら妖怪達が通り過ぎて行く。
妖怪ばかりではない。人里からやって来た人間の少女達までが、イケメンの屋台に押せや押せやの勢いで群がっているのだ。

「お……親分、これは……」
「ぐぬぬぅ、どう出るかと思うたが……!」

予想外の展開だったらしく、マミゾウは顔を歪ませている。
藍が自らのネットワークを利用して、幻想郷中に呼びかけたに違いない。
しかも命蓮寺きってのイケメン枠、星の対抗馬ばかりを集めたところは悪意満点である。
こうすれば客行きが分散されるのは必定だ。明らかにマミゾウ達の商売の妨害を意図したものに外ならないのだ。

「おのれ~どうしてくれようか……」

目の前を往来する、少女達を睨みながら悔しがるマミゾウ。
ふとその肩をトントンと叩くものがあった。
マミゾウは苛立ちを隠せない表情で振り返る。

「うっ!」

マミゾウ一行の背後に、何時の間にか立っていたのは。

「れ、霊夢!」
「ちょっとアンタら、これは一体何の騒ぎよ」

マミゾウ達の前に現れた霊夢は、何やら疑惑を込めた眼差しで腕組みして立っている。

「あんたら、昨日から何かガヤガヤやってると思ってたら、里の外れで勝手にお祭始めないでよね」
「い、いやいやいや!」

霊夢のセリフに一同目を剥く。
どうやら霊夢は、この広場の騒ぎをマミゾウ達の仕業と思い込み、様子を伺いに来ているらしかった。
昨日のアイス屋の喧騒がよほど大きかった様だ。もしかしたら人里の人間達から、苦情が入ったのかもしれない。

「ま、待ってくれ! こ、これは私らの仕業では無いんだ! 誓って言う!」
「そ、そうだよ霊夢!」

ナズーリンとムラサは必死になって手をブンブン振るが、霊夢は何だかじっとりとした目で彼女らを見ている。

「こ、これはですねぇ! たぶんあの藍さんの仕業で……」

そして同じく星も懸命に弁解し始めるが。

「アンタらな~んか企んでそうな感じがするのよねぇー」
「ぎく」

尚もジト目で腕を組む霊夢。鋭い直感だ。ただその霊夢の肩を、今度はマミゾウがぽんぽんと叩く。

「まあまあまあ霊夢や」

マミゾウは何やら霊夢の肩を抱きながら、自分のアイス屋の屋台へと彼女を誘導していった。
そしてアイスをカップに入れ、それをたくさん木箱に詰めている。

「勝手におっ始めてしもうたワシらにも責任はあるから」

と言って、それを霊夢に手渡す。
そうすると、霊夢のジト目がみるみる内に、喜色満面の笑顔に変わっていった。

「え? 何コレ? くれるの!?」
「ま……まあまあ! ほんの気持ちですよ!」
「そそ、そうだよ! うん! ホンの気持ちさ! あは! あはははは……」

分かりやすい180度の転換をみせる霊夢。そしてマミゾウにお尻を抓られ、星とナズーリンは目一杯の笑顔でそれを煽る。

「ホントに!? こんなにたくさん? 何か悪いわね」

一抱えほどもある木箱を胸に、霊夢はすっかりほくほく顔で帰っていってしまった。

「はあー、助かったぁー」

霊夢の去った後で大きなため息をつく響子。
やれやれと一同が胸をなでおろしたその傍で、マミゾウは何やらゴソゴソと仕度を始めている。

「親分? 何をやっているんだい?」

ナズーリンが怪訝な顔で尋ねると、マミゾウは道具の陰から顔を起こした。

「口惜しいが今日は店仕舞いじゃ。早々に退散するぞい」
「へ!?」

突然のマミゾウのセリフに、星達は間抜けな顔で立ち尽くすのだった。


「まいどあり~」

藍がたい焼きの入った紙袋を手渡すと、少女達は黄色い声をあげて屋台を後にしていく。
昨日はあの古狸の策略に遅れをとったが、藍が新たに企画した「イケメン屋台でお客分散作戦」は見事に的中し、アイス屋の客足にブレーキをかける事に成功していた。
それに連れて、藍の屋台にも以前ほどではないが客足が戻ってきたようである。

「そしてさらに……」

藍はほくそ笑みながら傍を省みる。
そこには彼女と同じ様な笑みを浮かべる、博麗霊夢の姿があった。
だがしかし、次の瞬間、霊夢は光と共に封獣ぬえの姿に変化する。

「ありがとうぬえ。上手くやってくれたね」

藍は変化したぬえに微笑みかける。

「藍、う、嬉しい!?」
「もちろんさ、何よりもぬえが元気になってくれた事が一番嬉しいよ」

ぬえは興奮した面持ちで小躍りして嬉しがる。

「マミゾウ達ったら、すっかり騙されてたよっ!」
「ぬえの変化もなかなかのものだったよ。霊夢の特徴を良く捉えてた」

元々変化で人を騙し、誑かす妖怪だ。こう言った事には生理的な達成感を感じるのである。

「さっすがぬえだ」

加えて藍の役に立てたと言う事実は、何よりも彼女を興奮させていた。
藍に頭を撫でられ、褒めてもらえると、ぬえの心はこの上ない気持ちに満たされるのである。

「見て藍! マミゾウったら、こんなにたくさんアイスくれたの!」
「はは、袖の下って訳か。意地汚い狸の考えそうな事だ」

ぬえは戦利品とばかり、喜々としてマミゾウ達からくすねて来た、アイスの木箱を取り出す。
だが、

(ん?)

唐突に藍の九尾がピクリと反応した。
藍はぬえが満面の笑みで取り出している箱を凝視する。藍が直感的な違和感を感じたその時には、ぬえはもう木箱の紐をほどき始めているところだった。

「さっそくお祝いに一緒に食べ……」
「待て! ぬえっ! 開けちゃダメだ!」
「え?」

藍の叫びは一歩遅かった。
ぬえが木箱を開いたその中から、禍々しいばかりの妖気がケムリと共に噴出したのだ。

「え? っうぁ!」
「しまった!」

煙はたちまち無数の怨霊になってあたりを覆う。
騒霊だ。
恐らく前の異変で大発生したものを、マミゾウが集めておいたのだろう。マミゾウはぬえが霊夢に化けて自分達を誑かそうとしていたいたのを、とっくに見抜いていたのだ。

「く!」

藍は急いで騒霊を消し去る。が、大半のものは藍の屋台を抜け、外に飛び出してしまった。
たちまちテントの外で騒ぎが起こる。外の騒ぎを何とかする前に、残りの騒霊がぬえに襲いかかっている。騒霊はそれ単体の力は大した事は無いが、数で纏わり付かれると厄介な事この上ない。

「や~ん」
「ぬえ!」

藍は真っ先にぬえに纏わり付いた騒霊を引き剥がしにかかっている。

「大丈夫か!?」
「ら……藍」
「すまない。私がもっと早く気がついていれば」

騒霊を残らず払い、藍は怪我は無いかとか申し訳ないとか気を遣ってくれたが、ぬえはそんな事上の空だ。ポーッとする顔面の熱を感じながら、ぬえはこの時間がずっと続いてくれればいいのにと、ぼんやり考えているのだった。

ー  一方のマミゾウ達は

「フー……、間一髪だったね」

空から下を見下ろすと、先程までいた里外れの広場が大変な騒ぎになっているのがわかる。
ムラサは引き払った屋台の荷を背負いながら、額に浮かぶ冷や汗を拭った。

「あんなことして……大丈夫なんですか? 親分」
「なあに、心配はいらんよ」

親分の仕掛けたトラップの惨状に、若干引き気味の一輪。

「あの屋台の中には例の聖徳道人がおる。騒霊共はあやつに欲を聞いて欲しくて探しておるにすぎん。暫くすれば自然消滅するのは明白じゃて」
「なるほど、流石はビッチ狸の親分ですね」
「だからビッチではないというに」
「ところでぬえの奴は上手くやっているんだろうか。私はちょっと心配だよ、ご主人」

ナズーリンは後ろを振り返りながら、隣を飛ぶ星に話しかけている。
星の背にはマミゾウ印のアイスクリンの幟旗がはためいている。

「だーいじょうぶじゃ、大丈夫じゃ。この分では今日は朝帰りかもしれんぞい」
「えー!」
「ほんとにー!?」

響子と小傘は目を剥いて驚く。

「吊り橋効果と言うやつよ。今頃あの狭い屋台の中ですんごい事になっとるかもしれんぞい」
「やーだ! 親分ったら! 何言うんですかー!」
「二人の仲をより進展させてやったんじゃ。感謝して欲しいくらいよ。かっかっかっ!」
「ビチゾウですね、ナズーリン」
「ビチゾウだな」

まったく、いい事をした後は気持ちがいいとばかりに、大声をあげて笑い合う妖怪達。
儲け話を妨害された件はくやしいが、最終的にあの女狐に一杯食わせてやる事が出来たのだ。その上二人の中も、より親密になったとあれば、むしろ感謝して欲しいくらいである。

「だからワシはビッチではないと何度も」
「随分楽しそうですね」

澄んだ声が後ろから響いて来たのはその時であった。
マミゾウ達は笑いの余韻を引き擦りながら振り返る。と、そこには何時の間に忍び寄ってきたのか、命蓮寺の住職、聖白蓮の姿があった。

「ぶっっ!」
「び、白蓮!」
「ね、姐さん!!」

一斉に目を剥くマミゾウと一同をよそに、白蓮はやたらとニコニコした笑顔を浮かべ佇んでいた。
その全身から黄金の闘気がゆっくりと立ち昇り始める。

「寺に匿名の投書がありました。昨日、一昨日とお寺をほったらかしにして、随分遊んでいた様ですね」
「ちょっっ!」
「まさか! あんの女狐……っ!」

白蓮の手にしていたエア巻物が一斉に弾け飛んだかと思うと、それは巨大な輪になってマミゾウ達を一網打尽に縛り付ける。

「ひ、ひぃ聖! わわ私達は遊んでいた訳ではないのです! わ私達は! 美しく陰湿に、粛々とぬえをスネークして……ひぐっ!」

星の弁明も虚しく、グン、と巻物が一同を締めあげる。

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「なんまんだーぶ! なんまんだーぶ! なんまんだーぶ!」
「南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛」

涙ながらに赦しを乞う者、念仏を唱える者、泣き叫ぶ者などが一斉に喧しく喚き始める。

「こ、こら聖! 客分であるワシにこんな酷い事をして良いのか!? ワシはただ縁日を楽しんでおっただけで……ひゃ!?」

マミゾウの言い訳も、巻物の魔力に虚しく締め上げられてしまった。

「あ、ぐ……な……なんちゅうシロモノじゃ……!」

藍の最後に打った、最も単純な反則技に地団駄踏んでも、全ては後の祭りである。

「何ならずっとビチゾウ親分で通してもらってもいいんですよ? 永遠に」
「待て待て待て待て……!だからワシはビッチでないと言うとるのに」

この上ない笑みを浮かべる白蓮。
彼女達は恐怖に震えながら、誰もが日頃の白蓮の教えを思い出していた。
仏の怒りは時に激しく、無慈悲で、残酷である、南無三、と。

里外れの騒ぎがようやく収まり始めていた頃。
人知れずその上空で小さな花火が弾け飛んでいたのを、誰も気が付く者はいなかったという。


(了)
およそ三年ぶりの投稿です。 前ほどのテンションではやれませんがどうぞよろしくお願いします。
お嬢様
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コメント



0.810簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
復活グルメ泥棒ー面白かったです、ぬえーんかわいい
3.100名前が無い程度の能力削除
お帰りなさい!
ぬえが可愛いくて悶絶しました。そしてたい焼きは餡子派です。
なんとはなしに名前を見てからグルメ泥棒シリーズを一から読み直してきちゃいましたよ。
4.100名前が無い程度の能力削除
うわーこりゃまた懐かしい。
好きな作家さんが戻ってくれるのは嬉しいですね。
5.90名前が無い程度の能力削除
初めて見たけど二次創作突き抜けてていいね
7.100奇声を発する程度の能力削除
おお!お久しぶりです
とても面白かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
イケメン横丁に行きたい!
9.100名前が無い程度の能力削除
復活!お嬢様復活!!グルメ泥棒復活!!!(某中国拳法家風に)
久し振りの懐かしいテンションに、一気に読ませてもらいました。
自分はたい焼きは餡子もクリームも、それ以外も大好きなタイプです。
でもマミゾウ親分のアイスクリンも食べたいし…ああ、迷う!!
12.90絶望を司る程度の能力削除
ハイスピードだw
13.100白銀狼削除
お帰りー!待ってたよー!
14.100名前が無い程度の能力削除
可愛いぬえをお書きになられる
16.80名前が無い程度の能力削除
ぬえは精神的に幼い部分があるからか、古い妖怪って感じがしませんね
藍とどこで差がついたのか・・・
17.100名前が無い程度の能力削除
お嬢様復活!お嬢様復活‼︎お嬢様復活‼︎お嬢様復活‼︎‼︎
いじらしいぬえに悶え苦しみました、喜びで。また次が楽しみです
18.100名前が無い程度の能力削除
タイトルこそイケメンですが、乙女成分もたっぷりですね
ぬえはもちろんのこと、ぬえの恋路に心を躍らせる命蓮寺の面々がすごく可愛かったです
あとビッチ狸の部分で盛大に吹きましたw
19.100がま口削除
お久しぶりです。まずは、復活投稿お疲れ様です。
今回はたい焼きでしたね。自分は尻尾のサクサクとした部分が大好きでつ買い食いしちゃいます。
そしてなんといってもぬえが可愛らしい。人見知りの娘を見ている気分で、思わず「頑張れ!」と応援したくなりました。
そしてイケメン横丁の破壊力(笑) そうかー、あの方々は幻想郷ではイケメンに属しているんですね。妙に納得できる人選です。
ハイテンションな作風も魅力だけど、しっとりほのぼのもまた良しです。
これからもご自分のペースで楽しい作品を投稿してくださると、一ファンとしてとても嬉しいです。
24.無評価お嬢様削除

2番様
覚えてくれていた人がいた事に驚きです。素直に嬉しいです。

3番様
ありがとうございます。覚えてる人がまだいたんですね。
グルメ泥棒は私の高校時代のほぼ全てなので大切にしていきたいです。

4番様
覚えてて頂いてありがとうございます。
ちょっとした暇つぶしになれたら嬉しいです。

5番様
グルメ泥棒は(たしか)高一の夏から三年間続けたシリーズでした。
今見るとむちゃくちゃな内容ですね。お目汚しでした。。

奇声様
本当に懐かしいですね。まだおられたのが驚きです。
これからは私一人の作品になりますがよろしくお願いします。

8番様
腐女子の願望の様なものですね。

9番様
本当に結構覚えてくれてる人がいて嬉しいです。
これからは私一人の作品になりますがよろしくお願いします。
あ、私の元ユニットメンバーの超門番が名前を変えてちょくちょく投稿
しています。分かりましたか?

絶望を司る程度の能力様
ありがとうございます。これでも随分減速しているんです。。

白銀狼様
お久しぶりです。なんだかとっても懐かしくって不思議な気分です。

14番様
ありがとうございます。命蓮寺は以前からやってみたかったのです。

16番様
藍もぬえもどっちも平安の妖怪ですが、藍の方が大人な感じですよね。
でもずっと昔のままなのも妖怪らしくていいかもしれません。

17番様
ありがとうございます。覚えてくれて頂いて私も嬉しいです。
以前ほどの異常テンションは無いんですが、しっとり系でいけたらなぁ、て
思ってます。

18番様
この感じは昔の作品に少し似てたので、まだまだ脱却出来てない感があります
ね。でもみんなでわいわいやってる感じが好きなのでまたやりたいなとも思っ
てます。

がま口様
お久しぶりです。まだ続けていらしたんですね。
結構覚えてくださってる人がいて驚いてます。
以前のようなテンションは逆立ちしても無理ですが、また違う境地で頑張り
ます。門さんはちょくちょく投稿してるみたいですよ。
29.100名前が無い程度の能力削除
投稿に気がつくのが遅れたけど、お帰りなさい。
テンポがよくて面白かったですヨ~
ビチゾウ親分にすごく笑いましたw
30.100名前が無い程度の能力削除
お帰り!あなたの名前をみて懐かしい気持ちになりました。
31.無評価お嬢様削除
29番様
ありがとうございます。
高校卒業と同時に休止していたグルメ泥棒も漸く再開です。何とかまたあのテンションを取り戻せる様頑張ります!

30番様
まったく懐かしいです。システムもやりやすくなってて驚きました。細々と地道に頑張ります。
32.100名前が無い程度の能力削除
たまーにお嬢様名義の作品を検索してたけど,ちょっと前に復活したんですね,おかえんなさい.

> マミゾウは闇金業者の様な顔をぐんにゃりと歪めた。
このリアルな描写から,長い ブランクの理由が察せられるというものです.
お疲れさまです.

グルメ泥棒も良いいけれど,アナザワールド的な作品をぼちぼち投稿しれもらえると嬉しいです.

3人ユニット間の交流はもうないのですかな?
結局,冥土蝶さん作の長編は発表されず終いなのかなーと思い返しているのですよ(笑
33.無評価お嬢様削除
32番様
覚えていてくれてありがとうございます。
高校卒業で三人離れ離れになって、前の様に活動出来なくなっちゃいました。超門番は名義を変更して投稿したらしいのですが、私にも名前を教えてくれません(!)
冥土蝶は航空?自衛隊?に入ってしまってなかなか連絡が取れなくなりました。長編は私がデータも貰ってるんですが「其の3」で止まっています。テーマが吸血鬼異変とかと絡んでくるので難しくってなかなか続かないんです。何とか完結させたいとは思っているんですが……気長に待っていて下さい。
35.100紅川寅丸削除
お久しぶりでございます。
三年ぶりですね。
再開されるにあたっては様々な覚悟が必要だったと思います。
でも、私は本当に嬉しい。
これからはお一人とのことですが無理のないペースでお続けください。
藍×ぬえ ですか、これは新鮮ですね。
腐女子の星とマミゾウがようござんすね。
「スネークする」初めて聞きましたが覚えましたw
40.90名前が無い程度の能力削除
こういうの純粋に好きですわー。なんていうかこう、いい感じにぬえちゃんが可愛くて、全体的にしっちゃかめっちゃかしてる話